PandoraPartyProject
太陽の祝福
――伝えたかった言葉がある。
大好きと口遊んだけれど、それは泡沫の夢の様に消えていった。
おやすみなさいと笑いかけたけれど、雨が涙を隠してくれなければ上手くは笑えなかった。
彼女達は、優しかったからこそ。
その言葉は歯列を震わせ、吐息となって、音のひとつとして毀れ落ちていったのだ。
それでも、運命(さだめ)は何時だってそこにある。
心臓が血流を押し流すことを赦さない。指先の一つ固くなってぴくりとさえ動くことのない永劫の眠り。
それは御伽噺の姫君が『呪いの眠り』に落ちた事よりも、最も恐ろしき魔女の災いの如く。
……無数の別離が森には満ちた。雨が洗い流すことも出来ない傷は痛ましく森に刻まれて。
精霊『ヴィヴィ=アクアマナ』と大樹ファルカウ。
その二つを大秘術『生命の秘術(アルス=マグナ)』を介してパスを繋いだファルカウの巫女は漸く落ち着いて共同体の辿った道に耳を傾けることが出来た。
つまり、『都市機能は15年余り』しか持たないであろうと推測されたファルカウは秘術の成功と、心優しき幻想種達の献身によりヴィヴィの魂を維持した形で『新たな成長』へと繋ぐことが出来たのだ。
「そうとは言えど、ボク一人ではどうにもならんだろう。
何、マトモに戻ったクェイス辺りに手伝わせればより強固にアルス=マグナのパスを維持し、ファルカウのこれからを紡げるだろう。
こちら側には大きく問題はないよ。
だから……聞かせてくれないか。話の顛末を。生憎、ボクはフェニックスが灼いた森のことしか把握していなくてね」
ヴィヴィの傍らではぐったりとしたイルス・フォン・リエーネの姿があった。
頷き返したのは『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス (p3n000115)。
冠位魔種やその配下による被害――そして、失われた命について。
「……そうですか」
『ファルカウの巫女』リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)は報告に俯くことしかできない。
一人のイレギュラーズが居た。
リュミエにとっては同胞であり、フランツェルにとってはローレットの仲間であった。
――クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)。
彼女は反転しカロン・アンテノーラの権能を分け与えられた状態で『何もしなかった』のだという。
己の事は欲に落ちたおんなだと哀れめば良いと口にしながら、その身を賭してでも友人達の生きる道を与えたとでもいうように。
「クラリーチェさんは決意をなさっていたのでしょう。
共同体(このばしょ)を護る為に。あの方が鳴らす永訣の鐘は、もう聞こえないのでしょうが――」
クラリーチェは魔種ブルーベルと共に『ひとつの権能』を共有していたそうだ。戦場より帰ったイレギュラーズ達の面立ちにリュミエは言葉を発することは出来まい。
「……リュミエ様。
この様な時に問題を提示してしまい申し訳ないのですが、僕も――」
「ライアム……?」
魔種から人へ。その有り得ざる奇跡を身に纏うっていた男は苦く笑みを浮かべた。
その隣では赤く泣きはらした目をしたアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が立っている。
二人の様子を見て、フランツェルは直ぐに何が起ろうとしているのかを気付いた。
「ライアム、『もう時間』なの?」
彼は不完全な『奇跡』で人の軀へと回帰していたのだ。本来ならば魔種は人には戻らないとされていた。
永劫の離別のように、魔種と人は相容れなかったのだ。
だが――アレクシアが命を賭して、それは『僅かな時間だけ』為し得ていたのだ。
「……はい」
意を決したように頷いたライアム・レッドモンドに「兄さん」と縋るようにアレクシアはその名を呼んだ。
本当の兄妹ではない。血の繋がりは無い。それでも憧れた冒険者の姿。自身もそうなりたいと、幼い頃、ベッドの上で見詰めた背中。
彼との共闘は僅かなる一時。もっと話したいことがあるのにとアレクシアは唇を震わせる。
「アレクシア。アレクシアと少しでも戦えたことを誇りに思うよ。
妹みたいだと、君を護る事ばかり考えていたけれど……護られるのは僕の方だったかも知れないね」
「兄さん……!」
ぐ、と息を呑んだアレクシアの肩を抱いたフランツェルはライアムが『永劫の別離』を前にしている事を察する。
彼が此処まで勝機で居られたのにも訳があった。
『夢の牢獄』――ライアムがカロン・アンテノーラの権能の欠片を有していたことでコンタクトを取っていたリドニア・アルフェーネ(p3p010574)は檻が崩壊するその時まで夢に囚われた仲間を救い出し、ライアムの延命措置を命を賭して奇跡の再来として願っていたらしい。
「君にも、迷惑を掛けたかな?」
「いいえ。私はアレクシア様の願った奇跡に少しでも力を添えられればと思っただけですわ。
ええ、けれど今、難しいことなのだと実感していますのよ。
何者でも無い私でも、何かを為し得る可能性や奇跡を束ねてでも得られぬ未来はあるのだと……」
命の針だけはどうしようもない。
リドニアは俯き、目を伏せた。『パンドラ』の奇跡は全てを叶えてくれる願望器ではない。
「……ライアム様、此れでお別れですか?」
「……兄さん……ッ」
どうしようもないの、とアレクシアは涙を落とした。
『少しばかり忘れっぽくなってしまった』と自覚するアレクシアはこの感情さえ、何処か遠くに置き去りにしてしまうような恐怖を感じライアムをぎゅうと抱き締める。
小さな頃に、熱を出して魘されてながら外の話を乞うたあの日を思い出す。
優しく背を撫でて、笑いながら彼は言うのだ。
――「アレクシアが僕の代わりに沢山の蒼穹(そら)を見てきてよ」と。
リュミエは天を仰いだ。ファルカウがざわめいている。
ああ、そうですね。
唇はそう動いてから、二つの名前を呼んだ。一つは先にその身を大樹へと委ねたヴィヴィ。もう一つは――
リュミエはゆっくりと目を伏せる。ヴィヴィと『彼』がその選択肢を与えてくれるのならば。
「……ライアム・レッドモンド。一つだけ、『貴方を魔種に戻さない方法』があると言えば?」
リュミエの凜とした声音にアレクシアとリドニアは同時に顔を上げた。
驚愕に目を見開くライアムは「一体、どういう……」とリュミエを見詰める。
「先程、ヴィヴィがその名を呼んでいた存在……。
『グレート・ワン』オルド種『クェイス』――太古の昔より存在した大樹ファルカウの守護者。
彼の身から毀れるように、悪意の残滓が取り除かれたのです。
今の彼ならば『大樹ファルカウにライアムを封じ、共に眠ることが出来る』
ヴィヴィが『生命の秘術(アルス=マグナ)』でファルカウを補佐するように、クェイスも暫くはファルカウを守護することを選ぶでしょう。
彼と共にファルカウで暫し眠りに付くのです。貴方の体内に存在して居るはずの滅びの気配を『咎の花』で封じて。
……マナセさんの秘宝とは強力な魔封じの道具だったでしょう?」
咎の花(ターリア・フルール)。それは妖精郷で冬の王を封じていた魔法道具である。
クェイスの記憶にこびり付いて離れない魔法使いが残していった秘宝。
『魔法使い』マナセ・セレーナ・ムーンキーはいつかの日に彼に言ったらしい。
――もしも、困ったらわたしの魔道具に貴方の力を注ぎこんで?
クェイスはお馬鹿さんだから慌てたら、霊樹を傷付けるかも知れないでしょ。
それで、自己嫌悪で寝込みたくなったらわたしの魔道具で自分を封じて反省会をしましょ!
――この愚図! お馬鹿さんなのはずっと前からお前の方だろうが! 余計なお世話だ!
そんな思い出をぽつりと零したのは『レテートの意思』に絆されたからなのかも知れない。
あの優しいレテートの巫女が「素直におなりなさい」とクェイスへと穏やかに語りかけたのだろうとリュミエは想像していた。
「……クェイスとマナセさんの秘宝を使えば、ライアム、貴方を此処に封じていることが出来る。
貴方は奇跡の産物。魔種から人に再度、転じることの出来た貴方。
その身に感じる不調が『再反転』を予期しているというならば、此の儘眠りについて『人に戻る』方法を模索しても良い。
それに……何も、貴方を封ずるだけではありません。貴方と共に眠ることになる『咎の花』は強大な力を有する魔道具です。
『咎の花』を腕に抱き眠れば大秘術『アルス・マグナ』とファルカウのパスを繋ぐ役割を果たすことも出来ましょう。
ですが……長き眠りになるでしょう。何時か、冠位魔種を……いいえ『原初の魔種(イノリ)』を打ち破ることが出来れば」
貴方の身体に起った奇跡の魔法は解けぬまま保たれるかも知れない。
マナセの残した魔道具と共にファルカウに封じられればファルカウに残されている魔種の痕跡は咎の花がライアムを媒介に共に封じてくれるであろう。
リュミエの言葉にライアムは意を決したように唇を動かした。
「……僕はそうしたい。こんな身体でも何かの役に立てるんだ――『咎の花』とファルカウを、アルス・マグナを繋ぐだけの役割でも良い。
それに……アレクシアに僕を殺させるような未来は訪れないで欲しい。
アレクシア、我儘でごめんね。君の可能性(きせき)を僕に少しだけ預けて欲しい。
原初の魔種を打ち破った時――この軀がどうなるか、実験でも何でも良い。
――僕を、此処に封じてくれないか」
青年は穏やかな声音で言った。あと少しだけ、時間がある。
その時が訪れるまで、少し話をしよう。この森を見て回り、失われた時間を取り戻すように。
アレクシアは、直ぐに結論を出すことは出来まい。驚愕し、唇を震えさせ「兄さん」と紡ぐことがやっとだ。
「……ねえ、ライアム。少し、考える時間はあるでしょう?」
フランツェルは静かな声音で問い掛けた。勿論だとリュミエは言う。
「ええ。まだ時間もあります。それに……耳を傾けなくてはならないことは沢山有ります。
妖精達にも心配事はあるようですし……そうですよね、ストレリチアさん」
妖精――そう呼ばれた精霊種達は自身等の居住地である妖精郷に還る事が出来なくなっているらしい。ラサ側からの入り口も、深緑側からの入り口も何方も不通となっている。
あの日――妖精女王が姿を消したその日から妖精郷アルヴィオンへは立ち入ることが出来なくなった。
せっせとイレギュラーズ達の領地を世話している妖精達も、訪れぬイレギュラーズのことを心配しているだろう。
「……困ったことになったの」
俯いた『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)は言う。
友達(ようせい)は皆、妖精郷に戻ることは諦めてしまったのだ、と。
大好きだったあの気配が遠い。たいせつで、愛おしかった女王様。
やさしくて、あったかくって、ぎゅっとするとおひさまのにおいがする、幸せの象徴。
「女王様は、もう、どこにも――」
女王の宿命は、アルティオ=エルムと妖精郷を、否、『外』と『彼女達の棲まい』を繋ぐ為に必要不可欠な呪いであった。
その女王が消えたのだ。
妖精達は誰もが気付いて居る。もう、女王様はどこにも居ない。もう、帰る道もどこにもないのだ、と。
「ストレリチア……それも落ち着いて話しましょう?
妖精郷でフロックスは屹度、此方に繋ぐ道を探して奮闘してくれている。
……貴女が悲しんでいると、皆悲しくなってしまうわ。そうでしょう?」
フランツェルは俯いたストレリチアの涙を拭った。
「ねえ、少しだけお話をする場を開きましょうよ。
悲しいだけじゃなくて、この森を護れたことに感謝を述べる場を。それから、先のことを話し合うの。
『共同体(アルティオ=エルム)』の木々が永い時を経て育ち征くように。
私達は大樹を支える道を模索しなくてはならない。だけれど、その前に……」
――そんな、毎日の為に、この森を救ってくれたイレギュラーズに感謝をしよう。
フランツェルは手を差し伸べた。ゆるゆるとその手を重ねてからライアムは一筋の涙を流す。
灰燼と化した森には新たな木々を埋めよう。まだ見られぬ新種の植物たち。
種から芽吹くその草木に名前を与えていくように。奇跡のようなこの時を共に――
※アルティオ=エルムを覆った眠りの呪い、冠位魔種『怠惰』の影は払われました。
※アルティオ=エルムでは『祝宴』が行われます。
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