PandoraPartyProject

PandoraPartyProject

ファルカウの巫女

 一方的な蹂躙は、幻想種達の村を襲った。
 国を開くという事は此れまでとは大きな変革が訪れるという事であった。
 惚れた腫れたや『熱砂の恋心』等――『一時の誰かの感情』で決定されてはならぬ事だった。
 妹巫女を亡くしたと言うのに、ファルカウの巫女はそれでも国を開く決心をした。
 一部の幻想種達は其れを愚かな決定だと声高に叫んだ。

 豊かな森の恵みを享受し、森の声を聞き、森と共に生きて行く長命の種。
 その世界に外の者はいらなかった。
 短命の者からすれば永遠の若き美貌を手にしているかのようにも思えた幻想種は決して手慰みにする為の人形でも商品でもない。
 恐ろしき蹂躙を経ても尚、ファルカウの巫女は国を閉ざさずにいる。

 ――可笑しいにゃあ。余所者なんて呼び出すからそうなるのに。

 そうだ! そうだ! そうだ!
 幾人もがそう声を荒げた。霊樹達の嘆きと共に、それはファルカウと深く繋がった『巫女』の元へと届けられる。
 悪夢だ。悪夢が其処には満ち溢れていた。

「ッ――――」

 ファルカウの巫女は夢を見る。怠惰の冠位魔種による夢の牢獄。
 更に深く閉ざした最下層、カロン・アンテノーラが手許に残した『鳥籠』の中。
 カロンが直接的に手を下したのは確かであった。だが、それ以上の管理は特別な事を要求しなくても済む。
 カロンが『眠りに就かせた』の巫女ではない。大樹ファルカウであったからだ。

 ファルカウと深くリンクしていた巫女の肉体を眠りへと落とす。
 そうして、ファルカウそのもののコントロール権利を得ておく。ファルカウを『呼び声』で揺さ振り巫女の精神へと深く影響を及ぼす。
 だが『怠惰であった』魔種はそれ以上はしなかった。
 直ぐにでも巫女の精神を破壊し、ファルカウそのものを枯らしてしまえばイレギュラーズには太刀打ちできなかっただろう。
 カロン・アンテノーラはそんな面倒なことはしない。
 巫女が勝手に自滅するまでの長い時間、眠って待てるだけの忍耐を持ち合わせて居た。否、持ち合わせてしまったのだ。

 ―――――――――――
 ―――――

「はあ……はあ……」
「大丈夫ですか、クエルさん」
 枯れ枝のように細い指先、老女の体ではこの道中だけで草臥れてしまうだろう。
 心配そうに声を掛けた小金井・正純(p3p008000)はファルカウの外――『レテートの郷』よりやってきたクエル・チア・レテートの身を支える。
 戦場を幾つかくぐり抜け、彼女が目指すのはイヴァーノ・ウォルターが目指していたとされる『ファルカウの祭壇』である。
 その場に、リュミエが居るのだ。其処までの最短ルートはクエルならばよく知っていた。
「クエル、無理はしなくて良い。
 まだオレたちにチャンスはある筈だ。何もそんなに切羽詰まらなくても――」
 未だ飲み込みきれぬクエルの決心に新道 風牙(p3p005012)は唇を噛みしめる。
 護衛を言い付かったブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は周囲の確認をし、進めると掌で合図をした。
「いえ。母は――リュミエ様を救う為には『カロン・アンテノーラ』を斃すしかありません。
 ですが……カロンがファルカウを掌握していては、森を掌握されていると同然。直ぐにでもコントロールを取り戻す必要がありましょう」
「大樹の嘆きを鎮める方法が分かるかも知れないのだったか」
 ブレンダへとクエルは頷いた。
 ドラマ・ゲツク(p3p000172)の一族が管理をする『月英(ユグズ=オルム)』の別館である禁書庫には『嘆きを鎮める為のヒント』が書かれた書物が存在して居た。
 書を解析し、嘆きを鎮める事が出来れば敵勢対象としてイレギュラーズを襲い来る者が減る。
 だが、其れは容易ではない。森全土の事ともなればファルカウのコントロールを取り戻し、リュミエの力添えがあってこそ為し得る事である。
「……けど、」
 風牙はクエルをまじまじと見遣った。
 老女の姿をした幻想種。彼女の容姿は『霊樹レテート』とリンクしている。
 リンクしているからこそレテートを通じ、各地の霊樹の力を集結させることが出来るのだと『メリット』をクエルは告げた。
 其れだけ深く繋がった存在なのだ。レテートに残された時は僅かである事など容易に想像が出来る。
「けどさ、クエルが『霊樹の力』で『僅かな奇跡』を起こしたら、その体は――」
「……ええ、枯れ木のように朽ちて行くでしょう」
 それが死を意味すること位、分かった。
 分かるからこそ風牙は泣き出したい気持ちになりながらクエルの決意を揺さ振り続ける。
「それが、リュミエ様の……『おかあさん』の望む事かよ。
 血は繋がってないかも知れない。巫女なる事が決まって、親元を離れたアンタの親代わりだっただけかも知れない。
 でも、幻想種はオレ達の想像も付かない永い時をずっと、ずっと、過ごしてきたんだろ。
 リュミエ様にとってもそうだ。クエルと過ごした時間の幸福は褪せもせず、愛おしい時間だったはずだ……!」
「私にとっても、そうです。
 リュミエ様は本当に良い母でした。
 ……私が親元を離れ、巫女の修行を為ねばならぬ時、支えて下ったのはあの方でした。
 私はあの方が苦しむ顔も、あの方の愛する深緑(アルティオ=エルム)が滅びることも、良しとは出来ません」
 クエルは風牙の頬にそっと手を当て、微笑んだ。
「我儘で、ごめんなさいね。
 こんなおばあちゃんになって、あなたのような若い子を苦しませるなんてしたくなかったのだけれど」
 巫女として、生きてきたからには。
 宿命を担ったことは正純は初めて出会ったときに察知した。
 自身をエスコートしてくれとブレンダに願ったのは彼女が騎士だったから。
 ――屹度、騎士は『護るべき相手』の決意を揺るがさず、見守っていてくれる筈だとクエルは確信したからだ。
「……良い子ね、とっても優しい子。
 風牙さん。もしも、もし――『母がちゃんと目覚めたら』、伝えて欲しい言葉があるのです」
 クエルは、風牙にだけ聞こえる声で囁いた。

 ――わたしは、あなたの娘になれて幸せでした。
   あなたから教授された術をこの森のために使えて幸せでした――

 眩い光が満ちた。
 森がざわめき、風が吹く。葉は擦れ、雄風が木々を煽る。
 碧雲すらも割った風は、森を包んでいた素雪さえ白日の下へと晒し溶かし行く。

「クエル!」
 風牙が手を伸ばした。
「クエル、それ以上は――!」
 霊樹の声は、幻想種達の耳に聞こえただろう。
 いや、ファルカウの近くに居た者誰へでもその声は響いたはずだ。
 眩い光が収束し、女の身がぐらりと揺らぐ。
 走り寄った風牙が「クエル!」とその名を叫んだ。

 ――ファルカウがざわめく。そうして、しんと静まりかえった。

「……私、は……?」
 身を起こしたリュミエはその場に倒れているクエルと、彼女の下に駆け寄るイレギュラーズの姿を見て全てを察した。

 アルティオ=エルムの霊樹達の力は、ファルカウを捕らえた『夢の牢獄』から巫女を連れ出した。
 ……但し、その力を使用した代償として『使用者』であった霊樹の巫女を犠牲として。

 ※夢の中に囚われた者達は『夢檻の世界』にいるようです……
 ※【夢檻】から抜け出す特殊ラリーシナリオと、冠位魔種の権能効果を減少させる特殊ラリーシナリオが公開されました。

これまでの覇竜編深緑編

トピックス

PAGETOPPAGEBOTTOM