PandoraPartyProject

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それでも夜はやってくる

 世界が滅びるときって、こんなかんじだと思う。
 隊列を組んだ妖精達が一斉に弓を構え、クマだって殺せる魔法をこめた矢をたっくさん放っても、くらぁい夜にとぷんと溶けて、なんでもない小枝になって地面へおちた。
「ひ――」
 黒い鎧のあちこちから、赤い目が開いた化物が歩いてくる。
 鎧が歩けば、『夜』が動いた。
 一歩あるけば一歩ぶん。二歩あるけば二歩ぶんだけ。夜が近づき、飲み込んで行く。
 友達は悲鳴をあげて、武器をすてて逃げ出した。勇気を出して立ち向かった子も、すぐに――。

「はらしょーーーーーー!!!!」
 血塗れになった『恩義のために』レニンスカヤ・チュレンコフ・ウサビッチ(p3p006499)が地を蹴って、真っ赤に染まった脚を叩きつける。
「こんなところで死ねないんだ! うさにはねぇ! 家族がねぇ! いるだよお!」
 直撃。したはずだ。黒い鎧の側頭部にだ。
 髑髏を摸したヘルメットの顎部分ががぱりと開いて、赤い目のような光が漏れる。ひとつ、ふたつ、みっつによっつ。
 レニンスカヤはその瞬間、自分の脚がたっくさんの手に掴まれていたことに気付いた。
 鎧のずっとむこう。暗い昏い、冥い闇の向こうからたくさんの目が開いたことに気付いた。
 伸びた無数の手がレニンスカヤの胸を抜け、心臓を掴みその更に奥の魂だけを抜き取っていく。
「ぁ――」
 目から光が消え。
 脱力した姿勢のままどさりと地面におちるレニンスカヤ。
「皆、逃げて下さい! 夜の衣(ミッターナハト)の中では力が使えません!」
 そういいながら、『呪い師』エリス(p3p007830)は立ち止まって振り返る。
 せめてもと弓をとり、自らの呪いが籠もった血で矢をつくって弓につがえた。
 ひく――その一瞬で、夜が矢の先にふれた。
 ふれたそばから矢は血へともどり、たちまちにエリスも夜へと包まれていく。
 本能的に心臓がふるえ、本能的に後じさりしそうになったエリスの手足を闇のような無数の手が掴み、胸にそのひとつが埋まっていく。
 戦線を維持するどころでは、もはやなかった。
 戦いでも、あるいは戦争でもなく、人間も妖精も関係なく、そこにいるのは『夜を恐れるこどもたち』でしかなかった。

 たとえば遠い山の向こうに日が沈んだあとのように。
 夜がファルカウを包み始めていた。
 二度と太陽の昇らない夜が。
 二度と明けない夜がくる。
 こわいこわい、夜がくるのだ。

「まじかよ、おい……」
 呪霊のナイフを左足に刺したまま、『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)がどさりとしりもちをつく。
 周囲は既に夜に飲まれ、ギターも振動を発する獣の毛と木の塊でしかなくなっている。
 ポケットから転げ落ちたリボルバー光線銃も、いまや重い金属の塊でしかない。
 夜に飲まれたものはすべて、その力を失うのだ。
「くそ、くそ。くそがよ、聞いてねえぞこんなこと」
 少ないボキャブラリーで悪態をつきながら胸ポケットを探り、煙草を取り出す。ライター代わりに光線銃を使っていたことを思い出して舌打ちし、くわえた煙草をかみつぶした。
 目の前で大量のランタンが揺れている。呪物『わざわいランタン』の群れだ。
「なあ……火、かしてくれよ」
 ヤツェックは苦笑し、溢れる炎に包まれた。

「我こそは『夜の王』。夜を統べる者なり。なんぴとたりとも、我が夜のなかで、許可無く力を使うことはない」
 骸のような鎧に赤い無数の視線を、そして溢れる夜を引き連れて、『夜の王』がやってくる。
 『今は未だ秘めた想い』ハリエット(p3p009025)は右を見て、左を見て、そして深くため息をついた。
 『夜の王』へ対抗しようと、または少しでも足止めをしようと立ち向かった妖精達は皆地に落ち倒れ、一様に深く目覚めぬ眠りにおちていた。
 ハリエットはせめてとばかりにライフルを構え、『夜の王』の顔面がありそうな場所へ狙いをさだめてトリガーをひき――ガチンという音だけがした。弾はでない。しっかり入っているはずなのに。
 次の瞬間にはハリエットの胸へ闇の手が埋まり、魂を抜き取っていった。
 眠りに落ちる瞬間に思い出したのは。
(あぁ……眠るなら、桜の下で、あのひとと……)

 途中からへし折れた木の幹によりかかり、『青と翠の謡い手』フラン・ヴィラネル(p3p006816)『緑雷の魔女』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)は手を繋いでいた。
「逃げないの?」
「んー……ちょっとね、足がねー」
 フランはあははと笑って、後ろの木に頭をこつんとぶつけた。
「アルメリアちゃんこそ、いいの?」
「……足がね」
 フランのマネをして木にの頭をごつんとやるアルメリア。
 既に夜は深く、手を繋いでいなければ互いの姿もよく見えなかった。
 やがて闇の手が胸へと沈み――。
「私達、助かるかしら」
「わかんない。けど、手は離さないからね」

「ったク、俺だって故郷が燃えたら全力デ戦うけどよ……こういうのは想像してないゼ」
 両手に爪を装着しなおす『酒場の主人』杏 憂炎(p3p010385)
 正直、意味があるとは思えなかった。妖精たちや仲間達が、その尋常ならざる力でもって『夜の王』へと挑みかかったが、剣はその鋭さを失い拳は相手を押し出すことすらかなわず、武器という武器は、魔法という魔法は、その意義ごと失ったように見えた。
 『夜』という概念のまえに、すっかり塗りつぶされてしまったように見えた。
「おまえら、さっさと行ケ!」
 怪我をした味方が必死に逃げる中、憂炎だけがぐるりと反転する。
 彼をみとめた『夜の王』が歩みを止めた。倒せるかどうかは、もはや考えない。
 足止めというなら、相手が歩くのをすこしでもやめたこの数秒こそがそうだろう。
「かかって来ヤガレ!」
 憂炎は腹から吠えて――そして胸を闇の手が抜けていくのを感じた。

 妖精たちが、仲間達が、怪我をした味方をかついで迫る夜から逃げ走って行く。
 そんな中で、『春の約束』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は夜を見つめたままじっと立っていた。
 鼻からゆっくり息を吸って、口から長く長く吐く。
『おちついた?』
「ううん、むりかも」
 そういいながら、イーハトーヴは胸にオフィーリアを抱えた。口元には微笑すら浮かんでいる。
『対呪霊部隊のみんなは、もう撤退を終えたみたいね』
「うん。よかった。……うん?」
 今の声は? と首をかしげたイーハトーヴ。けれどそれ以上は考えないことにした。
 そのほうが、ずっと素敵だ。
 胸に抱えたオフィーリアと、足元に立つメアリをそれぞれ見た。
「大丈夫。これは捨て身の作戦なんかじゃない。生きることを諦めたわけでもないんだよ。他のみんなも、きっとそう。『諦めない』ために、行くんだよ」
 襲いかかる無数の『からっぽ鎧』たちの間を器用なまでに駆け抜ける。振り抜いたメアリの手刀が鎧を吹き飛ばす。
 そして次の瞬間に、伸びてきた闇の手がイーハトーヴたちを貫いていった。

「けが人を先に逃がして! 隊列は組まなくていいから! とにかく走る!」
 『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)は指揮していた妖精達に命令を下すと、ガッツポーズを強く取った。
 いや、ファイティングポーズをとろうとして、恐怖のあまり身が固まったせいでそうなったのだろう。
 胸の内からくる震えは、それまで感じたことのないものだった。
 幼いころ、電柱に明滅する街灯の光をみたときの気持ちに似ていた。
 あるいは、お風呂でシャンプーを流しているとき背後に感じたものに似ていた。
 あるいは……。
「ひ」
 ぞくり、と背筋に氷でも詰められたような感覚が走って呼吸が乱れる。
 向こうから、ゆっくりと『夜の王』が歩いてくるのが見えた。
 鎧からは、そしてその向こうからは、無数の赤い視線がこちらを見ているのがわかる。
 そして……咲良は直感的に理解した。
 無数の視線なんてものは、最初からない。
 夜への怖れがみせた、これはただのまぼろしだ。
 それでも手足の震えがとまらないのは。
 咲良のもつ強い勇気が、夜に奪われたからに他ならない。
 手が、迫る。

常夜の国より、滅びをこめて

「この経験、前にもあったきがするのじゃ……」
 『特異運命座標』フロル・フロール(p3p010209)はげんなりとした顔で振り向くと、負傷した妖精たちを乗せた犬の妖精馬車が走り去るのを見送った。
「フロル、けが人の護送は!?」
「みんな無事!?」
 『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が駆けてくる。フロルは頷きかけて……そして難しい顔に変わった。
「夜の迫る速度が増しておる。妖精たちの魂を奪って力を増したんじゃろう。あるいは、夜への怖れを力としたか……いずれにせよ、このままでは逃げ切れぬ」
 『夜の王』が広げていく『夜』は、このままいけばファルカウ全土を飲み込みかねない。
「そもそもなんなのよアレは! あの鎧は、『骸の鎧』っていう古代の呪物じゃなかったの!? あんなわけわかんないフィールドを展開するとか……!」
 両腕をばたばたさせながら『夜の王』を指さすオデット。
 フロルは手をかざし、落ち着くようにジェスチャーすると『わしも伝え聞いただけじゃがな』と前置きをして話を始めた。
「その昔、アルヴィオンは『妖精郷』ではなかったのじゃ。夜の王が支配する、常夜の国であったのじゃ。
 そなたらも見たことがあるじゃろう? 町の郊外にあった、妖精が使うには大きすぎる遺跡群じゃ。あれらはみな、夜の眷属たちの遺跡なのじゃよ」
「そん、なの……」
「知らなかったじゃろう。同然じゃ、このことを知るものは、妖精のなかでもごくごくわずか。わしも女王と、秘密にする約束をしていたからの」
 フロルは首を振った。
「古の妖精達は夜に支配されておった。奴らにとって、妖精はペットかオモチャじゃ。
 じゃがそれを、『初代の妖精女王』がその命を賭して夜の眷属達を滅ぼし、神霊クラスの力をもっていた古代の大精霊『夜の王』をも滅ぼした。
 じゃが、その力の強大さゆえに完全に滅ぼすことはできなかった。アルヴィオンから追い出し、森へと放つことしかできなかったのじゃ」
「あ…………」
 サイズは、女王が『人間を巻き込んだ』と呟いたのを思い出した。
 それは、今回の事件だけの話ではなかったということだ。
 はるか古代から続く、これは妖精達のやり残しでもあったのだ。
「今のヤツはカロンの権能を借りて強大化しておる。アルヴィオンどころではない。ファルカウ全土を夜に包み込むことすら可能とするじゃろう」
「それでも!」
 サイズは鎌を握りしめて『夜の王』へと向き直った。
「このままじゃ妖精郷だって危ないんだろ? なら……ここで奴を、『夜の王』を斬滅する!」
「まってサイズ!」
 走り出したサイズ。夜のフィールドへと自ら飛び込んだサイズの鎌は、みるみるその鋭さを失っていった。
 夜の王へと放たれる魔法は、鎧の表面でまるで雪玉でもぶつけたみたいにはじけて消えた。
 周囲の闇から手が伸び、サイズを掴もうと迫る。
「サイズッ!!」
 瞬間、オデットとフロルが強引にサイズを突き飛ばした。
 突然のことに驚きながらも、夜のフィールドからはじき出され転がるサイズ。
 ほっとした表情のオデットたちは、闇の手に貫かれぐったりと地に伏せた。
 退くか。戦うか。
 退いたとして、どこまで逃げられる? 茨咎の呪いの比ではない。力を奪われ眠りに落ちる夜の力がファルカウを覆うのだ。妖精たちとて、無事ではいられないだろう。
 再び鎌を手に取った、その時。
「下がりなさい、サイズ。あなたにはまだやることがあります」
 声が、した。
 虹色のサークル状をしたゲートが何もない空間に開いていた。
「虹の門――アーカンシェル!?」
 なぜ今。
 なぜここに。
 混乱するサイズの前に現れたのは。

 妖精郷アルヴィオンの女王――『胡蝶の夢』ファレノプシスであった。
「この夜に落着を」

妖精達の代償 Le prix des fées

 ファルカウ攻略戦前へと遡る。
 妖精郷アルヴィオンに多くのイレギュラーズたちを招き、編成した妖精軍の指揮権を預けることを約束したその日のこと。
 フロルたちが出て行った玉座の間にて、妖精女王ことファレノプシスはゆっくりと椅子から立ち上がった。
 そばに控えていた侍女フロックスも共に立ち、そして……。
「女王様」
 フロックスはそうとだけ、言った。
 含まれた意味はいくつもある。そのどれを口に出してもいけないように、フロックスには思えた。
 続く言葉を探すフロックスに、ファレノプシスは振り返って微笑みかける。
 暖かなマシュマロみたいな、やさしい笑みだった。
「散歩に出ましょうか、フロックス」

 半透明な扉を開き、バルコニーへ出て羽を広げる。
 地を蹴りながら蝶のごとき羽をはばたかせれば、女王はそれこそ蝶のように空へと浮かび上がる。
 突き抜けてどこまでもありそうな青空と、雲と、『さあ』と言って手招きをする女王のまなざし。
 その三つが重なって、フロックスの胸の中にはチクリとした痛みがはしった。
 痛みの理由は、わからない。
 理由を考えるより先に女王がもう一度『さあ』と言うので、フロックスもまた羽根をはばたかせて空へと飛び上がった。
 花畑に囲まれた、きらめくお城。妖精城アヴァル=ケインが遠ざかる。
 空高くに位置すれば、湖畔の町エウィンも見えた。
 遠目には妖精たちがパンを焼いて小さなサンドイッチを作っていたり、人間から見れば爪楊枝みたいにちいさなフルートを演奏しては輪になって踊る風景もあった。
 常春の国、妖精郷アルヴィオン。
「この風景があるのは、人間たちのおかげなのですね」
 ぽつりと呟く女王の言葉に、フロックスは思わずはいとだけ応えた。
「だから、此度の出兵をお命じになったのですよね?」
 その言葉から思い出されるのは、かつて『冬の王』の力が暴れ妖精郷を冬に閉ざしてしまった時のことだ。
 何人もの同胞達が魔種なる錬金術師タータリクスによって捕らえられ、ホムンクルスの核とされ、城もまた奪われてしまったあの事件。
「『冬の王』は、はるか昔に猛威を振るい、そして勇者王によって封印された大精霊でした。あのとき解き放たれてしまった『冬の王』が、このような形でファルカウの人々の害となるとは」
「はい。だから……」
 だから。女王様は責任を感じてまた人間たちと一緒に戦うことを決めたのですよね?
 フロックスはそう言いたかった。不意に吹き付けた冷たい風に髪を抑え、女王が空でぴたりと止まる。
「それもあるのです」
 フロックスのいわんとすることを、どうやら分かっていたようだ。女王は目を瞑り、暖かな日差しに向けて顔をあげた。
 沈黙が、風にながれてゆく。
 その時間をあとどれだけすごせるだろうとフロックスは考えて……はたと、息を止めた。
「それ『も』……?」
「はい。もうひとつ、あるのですよ」
 女王はようやく目を開き、太陽を見つめた。

 日が沈むだけの時間が流れた。妖精城アヴァル=ケインのテラスに椅子とテーブルを並べて、花の蜜と人間界の紅茶をまぜたフラワーティーをカップにそそぐ。
 あなたもどうぞと向かいの席を勧められて、フロックスは静かに腰を下ろした。
 腰を下ろしながら、自分のためにスッとさしだされたカップを見つめる。
「……信じられません。この国、アルヴィオンが『夜の王』に支配されていた国だったなんて」
「冬に支配された国を救ったのが人間達のおかげであるなら、夜の支配から救われたのは『初代女王』のおかげですね」
 フロックスが聞かされたのは、この妖精郷でもひとにぎりの者しか知らず、そしてその危険性から秘匿することを約束されていた秘密だった。
 妖精郷の各所にぽつぽつと点在している、妖精のものとは思えないような古代の遺跡。あれらの主が、『夜の王』とその眷属たちであったなどと。
 そして『夜の王』は、このアルヴィオンから追い出すことができただけで、本当に滅ぼすことはできなかったなどと。
「もしこのことを妖精たちが知れば、きっと夜を過剰に恐れてしまうでしょう。夜そのものを消したがってしまうかもしれない。一部の子達が、冷たい風を未だに恐れてしまうように……」
 PTSD、などと表現するとすこし仰々しいが、おなじものだろう。国や同胞が失われ、妖精たちにとってみれば『世界が滅びる』ほどの事件だ。恐れるのも無理はない。そして恐怖が積み重なれば、ひとは正常な世界や己自身を壊してしまう。妖精とて、例外ではないのだ。
 まだ温かいカップに手を添えて、フロックスは水面にうつる自分の前髪をみつめていた。
 女王様が、ときおり人間に優しいのを知っていた。
 それなのに、深緑に妖精が立ち入ることや、妖精の門を使うことを禁じていたのも分かっていた。
 そのうえで、ストレリチア (p3n000129)の行動に目を瞑っていたことも。
「そ……っか……」
 カップを持ち上げ、んぐんぐと一息で飲み干してしまう。
 ぷはあと息を吐いて、口元にのこったしずくを手で拭った。
 負い目だ。
 女王はずっとずっと、『人間たちにしてしまったこと』を悔いていたのだ。
 アルヴィオンから追い出し、深緑の森の中へと解き放ってしまった『夜の王』が、人間達になにをするかわからないというのに。妖精郷という閉ざされた世界と妖精たちを守るために、目をそむけることを選んだという後悔だ。
 しかし過去とは、いずれ自らの足を掴むもの。
 薄暗い夜の道で、あるいはベッドの端から、不意に手を伸ばしてくるものだ。
 そして往々にして、今あるものを滅茶苦茶に壊してしまう。
「フロックス。もうひとつ、あなたに話さなければなりません」
 声をかけられて思わず顔をあげる。
 静かに、しかしよく通る声で、女王――いや、ファレノプシスがまっすぐにフロックスを見ていた。
 瞳を通して自分がわかるほどに。
 まっすぐに。
「『常夜の王子』ゲーラスは、『夜の王』を原動力として動く呪術装置です」
「――」
 喉に息を詰まらせるフロックス。
 だが、女王は話をやめない。
「人間達がファルカウを攻略しなければならない以上、ゲーラスは必ず立ちはだかり、そして倒すことになるでしょう。そうすれば……抑えていた力は解き放たれます」
 かつて高名な呪物師と精霊使いの姉妹が、力の弱った『夜の王』を捕獲し利用したという超兵器。冬の王らの災害を逃れるために使われたそれが、この現代に至るまでに誰の目にも触れなかったことには必ず理由があるはずだ。
 そしてその理由には、おそらくあの怠惰の冠位魔種カロンが絡んでいることだろう。
「もし『夜の王』がかつての力を取り戻せば、再び地上に夜の王国を作ろうとするでしょう。あるいは、かつてのアルヴィオン以上のものを」
「だったら、人間さんたちに教えなくちゃ……!」
 両手でテーブルを叩き、立ち上がろうとするフロックス。その鼻先をちょんと指で押すようにして、女王はいさめた。
「だとしても、ファルカウの奪還を諦めることはできません。このチャンスを逃すことは、きっと人間達にもできないでしょう。それに……」
 『それに』のあとを、女王は言わなかった。
 すとんと椅子に座り直したフロックスに微笑みかけて、席をたつ。
「もう眠くなってしまいました。続きはまた明日の朝にはなしましょうね」
 テラスから室内へと戻ってしまう女王。カップの中身は、まだ残っていた。

 翌朝。
 鳩に乗った目覚まし妖精がラッパを鳴らしながら朝を告げてくれる。
 その音に目を覚ましたフロックスは、ふああとあくびをしながらも両手をいっぱいに伸ばす。
 女王様は、あれから眠れたのだろうか。
 様子をみにいってあげなければ。
 もしまだ落ち込んでいるなら、紅茶を淹れてベーグルを焼いて、一緒に食べて元気になってもらおう。
 寝間着からいつもの衣装に着替えると、自室を出て玉座の間へと向かった。
「女王様、フロックスです。入ります」
 扉を開き。
 そして。
「――え?」
 玉座の間には、女王はいなかった。
 槍を持った数名の妖精兵が、部屋にはいったフロックスを一様に見る。
「女王様……は?」
 ざわざわと、胸がなる。
 むなさわぎって、こういうものなんだろうか。
 耳なりすら聞こえるほど荒い呼吸をして、それを落ち着けようと胸を押さえて震える息を吐いた。
 兵士のひとりが、口を開く。
「森へ。ファルカウの戦場へと向かわれました」
「――!」
 そんなはずはない。『妖精女王の宿命』によって妖精郷を出ることが不可能であったファレノプシスが――。
「むかえにいかなきゃ」
 つぶやき、走り出そうとするフロックスを兵士の一人が槍を翳すことで止めた。振り返ると、別の兵士もまたフロックスを囲むようにして槍を翳している。
「あなたを絶対に妖精郷から出さぬようにと、命令を受けています」
 足から、力が抜けた。
 へなへなと、崩れ落ちる。
 地面に座り込む彼女に、兵士の一人がガラスの箱を運んできた。
「それ、は……聖剣アルヴィオン
「あなたが持つようにと」
 フロックスの頬を、つめたい涙が流れていく。

 ※『夜の王』が復活しました……。危険です。ただちに戦線を離脱してください。

 ※夢の中に囚われた者達は『夢檻の世界』にいるようです……
 ※【夢檻】から抜け出す特殊ラリーシナリオと、冠位魔種の権能効果を減少させる特殊ラリーシナリオが公開されました。

これまでの覇竜編深緑編

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