PandoraPartyProject
大山鳴動
「お立ちになるべきです」
そう言ったダヴィート・ドラガノフは年齢相応に理想にも燃え、職務にも精力的な男である。
一言で言えば『青年将校らしさ』に満ち溢れた、でいいだろうか。彼は生まれも育ちも首都スチールグラードの鉄帝国民だ。己を強く育んだ鉄帝国の風土を愛し、祖国に忠誠を誓っている。飢えと寒さに苦しむ弱き人々を心から案じており、いつか豊かな土地を得て貧困を解消することを夢見ている。
「いえ。言い方を変えましょう。閣下は『立たねばなりません』」
そんなダヴィードにとって長らく続いた前帝ヴェルスによる統治は気に入らないものでは無かった。
ヴェルスは鉄帝国歴代の皇帝よりもずっと民衆に寄り添っていたし、融和的であったからだ。無論、鉄帝国らしい荒っぽさもない訳ではなかったが、元より祖国を愛し、肯定する彼はそれを否定する立場には無い。
しかしながら、南部戦線――幻想にとっての北部戦線だ――を主戦場とする軍人の一人としてはそれはあくまで『次善』の判断であった。彼が本当に戴きたいのは、上に立つべきだと思い続けていたのは彼の進言を受け、困った顔をした『閣下』の方である。
(……黒鉄の守護神の名に一つの間違いも無かったのだ。
皇帝が敗れたのであらば、次が無いとも言い切れん。
ならば、ゼシュテルが戴くに相応しい人間が他の何処にいる?)
急進的なダヴィードの言は実際、帝都より齎された衝撃に揺れる南部戦線における主流意見であった。
ヴェルスが鉄帝国最強の個人だとするならば、ザーバ・ザンザは最強の軍人である。
もう一人、ガイウスを加えた三つ巴は互いに直接対決を果たすというドリームマッチの実現こそ果たしてはいなかったが、それぞれの信望者は己の王こそ『最強』と確信している。
現実に悪夢めいた戦況を何度も塗り替えたザーバに現場の兵達が心酔するのは当然の事だ。
「積極的に反逆せよ、と申し上げる心算はありません。
閣下の常からの意向も百も承知しておる心算です。
しかしながら、ことこれに到っては義理を尽くす相手さえおりますまい。
我々が手をこまねけば、守るべきゼシュテルの民にどれ程の危害が加わるか……
閣下におかれても、『鉄帝国の守護神』として、それは本意に沿わぬ事となりましょう」
援護したのは名門の家柄のみならず戦場で挙げた実績から『要塞卿』の名で呼ばれる男である。
従軍、配属の時間が長い事からディートリヒ・フォン・ツェッペリンの言葉はダヴィードより重い。
「うむ……しかしこれは、弱るな」
戦場においては弱った事もなく、相手を呻かせた事しかないザーバが難しい顔をして小さく唸った。
「我々は鉄帝国最強の精鋭です。そして貴方は事実上の『辺境伯』だ。
外敵以上に、内が信用出来ない状況になったなら――高度に政治的な判断であろうとも行う必要がある。
この混乱に南部軍事力をどう使うかはゼシュテルの命運を左右すると言っても過言では無いでしょう」
全身に鋼鉄の鎧を纏ったアルケイデス・スティランスは言うなれば『機械仕掛けのケンタウロス』を思わせる風貌だ。
「御命令頂ければ全て私が任されましょう」
精強揃いの南部戦線の中でも特に個人の武勇に優れるとされている男で、敵味方から誰より勇壮な戦士と畏怖されている。
(……出来れば何事も起きず、寝て起きたら陛下が戻っていてくれると有難いのだが……)
……その内面が実は全然そんな感じでない事は限られた人間の中だけの秘密だが、実際の所優秀な戦士である事は間違いないし、今回の混乱を良く思っていないのも確かである。
「多かれ少なかれ多少の違いはありますが……意見は大体同じですよ、閣下。
つまり、俺に逃げ道を見出してもそれは『無駄』です」
集まった士官の中で最も冷静そうなゲルツ・ゲブラーだったが、彼は助け舟を期待したザーバの期待を一撃で斬り捨てた。
「閣下が生涯一軍人たる信念をお持ちなのは皆承知です。だが、事態は『そういうレベル』を超えている。
我々は祖国に愛する、忠勇の鉄帝国軍属として『何が何でも貴方に立って頂く義務がある』。
……そして、同時にね。貴方自身、そうしなければならないと理解している筈だ。
一言でそれを断っていないのは、その証左ではありませんか?
お気持ちは察しますが、考慮はいたしかねる。今回ばかりは閣下の『我儘』は聞けぬのです」
元より極めて政治的にも重要なポジションであるザーバが『嫌いな事』を避けてこられたのは、その人望と能力故である。
彼の麾下にある面々は似たような事を考えながらも『我慢』してきたのだ。
ザーバがヴェルスを支持する以上は、彼がそれを望んで居ない以上は……
されどヴェルスは今は無く、新皇帝は到底看過出来る人間ではない。ならば、これらの結論は単なる必然としか言いようがない。
「……ふぅ」
大きな溜息を吐き出したザーバは暫しの時間も置かず「分かった」と頷いた。
「おお……!」
思わず声を上げたディートリヒに釘を刺すようにザーバは言う。
「但し、この混乱が収まった時、俺が託すに足る相手が居るのなら俺は支えるに戻る」
ダヴィードは苦笑したが、それが最大の譲歩だろうと考えて何も言わない。
「それからもう一つ」
「……?」
「『もし、ヴェルスの奴が生きていても同じ事だ』。
お前達は負けた奴にと言うかも知れないが――常勝無敗は必須ではない」
「ですが、閣下は――」
一度も負けた事は無い筈、と言いかけたダヴィードにザーバは冗談めいて言った。
「――若い頃にな。酒場の喧嘩で負けた事がある。俺も別に無敗じゃあない」
口をへの字にしたダヴィードはからかわれたと思ったのだろう。
しかし、ザーバの言は嘘ではない。その男の名を『ブランド』というのは唯の余談なのだけれども――
※『新皇帝』バルナバス・スティージレッドの『勅令』にゼシュテルが揺れています!
※アーカーシュでの戦いが終わりました。ローレットは『ラトラナジュの火』を撃つための設備を手に入れました。
※鋼の咆哮(Stahl Gebrull)作戦が成功しました。イレギュラーズの勝利です!
※アーカーシュの高度が回復しました!
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