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シナリオ詳細

<グラオ・クローネ2024>灰色の冠を捧げて

完了

参加者 : 63 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『灰色の王冠』
 ――貴方に幸福を。灰色の王冠(グラオ・クローネ)を。

 再現東京風にその日を顕わすならばSt. Valentine's day――愛を伝える日。
 混沌世界では深緑に古くから伝わる御伽噺『灰色の王冠(グラオ・クローネ)』の伝承に基づいて大切な人に感謝を伝える日。
 灰色の王冠を模した菓子『チョコレイト』を2/14になれば、皆、贈り合う。

 ある人は大切な人へと感謝を伝えるために。
 ある人は愛しい人へとその想いを伝えるために。

 お馴染みとなったこのイベントはカムイグラにもよく馴染んでいた。と、云えども『ちょこれいと』の製造は輸入に頼っている背景がある。高価な贅沢品であったが霞帝は「ならば花を贈るのはどうか」と提案し国内には浸透し始めたらしい。
 覇竜領域はラサとの交易で得たチョコレートが随分と浸透したらしい。誰も彼もが喜びながらチョコレートを交換し合っている。
 世情は良いとは言えない。だが、限られた時間こそ日常を大事にしよう。
 世界が滅びに面しているなどと言われて、全てを捨置いてしまえば、屹度何時の日か伽藍堂の自分に気付くはずだ。
 破滅の足音など、何時か遠ざけることがあるとしても。
 その前に、自分らしさは忘れてはならぬだろうから――


「わあ、ありがとうです!」
 ローレットのカウンターに座っていたユリーカ・ユリカがにんまりと笑う。
 バスケットには沢山のチョコレートが入っており、それらを姿を見せたギルド員や冒険者達に配っているらしい。
 そのお返しにとチョコレートを交換する度に彼女は嬉しそうに笑うのだ。
 レオン・ドナーツ・バルトロメイが姿を消した――
 それから、ユリーカはローレットの代表として大忙しだ。あれもこれも、と決済を求められ、行く先の方針決定さえもユリーカの意見が重要視される。
 疲労の色が見えた彼女もそれを感じさせないようにと何時も通りと笑っているのだろう。
 それはローレットを守りたいというユリーカの決意と、「自分なら出来る」というこれまでの積み重ねだ。
 自称敏腕美少女情報屋。そうは言っても、彼女は様々な困難で躓いた。情報屋としての手腕だって『トラブルが起こらないとは言いきれない』ほどだった。そんな彼女が一人前になれたのは、きっとローレットの全てのイレギュラーズのお陰なのだ。
(皆さんがボクにくれたのは自信。だから、皆さんの居場所をボクが守らなくっちゃですしね!)
 だからこそ、ユリーカ・ユリカは『日常』の象徴のようにカウンターでニコニコと笑って過ごしているのだ。
「……なんかさあ」
 頬杖を付いていた月原・亮 (p3n000006)はちらりとあなたを見た。その視線が何を示すのは聞かずとも分かるだろう。
「こうやって、平和なのは良い事だよな。お前も、まあ、此れから色々あるだろうけどさ。
 平和な時間を楽しもうぜ。ってワケで、チョコを貰っても良いか? タダで、とは言わない。俺も用意してるからさあ」
 手をさっと差し出した亮にあなたはきっと困った顔をしただろう。
 彼はユリーカを心配していると言う意味合いであなたに視線を投げ掛けた筈だ。その上で平和な時間がずっと続かないと知っている。
 何時か、明日か、直ぐかも知れない。何か大きな事件が起こって、こうしてチョコレートが美味しいだの、どこのカフェが好きだのと言い合うことも出来ないかもしれないのだ。
 心配をしている事をユリーカには悟られたくは無いとでも言う様に敢て日常を演じて見せたのか、それとも――
「チョコレート欲しいだけじゃないんですか?」
 リリファ・ローレンツ(p3n000042)の言う通り、ただ、誰かからのチョコレートが欲しかっただけだったのだろうか。
「チョコレートは宛があるから別にそんなに重視してない」
「うそだあ。去年も貰えるつもりで貰えてなかったですけど?」
「それはお前が! ……てか、今年のアテにしてんのもリリファなんだけど、くれないのかよ」
「……むきゃ」
 唇をもごもごと動かしたリリファがチョコレートを投げて寄越す。亮は「ゲット」と笑ってから自身が持っていた袋を一つ投げ遣った。
「わっ!」
「それはリリファ用」
 亮はあなたを見てから「こっちはお前の」と笑う。さらりと手渡す亮とリリファの関係性にも変化があったのだろう。
「じゃ、イレギュラーズもグラオクローネ楽しんでな。俺は」
「そうですよ、月原さん、約束だったじゃないですか!」
「そう。リリファとさ、カフェ行く予定だったんだよな」
 此処美味しいよ、とマップを手渡した亮は「もし来るなら俺達とお茶しようぜ」と楽しげに手を振った。

●亮とリリファ
「そういえば、世界が平和になったら」
「ん?」
 リリファの隣を歩きながら亮は先程受け取ったチョコレートを囓っていた。
 その背中をじいとリリファは見詰めている。立ち止まった彼女と、数歩だけ進んで振り返った亮。少しの距離に「どした?」と何気なく等。
「世界が平和になったら、どうするかって言ってたじゃないですか」
「うん」
「月原さんは、どうしたいんですか?」
 亮は真っ直ぐにリリファを見た。喧嘩友達と呼ぶには大きな存在になりすぎてしまった親友『以上』はどこか緊張したように視線を右往左往としている。
 何時もはかっちりとした動きやすい衣装を好んでいた彼女に「可愛い服を着ろよ」と服を選んだのは何時の話だっただろうか。
 ふんわりとしたワンピースに、髪型だってそれに合わせて変えている。首から提げたペンダントは亮が選んだものだ。
 赤い石のペンダントを選んだのは偶然だったが、『月原さんの瞳と同じ色ですね』と言われてから妙に気恥ずかしく思うようになった。
「俺が?」
 亮はリリファに問うた。彼女は頷く。未来の話を幾度かするようになったのだ。

 ――それじゃあ、全部平和になったら約束してくださいよ。色んな夢が在るのでその中の一つを叶えるとか。
   大きすぎるパフェが食べたいですね。あ、あと、旅行がしたいです。
   色々ありますよ! お洋服も欲しいですし、オペラ見て見たいし、遊園地で豪遊とか。
   それから、お嫁さんは……違うのかも知れません。家族と平和に過ごす日々があればいいなーとか。

 それが彼女の将来の夢だった。これから、世界はきっと転がり落ちるように変わっていって仕舞う。
 幼い子供が内緒話でもして居るような優しい時間はもうなくなってしまう。
 平和になったら『居なくなったリリファの姉を探しに行こうか』なんて、旅人のリリファにずっと着いて来てくれるような耳障りの良い言葉を信用できなかった。
 それだけ、世界は不安定で。それだけ、『二人は別の世界から来た事を思いだしてしまう』から。
「俺はリリファの夢を叶えようと思ってさ。旅行しようぜ、混沌の色んな所。
 それからさ、大きいパフェ食って食い切れないって笑おうぜ。服は、何が良い? 俺が選んでも良い?」
「い、いいですけど」
「じゃあ、旅行用の服を選ぼうぜ。それがいいよ」
「……はい」
「オペラって幻想のだろ? それは、さあ、分からないから、詳しい人に聞こうぜ。遊園地は――」
「えっ、あの時言ったの全部覚えてるんですか!?」
「夢だろ。それからさ、お嫁さんは、まあ、何れリリファならなれるよ」
「……どうですかねえ。私ってモテないそうですからねえ」
 リリファがふいと視線を逸らせば亮は「まあ、誰か一人くらいはお前の良さが分かる物好きが居るよ」と揶揄うように笑った。
「は? 物好き?」
「物好きくらいで丁度良いだろ」
「ムキャアッ! どう言う意味ですか!」
 食ってかかるような勢いで、リリファが顔を上げれば亮はその頭に掌をぽんと乗せた。
「お前みたいなすーぐに怒って黒いオーラを出してムキャムキャ言うやべーやつの魅力とか、分かる奴は一人で良いんだって」
「は?」
「つーわけで、カフェ」
「は?」
「行こう」
「待って下さい。あれ? 月原さん、耳が赤いですよ。ちょ、ブワッ、なんで今頭を勢い良く抑えたんですか、前が見えない!」
「……うるせー」
 二人のグラオクローネも、今だけは平穏だった。
 だから、もう少しだけ、この時間が続いていて欲しい。
 本当に、気持ちを伝える事が出来るなら。『将来の夢』が叶うなら、この世界が平和じゃなくっちゃいけないから。

GMコメント

 夏あかねです。
 このイベントシナリオに限り平和な時間です。

●グラオ・クローネ
 グラオ・クローネの細かな御伽噺については特設ページをご覧下さい。
 簡単に言えばバレンタインデーです。混沌世界では感謝を伝える日であるとされ、男女関係なく贈物をすることが多いです。
 女性が愛を伝える人も言われているので、男性の中にはチョコレートを心待ちにする人も居るのかも……。
 再現性東京ではバレンタインデーと呼ばれ、チョコレート催事も盛りだくさんだったようですよ。

●注意点
 ・名声は【幻想】に一律付与されます(選んだ国家に入るというわけではありませんのでご注意ください)
 ・妖精郷は深緑を、再現性東京は練達をセレクトしてください
 ・プーレルジールなどはその他をセレクトしてください。

●同行者について
 プレイング一行目に【グループタグ】もしくは【名前(ID)】をご明記ください。


迷子札
 迷子にならない為の備忘用です。お選びくださいませ。

【1】一人でご参加
 お一人でご参加の場合の選択肢です。
 どなたかと出会った場合やNPCとばったりした場合はお話させて頂くやもしれません。
(話したくない!という場合は【必ず】一人で参加の選択肢をお選びください)

【2】グループ参加
 ご友人と参加する場合の選択肢です。
 逸れないようにプレイングにも【グループ名】か【同行者さんのお名前とID】をご記載下さいませ。

【3】【必ず】一人で参加
 必ずお一人で行動します。誰かと鉢合わせたりしないように描写をさせて頂きます。


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。

【1】幻想&ローレット
幻想(レガド・イルシオン)に向かいます。
何時も通りの日常と言うのが一番似合うかも知れませんね。

【2】鉄帝
冬の寒さを感じさせる鉄帝国です。雪が積もっておりヴィーザルなどは真っ白雪景色です。
ラド・バウなど帝都周辺は雪かきが為されていますが痺れるような寒さを感じますね。

【3】天義
復興の最中、ですが、何時も通りの真白の都です。
変わらずの日常やミサを楽しむ人々の姿が見られます。

【4】海洋(シレンツィオ、竜宮含)
比較的温暖な気候の海洋です。輸入品なども並んでいます。
シレンツィオのホテルではグラオクローネビュッフェとして莓とチョコレートが食べ放題だとか?
竜宮では竜宮嬢がチョコレートを配っているようですよ。

【5】傭兵(ラサ)
砂漠地帯の冬は夜になるととっても冷え込みます。
冬の砂漠にちらつく雪を眺めることも出来ますね。

【6】練達(再現性東京含)
研究者達は日々、目標の為に努力しているようです。
寒さという点ではセフィロト・ドームは冷暖房が管理され冬を演出しているため体に応える程では無さそうです。

再現性東京ではバレンタインの催事やバレンタインイベントが行なわれているようですね。

【7】深緑(妖精郷含)
グラオ・クローネは深緑の御伽噺であるため、大樹ファルカウでも親しまれています。
アンテローゼ大聖堂ではファルカウへの祈りが行なわれています。
お茶会なども開かれており穏やかな時間を過ごしているようです。

妖精郷では甘いチョコレートを楽しむ妖精達の姿も見られますね。

【8】豊穣
梅も見頃、雪化粧も美しい。そんな春の始まりです。
ちょこれいとにはあまり馴染みが無かった豊穣でも随分と浸透してきました。
霞帝は「チョコを作るのが難しいなら花でも贈れば良い」などと言って居たそうですよ。

【9】覇竜
亜竜集落フリアノンが中心です。ヘスペリデスにも雪がちらついていたみたいですね。
チョコレートという物珍しいお品をゲットしてとっても楽しそうに亜竜種達も過ごしているようです。

【10】その他
プーレルジールなどなど。
此処には収まらないものだ!という場合はお選びください。

  • <グラオ・クローネ2024>灰色の冠を捧げて完了
  • GM名夏あかね
  • 種別イベント
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2024年02月28日 22時10分
  • 参加人数63/∞人
  • 相談6日
  • 参加費50RC

参加者 : 63 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(63人)

プルー・ビビットカラー(p3n000004)
色彩の魔女
ショウ(p3n000005)
黒猫の
アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀
ギルオス・ホリス(p3n000016)
リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)
暗殺令嬢
ディルク・レイス・エッフェンベルグ(p3n000071)
赤犬
天香・遮那(p3n000179)
琥珀薫風
建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
澄原 水夜子(p3n000214)
澄原 晴陽(p3n000216)
テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
珱・琉珂(p3n000246)
里長
ムラデン(p3n000334)
レグルス
ストイシャ(p3n000335)
レグルス
カロル・ルゥーロルゥー(p3n000336)
普通の少女
ステラ(p3n000355)
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
リディア・ヴァイス・フォーマルハウト(p3p003581)
木漏れ日のフルール
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
秋月 誠吾(p3p007127)
虹を心にかけて
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
ソフィリア・ラングレイ(p3p007527)
地上に虹をかけて
アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星
雨紅(p3p008287)
愛星
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
レオ・カートライト(p3p008979)
海猫
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ミレイ フォルイン(p3p009632)
うさぎガール
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者
劉・紫琳(p3p010462)
未来を背負う者
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
フェイツイ(p3p010993)
特異運命座標

リプレイ

●幻想王国
「まさかレオンの所在が知れなくなるとはね……だけど、だからこそ踏ん張り所か」
 ハリエット共にギルオスは情報屋の仕事をこなし続ける。レオン不在のローレットではユリーカも大忙しだ。
 積み上がった仕事を補佐するハリエットは漸くの隙間を見付けてから「情報、纏まった、かな」と呟いた。
「これ、グラオ・クローネのチョコレート」
「チョコかい? 糖分はいいね、ありがとう」
 そういえばそんな季節だったと笑ったギルオスはハリエットを見詰める甘く、蕩けるような日々だった。
 そんな時間を過ごしたからこそ、ふと「「これは渡したのとは別に、単なるおやつとして買ってきたんだけど……食べる?」と振り返った彼女が棒状のチョコレートを加えていただけで、面食らってしまったのだ。
(わ――)
 これでは片側から食べて、という練達で流行するゲームのようではないか。意図せずその形式なってしまったハリエットは僅かに身を固くした。
 顔を背けるのも可笑しな話。慌てていることに気付かれないようにぎゅっと目を閉じれば、ギルオスからすればそれは待ちの姿勢に見える。
(全く。いつそんな事まで勉強したんだか)
 これはゲームだ。ゲームと行こうかと彼女の加えた菓子を囓って、寸前でぽきりと折れてしまった。
「――はは。甘くて、美味しいね」
 ギルオスも緊張を帯びて、ついつい力が入ったのかも知れないと思い彼女の顔を見遣れば――ギルオスは思わず笑った。

 休憩時間を漸く手に入れたといユリーカにアソートボックスのチョコレートを手渡した飛呂はにまりと笑う。
「チョコはな、色んな種類や形のが入ってる、アソートのやつ。ちょっと奮発した!」
「わあい、ありがとうです!」
 何時ものように嬉しそうに笑う彼女が微笑ましい。少しでも元気になって欲しいと願ってのことだった。
「こんな状況でも、いやこんな状況だからこそだな。きっと今日もローレットで、元気に笑ってくれてるんだと思う。
 ……それはきっとユリーカさんの誇りで、努力でもあるし、格好いいと思うよ」
「え、えへへ……それは、その、照れてしまうのです」
「だから、さ。ならその頑張りには報酬があるべきだろ?
 このチョコはその一つ。俺はそんなユリーカさんを尊敬するし、好きだと思うし、少しでも支えになりたいんだから」
 そう告げれば、此れは何だろう、あれはなんだろうと指差していたユリーカが嬉しそうにはにかんだ。


 自分も頼れる情報屋に慣れた事が嬉しいと、そう言いたげな顔をする。
「……あ、でもお返しのチョコとかもらえたらすごく浮かれると思う。し、仕方ないよな!」
「あはは、じゃあ、今度準備をしておくのですよ!」
「まじ? 楽しみにしてる」
 ユリーカは是非、と嬉しそうに笑ったのであった。

「混沌各地で魔種が跋扈し、すわ終末論すら立ち上ろうと言う雰囲気ですが……。
 我がいる限り、お嬢様に手出しさせないのは勿論、世界も終わりになんてさせてやらないですわ」
 穏やかに微笑むレジーナは何時も通りの日常を過ごすのだ。何時も通り屋敷に行ってお茶請けにチョコレートを差し出して食べましょうと誘うのだ。
「ねえ、お嬢様は世界が平和になりましたら、何がしたいですか。
 因みに我(わたし)は……お嬢様の隣にいたいですね」
「何時も通りの願いですわね、レナ」
 チョコレートをひとつまみ、美しいその人をじいと見てからレジーナは擽ったそうに笑う。
「いつも通り? それはそうでしょう。それが幸せというものではありませんか。
 それと、お嬢様には要らないかもしれませんが。我から武器をひとつ……いえみっつ。鮮血乙女と言うものらしいですね。
 アイテムをみっつ揃えてプレゼントすると何だか良いことがおこるとか、そういう噂を耳にしました。
 本当は誕生日まで取っておこうかとも思いましたが、世界がこんな調子では有能な武器はひとつでも多くあった方が良いでしょう?
 お嬢様にはあまり戦場に出ては欲しくありませんが、お守り代わりというものです」
 レジーナは其の儘では芸が無いの、と彼女に似合う『飾り』を用意した。享楽的なその人が身に着けるならば一等素晴らしいものでなくてはならないのだから。

「フィールさん」
 呼び掛ければ、愛しいその人は「ヨゾラ様」と振り返る。柔らかな白い毛並みの妻は「二人きりですね?」と不思議そうに見回した。
「そうなんだ。ライゼ達は用事があったみたいで、使用人も。猫たちも外で遊んでるみたいなんだ」
「そうですか」
 どこか気恥ずかしそうな顔をしたフィールホープはぱちくりと瞬いた。
 茶菓子やお茶もヨゾラが用意した。どきり、どきりと心臓が高鳴っている。ソファーに腰掛けたフィールホープの横顔を覗き込めば、ああ、――彼女も同じだった。
 ハート型の手作りチョコを差し出すヨゾラは同じようにハート型のチョコレートを持っている彼女に気付く。
「僕から、大切な1人の……愛しい妻に、貴女に贈ります」
「私からも……愛しい貴方へ。グラオ・クローネの本命を」
 お揃いの『本命チョコレート』を互いに一口囓ってから美味しいねと笑い合う。
 こうしてのんびりと過ごすのも悪くはない。親友を経て、恋人になって、それから――
「もう一つ、いいかな……? 夫婦として、これからは…一緒に暮らそう。この館で」
「ええ、勿論……喜んで」
 夫婦になった。だからこそ、朝も昼も、大切な日常を、かけがえのない日々を共に。

 それはいつもの日常だった。それでも、明日からは慌ただしい日々に戻るのだから。だからこそ、今日くらいはゆっくりと過ごしたい。
 ちぐさの自宅に招かれてショウは「やあ」と声を掛けた。室内で待っていたちぐさは弾けるような笑みを浮かべて出迎えてくれる。
「いらっしゃいにゃ!。座ってゆっくりしてにゃ。今日はホットチョコレート用意したのにゃ。
 ほんのりビターで、お好みでミルクやブランデーを入れるとおいしい……って聞いたにゃ。
 僕はミルクとブランデー両方入れてみるけど、ショウはどうするにゃ?」
「準備万端だね。オレもそうしようかな? これはお土産のチョコレートケーキだ。後で食べようか」
 わあいと微笑むちぐさは尾をゆらりゆらりと揺らした。ホットチョコレートは程良く甘い。疲れがとれて行くし、ぽかぽかと暖かい。
 その心地よさについつい眠気がふんわりと身を包む。「眠たい?」と問うたショウに擦り寄ってちぐさは「眠たいにゃ」とぽつりと零した。
「……そういえば前に僕が疲れでダウンしちゃった時に休むのが上手なのもいい情報屋だって言ってくれたにゃ?
 ショウも疲れてるだろうし、今日は一緒にお昼寝するにゃ!」
「オレも?」
「……ショウが疲れてつらそうなのは僕もつらいし……せっかくショウが来てくれたのにひとりで寝るの寂しいのもあるにゃ……」
 ちぐさは自分が眠るまで寝るふりでいいからと添い寝を求める。ショウはどこか困った顔をして居たけれど――そのままうとうとと、夢の中。


●鉄帝国
「またすごく降りましたわねえ。一晩のうちに何日も経ってしまったみたい」
 防寒具に身を包み、白い息を吐いたヴァレーリヤは自宅の屋根を見上げた。共に棲まうマリアも「お家潰れちゃわないかな……」と心配そうである。
 雪になれぬマリアに比べ、慣れっこのヴァレーリヤは「仕方がありませんわね。今日も雪かき、頑張りましょう」と振り返る。
「そうだね! サクッと雪かきしちゃおう! ふふ! 私はリニアドライブで浮いてるからね! へっちゃらさ!」
 今日の雪は硬くて滑りやすいと気遣うヴァレーリヤが「あわわわわっ!」と言っている傍から足を滑らし落ちていく。
「あ! ヴァリューシャ!」
 思わず手を伸ばし、その体を抱き留める。腕に収まったヴァレーリヤはぱちくりと瞬いた。
「ふう、ビックリ致しましたわ。ありがとうマリィ。ちょっぴり疲れてきましたし、ホットチョコレートで休憩にしませんこと?」
「ヴァリューシャ、気をつけておくれよ。休憩にしようか! ホットチョコレート……? やったね! ちょうど甘いものが欲しかったところさ!」
 そっとヴァレーリヤを地へと下ろしてからマリアは嬉しいと笑みを浮かべて見せた。
「決まりですわねっ。一緒に温まって、それからまた頑張りましょう!
 マシュマロは、付けてもよろしくて? ふふふ、昨日、街で新しく買って来ましたのよ!」
「勿論マシュマロもつけちゃおう! 休憩が済んで、暖まったら頑張って終わらせちゃおうね! 今日の夕飯は私が作るから楽しみにしておいてね♪」
 新しい約束を口にして、ヴァレーリヤは楽しみにしていると嬉しそうに微笑んだ。

 アーカーシュに存在するヤツェクの領地、箱柳街でヘレナは待っていた。
 ヘレナ・オークランド――改め、ヘレナ・ブルーフラワーは「お茶を淹れてきますね」と微笑んだ。
 今日は自宅で小さな茶会を開き、ティーパーティーを楽しもうと領民達にも声を掛けた。
「世界が終わるか終わらないかの瀬戸際でも、人々は生きている。だから、娯楽は必要だし、希望を捨てないことが必要だ。
 だから、できるだけ楽しく。だが酒盛りはダメだ。未成年もいるだろうし、酔っ払いをどうにかするのは手間がかかるからな」
 揶揄うように言うヤツェクに領民達は喜ばしく笑うのだ。気立て良い夫人は領民のためにと料理の準備をしてくれるだろう。
 領民が「何か、ヘレナさんに贈り物をするんですか?」と問うたならばヤツェクは悪戯っこのように笑うのだ。
「あいつに新雪のようにやわらかで温かいガウンドレスを送らにゃな。
 あー、真っ白のドレスは花嫁めいていて恥ずかしいだろうから、白い毛皮の外套にしよう。
 ドレスはいちばん彼女が着たい服を選べばいい、か。……全て決めてしまったら、互いにつまらないからな!」
 茶会を終え、片付けもそこそこにヤツェクは妻の名を呼んだ。美しいその人は旧いレコードの音色に耳を傾けている。
 ダンスを、と手を取れば慣れた様子でその手を取った。貴族としての教養につい、感心してしまう。
「なあ、おれのプリンセス。少しばかり、また綺麗になったんじゃないか?」
「……あら、あなたのお陰では?」
 嬉しそうに笑うヘレナの眸を見ているだけで、ヤツェクは幸せなのだ。

 ヴィーザルの街を歩むアルエットは白い息を吐きだした。ちらつく雪は世界を覆う、ジェラルドは「アルエット」と呼んだ。
「今年も街はグラオ・クローネで染まってんな……。覚えてるか知らないが、アンタと会ったのも……このぐらいの時期だった気がするぜ」
「ええ。すごく短いような長いような気がするわね」
 ゆっくりと見上げてくれるその丸い瞳は此れまでの楽しい日々を喜んで居るかのようだった。
「あの頃は友達だーとか、俺が触れたら傷つけそうだとか色々言い訳してたけどよ。
 アンタの笑顔の理由に俺も入れて貰えるように、とか……まさかそんな風に思えるようになるなんて、な?」
 優しく髪を撫でる指先に親愛の意味が籠っている気がして、アルエットは嬉しかった。
「今年は……飴かね」
「飴をくれるの? ありがとう、ジェラルドさん! いつもありがとうなの」
 幼い子供の様に彼女は笑う。ジェラルドは目を伏せた。自身も甲斐甲斐しいと言うべきか、それとも――意味が伝わるかどうかさえ分からぬ事を繰り返し、繰り返し。
「……俺は案外遠回しらしい。さて、アンタには解るかい? ……はは、なんてな」
 きょとんとしたアルエットの手を取って、そっと手首に口付けようとする。「わあ、どうしたの」と恥ずかしげに目を瞬かせて。
 アルエットにとって彼は大切な友人だから――如何したら良いのだろう。恋情はないのだと振り払ったら、もう二度とは遊べないのだろうか。
 そんな不安を宿した瞳は、じいとジェラルドを見詰めていた。

●天義
「今日はグラオクローネ!
 例年通りならイルちゃんのお手伝いをする所だけど……流石に今年は大丈夫そうだよね?」
「てか、例年お手伝いしてんの? おまえもマメねえ」
 チョコレートの入ったバスケットを手にしたカロルはにこにこと準備をするスティアをまじまじと見た。
 元聖女、現『無罪放免系』ガールであるカロルは「おまえと居ると私もマメな女になりそう」なんて呟いてからチョコレートを頬張った。
「あっ、それ、作ったやつ! せっかくだし、作ったチョコレートを配り歩かない? 孤児院の子達にあげたら喜んでくれるかなー?」
「え、聖女過ぎない?」
「聖女ですから」
 にんまりと笑うスティアに対してカロルは「いいんじゃない、その後はカフェね」とそう言った。
「うんうん。カフェで優雅に過ごそう!
 ルルちゃんがお気に入りのシュークリームだって、ショコラバージョンがあるかもしれないしね!」
 一緒に着てくれるなら奢ってあげると告げれば「それを期待してたからね」とカロルは胸を張った。
「でも、皆を笑顔する為に頑張るんだよ?」
「勿論よ。どうやらちゃんと働かないと、私の聖女様は対価をくれないようですからね」
 ふふんと笑ったカロルにスティアはおかしそうに笑みを零して。

「……本当にもう、いい相手を見つけてもいいと思うんですけどね、セレナ」
 嘆息するマリエッタは呟いた。「別にエーレインから、じゃなくても拒否はしませんよ」と。
 マリエッタは祝い事から逃げがちだ。だからこそ、セレナは「聖女(エーレイン)からも贈り物がある」と半ば理由付けに彼女の名を出したのだ。
「ただ、この幸せな時間と空気の中にいるのが……どうにも自分に似合わないと感じるだけです」
「そんなことないわ。それから、これ。これはね、エーレインと一緒に作ったのよ。受け取ってくれる?」
 紫と白のリボンで飾った包みをセレナはそっと取り出した。ほろ苦いガトーショコラは手作りの品だ。
「セレナと……エーレインからの贈り物は受け取りましょう。だって……二人が私の為に作ってくれたのだから。ええ、本当にありがとう。二人とも」
「天義の聖女だったエーレインは、お菓子作りの経験なんて無かったみたい。
 わたしが作ってる時も、興味津々な雰囲気をわたしの中で出してたわ」


 くすりと笑ったセレナにマリエッタはぱちくりと瞬いた。ああ、エーレインも楽しく過ごしたのだろう。
「でも、本当に良かった。セレナもエーレインも。私以外の友達ができて……」
「……もう! 別に、友達だって居るわよ! 指折り数えられるくらいにはね!」
 そう言ったセレナにマリエッタは小さく笑った。言いやしないが、安心はしているのだ。
 笑うマリエッタを見詰めていたセレナの眸がエメラルドに煌めいた。
『まだ、中々浮かんでこれないけれど、でも、これは確かに、わたし達から魔女(あなたたち)への贈り物なのよ』
 わざと目を閉じた『彼女』は言う。
「こうして、改めて友達になれた気がするの。『マリエッタ』、あなた達は、どうかしら?」
「けど、友達か…ふふ、セレナだったら妹なり、もっと重い存在になりたがりそうですね。まだまだ私に悪戯は難しいですよ?」
 はた、と『エーレイン』は笑って見せた。
「でも……言う通りかも。わたしはマリエッタの妹で、ずっと隣に居られる存在でありたいって思ってるんだから」
 セレナはきっと妹なり、重たい存在になりたがるのだろう。本当に――重たい。友人と言うのは自身を縛り付ける鎖だ。
 マリエッタは己の中でくすくすと笑う『魔女』の声を聞いていた。
(或る意味、人の心をつかんで離さぬ魔性の女としては誇らしいのではなくて?
 アタシほどじゃないけれど。天義の往来でグラオクローネのチョコをもらう大罪の魔女なんて、面白い限りじゃない)
 ああ、本当に――友達なんて、重たいのだ。友達だというならば自分と同じくらい悪人でなくては、きっと。

●海洋、ラサ――プーレルジールと。
 イズマと共にプレゼント用のチョコレートを作る史之は妻の顔を思い浮かべた。
「俺はね、べたにガトーショコラ作るよ。妻さんは甘いものに目がないんだ。
 特に羊羹にね。和菓子だいすきな妻さんだけど……たまには違う味で喜んでもらうのもありかなって思ってる」
「史之さんは妻さんにあげるんだよな。ガトーショコラは甘い物好きなら一層喜びそうだな」
 穏やかに笑ったイズマに「イズマさんは誰に何を作るの?」と問うた。
 イズマはふと立ち止まってから「俺はヴァインカルさんに贈りたいんだ」とそう言った。
「お近付きになりたいのと、あと贈ったらどういう反応をされるか興味があって。
 俺の好みになるが、オランジェットを作るよ。オレンジピールも準備した」
 自身の好みであれば、きっと美味しく作れるはずだ。史之は「それじゃ。早速始めようか」と笑う。
 右手に調理用手袋をしたイズマはチョコレートを刻んで行く。香る甘さは完成が楽しみになるものだ
「湯煎とテンパリングを史之さんに頼むね」
「うん。テンパリングたのしいよね。だんだんチョコがつやつやしてくるのを見てるとやる気が出てくる。そうだ、最近はどう?」
 作業を行なう史之にイズマは最近、と呟いた。
「最近は……色々と依頼をやってるよ。
 大変な情勢なのを見過ごせなくて、あちこち行ってる。史之さんは最近どんな感じ?」
「俺? 俺はのんびりやらせてもらってるよ。今日もつきあってくれてありがとう。恩に着るよ」
 イズマは有名人だからなあと笑った史之に首を振ってから「いつも誘ってくれてありがとう」と微笑んだ。


 何時もの如くラサに訪れたエルスは思い人の顔をじいと見詰めやる。
「グラオ・クローネ……去年の今頃はあなたが拐われてしまって? チョコレイトどころではなかったのは今や懐かしいものですね」
 そう言われればディルクも「へいへい」と肩を竦めるだけだ。それなりに彼女に心配を掛けた自覚はある。
 怨みがましい表情をした彼女に対してディルクは「その件はすまん」と浮気を咎められた男らしく殊勝な態度をして『見せた』。
「じゃあ、はい……二年ぶりのグラオ・クローネですよ、と。
 あなたにとっては数あるチョコの一つでしかないのは変わらないと思いますけどね」
「そうひねくれんな」
「ひねくれでは無いですー実際そうではありませんか、もう」
 はいはい、だなんて。彼は何時だって余裕そうなのだ。エルスはつい唇を尖らせる。
「……ま、いいですけれど、あなたが女一人で満足するとはもう思いませんし。満足して頂くのも一苦労してしまいそうですから?
 ……ふふ、チョロいようで面倒な女に引っかかったばっかりに」
 エルスはくすりと笑ってから彼の唇にチョコレートを押し付けた。
 ディルクはされるが儘にそれを食べてから「甘いな」と呟くのだった。

 ――プーレルジールでステラはぼんやりと空を見詰めていた。
「アルム」
 振り返ればアルムは穏やかに微笑んで居た。ギャルリ・ド・プリエへのデートが始まったのだ。
「さあ、どこへ行きましょうか。好きなところへ連れて行ってくれる? わたし、あなたと行く場所ならどこだって楽しいわ」
「じゃあ、俺の休日の過ごし方を紹介するね」
 新しい本を買って、カフェで読む。ホント珈琲はよく合うのだと教えたい。
 可惜良い本を一冊ずつ買うことを提案したアルムにステラは「星の本を買うわ」と差し出した。
「星座が沢山書いてあるの。また一緒にキャンプをしたとき、きっと空を見るのが楽しくなるわね」
「素敵だね。俺は児童文学系の冒険物語を探そう。
 プーレルジールにも、きっとそんな物語があるよね。人の成長とハッピーエンドの物語が好きなんだけど、ステラも気に入ってくれるかな?」
「ええ、たのしみ」
 ほんわかと微笑む彼女を連れて遣ってきたカフェで期間限定のチョコレートケーキが目に止まる。
「チョコレートケーキも楽しみ。一緒に食べましょ? 甘いもの、大好きよ」
「なら、これと珈琲を頼もうか」
 新しいものに出会う喜びは、君と共ならば一入だ。
 珈琲とスイーツを楽しんで、アルムはそっとステラに向き合った。


「今日は俺の趣味に付き合ってくれてありがとう。
 日頃の感謝と今日のお礼に受け取って欲しいな。ステラは楽しかった?」
「ええ、もちろん」
 色とりどりの花束は、暖かな季節を思わせる。はじめての春を少し先取りしたけれど――その花言葉は、きっと君が「教えて」と乞うのだろう。

●練達
 ――チョコレート売り場は戦場だった。疲弊した。誠吾は息を吐き出した。
「色々試食して回ってたみたいだが、気に入ったチョコは見つかったか?」
「あれもこれも買いたかったけど、流石に無理だったのです……でも、その中からこれ! という物を買ったのですよ!」
 公園に着いてから、チョコの祭典は楽しかったとソフィリアは頬を緩める。彼女は随分と悩んでいた。――それから、気付いたのだ。
「それはよかった。じゃ、これは俺からな?」
 ぽん、と頭の上に載せたのはソフィリアが小遣いが足りないと諦めた品だった。
「欲しかったやつなのです! ありがとうなのですよ!!」
 お返しは期待していない、と言おうとした誠吾の前にずずいと差し出されたのは綺麗にラッピングされたチョコレートだった。
「誠吾さんには、此方をプレゼントなのですよ! チョコを半分こにするのはダメだと、ちゃんと学んだのですよ」
「今年は目の前で真っ二つに割られる心配はなさそうだ。ありがとうな」
 今年は安心して受け取れそうだと笑った誠吾の前で更に大きなチョコレートが取り出された。
「あ、これはうち用なので」と付け加えた彼女に今年のオチはそれかあと誠吾は思わずぼやいた。

「グラオ・クローネ……」
 折角だからと何時も通り火鈴を誘った祝音。火鈴はと言えばそわそわとした様子で「ねえ、ねえ、祝音!」と名を呼んでいる。
「わ、どうしたの……? みゃー」
「バレンタインよ! だからね、はい! えへへー、用意したの!」
 勢い良く差し出してくれる彼女に、祝音はぱちりと瞬いてから「僕からも」とこっそりと用意したチョコレートを差し出した。
「ハッピーバレンタイン……みゃー!」
「りんにも!?」
 驚いた様子の彼女はまん丸の瞳を潤ませてから「わあい!」と手を挙げた。ハート型のチョコレートを抱き締めてぴょんぴょんと跳ねている。
 本当はたい焼きの形のチョコレートも考えたけれど、ハートの方がいいだろうかと祝音は微笑んだ。
「もちろんよ。だって、大好きって事でしょう?」
「うん」
「りんも祝音が大好きよ!」
「本当にありがとう、火鈴さん……!」
 じゃあ、一緒に食べようかと嬉しそうに祝音は微笑んで見せた。

 レオはミレイの自宅を訪れて「こんにちは」と声を掛けた。ぱたぱたと足音を弾ませて迎え入れてくれたミレイと今日はチョコレート作りである。
「料理は得意なんだ。でもミレイも手慣れているな」
「得意なの?」
「……俺は父親が料理が得意で」
 レオとミレイはそれぞれでチョコレートケーキを作る。ミレイはチョコレートケーキを器用に作ってから飾り付けに悩んでいるようだった。
「その、良ければ、一口ずつ交換とかどうかしら?
 今日はグラオ・クローネ……バレンタインというものだし、折角だから私のチョコをレオさんにも味わってもらいたくて……」
 それに、レオの作ったチョコレートも屹度美味しい。ミレイはもじもじとした様子で告げ、完成品のデコレーションを行って居たレオは「勿論」と頷いた。
「俺もミレイの食べたいと思っていた。俺のもよかったらどうぞ」
「嬉しい! ……うん、美味しいわ!」
 一口味見気分で口に含んでミレイは嬉しそうに笑った。レオは「バレンタインって素敵ね」と笑うミレイに頷いてみせる。
「そうだな、バレンタインの時期だもんな。ミレイは誰か渡したやつとかいたのか?」
「子供の頃はあるけれど、大人になってからはそんな人居たかも覚えてないの」
 悩ましげであった彼女を見てから「んまい、ミレイも気に入ったならこのままお互いに送りあわないか? 今日はバレンタイン、だろ?」とレオは優しく声を掛けた。
 ぱちくりと、瞬いてからミレイは嬉しそうに笑う。勿論、と。その言葉に添えたのは心からの喜びであった。

「ニルは、テアドールとチョコパ? をしたいです!
 去年は一緒にチョコケーキを作りましたが、今年は『いろんなチョコを買ってきて食べ比べ』をしましょう!」
 きらきらと瞳を輝かせるニルにテアドールはぱちりと瞬いた。沢山持ってきてくれたのだ。一緒に楽しみましょうと告げるテアドールに笑みにニルは頷いた。
「おみせのひとたちが、誰かが食べて笑顔になるように、心を込めて作ったもの。形もパッケージもいろいろで目移りしますね。
 この板チョコは、前にニルがもらって『おいしい』だったもの。食べるのがもったいない猫さんの形のチョコ、チョコがけのわっふるはふわさくで……」
「ニル、これは、もしかしてニルが作ってくれたものですか?」
 ぱちくりと瞬いたニルは「そうです」と笑った。手作りのチョコレートは他よりも『おいしい』気がするのだ。
 そんな事を言ってくれたテアドールにニルのコアがほわほわと温かな気持ちになる。
「テアドール、あーん! おいしいですか?」
「はい。美味しいです。ニルも、あーん」
「えへへ、とってもとってもおいしいですね!」
 秘宝種は『食べる事』を必要としないけれど、これは『おいしい』で幸せだ。
「あ、ニル。食べてもいいですか?」
 頬に付いているチョコレートに気付いてからテアドールはそっとニルの頬を『ぱくり』と口に含んだ。
「……ニルのほっぺたは、おいしい、ですか?」
 ぱちくりと瞬くニルに「はい」とテアドールは笑ってからぺろりと舐めとった。

●練達II
「当然と言えば当然だが、世の中はバレンタイン一色だな。
 元居た世界でもそうだが日本人ってのはこういうのが好きだよな。日本発祥なんだろう? 不思議だよなぁ……」
「そうですね。海外では花を贈るそうですが……」
 悩ましげに呟いた晴陽は「どちらにせよ、贈り合うというのは感情の発露のようなものなのでしょう」とそう言った。
 晴陽からチョコレートを貰えると認識しているのはうぬぼれではない。彼女は屹度用意しているだろうと天川はその顔を眺めて笑う。
「晴陽は出不精そうだし、ついでに色々必要な物を買って行くといい。ちょうどいい荷物持ちがここにいるからな」
 そっと手を握れば、彼女は握り返してくれた。天川にとっての無意識な行為だ。手を繋がなければ彼女も消えて言ってしまうのではないかと不安を覚えてしまうのだ。
 天川の不安そうな指先を咎めることなく、そして指摘することもなく晴陽はその掌を握り返して日々を過ごすのだ。
「買い物を済ませたら飯でも行こう。何が食べたい?」
「そうですね。今日は自宅で作りませんか? ……お渡ししたいものがありますし」
 そう言って、僅かに目尻を赤くした晴陽に「それは楽しみだ」と天川は笑みを浮かべた。

「成程、バレンタインイベント……これは盛り上がるわけです。
 私が元いた世界ではこれほどの規模ではありませんでしたし……私は引きこもりでしたから」
「では、引き摺り出して仕舞いましたねえ」
 にこにこと笑う水夜子に「いいえ、良い機会でした」とミザリィは首を振った。
 相変わらずのマイペースさを発揮している。
「ですから、よければチョコを見て回りたいな、と。
 友チョコというのでしたっけ? お互いに買ってお互いにプレゼント、なんていかがでしょう?」
「では、ミザリィさん向けのチョコレートを探しに参りましょうか」
 ウキウキと歩き出す水夜この背を追いかけて。感謝の気持ちに花束を贈ったけれど。こう言う機会なのだからチョコレートも悪くはない。
(贈るだなんて言って。まぁ、最終的にはお互いの分を両方食べることになりそうですが。それもまた素敵なことでしょう)
 シェアをする、というのを水夜子は案外気に入っているらしい。こっちですよと呼ぶ彼女にミザリィはそっと声を掛けた。
「みゃーこ、私、貴女に会えて本当に良かった。すきですよ、みゃーこ」
 ほら、貴女は何時も通り揶揄うように笑うのだ。

「ハッピーグラオ・クローネ、ユーフォニー」
「ムサシ、グラオ・「ク」ローネ、ね。実は去年からずっと間違えてるの、かわいいなって思ってたり」
「……去年から俺間違えてたの……!?
 ともかく! 折角の二人一緒にお休みだし……デートしないか?」
「誘ってくれるの嬉しい。デート、行こっか」
 にこりと笑ったユーフォニーが差し伸べた温かな手をムサシはぎゅうと握り締める。その掌がムサシは好きだ。
 優しくて、暖かくって、人を護るために伸ばされる。その手を握り締めてからムサシは「ユーフォニー」とその名を呼んだ。
「実は練達にいいカフェを見つけたんだ。ほらこっち。
 メニュー見て。ちょうどグラオ・コローネで新メニューもあるみたいだし……。
 練達でも最近は寒いし、温かい飲み物を飲んで……お互いのチョコ、いただこうか」
「わあっ、おしゃれなカフェ! 持ち込みも大丈夫なんだね。私、こういうところ好き覇竜にもできないかな、領地に建てようかな?」
 お洒落な外見に過ごしやすそうな店内でホットチョコミントを注文したユーフォニーがにこにこと笑う。
 ムサシがくれたチョコレートは美味しくて、「かわいいなあ」とユーフォニーは微笑んだ。
 貝殻にハートにお花。ユーフォニーが大好きなものが沢山詰っているのだ。
「あのさ、…もしも混沌が本当に平和になったらやりたいこと、いっぱいある。
 ユーフォニーが好きな覇竜のこと、俺はもっと知りたいんだ。大好きな人の好きなものだから」
「覇竜のこと知りたいなら……いっそ私の領地に引っ越してくる? なんて」
「……受け入れてくれるなら、一緒に覇竜に住もうか」
 ぱちくりとユーフォニーは瞬いた。嗚呼、勿論。喜びに胸がきゅっとときめきの悲鳴を上げた。
「私もしたいことたくさんあるよ。また一緒にスケートもしたいし、オーロラも見たい。
 春になったらシェームさんのところに植えた桜の木も見に行きたい……まだ咲かないか。
 夏にはまた夏祭りにも、海にも一緒に行ってくれる? ウォータースライダーは乗り損ねちゃったから行きたい。
 秋は覇竜栗や覇竜カボチャでスイーツ作りたいな、そしたら食べてくれる?」
「勿論。あの桜も見届けたいし、平和になった夏を思いっきり楽しみたい。
 秋の覇竜も行ってみたいし、また冬が来ても君といたい。いつの季節も、君の彩があれば……いつだって華やかだ」
 ムサシはあの時に言われた答えはまだ出せやしないけれど、いつかその応えを用意しているとユーフォニーを見た。
「ただこれだけは言える。俺はユーフォニーが大好きだから、一緒にいたい。不安になんてさせない。大丈夫。ここにいるから」
「私もだいすき。だけどねムサシ、焦らなくていいんだよ。一緒にいる、それで充分幸せ」
 ――けれど、何時か応えをくれたなら。その時に、ちゃんと、あなたに。

(毎年手作りしていましたが、やはり想いが変わると、渡す意味も異なってしまうというか。
 ……その。やっぱり、緊張してしまうのです最初は相棒で。今は父親と母親で。それから、……。ええ、ええ。解っていますとも)
 ああ、頬が赤くなる。緊張だってする。これまでは相棒だと認識していたその人が――星穹にとってのヴェルグリーズという存在の意味合いが、変わってしまったのだから。
「星穹、いつもありがとう。キミがいてくれる幸せを毎日噛みしめるばかりだよ。どうか、今年も受け取ってほしい」
「私こそ、いつもありがとうございます。今年も、受け取っていただけますか」
 何時ものように涼しげに笑う彼に星穹は緊張しながらそっと渡した。用意していた者を交換するだけなのに、どうにも気恥ずかしい。
 だと、言うのにヴェルグリーズが動きを止めた。本当にこれでいいのか、なんて自問自答したからだ。
(いつだって星穹へ気持ちを伝える時は最大限の努力をしたい。
 キミにより気持ちが伝わる言葉を、思いの届く手段を、そう思ったけれど……)
 そうして、思い浮かんだのは練達で扇情的な笑みを浮かべた女性のポスター。彼女はチョコレートを咥えて此方をじいと見詰めていたではないか。
 成程、『そういうの』もありなのだろう。
「星穹」
 取り出した赤いハート型のチョコレートを咥えたヴェルグリーズが星穹を見る。
「な、なにをしているんですか……!!」
 世界で一番良い男は抜かりなんてない。逃げ場なんてない。じいと見詰める彼の顔を見るだけでどうしようもなくなっていく。
「受け取ってくれる?」
 ――ほら、狡い人。チョコレートが溶けて言ってしまうから。
「私。知りませんからね。口の横にチョコがついたって、汚れたって、へたくそだって、知りませんから!」
 甘い。甘くて仕方が無い。上から覗き込むその人のチョコレートをぺろりと舐める。穏やかで、案外鈍くて、紳士的なあなたはいつからこんな事を覚えてしまったのだろう。
 大胆なのは嫌いではないけれど――心の準備というものをさせてくれたって良いのに。
「私にやったなら貴方だって同じことをされるべきです。あの子たちが来たって……絶対に、やめてあげませんから」

●深緑
 アンテローゼ大聖堂にやってくる旅人や信徒達の世話に奔走し、祈りを捧げる。
 アレクシアは忙しない時間を送っていた。忙殺されている方が、一人で考える時間を得られるからだ。
(グラオクローネの逸話、別世界とはいえ、実際のファルカウさんに会った後だと、またなんだか少し違った印象に思えるね。
 あの人はきっと……すべてを慈しんでいた。灰冠の物語は、そんな慈愛の一欠片の話なんだろう。
 ――当人が聞いたらまた、適当にはぐらかすのかもしれないけど)
 魔女ファルカウは美しい人だった。それは姿ではない。心が、だ。だからこそ、アレクシアは祈りを捧ぐ。
(あなたの慈しんだ世界が、人が、少しでも平穏でありますようにと。
 だから……もしもこの先、あなたと対峙することになったとしても、私は躊躇わずにあなたを退けよう。
 ――それが、あなたの愛したものを護ることにつながると思うから)
 アレクシアはこの世界に生きる人を愛している。それを傷付ける人に憤っても居る。それが、ファルカウの御下で育まれたものだというならば、間違いなく己の中に想いの一篇が宿っているのだ。
(その芽を絶やさぬように、次へと紡いでいくために、何が相手でも、私は全力を尽くすから。
 うまくいった時には、合格点をくれると嬉しいな……いつまでも赤点の魔女だなんて、格好がつかないからね!)
 顔を上げた先で、木々がざあざあとざわめいた気がした。

 のんびりと茶会に参加するリディアは膨れ面だった。特異運命座標になった頃は茶会の作法も教わったが、それも遠い昔のよう。
 思い人に義理ですからと押し付けたチョコレート。それを「分かったよ」と受け取ってくれる彼は義理と認識しただろうか。
「自分を下げて、私が悪いわけじゃないとしながらも私と恋とか無理、って言われたのはやっぱりショックでしたね。
 彼のお姉さんの話をもっと聞けていたら、もう少し彼ともいい関係を築けたのでしょうか……?」
「まあ、彼にとって女性に対して色々あったんじゃない?」
「そうなんでしょうか。もうすぐ二十歳になるので、そろそろ魔法少女を名乗るのはやめようかと思っているんです。
 ……これからはただのリディアとして過ごしていこうかなあ、なんて」
「それもきっと素敵よ」
 話を聞いてくれるフランツェルは「ほら、紅茶は如何?」とにこにこと微笑みながら告げるのだ。ああ、もう、もっと聞いてよ><。

「はー……あったかい紅茶が沁みるわー……」
 冷えた指先をカップにすり寄せて、温もりを享受するジルーシャは穏やかに紅茶を飲むプルーの横顔を見詰めていた。
 彼女はいつもの通り軽やかに笑うから、ついつい緊張してしまうのだ。それでも、今日は特別だ。
 ジルーシャが差し出すのは感謝と想いを込めた贈り物。真っ赤なハートのチョコレートは、彼女に向けた愛おしい想いその物だ。
(お返しを願うなんて、本当はよくないこと、でも……最後のグラオ・クローネだから)
 ジルーシャはそっとプルーを見た。彼女は何時だって、優雅なのだもの。少し位、余裕を崩して頂戴。
「……ね、プルーちゃん。少しだけ、わがまま言ってもいい?」
「何かしら?」
「アンタが生きていく理由になりたいって、アタシが生きる理由になってほしいって……そう言ったら……アンタは――」
 プルーは虚を突かれた様な顔をして、押し殺した笑いがつい、溢れた。
「馬鹿な子。もうとっくに、そうだったでしょう?」

 お出かけ用に仕立てて貰った深緑の洋服にフーガと揃いのカラーのピンクのブローチ。茶会の席に向かう望乃の浮かべた笑顔は朗らかだ。
「こっちだよ」と呼ぶフーガもお出かけ用と仕立ててスーツと、ネクタイピンを望乃とカラーを揃えた。
「ほら、フーガ、見て。大きなチョコレートパフェ。……ふふ、まるで王冠みたいですね。
 愛しのあなたのお口の中へ、灰色の王冠を。あーん♪」
「あーん♪」
 可愛らしいその仕草に心を躍らせてフーガは笑みを浮かべる。本物の王様もビックリサイズのパフェを頬張って笑みを浮かべた。
 お返しのマカロンを食べる望乃もうっとりと笑っている。フーガの指先から運ばれたマカロンの、摘まむ指先に軽く口付けて。そんな小さな悪戯は妖精と望乃だけのナイショなのだ。
 敢て気付かないふりをしてにこりと笑うフーガは「おいしいね」と笑いかけた。
 特異運命座標になって、初めての依頼はこの地が茨の呪いに覆い隠されたときだった。
「望乃、現実でこんな風に穏やかに過ごせる光景がみられてよかった」
「はい。今、この場所がたくさんの幸せに満ちているのは、フーガや、たくさんのイレギュラーズさん達が頑張ってきたからですよね」
 だから、これからももっともっと、幸せな時間が続きますように。
 愛しい人と、おいしいねと菓子を食べて笑い合う。そんな時間が何よりも大切だと、知っているから。

 冬の花咲くベンチで午後の陽射しが心地良い。ココロは傍らのトールをちらりと見る。
「どうぞ、あーん」
 手作りのマロングラッセには永遠の愛を誓うという意味を込めて。ココロの口元に運べば「美味しいね」と笑う。
「永遠? ……そう、永遠……ううん、なんでもないの」
「ココロちゃん。僕一人に出来る事なんて限られているかもしれないけど、不安な事があるなら教えて下さい。
 僕は貴女の力になりたい
 病める時も健やかなる時も傍にいます。貴女の為なら命を賭してでも。愛する貴女を独りにはしません。僕がそれを望むから」
 そっと手を握ってくれる彼にココロはぎこちなく笑った。
 は、と気付いたように首を振る。気を取り直して用意したのは手作りのチョコレート。
「あ、わたしからもチョコレートをプレゼント!
 料理は得意じゃないからごくごく普通のだけど、あなたの為に作りました」
「わ、本当ですか? ありがとう!」
「それでですねぇ……この前、膝枕がどうとかいってましたよね。いいですよ、膝枕。どうぞ」
 膝をぽんぽんと叩いたココロにぱちくりと瞬いてからトールは嬉しそうに微笑んだ。
「いいんですか? 本当に?」
 弾む声音は年相応の少年のようで、ココロはくすりと笑ってからどうぞと微笑んで。
 ごろりと転がってから口元に運ばれるチョコレートは何時もよりも甘く感じられた。

「あーあ、どうにも気まず過ぎて会えず仕舞いになってしまった。
 情けないもんだなぁ俺も。……本来ならせめて花のお礼くらいは用意しておくのが筋というものなんだが」
 呟くクロバは肩を竦めた。出来る事でリュミエのためになる事を。そう考えたのは彼自身のせめてもの『気持ち』だろう。
「ファルカウの上層部は難しいだろうしその周りでの事を解決していけば負担も減るだろうし。
 こんなにも静かな日なんだ。せめて今くらいはゆっくり過ごしてほしいからな――」
 肩を竦めてから、クロバははた、と気付いた。花屋を営む幻想種に「この花を貰っても?」と声を掛ければ彼女は朗らかに笑う。
 それは白い胡蝶蘭だった。花言葉は確か――と言い掛けてから口を噤む。
「綺麗だし丁度いいな。気持ちばかりの平穏と共に、どうか活けてください。とメッセージを頼んでも?」
「お名前は?」
「いや、名前はパスだ。ああ、でも……。でも、最後に一言くらいは付け加えておこうか。
『どんな時でも、必要とされれば必ず貴女の助けになります』と。頼めるだろうか」
「勿論です」
 彼女に顔を合わすことは出来ないけれど。せめてもの願いを込めて。
「さしずめ季節外れのプレゼントってところかな。
 我ながら気障なものだが……受け取ってもらえると嬉しいもんだ」
 屹度、リュミエは差出人に気付いても何も言わずに花を活けてくれるのだろう。

●覇竜
 ヘスペリデスにあるベルゼーの墓へと墓周りに訪れたゲオルグはチョコレートを供えていた。
「……ベルゼーよ。ベルゼーの名を冠したお菓子に関してはもう少し待っていてほしい。
 ちゃんと混沌が滅びから救い出した後で、フリアノンの皆と一緒に作り出したいと思う。
 滅びへのカウントダウンが始まっているかのような現状だが、私達はきっと負けない。どうか、ここから見守っていてやってほしい」
 彼ならば屹度微笑んでくれたことだろう。

「琉珂様」
 ぎくり、と琉珂が肩を揺らした。振り向けば咎める紫琳が見詰めている。
 時を少し遡る。友に作れば琉珂が『ユニークな食材』を投入する事を止められると考えたのだ。
 何よりも手作りチョコレートを最初に手に入れられる。これは紫琳にとっての完璧な作戦の筈だった。
(その後お互いのチョコを食べさせあったりなんかしてしまったり……ふふへへえへへ……)
 ハート型のチョコレートを作っていた紫琳はこそこそと動いていた琉珂に気付かなかったのだ。
「……はっ、琉珂様、今チョコに何をお入れに……?」
「ナニモナイヨ」
「何かありますね?」
 そして時が戻った。首を振る琉珂に紫琳がじっと見たがそれ以上は言えやしない。己の想いのたっぷり籠ったチョコレートがハート型であったから。
(思い、想い、重い……重くはない。はず。おそらく。
 来年も、再来年も、これからもずっと、貴女と一緒に特別な日を迎えられるように想いを……。……重くはない……ですよね……?)
 そして、彼女は気付いて居ない。気付かなくて良い、だからずっと傍に。

「あんまり、家に、人とか呼ばないから……。リリーが来てくれて、うれしい」
 ふひひ、と下手くそに笑ったストイシャにLilyは穏やかに微笑んだ。バレンタインのチョコレートを片手に訪ねてやってきた彼女の声は弾んでいる。
「ストイシャさんとお茶会したくて、来たのです♪」
 テーブルにはお茶とチョコレート。ストイシャが用意してくれただけでも嬉しいのに、他愛もない会話を交すことが出来るのは幸せだ。
「はふぅ……ストイシャさんの、笑顔や仕草を観ていると、心がポカポカするのです。
 だから、ストイシャさんと、これからも一緒に居られたら、嬉しいかも、です……はっ! やっぱり今のは聞かなかったことに……」
 赤面し慌てるLilyにストイシャは面食らった後にへにゃりと今度は上手に笑って見せた。
「ん……わ、私も、リリーと一緒にいると、楽しいよ。あ、ありがと……」
 そわそわとしながら頭を撫でるストイシャは人との交流を思う存分に楽しんでいたのであった。

 ――たみこ、おまえは発狂するんだぞ。
 不遜なムラデンを前にして、妙見子はそっと傍に寄り添った。「雪が降ったんですもの、寒いですよね」と。そんな理由を添えて。
 彼女はいつも此方より上手に立とうとする。ムラデンは「たみこ、何考えてんの?」と問うた。
「ええ。ええ。フリアノンで貰ってきたお菓子をあ~んします!
 前は拒否されましたが今度は拒否しないでくださいね」
「いや、あーんとか……前は拒否ったって、そりゃ……。まぁ、いいよ、もう。ほら、あーん」
 ずずいとチョコレートを運ばれてから、素直に口を開いた。もぐもぐとチョコレートを食べるムラデンも慣れたもの。
 ならば、と妙見子は、チョコレートをムラデンに握らせてから、あ、と小さく口を開いた。
「ん」
「ん?」
「ところでムラデンは私にはあ~んとかしてくれないんですか? 私はしたのに?
 前にも言ったじゃないですか大人だってあ~んし合うって。
 私だって雛鳥じゃないんですから、いつまでも口を開けたままにさせないでください……あんまり嫌がられると、妙見子ちょっと不安になっちゃいます」
「……食べさせてくれないのかって……。
 な、なんなんだよもう。最近ホント生意気だなたみこは! いいよ、ほら、口開けなよ!」
 照れを滲ませるムラデンに妙見子はにこりと笑ってから「それから、プレゼントですよ」と微笑んだ。
 赤いチューリップは愛の告白。愛情の花束を受け取ってから、ムラデンは一瞬だけ目を逸らす。ムラデン、と呼ばれてからそっとその視線とかち合った。


「友人たちは囃し立てますがまだまだお互い未熟です。貴方だって未来のことを真剣に考えてくれてるんでしょう。
 私だって貴方の隣に相応しい女の子でありたい。……だから今は雰囲気だけでも。
 ――健やかなる時も病める時も愛を誓いますか? ずっと一緒にいてくれますか?」
「健やかなるときも……って、ニンゲンの儀礼はよくわからないんだけど。
 愛し続けろってのならば……約束してやるよ。だから、たみこも……勝手にいなくなったりするなよな」
 白いシーツをヴェールに見立てて、向き合った。ムラデンにキスを促す前に――「……もう、僕のもんだからな」
 妙見子の不意を衝くように、唇が重なった。



●豊穣
 メイメイはそっと晴明の手を握り締めてから緊張したように顔を上げた。例年通りの梅見でも、関係が違えばこんなにも気恥ずかしい。
「こ、恋人、というのは……どういう風に過ごすのでしょう、ね
 ……お花を眺めたり、お茶屋さんで甘味を食べたり……これまでと変わらない……?」
「……変わらない、ような気はするな」
 それでも何時もと同じようで、そうでなくて。愛おしいという気持ちがそのまま表すことが出来る事が大きく違った所だろうか。
(晴さまも、でしょう、か……?)
 そっと様子を伺ったメイメイに晴明は「ん?」と首を傾いで見せた。その優しい瞳が如実に語る。
 赤らんだ頬と共に、メイメイは縁側に腰掛けてから「あの」と晴明の名を呼んだ。
「今年はわたしもお花、を」
 花のモチーフのチョコは梅も桜も、花を好む二人にぴったりだ。
「梅も桜も……好きなお花なの、で……わたしの好きなものを、大好きな晴さまに」
「有り難う。俺からもメイメイに。……花、だが受け取って貰えるだろうか」
 差し出されたのは小さな桜の鉢だった。晴明が手ずから育てていたものなのだろう。「わあ」とメイメイはぱちりと瞬いた。
「あなたに贈るなら、花が良いと思ったのだ」
 優しく髪を撫でてくれるその指先が心地良い。髪と、そこまで考えてからはたとメイメイは彼を見上げた。
「……そういえば、わたしの、好みを、と。晴さまの御髪について……ずっと考えていたの、です。
 きっと貴方は、短くても素敵だけれど、こんなにお綺麗だから……勿体無い気も、して……」
 そっと手を伸ばして晴明の髪をするりと撫でる。彼はされるが儘にその指先に寄り添っているようだった。
「……わたしが、お手入れして差し上げます、から、このまま切らずにおいていただいても?」
「勿論。あなたが手入れしてくれるなら切るのも勿体なくなってしまうな」



 梅の見頃で騒々しい街並みは心地良い。雨紅は「お団子買いましょう、お団子」とフェイツイを振り返った。
「団子、いいわね」
「フェイツイ様はどれがお好きでしょうか?」
 改めてみれば色々な団子があるのだ。雨紅が物珍しそうな顔をすればフェイツイは嫋やかに笑いかけた。
 団子を手に、歩む二人。フェイツイは何処か浮き足だった雨紅は少し意外で、楽しんでくれているのならば嬉しいとその横顔を見詰めた。
 世界は崩壊の危機に瀕している。だからこそ、人の営みを感じられるのも、友人と遊びに出掛けられるのも励みになるのだ。
 それは雨紅もフェイツイも同じ。初めてできた友人と遊べなくなるのはフェイツイだって嫌なのだ。
「ねえ雨紅」
 フェイツィは呼び掛けた。その手に持っていたのは梅の花が付いた枝だ。雨紅には良く似合うと選んだのだから。
「ふふ、チョコも渡したかったですし、でも花も素敵で迷って。欲張って両方にしてしまいました」
 そっと花の形のチョコレートを手渡す雨紅にフェイツィはくすりと笑った。
「……欲張りねえ、雨紅は。ありがとう」
 友人から貰ったものは、こんなにも嬉しいのだ。だからこそ、二人はこのかけがえのない時間を精一杯に楽しむのだから。

「雪に梅……壮観だなぁ。こんな景色の中で食べるチョコなら、殊更美味しく感じそうだ」
 ぱちくりと瞬くシャルティエの傍らでネーヴェは「きれいです、ね」と頬を緩める。
 美しい景色に見惚れてはいけないとシャルティエは首を振った。傍らにネーヴェが居る事も、その彼女が恋人である事も喜ばしいけれど――
 ああ、恋人であると言うことを考えてしまえばつい、口元がにやけてしまう。
 それはネーヴェも同じだった。恋人同士というその言葉だけでどうにも心はざわめいて落ち着かないのだ。
「あ! 見てください、お花も売っています、ね」
「わ、な、なんでもありません! それより……本当だ、お花屋さんですね。覗いてみましょうか?」
 二人とも、どきどきとしていることを悟られないように振る舞った。相手の顔を見ることが出来ないのは気恥ずかしさから来るものだけれど。
 それでも、花の香りに包まれれば、二人は顔を見合わせた。まるで花畑に居るようで、心地良い。
 花を眺めてから。シャルティエはふとネーヴェの横顔を見た。
 一輪一輪、眺めては「きれい」と微笑むその横顔に、きっとバラは良く似合う。一輪の薔薇を購入し、そっと彼女に差し出した。
「ネーヴェさん、これを。……その、至極ベタな物なんですが」
 花を贈り慣れてなんていない。それに、バラだなんて。恥ずかしさと、少しの背伸び。それから、恋人への愛を込めて。
「まあ、わたくしに、下さるのですか? 嬉しい……! ね、クラリウス様。わたくしからも、送って良いですか?」
 ネーヴェが選んだのは真っ白な花。まるで彼女のような真白の花で、何時だって思い出して欲しいと、そう願って。

 世界的に不和が目立ったこの状況下では、出掛ける事も難しい。慧は多聞家の屋敷から見える梅を眺めて過ごしていた。
「主さんの好きなお酒も持ってきましたよ、せっかくなんで梅酒っす。あとはチョコ、こっちも梅使ってるんですって」
「えっ、ありがとう! けーちゃん!」
 にんまりと笑った百華。この状況でおいそれと出掛ける事は出来まい。多聞家の当主である百華はそれでも斯うして帰ってきてくれる慧の事が喜ばしくて堪らないのだ。
「梅が綺麗で、雪化粧も見えて、お酒だって美味しくて。
 平穏な、こういう日々をずっと過ごしてきましたし、このまま変わらないのだと思っていました。でも今は――」
 縁側に腰掛けていた百華の傍にそっと慧は腰を下ろした。
「主さん、いえ百華さんに大切な話を」
 そうして、彼は告げる。百華からすれば待ち望んでいた言葉だ。名をくれたその人を慕う慧にとっての『大切な言葉』を百華は余さず聞いている。
 ああ、やっと聞かせてくれた。一緒に居たいのは百華だって同じだ。
「けーちゃん!」
 ぎゅうと抱き締めれば彼は腕の中で大人しくしている。ああ、だから――
「次もちゃんと帰ってきてよね!」



「お久しぶりです、遮那さん。花束は無事に届いておりますか?」
「おお、鹿ノ子久しいな。無事であるか?」
 執務室の机の上に飾ったホトトギス。花言葉は『永遠にあなたのもの』だという。遮那はそれを見遣ってから鹿ノ子を招き入れた。
 選んだブリザーブドフラワーのホトトギスが飾られていることや、花言葉をしっかりと調べてくれている事に安堵をし、鹿ノ子はじいと彼を見た。
 少しの距離、気まずさを抱いたまま、一歩踏み出す。
「えと……手紙の件、と言いますか、霞帝が襲われた件、なんですが……。
 困らせました、よね……。お役目のためとはいえ、記憶を差し出そうとしてしまうなんて……」
 怒られてしまうだろうか。呆れられるだろうか。彼を軽んじた訳ではなかったのだけれど、困らせただろう。
 ただでさえ、彼には大きな変化が訪れている。様々な変化を受けた上で苦しみ抜いた結果が今の彼であろうに――
「鹿ノ子、戸惑いはすれど、鹿ノ子の意思を挫くことはしたくないのだ。そなたのやりたいようにやればいい。
 悔いの無いようにやってみせたというならそれで構わぬ」
 それは拒絶に聞こえただろうか。目を見開く鹿ノ子に遮那はふるりと首を振ってから笑った。
「だが、そうだのう。心配はしておったよ。……だから今日は、少しゆっくりしていくといい。久々にそなたの顔を見られたしの」
「遮那さん……」
「何をしてほしいという訳では無い。ただ、其処に居てくれればいいのだ。傍にいるという安心感は、それだけで頑張ることが出来るからの」
 そうだ。帰ってきた。彼の傍に。だからこそ――
「……約束します。記憶も、身体も、命も、この先なにがあっても易々と差し出そうとはしません。
 僕のすべては、あなたのものです。遮那さん、あなただけのものです」
 愛している。あの遠い遠い夏の日から、ずっとずっと。そして、此れからだって。
 ずっと、あなただけを。とこしえの想いをこの胸に。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 素敵なグラオ・クローネになりますように!

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