シナリオ詳細
<アイオーンの残夢>メイフェイア・ローズの花灯
オープニング
●
月光がマドンネンブラウの水面を揺蕩う夜。
七月も終わりだというのに、澄み切った大気がずいぶんと肌寒い。
ぼうっと光る不思議な植物達に囲まれた町からは、喧噪があふれ出していた。
メイフェイア・ローズの花灯に、ヴェルディグリの燐光が舞う町の名は――エウィン。
つい先日の戦いで、イレギュラーズが奪還に成功した町である。
「今日はぱぁーっと、飲み明かすの! 今日はわたしのおもり(奢り)……もあるの!」
あ、こいつ。文末がちょっと弱くなった。
酒瓶を振るう花金のおっ――『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)は、自宅からせっせと秘蔵の蜂蜜酒を持ち出している。
といっても物差しほどの背丈しかない非力な彼女は、酒樽を下位精霊に運ばせ、自身は上でやんやと手を振っているのだった。
一連の事件は深緑(アルティオ=エルム)で、妖精が襲われるという所から始まった。
深緑はイレギュラーズに対処と情報収集を依頼し、背景には魔種が関わっていることを裏付けた。
そんな中で魔種達は、妖精達が住まうというおとぎ話の国『アルヴィオン』を制圧してしまった。
さらには魔種に女王が捕えられるという事件が発生したのである。
いずれにせよ魔種絡みの事件となれば、捨て置くことは出来ない。
事態を重く見た深緑はイレギュラーズに解決を依頼した。
こうしてイレギュラーズは妖精郷に赴き、魔種に占拠されたエウィンと女王を奪還したのである。
魔種達は妖精城アヴァル=ケインへ撤退し、一同はひとまずの休息時間を得たのだった。
魔種達の思惑はバラバラだが、どうやら妖精郷に眠る古代の遺物が目的であろうと思われる。
さて、イレギュラーズにはいくらかの課題が残っていた。
まずはここエウィンへ散発的な攻撃を続ける敵への対処。
それから魔種達の目的を調査し、不測の事態を防ぐこと。
最後に未だ近隣の森に取り残されているであろう妖精達の救出である。
またこれまでの戦いから、どうやら魔種によってイレギュラーズを模して作られた怪物アルベドには、自我らしきものが芽生え始めていると云うのだ。
アルベドの中には自壊した者や、イレギュラーズとの対話を望む者などが出現しており、これらへのアプローチも必要だ。。
既に作戦は依頼として発行され、幾人ものイレギュラーズがエントリーを始めたのであった。
課題の数は多くないが、全て着実にこなさねばならない。
だがそれはそれとして、やっておくべき事はある――
●
「飲み放題なの!」
つまり、そういう訳なのだ。
どこか浮世離れした妖精達には享楽的な所があり、なにかと宴を欠かさない。
――とまでは云わないが、ともあれ戦勝に祝いは必要であろう。
「今夜ぐらいは、いいんじゃないカナ……心配事は尽きないけどネ」
天を仰いだ『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)が述べたのは、先に述べた課題の為だ。
「騒がしく、お恥ずかしい限りです……」
歯切れの悪い物言いをしたのは、妖精の女王ファレノプシスである。
彼女は魔種に幽閉されていた所をイレギュラーズに救助され、深い感謝を示しているのだ。
祝いの席を設けたのも、まずは女王の意向があってのこと。
「みなさん、どんどん食べてほしい……です!」
せっせと下位精霊に料理を運ばせるフロックスもまた、イレギュラーズに命を救われている。
エウィンの町は、物差しほどの背丈である妖精に合わせて作られている。
妖精が用意し、妖精が住まう町なのだから当然のことだ。
だが用意されたカップも皿も、ましてこの『月夜の塔』と呼ばれる建物も、みな『人の背丈』に適した大きさであった。
どうやらこの妖精郷アルヴィオンには古代遺跡が数多く眠っており、それらはいずれも『妖精には大きすぎる』ようだ。またファレノプシスの話によると、彼女が生まれる遙か昔に、この地に『勇者』と呼ばれる人間が現れたという伝説が残っていると云う。
麗しく儚い妖精の英雄――ロスローリエンとエレイン、二人の少女は勇者一行と共に妖精郷を支配した『冬の王』を封印したのだ。
かくして冬を失った妖精郷は『常春の都』となり、今に続くという訳だ。
「面白い伝承ダネ。いい曲が作れそうだ」
ライエルが相槌を打つ。
「それにしても、そうだネ。懐かしいナ……」
物思いに耽るライエルは、得意のお寒いジョークもほどほどに珍しく杯を煽っていた。
さて。
今宵はどう過ごそう。
- <アイオーンの残夢>メイフェイア・ローズの花灯完了
- GM名もみじ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年08月10日 22時15分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
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参加者一覧(50人)
リプレイ
遊色の夜空には星々が浮かび、幻想的な色彩に染まる。
ランドウェラは妖精を持って帰りたいと微笑んだ。
金平糖を妖精の小さな掌にのせながら代わりにお勧めの料理を聞いてみる。
「蜂蜜酒はとっても美味しいわ」
「木の実を付けた果実酒も美味しいの」
口々に甘いお酒の話を持ってくる妖精達。もしやストレリチアと同じように妖精は飲んだくれなのだろうかとランドウェラは怪訝な顔をした。
しかし、このお酒は甘い香りで眠たくなってしまう。
「おやおや、此方へどうぞ」
ふわふわしているランドウェラを引っ張るのは寬治だ。
「いやー、まさか妖精郷でも酒クz 宴会ができるとは思ってもみませんでしたね。かんぱーい!」
「かんぱいなのー!」
寬治とストレリチアはミードをゴクゴク飲み干して。
カクテル用に割り材も用意してあるのだ。
ウィスキーにソーダ、カシスに……それから眼鏡。
「眼鏡」
「って、眼鏡は割り材じゃなかったですね! ハッハッハ!」
寬治の笑い声にストレリチアも一緒に声を上げる。
既にスイッチが入っているらしい。
「ほらほら、酒飲みにはこっち」
タルトが取り出したのはビターチョコやウィスキーで漬けた角砂糖。
甘いのにお酒入りの危険なお菓子だ。ストレリチアの瞳が輝いた。
「わー! 美味しそうなの!」
「頑張った奴らにはご褒美をあげないとね♪」
キラキラとお菓子を配り歩くタルトとて、アルベドとの戦いで疲労困憊している。
しかし、お祭り騒ぎにスイーツを配らなければお菓子の妖精の名が廃るというものだ。
願いは健やかであれと。
それはネイアラの想いでもあった。
彼女はお祭りの音色に乗って踊っていた。
美しく妖艶な身体から香るは甘やかな色。
ゆっくりと動く指先から、身体のラインまで全てに色香を纏う。
その視線の片隅にカタンの人形劇が映り込んだ。
腹話術で描かれる喜劇。臨場感溢れる戦いの顛末。
「すごいわぁ」
「パチパチ」
『喜んで貰えたらうれしい』
妖精達の賞賛に人形を使って応えるカタン。子供達の笑顔は一番の報酬だった。
子供達の後ろで見て居たライエルには帽子を差し出す。
「とても良い人形劇だったよ! お代をいっぱいあげよう」
カタンと話し終わったライエルが振り向けば沙月が遠慮がちに会釈した。
彼女の隣に座りミードを頂いて。
「今日は普段よりお静かですね。 何か考え事でもされておられたのでしょうか?」
「そうダネ……懐かしいものを思い出していたんダヨ」
「まあ。ライエル様、懐かしいとはどういうことですの?」
ライエルの隣にぴょこんと座り込んだタントは身を乗り出して問うた。
面白い伝承を懐かしいと云う意味は。
沙月とタントの瞳にライエルは頷く。
想い馳せる記憶。懐かしさの音色をライエルが奏でれば、沙月が舞踏を踊り出す。
遙かな過去。薄れ往く記録。
「いや……そうだネ。これは、ひょっとしたらキミ達にひどく迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。
ボクが妖精郷に来たのは産れて初めてだし、助けたいと感じてるのは本当なのサ。
けどちょっとした縁が無い訳じゃないんだ」
「本当ですの?」
「ふふ……なんちゃっテ」
嘘か誠か。
それすらも曖昧な虹の精霊は、それよりもキミの話を聞かせておくれよとタントに向き直った。
「ええ! きっと素敵な曲を作れますわよ!」
タントの声に「あはは」と笑いながらやってきたのはロト。
「初めましてライエルさん」
しがない教師、研究者をしているロトは虹の精霊であるライエルに興味津々の様子で。
役割や権能を教えてくれと目を輝かせる。
「それと遺伝子情報も貰えたら嬉しいかなぁ 髪の毛一本で良いんだ!先っちょ先っちょだけ!
魔術の発展、いや僕の興味の為に!!! お願いします!」
ロトの強い押しに、流石のライエルも「えっと……」と言葉を濁す。
代わりにツインヘッドギターを爪弾き、遊色の瑠璃空に音色を奏でた。
「あ、コレ皆にお土産だよ!」
花丸は街で評判だったお菓子を妖精たちに配り歩いていた。
妖精郷にはない珍しい甘味に目を煌めかせる妖精。
伝承というものは教訓や隠しておきたいけれど失われて困るものの手がかりになることがある。
子供の頃に聞かされた御伽噺もそういったものがあるのだとアーマデルは思案していた。
「だから、この辺りの伝承を教えてくれないか」
「あ、私も気になる!」
特に泉の真ん中に立つ月夜の塔の話を女王ファレノプシスに問いかける。
花丸とアーマデルを交互に見つめ女王は頷いた。
「私が産れる遙か昔に、この地には様々な精霊が住まっていたという伝説があります」
――滅ぼしたのは『冬の王』。
「恐ろしい大精霊だったそうです」
初代女王ロスローリエンは、勇者アイオンや仲間達と共に冬の王を封印した。
「封印されたのは、妖精城アヴァルケインの地下深く――月夜の塔は、そんな時代の遺跡であると伝えられています」
勇者アイオンと言えば、レガドイルシオンを建国した勇者王だ。
アーマデルは興味深いと頷く。
「心配しないで。きっと何とかなるよ!」
花丸は絶対なんとかして見せると決意と共に拳を握った。
飲んだくれるストレリチアを横目に。
ドラマはファレノプシスの前にお辞儀をした。
「ご機嫌麗しく、ファレノプシス様。深緑の幻想種、ドラマと申します」
救出作戦時は挨拶も出来ずに終わったから。
「貴女はあの時の……とても感謝しています」
女王はドラマに感謝の意を込め目を伏せた。
「こちら、深緑で作られた貴腐ワインです。よろしければ如何ですか?」
タータリクスの話は言葉に乗せる事さえ辛いだろうから。
この時だけは楽しさを共に出来るようにドラマは小さなグラスにワインを注いだ。
妖精鎌として妖精郷の女王に挨拶をしておきたいとサイズは恭しく頭を垂れる。
「お会いできて光栄でございます、俺は異界の妖精鎌、サイズでございます。今回妖精郷の危機と知り、助太刀として参りました」
異界とはいえ同じ妖精。刃となり全力を尽くして戦うのみ。
サイズの誓いに女王は微笑んだ。
「妖精郷を宜しくお願いします」
誓いを胸に。一人でも多くの妖精を救うと闘志を燃やすサイズ。
その後ろからおずおず歩みだすはエーリカだ。
「わたしはエーリカ。此れより遥か東方の、白亜の都にて生を受け
霊樹の奥深くで過ごす静寂の民の血を引いた、夜(ニュイ)の末娘です」
少女は聞きたい事があった妖精の長である彼女であれば『永劫の祝福』のかけら。
薄氷の瞳に女王の姿が映り込む。
「夜の末娘よ。申し訳ないのですが、私はその方を存じ上げません。
私はさほどの星霜を生きてはおりません。
永くを生きた幻想種であれば、同じく永くを生きた妖精であれば知っている者もいるかもしれませんが」
申し訳無さそうに瞳を伏せた女王にエーリカは頭を振った。
リンディスは友達の話を聞かせてくれたカンパニュラの元にアカツキを連れてやってきた。
「この方はアカツキさん。――私の大切な、お友達です」
「初めまして。妾はアカツキ・アマギ、リンちゃんのお友達じゃぞ。よろしくのう」
友達と友達を引き合わせる時のむず痒さは心地いいものだ。
笑顔と共に囲った料理。
語られる英雄譚。絶望の青の先に見えた新天地。
二人の大冒険を妖精たちは目を輝かせて聞き入っていた。
食いしん坊の大蜥蜴に遭遇してえらい目にあったとアカツキが紡げば。
「うーん、あの依頼は我ながら痛恨じゃった……悔しさでお酒が進んでしまうのじゃ」
「――ね。妖精さん達も素敵な方々ばかりですよね」
くすくすとリンディスが微笑む。
彼女の紡ぐ妖精譚。今日の頁はとても筆が進むに違いない。
傍らのアカツキはストレリチアと一緒になって盛り上がっている。
「飲みすぎ注意ですよ」
「ちょっと、あとちょっとだけ!」
アカツキの声が空へと響いた。
「はぁぁ」
酒瓶を抱え大きなため息を吐いたラクリマ。
もう自分のコピーと戦うのは懲り懲りだと悪態をついている。
しかも今回は恋人のライセルがコピーと良い感じの雰囲気になっていたのだ。
思い出すだけでも胸がチクチク痛む。
「やきもちとかじゃないですよ? 本当ですよ?」
次第に酒量が増えていくラクリマの目が座っていた。
僅かに潤む瞳。零れそうになる雫を紛らわせる為叫ぶ。
「あいつ、俺にいちども花送ったことないくせに、他の人には送りやがるんだぜ?
ふざけんなまずは俺によこせ!!」
アルベドにも鈴音にも送るくせに。何で自分には――
「うぅ……」
ラクリマの切ない声が湖に木霊する。
「綺麗でのどかで、素敵な町ね」
直接戦いには加われなかったけれど、無事で良かったとジルーシャは胸を撫で下ろす。
妖精達と食事を楽しんでいれば、ルーシーやリドルも気に入ってくれたと分かった。
キノコのスープを一口。木の実のパイも美味しくて。
お礼といっては何だけど。
「そうそう、アタシもね、せっかくだからお菓子を作ってきたの。よかったら食べてみて頂戴な♪」
「すごーい!」
わらわらとジルーシャの周りに妖精が集まりだす。
作り方は簡単。花の蜜を練り込んで。
ドライフルーツを混ぜればとっておきのスコーンが完成するのだ。
「フフ。可愛いわね」
ほっぺたを一杯に頬張る妖精にジルーシャは微笑んだ。
小さな街に、小さな家。
妖精の為に作られた世界はまるで、傍らの少女と同じ名前が付けられた絵本のよう。
只穏やかな日々が続く妖精譚をゼファーは嫌いではないと思う。
「見て! 茸が輪っかを作ってる」
アリスが嬉しげに、昔教えてくれたよねと微笑んだ。
妖精の輪――小さき者たちが踊った轍。そんなもの迷信だと思っていたけれど。
「この街を見ればぐっと真実味が増すわねえ」
不変の中に居ることが出来たならと思うことはある。
耳が長い自分と短いゼファー。永くを生きられない証。
出会った頃より随分と背も伸びた。自分は今と同じ姿。此れからも変わらないのに。
「穏やかな生活に閉じ込めてしまいたい、なんて。……なんてね、ちょっとした、感傷よ」
長いまつ毛を伏せたアリスの肩をゼファーが抱きしめる。
「……多分ね。私は、あなたを置いて逝ってしまうわ」
辛く悲しい絶望に苛まれる。その時は必ず訪れる。それを思えばこそアリスは不変を求めたのだろう。
けれど、だからこそ。
「あなたが、あなただけが。私を、私との時間を忘れない様に。
世界を駆け回って沢山の想い出を作りたいの」
忘れられないぐらい。何度も何度も。思い出を刻みたい。
それでも、涙を止められないのなら。また、見つけに行くから。
だから――
「ええと……こちらの果実水は、差し入れ、です」
ライエルへと辿々しく微笑んだフェリシア。
素敵な歌を沢山聞かせて欲しいのだと彼の隣に座る。
「ありがとう。じゃあ、どんな曲にしようカナ」
「良い物語には、素敵な歌で終わるというお約束……ありますから」
フェリシアは頬を染め力説した。
「キミがそれをお約束だというのなら、そうに違いないさ!」
ライエルのリュートの音が水面に響く。
其処へやってきたのはレストだ。
「クライサーちゃん! クライサーちゃんじゃない~!」
バシバシとライエルの肩を叩きながら隣に座り込む。
「やあ、久しぶりだね」
「また会えるなんて、おばさん嬉しいなぁって」
此処に来るまでに色々な事があった。猫パンチされたりおやつ大会で優勝してみたり。
大活躍だったのだと胸を張るレストにライエルは微笑んだ。
「じゃあ、キミの武勇伝を聞かせてくれるかい?」
「ええ、勿論よ。おばさんを称える歌を謳ってね」
活躍は多めでという声に応とライエルが応える。
「何か騒ぎがあると聞きつけてやってまいりましたここ……えーっと何て地名だっけ」
カメラを意識しながら通り抜けて行く紅葉はお祭りの様子に目を輝かせた。
「なんかお祭りみたいですねー! 早速お話を聞いてみましょう」
最近奪還に成功したとされる――地名は分からない――の妖精に突撃レポート。
「現地の名所や美味しい物をお茶の間の皆さんに伝えますよ!」
紅葉の元気な声がエウィンの街に響いた。
シルフィナは妖精の街に来るのが楽しみだった。
彼女自身もギフトで妖精を連れているから。
妖精たちが住まう街はどんなものなのかと気になったのだ。
エウィンの街に入れば、小さな建物が見えた。
「こんばんは」
「こんばんはー!」
小さな身体でめいいっぱい挨拶をしてくれるのに、シルフィナは嬉しくなる。
シルフィナの視線の先、一際大きな身体が見えた。コレットだ。
「これが妖精の街。とても小さい……」
一般的な少女の二倍近くある身長は、妖精の街に来れば最早巨人と相成る。
「気をつけて行動しないと」
踏み潰さないように細心の注意を払い。ゆっくりとした足取りでコレットは散策していた。
行く先に商店と思わしき建物が見える。そろりと寝転んで中を覗き込めばせっせと妖精がお菓子作りをしている様子が伺えた。
その寝転んだコレットの側でソフィラが躓く。
「わっ」
「……っと」
咄嗟にソフィラの身体を支えたコレットは彼女が盲目な事を悟る。
「何か困ってらっしゃるのでしたら手伝いましょうか?」
「あらあら、じゃあお願いしようかしら」
コレットはソフィラの手を引いて湖の辺りに座り込んだ。
ソフィラの目は光を映さないけれど、花の香り生命の息吹を感じる事は出来る。
そして、気に掛かるのは此処で失われた命――フェアリーシードのこと。
其処に自分が居ればと思う反面、目が見えない自分ではどうしようもない事に眉を寄せた。
「今はこんな事しか出来ないけれど」
フェリチタを手に鎮魂の歌を奏でる。
正直な所この祝いの場に混ざるのは後ろめたいとクーアは変装して紛れ込んでいた。
目的は敵勢力が使っていた人工精霊について。
豊穣の方で出ている肉腫のようなものなのだろうかとクーアは首を傾げる。
この妖精郷に住まう妖精ならば、分かるだろうと聞いて回るが。
「ごめんなさい。分からないの」
妖精から返ってくる言葉は申し訳無さそうなものばかりだった。
逃げ惑う最中敵を観察する暇など無かったのだろう。仕方ないとクーアは頷いた。
みかがみの泉の辺りで釣り糸を垂らすのはイナリ。
妖精の国の魚。お祭りをそっちのけで此処まできたのだ。
珍しいものを釣り上げたいとイナリは意気込む。
糸は水中に。視線は月夜の塔に。何か面白い気配を探して。
「果報は寝て待て……って、ものね」
イナリの周りにはゆったりとした時間が流れていた。
そんな彼女は同じ様に泉の辺りを歩くマルクとシュテルンを見つける。
女王の救出は喜ばしいことだろう。
けれど、マルクはまだそんな気分になれないでいた。
倒すと決めた自分のアルベドに自我が芽生え、己の意思で出向いてきたこと。
彼に話を聞かせたこと。そこに付随する問題は複雑で。気持ちが迷子になりそうだ。
妖精を助けるためにはアルベドを殺さなければならない。
「でも、自我を持ったアルベドを殺すことは、命を奪う事なんじゃないかって」
「シュテ、深緑、お仕事、増える、してから、胸が、ざわざわ」
マルクの苦しみにシュテルンも寄り添う。
けれど、妖精を助けたいという気持ちはあるのだ。
たとえ胸が苦しくなろうとも、逃げることはしたくないのだと。
「そっと……目を閉じた そっと……明星光る」
シュテルンは瞬く星空に歌を乗せる。
未来に見た星の輝きは、いつかまた会えると笑ってくれたから――
木々に囲まれた静かな場所でルフナは夜空を見上げた。
御伽噺の世界の住人だと思っていた妖精が、まさか同じ幻想の仲間だったなんて。
様々な事があったけれど、今こうして仲間たちの笑顔が見られていることにルフナは感謝する。
いつも頼ってばかりの妖精たちに。
今日は労りながらゆったりとした時間を過ごしたい。
奏でる歌は彼らへの――
ルフナの声は初季の耳に届いた。
みかがみの泉から見る光景は美しく幻想的で。
自分たちの知るアルベドは自らの命と引き換えに交渉を進めたと聞いたから。
動力は妖精でも、その意思はアルベドが得たものなのだろう。
だからこそ、この戦いが終わったあと彼女たちがどうなるのか。それを考えるだけで胸が痛む。
「……っ」
けれど、この景色は失われてはいけないものだから。
初季はみかがみの泉へ静かに決意した。
ひとり、街の賑わいの中を抜けていくアルメリア。
この手からすり抜けていったmanjusakaの小さな身体。
対峙したアルベドは自分たちを打倒した上でわざと見逃したのだ。
腹立たしくあった。『宿題』と称したあのアルベドに一矢報いてやるのだとアルメリアは憤慨する。
「はぁ」
気が昂っている。メンタルが大事な魔法使いとしては精彩を欠くものだろう。
静かなみかがみの泉で瞑想すれば落ち着くだろうとアルメリアは足を向けた。
綺麗な夜。妖精郷の明かりは暖かく、妖精たちの笑い声が聞こえる。
楽しそうでよかったとウィリアムは胸を撫でおろした。
全てを救う事は出来なかったけれど。
自分のアルベドを思い出す。
「あの時は別の事に気を取られていたけど……もう少し何か声を掛けてあげれば良かったな」
君ならどうしただろう。明るく笑い飛ばしてくれただろうか。
「最近はよく君を思い出すよ……ウィリアム」
夜明けの虹は彼を想う――
ポポポと泉の辺りを歩くのはハルアだ。
フィリーの心を無視して踏みつけて。心がじんじんと痛い。
「ポポポ、あまえるね……ボクをめいっぱいはげまして」
「そう、まだまだハルアなら行けるでしょ!」
助けられなかったなんて思いたくない。
まだ可能性が残っているのなら。諦めたりなんかしたくない。
「フィーリに心からいっぱいごめんねするんだ」
「その調子よ!」
決意を決めたら、くるくるとお腹が鳴って。ポポポと二人で笑いあった。
「綺麗な街だね……」
ウィズィは傍らのアイラに投げかける。
エウィンの街に溢れる光はまるで木漏れ日の色彩。
「ね、ね。ウィズィ。目を閉じてみて」
言われるまま瞼を落とせば妖精たちの笑い声。
それを背に受けて、みかがみの泉で語らおう。
「妖精を助けに行ったの」
上手く魔法が使えたことを力説するアイラが微笑ましくてウィズィは口元を緩めた。
戦いの中で怪我をすることもあるだろう。
助けるための力を身につけていく彼女が、自分の身まで案じてくれる瞳は。
なんだか誇らしくて可愛いひとだとウィズィは思うのだ。
戦いの意味、誰かを傷つける理由。
「皆が笑顔でいられるために武器を握る」
「そんなものは……」
無くていいのだと武器を握らなくても、笑って暮らせる世界になりますようにと願うアイラに。
ウィズィは微笑んだ。
この純粋な少女の側に居る時ぐらいは、理想に満ちた底抜けの平和を。
一緒に祈ろうと思ったのだ――
夜空煌めく星々の光がマギーの瞳に落ちてくる。
美しい景色に傍らのカイトを誘って良かったと少女は胸を撫で下ろした。
実家の近くもキラキラと綺麗な場所があったと懐かしさに目を細めたカイトは、マギーが俯いているのに気づく。
「ん? どうした、どこか痛むのかい?」
ぎゅっと握りしめられた指先が白くなっていた。
「……その……あの時、助けられないってわかっていましたが……それでも、
助けたいと思ってしまうボクは、やっぱり我儘なんでしょうか?」
「ああ、先日のクリストファー卿のことかな」
小さな胸の内に鬩ぐ不安。投げられた言葉が求めるものは、きっと。
「そんなことないさ。僕だって強欲だから世界ごと救えたらなんて日々思う」
我儘であっていい。理想へと手を伸ばし足掻くことを誰が止められようか。
「えっとその……ありがとうございます、カイトさん」
あっと口を抑えたマギーに呼び名なんて何でもいいと微笑むカイト。
この少女の尊い心が折れぬよう青年は煌めく空に祈った。
蜂蜜酒を煽りながら月を見上げたクロバ。
人気のない泉のほとり。隣にはシフォリィが居てくれる。
俺にもう関わるなと言ってしまえればどんなに良かったのだろう。
代わりに言葉に出来たのは言い訳じみた懺悔だ。
「俺、実は泣き虫だったんだ」
クロバの記憶。父と妹の思い出。酔った事にして君に知ってほしかった。
認められたくて。けれど、今は――
ぐっと言葉に詰まるクロバをそっと抱きしめるシフォリィ。
「大丈夫です、きっと、なんとかなりますから」
本当は分かっていた。クロバの伝えたいこと。
彼の根底にある、復讐という意思。
それは言い換えれば家族の思い出こそが彼にとって一番大事な物ということ。
だが、シフォリィはそれを告げない。決意を鈍らせることはしたくないから。
自分という『絆』に迷ってほしくないから。
新たな道は、未だ霞み。
されど、未知故に。光差す事を信じて。
二人はエウィンの街の夜空を見上げたのだ。
スティアはフロックスへと声を掛ける。
「怖い思いをしただろうし大丈夫かなって」
「はい。大丈夫です」
微笑んだフロックスはスティアの頬を撫でた。
「でも、これからは一人で突っ走るのはダメだよ!」
「気をつけます」
その二人のやりとりを見つめるしきみ。戦いの中で出来た絆は軽んじてはいけないと思うから。
自分もスティアと出会わなければ死んでいたから。
ヤキモチでは無いと、しきみは僅かに頬を膨らませた。
「お姉様。街を案内して下さらない?」
「良いよー! そんなに詳しいってほどでもないけど!」
振り向いたスティアの氷色の髪がエウィンの明かりに煌めく。
その美しさにしきみの心が躍った。
迷子のフリをして、二人だけの時間を少しでも長く過ごしたいなんて。
「お姉様」
花びら一枚。ひらひらと。
スティアの髪に引っかかったのを見て、しきみは羨ましいと思った。
自分はその美しい髪に触れることさえ出来はしないのに。
「ねえアーリアさん、それにしてもこのお酒おいしい」
隣に座ったミディーセラは上機嫌で蜂蜜酒を飲んでいた。
彼はとりわけ甘いお酒が好きだから。
「この泉が全部お酒ならいいのにねぇ」
それなら飲み干すまで帰れないと、ふにゃりと笑う彼を見てアーリアの頬も緩む。
「私がもう一人必要だわぁ」
なんて。思い出す。アルベドという存在のこと。
「ねぇ、私のコピーが生まれたらどう思う?」
「うーん……そうですねえ」
自分のコピー。それは恐怖の対象であろう。
もし、相手のコピーが目の前に現れたなら。
「戸惑うけれど、倒すでしょうねぇ」
ミディーセラも彼女と同じ意見だった。
彼女以外の『アーリア』は必要無い。居なくなってしまえば心が揺らぐかもしれないけれど。
それでも。
「ただ一人。世界に一人の存在」
大事な人はひとりしか居ないから。
ぎゅっとお互いの体温に触れて確かめ合うのだ――
女王の前にリゲルとポテトはやってきた。
「無事で良かった」
「ええ、貴方達のお陰です」
必ず妖精郷を取り戻すと二人は女王に誓う。
二人は手を握り、みかがみの泉のほとりを歩いていた。
心にあるのはアルベドたちのこと。
作られた存在とはいえ、チップとホワイトナイトには心があった。
大切な人を守りたいという意思があった。
「俺達は……戦うしかないのだろうか」
どうにかフェアリーシード無く彼らが存在できるようにならないのだろうか。
夜空を見上げ二人は思う。
この世界には美しい景色も、美味しい食べ物も沢山ある。
アルベドたちにも人らしい時間を、経験を得てほしい。感じてほしい。
「だって、アルベドであってもポテトはポテトなんだ」
幸せであってほしいと願わずには居られない。
まだ、未熟な白き存在。
己の大切な人を。守れと。ホワイトナイトに願い。
幸せになれることをチップに祈る。
「彼らのためにも。一緒に頑張ろう」
「ああ」
お互いの手をぎゅっと握りしめて、二人の瞳は星空を抱いた。
「妖精郷ねぇ、何でもありだなぁこの世界は」
「まあ、二人でのんびり散歩といこうか」
グリムゲルデの番は妖精郷をゆっくりと歩いていた。
「んー流石常春の都、涼しくて丁度いいね」
ルーキスが問えば傍らのルナールが眉を寄せる。
「おにーさんは全く知らない場所は苦手かな?」
「まあ、今日はルーキスが居るから気にならない」
つまり苦手ということだった。それでも、その辺りの草木や石が素材にしか見えないのだから研究熱心だということなのだろう。
「研究肌の宿命だね」
偉いとルナールの頭を撫でるルーキス。
「とはいえ、勝手に採取はまずいしなぁ」
からからと笑いながら、二人は妖精郷を楽しんでいた。
されど、夜風は肌を冷やす。
暖を取ろうとルナールの膝に座ったルーキスは落ち着くと微笑んだ。
「やっぱりキミの側が一番落ち着く」
「俺もそうだよ」
彼女の頬を撫で、唇を落とせば蜂蜜の甘い味がした――
女王ファレノプシスの前に現れたのはルチアーノとノースポールだ。
「あの時は私達にご協力いただき、ありがとうございました!」
急いでいたとはいえ女王達には負担を掛けてしまったから。
ルチアーノも無事で居てくれたと胸をなでおろす。
「貴女達こそ、怪我はもう大丈夫なのですか?」
「私達はもう元気ですよ! こう見えて弱くないのでっ」
力こぶを作ってみせるポーにルークも笑う。
されど、彼の心の中は闘志に満ちていた。
大切な人を傷つけて笑っていたアイザックのこと。
きっと次にあったときも笑顔で殺そうとしてくるに違いない。
だから、今度こそ潰してやるのだと瞳の奥に憎悪を揺らす。
「アイザックが、ご迷惑をおかけしました。アイツは、地球の同胞なんです。
僕が必ず、排除しますので……」
口に乗せた言葉に棘を感じ取って取り繕えなかったとルークは思った。
普段であれば何のことはない言葉。
されど、それが滲み出る程、ルークの心はかき乱されていたのだろう。
「あの魔術師……ネィサンは、私の故郷の仇なんです。
手強い相手ですが、必ず。女王様と妖精郷を守ります」
ルークとポーの言葉に女王は頷いた。
そして手を広げる。
「さあ、今宵は羽を安め、一時の休息といたしましょう」
二人は女王の声に頷いて宴会の輪の中へ入っていく。
妖精郷女王ファレノプシスは遊色の空を見上げる。
願わくば。平穏なる明日を――
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。如何だったでしょうか。
エウィンの街からお送りしました。
GMコメント
もみじです。
エウィン奪還戦、お疲れ様でした。
●目的
エウィンの町で一晩過ごす。勝利の宴です。
皆さんは沢山の妖精達に歓迎されています。
●ロケーション
常春の都アルヴィオンにある、エウィンの町です。
幻想的で美しい光景が広がっています。
町では宴会が繰り広げられています。
また町には『みかがみの泉』と呼ばれる済んだ湖があります。
湖の中心には『月夜の塔』という古代遺跡があります。
どこで何をしても良いでしょう。
●出来ること
だいたい、以下のような感じです。
A:『飲み食いおしゃべり』
お肉やキノコ、木の実を使った素朴な料理がたっぷりと提供されています。
提供側にまわってみるのも、面白いかもしれません。
妖精達は皆さんの話や、食べ物などに興味津々です。
B:『散策や物思いに耽る』
こんな夜は、散策したり思索に耽るのも良いでしょう。
なかなかに風光明媚です。
デートも良いかもしれません。
C:『その他』
出来そうなことが出来ます。
●NPC
『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)
ご存じ花金のおっさん。飲んだくれの可愛い妖精ちゃんです。
ここエウィンに自宅があるようです。
自慢の蜂蜜酒(ミード)を振る舞いたいようです。
『女王の侍女』フロックス
イレギュラーズに救出された妖精です。
生真面目な性格です。
『胡蝶の夢』ファレノプシス
妖精郷の女王です。
妖精郷の伝承にはそれなりに詳しいようです。
皆さんの活躍に深く感謝し、また事態に心を痛めています。
『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)
深緑を根城とする吟遊詩人です。
おじさん構文で話す、ひどく胡散臭い人。
イレギュラーズに強い関心があるようで、妖精郷にもついてきました。
なんでも皆さんの歌が歌いたいそうです。
『他』
皆さんが助けた妖精達も居るかも知れません。
お話したい場合には、どのシナリオの誰なのかを分かるように記載下さい。
●諸注意
未成年の飲酒喫煙は出来ません。
ジュースもたっぷりあります。
妖精達は、皆が皆大酒飲みではありませんので……。
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