シナリオ詳細
<美徳の不幸/悪徳の栄え>交差するアメトリン
オープニング
●
ちょっとした買い物のつもりだった。
起き抜けに湯を沸かしたら、茶葉が切れていたから。
だからアルテナ・フォルテ(p3n000007)は身支度を調えて、朝食ついでに市場へ向かっただけなのだ。
いつものような朝、ちょうど市場へ向かう坂道を下っていた時のことだった。
一匹のグレムリンが、奇っ怪な笑い声と共に、呪術を編んでいるではないか。
狙う先が道行く人だったから、アルテナは即座に細剣を抜き放ち、怪物を切り捨てた。
「……何がどうなっているの?」
ただの一匹だけならば、そういうこともあるかもしれない。
紛れ込んだか、自然発生したか。
あるいは悪人がなんらかの思惑で召喚などしたとしても、おかしくはない。
だが――アルテナは目を疑うばかりだった。
インプが、夢魔が、怪物達が家々の屋根に、路地裏に、家屋に――溢れるばかりではないか。
「急いでローレットに行って、えっと、それから……」
あの先の路地を突っ切れば大通りに出る。そうすれば五分とかかるまい。
道すがら、数匹の怪物を斬り捨てながら、一心不乱に駆ける。
――そんな時だった。
「あららぁ。ラッキー。あなた、ギルド・ローレットの冒険者かしら?」
「……ッ!?」
アルテナは即座に振り返り、石畳を蹴りつけた。
しなる鞭が打ち付けられ、足元が爆ぜる。
かろうじて回避したが、その一撃は思いのほか速く、鋭かった。
攻撃をしかけてきたのは、真冬だというのに、しどけない薄絹一枚を纏う女だ。
美しくは見えるが。背にはコウモリのような翼、先の尖った長い尾、頭にはねじれた二本の角を戴き――
「――夢魔?」
「沢山捕まえれば、きっとご褒美がもらえるわ♡」
この程度の魔物に後れを取るアルテナではない。
ローレットのイレギュラーズは竜すら封じるほどの英雄であり、冠位殺しの特異点であり、ラド・バウではA級闘士となった仲間も居る。彼女自身はそこまでではないとはいえ、一角の冒険者という自負はあった。
とはいえ状況を切り抜けねばならない。
即座の判断から、アルテナは構える。
「うそ!?」
「ホント♡」
そして細剣の突きを放った直後、アルテナの身体を魔術の鎖が締め付けた。
「――ッ!」
「つかまえたぁ♡」
細い指がアルテナの顎を上げる。全身に怖気が走る。
それと同時に頭の中を呪いか魔術か何かが駆けるのを感じた。
「夢の世界へご案内~♡」
「――ッ!」
こうしてアルテナは意識を手放したのだった。
●
「一体何が目的ですか」
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の声音は凍れる刃のようだった。
(……ええ、本当に)
隣ではアルテミア・フィルティス(p3p001981)が油断無く剣を構えている。
「まったくもって厭になる。それほど信用できんかね」
大げさに肩をすくめてみせたのは、『アークロード』ヴェラムデリクト――魔種の男だった。
「お前等は、お前等の敵であれば、誰も彼もが手を組み、仲良くお前等に立ちはだかって来るとでも?」
ヴェラムデリクトが長い溜息を吐き出す。
「またなんのつもりですの?」
「前々から握手をしようと言っているじゃあないか。ましてや、あれは私の娘とも言ったろうが」
「……」
腰に手を当てたディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)が眉をひそめ、何か言いかけた普久原・ほむら(p3n000159)が腕を組んで押し黙る。
「『誰が言ったのか』よりも『何を言ったのか』を重んじてみせろ、イレギュラーズ」
「なるほどこちらのメリットは状況対処への助力を得ること、そちらはご家族の救出と」
新田 寛治(p3p005073)は「筋は通っている」と続けた。
「筋が通っているとして、どこまで信用するかはまた別の問題だが」
恋屍・愛無(p3p007296)の言葉は、確かに頷けるものだった。
幻想王国の首都メフ・メフィートに大量の魔物が出現したのは、つい先程のことだ。
そして街中で鉢合わせた数名が、魔物を相手に戦っていた時にこの男が現われたのだ。
「敵だと思わないほうがどうかしていますわ」
「無理もないとは思うがね」
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の言葉に、ヴェラムデリクトは再び大げさに肩をすくめてみせると、皮肉気に笑った。
「もっとも戦力としては期待するなよ。見つかれば『事』だからな」
一行の眼前に出現する幻術スクリーンに映されているのは、地下牢に閉じ込められたアルテナの姿だ。
そしてもう一枚には簡単な地図が描き出されていた。
「私も冠位色欲なんぞと事を構えるのは御免被るがね、我が娘ながら全く面倒をかけさせる」
ヴェラムデリクトの主張は、実のところ単純明快だ。
一つ。冠位魔種すら討伐するイレギュラーズと戦うのは愚かである。
二つ。主張の信用を得るために手を貸してやることもあり、実際にフィナリィを救助した。
三つ。実の娘であるアルテナをみすみす殺されたくないから、情報をくれた。
「確かに、私達がアルテナさんを救出したところで、冠位色欲の陣営に大きな影響を与えるものではない」
「そうだとも。だからこの私がこうして、わざわざ出向いてやっている。利害は一致していると思うがね」
寛治の言葉を、ヴェラムデリクトは大仰な身振りで肯定してみせた。
「で、娘さんであるアルテナ氏を救出したとして、どうするつもりなんスかね」
佐藤 美咲(p3p009818)の舌鋒はあくまで鋭いものだったが。
「安心しろ、何もしないとも。第一、下手に反転などさせてみろ、化け物になるのがオチというものだ」
ヴェラムデリクトが「無事であればそれでいい」と続ける。
「あの娘如きが、サリューの小僧やどこぞの枢機卿のように、『成り立て』で自我が保てるものか」
「……」
「かつての私も、一度は化け物に成り果てたようにな」
「けどやっぱり、信用するには足りないよ」
セララ(p3p000273)の言葉は、ヴェラムデリクトがこれまでしてきた事への言及だった。
超古代アーカーシュ帝国を滅ぼし、古代幻想の氏族をつぶし合わせ、現代に至る禍根を残した。
「実の娘の平穏無事を願うのは、それほど不自然なことかね。親ならば当然の欲求だろうが」
「……」
「そもそも世界中を食い尽くすバグホールは、私達のせいじゃあない」
世界中に穴が空いている。
唐突に、それも大規模に。
触れるだけで、何もかもを消し飛ばしてしまうという。
「子々孫々にベッドを囲まれ、惜しまれ、眠るように永遠へと旅立つ。
理想的な最後だと言えるだろう。だが誰もが迎えられる結末だと思うかね。
事故が、災害が、病が、あるいは戦いが。人の命など風の前のロウソクのように吹き消してしまう。
なのに正常性バイアスというものは、自分自身だけを特別な存在だと思わせるらしい。
なぜ自分如きが特別だと言い切れる。私は私自身を、そうとは思っていない。
娘も、お前等もだ。竜だろうが冠位だろうが黒聖女だろうが、原罪だろうがな。
他でもないお前等が、殺してみせたじゃあないか。鏡合わせのネクストで、原罪を」
ヴェラムデリクトの言わんとすることは、一体何なのか。
「だから停戦を――と伝えたろう。
時間を惜しめよ、イレギュラーズ。
友と語らう時間はあるか。恋人と愛を紡がんのか。家族の団らんはどうだ」
「……」
「まあいい、時間が惜しいからな。見ろ、状況を説明してやる」
手を一拍叩くと、再び幻影のスクリーンが現われた。
「現場はリューゲル男爵邸。代々揃ってしょうもない小物だが、夫妻共々死んでいる。
下手人は反転した男爵の娘だ。いたたまれない話じゃないか。まったくもって厭になる。
地下には男爵自慢の仕置き部屋があるらしいな。腐れた失敗国家のゴミ貴族に相応しいが。
我が娘アルテナも、他の犠牲者共々、そこへ閉じ込められているらしい」
アルテミアとシフォリィが眉をひそめ、視線を交した。
「配下も色欲の怪物共だ。犠牲が増える前に、健闘してみたまえ」
そしてヴェラムデリクトは踵を返し、大げさに手を振ってみせた。
「ではな、また会うまでに考えておけよ」
ともあれ、時間がないのは確かだ。
- <美徳の不幸/悪徳の栄え>交差するアメトリンLv:60以上、名声:幻想30以上完了
- 古き日より愛をこめて
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年01月27日 22時05分
- 参加人数12/12人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 12 人
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参加者一覧(12人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
●
――冬の中頃。
その終わりに、とめどなくこぼれる息は、ただただ白く宙へ溶け。
石畳を踏みしめる靴底は、底冷えの朝に強張っていた。
この街の、この道の。
幾年を駆け抜けた脳裏の軌跡は、この日――今を以てなお、慣れ親しむ当たり前の日常に重ね合わせてくる。
それはたとえ、眼前に魔物が居たとしても同じこと。
呼吸を整えた『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は、道すがらに『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)と目配せ一つに抜刀。怪物を左右から斬り捨てた。
極々、慣れた手さばきである。
状況はシンプルだ。
街に魔種が現われた。ゆえに撃退せねばならない。
案件そのものは、これまで幾度となくやり遂げた仕事と、なんら変わりはない。
それはまるで起き抜けの紅茶を、その湯気を、朝日にくゆらせるかのようだ。
たとえそこに『冒険者』アルテナ・フォルテ (p3n000007)という仲間の救出が含まれているのだとしても――実際のところは、その手の仕事にだって、とっくの昔から慣れたものである。
一行は歴戦のイレギュラーズであり、この程度の危機など、いくらでも突破してのけていた。その事実は揺るぎなく、もちろん今回もまた、成し遂げるという自信になっている。
(目的は、何なのでしょうか)
案ずるシフォリィの横顔に、汰磨羈は今し方の光景を思い出していた。
(まったく。御主程にあけすけな魔種は滅多にいないぞ?)
現状の危機を教えてくれたのは、実のところ『敵』だった。
太古の魔種アークロード・ヴェラムデリクトは告げたのだ。色欲の魔種『魔種』カミラ・リューゲルに、数名の一般市民と共に、アルテナが囚われているのだと。
あろうことか――『魔法騎士』セララ(p3p000273)もまた、思い悩んでいる。ヴェラムデリクトはアルテナの父であり、また一行と手を取り合おうと述べた。
その目的が何なのか、そもそも本当のことを言っているのかも分からない。
だが――汰磨羈は唇を引き結んだ。
石畳を駆ける『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)もまた思う。青い瞳を細めた『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)もまた然り。
少なくともその言の全てを信じることは、到底出来ない。
かの存在が、そして魔種というものが、これまでしてきたことを考えるならば至極当然の結論と言えよう。
魔種であるヴェラムデリクトを信用すべきか否かというのは、思いのほか重大な問題となっている。未だ判断するに足る情報はない。
ただし時間が惜しいのは確かだ。
真偽を問うのは後で良いと。
「彼女達を助けるよ!」
ただ一つ言えるのは、友人(アルテナ)が捕まっているという、その事実のみ。
「スね。とにかく、急ぎましょう」
「ですね」
見捨てるという選択だけはない。
目配せひとつ。背の高い門をくぐり、『無職』佐藤 美咲(p3p009818)と普久原・ほむら (p3n000159)達は目的の敷地へ踏み込んだ。
分厚い木戸を前に、『竜域の娘』ユーフォニー(p3p010323)達は壁へ背をあてて中の様子をうかがった。
心を研ぎ澄ませれば、そこにはいくつもの気配が感じられる。
いずれも怪物。冠位色欲の眷属共だろう。
敵は魔種、それを教えてくれたのも魔種。
だからこそ思い出す言葉もある。
――『誰が言ったのか』よりも『何を言ったのか』を重んじてみせろ。
(……わかりました!)
無論ユーフォニーとは違い、怪訝な心持ちになった者も居る。
それでも、仲間が言うように家族を助けたいのは本心なのだろう。
家族というものは、そういうものと言えるのなら――メリーノは天を仰ぐ。
「彼女にとっては家族は、助けたい存在ではなかったのねぇ。因果なものねぇ、ねえそう思わない? 魔種のおじさま」
予想通り、答えはない。
おそらく『見ている』、そして『聞いている』のは確かだろう。
否定がない、ということは。はてさて。
いずれにせよ討伐対象であるカミラは、己が両親を殺害している。
自ら殺めておきながら、今は『お友達』を欲しているとも。
そして人々を地下牢へと閉じ込めたなら。
「成り立て……と」
素早く屋敷に突入した『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)達を、色欲傘下の怪物達が睨み付ける。
魔種は原罪の呼び声を受け入れることで成立する。
それはほとんどの場合において、狂気に飲まれることと同義である。
魔種となったからには呼び声を垂れ流しながら、己が欲求に支配され、論理的思考も通常の会話も成り立たない。
いくらかの例外――サリューの麒麟児や、天義の枢機卿等を除いて。
今はヴェラムデリクトも同様ではあるが、かつては違ったとも述べていた。
彼もまた太古の昔、狂気にのまれた一人のカオスシードだったのだろう。
「皆さんの方がお付き合いは長いのでしょうから」
珍しく言葉を濁したのは『聖頌姫』ディアナ (p3y000238)だった。
「彼がアルテナさんを大事に思っているというのは、本当のことなのでしょう」
答えたのは『銀焔の乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)だ。
「だからこそ厄介極まりないと言うべきかしら……」
とはいえ現時点では、冠位色欲の陣営よりは信用出来そうだ。
件の返答については後々で考えるとして、いずれにせよ――アルテミアは素早く抜剣し、構えた。現状の対処を優先せねばなるまい。
「私は信じますわよ」
その点において、『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の思いもまた明確だった。
そもそもヴェラムデリクトの話に、不審な点は無かった。
「利害自体は、確かに一致します。それだけは間違いない」
寛治が続ける。客観的事実からも、双方の動機からも。
家族に無事でいて欲しいというのは、アルテミアも述べたように『当たり前の感覚』だとヴァレーリヤも思う。
第一に、かの言が嘘だったとして。
その時はその時ではないか。
自分達であれば、後からでもどうとでも出来るという確証がある。
「だから美人でー、強くてー、おまけに性格もスタイルも最っ高に良い聖女としては、そんな話を聞いたら放っておけないっていうか……」
ヴァレーリヤの悩ましげな視線に、ほむらと美咲が目をそらす。
「あー……」
「……スか」
「ちょっとなんですの!?」
とにもかくにもだ。
(問題は、ヴェラムデリクト氏の大目的である『利害』が何か、という点ですが)
これは寛治の直感だが。おそらくその『利害』は、どこかで寛治達イレギュラーズと不一致を向かえる。これは魔種の行動原理を考えれば、当然行きつく帰結だ。
「呼び声が蔓延してるな。確かに時間は無さそうだ」
エントランスホールに踏み込んだ『竜剣』シラス(p3p004421)が感じたのは、魔種の放つ独特の気配――濃密な滅びのアークだった。
そこに乗る寂しげな負の感情は果たして、仮に飲まれたなら色欲の魔種へと転じることになるのだろう。
成り立てでこれほどとは、やはり色欲直下の魔種には違いない。
ヴェラムデリクトの情報がなければ、同じイレギュラーズであるアルテナはともかく、他の犠牲者は確実に間に合わなかったと思える。
シラスの感覚は正鵠を射たものだ。
ならば足踏みしてはいられない。
殺到を始めた怪物共へ、漆黒の粘膜を展開した『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)が微かに瞳を細める。
搦め手上手の冠位色欲も、魔種らしいと言えば魔種らしいのか。
こんな強引な攻め方をしてくるとは、らしくないとも思えたが。
よほど切羽詰まっていると思える。
「――疾く殲滅しよう」
一行はその言葉に是非も無く。
●
「優先すべきは殲滅速度だ」
疾く駆けるシラス達は、美咲の号令と共に一糸乱れぬ連携を見せた。
敵の総力と、一度で当る想定をしている。
わざわざ戦力を小出しにしてはくれないだろうから。
だから「俺達もこそこそしない」と、シラスは述べていた。
エントランス中央、敵の包囲網が迫る中でシラスは声を張り上げる。
「ローレットのシラスだ、助けに来た」
魔力に乗った声に、真鍮の手すりがびりびりと震えた。
これなら地下まで届くはずだ。
「アルテナ、聞こえてるか? 皆を励ましてあと少し待っていてくれ」
気の利いた口上を垂らす時間はない。
簡潔でいい。あとは自身等の歴戦が生む説得力に任せるまで。
「お願いします」
ユーフォニーがドラネコのリーちゃんを解き放つ。
向かうは一路、地下へだ。
「突破口は私が切り開く。付いてきてくれ!」
「あ、え、はい。わかりました」
単身突出した汰磨羈の背を、ほむらが追った。
地下への入り口は二階への階段の裏にあることが分かっている。
敵陣を突っ切りさえすれば、到達可能だ。
寛治の銃弾に敵陣がひるみを見せた直後、ヨゾラの手に魔法陣が浮かび上がる。
ゆっくりと舞い上がり、天井近くで花開いた魔力が炸裂する。
早急にカミラを引き摺りだし、討たなければならない。
その呼び声が地下を覆い尽くす前に。
ヨゾラは焦る気持ちを抑え、冷静沈着に更なる魔法陣を組み上げる。
青き翼の閃光が戦場を駆け抜け、怪物たちを鮮烈な熱で焼く。
それにカミラが地下へ逃げ込む危険性も封じるには――
こぼれ落ちる星屑のように。美しく静謐な音がユーフォニーを包み込む。世界はまるで万華鏡――続く果ての先まで照らす音がインプの群れを飲み込んだ。
本当ならば――シフォリィが下唇を噛みしめる。
今すぐにでも友人を――アルテナを救いに行きたい。
だがそこは仲間を頼り、任せる。信じる。信頼する。
刹那の間合いに放たれた光魔術の秘奥がインプを更に蹴散らした。
「押えてみせます」
踏み込んだアルテミアにグレムリンの群れが奇っ怪な笑い声と共に殺到するが。
放たれた覇気にたじろぐ怪物へ、アルテミアは剣光一閃。
ほぼ同時に、メリーノはアルテミアが切った怪物へ、続く大太刀を振り上げる。
即座の斬撃――
「すごくやりやすいわあ! さすがね、アルテミアちゃん!」
滑るように軽やかなステップを刻み、メリーノはアルテミアへ背を合わせた。
「どっせえーーい!!! と――もう一発、喰らって行きなさい!」
聖句と共に戦棍が燃えさかり、ヴァレーリヤの爆熱が敵陣を打ち祓う。
「まだ終わっちゃいないぜ」
シラスの魔術――総ゆる邪と悪とを破る神聖秘奥の術へ、その爆心地へ向けて。
気配を殺してからの、完全な不意打ちだ。だが洗練された卑怯は、時に芸術品ともなりうる。そしてこの場、こと幻想におけるシラスが駆け抜けた軌跡を思えば、それは敵陣を完全に封じるに十分な伝承性を帯びていた。
隙を逃さず、己が刃を斬撃の盾として、汰磨羈が戦場を一息に駆け抜ける。
一行の猛攻。
それは僅か十秒の制圧劇。
上下の階段へと通じるエントランスは、イレギュラーズの手に渡った。
「え、ええっと。これで敵ボスは地下にはそうそう入れないですよね」
「そスね、じゃあそれ連れてって下さい」
美咲が偵察機を、ほむらに先行させてやる。
「これをお持ちになって下さいまし!」
ヴァレーリヤが放ったのは、白い外套だった。
「ありがとうございます!」
情報によれば、アルテナはひどい格好をしているはずだった。
「ほむら氏は総受けに見えますが……私らの目の黒いうちはやらせませんからね」
「え、ちょ」
ともあれ、これであとはどうにでも出来るだろう。
●
「いよいよお出ましという訳か――不味いな」
粘膜でインプを食らい尽くした愛無が表情一つ変えずに呟いた。
無論のことだが、後半の言は、前半には続いていない。
単純に怪物がもっていた面白みの無かった味わいについての話だが。さておき。
夢魔(サキュバス)を侍らせるように、エントランスホールへ現われたのは、小柄な少女だった。
だが彼女――カミラが犠牲者達と異なっているのは、夢魔に似た角と翼と尾を持つこと。
つまり魔種であるという点だ。
「美味しそうな魂だこと」
サキュバスの一体が舌なめずりと共に、一行を睨め付ける。
「すげー……本物のサキュバスだ」
思わぬ美咲の言葉は、あるいはほむらあたりが居れば同意もあったろうか。
正直なところ、ドラゴンを見たレベルの感動だった。
欲望を具現化したような肢体は不自然なまでに美しく。
「あのお身体、一匹連れ帰ってよろしくて?」
「なんで秒で魅了されてんスかディアナ氏」
「失敬な、ただの感想ですのに」
「しかし残念ですが、絵画へ納めるには面白い題材ではなさそうです」
寛治の言葉通り、その整いすぎた身体は蝋人形のようで生気を感じない。
「ま、倒さなきゃいけないんスけど」
いずれにせよ、やるべきことは変わらない訳だが。
「じっくり見るのは盗撮写真と後で誰かにコスプレさせてにしまスか」
誰がに合うだろうか。
なんとなくすぐ近くにその手の専門家が大勢いるような気もするが。
階下でも、なぜかくしゃみする音が聞こえた気がした。
「あなたたちは、お友達になってくれるの?」
少女――魔種カミラが小首を傾げる。
それと同時に、爆発的な滅びのアークが室内を覆った。
「それはちょっと、難しいかもね」
セララの声音はどこか苦かった。
あるいは――こんな皮肉な運命でなかったのなら。
きっと手を取り合うことも出来たのだろうが。
ふいにカミラが掻き消え、同時にセララが踏み込んだ。
聖剣に火花が散り、振り下ろされた鋭い爪を受け止める。
目を見開いた少女の顔が眼前に迫り、人ならざる牙がちらりと除く。
「ねえ、あそんで、あそんで」
これが魔種の狂気だ。
大方において、人だった頃に抱いたなんらかの思いが膨れ上がり、制御しきれなくなる。
戦闘開始から僅か数十秒。
一行は早くも、雑魚共のほとんどを掃討しつくしていた。
美咲の合図と共に、シラスやユーフォニー、汰磨羈やヴァレーリヤ達の圧倒的な火力が敵陣を蹂躙し尽くしている。
続いて、シフォリィの踏み込みに、アルテミアとメリーノが合わせた。
これで敵中枢へ仕掛ける準備は整ったことになる。
課長となった今井さんもまた、雑草むしゃむしゃ君を頭に乗せたままマシンガンを掃射し、攻撃手の一翼を担ってくれている。
敵は愛無を中心に捕えた攻撃を展開しているが、それ自体が一行の狙った作戦の通りだった。寛治は敵陣を適宜封殺しつつも、もっとも多くの傷を負った個体から、手堅く各個撃破を繰り返している。一方で、イレギュラーズによる猛攻の網を掻い潜った個体も居るが。しかし美咲の、そして攻防一体のヨゾラによる支えが功を奏し、いまだ可能性の箱をこじ開けるに至った者は居ない。
一方で――これも予測通りだが――サキュバス二体と、本丸カミラのスペックには手を焼かされていた。
それでも堅調な戦術が功を奏し、同士討ちも起きていない。
最前線を支え続けるセララも、相手が成り立てとはいえ色欲直下の魔種となれば当然無傷とは行かないが、継続戦闘能力は十分確保されている。
あるいはアルテミアやシフォリィあたり(汰磨羈もだぞ)が魅了されたなら映える光景もあったろうが、残念ながらそうはならず。敵の思惑はものの見事に挫かれていた。人の夢はいつだって儚いものである。
「まだまだ行くよ! ディアナちゃんはボクの背中をお願い!」
「ええセララ、任されましたわ」
だがセラフを纏い、これを押えるセララの動きによどみはない。
「さすが色欲直下ということかしら」
今度はシフォリィと共に、アルテミアが全戦へと斬り込む。
疾く駆けるメリーノに注ぐ視線を外す。
敵がまき散らす魅了は厄介だ。
この大太刀を仲間へ向けてしまう可能性がある。
そうなれば作戦は脆くも瓦解するだろう。
ああ、けれど――その肉を裂くのはあるいは甘美ではあるかもしれぬと。
「いけない。いけないわぁ。うふふ」
刹那に揺らぐ思念を打ち祓い、鋭い斬撃はあくまでサキュバスだけを捕えた。
はじめは敵に包囲されていた一行ではあるが、形勢は徐々に逆転している。
「あちらの様子は確認出来るだろうか?」
飛びかかるインプを一刀に斬り伏せ、汰磨羈がユーフォニーへ問うた。
「はい!」
りーちゃんと共有する視界の片隅で、階下へたどり着いたほむらの姿が見えた。
牢の鍵を破壊し、倒れた人達を懸命に起こしてくれている。
「もう大丈夫です、助けに来ました!」
ドラネコさんの可愛いエピソードと、このもふもふと、暖かさと。
人々の心を守るには十分だろう。だから――
(――私達が地下へ向かうまで、どうか)
●
「ともだちになって、ね」
そんな言葉を受け、ユーフォニーは思う。
カミラは、果たして友と何がしたかったのだろう。
少なくとも、苛烈な魔術攻撃を浴びせることではなかったはずだ。
「友だちになるならこんなやり方じゃなくてまずは挨拶からなんですよ……!」
今井さんと友に、魔力を紡ぐ。術式が開き、光の奔流が旋律と共に駆け巡る。
「カミラね、お友達がいなかったの」
狂乱したかのように激しい戦いを繰り広げるカミラは、けれど寂しげな口調で訥々と語っていた。
カミラの家には、跡取りとなる男児がいなかったらしい。
木っ端貴族とはいえ、多少の資産家ではあった男爵一家の一人娘、カミラには縁談が絶えなかった。しかしならばと、夫妻はカミラを、出来る限り有力な貴族へ嫁がせたかったのだという。そしてカミラは『おかしな虫』がつかぬよう、ほとんどを屋敷の中だけで過ごしていた。彼女は箱入り娘だった。
幼い頃から十代の半ばまで。話し相手といえば、家族の他には家庭教師の老婦人だけ。時折、館の外に見える子供達がはしゃぐ声を、いつも聞いていたらしい。
だからカミラはただ、本当に友達が欲しかったのだろう。
ただの『人』であった頃は――
「そのままだと死んじゃうよ、その前に、ね。話を聞いて、ともだちになって」
「……仲間(ともだち)が欲しい、その思いを否定する気はありません」
「だったら、ねえ!」
「ですが、私は貴女を許しません……いえ、許さない」
「……」
「最初は例え親近感、いえ同情だったとしても」
魔陣が花開き、時間が加速する。
「もう私にとって彼女は、リーラはかけがえのない大事な友達なのだから!」
コマ送りとなった視界の中で、シフォリィは美しい細剣を構えた。
さながら流星の如く――どこにでもある、どこにでもいる貴族の詩もろともに、シフォリィの斬撃がカミラの小さな胸の中心を駆け抜ける。
血ならざる漆黒の瘴気――滅びのアークが溢れ、宙へ溶け消えていく。
「さて、後半戦と参りましょうか」
狙い違わぬ銃撃を続ける寛治の言葉に、セララとディアナが頷いた。
ヨゾラが短く息を吐く。
さすがに敵は色欲直下だ。手強い。
だが誰も倒れさせる訳にはいかない。
その矜恃は絶対に捨てない。
願いに呼応するかのように、戦場へ清廉な癒やしの旋律が響いた。
「ディアナちゃん」
「ええ、行きますわよ」
「「セイクリッドクロスハート!」」
「……うらやましい」
カミラの声音は、あるいはこの時のシフォリィの心と同じく凍えたものだった。
友であればこそ、ディアナは迷わなかった。
友であればこそ、セララはその背を気にせず跳躍した。
ディアナの剣が駆け、無数の光条がカミラを焼く。
その瞬間、雷鳴轟くセララの斬撃がカミラを縦壱文字に煌めいた。
「ボク達の呼吸はぴったり。もう以心伝心だね!」
「ですわね」
「さて、ではこの場はお任せしましょうか」
状況は優勢。もはや力の天秤は覆るまい。全ては時間の問題だ。
(――そう、時間のね)
鋭い視線でカミラを居抜き、寛治は汰磨羈が背に守る階下へ素早く飛び込んだ。
石階段を駆け下りると、すぐにいくつかの牢が見える。
憔悴した者は寝かされ、幾人かは座り込んでいる。
ドラネコを抱いた夫人は、緊張こそほぐれないものの、微かに安堵の表情を見せている。ほむらは怪我人を治療しており、ヴァレーリヤの祭服を巻かれたアルテナは、いくぶんか苦しげだが、安定した寝息をたてていた。
「あー新田さん、上はだいじょぶですか?」
「ええ、問題ありません」
地下はやはり、カミラの歪んだ思念に満ちていた。
「あああ、おじさんもカミラちゃんのお友達になってあげよっかなあ」
「貴方がたを捕らえた者の言葉だ! 従ってはいけない!」
「お、おお!?」
「イレギュラーズがすぐそこまで来ている! もう少しだけ耐えてください!」
「そ、そうだった。ってあんたローレットの寛治さんじゃないか」
「いつもお世話になっております、サムエルさん。ご無事でなにより」
男は上等なカンバス生地に使う亜麻糸の業者だった。
●
――魔力が走り、漆喰が爆ぜる。
「みんななかよしなのね、一人ちょうだい?」
「悪いけれど、そんな強引な勧誘はお断りよ!」
アルテミアの踏み込み。その斬撃は、さながらかの列強の侵略が如く。
続くメリーノの一撃に、カミラがよろめいた。
「どうして、どうして」
「キミは友達を増やしたいみたいだけどやり方が間違ってるよ」
「やりかた?」
「お互いの事を知って、会話して、同じ時間を共有して」
「……」
「友達はそうやって増やしていくんだ」
「待てない、もうわたしはたくさん待ったから、もう、待てないの」
「友達に種族は関係無い。人間と魔種だって友達になれるんだ」
「……」
「ボクはそんな事例をたくさん見て来たよ」
「カミラ。キミとだって友達になれるかもしれない」
「じゃあ!」
「ただし、今のキミのやり方は捨てて貰うけれどねっ」
「いじわる!」
するどい爪がセララの頬をかすめ、けれどセララは踏み込みなぎ払う。
「はやく一緒のものになりましょう」
「それは諦めてもらうしかないよ」
一気に距離をとったカミラが舞い上がる。
「いじわる、いじわる」
「残念だけれど、貴女のお友達になってあげることはできませんの」
「いじわる、大嫌い!」
「ごめんなさいね」
ヴァレーリヤの声音は、微かに乾いていた。
魔種というのは、その狂気というものは、いつでも、どうしてこうまで――
だが振う力の手を抜く訳にはいかない。
「主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を」
――どうか我らを憐れみ給え。
戦棍に吹き上がる炎を束ね、一気に振り下ろす。
火炎嵐は熱波と友に、濁流がごとくうねり――カミラの小さな身体が石床へと転げた。焼き切れた天井から降り注ぐ、真冬の青空と陽光にカミラが呻いた。
猛攻は止まる所を知らない。
身体中を駆け巡る魔力にヨゾラは身を震わせる。
これは恐怖から来る物では無い。勝利を得んとする戦士の魂だ。
カミラを見据えたヨゾラは持てうる限りの魔力を練り上げる。
「貴様の仲間なんて増やさせない、ここで潰えろ!」
光の渦となった魔力はカミラの身体を包み込んだ。
「さて、このまま逃げられてはかなわないからな」
相手はそこそも子供であり、更にはこちらとの勝負にこだわる理由がない。
読みはどうやら、当りのようだ。
一歩一歩、ゆっくりと近付く愛無の影が膨れ上がったかに見えた。
漆黒の粘膜――黒泥がカミラへ叩き付けられ、その肢体を強かに締め上げる。
愛無の眉がかすかに動いた。
なるほど魔種の膂力は怪物だ。だがその拘束は決して緩まない。
保つのは十秒か、三十秒か、あるいは――
「貴女は私の大事な人(ともだち)を傷つけた」
シフォリィの時間が再び加速する。
「私の怒り、そして彼女が受けた痛みの分をその身で受けて――」
斬撃がカミラの胸を貫いた。
「――孤独に失せなさい!」
膨大な瘴気がこぼれ、しかしカミラの瞳は邪な光を抱いたまま。
魔種とは、そう簡単には死ねないものらしい。
だが容赦も、情けもなく、シラスが踏み込んだ。
油断なく、隙もなく。ただその魔力を掌に集中させる。
励起、発火――練り上げ針先のように一点へ注がれた力――竜剣を解き放つ。
その僅か一撃がカミラを永遠の眠りへと誘った。
「悪いな。次はその角と尻尾を引っ込めて遊んでくれよ」
●
こうして一行は暗い地下室へと足を踏み入れていた。
「地下室ってじめじめしててやぁねえ。病気になりそうだわぁ」
メリーノの軽口だが、実のところ当っている。
男爵家の闇――何代も脈々と受け継がれた地下牢は、その犠牲者の骨肉を病原体に汚れたネズミ達の餌にしたろうから。
「あら、なんだか微妙なお顔してる子が見えるわ うふふ」
メリーノはようやく目を覚ましたアルテナの肩を抱き、助け起こす。
「あの、これ」
「そのまま羽織っておきなさい、私は大丈夫だから」
「ありがとう」
「お返し、期待していますわねっ!」
「えっと」
「無事で何よりです」
「ええ、本当に」
「なんか、ごめんね、こんな事になっちゃって」
肩を落とすアルテナを、アルテミアはそっと抱きしめた。
「もっと素直に頼ってくれてもいいのに、ね」
「うん……ありがと」
私達は仲間なのだと、アルテミアは思う。
そしてこんな時に、自身が不甲斐ないと思う気持ちもよく分かる。
なによりもアルテミア自身が、双竜宝冠の時に抱いた気持ちに良く似ていると思えた。でも手を差し伸べてくれた仲間が居たのだ。
だから今度はアルテナにもそうしてやるだけだった。
アルテナは仲間であり、友人でもあるのだから。
ともあれ、ヴァレーリヤやヨゾラが人々の治療を終え、そしてシラスが最後の一人を避難させおえた時。
丁度一行が、再び戦禍の爪痕生々しいエントランスホールへ戻った頃だ。
「ご苦労だったな」
闇がわだかまっていた。
「……ヴェラムデリクト」
誰かが息を飲む。
「そう警戒してくれるな。訳もなく嫌われるこちらの身にもなってみろ」
「わかりました」
ユーフォニーが、シャドーボクシングで威嚇する今井さんを下がらせる。
アルテナに癒やしの術を施すヨゾラは、警戒を緩めていない。
「ありがとうございます」
「でもまだ気を抜かないで。何があるか分からないから」
ヨゾラの言葉に捕えられていた女性は頷く。
もしヴェラムデリクトがアルテナたちに何かしようとするのならば身を挺して止めなければならない。裏切る可能性を危惧するのは、魔術師たるヨゾラにとって自然なことであったのだ。そもそも古代幻想の氏族をつぶし合わせたのはこのヴェラムデリクトだと聞き及んでいる。それだけ古い時代の魔種であれば空間転移の魔術が使える可能性は考慮して当然であろう。
ひりついた視線に、ヴェラムデリクトは大仰に肩をすくめてみせた。
今のところアルテナたちに手出しをする気配は無さそうだが。
そもそも魔種が子を成すことは出来るのだろうかとも思う。されど、目の前にあるのはヴェラムデリクトとアルテナが実子であるという事実だけ。
腑に落ちないが、それが事実であるならば納得するしかないのだろう。そして、アルテナが魔種である可能性は今のところ無いようだった。
ヨゾラは警戒を続けながら仲間とヴェラムデリクトの会話に耳を傾ける。
「どうしてカミラは反転したのかしら」
強い呼び声を受けたのだとはメリーノにも分かっていた。
だからこそ、あえて聞かせるために彼女は言葉を発したのだ。
ヴェラムデリクトの話しを全部信用しているわけではないから。
男爵はきっとろくでもないヤツであったのだろう。その上で両親を殺すくらいカミラは憎んでいた。カミラは友達を欲しがったのだ。其処で生じる疑問をメリーノは心の中で反芻する。自分の手元に娘を置いておきたいなら、反転させて自陣に引き込んでしまえばいい。
そうしなかった理由は何なのだろう。
メリーノはヴェラムデリクトの前に立ち、正々堂々と視線を合わせた。
「ねえヴェラムデリクト、お前の本当の目的は別にあるわね」
「なぜそうだと?」
太古から生きてるお前。
わたし達を試して、自分を殺せるニンゲンを待ってる?」
「まさか、冠位すら殺すお前等だぞ」
大きな溜息を吐いたヴェラムデリクトは面倒くさそうに首を振った。
「私ごときを殺せないと、この私が本気で考えているとでも」
だが、だとすればその目的は何なのか。
そんな様子を、愛無は一人注視していた。
(結局、僕らとハムおじさんの目的は相容れないだろう)
娘を愛しているという言葉は信じてもいいだろう。
今回の土産も喰えるものではなかったが、喰えない魔種なのは間違いない。冠位と表だって事を構えるつもりもなさそうだが、それぞれの思惑があるのだろう。
どれだけ信用出来るか、あるいは利用出来るか。
指標は作っておきたい。ハムおじさん――ヴェラムデリクトの仲間の情報が手に入れば儲けものでもある。問題は真偽を確かめる術がないことだが。
情報をギルド・ローレットへ持ち帰れば、課題はクリア出来るかもしれない。
「……信じる信じない以前の問題なんスよね」
続けたのは美咲だ。
「そもそも停戦して何をするつもりなんスか?」
「さすがにお前等と仲良く過ごすという訳には、いかんだろう」
「定年後の趣味として年金で蕎麦打ち?」
「そのアイディアは、悪くはないが」
「悪くないんスか」
ともあれ敵としても会話が足りてないのは確かだ。
(たとえ、相手に悪意があるとしても)
とはいえ十年居なかった人が突然出てきても、困惑が勝るのは当然だ。
「これ、どっちに言ってるわけではありませんけど」
アルテナの表情は、一目瞭然だった。
「話せるうちに話したほうがいいスよ」
美咲は思い返す。
最後に父(パパ)と話したのは、学校の単位のことだった気がする。
だがスクールカースト、不正義――『チカ』が抱く苦しみの理解者ではあり得なかった。そんな存在に興味はない。
チカは昨日も、今日も、明日も。『体制の犬』と戦う存在だ。
(言羽さんは私が求めていたすべてをくれたから)
家に帰っている暇なんて、ありはしなかったのだ。
今であればわかる。両親が仕事で家を空けがちだったのは、きっと自分のためだったのだろうと。それでも――
(私達には会話が足りなかった)
――憎むのも、馬鹿を止めるのも、理解するのも。
(感情の醸成は全部会える間の特権なんスよ)
「あの、本当にお父様、なんですよね……」
「そうだと言ったろうに」
おずおずと声を掛けたアルテナに、ヴェラムデリクトは頷いた。
「私に話しかけるな、リーラよ。脳裏から振り払え、お前の父は死んでいる」
「どういう、意味?」
「言葉通りではないがね、私は人としての死を偽装しただけだからな」
ヴェラムデリクトは娘から視線を外した。
「原罪の呼び声を垂れ流す気はないが。
仮にお前が反転したとして、さきほどの娘と同じ化け物に成り果てるだけだ。
そんなものは、至極どうでもいい。だからせいぜい長生きをしろと言っている」
「……」
「何が不服かね。家族を愛して何が悪い」
「では、外で話しましょうか」
「構わんとも、お前は来るなよリーラ。ではな」
寛治が促すと、ヴェラムデリクトは思いの外素直に従ってくれた。
「末永いお付き合いをお願いしたい所ですが、そうもいかないのでしょうね」
「どうだろうなと言いたいが、無論、だがそれはそうだとも」
「なるほど」
「そうなれば殺し合う関係に戻るだけだ。望みはしないがね」
「それではあらためて、ヴェラムデリクトさん、初めまして。ユーフォニーです」
ユーフォニーが片手を差し出す。
「……」
「だって『握手をしよう』ってヴェラムデリクトさんが」
「確かにそう言ったな」
ヴェラムデリクトと握手を交す。
彼のことを知り、自身達のことも知ってもらわねば信頼は築けない。
「あ、動物は好きですか?」
動物好きならドラネコの話でアイスブレイクしよう。
「何を言い出すかと思えば、そうだな。何度も迎えては送ったよ」
ヴェラムデリクトが肩をすくめる。
「人の世に紛れて生きたのだ。恋人も居た、子供も育てた。犬を躾け、猫を抱いて寝たこともある。お前等と、同じようにな」
「そうなんですね!」
「そもそも私は元々カオスシードだ、こうなる前はな」
「確かに魔種だからといって、敵になるとは限らない。真摯な者もいた」
汰磨羈がヴェラムデリクトを見据える。
「それは、過去の出来事が証明している」
「ほう、既に向き合っていたのか」
「故に、御主が娘を大切にしているという事も」
汰磨羈はアルテナとヴェラムデリクトへ視線を送った。
「そして停戦しようという言葉も本気であると信じよう」
「それで?」
「だが、全てを語っている訳では無かろう?」
「確かにな、私は未だ全てを語っている訳ではない」
「一時的に休戦する事には賛成しても良い」
「が、『その後の事は御主次第だ』と言っておくぞ」
そんな話を聞きながら、セララが腰に手を当てた。
(ヴェラムがアルテナを救いたいのは本当だと思う)
それ以外は、まだ信用は出来ない。
だからやはり知るべきだ。
「ボクも保留にした答えを出すよ」
「ほう」
「ボクは友達になる、だよ」
「ようやく向き合うか」
「だからご飯でも食べない? 一緒にランチをしようよ」
「どこまで本心か分からないけれど、私も歓迎致しますわ」
ヴァレーリヤも乗る。
「アルテナだって、唯一の家族である貴方がこちら側に身を置いてくれた方が幸せに決まっていますものね」
「本気か? ……相変わらずだな、御主」
目をむいた汰磨羈だが、「付き合うのは構わぬ」と続ける。
「お断りだ。時間がないと言ったろう」
だが返答はにべもなかった。
「どうして?」
「お前等も、もっと有意義に時間を使えと言っている」
「そもそもだけどさ」
シラスが言葉を続ける。
「停戦、友達、呼び方は何でも良いが俺は歓迎だよ」
「……」
「けど、そもそも選択肢があるのか?」
「選択肢と」
「殆ど情報がないのだから対話を拒めないだろう」
「なるほど、確かにな。フェアではなかったことを認めよう」
「何でも聞くし、今回程度の使い走りならいくらでもやる。
アンタも俺達を納得させる落としどころの用意はあるんだろうな?」
シラスの物言いに、ヴェラムデリクトは苦みのある薄笑いを浮かべた。
その表情は、どこか疲れ果てているようにも見える。
「無論、人の未来についてだ。聞かせろよ」
「まったくお前等は七面倒くさいことばかり要求するものだ」
「私からも、まずは感謝の礼を」
「……よせよせ、七面倒くさい」
シフォリィとて、信用した訳ではない。聞きたいことも山ほどある。
だが彼がいなければアルテナの危機を知る事が出来なかったのは事実だ。
だから礼を述べるのは筋だ。
「ですが、私達を働かせた対価はもらいたいと思います」
「ああそうだ。冒険者への依頼だったな。報酬は規定額、金貨で良いのだろう?」
ベンチに乗せられた革袋は、ごとりと重い音をたてた。
「そうではなく、質問を一つだけさせてもらいたいのです」
「質問だと?」
「貴方達はこの世界を壊した後のその後、一体何を目論んでいるのか」
「この世界の破壊か」
「ええ、抽象的でいいから聞かせて貰いたいと思います」
「そもそも、私はこの世界の破壊など望んではいない」
ヴェラムデリクトの思わぬ回答に、沈黙だけが辺りを支配した。
「もっとも、かの原罪殿は滅ぼしたくて仕方が無いようだがな」
やれやれと首を振り、ヴェラムデリクトは言葉を続けた。
「そもそもあの穴、お前等がバグホールと呼ぶ代物は私達のせいではないと言ったろう。人の話は聞いておけ。あんな物に触れたなら、お前等も私も消えてなくなるに違いない。他の連中は知らんがね。私はただ仕事をしているだけだ。それ以外には興味もない。どうでもよろしい」
ヴェラムデリクトが芝居がかった仕草で、大げさな溜息をこぼす。
「……貴方との一時休戦、それ自体は受け入れるわ」
溜息一つ、アルテミアがヴェラムデリクトを見据えた。
「でも、貴方が滅亡を信じているように、私は未来を信じている」
「……」
「これは貴方がネクストを例に言った事よ。可能性は無限にある、と」
「だが、ああ。そうか、ようやく理解は出来たが……」
こめかみに指をあて、ヴェラムデリクトが呻く。
「まさかお前等、あの自然現象を止められるとでも思っているのかね」
「……」
「太陽を消せるのか、死者はよみがえるか、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
原罪は、一分一秒でも早めたいようだが、せせこましいとは思わんか。
なら私達だけは、のらりくらりと上手くやろうじゃないかという話だ」
そしてヴェラムデリクトは「ただそれだけのな」と続け、身を翻す。
「ではな、英雄共。その貴重な時間を、掛け替えのない時を無駄にするなよ」
ただそんな言葉だけを残して。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
MVPはおそらく紫のおじさんへ、もっとも効果的だった言葉をかけた方へ。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。決戦ですね。
悪そうな紫のおじさんが、娘を救出してほしいそうです。
●目的
アルテナの救出。
魔種や怪物共の撃破。
●フィールド
幻想王都にある、リューゲル男爵の邸宅です。
広大なエントランスホールに踏み入ると戦闘になります。
二階へ続く階段など高低差がありますが、なんとなくフレーバーです。
利用してもしなくても構いません。
足場、明かり共に問題ありません。
地下にはアルテナの他、数名の一般人が牢に閉じ込められています。
イレギュラーズであるアルテナはともかく、一般人は最悪の場合、反転が考えられます。
●敵
『魔種』カミラ・リューゲル
色欲の魔種です。十代の可愛らしい娘でした。
今は美しさはそのままに、背にコウモリのような翼、先の尖った尻尾、頭に二本の角を持つ怪物です。
非常に俊敏で、神秘攻撃を中心に攻撃してきます。
また単純な腕力もなかなかのものです。
BSは魅了、呪い、麻痺、窒息、恍惚、凍結系統です。飛行します。
仲間(ともだち)を増やしたいという欲求に支配されています。
原罪の呼び声を垂れ流していますが、皆さんに届くほどのものではないでしょう。
『ルクスリアン・サキュバス』×2
美しい姿の魔物です。結構強いです。
同じく背にコウモリのような翼、先の尖った尻尾、頭に二本の角を持つ怪物です。
うち1体はアルテナを捕まえてた奴です。
大威力の物理中距離攻撃と、HA吸収の遠距離神秘攻撃を持ちます。
BSは魅了、呪縛、恍惚、ブレイクです。飛行します。
『ルクスリアン・インプ』×4
小さくすばしこい魔物です。
爪と神秘攻撃で攻撃してきます。
BSは不吉系統です。飛行します。
『ルクスリアン・グレムリン』×8
ずんぐりむっくりした小さな毛むくじゃらの魔物です。
爪で攻撃してきます。
BSは出血系統と必殺です。
●同行NPC
・普久原・ほむら(p3n000159)
一応、皆さんと同じローレットのイレギュラーズ。
両面型の中衛アタックヒーラー。闘技ステよりは強いです。
・アルテナ・フォルテ(p3n000007)
両面型の前衛スピードファイターです。闘技ステよりは強いです。
――が、地下牢に閉じ込められています。
ひどい格好で鎖につながれており、意識を失っています。
具体的には、お詳しい方が数名いらっしゃる気がしますので割愛します。
・ディアナ・K・リリエンルージュ(p3n000238)
練達の人ですが、普通に味方です。
両面型のオールレンジファイターです。けっこう戦えます。
●『アークロード』ヴェラムデリクト
太古の昔から存在する魔種です。歴史の影で暗躍してきました。
アルテナの実の父です。
イレギュラーズに「停戦しよう」「友人になろう」などと持ちかけています。真意は不明です。
おそらくアルテナ救出後に、再び出現するでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度は、ヴェラムデリクトの情報を信用するならばBと思えます。
信用しないならばEとしか言いようがないでしょう。
ヴェラムデリクトの情報や話に、嘘や悪意は感じられませんでした。
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