PandoraPartyProject
灰の雷鳴II
スチールグラード城下の盛り場(ミルクバー)では噂の花が咲いていた。
「やー、政治の話は良く分からないけど、これは一大事だぴょんね!」
たまにキャラ付けを忘れる事もあるのだが、今日は周りの目を含めて『しっかり』とアイドル闘士に余念が無い。うさ耳をぴょこぴょこと動かしたウサミ・ラビットイヤーは『永遠の十七歳らしく』頼んだ牛乳を一息にぐいっと飲み干している。
「か、身体に染み入る……ぴょん!」
――あのヴェルス帝に百五十七回目の挑戦をした男が居るらしい。
そんなニュースは多少の驚きと大いなる期待を持って受け入れられるものである。
過酷な寒冷地の生活にあっても、大闘技場(ラド・バウ)の開催と観戦を辞めない鉄帝国民にとって最強無敗の連勝記録を打ち立てるヴェルスの戦いはもう一つのエンターテインメントであると言っても過言ではない。麗帝の在位期間は彼の圧倒と圧勝の軌跡であり、その華麗な戦歴はラド・バウにおけるスーパーチャンプ・ガイウス・ガジェルド、南部戦線の生きる伝説、黒鉄の守護神・ザーバ・ザンザと並ぶゼシュテルの誇り、輝き、栄光そのものであったからだ。
「あらあら。あんまり一気飲みしてはいけませんよ~」
言葉だけ聞けばお酒の話にも聞こえるが、バーの主――キャトル・ミューティはあくまで一気飲みを勧めていないだけらしい。
小柄で華奢なウサミが栄養たっぷりのミルクを沢山摂るのはおススメらしく、言葉とは裏腹に『おかわり』をなみなみと注いでいる。
「まぁ、帝位挑戦自体は『良くある事』としか言えないんでしょうけど……」
何処か呑気な調子だったウサミの一方で呟いたホランド・ホットベアの歯切れは余り良いものにはならなかった。実は噂話を集めてくるのが大得意で、勘の鋭さから周りの人間に頼られる事も多い彼は、のんびりした見た目よりもずっとシビアな頭脳派なのである。
(……ヴェルス帝は良くも悪くも強すぎる。これまでは『挑戦の噂』が立った事なんて無かった筈ですよ)
命知らずな鉄帝国の跳ね返りはこれまでにも数多く居たのだからそう珍しい話では無かったが、帝国民が知る事が出来たのは『勝利の知らせ』だけである。
『その場で片が付いたという話は知り得ても、挑戦が起きたらしいが今どうなっているか分からない等という話は寡聞にして聞いた事は無かった』。
その些細な例外が情報の遅れ、ちょっとしたトラブルであるのならば言う事は無い。
しかし、もし――もしであるけれど。
――まだ、決着がついていないとしたら?
或いは。
――帝政にとって極めて不都合な事が起きつつあるのだとしたら?
「何事も無ければ良いのだけれど……」
明確に軍属にある夫と、特異運命座標として活躍を知られる娘(ハイデマリー)の事を想い、ヴィルヘルミナ・フォン・ヴァイセンブルグは小さく零した。
この数年、混沌において様々な事件が起きた事は知っている。今回のそれがそうであるかの判断は付かなかったが、それは決して対岸の火事ではない。
少なくともヴィルヘルミナにおいては、間違いなく――
「確かに。『何だかんだ言っても麗帝の治世は過酷な鉄帝国においては安定そのものだ』。
誰にとっても大いなる禍足り得ないのなら。『少なくとも今現在においては彼以外の適任はおらぬという事であろうからな』」
憂いを帯びた貴婦人(マダム)の溜息に、近くの席のダニイールが励ますかのようにそう言った。
「司祭様……」
「失敬。御事情等あるかと思ってな」
「ありがとうございます」
「お気に召されるな」
坊主ならば説法でも何でも、衆生の憂いを助くものであろう――それが例え気休めであろうとも。
曖昧に笑って礼を言ったヴィルヘルミナにダニイールは一つ力強く頷いた。
(……言葉に、一つの偽りも無くな。
おかしな事態を招く位ならば、このままあと十年もヴェルス帝の侭が良い)
クラースナヤ・ズヴェズダーなる民政派の組織は鉄帝国にとってやや過激な異分子ではあったが、比較的穏健派とされる帝政派に属するダニイールは彼の治世を評価していた。
確かにあの男は多分に鉄帝国的であるのだが、本質的には善良に拠っていると考えている。
帝位挑戦の悉くにしても誰の命も奪わず、その後に咎を負わせる事も無いのがその証明になろう。
興味の無い事には恐ろしく無頓着であるというマイナスを鑑みた上でも、交渉相手は変わらぬ方が良い。
信頼関係を醸造するに時間が掛かるのは何時の世も同じなれば、帝政の軟着陸(ソフトランディング)、或いは妥協点を探るダニイールからすれば長居して欲しい君主に違いなかった。
(故に、鉄帝国らしい代替わりが起きぬ人間という期待は大きいのだが)
期待が大きければ大きい程、計算が立てば立つ程に――裏切られれば大きな誤算ともなる。
古今東西、情報収集というものはこういう場所で行うに限るもの。何事にも楽観的にならぬ現実派のダニイールは変化に最も鋭敏に対応する為、こうして城下に張っていた。
(もう一日以上か)
『百五十七回目の帝位挑戦』により、宮殿が閉鎖されて既に二十四時間以上の時間が経っていた。
――しかし、実際の所。この時点でヴェルスの勝利自体を本気で疑う者はまだ誰も居なかったのである。
※アーカーシュでの戦いが終わりました。ローレットは『ラトラナジュの火』を撃つための設備を手に入れました。
※鋼の咆哮(Stahl Gebrull)作戦が成功しました。イレギュラーズの勝利です!
※アーカーシュの高度が回復しました!
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