PandoraPartyProject
怒髪天
「ああああああああああ! ふざけやがってよお!」
広大なる覇竜領域の一角。半裸の大男が、石の台座を殴りつけた。
巨大な竜が立つためにと長らく整えられてきた頑強な台座は、その一撃で放射状にヒビがはしり、がらがらと崩壊していく。
衝撃はそれに留まらず、周囲をビリビリという空気の振動とプレッシャーでいっぱいにする。
それをうけ、強大な亜竜たちは身を震わせていた。
無理もないだろう。
彼らがひれ伏す相手こそ、覇竜領域における力の象徴であり練達や深緑を恐怖に陥れた六竜がひとつ。
『霊喰晶竜』クリスタラードなのである。
その恐怖にして絶対の対象が怒り狂い、己の台座を粉砕しているのだ。このプレッシャーをぶつけられたのが常人であったなら、今頃泡を吹いて気を失っていることだろう。
怒りの原因は明らかだ。
彼が己の回復と強化のために必要としている七つの水晶体。そのエネルギー源が途絶えかけているためだ。
異なる七色のクリスタルの中には極々僅かな数の人間が詰め込まれ、彼らは生命エネルギーを吸われきって骨と皮だけになっている。それでもまだ足りないのか、骨すらもちりちりと少しずつ吸い取られていた。
幾度か台座だったものを殴りつけ粉々にしたクリスタラードは、ゆっくりと顔を上げる。
それに伴って、連塔の集落ブラックブライアの管理亜竜ブラックアイズは慌てて視線を足元へと下げた。人間形態をとるクリスタラードに比べれば圧倒的に巨大な鴉型亜竜のブラックアイズだが、先ほどの拳をくらえばおそらく一撃で重要な骨を粉砕されてしまうだろう。
それは洞窟集落ホワイトホメリアの管理亜竜ホワイトライアーも同じである。人を丸呑みにできるような大蛇型亜竜も、小刻みに震えながら自らにその怒りが向かないよう祈ることしかできない。
「お言葉ですが……」
そんな中で口を開いたのは、廃都集落ヴァイオレットウェデリアの管理魔種、超越者ヴァイオレットであった。
幼く美しい少女の姿をした魔種。戦士が束になってかかってもなぎ倒し喰らい尽くす暴虐なる魔種。けれど、その声はやはり震えてたものだ。
溶岩集落レッドレナを管理する人型亜竜バルバジスも、小声で「よせ」と超越者ヴァイオレットに呼びかけた。
だが、発してしまった声をなかったことにはできない。
「あ?」
声は短く威圧は強く。クリスタラードの目がぎょろりと超越者ヴァイオレットへ向く。
頭を垂れたまま、超越者ヴァイオレットはできるだけ早口で述べることにした。
「ローレットのイレギュラーズが各集落を攻略しはじめ、もうかなりの月日が経っています。彼らの狙いはエネルギー源である人間(亜竜種)の離反と離脱。その計画は、もはや達成し終えたと言ってもいいでしょう」
海底集落オーシャンオキザリスの巨大魚型管理亜竜アリアベルが、宙にふわりと浮いた状態でありながら素早く顔を背ける。
そう。彼らの役目は各集落を『人間牧場』として管理し、クリスタラードへ定期的にエネルギー源となる生贄を献上すること。
だがオーシャンオキザリスに至っては、ローレットによって管理システムそのものを破壊され確保していた人間全てを失ってしまった。何十人という生贄を要求したクリスタラードに対して、アリアベルが出せた生贄は恐るべきことにゼロ人であったのだ。
そこへ来れば、密林集落イエローイキシアの虫型管理亜竜ヘラクレスは強かだ。自らに服従する部族を確保し、その中から充分な数を今回の生贄として差し出したのだから。
だが……次はないだろう。密林に点在する各部族のうち半数以上が離反し、今や自らに忠誠を誓う部族との間で内紛状態にある。こちらは生贄を差し出すため数が減っていくのだから、時間をかければ敗北し生贄が尽きるのは自明であるのだ。
ゆえに。表情の伺い知れぬその巨体を、ただじっと固まったように動かさない。
かと思えば、高原集落グリーンクフィアの獣型管理亜竜ベルガモットの様子は静かだ。強い精神作用のある花によって人間を管理し安定供給を実現していたグリーンクフィアは、その花すべてを燃やされたことによって集落そのものを破棄するはめになったというのに。
だからだろうか。ベルガモットが額にある第三の目をキラリと光らせ、テレパシーによって語りかける。
「これより、ローレットに奪われた人間達の奪還作戦を、あるいは、最大の障害の排除を行います」
「そうです。取り戻せば済む話。次こそは――」
話を続けようとした超越者ヴァイオレットの顔面に、クリスタラードの拳がめり込んだ。
それまでの動作が全く見えないほどに速く、そして決定的だ。
ぐぶ、というくぐもった声と共に部屋の岩壁に叩きつけられ、放射状のヒビをいれ地面へと転げ落ちる。
人間であれば即死して然るべき陥没と破壊だが、超越者ヴァイオレットはそれを素早く再生させ、そしてげほげほと咳き込みながら地に両手をついた。
「いいから、やれ」
クリスタラードの表情は怒りに満ちていた。
いや、それだけではないかもしれない。
練達への侵攻の際に大きく消耗したクリスタラードは、その回復のために大量の生贄を各集落の管理者たちに要求した。これまでの供給量をはるかに上回る数に管理者たちは苦労しながらかき集め、しかしその隙を突くかのようにローレットにかすめとられていった。
「またローレットか……」
チッと舌打ちし、背を向けるクリスタラード。
「生贄どもを取り返せ。でなきゃあ、次に生贄になるのはテメェらだ」
「はい……」
誰からともなく、服従の声があがる。
クリスタラードは翼を広げ、みるみる空の彼方へと飛び去ってしまった。
管理亜竜たちはそれぞれの顔を見て、未だに残った恐怖からくる震えに首を振る。
「私達には、もう、あとがありませんねェ……」
白い大蛇、ホワイトライアーの呟きは皆の気持ちを代弁するに充分だ。
ローレットから、奪われた『人間(かちく)』たちを取り戻す。
それができなければ、滅びるのは自分達なのだ。
霊喰集落アルティマの各集落にて、一大作戦が決行されます!
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