シナリオ詳細
<天牢雪獄>やがてきたるひ
オープニング
●
――反逆者諸君等に告ぐ。
カチカチの黒パンは美味いか。
家族の安否を知っているか。
毎晩よく眠れているか。
ただちに投降し、帝国法『総軍鏖殺』に従うべし。
我等新皇帝派アラクランへ帰順せよ。
さすれば食料の供与を約束してやる。
繰り返す――
この戦場へ、敵方から数時間おきに流れてくる放送だ。
アルマスクの街に所属する軍人ユルゲン・アルホフ一等兵は、雪壕に背を預けてながらせせら笑った。
「新皇帝派だアラクランだなんだ、てめえらクソ共と一緒にすんじゃあねえぜ」
街は先だってイレギュラーズによって開放されている。食料などの兵站も充分な状況だ。
新皇帝派の放送は勇ましいが、最早空虚な妄言にしか聞こえていない。
「蒸気装甲車(タンク)が来るぞ!」
雪原を切り裂きながら、もうもうと煙る敵軍の機械科部隊が目前に迫って来ている。
「ッチ。あのクソ共。悪あがきしやがって。このままじゃ雪壕ごと踏み潰されちまう」
ユルゲン一等兵が唸り――その時だった。
「援軍! 軽騎兵隊だ!」
喝采と共に、数十の軍用スノーモービルが雪丘へ踊り出る。
それから独立島アーカーシュが誇るゴーレムの部隊が現われる。
――新皇帝派は帝国内の六天派閥に一斉攻撃――ジーフリト計画を企てていた。
これに対して独立島アーカーシュは、軍事力の投下を決めた。
それが鉄帝国軽騎兵隊やゴーレムを初めとする部隊だった。
イレギュラーズによる対処ではなく、彼等自身に対処させることで、『手が空いた』というのが最大のメリットなのだ。イレギュラーズはイレギュラーズでバラミタ鉱山の調査を行うことを決めている――
こうしてゴーレムを率いる軽騎兵隊と、敵機械科部隊の激突が始まった。
敵蒸気装甲車は重機関銃の発砲で応戦するが、果敢に突撃する軽騎兵達を追い切れない。
「見せてやんよ!」
雪丘を駆けていたスノーモービルが宙を舞った。
完全に無防備な状態だ。
敵装甲車は即座に照準を合わせようと重機関銃を方向け――
「腹ががら空きなんだよ!」
――発砲。
あわやスノーモービルは蜂の巣となる、その寸前。
装甲車へ向けてワイヤーを射出し、空中で車体を一気に回転させた。
「なっ!?」
対装甲車ライフルの砲身が装甲車の柔らかな上部を捉える。
「くたばりな!」
軽騎兵はトリガーに指をかけ、敵軍装甲車に黒槍(シュワルツ・ランツィーラー)から、二十二口径の徹甲弾を放った。数秒後、蒸気エンジンが爆発四散する。
そんな戦場の後方。
指揮官用のデスクではリーヌシュカ(p3n000124)とリュドミーラが地図上のコマを眺めながらあれこれと部下に指示をしており、横ではエッダ・フロールリジ(p3p006270)が足を組んで頬杖をついている。
「さて大尉、この局面をどう捉える」
「こうなったらわたしの軽騎兵隊で最後まで追撃したいわ。けど……」
「――けど?」
「ノイスハウゼン第二歩兵隊は待機継続、アルマスク第三歩兵隊は後退して休息。軽騎兵隊はこっちの救援に向かわせる……これでどう?」
「根拠を言ってみろ」
「敵軍本拠地にはまだ十分な戦力が残されていると考えられるわ。今回あっちからの攻撃は少なめ、むしろこっちからの追撃の誘いとみるべきよ。だからこのタイミングでの深い追いは厳禁。休息で万全になった部隊で奇襲をしかけるべきよ。それに今休ませればこの部隊は食事の時間もかぶらない」
「及第点だが、私ならこうだ。なぜだか分かるか?」
エッダは別のコマを後退させ、敵軍のコマを手前へ進める。
数秒ほど黙り込んだリーヌシュカが瞳を輝かせた。
「……すごいわ大佐、これなら敵の余力を更にそぎ落とせるじゃない」
「そういうことだ。だが上達は認めよう。ここは貴様の作戦で行け」
「うん!」
独立島アーカーシュは、解放したアルマスクや、以前から密に連携していたノイスハウゼンの部隊を旗下へと加えている。その際に佐官クラスの指揮官が必要となっていた。
リーヌシュカは大尉であり、大佐であるエッダによって実戦教育されている。
戦況は安定した推移を見せており、このにわか編成の『新設独立混成連隊』ではあるが、数日以内に勝利を収めるだろうと、そろそろ見込みが立った状態だった。
●
(……良かったです)
沢山のドラネコ達と街を歩くユーフォニー(p3p010323)はそう思った。
アルマスクの街が、戦時下とはいえ賑やかで華やいでいたから。
街は沢山の笑顔に溢れている。
イレギュラーズが解放したことで街は潤い、食料こそ少なめながらも人々は生き生きと生活していた。
今回の戦いでは、新皇帝派との戦闘は基本的に軍へ任せ、イレギュラーズはバラミタ鉱山へアプローチしている最中だ。明日にも出立する見込みとなっている。
時間は昼過ぎ頃のことだった。
「そういえばこの間、シュカさんが、その」
「そうねえ、ずいぶん大きくなったもの」
一件のカフェで話を向けたすずな(p3p005307)に、アーリア・スピリッツ(p3p004400)が答えた。
「あー、この街であればそういった店も何件かあると思います」
小金井・正純(p3p008000)が述べたのは、女性向けの下着を取り扱う店だ。
リーヌシュカはここ最近成長著しく、それは軍務のみならず身体についても言えた。アーリアは一度しっかりサイズを測ってもらうのがベストだと結論付けている。
今日はたしか夕方には勤務を終える予定だから、誘ってやるのも悪くないかもしれない。
それから――すずなは思う。一応さらしの巻き方もきちんと教えてあげようと。
きっとリーヌシュカの義妹であるリュドミーラも同行してくれるだろう。
「可愛い服も見ることが出来たらいいですね」
正純がそう結んだ。買い物の後は良い時間になっているはずだから、食事をしたっていいだろう。
それに街の様子を把握しておくことは、今後のためにもなる。
こうしているのも、何も遊んでいるだけではないのだ。視察も兼ねているという訳だ。
大なり小なりといった、この世の不条理はさておき。
「はぁ、こっちはこっちで頑張らないとっスからね」
キャナル・リルガール(p3p008601)と天目 錬(p3p008364)は、街の工房で軍用の各種乗り物などを整備していた。工房はアーカーシュの技術班に完全に譲り渡された状態である。
「こっちはこれで前より随分良くなったはずだ」
錬が整備しているのは軍用スノーモービルであり、彼の技術力であれば通常の品よりずいぶんと性能が向上しているはずだ。他には『防衛型要塞戦車タワータンク』などのやや胡乱げな代物なんかもあるが、ともかくこういったものをきちんと整備してやりたいというのは、イレギュラーズの願いでもあった。
「きちんと感謝もしてあげなきゃね」
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)も頷く。
活躍中のスノーモービルや黒槍などの各種兵器、蒸気装甲車なり、ラジオ塔の放送設備なり。
管理や修繕、新規制作せねばならないものは数多かった。
それからしばらくして。
曇天の雪空は徐々に暗くなってくる。
そんな街にある繁華街の大通りで、肩で風を切るように十名ほどの部下を引き連れているのはキドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)だ。派遣会社ルンペルシュティルツ――社長となったキドーは部下達を独立島アーカーシュへと呼び寄せていた。
「今日は奢りだが、ハメ外しすぎんじゃねえぞ」
「やったぜ! さっすが社長!」
呼んだ以上は派閥に馴染ませておく必要がある。まったく社長業は楽なモンじゃあなかった。
●
そんな夜。
空飛ぶ『独立島アーカーシュ』は、温かな明かりの灯ったアルマスクの街を見下ろしている。
この放送室はアーカーシュとアルマスクのラジオ電波塔を繋ぐものであり、今後はアーカーシュから直接アルマスクを経由して帝国各地へ放送を届けることが出来るという状態だ。
「今夜もおれが、陽気な歌をお届けだ!」
DJのように活躍するヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)や、今や独立島アーカーシュの大使であり、また頭脳の中枢とも呼べるマルク・シリング(p3p001309)の姿もあった。
「中々効果が見えないんスよね」
美声を披露していた佐藤 美咲(p3p009818)が考え込んだ。
「難しいですね……。あ、私は放送とか遠慮ですが。オーディオ機器には興味あるっていうか」
普久原・ほむら(p3n000159)も腕を組む。
「ちょっと思ったんだけどね」
ふとマルクが一同に語りかける。
「僕等の放送は、きっときちんと帝国の人々を勇気づけていると思う」
「ええ、私も同感です。効果自体はおそらく出ている」
そう述べたのはアーカーシュの裏方全般を担当する『歯車卿』エフィム・ネストロヴィチ・ベルヴェノフ(p3n000290)の姿だ。インフラ整備を得意とするエフィムは、頭脳労働全般や外交を担当するマルクや、軍事担当のリーヌシュカとタッグを組みながら、そしてアーリアなどに助けられながら、様々な事務仕事をてきぱきと捌く間柄だった。
「けれど実感を伴っていない……ですね」
そう言いながら、マルクが思案する。
「私の声も、同胞達へ届けば良いのですが」
各地に眠っているであろうレガシーゼロ達へ、祈りにも似た言葉を届けようとしているのはグリーフ・ロス(p3p008615)だ。いずれにせよラジオへの反応が薄いのは気がかりだ。
マルクの分析では、ラジオ自体は聞かれていると思われることだった。
これはアーカーシュが誇る諜報機関からの情報からも明らかだ。
放送は僻地の農村などまで届きつつあり、老婆が感涙していたなどの噂話も聞こえてくる。
「おそらく僕達の名声やラド・バウでの実績しか、考慮されていないんだと思う」
独立島アーカーシュは、今や軍事や兵站など、必要なもの全てを手に入れつつあるが、求心力に劣るというのが実情なのだ。
イレギュラーズ個々人には高い求心力があるのだが、あくまでイレギュラーズとして見られている。
だが独立島アーカーシュという『鉄帝国の派閥』としてはそうも行っていないらしい。
先のベデクトでの美咲の演説も、やはり『美咲個人』の英雄性と捉えられてしまっているようだ。
「悔しいことですが、我々は『安全な空にいるいけ好かない人々』と考えられているふしもあります」
そう述べたエフィムの言葉は、一側面において重大な課題だとも言える。
「とはいえ我々の最大の武器は古代の遺物(技術力)です。いまさら広報活動(求心力上昇)などに力を割くというのも、得策とは思えません」
ならば個々人の特性を生かしつつ、根気よく放送を続けながら、実績を積み上げる他にない。
いずれにせよ、最大の正念場はやがて来る帝都進撃となるだろう。
ラジオによって決起や協力を促すことが出来れば、この国に希望の光を灯すことが出来るはずだ。
そんなアーカーシュの地下遺跡では、天之空・ミーナ(p3p005003)やジェック・アーロン(p3p004755)、オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)達が精霊達と語らっていた。
「こんな代物を手にした以上はな」
ラトラナジュの射手となったミーナがこぼす。
「無理はしてほしくないけどさ」
同じく、ジェックもまたこの超兵器の一撃を預かる立場だった。
「そうねえ……」
一方で『フローズヴィトニルの欠片』と契約してしまったオデットもまた然り。
銀の森のエリスあたりにも話を聞かねばなるまいが。
なにはともあれ。
独立島アーカーシュは、いよいよ最終決戦の下準備へと動きだそうとしていた。
- <天牢雪獄>やがてきたるひ完了
- GM名pipi
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年02月27日 21時55分
- 参加人数33/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 33 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(33人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
●
凍てつく大気が煌めいている。
一面が雪と雲とに覆われ、軍服の上に白い布を纏った兵士達が敬礼した。
「足並みを揃えよ! 姿勢を正し! 武器を構えよ!」
居並ぶ兵達が一斉に機関銃を構える。
「恐れを捨てよ! 手足を自ら切断してしまうことこそが、最大の恐怖だと思え!」
プエリーリスの号令に、弛緩していた隊の空気が引き締まった。
前進、雪壕へ隠れ、両軍が向かい合う激しい銃撃戦が開始された。
「やるじゃない」
リーヌシュカは素直に感心する。
この戦線の勝利はほぼ見てはいるが、そこで慢心しては勝てるものも勝てない。
「仲間を鼓舞することは大事だって思うのよ」
これまで前線指揮官であったリーヌシュカは、自身が最前線で斬り結ぶことで自然に士気は高めることが出来た。だが階級の上昇に伴い後方が多くなるなら、より言葉の力に頼らねばならない。
プエリーリスから学んだのは、そうした在り方だ。
「やっほー、シュカちゃん!」
「サクラ!」
「聞いたよ! 連隊長なんて凄いじゃない!」
サクラの言葉に、リーヌシュカははにかんだ表情を見せた。サクラは小さな騎士団の団長だが、隊の運用という意味ではリーヌシュカに一日の長がある。だから逆に『習いに来た』という訳だ。
「じゃ、よろしくねシュカ先輩」
それに習うより教えるほうが、理解が深まるとは良く言われることだ。
「……サクラのいじわる。でもいいわ。見ていきなさい」
鉄帝国と天義のやり方の違いも、互いにとって興味深い所だ。
見るばかりではなんだかスパイのようだから、サクラも相違点などを述べることにした。
「結構違うね。騎士団の場合だと……」
乗り物の機動力と火器を多用する帝国式のやり方は、天義なら銃士達のやり方に近く思える。
――そんな風に時間は流れ、新皇帝派の軍勢が撤退した後のこと。
「そろそろよー」」
アーリアがひらひらと手を振った。
連隊の兵士達は司令部の建屋前に整列している。
今日はこの帝国陸軍独立混成連隊の命名式でもあった。
「自由と解放の春を照らす、乙女座の星の輝き。シュカさんと、僕らの部隊だ」
「ええ、そうね、マルク。私達の部隊よ」
独立島アーカーシュは必要な機能を全て備えた、文字通り独立した軍集団となる。
「それではマルクさん、エヴァンジェリーナさん」
アーリアに正純やすずな、美咲やリュドミーラ達が後ろから見守る中、歯車卿の言葉に頷いたマルクとリーヌシュカは、三人共に二階のバルコニーへ足を踏み出す。
眼下の兵達が一斉に敬礼し、マルクは息を飲んだ。
アーリアは思う。リーヌシュカが緊張していないようで何よりだが――
『ああもう、こっちに手を振らないの! 前向いて!』
――口パクで伝えると、リーヌシュカは慌てて正面へ向き直る。
(もぉ……)
まったく。入学式でも見守る親の気分とは、こんな感じなのだろう。
所でマルク自身はその『司令部』であるのだと――もしかして何か喋らなければならないのだろうか。
はっとした瞬間、歯車卿が一枚のメモをマルクへ差し出す。助かった。
「えー皆さん。僕達独立島アーカーシュは、独立混成連隊を組織することになりました」
兵士達の視線がマルクに注がれている。メモを元に、あくまで自身の言葉で伝える。
アーカーシュのおかれた立場、今後の展望、そして――
目配せしたリーヌシュカが、一歩前へ出る。
「その名は、ルーチェ・スピカよ!」
万雷の拍手に見送られ、三人は司令部へと戻った。
「お疲れ様」
「アーリア―……」
深呼吸と共に背伸びしたリーヌリュカの肩をアーリアは何度か叩いてあげた。
「それじゃあ改めまして」
二人が向かい合う。
「貴女の光が、人々の道筋の灯となりますように」
――ルーチェ・スピカの名を貴女に!
●
冬の日暮れは早く、雪雲に覆われた空は曖昧で――
「賑わっていますね」
「そうだな」
ベネディクトとリュティスはいくらかの買い物を済ませ、カフェに立ち寄った。
「お席にご案内致します」
ウェイターの示すカウンター席に並んで腰掛ける。
「戦時下という事だから、もっと空気はピリピリしている物かと思ったが」
「そうですね。皆様の頑張りによる所が大きいのだと思います」
「やはり、イレギュラーズや協力者達の尽力が大きいか」
帝国で好まれるジャム付きの紅茶を片手に、窓の外へ視線を送る。
街は想像していたような空気は殆ど感じられず、活気があって驚いた。
この平穏を守り抜けるよう、頑張らねばならないとも感じる。戦時下で困るのは、いつだって弱者だ。
しばしの休息。十五分ほど身体を芯から温めたら――
「見て回っていない場所へ行こうか」
「私は街の大工房に興味がありますね」
「なるほど、俺達の領地にも学びを与えてくれるかもしれないな」
「ええ、ここは技術水準が高いですし、役に立ちそうな物があれば是非とも手に入れたい所です」
兵器よりは農機具などの各種機器を優先したい。何より民達の生活が豊かになるだろうから。
後は一通り回ったなら、流行の服でも見ようか。
「ご主人様に似合いそうな物を見繕っていいでしょうか?」
「宜しくお願いするよ」
断る理由なんてありはしない。
前線基地に守られたアルマスクの街には大工房が存在する。
そこはアーカーシュの技術班――イレギュラーズにも貸与されていた。
ヨゾラは大工房へ立ち寄る。そこには自分達の手となり足となる機械たちが並んでいた。
「スノーモービル達も、機械達も……いつもありがとう」
魔術と技術を組み合わせた兵器ができれば少しは役立つだろうか。
(……できれば鉄帝を守る為、混沌の敵と戦う為に活かされてほしいな)
「うむ、俺達が取り返して活気が満ちてるのを見るのは良いな」
ヨゾラの向かいには工具を置いた錬が感慨深げに述べた。
窓の外では人々が楽しげに歩いており、視線を戻せば技術者達がレポートを片手に熱心に話していたり、工具を片手に車体の下へ潜り込んでいく様子が見えた。
「この光景を守るためにも性能向上、新規開発、ついでに遺物の解析を進めないとな!」
「そうだね。僕も頑張らないと」
ここアーカーシュでは練達で得られた知見とはまた違った知識が広がっていた。錬は興味深そうにその技術を眺めている。
「問題は鉄帝では気風の問題で古代の資料とかが余り残ってないことなんだよな……」
古代の遺物の資料へと視線を落す錬。
そこへやってきたのはニルだ。
「おつかれさまです」
温かなスープと片手間にかじれるパンを持って来てきれたのだ。きっとこれは「おいしい」ものだから。
「がんばってください!」
ニルの愛らしい声をききながら祝音は街へと歩き出す。アルマスクのことは余り知らないから、折角の機会だし美味しいものを食べてみたい。
「どんなパンや食べ物があるんだろう……お菓子、あるかな?」
横目で見えた窓には猫が欠伸をしている。祝音は温かそうにまるまる猫に笑みを零した。
「猫さんも家の人と一緒に、少しでも温まりますように」
見学に来たベネディクトとリュティスの他、バクルドとイナリも建屋に足を運んでいた。
放浪がてらの食事を考えていたが、こういうものを見るとうずうずしてくる。
「どれ、そいつを貸してみな。多少は使えるようにしてやるよ」
実のところバクルド自身はサボりがちではあるのだが。
ともあれこんなご時世、メンテナンスを怠るのは命に関わる。
イナリが見たところ、技術水準は『杜』にも似ている。
可能なら持ち帰りたい気もするが、要相談事項か。
兵器の提案もしておきたいところだが、はてさて。そのあたりも交渉材料になるかもしれない。
とはいえ兵器は必要な時期に、必要な場所に、必要なだけ存在するのが鉄則だ。
次の作戦に応じた提案をしたいところでもある。ちょうど戻ってきたリーヌシュカに聞いてみようか。
それに――イナリは最近気になることがある。
稲荷神からもたらされた情報。それは杜と天義に関わることだ。
何かがついに動きだそうとしているのだと――それについて、今はさておき。
「よぉクルザス、精が出るな」
「おう、こいつを見てくれよ」
ライが見たところ、通信機器の部品だろうか。
クルザスはもともと造詣が深いこともあり、かなり張り切って見える。
「差し入れ持ってきたし、少し休憩しないか?」
「おう、助かる! ちょうどこっちも一区切りついた所だ」
アーカーシュの技術班といえば、島の発見当初からそれを下支えしているEAMDは欠かせない。
軍用機械類の開発や整備の他、アーカーシュから地上へ物資を投下する際の破損防止などにも成果を上げている。もちろん所長のガスパーを筆頭に、この街でも整備をしていた。
「そういえば、あの子、おいしそうに育ったわよね」
「一番うまいのはキミだけど」
アリディアとノバリシアの話題は、先程通路を通りかかり何やら指示を飛ばしていたリーヌシュカへの評だが、即座にのろけにうつるあたり、なかなかこう。その――
「うちを跨いで話さないでくれないっスかね」
「えーいいじゃん」
「ねー」
キャナルの抗議はすげなくあしらわれるも。
「少佐殿は下着を買いに行くらしいのだが」
「「所長は黙れ」」
じいさんの、この扱いよ。
●
街は徐々に暗くなってきた。
通りにはガス灯が温かな光を投げかけ始めている。
人々は戦時下にありながらも活気に溢れ、なるほど帝国の民は逞しい。
イレギュラーズもまた視察を兼ねて、街で過ごしていた。
そんなこんなでノアと妙見子――マブダチは一件の小洒落た店に足を運ぶ。
淡いシプレーが香る店内には、色とりどりの化粧品が並んでいる。
「ちょっとアイシャドウが亡くなってきたのですが、ノア様に似合うコスメも見つけましょ!」
「えっ、私のコスメですか……んー」
思えばこんな風に、二人でゆっくりと過ごすのは初めてかもしれない。
「……ノア様はブルべ夏さんなお肌だと思うので……このリップとかどうですか?」
「……ブルベ」
「青っぽいパステルピンク系のお色ですよ!」
可愛らしいスティックと肌を見比べてみる。
「こっちのローズレッドも似合いそうですね……むむぅ……」
双方どちらも美貌に恵まれるが、選択肢が多いというのも悩ましい。
「あ。せっかくですし妙見子のアイシャドウ、ノア様に選んでほしいな~って……」
「私が選んでもいいの? 私、素人だからよくわからないけど」
しばし迷ったノアは、妙見子にパレットを見せた。
「このオレンジ色のとかが良いかな?」
こうやって穏やかな日が続くことを願う。
そしてもっと一緒にお出かけするのだ、例えば――温泉旅行とか!
「ムシャムシャムシャムシャアアアア!!!」
雑草ムシャムシャくんがユーフォニーの頭上でふわりと花を咲かせ、沢山のドラネコさん達が飛んで追いかけてくる。ふと立ち止まると、山口さんが通りの向こうを曲がって行った。
(アーカーシュに初めて辿り着いた時はまだ春頃でしたっけ)
あの時は、こんな風になるとは全然考えてもみなかった。
胸に過ぎるのは魔種ターリャのこと。
今頃どうしているのだろう。国をどうにかしようなんて、すごいと思ったのは本心だ。
見た目も可愛らしい少女であり、魔種とは思えない。
だからたとえば――
「あっ……」
あの店の服だって似合いそうに見える。こっちの店のアクセサリーも。
スイーツだって好きだったりするのだろうか。
こんな願いや空想――今はそれしか出来ないけれど。
ほんの少しでも良い。ターリャが怒りに苛まれることのない、穏やかな時間を過ごせていたら――
向かいの店では、ココロがほむらとオーディオショップに顔を見せていた。
「……え、すご。吹奏楽やるんですね」
「そうなんです。自分の演奏を録音してチェックしたいから、イヤホンとか欲しくて」
ヘッドホンを手にとると希望ヶ浜あたりと比べてかなりレトロに見えるが、ある種の可愛さがある。
「こういうのだとしっかり聴けるんですが、こっちだと使いやすいかもっていうか」
「あ、じゃあオーバーイヤー型がいいですね。ほら! 朝に頑張って髪をドライヤーでふわっと創っても、ヘッドホンだと崩れるのが嫌なのです。わかりますよね?」
「あー……それはたしかに。そのへん私はイヤホンですね。Bluetooth……は、さすがにここにはないか」
ほむらが「よくなくすんですけど」などと言いながらイヤホンを探す。
「これとかどうでしょう?」
「では、視聴しましょう!」
「は、はい!?」
ココロはほむらと腕を組み身体を寄せると、ほむらは「あわわ」と頬を染める。
二人で片方ずつイヤホンを付けると、レコードにそっと針を乗せた。
「ね、クラシックもたまには良いでしょう?」
「あー、たしかに。いい感じですね」
あとは巨大なスピーカーを経費で。ラジオに活用するのだ。
そんな店の二軒隣では重大任務が開始されようとしていた。
「命名式は立派でしたね、リーヌシュカさん」
「えっへへ、正純、ありがと! 嬉しい」
そんなリーヌシュカだが、なんだか風格が増したようにも思う。
すずなもまた胸をなで下ろす心境だった。良かった。
「さて、今日のメインイベントはこれから!」
アーリアが胸を張る。そう、重大任務だ。
なんせこの前は正純ともども突然呼び出され。
「びっくりしたんだからね!? ねぇ正純ちゃん?」
「ええ、まあ。さすがに驚きはしましたが」
それは正純のみならずすずなも――だけれども。
「あ、はい……いえ、その。――ご、ごめんなさぁい! 私ちょっとそういうの疎くて!」
なんせサラシである。とはいえこれはこれで便利なもの。
すずなはすずなで、あらかじめ希望者向けに購入しておいてある。
「もう誰かに頼るしかないってなっちゃって! パっと浮かんだのがアーリアさんと正純さんだったんですよぅ……ゆるして!」
「ええ、まあ……。身だしなみですから、つけないという選択肢はありませんからね」
ともあれ成長著しいリーヌシュカは、きちんとした下着が必要になったという訳だ。
「サイズの合わないものを付けると体型や健康にもデメリットがあります」
「そういうものなのね」
「ですからリーヌシュカさんが今後もより活躍するために適切な下着を選び着用すべきです」
リディアの説明に、リーヌシュカは納得したような表情でなんだか頷いた。
そんな訳で店員にサイズを測って貰うと――結構その、なんというか結構なものだった。
「すごい! あのね! 聞いて!」
リーヌシュカが数値の書かれた可愛らしい紙を振る。
「くれぐれもその『サイズ』、「大人なのよ!」なあんて、あちこちで言わないこと」
「はーい」
アーリアの注意に頷き、そんな訳でいざ試着。
「これなんかどう?」
「ほらカーテンをあけない」
仕方ないから一緒に入ってやる。
「他にも色々入り用ですからね」
細かな小物は正純が購入した。より多くの人前に立つのだから、色々と必要だろうと。
「可愛いのも大人っぽいのも着けてみたくて迷ってしまいます」
リディアは、こんな風にわいわい言いながら買い物するのが、気分転換になればいいなと思う。
「それじゃ少佐就任祝いに、おねーさんが買ってあげましょー!」
「アーリア、いいの!? ありがとう!」
「本当、何からなにまですいません……私のほうからも、ありがとうございます」
リュドミーラが正純とアーリアに、どこか申し訳なさそうに感謝の言葉を述べた。
「あ、ねぇついでといってはなんだけどすずなちゃん、私にもサラシの巻き方教えて頂戴な!」
「私にも教えて!」
何日も帰れない仕事だと、替えたり洗ったりが便利そうでもあるのだ。
「はい、じゃあサラシの巻き方です。勿論アーリアさんにもお教えしますよ!」
すずなが数枚のサラシを手にとる。
「――ほら、正純さんもサラシ巻けるでしょ、手伝って!」
「ええと、はい。私も仕事の時はつけたりしますが慣れるまで大変ですよね……」
正純がぼやく。和装、それも弓引きとなればこのあたりの悩みは深い。
「飛んだり跳ねたりする際にも役立ちますからね、ここはこうやって、と」
「くすぐったい!」
「少し我慢して下さいね」
リーヌシュカがけたけたと笑う。
「ってああー、もう! シュカさん暴れないで!
リュドミーラさん! ちょっとこの元気っ娘を抑えててください!」
「あーあー、はい、ほんとにもう」
「アーリアさんのサイズだとここは」
「上手くいかないわねぇ、ちょっとそっち引っ張って――ってぐええ、締めすぎよぉ!」
「あ、あれ? すみませんキツいですか!? アーリアさんスタイルいいですもんねえ……」
だとすると――
「じゃあこれ位かなあ、よいしょ、っと!」
「ふんふん、なるほどこうやって……あら器用」
はてさて。
そんな買い物を終えたらあとは夕食にでも行こうか。
「よし一緒に飯を食いに行くぞ」
こちらも大工房から大通りへ、バクルドが姿を見せた。そろそろ飯と酒の時間だ。
そのへんの技術者達もひき連れて、明日への糧を得るために。
休息がなければパンクしてしまう。
こんな日には、とことん飲んで食うのだ。
近くでは肩で風を切る『社長!』キドーがルンペルシュティルツのスタッフを従えていた。
いつまでもお客様気分ではいけない。地元に金を落とすのも企業の務めだ。
酒場の予約席に陣取ると、ちょっとした前菜と、エールの樽が運ばれてくる。
「野郎共! 南国のリゾートから絶賛内戦中の北国へ遠路はるばるよく来てくれた!」
キドーの挨拶に喝采が沸いた。
「今日は奢りだ。この先も常識的な範囲なら経費で落とす!」
更に盛り上がる中、まずは乾杯。
スタッフ達がジョッキを一斉に飲み干した。
今日は無礼講だ。こんな時ばかりは恨み言だって聞いてやろう。
ともかくこれから進撃する軍人達にかわって、街の治安を維持するのが仕事だ。
市民を装う囚人だのスン皇帝派のスパイだのをとっちめる。
そのためにこの街や派閥に馴染んで貰わねばならない。
「顔を覚えろ、立場を知れ」
賊上がりなら悪党のにおいは嫌と言うほど知っているはずだ。
ならば次は、守るべきもののにおいを覚える番だ。
「期待してるぜ」
「もちろんでさあ!」
このスタッフ達は先入りしたが、そろそろ幹部達もベデクトに到着しているだろう。
●
食事時も終わり、夜。
そんな街を見下ろす浮遊島アーカーシュ――
「マーシー見てみて! これがアーカーシュだよ!」
セシルはトナカイのマーシーが引くソリに乗り、空からアーカーシュを眺めて見る。
こんなに大きな島がどうやって浮いて、動いているのだろうか。なんとも不思議なものだ。
「あ、あの浮いてるのは精霊かな。綺麗だね」
一気に近付いて、話しかけてみる。
「こんにちは! 僕はセシル・アーネットです!」
呼びかけに答えるように、風の精霊がりんと瞬いた。
「アーカーシュの精霊さん、よかったら僕とお友達になってくれませんか?」
言葉は聞こえなかったけれど、きっと頷いてくれたように思う。
ムサシは想う。この空飛ぶ島が見つかってから、もうじき一年にもなろうとしていると。
いろいろなことがあったが、終わってみれば過ぎ去った時間はあまりに早く。
魔王がいたり、大佐が反転したり、そして帝国全土を巻き込むこの戦いへ。
(戦いが終わったら……今度は平和に島を巡ってみたい、でありますね)
そんなアーカーシュには唯一の村レリッカがあり、ジェックはそこへ訪れて居た。
「わあ、ジェックさんだ! いらっしゃいませ?」
「店じゃないんだからさ。てか、どうもお久しぶりです」
「こっちこっちー! あ、髪切ったんですね、前も素敵だったけど、似合います!」
ユルグにヨシュア、カティがはしゃぎながら出迎えてくれる。
「あ、うん。ありがとう」
あの騒動以来、いつ来ても平和で心が和む。
それはそうと、この島には空を飛べる人が多い。ちょっと色々話を聞きたいところだった。
初代調査団の子孫達には飛行種が多い。
「やあいらっしゃい」
現われた村長は旅人という話だが、本当だろうか。どうみても亜竜種である。
「羽があるね、綺麗!」
そう言ったカティに、思い切って尋ねてみる。
「ねぇ、翼を広げる、動かすってどんな感じ?」
「うーん。えっと、こう、えいっ! ってやったり?」
ふわりと浮き上がったカティを真似ようとするが、やはり感覚的に行っているのだろう。
どうにも上手く行かない。
「翼を触られると触られたのは分かるんだけど、自分で動かすのが難しくて……」
「オレはまず肩のこのへんに力をいれてるなあ、こう、まずは肩甲骨を開く感じで」
「僕はこう、こんな感じでぶばーって風の精霊を……」
教え方は理論派のヨシュア、感覚派のカティ、魔術派のユルグだが――
やはりうまく伝えるのは難しいらしい。
肩で力むと――確かにちょっと動いたかも。
けれど上下に羽ばたくなどは、かなり難しい。
「ちょっと一緒に飛んでみる?」
カティと向かい合い、飛び上がると、僅かに風を掴んだ感覚がする。
「私が幼い頃には、一メートルぐらい飛び降りながら練習したかなあ」
ふいに言ったのは村長だった。
「行ってみようよ!」
振り返りながら駆け出す三人を追うと、童心に返ったような気がしてくる。
「危ないことするんじゃないぞー」
難しいけれど――楽しい!
そういえば初めてアーカーシュに来た日は、好天だったのを思い出す。
ニャンタルは村の者にことわり、原っぱでごろ寝させてもらったものだった。
雪空であっても、見上げればやはり空が近い。
今は雪に覆われた上、空には二つの太陽――異常な状態だ。
見えないストレスも抱えているだろう。ならば働き口の提案だ。
一つはアーカーシュ・ポータル。入管管理の仕事。
もう一つはニャンタル達が解放してきた遺跡の施設などだ。
サウナや温泉、ラジオに食品加工工場など、多岐にわたる。
生活を無理に替える必要もないと思うが、提案してみるのは悪くないと思える。
長老の木――カルマートの根元に佇む談話室『カルマート・ハウス』。
オデットはその一室で、小さな宝珠へ語りかけていた。
カルマートのように、この島で名付けさせてもらえるほどの縁を繋いだ精霊達と。このフローズヴィトニルの欠片と。この宝珠だってきっと精霊達の仲間だと思いたい。彼等は困惑するかもしれないが――
契約だって出来たのだ。まだ悪しきと断じるには早計と感じられる。
正直に云えば、可能性の希望に縋りたいとすら願う。
それにこの力を使うには、銀の森のエリスは命を削るとも言われている。
だったら自身が代わってすら良いとも思うのに、それでも――まだ宝珠は何も答えない。
(何よりあなたを氷の力を操れるただの道具としては扱いたくないの)
せめて話せるように。せめて声だけでも、届けられるなら――
地下遺跡中枢――ショコラ・ドングリス・コアではミーナとグリーフが大精霊と対話していた。
ブリッジに相当する室内から見える、大地に向かい突き出した砲身――ラン・カドゥールの根元。
その近くにある石室の中には二つの玉座があり、大精霊ラトラナジュとセレンディが居る。
「そうなのぉ」
「はい」
グリーフは今日もラトラナジュに外の出来事を聞かせていた。
思えばこの習慣はずいぶん長く続いている。セレンディはともかく、ラトラナジュのほうは、はじめは対話能力すら失っていたが、最近はグリーフや技術班の対応によって以前の状態を取り戻している。
「ラトラナジュ、貴方はもともと精霊、神霊でしたね」
「そうねぇ」
「けれど、かつてのあなたに、自由はあったのでしょうか。アーカーシュに縛られていたのでしょうか。それは、与えられた役割だったから? それとも、あなたがそう望んだから?」
ラサのイヴも、練達の秘宝種達も新たな生命として、世界を己が意思で歩み始めた者達も居る。
ラトラナジュ達は、いったいどうしたいのだろうか。
「んぅー……昔のことだから。でもずっとずっと、嫌じゃないかなぁ」
精霊というのは、きっとこういう存在なのだろう。
自身はいま『ほっとした』のだろうか。ともあれ選択肢は無限にある。
なによりグリーフ達は、特異運命座標――可能性の獣なのだ。
「単刀直入に問うぜ? ラトラナジュの火を強化する方法はあるか?」
そう尋ねたミーナの瞳は真剣そのものだった。
その方法がラトラナジュを含む他の誰かを犠牲にするものなら、ミーナは使うつもりはない。
だが――ラン・カドゥールの引き金を引くであろう自身のみであるならば、戸惑わない、躊躇わない。
「……」
ラトラナジュはひとしきり考え込んでいる様子だった。
「正直言えば、私は皆の未来を見たいんだよ。一緒にこの世界を見ていきたい」
戦いが終わった時、大精霊を縛る運命は何もなくなるはずなのだ。
「だがね……あの男はそれを消し潰そうとしている」
新皇帝――冠位憤怒バルナバス・スティージレッド。
「なら、私は……どんな手を使ってでも、それを止めたい」
心残りがないといえば嘘になる。それこそ、語り出したらとまらないほどに。
本心でいうならば、面倒事になど関わらず平穏無事に暮らしていたい。
けれどそんな望みより、皆の未来を掴みたいと伝える。
(それに……私はなんだかんだ、十分に生きたからな)
ラトラナジュは「あったらつたえる」とは約束してくれたのだが――
●
こんな日でも、会議室では様々な話し合いや検討が行われている。
アーカーシュの今後について、風牙は話を聞いていた。
「ウッス。お邪魔してるぜ。あ、お構いなくどうぞどうぞお話続けて」
「ええ、どうぞ」
歯車卿が答えた。風牙はザーバ派ではあるが、同じくエッダも輪に加わっている。口出しはしない。
そもそも風牙は派閥という言葉を余り使いたくはないのだ。
国が割れているという感じが強くなるから、好きではない。
それにどこに所属していようが、皆この国を取り戻そうとしている仲間だと思う。
だからこの空飛ぶ『仲間』の現状と、今後についても知っておきたいのだ。
仲間とはいえ離れていれば、すれ違いも生じるだろうから。
要するに「ダチのことをもっと知りたい」というだけのこと。
なにせ総力戦も近いのだから、息を合わせたい。
「次の議題はいよいよ帝都奪還に向けて、アーカーシュはどう動くか、ですね」
「ええ、そちらを詰めておきましょうか」
アーカーシュの指令となりつつあるマルクが話を始め、歯車卿の同意と共に一同が静聴する。
不凍港からの物流網が地上、地下でつながるならば、全土支援はそちらのルートで行うことが出来る。
ならば作戦自体はどうするか。
北辰連合と連携して西進、敵支配地域を奪還しつつ、ルーチェ・スピカとイルドゼギアエアフォースの陸空連携による機動戦が良いだろう。縦深に展開し首都を目指す形になる。
「エアランド・バトル、と言うらしいね」
後はベデクト海軍、豊穣と海洋の連合艦隊はどう扱うのか。
北海は流氷に覆われているから、地上軍を派遣する他ないのか。
だが豊穣は四神を連れてくる可能性があり、まさかの一手があるとするならば――
「――北回り」
誰かが息を飲む。
それにラトラナジュの火についても、実用化を詰めたいところだ。
帝都の広域を破壊してしまっては元も子もない。
「それにしても、僕が司令部『大将』ですか」
「まあ、実際のところ事実ではあるかと」
無論正規の士官ではなく、マルクは軍属でも鉄帝国人でもない。
歯車卿とて自身を兵站担当の少将相当とは言うが、文官であり軍人ではなかった。
それでも歯車卿からの信頼ならば、それが終戦への最善手なら――
「『権限』ではなく『責務』として。『命令』ではなく『期待』として」
マルクと歯車卿が握手を交す。
「司令部大将の任、謹んで拝命いたします」
「よろしくお願いします」
「ほむら氏、そこのおっさんには近づかないほうがいいスよ」
「……?」
近くにはジオルドとマキナがおり、おっさんというとジオルドだ。
彼等はアーカーシュの諜報機関に所属しているが、実のところ練達の『00機関』が本業である。
だが冠位討伐という利害が一致する現状、機関はアーカーシュを手助けする方針に切り替えたようだ。
不安材料としては美咲を査定するために盗聴器を付けた件もあるが、それより何よりジオルドは三度の飯より軍事教練が好きなタイプの変態だという点なので、それを教えてやる。
「迂闊に近づくと休みの日に布団から出られない身体にされまスよ」
「……えぇ、それは無理み強いですね」
「安心しろ、体力は軍に入ってからつくものだから問題ない」
「い、いやいや無理ですって普通に」
「普久原でも佐藤レベルまで鍛えられる」
「ほら、早速論点が違うことを言ってるし」
「さて、元々別だった部隊が統一した動きができるよう調整を行う必要がある」
美咲を無視したジオルドが、一同を見渡した。
確かに独立混成連隊ルーチェ・スピカは付け焼き刃の状態だ。
「……つまりは訓練だな。俺も元軍属のようなものだ。できることはやっておこう」
理想は落下傘による空挺能力の取得。
ローレットが先行し、一般兵が追従できれば上々だ。
「そういうわけだから佐藤、お前とマキナは明日から教練に参加だ。6時のラッパで起床するように」
「うえー……ハイポート走とか何年ぶりだと思ってるんスか……」
世界越えてまで走らされるとか思ってもみない。
この『三佐』、一般職のにどこまで求めるのか。というか。
(ちょっと楽しそうなのが腹たちまスね)
この筋肉主義者め!
それからしばらくの間、マキナと美咲、それからなぜかほむらが。早朝、機関銃を手に、今にも死にそうな表情で走る様子が見られたという。
「それはそうと、この戦い。勝つつもりだが、どうせ新皇帝を倒したところで、次は復興という戦いだ」
「確かにそろそろ戦後のことも考えたいんスよね」
美咲は終戦間際に気を抜くのはフラグも良いところだと続けたが。
ともあれそろそろ考え始めねばならない時期でもある。やるべきことは余りに多い。
ヤツェクはアーカーシュが今やっているような『人助け』をフットワーク軽く、イレギュラーズ抜きでもやれれば良いと考えていた。
「ついでに銭も入る形でな」
「それでボクの登場って訳かい」
リチャードがおどけた。
ヤツェクは思う。自身のような風来坊が社会福祉を語るのはアホみたいだが、『そういうの』がない所で生きてきたからこそ、重要性が分かるのだ。無頼向きの人間など居はしない。頼れるものがないまま魔種になるなど――たとえばターリャのように――良くある話だ、
とはいえ現状では鉄帝国の次期皇帝が誰になるのかはおろか、帝政そのものの継続すら分からない。
後者ならば混乱は冗談にならないだろう。
「とまあ、だからこそ財団に基金。国以外にもいざという時の支えの杖を作っておきたいってえ訳だ」
「なるほどねえ」
「という訳でマクグレガー隊長、いっちょ財団経営という賭けに出てみないか?」
彼なら未来に投資し、自身の利益を確保する程度は出来るだろう。
冒険譚ではないのは分かっている。だが何時でも開拓者の後ろには有能なブレインが、英雄の助言者が、バイプレイヤーが居るものだ。
「何ならアンタの会社の直属吟遊詩人になってもいいぞ、おれは」
「ほうほう」
「冒険譚をせっせと書き下ろしてベストセラー量産してやる。どうだ?」
「しょうがないなあ、キミってやつは。放送局のついでに、手を伸ばしてみるさ」
「よしきた!」
そんな輪のやや外側で、ヨゾラと祝音もまた話しを聞いていた。
「煌めきの都市『ヴォロニグダ遺跡』の活用法かぁ……やっぱり人に住んでもらうとかになるかな」
「そうなのかも?」
込み入った話しはヨゾラと祝音にはついていけないことも多く、気晴らしに二人は星空の下へ。
「アーカーシュの星空は見ていて綺麗だ」
「あ、猫さん」
二人の前を歩いていたキジトラ柄の猫を祝音は抱き上げる。
「可愛いね」
「バルナバスを倒せば、きっと平和になる……たまには遊びに来たいな」
会議も終わり、一同が席を立った時。
「今日も御苦労だった」
「うん、エッダもお疲れ様。ねえ、どう? どうだった?」
振り返るリーヌシュカに、僅かに言いよどんだエッダは答える。
「……少佐相当に、求めている水準には達しているな。いや、元々か」
「ってことは、合格でいいのね!?」
「そうだ――」
エッダは言葉を切る。聞かせるべきか否か、いや聞かせておくべきだろう。
「――私はそれでも、貴官にはまだまだ尉官で居て欲しかった」
「うん」
「向き不向きではなく、信頼できる後方指揮官が一人増えるということは、信頼できる前線指揮官が一人減るということだ。言っても詮無きことだが」
「うん……そうね……。分かってる。分かってるつもりよ」
「さて今日の内容を踏まえて何か、質問はあるか?」
「うーん」
軍務のことでも、個人的なことでも、下らないことでも良い。
今、この国には大人がいないのだ。
年齢の話ではなく、『誰かを教え導く余裕』が誰にも等しくありはしない。
だからリーヌシュカが大人にならなくてはいけなかった。
だから自身がそれを乞われたのは、嬉しかった。
だからこそ――出来る事は何でもしてやりたい。
「エッダは佐官になって、何かかわったこととかってあった? その、考え方とか」
なるほど、彼女は『人生の先達』を欲しているらしい。
話し込み、色々教えてやった。軍人としてはきびきびと、しょうもないことには軽く。
時には愚痴なんかも交えて。
――私は実は相当世話好きなのです。
本物の妹もものすごく構い倒していたら、いつの間にかものすごく……いえ。
だから、貴女も可愛いのですよ――年下の友人さん。
アルマスクの街に勝利の報がもたらされたのは、そんな夜の翌々日の事だった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
アーカーシュの日常回でした。
決戦に向けた鋭気が養われたならば幸いです。
エッダさんによるリーヌシュカの佐官教育も無事に終了しました。
あと後日のお話が、TOP下部のリンクから別ページに(たぶん本日)掲載予定です。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
●運営による追記
本シナリオの結果により、<六天覇道>独立島アーカーシュの技術力が+10されました!
GMコメント
pipiです。『日常回』だ!
独立島アーカーシュの状況をまとめる日常イベシナです。
時系列は先日リプレイ公開された<クリスタル・ヴァイス>返却後。
そして<ジーフリト計画>の結果が出る直前あたりです。
普段派閥で活動していらしゃる方も、あんまり参加してないなーなんて方も。
これを機会に遊んでいって下さいませ。
他派閥の方でも、アーカーシュに関わりある方や、関わってみたい方も是非どうぞ。
●目的
独立島アーカーシュやその周辺で、各自が思うように過ごすこと。
●フィールド
独立島アーカーシュです。
アルマスクの街にもアプローチ出来ます。
●独立島アーカーシュ
皆さんが所属したり、協力したりしている派閥です。
●同行NPC
・『歯車卿』エフィム・ネストロヴィチ・ベルヴェノフ(p3n000290)
・『セイバーマギエル』リーヌシュカ(p3n000124)
・普久原・ほむら(p3n000159)
などです。
アーカーシュまわりの関係者は割と居ます。そのあたりはプレイング内に記載しても、EXプレイングでご指定頂いても構いません。
●描写
独立島アーカーシュと無関係なプレイングは、採用率が低くなりますのでご注意下さい。
(たとえば帝政派の状況などといったもの)
●特殊ドロップ『闘争の誉れ』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争の誉れ』がドロップします。
闘争の誉れは特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
行動方針
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】前線基地で過ごす(昼過ぎ)
時刻は昼頃です。
鉄帝国軽騎兵隊、ノイスハウゼンの陸軍、アルマスクの陸軍を合わせて、『独立混成連隊』が新設されました。
連隊長となるのはリーヌシュカであり、皆さんたち独立島アーカーシュが指揮する大部隊となります。
皆さんはリーヌシュカに作戦を教えてあげたり、おしゃべり相手になってあげたりしましょう。
皆さんが実際に、お手本の指揮を見せても構いません。
他には、旗下となる軍人達に訓練を施すなども可能でしょう。
他には部隊の命名式なんかをやってもいいでしょう。
(出発までには部隊名が派閥ギルドのほうで決まっていると思われますので)
NPCや関係者としてはリーヌシュカやリュドミーラなどが居ます。
【2】アルマスクの街で過ごす(夕方)
時刻は夕方ごろです。
皆さんによって解放されたアルマスクの街は、活気に溢れています。
この街を視察ついでに、買い物や食事などをして楽しみましょう。
またアーカーシュには街の大工房が与えられており、各種機器や兵器などの整備や作成、提案などを行うことも出来ます。
NPCや関係者としては仕事を終えたリーヌシュカやリュドミーラ。あとは普久原ほむら、それから派遣会社ルンペルシュティルツの人々などが居ます。
【3】アーカーシュで過ごす(夜)
時刻は夜です。
ここでは独立島アーカーシュの今後についてあれこれ話し合ったり、精霊達とおしゃべりしたり出来ます。
またラジオ放送設備などもあります。
あとは、そうですね。手に入れた煌めきの都市『ヴォロニグダ遺跡』の活用法だとか。
あとはパーティーなんかもどうぞ。
NPCや関係者としては歯車卿の他リーヌシュカやリュドミーラや普久原ほむら、それから派遣会社ルンペルシュティルツの人々などが居ます。
またラトラナジュやセレンディといった精霊達や、レリッカ村の人々も居ます。あと00機関の方とか……。
【4】その他
他にやりたいそれらしいことや、複数の選択肢をまたぎたい場合などにご利用下さい。
複数選択の際には番号も合わせて併記くださいませ。
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