PandoraPartyProject

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憂鬱な紫の空

 まったく厭になる。
 いつまでこんな失敗国家の転覆にかかずらわなければならないのだろうか。
 『アークロード』ヴェラムデリクトは、うんざりする面持ちで息を吐き出した。足元では、這う這うの体で逃げ出してきたであろう、魔の眷属が転がっている。それがきぃきぃと鳴いた。コウモリのような見た目通りの、想像したとおりの声で頭が痛くなる。
 ヴェラムデリクトがそれを鬱陶しそうに踏みつけると、そいつはばぢん、とつぶれて死んだ。どこの戦場から逃れてきた間抜けだ? まぁ、それを詮索する必要もあるまい。今宵、メフ・メフィートはあちこちが戦場とかしていたから、この何の役にも立たなかったであろうコウモリが、そこらの八百屋からネギを盗んで逃げだしてきたところだとしても何ら不思議はない。
 問題は、である。この全くクソの役にも立たない事業は、いったい何だったのか、ということだ。
「あの恐ろしい黒聖女に煽られたか、冠位の毒婦め。
 まったく、裏方が得意なくせに、その仕事の仕方は裏方向きではないと見える」
 というより――そこまで追い込まれていたのか、冠位は。そうとも取れた。
 乾坤一擲の策である、と毒婦(ルクレツィア)は嘯くだろう。ヴェラムデリクトからすれば、そんな夢みたいなことを言う人間は、そもそも失敗……いや、破滅しているのである。仕事とは、日々の積み重ねで如何にロスをなくすかだ。畢竟、失敗などしてもよい。失敗した時に、なお生き残れる『留保』が必要なのであって、ため込みすぎるやつも馬鹿だが、全部吐き出すような奴もあまりにも愚鈍だ。この留保とは、金であったり、信頼であったり、スキルであったりする。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。重要なのは、おそらくルクレツィアは徹底的に追い込まれて一発逆転の策に出たのであり、そういうものは往々にして返り討ちにあって泥をかぶるのである。
「実際のところどうだ。
 放蕩王を狙った暗殺作戦は、『神殺し』のやつらめに阻まれ。
 大司教を狙った毒婦にも劣らぬドブ川の女は、『航空指揮』のイレギュラーズに阻まれて燃え尽きた。
 『混沌解放楽団』なるあの騒々しいやつらは? 『終音』を名乗るものに文字通りに黙らされたわけだ。
 毒婦の子飼いは――まぁ、奴には一抹の不憫さを感じなくもないが。それでも『銀焔の乙女』とやらにその喜劇の人生を終わらされた。
 バルツァーレク一派を狙った奴らは、『よをつむぐもの』らによって無駄死にときた。
 ああ、だがいい話もあったようだな。ご成婚か? めでたいことだ。今度ティーセットでも贈ってやる。
 私は――」
 ふむん、と鼻を鳴らす。
「まぁ、私はどちらかというと、『邪魔だて』をするほうだったな。
 とはいえ、家族を狙われたとあってはそれも仕方なかろう。
 『竜剣』のやつはよく働いてくれた。まぁ、それ以上でもそれ以下でもないが。
 しかし翻って見れば、見事に惨敗か! だから仕事で『賭けに出る』などというやつは駄目なんだ」
 肩をすくめて見せる。まったく、二月のこの寒い夜に、要らん仕事を増やしてくれる。
「どうせ放っておいても、世界などは確実に滅ぶのだ。
 英雄どもが如何に力を駆使したとて、太陽を墜とすことができるか?  月を砕くことが? 夏を凍らせ、冬を燃やし、天と地をひっくり返すことが?」
 果たしてできるものか、と。
 ヴェラムデリクトは鼻を鳴らす。
「まったく。どうせ最後なのだから、どいつもこいつも、おとなしくしていればいいんだ。
 いつも通りに、香ばしいパンの焼ける匂いで目を覚まし、家族と団欒を過ごすのがよっぽど有意義だろう。
 昼には暖かな陽光に身をゆだねながら、籐椅子にでも腰かけて読書を楽しめばいい。
 夜は暖かな布団にこもって、愛するものと睦言でも語らうがいいさ。
 どうせ終わるのだから、精々今というものを貴く生きればいいのに」
 どいつもこいつも、愚かだ。
 愚かに過ぎる。まったくもって厭になる。
「……とはいえ、あの毒婦の作戦の結果は未だか」
 ヴェラムデリクトが、ため息のように息を吐いた。
「はてさてどう転ぶかな――。
 まぁ、私は私の仕事をするだけだが」
 ああ、まったく。こんな日は、少し質のいい茶葉を開けるか。
 オード・ヴェリー指揮のクラシック・レコードを鳴らして、湯船につかるのもいい。
 いずれにしても――。
 メフ・メフィートの一番長い日は、もうすぐ終わろうとしている。


 ※メフ・メフィートでの攻防戦にて、次々と戦果報告が挙げられています!
 ※『暗殺令嬢』リーゼロッテ率いる薔薇十字機関がメフ・メフィート各地で奮戦しているようです。


 ※『バグ・ホール』の発生と共に混沌中で魔種による事件と甚大な被害が蔓延しつつあるようです……

これまでの天義編プーレルジール(境界編)Bad End 8(??編)

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