PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<祓い屋>結実の蛇

完了

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 昏い夜には薄い星が数個浮かんでいる。
 東京の空は地表が明るい分、星の灯りは届かない。
 男は気味の悪い気配を感じ空を見上げた。途端に辺りに警報が鳴り響く。
『強力な呪力を感知。隔壁を一番から十二番まで降ろします。近隣の方は速やかに避難してください』
 何だと警戒する間もなく、空が割れ巨大な隔壁がゆっくりと落ちてくる。
「た、助けてくれ……! だから嫌だったんだ、燈堂家とかいう得たいの知れない家の近くに住むのは」
 目の前に大きな隔壁が降りれば、いよいよ男は尻餅をついて後退った。
 燈堂家の方向から染み出してくるのは、黒い霧のようなもの。じわじわと近寄ってくる。
「ひい!」
 間近に迫った黒い瘴気を遮ったのは燈堂の門下生剣崎・双葉だ。
「お前らは……」
「大丈夫ですか? 立てますか? こっちへ避難してください」
 煌星 夜空と八雲樹菜は逃げ遅れていた男を支える。
「死にたくなければ、ついてきて! 隔壁が降りてるってことは、中はすごく危ないのよ」
 湖潤・仁巳は瘴気を斬りつけ道を切り開く。隔壁から外へ一般人を逃がすのが燈堂門下生の役目なのだ。

 ――――
 ――

「我が巫女を玩具にするか、人間よ」
 地から響く声が燈堂家の中庭に響く。それは怒りを露わにした『蛇神』繰切が発したもの。
 繰切の前には黒無垢を着せられた燈堂廻が浮かんでいた。
 薄らと開いた瞳は漫然と目の前の光景を写しているに過ぎない。
 空っぽの人形のようなその姿に、繰切は憤怒の瘴気を滾らせていた。
 廻の隣に立つのは葛城春泥であった。繰切は春泥へ怒気を発する。
「玩具? いやいや大事な神の杯さ。そもそも、君だってこのままじゃいつか壊れてしまうって分かってるだろう? それが明日かもしれないって」
 大きな獣の手を繰切へと向けた春泥。僅かに薄れた怒気が悲しみを帯びる。
「……人の営みはそういうものだろう。栄華を極め、やがて衰退していくものだ」
 繰切から怒りは引き、いつものような分体の姿で春泥に顔を向けた。
 春泥は大きな溜息を吐いて首を横に振る。
「あー、うっとうしいなぁ。神様ぶって達観しちゃってさぁ。白鋼斬影を離さないのも、ただ怖いだけなんでしょ? 廻に降ろされたら昔の白鋼斬影じゃなくなっているんじゃないかって。信じ切れてないんだ」
 嘲るような声に繰切は腕を組んだ。
「我を愚弄するか人間。そもそも、春泥。お主がやろうとしている事は破壊だろうが。
 無限廻廊が喪われ、我の力が外へ溢れ出れば、この地は焦土と化すのだぞ」
「はっ、この僕が策を練っていないとでも思ってるのかい? 何の為にレイラインに穴を開けた?
 穢れを集めるため? いいや、膨大な力を流すためさ!」
 繰切の神逐には膨大な霊力が溢れ出すことは明白であった。
 燈堂家のみでそれを受け止めるならば、崩壊することは必然。
 だから、春泥はイレギュラーズに協力を取り付け、深道三家を繋ぐレイラインに穴を開けたのだ。
 春泥の用意周到さには、流石の繰切でさえ興味を惹かれるものがあった。
「だが、どうやって我を分かつ? そのような術を人に教えた事はないが……?」
「僕を甘く見ないことだね。君から聞けないのなら、別の君にきくまでさ。ROOでもう一人の君から妖刀廻姫に渡った離却の秘術の解析は終わっている。複製だけれど君を分けるぐらいは出来るんだ」

 ――繰切には未練があった。
 白鋼斬影との約束を守らねばならなかった。
 自分が燈堂に留まることで、安寧を得ていた子供達。
 されど、本当に子供達はそれを必要としているのか。

「ねえ、繰切……もう子供達を解放してやろう。君達の時代は終わったんだよ」
「ならば、我がもう大丈夫だと思える程度に、戦ってみせよ。我を倒せなければ意味などないからな」
 伸ばされた春泥の手に、自らの手を乗せる繰切。
 離却の秘術が走り、繰切の中から白鋼斬影が切り離される。
 白き蛇の神は神の杯となった廻へと降ろされた。
 白鋼斬影を降ろした廻はその姿を変幻させる。
 アメジストの瞳は薄氷の色へ染まり、茶色の髪が白く変わる。続けて短かった髪が長く足下まで伸びた。

 繰切は己の中から白鋼斬影が抜けて行く感覚に淋しさを覚える。
 寂しい。苦しい。辛い。そんな思いが胸を締め付けた。
 同時に押さえ込んでいた闇が膨れ上がるのを感じる。
 怒りに飲まれる感覚だ。白鋼斬影が傍に居ることで抑えられていた闇の力が噴出する。
「これが、我の本来の欲だというのか……」
 北の大地で生まれたクロウ・クルァクが有していた闇の力と、その邪悪なる本能。
 悪行が祟り、雷神ルーによって故郷を追われたクロウ・クルァクが向かったのは砂漠の都だった。
 栄華を極め人々の争いによりやがて衰退した砂漠の都を去り最後に辿り着いたのがこの練達であった。
 長い年月を白鋼斬影と共にあったクロウ・クルァクは『本能』を忘れてしまっていた。

「繰切?」
 春泥の目の前で迸る瘴気を発する繰切。
 それに呼応するように白鋼斬影を降ろされた廻が苦しみ出す。

 真っ白な意識の中で、入り込んでくる誰かの記憶。
 これは誰の記憶なのだろうと廻は首を傾げる。
 子供達に願われ邪悪と呼ばれるものと戦い、いつしかその邪悪が唯一無二の伴侶となった。
 大切な人に喰われる幸せと、子供達を想う心が廻の中に広がる。
 満ち足りていた。決して離れる事の無い幸せを享受していた。
 それなのに、また分かたれてしまった。淋しさと悲しさを大切な人も感じている。

 けれど、傍に感じる大切な人は怒りに満ちていた。
 何故なのだろう。自分と共にあった時は穏やかであったはずなのに。
 身の内側から溢れる邪悪な力が大切な人を苦しめている。

「苦しんでる。止めなければ、僕が止めなければ……」
 廻の声に重なって白鋼斬影の声が零れた。
 指先を繰切へと向けた廻は掌に力を集める。
 されど、収縮した光は歪にねじ曲がり、霧散する。白鋼斬影の力が制御出来ていないのだ。
「だめ……、いや……です」
 強大な力はこのままでは誰かを傷つけてしまう。恐怖に身が竦む。
 怖い、怖い、怖い……!
 廻が感じている恐怖は渦と成って彼自身を包み込む。

 同時に、燈堂家を飲み込んだのは赤黒い異空間だった――


 赤黒い異空間の空は濃い瘴気に覆われていた。
 息をするのも億劫で、意識をしっかり保っていなければ目眩で倒れそうになる。
「ここは……?」
 周囲を見渡したサクラ(p3p005004)は傍らの詩乃へと視線を落す。
「サクラ、ここ無限廻廊の中……」
 燈堂家に集まっていたイレギュラーズを飲み込んだのは『封呪』無限廻廊であった。
 繰切の暴走は白鋼斬影にも悪影響を及ぼした。
『封呪』無限廻廊の制御を失い、その中に燈堂家ごと飲み込まれたのだ。

「どういうこと? とうどうのおうちもあるよ?」
 あたりをぐるりと見渡したリュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はこてりと首を傾げる。
「燈堂家ごと飲み込まれたということか」
 ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は門下生たちが集まる場所に八雲樹菜を見つけ眉を寄せる。彼女達がこの場に居るということは、戦う力を持たない樹菜や燈堂家に居る子供たちも巻き込まれているということだ。
「朝比奈、子供達はどうなってるの? 大丈夫なの?」
 自らも孤児院を営んでいるリア・クォーツ(p3p004937)は一番に幼い子供達の安否を確認する。
「この空間の詳細は分からないけれど、子供達は牡丹の結界の中に居るはずよ。元々、『先生』が今日此処に来るからって警戒していたんだもの」
 牡丹の結界は長年この燈堂の子供達を守ってきたのだ。牡丹の結界の中が一番安全なのだと子供達も理解している。

「おい、春泥。どうなってやがるンだ」
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はイレギュラーズの前にやってきた春泥へ問いかける。パンダフードを被った春泥は「そうだねえ」と考え込むように僅かに瞳を伏せた。
「僕は繰切という神様を倒して、『封呪』無限廻廊を壊したいと考えていたんだ」
「倒す? 繰切を殺してしまうの?」
 紫桜(p3p010150)とチック・シュテル(p3p000932)が不安げな顔で春泥を見遣る。
「神様はね……死なないんだよ。とっても強いんだ」
 春泥の言葉にメイメイ・ルー(p3p004460)は豊穣に居る愛らしい神様を思いだした。
「たとえ打ち倒されようとも、その力は再び廻って神というカタチを取る。豊穣の瑞神は祓われたあと、そうして戻ってきているだろう?」
「はい……瑞さまもそうです」
 イレギュラーズは大穢を取り込んだ神を神逐した。
「でも、それは本当に今の『繰切』なのか?」
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の疑問は当然であろう。
 神逐した神の記憶は戻らないのではないかと視線を落すアーマデル。
「そうかもしれない。そうならないかもしれない。僕にはそこまでは分からないよ」
 両手を広げてみせる春泥に紫桜が鋭い視線を投げる。

「それってつまり、結果はどうなるか分からねえけど、やるしかねえってことだろ?」
 大剣を掲げたニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は瘴気を放ち苦しんでいる繰切を見上げた。
 繰切は自分の力が大きくなるにつれて本来の『神の姿』へと変幻している。
「随分とでかくなりましたね……」
 分体の姿しか見たことが無い日車・迅(p3p007500)はその大きさに唸る。
「やっぱり苦しんでるのかな」
 シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)と星影 昼顔(p3p009259)は何かに耐えるように頭を抱えている繰切を見上げた。
「繰切くるしいと、兄様もくるしい、いっぱいくるしい、つたわってくる」
 サクラの隣で詩乃が答える。彼女は白鋼斬影の妹である『巳道』のなれの果てであった。
「じゃあ、繰切は僕達のために苦しんでるってことかにゃ?」
 杜里 ちぐさ(p3p010035)は大きな瞳を潤ませて悲しげな表情を浮かべる。
「僕達を攻撃したくないから? そんな、あんなに苦しそうなのに……助けてあげたいよ」
 祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は悲しげに眉を下げる。
「うん、そうだねぇ。カミサマが苦しんでいるのは、我は綺麗だと思うけど、子供達には毒だろうからね。それに穏やかに笑っているほうが美しさも格段に華やかになるはずだしねえ」
 武器商人(p3p001107)は門下生の子供達を背に庇うように立っていた。

「繰切を倒すのは分かったよ。でも、廻は大丈夫なの? 攻撃してもいいの?」
 怪訝な表情を浮かべるイーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は春泥に問う。
「白鋼斬影? とかいうのを降ろされてるんだっけ……攻撃したら燈堂君死んだりしない?」
 眞田(p3p008414)は神秘的な姿となった廻へ視線を向けた。
 真っ白な長い髪と黒無垢を纏った姿。
 空へと浮かびあがった廻は繰切と同じように苦しんでいるように見える。
「廻くん……」
 楊枝 茄子子(p3p008356)はマブダチである廻を心配そうに見つめた。
 茄子子も同じように神を降ろしたことがあるのだ。だからこそ、大丈夫だと簡単に言えやしない。
 人間に誰一人として同じ性格が居ないように、神様だって其れ其れ違うのだから。
 だから。
「大丈夫だよ。会長もおんなじだからね!」
 懸念など必要無いと茄子子はいつもの調子で声を上げる。
「ねえ、せんせ……廻くんの記憶消したんでしょ? 神の杯になるってのはそういうことなんでしょ? どうしてそういう事するかなぁ?」
 ラズワルド(p3p000622)は春泥を睨み付けた。彼女から貰った『夢石』には廻が燈堂に来る前、研究所で改造されていた頃の記憶が入っている。それをほんの少しだけ垣間見たラズワルドは、春泥が廻の記憶を消した事を知っていた。
「真っ白にしてあげないと可哀想だろう?」
「そういうのは、廻くんが決めることだと思うけど?」
 今にも食ってかかりそうなラズワルドの手を引いたのは『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)だ。
「落ち着け」
 普段は野良猫のように飄々としているラズワルドが苛立っているのは廻が苦しんでいるからだ。

「……それで葛城春泥。廻様を元に戻すにはどうしたらいいのですか? 無策という訳では無いのでしょう? 考えがあるから、貴女は私達の前に居る」
 ボディ・ダクレ(p3p008384)は春泥の前に立ち緑色の瞳で彼女を見据える。
「いやぁ、僕は神の母になりたいんだよ。教えない方が僕の目的は果たせるんじゃない?」
「神の母になりたいのは何故なのかしら?」
 猪市 きゐこ(p3p010262)は春泥の答えに疑問を覚えた。わざわざ『目的を果たせる』と提示するのは、そうは成らないと彼女自身が思っているから。言葉に本当の望みが滲みでているときゐこは感づく。
「……さて、どうかな」
「誤魔化さないでください」
 ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は真剣に春泥の顔を見つめた。
「君も数年後には分かると思うけど、子供って弱いんだ。すぐ死んでしまう……強くなってほしいと願ってもさ、すぐ居なくなってしまうんだよ」
 春泥の言葉にジュリエットは息を飲む。その声は悲しみを積み重ねた者が発するものだった。
「だから、廻先輩を神にしたいんですか?」
 山本 雄斗(p3p009723)の問いに「それもあるかな」と春泥は答える。

「……白鋼斬影は離却の秘術で引き離すことが出来る。そうだろう?」
 春泥はヴェルグリーズ(p3p008566)と星穹(p3p008330)を見遣った。
 ROOで妖刀廻姫から受け取った離却の秘術。それを扱えるのはヴェルグリーズと星穹だけであった。
 春泥が解析したものは複製にすぎない。複製では成し得ない完全なる術式。
 想いと共に託された術は二人の胸に刻まれている。
「う……くっ」
「灰斗、大丈夫ですか」
 蹌踉けた『繰切の子』灰斗を抱き留めたのは『護蛇』白銀だ。その白銀も肩で息をしている。
 繰切の子である二人にも闇の力の悪影響が出ているのだろう。
 チェレンチィ(p3p008318)は友人である灰斗の背を撫でる。
「無理せず休んでください、灰斗」
「ううん、父上たちが戦ってるのに、僕が頑張らないわけにはいかないから」
 苦しげな表情を浮かべる灰斗の傍には神々廻絶空刀の姿もあった。
「父さん、母さん。俺は灰斗と白銀を支える。こいつらまで暴走したら大変だからな。心結も居てくれるから大丈夫だよ。だから、行ってくれ……白鋼斬影を切り離せるのは父さんと母さんだけなんだ」
 空の傍らで心結も確りと頷く。子供達の凜々しい姿にヴェルグリーズと星穹は勇気を貰った。
「ああ、任されたよ」
「空、心結。そちらは頼みましたよ」

「繰切の闇を祓い、無垢なる神へ戻す……そして、無限廻廊をも解く、ですか」
 視線を上げた久住・舞花(p3p005056)に春泥は「そうだよ」と返す。
 舞花が提示した燈堂家の根幹を揺るがす打開策。因習染みた呪いに終止符を打つもの。
 それは奇しくも春泥の大願と同じであった。
「その時に生まれる膨大な力を分散させるためにレイラインに穴を開けたんですね」
 マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は以前、燈堂家の地下で春泥の計画に加担した。
 春泥が引く、その道筋がどうなるのかも気になったからだ。ただの悪であるのか、そうでないのか。
「そういうことだったか……なら、間違ってはいなかったわけだな」
 回りくどいやり方だとヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は肩を竦める。
 ヤツェクは紡ぎ手である。歌と演奏で物語を紡ぐ側であるのだ。
 それがその物語の中心に据えられるとは思ってもみなかったと溜息を吐く。
「なら、きちんと歌の終わりを紡がんとな」
 始まったものを、終わらせ無ければ、後に続く者たちのしこりとなる。
「手伝うぜ。アーマデルを守らないといけないしな」
 冬越 弾正(p3p007105)は大切な人の傍で口角を上げた。
「僕もお手伝いさせてください。廻さんを助けなければ」
『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)は祈るように黒無垢を纏う廻を見つめる。
「ニルもテアドールと一緒に戦います」
 その隣にはニル(p3p009185)の姿もあった。
 お互いの手を握り、大丈夫だと伝え合うテアドールとニル。
「すみれは僕が守るからね」
「ええ……頼もしいです」
 すみれ(p3p009752)は周藤日向の声に目を細めた。幼く儚かった少年が、少し凜々しく見えたのだ。

 アーリア・スピリッツ(p3p004400)は掌をぎゅっと握る。彼女にもROOのクロウ・クルァクと白鋼斬影から託された想いがあった。
「必ずここで終わらせましょう」
 アーリアの声は『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)の胸に勇気を与える。
『封呪』無限廻廊を解くということは、暁月とてどんなリスクがあるかも分からない。
 けれど、白鋼斬影が暴走している状況下で、いつこの封呪が閉じるか不明なのだ。
 閉じ込められたままになる可能性を排斥する。
「暁月くんなら出来るわよ」
 アーリアに不安な気持ちを悟らせてしまったのだろう。けれど、だからこそ確りと前を向ける。
 自分だけで背負っていた時より視界は澄んでいた。
「いけそうだな、暁月」
「ああ、大丈夫。君達がいるからね」
 國定 天川(p3p010201)に背を叩かれ暁月は妖刀無限廻廊の柄を握る。

「明煌、背中は任せて」
 隣に立ったジェック・アーロン(p3p004755)が振り返らず告げた。
「うん……ジェックちゃんに任せる」
 だから明煌も前だけを向いて進める。
「自分も居ますからね。絶対に全部救うであります!」
 ムサシ・セルブライト(p3p010126)の声に明煌は「ああ」と頷いた。

「廻くん……」
 シルキィ(p3p008115)は廻との思い出が詰まった夢石を握り、ペリドットの瞳を上げた。
 オムライスを一緒に食べる約束をしたのだ。
 とろけるような卵と、赤いケチャップ。ひとすくいしたスプーンを廻が美味しそうに頬張る姿。
 幸せな光景を思い描き、シルキィは強く願う。
「絶対にたすけるよぉ」

 恋屍・愛無(p3p007296)は春泥の首に黒い痣があるのを見つける。
「それは?」
「ああ、これは神降ろしの代償を一部肩代わりしてるのさ。思ったよりも廻が衰弱してたからね。お前にとってはこれはチャンスなんじゃないか? 僕を殺すことが出来る。いい加減腹立たしいだろう? お前が望むなら戦ってあげるよ……ねえ、愛無?」
 愛無はそんな風に告げる『母親』をじっと見つめた。
 このまま敵対すれば春泥からの情報収集は不可能になるだろう。
 それでも、彼女が行って来た数々の所業は許されるべくもない。
 現に、廻があのような姿になってしまったのは春泥が原因であるのだ。
 燈堂に来る前、研究所で非人道的な改造や洗脳を行い、廻に暁月の右目を元にした『泥の器』を埋め込んだのだろう。白鋼斬影を降ろすために。
 愛無は再び春泥の首の痣を見た。
 廻の代償の一部を肩代わりしているということは、春泥自身にも悪影響があるはずなのだ。
 程なく廻と同様に白鋼斬影の暴走が春泥にも波及する。
 戦いは避けようも無い。ならばその先は――
 春泥を殺して喰らうのか、助けるのか。考えて考えて。己の内側に湧き上がる感情に歯がゆさを覚える。
「いい加減にクソうるせぇ!」
 空間に響いた愛無の声。
 それは春泥への言葉であり、自分の感情を上手く表現できない苛立ちでもあった。
 何もかも自分一人で背負った気になり達観している春泥に、巫山戯るなと叫ぶ愛無。
 愛無を捨て燈堂を壊し勝手に終わりにしようなんて。こっちはまだ何も始まっていないというのに。
「どいつも此奴も辛気くせぇ! いいか! 生きるって事は戦うって事だ! 儘ならないのが人生だ! 何もかんも僕がケリつけてやる! どいつも此奴も幸せにしてやるから覚悟しやがれ!」
 愛無の声が胸に響く。いつも他人と距離を置いている愛無が心から叫んだ想いに、春泥は唇を噛んだ。
 浮かんで来る涙を零さないよう精一杯虚勢を張って。
「馬鹿な子だよ、本当に……」と笑ってみせた。

GMコメント

 もみじです。祓い屋最終回です。ここで決着をつけましょう。

※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
 なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!
 悔いの無いようにいきましょう。

※参加者確定の時点で、該当者が参加していた場合特殊判定が飛びます。
(OPやGMコメントに追記がされます)→1/13に記載されました。

●はじめに
 後述のパートごとに分れています。
 どれか一つを選んでください。
 同じ戦場で、声などは届くので安心してください。

 人数の偏りがあっても構いません。好きな所に行きましょう。
 悔いの無いように、思う存分プレイングをかけてくださいね。

●目的
・繰切(クロウ・クルァク、白鋼斬影)の神逐
・『封呪』無限廻廊の解呪
・燈堂廻の救出
・葛城春泥の救出(追記)

●ロケーション
 再現性東京希望ヶ浜の燈堂家に出来た、制御不能となった『封呪』無限廻廊の中です。
 禍々しい赤黒い空と、黒い月が浮かんでいる空間です。
 目の前には本来の姿――巨大な神の姿となった繰切と、神降ろしをされた廻が居ます。

 繰切は己の内側から溢れる闇の力に苦しんで暴れています。
 廻は白鋼斬影の力を制御できずに暴走しています。
 白鋼斬影と繋がっている『封呪』無限廻廊も制御不能となり燈堂家を飲み込みました。

 このままでは、『封呪』無限廻廊が内側から崩壊し危険です。
 暴発すれば中にいるイレギュラーズや、周辺地域を消し飛ばしてしまいます。

 繰切と廻に降ろされた白鋼斬影を神逐し、『封呪』無限廻廊を正しく解くことが重要となります。

●NPC
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175):【3】『封呪』無限廻廊の解呪に向かいます。
 希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
 記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
 精神不安に陥り暴走しましたが、イレギュラーズに救われ笑顔を取り戻しました。
 廻が煌浄殿へ入ったので、少し寂しい思いをしています。
 燈堂の当主の末路は人柱です。
 その命を捧げる覚悟はしていたつもりですが、死にたくないと吐露しました。
 廻を助ける為、『封呪』無限廻廊の解呪を行います。高いリスクを伴いますが覚悟はあります。

○『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277):ひとまず【1】繰切の神逐に向かいます。
 禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
 煌浄殿は廻の泥の器を浄化する場所でもあります。
 呪物となり煌浄殿に入った廻は明煌に逆らえません。

 暁月の事を愛しています。
 それ故に、暁月を燈堂の呪いから解放したいと願い葛城春泥の計略に加担しました。
『赤の他人だった』廻なら犠牲にしても構わないと思っていました。
 けれど、今は廻を大切だと思っていて、後悔しています。
 暁月も廻も。全ての大切な人たちと、その居場所を守りたいと強く思っています。

○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160):【2】に居ます
『泥の器』から『神の杯』となり、白鋼斬影を降ろされています。
 廻の意思は希薄です。なぜなら、記憶が抜け落ち人格を形成していないからです。
 白鋼斬影の意思が強く出ている状態です。
 しかし、力を制御できずに、暴走しています。

○『刃魔』澄原 龍成(p3n000215):どの戦場にも居ます。
 元・獏馬の夜妖憑き。
 燈堂家に襲撃を掛け敗北。その後は燈堂家の居候となりました。
 姉とも仲直りをして、現在は親友と共に燈堂家の離れで暮らしています。
 医学の道を目指すようになり、最近は勉学に励んでいます。

○『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243):どの戦場にも居ます。
 ROOの事件、竜との戦いを経てイレギュラーズの皆さんの事がとても好きです。
 今まで外に出られなかったので、色々な事を教えて欲しいと思っています。
 廻の両手足を支える魔術と科学技術を合わせた補助具を開発しました。

○『深道の相談役』葛城春泥:【4】にいます。
 佐智子(明煌の母)の幼い頃には既に深道の相談役だった事から、影響力が強い人物です。
 深道の人達は彼女を信頼しています。
 暁月や龍成、廻に『呪い』を掛けた張本人でもあります。

 春泥の大願、それは深道の子供達を『人柱の役目』から解き放つことです。
 彼女の夫が死の間際に残した願いでもあります。
 子供達を自由にしてほしい。人柱になることなく、健やかにすごせるように。
 全てはその為の計画でした。
 強引でエゴイスティックに計画を進める中で力及ばず犠牲を出すこともありました。
 けれど、ここに結実することを願い、強く押し進めてきました。
 この戦いで全てを終わらせたいと強く願っています。

(追記)
 白鋼斬影を廻に降ろす代償の一部を肩代わりし、悪影響が出ています。
 力が暴走している状態です。

○『護蛇』白銀、『繰切の子』灰斗
 繰切の子供達です。夜妖や精霊と呼ばれる存在です。
 二人とも、繰切と白鋼斬影の子なので、闇の力の影響を受けています。
 灰斗と対の存在となる神々廻絶空刀が傍にいます。

○『星剣』神々廻絶空刀(ししばぜっくうとう)、無幻星鞘(みゆ)
 闇の力に抗って苦しんでいる灰斗と白銀を守っています。

○詩乃(しの)
 白鋼斬影の妹。煌浄殿に預けられている、『巳道』の成れの果てです。
 イレギュラーズと戦い力の殆どを失い精霊になりました。
 巳道であった頃の記憶も曖昧で、童子のように振る舞います。ミアンに懐いています。

 兄である白鋼斬影の意思を呼び戻すため、必死に声を掛け続けています。

○深道三家の人々
『暁月の妹』深道朝比奈(みどうあさひな)、『暁月の弟』周藤夜見(しゅうどうよみ)
 周藤日向(しゅうどうひなた)、深道夕夏(みどうゆうか)、深道佐智子(みどうさちこ)
 戦える者は燈堂家に集まっています。

○煌浄殿の呪物たち
 繰切を倒す為に集められた呪物達も多いので、明煌と共に来ています。
 胡桃夜ミアン、実方眞哉、、樋ノ上セイヤ、ヤツカ、カオル、チアキ、モリト、コウゲツ、コキヒ、ルカ、ヒジリ、シジュウ、タツミ、ナガレ、ヤナギ、シルベ、シンシャ、八千代、真珠

○燈堂家の人々
 彼らも戦える者は己の居場所を守る為に奮戦しています。
 牡丹、黒曜、黒夢、白雪、雨水、湖潤・狸尾、湖潤・仁巳、煌星 夜空、剣崎・双葉、八雲樹菜

●特殊なアイテムや術など
○離却の秘術
 ROOで妖刀廻姫から受け取った秘術です。
 白鋼斬影を引き剥がすことができます。

○夢石
 廻の記憶を分けた夢石を持っている人は使うことができます。
 強く願えば廻の記憶を戻す事が出来ます。
 戻さずに壊すことも出来ます。壊す場合はとても強力な力となります。

○繰輪の術式
 神の杯と夢石を結ぶ事ができます。
 思いを紡ぐその役目を担います。

○黒紫の願い
 クロウ・クルァクと白鋼斬影から託された心です。強い想いに呼応します。

○獏馬(追記)
 長らく眠っていた『あまね』が戻っています。『しゅう』と力をあわせて完全体の獏馬となります。
 悪夢を食べて祓うという特性で春泥の代償を解くことが出来ます。

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●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

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以下は物語をより楽しみたい方向け。

●夜妖憑き
 怪異(夜妖)に取り憑かれた人や物の総称です。
 希望ヶ浜内で夜妖憑き問題が起きた際は、専門家として『祓い屋』が対応しています。
 希望ヶ浜学園では祓い屋の見習い活動も実習の一つとしており、ローレットはこの形で依頼を受けることがあります。

●祓い屋とは
 練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
 夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。

●前回までのおさらい
・深道三家のレイラインを正しい流れにすることが出来ました。
・春泥の画策により、レイラインに穴が開いてしまいました。
・繰切を二分する方法をROOへ探しに行き、離却の秘術を譲り受けました。
・イレギュラーズに任せれば繰切という深道にとっての『悪』を倒せるのだと、人々は信じ始めています。
・故郷である北の大地の封印が解かれ、繰切の『闇』の力が強まっているようです。
・廻が春泥によってさらわれてしまいました。

●今回のあらすじ
・廻が泥の器から『神の杯』へと成りました。
・春泥の目的は白鋼斬影とクロウ・クルァクを分け、廻に神降ろしをして、深道の子供達を救うことです。
・春泥の作戦は上手く行っているように見えました。
・しかし、繰切の中に在る闇の力が暴走してしまいます。
・その余波を受け白鋼斬影を降ろされた廻も苦しみ暴走しています。
・白鋼斬影と繋がっている『封呪』無限廻廊も制御不能となり燈堂家を飲み込みました。
・このままでは中のイレギュラーズも周辺地域も危険です。
・繰切を神逐し、『封呪』無限廻廊を解くことが重要になります。

●これまでのお話
 燈堂家特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/toudou


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
●場所
 他の戦場と同じ場所、空間となります。
 声は届きますので、安心してください。
 主に行動する場所を選んでください。

【1】繰切を神逐する
●目的
・繰切(クロウ・クルァク側)を倒す

●敵
○『蛇神』繰切
 クロウ・クルァクと白鋼斬影が交ざったもの。
 燈堂家の地下『封呪』無限廻廊によって封じられていました。
 現在は離却の秘術により、中身はクロウ・クルァクのみになっています。
『封呪』の中では本来の姿になっています。巨大な神の姿です。

 己の内側から膨れ上がる邪悪なる力に暴走しています。
 善なる神ではないですが、無為に人の世を破壊することには不本意です。

 戦場全体を覆う闇の力で強烈な攻撃を仕掛けて来ます。
 人間を殺すことは本意ではありませんが、力が暴走しているので手加減はありません。
 非常に強力です。

【2】廻(白鋼斬影側)を神逐する
●目的
・廻(白鋼斬影側)を倒す

●敵
○『神の依代』燈堂廻
 神の杯にされ、白鋼斬影を降ろされています。
 廻自身の意識は希薄で、白鋼斬影の意思に塗りつぶされています。
 大切な人である繰切が苦しんでいる助けなければと思うのに、力の制御が上手く出来ず暴走しています。
 その影響で、白鋼斬影と繋がっている『封呪』無限廻廊が燈堂家ごとイレギュラーズを飲み込みました。
 このままでは、中のイレギュラーズも周辺も危険です。

 廻の意識は希薄ですが、完全に消えたわけではありません。
 夢石を繰輪の術式で繋いで記憶を戻す事ができます。
 ただし、夢石を戻さず壊す場合は強大な破邪の力にすることが出来ます。

(追記)
 白鋼斬影を降ろされているので、人とは思えない丈夫さや強さがあります。
 暴走している白鋼斬影を鎮め、廻を離却の秘術で引き剥がしましょう。


【3】無限廻廊を解く
●目的
 暁月が『封呪』無限廻廊を解呪する間、出現する敵を倒します。
 無限廻廊の中に取り込まれていた夜妖や人柱となった者達の怨念を退けましょう。

●『封呪』無限廻廊
 地下にあった『封呪』は中庭の要石の前に浮かび上がっています。
 眩い光を放ち、中から人柱たちの怨念が聞こえます。

 空間全体が『封呪』無限廻廊ですので、敵は何処からでも現れます。
 暁月は戦いながら解呪を行います。
 人柱となった者達と戦うことで彼らの希望を紡ぐのです。

●敵
○無限廻廊の中に取り込まれていた夜妖や人柱たちの怨念
 そこら中無数に出現します。
 人柱達はとても強いでしょう。

【4】葛城春泥の救出
●目的
・葛城春泥の救出

●救出対象
・葛城春泥
 白鋼斬影を廻に降ろす代償の一部を肩代わりし、悪影響が出ています。
 力が暴走している状態です。
 暴走を鎮め、完全体となった獏馬で代償を解きましょう。

 春泥は研究所で廻に非人道的な改造や洗脳を行い、暁月の右目を元にした『泥の器』を埋め込みました。
 それ以外にも真や実といった幾人もの人へ研究や実験を行ったと推測されます。
 愛無さんの息子である獏馬を狂わせたのも春泥です。
 その結果暁月の恋人である詩織が亡くなっています。
 悪行を重ねていた事には違いないでしょう。

 春泥の目的は夫、輝一朗との約束を守ることです。
 死の間際に輝一朗は「子供達を人柱の役目から解放してほしい」と春泥に願います。
 その大願を成就させるために犠牲を重ねてきました。
 未来へ歩く子供達に、本当の、心からの笑顔で居て欲しいと願っているのです。
 それは時にエゴイスティックに映るでしょう。
 けれど、他人からどう思われようと約束を果たしたいのです。
 その先に、『自らの犠牲』が待っていようとも――

 一度は捨てた愛無さんが強くなって、再び目の前に現れたことは、内心とても喜んでいます。
 大願が果たされ、自分より強くなった愛無さんに殺されるのなら、それでも構わないと思っています。
 自分の子供は弱く無かったと、証明できるからです。

 愛無さんは選択をしました。
 葛城春泥を【助ける】と。全員幸せにしてやるのだと。

  • <祓い屋>結実の蛇完了
  • GM名もみじ
  • 種別長編EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年02月26日 22時25分
  • 参加人数40/40人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(40人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
武器商人(p3p001107)
闇之雲
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
眞田(p3p008414)
輝く赤き星
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー
山本 雄斗(p3p009723)
命を抱いて
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
紫桜(p3p010150)
これからの日々
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
猪市 きゐこ(p3p010262)
炎熱百計
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

サポートNPC一覧(5人)

燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔
テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
深道 明煌(p3n000277)
煌浄殿の主

リプレイ


 赤黒い瘴気が渦巻く空は、何処からともなく響く怨嗟の声に包まれていた。
 それは『封呪』無限廻廊に吸い込まれた夜妖や人柱が発するものだろう。
 視線を上げれば、巨大な本来の姿となった『蛇神』繰切が怒りを抑えるように立ち尽くしていた。
 内側から溢れる毒気を伴った怒りを何とか耐えているようにも見える。
『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は手を額に当て繰切を見上げた。
「うーん。でっかい……。これが繰切殿の本当のお姿ですか。ちょっと殴るのが大変そうですね!」
 努めて明るく声を上げた迅は拳をぎゅっと握り締める。
「しかし怖気づいている場合ではありません。このままでは闇の力とやらに全て壊されてしまいます。友も、友が住む家も、全て。……周辺地域とやらの範囲によっては家族もでしょうか。そのような事は絶対に御免ですね!」
 迅はコノカの愛らしい姿を思い浮かべ、其れが失われる怖さに首をブンブンと振った。
「おまけに繰切殿も望んでいないときたらこれはもう殴るしかありません!」
 懐から取り出したどら焼きを丸かじりして、迅はカオルへと振り向く。
「カオル殿も共に戦ってくれますか!」
「勿論だ。明煌のお守りもあるしな」
 主を守ることが呪物達の最大の盟約。迅と共に繰切を倒すことは其れが叶う方法でもあるのだ。
 カオルは迅へと勝利の舞を踊ってみせる。漲ってくる力に迅は大きく息を吸った。
「お任せください繰切殿。知恵には自信はありませんが、殴るのは得意です!
 その破壊、必ず止めてみせましょう!!」
 身に纏わり付く瘴気に『白き灯り』チック・シュテル(p3p000932)は眉を寄せる。
 無限廻廊の中はこんなにも澱み、苦しいげな声が響いているのだ。
 どんなに強靱な精神を持ち合わせていても、侵食されてしまうのは無理も無かった。
 ──必ず、助ける。廻達も……繰切も、絶対に。
 誰一人、欠ける事のない、そんな未来を。繋ぎたいと願うから。
 チックは銀色の瞳を繰切へと上げる。
「繰切……、……クロウ・クルァク! おれは君を、『君達』を。……助けに来たんだよ」
 肩で息をする繰切は、出来るだけチック達に攻撃をしないよう、耐えているように見えた。

「ねぇ、暁月くん。髪切ったんだけど、どう?」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)の隣へ立ち、柔らかな微笑みを浮かべる。張り詰めた空気に乗せた『いつもの』何気ない会話。それに答えるように暁月も優しく頷いた。
「うん、とても似合っているよ。一段と魅力的だ」
 アーリアが求めるものは『いつも通り』のあの光景。
 希望ヶ浜学園の廊下で暁月と立ち話をして、燈堂の本邸で酒瓶を抱えて泥酔する廻に困り果てる。廻の傍には愛無やシルキィが居て。毛布を持って来る白銀やしかめっ面の黒曜。牡丹の柔らかな笑い声。
「どれだけ交友が広がったって、その根っこは変えたくないの……我儘かしら?」
 僅かに伏せられた瞳、長い睫毛が頬に影を落す。
 日常を取り戻したい。だから、アーリア達はこの場に立って居る。
「大丈夫、私が居るんだもの。それって最高に最強で無敵って思わない?」
 冗談のように軽く放たれた言葉に込められるのは確かなる信念。
 アーリアが居るだけで、心の底から勇気が湧いてくる。
「そうだね。君には本当に助けられてるよ。ありがとう、アーリア」
 頼むわね、と暁月の背を押したアーリアは怨嗟渦巻く空間へ踏み出した。
「最近の暁月さんってなんとも弱々しい旋律だと思ったけど……今はまあまあかっこいいじゃないですか」
 暁月の隣へやってきた『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)が笑ってみせる。
「お褒めに預かり光栄だね。まあ、色々吹っ切れたのかな。皆のお陰だ。本当にね」
 この場に居合わせてくれた人達もそうでない人達も、皆に支えられて今があるのだと暁月は心の底から思っていた。
「みんなの為に、貴方は貴方のやるべきことをやるのですよね?」
 リアの問いに暁月は確りと頷く。もう、以前のような迷いは無い。
 全てを終わらせて、未来へ灯火を届ける為に戦うのだ。
「任せてください、しっかり支えますから。その代わり、これが終わったら朝比奈の頭でも撫でてやってくださいよ?」
「ああ、もちろんさ」
 妹が燈堂当主として人柱になる運命を、自らがその任に着くことによって退ける程度には、彼女たちのことを愛しているのだから。

「果たしてどれほどか……と思いましたが」
 エメラルドの瞳で『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は葛城春泥を見遣る。
「貴方は随分と、人間らしい。だからこそ……貴方は愛に救われるべきですね春泥」
「愛、かぁ……、実感無いんだけどねぇ」
 苦しげに息を吐く春泥はマリエッタにへらりと笑って見せた。
「だからこそ、私が貴方を救うべきではない。何より私自身が目指そうと思っていたことは……貴方に奪われてしまいましたので」
「おや、それは申し訳ないことをしたかな?」
「もしもやり残しでもあるなら手ぐらいは汚しますが、この場ではあなたの心の内は読み切れませんのでね。きちんと全てを話して……皆と幸せになってくださいね」
 それはマリエッタからの餞別であるのだろう。そして、期待したものではなかったという失望も込められていた。死血の魔女たるマリエッタと春泥とでは根本的な考え方が異なっていた。ただ其れだけなのだ。もっと大仰で度し難い思想があるのだと期待し、其れを挫く事が魔女としての成すべきことであったのに。唯のちっぽけな女であった。それが少し悲しかったのだ。求める悪逆ではなかった、だから失望した。唯のちっぽけな女の願望に興味は無く、其れならば幸せであれとマリエッタは踵を返した。
 マリエッタの溜息は『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)にだけ聞こえていただろう。
 春泥も家族の為なのだとセレナは視線を上げる。
 その行程は普通ではないのかもしれない。けれど、夫の願いと子供達の未来の為だと聞かされたら、心が揺らいでしまうのだ。
「葛城さん。あの時、利用した事はちょっとだけ怒ってるけど。でも、わたしも協力する」
「うん、助かるよ」
 歯を食いしばる春泥は暴走を必死に抑えようとしているのだろう。
 繰切も白鋼斬影を降ろされた廻も、誰もが傷つけたくないと抗っていた。
 だから、セレナは決意を改める。
「わたしの出来る事をするわ。この封呪の生贄になった人柱、それに呑み込まれた夜妖。
 それらと戦い、倒し、眠らせる。わたしは夜守の魔女。絶望の中に沈むような眠りでなく、夜明けの希望を抱き眠れるように……戦うわ!」

『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は顔色の悪い春泥を見つめる。
 春泥が選んだ道には言いたいことが多々あるけれど、辿り着く結論は恐らく同じなのだろう。
 パズルのピース自体は存在した。ならばやり様はあったのかもしれない。
 この瞬間を迎える為に葛城春泥が準備してきた時間の前では、根本を覆すには自分達に許された時間は余りに足りず、そして遅すぎたのだと舞花は眉を寄せた。
「私達の介入という流動的な状況を利用してこの場面を作り出したのだから、うまく利用されたものね」
 大筋では……春泥の目論見通りなのだろう。
 何も出来て無かったとは思わないけれど。果たして自分達は此処に至るまでにどれ程の軌道修正が出来ていたのだろうか。舞花の胸に途方もない後悔が押し寄せる。
 分岐する運命とは闇の向こう側にあって、別の道がどうなっていたかは知りうることさえ出来ない。
 されど、舞花の投げかけた『因習を断ち切る』という道筋が無ければ、此処に至ることは無かった。
 其れだけは断言できるだろう。大局から見ても分岐点と言わざるおえないものだ。
 舞花の言葉が無ければ、閉じた廻廊の中で終わっていた。
 春泥が繰切を神逐するのはもっと遠い未来であったに違いない。
 投じた一石が波紋の如く広がり、全ての事象が折り重なって此処へ辿り着いたのだ。
 遠い未来に起る事象を此処へ引き寄せたのは紛れもない舞花達だ。

「見違えちゃったなぁ、廻くん。初めてあった時とは大違いだ」
『虚飾』楊枝 茄子子(p3p008356)は赤黒い空に浮かぶ白髪の廻を見上げた。
 きっと廻を元に戻すのは『誰か』の役目なのだろう。それは自分ではないと茄子子は笑みを浮かべる。
「大丈夫、全部上手くいくよ。なんてったって私がいるんだからね」
 だから安心してほしい。何たってこの身は神を降ろし、神を斬ったのだから。
「神様ってなれるものなのですね」
『薄紫の花香』すみれ(p3p009752)は姿形の変わってしまった『神の杯』燈堂 廻(p3n000160)を見遣る。赤黒い空に浮かぶ廻は神降ろしをされ、神様そのものに成ってしまっている。
 廻の才か明煌の躾けか。はたまた春泥の努力の賜か。
「病弱な青年がちからを持つ神の器になったと、そうすることで深道の子が救えると。成程。
 ――だから、何です?」
 すみれはこてりと首を傾げ笑みを浮かべる。
「人でいるも神に成るも些細なこと。どんな姿になろうと廻様が『日向様にとって大切な存在である』それだけで……いいえ、それだけが、私を動かすに足りる要因です」
 くるりと隣の周藤日向へ向き直ったすみれは少年へと手を差し伸べる。
「さあ日向様、『お友達』を助けましょう」
「うん。廻を助けたい。僕達が廻を助けなきゃいけないんだ。すみれ、一緒に行こう!」
「ええ、もちろんですよ」
 ぎゅっと握られた手に、すみれは柔らかな笑みを零した。

「確かに春泥は沢山の罪を犯した。だけど、やっぱり子供を想う母親だった事は確かなんだ」
 青金の瞳で『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は真っ直ぐに春泥を見つめる。
 深道三家の人々の安寧の為の人柱なぞ、間違っているとヨハンナは眉を寄せた。
「だから、子供達を自由にするって目的も理解出来るンよ。
 ──でも、その末に。“母親”が犠牲になるのは悲しいだろ? 子供としては。
 だから、センパイの願いを叶える為に……春泥含めた“全員”を救う」
「ヨハンナはちょっと欲張りなんじゃない? ヨハネ」
 苦しげに汗を流しながら春泥はヨハンナの傍に佇む友人へ問う。
「ええ、可愛げがあるでしょう? 自慢の娘ですからねえ」
 ヨハネ=ベルンハルトは不敵な笑みで柄にも無い事を言ってみせた。
「まあ、貴女の子や孫たちも十分に欲張りですよ。そう思いませんか?」
 春泥はヨハネの問いかけに『子供達』を見渡す。
 深道佐智子に、明煌、暁月、夜見や朝比奈、日向や夕夏――それと『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)の姿が戦場にはあった。皆、春泥の『子供達』だ。
「最初に断っておくが、別に、お前を母親とは思っちゃいない」
 愛無の言葉にヨハンナは振り返る。家族として春泥を救いたいのだと思っていたから。
 家族の在り方は人それぞれであるのだろう。ヨハンナとて少し前まではヨハネを憎んでいたから、気持ちは理解できる。ヨハネを父親と認められたのは愛無達と共に戦ったから。その恩返しとしてヨハネをこの戦場へと連れて来たのだ。嫌がる様子もなく着いてきたのはヨハネも思う所があったのだろう。
「今回も今後の事を踏まえ合理的思考に基づく選択の一つに過ぎない。其処の所を勘違いしてほしくないモノだな。別にお前のためではない。守りたいモノは守る。狩りたいモノは狩る。それが僕のやり方だ。そう、それだけの事だからな。勘違いするなよ? するなよ?」
 饒舌に。愛無は口上を述べた。真意は分からない。
 けれど、嫌な気持ちではないと春泥は口の端を上げる。

「深道さん、貴方は変わりましたね」
「どうかな……そうかも」
『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)へ視線を向けた。きっと大切なものが増えた明煌ならば、もう間違えることは無いだろう。
「深道さん、私も欲張りなのでもう一人助けたい方ができてしまいました」
「うん……」
 この顛末の元凶。全ての糸を手繰り寄せた先に居る者。葛城春泥をジュリエットは真っ直ぐ見つめた。
「きっと事情があるのだと、思いました。春泥さんを助けたいのです。私も精一杯頑張って、愛しい旦那様の元へ帰らなくては」
「あの人は、俺のお婆ちゃんなんだ。変な人だけど……やっぱり、見捨てて置けないから。頼んだよ、ジュリエットちゃん」
 明煌の言葉にジュリエットは「はい」と返し前へ踏み出す。
「……成程。春泥さんは旦那さんとの約束を守るために、このような事をしたという訳ですか」
『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は今までの春泥の所業を思い出し唸った。
「そのやり方は、とりあえず置いておいて。……大切な人との約束を守りたい、その気持ちは分かります。ボクにも、今はもう会えない大切な人との約束がありますから」
 チェレンチィは右耳のピアスにそっと触れる。そこに込められた想いを知っているのはチェレンチィだけだから。春泥の気持ちが分かってしまうのだ。
「全く以って、愛無の言う通りだな」
 腰に手を当てた『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は無限廻廊に取り込まれた燈堂家を見渡す。
「生きる為に足掻く。生かしたいと願う。その為に戦う。それこそが『生命』というものだ。だが……僕がケリをつける、か」
 其処だけが引っかかった。
 もう既に、この状況において『誰かひとり』が終わらせる事など出来はしない。
「"私達が"、だろう?」
 汰磨羈の声に愛無は振り向く。言葉の綾ではあるが、自分のことのように行動してくれる汰磨羈の姿勢は頼もしい限りだった。愛無も春泥に『一人では成し得ない』のだと、これから叩きつけに行くのだから。
「まぁ、そういう訳だ、繰切。ここは一つ、御主にもハッピーエンドを目指して貰うとしよう……!」
 汰磨羈の口上が赤黒い空へ響き渡る。

「全部助けたいの?」
 手を広げて『闇之雲』武器商人(p3p001107)はくすりと笑った。
「いいね、そういうの結構好きだよ。なんてったって、『御伽話の魔法使い』だからね。
 めでたし、めでたしで終わるモノガタリは大好物なのさ」
 物語のページを捲って、捲って。行き着く先のピリオドに心が躍る。
 その為にも少しばかり自らの手で花を添えるのも悪く無いだろう。
 武器商人は楽しみだと言わんばかりに口元を緩めた。
『音呂木の蛇巫女』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は当たりを見渡し声を上げる。
「あちゃあ、駆け付けてみればえらいことになってるな……」
 フッと口角を上げた秋奈は勢い良く手を上げた。
「ならばウチも巫山戯ては居られんな。『音呂木の巫女』としてこの怪異事件、介入させてもらおう!」
 これまでの流れなど知る由も無い。けれど同じ希望ヶ浜に縁のある者として、廻のことが心配なのだ。純粋に最良の結果を手に入れる為に頑張りたいと秋奈は願っているのだ。だから――
「帰ってきて。『おかえり』と言わせてあげて下さいね。」
 この神様は誰に祈れば良いのだろうと秋奈は想うのだ。
 苦しげに頭を抑える繰切を心配そうに見上げるのは『会えぬ日々を思い』紫桜(p3p010150)だった。
「繰切……いや、今はクロウ・クルァクだけになっているんだっけ」
 出来る事なら、彼の中の抑えきれない闇だけを祓いたいと紫桜は願う。
「まあ俺にできることをやらせてもらうよ」
 自分に出来ることといえば、この世界で覚えた技で仲間の回復をして、僅かに体力を削ることだけ。
「俺が『神様』のままだったら彼の中にある闇を喰らう事も出来たかもしれないのに」
 元の世界で持ち得た権能があればと、紫桜はこの時ほど悔いることは無かっただろう。

『終音』冬越 弾正(p3p007105)は纏わり付く瘴気に眉を寄せる。
「俺はずっと、神様ってやつを嫌っていたんじゃないかと思う」
 理不尽に親友を奪われ、やけになって入ったカルト教団でも狂信者にはなれなかった。その勇気も弾正には無かったのだ。いつも一歩引いた所に信仰はあった。
 繰切の存在を知った時だって、『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の身に危険が及ぶのでは無いかと心配し、同時に嫉妬した。アーマデルが選んだことなのだと自分に言い聞かせても、恋人が誰かの巫女(とくべつ)になるのは心が焦れるものだ。それでもそれを飲み込んで弾正は此処へ立った。
「……今は、覚悟を決めている。命を捨てる覚悟じゃない。共に生き残るための覚悟だ。繰切殿、ルカ殿、明煌殿――皆、他人ではなくなった。誰もが無事に全てを終えて笑顔になる。そういう未来を切り拓くために、特異運命座標の希望があるんだ」
「仮初とはいえ俺は彼の巫女、為すべきを果たす」
 弾正はアーマデルの頭を緩く撫でる。彼を守るのが弾正の役目。アーマデルが巫女の勤めを悔いなく果たせるように傍らで支えるのだ。
「責ではなく任ではなく、為すべきと俺が信じる事を」
「ああ……絶対に守るからな」
 弾正の腕を僅かに握ったアーマデルはこくりと頷く。
「巡り、捩れ、縺れて廻る。幾度も回る、少しずつ異なる軌跡を描き。
 ぐるり廻って巡り来た、次は離れず共に在れるよう」
 アーマデルの口から紡がれるのは願いと祈り。未来への道筋だろう。

「繰切があんなじょうたいになって、しんぱいだったけど……」
 白銀たちは今のところ大事にはなっていないと安堵したのは『神殺し』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)だ。けれど、繰切達の暴走を止めなければ、燈堂どころかこの周辺も危ない。
「それでもぼくは繰切が悪い神様のまま倒されて終わってほしくない」
 確かに神様だから怖い面もある。けれど愛情深いし、何より親である繰切が居なくなれば子供である白銀や灰斗が悲しんでしまうだろう。
「はんこーきは親がいないとできないんだよ!」
 もちろん彼らだけではない。誰にも犠牲になってほしくはないのだ。
「明煌おじさんもむちゃしないでね。みはってるからね!」
「リュコスも怪我せんようにな」
『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は大きく息を吸って吐き出す。
 それは決意の表れだった。
「繰切さんも、白鋼斬影さんも廻さんも苦しんでる……助けたい……! 明煌も皆も頑張ってる」
 自分に出来ることは何なのか、祝音は己自身にそう問いかけ続けていた。
「絶対に誰も死なせないよ!」
 仲間を回復することは、次の一手に繋がるものだ。その一手を積み重ねた先に未来がある。
 祝音はそれを目指しているのだ。
「僕が癒すから……!」
 だから、思う存分戦ってほしいと祝音は仲間に託す。
「廻先輩を助ける為のここが正念場だね」
 拳を握り締めた『命を抱いて』山本 雄斗(p3p009723)は赤黒い空へ浮かぶ廻を見上げる。
「当然廻先輩も助けるけど……」
 ヒーローとして、繰切も白鋼斬影も、春泥も全部救いたいのだと雄斗は声を張った。
「完璧なハッピーエンドを目指したいね!!」
『今を守って』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は明煌の隣へやってくる。
 長く悩み抜いた先、明煌はどれ程の困難でも、何かを犠牲にしない、全てを救う道を選んだ。
 ならば、其れに応え、全力で助けるのが宇宙保安官でヒーローたるムサシの役目。
 何よりも『友達』だから、其れに応えたい!
 神であろうと、強大な力であろうと、怯むわけにはいかなかった。
「繰切さん、少しだけ我慢しててくださいね……!
 ……行こう、明煌さん! 全部救うためにも……勝つでありますよ!」
 ムサシの声に明煌は「ああ」と頷いた。


『夢結びの輝き』ニル(p3p009185)は赤黒い空に浮かぶ廻を見つめる。
「廻様……なにがどうなっているの?」
 コアを抑えたニルはくるしさに息を吐いた。悲しみが身を苛むのだ。
「廻様をたすけたい。廻様にかえってきてほしい」
「はい。廻さんに帰ってきてほしいです」
 ニルの手をそっと握った『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)は同じように苦しげだった。
「テアドール、一緒にたたかうのです。一緒なら、ニルは、とってもとってもがんばれるのです」
「ええ。一緒に行きましょう。ニルは僕が守りますから」
 ニルとテアドールが駆け出して行くのを緑の瞳が見つめる。
「廻とはずいぶん会ってない気がするのにゃ」
『小さな勇者』杜里 ちぐさ(p3p010035)は柔らかな廻の笑みを思い返していた。
 たしか以前会ったのは廻の誕生日。あの時は何をしたらいいのか分からなくて、とにかく廻に元気になってほしくて小さな嘘をついた。けれど約束もしたのだ、必ず助けると。
「廻、遅くなってごめんにゃ。もうすぐ約束果たすから、ちょっと待っててにゃ」
 溢れそうになる涙をぐっと堪えたちぐさは、明煌達に振り返る。
「明煌! 暁月! 僕は絶対に廻と一緒に帰るから、楽しみに待っててにゃ!」
「うん。廻をたのんだ、ちぐさ」
 明煌はちぐさの頭を撫でて、その背を押した。
 必ず生きて帰ると、ちぐさは胸に火を灯す。
 明煌や暁月、廻の友達が彼を待っているように、ちぐさにも待っててくれる日とがいるから。
 大切な人の顔を思い浮かべ、ちぐさはぎゅっと拳を握った。
「……私達はずっと迷いの中にある」
『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は僅かに瞳を伏せて言葉を紡ぐ。
 正しいこと、決して正しいとは言い切れないこと。
 その何方もを繰り返しながら、進まなければならないのだ。
「廻様。今貴方を失えば、もうきっと進めなくなる人が居るのです」
「皆が笑える、皆が救われる最善の結末を。目指すのはそれ一点のみだ。だから廻殿。どうか帰ってきてほしい。キミを待ってる人達がたくさんいるんだ」
 星穹の声に『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が重ねる。
 その手にはもう一人の自分から受け取った『離却の秘術』が浮かんでいた。
「私達なら切り拓ける筈です、ヴェルグリーズ。共に何処までも、参りましょう」
「そうだね星穹、俺達ならきっとやり遂げることが出来る。行こう、全てを救うために!」
 お互いの手を強く握った星穹とヴェルグリーズは強い意思で顔を上げた。

 長い白髪が空に揺れる。『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は空に浮かんだ人影に視線を合わせた。
「あれが詩乃のお兄さん、白鋼斬影か。廻くんの身体に入ってるみたいだけど……」
 傍らの幼子を抱き上げたサクラは彼女を支える手に力を込める。
「詩乃、お兄さんは一度倒してもう一度生まれ変わらないと駄目みたい。詩乃と同じだね」
「うん……くるしそう」
 白鋼斬影の妹である詩乃は『英霊』巳道としてイレギュラーズに討ち果たされた。
 幼子の姿は成れの果てである。だからこそ、兄が苦しんでいるのが分かるのだ。
「行くよ詩乃。戦って、お兄さんを助けるんだ!」
 こくりと頷いた詩乃はサクラと共に白鋼斬影へ飛び上がる。
「まずは廻くんから白鋼斬影を切り離す! そのためにも弱らせるよ!」
 サクラの一閃が神となった廻の腕に食い込んだ。黒無垢が裂け血飛沫が上がる。本来の廻であればサクラの刃は一撃で致命傷になりかねないもの。それが再びゆっくりと回復して元通りになった。
「神様の力ってことだね」
 幸か不幸か。今の廻は神格故の頑丈さを持ち合わせて居るのだ。
「神逐をここでもすることになるとはね……」
『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は自らの記憶を思い返していた。
「不思議な縁だけど、全力を尽くさないわけにはいかない。だって、廻は友達だもん」
 廻にはまた、皆と笑っていてほしいから。
 そんな願いを込めてシキは走り出す。その背を追いかけるのは『道標の夢石』メイメイ・ルー(p3p004460)の視線。
「神の杯……こういう事、なのです、ね……」
 白く染まった廻の髪は白鋼斬影が下ろされたからなのだろう。遠くからでは分からなかったけれど、深い隈とこけた頬が覗える。それだけ神降ろしは廻への負担が大きいのだろう。
「春泥さまには、怒っては、います……けれど、春泥さまは、可能性を……夢石を、預けて下さいました……何とかしてみせるのはわたし達の領分、です」
 誓いを立てるようにメイメイは胸元でぎゅっと指を握る。
『輝く赤き星』眞田(p3p008414)は姿の変わってしまった廻を見上げた。
 あれは廻の身体ではあるが、廻ではない。白鋼斬影だ。……そう思って戦わねば彼は帰ってこない。
 本当であれば廻に刃を向けるなんてことしたくない。眞田は苦しげに歯を食いしばる。
「またいなくなったね。でも、また捕まえにいくよ。待ってて、燈堂くん……俺は逃げたりしない」
 決意を胸に。眞田は廻の元へと駆け出した。

 生きるということは戦うことである。
『アイのカタチ』ボディ・ダクレ(p3p008384)はそれを知っている。
 ボディはこれまで沢山の人達に生きろと叫んできた。それが難しいことも、叶えられないこともあった。けれど、それでも叫び続けてきたのだ。だから此処に立つ意味を問うならば、『燈堂廻』が生きるため、戦ってやるのだと強い意思が返ってくるだろう。
「龍成、一緒に戦いましょう。廻様が戻ってきたら、一緒におかえりと言わなきゃなんですから」
「ああ……そうだな」
『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は差し出された拳に自分の拳を重ね、息を吐いた。
 最初は自分が倒される側であったのに。あの時とは立場が逆だと龍成は廻を見上げる。
 目の前に居るのは倒すべき相手であり、助けるべき大切な友達だ。
「――俺が、いや、俺達が廻を救うんだ」
 独りよがりの正義感じゃない。ボディや仲間たちと一緒に全員で救われる。龍成はそれを信じていた。
「廻君……ごめんねぇ。遅くなったけれど、迎えにきたよぉ」
 優しい『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)の声に廻の指先が僅かに動く。
 それを見つけたシルキィはぐっと唇を噛み涙を堪えた。きっとまだ廻の意識は完全に消失していない。
 助ける為に戦うことが必要なのであれば、躊躇などしていられなかった。
「わたしの全てを懸けて、戦って、繋いでみせる!」
 己が持ちうる全てを賭けて、大切な人を助けてみせるから……!
 シルキィの指先から、ふわりと舞い上がった糸が赤黒い空に広がる。
「帰っておいで、廻くん」
『あたたかな音』ラズワルド(p3p000622)は廻の頬に手を伸ばした。
 白く染まった髪と深い隈、病人のように細い首筋にラズワルドは眉を寄せる。
 ラズワルドが持つ夢石と同じようなことがまたその身に降りかかったのだろうと理解した。
「ほら、道標なら君がくれたでしょ?」
 左手首に巻いた青いブレスレットと夏のベルトを廻に差し出すラズワルド。
 廻の視線はラズワルドの左手首に向けられる。揺らぐ瞳は涙を浮かべるも、すぐさま静謐へと戻った。
 花蜜を垂らした繰切酒造の覇竜梅酒に景気付けに一杯煽ったラズワルドは焦れったいと言わんばかりに頬を膨らませる。
「あのさ。死んだら、死んでも許さないよ。全員、廻くんの日常の一部なんだから」
 それは明煌や暁月、イレギュラーズや繰切、ここにいる全員に向けられたもの。
「乾杯するまで気を抜かないでよねぇ。ほら、よさげなバー、まだ連れてってもらってないしさぁ?」
 誰一人として死することなく、終わらせるのだとラズワルドは手を伸ばす。

『策士』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は深呼吸をして自我を見失わないように神経を研ぎ澄ませる。纏わり付く瘴気は渦巻く怨嗟だ。
 無限廻廊に封じらた人柱たちを祓い無事に帰還するためにも此処で気を失う訳にはいかない。
「この貴族騎士が相手をして暁月を守り切る!」
 シューヴェルトは剣を鞘から抜いて、迫り来る夜妖を切り伏せた。
「話し合えてわかり合う、というのは夢物語で。それでもそれが一番『人間的で、ましな』方法だ」
 ツインネックギターを奏でるのは『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)だ。彼のギターから響く音は周りの仲間の士気をたかめるもの。
「馬鹿のように思えるが、おれは詩人だ。馬鹿の一つ二つや出来ずにどうする」
 自嘲するように口の端を上げたヤツェクの旋律はその言葉とは裏腹に繊細な音色を弾く。
 春泥のやってきた行い、その思考は分からないでもないのだ。
「だが、前も言ったように深道は外との関わりで変わりつつある。だから、アンタ一人では、世界がマシになるのは無理だった――そう、見せつけたいのだ。業腹だしな」
 ヤツェクの言葉は正しいだろう。事実、この大局を春泥が実行する事ができたのは、イレギュラーズが居たからだ。ヤツェク達が介入しなければ、繰切の神逐はもっと未来の事象だったのだろう。
 閉じていた廻廊は何度も何度もヤツェク達イレギュラーズに解かれ、道は此処へ至った。
 深道に『今までとは違う道』を見せたのは紛れもなくヤツェクだったのだ。

「まさかこうなるなんて……」
 赤黒い空を見上げ『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は唸る。
「皆……廻氏と繰切氏は頼んだよ。僕は皆を信じてる」
 昼顔も本当の、とびきりのハッピーエンドを持って来るために、全力で成すべき事をなすのだと胸に火を灯した。その傍らにはヒジリの姿もあった。
「僕が掴みたい未来は一人じゃ難しくて、きっと明煌氏も望んでるから手伝ってくれる?」
「そんなの、言われなくても。だって、明煌が此処で死ぬなんて有り得ない」
 好いた人の為なら何だってしてやるとヒジリは昼顔に答える。
「暁月、もう大丈夫だな?」
『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)は暁月の背をポンと叩いた。
「もちろん、もう迷いは無いよ」
 天川を見つめ返した赤い瞳には強い意思が宿っている。精神崩壊を起こしたあの時とは違う『生きる』意思に満ちた眼差しだ。
「そっちは任せたぜ。代わりといっちゃあなんだが、背中は任せておけ」
 指一本触れさせはしないと天川は刀を抜いた。その背はいつも以上に頼もしく思える。
 天川は纏わり付く瘴気の中にかつて燈堂の当主であった人柱を見つけた。
 それは暁月の血筋を思わせる顔立ちである。
 人柱は天川達が何をせんと此処へ来たのかを察していた。無限廻廊を壊すなと天川に食らい付く。
 彼らの無念の声が天川の耳に響いた。
「ああ……。そうだよな。さぞ無念だったろうさ。人柱だもんな……」
 天川の刀は纏わり付く瘴気を真横に切り裂く。
「だが、それも今日で終わりだ。喜べ。もうお前さん達のような悲しい運命を辿る奴はいなくなる」
 声を届けるために、天川はその刀を振うのだ。
「だからよ。盛大に送ってやる!かかってきな! お前らの恨み、憎しみ! 怒りも! 悲しみも!
 全部受け止めた上でぶった斬ってやるからよ! 俺ぁ復讐は得意だからな!
 お前らの分までまとめて暴れてるやるよ!」
 天川の頼もしい声が戦場に響き渡った。
「まぁ暁月が頑張るなら黒曜も暁月の守護に入るだろうし私もそれの手伝いでいいわ!」
『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)は黒曜と共に怨嗟へと攻撃を放つ。
 返すようにきゐこを狙う斬撃を黒曜が弾き返した。
「いやぁ、しかし難儀ね! 全部上手く行けばハッピーエンドなのに人柱になった人が邪魔してくるのは! しかも! 皆結構強いし!」
「まあ、元々燈堂の当主だった奴らだろ。そりゃ強いだろうよ」
 きゐこを援護するように黒曜が伸びた爪で怨嗟を切り裂く。
「ま、範囲火力は任せなさい! 怨念とかそういうの諸々全部焼き払ってやるわよ! 黒曜! カバーは任せたわよ!」
「ああ、任せろ!」
 黒曜はきゐこに迫る夜妖を投げ飛ばした。其処へきゐこの魔術が炸裂する。


 チェレンチィは渦巻く怨嗟に胸が締め付けられた。
 此処にいるのはかつて深道の『子供』たちであった者たちだ。
 春泥の夫である輝一朗はその宿命から子供達を解放してほしいと願ったのだ。
 この場に渦巻く無念は如何ほどのものだろうか。そんな悲しみをなくせるなら誰だってそれを願う。叶うのならばどんなに良い事か。
「春泥さんのやり方は決して良いとは言えないですが……解放してほしいという願いが今ならば、叶えられるかもしれない。繰切――クロウ・クルァクと白鋼斬影を神逐して。廻さんを助けて。無限廻廊を正しく解呪して。皆さんで力を合わせればきっと」
 チェレンチィはこの窮地の元凶である春泥に視線を上げる。
 廻の代償を一部肩代わりしている春泥は苦しげに肩で息をしていた。
 春泥さえも助けることができれば、ここにいる全員の願いは叶うのではないか。
「彼女にだって死んでほしくない。……いえ、ボクらの手で、全ての大切な願いを叶えてみせるんです。そうでしょう、明煌さん」
「うん、全員助けたい。暁月も廻も、繰切たちも先生も……あんな人だけど、俺のお婆ちゃんなんだ」
 母の養母だから血を分けた祖母ではないけれど、だからこそ春泥とは似ている所があると明煌は自覚していた。不器用で、エゴイズムの塊で……でも、他人を嫌いになれないところ。愛情が深いところ。
「ええ、行きましょう!」
 チェレンチィは赤黒い空へ飛び上がり雷迅を纏った刃を繰切の巨体へと走らせる。
 その傍らには灰斗の姿もあった。チェレンチィと同じようにナイフを手に繰切へ刃を向ける。
 迅はカオルから貰った加護を足がかりに繰切へ飛びついた。
 足下から背中へと駆け上がり、力一杯拳を振う。
「細かい作戦はありません。ただ繰切殿を全力で殴るのみです!」
「お前らしい」
 からからと笑ったカオルが迅の攻撃に続けて魔術を繰り出す。
「そもそも、闇の力とかよく分かりませんので! でも、この拳は繰切殿にも当たる。それだけ分かれば十分ではないかと! さあ、カオル殿次の一手行きますよ!」
 応と答えたカオルと共に迅は勢い良く繰切の上を飛び回った。
 皆が繰切を押さえ込む時間を稼ぐのが自分の役目であると迅は自負しているのだろう。
 この大局において迅の戦力は非常に頼もしいものであった。彼が居てくれるからこそ、暁月達は自分の役目を全うできるのだから。
 アーマデルの蛇腹剣が繰切の皮膚を切り裂く。じくじくと繰切を苛むアーマデルの攻撃。何時もならば手加減をするような場面ではあるが、この局面においてそんな余裕はどこにもない。
 波状でやってくる繰切の攻撃に身体が軋もうとも、倒れる訳にはいかなかった。
 自分は『繰切の巫女』なのだから。溢れる闇を切り裂き散らし、光差す雲間を開かねばならないのだ。

『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)は明煌が切り裂いた傷跡へ、寸分の狂いも無く弾丸を叩き込む。動きの鈍った繰切は蹲るように地面に手を着いた。
 燈堂家ごとこの赤黒い空間――『封呪』無限廻廊の中に飲み込まれたのだ。
 被害は少ない方がいいとジェックは弾丸に願いを込める。
 味方の損害もあるけれど、何より彼らが元に戻った時に無駄な罪悪感を抱いて欲しくは無いから。
 ジェックは最前線で戦う明煌の背を見つめる。
 その傷だらけの背には、言葉にしていない沢山の重しがあるのだろう。
 彼の道を阻むもの、傷つけんとするものをこの銃で撃ち落とすことができたなら。
 きっと彼の重しも少しは軽くなるだろうから。
「相手が繰切……クロウ・クルァクだろうと白鋼斬影だろうと葛城春泥だろうと関係ない。
 明煌のいる場所に、アタシの弾は届く。ううん……届かせる」
 自分が攻撃した場所へ的確に弾丸が飛んでくる。それは明煌にとってどれほど心強いものだろう。
 一人で戦っているわけではないのだと、孤独ではないのだとジェックは弾丸に乗せる。
 その姿を視界に捉えていなくとも、後ろでジェックは見守っていると分かるから。
 傍にいるのだと吹き抜ける風が教えてくれる。
 本当は臆病な明煌が前だけを向いて手を伸ばせるように――そのためにアタシがいるんだ。
「勇気を振り絞って伸ばした手が空を切るなんて、許さない」
 ジェックの凜とした声が戦場に響く。

「暴走したのなら、止めてやればいいだけの話だ。そうだろう!?」
 繰切に向かって走る汰磨羈は声を上げながら刀を走らせる。
 雷撃を纏った刃は繰切の腕から肩へと昇った。
 繰切の身体から迸る邪悪な力は、彼自身さえも制御できてはいないのだろう。
 その奥底にある『心』はイレギュラーズを攻撃したくないと叫んでいた。
「苦しいよな」
 自分がその様な状態であれば、苦痛に苛まれているだろう。
 繰切のためにも、重ねる一手に力がこもる。
 汰磨羈は光を帯びた刀で繰切へと刃を突き立てた。
「まーなー、とりま暴走しているのを弱らせる?」
 戦闘は得意だと秋奈は刀を振り上げる。
「巫女が最前線はおかしいって? ウチは最新鋭の巫女なので丈夫なのです!」
 盾役として秋奈は繰切の前に躍り出た。
「にしてもでっかいな? 聞こえるかなウチの声!」
 秋奈一人でブロックするには繰切は大きすぎた。されど、秋奈の声は繰切の耳にも届いただろう。
「向こうが黒い月ならこっちは紅イ月じゃい! ウチだって夜妖憑きじゃい! しかも真性怪異のな!
 有柄様ー、ヘビ友だよー、お話しようぜー!」
 刀を振り回し秋奈は繰切の視界へ自分の身体を押し込む。ブロックが叶わずとも、目の前で執拗に行き来すれば自ずと目につくものだ。
 自分目がけて振われる腕を受け止めて、秋奈は声を出して笑う。
「ぶっはっはっ! 全部吐き出せ! そして飲み込め!
 ウチらの愛ってやつをよ。真心とか超こもってっから!」
 秋奈の声はチックの耳にも届いていた。其れに負けぬよう星の祈りを込めた歌声がチックの唇に乗る。
 紡がれた旋律は仲間に加護を与えるもの。
「……セイヤが戦う、する所を見るのは。今回が初めて、だね。呪物の子達も……どうか、気をつけて」
 繰切の闇の力が弱まるまで何度だって攻撃を重ねる。
 本当なら繰切に攻撃などしたくはない。けれど、これが彼を暗闇から解放できる近道なのだ。
 チックは意を決して繰切へ攻撃の手を向ける。
「たとえ暗闇に阻む、されても。何度だって、届けてみせる」
 苦しげなチックの声が震えていた。

「白雪さんは燈堂家で、八千代さんは煌浄殿で僕に関わってくれた大切な猫さん。互いの事を説明してなかったと思う、ごめんね」
 祝音の足下にすり寄ってきた二匹の猫は気にも止めていないように目を細めた。
「2人とも、出来る事なら僕と一緒に戦ってくれると嬉しい。難しいなら2人それぞれの願う行動を頑張ってほしい。無理はしないでね、僕は君達にも生きてほしいんだ」
 この戦いを終わらせることは、白雪や八千代にとっても大事なことなのだ。
 祝音と共に戦場を駆けることが、今の二匹の勤めであった。
 二匹の存在は祝音にとって癒しであり支えだ。二匹にとっても祝音は守るべき大切な友人だった。
 その意思を感じ祝音は「……本当に、ありがとう」と告げる。
 武器商人は繰切の心へと語りかけた。
 繰切の深層意識は人間にとって狂気を孕んだものだろう。
 されど、この異空間において武器商人の働きかけは有効であった。
 暗闇に雁字搦めになった繰切の意識を僅かに感じる事ができたのだ。
 攻撃を重ねるのと同時に武器商人は繰切の心へと語りかける。
「苦しいのかい?」と武器商人が問えば「そうだ」と返ってきた。
 自分ではない闇に侵食される苦痛と白鋼斬影が自分の中から居なくなってしまった悲しみ。武器商人はそれを繰切の心から感じ取ることが出来た。この異空間であればこそ僅かな心の動きを察知できたのだろう。
「もうすこしの辛抱だ。きっと君が望む未来が待ってる」
 それはこの戦場に居る誰しもが望む途。全てが救われるハッピーエンドが書かれた御伽噺。

「フォームチェンジ、烈風!」
 雄斗の声が戦場に響き渡る。
 ヒーロースーツへ瞬時に変身した雄斗はくるりと飛び上がり華麗に着地した。
 その足で地を蹴り繰切の巨体を駆け上がる雄斗。
「みんなの力を合わせれば!」
 仲間の攻撃に自分の双剣を重ね、ダメージを蓄積する。
「どんな小さな力だって、やがて大きな力になる!」
 雄斗は繰切の放った攻撃を受けながらも身を捻り上手く着地した。
「ピンチはチャンス!死中に活ありだよ!」
「アーマデル大丈夫か?」
「問題無い」
 繰切の攻撃から掬い上げたアーマデルを地面へと下ろした弾正。
 いつもゆったりとした雰囲気を纏うアーマデルが今日ばかりは真剣な表情で繰切と対峙していた。
 アーマデルがこうして繰切へと意識を集中させることが出来るのも弾正のお陰だ。
 彼が居てくれるからアーマデルは立っていられる。
 弾正の存在はアーマデルにとって掛け替えの無いものだろう。
「繰切。貴方の本質は確かに邪悪なものかもしれない。だが人が変われる様に、神様だって変われる。貴方にだって守りたい人が沢山できた筈だ!」
 弾正の言葉に繰切が息を吐いた。闇の力に抗う様に指先が震えている。
 広がった繰切の攻撃を受け止めたのはリュコスだ。
「繰切の闇はとてつもなく大きい……けどそのぶん当たり判定も大きくなってるんじゃ?」
 彼を覆う闇の力は仲間達の攻撃により確実に削れているように見えた。
「うん、このまま行こう。みんなで繰切を元にもどすんだ!」

 紫桜は繰切を見つめ切なげな瞳の色を浮かべる。
 繰切の負担が少しでも軽くなるように、彼に立ち向かう人間の負担が少しでも軽くなるように。
 自分にできることはないのか。それが命を削ることになっても構わない。
「最悪のこの器にちょっとガタが来ても大丈夫。喋れて愛せさえすればそれは俺に変わりはないんだし。ねえ繰切もそう思うよね?」
 紫桜の言葉を否定するように、繰切は大きな手を地に叩きつけた。
 その身を犠牲にするのは、嫌なのだと叫ぶように空気が震える。
「繰切、そこに居るんだね。繰切、俺はね君と話したいことも体験したいこともまだまだいっぱいあるんだ。それに、楽しい事も悪戯もしたいって言ってたでしょ。怒られるのも嫌だって。今の状況多分いっぱい怒られるよ。だからさ戻ってきてよ」
 紫桜の声は繰切の心に届いていた。未だその身を侵食する闇に抗っている繰切を繋ぐ紫桜の声。


「廻! 会えて嬉しいにゃ!」
 ちぐさは生気の無い廻へと駆け寄る。
 白く長い髪と深い隈、ちぐさを見ようとも笑おうともしない廻の姿にちぐさは眉を下げた。
 きっと廻の中の記憶や人格は薄れてしまっているのだろう。
「廻……! いま助けるにゃ!」
 自分のことを覚えていなくとも関係無い。助ける意思は揺るいだりしないのだから。
「ねえねえ廻、今は元気いっぱいって聞いてるにゃ! 帰ろうって言ってもきっとイヤって言うにゃ? それなら、僕とケンカするのにゃ! 男の子はケンカするくらいが本当の友達らしいのにゃ」
 ちぐさは廻と本当の、本物の友達になりたいのだと声を張る。
「だから、思う存分ケンカして、お互い泣いちゃうくらい全力出して、それでスッキリ仲直りするにゃ!」
 この戦いが喧嘩なんて生易しものではないことをちぐさも理解している。
 けれど、これがちぐさの本音であった。
「廻くん! 少しの間だけ我慢してね!」
 サクラの刃が突き刺さった肩を虚ろな目で見つめ眉を寄せる廻。白鋼斬影の強さはあれど、痛みや衝撃を感じないわけではない。白鋼斬影は暴走する力を抑えるのに手一杯なのだろう。積み重なる刃を反射的に弾き返した。
「落ち着いて白鋼斬影! 貴方の力を私達が抑える!」
 青白い顔で冷や汗を浮かべながら廻は歯を食いしばる。それは白鋼斬影がサクラに意思を示したもの。
「貴方の妹も手伝ってくれてる! 私達を信じて私達に委ねて!」
「す、みません……」
 ぶるぶると震える廻の指先から、押さえきれない力の奔流が溢れ出す。
 飛び散った魔力をラズワルドはするりと躱し、廻の元へと駆け寄った。
「廻くん、はやく起きないと全部飲んじゃおっかなぁ」
 花蜜の入った酒を煽り、ラズワルドは杯を振ってみせる。
 やりにくいなどと口には出さないけれど、幼い暁月の方が幾分か殴りやすかった。
 自らの小さな溜息に首を振ったラズワルドは廻の手を握る。
「繰切サマはちゃんと止めるし、白鋼サマも安心して任せてくれていいよー?」
 首を大きく振った廻は「うぅ……」と頭を押さえた。
 ぼろぼろと大粒の涙を流しラズワルドの手を振り払おうとする廻。
「大丈夫。傷付かないから」
 その手を離すまいとラズワルドは強く握る。
「そうだにゃ、ちょっとぐらい傷付いても大丈夫にゃ! ケンカってそういうものにゃ!」
 いっぱい廻と一緒の時間(ケンカ)できるにゃ、とちぐさが重ねる。

 眞田の瞳には、『廻自身』が攻撃を躊躇っているように見えた。
 仲間であるラズワルドたちを傷つけまいと我慢しているように映ったのだ。
 完全に消えてしまったわけではない。それは眞田にとって希望の灯火に見えた。
 攻撃の手は震えてしまうけれど、廻を取り戻す術を持って居る仲間を信じるのだと眞田は走る。
「俺は燈堂くんの心が傷つかないように……燈堂くんの手を汚させたりはしない!」
 白鋼斬影を下ろされた廻は、変容し白く長い髪をしていた。
 心を封じ、眞田はその神様の姿となった廻にナイフを突き立てる。
 その形相を、廻は見えているのだろう。希薄になったとしても、微かだが廻の意思が垣間見えた。
 眞田の胸に嫌な感情が交ざる。けれど、廻が戻ってこないのはもっと嫌だから……!
「傷付いてもいいよって皆思ってる。だから怖がらないで燈堂くん」
 心を閉ざさないで、逃げて行かないでと眞田は言葉を紡ぎ続ける。
「怪我はニルが回復しますから」
 眞田の傷口をニルの癒やしの光が塞いだ。
 ニルの隣ではテアドールが魔術障壁を張り巡らせる。
 テアドールが居てくれるからニルは真っ直ぐ前だけを向いていられる。
 眩い杖を握り締め、小さな願いを乗せた魔術を廻へと叩き込んだ。
「つないだ手のあたたかさは、なくしたくないもの。廻様だって、ニルはなくしたくない! みんなみんな、だいすきな、たいせつなひとをたすけたくて、まもりたくて、ただ、それだけで……なのに、こんなかなしいことになってしまったのですね」
 誰かを倒したいわけじゃないのにとニルは銀の瞳を揺らす。
「めぇ……白鋼斬影さまも、おつらいでしょう……愛しい御方が、苦しんでおいでなのですから」
 メイメイにもその苦しみが分かるようになった。自分自身が傷付くよりも、もっと辛い気持ち。
 考えるだけで張り裂けそうな胸の軋みがメイメイを奮い立たせる。
「落ち着いて、下さい……! 繰切さまは、仲間が鎮めて下さっています、から」
「……さ、い」
 謝罪の言葉が廻の口から漏れる。それは白鋼斬影が零したものだろう。
 本意ではない力の暴走ほど、辛いものはないのだ。

「恐らくですが、無限廻廊の分霊を取り込んでいる私やヴェルグリーズ、暁月様が無事で居られる時間もそう長くはないでしょう」
 星穹は冷静に状況を分析する。この赤黒い空間が無限廻廊の中ならば、繋がっている『妖刀』の所有者にも悪影響が出てくるはずだ。
「となると、空や心結にだって影響が及んでしまうかもしれない。そうなる前に何かしらの隙を見つけたいところですし、消耗させるべきでしょうね」
「そうだね……空たちの事も心配だ。切り離すにも今のままじゃ分が悪いだろうね」
 まだ力の暴走が収まっていない状況では、難しい儀式を行うことも出来ないだろう。
「たとえどのようなことが起こるとしても、私と彼なら大丈夫。二人で困難を分かち合いましょう」
「俺の相棒は頼もしいね。ありがとう」
 ヴェルグリーズが走らせた剣尖が廻の胸を切り裂く。先程よりも回復が遅くなっているように見えた。
 ダメージが蓄積されているのだろう。星穹とヴェルグリーズは頷きあい、刃に力を込める。
「私には夢石も術式もありはしない」
 ボディは掌を眺めたあと、それを握り込んだ。
「だから真正面に立って、皆様を守る」
 少しでも長く、盾となれるように、未来への道を繋ぐ仲間が役目を果たせるように。
 廻の前に出たボディは溢れ出る魔力をその身で受け止める。
 軋む身体は痛みというエラーを吐き出すけれど、泣きながらボディの腕を掴んだ廻の前では弱音など吐けるはずも無かった。
「もう少しです」
「ああ、頑張れよ廻!」
 龍成のナイフが黒無垢の袖から溢れ出た瘴気を切り裂く。
「廻くん、大丈夫だよぉ……」
 ボディたちの後方、シルキィの優しい声が聞こえてきた。
 その意識は白鋼斬影なのか廻なのか曖昧だけれど、声を掛け続けることは無駄では無い筈だから。
 シルキィの放った糸が廻の身体に巻き付いて腕を持ち上げる。
 傷付いた皮膚から瘴気が溢れ出れば、其れを仲間が祓う。その繰り返しだ。
 廻に蓄積されていく傷からシルキィは目を逸らさなかった。
 それは最後まで戦い続ける強い意思でもあったのだ。

 すみれは日向の傍で廻に対峙していた。
 彼女自身は廻とは特別に親しい訳ではないと自負している。
 託された術も持ち合わせてはいない。
 それが、此処へ立っているのは何故か。――『日向のため』だ。
 自分という存在に溢れんばかりの笑顔と純粋な好意を向けてくれる日向は守らねばならないものだった。
 ただの女が、この少年の前では『美しいもの』で居られる。そんな眼差しを向けてくれるからだ。
「すみれはさ……優しいよね」
「そうですか? 私は日向様の笑顔がまた見れるようになるだけで良いのです」
「ほら、そういうところ! 僕はすみれのそんな綺麗な心が大好きなんだよ」
 それは日向の純粋な笑顔がそうさせているのだと言いかけて、すみれは微笑むに留めた。
 向けられるものが悪意であるならば、すみれとて笑顔を返すことは無い。
 日向だから。彼に並び立つ時は清き者で在りたいと自分を定義してしまう。
 もし、対峙していたのが廻ではなく葛城春泥だったならば。
 怒りを向けていただろう。日向を危険に晒したことに変わりは無いのだ。
 深道から人柱を解放し子供達を救うのが春泥の大願である。
 されど、その深道の血を引く者達が愛する存在を犠牲にするのは、果たして彼らにとって本当に救いなのだろうか。その深道の子供達が今、苦しみながら戦っている現状。
 春泥のしたことは本当に解放といえるのかとすみれは考えを巡らせる。
 それは解放とは名ばかりの、苦痛の檻に閉じ込めているようなものだとすみれは首を振った。

 ヨハンナは春泥を蝕む力がどのようなものか分析する。
 おそらく、廻と同く白鋼斬影の力が内側で暴走しているのだろう。
 イレギュラーズでは無い普通の人間ならば、一瞬で廃人になってしまうような状況だ。
 それを『神の杯』ではない春泥が一部を肩代わりしている。
「長くは保ちませんよ」
 ヨハネの声にヨハンナは「分かってる」と返した。
 春泥を殺してしまわないよう、繰り出す魔術は『恩恵』という名の祝福だ。
 絶対に春泥を殺したくないとヨハンナも思っているのだ。
「春泥さん……」
 ジュリエットは苦しげに息を吐く春泥を見つめる。彼女は廻を『神の杯』に仕立て上げた張本人だ。
 神の杯に成るまでにどれだけ廻が無体なことをされたのか、今の彼を見れば想像に難くない。
 けれど、不可解な点があるのだ。
「貴方が心の底から悪であるなら、願いが叶うのに何故そんなお声で話すのですか?
 廻さん一人を犠牲にするつもりなら、一部を肩代わりなんてしませんよね?」
「いやぁ……だって全部乗っけると、廻が壊れる可能性があったからね。此処まで来て、失敗になんてさせたくなかったし」
 青い顔で、口角を上げた春泥は『もっとも』な言葉を返す。
「貴方は矛盾しています。夢石の事もそうです。あれは廻さんを助ける為に用意したのではないですか?
 ……貴方は子供達と同様に廻さんも愛しているのですね?」
「どう、かな。愛情って難しいからさ。まあ、でも……君達なら『大丈夫』なんだろう?」
 春泥の問いにジュリエットは「信頼」を感じた。
 子供達(イレギュラーズ)が居るから、大丈夫なのだと言葉の裏に示す。
「貴女は彼らを信じすぎなんですよ」
 ヨハネの声に春泥は鼻で笑う。
「自分の子供を信じられなかった男がよく言う。でも、君がいま此処に立ってるのはそういうことだろう? 結局は君も信じたんだ。子供達が絶対に、光を掴むって」
 春泥の言葉は重く、ヨハネは図星を突かれた羞恥にそっぽを向いた。
「だったら尚更貴方は死んではいけません。生きて、ちゃんと廻さんや詩織さんに謝って下さい」
 ジュリエットは春泥の目を見て真剣に紡ぐ。
「生きてたら、ね」
 春泥の首元に這い上がる侵食。神の杯ではない春泥の方が壊れる速度がはやいのだろう。
「いやぁ、春泥くん、私良い子になって帰ってきちゃった」
「おや、君は悪い子だったのかい? 茄子子」
 悪い子だったことは無いけれど、と返した茄子子は春泥の腕を掴む。
「暴走だなんてらしくないじゃん。頑張って抑え込みなよ、お母さんなんでしょ?」
「簡単に言ってくれる。君だって神を下ろしたんだから分かるだろ」
 一瞬でも気を抜いてしまえば、内側から食い破られてしまう。正気は簡単に狂気へと変ずる。
 春泥は言葉を紡ぐことで、自分という境界を保っていた。
「とりあえず全部受け止めてあげるからさ。娘のためにも早く立ち直りなよ。私には傷一つ付けられない。つまり、私だけ狙ってれば誰も傷つかないんだぜ」
「それは……良い子だ、茄子子」
 思えば、祭りの時もこんな事があったと愛無は思い返していた。
 あの頃よりは強くなったけれど、元の世界に居たころとは比べるべくもない。
 けれど、弱くなったお陰で多少なりとも『人の世』で生きていけるようになった。人の世で生きて行きたいと思えることもあったのだ。
 だから、捨てられたことを恨んではいない。もちろん感謝もしてはいないけれど。
「弱いって事は、お前が思ってるほど、悪い事ばかりじゃないさ。きっとな。弱いからこそ手に入るモノもある。それは、お前の『約束』だって、そうだったんだろう?」
 強さを求めるのであれば、自分の枷となる『約束』なんて聞かなければいい。
 暁月でも廻でも何でも構わないから神に仕立て上げ、強き者を作ってしまえばよかったのだ。
 その弱さを尊んだ故に、春泥は己の身を削ってまでこの大局を引き起こした。
「欲しいモノは奪う。それが何であれ。愛と平和。そして未来も己の手で勝ち取るモノだ」
 愛無は自分の懐に入れたものは絶対に離さない。
 しゅうだって、廻だって大切なものに入っている。それは見方を変えれば春泥の愛情の深さと同じなのかもしれない。不器用で愛情深く、手放したくないと身体を張ってしまうのだから。


 赤黒い空に浮かんでいた黒い月から、毒が溢れ出す。
「あれは……」
 夜妖を切り裂いたシューヴェルトは、瘴気が濃くなったと感じた。
「まずいかもしれないな」
 眉を寄せたシューヴェルトは暁月に異変を知らせる。
「おい、何だか様子が変だぞ」
「ああ……おそらく『封呪』無限廻廊が崩れてきているんだ」
 暁月は恐れていたことが起きようとしているとシューヴェルトに返した。
「それは、大変だな。だが、暁月、君のことは僕が、この貴族騎士が守って見せる!」
「頼もしいよシューヴェルト」
 シューヴェルトは暁月の背を守るように、剣を走らせる。
 視線の先には夜妖ではなく人の姿も見えた。何処か暁月と似た面影がある。
「もしかして……あれが」
「人柱……彼らが歴代の燈堂家当主……?」
 舞花は意志の強そうな壮年の男を前に剣を構えていた。
 無限廻廊に取り込まれたものがどうなるのか、というのは気になっていたと舞花は眉を寄せる。
「無限廻廊に囚われている限り、死者さえも死という終わりを迎えられないのか」
 それに、先程まで凜とした気配を漂わせていた当主達の様子が歪んでいるように見えた。
 黒い月から毒が溢れ出した影響なのだろう。
 彼らは元々、深道三家の安寧のためその命を捧げた者たちである。
 無限廻廊に取り込まれる覚悟はあったはずなのだ。それを怨嗟という形でねじ曲げられているのは、白鋼斬影が暴走しているからなのだろう。苦しみが渦巻いて当主達の魂を苛んでいる。

「どういうこと? 何か特別なことをしないといけないの?」
 リアは夜妖の攻撃を受けた朝比奈を回復しながら暁月に振り向いた。
「そうだね、時間の猶予が無いのが分かったかな」
「まあ、そうでしょうね。でも心配しないで暁月さん、味方の回復は私がやる。敵がどれだけ来ようとも全く問題にならないわ! 長期戦を支えるの、あたし得意だからね!」
 リアの言葉がこの上なく頼もしい。彼女の元気な声が在るだけで、其処に立っていてくれるだけで大丈夫だと思えてくるのだ。
 そんな風に自分も思って貰えるようになりたいと朝比奈は刀を振う。
「朝比奈、無理はしないようにね」
「うん、ごめん迷惑掛けてしまってるわね」
「何言ってるのよ。迷惑だなんて思ってない。貴女が立ち上がって剣を振うためにあたしが万全の状態にしてあげるって言ってるのよ。だから、無理はしないように全力で行きなさい!」
 ああ、本当に。リアには叶いそうも無いと朝比奈は走り出す。
 暁月は浮かび上がった無限廻廊の前に佇む人柱たちを見つめた。
 彼らは暁月と同じ歴代の当主達である。無限廻廊を守ろうと襲いかかってくるのを暁月は受け止めた。
 背後からの攻撃はアーリアが止めてくれる。
 難しい言葉など交わさなくとも、アーリアには暁月の戦い方が分かった。
 アーリアが防いでくれると分かっていたから、その場から飛び退きもせず目の前の敵と切り結ぶ。
 女の子は護られるお姫様であるなんて、そんなの御伽噺の中だけだ。
「イイ女なら、友達――ううん、親友の背中くらい護ってみせる!」
 唇に引いた紅色は決意の証。強い意志を宿した瞳は前だけを見ている。
 暁月を狙う敵を巻き取り、切り伏せる。
 重ねられる呪いは、絡め取るように怨嗟に重なり、膨らんで弾けとんだ。
 アーリアの指先からは膨大な魔力が渦巻いている。
「誰も暁月くんには近づかせない!」
 炸裂する魔術に赤黒い空が薄く光った。

「継戦は苦手なんだけど……補給相手にはまぁ困らないわね。怨念の血なんて美味しくはないけど」
 きゐこは溜息を吐きながら魔法陣を操る。その中から放たれる焔の渦が怨嗟となった夜妖どもを灼いた。
「黒曜の血なら美味しいかしら?」
「俺を残弾に数えるな」
 きゐこを抱えた黒曜は夜妖の攻撃を軽々と躱す。
「やっぱり、数が多いわねえ。減らしても減らしてもキリが無い」
 無限廻廊が溜め込んだ人柱と夜妖にきゐこが不満の声を漏らした。
「チアキさん……ここまでいろいろと付き合ってくれて、おかげで私も色々と知り、考え……決めることができた。本当にありがとうございます。だから……今回も手助けをお願いしたいんです」
 マリエッタはチアキへ向けて笑みを零す。
「分かりました。私で良ければ何なりと」
 こくりと頷いたマリエッタはセレナの隣に立ち戦場を見渡す。
『封呪』無限廻廊を解くには時間が掛かるだろう。されど、黒い月から毒が溢れ出していた。
 無限廻廊が崩れて来ている危険な状態であった。
「何故、崩れて来ているのかしら?」
 セレナの問いにマリエッタは考えを巡らせる。
「繰切の闇の力が強まっている。それを押さえこもうとしているのでしょうか」
「確かに、そうね。元々は繰切を封印しているのだったわよね」
 クロウ・クルァクを封じる為に白鋼斬影が投じられ、一つの神となった繰切が『封呪』無限廻廊によって封印されている。セレナとマリエッタはそう認識している。
「けれど、繰切の闇の力が大きく成りすぎて封印が壊れかけているのかもしれません」
「つまり……正しく解けないってこと?」
 セレナの問いにマリエッタはこくりと頷いた。
「白鋼斬影が持ち直せば、まだ勝機はあるはずです。廻さんや彼女達を信じましょう、私達は最後まで暁月さんを守りぬくんです」
「ええ。長い戦いになりそうだけど、マリエッタとなら大丈夫って信じてる」

「始まったことは終わらせる」
 ヤツェクは仲間へ回復を施しながら死んだ者達へ語りかける。
 因習は解ける。古きは新生し、光在る場所へ導かれる。
 物語を語り直し『神のありよう』を変えるのだ。
 繰切と無限廻廊、この場にいる犠牲者にもハッピーエンドを迎えさせたいとヤツェクは願う。
 人柱や夜妖の『これから往く道』を変えるのだ
 くるくると回るワルツではなく、何処かへ向かうマーチのように。
「その先に、生まれ変わるアンタ達の居場所はある。
 だから、すこしだけおれの曲に、耳を傾けてくれんか。
 愛を歌おう。二柱の愛を、あんた達が知っていた愛を。おれが知る愛を。
 燈堂にあったのは、様々な愛の物語。悲しみ喜び、全ておれが歌ってやる!」
 奏でられる音と、ヤツェクの声に人柱が視線を上げる。
 昼顔は犠牲になった人柱や夜妖を見つめる。
 彼らに認められるぐらいの力が欲しかった、彼らの怨嗟を受け止められるぐらいの力が。
 けれど、自分には戦う力が無いと昼顔は嘆くのだ。
 戦う力が在る者を回復し戦場に立たせ続けること、それは剣を交えているのと同義だ。
 昼顔は回復することで、人柱や夜妖と戦っているのだ。
 その手が剣を握っていなくとも。動け動けと昼顔は願い続けていた。自分の身体などどうなってもいいからと回復の手を止めなかったのだ。


 サクラは廻と対峙し続けていた。蓄積されていくダメージはより深くなる。
 神降ろしをされ頑丈になっているとはいえ、仲間が傷付くのは心が痛む。
「詩乃、お兄さんはどうなってる」
「くるしいって言ってる。いっぱい悪いの、押さえ込もうとしてる」
 黒い月から溢れ出た毒の影響が、無限廻廊に繋がっている白鋼斬影を苦しめているのだろう。
「廻、白鋼斬影。もう大丈夫だよ。だって君たちは一人じゃない」
 シキは廻の周りを囲む障壁を押さえながら言葉を掛け続ける。
「神様になるのなんかやめてさ、一緒に大切な人達を助けに行こうぜ。私にしかできないことがあるように、君にしかできないことがあるでしょう? だから、ほら。目を覚ましてよ、廻」
 虚ろな廻の瞳が涙で揺れていた。廻が直ぐ傍にいるような気がするのに、阻まれているとシキは感じる。
 シキはニルとシルキィに視線を合わせた。
 繰輪の術式を使って廻の記憶を繋がなければ、戻ってくることさえ出来ないのだろう。
 けれど、意識はある。曖昧で不確かだけれど廻自身の意識は確かに感じられるのだ。
「シルキィ、ニル……試そう。一つずつ戻すんだ」
 廻の記憶が分かたれた夢石は全部で四つ。ラズワルド、シルキィ、メイメイ、明煌が持っている。
「うん、わかったよぉ」
 ニルとシルキィ、シキが祈りを捧げるように繰輪の術式を願う。
 三人の元から浮かび上がる光の糸が廻の身体の周りをゆっくりと回転した。
 ラズワルドは自分が持つ夢石を掌に乗せる。
 檻の記憶。廻が研究所で過ごした時間が刻まれたもの。
 これは廻にとって思い出したくない記憶なのかもしれない。
 夢石を砕くことで大きな力とする事も出来る。その方が良いに決まって思い出したくない記憶なんてない方が良いとラズワルドも思った。
「でも勝手に取捨選択するのは、パンダせんせーと同じになるし……廻くんを呼び戻すのに必要なら、乗り越えられると信じて願うよ」
 ラズワルドが選んだのは廻に『檻の夢石』を戻すこと。
 覚悟を持ってこれを戻すと決めた。
 廻の中に入り込んでいく夢石。光輝く石は胸元でゆっくりと解けて消える。
「ぅうううぁぁぁぁぁぁ、アアアアア……!!!!」
 苦しげに息を吐く廻は記憶を追体験しているのだろう。怒濤のように押し寄せる檻の記憶だ。
「たすけて、たすけて……だれか、助けてくだ、さい……」
 どうしてと涙をボロボロと零す廻をラズワルドは離さないと抱きしめる。
「大丈夫。廻くん、君はひとりじゃない」
 記憶に潜って和らげることは出来ないけれど、温もりを与えることは出来る。
 独りぼっちで過ごした過酷な日々は、もう終わったもの。
 ラズワルドの強い抱擁は、廻の命綱だった。
 虚ろな目から涙が止め処なく溢れて、精神汚染の果てに廻は血を吐いた。
 渦巻く記憶は、廻の精神を苛む。
 されど、身体を包み込む温もりは知覚できた。
「絶対に離さないよ。せんせーに出来て僕に出来ないとかあり得ないじゃん? ねぇ?」
「だ、れ……?」
「忘れちゃったの? 君のあったかい猫だよ」
 ラズワルドの声に重ねるようにシルキィは廻の手を掴む。
「廻くん、わたしはずっと、迷ってたんだ。とても大事な、記憶の欠片……夢石を預かって、どうすべきなのかって迷っていた」
 シルキィはラズワルドから廻を受け取ってぎゅっと抱きしめた。
「けれど、やっと自分のやるべきことが分かってきたんだ。わたしに必要だったのは、ひとりで悩むことじゃない。『何があっても支えてみせる』って、勇気と覚悟を持つことだったんだ」
 シルキィの持つ夢石が廻の中に入り込む。
 檻の記憶から繋がる、燈堂家で過ごした日々の記憶だ。
『燈堂廻』にとって一番大切な思い出。人格を形成する上で欠かせない記憶であろう。
「う、うう……僕、は……、ここは」
 混乱した廻はむずがるようにシルキィの腕の中から飛び出す。
「違う、僕は……、私、は……白鋼斬影、で……」
 廻の中に戻りかけた夢石がはじき出され、シルキィの足下に転がった。
「私が護らなければ、子供達を……あの人を」
「廻くん!」
 神の杯から記憶と人格を取り除いた春泥はこうなることを予想したのだろう。
 人格の整合性が取れずに混乱をきたすと。
「それでも、廻くんは乗り越えられるって信じてるよ」
 ラズワルドの強い声にシルキィも頷く。

 頑張らなければ。
 僕の為に、みんなが大変な目にあってる。
 暁月さんを助けなければ、助けなければ、僕が――!

 廻の身体から光が溢れる。それは蛇のようにうねり、戦場を迸った。
 軌道の読めない光の蛇は赤黒い空へ浮かび上がった『封呪』無限廻廊を狙う。
 暁月を縛る無限廻廊を壊さなければならないと、廻が強く思ってしまった。
 それ自体は純粋なる心だ。親である暁月を助けたい。
 子供が生存本能に従って抱く『親に縋る』意志を誰よりも強く感じ取ったのは暁月だ。
 親(あかつき)の脅威を自らが排除しようとした。

「廻……まだ、壊しちゃだめだよ」
 無限廻廊に向かう光蛇の顎を受け止めたのは暁月だ。

「あ、ぁ……ァ……アアアアァァァァァァ――――!!!!!!」

 廻の口から悲壮な声が漏れる。ごめんなさいと紡ごうと思うのに身体が言う事を聞かないのだ。
 それでも、助けて、と空気が震えていた。声にならない振動が、イレギュラーズの身体を震わせる。
 ――暁月さんを、助けて。
 ぼろぼろと涙を流す廻は、苦しげに頭を抱え込む。光の蛇は廻を中心に蜷局を巻いた。
 廻の心に呼応するように赤黒い空から雨が降り出す。

「暁月くん!」
 アーリアの声が暁月の耳元でじんじんと響いた。
 それよりも左腕の熱さに眉を顰める暁月。
「無限廻廊、は……」
「大丈夫よ。それよりも左腕が……!」
 アーリアの悲痛な叫びに己の左腕を見れば、二の腕の付け根から先が無くなっていた。
 身体を捻れば脳髄に響く痛みが駆け抜ける。
「……っ」
 暁月は歯を食いしばり無理にでも立とうとした。
「無茶よ!」
「いま回復するから、動かないで!」
 リアは暁月の傷口を見遣り、険しい顔をする。回復しようにも光の蛇によって焼き切れた左腕はもう何処にもなかったのだ。
「兄さん……!」
 暁月に起った惨劇に朝比奈は身体を震わせ「嘘よ」と首を振る。

 言いようのない不安感が戦場に駆け巡った。
 明煌は今にも駆け出したい衝動を必死に押さえている。
 繰切へと走らせる刃にも精彩を欠いていた。
 其れを後ろから見ていたのはジェックだ。
 この場を支えなければならないという意志が明煌を留めている。
「大丈夫。キミはキミの為すべきことを為して。望む未来へ羽ばたいて。
 そのための翼はもう持っているでしょう。
 だから、明煌──行っておいで」
 ジェックの言葉に明煌は振り向いた。彼女達になら任せられる。信頼しているから。
「しばらく任せる」
「うん。こっちは心配しないで」
 明煌はジェックの言葉を聞いて頷いたあと、暁月の元へ向かう。

 暁月の周りにはアーリアや朝比奈が集まっていた。
 その中心に血の気の失せた暁月が居る。
「……暁月、しっかりしろ」
「う、ん……大丈夫」
 全く大丈夫ではない声で暁月は立ち上がろうとしていた。
 明煌は迷う事無く、暁月をシルベで絡め取る。身動き出来ないように拘束したのだ。
「何を……!」
「この戦場で一番大事なんは、暁月の命やから。その状態で解呪できへんやろ」
 暁月の左腕の傷口に這うようにシルベの赤い縄が絡みつく。
「待って、まさか……!」
 暁月の動揺を他所に、明煌は自らの左腕を真横に上げた。
「シンシャは断ち切る者、ヤナギは留める者、シルベは結ぶ者、ヤツカは繋ぐ者。
 煌浄殿の主がこの名を以て命ずる。絶対に見誤るな。必ず暁月に繋げ――」
 四人の呪物たちは主の命に従い頷く。明煌から暁月へ左腕を移すのだ。
「明煌さん……!」
 暁月はシンシャによって切り取られた左腕に目を見開く。
「嫌とか言わさんぞ。自分の役目わかっとるな?」
「……ごめん」
「謝らんでええよ。俺が全員救いたいんや」
 切り取られた腕を押さえ、明煌は笑って見せた。
 二人の瞳から零れた涙は安堵だったのだろう。
 雨と共に雫は消えていく。



 不意の攻撃に明煌の反応が遅れる。
 切り取られた腕の痛みは、感覚を鈍らせるのだろう。
 それを身を挺して庇ったのはムサシだった。
「明煌さんは、無茶ばかりだ」
「でも、ムサシ……お前やってもそうするやろ?
 自分が状況を打破出来るものを持ってたら全力で使うやろ。それが大事な人の為やったら尚更」
 ムサシはその言葉に大切な人の顔を思い浮かべる。きっとそんな事をしたら怒られるだろう。泣かれるかもしれない。けれど、きっとムサシだって同じ事をしたはずだ。
 明煌は自分の命を犠牲にする方法を選ばなかった。全員が助かる方法を掴んだのだ。
「一人だけに抱え込ませたりなんてしない。だって……俺は、貴方の友達なんだから。
 一緒に救って、みんなで笑って終わるんだ!」
 ムサシはもうひと踏ん張りだと、明煌の右手を掴んだ。

 アーリアは暁月が立ち上がるのを支える。
「左腕は大丈夫なの?」
「ああ、問題無いよ。きちんと動く」
 瞬間鋭い攻撃を感じ、暁月は振り向いた。
 其処へ割って入るのはアーリアの身体。咄嗟に暁月は敵に距離を取らせるため刀を振う。
「ごめん、不注意だった。大丈夫かい?」
「大丈夫、私って結構丈夫なのよ?」
 瞬時に昼顔からの回復がアーリアに施された。
「ありがとう」と昼顔へと返したアーリアは暁月の背を叩く。
 自分が戦うように暁月だって戦っているのだ。
 これ以上、暁月に傷を負わせることは出来ないとアーリアは胸を張る。
 気になるのは、暁月に怪我を負わせてしまった廻の心だとアーリアは眉を下げた。
「暁月くんは大丈夫よ、廻くん。だから、きちんと戻ってくるのよ」

 ――取り返しのつかないことをしてしまった。
 光蛇の蜷局の中で廻は震えていた。
 不可抗力だったとはいえ暁月の左腕を消し飛ばしてしまったのだ。
 もしかしたら死んでしまったかもしれない。
「暁月さんを攻撃するつもりじゃなかったのに……」
 どうしよう、どうしようと恐怖が廻の精神を苛む。こんな時頼れるのは暁月だけだった。
 燈堂家で過ごした日々の半分ほどを思い出していた廻は――イレギュラーズに出会う前の、暁月に依存していた頃の人格を有していた。人との関わりを避け、殻に閉じこもっていた時期だ。
「暁月さんが居なくなったら、僕どうすれば……ねえ、あまね。僕どうすればいいの」
 自分の内側に居る筈のあまねを呼ぶ廻。けれど、その存在は何処にも見当たらなかった。
 ずっと一緒に居たはずの夜妖が居ない。視界に映り込む長い髪は白く、着ている服は黒無垢だった。
「どう、なってるの?」
 何かがおかしいと、廻は顔を上げる。このままこの中に閉じこもっていては、もっと取り返しの着かない事が起る。そんな予感がするのだ。
「……廻くん」
 優しい声が聞こえた。記憶に無いはずなのに、とても安心する声だ。
「廻くん、大丈夫だよぉ……暁月さんは無事だよぉ」
 暁月は無事だと伝えてくれた声の方向へ一歩踏み出す。
「ぁ、あ……無事なん、ですね」
 良かったと安堵した瞬間、廻の意識はぷつりと途切れた――


 赤黒い空に瘴気が渦巻く戦場で、シューヴェルトは人柱達の願いに耳を傾ける。
 それは子供達の未来に本当の灯火で照らしてほしいというものだった。
「ふむ、そうか……その望み、この僕と皆で叶えてやる」
 乗せられたとはいえ春泥の計画に加担したことはシューヴェルトにとって負い目であった。
 それでも、その計画でレイラインに開けられた穴でさえ、この大局において有為なピースだった。
 シューヴェルト達が負い目に感じることなど何も無いのだ。
「おい、また出番だイケメン。今の状況を映像にして、地上の戦えない燈堂の奴らに実況中継だ」
「かみさまは多くの人の思いやにんしきでせいしつがかわる。繰切はいうほど悪い神様じゃないってぼくたちが知っていてもふつうの人たちにわかってもらうのは難しいよね。だから前にヤツェクがやったあれみたいにして……少しうそをまぜよう」
 リュコスの提案にヤツェクは「嘘?」と首を傾げる。
「イレギュラーズに倒されるのはクロウ・クルァクという神様だって」
 それは実際に『嘘』ではないだろう。白鋼斬影が分かたれた今、残って居るのは北の大地から南下してきた『神々の系譜』たるクロウ・クルァクだからだ。Bad End 8『咎の黒眼』オーグロブの孫にあたるクロウ・クルァクが希望ヶ浜から消えたとなると人々は少なからず安堵するだろう。本質的な意味は分からずとも脅威が消え去ったという情報は人の心に余裕を生み出す。
「そう……倒されるのはクロウ・クルァクであって繰切じゃない」
 再現性東京の恐怖の対象から『繰切』を引き離すのだとリュコスはヤツェクを見上げる。
「もともとふたりの神様が合わさってぼくの知る『繰切』になったんだ。名前が変わると意味も大きく変わるはずだよ!」
「ああ。そうだな。それにレイラインに開けられた穴があるだろう。春泥に利用されて俺達が開けた穴だが、あれは深道三家を回ってる。つまり、循環させられるんだ」
 リュコスは首を傾げる。それは燈堂の瘴気が流れ出すということではないのかと。
「今度は前回の逆だ。燈堂の穢れを深道と周藤に流し分散させる。ここにきて燈堂だけに負担を強いるわけにはいかないさ。なあ……そうだろう、深道貴昭さんよ。子供達が戦ってるのに自分達は安全な場所でのうのうと時間を過ごすわけは無いよな?」
 ヤツェクは映像が繋がった深道本家の貴昭へ視線を上げた。彼は佐智子の夫、明煌の父である。
「馬鹿を言うな。こっちは準備できている。深道、周藤総力を挙げて戦うつもりだ」
「そうこなくてはな」
 ヤツェクは口角を上げて戦場を見渡した。
「殴るだけではない希望の見せ方、魅せてやろうじゃないか」
 ヤツェクの歌が戦場に響く。それに誘われるように瘴気がレイラインの穴へと流れ込んだ。
 少しずつ、闇の気配が薄まる空にリュコスとシューヴェルトは目を輝かせる。

「最初から強い子供などおりません」
 ジュリエットは茄子子越しに春泥へと声を掛けた。
「弱く儚いからこそ守り育てる親が必要なのです。愛無さんだってそうだったはずです。きっと誰しも一人では強くなれない」
 赤子の愛無に冷たい風が当たらぬよう抱きしめた記憶が春泥の脳裏に浮かぶ。
 あの頃の愛無は本当に生まれたてで儚い生き物だった。
「それはきっと神様だって変わりません。私は貴方の子供達への愛情と悲しみを知りたいと思いました。神様を作る他にも事情が何かありますね?」
 ジュリエットは春泥が『神の子』『強き子』に固執する所以を知りたかった。
「まあ、よくある話しさ。子供はよく死ぬ。か弱く、儚い生き物だ。僕の子供もいっぱい死んだ。血の繋がった子供は愛無だけ。神様ぐらい強い子なら死なないだろう?
 最初はそんな理由だった……でもね、義娘の佐智子は僕の為に子を沢山残してくれた家族をいっぱい作ってくれたんだ。その子供たちが孫を産んで僕は沢山の家族ができた。そして、深道のくだらない信仰の為に死ぬ子たちが居ることを知った。僕はね悔しかったんだよ。せっかく産まれてきて育った命なのにさ。
 だからこれは、輝一朗の願いでもあり、僕の願いでもあるんだよ。深道の信仰から子供達を解放するっていうね。その為に人を欺いたりもしたよ。廻を見つけた時はようやく時が来たと思った……夢石もちゃんと繋がってるみたいだし。あとは……」
 春泥はぜぇ、と息を吐いた。侵食は既に顔の半分を覆っている。
「あのさ、自分の事を好きな人達に、自分を犠牲に助かってって言うことがただの自己満足だってことは流石に分かってるよね」
 茄子子は春泥の肩を掴み揺すった。
 それでも、春泥は子供達には未来を目指して欲しいと願っているのだろう。
 分かっていると茄子子は肩に置いた手に力を込める。春泥は自分のやりたいことをやりたいようにしか出来ないタイプだ。不器用でエゴイスティックであり、しかもこれでいて愛情深いときたものだ。
「だからさ、私がキミを解放してあげるよ」
 悪人を助けるなんて悪い子になってしまうだろうか。けれど、もうそういうのは茄子子の中でどうでも良くなっていた。自分はもう救われたのだ。
「私は私がやりたいことを、やりたいようにしかできない。今日はハッピーエンドの気分なんだ」
 だったら、春泥も廻も繰切たちだって救われてもいいじゃないかと茄子子は笑った。
 茄子子が押さえている間にヨハンナの焔が春泥を縛り上げる。
「例え、神の力だろうが縛ってみせるさ。それが十八番なンでね」
「そうだ……ヨハンナ良い知らせと悪い知らせ。何方から先に聞きたいですか?」
 暢気なヨハネの声にヨハンナは一瞬、沸騰しそうになるが努めて冷静に、悪い方からと答える。
「悪い方は僅かに戻っていた廻の意識が急低下しましたね。今は白鋼斬影が身体の主導権を握っている。良い方は、空間に満ちていた闇の力が弱まっています」
 ヨハネの言葉に「ははっ!」と声を出して笑ったのは春泥だ。
「ヤツェク、よく気付いたね。やっぱり君は優秀だ」
 春泥はヤツェクに聞こえるように声を張り上げる。ヤツェクはレイラインに開いた穴から瘴気を深道と周藤に流したのだ。薄まった瘴気ならば深道と周藤にいる者達でも対処できる。これは燈堂だけに背負わせるものではない。深道三家の問題なのだから、三家の能力者を総動員して戦うことが必要だった。
「ヨハンナ、今なら春泥の侵食を剥ぎ取ることができるでしょう」
「よぉし! ナイスタイミングだ。センパイ、一発殴って来い!!! 勝手に自己犠牲に走るな、ってな」
 こくりと頷いた愛無は完全体となった獏馬を連れて春泥の元へ走る。
「神の柵から解放された御三家は激動の時代を迎えるだろう。そして世界は滅びに向かっている。お前の力は必要だ。先ずは、あんたの奢りで飯でも行こう。肉が食べたい。お前は独りだと思ってたかもしれないが。世の中、それほど優しくない。楽をさせてやる理由もない。ツケを払う時が来たって話だ」
「ははっ、本当。そうかもしれないねえ」
「しゅうくん、あまねくん、侵食を喰らい尽くしてくれ!」
 完全体となった獏馬が愛無の生命力を糧に、春泥の真性怪異の侵食を喰らい尽くす。
「はっ。人の世は儘ならない物だ。カッコつけた処で、結局あんたは独りじゃなかったって訳さ」
 ――なぁ、母さん。今なら、あんたも、そう思うだろ。
 愛無は倒れ往く母の身体をしっかりと抱え上げた。


「私には大切な子供達がいました。深道の子供達です。彼らに願われ、クロウ・クルァクを追い払うためにこの地へやってきました。けれど、戦う内に、あの人は私の大切な人になった。子供達の願いと、共に在りたいという私の願い。片方を取れば、片方を失う。私はあの人に喰われる選択をしました。代わりに約束をしたのです。子供達を護ってほしいと。それは『繰切』という神を悪と奉ることで成就しました」
 ほろりと廻の頬に涙が伝う。廻の声を介して白鋼斬影が喋っているのだ。
 今、廻の意識は完全に白鋼斬影へ塗りつぶされていた。
 同時に戦場をのた打つ光蛇はシキの身体を弾き飛ばす。くるりと回転して着地したシキは眉を寄せて睨み帰した。
「白鋼斬影が暴走している限り、廻もとまらない」
 落ちてしまった廻の意識を僅かでも呼び戻すことが出来ればとシキは名前を呼び続ける。
「廻、大丈夫だよ! みんな生きてる。生きようとしてる! シルキィや愛無、ラズワルドやニルにメイメイだってここに来てる。皆廻が戻って来るのをまってるよ。だから、今度は廻が向き合う番なんだよ。白鋼斬影とクロウ・クルァクも! 絶対会わせてあげるから待っててよね!」
 シキの明るい声が戦場に響き渡る。それは一雫となって廻の意識にぽたりと落ちた。
「ねぇ、廻。君には想い出がたくさん、たくさんあるよ」
 もう一つぽたりと、シキの声と共に落ちてくる。
「春も、夏も、秋も、冬も。君は大切な人とたくさん過ごしてきたんだよ。だから忘れないで、思い出して。そのひとつひとつが、きっと君を君にしてくれる!」
 ゆっくりと、廻の瞼が持ち上げられる。一生懸命誰かが自分を呼んでいる声がするのだ。

「廻! 帰ってきて!」
 日向が必死に廻へと声を掛け続ける。光蛇の攻撃から庇ったすみれは日向が腕の中で泣きそうになっていることに気がついた。
 戻ってこないかも知れない。このまま廻は死んでしまうかもしれない。
 そんな不安が日向を覆う。この戦場に満ちた瘴気が、清らかな少年の心を蝕むのだろう。
 すみれは日向を優しく抱きしめる。
「わ、わ。すみれ……どうしたの?」
 見上げたすみれの顔には黒い眼帯が付けられていた。お揃いにしてみたくなったと告げたすみれをそれ以上詮索したくなくて聞かなかったもの。本当は痛い思いをしたのではないかと心配していたもの。
 優しさをくれるすみれの心が時々分からなくなる。調度この異空間と同じように不安になる。
 けれど、日向は彼女を信じたかった。自分の笑顔を好ましく思ってくれるすみれが好きだったから。
「ねえ、すみれは僕が悲しむのが嫌なんだよね」
「ええそうですね」
「僕もすみれが悲しむのは辛いよ。きっと廻が居なくなったら暁月さんも明煌さんも悲しむね。僕は誰かが悲しむのは嫌なんだ。だから、すみれ僕に力を貸して。もっと近くで廻を呼ぶんだ」
 力強い眼差しがすみれを射貫く。危険を承知で友人のために動こうというのだ。
 それを手助けしたいと思うのは当然の心理だった。
「任せてください」
 日向の悲しみが取り除かれ、また笑顔にするために。
 ぽたりと、廻の意識の中に声が届いた。

「廻はあったかくてなんだかふわふわってしてて、大好きにゃ。
 今はちょっと違うけど、今の廻も好きにゃ。燈堂のお家帰ったら髪の毛少し切るにゃ?」
 ちぐさは傷だらけになりながら、廻の手を握る。
「あれは旅行の時だったかにゃ、一緒にお酒飲めて嬉しかったにゃ! またみんなで旅行行きたいにゃ」
 旅行に行ったのはいつだったか、遠い過去のような最近のような曖昧な感覚に廻は首を傾げる。
「廻が一緒なら暁月だけじゃなくて明煌も一緒に行きたいってきっと思うにゃ」
 ――明煌、とは誰だったか。思い出せないのに大切な人のような気がする。
「……葛城春泥も誘ってあげるにゃ? 廻がいいなら僕は反対しないにゃ」
 葛城先生は、研究所の偉い人で。僕を神の杯にすると言っていた。研究所ではたくさん実験とか酷いことをされて、僕は僕じゃなくなるみたいで怖かった。
「まずは復帰祝いかにゃ? ねえ廻。大好きだから、一緒に帰ろう?」
 ちぐさは握っていた手に力を込める。どこに帰るのかと廻が首を傾げる。
「暁月たちの所に帰るにゃ!」
「ぁ、」
 ふわりと、暁月の優しい笑顔が廻の脳裏に浮かんだ。
 帰らなければと『廻の意思』が再び浮上する。

「……これを」
 メイメイは『道標の夢石』を掌の上に乗せた。
 廻が煌浄殿で過ごした記憶が封じられたものだ。
 燈堂家から連れて来られた煌浄殿で過ごした日々は、楽しいだけでは無かっただろう。
 泥の器となった身を浄化することは過酷で、廻の精神を蝕むものだった。
 明煌も最初は廻を道具として扱っていたのだ。
 けれど、明煌と廻は友達になった。大切な人になった。家族ともいえる仲になった。
 ニルは深呼吸をして、『道標の夢石』に意識を集中させる。
 ゆっくりとニルの繰輪の術式はメイメイの手の中の夢石を包み込んだ。
 廻が苦しんでいるような様子はない。丁寧に大切にニルは夢石を廻へと繋ぐ。
「思い出はだいじです。忘れるのはかなしいです。廻様は、廻様です。道具でも、おもちゃでも、かみさまでもなくて。はかなくて……でも、つよくて、やさしいひと」
 この先に迎える未来は悲しみに包まれないようにとニルは願う。
 誰かを想う、優しい気持ちだけでいられたら。ニルは廻をぎゅっと抱きしめる。
 帰りたい所に帰られるように。お帰りなさいと抱きしめられるように。
 大好きだと伝えられるように。そんな願いごとニルは廻の心を掬いあげる。
「燈堂のおうちのひとたちとも、煌浄殿のひとたちとも、ニルはいっしょにごはんを食べたいです。
 暁月様と明煌様と廻様と……みんな、いっしょがいいです。ニルはずっと、廻様に燈堂のおうちに帰ってきてほしかったけど、どちらのおうちだって構いません。みんないっしょなら、どこだって!
 いっぱいごはんをたべましょう」
 ニルの言葉に廻の腕に力がこもる。ニルの抱擁に返すように。

「一緒に、お裁縫もしました、ね。覚えていますか?」
 メイメイは廻の手を取り、笑みを浮かべる。
 姉が弟を優しく包み込むような安心する笑顔だ。
「廻さまが作って下さったルビーのミサンガ……ちゃんと、使ってます、よ」
「ミサン、ガ……作り、ました」
 メイメイの為に贈ったミサンガは、時間を掛けて作ったものだ。
 浄化の影響でうまく指先が動かなくなって難しいものは出来なかったけれど、ミサンガは少しずつ編んでいけたから。
「メイメイさんに、」
「はい。これです。覚えていますか?」
 メイメイは腕に着けられたミサンガを廻の手に触れさせる。
「また一緒に、遊びましょう? ね、廻さま」
 こくりと頷いた廻は完全には記憶が戻っていない不安定な状態だ。
 白鋼斬影と廻が交ざり、混濁するのだろう。
 メイメイや暁月のことを忘れたくないのに、闇の中に遠ざかっていくような感覚が押し寄せる。
「いやだ。忘れたくない」
「はい。何度だって伝えます、よ。だから大丈夫」
 握られた手のぬくもりに縋るように廻は力を込めた。

「廻様、私は貴方が神に塗りつぶされるなんて嫌だ!」
 ボディは廻の意識を繋ぎ止めるように、強い言葉を、感情を叩きつける。
 普段は冷静なボディが声を荒げ廻へと意志を打つけていた。
「お酒が好きで龍成には遠慮が無かったりする、そんな貴方で居て欲しい!
 嗚呼そうだ! 貴方がいないと困るんだ!」
 戦場に響き渡るボディの声。それは戦いに集中している暁月たちにも届く。
「だって、龍成が、絶対悲しむから!
 隣にいるこの人に、私はずっと笑っていて欲しい。
 幸せであって欲しい!
 だって、だって、私は、龍成を大好きになってしまったから。
 友達としてじゃない。一つの命として、この人を愛しているから。
 私は、好きな人の笑顔を守りたいんだ。
 私はッ! 大好きな人とは一緒に幸せになりたいんだッ!
 廻様ッ! 貴方だって、好きな人の幸せは守りたいでしょう!?」
 なら神なんかに負けないでください。
 此処には暁月様がいる、明煌様がいる、皆がいる!
 全員が貴方の帰りを待ってる! だから!
 ――『生きる』ことを諦めるなッ!」
 それはかつてボディが龍成に叩きつけた言葉でもある。
 死ぬつもりだった龍成に生きていてほしいと願った。
 敵同士だった男が、友人になり、大切な人になり、愛する人になった。
 廻にも大切に想ってくれる人がいるのだ。だから、絶対に諦めるなとボディは叫ぶ。
 ボディの感情に揺さぶられ、廻の瞳に膜が張った。
 継ぎ接ぎの記憶の中にも、確かに忘れてはならない人達がいる。帰りたい場所がある。

「俺の声が聞こえる?」
 優しい声が廻の耳に届いた。
 きっと大切な友人なのだろうと廻は手を伸ばす。
 だって、こんなにも心配そうな顔をしているのだから。
 廻は手を持ち上げて眞田の腕を掴んだ。
「戻ってきて、お願いだ」
 憶えていないのに、彼が大切な人だと分かる。
 こんなにも辛そうな顔をさせてしまって申し訳ないと廻は悲しくなった。
「君の自己犠牲的なところは好きだよ。きっとそんな君でいてこその燈堂廻だ。
 だけど俺は君のいない混沌の世界を耐えるのは無理なんだ」
 掴まれた腕にそっと手を置いた眞田は廻を真正面に捉える。
「だから連れ戻す。帰っておいで、廻くん……!
 今の俺を助けられるのは、俺の親友の廻くんだけなんだよ」
「眞田、さ……」
「そうだよ。廻くん。助けてよ」
 親友の苦しみを救ってあげたい。そんな純粋な想いが廻の意識を繋ぎ止める。

「明煌、ちゃんと繋いで。今の廻なら過去の記憶だって乗り越えられる」
 愛無に支えられながら春泥は立ち上がった。
 侵食を取り払われ、目を覚ました春泥は明煌へと視線を送る。
「……でも、これは」
 廻の前世の記憶。酷い事件に巻き込まれ死を選んだ辛い過去だ。
 大切な人だから戻すことを明煌は躊躇ってしまう。
「大丈夫かもしれないって、お前も思っているんだろう?」
 イレギュラーズが居てくれるなら、きっと廻はこの悲惨な過去すら乗り越えられる。
 自分だって支えられると明煌は頷いた。
「シルキィちゃん、ニル、シキちゃん頼む」
「うん、わかったよぉ……わたしは、『繋ぐ者』だから」
 繰輪の術式が引き寄せる力の源なら、シルキィはそれを繋ぐ『糸』自身だ。
 一度は因果だって繋いでみせたのだ。
「この力。わたしの全てを懸けてでも、やり遂げてみせる」
 シルキィはニルとシキに合図を送る。今度はもっと強い繋がりを願うのだ。
 ――この糸が夢石を、廻君を、皆を、わたしを、繋いでくれますように。
 紡がれるのはシルキィと廻の甘やかなる思い出。
 たくさんの場所へ遊びに行った、あたたかな指先のぬくもりを憶えている。
 優しい声だって、儚い笑顔だって、酔った真っ赤な顔だって眩しかった。

 ……ね、廻君。
 わたし、ここまで来るのに沢山迷ってきた。色んなことを考えたりした。
 けれど、わたしの中にあるのは……今まで伝えられなかった、たった二文字の言葉なんだよぉ。

 自分が消えてしまったら、この言葉は廻を縛る呪いになる。だからまだ言う事はできない。
 けれど、みんなが幸せになれた、その時は……

 ――――
 ――

 廻の元に夢石は全て返った。
 シルキィは昏倒し意識が戻らない。廻と心を繋げ深く潜っているのだろう。
 春泥は戦場の隅でシルキィを抱え、子をあやすようにトントンと背を叩く。
「もう少しだ。はやく見つけておいで」

「白鋼斬影さま……どうか、わたし達を信じて……」
 メイメイは光蛇を操る廻へと魔術を解き放つ。
 高濃度の魔力が光蛇を弾き、その反動で廻が地面を転がった。
 そこへシキが星の加護を宿した攻撃を仕掛ける。
「ごめんね、痛い思いなんてさせたくないけど手加減もできないみたいだからさ!」
「あなたたちは、きっと強い子供達なのでしょう。妹を倒したのですから」
 白鋼斬影の言葉に、明確な指向性が見えた。暴走状態だった力の制御が少し出来る様になったのだろう。
 星穹とヴェルグリーズはお互い視線を向かい合わせ頷く。
「あの日、あの時、もしもこうしていたら……なんて、後悔したって時間はもう戻ってこないけれど。これからの時がより良くなるように役立てることはできるから、だからどうか、まだ諦めないでいて欲しい」
 星穹の言葉は白鋼斬影と廻、両方に向けられたものなのだろう。
「手を伸ばすことは簡単ではないけれど。大丈夫。皆が傍に居ますから。廻様。帰りましょう。皆が待っています。暁月様は不安でたまらない顔をしていましたし、明煌様も心配していましたし。もう、辛いことは独りで抱えなくていいですから。独りで泣かずとも、皆が傍に居ますから」
 星穹とヴェルグリーズは手を握り、もう片方の掌を廻へと向けた。
 二人の手の中に浮かび上がった『離却の秘術』は解けあい、再び一つへと結び直された。
 やがてそれは大きさを増し、赤黒い空へと広がる。
「何が起こるとしてもキミがいればきっと大丈夫だよ、星穹」
 分かつのはヴェルグリーズの得意分野であろう。けれど、それだけではない。紡がれた縁は残さなければならない。夢石の中に納められた記憶が、心の中で温もりを放つようにと星穹は願う。

 廻の身体から、光を帯びた蛇が這い出てきた。
 黒無垢の胸元をを割って、心臓の辺りから光蛇が姿を現す。
「兄様!」
 詩乃が久方ぶりに見た兄の姿に声を張り上げた。
 光蛇は廻の中から完全に抜け出すとのた打つように身体をくねらせる。
「まだ、くるしい? 兄様、くるしい?」
 暴れ出しそうになる自分を必死に押さえているのだろう。
 詩乃の言葉を察したサクラは白鋼斬影へ駆け寄り、押さえ込むように抱きしめた。
「廻くんも、明煌さんも、暁月さんも、繰切も、貴方も! 皆助けてこそのハッピーエンドなんだよ! 誰か1人でも欠けたら誰かが泣く事になるんだ! そんな事はもうさせない!」
 大きな顎で自分の胴に噛みついた白鋼斬影は次第に光を失う。
 制御出来ないのならば、自刃で集束しようというのだろう。サクラはそれを許さないと叫んだ。
「それに……貴方は詩乃のお兄ちゃんでしょ! しっかりしなさい!
 お兄ちゃんなら……妹を泣かせるなーーーー!!」
 サクラの声は上ずって震えていた。詩乃の悲しみや淋しさに自身の境遇を重ねたのだろう。
 置いて行かれる悲しみを詩乃に背負わせるなと憤る。
 その声は白鋼斬影を奮い立たせた。再び光を取り戻した白鋼斬影は辛うじて人の姿を取る。
 白銀によく似た神の姿。されど、この姿も長くは持たない。
 白鋼斬影は離却の秘術を使ったヴェルグリーズを見上げた。
「このままでは、私共々無限廻廊が壊れます。そうなれば、永遠に此処から出られなくなる」
「そんな……何か手立てはないのかい?」
「貴方は私に縁が深いようですね。その術も……分霊も居る」
 ヴェルグリーズは白鋼斬影の傍に膝を付いた。
「しばし、貴方の身体と分霊たちを貸してくれませんか。廻へと戻れば壊れてしまうでしょう。大丈夫、力を使わなければ貴方が侵食されることはない。極限まで力を落します。その間に無限廻廊を解いてください」
 白鋼斬影が消滅してしまえば無限廻廊が壊れてしまうのだ。それだけは避けねばならなかった。
「お願いできますか」
「もちろんだよ。でも、子供達に影響は無いかな。彼らは……家族なんだ」
 こくりと頷いた白鋼斬影は力を分散させるため空気中に光の粒子となって消えた。


 白鋼斬影の気配が消えた――
 繰切は一瞬その場に立ち尽くし戦場を見渡す。
 空間そのものに分散してしまった白鋼斬影は、その『姿』を見つけられない。
 繰切の頬に涙が伝う。悲しみが彼を覆い尽くす。
 このままでは、本当の邪神に成り果ててしまうだろう。

「……そうですね。灰斗が頑張ると言うのなら、ボクはその力になるまで」
 大変な時は支えるとチェレンチィは灰斗の肩に手を置く。
 空と心結は白鋼斬影の為に力を貸している。対となる存在が頑張っているのだ自分が頑張らないわけにはいかないと灰斗はチェレンチィに確りと頷いた。
「共に、頑張りましょう」
 繰切――クロウ・クルァクとて破壊や暴走は本意ではないはずだ。
 白鋼斬影が消えて悲しみが増している今、何としても暴走を止めなければならない。
 灰斗を横抱きに飛び上がったチェレンチィは素早い動きで繰切の頭上に到達する。
 チェレンチィの腕から飛んだ灰斗は繰切の頭に掴みかかった。
 手にしたナイフで繰切の首筋を狙い刃を滑らせる。
「お前には分からないのか、白鋼斬影が消えたのだぞ」
「はぁ!? てめえこそ見えてねえのかよ! 大切だっていうわりに見つけられないとか!」
 まだ完全に消えていない白鋼斬影だったが、その存在は希薄になり空間を漂っている。
 ヴェルグリーズが白鋼斬影の存在を繋ぐ一時的な依代となっているが、闇の力に覆われた繰切には見えなかったのだろう。
「なに……」
 繰切の隙をついてチェレンチィは背後から刃を走らせる。
 背中を切り裂いた刃に繰切は苦悶の表情を浮かべた。
 これも暴走を止める為だとチェレンチィは心を鬼にして剣を突き立てる。
「……クロウ・クルァク」
 チックは繰切の名を呼ぶ。
「君はいつかの夏や、ファントムナイトの日。人として、色んな場所へ行ってみたいと……そう言っていたよね。おぼえているかな?」
 闇の力に覆われた繰切が動きを止めチックを見遣る。
「その夢を、ここで終わらせたくない。白銀や灰斗……キリと君が歩む未来を、諦めたくないんだ!」
 命を奪わないための攻撃。
 諦めたくないと想いを乗せてチックが叫んだ。

 祝音は白雪や八千代の温かさに触れ思いを巡らせる。
 きっと、繰切にとっても白鋼斬影は大切な存在なのだ。
 白鋼斬影が消えかかったことで、こんなに悲しみを帯びているのだ。
 生き延びるのだとしても、生まれ変わるのだとしても二人一緒でなければならないと祝音は確信する。
 本当は繰切達の神逐なんて望んではいないのだ。
 暁月たちが人柱にならずにすむ方法が他に無かったから、深道の信仰を壊すしかなかった。
「繰切さん達、ごめんね。本当はもっとお話ししたかった……!」
 祝音はぶんぶんと首を振る。まだ諦めてはいけない。
 繰切と白鋼斬影が二人仲良く一緒に過ごす未来は必ずあるはずなのだ……!
「廻さんも暁月さんも明煌も絶対生かす。その上で繰切さんと白鋼斬影さんも幸せになれる道を僕達は選ぶんだ!」
 ぐっと拳を握った祝音は白雪と八千代を連れて戦場を駆ける。
 今、繰切が悲しみに包まれているのだ。本意ではない攻撃をしてしまうかもしれない。
 それは繰切が後悔してしまう。だから祝音は繰切の攻撃の前に手を広げる。
「止まって、繰切さん!」
 祝音は繰切の拳をその小さな身体で受け止めた。
 身体中を走る痛みも、繰切の悲しみに比べたらやすいものだ。
「大丈夫? 紫桜さん!」
 祝音は繰切へと言葉を掛けようとしていた紫桜を庇った。
「ありがとう。ごめんね。彼に言いたいことがあるんだ」
「うん、伝えたほうがいいよ。その間僕が支えるから!」
 祝音に頷いた紫桜は繰切の大きな手に自分の手を添える。
「俺はね繰切。正気の君にちゃんと言いたいんだ。愛してるって。
 まだまだ、君の事は知らない事だらけでしっかりと目を見て会話した回数なんて数えられるだけしかないけれど、俺は君のことが好き。愛してる。俺の今までとは違う初めての愛を受け取って欲しいんだ。
 君のためにも君の大切な人や神の為にも、それから俺の為にも戻ってきてよ、繰切」
 紫桜が込めた想いの丈は繰切の動きを止める。
 悲しみに包まれて邪神に偏っていたものが、紫桜の言葉により好転した。
「とまあ、大見得を切ったはいいけれど。ゴメンね繰切。俺はやっぱり『神様』だったよ。
 みんなが眩しくて仕方がないんだ。ハッピーエンドに持っていこうとする人間が愛しい。
 皆を生かそうと頑張る人間が愛しい。託された物をきちんと返そうと奮起する人間が愛しい」
 この気持ちが分かるだろうと紫桜は繰切の手をぽんぽんと叩く。
「俺はどこまで行っても『人間が大好きな神様』なんだ。
 だから、俺は俺の全てを使い果たしてでも人間たちの望む未来を願う。君だってそうだろう?
 本当は封印なんて君にとって意味が無い。
 人間達が安心して暮らせるならって此処に留まっているだけなんだ。
 でも、その為に子供達が犠牲になるのは駄目だって君も想ってる。繰切は分かってるでしょ? もう子供達に信仰は必要無いって」
 ――だから、君は神逐を受入れるんだ。だったら、最後まで『神様』らしく行こうじゃないか。
「悲しみに囚われたままの君じゃない。本来の君のまま『次』へ進もう!」
 紫桜の言葉は繰切を覆っていた悲しみを吹き飛ばす。
 神様らしく。人と戦って。その先は――愛しい人間たちが決めるんだ。

「届け、これが俺の絶唱だッ!!」
 弾正の声が戦場に響き渡る。繰切が怒りから解放されるようにと願いを込めて歌声に乗せた。
「ルカ殿、輪唱だ! 君はその特性を悪用されて、辛かった思い出もあるだろう。戦いに力を使う事を恐れているかもしれない。しかし、今だけは……大切な人達を守る為に、その特別な力を存分に奮って欲しい」
 弾正は煌浄殿の呪物であるルカへと視線を送る。ルカと弾正はその性質が似ているのだ。
「君の支援が必要だ。俺の歌をレコードにして出力すれば、歌の威力は2倍。そして共に響かせよう、想いを込めた俺達の歌を!」
「わかったよ!」
 重なり合う旋律が弾正とルカを起点に広がる。
 それはアーマデルに加護となって降り注いだ。アーマデルは弾正の歌声に勇気づけられる。
「今俺に出来る全力の祈りを込める」
 その傍らには弾正の他に冬夜の裔の姿もあった。失いたくない糸の端に繰切も居るから、傍に居て欲しいとアーマデルが願ったのだ。

 ――『繰切』の『繰』の方(かた)。
 蛇の友、自らの尾を咥える円環より解き放たれしもの。
 クロウ・クルァク、即ち『黒繰る悪』。
 巡って捩れ、縺れて廻る。
 果てに紡いだ縁『繰ろ、来る明く』。

 アーマデルが紡ぐ言葉に魂がこもる。繰切を呼び戻す糸となるもの。
 自分は紡ぐものでも送るものでもないとアーマデルは自負する。
「縁(運命)紡ぐヒトの前に明けぬ夜は無し。皆で紡いだ縁の果て、共に見る暁のあるように。日の出前の最も暗き黒、こじ開け呼ぶ。光届くように」
 赤黒い空に浮かんでいた黒い月が僅かに光を取り戻す。
 それは小さな灯火ではあるが、大きな輝きに見えた。
「俺は知っている。ここではないどこかで。並び立ち笑う黒と白の蛇神達。
 それは可能性の一筋、異なる道筋……掴むに遅すぎはしない筈。
 諦めず掴め、我が蛇神! 可能性ならば俺がくれてやる!」
 アーマデルの魂の叫びに呼応するように、繰切の瘴気が取り払われた。

 迅は繰切の攻撃が先程よりも鋭敏になったと感じる。
「これは……手強い相手ですが。なるほど、先程までよりやりやすいですね」
 どす黒い瘴気を纏った繰切ではない。単純な『神様』としての繰切との戦いに迅は口の端を上げた。
 目の前に居るのは強大な『神様』である。
 されど、呪いを帯びた邪神ではない。人間が倒すべき神の姿だ。
 単純な殴り合いならば、迅が得意とする所で在る。
 拳を我武者羅に突き出し、繰切へと叩き込んだ。その繰り返しだ。
 闘気を燃やし、一撃に込める。
「は、は! 良いぞ迅。良い拳だ」
「ええ、そうでしょう! これでも鍛えてるんです!」
 神との戦い。それは滅多に経験出来る物では無い。
 迅ははやる気持ちを抑え、確実に一撃を叩き込んだ。
「おおー? 何か分からんけどスッキリした感じ? だったら遠慮は要らないな?」
 秋奈は迅と拳を交える繰切から邪気が解けたのを感じる。
「なんか術とか難しいのはよく分かんないけど、戦うのは得意だからな!」
 目を輝かせた秋奈は刀を手に、繰切へと駆け上がった。
「よーし! いっくぜー!」
 飛び上がった秋奈の刃が繰切の腕を切り裂く。
 切り取られた腕が地面へと大きな音を立てて落ちた。
「こんなものではないだろう秋奈。お前の本当の実力を見せてみろ」
「言われなくとも!」
 幾重にも重なる刃が繰切の身体に刻まれる。
 それでも繰切は、何処か楽しげであった。

 ――――
 ――

 暁月は浮かび上がった無限廻廊に意識を集中させる。
 仄かに光る紋様は、燈堂の家紋と同じ印だ。
 その外周に指を置いて撫でる。触れた指先に魔力を込めて僅かに輪郭を解いた。
「……っ」
 反動は暁月の掌を灼いた。真っ赤に滴る血が地面に落ちる。
 まだ外周の一束を解いただけなのにこの有様だ。命を削る戦いであろう。
 それに解呪だけではない。暁月は真後ろに気配を感じ妖刀で受け止めた。
「光慈さん……」
 それは暁月が燈堂へ来た時に斬った前代当主光慈だった。
「暁月、それは解いてはならない。深道の希望なのだ」
「いいえ。これは希望なんかじゃない。呪縛だ。貴方も本当は分かっていたはずだ」
 希望であると思わなければ『人柱』になんてなれやしない。
 その信念こそが呪縛であると言うのならば、自分達のしてきた事の意味は何だったのか。
「無駄であったと、言いたいのか」
 光慈の声に暁月が「そうじゃない」と首を振る。
「おい! てめら! そんなもんか!? そんなんでいいのか!?」
 天川が大声と共に間に割って入った。怨嗟となりかけた光慈の意識が天川へと向く。
「どうせ逝くならスッキリしてから逝け! ムカついてるだろう!?
 真正面からぶった斬ってやる! 来いよ!」
 それは光慈の心を揺さぶるものだ。怒りが天川へと向けられる。
 暁月は天川へ視線を上げた。力強い天川の眼差しは「任せろ」と言わんばかりである。
 光慈を焚きつけ、自分を狙うように仕向けたのだ。
「何が分かるというのだ!」
「ああ!? 何も分かんねえよ! 分かって欲しいなら全力で掛かってこい!」
 天川に降りかかる剣は力強く怒りに満ちていた。
 彼らの無念を少しでも晴らしてやりたいと天川はけしかける。
「暁月! 焦らず確実にやれ! こっちはどうとでもなる! 最高にご機嫌な剣戟日和ってやつだ!」
「ありがとう、天川」
「ははは! なぁ暁月! これで何もかも終わりに出切るって考えるとよ! 不思議と楽しくなっちゃこないか? 俺は今最高に気分がいいぜ! ここさえ凌げばハッピーエンドっやつだからな!」
 この大局を終わらせることが出来れば、天川の大事な人達も皆救われる。
 ならば安いものである。手に握る刀が軽い。
「剣を振るう程度わけはない!」
 天川は勢いに任せるまま、剣を振い続けた。
 リアは周囲から聞こえる人柱達の旋律に耳を傾けた。
「……そうよね、苦しいよね」
 光慈の周りには歴代の人柱たちが集まってきている。
 姿さえも見えない小さな怨念たちも、リアの耳にははっきりとその声が聞こえていた。
「だからこそ、あたしは光を示してやろうじゃない!
 絶対に負けるわけにはいかないわ!」

 セレナは人柱たちの声をしっかりと受け止めていた。
 己の心、負の闇はねじ伏せ従えて。
「……あなた達の怨み。受け止め、呑み込んで。眠らせてあげる」
「ええ、止まらず廻り続ける死血の魔術。人の営みが巡るように、見せてあげましょう」
 マリエッタはセレナに頷くと、人柱達の怨嗟へと術式を組み上げる。
「いくらでも来るがいい。全てその血を奪い、この小さな世界から連れ出してあげますので」
 彼らが見たい未来は、きっとチアキの鏡に映るものと、これからが同じになるはずだから。
「無限廻廊……あの時見た見立てだと、強大な真性怪異を封じられてる事が不思議だった。封印できていた理由は察せるけど」
 この術式は何であったのか。
 セレナは考えを巡らせる。封印するものでは無いとしたのなら。
 ――何かから隠していたとも考えられる。
 マリエッタは未来を護る為に、その原因を探ろうとしているのかもしれない。
(あなたは本当に……悪辣なつもりだけど、優しい人)
 口に出せば怒られてしまいそうだから。セレナはマリエッタの隣で静かに微笑む。
 ――ねえ、マリエッタ。あなたが悪を為して誰かを守るなら。
 わたしはそんなあなたを守りたい。
 セレナの望む未来はマリエッタと共にいること。
 もし駄目だと言われても、そんなのお構いなしに傍にいてやるのだ。

「繰切氏が悪神だと。彼を倒される事が一番善いことだと信じてたのは、命が犠牲になった彼らなんだ。自分達が正しいと信じてたモノが違うって思わされるのは辛い」
 それでも伝えなければならないのだと昼顔は拳を握る。
「僕が知っている繰切氏は確かに善き神ではないと思う。でも僕が彼を解析しようとして逆に侵された時は心配してくれた。巫女である廻氏を彼なりに大切にしようとしてた」
 ねえ、お願いだと昼顔は人柱たちに声を張る。
「信じてくれないか」
 繰切は自分達が思う程悪い存在ではないのだと、これ以上神様も人も夜妖も誰も死ななくていいのだと昼顔は必死に叫んだ。
「お願い、手伝ってくれないか。僕達が願うハッピーエンドを掴むには。きっと必要なのは想いだから」
 思い返せば、体育祭の時に廻が人見知りの昼顔を踊りに誘ってくれた其れが始まりだった。
 廻を助ける為に祓い屋に関わり、龍成やヒジリに出会い友人となった。
 繰切とは妙な関係で……竜二とは別れてしまった。
「コレ以上、何も失いたくない! 僕は全部取り戻して、これからも一緒に生きていきたい! 僕の想いを犠牲になった者に伝えて! 未来が、夜妖も人も神様も共に有る道でありますようにって……一緒に願って欲しいんだ!」
 昼顔の想いに人柱たちは立ち止まり、耳を傾けた。

「まぁ私から言えることと言えば……」
 きゐこは魔法陣を展開しながら前燈堂当主光慈へと言葉を掛ける。
「自分の命を賭けて繋いで来た物が壊されるとなると嫌だろうけど結局の所、縁と技術の発展で無限廻廊を解呪するって選択肢が出来たのよ。それを貴方は理解出来ているでしょう?」
「……」
「歴代のご当主……繰切は新生する」
 舞花はきゐこに重ねるように光慈へと意識を向けた。
「その儀式は始まりました。もう止める事はできない。無限廻廊が、その長い役目を終える時が来たのです。望ましい状況とは言い難いけれど、それも致し方ない事」
 光慈の怒りに悲しみが交ざる。頭では理解出来ること、素直に喜ばなければならないもの。
 後に続く者が幸せであればそれで良いと、どうして思えないのか。
 己が浅ましいからか。自分が命を賭した道が間違っていたのか。
「その為の時間を稼いできた人柱の人達は無駄では無かった」
 きゐこの声に光慈は顔を上げる。
「あなた達が居たから、子供達は死ななくてすむ。小さい頃の明煌や暁月を知っているのよね? その子たちが笑顔で居られるのはあなたが守ったから。その暁月達が今度はあなたを解放しようとしている」
 光慈は視線を上げて明煌や暁月を見た。怨嗟の中で曇っていた視界が開け、子供だった彼らの大きくなった姿がはっきりと見えた。
「ああ、大きくなったんだね」
「そうよ。暁月たちはもう子供じゃないわ。だから大丈夫。後は私達に任せてゆっくり休んで?」
「暁月さん。燈堂の、犠牲の為に役目という名の更なる犠牲を重ねざるを得なかった宿命を、今此処に断ち切りましょう」
 もう、悲しい覚悟による犠牲は続かない。終わらせることができる。
 生前の光慈も叶うのならば子供達が犠牲にならない道を望んでいたはずなのだ。
 舞花の刀が光慈の胴を切り裂く。怨念に死は存在しないが、けじめとして『死』を与えるのだ。
 思いを断ち切るように――ありがとうと、頼んだと、言葉を残して光慈は消える。

「明煌、大丈夫?」
 ジェックは歯を食いしばる明煌へ声を掛ける。
 暁月に渡した左腕の代わりは、三蛇が補っていた。
「うん……何とかなる。ジェックちゃんも皆もいるし」
 一人だけじゃ無いと明煌はもう知っている。ジェックがもしもと危惧した不安は彼方に消え去った。
「ちょっと心配してた?」
「まあ、そうかもね。でも大丈夫そう」
 命の灯火は絶えない。この先も未来を紡いでいける。
 ジェックにはその確信があった。明煌がいない未来は訪れないと言い切れる。
「行こう明煌。ハッピーエンドを掴みに!」

 ずっと兄が居たなら……貴方みたいな人だったらと思っていた。
 そんな風にムサシは明煌の背を追う。
 少し不器用で無愛想だけど、心の底は優しくて誰かのことを想える、そんな人。
 兄が出来たみたいだって。いつもより子供のように振る舞ってしまうくらいに、親しみと安心感と居心地の良さを明煌に感じていた。弟なら……決断した兄のことを全力で応援したい。
 ――だから、『兄さん』。
 いつも笑顔にしてくれた貴方に、心の底から笑えるように、全力で頑張るよ。
「行こう、明煌さん……いや、明煌! 俺達で、救うんだ!」

 血飛沫を上げた繰切が、魔術陣を展開する。
 既に三本の腕は切り落とされ、身体も随分と小さくなっていた。
「いくぞ、餓慈郎。繰切から死の運命を分かつ!」
 汰磨羈は最後の一太刀を浴びせんとその刀柄を握り締める。
「これは願掛けだ、繰切。
 例え生まれ変わったとしても、『今の繰切』を失わない為のな……!」
 汰磨羈は息を吐き、地面を蹴った。
 空を切り迫り来る刃を繰切はその身で受けきる。
「ああ、見事だ汰磨羈。強き一太刀であったぞ」
 一瞬にして空間へと霧散した繰切に汰磨羈は「そうだろう」と返した。

「……力を貸してね」
 アーリアは託された黒紫の願いに想いを込める。
 彼女の願いは日常を取り戻すこと。
 廻と暁月、二人に出会ったのはもう三年以上前になる。
 変わってしまったことも沢山あった。
 それは成長ともいえる大事なものだけれど、それでも変わらない日常があのお屋敷にはあってほしい。
「穏やかで、けれど賑やかで。
 そんな日々が、これからも続くようにって願うから――力を!」
 アーリアの願いは光となって赤黒い空を覆い尽くす。
 残っていた人柱になった犠牲者や夜妖たちがゆっくりと消えていく。
 その顔は寂しそうでもあり、誇らしげでもあった。未来を託せるという安堵が彼らを導くのだろう。
 リュコスは黒紫の願いに想いを重ねる。自分達の知る『繰切』が残るように。
「神様じゃなくなってただの怪異になるかもしれないし、もしかしたら人になるかもしれない。最終的にどんなかたちになったとしても、中身は今の繰切のままであってほしい」
 願いは煌めいて赤黒い空に光が満ちる。
「繰切さん、白鋼斬影さん……どうか二人一緒にいて、互いに手を繋いでほしい。
 融合はせず、別々の存在で……大切な二人で一緒に過ごしてほしい」
 祝音も二人がともに残ることを願い、重ね合わせる。
「二人が互いや皆を大切に思う二人のまま、人柱等を必要とせずに存在可能になりますように!」

 チックは薄れ往く繰切の気配に涙を浮かべた。
 存在自体が消えることはなくとも、これまでの記憶が消えてしまうのなら、それは一度『死』を迎えるのと同じことだ。ならば、とチックは消えゆく繰切へ唄を紡ぐ。
 記憶の灯が絶えぬ様に、解けぬ様にと祈りを込めて。
「……その祓われた記憶の中に、愛する人との思い出も含まれるのだとしたら。余りにも残酷で、悲しい。
 だから──必ず、戻ってきて! クロウ・クルァク」
 凜と響いたチックの声に薄れ往く繰切の意識が停滞する。

「白鋼斬影、力を貸してほしい。まだ、其処に居るんだろう?」
 無限廻廊が健在だということは、白鋼斬影がまだこの空間に存在しているのだ。
 ヴェルグリーズの身体を借りた白鋼斬影が暁月の隣へ歩み寄る。
 汰磨羈は白鋼斬影の傍に来て繰切へと「自分はもう大丈夫だと」呼びかけるように伝えた。
「陰と陽は等しくあるべし。御主等も、それと同様だろう? ならば、これからも共に生きるべきだ」
「そうですね……私もあの人と共にまた歩みたい。そうでしょう繰切」
 白鋼斬影の声に呼応するように空気に温かな神気が満ちる。

 妖刀の分霊たちを手に白鋼斬影は最後の力を振り絞った。
 暁月はその力を受け取り、『封呪』無限廻廊に触れる。
 身体中が灼けるような感覚が巡り、倒れそうになるのを明煌が支えた。
 人柱たちの想いが暁月の身体を通り抜け、空へと登っていく。
「おやすみなさい……」
 暁月が封呪の中心を、妖刀で切り裂いた。
 その瞬間、赤く染まっていた空は晴れて、いつもの燈堂家が返ってくる。
 明るくなってきた空には、太陽が登り始めていた。


 燈堂家に静かに降り注ぐ陽光と共に、降りていた隔壁が収納される。
 天川は「疲れた」と肩の力を抜いた。
「帰ったら少し儚い晴陽に甘えたって罰は当たらんか?」
 相当つかれているようだと天川は自嘲して、それでも彼女の顔を見たいと想うのだ。
「皆よく頑張ったな。お疲れ様だ」
 背をポンと叩いた天川に、まだ戦いの高揚が抜けていない顔で暁月は「ありがとう」と返す。
 リアは朝比奈を暁月も元へと引っ張ってきた。
「家族とは、もっとちゃんといっぱい一緒に過ごさないと。
 ほら! 暁月さん! この子、貴方のために凄く頑張ったのよ!
 ささ、褒めてあげて褒めてあげて!」
「ちょっと、リア!」
 頬を赤く染める朝比奈の頭をゆっくりと撫でてやる暁月。
 その後ろで安心した表情を浮かべる夜見の頭もついでに撫でてやる。
「朝比奈、夜見。よく頑張ったね」
「兄さんっ!」
 抱きついた二人に暁月は笑みを零した。

「そういえば人柱達の墓とかあるの?」
 きゐこの問いに、「もちろん」と暁月は返す。
「じゃあ今度お供えでも持っていきましょうかね。あ、黒曜。流石に無限廻廊を解呪したら祓い屋の大きな事件は諸々終わりかしらね~」
「どうかな。俺には分からん
「……もう問題残ってないわよね? あるなら白状しなさい。手伝うから」
 深道三家の人柱を立てる信仰は潰えた。されど、夜妖を祓うという家業は続いていくだろう。
「まぁ仮に祓い屋の方に無くても混沌自体が全部やばいって状態だし。私はまだまだゆっくり出来なさそうだけどさ~。そっちも纏めて色々終わったら……ん~……ん~……何か遠くに遊びに行きましょう! 別の国とかね! 豊穣とか私の故郷に近い土地柄で良いわよ~」
 きゐこの提案に「それも楽しそうだな」と黒曜は返す。
 マリエッタはチアキを呼んで鏡の力を使いたいと願う。
「チアキ。明煌の、暁月の、廻の、春泥の、彼らの未来の幸せが歪む可能性が、今、ここに残るのならば……その原因を私は見たい」
「可能性があるとすれば、それは世界の終焉でしょう。全ての終わり」
 Bad End 8が齎す厄災のことを示唆しているのだろう。それは彼らにとってもマリエッタにとっても忌避すべきものだった。未来の為に倒さねばならない敵がいる。
 きっと明煌の鏡に映るのは、ここにいる皆なのだろうとマリエッタは微笑む。
「無限廻廊の分霊なんて突き放した言い方をしてしまいましたけれど、本当に助けられています」
 星穹は子供の姿に戻った空と心結を抱きしめる。
「あなたたちがいるから生きて帰らなくてはと思えるのです。……ねえ、ヴェルグリーズ。帰ったら、未来の話をしませんか。この子達のこれからも、考えないといけませんし」
「そうだね、星穹。帰ったら空と心結も一緒にたくさん話そう。俺達のこれからのことを」
 誰も欠けない、皆が救われる結末の先。
 これからの話しをしようとヴェルグリーズと星穹は笑い合った。
「龍成……その」
「うん、どうした? どっか怪我したか?」
 ボディの手を取って傷が無いか確かめる龍成。
 激情に任せ色々なことを口走ってしまったボディはきちんと伝えたいと思ったのだ。
「その……順番が変かもしれませんけど。後で大事な話があるから待っててほしいのですが」
「いいぜ。いくらでも待つって言っただろ」
 頭をわしわしと撫でた龍成に連れられて、ボディは自分達の家へと帰る。

 ヨハンナは緊張感のある面持ちで父親を見守っていた。
 ヨハネの前にテアドールが現れたからだ。その隣にはニルも一緒にいる。
「言いたい事、伝えたいことは沢山あります」
 テアドールが真剣な表情でヨハネを見上げた。
「ええ、そうでしょうね」
「けれど、これは僕の気持ちではありません。ネフライトの気持ちです。だから、僕の口から語る資格は無いです。貴方が許しを請うことも出来ません。貴方の罪は生涯背負ってください」
 テアドールはヨハネに対して冷たく言い放つ。
「それとは別に……少し屈んでいただけますか?」
 言われた通りにヨハネはテアドールの前に膝を着いた。
 瞬間、テアドールはヨハネの頬を殴り付ける。避けることは出来たけれどヨハネは避けなかった。
「これは僕自身の怒りです。……では、さようならネフライト(ぼく)の友人」
 テアドールはニルの手を掴んでその場を去る。
 決裂した道はどうしたって交わらないのだと思い知らされるヨハンナ。
 ヨハンナは立ち上がったヨハネの肩に手を置いた。


 晴れ渡る青空が広がっている。
 吹いてくる風は柔らかく、春の陽気に包まれていた。
 燈堂家のリビングで散髪用のケープを被るのは廻だった。その隣で長い髪をシルキィが梳かしている。
 散髪する前に整えた方が綺麗に切れるのだ。
 シルキィは楽しげに廻の髪に櫛を入れている。縁側では愛無がしゅうたちと丸くなっていた。
「廻、すっかり良くなったのにゃ」
「はい……! もう元気になりました。髪の色も戻りましたし」
 白鋼斬影を降ろした影響で廻の髪は白へと変化していた。それも次第に元へと戻っている。
「長いままだから切らないとにゃ」
 ハサミを取り出したちぐさは、長くなった廻の髪をシャキンと切った。
「あ……あれ、このぐらいの長さだったかにゃ?」
 ちぐさはバラバラになった髪の長さに汗をかく。
「おや、髪を切ってしまうのかい? もったいない」
 姿を見せた春泥にちぐさは一瞬警戒をするように尻尾をゆるく振った。
 春泥の後ろからやってきたメイメイとジュリエットは、新聞紙の上に散らばった髪と廻の頭を交互に見つめる。
「おうおう、やっちまったな。ちぐさ」
「あわわ……」
 カオルの声にちぐさは涙目になってぷるぷると震える。
「俺に任せとけ。ちゃんと整えてやるから心配すんな」
 ちぐさの頭をわしゃわしゃと撫でたカオルは廻の髪を切りそろえる。
 調度、コノカと散歩しにきていた迅に連れられて燈堂家を訪れていたのだ。
 中庭を見遣れば、外で迅とコノカが楽しそうに遊んでいる。

 メイメイは髪を切り終えた廻の手を握ってよかったと微笑む。
「……おかえり、なさいませ」
 改めて伝えた言葉に、メイメイはぽろりと涙を零した。
 此処に辿り着くまで長い間掛かってしまった。
 全ての記憶を取り戻した廻は、「ただいまです」とメイメイに返す。
「春泥さま……多くの事は、もう言いません。ちゃんと廻さまに、謝って下さい、ね。
 廻さまはお優しいです、から……それで、おしまい、です」
 メイメイは春泥に向き直り、廻の前へと引っ張った。
 座ったままの廻を春泥はぎゅっと抱きしめる。
「ごめんね、廻。いっぱい君には酷いことをした。君が居てくれて良かったと言ったら、また怒られてしまうかもしれないけれど。君と彼らじゃなきゃだめだった。僕一人じゃ、やっぱり成し得なかったから」
「はい。良いですよ……暁月さんも明煌さんも他の人たちも、もう犠牲にならなくてすむなら。僕がやってきたことは無駄じゃなかったから。それに僕、暁月さんたちの為なら同じように協力してたようなきがします。だったら、もうあとは笑って過ごしましょう。皆、生きてますから」
 廻にとって春泥は深道に連なるもの。暁月たちと同じ家族なのだ。
「もー、せんせーくっつきすぎ。廻くんが減るから」
 春泥から廻を奪い取ったラズワルドは猫のように尻尾を絡ませる。

「おーい、チョコとマカロン持ってきたぞ」
「ケーキもある」
 弾正とアーマデルが燈堂家のリビングにやってくる。
「チョコとマカロンは明煌殿の好物なのだろう? まだこっちに居るよな?」
 明煌は左腕を落した治療のため燈堂家に留まっているのだ。
 高い癒やしの術を持つ牡丹に経過観察を言い渡されていた。
 移植した暁月の左腕のことでも、明煌が居た方が調整が利くという理由で煌浄殿には帰れていない。
「マカロン、食べる……」
 リビングに現れた明煌へ廻は視線を上げる。
 明煌が左腕を無くすことになったのも、廻の力の暴走が原因であった。その負い目を感じないといえば嘘になる。マカロンを摘まんだ明煌は廻の口にそれを詰め込んだ。
「まだ気にしてるんか」
 短くなった廻の髪を触った明煌は「大丈夫だ」と頭を撫で繰り回す。

「クル殿とキリ殿は……」
 アーマデルの問いに、廻は中庭を見上げた。
「二人とも中庭に居ますよ。今は詩乃と遊んでるみたいです」
 幼子の姿になっているクロウ・クルァクと白鋼斬影は皆の願いにより、その記憶を留めたまま再び燈堂の地に現れたのだ。
「二人とも、前みたいに力は無いって言ってました。だから、依代も必要無いって。精霊に近いのかな。ちょっと僕もよく分からないですけど」
 神霊と呼ばれるものに代わりは無いが、神逐により大半の力は失われてしまったのだろう。
 その代わりに、闇の力の影響を受けることもなくなった。
 アーマデルやチック、リュコスたちが願ったように二人は寄り添いあっていた。
 祝音は白雪たちを連れてクルとキリに手を振る。
 紫桜はクルとキリの姿を見つめ、良かったと微笑んだ。
 繰切として彼のことを愛していると想っていたけれど、二人に分れてしまったいま、両方に愛を向けるべきなのかと紫桜は少し考える。
「まあ、それもこれから考えていけばいいよね」

「そういえば、お酒は日本酒で良かったかな?」
 ヴェルグリーズは沢山の酒を抱え、燈堂家のリビングへと入って来た。
 その後ろには星穹と子供達が続く。
「廻殿の調子が悪い間、心の底からお酒を楽しむのも難しかっただろう?」
 全てを終えて飲む酒は格別であろう。広げられたお菓子や料理がテーブルの上には並んでいた。
「ありがとう、ヴェルグリーズ。星穹ちゃんも」
 暁月は微笑みながら振り返る。
「こんな陽気には、花見でもしたいねえ」
「あらいいわね!」
 台所から白銀と一緒に料理を運んできたアーリアは目を輝かせる。
「花見か……」
 リビングの片隅でお菓子を頬張っていた明煌が窓の外を見上げた。
「気持ちよさそうだね」
 その隣ではジェックが同じようにマカロンを頬張っている。
「我らも酒を飲むぞ」
 大人の姿になったクルとキリが座布団の上にいつの間にか座っていた。
 チックは賑やかになっていくリビングを眺め、ほっと笑みを浮かべる。
 いつまでも続けばいいと願わずには居られない光景に廻とシルキィは微笑み合った。

 ――桜の咲く頃、屋根の上で。見渡す景色はきっと、幸せの色をしているのだ。



成否

大成功

MVP

なし

状態異常

ラズワルド(p3p000622)[重傷]
あたたかな音
日車・迅(p3p007500)[重傷]
疾風迅狼
シルキィ(p3p008115)[重傷]
繋ぐ者
山本 雄斗(p3p009723)[重傷]
命を抱いて

あとがき

 お疲れ様でした。
 祓い屋、完結となります。
 たくさんの思い出を噛みしめています。
 本当に長い間ありがとうございました!

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