PandoraPartyProject

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鋼の進撃

 浮遊島アーカーシュは、謂わば空飛ぶ高原だ。
 空というものが近く青々と感じられ、つい『抜けるような』といった月並みな言葉を思い起こさせる。
 そんなアーカーシュの鉄帝国橋頭堡には、多数の軍人達が集められていた。
 少し離れた場所にはローレットのイレギュラーズが各々寛いでいる姿も見える。

「鉄帝国南東方面軍アーカーシュ進撃隊、並びに派遣隊諸君へ告ぐ!」
 壇上に立つ将校が『歯車卿』エフィム・ネストロヴィチ・ベルヴェノフから渡された書巻を広げた。
「これから読み上げるのは、皇帝陛下の勅命である!」
 整列した帝国軍人達が、一斉に足を揃えて敬礼した。
 エフィムはと言えば、ぶつくさと罵詈雑言のような独り言を述べながら、部下の女性から手渡された書類や手帳、懐中時計を忙しなく確認している。彼は効率を好む気質のインフラ屋(文人)の政治家である。態度や口調は怒りっぽく見えるが、どちらかというと面倒くさがりな気質でもあり、効率の追求というものは得てしてこうした人物の能動的過労によって成り立っているのが常なのだが――余談はさておき。

 皇帝の書面――鉄宰相バイル・バイオンの部下がタイプライターで記し、バイルが決済し、皇帝が署名した――は、賛辞から始まった。アーカーシュの攻略は順調そのものであり、学会を賑わわせる様々な新発見や、エフィムの狙う食糧問題改善の他、後の軍事利用も視野に多大な期待を背負っている。
 残る課題は『遺跡深部ショコラ・ドングリス遺跡』と『魔王城エピトゥシ城』の攻略だ。
 鉄帝国は先遣隊を派遣して、多少の調査を行っている。無論、専門家――ローレットのイレギュラーズのような冒険者――ではないため、攻略にこそ成功していないが、多少の情報を持ち帰ることは出来ていた。
 攻略対象となるエリアは、単純戦闘となる『制圧的攻略エリア』と、罠などがある『冒険的攻略エリア』に区分され、資料が配られ始めている。
 制圧的攻略エリアは多数を占め、帝国軍人達が担当する戦域である。当然ながらに危険ではあるが、見方を変えれば単に敵を倒せば良いという単純明快さを持っていた。
 一方で比較的少数となる冒険的攻略エリアは、難敵や罠など厄介な戦闘が予想される戦域であり、こちらはそうした専門家である冒険者――即ちローレットへ依頼される事になっている。
 要するに、これまで同様の共同作戦ではあるが、アーカーシュに対する最後の大攻勢と目されていた。
 成功すればアーカーシュは『地上程度には安全な地域』となるのだから、期待は大きい。

「――以上、作戦名は鋼の進撃(Stahl Eroberung)となる! 作戦開始! 諸君、奮闘せよ!」
 読み上げが終わると、兵士達が再び敬礼する。
 戦地へ向かう者、作戦を立てる者――誰もが駆け足の、慌ただしい時間が始まった。
 ローレットの冒険者達もまた、おおよそ同じ内容が記された依頼書に目を通していた。
 後はエントリーと作戦会議である。
「歯車卿閣下、おひとつよろしいか。こちらはこちらで独自に動かせて頂きます。ご署名を」
「あーはいはいどうぞ。忙しいんで帰りますよ」
 エフィムは眼前の特務大佐パトリック・アネルを、やや気圧された表情で二度見した。ともあれ差し出された書類にサインする。内容は部隊を単独行動の許可である。軍人には指揮系統に従って、好きなようにやらせるのが早い。エフィムは文人であり武門には疎いのだ。餅は餅屋に限る。
 そんなエフィムとパトリックは、鉄帝国には珍しい頭脳労働を得手とするタイプである。
 けれど気質はずいぶん違っていた。効率を追求するエフィムの原動力が怠惰の昇華とすれば、激情の自制で成り立つパトリックは憤怒への挑戦と言えるかもしれなかった。だが今のパトリックはどうだろう。目を血走らせ、まるで何かに取り憑かれたような表情をしているではないか。強烈な怒気を感じる。

 ともかくエフィムは作戦のキックオフが終わるなり、そそくさとワイバーンの翼止場へと来ていた。
「すいませんが、どなたか、このワイバーンを所有しているイレギュラーズは居ませんか?」
 優秀なインフラ屋である彼は、流行りのシレンツィオ――租界開発にも忙しく、一刻も早く、眼下の都市ノイスハウゼンへの帰りを急いでた。
「背に乗せて頂けたらと思いまして。急いでいるのですが、帝国のクソ気球やカス飛行機械では遅いので」
 とにかく『一番近い』ワイバーンを選んだのはなんとも彼らしいが。
「あら、あら……お忙しいのならどうぞ、お乗りになって下さいな」
「あら歯車卿。大丈夫よ、私に任せてね」
「これは……ご無沙汰しております、アーリアさん。それから」
「カシエ、カシエ=カシオル=カシミエよ。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。カシエさん」
 名乗り出たカシエ=カシオル=カシミエ(p3p002718)と、アーリア・スピリッツ(p3p004400)は、エフィムが想像していたような屈強な冒険者でなく、嫋やかな見た目の女性達であったことに少々面食らったが、部下と共にそれぞれ乗せて貰う事にした。

 ワイバーンの翼が悠々と風を切り、一行は瞬く間の内にノイズハウゼン、その軍事施設へ降り立つ。
 エフィムを執務室前まで送り届けたアーリアとカシエは、再びアーカーシュへと戻ろうとするが――
「ひょっとしてなんだが、君達はローレットのイレギュラーズでいいかな?」
 声を掛けてきたのは見覚えのある人物――アーカーシュ村長のアンフィフテーレ・パフだった。
 書類の山をカートに乗せた村長は機械油がこびりついた鉄の扉をあけると、けたたましい音のする部屋へアーリアとカシエを招く。それから扉を閉めて機械のレバーを引くと、小さな無数のピストンが動き始めて紙を飲み込んでいく。ずいぶん大げさなシュレッダーもあったものだ。
「騒音は申し訳ないが、この音なら聞かれる心配はないだろう……実は折り入って頼みがあってね」
 村長は二人に「依頼だ」と言って紙幣を渡すと話始めた。
 どうやら彼は特務大佐パトリックによって『急に軍属に復帰』させられ、こんな仕事をさせられているらしかった。村長の懸念は、本来的には自制心の強い合理主義者であろうパトリックが、ここ最近あまりにおかしな行動をとっていること、何か良からぬものを感じること、それから村のユルグという少年が『保護』を名目に浚われていることであるようだった。
「こいつは言いたくなかったが、ユルグは初代探索隊隊長の子孫でね。住人が不在になっていたアーカーシュの遺跡の制御コードを……まあ隊長のやつが触れちまったせいなんだが、受け継いでいるんだ。要するに遺跡深部にある、何らかの『鍵』なんだ。上手いことどうにかしてやって欲しい、頼む」
 イレギュラーズは未知の古代遺跡を踏破しながら、特務の動きにも注意せねばならないということか。
 二人は仲間達(ローレットのイレギュラーズ)と情報交換すると、遺跡攻略の準備を始めた時だった。
「ちと不味いことになりやがった」
 作戦開始直後の橋頭堡に飛び込んできたのはヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)だ。
「緊急事態につき、四十秒で説明するのであります!」
 同じくやってきた只野・黒子(p3p008597)が頷き、エッダ・フロールリジ(p3p006270)が続ける。
「パトリック大佐は、おそらく反転しているであります」
 パトリックの様子を長らく偵察してきた三人には、ここ最近の彼の異常性が掴めていた。
 あれは間違いなく、憤怒の魔種だろう。どうにかして暴き、伝達し、作戦を変更しなければ。
 だが作戦はすでに始まっている。多くの軍人や一部のイレギュラーズが戦域に突入しており、彼等を置き去りには出来ない。一方的な作戦変更は既に遺跡内部の古代獣と交戦を開始した者達を、命の危険に晒すことになる。ならば作戦を継続しながら、事態の対処にあたる必要があった。
 最悪の場合、パトリックが旗下の特務派軍人におかしな指令を下す恐れもある。狂った命令であることが推測され、長くは続かないだろうが、一過性とはいえ大変な事態に陥るのは明白だ。パトリックとの交戦時に魔種であることを暴き出し(恐らくそれ自体は簡単だろう)、情報を即座に伝達出来れば良いが。遺跡の古代獣との戦闘中に、万が一に背後から挟み撃ちにでもされれば厄介だ。
 けれどここまでの情報を辛うじて共有出来たのは、不幸中の幸いであろう。
 ここに居る五名による、ある種の戦果に違いない。

 ――そんな時だった。アーカーシュからノイスハウゼンへの通信設備が突如全て遮断されたのは。
 そして遺跡深部、並びに魔王城で古代獣との交戦を開始したイレギュラーズの背後に迫るのは――最悪の案の定――突如銃腔を向けてきた特務派の軍人達ではないか。

 ※アーカーシュ完全攻略のため、鋼の進撃(Stahl Eroberung)作戦が開始されました。
 ※突如、特務派の軍人達がイレギュラーズへ攻撃を始めました。
 ※特務派の軍人達も、状況に納得出来ていないようです……。

 ※アルティオ=エルムを覆った眠りの呪い、冠位魔種『怠惰』の影は払われました。
 ※アルティオ=エルムでは『祝宴』が行われています。

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