PandoraPartyProject
今、そこにある『死』
スチールグラードが揺れていた。
百五十七戦ぶりの帝位移動は雷鳴の如く姿勢に轟き、大きな衝撃と混乱をもたらしていた。
否。帝位が動いただけならば『そこまで』では無かっただろう。
問題はバルナバス・スティージレッドを名乗った『新皇帝』が即位と同時に発布した『勅令』の方である。
「……それで、陛下が敗れたのは『本当に確実』なのだな?」
厳めしい顔を平素以上の渋面にした鉄帝国宰相バイル・バイオンの声色はまるでそれを否定してくれと言わんばかりだった。
百五十七回目の『帝位挑戦』がこれまでと全く違う様相を呈していた事を彼をはじめとした高級官僚、士官は早い段階で理解していた。
ヴェルスにとって挑戦を退ける事等、これまで児戯にも等しいばかりで。人払いや宮殿の封鎖をした事自体が稀有であり、或る種のメッセージ性を帯びていたと言える。
――今回は危うい。何が狙いか全く分からん。可及的速やかにショック態勢を取れ――
直接問い質した訳ではないが、想像は大きく外れてはいまい。
「かの方らしい。こと、武芸という一点において陛下が見誤る事等無いでしょうからな」
「……あの方は『最悪』を想定していたのであろうな。
武骨なばかりかと思えば、変な所で気を利かせおる。助かったと言わざるを得ないがな」
鉄帝国正規軍において大佐の階級を持つレオンハルト・フォン・ヴァイセンブルクは妻の心配の通りにまさにこの政変の中心に居た。
鉄帝国の頭脳――バイルをはじめとした文官達――は早い段階で宮殿を脱出したのだが、中央軍部に浸透する彼は昨日の時点で『兵力』を集め始めていた。
最初に接触したのが帝政派であり、現場の上位格として兵等に影響力を持つレオンハルトだった。
ゼシュテルの現体制に強い忠誠心を持つ彼はうってつけ。尤も、かつてヴェルスへの『挑戦』に敗れた事のある彼はその身の上から複雑そうな顔をも覗かせてはいたのだが。
……何れにせよバイルの動きは誰よりも迅速であり、今回的確であった。
『帝位挑戦』はゼシュテルにおける伝統であり、正義ではあるが――『こんなルールで継承が常平和で済むと思うのは幻想だ』。
ましてや在位期間の長かったヴェルスが歴代に比べて善政を敷いていたのであれば、尚更の話である。
「今回ばかりは一大事故にな。レーム卿にもご協力を願いますぞ」
「……ああ」
見た目はもふもふの毛玉だが、発された声は威厳のある重々しいものだった。
バルド=レームはゼシュテルでも名高い『剣聖』だ。過去に負傷をした事から一線からは退いてはいるのだが、緊急事態に頼られる辺りその存在感は減じていない。
「しかし、協力と言っても――これからどうなる?
国の為に今一度剣を振るうのは構わんが……
ヴェルス帝から『簒奪』する相手に帝位を取り戻すのは現実的では無かろう」
「宰相殿。私の懸念もそこになる。『不測』に備え、兵力を集めるまでは道理が立っても――
この上、理も無く帝位に立ち向かえば逆賊扱いは免れますまい。
『帝位挑戦』自体は問題の無い形で行われた事を少なからぬ人間が理解しているのだ」
グラナーテ・シュバルツヴァルトの言葉はゼシュテル人ならぬ余人が聞いても理解はし難い事かも知れない。
『されど、一番強い者が国を治めるというこの滅茶苦茶なルールが鉄帝国が長く戴いてきた秩序なのだ』。
どれだけ馬鹿げたシステムと思おうと、ここに住む人間はそれを正しい事として受け止めている。
勿論、個別の利害に拠れば異論が出る事もあろうが――ゼシュテルにはゼシュテルの理が不可欠だ。
鼻を鳴らしたバイルは不意に視線を場違いな若い女――ヤドヴィガ・ホルショフスカへと向けた。
「あ、あたしですか!?」
「別に貴様が鍵ではないが、貴様の報告が卿等の懸念を和らげてくれるのは間違いなかろうよ」
鉄帝国軍の『新聞部』――要するに諜報部に位置するヤドヴィガは各地の勢力にパイプを持ち、時に潜入するスパイのような存在だ。
「今回の事件を機に、各地はどうなっておる」
「職場(クラースナヤ・ズヴェズダー)は過激派を中心に不穏な動きを見せていますね。
辺境(ノーザンキングス)の連中も似たようなものでしょう。
姿勢ではラド・バウの闘士達は大闘技場を中心に自治を考えているようです。
……南部戦線は……ザーバ様は兎も角、周囲は黙っていないでしょうね。
『元より誰より、陛下より名声のある神輿がそこにあるのなら』」
「古代兵器を狙う連中も増えるであろうな。ギア=バジリカのような大戦力を求むる者も増えよう。
……特に軍部の非主流派はな。そういう『近道』を好む傾向にある。
アーカーシュでの事件も冷めやらぬ内に、何とも大儀な話だが――」
技術将校にして学者たるルドルフ・オルグレンが暗澹たる調子で言った。
「いやはや。生きている間に見たい光景ではありませんでしたね。
『どうにもこうにも、見たくない色合いばかりが良く見える時勢のようで』。
出来ればのんびりとしたスチールグラードで居てくれれば良かったのですけど――」
城下は今、猜疑心と混乱に満ちている。
唐突な『勅令』が実効果を発揮し始めるのは『これから』だろう。
市井には略奪と暴力が蔓延り、軍閥はブロック化した勢力と変わり、良かれと国を『割る』のだ。
(……本当に)
帝国に代々仕える名門軍人であるヴディト・サリーシュガーはギフトで人の悪意を見てしまう。
飄々とした彼が憂鬱な皮肉を述べるなら、事態は既に逼迫しているという事なのだろう。
「つまり、帝位に弓を引くも今更、か」
グラナーテは皮肉な笑みを浮かべてそう呟いた。
同時にさもありなんと、そうも思う。何せあの勅令は余りにも――
――新皇帝のバルナバス・スティージレッドだ。
諸々はこれからやっていくとして、俺の治世(ルール)は簡単だ。
この国の警察機構を全て解体する。奪おうと、殺そうと、これからはてめぇ等の自由だぜ。
強ぇ奴は勝手に生きろ。弱い奴は勝手に死ね。
だが、忘れるなよ。誰かより弱けりゃ常に死ぬのはお前の番だ。
どうした? 『元々そういう国だろう?』
――『これから冬が来るというのに、新皇帝の勅令は最悪過ぎる』。
「……これに賛同する者が居るのも頭痛の種ですな」
溜息のレオンハルトの脳裏を過ぎったのは『黒狻猊』の異名を持つバトゥ・ザッハザークの顔だった。
同じ軍属の実力者で大佐の階級を持つ彼は行き過ぎた弱肉強食論者である。
彼のように一部の軍人や市民はかねてからヴェルスには不満を持っており、『より鉄帝国らしい新皇帝』の支持を打ち出していると聞いていた。
(ままならぬな)
正義や正論だけではこの国は回らない。されど……
厳しいゼシュテルの大地で生きていくにはどれ程拙くも政治が必要不可欠だ。
力を第一とするこの国にも信義はある。その最低限は生存の為の互助になろう。
「卿等、国が死ぬのは何時だと思うね?」
バイルの言葉に応える者は居ない。
「わしは半世紀以上もこの国に仕えてきた。
拙く、不出来ながらもこの国を動かして来た。
別にそれはわしでなくても良かっただろう。わしが宰相であったのは唯の消去法に過ぎまい。
『誰かより特別優秀な訳でも、他に替えが居ない訳でも無かった』。
だが、それでもわしはゼシュテルの宰相だった。
『この国がどれ程に厳しい環境であろうとも、国は民と共にここにあったのだ』」
バイルの言葉は独白めいていたが、それを聞く面々は言葉も無い。
『武力ばかりが尊ばれる鉄帝国で、或る意味誰より尊敬を集める非力な老人』の言葉に聞き入るばかりだった。
「国が死ぬのは守る民すら失った時じゃ。
そういう意味で、ゼシュテルは今日死んだ。
だが、わしは凡愚故。死んだ者が生き返る――そんな胡乱な奇跡も信じよう。
少なくともこの老骨。そう諦めは良くないのでな!
人生の仕上げに最後に仕えると決めた『陛下』を待つ位は――許されよう?」
※『新皇帝』バルナバス・スティージレッドの『勅令』にゼシュテルが揺れています!
※アーカーシュでの戦いが終わりました。ローレットは『ラトラナジュの火』を撃つための設備を手に入れました。
※鋼の咆哮(Stahl Gebrull)作戦が成功しました。イレギュラーズの勝利です!
※アーカーシュの高度が回復しました!
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鉄帝:<貪る蛇とフォークロア>|天義:<セフィロトの影>|豊穣<仏魔殿領域・常世穢国>|希望ヶ浜:<無意式怪談><希譚><祓い屋>|覇竜:<覇竜侵食><霊喰集落アルティマ> -
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