シナリオ詳細
<美徳の不幸/悪徳の栄え>大聖堂に火は墜ちて
オープニング
●火の燃え盛る先
乾坤一擲の作戦だ、とでも考えているのだろうな。
と――クローリス・ウラグラスはそう思う。
クローリスのクライアント=冠位色欲ルクレツィアは、幻想にはびこる己の麾下たる魔種に一斉蜂起の命を下した。
クローリスなども例外ではなく、彼女は直々に、イレーヌ・アルエ暗殺の任を帯びたわけである。
前回失敗したのはお前だろう、ということなのだろうが、クローリスに言わせてもらえば、失敗したのは自分でははなく、あの日に墜ちたオリオスという魔種と、そして今傍らにいる蒼き炎の魔種……サリアであるのだ。
クローリスは己の役目を全うしたのだから、あとは実働部隊の二人の仕事である。まぁ、その後の『黄金劇場防衛戦』は確かにクローリスも敗北を喫したが、そもそもあれは想定外の事案である――。
「というわけで。
わたくし、何も悪くないとは思いません?」
冗談めかしてそう言ってみせるクローリスに、しかしサリアは何も答えない。
「『何処を見ていますの?』」
そう訝し気に尋ねるクローリスだが、サリアの目は確かに、今世のものを見つめているようには見えなかった。何か、その目に宿る青い炎をレンズにして、遠い遠い何かを覗いているような気配を感じる。
ルクレツィアの権能である、増幅。それにより力を増したサリアは、以前に比べて加速度的に、よりいっそう、壊れていた。成程、強力な魔種とは言え、冠位の権能を真正面から受けて正気を保っていられる存在などはそうそういないのだろう。なればサリアが『壊れ』てしまうのも頷ける。
「愚かですわね。だからやめておけと言ったのに」
ふん、と、クローリスは鼻を鳴らした。そもそもとして――この女の堕ち方が気に入らないのだ。愛するものを失ったことへの復讐? 理解しがたい。最終的に、人は独りだ。ならば、究極的には、人とは自分から零れ落ちていくものではないのか。
「『わたくしが』満足できれば、それでいいじゃあありませんか。
貴方も、『貴方が』満足できれば、それでよかったじゃあありませんか」
クローリスは、愛を知らない。別にそれは悲しいことではなく、『自分以上に大切な他人』などというものを持ち合わせたことがないのだ。今後もないだろう。だからこそ、決定的にサリアの事は理解できない。それに、クローリスの父の事も、フローライトの一家の事も、理解できないのだろう。
そう思いだせば、幾ばくかうんざりとした気持ちもわいてくるというものだ。石をひっくり返した下で震えている程度の虫けらであるはずのフローライトの娘は、しかし先日、まるでクローリスに対等に並び立つかのようにその意志を見せつけたではないか! まったく、身の程も知らないものだ。
「……あの一家にあってからがけちのつき始めなのかもしれませんわね。
まったく、娘も、あのクロリスとか言うメイドも、あの時にしっかり殺しておけば」
どうなっただろうか。
今の状況が変わったか?
変わらなかったかもしれない。
考えても詮無いことだ。
ならば考える必要もあるまい。
「翻って。クライアントは、これを乾坤一擲の賭けだと思っているのでしょうけれど」
ふん、と鼻を鳴らす。
「そもそも、賭けに出る時点で負けているのです。一発逆転など愚か者の夢想。ですからほら、サリア。
貴方はさっさと、ホムラミヤのところに逃げかえればいいんじゃないかしらね」
サリアは、もともとはホムラミヤという魔種の麾下だ。それが、昨今の幻想での騒動に際し、駆り出された……という形になる。ホムラミヤにそのような意志があるかは怪しいところで、結局は何者かが入れ知恵でもしたのだろうが。それはオリオスも同じであった。エルフレームの一派は、今は全剣王の麾下に入っているらしく、おそらくはその関係で派遣されたのだろう。
まぁ、それはクローリスの知り及ぶところではないので閑話休題。いずれにしても、この状況は、クローリスはともかく、サリアは適当な理由をつけて帰還してもいいのだ、とクローリスは思う。上司に付き従って最後までお供を、など真面目な阿呆のすることだ。幻想においては、そんな綺麗な思考では生きていけない。上司が弱みを見せたならば、後ろから刺し殺して別の陣営に鞍替えするくらいの気概がなければ、この魔窟で生きていくことはできない。
「だめ」
と、サリアが言ったので、クローリスは眉をしかめた。
「はぁ?」
「仲間、は、まもる、の。
約束、した、でしょ。
まもる。ちゃんと、ずっと、ね?」
青い炎のレンズが、彼女にもうないものを見せている。増幅の影響が、彼女の頭をぐちゃぐちゃにかき乱している。もうあり得ない風景に、クローリスという毒婦を重ねている。彼女は、かつて失った仲間を、守るという幻想にとりつかれていた。仲間。クローリスもそうだ、と、狂った頭が理解してるようだった。
「愚かな」
心底馬鹿々々しくなった。もうこの女は狂っているのだ。狂って、狂って、壊れてしまった。ならばもう、勝手にここで壊れたまま消えてしまえばいいだろう。
「ま、わたくしは生き残りますけれど。
せいぜい、わたくしの逃げ道を、あなたの炎で隠しきってくださいまし」
肩を竦めて、クローリスはそう言った。
生きぎたないと言われようとも、こんなところで玉砕するつもりなどはない。
●大聖堂襲撃
魔種たちによる、幻想国一斉攻撃――。
それは一月の日に、突如として行われた。
冠位色欲ルクレツィア麾下の怪物たちによる、ありとあらゆる作戦行動。
そのうちの一つが、大司教イレーヌ・アルエの暗殺である――。
「僧兵たちによる防衛線を構築なさい」
首都が大混乱に陥る中、イレーヌは毅然とした対応を続けていた。
「ローレットと連携して、可能な限り被害を押さえつつ対処可能な敵兵を僧兵で抑えます。
非戦闘員は避難誘導と市民の救助を最優先に。
各地の孤児院、教会設備のすべてを用い、この難局を乗り切りなさい!」
朗々とした声で高らかに宣言する。この女は、間違いなく、市民たちの柱であった。幻想は陰謀と不信の渦巻く魔窟であり、その中で市民たちの希望を背負い活躍するイレーヌは、しかし今は独りではない。
ローレットと、彼に協力する貴族たちは、間違いなく、この国家において明確な彼女の味方だった。それは、この幻想という国に起きた奇跡とも言えよう。その奇跡を越したのは、間違いなくローレット・イレギュラーズたちのこれまでの働きによるものだ。失敗国家を、よき国へと変えたのは、ローレット・イレギュラーズたちの勇者たちである。
「まぁ……ハッピーエンドで終わらせてあげるのも、しゃくなのですよね」
そう、声を上げたのは、炎の女である。
「クローリス・ウラグラス」
イレーヌが言った。
「お呼びした記憶はありませんが。そちらのお友達も」
「ええ、呼ばれた覚えはありません。
とはいえ……まだ、わたくし、『いちおう一般市民』ですので。
避難したい、といえばここまで入ってこれました」
大方、見張りを脅したかしてはいってきたのだろう、とイレーヌは思う。クローリスが明確に先の虐殺を先導した証拠はないし、黄金劇場の事も、知っているのはローレットのみとなれば、誤魔化し続けることも容易だ。
「まぁ。避難所はあちらです、クローリス様」
イレーヌが顔色も変えずにそう言う。
「お茶もお出しできず」
「結構ですよ。お土産はいただいていきますが」
「あなた、は、なかまを、殺す人、だから」
もう壊れてしまったサリアが言う。
「許さない、許さない、燃やす、燃やす」
ぼう、と、サリアの体から、青い炎が零れ落ちた。それが、無数の人型になる――刹那、イレーヌがその錫杖の柄を、強く床に叩きつけた。同時、その錫杖の宝石が砕け散る。それに呼応するように、人型になろうとしていた炎が、どろりと溶けて地に染みた。
「……こう、何度も襲われては。魔から身を護る聖遺物くらいは用意しておくものですよ?」
「ですが、それが精いっぱいでしょう?」
イレーヌの言葉に、クローリスは笑う。
「確かに、このイカレ女の術式を打ち消したことは評価に値します。
が、どうやらあなたの力ではそこが限界。
ただのいち聖術師程度の力しか発揮できないあなたを、此処にいる二人から誰が護りますの?」
クローリスの言葉は事実だ。イレーヌは、現在聖遺物の力を借りてサリアの『神よ聞け、我が絶望の声(エーヴィッヒ・ブラウフランメ)』を相殺することで手いっぱいである。
そちらの維持に力の大半を割いている以上、真っ当に二人の魔種と戦って勝てる目はない。となれば、万事休す、だが。
「ですが、こういうこともあろうと思いまして。
すでに連絡はしてあります」
イレーヌは、窮地においても笑った。
必ず、助けは来る。
勇者たちは、ここにやってくる。
イレーヌの助けに応じるように――。
『あなた』たちは、戦場へと足を踏み入れた!
- <美徳の不幸/悪徳の栄え>大聖堂に火は墜ちてLv:50以上完了
- GM名洗井落雲
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年01月27日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●もう一度フィナーレを
『太陽は墜ちた』メルナ(p3p002292)が、再び『彼女』と邂逅した時。
メルナは心の底から察した。
彼女はもう、壊れてしまったのだ、と。
ぎり、と唇をかみしめた。
「久しぶり。
……様子、変わったね」
「久しぶり」
うっすらとした笑みすら浮かべながら、彼女は――サリアは、言う。
「あなたも変わりましたね。すこし、大人になった」
そうなのだろうか。それはどういう意味なのだろうか。
あるいは、大した意味はないのかもしれない。世間話のような。だが、サリアが、そんなことを言うことが異常であることを、メルナは理解している。
「……」
何を紡げばいいのだろう。どんな言葉を紡げばいいのだろう。
恨み言か。皮肉か。あるいは、真摯な言葉か。
どれも違うのだろう。あるいは、言葉などは、もう必要なかったのかもしれない。
それでも――我々は人間であるのだから。
言葉を紡がずにいられることなんて、できない。
「……まだ、憎悪の内にいる? その、焔の中に」
「……どうして?」
サリアが、首を傾げた。
「私には、仲間がいる。仲間が、いるん、です。守る、べき、仲間が。ほら、ここに、たくさん」
ぼとぼとと、その体の内から炎がこぼれていく。それが、人がを取る前に、イレーヌの張った結界が作用し、泥のようにとかし消えていく。
「ああ、零れてしまった」
悲しそうに、サリアが言った。
「でも、クローリス、は守りますね。
仲間、ですから」
「……何かしたの、貴方」
メルナがそういうのへ、炎薔薇の魔女は、面倒そうに鼻を鳴らした。
「勝手に壊れただけですよ。
あのドブ川女の増幅の権能を受けて。
腐っても冠位ですよ? その権能をまともに受け止めて、正気を保っていられるほうが珍しいのでは?
だからやめておけといったんです」
「それで前回命を拾った女が良くも言う」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)が、蒼眼をまっすぐに、炎の魔女へとぶつけていた。
「相変わらず、あなたには嫌われているようですね。
全く心当たりがありませんが、まぁ、すべての人間に好かれるのなんて不可能ですから。
ねぇ、フローライトの小娘」
視線を移した先には、『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)の姿があった。フローラもまた、まっすぐに――その瞳を、クローリスへとぶつけている。
「つくづく、あなたに関連する人間は気に入らない目をする。
あのメイドもそう。あなたの父親も母親もそう。
よくも他人を、汚物を見るような目で見られるものですね。
『傷つきましたわぁ』。
やっぱり、念入りに殺しておくべきでしたわね」
「念のため言っておくが」
『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が声を上げる。
「安い挑発だ。あの手のやつは、そういうことをする。
頭にくる気持ちはわかる、が」
「はい」
フローラが、うなづいた。
「クローリス。少しだけ、はしたなくいきますね」
ゆっくりと、息を吸い込んだ。
「その命、その炎。ここで終わらせます。
フィナーレは終わりました。ここは望まれぬアンコール。
ですがアンコールは一度だけ。
再演は二度とありません」
「まぁ、勇ましい」
クローリスは、しかし鬱陶しそうに手を振った。
「馬鹿々々しい。
如何に壊れたとはいえ、そこの女は未だに強力。
こちらは、イレーヌさえ殺せればひっくり返せる盤面……。
いいえ、少し間違っていましたわね。
もとよりこちらは盤石。イレーヌを殺せばそれが『絶対』になるだけ。
あなたたちに勝ち目などはないのですが」
「さっきから聞いていれば、思い込みも甚だしい」
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)が声を上げる。
「イレーヌさんはやらせない。
ここで貴方達は終わらせる。絶対に」
「素敵な意気込みをありがとうございます」
ぱち、ぱち、ぱち、とゆっくりと拍手をするクローリス。
「まぁ、怖い。まぁ、怖い。サリア、助けて。あなたの仲間が狙われていますよ」
「ああ、クローリス。守ります。守ります。今度こそ」
ぼう、とその体に青い炎がまとわりつく。
「今度こそ? いいえ、私は守ってきた……壊れたことなんてない、ないのに、絶対、護る、守ってきた……」
ぶつぶつとつぶやくたびに、体の炎は強く、青くなっていく。『約束の力』メイメイ・ルー(p3p004460)は、辛そうに表情をゆがめ、しかしその視線をサリアからは外そうとしなかった。
「あなたは、なんとも、思わないのですか……。
仲間、では、ないのですか……!」
苦しく吐き出すように言うメイメイに、クローリスは目を細めた。
「わたくしに仲間はいませんよ、めぇめぇ娘。あなたたちと違って」
「……許せない、等とは言いません。
きっと、あなたに、わたしたちの気持ちも、言葉も、届かない。
……わたしが、できることは。約束を果たすことだけ」
「その約束とやらも覚えていませんよ、その子は」
「だとしても……わたしは、わたしに、嘘をつきたくない、です……!」
「なんでこう、どいつもこいつも綺麗ごとなんでしょうね。
もう少し肩の力を抜けばよいのに」
「御主はもう少し正道を歩んだほうが良いぞ」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が淡々と告げた。
「まぁ……もう手遅れか。
魔に堕ちたものを祓うが仙狸厄狩が務め。
それが遠い異界であろうと変わらず。
私はそのように生きてきた。
これからも、今も、そうするだけだ。
厄よ。魔よ。恐れ、畏れ、虞よ。
私は汝らが大敵ぞ。猫がネズミを食う様に、厄を喰らうが我らが仙狸」
「余所に来てまで仕事熱心なこと。
ま、そのお仕事も、今日でお暇を差し上げますわ」
「……きますね」
『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)が、静かに声を上げた。ゆっくりと、体に力を入れた。呼吸。息を吸い込む。その空気で、自分の体を鋼鉄に膨らませるように。
「イレーヌさん。僕たちにとって、貴方は護衛対象であると同時に生命線です」
「解っています」
イレーヌがうなづく。サリアの権能を押さえているのは、ほかの誰もでもないイレーヌである。もともと敵の目的はイレーヌの暗殺であったが、サリアの全力を押さえている以上、なおのことイレーヌが狙われるは必定であり、そして『護衛対象である』以上に、ローレット・イレギュラーズたちが守らなければならない理由でもあった。
「僕が直掩につきます。いいえ、僕以外にも、ですが。
あなたは必ず守ります。だからこそ、あなたができることに全力を尽くしてください。
でなければ、きっと、勝てない」
「……ご指名誠にありがとうございました――って言ってる場合じゃないな、『司教様』」
カイトが言葉を紡ぐ。
「あんたが封じてくれてるお陰で前よりは『やりあえる』。
そして、この国としても、あんたを失う損失ってのは理解している。だから――。
『その指名に応えられるだけの働き』をするまでだ」
「俺たちを選んでくれたことを、絶対に後悔させない」
雲雀が言葉を続ける。
「俺たちで……それを証明する。力を貸す。だから力を貸してほしい」
「ええ」
イレーヌがうなづく。
「この場にいるのが、貴方達でよかった。
そう、信じています。
そして、人の道を外れてしまったあの魔を。
終わらせてあげるのがせめてもの情けと、私は思っています」
「随分と偉そうね、司教様ともなると」
クローリスが言う。
「まぁ、まぁ、良いのですけれど。
こちらも生意気を言えるほど身ぎれいではありませんし?
ここにきて生かして更生を、等といわれた日には、きっと寒気がして風邪をひいてしまいますわ?」
「そこそこで黙れよ、クソ魔女」
『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が、獰猛に笑って見せた。
「女子会のメンツにしちゃあとんでもねぇ地雷だらけだ。
仲良く恋バナってわけにもいかなそうだからな。
まぁ、仲良しお茶会に俺が呼ばれるわけもねぇか。
航空猟兵が呼ばれるのは、何時だって戦場だ」
構える。ロッドのように、狙撃銃を。
「とはいえ、俺もダンスの心得がないわけじゃあねぇ。
踊ってもらうぜ、クソ魔女サマよ。
大司教サマとは、奴隷市場の騒動で少し話したきりだったが――覚えてもらっててうれしいぜ。
依頼主は必ず守る。だから騎士サマがたの後ろに隠れてな」
「火点け女を逃がせば後が面倒だというのは、古今東西いろいろと言われていることでしょう?」
『高速機動の戦乙女』ウルリカ(p3p007777)が、静かに口を開いた。
「気もそぞろのようですね、火点け女。
後ろに道でもできてるようです」
「さぁて」
ふん、とクローリスが笑った。
「十重二十重、十全に準備はするものでしょう? 特にこの、幻想という国家では。
まぁ、いろいろとご想像なさい。わたくしはその上をいって見せる。
でなくば、この国で好き勝手などできないのですから」
「……ええ。この国はひどい。ひどかった」
フローラが言う。
「でも、今は違います。今は、多くの人たちが、困難に立ち向かおうとしている。
もちろん、すぐにすべてが手を取り合って良い方向に向かっているけるとは思いません。
でも、今は……その一歩を踏み出したはずです。
お父様のように。
クロリスのように。
クローリス。悪しき幻想の残滓は、その炎は、ここで消す。
フローライトの光の名のもとに」
「……やってごらんなさい。
さぁ、始めます、サリア。
『お仲間を守りなさい』」
「ええ、ええ、必ず」
サリアが、壊れた笑みを浮かべた。
「今度は失敗しない」
ぎり、と、その手で巨大な剣を握る。ざりざりと地をこすった剣先が、青い炎を巻き上げた。それが、剣にまとわりつき、強烈なプレッシャーとなってイレギュラーズたちにのしかかる。
「……前よりも熱く、前よりも冷たく、前よりも壊れたな」
ブランシュが言う。
「なんて――ちぐはぐだよ、サリア」
メルナが、少しだけ悲しそうに、そういった。
「メイメイちゃん。
あの子は、私が終わらせる。
手伝って」
「はい」
メイメイがうなづいた。
「約束です、約束です、サリアさん。
今は『仲間』が居らっしゃる、あなた。
今度こそ守り抜いて、下さい。
……恨んで、呪って、怒りをぶつけてくれていい。
わたしは、貴女を受け止め、ます」
ざ――と。
風が吹いた。
それは、サリアの炎が巻き起こした、熱風だったのだろう。
いずれにしても、それが開戦の合図となった。
だん、と、サリアが走り出す。
「一手はとられる」
ブランシュが言った。
「奴は俺より速い。
だが、『それがどうした』。
俺たちは、それでも強い。俺たちなら、対応できる」
「そういうの、僕の柄じゃないですけど」
ベークが言う。
「今は空元気がてらに言っておきますか。
そうです、僕たちは強い」
「来なさい、サリア」
ウルリカが言った。
「受け止めます。あなたの、燃えてしまった愛の心」
強烈な炎が、青い憤怒が、イレギュラーズたちを飲み込むように振るわれた。その一撃をこらえながら――。
一気! 踏み出す! 戦場へと!
さぁ、武器をとれ! 勇気を胸に、決意を心に、信念を刃に!
本当のフィナーレを、踊れ! イレギュラーズ!
●炎、消ゆる
ねえ、あなた。愛しいあなた。
あなたにもらったリングは、ずっと胸で輝いているの。
あなたを守れて、あなたと一緒に入られて、幸せだった。
でも、どうしてでしょうか。
あなたの
顔
が、
思い出
せな
い。
一秒ごとに崩壊していく。
サリアの内面が、ルクレツィアの権能によって増幅された魔が、加速度的にサリアの心の内を燃やし始めていた。
もとより、憤怒。
すべてを燃やし尽くす、ホムラミヤの眷属。
憎悪と絶望と憤怒によって燃える彼女の魔は、増幅されれば己の身の内を焼くほどの、恐ろしいもの。
「それでも、受けた」
メルナが、声を上げた。
「それでも、それでも、それほどまでに――」
メイメイが、言った。
苛烈な炎が、イレギュラーズたちをたたいている。憎悪。悲鳴。憤怒。悲憤。涙。咆哮。愛。心。ありとあらゆるもの。
サリアを構成するありとあらゆる感情が、まるでバックドラフトの炎のようにたたきつける。激痛は、サリアの内面を焼く激痛が、伝播するように、イレギュラーズたちの体を焼いた。
「めちゃくちゃですね……!」
さすがのベークも舌を巻いた。最高峰の防御性能を誇るベークであったが、相手は狂気の魔である。攻撃力もそうであるが、その恐ろしいほどの執念は、ベークの精神を削るほどに苛烈だ。
「ベークさん、ご無理は……!」
とはいえ、ベークは己に課せられた使命を十全に果たしていた。イレーヌは守れているのだ。そこは称賛に値するだろう。
「はっはっは……これなら、まだまだいけますよ」
おどけるように、ベークは言って見せる。
「何に代えても守って見せますとも……あ、でも攻撃は苦手なので数に入れないでくださいね」
苦手というよりは、守ることに全力を尽くしている状態だ。無論、ベークの仕事はそれでいい。
一方で、クローリスをフリーにするわけにはいかない。クローリスとこの時相対していたのは、アルヴァである。
「こんな離れた場所に居ないで、少し俺と踊ろうぜ?」
打ち込まれた狙撃銃の銃身を、クローリスは扇で打ち払って見せた。鉄扇などではない。シルクの上等なものだ。おそらく相当の魔力を籠められ、そこらの剣よりはよっぽど固いに違いあるまい。同時に、クローリスは真っ赤な灼熱の炎を、扇の先端から鞭のように振るった。
「近寄る下郎を払う程度のすべはもっております」
上品に、毒のように。クローリスは冷たい目を向ける。
「しかし、あなたはずいぶんとダンスが下手ですわね。
懸想している女性はおります?
そんなのでは実りませんわよ」
「余計なお世話だ。あいにく、俺にかかわる女は、ダンスの経験がないだろうな奴らばっかりでね!」
炎の鞭がその身をたたくのにもかまわず、アルヴァは肉薄することをやめない。
「そうだ、ダンスを教えてくれよ。マンツーマンでな。
お前の相手は俺一人で十二分に事足りる」
「ふん……」
クローリスがその炎の扇をふるう。激痛とともに、体をむしばむ魔がその身を襲ったが、アルヴァはすぐさま回復術式を展開して、魔を振り払った。
「やってやるさ……最後まで、踊り続けてやるよ」
業火。紅と、蒼。激情と狂情。あるいは、熱の炎と冷たい炎か。いずれにしても、明確に世界に害をなす炎は、この時、大聖堂を燃やし尽くさんばかりに燃え盛る。
イレギュラーズたちを焼く、炎。それは、心の内より生まれ出た、なにかとても恐ろしいものであろうか。
欲か、怒りか、あるいはもっと深いものか。ともあれ、それら炎が描く烈傷は、深く深く、勇者たちの体に刻まれていた。
「メルナさんはお前の友人だそうだね。
お前が聞くべきは、原罪の呼び声じゃなく彼女の声だったんじゃないのかい。
孤独でも何でも無く、寄り添ってくれようとする人がいたんじゃないか。
なのに、彼女にお前と同じ痛みを味わわせるつもりかい?」
雲雀は言葉を紡ぐ。しかし、その足を、手を、止めることはない。止めた瞬間、待っているのは苛烈な青き炎による焼死に違いないのだ!
「私の、仲間を、奪おうとするのなら……!」
そう叫ぶサリアに、かつての冷静さはない。いや、メルナが考えてみれば、かつて、人間であった頃の、ある種クールであったその姿ともちがっていた。まるで、幼児退行し、宝物を守ろうとする子供のようでもあった。権能の力が、彼女の内から破壊しているように感じられた。それはあまりにも悲しい。
「メルナさんもメイメイさんもお前と真正面から向き合っている。
なのに見もしない……これまでの所業の何よりも俺はそれが許せない。
ああ俺にお前の心はわからないさ、
けど俺たちの想いもお前にはわからないだろう!
彼女たちを見ろよ!
喪った仲間の幻じゃなく今ここでお前に手を伸ばしている人たちを!!」
叫ぶ。叫ぶ。ああ、ああ解っている。届かない。その声は届かない。彼女の瞳は今、世界を映していない。幸福な悲しい幻想の中に沈む彼女を、しかし雲雀の心の内に浮かぶのは嫌悪だった。
「ああ、解ってる……届かないんだ。さんざん好き勝手にして、その結果がこれで……何が……何を……ッ!!」
爪弾く指先が、絶対零度の紅の矢を放つ。
「言ったはずだ、世界は呪わせないと……ッ!」
放つ紅の矢が、サリアの左腕を貫いた。ばぎばぎと音を立てて、周辺の空気が、サリアの血が、凍り付く。
「や、ら、せ、ない」
吐き出すように、サリアは叫んだ。
「守る、守る、守る守る守る、今度こそッ!!」
「勇敢な女戦士、しかしそんな意識では、女ベルセルクにすぎませんね」
ウルリカが突撃した。反射的に放たれる青い炎に身を焼かれながら、しかし光剣を構え、果敢なる突撃!
「私はあなたが少しだけ羨ましい。
仲間が大切だったのでしょう? 狂ってなお意識の芯に残るほどに。
それは愛であったはず。私が未だ見いだせない感情。
だから、私は、時に狂える程の感情を仲間に抱いたあなたが、羨ましい」
貫く――光剣。刃が、サリアの腹部を貫いた。ぶつ、としみだす血を止めるように、青い炎が傷を焼きとめる。
「もう、誰も、奪わせない!」
泣き、叫ぶような声だ。ウルリカが、わずかに息をのんだ。あまりにもうらやましいほどの、狂えるほどの友愛だった。
「ああ、ああ。
きっと、この気持ちは。
胸に浮かぶ、この気持ちは。
悲しい、というものなのでしょう」
それが、ウルリカにとっての感情だったのかはわからない。
ただ――わずかに、熱くなる瞳は。
サリアが、雄たけびとともに刃を振りぬいた。ウルリカがとっさに飛びずさるが、追いすがるような青の炎は、ウルリカの体を焼き、吹き飛ばした。
「イレーヌ、すまんが回復支援を恃む!」
汰磨羈が叫ぶ。
「フローラもだ! 背中を任せる! 残りのメンバーは、一秒で早く奴を無力化するんだ!」
イレーヌの力も借り、フローラが回復術式を編み上げ、仲間たちの傷をいやす。例え敵の攻撃が苛烈を極めていたとしても、ここで踏みとどまるという決意と勇気が、フローラの力になり、そして仲間たちの力となっている。
「サリアさま! わたし達と、向き合っていただき、ますよ……!」
メイメイが叫んだ。血を吐くような思いで、もうこちらを見てもいない彼女へ。
「あなた……また! 私の仲間を殺すつもりで……!」
ぐちゃぐちゃになった思考が、サリアに意味不明な言葉を吐かせた。それが胸を刺す思いを感じながら、メイメイが踏み込む。
「……ええ、ええ。わたしが、あなたの仲間を殺します。
あなたを、殺します。
そうでなければ、あなたの地獄が終わらないのなら……。
いいえ、いいえ。きれいごとではありません。
わたしは、あなたの幸せを、壊すのですから。
わたしは、もう一度、あなたの心を、壊すのですから。
……そう、約束、したのですから……!」
樫の木でできた杖をふるう。
りぃん、と、導く鈴のような音がしたのは、気のせいだろうか。
その杖からはなたれた魔力が、サリアを打ち抜いた。四象の力が、サリアを縫い留める。
「止めないで、止めないで、私を」
貫くような叫びが、メイメイの耳朶を、心を、突き刺した。
「だめです。
だめ、です。
だめ……です……!」
もう一度、杖をふるう。再びの術式が、サリアの体を貫いた。圧迫されたような、痛み。苦しみのような、喘ぎ。
炎が、最も燃え盛る瞬間。
それは、周囲の酸素をすっかりと吸い取って、息ができなくなるほど苦しくなったその瞬間。
すべて燃やし、燃え尽きる寸前の刹那――。
「奔る、ぞ」
ブランシュが言った。
「奴の全力はここからだ!」
叫ぶ。
だん、と。
サリアが足を踏み込んだ。
凶暴に燃え盛る炎が、空間を、世界を、空気を、呪い、焼く様に、奔った。
ごう、ごう、ごう、と、青い炎が燃え盛る。
吸い込む息すら灼熱で、肺腑からその体を焼き尽くすような感覚。
燃え盛る寸前の炎。
背水の絶炎!
その濁った瞳と、メルナの瞳が交差した。
「ああ」
メルナがつぶやく。
「憎悪で壊れて……壊したい世界すら碌に見えずに、幸せな夢だけ見て。
……私が中途半端なら、貴女はちぐはぐだ。そうじゃない?」
言葉は届かない。
知っている。
あの時とは違う。
「ねぇ。私はどうすればいいと思った?」
刃を構える。炎が迫る。青が。
「私は貴女の怒りを知らない。
憎悪を知らない。
けど、痛みと絶望を知ってる。独りになる痛みと絶望を。
……そんなどうしようもないモノで、通じ合ってしまったから」
「私は、一人じゃ、ない」
否定するように、サリアは叫んだ。
ああ――きっと、あの時とは真逆。
「私は、足を止めた」
「私は、止まらない!」
「お兄ちゃんは私を守って死んだ。
死にたくても……そうしたら、お兄ちゃんの死が無駄になる。ただ、絶望して止まるしかなかった」
「私、は!」
「停滞せずにいた貴女を、羨ましいと思うよ。けど多分、お兄ちゃんに守られて生きた私は、その在り方でいられなかったろうから。羨ましくても、認められないんだ」
メルナが、刃を。
サリアが、刃を。
大切なものを失って、足を止めて、みることをやめた/世界を呪い、見ることをやめた、
二人が。
「終わらせよう」
「あ、あああああっ!」
斬、撃。
二つの、刃。
結論から言えば、メルナがサリアの活動を止めることはできていない。
メルナの刃は、サリアに突き刺さり。
サリアの刃は、メルナに突き刺さり。
されど、お互い、足を止めること能わず。
激痛が、メルナの意識を世界につなぎとめる。
もう何も感じぬ心が、サリアの意識を理想の中につなぎとめる。
サリアが、ぐるり、とその身をひねった。
刃が、メルナの首を、狙い。
止まった。
ぶつけられた、それは。
仲間の首。
サリアは、そのように認識した。
「オリオスのコアだ」
ブランシュが言った。
「ああ、ああ、ひどい戦法だろう。姉妹の魂を、俺は囮につかったんだ。
オリオスなら喜んで使ったような戦法だろうよ」
それは、サリアの注意を、一瞬だけ引いた。
一瞬。転がっていた、仲間の首。それが、瞬く間に、『愛しい彼』の首になって、そのうち心の中で整合性を保つために、よくわからないものとして塗りつぶされた。
それが一瞬。
その一瞬。止まればよい。メルナが再度、刃をふるう。斬撃が、サリアの胸を貫いた。
「あ」
サリアが、呻く。
「あ、う」
炎が
消える。
消えていく――。
「ちっ――!」
クローリスが舌打ちをした。炎をふるい、アルヴァを振り払う。
「は――今更気づいたかい」
アルヴァがわずかに表情をゆがめつつ、飛びずさった。
「足止めをされていた!」
クローリスが忌々し気に叫びつつ、後方へと飛びずさろうとした。
「させるか!」
汰磨羈が叫ぶ。刃をふるう。
結界が、クローリスの足を止めた。
絶斬の一撃が、クローリスを狙う。
だが、次の瞬間に発生したものは、この場にいる誰もが予測し、しかしただ一人だけがまったく予期せぬ事象であった。
汰磨羈の刃の前に立ちはだかったのは、サリアである。
「ああ」
汰磨羈が、悲しそうな顔をした。
「御主なら、そうするだろうさ」
斬撃が、サリアを切り裂いた。
炎とも、血ともわからぬ、赤いものが、噴き出した。あるいはそれは、命、であったのかも、知れない。
「サリア……!」
メルナが、激痛をこらえながら叫んだ。
「あ、あ……!」
メイメイが、その瞳を見開いた。
「まも、れた」
サリアが、ふ、と笑った。
「まも、れた。私、守れた……」
とさり、と。
蒼き炎が倒れ伏す。
からん、と、胸のネックレスが、それに結ばれたペアリングが転がった。
サリアの瞳の前に、それが、ある。
ぼう、と、青い炎を上げて、リングが燃えてきえた。
「守れた……今度は……守れた……」
ぼう、ぼう、と、その体が青い炎に包まれた。限界をきたした体が、うち寄りの間に耐えられず、崩壊して消えた。
「は、
あ?」
クローリスが、あっけにとられたような声を上げた。
理解ができぬ、という表情だった。
「いや……な、に?
何を、して?」
まったく、理解できぬことであった。
それは、彼女がおそらく、まったくの他者から与えられた、無私の行動であったのだ。
「――馬鹿なんじゃないですか?」
クローリスが、表情をゆがめた。
「つくづく――最期までイカれた女。
あなたの自己満足に、わたくしを利用しないでくださいませんか。気持ち悪い」
「言いたいことは」
カイトが、吐き出すように言った。
「それだけか」
「ほかに何を? ああ、有難う、愛していますわ! あなたの献身に応えて長生きします! とでも叫べば?
ああ、だったら痛み分けということで。ここで終わりにしません?」
あくまであざけるようなそれは、吐き気を催すような邪悪である。
「ああ、ああ。本当に、お前というやつは」
カイトが、その手をふるえんばかりに握りしめた。
「何か、わたくしがここで改心したり、悔い改めたりすればご満足?
ごあいにく様。わたくし、生まれた瞬間から死ぬまでこうですので」
「それから逃げた先に、あなたの輝かしい未来はありませんよ」
フローラが、言った。
「いえ、どこにもない。
そういう選択をしてきたんです。
あなたが、生まれてから死ぬまでそうであるのならば。
それで、いいのでしょう。
私は――その悪性をうちます」
「正義面を」
「分かっちゃいますか?
ええ、今、私は――そういうものより。
ええ、ええ、また『はしたなく』いきます。
頭にきて、ムカついてしょうがない」
「へぇ?」
クローリスが、あざ笑う。
「お仲間の後ろに隠れて、ぴぃぴぃと泣きながら、しなないでしなないでー、とわめいているだけのあなたに、なにかができると?」
「やって見せます。
隠れるだけの私はもういない。
私が持てる全ての輝きで、目を逸らさせない。
あなたが踏み潰し損ねた虫けらは、今これだけ輝いている」
「やれ」
ブランシュが言った。
「フィナーレだ。今、この瞬間は、お前たちの舞台だ。
道は整えてやる」
「やれやれ、少し楽になったのはいいことですけど」
ベークが言う。
「あんまり長くはもちませんからね。一気にお願いします」
「あの女をここから逃がすつもりはねぇ」
アルヴァが言った。
「ここで仕留める。絶対に。絶対に、だ」
「……まぁ、怖い怖い」
クローリスは、余裕を崩さない。
油断でも、侮りでもない。
それだけ、イレギュラーズたちは、サリアとの戦いで消耗していたし、クローリスはいまだ健在である。
勝ち抜けるだけの自信は、クローリスにもあった。
「――」
メイメイが、ゆっくりと構えた。
言葉は紡がない。
言葉を紡ぐ相手はもう。この場にはいない。
「あなたは、尊敬には値しません」
ウルリカが言う。
「ここで潰えてもらいます」
「ええ、精々無駄なあがきをどうぞ」
クローリスが、その扇をふるった。
焦熱地獄の炎が、大聖堂を嘗め尽くす。
その爆風を切り裂いて、イレギュラーズたちは――奔る!
「逃がすな、隙を作るな!」
汰磨羈が叫んだ。
「あの厄を祓う! あの魔を打つ!」
「やって見せなさい! バケネコが!」
汰磨羈が刃を振るって、爆炎を振り払う。
「進め! 行くんだ!」
雲雀が叫んだ。
爆炎にさらされながら。
爆炎を切り開きながら。
進む――。
先へ!
「クローリス……!」
フローラが叫んだ。手を、掲げる。
刃が。それは、フローラの家族が持っていた、刃。
――ああ、お恥ずかしいのですが
そう、クロリスが、家族が言っていたのを思い出す。
――私は、武芸の類はからきしだめで。それでも、一応、護身用というか、剣はあるのですが。
それが、彼女の持っていた、剣。恥ずかしそうに、それを見せてくれたのを思い出す。
――いつか、この剣が、お嬢様を守る日が、来るのでしょうか?
そう。言ったことを。
「今……借ります……!」
そう、叫び。
魔剣を、解き放つ!
どん、と。
クローリスの、体を、それが貫いた。
「あ」
クローリスが、声を上げる。
「あああああっ! ああああっ! くそっ、くそっ……!」
がふ、と血を吐き出して、クローリスが体をふるった。断末魔のように、その腕を振るう。苛烈な炎が、フローラを打ち払った。だが――一撃は、それで、良い。思いは通した。勇気は示した。
フローライトは輝く。これまでも、これからも。
「カイトさん……!」
片膝をつきながら、フローラが叫んだ。
「逃がさないで……!」
「ああ」
カイトがうなづいた。
「逃がすかよ、毒婦。お前は此処で、仕留める」
ばちん、と。指を鳴らした。
クローリスの体が、箱状の結界に閉じ込められる。
「……」
ぎ、と、クローリスが奥歯をかみしめた。
「……くそめ」
「は。
それが最期の言葉か。
お前にぴったりな言葉じゃあないか」
ぐ、と、カイトが、その手を握り締めた。
同時、結界の中の温度が極寒のそれへと変わる。同時に、ばちん、と、結界内部で赤いものがはじけた。それがなんであるのかを、語る必要はないだろう。
「……なんだか、あっけないものですね」
ベークが言った。
「……悪い人の最期なんて、そんなものでいいんだよ」
メルナが、かぶりを振った。
「皆様、大丈夫、ですか……?」
メイメイ自身もボロボロになりながら、尋ねる。
「とくに、イレーヌ様は……」
「ええ、私は」
イレーヌがかぶりを振った。
「皆様、本当に……」
「構わないさ」
アルヴァが言う。
「仕事、だからな」
「……ええ。これが、私たちの、役割ならば」
ウルリカが、つぶやいた。
戦いは終わる。
炎舞い踊る大聖堂に、火は墜ちて。
今は、ひと時――静かに。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
二つの炎は墜ち、魔は祓われました。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
イレーヌ・アルエを守りつつ、二つの火を消す作戦です。
●成功条件
イレーヌ・アルエが生存している状態で、全ての魔種を撃破する。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●状況
ルクレツィア麾下の魔種たちによる、幻想一斉攻撃が開始されました。
彼の陣営に属するクローリス・ウラグラス。そしてサリアは、ルクレツィアの命を受け、イレーヌ・アルエ暗殺作戦を実行します。
首都が混乱に陥る中、良識派の貴族と協力し、一般市民の保護を行っているのが幻想中央教会です。そのトップであるイレーヌが死すれば、その指揮系統は混乱に陥るでしょうし、今後の中央教会の力も低下。貴族と渡り合える市民側の力の一角がそがれれば、後々市民たちの生活に暗い影を落とすことになりかねません。
イレーヌは、あらかじめ危機を察知し、皆さんをすでに呼び寄せていました。というわけで、イレーヌ襲撃のその瞬間、皆さんは現地に到着したことになります。
戦場は、幻想中央教会大聖堂。戦闘ペナルティなどは存在しません。戦闘に注力してください。
●敵NPC
『炎薔薇の魔女』、クローリス ×1
お嬢様然としたいでたちの赤の魔女。本来は裏方担当を好みますが、当然のごとく魔種なので戦闘面でも充分強敵です。
反応速度はやや遅めですが、その分高いHPや攻撃力を持ち、主に遠距離から苛烈な攻撃を繰り出してきます。
BSとしては、『火炎』系列や『毒』系列の付与による攻撃、『足止め』系列や『乱れ』系列を広範囲に付与してのサリアのサポートなど、いろいろとデキる女です。
ルクレツィアへの忠心は持ち合わせていないので、適当に仕事をこなしたら逃げるつもりでいました。
なので、不利を悟れば逃げる可能性は十分にあります。警戒を怠らないようにしてください。
『壊炎の濁青』、サリア ×1
身の丈に合わぬ大きな剣を、膨大な蒼き炎の魔力で身体強化を行い振り回す、スピードとパワーを兼ね備えたアタッカー。
異常ともいえる高い素早さで前線をひっかきまわしつつ、強烈な一撃を加えてくるでしょう。
今回のサリアも、ルクレツィアの権能、『増幅』を受けており、非常に強力な存在になっています。追い詰められた際の『背水』を用いた攻撃や『復讐』を持つ攻撃も健在。
なお、増幅の副作用でメンタル面が完全に壊れており、彼女の心はかつて、仲間たちとともに戦った時代を見ています。なので、ことさらに仲間であるクローリスを守ったりします。ここで滅してやるのが、せめてもの救いです。
『神よ聞け、我が絶望の声(エーヴィッヒ・ブラウフランメ)』 ×0~???
サリアから漏れおちる絶望の青い炎が、ルクレツィアの権能、増幅を受け形となって生み出された軍勢です。性能はマイルドになったサリアの様なもの。
現在、イレーヌの力で押さえつけられており、出現できません。が、イレーヌが何らかの理由で(例えば戦闘不能になるなどで)その力を行使できなくなった場合、一気に噴き出し、大量の増援という形で出現することになります。
そうなるとほぼ勝ち目はないので、イレーヌは成功条件の達成以上に、しっかり守ってやる必要が出てきます。
●味方NPC
イレーヌ・アルエ
ご存じ幻想大司教。民と権力の橋渡し的なポジションで、強かながら善に属するタイプ。
彼女が死亡すると、あらゆる面で問題が発生するため、必ず守ってやってください。
強力な聖術師ですが、今はサリアの力を抑えることに全力を注いでいるため、簡易な回復魔法によるサポートくらいしか行えません。守ってあげましょう。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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