シナリオ詳細
<美徳の不幸/悪徳の栄え>雌鹿の旗の下に
オープニング
●
冥王公演。
冠位色欲すら出向いていた、偉大にして悪辣なる催しが終幕を迎えたのは先日の事だ。
『煉獄』は成らず、しかし『英雄幻奏』は完成した、と。
かの公演を成さんとしたマエストロは述べていたか。
――つまり結果だけを簡潔に述べるならば失敗したのだ。
少なくともスポンサーとして場に在った冠位色欲ルクレツィアにとっては……あぁ腹の奥底が煮え滾るような憤怒に駆られていた事だろう。冠位として、魔種の頂点に立つ一角たる己が『場』に出でて仕損じた――?
あまつさえ最後は主催者たるマエストロによって『退場』させられる始末。
権能による繋がりを逆利用されて弾き出されるなど――
「ルクレツィア様。あぁなんてお可哀想に」
かの公演にも護衛として馳せ参じていた魔種、フィラメントは嘆き悲しもうか。
主の在り様に。彼女に面と向かって『可哀想』などと言ってしまえば首を飛ばされてしまうが故に、漏らしたりなどしないが。あぁあぁ本当にお可哀想――だからこそなんて可愛らしくて愛しい御方。
――さて。そんな彼女がお望みならば『往こう』か。
冥王公演に引き続き黒聖女にもなんぞやの言の葉を投げかけられ。
非常にご立腹な彼女の為に。
そして己自身の為にも。
「ノエル。えぇあなたの怨念と無念は、私が引き継いであげるわ」
己のお気に入りだった人間の名をフィラメントは紡ごうか。
イレギュラーズに深き恨みを抱いていた人間――
復讐の焔に身を滾らせていた者は、しかし冥王公演の折に討ち果たされた。
……あれは残念だった。
人間であるからこそ、魔種の様な怪物でないからこそ蓄えた技量と熱意。
それを好んで狂気と反転を積極的に促さなかったのだが――そこを衝かれて敗北するとは。斯様な事になるならあの時、共に戦っていたケイオステラーの言うようにさっさと反転へ導いておくべきだったか……?
しかし。怪物の平静と人の狂気は違う。違うものなのだ。
上手く説明できるものではないが。
少なくともフィラメントはそう考えている――
あぁ。そうか。
「それにしても大好きなのね、私は」
刹那。なんとなし気付いたように、フィラメントは言の葉を零そうか。
己は、好きなのだ。感情を発露させる者が。
己の感情に正直に従う者が。
それがノエルであったりルクレツィアであったりとする。
人なんて取り繕っていても所詮は獣なのだ。
理性的に振舞う輩こそ煩わしい。仮面を被ってないで本性を見せろ。
――だから殺しに行きましょう。
偽善の皮を被る為政者達を。
それがきっと。ルクレツィア様の為になるだろうから――
●
幻想国。その西側に位置するバルツァーレク本邸にて。
姿を見せていたのはガブリエル・ロウ・バルツァーレクであった。
彼は冥王公演、かの事件に連なる一連の流れにおいて所在不明ともなっていた。まぁそれはルクレツィアの思惑とは異なる者の行動の結果であったのだが――ともあれ。公演終幕に伴って彼も公の場へと帰還を果たした。
バルツァーレク派にとっては安堵の吐息が零れた事だろう。
後継者問題を抱えていたフィッツバルディ派とは異なり――良くも悪くもだが――バルツァーレク派にとっては彼だけが主なのだ。彼が失われれば派閥そのものが瓦解していた可能性は非常に高かったが故に……
「フン……ようやく戻ったのか」
「ストローンズ卿、ご心配をおかけした様で」
「誰も心配したなどとは言っておらんが……ぬ、ぐぐぐ……傷口が痛みおる」
その彼と出会っている一人がラジエル・ヴァン・ストローンズ。
一応バルツァーレク派に属する貴族だ。だが彼は胸元を抑え、やや苦しそうな表情を。
ガブリエル失踪に伴った混乱で魔種に襲撃された際に大怪我を負ったのだ。イレギュラーズにより辛うじて救出されたが故に一命は取り留めた、が。流石にまだ完治とはいかないらしい。椅子に座りながら息をゆっくりと零そうか。
「ご無理なさらず。ご老体には、まだまだ安静が必要なのですから」
「えぇ。灼けた邸宅の復旧はこれからですしね……暫くは此処で落ち着かれるのが良いかと」
だが場にいるのはラジエルだけではない。同じくバルツァーレク派に属するトリシャ・フェリンやシルト・ライヒハートの姿もあったか。それぞれがいるはガブリエルに呼ばれたが故――その目的は。
「皆さん。私の不在でご迷惑をおかけしました。
――しかし、かの事件はまだ終わっていません」
「冠位色欲の存在、ですか」
「そうです。あの戦いで冠位色欲は退場と相成ったのみ。討ち果たされた訳ではありません」
ならば。きっと彼女は幻想へと再び至るでしょう――と。
ガブリエルは言葉を告げようか。彼が言った通り『まだ終わっていない』のだ。
むしろ冠位色欲は感情の猛りの儘に至る可能性が十分ある。
故に十分な警戒を。そして。
「戦う準備をしておくべきでしょう」
ガブリエルは瞳に確かな決意を秘めながら、皆を見渡そう。
あの温厚にして穏健なガブリエルが戦の準備をと……
戦いを待ち望んでいる訳ではないだろう。
しかし無粋なる者にこの国を、大切な者達をこれ以上蹂躙させはしまいと。
闘志が秘められている――
「変わったな。前よりも精悍な雰囲気となっている」
「――ええ。後ろ向きに考える事は止めました」
斯様な気配に、ラジエルは昔を想起しようか。
幻想三大貴族。その一角に数えられながらも、勢力としては他と比べて貧弱なのがバルツァーレク派だった。何か隙があれば潰されるかもしれぬ――そうなれば誰が民を護れるのか――そう考えては大胆な手を控える傾向にあったのは自然なる理。
されど今のガブリエルは違う。
覇気がある。少なくとも以前よりは遥かに。
その影響はやはりイレギュラーズによるものか。特に彼女の――
と。その時。
「――ガブリエル。緊急だが、報告だ。王宮内に賊が侵入したらしい」
バルツァーレク派が集まる部屋へと入ってきたのはホルン・G・トリチェリ。
彼もまたバルツァーレク派に身を寄せる者で、先日魔種勢力に襲撃された一人でもあったか。斯様な報告を受ければこそ、その時の光景が脳裏に浮かぶ――も。
だが『舐めるな』よ魔種共。
何度となく襲撃されてばかりと言う訳ではない。
「やはり君の懸念通り来たね。僕の『影』達に周囲は警戒させていた。問題はない」
「こちらも、私の兵を伏せておりました。すぐに動かしましょう」
「これが最後の戦いだと思いたいね――命を脅かされるのは心臓に悪い」
ホルンは自ら放った密偵によって既に情報を集めており。
トリシャは自らの用意した自慢の私兵により迎撃の動きを見せんとしようか。
シルトも戦うに足る万全の態勢を此処に。
流石に大規模に兵力を配備する事は叶わないが。
それでも敵の増援を阻む一助とはなるだろう。
敵の襲撃を予見、迎撃し――ここで冠位色欲の狙いを完全に頓挫させる。
その為に。
「伯爵、お呼びですか」
イレギュラーズ達も呼んでいたのだ。
正に襲撃と重なる絶好の機となるとは思っていなかったが。
その一人がリア・クォーツ。伯爵にとって最も信頼――いやそれ以上の――
「ありがとうございます。よく来てくれました、リアさん。いえ……」
「――おい。そういえばあの話は通しているのか?」
「正に、これからです」
ガブリエルとラジエルが、顔を合わせる。
……なんだろうか? リアにとっては『是非お越しを』というだけの話を聞いていたのだが。
あれやこれやと馬車に乗せられて――
「私は、今まで避けてきました。結論を出す事を」
瞬間。ガブリエルは一歩前に踏み出す。
もうとっくに決めていたのだ。結論をどうするか、いつ出すかという問題なだけで。
だが先日の冥王公演に纏わる一連の流れを経て。
決めたのだ。
リアさん。いや、アベリア・クォーツさん。
どうか。
「この戦いが終わったら――バルツァーレクの姓を、名乗って頂けませんか」
それは彼なりの、決意を秘めた。
一世一代の――プロポーズであったのだろう。
- <美徳の不幸/悪徳の栄え>雌鹿の旗の下に完了
- GM名茶零四
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年01月27日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
――どこからか殺気が零れ出でてくるバルツァーレク伯爵の屋敷。
賊が迫っている事がしかと分かる、しかしその空間の中で。
「………………………………ん???
今なんて言いました?? あの、伯爵? ええと、その。
聞き間違いでなければ――もう一度言ってもらって――」
まるで時が止まったかのような衝撃を受けた『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)の脳裏には、もう何も余計な事が浮かんでいなかった。
眼前にはガブリエルがいる。あぁだけど、なんと、なんと言った?
バ、バルツァーレクの姓をってソレは――
「あ、あぁ! やっぱりいいです! 敵が迫ってますし――」
「ええ。答えは、後程に……ゆっくりと」
「あの、いや『そう』ではなくて、いや『そう』なのですけど!」
「いやぁサンディ君、私たちの親友を祝福する時が来たみたいだねぇ」
「長かったもんだな。感慨深いというかなんというか……」
ガブリエルの微笑み。リアの狼狽。
見据えるはリアと親しき者たる『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)や『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)である――それぞれは『親友』だ。ずっとずっと近くで見てきた。
――その幸せが其処にあるのなら。
「ほんと、自分の事みたいに嬉しいよ――だからこそ」
「さっさとお帰り願うとしようか。ぶちのめしてでもな!」
誰にだって壊させてなるもんか!
敵の姿が見えればシキは駆ける。まずは数の多いインプらを抑えねば伯爵達に危険が迫るやもしれぬと――物量を叩き潰すべく往くのだ。連中の目を惹くように派手に立ち回り、己に意識を集めんとする。同時にサンディはまずリアの身に万全たる加護を齎そうか。
「優雅に踊ってやれ、リア!」
「――えぇ! ありがとうサンディ、シキッ!」
さすればリアは瞼を一瞬だけ閉じようか。
それは精神の統一。胸の動悸を鎮め、眼前の悪意に抗する為のモノ。
――溢れんとする想い。今は胸の中に留めて。
戦場に紡ぐは――旋律の魔法か。銀に煌めく五線譜が彼女の魂を更に昇華す――!
「……あ、え? ガブリエル?
姓って、それ……え? なに? 結婚? ――けっこん?」
「伯爵殿は随分と熱いプロポーズをするンだなァ。
魔種の襲撃なんぞどこ吹く風……ははは、若人は良いねぇ」
「まあ! これは素敵な場面に居合わせてしまいましたっ!
いいですね、愛。小指の先に繋がる赤い糸が見えるようです……!
とっても素敵です!!」
然らば『結婚』なる単語に『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)はリアとガブリエルの顔を交互に見合わせ『――――――――えっ?』と、余韻たっぷり宇宙風牙顔になろうか。一方で『祝呪反魂』ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)や『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)は二人の行く末を祝福するものである。
ただ祝福しながらも敵の迎撃は忘れぬ。
ハンナは侵入しつつあるインプらへと掃射の一閃を放とうか――
されば激しき衝撃音が鳴り響き、て。
「……ハッ! まずいまずい固まってる場合じゃないな!」
「あぁ。まずは邪魔者にゃご退場願おうか」
直後、風牙再起動。頭を振って平静を取り戻し、皆の動きを導くように『渡』ろうか。
彼女を起点として繋がれる気と気が敵の動きよりも先んじる。
乗るはヨハンナ。風牙の、彗星が如き動きに追随。まずはリアへと守護の力を齎して。
「邪魔なんだよね! 大切なお祝いが待ってるんだ……
君達みたいな連中の好き勝手になんか、絶対させない!!」
「色欲の魔物、かぁ。僕とはいい意味で――相性がよくないみたいだねー」
更には『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)もその動きに繋がろう。魔種らが無粋であると断じつつ――誘惑なる力を降り注がせんとするインキュバスをまずは狙いて、楽園追放なる術式を紡ぎたてるのだ。
崩れる敵の一角を見れば『見守る』ロロン・ラプス(p3p007992)も介入する。
ぼんやりと光るその身体。星霊の名代としてはある意味らしくなった反面……怪物性が強調されているような気もするだろうか、と。心の中で自問自答するものだ。とはいえもしこれで少しでも目立つのであればいずれにせよ悪くない。
インキュバスにサキュバス。あぁ性別によって能が違うようだが……
無性たるロロンには関係ないのだから。
滾らせる炎の力が敵を包もうか――そして。
「賊らの侵入と戦闘開始前からクライマックス感ありますね――
リアさん大丈夫ですか? 戦えますか? 先の言葉を思い起こしたりしてませんか?」
「い、いいから! とにかくソレは後でだから!!」
『ただの女』小金井・正純(p3p008000)はリアへと一度声を掛けておこうか。
プロポーズ。それは誰もが一度は夢見る人生の大イベントではなかろうか。
――いいなぁ。
そんな感情の色を瞳の端に、正純は浮かべていただろうか。
……まぁタイミングはともかくとして、だが!
リアの心がこれからも正常であれるか心配だ。心配だから――
「私達で補うとしましょうか」
幸福な結末を迎える為にも、と。
正純は穿つ。まずは個体としてそれなりに強力なインキュバスかサキュバスを。
始原の泥を顕現せしめ押し流さんとするのだ。
「結婚、か。あぁ目出度い話だな。
面倒事が近頃目白押しだが……バルツァーレク派には随分と世話になっているんだ。
――その恩をここで少しは返させてもらうとしよう」
「はは――プロポーズだなんて、ね。なんだか懐かしい気もするよ」
そして。『薄明を見る者』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は一度、リアへと視線を送ろうか。リアはプロポーズされた訳だが……ブレンダの隣には既に『その道』は通ったシルトがいる。
今日の彼は完全装備だ。ブレンダと歩みを共にする明確な意思がある。
――万全の状態で二人で肩を並べるのはいつぶりだろうな。
「……ふっ」
「ん、どうかした?」
「いや、なんでもない」
思わず、口端から笑みが零れてしまった。
記憶はたっぷりとある。想い出は山の如く。
――今更、言葉をかける必要もない。
心で、繋がっているのだから。
ブレンダは前に出る。然らばシルトはその後ろを自然と護るように。
誰も負ける気などしなかった。賊共などに後れを取ろうものか。
――さぁ。無粋にも足を踏み入れた者達よ、覚悟せよ。
色に塗れた俗なる魔種など、討滅してみせようか!
●
「あらあら随分な熱ね……何があったかは知らないけれど。
不快だわ。ルクレツィア様の為に――死になさい」
「させっかよ! 人を玩具にする遊びも、ここで終わりだ!
いつまでもいつまでも自分達が至上だなんて思うなよ!」
激突。イレギュラーズ達の抗する意志と、フィラメントらの穢さんとする意志が交差する。
フィラメントは主たるルクレツィアより与えられた増幅の権能を用いてイレギュラーズらの魂を乱さんと試みているか――人間、誰しも欲望を背負って生まれてくる。無などいない。故に心の奥底を。人の業をかき乱すルクレツィアに抗える筈がないのだと。
しかし。その思惑を潰すべく動くのが風牙であった。
フィラメントの力は確かに面倒だ、が。
「させない! 誰一人だって惑わせるもんか……! お前達の方こそ消えろ!」
風牙の動きに導かれるように即応するヨゾラの力が周囲に満ちる。
然らば色欲の力が皆に沁み込もうとしても妨げるものだ。
それも風牙の気と気を結ぶ力あってこそのもの――
「これだけで終わりじゃねぇぜ……!」
「まずは取り巻き共から、だな。有象無象には分からねぇだろうが――
ここはお前らみたいな奴らが土足で入り込んでいい場所じゃねぇんだ」
その勢いの儘に再び風牙はインキュバスらを打ちのめそうか。
槍を振るいて敵を穿つ。魔術を振るわんとする動きがあればヨハンナが先んじて潰す。
敵の数が多いのならば重畳、と。ヨハンナは右半身の術式の制限を解除。
封を解きて敵を穿たん。
――神の怒りを知れ。復讐するは”我”にあり。
「……成程。流石に、イレギュラーズね。でもいつまで抗えるかしら?」
「いつまでも、よ」
瞬間。ヨハンナの力が彼方に放たれ衝撃波すら生じさせれ、ば敵の戦列に乱れが生じようか――故に。その一瞬を突いてフィラメントへ一気に接近したのはリアであった。
先んじてヨハンナやサンディらより加護を与えられていたのだ。
正に万全。正に無欠たる彼女は魔種を抑えんと剣撃一閃。
「色欲が何よ。あたしにはそんな物に負けないくらいの想いがあるのよ!」
「負けない? 人の情欲は人の根源。人が誰しもソレを抱く限り、あの方には……」
「何度も阻止されて、この前なんて公演から弾き飛ばされながら――
負け惜しみだけは一人前ね!」
フィラメントより発せられる力。魔術だけではない、冠位の権能の一端を感じる。
――それでもリアは、ソレを断ち切るように精霊の剣をもってして宙を裂こう。
魔種が齎す欲望を滾らせる熱よりも大事なものが――今、彼女の心中にはあるのだから。
「勝てよ、リア……! さぁてお前らの相手は俺がさせてもらおうか。
今回はレディが多いんだ。インキュバスなんて悪趣味なのはちゃんと処理しなきゃな!」
であればフィラメントの動きが抑えられている間にサンディは、フィラメントの効果圏外から撃を加えるものだ。まずは、今回のイレギュラーズの構成上女性が多い故に……女性に対する優位な力を持つインキュバスを滅す。
特に狙うのはロロンが引き付けんとしている個体達か。
全霊をもって投じるナイフの乱れ投げが敵を貫いていこう――
「あぁレディが多いよなサンディ。な、サンディ! はは、ははは」
「風牙さん? どうかされましたか風牙さん? ――と。インプも来ますッ!」
「通さないよ! さぁおいで、私だけを見てよ……!
この一瞬だけだけど、君達を存分に相手してあげるからさ――!」
……かつてサンディに『間違われた』のをちょっと引き摺ってる風牙。
かの時を思い起こし、やや乾いた笑みが零れてしまおうか……
が。それでも戦場の流れは淀まぬ。
そもそもやはり現時点として敵の方が数の上で優勢なのだ――インキュバスやサキュバスを除いても、大量のインプがいる。故、ハンナは対応する。接近し、イレギュラーズらに撃を加えんとする者共を斬り捨てるのだ。
更にはシキも加わろう。彼女もやはりフィラメントからの位置は気にしつつ。
その外周部でインプらを相手取らんと纏めて薙ぎ払う。
伯爵やラジエル達がいる場所を狙わせる訳にもいかないのだ。
(大切な人の大切な人は……傷ついて欲しくないものだし、ね!)
もしも彼らが傷つけばリアが悲しむだろう。
リア。大事な大事な親友。
――彼女を悲しませる事なんて、絶対にさせない!
宵闇の刀が夢魔を切り裂こう。神威の守護はこの程度の魔など容易く払い仕る――!
「――ギッ!」
「行かせませんよ! この先にはトリシャ様もいらっしゃるんですから……!」
「よし、連中を端から崩していく! シルト、そちらは任せたぞ!」
「あぁブレンダ。一体たりとも通しはしない……! 俺も良い所は見せないと、ね!」
こびりついた血を拭うようにハンナは刃を振るおうか。
同時。屋敷の外から矢が降り注ぐ様も見える――トリシャの私兵からの援護か!
夢魔らに加えられる攻勢。さればブレンダもシルトと共に応戦だ。
インプが幾らか向かってはくるが、多くはロロンやシキに意識を向けている。
ならば眼前の個体さえ弾けば奥の夢魔へ斬撃が届こう。
ブレンダもまたあえて目立つように。勝利の為、踏み込むのだ。
――多少の妨害などシルトが弾いてくれる。
彼が其処にいるというだけで、あぁ。
(なんとも。いつもより……心が落ち着くものだな)
あえて言葉になどしたりしないが。
精神が指先に乗るのだろうか。
ブレンダの剣捌きは――いつもよりも洗練されている気がした。
「中核のフィラメントをリアさんが抑えている内に、急ぎましょう。
……敵も冠位の権能の一部を授かっている魔種なら、やはり油断は出来ませんから」
「うんうん。今の内、だね。任せてよー、夢魔達を押しのけていこう」
直後。正純もまた敵へと攻勢を仕掛け続ける――さればロロンも敵陣の乱れを突くように動こうか。ロロンの流体たる体は
フィラメントとて魔種。その上で冠位の能力もあるのなら、リアだけでいつまで抑えられるか……もしも隙を衝かれるなり、数多きインプらのフォローによって抑えるのが間に合わなくなれば、またもあの『色欲』の力が齎される事だろう。
味方の同士討ちだけは避けねばならぬ。
故に正純は己が位置には常に気を配り続けるものだ。
決してフィラメントの能力圏内に、迂闊に踏み入る事が無い様に。
そして。その指先に力を込めて――一筋の軌跡を描こうか。
「情欲こそ人の根源などとぬかしますが……
人は決してソレだけなどではないのですよ。
色欲という概念が魂にまで沁み込み、人の恋路を邪魔する悪魔は――堕ちなさい!」
「どいつもこいつも、調子に乗るわね。たかが人間が……!」
さればフィラメントが苛立つような声色を見せようか。
未だ数の上では優勢。されど、だからこそ。
何故突破できない?
インキュバスやサキュバスたちも当然応戦している。数多の術が紡がれ、イレギュラーズ達の心を乱さんと攻勢を常に。インプ達は一段戦闘力は劣れども、それでも完全に無視できる程脆弱ではないというのに。
「そんな風に他人を侮るから――お前は今ここで呑み込まれるんだ」
直後。そんなフィラメントの疑問に答えるように手を動かしたのは、ヨハンナだ。
恐らくフィラメントは此処に蹂躙を行うつもりできたのだろう、と。推測する。
――だがな。
「若人らの情愛を裂かせはしねぇ」
色欲の遣いなどお呼びではないのだと。
彼女は六翼を解放する。いにしえの紅き血が――世界に降り立ちて。
同時。敵陣中枢に全霊たる一撃を灯してやった。
いざや崩壊せよ。失楽園・断罪執行。
――お前達の歩みはここで終わるのだと知れ。
●
「――この程度でッ!!」
フィラメントが力を収束させる。それは再び色欲の権能を使わんとする動きか。
非常に強力な同士討ちの力だ。流石は冠位の増幅の力の一端なだけはあるか。
しかし上位存在たる冠位の力はフィラメントを少なからず蝕む。
使い所を見誤れば割に合わぬ力の放出なだけとなろう――
「だからこそ、させないわよ!
ていうかアンタ。ラジエルじーさんを襲った連中の頭よね?」
「ラジエル……? あぁあの枯れ木のようなくだらない人間の事かしら?」
「――自白どーも。なら、ここでちゃんと始末してあげる。
ラジエルじーさんを傷付けといて……生きて帰れると思わない事ね!」
故にリアは全力をもってしてフィラメントを抑え続けるのだ。
流石に魔種なだけはあってリアと言えど一人で動きを抑え込むのは辛い。だがフィラメントは『殴り合い』に特化した魔種ではない――数多の負を撒き散らす搦め手側に近しい存在だ。
故に戦いの始まりより万全に整えていた事が大いなる一手となっていた。
負の要素による影響を極限まで抑える事が出来れば、あとは倒れぬようにする。
フィラメントの意識が常に向くように言と挑発を重ねて。
深き痛手は自らの治癒の力――玲瓏たる霊水を纏いて、遅らせよう。
自らが倒れるその瞬間を。あぁ、とは言え。
(――なんでかしらね)
不思議と、負ける気がしない。
今まで困難な戦いは幾らでもあったが……しかし今宵だけは、確信がある程に。
フィラメントの撃を捌く。致命傷だけは受けぬ様に全霊を賭して!
「リア殿の加勢に行かねば……! いつまでも時間は掛けられない……!
シルト、すまないが少し無茶をする。――付き合ってくれるか?」
「『来るな』と言われてたら、むしろ拒否するさ。あぁ、一緒に行こう!」
ならばとブレンダは皆を奮い立たす加護を降り注がせよう。
混乱の力を弾き飛ばし、力を与え、敵に相対せし一助とならん!
――フィラメント。お前は先程から色欲の力を振るってくるが。
「そんなものが通じると思わないでもらおうか!
まぁ万一なにかあっても狙うのはシルトだろうしな。その時は上手く受けてくれよ?」
「はは。大事な婚約者からの願いなら、全て受け止めるしかないね」
絶対の信頼。いや信頼以上のものがブレンダとシルトにはあるのだ。
斬り込んでいく。サキュバスを、インキュバスを捻じ伏せるように。さすれば。
「ここだ! 一気に決めるぜ……!」
「正念場だね! まだだ、まだ色欲の力を発揮させたりなんかしないッ!!」
「全く――どこまでも煩い。蠅のように……!」
どこまでも風牙は駆け抜け続けるものだ。
彼女こそ攻勢にして防衛の起点となっている。風牙が動けばヨゾラやヨナンナの動きに繋がるのだから。色欲の力が満ちればヨゾラが治癒し。攻めに転ずる場面であればヨハンナが敵陣に恍惚なる感覚を付与し隙を作りて、総攻撃の機を作る。
それもこれも彼女の気を同調させる力あってこそのもの。
だからこそフィラメントやインキュバスによって狙われるが――それでも彼女は止まらない。
タイミングは今なのだ。今、この時こそ踏みとどまる時!
倒れてなど――いられるか!
「お前にも、お前の主にも、もう二度と!」
――誰も傷つけさせない!!
硬き決意。研ぎ澄まされた闘志。
風牙は奥歯を噛みしめ超速のままに在り続ける――そして。
「くっ――!!」
「サンディ、ヨゾラ。今だ、デカいのブチかませ!」
「あぁ! フィラメント、だったっけ?
てめぇにも願いがあるんだろうが……叶えるわけにゃいかねぇんだ!!」
「人の恋路を邪魔する奴は……ぶちのめされて消え失せろ!!」
そして。ホルンの放っている密偵より齎される念話の情報がイレギュラーズ達の動きを更に迅速とする。ヨハンナが作り出した一瞬の隙を衝いて、サンディとヨゾラがフィラメントへと攻勢を叩き込もうか。
インキュバスらを相手取っていたサンディであったが、その数が遂に減り始めたのだ。
トリシャ配下の援護射撃も地味に彼らの体力を削り取っていたか。
フィラメントへと向かう余裕が出てきた――必滅の闘気の棘が魔種へと放たれる。
直後には間髪いれずヨゾラの術式も紡がれようか。
祈りと呪い。祝福の全てをここに。
――穢れた願いを垂れ流す魔種を討滅せんと。
「そうだな、恋路の邪魔は恐いものだと体を持って理解してもらおうか。
――そうそうリア殿! できれば結婚式には呼んでくれるとありがたい!」
「ブ、ブレンダ! 戦闘中だって言ってるでしょ!!」
次いでブレンダも加勢に至ろうか。剣撃もってして敵に攻勢を仕掛け――
同時。ブレンダは脳裏で思考するものだ。
誰かと誰かが一緒になる事。一緒にいる事。
……きっと、もうすぐ最後の戦いがやってくる。
混沌世界の全てを決める――最後の戦いが。
もしそれを乗り越えたのなら、旅人は皆元の世界に帰れるのだろうか?
(あぁ、だが)
もし、もし――そうなるのだとしても。
「……そこまでは居座らせてもらうとしよう」
ブレンダは一瞬だけ、シルトに意識を向けようか。
未来は白紙、などと謳うつもりはないが。どうしても――
「――まぁ今はとにかく、人の恋路を邪魔する輩は私の剣の錆にしてやらねばな!」
「どこまでも目障りな……!
これだから……ルクレツィア様のお顔が歪む訳よね……!」
が。フィラメントも力を授かった魔種。
例え配下の数が減りつつあろうが――早々に崩れるものか。
己も、ルクレツィアの命を背負って此処にいるのだ。
――フィラメントの内側で、魔力が爆発するが如き気配が垣間見える。
色欲の力の全身全霊。
「人よ、狂い謳え」
惑わす魔力の奔流が数多を包む――
イレギュラーズ達が優勢気味であったのは魔種側の負の力を妨げ続け、フィラメントの力の圏内に極力入ろうとはせぬ戦い方が可能だったからだ。しかしフィラメントを狙う段階となれば必然、近寄る者もある程度は増える。
その機に合わせたのだ。身も魂も削って、色欲の香を此処に。
イレギュラーズ達が一時でも狂えばまだ趨勢は取り戻せると。
眼前の景色が揺らぐ。魂に穢れた熱が灯らんとする――
しかし。
「リア!!」
「――大丈夫よ、シキ」
複数のインプを相手取っていたシキが思わず叫んだ。
フィラメントの影響を最も強く受けるのは、近くにいたリアだったから。
それでも。リアの心に揺らぎはない。
心の中にあるのは、ただただ一人の顔だけ。
――あぁ。
ならば、その喉より振るわせよう。
張り上げるように。どこまでも透き通る旋律を、天に。
『雌鹿の旗の下に』!
「貴様らを――打ち砕く!」
刹那。邸宅内に施されていた術がかつてない程に煌めこうか。
物理的に光を感じた訳ではない。ただ、魂が受け取ったのだ。
雌鹿の旗の下に降り注ぐ――恩寵を!
「馬鹿な!」
「いいえ、これが現実です――フィラメント、逃しません! お覚悟をッ!!」
「外しませんよ、この一撃。この一瞬。終わりの星が、貴女に堕ちる」
弱らせた筈が、益々光り輝かんとするとはどういうことだ!?
フィラメントの驚愕。その一瞬を、ハンナに正純は見逃さなかった。
近寄ればフィラメントより厭な気配をハンナは感じるが――そんなもの、覚悟を決めて踏み込むだけだと全てを無視した。悠久の命と不屈の魂が色欲を拒みて、跳躍と共に。武の神に捧ぐ血の舞を見るがいい、と。
剣撃数閃。直後には正純の放つ、明星が如き輝きの一閃がフィラメントの身を穿とう。
どれだけ離れても。例え彼方の果てにいようとも。
確実に、撃ち抜く。絶対に、討ち貫く。
――あぁ全く。上司のご機嫌取りと尻ぬぐいでこんな所にまで来るとは。
「大変ですね? 彼女たちをモノにできなかったのは、一重に己の力不足だと言うのに」
「――ルクレツィア様を、愚弄しないでもらえるかしら!」
「忠誠を未だ誓うなら、その心抱いたまま死になさい。
ええ。同情する必要もなくて、実に結構な事ですから」
「んーまぁどうであれ、キミはここまでだね。逃れることもきっと出来ないよ」
フィラメントより返しの一撃が正純に紡がれる、が。
彼女らだけで終わりではないのだ。ロロンもまた加勢に加わる。
流体ボディたるロロンが纏わりつき、そして――魔力を爆発させるのだ。
至近距離での炸裂。無論、フィラメントとて払いのけんとする抵抗を見せてくるが――ある程度の負の力などロロンは自前の能で無力化出来れば恐れる事もない。
バルツァーレク派とはそこまで縁を持っている訳ではないが、まぁ。こんな輩の好きにさせる理由もないのだ。フィラメントの望みは此処で断たせてもらおう――それに。
(あの人達は強いから)
きっと。願望器になんて頼らなくても自分の手で足で選び取り進んでいけるよね。
「なぜ……なぜこのような、ことに……!!
私は、ルクレツィア様の、御寵愛の力を……」
「何が寵愛だよ。他人を傷つける力があるだけじゃねぇか……!
テメェから漂ってくる『何か』は――ああ、クソ! 気持ち悪くて仕方ないんだよ!
背筋に鳥肌が立つ感じだ、いい加減にしろクソが! ぶっとびやがれ――!!」
然らば。少しずつ、フィラメントが限界に近付きつつあった。
冠位による権能で増幅されたその力は強大だ――
しかしそれでもフィラメント自身は冠位ではない。強大なる力をただで扱える訳ではないのだ。イレギュラーズらの決死の対抗に怒りて振るった力が、フィラメント自身を蝕んでいる。そこを衝く形で、風牙は吐き捨てるように『色欲』の力を蔑みながら跳躍した。
事前に摂取したすぺしゃるさんどの味わいが彼女に力も齎している。
弱ったフィラメントでは風牙を止める事すら叶わぬか――
敵に叩きつける槍の一閃。続け様には、サンディとヨハンナが続こうか。
「――少しだけだが。お前のその姿勢には」
嫉妬してるかもしれねぇな、なんて。
呟いたのはサンディだ。
盲目的に、一心に、『どうあっても格上の存在』の背中を追えている。
……俺も『あの日』身の程なんて知らずにアイツに付いていけば。
こんな長いこと未練みたいな残骸として――
俺が残る事も無かったろうに。
まぁ、でも。
「結果的に悪くはなかったな」
色んなものを見つけた。
それはきっと『あの道』の先には無かったものなのだ。
……今は、この道を選んでよかったと、そう思おう。
少なくとも後悔はあれど、引き返したいとは思わねぇ。
「だからさ」
お前の気持ちが分からねぇ訳じゃねぇけど。
――恨みっこなしだぜ。
「ぐ――!!」
痛烈なる一撃。それは拳だ。ただただ思いを乗せた全力の――一撃。
フィラメントの口から吐血が走り。
「偽善者たちに味方するなんて、どこまでも愚かね、イレギュラーズ……!」
「――俺達の事をなんと言おうと構わねぇけどよ」
ヨハンナが間髪入れずに接近した。そして。
「伯爵を偽善者と罵るな」
彼女は仮面を脱ぎ捨てる。
それは心の仮面。本性である化物故の獰猛さや悪へ憎悪を悟られぬ様にしたモノ。
だが。最後の最後には見せてやろう。
冥途の土産とでも思っておけ。
――全力全霊。渾身の怒りを込めた一撃が、フィラメントを引き裂いた。
色欲の力の気配が、薄れていく。
邸宅内に残っているインプなどの残党も、トリシャの私兵によって掃われるだろう。
魔種を失った勢力でこれ以上ここを突破できる訳はなし。
で、あれば。
「リア殿。では、ようやくメインイベントだな」
「それにしても遂にゴールインですか。
ええ、救出を頑張ったかいもあったというものですね」
「あ、いや、その、ちょっと待っ」
ブレンダや正純は――リアへと声を掛けるものだ。
ブレンダはやや茶化すように。賊が迫っているが故にと後回しになっていたものの結論を出す時が……来たのだ。しかし、茶化すのは少しだけ。返事を盗みきくなんて無粋な事はせぬ。ただ、少しばかり揶揄うくらいは許してくれ。
(――やっと落ち着くべきところに落ち着いたのだから)
これで心残りもそう多くはない。
「プロポーズかぁ。答えはきっと決まってるでしょ」
然らば――シキもリアの傍へと。
視線を巡らせれば、伯爵の姿も見えようか。
――さぁ。
「ね、リア」
「……えぇありがとうシキ」
心の臓の鼓動が跳ね上がる。
リアは――リアはずっと、悩んでいた。
あたしは本当は。
(あの人の隣になんて立てないのに)
あたしは多くの人の生命を脅かした罪人。
もしも己の望みを願ってしまえば。きっとあの人にご迷惑をお掛けしてしまう。
だからきっと離れているのが一番良い――
でも。
(それでも)
あの人があたしを見てくれるのなら。
あの美しい音色を聴かせてくれるのなら……
「――さん」
刹那。いつのまにやら、伯爵の姿が目の前にあった。
あぁ喉が渇くような感覚がある。だけど。
「……伯爵。お返事をする前に、あたしはやり残した事を終わらせなければいけません」
「――黄金劇場、ですか」
「はい。黄金劇場は……まだ終わっていない」
だから。
『父』に代わり幕を閉じないといけないのです。
「長かった演目を終えて、あたしが次の新しい舞台に立つ為に」
「幕を閉じる役目を担う――いえ、引き継ぐと言うのですね」
「……全てが終わる頃にはもう陽が沈んでしまうかもしれませんが」
いつか、必ず。
「必ず貴方の元へ参ります」
その時にもう一度お聞かせください。
そして、あたしの。
「本当の名を」
呼んでください。
呼んで――いただけますか?
答えは、次なる瞬間の抱擁の中に全てが込められていたと言えるだろう。
例え。貴女が帰ってくる日が永久の彼方であろうとも。
『あなたの音色』を、私が忘れる事はありません。
――御機嫌よう、貴方のお義母さんです。
と。その瞬間だった。ガブリエルの脳裏に――『誰か』の言の葉が響き渡る。
お義母さん? これは、まさか。
――あの娘、アレでとても自罰的なヘタレです。
――あれは中々治りません。放っておいたらずっとかもしれません。
――なので、色々言ってきてもひとつひとつ丁寧にぶっ潰して追い詰めてください。
公認で追い詰めろとはどういうことか。凄い事を聞かされている気がする、が。
――身分が違う事。
――いずれ私の後を継ぐ事。
――これに関しては諸々30年以上は先でしょう。
――しかし。逆に、時間があるというのならば。
――その頃には家督を譲って、あの娘の作る玲瓏郷で一緒に余生を送ってみては如何?
(成程)
今までバルツァーレクとしての立場が常にあった。
貴族として失脚せぬようにと、留まり続けるようにとの意思が根底にあった。
……だが。
遥か彼方を見据えれば――その未来はきっと幸福なものなのだろう。
何に侵される事もなく、二人で、共に……
――そして自分は許されざるべき『罪人』であると信じ込んでいる事。
――……貴方ならきっと氷解させる事が出来るでしょう。
――ガブリエルさん……どうか、どうか。
『私達の愛し子を宜しくお願いします』
永遠だったような。一瞬だったような。
真実だったような。幻だったような。
しかし。言の葉を受けたガブリエルは決断する――
えぇ。何も、絶対に心配はいりません。させませんと。
意思が――届く様に。
「……ふん。アザレアや子供達にも話はしておけよ」
「ラジエルじーさん――怪我をしても、どこまでも変わらないわね」
「お前は……変わってはないが、大きくなったものだな」
であればと。奥の方からはラジエルも現れ。更に続け様に。
「リアさん、おめでとうございます!」
「おめでとうございます、リアさん!!」
「おめでとう、でいいよねこれは。リア。『いつか』は必ず――来るんだから」
「目出度いな、リア。あぁ本当に」
更に続け様にヨゾラにハンナに、そしてシキとサンディが言葉を掛けようか。
感慨深い。シキの胸中に過る感情は、どこまでもソレに染まっていた。
……君は自分の幸せを願うことがちょっとばかり下手だから。
代わりに願ってくれる人がそばにいてくれたらいい。
『いつか』を私が見れる日が来るかは、分からない。
……少なくとも、私はその内先にいなくなってしまうけど。
(そのとき君が寂しくなくて)
笑っていられたらなによりだ。
これからどれほどの時間が流れようと。
きっと、リアは寂しくないと思うから。
「伯爵、リアのことをよろしくね。
私が言うのもなんだけど、自慢の親友なんだ」
「勿論です。私の身を賭してでも、必ず」
「シキ――」
「うん」
リア。大好きな私の親友。
シキもまたリアを抱擁しようか。
優しく。宿る熱を、今日と言うこの日に私が此処にいたんだと。
覚えていてほしいから。
――お祝いに、精一杯の祝福をあげる。
ずっとずっと幸せでいるんだよ。
純真たる願い。友に捧ぐ一筋の想い。
――目の端に、成就の熱が灯った気がした。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れさまでした、イレギュラーズ。
紡がれる想いは、どこまでも。
――ありがとうございました。
GMコメント
●勝利条件
敵勢力の撃破・撃退
●フィールド
バルクァーレク本邸の一角です。
『サテント回廊』とも呼ばれる、芸術品も並んだ長い廊下の場で防衛を行って頂きます。
戦うには不足ない広さがある事でしょう。
後述する味方NPCは概ね後方側のガブリエルの書斎部屋側に位置している為、即座に危険に陥る事はないでしょう。
●敵戦力
●『繚乱花月』フィラメント
色欲の魔種。ルクレツィアに忠誠を誓っており、彼女の怒りを払わんと考えています。
多数のBSを撒き散らす一撃を得意としたタイプです。
特に『混乱系列』や『麻痺系列』を撒く事が多いようです。
今回はルクレツィアより権能かなんらかの力を貸与されてるのか、能力が強化されています。
BSの付与判定時、通常よりも高い確率でBSが付与される事があります。
また自身のHP・APを消費する代わりに、R3内にいる敵勢力に特殊BS『色欲』(色欲状態の対象は1D70%の確率で味方をランダム攻撃する事がある。その際、ランダムではあるが異性を攻撃する可能性が高くなる)を付与する事があります。
『色欲』の付与自体にも付与判定は入りますが、先述のBS付与確率上昇は適用されます。
またこの能力のみ『BS無効』では防げません。
(ただしBS無効があると付与確率が減少するようです)
●サキュバス×5体
色欲配下の魔物です。フィラメントに忠実に従います。
『混乱系列』のBSを付与してくる魔術を行使する存在です。
特に敵対者が男性の場合、命中などの判定に優位になる性質があります。
●インキュバス×5体
色欲配下の魔物です。フィラメントに忠実に従います。
『混乱系列』のBSを付与してくる魔術を行使する存在です。
特に敵対者が女性の場合、命中などの判定に優位になる性質があります。
●インプ×20体~
色欲配下の魔物です。フィラメントに忠実に従います。
全ての攻撃で『呪い』のBS付与判定が行われます。
全体的な戦闘力はサキュバスやインキュバスより低めです。
戦場に援軍として増える事があります。
●味方NPC
●ガブリエル・ロウ・バルツァーレク
バルツァーレク家当主。色々覚悟を決めたみたいです。
本邸には万が一を考えて、特別な加護を張り巡らされていたようです。
通称『雌鹿の旗の下に(Under the Balzarek)』。ガブリエルが健在である限り、フィールドにいる味方勢力の全てのステータスが僅かに上昇します。
●ラジエル・ヴァン・ストローンズ
以前邸宅を襲撃された際に負傷していますが、喋れる程度には回復している様です。
非常に希少な護符を持っているようで、彼や彼の周囲にいる人物へと到達する悪意ある攻撃が遮断されます。(限界はあります。要は自動で防御する盾を持っているようなものです)
●トリシャ・フェリン
バルツァーレク派の幻想貴族の一人です。
麗しい令嬢ですが『男嫌い』とも噂されている人物です。
周囲に兵を展開しています。彼女が健在である限りインプの援軍到来確率が減少します。また時折ターン開始時、援護射撃が敵に対して降り注ぐ事があります。(判定的には、ターン開始時に敵全体にある程度のダメージが付与される事があるようです)
●ホルン・G・トリチェリ
バルツァーレク派の幻想貴族の一人です。
彼が健在である限り、彼の配下の密偵から情報が齎されます。
(ターン開始時、味方全員の『反応』と『EXA』に有利な判定が齎される事があります)
●シルト・ライヒハート
バルツァーレク派の貴族、ライヒハート男爵家の長男です。
万全の装備を整えた上で此処にいます。皆さんの援護を行うようです。
彼が健在である限り、稀に攻撃が防がれる(ダメージが0になる)事があります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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