PandoraPartyProject

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『憤怒』の男

「確かに、多くの人々にとってこれは望ましい事態ではありますまい。
 しかし、緩慢に悪戯に不幸を撒き散らし、この地に住まう民の事を省みない――
 そんな諸悪の根源、崩しようにも崩し難い『帝政』に風穴が開くと言うのなら。
 あの悪帝の戯けた無軌道も――最早、好機とさえ呼べるのではないでしょうか?」
 遠く、観光名所と化したギア=バジリカを望む風景。
 新皇帝バルナバス・スティージレッドの放った衝撃の『勅令』の影響は中央たる帝都に少し遅れて。
 しかし、殆どの間髪さえも置かず、ゼシュテルの不穏分子と見做される『革命派』の拠点にも響いていた。
「真っ当な軍事力で精強なる鉄帝国を転覆させる事は難しかったでしょう。
 しかしながら、軍閥が政治的に『割れる』可能性が高いこの状況ならどうでしょうか?
 一致出来ない各勢力は睨み合い、潰し合い、己が考えと利得の為に動く……
 絶対的な統治者が無い環境は我々に残された僅かな可能性を探る僥倖になるでしょうね」
 ペストマスクを被った男の声はやけに朗々と響いていた。
『まるでこうなる事が分かっていたかのように』確信をしていたかのように響く彼の語り口は集まった革命派の幹部に嫌という程、響いていた。
『ゼシュテルなる侵略軍事大国に平等と正義を質す』という革命派の理念に賛同したという彼は元々は『外』の人間だったが、辣腕と呼べる政治的手腕を持ち合わせており、最近は参謀として重用されていた。元々は崇高とも無謀とも呼べる理念こそ持ち合わせれど、戦略眼と大局観に乏しい宗教団体(クラースナヤ・ズヴェズダー)にドクトリンを齎した彼は国より組織に一足早く訪れた文字通りの『革命』である。
 教団が『教会領』なる人々にとっての安住の地を得る事は決して私欲だけならぬ大義であった。
 少なくとも過激派、穏健派問わず、『正しくクラースナヤ・ズヴェズターの指導層』の本心の中では。
「ああ、ああ……これは、これはどうにも好都合だ。
『どう転んでも勝てない負け試合』がそうでもなくなった……
 ヒヒ、真面目に生きてるといい事もあるんだなあ。こりゃあたまらねぇや」
 ギア=バジリカと聖女(アナスタシア)の一件では責め難くも責めたくもなる――何とも言えぬ立場を取った『闇商人』ハイエナが相変わらず誰かの癇に障る調子で言った。
 ペストマスクの男はハイエナの持つ人脈と調達ルートに注目し、急進派の軍事化を進めた経緯がある。
 理念や正義からは余りにも遠い、どう見ても信仰に厚くも無い、もっと言えば悪人に違いない――
 そんな彼が『幹部面』でここに居る事を嫌う者は多かったが、名よりも実を取らねば革命はならぬ、と断じられれば止むを得ない。
「新皇帝陛下様々だなあ!」
「……決して愉快気に喜びを口にする状況では無かろう。賢し気に都合を語る事もな」
 しかしこの言い様には流石に司祭たるムラトは苦々しく口を挟まずにはいられなかった。
 手段を問える立場ではないが、たとえ誰に謗られようと品性までを売り渡した心算は無いのだ――
「まあまあ……ハイエナ君の物言いは兎も角、です。
 かの勅令で民の犠牲が避け得ないならば我々の行動は常にそれを最少に留めねようとせねばなりません。
 司祭様もその点については異論は無いでしょう?
 ……我々がどう考えた所で、状況は加速を続けているのです。
 ギュルヴィ君の準備があった事は幸いですよ。
 この状況なら教団は少なくとも一つの勢力として動きを取れるのですから」
 取り為すように言ったニコライ・グリゴリエヴィチ・ロマノフスキーは「人を救える事は価値でしょう?」と念を押した。
『若作り』を嘯く四十路の男は実に柔和に、そして有無を言わせぬ調子で場の空気を操っていた。
「それはそうだが」
 ムラトはそれ以上を言わず、ちらりと傍らのアミナを見た。
 ギア=バジリカ事件で呼び声を受けるも辛くも『戻れた』彼女は帝政派のダニイール司教の下で内政を学び、革命派の旗印とも成り得る次世代のリーダーである。
 老齢のムラトは彼女の資質を買い、謂わば後見人のような形で年若い司祭を支える格好を取っていた。
「……」
「……………アミナ」
 ムラトの声にアミナは一つ頷いた。
 ギュルヴィ――ペストマスクにせよ、見るからに怪しげなハイエナにせよ、一見人畜無害に見えるニコライでも同じ事だ。
 勢力を形成する過程で海千山千の集まった教団は魑魅魍魎の潜む伏魔殿如しである。
 様々な思惑を呑み込みながら、そこにある『力』が一つの方向性だけを維持する事は難しい。
 クラースナヤ・ズヴェズダーの『正しい形』はきっと、あの日に――聖女(アナスタシア)と共に折れてしまったに違いない。
 しかし、唇を噛んだアミナは意を決したように口を開いた。
「理想の遂行は、悲願への邁進は――きっと誰かを侵すのでしょうね。
 誰かが苦しみ、私達は救おうとした誰かにさえ憎まれるのでしょう」
 クラースナヤ・ズヴェズダーは無害なだけの、精神を救う為だけの教団ではない。
 彼等の本質は憤怒であり、彼等の目的は常に革命そのものだった筈だ。
 なればこそ。
「でも、私達にとってはこれが全て。全てだったんです。
 ……諦めろって言われて、目の前に、すぐそこにゴールの姿が見えて……
 諦められますか? 誰かに譲って、自分を殺して……
 そんな事は出来ない。誰にもこの運命は阻めない。そんな事は――」

 ――きっと、アナスタシアも望んで居ない。

 故に立つ。
 闘争を忌まず、今こそ立つ。
「他にどうしようもないなら、私達は黙っては死なない。
 私はただ、今日を、明日を生きる為のパンと家が欲しいだけだった。
 家族を、大切な人を失う事なく幸せに暮らしていたいだけ。
 きっと、誰も同じだった。そんな願いの、一体どこに罪を問えますか!?」
 賽は投げられている。後はルビコンの河を渡るだけ――
『全ての歪みを正す為に、千載一遇の運命に賭けるしかないのだ』!
「……」
 故人の想いを勝手に代弁する事は罪深い代償行為だ。
 しかし、同時にそれを否定するのは何より困難な事業であろう。
(……アミナ)
 複雑極まる想いを抱えたムラトは娘のような女に背負わせてしまった事を懺悔した。
 ……彼は常に部族の存続にも責務を負っている。
 これは確かな好機だが、アミナに内戦を主導させるのは、彼女を切り捨てねば部族が存続できない状況に陥った時の為である。
『立つ必要はあったが、教団は聖女なる生贄をまだ欲しているのだから』。
 強烈な自己嫌悪に押し黙るムラトの一方で――軽やかな拍手の音が響いていた。
 意を決したアミナにギュルヴィは「それでこそです!」と快哉の声を上げている。
「貴女が、教団が立つのならば私は命を賭してそれを支えましょう。
 憤怒が悪と誰が決めた。人は愛により、情により、譲れぬ『何か』の為に剣を取らねばならぬ時もある!
 ……お恥ずかしながらこの私とて、同じ事。
 この人間賛歌を否定出来る者等、少なくともこの鉄帝国にはおりますまい!」
 嫌に人間味たっぷりにそう言ったギュルヴィの言葉は少なくとも嘘には聞こえなかった。
 それが逆に、アミナの胸をざわめかせていた――

 ※『新皇帝』バルナバス・スティージレッドの『勅令』にゼシュテルが揺れています!
 ※アーカーシュでの戦いが終わりました。ローレットは『ラトラナジュの火』を撃つための設備を手に入れました。
 ※鋼の咆哮(Stahl Gebrull)作戦が成功しました。イレギュラーズの勝利です!
 ※アーカーシュの高度が回復しました!

これまでの 覇竜編シレンツィオ編鉄帝編

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