シナリオ詳細
<美徳の不幸/悪徳の栄え>音楽は誰のために
オープニング
●第二楽章
――ルクレツィア殿もいらっしゃるとすれば馳せ参じぬ理由がない。
「……と、この言葉は二度目になるかな」
幻想王国に存在する優美な広場。その真ん中に立った鎧の大男。その名はケイオステラー。色欲の魔種である。
彼は混沌世界を愛していた。いや、厳密に言えばこの世界に『愛』が足りないと考えていた。
それ故に『混沌解放楽団』を組織し、かの黄金劇場にも参戦したのだが……。
「やはりまだ、この世界には愛が足りない。なぜ愛を拒む」
「言っていろ、魔種め!」
そんなケイオステラーを取り囲んでいるのは無数の兵士たちだ。
「今すぐ暴徒化した人々を止めろ! 化物!」
「ああ、なんと愛のない言葉か」
ケイオステラーは嘆くように声を発すると、指揮棒を振りかざした。
途端――。
「お前のビートを聴かせやがれ!」
頭をティンパニという打楽器にしたスーツ姿の男がどこからともなく現れ、ドラムスティックで兵士を殴りつける。その衝撃で兵士は地面と水平に吹き飛んでいった。
「チッ、セッションが続かねえなあ」
「ぼ、暴力は良くないですよ。ほら、皆怖がってるじゃないですか」
そのあと現れたのはフルート頭の男だ。気弱そうに見えるが、その実しっかりとティンパニやケイオステラーの強化を行っていた。
ならばと兵士がマスケット銃でフルートに狙いをつけ一斉射撃――を行った途端、素早く間に割り込んだチューバ頭の男が間に割り込み防御を行う。
「聴こえませんか、素晴らしい解放への響きが」
「何――?」
「気分はいかがですか? 胸を突くような心地よさでしょう『解放』の音色は」
瞬時に距離を詰めてきたチューバの掌底が、盾を構えた兵士の防御を貫いて穿つ。
膝から崩れ落ちる兵士の首を、ゆらりと現れたバイオリン頭の男がその弓で撥ねた。
「ゆるりと、愛の楽曲をお聞きいただきたく存じ上げます。愛と解放こそがワタシたちのモットーでございます」
そしてバイオリンの弓を剣のように構え、兵士たちに突きつける。
「兵士相手にどんだけ時間かけるつもり? そろそろダルいっしょ」
「馬鹿者! さっさと仕事をせんか!!」
そこへ現れたのはトランペット頭の男とバスクラリネット頭の男だ。二人は音の攻撃を放つと兵士たちを纏めて吹き飛ばしてしまった。
「ふむ、力は充分に通じているようだな」
ケイオステラーが呟くと、楽器たちは跪く。
「前回はあの泥人形――イレギュラーズたちに遅れをとったが、今回は貴公らがいる。もはや後れを取ることはないだろう」
楽団六体、いずれも魔種。
指揮棒を掲げ、ケイオステラーは叫ぶ。
「さあ、第二楽章の始まりだ!」
●
「やはりまた動き出したか、『混沌解放楽団』……!」
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)は拳を握りしめ、依然の黄金劇場の戦いを思い出していた。いずれ決着をと撤退していったケイオステラーが、約束通りと言うべきか更なる戦力を整えて現れたのである。
「で、あるか……」
それに応えたのは是空・信長という男。練達の芸能事務所『本能寺』の現社長である。
「って、社長! なんで信長殿がここにいる!? 事務所はどうした事務所は!」
思わず二度見してしまった冬越 弾正(p3p007105)に、信長はニッと笑った。
「仕事で来ていたに決まっておろう。相変わらず心配性じゃのう弾正は」
どうやら幻想貴族相手にミュージックフェスを開くべく訪れていた信長らしいが……。
「連れてきたミュージシャンたちが『混沌解放楽団』を名乗る連中の音楽を聴かされた途端暴徒となって暴れ初めてしまってのう」
信長の話に寄れば、ミュージックフェスを行おうとした矢先に『混沌解放楽団』が現れ、その音楽を聴かされたミュージシャンや観客たちが突如暴徒化してしまったのだという。
おそらくはかのルクレツィアが画策した乾坤一擲の賭けとやらの一環なのだろう。
「しかし……世界中がバグホールだらけになったというのによくそんな企画をたてたな」
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が呆れたように言ってみれば、信長は胸を張ってこう応えた。
「苦難の時こそ、音楽は必要じゃろう?」
「ふむ……それは、わからないでもない」
同意を示すマッダラーと弾正。今度はアーマデルが二度見をするばんだった。
「だが、その音楽を人を傷つける道具にしようって魂胆は気に入らない。だろう?」
「ああ――再びお灸を据えねばな」
マッダラーたちは立ち上がり、件の公演会場とやらへと向かうのだった。
- <美徳の不幸/悪徳の栄え>音楽は誰のために完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年01月27日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
王都。音楽祭が開かれるはずだった大通りを、二体のロバロボットが歩いている。鳴らす音楽は陽気で明るく、子供がいれば喜んで駆け寄ったことだろう。
その中央を歩くのは茶色い泥めいた装束の一人の男。楽器を手にした彼の名は、『生きたくなる、前に』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)。
「これが音楽だと、これが愛だと貴様らは宣うのか混沌解放楽団」
彼の手は怒りに震えていた。
「暴力だ、これは暴力以外のなにものでもない!過去と未来全ての音楽家への侮辱だ!」
格の違いを見せ付けてやる。そう言わんばかりにロバロボット協奏馬たちは音楽を鳴り響かせる。
そこへ、大量の暴徒が近づいていた。
異様なことに誰もが満面の笑みを浮かべ、手にはナイフや割れた瓶を武器として握っている。
「「解放だ! 解放だ! これこそ愛だ!」」
合唱するように叫ぶ暴徒たち。
その様子に、『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は顔をしかめる。
「まさかとは思うが。その耳障りな騒音こそが音楽だなどと言うつもりか?
そういう寝言は、棺桶の中で吐いてもらおうか!」
妖刀『愛染童子餓慈郎』に手を駆け、抜刀する。
その様子に暴徒は一瞬だけたじろいだが、それだけだ。逃げ出す様子も無ければ、投降する様子もない。
一色触発の空気の中で、しかし『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は自らの胸に手を当てた。正確には彼女の心臓のある場所に。
(音楽は楽しいものじゃなくっちゃ。「僕」はそんな事言ってたかな? 歌は歌だよ、ぷかぷか笑うよ)
一度だけ目を閉じたイーリンは、ゆっくりとだけ目を開く。
「騒々しい連中にはコーラスで黙ってもらおうかしら――『神がそれを望まれる』」
バスタードソード『黒剣』を手に、静かにそう唱えるのだった。
「魔種の楽団、ねぇ。ふむ……見てくれはテーマ性があって好みではあるが」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は余裕そうに、手を広げて民衆の前に出てみせる。
「その音色はどうしようもなく歪んでしまっている。これはこれで愛らしいが、壊さねばならぬのが哀しいところだ」
耳を澄ませてみれば、オーケストラめいた演奏が聞こえてくる。
それがどこから響くものなのかわからないが、ずっと遠くのほうだろうとは予測がついた。
チッと舌打ちをする『竜剣』シラス(p3p004421)。
彼が姿を見せたことで、暴徒たちはどよめいた。そう、彼ほど幻想で有名な男はそういないのだ。新世代勇者の筆頭にして、ローレット内トップクラスの実力者。英雄の中の英雄だ。
(この王都で数えきれない事件と向き合ってきた。俺は歴戦だ。きっと俺の言葉は彼らの心に響く)
確信を胸に抱きながら、シラスはじりっと前に出た。
「混沌解放楽団のやっている事は解放ではなく、音楽による支配だ。そんな物、到底受け入れられる筈がない」
『終音』冬越 弾正(p3p007105)は吐き捨てるように言い切った。
集まる暴徒たちの顔を見ればすぐにわかる。張り付いたような笑顔は均一で、彼らの内の苦しみが伝わってくるかのようだ。
「しかし、不幸中の幸いかもしれないな」
そう呟いたのは『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)だった。
「魔種が集団で現れた現場に居合わせて、発狂だけで済んでいる。反転するものが現れてもおかしくなかったろう」
アーマデルの言葉に、弾正が深く頷く。
「ところで、音の精霊種……だったか。俺にとっての『音の精霊種』の代名詞が冬越弾正なのは不動だが。他にもいたんだな」
「そりゃあ、俺だけじゃないだろう。けどそう言ってくれるとうれしいな」
弾正は笑って、アーマデルを優しく見つめた。
「魔種と狂気――そうか、既視感があると思ったら、ローレットの報告書でみた狂気のサーカス団か」
『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)が納得したように頷き、そして無数の式符を取り出した。
「愛だの色欲だの言いつつやってる事は前回と同じとは。アンコールもなしに勝手にやって来るなんて随分と寒い連中だ。
こっちはマッダラーがいるからお呼びじゃないんだ、お引き取り願おうか!」
「その通りだな」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)も細剣『メロディア・コンダクター』を抜刀し身構える。
またもおこるどよめきは、彼の抜刀音が美しい音楽として奏でられたことによる驚きだろうか。
「やはりコンサートを開いたか、混沌解放楽団。
音楽は洗脳の道具では無いし……楽器を凶器にする奴は絶対に許せない。
音色を丁寧に扱えない者に、音楽家を名乗る資格は無い」
そう、音楽家として許せない。音楽の結果生まれるものがこんな暴徒たちだなどということは。
「音楽は人を楽しませたりするもんやろ。あんたらの音楽で楽しんでる人は誰もおらんよ」
『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)もまた、弓の『剔地夕星』に『穿天明星』の矢をつがえる。きりり――と弓弦をゆっくりと張るその音が、心に深く染み渡った。
誰も魔種の音楽など楽しんではいない。目の前の張り付いたような笑顔は、まるで音楽にせき立てられ恐怖したかのようだ。
それを救えるのは、きっと自分達だけなのだろう。
「ってことで楽団解散のお時間やね? 覚悟せえよ、こら」
楽団たちに向けて呟くと、彩陽は矢を解き放った。
つまりは、満を侍して。
●
「悪いわね、道を開けてもらうわよ」
イーリンは剣に力を込めた。俗に『カリブスヌス』と呼ばれるその技は、限界まで研ぎ澄まされたことによって『月読狩』というひとつの型へと終着した。
詠唱を必要とする魔術回路を直結し、無詠唱化した彼女の力は一直線上に放たれる。
暴徒たちは纏めて吹き飛び、吹き飛び、そして吹き飛んだ先にいたのは……またも暴徒であった。
「嗚呼、最悪」
そのことで、ケイオステラーら『混沌解放楽団』への距離がかなりあることを察したイーリンは毒気付いた。
丁度時を同じくして空へ飛び上がっていたマッダラーが上空から帰ってくる。
「暴徒の数が多すぎる。放置も危険だ。まずは暴徒の鎮圧を先に行うつもりだが……どうする」
問われて、イーリンはたった一瞬だけ考えた。
彼女の腕であれば、たとえばラムレイに跨がり後弾機を放ちながら駆け抜けるだけでもこの暴徒たちを突破できるだろう。たかが暴徒、イーリンの足を止めることなどできないのだから。
だが魔種集団の中に自分一人だけが突出するのはあまりに危険すぎる。
仲間たちが暴徒の鎮圧を優先するなら、自分もまたそちらを先にこなすべきだろう、と。
「わかったわ。鎮圧に当たるわね」
「なら引きつけ役は任せて貰おうかね」
ゆらりと前に出たのは、そう武器商人である。
『オルフェウス・ギャンビット』を発動させながら放つのは、『衒罪の呼び声』。
群がる暴徒のそのほぼすべてが武器商人に向き直り、一斉にナイフや酒瓶での攻撃を仕掛けてきた。
突き刺さるナイフや瓶による叩きつけ。砕け散るガラス片を浴びながらしかし武器商人の表情は余裕そのものだ。
武器商人と暴徒の戦力差は圧倒的ではあるものの、ちりつも式にダメージが蓄積しHPが大幅に減少していく。
そしてケイオス・レギオン、絶転のヌーベル・リュヌ、チートスキルがそれぞれ発動。
「そろそろだねえ」
フッと笑うと、『頭を垂れよ、緋色の罪杖』を発動させ影の茨を呼び出した。一瞬にして腕を串刺しにされる暴徒の一人。そのまま腕を押さえうずくまり、戦闘不能となる。
「さあ、我(アタシ)ごと」
ちょいちょいと指で手招きをしてみせる武器商人。
汰磨羈はお言葉に甘えてとばかりに妖刀に力を込めた。
振り抜き放つは『ケイオスタイド』の魔法。
生まれ出た混沌の泥が暴徒たちに纏わり付き、戦闘力を奪っていく。
あがる悲鳴の数々を、汰磨羈はあえて無視してグラビティゲートを発動。
「大丈夫だ。殺しはしない。絶対にな」
ドウッと音を立てて出現した引力のゲートが倒れる暴徒たちを引っ張り、それぞれ後方へと放り投げていく。
更に迫る暴徒たちは、汰磨羈を狙って集まってくる。
汰磨羈はあえて近くの酒場へと飛び込むと、そこはがらんとした無人の酒場だった。倒れたテーブルを飛び越えて店の奥へ。
それを追って無数の暴徒が屋内に飛び込むも、狙い通りとばかりに入り口付近に『ケイオスタイド』の魔術を再度発動させた。
剣を突きつけるようにして発動した魔術が暴徒たちを包み込み、そして店の外へと一斉に吹き飛ばす。
『我冀う。その力を奇跡と成す事を』。
それは彩陽が周囲の死者の霊から霊力たる力を分けて貰い、自身の扱う武器に力を乗せて放つ一撃の名である。
屋根の上に登って放った一撃の矢は分裂し、暴徒たちの影へと突き刺さる。
影を縫われたかのように暴徒たちは動きを止め、驚いたように彩陽を見上げた。
「もう一撃」
既に次の矢をつがえていた彩陽は『ケイオスタイド』の魔術を込めて矢を放つ。
放たれた矢は今度は暴徒たちの中心に着弾。と同時に混沌の泥を出現させ暴徒たちの足に絡みついた。
ワアッという困惑や恐怖の色を帯びた声に彩陽は僅かに目を細めるも、暴徒たちは泥に足を取られ次々に転倒。戦闘力を失っていく。
そんな中へと更に踏み込んでいったのはシラスだった。
通称『蛍火』。前方に無数の光球を生み出して一斉に爆発させるというこの戦闘魔術は、研ぎ澄ませた技術によって狙った対象のみを吹き飛ばすことが出来る。
光球の爆発によって暴徒たちが吹き飛んだのを確認すると、シラスは巧みな体捌きで近くの屋根へとよじ登り、そして振り返って叫んだ。
「ローレットのシラスだ。この騒ぎもセンスの無いBGMも10分で止めてやる。だから耐えろよ!」
スピーカーボムで拡張されたシラスの声は暴徒たちに響き、そしてそのうちの一部の足を止めさせた。
シラスの名声はそれだけ響くということなのだろうか。それとも言葉に込めたシラスの想いが伝わったからだろうか。あるいはその両方か。
シラスは屋根から跳躍し、再びの『蛍火』を解き放つ。
次々に飛んでくる石が頭や身体にぶつかるも、錬はひるみも退きもしない。
「マッダラー、イズマ! 音楽を鳴らせ! 対抗するんだ!」
「音楽を? ああ、いいだろう」
「望むところだ! 連中の音楽をかき消してやる」
協奏馬『沼』&『雷』の演奏に合わせ、背負っていた楽器で演奏を始めるマッダラー。
打楽器セットを手に演奏を始めるイズマ。
勇ましいマーチが鳴り響くその中で、錬は『式符・陰陽鏡』を発動させた。
瞬間鍛造された魔鏡が彼の後方へと掲げられ、放つ黒い閃光が右から左へと走る。その一瞬後、おきた爆発が暴徒たちを吹き飛ばした。
「それにしても数が多すぎる。フェスってのはこんなに人が集まるもんなのか!?」
「音楽の力はそれだけ偉大だってことだ」
イズマは打楽器を一度置くと、手にナイフを持って迫る暴徒たちの攻撃を巧みな剣さばきでいなしていく。
その刃がぶつかる音さえも書き換えて、美しい音楽へと昇華させた。
そうした音楽が拡散、拡張され、大通りに響き渡る。
人々の一部の足が止まり、ハッとした様子で自らの手を見下ろしている。
「『混沌解放楽団』の洗脳が解けているのか?」
「イズマ殿の言った通り。『音楽の力は偉大』なのだ」
「よし、それなら――」
イズマは未だ洗脳の解けていない暴徒たちめがけ『響奏撃・波』を放った。
メロディアコンダクターの振り抜く音が衝撃となり、人々を纏めて吹き飛ばしていく。
「いいぞ。この調子でパレードだ。見せ付けてやろう」
マッダラーは小さく笑うと足を踏み出した。
彼の演奏は魔法的力を持ち、白き光球が彼の頭上へと次々に生まれ始める。
それらは暴徒たちへと飛んで行くと、閃光を放ち次々と爆発した。
再びふわりと空に浮かび上がるマッダラー。
閃光の爆発を起こしながら空を飛び、協奏馬たちの演奏を鳴り響かせる。
彼らの音楽が、勝利しつつある。
「響け、希望の歌。世界を救うのは俺達の音楽だ!」
イズマやマッダラーの音楽に合わせ歌を歌い始める弾正。
その歌は人々の心に染み渡るような、勇気を齎すような、優しくも力強い歌だった。
ナイフを掲げた暴徒の目から、狂気の色が薄れて消える。
「俺は一体……? うわ!」
自分がナイフを手にしていたことに気付いて慌てて落とすと、力強く歌う弾正を見た。
そう、『混沌解放楽団』の音楽を、弾正たちの音楽が塗りつぶしているのだ。
これこそ信長が真に狙った作戦であったが、それを弾正たちは知らない。知らぬまま、実行したのである。
それでも洗脳が解けず突進してくる暴徒たちに、弾正は『ダークムーン』の魔術を発動。
平蜘蛛に接続したマイクに魔力を込めて指を突きつければ、自身を中心に暗き闇の力が発動して爆発した。
「あと一息だ。アーマデル」
「ああ――正気な者は逃げておけよ」
アーマデルが呼びかけると、正気に戻った人々が一斉に退避。暴徒だけが残ったところで、アーマデルは『英霊残響:怨嗟』を発動させた。
――志半ばにして斃れた英霊が残した、未練の結晶が奏でる音色。
それはまたひとつ音楽の力となって人々の心を打ち、戦闘不能にしていく。
ばたばたと暴徒たちが倒れる中、ぱちぱちという音がする。
ゆっくりと手を打つそのリズムは、音楽を止めさせるに充分であった。
「素晴らしい。愛ある演奏であった」
そう高らかに叫ぶのは、首なしの鎧。『混沌解放楽団』の指揮者、ケイオステラー。
彼が指揮棒を高く掲げたと同時、どこからともなく新たな音楽が鳴り響いた。
「さあ、第二楽章の始まりだ!」
●
イーリンは高い機動力を生かして真っ先に飛び込むと、バイオリンめがけて黒剣を叩きつけた。
大上段から豪快に繰り出した剣を、バイオリンは己の弓で受け止める。押せば折れて壊れそうなほど繊細な弓はしかし、纏った音の力によってイーリンの剣を反発している。
直後、イーリンの背後に武器を象った光が出現。連続でナイフや剣の光が発射されるが、バイオリンは舞うような動きでそれを回避した。
(回避した!? やはり、格上ってことね)
戦力はまちまちとは言っても相手は魔種。一対一の戦いで劣勢に立つのは仕方ないことではあった。
だが――。
「ごきげんよう、一曲聴かせてもらっても?」
「喜んで、マドモワゼル。あなたなら愛のすばらしさがお判りいただけるかと」
「さあ、それはどうかしら」
バイオリンを自分自身に引きつけることにはどうやら成功したようだ。
サッと仲間と離れるように後退しつつ、天照狩(カリブルヌス・ひのかり)を解き放った。
イーリン最強の隠し球にして超威力の一撃だ。
並の戦士であれば一発で消し飛ぶ威力である。
それを――。
「美しい音色ですねマドモアゼル? しかし今は私のソロパート――邪魔しないでいただきたい!」
スパン、と弓で光を切り裂いてしまった。
ダメージはどうやら受けているようだが、それを深く気にしているという様子はない。
「おいおい女の子と遊ぶのは俺の役目って言ったっしょ」
するとトランペットがずいっとバイオリンの援護に入ろうと動き始めた。
まずい。そう察したシラスは『D4C』を発動させ間に割り込み、『パラダイスロスト』をトランペットめがけて解き放った。
凄まじい量のBSを帯びた暗器の群れが出現したかと思うと、それがトランペットへと発射される。
「ワオ」
巧みな動きでそれらの半分を避けきってみせるトランペット。残る暗器を頭の楽器から放つ音の力で迎撃すると、シラスに『視線』を向けてきた。そうと分かるゾッとした感覚が……いや殺気が、シラスには感じ取れたのだ。
「聞こえていたろ、『混沌解放楽団』? お似合いの演目を用意してやったぜ。有難く拝聴しな」
トランペットに、そしてその後方に控えるケイオステラーに向けて不敵に言い切るシラス。
「幻想は俺の舞台だ、テメーらも聴衆なんだよ。分からせてやるぜ」
「いいんや、聴衆は君だぜ。コイツは分からせ合いってことだな?」
シラスから離れ音の砲撃を放ってくるトランペット。
直撃を受けてシラスは吹き飛ばされるも、空中でくるりと身を翻して建物の壁に足をつけた。そのまま壁を蹴り、凄まじい勢いでトランペットへと迫る。
放つのは、『竜剣』。彼の称号と同じこの技は、いわば彼の終着点とも言える超威力の一撃だ。
魔力を込めた拳が叩き込まれる。
それを、トランペットは突き出して手のひらで受け止めた。
走る衝撃を、しかしトランペットは身体で受け、両足はしっかりと地面についたままだ。
「悪いな、俺の相手は死ぬほど面倒くせえぞ」
「らしいねえ。できれば女の子と遊びたかったんだけど……しゃあねえ、ちっとガチでいくぜ」
一方、こちらは錬。
「イーリン、シラス……あの二人が圧倒できていない……? 『混沌解放楽団』、どれだけの戦力を持っているんだ」
彼ら、特にシラスはローレットの中でも最高峰の戦闘力の保持者だ。それが圧倒できないということは、こちらの、ローレットの個体戦闘力を確実に上回る個体戦闘力をあちらは持っているということになる。
そして現状最も避けるべきなのは、彼ら『混沌解放楽団』の火力を『重ねさせる』ことである。
一対一ならまだいい。これが2対1にでもなろうものなら一気にこちらが潰される。
「なら――!」
錬『式符・殻繰』を発動させ無数の絡繰兵士を瞬間鍛造。
「一斉攻撃! 目標はチューバだ!」
「おっと、ワタシですか?」
『ワールドエンド・ワールドツリー』の魔術を発動させ、絡繰兵士の一斉射撃と共に放つ錬。
対するチューバは長い手足を一度ぶらんと垂れ下がらせると、猛烈な速度で手足を繰り出して絡繰兵士の一斉射撃を捌ききってしまった。最後に放たれた魔術を腕のひとふりでなぎ払い、そのまま錬へと突っ込んでくる。
(【怒り】が効いた? いや違う!)
強烈な喧嘩キックが錬の腹に突き刺さる。防御のために瞬間鍛造した盾がぶち抜かれ、錬は派手に吹き飛ばされた。
「チィ……!」
『式符・相克斧』を発動。盾と杖を合体させ斧に変えると、錬はごろごろと転がってから素早く立ち上がった。
更なる蹴りを叩き込んでくるチューバに、斧を思い切り叩き込んだ。
「良い目をしておるな若造」
「ヒヒ……」
武器商人は自らの放つ『衒罪の呼び声』がかわされ続けていることに気付いていた。対象はバスクラリネット。
動きはゆったりとしているものの、放つ音波は凄まじく強烈だ。
当初の予定では魔種たちを怒りで一箇所に纏めて汰磨羈の封殺攻撃で一気に制圧してしまう作戦であったが、これではそうもいかない。というより、『一箇所に纏めてしまったら負ける』のだ。
武器商人のもつ【BS無効】能力のおかげで音圧によるBSは受けていないものの、必殺の一撃を受ければ簡単にへし折られてしまうかもしれない。そういう事態は避けなければならないのだ。
「じゃが、ここで終わりじゃ」
バスクラリネットの強烈な音波が再び放たれ、武器商人は派手に吹き飛ばされる。
建物の壁をぶち破って屋内に転がり込むと、そこは見知らぬ他人のリビングルーム。
テーブルに掴まり起き上がった武器商人に追撃の音波を放つ――その瞬間。
汰磨羈は割り込みをかけて音波を刀で切り裂いた。
「ほう……?」
「――絶愆・織獄六刑」
『三絶』が二。敵を結界で捕捉し、その内部に地獄を生み出す絶技の名だ。
一瞬だけ拘束に成功したバスクラリネットだが、次の瞬間には当人から放たれた音の波が拘束を破壊。発動していたはずのグラビティゲートも機能していないようだ。つまりは、ふき飛ばしが出来るほどのヒットをたたき出せていない。同じく、封殺を可能とするだけのヒットもだ。
「これは相当に厄介だな」
汰磨羈は呟きながらも走り出し、狙いをバスクラリネットからフルートへと変更。
「わ、わ! やめてくださいよ暴力は!」
慌てた様子でフルートが汰磨羈の放つ『絶愆・織獄六刑』を防御。直後に治癒の音を響かせる。
高域に響き渡った音は他の『混沌解放楽団』たちを治癒するのに充分な威力を持っていたようだ。
更には仲間への強化を行っているらしく、状況はどんどん悪くなっていく。
ならばと『絶禍・虚牢陰月』を繰り出す汰磨羈。
相手の懐へと一気に攻め込む。
『三絶』が三、陰の太刀。根源の力たる無極を敵の体内へ叩き込み、一気に陰の側へと変容させる呪詛の一撃を繰り出す。別名『ビッグクランチ・スクイーザー』。
その強烈な一撃を受け、フルートは派手に吹き飛ばされ地面を転がった。
「い、痛いじゃないですか! なぜこんなことをするんです!」
言いながら自身のダメージを瞬時に回復するフルート。
そこへ彩陽は矢を放った。
きりりと引き絞った弓から矢が放たれた瞬間の、美しい音色。
まるで空気が変わったかのようなカァンという音にフルートが咄嗟に振り返り、そして彩陽の矢をキャッチした。
「危ない! こんなものが刺さったら……」
矢を放り捨てるフルートに、ならばと今度は『ケイオスタイド』の魔術を込めて矢を放つ彩陽。
今度こそ矢はフルートの肩に突き刺さったが、しかし封殺には至らないようだ。
「やめてください。私たちは演奏をしているだけなんですよ! 人々を解放しているんです」
「その演奏をやめろと言っとるんよ」
解放、などと。冗談ではない。
満面の笑みで恐怖に引きつったあの暴徒たちがその解放だというのか。
そんなものを、彩陽は許せるはずは無かった。
心に燃え上がった怒りの炎が矢に灯り、冴え渡る一撃が放たれる。今度はフルートの腹に突き刺さり、フルートの動きを今度こそ【封殺】する。
「うう、こんな矢に……!」
痛みをこらえて矢を抜くフルート。
血のついた矢を放り捨て、次のターンに自らを治癒した。
「いくぜ、お前らのビートを聞かせやがれ!」
一方で、ティンパニは弾正とアーマデルを相手に派手な肉弾戦を挑んでいた。
「それにしてもこいつ……暑苦しい……だがこちらも負けてはいない。
拳(剣)で語ってみせよう、俺の弾正の強さを!
お前に! 『うたとたいそうのお兄さん』が! 勤まるものかッ!」
「何の話しだマジで!」
「まさか弾正があの着ぐるみの声を担当していたなんて……」
「何の話しだマジで!!」
そんなティンパニに対抗して蛇腹剣を放つアーマデル。こちらは得意のコンボが上手くハマらないことに苦心してるようだった。
格上相手となるとBSも入りづらいということだろう。
(『L.F.V.B』も選択肢に入れるか? 威力だけならこちらのほうが……)
ルーラーゾーンにL.F.V.Bを重ねてぶち込むと、ティンパニは派手に吹き飛びがらんとした酒場の中へと転がり込んだ。
「チッ、強えな。しかしこっちの方が強え!!」
追って酒場へ入ってきたアーマデルにティンパニが殴りかかろう――とした瞬間、音波の剣を展開した弾正が間に割り込んだ。
平蜘蛛に接続させた鞘だけの剣から刀身をはやし、音楽を響かせる弾正。
「アーマデルに手出しはさせない。それに……音と音の殴り合いなら望むところだ!」
ティンパニのバチと弾正の剣が幾度となくぶつかりあい、激しい反発の音を響かせる。
弾正の守りは鉄壁であった。彼自身の頑丈さもさることながら、高い回復能力によって傷を瞬時に治療できてしまうのである。
「二対一かぁ?」
「ずるくはないぞ。戦術だ」
「ハッ、それでも勝つのは俺たちだぜ!」
弾正の防御とアーマデルの攻撃。二人のぴったりと息のあったコンビネーションに軽く翻弄されつつも、ティンパニは激しく彼らに抵抗していた。
「ケイオステラー!」
「来たか。泥人形」
上空から急降下をかけ、『ナイトメアユアセルフ』の魔術を叩き込むマッダラー。
強烈な攻撃だがしかしケイオステラーはそれを掲げた指揮棒で受け止めていた。
「前回の傷は癒えているかデカブツ、その身体だと修復も一苦労だろう。
よく響きそうなその鎧の身体に、俺の友人が作り上げた協奏馬の音楽を聴かせてやろう!
お代は結構だ、命だけ置いて行け!!」
「そう何度も遅れはとらない。貴公の音楽にはまだ愛が足りない!」
「あの暴徒たちが愛だと!? そんなものが愛なものか!」
迸る魔力の火花が散る中で、マッダラーとケイオステラーは至近距離でにらみ合う。
やはりというべきか、前回戦った時と同じくらいにケイオステラーは手強く、そして頭が回るようだ。
「俺の音楽への愛は人々を豊かにして楽しませる事だが。
お前達の愛は人々を暴れ狂わせて傷付ける事なのか?
じゃあお前達を傷付けて倒すのも、愛だと受け入れるんだな?」
イズマがメロディア・コンダクターを繰り出しケイオステラーへと突っ込んでいった。
叩き込んだ『衝撃の青』は直撃をそれ、相手の指揮棒によってダメージをそらされる。ならばと仲間のもとへ合流できないようにマークしつつ、『完全掌握プロトコル』を繰り出した。
「何を言っている。人々を解放することこそが愛なのだよ。見たまえ彼らを、皆笑顔に満ち満ちていただろう?」
「強制的に狂わされた笑顔のどこが愛だ!」
イズマの次なる一撃がケイオステラーへ突き刺さったと同時、ケイオステラーは指揮棒を振り抜きイズマを音波によって吹き飛ばした。
「愛だ。愛なのだよ。すべては!」
「――う、うわあ!?」
戦いは徐々に変化し、味方にも激しい損害を出していった。
そんな中でついに。
フルートを集中攻撃することによって倒すことに成功した。
「フルート!」
吹き飛ばされ転がるフルート。それを急いで抱え上げ、ケイオステラーは怒りに震えた様子で振り返る。
「決着はまた次の機会となりそうだな。次こそは、必ず……!」
フルートを抱えたまま、ケイオステラーは撤退を命令する。
「逃がすか!」
仲間たちが追撃をしかけよう――とした瞬間。
一斉に楽団員たちが振り返った。
「まずい!」
大技の発動を察した弾正が前へ出て『アトラスの守護』を発動。
次の瞬間、重なった大量の音波が仲間たちを包み込むようにぶつけられた。
そのダメージを一手に受けた弾正は、その場にがくりと膝をつく。
「ほう、今の攻撃を一人で受け止めたか。なかなかの戦士のようだ。だが、次はないぞ」
そう言って、『混沌解放楽団』たちは撤退していったのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
――『混沌解放楽団』の撃退に成功しました!
GMコメント
●シチュエーション
世界中にバグホールが発生し様々なエネミーがばらまかれた今、ルクレツィアは乾坤一擲の賭に出たようです。
彼女の狙いは幻想――王都メフ・メフィート。
手駒となっている色欲の魔種たちを解き放ち、今度こそ冠位ここに在りをみせつけようとしています。
ケイオステラーと『混沌解放楽団』はそんな手駒の一つとして王都の広場へと繰り出し、チャームの音楽によって人々を暴徒化させています。
現場の兵士たちではとてもではありませんが魔種たちに太刀打ちできず、フェスの開催に応じて出張してきていた信長たちはイレギュラーズへと依頼を出したのでした。
●成功条件
・成功条件:ケイオステラーを撤退させること
・オプション:楽団員を一人以上倒す
●作戦
まずは暴徒の鎮圧を行い、その後で広場で待ち構える『混沌解放楽団』と戦うのがよいでしょう。
『混沌解放楽団』は強さこそまちまちですが全員が魔種という構成であり非常に危険です。充分に注意し、戦いに備えてください。
●フィールド
王都広場&町
町には暴徒化した人々が溢れ、広場にはケイオステラーたちが待ち構えています。
●暴徒化した人々
『混沌解放楽団』の音楽を聴かされたことで暴徒化してしまった人々です。
中には騎士なども混じっていますが、戦闘力は総じて低いようです。
まずは彼らを鎮圧し安全を確保しましょう。
鎮圧後は、かけつけた兵士や信長たちが戦闘に巻き込まれないようかれらを移送してくれるようです。
※今回は【不殺】攻撃を用いなくてもトドメを刺さないかぎり相手を殺さずに無力化できるものとします。
●『混沌解放楽団』
ケイオステラーを指揮者とした魔種集団です。
強さはまちまちとはいえ全員が魔種で構成されており非常に強敵です。
・ケイオステラー
高い戦闘能力を秘めた魔種。『混沌解放楽団』を率いている。
楽団員たちのことを愛している。ケイオステラーの寵愛を受けて反転した音の精霊種である楽団員たちはいわば彼にとって子供のような存在であり、その子供たちが自分と一緒に音楽を演奏してくれるのを幸せと感じている。自らの愛と音楽が世界を救うと信じているからこそ。
・チューバ
戦いを嫌うが弱くはなく、むしろ元々が小さな精霊種であったことを考えれば異常な強さを持つ。音の波による肉体への直接攻撃は防御を無視し、長い手足を使った格闘技は生半可な実力では抑えられない。
・バイオリン
自信家で単独行動をすることが多い。弓を剣のように使って攻撃してくる。音の攻撃は物理防御を無視する。ソロパート演奏の邪魔をすると異常なほどに激昂する。
・トランペット
混沌解放楽団一の色男を称する。軟派で面倒くさがり。遠距離からの音攻撃と速度を生かした戦い方をしてくる。
・バスクラリネット
口は悪いが、自分よりも若い芽が育ってきているのを喜ばしくおもっており、他の団員のために命を投げ出すのを厭わない。
動きは遅いが、溜のあとに放つ強烈な低周波攻撃は脅威。
・フルート
戦いが嫌いで、団員たちの中で戦闘能力が最も低い。
しかし、その演奏技術は他の団員たちと比べても隔絶している。
その曲を聴くだけで味方には回復と強化を、相手には状態異常と弱体化を与える。
・ティンパニ
混沌解放楽団の中で最も熱い男を称する青春野郎。魂のビートが触れあえば誰とでも熱くなれる、心を動かすことが生きがい。
戦闘では近接戦闘をメインにガンガン戦ってくる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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