シナリオ詳細
<Stahl Gebrull>Wrath of God
オープニング
●
魔種パトリック・アネルの討伐を目標とする鋼の咆哮作戦は、一刻を争っている。
主砲『ラトラナジュの火』により、ノイスハウゼンの街を壊滅せしめた浮遊島アーカーシュは、帝都スチールグラードへと徐々に移動を始めている。
首都への砲撃そのものはイレギュラーズが獲得した『セレンディの盾』により無効化出来た。
アーカーシュの空に描かれた、幻影のスクリーン上に立つパトリックが激昂している。
喚きちらし、隆々とした腕で机上をなぎ払い、玉座のような椅子を蹴倒そうとしてよろめき、ピストルを三度ほど撃った。飛び散った弾丸の破片がパトリック自身の頬を掠める。
「……そうじゃあねえだろ」
首を横に振ったヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が吐き捨てた。
彼の知る大佐はいけ好かないクソ軍人ではあったが、アンガーコントロールが利いた冷静沈着な人物のはずだ。絶句したキドー(p3p000244)も知る通りに、中々のうぬぼれやであり、多いに自信家であり、かなりの自慢家でもある。強引なやり方で組織をかき乱し、自身の利益を浚う小ずるい男でもある。
だが、断じてこうではない。
「ふざけんじゃねえぞ!」
キドーが放つスクリーンへ向けた毒塗りのダーツが、パトリックの眉間を穿ち大空へ消えた。なんならパトリックよりも、冠位憤怒よりも、怒っている自信がある。
「誰の呼び声だったのでしょうねぇ」
小金井・正純(p3p008000)はパトリックを憤怒の魔種と断定していたが、呼び声の主は知れない。
冠位怠惰カロンを倒したのはごく最近だが、敵陣営に動きがあったとすれば、
「もしかしたら、冠位……憤怒」
カシエ=カシオル=カシミエ(p3p002718)の呟きに、戦慄が走った。
確かに冠位憤怒バルナバスが動き出したとしても、なんら不思議はない。バルナバス自体は数年前の幻想で争乱が発生した際に観測されているが。
とはいえ、現時点で結論の出ない問題をあれこれ思案する時間はない。
「あくまで分からず屋の諸君等には、最高のショーをご覧にいれよう。見たまえ」
怒りに引きつった笑みを浮かべるパトリックが、両腕を広げ――地響きがした。
「アーカーシュの高度が、僅かに低下!」
帝国軍人が叫んだ。
「このままスチールグラードへ向かうとしよう、島自身を究極の兵器としてね」
パトリックが高笑いした。
「歪みすぎよね、けれど」
これがデモニアという生き物なのだと、痛感させられる。
アーリア・スピリッツ(p3p004400)の言葉通り、行動の何もかもが正気の沙汰ではない。
だが戦いの準備はようやく済んだ。
だったら――
「諸君、戦争の時間だ」
後ろ手に組んだエッダ・フロールリジ(p3p006270)が一同の前に歩み出る。
軍人達が姿勢を正し敬礼した。
この決戦『鋼の咆哮』作戦の総指揮を執るエッダが続ける。
「既に諸君が知っての通り、特務大佐パトリック・アネルはこのアーカーシュを我が物とし、その力を以て皇帝の座に就くつもりらしい。
我が帝国、皇帝陛下に弓引く行い。――それは良い。
私はそれを全力で打ち倒すが、帝位に挑むのは万民に与えられた権利だ。止めこそすれ、咎め立てるものではない。それが本当に彼の意志ならば」
エッダの言葉を、誰もが静聴している。
「許せないのは、魔種だ。
魔種の力に頼ったことではない。魔種の力に負けたことでもない。
己の意志、魂、それを歪める魔種という存在が許せない。
"我が同胞"の魂を凌辱しつくした魔種という存在を許さない。
見よ。我が瞳を。我が拳を。我が怒りを。
私の怒りは諸君の怒りだ。諸君ら全ての怒りを、私は今ここに抱えて立っている。
今回の作戦は、特務派と、そしてギルド・ローレットの力を存分に借りるものだ。
元よりこの地にて尽力してくれた皆には忸怩たる思いもあるだろうが、堪えて欲しい。
敵は強い。そして狡猾だ。無論諸君の武力はそれに何ら劣るものではないが、敵もそれを存分に知っている。とても良く知っている。必ずや諸君の枕元に立ち寝首を掻いてくるだろう。
そうはさせぬ。私は意地でも戦ってやろう。鉄帝らしく――鉄騎らしく戦ってみせよう。
その為に、智恵も使おうと決めたのだ。この怒りは私だけのものか? 諸君だけのものか?」
兵士達の瞳が熱を帯びた。
「そうではない――振り返って見よ。特務派の者たちの目を見よ。彼らもまた等しく抱いている。我らのいとしい闘争を、我らの手から奪った魔種への怒りを。
共に怒りを抱く我らは、これより共に一つのうねりとなって戦いに赴く」
――傾聴せよ!!
この戦いは叛乱の討伐では断じてない。
復讐だ。
報復だ。
パトリック=アネル特務大佐の弔い合戦だ!!
諸君らは何者だ!!
その魂を汚辱したものは何だ!!
我らの怒りを、鋼の咆哮を、敵に聴かせてやれ!!
割れんばかりの怒号が響き渡り、戦争が始まった。
大空を覆い尽くすほどの黒い点――無数の古代兵器が遺跡深部から射出され舞い上がる。
向かう先はここ――イレギュラーズと帝国軍の拠点となっているエピトゥシ城だ。
「迎撃用意!」
アーカーシュが帝都へ落下する前に、あの古代兵器の群れを迎撃し、遺跡深部へ進軍して魔種パトリック・アネルを討ち取る。単純な作戦ではないか。
ワイヴァーンに跨がったイレギュラーズが手綱を打つ。
翼が風を切り、無数の竜騎士達が大空へと舞い上がった。
「それで、こっちは地下って訳ですか」
「ええ、私達帝国軍がイレギュラーズの皆と協力して遺跡を制圧、その隙に魔種を仕留めるの」
ヨハン=レーム(p3p001117)に、リーヌシュカ(p3n000124)が頷く。
「だはは! ま、背中は任せときな!」
ヴェガルド・オルセン(p3n000191)が豪快に笑う。
「鉄帝国軽騎兵隊員に告ぐ! フロールリジ大佐の命により、私達はイレギュラーズと共に遺跡深部を再制圧するわ! 死に物狂いで戦いなさい!」
この戦域はパトリック・アネルが占拠する遺跡最深部に進撃することになる。
魔種としてのパトリックには交戦相手を弱体させる能力、及び自軍を強化する能力があるようだ。
パトリックに従う敵を撃破しつつ、討伐することになるだろう。
大規模かつ長期戦が予想される以上は、補給路の確保も大事だろう。
そしてパトリックの撃破後にはアーカーシュの落下を止めなければならない。
どれも重要な任務だが、成すべきを成す他にない。
遺跡の最奥へ。
いざ、進撃開始だ。
- <Stahl Gebrull>Wrath of GodLv:30以上完了
- GM名pipi
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年09月02日 22時23分
- 参加人数56/56人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 56 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(56人)
リプレイ
●Enemies In Fidelity I
吹き付ける蒸気が薄い金属板を振動させ、金管から威圧的な発せられる警告音と共に戦争が始まった。
サイレンに負けないほどの大きな声で、兵士が叫び始めている。
「アーカーシュ、徐々にですが高度を下げています!」
沙月に届いた兵士達の声音はひどく慌て、上擦っており、どこか投げやりにも聞こえるが――
「ご安心下さい」
沙月はつい、兵士の背に手のひらをあて、「全力を以て阻止させて頂きましょう」と続ける。
「ったく、しょうがねーなー」
二振りの姉妹刀を抜き放った秋奈が勝ち気に口角を上げた。
憤怒の魔種へと反転したパトリック・アネルを討伐し、アーカーシュの制御権を奪い、島の落下を防ぐというのが鉄帝国軍ならびにローレットのイレギュラーズへ課せられたミッションである。
「よくわかりませんが、魔種が出た……ああいや『なった』んでしたか?」
ともあれ――ベークは思う――いずれにせよ、そうなればイレギュラーズの出番という訳だ。
「始まりましたね……燃えてきました!」
拳を握りしめ、奮い立つ迅に兵士達が呼応し、雄叫びを上げる。
「ブレイジング・ブルー……起動! さあて、戦争のお時間ですわね」
リドニアの腕に蒼い炎が燃え上がる。
最後の戦いの相手がローレットのイレギュラーズで良かったと思ってもらえるよう、全力を振るう。
「アーカーシュ落とすとかマジで言ってんスかあのオッサン!?」
葵が眉をひそめた。
特務大佐も気になるが、制御部を制圧出来なければ戦は負けだ。アーカーシュが帝都へとつっこむことになる。そうなれば大惨事どころの話ではない。
「クレーターどころの騒ぎじゃねぇぞ」
なんとしてでも止めなければ。
「……ここが正念場っスね、気合入れてくぞ!」
キックオフだ。
しばし黙考したヘイゼルの戦力は個として完結している。戦線の弱点を補う、謂わば遊撃兵が出来る。
それではゆるりと参ろうか。
圧倒的な速力から産み出される真空の刃が、迫り来る機械兵を両断する。
「遺跡一つで、これだけの兵器を生み出せるとは……」
微かに唸った支佐手の言葉通り、アーカーシュには『ラトラナジュの火』なる超兵器が存在し、パトリックの操作によって眼下の町ノイスハウゼンを(おそらく半ば)吹き飛ばしたと聞く。被害の全容は未だ掴めていない状態である。これが帝都に撃ち込まれでもしたなら、考えたくもない事態になるのは明白だ。
「あんな恐ろしい火、もう二度と撃たせるもんか……」
繧花は自身を本件の『部外者』と定義しているが、この気持ちだけは本物だとも断じている。
作戦というものは丁寧に順を追うべきで、まずは四天王のクローンなる怪物を止めねばならないだろう。
禍々しいリボルバーの拳銃を握りしめるジョシュアもまた首を横に振った。
(僕がエリュサ様と住んでいた街も何かが違えば、ラトラナジュの火に巻き込まれていたかもしれない)
いくら良い想い出がなかったのだとしても――被害が出て良いなどとは思えないから。
「ヴェガルド殿、リーヌシュカ殿、これよりわしらは四天王の討伐に向かいます。背後に迫る敵は、お願いしても宜しいか?」
「へっ、頼らしてもらうぜ、兄ちゃんよ」
「いいわ、豊穣の方」
「支佐手と申します」
「ええ支佐手、この私セイバーマギエルが本物のホパークを見せてあげる」
ノルダインの戦士ヴェガルドが自慢のウルフバートを抜き放ち、スカートの裾をつまんだリーヌシュカの足元に無数の軍刀が突き立った。
遺跡最深部へ突入するため、まずは立ち塞がる敵陣を切り拓き、陣営全体を掌握すべし。
「この前とは違うぜ、また腕を上げたところを見せてやるよ」
シラス達一行は踏み入る不思議な空間で、無数に浮遊する巨大なブロックを飛び降りながら、着実に進軍している。目指すは島の制御ルームであり、パトリックもそこに居ると目されていた。
「いよいよお出ましだ」
姿勢を低く構えたシラスの視界、その向こうでは、通気口のような穴から無数の丸々としたかたまりが射出され続けている。それは落下しながら震えるように翼を広げジェット噴射と共に舞い始めた。
「さぁ、かかってきなさい……!」
ベークの甘い香りがこの機械兵達に感じられるのか些かの疑問は残るが、さておき敵はきちんと狙い通りに向かってくるではないか。
その時、ベークへ殺到する機械兵の群れを漆黒の汚泥のような魔力が一気に飲み込んだ。
「どうよ!」
振り返りもせずに、シラスが笑う。
「なんでそんなに変わっている訳。さっさとA級で待ってなさい、かならず追いついてやるんだから!」
「それではそこなリーヌシュカ様、ご命令を?」
ヨハンがおどけて見せる。パトリック先生なる御仁とも話してみたかったが、戦場の中枢となるこの戦域が安定せねばそれどころではない。だったらせいぜい軽騎兵隊の客将としてこき使われてやるとしよう。
「なにその言い方、じゃあ背中は任せるわ」
「光栄の至り。あとはさあ、好きなだけエヴァブレイズを振り回せ!」
「言ってなさい!」
ヨハンが護符を破り捨てると頭の中が冴え渡り、神経が研ぎ澄まされる。
(こりゃ面白い、僕にぴったりだ)
「四天王とやらの模造がおいでなさるまで、このままたたみ込んでしまおう」
支佐手が抜き放った火明の剣が雷光を帯び、顕現した蛇神がの雷嵐が敵陣を引き裂いた。
「おうおう、だったら私ちゃんも見せてやるぜ!」
秋奈の二刀が駆け抜け、機械兵の胴を真っ二つに寸断する。
「アゲてアゲてアゲてけぇーっ! せーのっ! か弱い乙女ーっ!」
兵士達が一斉に呼応する。
「どうか、鎮まってください」
精霊種としては、暴れ狂うエレメンタルの正気を取り戻したいところだ。
けれどそのためには『こうする』他にない。
ジョシュアは幾度も引き金を引き、懸命に鋼の驟雨を敵陣へと見舞っている。
いくらかは本来あるべき存在へと引き戻せたろうと信じて。
たとえ『こんな祖国』であったのだとしても。今はただがむしゃらに。
「幸いなことに味方という訳だ」
「ええ、本当に嬉しいわ。愛無!」
これは張り切らねばなるまい。疾く喰い散らかすとしよう。自身を貫いた光線をものともせず、一声吼えた愛無は、そのまま敵陣ごと飲み込むように粘膜の爪を縦横無尽に振るう。
「おいでになったようですね」
優美に舞うように、機械兵を徒手空拳の手刀で斬り捨てた沙月が視線をあげる。
いかにも不遜な面持ちで宙空に立っているのは、ヴェルギュラなる古代の怪物を模した存在だ。
「ヴェルギュラ! かっこいいな!」
「何だ貴様は! 不遜である! 手ずから斬首をくれてやろう!」
「お前クローンなのか。本物じゃないのか? 本物とどっちが強かったんだろうなー?」
「我こそが真! 我に決まっている!」
ともあれ、熾煇には疑問に思うことがある。それは――
「パトリックってやつに従うのは、どうしてなんだー? お前、強いんだろ? どうしてあいつの言いなりになるんだ?わかんねーな。俺は皆自由にしたら良いと思うんだぞ。だって、じゃないと責任とか色々、押し付けたりして大変じゃないか」
「グ、ガッ!」
ヴェルギュラが頭を抑え、呻き始めた。
「我が名はヴェルギュラ、四天王にして――」
何かの力が働いているのだろうか。ともあれ、熾煇は魔力の奔流を叩き付ける。
「 言っておくけどなー、俺は簡単には死なないからなー? これでも弱くはないんだ」
「のぁー! ちょ、誰か助け、リーヌシュカさーん!」
「その甘いにおいの何か、いい加減に食べさせてくれたらね!」
「いえそれは無理です」
「返事早くない?」
ベークに迫る蛇腹状の巨腕を、リーヌシュカが放つ無数の軍刀が串刺しにした。
「招かれもせず、この新生魔王ヴェルギュラ様の居城に踏み入るとは、万死に値する!」
太古の時代から仕組まれでもしていたかのように、それは言った。
この地に居城を築いた魔王は最早おらず、その配下たる四天王も作られた模造品に過ぎないが、ある種の哀れささえ感じられる存在は、けれど自身をそのようには思っていない。
「いいぜ、相手になってやる。猟犬の牙から逃げられると思うなよ」
シラスは巨大なブロックに飛び乗り――
「ここは任せて、先に行けよ!」
●Instinct I
「……背中は預けたぞ」
「任せるっすよ」
ウォリアとレッド等、イレギュラーズは戦端を遺跡最深部、つまり総大将が待ち受ける本丸へと切り拓いていた。無論そこで待ち構えるのは――
「ずいぶん早いじゃないか、諸君等を些か見くびっていたかな」
パトリック・アネル。鉄帝国の諜報将校だった男だ。
(鉄帝ならユグノー、シュナイデル、アッヘンバッハ……鎮魂曲と言えば誰だったかな)
細剣を手にイズマが選んだ曲目はヨーゼフ・ブラーマン、ハ短調、怒りの日。
「これは気が利くじゃないか、君等のためのレクイエムとはね!」
狂いきってなお「らしい」所に、ヤツェクは嫌な歪みを感じる。
本来ならばこのクソ軍人が好敵手になることを望んでいた。その昔、そうした『厄介』だが『興味深い』連中と、沢山チェイスしていた時のように。だが――
(いつも通りクールに、諧謔を込めて。さあ、舞台だ。苦しみ隠し、衣装をつけろ!)
鋼奏の仲間達と足並みを揃え、己を奮い立たせるように。
涼花も指揮杖を構え、心焦す音色と共に幾重もの支援術式を展開した。
やることは、できることは、いつでも、誰が相手だとしても何一つ変わらない。だから――
「戦場へ、英雄たちへ!」
仲間達から背を押されるように、突進するウォリアは有象無象を剣撃で引き裂き、けれど想う。
誰もが怒り、様々な感情が粗雑な憤怒の色に染まる戦場。
だが(怒りを凌駕するものがオレにはある)。
「__魔種……否、『特務大佐』パトリック…オマエの罪を数えろ」
「罪とは! 口の利き方に気をつけたまえ。私は帝国の次期皇帝となる男だ。消し飛ばせ!」
解き放たれた憤怒の瘴気を浴びた機械兵が一斉に迫る。
「おれが盾になる、やれ!」
「ザンネンだよ! どうせ帝位を争うなら堂々と競い合いたかった!」
ヤツェクに続くイグナートの拳が、機械兵の胸部装甲にめり込み貫いた。
エルスにとって、最後に怒ったのはいつのことだったろう。
忘れもしない『あの世界』を終わらせた日のこと――けれどそれは、眼前の魔を赦す理由にはならない。
だって『あの方』の『命令』は『絶対』だから。完遂してみせる。
この国には母も居るのだから、力の見せ時ではあるのだ。
大鎌を振り抜き、天へ舞う機械兵へ更に上から両断する。
エルスの着地と共に機械兵は背後上空で爆散した。
「初めまして、だが――そう言葉は要らないだろう。俺とあんたは敵同士」
「潔いことだ、君達が我が軍門に降るというならば歓迎したいところなのだがね」
「俺はイレギュラーズ、あんたは魔種。それ以上でもそれ以下でも……ないだろ」
「言うに事欠いて、帝国軍人にして次期皇帝たるこの私に魔種とは!」
分かってすら居ないということか。
「あぁ、一応名乗っておこう。クロバ・フユツキ、かつて死神を名乗っていた、駆け出しの錬金術師」
クロバが二刀を構える。
「無為な殺戮を否定し、名誉ある軍人の魂を守る者だ。あんたはやっちゃあいけないことをした」
「ほざけ青二才が! 貴様如きに高邁の何が分かる!」
影のように的確に攻めるのが、遊撃の強みだ。
この斬撃を――爆炎と共に刃が加速する――ありったけ叩き込んでやる。これがクロバの戦いだ。その二刀を、救われぬ魂など赦さぬように咆哮させ、何かを為すために。
リカにとっても、パトリックに特別な感情はない。魔種は倒す、悪夢は終わらせる――ただそれだけだ。
けれど、彼の魂を貶めたのが、そしてリカ達から大切な仲間を反転という形で奪った『憤怒』ならば、どだい話は別だ。だから――
「私は貴方の『先』に用がある」
狙いは一人。眼前の魔種だ。
「アンタ達、総指揮サマの言葉をもう一度思い出しなさい!」
怒りでも、憎しみでもなく、救うのだ。救うと言ったのだ。あの『総指揮官』エッダ・フロールリジは。
星の導きは、誰も怒りに惑わせなどしない。魔王の権能を解き放ち、雷撃と共に魔刃を振るう。
「ひとの命を燐寸のように消費して、大層なご趣味ですこと」
星穹の瞬く星の光のような美しい声音は、けれど極北に凍てつく刃だった。
「何を言っている!?」
「嘗ての同胞を火種に戦うのは随分と楽しいのでしょうね」
「帝国軍人は勇敢に戦い英霊となる、貴様如き異邦人が愚弄するな!」
「嘗ての――全て事実でしょう? 何故そう怒るのか、解りかねますわ」
歯ぎしりと共に放たれた銃弾を突進するヴェルグリーズが四度斬り捨て、一閃。光輝を纏う聖剣技がパトリックの隆々とした体躯をなぎ払った。
「パトリック、キミの心はまだここにあるのかな。それとも怒りで消えてしまったかい」
ああ、消えてしまったのだろうな。そう思える。
「今一度取り戻すんだ、キミの願いを」
けれど――半ば祈るように――届かせてみせると。
星穹の温かな術式に背を預けたまま、踏み込み、真っ直ぐに斬る。
直後、再び大量に射出された機械兵が一行へと殺到した。
「邪魔をしないでちょうだいね」
アーリアが術陣を操り、堕天の輝きが機械兵達を襲う。
「ねぇ、パトリックさん。力を手に入れて、幸せ?」
「幸福だとも! このまま君達を葬り去れば、さらにね!」
そうは言うが、アーリアに届いたのはただ憤怒の感情だけだった。
パトリックが反転した時、歯車卿はてっきり罵詈雑言を吐き出すと思っていたのをふいに思い出す。
けれど歯車卿は僅かに俯き、下唇を噛みしめ、何も言わなかった。
(……何故かしらね)
「パトリックよ。お前さん、本当にそれでいいのか? お前をそんな風にした奴の言いなりでいいのか!」
二刀を流麗に操り、天川が機械兵共を斬り伏せる。
「何を抜かしているのかね、私はな、自身の心の声に従ったまでだ!」
あるいは、自覚もないのか。
「最後くらいガッツを見せろよ! ……安心しろ。その後は俺がちゃんと介錯してやる」
「ほざけええええ!」
大佐が吼える。正純が話に聞く限り、野心家ではあっても、こんな激情を見せるタイプではなかった。
原罪の呼び声(クリミナル・オファー)というものの恐ろしさを。肌で感じる。だがだからこそ、ここで止めなければならない。この怒りを、憤怒を、これ以上燃え広がらせることのないように。
矢をつがえ、終焉を奏でる弦音が響き渡る。
狙うは手、そして足。
限られた力とて、出し惜しみはしない。
感情をかき乱す叫びを聞いてなお、ハインは柔和で――同時にどこか超然とした面持ちを崩さない。
肉薄し、放たれた神秘の術式は開闢を演算し、創世の光を顕現せしめる。
なぜ反転したのだろう。疑問は尽きぬが、今はただ。
「僕はあなたを止めます。パトリック大佐」
●Pilgrim
そんな戦場後方、最前線で戦う兵達が次々に現れ、時に運び込まれてくる。
銃弾などの補給物資を調達し、また傷ついた身体を癒やすためだ。
「補給路は何があっても維持し続けないとね。兵站の優位が戦局を左右するのは、我らローマの民が過去に証明しているわ。だから……背中は任せたわよ、鏡禍」
「貴女がいる限り、貴女が望む限り、僕は守り続けますよ。その指輪に誓って。だから信じてください」
この後方部隊まで、時折現れる機械兵や精霊などを鏡禍は(巨人の閃光までをも纏いながら)懸命に押し返している。ルチア達を守るためだ。
「えーっと…そう、“後顧の憂いを断つ”ってやつ。ま、俺が来たからには安心だぜ!」
「助かる」
そう言いながら膝を付いたのは、帝国の兵士だった。
ミヅハが彼を守るように、機械兵へ矢を射かけると、胸に大穴をあけた巨体は遺跡深部へと落下した。
「前は先輩方にお任せしてるっスから、オレはこっちっす」
覇竜から出てきて間もないライオリットにとっても、こうした戦場での働き方は新鮮な経験にもなるのだろう。襲い来る機械兵を二振りでなぎ払い、交差させ受け止めきる。
この先へは、一歩も進ませはしない――流星のように肉薄し次の一体を斬り捨てた――無論前線へ向かわせてやる訳もないのだから。
「はーい、ビリビリしてあげるね」
「ありがとう、助かるわ、わ、ああああああ!」
弾丸の補給ついでに、何かに目覚めそうになった女性兵士だが、頬を赤らめ謝礼と共に踵を返す。
兵士の帰路を襲う機械兵をソアが瞬く間にスクラップにしてやったのは、ついでのおまけだ。
「ふふーっ、補給線はボクが守るんだから」
「皆、エッダの演説聞いたでしょう! 大切なモノを護る為に、怯んでなんかいられないわよ!」
負傷した兵士をてきぱきと脱がせてやり、傷口を確認。軽症者は術で癒やし、重傷者はさらに応急処置をほどこしてエピトゥシ城へと運ぶ。
死者は絶対に出さないのが、この戦場でリアが立てた誓いだ。戦場の女神達を見つめる何人かの兵士の視線がやけに熱かったことには気付かないでいるけれど。ともあれ。
「負傷者をまとめろ、さっさと治して戦線へ戻すぞ!」
マニエラの凛とした声が響き渡る。
「人手が足りないのなら手数が多い物がカバーするしかないだろう」
とにかく効率的に人員を調整し、待機を減らすのが彼女の立ち回りだった。
それと同時に伝えるのは、『騎兵』として心に折れぬ旗を立てるということ。『姉弟子には負ける』とか『適当に言っただけ』なんて思っているが、なかなかどうして筋が良い。
鼓舞され、生気を取り戻したように背筋を伸ばして、兵士達が前線へと駆けてゆく。
伝説の騎兵隊にこう言われてしまえば、負けてはいられない。
巨大なブロックが浮かぶ空間で、雲雀はちょっとした理由から飛竜を駆っていた。
カシエがレリッカ村長、ユルグ少年、それからイェルナを引き連れてやってきたのだ。
見張り役をしていた雲雀は、仲間達へ手短に報告を済ませると、カシエ一行を迎える。
カシエが考えたのは、制御コントロールルームを奪取するにあたって、一度管制権(メタトロン・キーと言うらしい)を得ていたユルグが居たほうが良いという判断だ。ちょっとした賭けでもあり、危険自体はある。けれど村長もユルグも二つ返事で乗ってきた。村長は「毒を食らわば皿まで」などと言っていたが、まあイェルナのほうは「当機はグレートプリンスパトリックの指示を得なければなりません」などと、相変わらずよく分からない。けれど制御権を得ることが出来たなら、イェルナもこちらの指示に従うはずだった。
「それじゃあ、やるしかないかな」
運命の先へ行くために――雲雀は道中、補給線へ迫る敵をなぎ払い、守ると同時に進路を確保する。
「これでいけるかい?」
「ええ、ありがとう」
そして交戦を開始したコントロールルームで出くわしたのが――
「今回の一件で派遣されたエンジニアですわ! ついでに宅配ピザ屋ですの!」
――なんと敵陣営に紛れ込んでいたフロラだったのだ。
●Enemies In Fidelity II
「さーてここを抑えりゃ落下は止められる。なら気合い入れてかねぇとな!」
ニコラスはアストラアームズの前に立ちはだかり、大剣を振う。
戦線はいよいよ、コントロールルーム前へと押し上げられていた。
「こいつらいなくなりゃ配下のアームズ達の指揮する奴はいなくなるんだろ?」
ならば狙わない道理は無い。
魂が燃料ならばそれが尽きたら動かなくなるということ。
「狙っていくっスよ」
一撃一撃を丁寧かつ大胆に。
葵の蹴撃から描かれるエメラルドの刃が、鉛を奏でる楽団劇のように敵陣を駆け抜ける。
「時間はお前らの味方だがよ。それが尽きるまで全力で稼働させりゃ稼働時間ってのは短くなるよなぁ?」
大剣から繰り出される怒濤の斬撃は、その軌跡をアストラアームズの巨体へ着実に刻み込まれている。
「剣術に優れる敵が居ると聞いて来ましたが……元気に飛んでいますねえ」
キイチは腰に手を当てて溜息を吐いた。
剣を交える事が出来なければ、いくら戦上手だろうと興味が失せるというもの。
「仕方ないですね」
それでもキイチは剣を構え、奮闘する兵士を援護していた。
大将首であれば誰かが撃ち落とすだろうと目論んでのことだ。
キイチは己の体力に自信がある。無論、積み上げた鍛錬の賜だ。
「さあ! 貴方の極めた剣を見せてくださいよ。僕はそれを超えていく」
溜息を吐いたゼファーは飛び回るアームズ達を見上げる。
「此の国のこういう一体感ったら……皆ほんと現金ねえ。まあでも……」
偶にはこういう熱いノリもいいかと一つ伸びをした。
戦場を見つめたゼファーはどれから潰そうかと考えを巡らせる。
「やっぱり、潰すべきは頭ってことかしら」
駆け出したゼファーは前線へと一気に身を躍らせる。
己の役目はその生存力。それが前線で最も重宝される士気だ。
「やれ。喧嘩を売るには厄介な国を選んだわね」
長槍が唸りを上げ、叩き付けられた暴風が首を機械将の腕をたたき落とす。
「こういう連中は――いざ一つになった時はバカみたいに強いんですから!」
空中制御機構を失った機械将へ滑り込むキイチが一閃。刃の軌跡が胴へ縦一文字の軌跡を鮮やかに描く。
「さあ、もう後がないのでは? 四天王――ヴェルギュラ!」
「人間風情が、殺してくれる!」
剣を振りかぶるヴェルギュラと斬り結ぶ。この時を待っていた!
「いよいよ前に来るんだね、はやく倒しちゃわないと面倒そうかなぁ」
ヴェルギュラを相手に短期決戦を決め込んだЯ・E・Dに、一行が同意する。
「こっち側の一番の不確定要素だからね、再生される前に落とすよ!!」
「それなら私が支援にまわるわ」
Я・E・Dに頷いた燦火が癒やしの術陣を展開し、清らかな光が仲間達の傷を瞬く間に消し去る。
「クローンって、いわゆる死亡フラグの一つなんでしょ? なら、さっさとくたばりなさいな!」
「最高に、最大に、ここで暴れさせてもらいますわ。ブレイジング・ブルー!」
リドニアが放つ蒼炎が魔性を帯びた直死の一撃となり、牙のようにヴェルギュラをかみ砕く。
目の前の敵を何も考えずに抹殺することこそ、本領というもの。化物相手に、何の遠慮も必要ない。
「そら、食らいな!」
竜鱗さえ穿つニコラスの鋭い剣撃が、ヴェルギュラの禍々しい魔剣を弾き飛ばす。
「身体が動く限り、やりますよ」
獰猛にさえ見える笑みを浮かべ、これまで無数の機械兵を破壊してきた迅が踏み込んだ。
鍛え抜かれた拳による一撃がヴェルギュラの腹部へ吸い込まれる。
「これ以上ほうってなんておけないもの!」
間髪いれず跳躍した繧花が拳――竜甲を打ち合わせ、後の先から先を撃つ。
「一気に行くよ!」
万物を焼き尽くす炎を纏い、Я・E・Dが放つ光の砲撃はヴェルギュラを飲み込み、背後の巨大ブロックへ赤く溶けた巨大な円柱を穿った。
残された課題は、コントロールルームの制圧だ。
「島ごと落とそうなんて、いかにも魔種らしい、馬鹿げた発想だな……」
頭を抱えたルーキスはそのまま首を横に振った。
「無論、そんなものに付き合ってやる気はない。落下は何としてでも阻止する!」
彼が向かう先はヴェルギュラへの射線が通る場所。
「戦域のボスを倒せば、戦況は有利になるはず」
敵の攻撃範囲を読み、ルーキスは攻撃を回避する。
「剣に魔法……どちらも死角は無し、か。流石は「四天王」、敵ながら見事なものだな」
このような状況であるのに、少しだけ戦いを楽しいと思う自分がいることにルーキスは驚いていた。
これも成長の証なのだろうかと口角を上げる。
制御中枢にも防衛兵力がこの規模で残っているとはと舞花は息を吐いた。
「鉄帝国人らしくは、ないんでしょうね」
特務大佐は反転により冷静さを失っていると思っていたが、戦術眼までは曇っていなかったということだろうか。施設の重要性を理解しているが故でもあろう。
「……その分魔種の直護が少ないと言う事でもあるのでしょう。正念場ね」
銀の剣で敵を打ち祓った舞花は戦場に立つヴェガルドを見遣った。
「……それにしても、ヴェガルド。前々から思っていたけれど」
「どうした?」
「正規軍である軽騎兵隊は兎も角として、ラド・バウで闘士を始めてた貴方がこういう時に頻繁に前線に出てくるのは……付き合いが良いと言うべきか、義理堅いというべきか」
「だはは! どうも一時的に軍属ってやつらしいぜ! こおんな俺でも今だきゃ帝国軍人様って訳よ!」
そして咳払いし「一応は村長さんでな、どの食いぶちが良いか調べてんのさ」などと小声で続け――
「こちらのほうが早いとは。なるほど、ではこのまま切り拓いてみせませう」
無数の機械兵を引き付けていたヘイゼルが、舞うように巨大ブロックから飛び降りると、そのままもう一度戦場の最先端へ戦いの鼓動を放つ。
――コントロールルームへの突入に成功しました!
響き渡る兵士の声に、歓声があがった。あと一歩、あと一歩だ。
「ふふ、下調べした甲斐があったというもの。それではご案内致します。こちらですわ!」
残存する敵を大鎌でなぎ払うフロラに、一つ頷いたカシエ一行がコントロールルームの奥へと走る。
フロラによって、内部の構造をあらかじめ調べることが出来ていたのが良かった。
そこにあるのは不思議な石版だ。
「どうするのかしら」
「アーカーシュの落下をとめてよ!」
ユルグが声を張り上げる。
――メタトロン・キーを確認。移動制御の権限がありません。
「すっとこどっこい! ですわ」
「じゃあ、ボクはレビカナンの住人だよね。イレギュラーズと鉄帝国の人達全部! 住人にしてよ!」
――メタトロン・キーを確認。新しい住民登録を承認しました。
突如、空中に描かれた大量のログが、どうやって調べたのか全員の名前を流し出す。
これが吉と出るか、凶と出るか、まだこの瞬間には分からないが。
それにしても――フロラは思う。
彼女の居た世界にはとある神話があるという。『神の火』を人類にもたらしたプロメテウスという者の話だった。その重罪を裁く神の怒り――災い、それを『パンドラ』と呼んでいた。
(ふふっ、不思議なこともあるものですわね?)
●Instinct II
限界だ。
何がって――決まっている。
「……もう我慢できねェ。これ以上クソッタレな茶番を見せるんじゃねェ!」
最高権限者であるパトリックに制御を奪われたゴーレム達の前に、キドーは立っていた。
古くさいと言われるかもしれないが、殴り合わなければ通じない思いもあるのだと千尋は信じている。
それがたとえゴーレムだとしても。
「行けよキドーさん! 邪魔はオレがさせねえ!」
千尋が機械兵を蹴りつける。
「そのちょっと頭と身体の硬い友達を、さっさと連れて戻って来な!」
そしてキドーへ向かう機械兵の腕を掴み、もう一体へ身体ごと叩き付けてやる。
「おっと演者に手を触れるのはマナー違反だぜ? ここからが感動のシーンなんだからよ!」
(諦めるなんて名付け親として許さねェ)
ゴーレム達はパトリックの命令により、イレギュラーズへ攻撃行動をとっているが、けれど――
「『もう二度と』お気に入りを壊させるな。機械だから、命令に従う存在だからって何だ。辞めちまえ! 強欲に、なりたい者になれ!今日がお前らの『新生』だ!」
真っ赤に輝くゴーレムの、硝子のような瞳を覗き込む。
キドーの額を撃ち貫かんと、ゴーレムの額に光が集まり――
「だからそう名付けたんだろうが! ネバーモア! ニューボーン!」
――突如首を百八十度回転させ、機械兵を撃ち貫く。
「……おまえら、手間かけさせやがって。行くぜ千尋くん、悠久の名を大空にも響き渡らせる時だ」
「ああ、これで」
「「幕引き(エンドマーク)だぜ!」」
「全て漆黒に染めてやるっすよ」
だって。
「心燻る炎は他の誰からのモノでも無い己の唯一無二のモノっすから!」
レッドの放つ魔力の泥が波濤のように敵陣を飲み込み――無情なる戦火は『罪人』のために――ウォリアの刃、神滅剣アヴァドン・リ・ヲンが業炎を纏う。
「終わり刻は刻々と着実に死神の歩を進めん……!」
立て続けに重ね、レッドは悪夢の術式を紡ぎ上げた。
この戦場は『大佐の弔い合戦』だと謳われている。
帝国臣民ならばそうとでも思わねばやっていられないのだろう。
だがウォリアは思う。『あれ』は『今を生きる』『あの男だ』と。
「裁定を下すは今……その歪んだ憤怒を、炎で焼き尽くそう!」
故に、ならばこそ――その罪ごと『憤怒』をも焼き尽くす炎、祓う一閃。
魔術紋(自分自身)すら輝かせ、暗天を瞬き照らす星のように。
ヨゾラは放つ――夜の星の破撃(ナハトスターブラスター)。
惨劇を引き起こしたことも、彼を慕う魂を惨く利用したことも赦すことは出来ない。だからぶん殴るために、この進撃を、きっと彼自身の望みから外れた『反転』を終わらせるために、この戦場へ立っている。可能性の奇跡を願ってさえ、その魂を――人として軍人として、最後の一瞬だけでも救済したいとすら思った。
ただの我儘かもしれない。けれど――本当は彼も『冒険に焦がれたのだ』と思いたいから。
「今度こそ討ちます」
ドラマにとって、これは二度目の交戦になる。
その背を奪うように重ねる斬撃が、風神の息吹に乗り、魔種としての精神力をこそげ落とすように切り刻み続けている。パトリックは子技を駆使するタイプだが、これまで二度ほど大きなエネルギー放出攻撃を行っていた。だがこうまでされては、最早使えまい。
「パトリック・アネル……何故、原罪の呼び声に屈してしまったのでしょうね」
ドラマの声音は、どこかくすんでいる。
――あなたのことを慕っている兵士に会いました。
あなたの為に命を擲つことも厭わない人間に。
かつてのあなたは、少なくとも悪い人間ではなかったのでしょう。
――魔種になってしまった以上、それは不可逆の罪。
「あなたの物語の終局を、見届けます」
「ええ、だから――足を止める暇なんてないわ」
タイムの言葉にチーム『慈愛』の面々が頷く。
「鋼の咆哮! いいわね。それじゃあ私はその声に合わせて踊らせてもらうわ」
作戦名を言葉に乗せたヴィリスが駆ける。目標はパトリック、総大将だ。
挨拶したい仲間が居るというから、道を拓いてみせようではないか。
「クライマックスにモブはいらないの。貴方たちはハケなさい!」
運命をねじ曲げる黒き波動が敵陣を飲み込むと、パトリックが何事かを喚きちらしているのが見えた。
「ああ、そうそう鉄砲なんざ使わせねえよ」
チーム『鋼奏』のヤツェクもまたアーカーシュの伝説、心躍る夢、少年の日の憧憬を歌う。
憤怒には希望で対抗するのが『イレギュラーズらしい』。
喪われた純粋さへの追悼もこめ。
「鉄帝国を想った者のための弔い合戦、戦い抜いて勝たねばならない!」
激情を抑え、イズマは魔神が如き殲光の術式を撃つ。
「笑えよパトリック・アネル! 全力を尽くして命を削り合う戦いを楽しまないなんてウソだろう!」
「何?」
「楽しめてる顔じゃないよな! ソレが魔種になるってことなんだろう! そんなヤツにゼシュテルはくれてやれないんだよ!!」
イグナートは拳をひきしぼり、対城武技とも称される一撃を撃ち込んだ。
「笑え! 戦いを楽しめ! 戦いを楽しむヤツの頂点が鉄帝なんだ!」
「そんなだから貴様等に、この帝国は任せられんと言っている!」
「いいや!」
更なる一撃を見舞ったイグナートが、堂々と胸を張った。
「オレが目指す最強は修練と克己の先にあるものだ! 堕落の果ての強さには鉄帝は渡せないね!」
殺到する機械兵へ、邪心の泥を放ったルル家が再び戦端をこじ開け、一行がパトリックへ迫る。
そんな時だった。
突如機械兵達の動きが止まった。
「何をしている、さっさと奴等を皆殺しにしろ! このポンコツどもが!」
『エラー。レビカナンの住民登録を確認しました。住民への攻撃はレベルシックスの罪状が必要です』
「罪状だと!? この私の前に立ちはだかること、それこそが罪!」
『エラー。罪状は中央コンソールから入力する必要があります』
「おのれクソが!」
パトリックが機械兵へでたらめな発砲をはじめた。
「よくわかりませんが、今のうちです!」
ルル家は思う。この国でヴェルスの上を行こうとするのは健全な男子として至極真っ当なのだろう。
しかし、だからこそ残念に感じるのだ。
あの海で一度戦ったからこそ分かる。ヴェルスは何かに頼ったり、何者かにそそのかされた程度の者に太刀打ちできる相手ではないと。
(パトリック殿、貴方は自ら道を閉ざしたのですよ)
戦場の風向きが変わった。
これまでパトリックは都度都度配下の機械兵に自身を守らせ、イレギュラーズは中々有効打を与えるチャンスに恵まれなかった。だが機械兵の全てが――カシエ達の行動であることを後で知るが――停止した今ならば、追い詰めたも同然である。
(私達に出来る事は多くない)
けれどサクラの瞳は闘志に燃えている。
多くはなくても、魔種を倒し『人としての誇り』を取り戻すことは出来るのだから。
サクラは天義の騎士である。
ここはつまりは『敵国』だ。それでも――
「いくよ、サクラちゃん!」
スティアの言葉に頷き、二人は駆ける。
「天義の聖騎士、サクラ・ロウライト! 義によりてパトリック・アネルの魂を奪還させて貰うよ!」
「うん、貴方の目的は阻止させて貰うよ!」
パトリックを止める。
帝都の住まう人達を守るためにも。
なにより、罪もない人達がこんなことで命を散らすなんてあってはならないことだから。
「それに私は力無き人々を守ると決めたんだ!」
タイムの術式に、その足取りが力強さを取り戻す。
花開くのは焉をもたらす氷結の花。重なる邪道の極み――確殺自負の殺人剣。
大佐が何を目指していたのか、タイムには分からない。
けれどあの人にとって『大切なこと』だったのかも知れず。
それに『怒りに支配された彼』に『怒りを以て対抗する』のは――自身には似合わないのだと。
だから最後まで見届けよう。その生き様を。
だから胸に刻み込もう。その言葉を。
――全て受け止めるから。
●Instinct III
『相も変わらず、ふくれ面をしているね、エフィム君』
『にやつき面に言われたくありませんよ』
『私が思うに怒りというのは、内なる怒りと戦うために存在している。外にも出さないほうが健康のためにいい。君はこの国にとって必要な人材だ。聡明な頭脳を明瞭に保つためにも、身体を大切にしたまえ』
『調子狂わせないでくれますか。働き過ぎとか他人に言えた義理じゃないでしょう。ええ、お互いに』
『ところで書記官の君、記録は必要なものだけをとりなさい』
『サッ、サーイエッサー! シュレッダーにかけておくであります!』
『ったく、シュレッダーだってタダじゃないんですよ』
――粉々の書記録 五月十二日 十八時三十七分 ノイスハウゼン軍施設仮設執務室
「もう終わりにしよう? 終止符を打つよ!」
解き放たれた戒め、神の一撃。
怒りによる支配など、長く続くはずもない。
(ずっと怒っているのも疲れちゃうからね……)
スティアの聖なる刃がパトリックの胸を文字通りに引き裂いた。
鎖のちぎれた小さなペンダントが転げ落ちる。モノクロームの写真の中で女性と子供が微笑んでいる。
怒りによる支配――正純にはこれくらいの怒りがちょうどいい。
周囲には穏やかだと評されるが、自認はだいぶ違っている。
(私は愚かな私が嫌いで、苛立っていますから)
だからこの一矢は礼のようなものだ。
パトリックの胸、その中心に矢が突き立ち震える。
なまじ人の姿であるままな分、それでも矢を引き抜き動き続けるパトリックの魔性を痛感させられる。
(怒りか……思えば妻子を亡くしてからは怒りと憎しみばかりの人生だったな)
復讐に生きた天川にとって、これは久々に思い出した感情だ。
思えばこちらでは、ずいぶん穏やかに過ごしてきたものだった。
「……感謝するぜ大佐」
二刀の小太刀を構え、天川の踏み込みが運命に崩落を刻み――
続けてヴィリスが軽快に舞い踊った。その目を奪うほどの輝きが「きっと一生懸命働いていた大佐さんに見せる最後の踊り」だと感じる。だから高らかに宣言しよう。
この空飛ぶ島の冒険と戦いの終わりを!
「さぁ、フィナーレよ!」
「思いは正しくても、それを形にする手段を歪めてしまってはダメなんだ」
マルクの魔力流が満ち、極大の破壊力が一点に収束する。
「その思いすらも、呼び声によって歪められてしまったのなら――!」
満身創痍の見を引き摺り、けれど最短最速で懐に肉薄し、絶大なエネルギーを解き放つ。
光が晴れた後、パトリックが膝からゆっくりと崩れ落ちる。
「なぜ、この私、が……」
ただ一体となった魔種の命は、最早風前の灯火に過ぎなかった。
「かつては一目置かれた名将だったとは聞いているけれど……魔種となった以上、僕らには必勝と必滅が義務付けられている……」
喪われたものは、最早戻らないことを、誰もが知っている。
背を向けたキドーは振り返ることもせず、ヤツェクは何も言わなかった。
「私、は前進、を」
真正面から倒れ込んだパトリックの周囲に、ゆっくりと――まるで人のような――赤が広がる。
機械兵の支配を失い、もはや誰一人の味方も残らぬ彼の横に転がっていたのは、グレートクイーンアネル3世と名付けられたゴーレムの、破損した頭部だけだった。
強欲な上昇志向の大佐。傲慢な仕事人間の大佐。安息を知らぬという(歯車卿にも通じる)ある種の怠惰。現世への執着という色欲めいた解釈。脳筋達への隠しきれない嫉妬。結果をどこまでも追い求める飢餓にも似た暴食――怒りだけはほとんど捨てていた。押し隠していた。そんな人間らしい人だった。
「これは一夜の夢じゃなくて、貴方の永遠の眠り」
アーリアがその瞳を閉じさせる。
「ひとつだけ、お願いを聞いてあげるわ――墓前で流すクラシックは、何がいい?」
ぽつりと零れるような、死にゆく魔種の息づかいを聞かせるように。マルクは慎重に踵を返した。
「おやすみなさい、特務大佐」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
MVPは、とても珍しい攻略のトリガーとなった方へ。
これが自陣営の被害をかなり低減するターニングポイントとなったと考えています。
それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
TOPへ続きます。
GMコメント
pipiです。
いよいよ決戦。
魔種となったパトリック・アネルを討ち果たし、アーカーシュの落下を止めましょう。
鉄帝国の未来がかかっています。
●目的
パトリック・アネルの討伐。
アーカーシュの落下を止める。
●ロケーション
アーカーシュ、ショコラ・ドングリス遺跡の最深部です。
巨大な立方体が浮遊移動している不思議な空間です。
ゆっくり動いていますが、広く平たく明るいため、特に気にせず演出とでも思って下さい。
一応、この立方体は極めて頑丈な遮蔽物でもあります。
●作戦
A:パトリック討伐
遺跡深部に進撃し、魔種パトリックを撃破して下さい。
魔種と直接相対する、最も危険な戦域です。
・敵
『パトリック・アネル』
憤怒の魔種です。
個人の戦闘能力そのものは魔種としては低めですが、格闘と拳銃の扱いは極めて優秀です。
特筆すべきは怒りと支配の能力です。
広域に対して感情をかき乱し、怒りを抱かせ、ステータスを低下させます。
また自軍全域に対するステータス向上の能力も持ちます。
『ラースゴーレム』×10体
パトリックに従うゴーレムです。能力のタガが外れた状態です。
強力な物理攻撃を行います。
個体として『グレートクイーンアネル3世』『ニューボーン』『ネバーモア』を含みます。
キドーさんがアプローチした場合、ニューボーンとネバーモアは自軍に引き戻せる可能性があります。
『アルトラアームズ』×3体
アーカーシュ遺跡深部に眠る古代の防衛兵器です。ハイアームズ(天空闘騎)よりもさらに強力な機体です。魔種パトリックが機動させました。エンジンは人の魂であり、特務派の軍人が犠牲になっています。
機体毎に様々な格闘戦闘に長け、非常にパワフルでタフです。超高熱の細いビーム(神秘攻撃)を放つドローンビットを多数展開し、無数の誘導ミサイルも持ちます。飛行能力を持っています。アームズ系の敵に対する指揮能力も持っています。
『ハイアームズ』×10体
機体毎に様々な格闘戦闘に長け、パワフルでタフです。また超高熱の細いビーム(神秘攻撃)を放ちます。飛行能力を持っています。
『セレストアームズ』×多数
遺跡のあちこちから出現し、接近戦を挑んで来ます。
B:遺跡制御部の制圧
遺跡を制御するコントロールルームを制圧します。
パトリック撃破後には、最高権限(システム・メタトロン)を奪取してアーカーシュの落下を止めて下さい。
こちらの戦域には帝国軍が友軍として参戦します。
敵軍の退路を断つなどの役割も持ちます。
この戦域の結果が、戦域Aに強い影響を与えます。
・敵
『四天王『闇の申し子』ヴェルギュラ・クローン』×1体
古代獣の残りです。戦域Bの最も強力な相手です。
剣と魔術の達人であり、全てのステータスが高く、特にEXAが優れています。致命、防無の近接物理攻撃の他、魔眼の神秘攻撃で重圧と麻痺系のBSを多数、呪いや呪殺と同時に範囲に対して放ってきます。また再生を持ち、飛行しています。
『アルトラアームズ』×3体
アーカーシュ遺跡深部に眠る古代の防衛兵器です。ハイアームズ(天空闘騎)よりもさらに強力な機体です。魔種パトリックが機動させました。エンジンは人の魂であり、特務派の軍人が犠牲になっています。
機体毎に様々な格闘戦闘に長け、非常にパワフルでタフです。超高熱の細いビーム(神秘攻撃)を放つドローンビットを多数展開し、無数の誘導ミサイルも持ちます。飛行能力を持っています。アームズ系の敵に対する指揮能力も持っています。
『ハイアームズ』×10体
機体毎に様々な格闘戦闘に長け、パワフルでタフです。また超高熱の細いビーム(神秘攻撃)を放ちます。飛行能力を持っています。
『ネピリム』×数体
PCのスキルや能力を歪にコピーして戦います。
『セレストアームズ』×多数
遺跡のあちこちから出現し、接近戦を挑んで来ます。
『エレメンタル』×多数
パトリックの支配を受けて暴れているため、倒して鎮めてあげましょう。
様々な属性がおり、属性に準じた神秘単体攻撃や範囲攻撃を行います。
・味方
リーヌシュカ(p3n000124)
ラド・バウ闘士にして、帝国軍人。皆さんのことが大好きです。
鉄帝国軽騎兵隊×20
リーヌシュカの部下達です。精強な兵です。
ヴェガルド・オルセン(p3n000191)
ラド・バウ闘士にして、ノルダインの戦士です。
大暴れしてくれます。
C:補給線の維持
遺跡深部へのルートを確保し続けるのが役割です。
負傷者を治療するのもここです。
危険は小さいですが、こちらのシナリオ全体へ影響を与えます。
・敵
稀にアームズ系の古代兵器や、古代獣の残党、エレメンタルなどが襲ってくることがあります。
・味方
帝国軍補給部隊×10名
簡単な迎撃や応急処置などが出来ます。
D:その他
何かやりたいことがあれば、出来そうなことが出来ます。
(プレイングの採用率は、行動次第です)
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
<Stahl Gebrull>の決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(EXシナリオとは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●重要な備考
本シナリオは運営都合上の理由により、通常よりも納品日が延期される場合が御座います。
Tweet