シナリオ詳細
<美徳の不幸/悪徳の栄え>叶えたい願い
オープニング
●
人間が大嫌いだった。
醜くて、汚くて、気持ち悪い。
見ているだけで吐き気がする醜悪な生き物。
特に幻想貴族は、自分達を蔑んで嬲って嘲う。
腹立たしくて、殺してやりたいとずっと思っていた。
だから、この力を与えてくれた『神様』に感謝しなくてはならない。
この力を使って幻想貴族を根絶やしに出来る。
地に伏した身体の上を踏みつけられることもない。
ああ、なんて甘美なのだろう――
冠位色欲から賜った甘美なる声を思い出していたのはグレンディアという女だ。
黒いドレスに身を包み、深いスリットからは美しい脚が伸びる。
「……ええ、ええ。ルクレツィア様が望むのならば、遣り遂げてみせましょう」
甘美なる声は、グレンディアの望みを叶えるための力をくれた。
その上で、復讐を肯定してくれたのだ。
騎士達が駆けていく振動で窓硝子が小刻みにゆれる。
喧噪と戦闘の音が四方から聞こえて来た。
赤い絨毯は靴底に擦れ、撚れて通路の端に押し込められている。
騎士達の甲冑がガシャガシャと音を立てて遠ざかった。
遠ざかっていく騎士達はグレンディアが操る『幻想貴族』たちに気を取られている。
剣を手にした者達が自国民であるならば、躊躇いが生じるというもの。
その一瞬が積み重なれば、大きな隙が出来るのも道理。
「私はその間に、ゆっくりと王様を殺せるわ」
くすりと三日月の形に唇を歪ませたグレンディアは謁見の間の扉を開けた。
扉の前に伏した近衛兵を踏み越えて、魔種は玉座に座るフォルデルマンを見据える。
幻想貴族の親玉。腐った社会の頂点に座する、張りぼての放蕩王。
その王を、グレンディアの鋭い瞳が射貫いた。
――――
――
シャルロッテ・ド・レーヌ(p3n000072)はぐっと唇を噛みしめる。
王の下へと届いた知らせは、王宮に貴族達が攻めて来ているというものだった。
王宮の騎士たちはそちらの対応に向かい、有事に備え近衛騎士たちも臨戦態勢であった。
しかし、謁見の間に現れたのは一人の女だった。
扉の前に配された騎士をいとも簡単に挫き、謁見の間に押し入ったのだ。
「……初めまして、はりぼての王様。私はグレンディア。お前達、貴族が踏みつけた弱き者の代弁者。ねえ、王様。その玉座はさぞ見晴らしが良いでしょうね。けれど、もう二度とその玉座に着くことは無いわ。貴方は今日ここで死ぬのだから」
数度、剣を交えたシャルロッテはグレンディアの力に眉を寄せる。
人間ではない身のこなし。死角を狙うような執念深さ。
恐らく、グレンディアと名乗った女は魔種であるのだろう。
幾度となく襲撃を退けてきたシャルロッテとて、魔種を相手取るのは危険である。
謁見の間に排された近衛騎士で残っているものは三人にまで減ってしまった。
「どうしたの? もう終わりなの? 案外あっけないのね。こんなに弱い奴らに、私は踏み躙られて来たのだと思うと、本当に腹立たしいわ。でも、それをねじ伏せる力を得たのだから。今度は私がお前達を嬲っても構わないわよね? だってそうでしょう? 力が無いことが悪いなら、力を得た今なら全て壊しても構わないってことでしょう? お前達はそうして私を踏み躙ってきたのだから!」
グレンディアの心にあるのは復讐という強い意思なのだろう。
幻想貴族は元より全ての人間に対して、苛烈な憎悪を抱いている。
魔種に反転してしまう程の強い想いは、グレンディアの自身を灼いていた。
グレンディアは赤黒い剣を手にシャルロッテへと斬りかかる。
受け止めた刃が火花を散らし、フォルデルマンの視界に舞った。
「そこから、動かないでくださいね」
「分かっているさ……」
フォルデルマンは目の前で繰り広げられる戦闘を玉座から見下ろしている。
臣下が戦っている相手は魔種であり、己の力では到底太刀打ち出来ないものだ。
逃げるとしても、グレンディアの方が上手を行くだろう。
放蕩王とて、それぐらい分かっている。
されど、戦力差は大きいと言わざるおえない。
あと何回、臣下たちは魔種の攻撃に耐えられるだろうか。
おやつに焼いてもらったシフォンケーキを食べ損ねたと、フォルデルマンは瞳を伏せる。
あれは焼きたてが美味しいのだ。シャルロッテが思い出したように作る。
毒など入っていない。焼きたてのもの。
思考の海に聞こえてくるのは、足音だ。
余韻に浸るには程遠いと、急くように近づいて来る、英雄たちの声だ。
「……ああ、待っていたぞイレギュラーズ!」
フォルデルマンは見た。輝く瞳を持った可能性の獣たちの姿を――
- <美徳の不幸/悪徳の栄え>叶えたい願い完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年01月27日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
煌びやかな王城の装飾が窓から差した陽光に反射する。
赤い絨毯が敷き詰められた謁見の間には一人の女が佇んでいた。
此処に辿り着くまでの間に見た兵士達の亡骸に『竜域の娘』ユーフォニー(p3p010323)は唇を噛む。
謁見の間においても幾人もの近衛騎士達が命を散らしていた。
いったい幾つの命が零れ落ちたのだろう。
「王宮にまで魔種が攻め込んでくるなんて……」
ユーフォニーの後方から『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の声が聞こえる。
彼女の瞳に映り込む魔種の姿は、苛烈なる憎悪に満ちていた。
「……本当にこの世界そのものが滅びに向かっていると実感させられますね」
近衛騎士たちも相当の手練れである。それが呆気なく亡骸と成り果てているのだ。
油断はするまいとマリエッタは息を深く吸い込む。
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は長い前髪の奥からはたりと視線を巡らせた。
――ああ、そうか。
違和感の正体に気付いた武器商人は口を三日月の形へ変え小さく嗤った。
「今日は『他の勇者』は居ないのだった。ごきげんよぉ、フォルデルマン陛下。『不死身ノ勇者』が罷り越したとも。……頑張れば、おやつの時間は残りそうかい?」
武器商人は魔種に目もくれず、『放蕩王』フォルデルマン(p3n000089)へと問いかける。
「ああ、君達の分も用意させようじゃないか! なにせ、焼きたてのシャルロッテのシフォンケーキは美味だからな!」
幻想国王が毒味を介さず口に出来るものは少ないのだろう。焼きたてを惜しげも無く食せる。それだけ側近の花の騎士を信頼しているということなのだ。
「しばらく見ないうちに随分と変わったな、放蕩王よ」
フォルデルマンは武器商人の隣に立った『黒一閃』黒星 一晃(p3p004679)へ視線を向ける。
「ふっ……」
不敵に笑ったフォルデルマンは足を組み替え玉座に深く座り込んだ。その場から動く意思はないのだろうと一晃は悟る。下手に逃げ出されるよりは守りやすいだろう。
「貴族とやらの汚い部分などに興味はないが。かの憎悪、斬り伏せるのに退屈はしなさそうだ」
一晃は妖刀の柄を握り、謁見の間に佇む女へと向ける。
「客は色欲の魔種。玉座から俺達の舞踏を見ているがいい。此度は余興だ、目を離すなよ。
黒一閃、黒星一晃! 一筋の光と成りて、滅びの幕明けの舞台に立つ!」
仲間が動くよりも早く刀を抜いた一晃はその斬撃に星の瞬きを宿す。
鞘走りと共に込められた極光の一閃は、戦場を眩い光に満たした。迸る光刃は這い出てきたサキュバス諸共魔種を捉える。
「いやな男……」
一晃を睨み付けた『色欲の魔種』グレンディアは穿たれた傷跡に指を這わせた。
零れ落ちる血から、インプが次々に生まれてくる。それは、膨れ上がる憎悪の象徴なのだろう。
マリエッタはその血の雫を見つめ、自身の中に魔力を循環させる。彼女の内側に秘めたる魔女の力が金色の色彩となりて空間に漂った。
「グランディアと言いましたか。人と国に虐げられて、狂ってしまった可哀そうな子……でも、その気概は素晴らしい物ですね。だからこそ、貴方の存在にも意味はあった」
マリエッタの声は魔種よりも妖しい旋律を打つ。眉を顰めたグレンディアはマリエッタの声に奇妙な違和感を覚えた。人間よりも妖に近い者の音。
「借り物の力であっても復讐を成すほどにここまで歩んできた……ええ、本当に愛おしい子」
マリエッタの黄金の目は獰猛な獣のようにグレンディアを見据える。
「貴女に何が分かるというの」
「だからこそ、この──アタシが奪ってあげる。その復讐心も、国を人を恨む心全てを。
いずれ来る世界に──悪い魔女としてアタシが仇名す日に共に世界を見せてあげる為に。
グランディア。貴方の血と魂。奪って未来へと攫いましょうか」
魔種の瞳に落胆と憎悪が滲む。マリエッタの声に仄かな期待をしてしまったからだ。手を取り合えるかもしれないなんて在るわけがないというのに。
その魔種の心の動きさえマリエッタにとっては盤上の駒であるのだろう。
戦場を千の煌めきが駆け抜ける。天井のシャンデリアよりなお輝いたユーフォニーの魔法。
万華鏡のパーティクルは零れ落ちたインプとサキュバスを苛烈なる閃光で焼く。
サキュバスの視界は色彩に満ちあふれ、目の表面がじりじりと沸騰するように思えた。
『黄昏の影』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は妖しき赤輝の瞳で魔種を見遣る。
幻想貴族の飽くなき欲望。その果てに辛酸を味わい不幸となった者が居ることは承知していた。
知識として羅列される数多の情報の一つだ。
そこに落とし込める感情をヴァイオレットは持ち合わせて居ない。
グレンディアの不幸を理解してやることは出来ないのだ。
「此処に居る私の望みは、ただ一つ」
ヴァイオレット・ホロウウォーカーという存在。己を悪と定義する個。それが因果応報の果てに死ぬ事を望んでいる。
「不幸になる為だけに、戦場に居るのです……」
ヴァイオレットがグレンディアの不幸を理解できないように。グレンディアもヴァイオレットの不幸を感じることは出来なかった。怪訝な表情を浮かべる魔種にヴァイオレットはそれで構わないと赤瞳を伏せる。
ヴァイオレットの影がぞろりと蠢いた。彼女が纏う不気味さを増長したような影は、グレンディアの視界にこびり付いた。それはまるで自分に無体を強いる貴族の幻影を思わせる。あの時感じた恐怖を振り払うようにグレンディアはヴァイオレットへ剣を振う。怒りに満ちた太刀筋はヴァイオレットの胴を切り裂いた。
はずなのに、ゆらりとヴァイオレットの姿は揺らぎ耳元で「こっちですよ」と声がする。
「……っ! 黙れ!」
その声に怖気が走った魔種は歯を食いしばり吠えた。
グレンディアの攻撃は激しさを増し、ヴァイオレットを追い立てる。
されど、その凶刃から彼女を守るのは武器商人だ。
「は……」
突き刺さった剣が抜かれる感覚に武器商人の唇から吐息が漏れる。
「うぅん、まだ足りないなァ……」
痛みも向けられる憎悪もまだ食い足りない。
グレンディアが受けてきた屈辱はこんなものではない筈なのだ。
「ねえ、その憎しみをもっと見せておくれよ」
不気味に歪む武器商人の唇にグレンディアは眉を寄せる。ねっとりと絡みつく武器商人の声が耳の奥にこびり付いて離れない。
「グレンディア。貴方の『痛み』は、自分も……理解できるかもしれないであります」
『今を守って』ムサシ・セルブライト(p3p010126)の声が戦場に響く。
ムサシも弱き者の悲痛を知っている。強大な力に屈し、散っていった小さな手を知っている。
「でも、貴方の『答え』は否定する」
痛みの先に選んだものが、誰かの命を奪うことであっていいはずがない。
それを選んだ所で、本当の意味でグレンディアが救われるとは思えなかった。
だから。
「ここは、必ず守り切るであります!」
コンバットスーツに内蔵されたシステムメッセージがムサシのヘルメットの中に浮かぶ。
――Superior Combat Active System.
赤色から緑へと変化した文字と共にムサシの身体に力が漲った。
スーツのホルダーに付けられたビームライフルを手にしたムサシはインプが集まっている箇所へ照準を合わせる。ヘルメットの中に浮かび上がったターゲットマークが点滅した瞬間にムサシは引き金を引いた。
戦場を突抜ける光の一閃はインプたちを性格に貫く。
「弱者を喰い物にすると言われれば、座標も、そう変わらんのだろうが……」
そのイレギュラーズへの支援は『誰』が出しているのかと考えれば、自分達が『こちら側』であることは否定できないと『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)は事もなげに言ってのける。
英雄であると賞賛を受けた所で、やっていることは自分達が『悪』であると断罪する者達と変わらないと愛無は首を振る。目の前の魔種だけが『悪』であると言い切れる筈も無い。その指標は立って居る場所によって『善』となりうるのだから。
「まあ。この状況下では是非も無い。彼女の流儀に倣うとしよう。
君に恨みはないが。君は恨みもあるだろう。ゆえに君の全てを喰いとめる」
愛無は地廻竜の加護を握り締める。その願いによって、彼の竜の息吹は戦場に降り注いだ。
地廻竜の加護を感じた『花の騎士』シャルロッテ・ド・レーヌ(p3n000072)は剣柄を握り締める。
護衛であるシャルロッテ達にも矜持がある。王の傍を離れることは無いと愛無は考えた。
ヴァイオレットが魔種と雑魚共を引きつけてくれている間に愛無はシャルロッテ達の元へ駆け抜ける。
愛無の知覚には敵味方全ての位置が明確に浮かび上がっていた。
「敵の数も多い。まずは数を削る」
「はい」
愛無の声にシャルロッテ近衛騎士たちも頷く。
「……はは。随分景気の悪い世の中になってきたじゃねぇか」
『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)は大剣を掲げ、赤い絨毯を駆け抜けた。
インプどもを薙ぎ払い、振り回した剣で大仰に挑発をする。
「幻想に来て数年つってもそれなりに思い入れはある。王サマ、俺がアンタの力になるぜ!」
「うむ! 頼もしいではないか!」
放蕩王と誹られるフォルデルマンは、知略も施策も得意では無いのだろう。
されど、何処か憎めない魅力がある。殆ど会った事も無いジェラルドにもそれが分かった。
純粋な瞳でイレギュラーズの勝利を信じている。その信頼がジェラルドにとっては嬉しいものだった。
頼られることは必要とされていると実感できるから。
ジェラルドは剣柄を握る手に力を込めた。
インプを相手取りながら、ジェラルドは近衛騎士たちへ視線を送る。
その傍には愛無がサポートする形で着いていた。愛無であればシャルロッテ達を任せられる。
愛無が届かない部分は自分が手を広げれば、より多くの者が守れる。
ジェラルドはインプどもを玉座に近づけさせまいと剣を振りかぶった。
『神殺し』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はジェラルドの攻撃を受け、攻勢を掛けるサキュバスの前に立ちはだかる。
「おうさまのところへは行かせないよ!」
「子供はお呼びじゃないのよ」
男女の判別ができないほど幼いリュコス相手では、性的な魅了も意味が無いと嫌そうな顔でサキュバスたちは牙を向ける。リュコスがサキュバスたちと対峙する作戦はこの戦場において効果的であっただろう。
「どきなさいよ!」
「だめだよ!」
リュコスはサキュバスたちを牽制しながらじりじりと玉座から距離を取らせる。
「幻想はヘレナ……おれの妻の故郷だ。色々あったが、今わずかでも変わろうとしている国を落とさせるわけには、いかない」
ツインギターを手にした『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は仲間と対峙する魔種へと視線を上げる。
「――ああ、お嬢さん。アンタの言うことは昔から繰り返されていたような話だ。人二人いれば、力関係は生まれる。そして、踏まれた側からの復讐は甘美だ」
幾万と編まれた英雄譚。物語の中には魔種が主人公の話だってあるだろう。その悲哀は聞く者に情動を与え感涙を呼び起こす。話しは大抵復讐を遂げた所で終わってしまう。その後が語られる事は無いのだ。
「そう。魅力的な話だが、それだけだ。先には続かない。破滅のみだ――そこに、勝利はない」
「……勝利?」
昏い瞳で魔種が問う。何を持って勝利たり得るのか。憎悪の先に得るものが勝利であるのか。
勝利の定義を判断出来るのであれば、きっと魔種は此処には居なかった。
ヤツェクは美しい顔が歪むのを見つめる。
「別の戦い方があっただろう、というのは、生存者の言葉にしか過ぎないが。……アンタは道を踏み外し、己の憎むものと同じになった。それが、全てだ。破滅を望むなら、止めてやる」
「嫌よ……止めないでちょうだい」
だって、勝利なんて空想は手を伸ばしたって届きやしなかった。
破滅は最後の希望であるのに、それすらも奪われるというのか。
グレンディアの心が裂ける音がする。それを小気味よいと嗤うのは『死血の魔女』の唇であった。
●
ヴァイオレットを庇い、グレンディアの攻撃を受け続けた武器商人は血で赤く染まっていた。
血だらけでもなお、立ち上がってくる武器商人にグレンディアは憎悪を向ける。
「何なの……気持ち悪い」
「ああ、そうさ。我は不気味に見えるだろうねェ……けれど、君と何処が違うのだろう? きっと、死んで行った近衛騎士たちは君のことを気持ち悪いもの、恐怖の対象だと思っただろうね」
クツクツと微笑む武器商人はグレンディアへ手を広げる。
「君の呪い、どんなものか見せておくれよ。その内に秘めたるは憎悪だけなのかい? 希望や絶望、甘美な蜜と蕩ける芳香がするのか。それとも醜悪なヘドロみたいな匂いがするのか。我の知識で君が読み解けるのかどうか試して見ようか?」
「やめて!」
無理矢理暴かれる恐怖は慣れるものではない。されど、ここは戦場である。優位に戦況を進めることはイレギュラーズ側、引いては幻想国王を守ることに繋がる。
武器商人は怒りと拒絶に震える魔種の瞳を見つめた。無理矢理こじ開けた呪いの殻。聴覚として捉えたそれは幼い少女の泣き声であっただろう。悲しみ故の呪いと憎悪。
目の前の敵が巨悪であれば、心置きなく刃を向ける事も出来ただろうか。
「嫌な、話しだねェ」
それでも守らねばならないのは『幻想国王』である。
この国の英雄たる武器商人は彼を守る義務があった。
戦場を轟音が駆け抜ける。
一晃の放った閃光はインプを貫き、その先にある王宮の壁に弾けた。
壁に衝突する寸前でその光が拡散したのはマリエッタの張った結界の効果である。
「ふん……用意周到だな」
「万事において備えるのも魔女の嗜みよ」
ヘリオドールの瞳を細めたマリエッタに、一晃は違和感を感じた。謁見の間に辿り着くまでの彼女はもう少し柔らかな眼差しであったはずだ。今は黄金に彩られた瞳に棘がある。
ジェラルドはフォルデルマンに向かった攻撃を弾き返した。
「おう、王サマ大丈夫か?」
「問題無いぞ! 私は君達を信じているとも!」
戦場に響くいつも通りのフォルデルマンの声は、不思議と勇気が湧いてくるものだ。
「ああ、任せときな! ぜったいに守ってやるから!」
世界が滅びへと向かっている今、幻想国王が崩御したとなればこの国は混乱の渦へと落ちるだろう。
幻想国だけではない、他国とて危険な状態であるのだ。
この局面はジェラルドたちにとって重要なものであった。
「ええ、繋ぎ止めてみせます」
何としてもフォルデルマン達を守らねばならない。ユーフォニーも同じ気持ちであった。
「流石に形振りかまってはいられんからな。こんな暗愚だろうが王は王」
愛無とて統率者である『王』の重要性は認識している。単純な話しである。頂点が居なくなれば少なからず混乱をきたす。それは敵側に隙を与える口実にもなるだろう。面倒事を避ける意味でもフォルデルマンには無事で居て貰わねばならなかった。
「僕も人間は嫌いだが。守るべきモノはあるのでね」
ヤツェクはインキュバスに狙いを定め剣を翻す。
舞うように閃いた剣尖はインキュバスの喉元を切り裂いた。
インキュバスが反撃しようとヤツェクを追いかける。
一撃、二撃、ヤツェクはインキュバスの爪を躱し、進行方向をくるりと反転させた。
「甘い、甘い」
幾度戦場を潜り抜けて来たと思っているのだとヤツェクは口角を上げる。
一気に距離を詰めたヤツェクはインキュバスの胴を真っ二つに叩き斬った。
――――
――
ぽたりと滴る血に一晃は眼前の女を見下ろす。
魔種の腹に突き刺さる一晃の刀は痛打であっただろう。
インプどもを一層したイレギュラーズは魔種と相対していた。
国王を守りながらの戦いである。それなりの損耗はあった。されど、死線を幾度となく潜り抜けてきた一晃たちと、魔種となったばかりの女とでは実戦の経験に大きな差があった。
「弱肉強食の理を説く、その在り方は嫌いではない。むしろ好ましいまである。
だからこそ覚悟しろ、力なければそのまま蹂躙されるのであろう?」
「……」
一晃の腕を掴んだグレンディアは、その皮膚に爪を立てた。
「力を得たとしても弱ければまた踏み躙られる、貴様の主張その物を!」
ぎちぎちと一晃の腕の皮膚が裂ける。それを受け止めながら、一晃はグレンディアの腹に突き刺さったままの刀を捻った。刃が内臓を抉り、横腹を切り裂いて出てくる。
一晃を見上げるグレンディアの瞳は恨みに満ちていた。
彼女こそこの国が生んだ歪みそのものであろう。
「だが最早王も無知ではあるまい。何をどうするかは俺の知った事ではないが。これから良くしたいと思うのならば、精々これからの戦い俺達の勝利を願っておくことだな」
「フォルデルマン王も、シャルロットさん達騎士団も、誰も……
これ以上貴女に傷つけさせはしない……!」
ムサシは青い焔に覆われたグレンディアへと走り込む。
手にした武器からは迸る闘気が散っていた。
「ゼタシウム・ジャッジメントッ!!!」
叩きつけられた光柱にグレンディアは憎悪の声を叫ぶ。
「……ぐっ!」
至近距離でグレンディアの怨嗟を浴びたムサシはぐらりと上半身を揺らした。
視界が明滅し吐き気が迫り上がってくる。それでもムサシはぐっと唇を噛み視線を上げた。
「俺は逃げない。ここには守らなきゃいけない人もいて……俺の一番もいるんだ。引き下がりはしない!」
ムサシの言葉にユーフォニーは胸に広がる勇気を感じる。
「聞かせてください、グレンディアさんの物語。あなたの心を苛んできたもの」
ユーフォニーはグレンディアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
その色、言葉、感情、ぜんぶ。ユーフォニーは受け止めると慈愛の心で包み込む。
命を殺めるやり方は認められないし、認めてはいけないものだ。
けれど、グレンディアの心は何度殺められたのだろう。
「20ゴールド。それは、私にとって大金だった。
破瓜の痛みも、腹を何度も蹴られるよりは随分とマシだったから」
けれど、そのお金も大人たちの酒代になった。両親ではない、同じ様な生活をしている赤の他人だ。
子供のグレンディアは赤の他人でも大人に縋るしか生きて行く術は無かった。
それでも、もう少し身体が成長すれば売りものになるから、お金が入ってくる。
はやく成長してほしいと思った。大人になって胸や尻が大きくなったら売り物になるのだから。
栄養状態の悪い子供が育つはずもないのに、それを夢見ていた。
物好きというものは何処にでもいるもので。そういった貧相な子供が好きな貴族もいた。
麻薬に毒物。目の前で何人も死んでいった。グレンディアも何度も死にそうになった。
苦しかった。痛かった。なんでまだ死んでないんだろうと思っていた。
悔しくて、腹立たしくて、殺してやりたいと思った。
そうしたら、少しだけ生きていなきゃと胸に灯りが灯った。復讐は信仰となった。
「貴方の気持ちは分かる」
ムサシはグレンディアの言葉を噛みしめる。
「力の無さで苦しい思いをしたこと。俺にだって……何度もあった。守れなかったり、届かなかったことも無数にあった。大切な人を失いそうになったりした」
ムサシは拳に力を込め歯を食いしばった。
「それでも。俺を強くしてくれた人のためにも、「それでも」と立ち上がり続ける。命を救うために、全力で戦いぬくんだ。貴方が弱者の代弁者にして鉾ならば。俺は弱者の盾として命を守るために戦う。
グレンディア。『弱さ』を知る者として……必ず止めてみせる!!!!」
ジェラルドはグレンディアへと大太刀を走らせる。
魔種の来歴を聞かされたあとでは心に棘が刺さったように痛みがあった。
らしくないけれど、中々にきついものがあるとジェラルドは眉を寄せる。
(ここは特異運命座標らしく運命の一手でも欲しいところだが……)
ジェラルドはここで倒れるわけにはいかなかった。彼女の笑顔を想えば、心に花が咲くように力が漲ってくるようだ。
(とことん足掻きまくってやるぜ!)
大太刀に想いを込めて、ジェラルドは魔種へと大太刀を振り下ろした。
危険を感じ取り、その場を飛び退いた一晃とジェラルド目がけてグレンディアの呪詛が放たれる。
どす黒く歪んだ瞳。美しかった魔種の顔がドロドロと解けていった。
「憐憫も批判も無い、『よくある話』さ」
武器商人は憎悪をまき散らすグレンディアへ手を翳す。人の形を保てなくなった憎悪の塊。
「それゆえにもうどちらかが全て燃え尽きるまで力を振るうしか無い。──"火を熾せ、エイリス"」
青い焔が武器商人の身体を覆う。その焔の中には白い少女の幻影が浮かび上がる。
武器商人の指先に沿ってグレンディアを包み込んだ青い焔。
ギィギィと獣が鳴くような声が焔の中から聞こえて来た。
その焔に重ねるように一晃が剣を振う。泥の姿となったグレンディアに一晃は眉を寄せた。
戦場全体に広がった魔種の怨嗟は黒い泥となりて絨毯の上を滑る。
その初動を抑えたのはグレンディアの一番近くに居たヴァイオレットだ。
「王に辿り着きたいなら、まずは私を……殺して下さい」
死んででも食らい付くという気概が感じられる。
されどそれは希望に満ちた光ではない。昏く静かな祈りにも似た灯火だ。
大切な友人の命を潰したこの手で、どうして幸福の光を掴めようか。木漏れ日の道を歩けようか。
それは憎悪に溶けた魔種も同じ。世界を滅ぼす者達が誰かと幸福な未来を望むことは出来ない。
――存在するだけで、不幸を振り撒く、私と貴女方は……これから先の未来には、不要です。
だから、一人でも多くの悪を巻き添えにして死んでやるのだとヴァイオレットは魔種を掴んだ。
紫黒の影がヴァイオレット諸共焼き尽くすようにグレンディアを包み込む。
焔にも似た影を振り払うように暴れる魔種はうなり声を上げながら絨毯を滑った。
リュコスは広がる黒泥を押しのけながらグレンディアの行く手を阻む。
「君の怒りは正しいと思う」
憎い、恨めしい、復讐したい。
挫かれたものは誰しも持つ感情であろう。生き物としての本能といってもいい。
「いたいぐらいに気持ちはわかる……けど」
フォルデルマンへの恨みは『幻想貴族の王様だから』以上のものではない。
直接フォルデルマンがグレンディアを傷つけたわけでも、それそ指示したわけでもない。
幻想が綺麗なだけの国ではないことは悲しいけれど事実なのだ。
「……でも、君のやってることはもう八つ当たりだよ。だから、止まって」
泥と化したグレンディアがリュコスの顔を掴む。
首輪を付けたリュコスに、かつての自分を重ねたのだろう。
澱む泥はその動きを止める。
「分かってる」
フォルデルマンを殺した所で、自分の中の恨みや苦しみが消えることはない。
けれど、生きて行くのに必要なことであった。恨み続けることで生きていたのだ。
八つ当たりであろう。わかっていると、悔しげに眼孔から透明な雫をこぼす。
「復讐。自分の気に喰わないなにもかを、全て壊してしまいたい……本当に素敵ね、グレンディア」
マリエッタはヘリオドールの瞳でグレンディアを見つめる。リュコスの顔を包んだまま動かないグレンディアの背後へ回り込みその肩にそっと指を這わせた。
「イイじゃない。その復讐の心、それが貴方の最盛の輝き」
いつもの穏やかなマリエッタではない、死血の魔女としての彼女が魔種グレンディアを呼ぶ。
それは魔種よりも妖艶で怪しい色香を纏わせていた。
「ああ、否定などするものですか。どこまでもどこまでも、その復讐の心をこのアタシに向けて見せなさい。満足するまで、息絶えるまで……自らの心を救って見せて?」
マリエッタは泥となったグレンディアを背後からしっかりと抱きしめる。
「その貴方の”ヒト”の輝きをアタシが奪ってあげるから」
ぶるぶると震えるグレンディアだった泥。人の形を保つ事も出来ず、怨嗟の塊となったもの。
唯一残った心でさえも、マリエッタは奪おうというのだ。
「グレンディア君は、何か言い残すことはあるかね? こうして出会ったのも何かの縁だ。死ぬ時くらいは安らかであるべきだろう」
愛無は腕を黒い触指に代え、グレンディアの『心臓』へ向ける。
「憤怒に身を焦がし己を焼く。少し知り合いに似ている人がいたからね。他人事でもないんだ。できる限りはしておくよ」
ただ、苦しみだけを背負って生きていた。
この国を良くしようだなんて思ってもいない。自分を虐げてきたものに同じ目にあってほしかった。
弱くてちっぽけで、苦しさから抜け出すことも出来ない自分が惨めだった。
辛かった。悲しかった。分かって、ほしかった。
けれど、今となってはどうでも良くて。ただ眠るように死にたかった。
「……痛くしないで、苦しくしないで」
それが、ちっぽけな最後の願い。
愛無は「わかった」と告げて、グレンディアの『心臓』を一瞬で切り裂いた。
●
謁見の間に広がっていた黒い泥がボロリと崩れて空中へ霧散する。
グレンディアだったものも、同じように空気の中へ溶けていった。
愛無は苦痛無く殺せたと僅かに安堵し、玉座に座るフォルデルマンを見遣る。
王が悔い改めれば、なお良いが。「根が善人である」ことなど何の救いもない。
その玉座から見る景色はどう映ったのだろうか。
「大切なのは事実と結果だ。全てを救う理由もないが、できる事くらいはしていかないとな」
「陛下。彼女、グレンディアが悪しき慣習の犠牲者ならば、それを二度と起こさぬようにするのが……人のつとめ。当たり前のくせに、難しい行いですが、言葉だけでも、誓い一つでも……自覚一つでも。世界は変わっていくものです」
ヤツェクはフォルデルマンの前に頭を垂れる。
「おれも、不良詩人でよければ、力を貸しましょう。幻想は、妻の故郷ですからね」
妻ヘレナを育んだのもこの幻想という国なのだ。
悪い所だけではない。良い所だって沢山あるこの国のためにヤツェクは力になりたいと告げる。
ユーフォニーは散っていくグレンディアを見送ったあとフォルデルマンへと歩み寄る。
「フォルデルマンさん、放蕩王……この呼ばれ方、好きですか?」
「そう呼ばれているのは知っているが、自分から名乗ったことはないぞ。呼び方など好きにすれば良いと思っている」
言葉にも色があるのだとユーフォニーは感じている。だからこそ聞いてみたかったのだ。
「フォルデルマンさんが纏いたい色は、幻想に見たい色は、どんな色なんでしょう。
その色を叶えられるように、力になれたら嬉しいです」
「君達イレギュラーズが居れば、見られると思っているぞ!」
それは純粋な気持ちなのだろう。素直にイレギュラーズのことを信じているのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
無事にフォルデルマンを守る事ができました。
MVPはグレンディアを止めた方へ。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。フォルデルマンを守りましょう。
●目的
・フォルデルマンの護衛
・魔種の討伐
●ロケーション
幻想国王都メフ・メフィートの王宮、謁見の間です。
煌びやかな調度品で飾られた広間です。
謁見の間の奥には玉座に座ったフォルデルマンと近衛騎士がいます。
●敵
○『色欲の魔種』グレンディア
王都メフ・メフィート娼館で生まれた女。
幻想貴族たちの悪事を沢山見てきて、人間の浅ましさを嫌悪しています。
自分のことを畜生と同等に扱う幻想貴族に復讐したいと思っていました。
魔種になれた事は幸運だと思っています。
手に入れた力で全てを壊したいと思っています。
幻想貴族たちの親玉であるフォルデルマンを暗殺しようと王宮に忍び込みました。
魔力で造り上げた剣で向かって来ます。
その他、呪いのような特殊な術を使ってくるようです。
とても強いです。
○サキュバス×2、インキュバス×2
夢魔や淫魔と呼ばれるものです。
魅了や怒りなどといったBSをばら撒きます。
噛みついたり、魔術で攻撃したりしてきます。
そこそこ強いです。
○インプ×6
噛みついたり、突進してきたりします。
それなりの強さです。
●味方NPC
○フォルデルマン(p3n000089)
幻想国王にして『放蕩王』と称される人物です。
善人ですが、世間知らずというかなんというか……な面があります。
戦闘能力の類はないに等しいです。
玉座に座っています。
○シャルロッテ・ド・レーヌ(p3n000072)
近衛騎士の一人にして『花の騎士』と謳われる人物です。
非常に高い戦闘能力を持ち、フォルデルマン三世を守る様に動きます。
○近衛騎士×3人
シャルロッテと連携し、フォルデルマンを守ります。
剣騎士二人と癒し手が一人です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
実際のところ安全ですが、情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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