シナリオ詳細
紫陽祭
オープニング
●祭に臨む八百万達
――しとしと、しとしと。
微かに降り注ぐ小雨は、ピンク、青、紫、白と鮮やかに咲き誇る紫陽花の花々を、瑞々しく映えさせる。
「今年もええ天気になりましたなぁ」
「ええ、ほんに。絶好の、祭日和ですわ」
左右を紫陽花の樹々に挟まれた参道を、傘を差した二人の八百万の男が言葉を交わしつつ歩いていく。
今日は参道の先、この神社の本殿で祀られている紫陽花の八百万を祀る祭の日であった。もっとも、今となっては祭は件の八百万を祀るよりも、この一帯に咲き誇る紫陽花を愛でる催しとしての色が強くなっているが。
晴れて蒸し暑くなれば紫陽花を愛でるには厳しく、大雨で先も見えなくなればこれもまた紫陽花を愛でるどころではなくなってしまう。彼らにすればこのくらいの雨が、暑くもなく寒くもなく、また梅雨と言う季節を感じさせる趣のある『祭日和』なのであった。
「――ところで、聞かはりました?
『竜神様』を滅した異邦の輩が、この高天京に着いたとか」
「いれぎゅらあず、言うんやったか。
もしかしたら、この祭にも来るかもしれへんなぁ」
「どないな人らなんやろ? 『竜神様』を滅した人らやから、
やっぱり強面で恐ろしい人らなんやろか」
「まぁ、今からそんな構えても仕方あらへん。
とにかく、祭を荒らさず一緒に楽しめる人らやとええけどな。
そんなことより、今は紫陽花を愛でよやありまへんか」
不安そうにする片方の八百万に、もう一人の八百万がその不安を笑い飛ばすように応じる。そして、ここに来た目的を思い出した二人は、紫陽花に彩られた景色を楽しみつつゆっくりと歩を進めるのであった。
●新天地への誘い
「皆さんの尽力の甲斐あって発見された新天地、豊穣郷カムイグラですが、
その都、高天京の神社で紫陽花を愛でる祭があるそうですよ」
ある日のローレット。『真昼のランタン』羽田羅 勘蔵(p3n000126)が掲示板に紙を張りながら、手近なイレギュラーズ達に声をかける。
「……へぇ、カムイグラねぇ。ちょっと、興味あるな。
紫陽花を愛でると言うと、本当に紫陽花を見て楽しむだけなのか?」
厳しい戦いの末に越えた『絶望の青』の先で発見されたばかりの新天地の名前に、何人かのイレギュラーズが興味を持って詳しい話を聞こうとする。
「ええと、元は高名で徳のある紫陽花の八百万――こちらで言う精霊種を
祀るものでして、その加護を願う祭礼もあります。
この祭礼にも、参加したければ参加できるそうです」
ふぅん、へぇ、とイレギュラーズ達は様々に頷く。
「屋台とかはないの!?」
花より団子、と言わんばかりに、別のイレギュラーズが尋ねた。
「ありますよ。参道の入り口と、本殿前の広場に露店があります。
本殿にはオープン席のある食堂もあるとか。
食べ物はそこで買い込んでもいいですし、外から持ち込んでも構いません」
「さ、酒はどうなんだ!?」
「夜になれば出ますね。飲みながら夜桜ならぬ夜紫陽花を楽しむこともできます。
ああ、当然未成年の飲酒はNGですよ。
あと、羽目を外しすぎるのはマナー違反ですからね。
その点さえ気を付ければ、向こうも積極的に絡んで来ようとしないまでも、
来るものは拒まずと言った対応をしてくれるはずです。
ですから、気軽に楽しんで来て下さい」
にこやかに微笑みながら答えると、勘蔵は祭の詳細が示された紙を希望者に配っていった。
- 紫陽祭完了
- GM名緑城雄山
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年07月15日 22時10分
- 参加人数34/∞人
- 相談8日
- 参加費50RC
参加者 : 34 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(34人)
リプレイ
●神社と言えば何をおいても参拝
「はぁ~、見事ですわぁ」
「いれぎゅらあずにも力士はいるんやなぁ」
参道をのしのしとゴリョウが歩く。大柄な体格に浴衣を纏い、髪を大銀杏に結った姿は偉丈夫な力士そのものであり、祭に訪れた八百万達の視線を釘付けにしていた。豊穣において、力士は神事として奉納相撲を行う者である。さらにゴリョウの堂々たる体格も相まって、八百万達の視線には憧憬と敬意が籠っていた。
「ゴリョウさん。すごく注目されてるッスね!」
「おう、まさかここまでとはな」
元気いっぱいの笑顔で、鹿ノ子がゴリョウに話しかける。普段のゴリョウならぶははと豪快に笑って返すところだが、ここは神域であるという遠慮と八百万達の視線への緊張が働いて、軽く言葉を返すに留まった。
参拝を終え、お守りを授かった二人は、来た道を戻っていく。
「――ゴリョウさんは、何をお願いしたッスか?」
鹿ノ子がふと、ゴリョウに尋ねた。
「そりゃ、豊穣にイレギュラーズが迎え入れられる未来と、今後のイレギュラーズの活躍だな。
オメェさんは?」
「魔種になっちゃったご主人を見つけ出して再会した『その時』に、
全てを元気で、笑顔で、終わらせられるように、っスね」
「……魔種に、か」
「そんな、重苦しく考えないで下さいッス。何があっても、僕は元気ッスから!」
ゴリョウの空気が重くなったのを察したか、『元気な女性』を示すピンクのお守りを見せながら、鹿ノ子は快活な笑顔を向けた。
(何があっても心が負の感情で塗りつぶされることなく、
レオパル様に通じるこの称号に恥じぬよう、自分の魂に添いながら、
凛とした騎士としていられるように……)
(ここの主なご利益は「団欒」「和気あいあい」か……。
これからもリゲルと暖かで和気あいあいと団欒出来る家庭を作りたいな
リゲルとノーラ、お義母様、屋敷の皆が笑顔で過ごせますように……)
二人して真剣な様子で願い事をするのは、リゲルとポテトのアークライト夫妻。仲睦まじい雰囲気の美男美女のカップルは、これまた八百万達の視線を集めた。
「母上達のことも気にかけてくれて、そしていつも美味しい料理で、健康を守ってくれて有難う」
「私こそ、いつも温かい愛情で安らげる場所と幸せを有難う。
リゲルが幸せで健康でいられるように、これからも頑張って美味しいご飯作るぞ」
相合傘の下で、リゲルはポテトの方を抱き寄せて青のお守りを渡し、ポテトはリゲルに体を寄せて白のお守りを渡した。
(はぁ……絵になりますなぁ……)
(尊くて、悶え死んでしまいそうですわぁ……)
それを見ていた八百万達の一部は、句や詩にその思いを残したとか。
神社で仲睦まじい姿を見せたのは、アークライト夫妻だけではなかった。
『せっかくだからこっちの神様にご挨拶しましょうよ、鬼灯君!』
「そうだな、嫁殿。ありがたいことに俺の部下はたくさんいてな。
団欒、和気あいあいというのはぴったりのご利益だ」
『嫁殿』に応える鬼灯。しかしその『嫁殿』は見た目が人より小さい人形であるため、その様子を見た八百万達は驚きを禁じ得なかった。
(何やろ……あれ。人形やろか? それとも、妖や付喪神の類なんやろか……)
もっとも、八百万達の怪訝そうな視線など二人は気にしない。
『いつまでもみんなで仲良く暮らせますようにってお願いするのだわ!』
「うむ。……誰一人欠けることなく、ずっと共にあれますように」
そうして参拝を済ませた鬼灯は、ピンクのお守りを授かると、『嫁殿』に捧げた。
「嫁殿……これからも健やかで、俺の傍で笑っていてくれますように」
『ありがとう、鬼灯くん♪』
笑顔(?)で『嫁殿』は、鬼灯に応えるのだった。
せっかくなので、と見学がてら本殿に昇殿しているのは、ンクルスだ。本来は『創造神』の信者ではあるが、異国の信仰には興味津々であった。また、この神社もその辺には寛容だったりする。
ンクルスの隣には、礼拝がいる。参拝に来たのはいいがどうすればいいのかわからず困惑していたンクルスに、事前に参拝の方法を調べておいた礼拝が助け舟を出したのがきっかけで、一緒に昇殿することになった。
「ここの神様の加護は……『団欒』?
ああ! 皆で仲良く楽しむって事だね! 平和的で良いね!」
「加護ではなく、ご利益、と言うんですけどね」
「俺達にピッタリのご利益だなァ、大地? 今後とも仲良くやっていこうゼ?」
「わざとそれを声に出す辺りが、逆に嫌味ったらしいんだよなあ、赤羽は」
参拝が始まるまでの待ち時間に交わされたンクルスと礼拝の会話を聞いて、一人で会話しているように喋っているのは大地だ。一つの身体に二つの人格がいる故なのだが、周囲から見るとやはり奇異に見えた。
やがて神主が姿を現すと、静寂が場を支配する。そして、神主は朗々と祝詞を唱えはじめた。
(世界を護れるくらい、強くなれるように)
(目が離せない愛しいあなたに沢山の縁が結ばれて、
長くあなたの愛しい人と団欒の時を過ごせますように。
その時が、幸福なものとなりますように)
(これからも、赤羽と上手くやっていけるように)
(今後モ、大地と楽しくやっていきたいもんだナ)
祝詞が唱えられている間、参拝者達は各々願い事が叶うように祈る。それはイレギュラーズ達も同様であった。
そしてお守りを授けられる段になって、ンクルスがどのお守りを授かるか迷う。結果――。
「何か、一番強そうなのが欲しいかな! 私はシスターさんなので!」
「強そうって何だよ!」
「シスターは関係ないだロ!」
大地と赤羽、両方の人格で大地はツッコミを入れることになった。
●如何してそんなご利益があると思ったのか
参道を、五人の女性が歩く。いずれも体の一部が貧し……もとい、慎ましやかなのが共通点であった。故にその慎ましやかな部分を大きくしてもらえるように参拝に来た、と言うわけである。
「リリファ先輩は納得だけど、まさかリーヌシュカさんも同じ絶望を越えたい仲間だったなんてねー」
「私は納得、って……」
屈託のないフランの言葉に、リリファはガーンとショックを受けた。
「ま……まぁまぁ。リーヌシュカさんが私達と同じ願いを持ってたのが、意外だったってだけですよ」
「そ……そうそう。ラドバウで戦ってる姿からは、思いもよらないよね」
慌ててシルフィナと焔がフォローに入る。
「カミ……スピリットが願いをかなえてくれると言うなら、来ない理由はないわ!」
リーヌシュカは何処か照れ臭そうにしながらも、そう応えるのだった。
途中、一行は参拝を済ませた無量とすれ違う。互いに軽く会釈を交わした、のだが。
(……何でしょう? 皆さんからの視線が私の胸に集まっていたような)
持てる者には、持たざる者の気持ちはわからぬと言う。そして、見事な双丘を持つ無量には、一行の視線が集まった理由は理解できなかった。
この神社で参拝すれば、自分達の胸もきっと無量のように大きくなる。『絶望の青』だって乗り越えられたのだ。この絶望もきっと超えられる――そんな希望が、一行を支配した。
やがて一行は、本殿の前に至った。まずフラン、焔、シルフィナが願い事の成就を祈る。
「深緑出身、今は幻想のパン屋さんに住んでるフラン・ヴィラネルですっ!
……おむねが大きくなりますように。
おむねが大きくて肩凝っちゃったーとか、似合う服がないなーとか言ってみたい!
ここに並んだ誰よりも! 大きく! お願いします神様!!」
「どうかボク達のおむねを大きくしてください、むむむむむむむっ!!!!」
「神様……私はシルフィナと言います。胸を少しでも大きくして下さい、お願いします!」
見た目は決して悪くない女性達が、必死な形相で胸が大きくなるように大声で祈る。その残念さ……もとい、ミスマッチに、周囲の八百万達はざわざわとどよめいた。
(神様に祈っても胸が大きくなったりはせえへんのに……)
ツッコミと憐憫の視線が、三人に集中する。だが、叶うはずもない希望に縋る三人がその視線に気付くことはなかった。
次いで、リリファとリーヌシュカの参拝の番が回ってくる。
(どうか、どうかおむねをこの手に……二十歳にもなったので未来に光を……!!)
「スピリット、聞きなさい! 私は鉄帝国軽騎兵エヴァンジェリーナよ!
これは奢りよ! 全部うけとっときなさい!
あなた、願いを叶えるそうね!? なら見てわかるはずよ!
私とフランと焔と、シルフィナとついでにリリファに足りないもののこと!
それは胸よ!わかる? сиськиよ!
二十歳のリリファは手遅れだけど、私達には希望があるわ! だからお願いよ!!」
言葉には出さずに祈るリリファとは対照的に、大量のお賽銭を賽銭箱にぶちまけて全力で鈴を鳴らし、高らかに叫ぶリーヌシュカ。うるささもあって、八百万達のどよめきが一層大きくなる。
「……む、むきゃむきゃ――!!」
リーヌシュカのあまりにも心無い言葉に、本日二度目のショックを受けたリリファの周囲に黒いオーラが集積し始める。フラン、焔、シルフィナはリリファを宥め、黒いオーラを霧散させるのに手を焼くことになった。
●お守りを買いに
本殿に詣でるのを済ませた文は、境内の紫陽花をのんびりと愛でながら売店に向かう。
(えっと、ここのご利益は団欒に和気あいあい、だっだね。
売店にはそれ以外のお守りもあると聞いたけど、商売繁盛もあるのかな)
そんなことを考えながら、文は売店に並ぶ品々を見て回る。神社でよく見る普通のお守りはもちろん、ここならではの紫陽花をモチーフにしたお守りや、紫陽花の彫刻の根付なども並んでいる。ご利益の方も、商売繁盛はもちろん、厄除けや安産祈願、無病息災、縁結びなど様々だ。
しかもその形やご利益ごとに異なるお守りが、白、ピンク、紫、青と色毎に用意されている様はカラフルで見ていて楽しい。
(いやはや、これは見ていて飽きないな。やはり、お祭りは良いね)
「……ない、ないぞ。おかしい……いくら探しても鬼絶滅祈願のお守りが無いではないか!」
頼々は売店でお守りを探すも、目当てのご利益のあるお守りを見つけられないでいた。
「我の故郷だと売れ筋ナンバーワンぞ? やっぱカムイグラ手ぬるいよなぁ?
こう、鬼を迫害しようという気概がないというか、冷遇で満足しとるのがもうダメ」
「そんなお守りが売れ筋ナンバーワンなのは、頼々の故郷ぐらいだろう。
それに、鬼人種の中からもイレギュラーズになる者が現われているんだ。
イレギュラーズになる可能性がある以上、絶滅なんてさせたらまずいんじゃないか?」
呆れたようにツッコミを交えながら、錬は頼々の鬼への強硬さを窘める。目を離したら何を起こすかわからないと頼々についてきてみたが、どうやら正解だったようだ。
「むむ……しかし、『見鬼必殺』は世の摂理だし、『鬼死すべし、慈悲はない』とも言うではないか」
「言わないよ……これで、少しは鬼にも鬼以外にも寛容になってくれ」
はぁ、と溜息をつきながら、錬は買っておいた白いお守りを頼々に渡す。渋々ながらお守りを受け取った頼々は、話題を変えようとにおみくじを引くことにした、のだが。
『願望:叶わぬ。本当の願いに気づくべし』
「我の願望は、鬼の絶滅っていうささやかな願いなのに!?」
「まぁ、そうだろうな……それにしても、全然ささやかじゃないだろう」
頼々の叫びに、苦笑いしてツッコむ錬。
その二人のやりとりを、カイロは聞き耳を立てて聞きながら、商売に繋げられないか模索する。
(ふむ……退魔ならぬ退鬼のお守りを用意すれば、彼に売れるかも知れませんね。
問題は需要がニッチ過ぎることでしょうが、その分バリエーションを増やせば……。
何にせよ、せっかくこれだけ商売繁盛のお守りを買ったのです。
至高の富を得られる様に、頑張りましょう)
たくさんの商売繁盛のお守りが入った紙袋を両手に提げながら、その分のご利益を得ようと気合いを入れるカイロだった。
ヨゾラは、絵馬の記入台でうんうんと頭を悩ませていた。絵馬そのものに興味を持ち、紫陽花の絵に惹かれて絵馬を買ってはみたものの、いざ願い事を書く段で迷ってしまったのだ。
(カムイグラの神社に願う事なんだし、やっぱりカムイグラの幸せを祈願したいな。
国自体にも、色んな人達にも)
内容はそう決まったものの、八百万達に失礼にならない書き方を如何すればいいかが難しい。熟慮の末に、ヨゾラは筆を取って願い事を記入した。
『豊穣郷カムイグラに、これからも沢山の希望と幸運が訪れますように』
これなら大丈夫だろうと絵馬を飾ろうとしたところで、ヨゾラは既に飾られている絵馬の一つを目にしてえっ、と驚いてしまう。その絵馬には、『悪しき鬼共が絶滅しますように』と書かれていたのだ。
●紫陽花畑にて
(八百万って言うだけに色んな神様が居るけど、紫陽花の神様は初めて聞いたわね。
この神社の御利益も「団欒」「和気あいあい」だし、きっと良い神様なんでしょうね……)
祭神への礼儀としてまず参拝を済ませたイナリは、祭神に想いを馳せながら、本殿の裏へと歩いて行く。紫陽花畑に着いたイナリの視界には、無数の色とりどりの紫陽花が広がっていた。
「こんにちは、イナリさん。見て見て、花びらが緑なのね、このハイドレインジア」
先に紫陽花畑に来ていたアルテナは、イナリに気付くと珍しいものを見つけたと言わんばかりに、緑の紫陽花を示してみせる。
「紫陽花にはこんな色もあるのね。それにしても、素敵な紫陽花畑だわ。
カメラを持ってこなかったのが残念なくらいよ」
「紫陽花だけ見ていると、幻想と同じなのにね」
「『絶望の青』を越えて見る景色だから、格別なのかも知れないね」
アルテナの言葉に、イナリは『大号令』での冒険を思い起こす。サメ料理にチャレンジしたり、幽霊船や狂王種と戦ったり、リヴァイアサンに挑んだり――。
「イナリさんは、いろんな冒険をしてきたのね。
これからも一緒に、一杯冒険しましょ。よろしく!」
アルテナが差し出した手を、イナリはしっかりと握った。
「こんにちは。その着物も傘も、趣があってとっても素敵だね」
「こんにちは、ありがとう。アルエットね、カムイグラに来るの初めてなの。
だからね、おめかししてみたの」
ピンク色の着物に紅い和傘と言う、紫陽花畑の中で引き立つアルエットのコーディネートを、イーハトーヴは褒めた。嬉しそうに、アルエットは微笑む。ふと、アルエットはイーハトーヴの持つスケッチブックに目を止めて尋ねた。
「……それは?」
「新しいドレスの参考に、紫陽花をスケッチしようと思ってね」
「そばで見ててもいい?」
「うん、構わないよ」
そうしてイーハトーヴはスケッチを始め、アルエットは眼前の紫陽花とスケッチブックの紫陽花を交互に眺める。そうしているうちに、二人の男女が歩いて来た。シャルルと亮だ。
「こんにちは、イーハトーヴ」
「おっ、紫陽花をスケッチしてるのか」
「こんにちは。うん、そうなんだ……あっ、何だか、イメージが湧いてきちゃった」
二人の声に振り向いたイーハトーヴの視線が、シャルルのところで数瞬止まる。そして閃きを得たように、スケッチブックの新しいページを開いて湧いたイメージを形にする。
「こんなのは……どうかなぁ?」
出来上がったのは、左胸と右腰、それとスカートの下部に紫陽花の花をあしらったドレスだ。
「おお、いい感じだな」
「綺麗なドレスね」
「うん、……素敵」
三人の感想に、イーハトーヴはぱあっと明るい笑顔を浮かべた。
●紫陽花入りの涼菓
(新しい場所!ここでやることと言ったら一つ!
そう!美味しいものを食べることだよ!
まだワタシが食べた事ない美味しいものがきっとたくさんあるはず!)
花より団子とばかりに、実験体37号は片っ端から目に付いた店に突撃していく。
茶漬けに冷や汁、素麺にお好み焼き、今川焼きに林檎飴と全てのメニューを食べ尽くす勢いだ。
(……な、なんだ、この涼菓というやつは、持って歩くだけでなんで、こんな……)
一方、ソロアは初めて見る涼菓に驚愕していた。
「すごくぷるぷるしているぞ!?」
ソロアが買った涼菓は、紫陽花を象った餡を透明な葛で包んでいる。
(これは、スライムなのか? 食べても大丈夫なのか?)
食べるのを逡巡するソロア。その前に今回のメインとして同じ涼菓を買ってきた実験体37号が座ると、ぱくりと一息に食べてしまう。
「――!」
つるりとする食感と、口の中に広がる甘さにソロアは目を見開いた。
「美味しいよね、このデザート」
「ああ、こんなのは初めてだ」
あまりにも美味しそうに見えるソロアの表情に、実験体37号は思わず微笑みながら声をかける。この後、二人は連れだって露天に並び直し、他の涼菓も堪能していくのだった。
●お酒の時間
日が沈み夜になると、祭はその性質を変える。飲酒が許され、神酒が饗される宴になるのだ。
こちらを目当てに来る八百万達も少なくない中、イレギュラーズ達の中にもこの宴を目当てにする者達がいた。
「かーーーっ! この酒、うめぇな。久々に飲んだがやっぱこっちのほうが俺の好みだぜ」
その一人である熾輝は、初めて訪れる異国に豊穣を選んだことを正解だったと感じながら、神酒を堪能していた。神酒はやや甘く、すうっと舌の上を流れていく。
「うまい酒と綺麗な花……いいねぇ、乙だねぇ」
仄かな灯りに照らされる紫陽花、楽しそうに宴を愉しむ人々、それらを眺めながら、熾輝はまた一杯と神酒を呷った。
純粋に飲むために神社に来たのは、クーアも同様だ。
元居た世界におけるヤーパンに相当する国なら酒にも酒の肴にも困ることはないだろうと言うクーアの予想は当たっており、甘辛く煮た白身魚の煮付けに、濁り酒を合わせて嗜んでいた。濃厚な煮付けの味を、芳醇でどっしりとした味わいの濁り酒が受け止めて不思議と調和する。
「んー、たまらないですね。次はどうしましょうか……」
紫陽花はそっちのけで煮魚を平らげて濁り酒を飲み干したクーアは、続いてどんな料理と酒を楽しむか思案していく。
(こういう出店はなんか、懐かしいぜ。
ガキの頃は少ない小遣いを貯めて、思いきって焼きそば買ったり、
組に入ってからは実際自分で作っていたし、まとめ役をしていた事もあったなぁ)
義弘は祭の風景にどことなく懐かしさを感じながら、甘鯛の塩焼きを肴に清酒を飲んでいた。柔らかい身とパリパリとした鱗の二つの食感が楽しい。そして口の中に残る塩気を、清酒の淡麗辛口の飲み口が洗う。いくらでも食も酒も進みそうだ。
(豊穣郷が日本に似ているからかね……懐かしさに、少ししんみりしちまうな。
いや、ヤクザにゃ似合わねぇか)
のんびりと酒と肴を楽しみつつ、郷愁に浸る義弘だった。
「カムイグラ……不思議なところだよね! ヴァレーリヤ君! 紫陽花も綺麗だね」
「花見といえば桜のイメージだったけれど、夜紫陽花というのも新鮮で良いですわねー!」
境内の外れの少し静かなところで、マリアとヴァレーリヤは二人きりの時間を過ごしていた。
「豊穣風のお酒も悪くないけれど、ゼシュテル人としては飲み慣れたウォッカが恋しいところ……」
「そうだと思って、君用にウォッカとつまみを用意してあるよ」
「ありがとうマリア! ウォッカもそうだけれど、その気持ちがとっても嬉しいですわー!」
マリアが荷物の中からウォッカ、スモークチーズ、豚の脂身の塩漬けを取り出し、ヴァレーリヤに酌をする。
(やっぱり、ヴァレーリヤ君の呑んでる姿はなんだか好きだな……。
見てるだけで、こっちまで楽しくなるんだよね)
嬉しそうにウォッカを飲むヴァレーリヤに見惚れつつ、マリア自身もちびちびとウォッカを嗜む。そうして二人の楽しい夜は過ぎていったのだが、ヴァレーリヤに見惚れながら飲み続けたせいか、思わずマリアは深酒しすぎてしまった。
「大丈夫ですこと?」
「らいじょうぶらよ、われーりやくん……」
どう見ても大丈夫そうではないマリアに、ヴァレーリヤは水を持ってきて飲ませる。そして、酔いが落ち着くまで介抱した。
●夜の紫陽花を前にして
(この地の魔種どもは政治の中枢に入りこんでいるらしい。
まずはこの地で名声を得なければ奴らに近づくことすら出来ん。
魔種どもを殺し尽くすためには、この国の住人と地道に顔を繋いでいかねばならんだろう。
……しかし、この国はどうも苦手やな。捨てたはずの過去を思い出してまうわ。
まぁ、言(ゆ)うても しゃあないねんけどな)
紫陽花畑を前にしながら、紫陽花はそっちのけで考え込んでいるのはハロルドだ。周囲の八百万の都言葉に、ついつい思考まで関西弁に染まっている。
「こんばんは、八百万さん。素敵な紫陽花ですね」
そこに、蝙蝠を連れたユーリエが話しかけてきた。ほんのりと漂う花の香りが、ハロルドの鼻腔をくすぐる。
「いや、俺はちゃうで? 俺もイレギュラーズなんや……はっ!?」
「えっ? ごめんなさい。てっきり、紫陽花を見に来た八百万さんかと……」
思考を中断されたハロルドは、ユーリエに応じてから自らの言葉が関西弁になったこと、自身の和装に番傘と言う出で立ちが八百万に見えてもおかしくないことに気付く。そして、ユーリエの謝罪に、気にすることではないと応じた。
「せっかくだから、一緒に紫陽花を見て回りませんか?」
ユーリエの誘いに、ハロルドはふむ、と考え込む。イレギュラーズ同士で紫陽花を楽しむのも、悪くないように思えた。
「いいな。行くか」
魔種云々は頭の隅に追いやって、ハロルドは紫陽花畑の中へと歩き出す。ユーリエと蝙蝠も後を追い、二人と一匹は夜の紫陽花を心ゆくまで楽しんだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。リプレイが遅れまして、申し訳ございませんでした。
さて、いろいろと書かせて頂きましたが、この紫陽祭が皆様の楽しい思い出の一つとなりましたら幸いです。
今回は力士スタイルが格好良かったゴリョウさんに、MVPをお送りします。願い事の「豊穣にイレギュラーズが迎え入れられる未来」に、多少なりとも自ら近づけたと言えるのではないでしょうか。
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。真夏日だったり雨が降ったりする日々ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、先日シナリオのリクエストを頂きました。どうもありがとうございます。
その内容が「和風の街で紫陽花を楽しむ」と言うものでして、どうしようかと考えていたところにカムイグラの発表がありました。そのため、リクエストとしては辞退させて頂いて、新天地でのイベシナとして運営することにしました。
リクエスト用に紫陽花の名所を調べていたところ、今年はコロナの影響でいろんなところであじさいまつりが中止になっているようですね。せめて、PPPの中ではあじさいまつりをお楽しみ頂けたら幸いです。
●目的
紫陽祭を楽しむ
●紫陽神社
今回のイベシナの舞台です。
高名高徳であった紫陽花の八百万を祀る神社です。
その八百万を偲んだ人々によって次々と紫陽花が植えられたため、
紫陽花の名所となりました。
●プレイング書式
1行目:時間帯タグ(【昼】or【夜】)
2行目:選択肢タグ
3行目:同行者orグループタグ。なければ空白。
4行目~:プレイング本文
プレイングの書式は厳守して下さい。
守れていない場合、描写できなくなる可能性が非常に高くなります。
よろしくお願いします。
●タグと内容
タグは、主にやりたいことについて合わせて付けて下さい。
この時、別のタグの内容が混ざっても構いません
(例えば、【昼】【飲食】で、紫陽花を楽しみながら露店の食べ物を食べるなど)
時間帯【昼】
・【参拝】
ご利益を願って昇殿して祭礼に参加したり、
本殿の前で参拝したりするのがメインの場合はこちらになります。
主なご利益は「団欒」「和気あいあい」。
他、授けられるお守りの色によってそれぞれ異なったご利益があります。
白は「寛容」、青や紫は「辛抱強い愛情」、ピンクは「元気な女性」です。
全部のお守りを授かって、全部のご利益を願ってもかまいません。
・【売店】
ご利益を求めてお守りを買ったりするのがメインの場合はこちらになります。
こちらでは上記のご利益のお守りの他に、一般的な神社でもよく売られている
厄除けや商売繁盛などのお守りを買うこともできます。
また、おみくじを引いたり絵馬に願い事を書いて奉納することもできます。
この神社の絵馬の絵は、色とりどりの紫陽花です。
・【紫陽花】
紫陽花を愛でるのがメインの場合はこちらになります。
参道、本殿前の広場、本殿裏の紫陽花畑で愛でることができます。
お好きな場所で楽しんで頂ければと思います。
・【喫食】
屋台や露店の料理を食べるのがメインになります。
料理は概ね和風のものとなりますので、洋風のものが欲しい場合は持ち込むのが間違いないでしょう。
時節柄涼しくさっぱりしたものが人気で、葛を使った涼菓などもあります。
参道で歩きながら、あるいは食堂や露店の座席で、あるいは本殿裏の紫陽花畑の中でゴザやシートを敷いて食べることになります。
年齢を問わず、アルコールはNGです。
時間帯【夜】
・【夜紫陽花】
闇の中、灯りに照らされた紫陽花を愛でるのがメインの場合はこちらになります。
参道、本殿前の広場の端、本殿裏の紫陽花畑に明るすぎない程度に灯りが置かれています。
ほんのりした灯りに照らされた紫陽花の姿が楽しめることでしょう。
・【飲酒】
酒を飲んでわいわいやるのがメインの場合はこちらになります。
料理も酒も和風のものがメインなので、洋風のものが欲しければ持ち込むのが確実でしょう。
場所は本殿前の広間です。未成年はアルコールはNGです。
UNKNOWNの場合は自己申告でお願いします。
●祭に参加している八百万達
彼らに対しては、羽目を外しすぎて過剰に騒ぐのは地雷となり、
程度によってはマスタリングの対象となります。
イレギュラーズ達は見慣れぬ相手のため、最初はおっかなびっくりな反応ですが、
この神社の加護が加護であるため、余程でなければ(上記の地雷を踏まなければ)
基本的に排他的な態度を取ったりすることはありません。
友好的にかつ礼儀正しく接すれば、それなりに親睦を深めることも可能でしょう。
●注意事項
本シナリオはイベントシナリオです。
軽めの描写となりますこと、全員の描写を確約できない事を予めご了承下さい。
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