シナリオ詳細
<神の王国>断章とピジョンブラッド
オープニング
●
白い壁がある。
手触りは少しだけざらついていて、押すと微かにへこんだ。
テレサ=レジア・ローザリアは、おもむろに壁をむしり取る。
無味無臭のそれを口へ運べば、飢えもなく、乾きもなく、疲れもない。
天を見上げ、地を見下ろす。
いずれも一面の白。
あたりにはやはり白いもやが漂っていて、笑っているように感じる。
死んでいった者達の魂が、あるいは生まれてこなかった魂が――
「考え得る全ての分岐が、私の勝利なの」
テレサが嗤う。
「けれど寂しいものだから、みんな応援をよろしくね」
ここは理想郷なのだという。
遂行者は神の王国に住まう、神に選ばれた存在である。
己が理想の全てがある、死者さえよみがえる真なる楽園だ。
「でも私には、足りないのね」
テレサは神を試さない。
そして自身の敬虔さを疑わない。
ゆえにこの純白が、今の自身にとっての理想だとしても一向に構わなかった。
たとえ足りなかろうと、満たされなかろうと。それでも彼女は満足している。
「でもね、全部を終わりにするの」
理想郷の異物は、己自身と、己が手にした小さな宝石箱だけだった。
星空のように飾られた濃紺色の箱を開くと、金細工の小鳥が起き上がる。
そしてまきかけのぜんまいがオルゴールを奏でようと、かちかち震えた。
中にはハート型を半分に割ったような、欠けた赤い宝石が見える。
いびつなピジョンブラッドが歯車に挟まり、歯車の動作を阻害していた。
指で触れたなら、今にも割れてしまいそうな。儚く小さな石ころ。
神霊の淵(ダイモーン・テホーム)におさめられた宝物。
「ねえレジア、あなたもきっと、そう思っているんでしょ?」
これがテレサの心臓――その半分である。
「私はね、勝つために産まれたんだけど」
テレサはあたりに漂うもやの一つを、そっとなでてやった。
天義名門ローザリア家は、生まれ来る前の子を生け贄に、魂をテレサへとくべた。
希代の天才魔術師を作るために、何もかもを捧げた。
それでもきっと、足りなかっただけなのだ。
「だから世界は更新されるべきなわけ」
人の世界には限界と呼ぶべきものがあり、誰しもがついには届かない。
最高の魔導師が住まう塔はついに天を貫くことなく。
天才冒険者は可能性に至らない。
竜さえついには滅ぶのだから、神とて例外ではないのだろう。
何もかもが永久に不完全であり、世界もまた同じこと。
音楽も、物語も――
「きちんと終わらせなきゃ、ね」
勝利を疑う余地はない。
あらゆる可能性を検知し、検討し、検証したならば、試す必要さえなかろう。
「さあ、帳をおろしましょう。今こそ、ついに――この世界そのものへ」
テレサは微笑む。
「そのためだったら。私の命なんて、その程度のもの、いくらでもかけてあげるわ」
一歩だけ進み、自身の身体を抱きしめ、あざけるように。
「……けれど怖いわ。ねえ、今にも足がすくんでしまいそう」
●
放物線を描く迫撃弾が、壮麗な神殿へと突き刺さり――爆音。
軍装に身を纏う狐耳の少女達が、火器を手に突撃を敢行していた。
ここは天義北西部に位置する、カルト結社『綜結教会』の本拠地だ。
狂神と呼ばれる古の旅人――だったもの――をあがめる、異端者の群れである。
天使を称する合成獣(キマイラ)を産み出し、世界へと反逆を企てている。
「――私達は、それを阻止する者だ」
戦いが始まる少し前のこと。
式神・稲荷神――長月・イナリ(p3p008096)の母のような存在――は一行へと語った。
かつて、太古の昔。一人の旅人(ウォーカー)が居たのだという。
旅人は異世界の神だった。
死も病もなく、誰もが一つにつながる世界。
そこはある種の理想郷だったのかもしれない。
故に旅人は考えた。この世界――無辜なる混沌もそうあるべきだと。
だから演算を重ねた。
幾星霜を試し続け、しかし結論付けることは出来なかった。
――この世界は必ず滅びるのでごせえます。
イレギュラーズなら誰でも聞いたことのある言葉を、旅人はついに否定出来なかった。
それでも旅人は抗った。
この世界で神に近しいとされるシステム――精霊へと目をつけた。
豊穣の祈りを捧げられる、古代の人々がレシスウェレと呼んだ、一柱の大精霊だ。
旅人は、雨と太陽を司る大気の大精霊を御し、支配し、慈しんだ。
自身と同じ名――稲荷――を与え、術式として編み上げたのだ。
「ルノン断章、たしか古い異端だったわね」
「はい」
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)の言葉に、エリカ・フユツキが頷いた。
エリカの表情を見たクロバ・フユツキ(p3p000145)は、少しだけ安堵した。
精神的に不安定なエリカはテレサの言葉に惹かれていたが、今は安定しているらしい。
(……良かったよ、本当に)
そんなクロバ――師匠を見たシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)もまた安堵し――
「禁書とは故あって封じられる知識ならば、記された正確さは基準になりませんから」
ドラマ・ゲツク(p3p000172)が言葉を続ける。
だが結局、そうしていかに力を得ても、旅人の結論は変わらなかった。
この世界はあまりに不完全であり、旅人が維持してきた完全な世界とはまるで違っていたからだ。
旅人はもがき、あがき、悩み苦しんだ。
自身は神であるにも関わらず、なぜそれしきを成し遂げることさえ出来ないのか。
そして最終的な判断を下した。
「この世界は一度完全に滅び、再誕すべきであると」
「テレサと同じ――か」
リースヒース(p3p009207)は溜息一つ。
旅人は傲慢の呼び声を受け、滅びのアークを纏った。
更に長い長い年月の果てに、旅人だった彼女は、怪物へと成り果てたのだ。
そして式神・稲荷神は、狂神となった彼女の元から離反した。
「じゃあ狂神っていうのは、ママみたいなものなんだね」
「その理解は正しい」
セララ(p3p000273)の言葉を、稲荷が肯定する。
「だが止めなければならないのだ」
イナリはおし黙ったまま、神妙な表情をしている。
佐藤 美咲(p3p009818)が腕を組む。
「具体的な作戦はどうしまス? こっちは死にかけた上に無職になったんスけど」
「ええ、と」
「まず杜戦力の主力部隊が神殿を攻略。多数の敵軍と交戦します」
普久原・ほむら(p3n000159)の呻きに続け、ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)が答えた。
「それで間違いございませんわね?」
「仰る通りデス」
ヒウル・アルケインが応じた。ヒウルは杜――稲荷神が作り上げた組織が派遣した秘宝種である。
なぜかサクラ(p3p005004)の元に来たのは、天義騎士団を率い、なおかつローレット所属だからだ。
「我々は、やはり敵特記戦力の斬首作戦になるだろう。得意の戦術だ」
エッダ・フロールリジ(p3p006270)に、ガハラ・アサクラが頷いた。
「で、肝心のテレサだが。どうする?」
クロバが一同を見渡した。
魔種にして遂行者のテレサは、ありていにいって無敵である。
それはスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の家に伝わるリインカーネーションという指輪の力に由来するものだった。
聖女ルルが盗み出しテレサに与えたというその指輪は、聖霊を宿す聖遺物だ。
滅びのアークに汚染されかかり、力を強制的に引き出されている。
完全に汚染されれば、おそらく新たな遂行者となるだろう。
あるいは力を使い果たせば破壊されてしまうかもしれない。
ともかくとして、指輪の力によって、テレサは強力な結界を持つ。
「その上、死霊術(ネクロマンシー)と来たものだ」
リースヒースの声音は苦い。
テレサを攻略するには、指輪を奪う必要がある。
だが結界が展開されていれば、触れることすら叶わない。
「リインカーネーションを、絶対に取り戻すんだ」
「そうだね……」
決意を固めるスティアを、サクラは案じている。
「策が、なくはないでス」
控えめに挙手したのは、美咲だった。
美咲はテレサの罠によって死にかけたのだが、その際に『テレサの間合い』を把握している。
「攻撃と結界の合間に、どうにかしてパクるしかないでス」
「ならば死霊は、私がどうにかしてみせる必要が生じるか」
「ではいったん、まとめるとしましょうか」
そう述べた新田 寛治(p3p005073)に一同が頷いた。
まず稲荷神率いる杜の主力部隊が、カルト結社の神殿へ総攻撃を仕掛ける。
次にイレギュラーズを中心とした特記戦力部隊が、神殿内の特記戦力を撃破。
最後にテレサの居る神の国へ進撃する。
テレサに対しては、どうにか指輪を奪い取る。
その際に抵抗するであろう死霊を抑えきる。
そして撃破することになる。
指輪さえなければテレサは――ほむらの言葉を借りるなら――ただ強いだけの魔種だ。
「我々としても情報を持ち帰らなければならない。引き続き全面的に協力させてもらうよ」
そう述べたマキナにジオルドも頷いた。
心底嫌そうな表情をした美咲はさておくとして。
けれどこの時、一行はまだ最大の障害を把握していなかったのである。
それは冠位傲慢ルスト・シファーの権能だった。
- <神の王国>断章とピジョンブラッド完了
- GM名pipi
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月21日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●Unified theory I
そこは巨大な神殿である。
中庭から白亜の回廊へと吹き抜ける風は、刃のように冷たく、鋭く。
いかに大理石を壮麗に積み上げても、苛烈な冬の前には、人は身を縮める他にない。
「――行きましょう。理想郷を、終わらせに」
ジルーシャ達、多数のイレギュラーズは友軍と共に進撃していた。
吐く息は白いまま、駆け抜ける一行の顔を横切り溶けていく。
天義北西部に位置するこの場所は、綜結教会なるカルト結社の本拠地である。
(綺麗な場所……)
フランの見上げた天井は、身長の何倍も高く、精緻な彫刻が施されていた。
事実として、ここは著名『だった』建築家が設計しており、フォン・ルーベルグの大聖堂にも劣るまい。
けれど――
「――ぎゃーす!」
フランの眼前に現われたのは、異形の怪物だ。
シルエットだけならば、遠目には天使のようにも見えるが。
不遜にも天の御使いを僭称させられた合成魔獣は、尖った牙を剥き出しに、人々をあざ笑う。
行方不明となった建築家が、その一体の材料にされていたというのは、後に分かる情報だったが。
怪鳥の群れめいた耳障りな鳴き声は、しかし無数の銃撃に覆い尽くされた。
「ここは杜が食い止めるよ!」
「だから皆はラバトーリとテレサを!」
友軍――杜の狐兵達が騎兵銃(アサルトカービン)を手に、次々と突撃していく。
神殿上空には杜の硬式飛行船が待機しており、周囲は同じく杜の軍勢で埋め尽くされていた。
軍用テントが張られ、壕と柵とが作られている。
敵軍は一兵たりとも逃さないという構えだ。
「保有戦力を全て叩き付けた総力戦」
瞳に決意をこめ、イナリは唇を引き結ぶ。
負ければ戦力の再建は不可能だろう。
「……なら、勝つしかないわね!」
上空では鯨めいた怪物――これも天使だという――と、飛行船が交戦をはじめていた。
さらにその上の上では、まるで流星のように二重の螺旋を描いている。
時折、辺り一帯が真昼のように明るくなるのは、杜の長が放つ大魔術だった。
だが寛治が掴んだ情報によれば、カルト結社が神と仰ぐ怪物には、それでも及ばないのだという。
一行の目的は数が多い。
カルト結社と手を結ぶ魔種『遂行者』テレサの撃破。
テレサの保持するヴァークライト家の聖遺物リインカーネーションの奪還。
カルト結社それ自体の壊滅。
彼等が神と仰ぐ怪物とて、少なくとも撃退はしたい。
そして何よりも冠位傲慢ルストを討ち滅ぼすこと。
「こういう場面では、脇を固めるキャスティングも重要ですからね」
因縁を束ねた戦場において、寛治はあえて英雄達の介添えに徹する構えだ。
「ここは我々にお任せを。突破し、存分に本懐を果たしてください」
道は三手に分かたれている。
最初の一つは無数の怪物に埋め尽くされた大広間。ここは狐兵と天義の騎士団が制圧する算段だ。
次なる一つは大礼拝堂、カルト教祖ラバトーリが指揮を下している場所だ。特記戦力を斬首する。
最後の一つは――あたかも天国へ誘おうとでも言うように――天空へと伸びる光の階段である。
そこではテレサが今正に、降りた帳を国中へと広げようとしているのだろう。
戦闘は早くも激化の一途を辿っていた。
大理石の壁を抉る銃弾の嵐へ、狐兵が手榴弾を放った。
嵐がにわかに止んだ瞬間、ハンドサインと共に突撃を敢行する。
チャロロもまた彼女等と共に、戦場の中枢へと駆けた。
壮麗だった神殿には砂煙が立ちこめ、まるで廃屋のようだった。
突如、倒れたまま異言を呟く僧兵の身体が冗談のように踊り出す。
そして爆ぜるように無数の触手が高い天井へと伸び、槍雨のように降り注ぐ。
非人道的な肉体改造は、死すら許さないのだろう。
その上、帳と原罪の呼び声の影響下にあるなら、それは最早、怪物と変わりない。
「まだ無茶するんだから」
あんなに酷い目にあったというのに。オデットは溜息一つ、敵陣へ狙いを定める。
「けどしょうがないわね、知り合いのよしみでちょっとだけ手伝ってあげるわよ」
「必ず返しまス」
どうか無事でと美咲へ祈り、オデットは混沌の波動を敵陣へと叩き込んだ。
「見つけたわ、そっち!」
一行は交戦を続けながら、敵陣の奥深くへ浸透している。
神殿内部は複雑怪奇な迷宮のようになっており、おそらく戦闘を想定しているのだろう。
だが広域を掴んだオデットは中枢を見逃さない。
狐兵達と共に、迷わず進撃している。
そしてついに――
「ええい、何をやっておるか!」
白い装束を纏った老人が、金切り声をあげている。
「魔種(デモニア)ごときに遅れをとりおって! 神の御心のまま、天使よ蹂躙せよ!」
それは信徒達を心酔させうる貫禄も矜恃も、全てをかなぐり捨てた、教祖ラバトーリの姿だった。
天使と呼ばれる怪物達が、一斉に歯を剥き出しに舞い上がる。
「みんなを傷つけさせるものか!」
チャロロは触手の槍を機煌重盾で打ち払い、高らかに宣言した。
「オイラごとやっちゃっていいから、今のうちに!」
神も天使も、実存するのかは定かではないだろう。
そうした存在に好悪を抱くとすれば、「あんまり好きじゃない」のは確かである。
けれどそうした個人的な指向を除いたとしても。
「お前たちの考えは間違ってると思うよ!」
「ああ、奴らの作った天使でさ、被害出た村や、弄ばれた人を見た」
飛呂の声音も、その視線も、鋭い刃のように研ぎ澄まされていた。
「だからぶっ飛ばす」
教団はこれまで、人々を欺き、非人道的な実験を繰り返してきた。許すことなど出来はしない。
美しく彫られた蛇と蔦が煌めき、こめられた呪術と共に、トリガーを引く。
銃弾は狙い違わずラバトーリの額を撃ち抜いた。
吹き飛ぶように祭壇へ仰向けに倒れたラバトーリが、跳ねるように起き上がる。
「何をしておるか天使共! メタトリアはどこにおる! 責任を果たせえい!」
ぽっかりとあいた額の穴からは、そして爆ぜるべき後頭からは、血一つこぼれていはしない。
あれもまた化け物に成り果てている。
だが――飛呂は構わず掃射した。
少なくともその瞬間、敵は攻撃の手を止めている。ならば有効打であることは間違いない。
続いて、後背からも天使の群れが迫ってきた。
ジルーシャは軽やかな足取りで中央へと歩み、視線をあげ、微笑んで見せた。
死体へ群がる禿鷹のように、天使がジルーシャへ殺到する。
人の身など腸からついばまれ、骨しか残るまい。
だが天使の群れは突如、互いの身を鋭い爪で引き裂きはじめた。
「意外ね、香りが分かるだなんて」
その中央で両手を軽く広げたのは、アプサラスの誘惑を纏う、無傷のジルーシャだ。
「ここはアタシたちに任せて!」
ヴァイオレットは、そんなジルーシャに背を向け宙空へ伸びる光の階段を一段のぼった。
(理想郷……それがどういったものかは存じ上げませんが)
チャロロが息を飲む。
砂煙が晴れた時、階段の上に見えたのは、ただ真っ白な部屋だった。
(……それがテレサの望んだものなのかな)
●Blood & Miasma I
第一陣がラバトーリ率いる主力部隊と交戦する中、第二陣はテレサの領域へと足を踏み入れた。
「真っ白で、何もない……」
「なんてひどい有様だ」
シキが呟き、エッダが嘆息する。
そこはただ白く、影も落ちず、地も壁も天井もおぼつかない。
無数の亡霊が渦巻き、最奥に白い外套を羽織った少女が立っている。
テレサ=レジア・ローザリア。傲慢の魔種にして、冠位傲慢の遂行者だ。
「一気に突っ切るよ、背中は任せて」
「助かる」
シキとクロバが、仲間達と共に敵陣へと斬り込んだ。
「エリカのことも心配だけど、心に届くのはきっとあなたの言葉でしょ。死神さん?」
その言葉に、クロバが口角を微かに曲げた。
「そうだな」
テレサが片手をあげると、亡霊達が一斉に退き、一本の道を形作る。
「何のつもりかしら?」
ヴァレーリヤが小首を傾げた。
「どうだろう、けど関係ないね。このまま行って――」
「――ええ、マリィ。ぶちのめしてやりますわ」
「そうだね、ヴァリューシャ!」
腰を落とし、マリアが一気に踏み込んだ。
雷を纏う拳を叩き込む。
「私の理想郷へいらっしゃい、歓迎するわ」
眼前でせき止められた拳を両手でそっと握り、テレサが微笑んだ。
「けれど、そんな勢いでこられたら。今にも足がすくんでしまいそう」
「これが理想郷だって?」
マリアの瞳に雷光が閃いた。
「笑わせる。こんなものはただの虚無と言うんだよ」
「そうよ、全部が終わりの世界。素敵だと思わない?」
「なんとも寂しいだけの景色じゃあないか」
「そうかしら?」
「君だけが引きこもっている分には尊重しよう」
「だめよ、それじゃあ困るの」
「だったら、悪いがこんな理想郷は否定させてもらう」
「こちらこそ悪いのだけど、できっこないわ」
テレサが左手にはめられた結界の指輪――リインカーネーションをさする。
マリアの拳は、紫電迸る結界に阻まれ、テレサへは届いていない。
「無駄だと言っているのよ」
「そうは思えないね」
だがマリアの目的は、テレサの鼻っ柱を折ってやることではなかった。
マリアには分かる。結界が纏う魔力は、明らかに減衰を見せている。
「種も仕掛けもあることは、見えているのです」
ドラマの斬撃もまた同じく。
幾重にも刻まれるマリアとドラマの連撃に、結界が明滅している。
「怖いわ。無駄だというのに、何をしようというの?」
微かに眉をひそめたテレサが、もう一度片手をあげると、悪霊が一行へと殺到を始めた。
「誰一人飢えることも凍えることもない理想郷」
ヴァレーリヤの戦棍が燃え上がる。
「それが実現するのなら……とも一瞬思ったけれど、結果がこれでは受け入れられませんわね」
「それはなぜ?」
「理想郷とは、もっと乱雑で、騒々しくて、そしてお酒が置いていないと駄目なんですのよ!」
炎の嵐が悪霊の群れをなぎ払った。
「覚えておきなさい!」
悪霊はなおも、包囲網を縮めようと迫ってきている。
「これが君の幸せなんだね、テレサ」
シキもまた二刀を構え、その群れを一息に消滅させた。
「真白の幸福以外は、きっと君には価値が見出せないのかもね」
「まだちっとも足りないわ、けれどね。それなりに満足はしているの」
「いや、きっとわかっているのだろう。貴様も」
「……」
「理想郷などはこの世に存在し得ないことを」
亡霊の群れを引き付けたエッダの言葉に、テレサの表情が微かに歪んだ。
「終わらせてやる」
「させないけどね」
「美咲、道は切り開く」
「美咲?」
「言った通り来たよテレサ」
「ああ、あなた。幸運だったのね。死んでもおかしくはなかったはずだけれど」
「いまだに死は救済を否定できないけど……私はローレットに戻ったから」
「否定してほしい訳でも、肯定してほしい訳でもないの――」
テレサが嗤う。
「――ただ受け入れる他にない。そういうものよ、真理って」
実のところ、テレサを倒す術はない。
結界の指輪は滅びのアークによって強制的に力を引き出している。
そもそもこの理想郷は、テレサを死なせることがない。
操る亡霊達も完全には消えはしない。
有り体に言って、彼女は無敵である。
だが――リースヒースは静かに歩み出た。
「さあ、テレサよ。術比べといこうではないか」
自身は『今も』死霊術師だ。
過去は否定できず、変えてはならない。
(私は私の影を認める)
遂行者達のような過ちにはまらぬよう。
(……美咲も無事であったことだし、な)
その力で、リースヒースは戦線を支え続ける覚悟を示した。
続くのは――
「スティアの家宝を盗んだんだってな」
「否定はしないけれど、どなた?」
「ダチだ」
「ならば私も力を貸さない訳にはいきませんから」
ルカとリュティスだ。
「ヒウルちゃん、みんな、力を貸して!」
「承知いたしまシタ」
サクラの頼みに、ヒウルが答え、黒衣の騎士達が鬨を上げた。
竜に鍛えられたと噂される精強な騎士達だ。
「揃いも揃って、どうしてかしら」
テレサがさもつまらなそうに肩をすくめた。
「いまさら何をどうしたって、無駄だと教えてあげているのに」
●Preparedness
そんな戦場後方。
傷ついた兵士達を懸命に治療する者達が居た。
遠く前方では爆音が響き、みけるは拳を握りしめる。
仲間のイレギュラーズが戦っているのだろう。
「前線に立てる程強くはないけど、私も、できる事を頑張るよ!」
みけるは一人ではない。ナイアルや銘恵も一緒にこの戦場に来ているのだ。
二人が居てくれて心強いとみけるは笑みを零す。
「ここで死んだら、亡霊になるかも……誰も死なせないよ……!」
銘恵の声にナイアルとみけるは「そうだね」と頷いた。
「猫(ナイアル)にできる事をやらせてもらうよ」
誰も死なせてなるものかとナイアルは戦場を見渡す。
仲間の負傷者の元へと駆けたみける達は素早く治療に取りかかった。
「傷の具合はどう?」
「うん、何とかなりそうだよ。安全な場所に運ぼう」
「了解!」
みけると銘恵は式神を使って負傷者を安全に治療出来る場所まで運ぶ。
救護場所には更に酷い重症を負ったものが運ばれて来ていた。
「こちらの応急処置は済んでるから、向こうに行こうか」
みけるの提案に銘恵は急いで重傷者の元へ駆け込む。
「お願い、生きて……私も頑張るから!」
戦う人達を生かす為に自分は此処にいるのだと銘恵は懸命に回復を施した。
「いい? 何が何でも絶対に生きる事。それがこの戦場で勝つ事なんだからね」
ナイアルは重傷者を励ます。諦めるなんて絶対に出来ない。必ず救ってみせると声を掛け続ける。
みけるは最前線の戦場で戦う仲間達へ思い馳せる。
「前線等で戦ってる人達、すごいと思う。だからこそ……皆で生きて帰るんだ! 負けないで!」
銘恵たちの回復は仲間の助けとなったに違いない。
愛馬――ならぬ愛鮫(!?)ティブロンを駆る大地は、今にも崩落しそうな天井の下へ飛び込む。
直後、はらはらと砂粒のようなものが落ち――地響きのような音が聞こえてきた。
大地はすかさず崩れた壁をどけ、足を挟まれていた騎士を助け起こす。
「もう大丈夫だ」
そしてディブロンと共に跳んだ。
直後、天井が降ってくる。
今度こそ地響きと振動が伝うが、一人の命を救うことが出来た。
「……しかしテレサ。相手が亡霊を操るというのなラ、俺とて死霊術師としての意地があル」
気配は確かに把握出来ている。
「霊と接するエキスパートはアンタだけじゃねぇって事、知らしめてやるヨ」
補給が途切れぬよう、戦線を支えきるのだ。
大地が何人目かを運び込んだ本陣では、医療班と共にイレギュラーズもまた治療にあたっていた。
「回復必要な人はルシェたちのところ来てください!」
癒やしの術式が温かな光を花開く。
それにしても。
「ひと様のものを盗んで悪い事しようとするやなんて」
「酷いし、それを悪用しちゃうなんてもっと酷いのよ!」
蜻蛉の指摘に、キルシェもまた憤慨していた。
そんなことをする者――テレサには、今にきっと罰が当るに違いない。
敵を倒し、宝は持ち主に返す。それが物事の道理というものだ。
ゆえに支えきる。
後方支援とて危険がないわけではない、歴とした戦いの一貫だ。
「ルシェたちはみんなが全力で戦えるようにサポートするのよ!」
負ける訳にはいかない。
「だからね、エリカお姉さんも一人で不安にならないでね」
「はい、ありがとう、ございます」
なによりも、蜻蛉ママと一緒なら負けるはずもなく。
「蜻蛉ママもエリカお姉さんもルシェが守るんだから!」
「はい。頼もしい娘がおってくれて、うち、嬉しいわ♪」
●Unified theory II
戦場の最前線、神殿の礼拝堂では激闘が続いていた。
「ロスはどうした! ええいネームレスはどこだ! 天使共! ワシを守れい!」
金切り声のラバトーリは動揺を隠せずにいた。
無敵のはずの狂神は上空で足止めされたままでいる。
テレサは帳を降ろしたまま、援軍の一つも寄こさない。
幹部であるロスは雲隠れしており、全線で両儀と戦うネームレスとて余力がない状況だ。
狂神直参のメタトリアもまた飛呂の猛攻に手も足も出ない状況だ。
「これ以上、好き勝手にやらせねぇぞ」
悲劇のまさに中心点――人体実験の生け贄を悲惨な目に合わせた張本人。
それはメタトリアという――可憐にさえ見える少女のような――化け物がなした業だった。
「お前だけはぶちのめす」
銃弾の嵐がラバトーリとメタトリアの身を深く穿ち貫く。
「逃げないと!」
「逃がすか!」
「ええい邪魔くさい! じゃがそちらも痛かろう! ここが正念場よ! 僧兵共! なぎ払え!」
身体中に穴を開けたラバトーリが吠える。
「あたしに任せて!」
戦線を懸命に支え続けるのはフランだった。
この戦場に人手が足りていないのは事実だ。
想定より比較的厚い後方があってこそ、そしてフランの術があるから保っているようなもの。
だが――フランは想う。
(ここをどうにかしないと世界がまずいんだよね!?)
些末な事情など知ったことではない。
ともかく自身の回復力の見せ所であることだけは、事実なのだ。
「みんなー! あたしがばっちり支えるもん、全力で行っちゃえ!」
こうした尽力の甲斐により、この戦場は支えられていた。
「支援ばおるんは助かるのぅ……さぁ、まだまだ戦うぜよ!」
「ええ、追い込まれた狐はジャッカルより凶暴って事を思い知らせてあげるわ!」
イナリの短機関銃が火を吹き、天使の群れを踊らせる。
「遠慮無く、おまんの首の手柄は儂が独り占めさせてもらう」
「――ッ!」
両儀の振り抜いた木刀が、ネームレスの腹を薙ぐ。
ただの木刀、それも片手のみ。
だが鬼にも勝る裂帛の気迫、その勢いにネームレスは大理石の壁に背を打った。
壁が抉れ、蜘蛛の巣のようにひび割れた。
「ネームレス! 儂以外には倒されてくれるなよ!」
「しつこい!」
跳ね起き、ネームレスが術式を紡ぐ。
放たれた火炎に、しかし両儀は避けようともせず突進した。
「楽しい戦いじゃったぞ! ネームレス!」
身を焼く炎に口角をつりあげ、木刀を振りかぶる。
「小手先無用、力一つ、此れ、鬼の流儀なり!」
――奥義! 怪 力 乱 神!
「敵陣は瓦解しつつある」
ネームレスを見送った寛治が静かに呟き、上空を睨んだ。
「とはいえこの戦場も、最大の脅威である『狂神』を何とかしなければなりません」
そこでは狂神と稲荷神が死闘を繰り広げている。
だが余裕綽々の狂神とくらべ、肩で息する稲荷神は傷を増やしつつあった。
狙いは、戦闘中に急降下する瞬間だ。
攻守に隙がないのなら、取り得る戦術は一つ。シンプルに強みを押しつける事。
ただ狙い、撃つ。それだけだ。
「娘よ、悟れ。勝つことは出来んと」
「出来る出来ないではない、成すのだ」
「無駄な――」
狂神の胸から、一発の弾丸が飛び出し夜空へと消えていった。
ぎろりと睨むが、砂埃立ちこめるそこに狙撃手の姿は見えず。
その好奇を稲荷神は決して逃さなかった。
「いよいよピンチなんじゃない。神とやらの力で何とかしたら如何かしら?」
アンナの前に天使の群れが殺到する。
その爪が、刃が、アンナの身を斬り裂く。
そう思われた。
だがそこにアンナの姿はなく。
斬り裂かれた天使達が瓦礫の中へ落ちていく。
さらに踏み込んだアンナは、ラバトーリの喉元へ向けて剣を突き込み。
「ええい真なる神よ、ワシと一つに!」
だがラバトーリの祈りむなしく、アンナの剣がラバトーリを壁へ縫い止めた。
ラバトーリが呪詛の念を叩き付けようとするが、アンナは壁を蹴りつけ即座に飛び退く。
床へとラバトーリが崩れ落ちる寸前、飛呂の銃弾がその身を躍らせ――
あらゆるものとの融合を望んでいた最大の功労者は、ついに狂神と共にあることは出来なかった。
●Blood & Miasma II
「何度でも言うけれど、無理なものは無理なわけ」
趨勢の決まりつつある眼下を他所に、テレサは余裕の表情を見せたままだ。
陰気な声音は、しかしどこか歌うようでもあり、上機嫌であることが窺える。
テレサの優位性は、極めて強固な結界にあった。
そして結界が破壊される瞬間というのは、確かに存在している。
だがこの戦場には亡霊が無数に存在している。
テレサを庇う亡霊はイレギュラーズよりも多い。
何より倒した亡霊はすぐに再び現われる。
それがテレサの、第二の優位性だった。
「それでもだ。少なくとも、まずは叩き割る。そうしなけりゃ話にならねえのは確かだ」
「だからそれ自体が無駄だと言っているの」
美咲の合図と共に、サクラとルカが斬りかかる。
乱撃をいなすように、テレサは無造作に腕を振った。
結界が明滅し――テレサの眉が僅かに跳ねる。
「独り善がりの理想などに、どれほどの強さがございましょうか……」
他者の想いを塗りつぶすような理想が、善いものであろうはずがない。
「なればこそ、挫かれるものと知りなさい」
ヴァイオレットの術式が、マリアとドラマの連撃が、結界にひびを入れた。
「これで!」
サクラの踏み込みからの一閃に、結界はついにガラスのように砕けた。
テレサは溜息一つ、続く斬撃へ亡霊が絡みつく。
「だから無駄だと言っているでしょう」
「バリアに頼って隙だらけだぜ姉ちゃんよぉ!」
「何を」
テレサが目を見開いた。
ルカが剣を振り上げた先、それは無造作に置かれた宝石箱だったからだ。
神霊の淵――いわば遂行者の心臓である。
それは何よりも、この純白の空間の中で異質であった。怪しいにも程がある。
殺到する亡霊の群れがルカの剣に絡みつき、ルカがなぎ払う。
少なくとも、あれが重要な鍵であることは、誰の目にも明らかだった。
とはいえ激闘の最中である。
一行には深い傷が刻まれつつあった。
「メイもがんばるです!」
メイやねーさまがお世話になった人達が、ここで頑張ると聞いているから。
紡ぐ術式が、イレギュラーズの力を底から支えていた。
続いて鳴らすは、追憶と、導きの鐘。
肉体から離れた魂を、どうにか導きたいのだが。
「ならば――だ」
リースヒースが決意と共に聖印を握りしめた。
「私は誓おう。御身らをあるべき死の安息へ届けると。もう、御身らは戦う必要は無いと」
「出来るはずがないじゃない」
テレサは否定する。
けれどリースヒースの涼やかな声音は、朗々と、詩を謳うように。
「この理想郷に、可能性の奇跡だなんて」
「私の庇護下へ来たれ! 終わりの地まで導こう!」
「……?」
それは紛れもない奇跡だった。
「どうして?」
亡霊達が聖なる闇を纏うリースヒースへ、一斉にかしずいたのである。
「ありえない」
「皆、今のうちに、なすべき事をなせ!」
「理想に向けて歩いていくことはヒト全てが持つ望みだ」
エッダの拳がテレサを打つ。
テレサは一つ咳き込み、呆然とした表情で、肉薄するエッダを見つめた。
「だからこそ、それは実現されてはならない。それは、全てを蝕むエゴイズムだからだ」
「……」
「だからこそ、我らは争いながらも並び立つことができるのだ」
そしてエッダが叫ぶ。
「美咲。知らしめろ!」
足は、確かにすくみそうだった。
死んではいけない戦いなんて、初めてのことだったから。
けれど――美咲が拳を握りしめる。
その鉄腕の欠片が、生の実感をくれる。
(大丈夫、私はもう死を見せない……!)
テレサは素早い。
単純に『強い魔種』だ。
「おまえは、ただ強いだけの魔種だ!」
ほむらが叫んだ。
美咲は放たれたテレサの突きを、くらうフリをして紙一重でかわす。
そして美咲は、テレサの背後を奪った。
美咲はテレサの間合いを、身を以て知っている。
だが二度目はないだろう。ただ一度だけのチャンスだ。
「私にコレを叩き込んだ奴ァ、ぬるい拳して無いんスよ!!」
渾身の力で、羽交い締めにする。
「いやよ放して、馬鹿じゃないの。何をする気?」
「皆、ありがとう。力を貸してくれて!」
スティアは祈りと、願いと、テレサの絶対の隙と、風の息吹に身を任せ。
テレサが身をよじり、美咲の腕から抜ける。
そして結界を再度展開しようとするが――間に合わない。
「その力は誰かを守る為にある!」
すかさずスティアが踏み込んだ
「決して傷つける為にある訳じゃない!」
そしてテレサから黒い瘴気の指輪へ、自身の指輪を当てる。
「だから返して貰うよ」
りんと澄んだ音が響いた。
黒い指輪は宙空に消滅し、清廉な力がスティアの指輪に戻るのを感じる。
――ありがとう。優しい子。
指輪から、たしかにそんな声が聞こえた。
「もう二度と奪わせなんてしないよ」
その時だった。
微笑むのをやめたテレサが、スティアに肉薄する。
わずかに腕を引き――
鋭い突きは、けれど結界に弾かれた。
両翼を純白に戻したリインカーネーションが顕現している。
「力を貸してくれてありがとう、でも無理はしないでね」
スティアが術式を紡ぎ、テレサがとびすさる。
「それがないから負けるとは思わないのだけれど、怖いものは怖いじゃない?」
スティアの祈りと共に、聖なる刃の斬痕が、駆けるテレサの足元を追った。
「今にも震えてしまいそう」
だがテレサの前に立ち塞がり、腰を落としたのはサクラだった。
刀に指をかけ、鯉口を切る。
刹那の一閃が、はじめてテレサの胴をなぎ払う。
漆黒の瘴気が純白の地へ滴った。
「ありえない」
「あり得るのです、悪くは思わないで下さい」
「このまま切り刻んで差し上げます」
リュティスの放つ古の術式がテレサを覆い、縛り上げる。
その身をドラマの連撃が刻んだ。
「叩き込みますわよ! どっせえーーい!!!」
「うん、いこうヴァリューシャ!」
燃え盛る戦棍がテレサを打ち据え、マリアの連撃がテレサの魔力をそぎ落とす。
「お師匠。あなたの力になりたいんだ」
シキの斬撃に、テレサの身が紅蓮に爆ぜる。
「それが今、私がここにいる意味だから」
「ああ……」
誰にも生きる権利というものがある。
クロバはそれを守るための『死神』だ。
それは当然エリカにも――
「――お前にも当てはまる。だから俺は負けられない!」
二刀を交差させ、炸裂音と共に振り抜く。
加速した刃がテレサに十字を刻んだ。
「誰しも間違いは犯す、確かにこの世界は完璧になれない」
そして更に踏み込んだ。
「けれどその一つ一つが俺達の生きた証だ!」
「神でさえも、天才さえも超えられない限界があるのなら! イレギュラーズと、この俺が超えてやる!」
刻まれるのは――
――終ノ断・生殄。
「あまり凡夫を舐めるなよ、『完璧のなりぞこない』。不完全だからこその可能性を見せてやる!」
そんなクロバへ、テレサは心底不思議そうに首を傾げた。
「私ね、不思議なのだけれど。あなた達まさか、勝ったつもりでいるとか?」
「ここは、少し前まではテレサの理想郷だったのかもね。でも、今は違う」
けれど、言ってのけたのは、セラフを纏うセララだった。
「ここにはボク達がいる。敵という不純物が混ざった結果、キミの理想郷では無くなったんだ」
「……」
大地には血と瘴気――純白だっただけの部屋に、赤と黒が混じり合っている。
「ボク達を完全に排除しない限り、キミの信じる理想郷は存在しない!」
「本当に本当に分からず屋だこと。私ね、面倒なことは嫌いなわけ」
不愉快そうに結界を打ち祓ったテレサが、術式を紡ぎあげる寸前。
「これがボク達の絆の一撃!」
セララが地を蹴り、ディアナが跳んだ。
「ええ、セララ!」
「「セイクリッドクロスハート!」」
雷撃がテレサを貫き、ディアナが袈裟懸けに斬り付ける。
そして互いの踏み込みで十字を描くように剣を振り抜いた。
(ボクは信じてる。皆と一緒ならテレサに勝利できるって!)
それに天義を救うことが出来たなら、ディアナが抱える罪悪感――元世界を滅ぼしたというものも薄れるであろうから。
「だから無駄だと言っているの」
テレサが膨大な魔力をその指先に集め――
「……うそ」
だが術式は紡がれる瞬間に、霧散した。
魔力が底をついていたのだ。
「だからこれは、ボク達みんなの勝利なんだ!」
セララの斬撃に、テレサが膝から崩れ落ちる。
「……無駄だと言っているのに、どうしてそこまでむきになれるの?」
そして足元から漆黒の粒子となって薄らいで行く。
「私の勝利は、変わりっこないのに」
次の瞬間、『それ』は『そこに居た』
「だから言ってあげたのに」
現われたのは、無傷のテレサだったのだ。
「仕切り直しだなんて、本当に面倒なことをさせるのだから」
少なくとも、そうとしか見えない存在だった。
「私はね、無敵なの」
「残念だけれど、それは違いますわね」
そう述べたヴァレーリヤの視線は、神霊の淵に注がれていた。
「今度は私が心臓に触れるとはね」
宝石箱の中にあったのは、欠けて歪なピジョンブラッドだ。
オルゴールの歯に挟まっている。
「やっぱり小さくて歪……何処までも鏡写しかぁ」
美咲がそれを取り出すと、オルゴールが古い旋律を奏で始めた。
「……?」
テレサが首を傾げる。
美咲が破壊するまでもなく、ピジョンブラッドは粉々に砕けはらはらと純白の床へと散った。
「いったい、なぜ。ありえない」
テレサの腕にひびが走り、粉々に砕け、粒子となって溶け消える。
「ああ、そう。そういうことだったの」
冠位傲慢ルストは最初から、テレサのことなどを、気に掛けてはいなかったのだ。
理想郷の力はテレサを守らず、全てが世界への侵食に使われていたことになる。
ルストがほんの僅かでもテレサを信じていたのなら、結果はどうだったろうか。
あるいはテレサの信仰が心の底からのもので、ここを死地と覚悟を決めたのなら。
けれど歴史に偶然はなく。
時計の針は二度と戻らず。
勝ち得た結果が覆ることはない。
「でも、そう。私……これで救済(おわ)れるのね」
そしてゆっくりと一同を見渡す。
「次は何もかもすっかり忘れてしまって」
滅びのアークが霧散してゆく。
「こんな世界じゃないところで、ね……」
テレサの身体は、ゆっくりと溶け消えてゆく。
垣間見えた微笑みは、出会ってからはじめての晴れやかなものだった。
「みんな、あるべき場所に還りましょう? メイが導くですから」
「ああ、送ってやろう」
メイの言葉にリースヒースが同意する。
そして二人は亡霊達を弔った。
ほどなく、理想郷はいよいよ消滅しようとしていた。
一行が地上へと戻れば、戦闘は既に掃討戦へと移行している。
趨勢は決着がついていた。
教祖ラバトーリは討ち取り、狂神は撃退することが出来た。イレギュラーズの勝利だ。
そんな時、柱に手をあてていたヴァイオレットは、一つだけ占ってみたのだ。
「……審判の正位置、ですか」
「……見せてやるよテレサ」
クロバが踵を返す。
この先も――クロバは誓う。
不正義と呼ばれたものにすら、同じ事を言い続けるのだと。
(エリカ、俺の子も確かにそうだからな)
――変わるさ、世界は。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
天義RAID依頼、お疲れ様でした。
リインカーネーションを無事に取り戻すことが出来たため、称号スキルが一つ出ています。
MVPは奇跡を起こした方へ。
情報量が多いので、まとめます。
・教祖ラバトーリ:討ち取りました
・テレサ:消滅しました
・狂神:撃退に成功しました
・メタトリア:倒したと思うのだが……?
・ネームレス:討ち取りました
・ロス:姿を消しました
・リインカーネーション:取り戻す事が出来ました
決戦ラリーの趨勢を楽しみにしています。
それではまた皆さんとのご縁を願って、pipiでした。
GMコメント
pipiです。
天義もいよいよ決戦です。
この戦場を突破して、ルスト・シファーの居る場所へ向かって下さい。
●排他制限
こちらのRAIDに参加した場合、他のRAIDには参加出来ません。
※複数のRAIDに優先がある方は、特別に複数RAIDに参加可能です。
※片方のRAIDに参加した後、運営にお問い合わせから連絡いただければ、両方に参加できる処置を行います。恐れ入りますがご連絡いただけますと幸いです。
●目的
敵特記戦力の撃破。生死問わず。
ヴァークライト家の家宝『リインカーネーション』の奪還(必須)。
傲慢の魔種『遂行者』テレサ=レジア・ローザリアの撃破(必須)。
●フィールド
〇戦場A:敵
カルト結社『綜結教会』の総本山。いかにもといった神殿です。
そこにテレサの『帳』が降りた状態です。
教祖であるラバトーリの他、無数の軍勢が居ます。
友軍の狐兵達が果敢に攻め込んでいます。
敵の特記戦力を撃破して下さい。
『綜結司祭』ラバトーリ
カルト結社の教祖です。
奥に控え、癒やしの術を行使します。
早々に刈り取りたいものです。
『ネームレス』
魔種の破片から生じた、非常に強力なガイアキャンサーです。
剣と魔術を非常に高い次元で行使するスピードファイター。高い再生能力を持ちます。
『ロス・キュープラ』
カルト結社の幹部です。
防御能力が高く、抜け目のない正確をしています。
距離と範囲が多彩な神秘攻撃を行使します。
『式神』メタトリア
天使を作り出した張本人。狂神の部下です。
無数のオーブを操り、攻防に隙がないオールレンジ型のトータルファイターです。
『狂神』
カルト結社があがめる怪物です。
これまで倒してきた乙女や戦術天使などの力を全て吸収しています。
つまり攻防に隙が無く、物理攻撃や神秘攻撃、回復などをオールレンジにこなします。
稲荷神が交戦しますが、おそらく撃破は出来ません。
『天使の軍勢』×多数
ほとんどは友軍がどうにかしてくれるでしょうが、ラバトーリを守ろうとする個体は撃破する必要があるでしょう。
強さには個体差がありますが、ラバトーリの周辺に居るのは比較的強力です。
『僧兵の軍勢』×多数
こちらも、ほとんどは友軍がどうにかしてくれるでしょうが、ラバトーリを守ろうとする個体は撃破する必要があるでしょう。
『その他』×比較的少数
テレサの騎士など、配下が少数紛れています。
〇戦場A:味方
『式神』稲荷神
強力な大精霊で、イナリさんの関係者です。
戦場Aにおける敵の最大戦力『狂神』を押さえ込んでくれます。
『狐兵』×多数
稲荷神の兵達です。全員が狐耳の少女。
高度な武装をしており精強な部隊です。
今回は総力戦であるため、イナリさんを除く十二ヶ月シリーズや、豊川や笠間や竹駒や祐徳などのネームドも一通り居ます。
〇戦場B:敵
遂行者テレサの理想郷。
ただ純白の、ほとんど何も存在しない世界です。
これが彼女の幸福の全てということです。
亡者の魂が多量に渦巻いています。
『遂行者』テレサ=レジア・ローザリア
死を究極の救いとする傲慢の魔種です。
ルストを神として、世界の再創造(ネガジェネシス)を信仰しています。
ツロ(実はルストだった)には逆らいがちなテレサですが、その矛盾を気に留めていません。
なぜならば自身の信仰が常に正しいからです。
死霊を使った強力な神秘攻撃を中心に、オールレンジの攻撃が可能です。
素手の物理攻撃もなかなかのものです。威力のほどは、おそらく美咲さんが詳しいでしょう。
またリインカーネーションという聖遺物を持ち、強力な結界を展開することが出来ます。
そして神霊の淵(ダイモーン・テホーム)の力を解放することで、彼女は全力以上の状態となります。
けれどテレサはそうしないと思われます。なぜならば自身の勝利を全く疑っていないからです。
テレサの理想郷では、テレサ自身もよみがえります。
少なくともテレサはそう信じています。
なぜならこの『理想郷』は特別性だからです。テレサがそう信じているからです。
『リインカーネーション・シスマ』
スティアさんの関係者で、ヴァークライト家に伝わる聖遺物です。
存在を分断(シスマ)された挙げ句、滅びのアークに汚染されかけています。
テレサの指輪を奪い取ることで完全な奪還が出来ます。
またスティアさんが強く願うことで、引き戻しやすくなります。
『亡霊』×多数
テレサを守護する亡霊達です。
だいたい神秘攻撃を行います。
〇戦場B:味方
『黒衣の騎士』×そこそこ多数
サクラの部隊の他、天義からディアナに貸し与えられた部隊もいます。
精強なので、ちょっとした役割を任せることが出来るかもしれません。
特にない場合は狐兵の手伝いをします。
・普久原・ほむら(p3n000159)
皆さんと同じローレットのイレギュラーズです。
両面戦闘型アタックヒーラーで、闘技用ステシよりは強いです。
・ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
練達の依頼筋であり、普通に味方です。
練達実践の塔に所属し、天義へも出向している人物です。
かわいい女性に目がなく、黒衣の騎士団内では『歩く不正義』と呼ばれています。
両面戦闘型アタックヒーラー。割と普通に戦えます。
・『秘式』ヒウル・アルケイン
なぜか『杜』からサクラさんの家に届けられた謎の秘宝種です。
割と普通に戦えます。
〇戦場C:後方味方本陣
友軍の指揮や補給線の維持、負傷者の治療など出来そうなことが出来ます。
・『Kyrie eleison』エリカ・フユツキ
クロバさんが保護する少女です。
本陣のバックアップ役です。精神的に不安定な状態になっているようです。
・マキナ・マーデリック
美咲さんが所属していた練達諜報組織の所属です。
上層部の命令によって『神の国』に関する事件を追っています。
本陣のバックアップ役です。
頑張ってくれます。
・ジオルド・ジーク・ジャライムス
美咲さんの元上司に相当する人物です。
頑張ってくれます。
・ガハラ・アサクラ
エッダさんが保護した帝国軍人です。
エッダさんの指揮下にあります。
ちゃんと本陣を守ってくれます。
●テレサの小箱
テレサの背後の純白の祭壇の上に置いてあります。
小さくて綺麗な、オルゴール付きの宝石箱です。
中には半分に欠けたルビーが、歯車に挟まっています。
なんだろうね!
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
なぜならば『テレサの信仰にすぎない』情報が記載されているからです。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】戦場A
カルト結社の大神殿に乗り込みます。
おそらく最も人数が必要な戦場です。
テレサの帳が降りています。
【2】戦場B
テレサの理想郷です。
ただ純白の、ほとんど何も存在しない世界です。
どうにか無敵のテレサを撃破する必要があります。
最も危険な戦場です。
【3】戦場C
味方後方本陣です。
友軍の指揮や補給線の維持、負傷者の治療など出来そうなことが出来ます。
ここでの行動は戦場AとBを効率化させることが出来ます。
特殊な行動をとりたい方はここです。
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