シナリオ詳細
<タレイアの心臓>クリスタルに揺蕩う
オープニング
●
緩やかな時の流れと、自然に包まれた優しい生活。
あたたかな日差しと、静かな囁き声。自給自足の暮らしは厳しいけれど満ち足りていて。
村の青年イヴァーノ・ウォルターは、やはり森での生活が一番だと、恋人のエリーザ・ベルトリーニに微笑み掛けた。
深緑(アルティオ=エルム)の外はきっと野蛮でけたたましく、時間の流れも速いのだろう。
好奇心旺盛な性質の幻想種が居たならば、きっとその人は外へと魅力を感じて出て行ってしまう。それを否定する事はないけれど、イヴァーノは、ゆったりとした時間の中で時を過ごすのが好きだった。
恋人のエリーザと愛を語らい、笑い合って。其れだけで十分だったのだ。
煌めく光の中でイヴァーノは幸せを感じていた。
されど、唐突に訪れた『決断』の日。
――森を開くと、ファルカウの巫女であるリュミエは言った。
何故、とイヴァーノは思った。
この幸せでゆっくりとした時の流れを、どうして壊そうとするのかと。
そして、青年の目の前で恋人が、赤き血に塗れて横たわる。
「エリーザ! エリーザ!」
イヴァーノは胸から血を流す恋人の名を必死に呼んだ。
それをひげ面の盗賊がニヤニヤと嫌らしい眼で見下ろしている。
青年の嘆きと悲しみを、面白いショーだと言うように。
――誰か、助けてくれ。エリーザを、家族を、助けてくれ!!
切なる願い。心からの懇願。
それを聞き入れたのは、神でも救世主でもない。
『辛いなら眠ってしまえばいいにゃ……その時をとめて、夢を見続けて』
甘美な響き。救いの手。魔種(デモニア)の呼び声だ。
刻を止めて夢を見続けるという力があれば、きっとエリーザを『救う事』が出来る。
この痛みと苦しみから解放してやれる。
「……っ!」
縋ってはいけないと、イヴァーノは唇を噛みしめた。
この声に縋ってしまえば自分は魔に堕ちてしまう。息苦しさに頭痛が走る。
「……イヴァ……ノ」
エリーザが口から血を吐いてもなお、恋人であるイヴァーノの名を呼んだ。
愛してるのだと、逃げてと訴えかける瞳。
「ぁ……あ、エリーザ……俺は」
恋人が苦しんでいる。守りたい。エリーザを守りたい。
どんな犠牲を払おうとも、自分がどうなったとしても構わない。
「君を、愛してる」
だから。
もう一度、会う為に。笑い合う為に。
望みを、掛ける――!!!!
――――
――
イヴァーノが次に意識が覚醒した時、目の前には血にまみれた盗賊の死体が転がっていた。
「俺がやった、のか?」
一歩後ずさり背中に堅いものが当たったイヴァーノは振り返る。
そこには巨大なクリスタルが佇んでいた。中にはエリーザが閉じ込められている。
「エリーザ! まさか!」
死んでしまったのかとイヴァーノは慌ててクリスタルに触れた。
表面から伝わってくる恋人の鼓動に青年は安堵して息を吐く。
穏やかな表情で眠っているエリーザは、楽しい夢を見ているようだった。
「良かった」
イヴァーノはクリスタルにもたれ掛かる。
盗賊達が入って来たのは、巫女リュミエが国を開いたからだ。
文化も生き方も違う無作法者が入り込めば、一方的に蹂躙されるのは分かっていたはず。
「対抗する手段を持たなかったから、俺達が悪いのか? 今まで来なかった外敵に、瞬時に対応できる生き物なんてこの世に存在するわけが無いだろう!?」
青年の叫びが動く者の居ない村の中に木霊する。
視線を村へと移せば、エリーザを閉じ込めたものと同じクリスタルが点在していた。
死ぬ間際に家族や村人の時間を止める事が出来たのだろう。
それでも、何人かは死んでしまった。
仲の良かった友人や、村長。勇敢に立ち向かった男達。
「……っう、っ」
零れ落ちる涙と軋む心。
魔に堕ちたのは、誰のせいだ。
巫女リュミエが悪いのではないか。国を開いたから盗賊が易々と入って来た。
「戦えなかった俺達が悪いというのなら。弱肉強食だというのなら。俺がリュミエを殺しても、文句は無いだろう? なあ、そうだろう!?」
イヴァーノの慟哭がクリスタルの表面を打ち、共鳴するように内側から震える。
「分かっているよ。エリーザ。そんな事をしても意味が無い事ぐらい。けれど、巫女リュミエを殺せばこの国はまた閉ざされるかもしれない。静かに時を刻み、時間が流れて。もしかしたら君がその中から出てこられるかもしれないだろう? 俺の望みはただ一つ、君と一緒に笑い合う事だよ、エリーザ」
返事も無い冷たいクリスタルにイヴァーノは額を押し当てて、静かに泣いた。
●
光帯びる深淵の葉。薄らと内側から点滅する不思議な昆虫。
さくりと古葉を踏みつければ、溜め込んだ魔素が空中へと霧散する。
「気を付けてください。この先は敵のテリトリー、です」
長い兎耳を揺らし振り返った『Vanity』ラビ (p3n000027)はイレギュラーズへとアメジストの瞳を上げた。
慎重に歩みを進めるラビは聞き耳を立てながら周囲の音を聞いているようだった。
イレギュラーズは今、森の中を進んでいる。
深く茨に覆われた深緑(アルティオ=エルム)を救うべくアンテローゼ大聖堂から本格的な『大樹ファルカウ』への進軍が開始された。
先の戦いで重要拠点となるアンテローゼ大聖堂を奪還したイレギュラーズは、その地下に存在する『灰の霊樹』アンテ・テンプルムから、茨咎の呪いを無効化する聖葉を手に入れていた。
聖葉を使い少しずつ眠りに落ちた人々を解放する傍ら、大樹との親和性が高く巫女による『霊樹疎通』を以て僅かな奇跡を起こせる可能性のある『大樹レテート』と、イレギュラーズへの協力を惜しまぬと決めた聖域『玲瓏郷ルシェ=ルメア』の助力も得る事が出来た。
そして、魔種との奪い合いの末、茨咎の呪いを解く『タレイアの心臓』を入手したのだ。
タレイアの心臓は咎の花の時を止める外付け制御装置であるらしい。
ピースは揃った。ならば、前身あるのみ――
「まあ、でも簡単には進ませてくれねぇよな」
紅黒の刀の鞘で視界を遮る木々を押しやったのは『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)だ。
冠位魔種カロンが待ち受けるであろうファルカウへの進軍はそう簡単なものではない。
だから、アンテローゼ大聖堂司教フランツェルやラサの指導者達は、まず『ファルカウ制圧作戦』を行うと決めたのだ。しかし、ファルカウへと近づいたイレギュラーズの前に立ちはだかった敵影。
「はい。ファルカウを覆った巨大な影ですよね」
美しい緑の双眸をクロバへと向ける『炯眼のエメラルド』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は伝え聞いた『亜竜の群れ』と竜種そのものの影を想像して身を震わせた。
ファルカウの頂きに鎮座したのは、竜達が『王』として頂く『覇竜』の魔種。
「『暴食』のベルゼーだったっけ?」
こてりと首を傾げた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は「色欲ルクレツィアも居たって聞いたよ」と眉を下げてみせる。
されど、ファルカウを占拠し茨で国中を覆ったのは色欲でも暴食でもない。
「冠位魔種『怠惰』カロン……」
大鎌の柄を握り締め表情を曇らせるのは『青鋭の刃』エルス・ティーネ(p3p007325)だ。
エルスはラサに拠点を置くイレギュラーズだが、同盟国である深緑の危機は見過ごす事は出来ない。
それに彼女の思い人である『赤犬』が『ファルカウ制圧作戦』への進軍の意向を示すなら従うのが道理。
「何が来ようが関係ねぇ……ブっ潰す!」
いつも冷静なクロバの口から僅かな苛立ちが感じられる。
その瞳は前へ前へと急いて居るようにもみえた。
「リュミエ様が心配ですね」
「……ああ」
クロバはラビの言葉に小さく息を吐いて自分が焦っている事を自覚する。
イレギュラーズが向かうのは、魔種イヴァーノ・ウォルターが展開する夢の中だ。
イヴァーノを止めなければ『ファルカウの巫女』リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)の命が危ぶまれるというのだ。
「なんでなの?」
焔がその理由を問う。ラビはこくりと頷いて知りうる限りの情報を焔達に説明する。
魔種イヴァーノはごく普通の青年だった。
家族や恋人と素朴に幸せに暮らしていたのだという。
それが失われたのは盗賊に村が襲撃されてしまったから。
国に余所者が入って来てから。
「イヴァーノは自分の村が盗賊に襲われたのは、リュミエ様のせいだと思ってるです」
「どうしてでしょう?」
村が襲われたのは盗賊が悪いのであってリュミエのせいではないとマリエッタは冷静に首を振った。
「……森を開いたから、ね」
エルスの呟きにラビはこくりと頷く。
ファルカウの巫女であるリュミエが森(くに)を開くと決めたから。だから盗賊が流入した。
「そんなの、リュミエ様のせいじゃないよ!」
「逆恨みだろうが、そんなの」
焔とクロバの声が森の中に木霊する。
「イヴァーノはリュミエ様を恨んで、眠ったままの彼女の夢に干渉して殺そうとしてるです」
このままでは夢の檻の中に閉じ込められた状態でいずれ死んでしまう。
そうでなくとも、直接夢からイヴァーノは攻撃をしかけようというのだ。
「早く助けないといけませんね」
マリエッタはエメラルドの双眸を上げて覚悟を決める。
目指すは魔種イヴァーノの夢の中――
- <タレイアの心臓>クリスタルに揺蕩う完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年06月05日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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鮮やかな木々の色。深緑の森は其処へ棲まう幻想種を慈しみ優しく包んでいた。
瑠璃の髪を揺らし『青鋭の刃』エルス・ティーネ(p3p007325)は小さく息を吐く。
ラサとは違う木々の匂いと空気の重さ。
「深緑の危機にラサが動いた……ならば私は何の迷いもなくリュミエ様、貴女を救うわ」
それがラサという国に忠誠を誓ったエルスの想いなのだ。
「これが昔の深緑……? 大変なことになってるけれど、夢なんだよね」
ぐにゃりと歪んだ視界に『虎風迅雷』ソア(p3p007025)は頭を抱えて目を擦る。
「ここがイヴァーノ様の夢……何て辛く、悲しい場所でしょう……」
『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)も辺りを見渡し、灰の瞳を僅かに伏せた。
「もう助けられないと思うと悔しいよ」
ソアの視線の先、村人が地面に転がって血をながしているのが見える。うめき声を上げて、逃げようと必死に藻掻く男の腹には大きな穴が開いていた。どう見ても致命傷だった。
「けれどボクたちは目的があってやってきた。足を止めてはいられないの」
ぐっと手を握り込んだソアは『炯眼のエメラルド』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)へ振り返る。
「ええ、本当に。助けないとなりませんね……リュミエさんもイヴァーノさんも……エリーザさんも」
緑瞳を僅かに落したマリエッタは、自分の心が妙に落ち着いているのに気付いた。
いつもの自分であれば、慌てふためき、涙ぐんでいたに違いない。けれど、この戦場において、心は常に一定の感情コントロールを行っている。スイッチが切り替わったというのだろうか。
「不思議……ですね」
マリエッタはソアへと頷き返し、視線を上げた。
「邪魔になるのは盗賊だけじゃないみたい。おかしなのがいる……感情の化身なの?」
ソアは戦場の隅に現れた赤青の炎と緑藍の雫を見遣る。その表情に張り付いた憤怒と悲哀は、イヴァーノの感情を表すようで。
「イヴァーノさんを探さなくちゃ」
この場には姿の見えないイヴァーノは盗賊を殺して回っているのだろう。
――クリスタルの中にエリーザを閉じ込めたまま。
『ヤドリギの矢』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)はエリーザの回復を試みる。されど、強固なクリスタルはミヅハの治癒歌を受付けなかった。まるで、時を止めてしまったように傷跡も残ったまま、エリーザは静かに水晶の中で目を閉じている。
「やっぱり受付けない、か……」
「そうですね。予想していた通りです」
この水晶には特別な力が宿っているとマリエッタもミヅハも思っていた。それが分かった事は今後の作戦にも優位に働くだろう。
「裏を返せば。夢も現も、彼女はまだ死んでいない。だったら、だったら。諦めるのには早いと、そう思いませんか?」
「ああ、そうだよな!」
マリエッタの言葉にミヅハは大きく頷いた。
ソアはハンナ達に視線を送り、地をその強靱な脚で蹴りあげ先陣を切る。
「手分けして戦うよ! ボクはこっちのボルケーノ!」
紫電纏う雷光。ソアの身体は鼓膜を振わせる轟音と共にボルケーノの胴へ爪を食い込ませた。
雷が落ちたのと同じ衝撃が村を襲う。盗賊達も突然の轟音に何事かと顔を上げた。
蒸気を上げて一歩後退ったボルケーノ。
唐突な攻撃にその内側から溢れ出る怒りがオーラになって視認出来る。
初撃の一発において、この上ないダメージを叩き込んだソアの爪。
「とっても辛くて悲しくて、そんな思いにつぶされないために。こんな風に誰かのせいにして怒りを向けるしかなかったのかな……」
赤い髪を揺らし『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は大切な槍を手に戦場を駆け抜ける。ボルケーノとセレナーデがイヴァーノの感情を表したものなのだとしたら、こんなに大きな怒りや悲しみだったのだろう。
「イヴァーノくんが悪かったわけではないけど、このまま見過ごすわけにはいかないんだ……」
どちらが悪であるのか、簡単な話ならば良かったのに、と焔は眉を寄せた。
「リュミエ様の所にはいかせない! 邪魔させてもらうよ!」
彼らの眼前へと躍り出た焔は槍を舞うように振り上げ視線を攫う。
「現実から目を背けて逆恨みですか……」
青と紫。『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)の瞳は冷然なる色を帯びていた。
「心を守る為の行為だとは思いますが、褒められたものではありませんね」
人の心というものは繊細であるが故に利己的だ。自身の自我を守る為に認識をねじ曲げてしまえる生き物なのだろう。少なからず誰しもがその心を持っている。されど、イヴァーノはそれが大きいのだ。
ならば、せめてその認識を正せるように尽力したいと、沙月は彼の感情の化身であるボルケーノへと刃を向ける。
『炎の剣』朱華(p3p010458)はボルケーノから伝わってくる怒りに眉を寄せた。
――復讐なんて意味が無い? やろうとしてるのはただの逆恨み? 知らないわよ、そんなこと。
二刀を手に顕現せしめるは黒き顎。その牙が戦場を伝い、ボルケーノへと食らい付く。ガリガリと削れるボルケーノの表皮。
イヴァーノのやっているのは褒められるような事ではない。
復讐は怨嗟を生み、イヴァーノと同じ気持ちを持った者が現れるだろう。
「けど、理屈で人は生きてなんていけない。ただそれだけの事よ」
この戦いは、どちらが悪という簡単なものではない。自分達の信念と相手の思い。勝った方が強い、ただ其れだけのものなのだろう。けれど、きっと重要な事であると朱華は剣に想いを乗せた。
●
剣檄が戦場に響き渡る。小さく息を吐く音と地を蹴る音が混ざり合った。
数度の斬り合いの後、靴底が地面を擦り『雪解けを求め』クロバ・フユツキ(p3p000145)は魔種となったイヴァーノ・ウォルターへ双眸を上げる。
「お前を突き動かすのは復讐心か、それとも己の無力さに対する嘆きか?」
「……怒りと悲しみだ。だってこんな……、おかしいだろ!?」
続くと思っていた幸せが崩れ去る恐ろしさ。盗賊の侵入を許した巫女リュミエへの憎しみがイヴァーノを覆っているのだろう。
「何はともあれ、リュミエ様をアンタの手にかけるわけにはいかない。来いよ……お前の憎しみは同じ復讐者である俺が受け止める」
クロバも同じく復讐を誓った者。その心を裂かれる痛みと苦しみを知っている。
だからこそ、一番悔しい未来も分かってしまう。
「来いよイヴァーノ。復讐する相手を奪われる辛さってやつを味わえ!」
背後から剣を振り上げた盗賊を、クロバは切り裂き地面へ転がした。イヴァーノに手を掛けさせ、悦に浸らせる訳にはいかないのだと。
「――その前に俺達が仕留める!」
クロバの声が『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の耳に届く。
愛する人と過ごす時間を延ばせたのなら。
もし、救えたら――
イーリンは手を前に出して、ぎゅっと拳を握った。
「私も、心底そう思う。そのための、力がほしいと思うこともある」
小さく溢れた言葉。その手から滑り落ちていった『誰か』の姿がイーリンの脳裏に過る。
だからこそ。
「その救いたい人に、胸を張れないことしてんじゃないわよ」
自分だって、『友』に誇れるように歩み続けているのだ。
彼女に報告出来ないような行いは、自分自身が許せない。許さない。
だから、イヴァーノを止める。
「神がそれを望まれる」
マリエッタは戦旗を掲げイヴァーノの前へ走り込むイーリンの背を見つめた。
「敵の数、存在、状況。それらを見るためにも長期戦は不可避」
戦場が別たれたのなら、どちらかに集中する他無いと判断したマリエッタは、魔種と対峙するイーリン達の支援を選んだ。なぜなら、マリエッタの想定以上に『化身』と対峙する仲間の攻撃力が高かったからだ。
ボルケーノとイヴァーノを相手取り、一歩も引けを取らぬ戦闘を繰り広げている。
ならば、マリエッタの出来ることはと思案して、イーリン達の援護へと駆けつけたのだ。
「こういう時は、余力を温存出来るかが勝負ですからね……」
何故、それを『識って』いるのか。浮かび上がる疑問を心の隅へ押しやって、マリエッタはタクトを奏でるように振った。イーリンへ降り注ぐは清廉なる序曲。されど、何処か血の匂いを帯びたもの。
「ごきげんよう、イヴァーノ。エリーザは元気?」
「……元気に、見えるかい?」
今にも死にそうな状態でクリスタルの中で眠っているエリーザ。イーリンはわざと気を引くためにその言葉を選んだ。『現実』を突きつけるために。
「私もね、長耳の友だちがいるの。ペリカって言ってね? だわさって話し方が可愛くて、とても仲間を大切にするの。貴方が家族を大事にするみたいにね」
イーリンはイヴァーノの魔術を戦旗で弾く。急所に当たらぬよう上手く躱して。それでも言葉は続け。
「私はね、彼女に託されたの、深緑を守ってほしいって。同じ星をまた見ようって」
「俺も……星を見ようと約束したんだ。エリーザは隣で微笑んでいて。……君は辛くないのか? 失ったものを想い辛いと思った事はないのか? もし、夢を、幸せな夢を見続けられるならと思った事はないのか?」
「ええ、そうね。でも……どんなに願ったって『それ』は有り得ない」
それは誰しもが願う儚き想い。けれど、乗り越えなければならないもの。
イーリン達は乗り越えたからこそ、此処に立っている。
否、過ぎ去ったものではない。今でも思い出す度にじくじくと染み出す痛み。
だからこそ、前を向いて歩いて行ける。痛みが心の中に在る限り。
――――
――
体力を消耗したボルケーノが地面を蹴り上げ、上空へと飛び上がった。
「ふっふーっ、飛び上がったらもう避けられないでしょう?」
ソアはボルケーノの巨体が落ちてくる姿を見据え、にんまりと笑う。
飛び上がって、イレギュラーズ目がけて落ちてくるということは、位置が固定されるのと同義。
「そんなの雷の良い的なんだから――!!」
迸るソアの電雷はボルケーノの身体を穿った。
「まだまだー! ボクもいくよ!」
ソアの電撃を纏った敵の巨体を焔が待ち構えるように突き刺す。
二人の攻撃で右半身を割ったボルケーノは力を無くし、巨体はその身を地面へと叩きつけた。
痺れて動けないボルケーノへとハンナが二刀の銃剣を舞うように走らせる。
「これで、とどめよ!」
エルスの大鎌が振り上げられ、柄に着けられた鎖が宙を舞った。
ボルケーノの身体はエルスの刃の前に為す術も無く、その身を粉々にする。
ころんと転がった赤く燃えたぎる岩の塊は風に乗って消え去った。
セレナーデは全てを押し流す涙の洪水をイレギュラーズへと放つ。
水と共に流れ込んで来る悲しみの歌。ソアは目を瞑りむずがるように首を振った。
「ボクこういうのすごく苦手。悲しい気持ちも寒いのも嫌だよ……どうしてそんなふうに歌うの? 貴女、嫌い」
蹲ったソアを抱き留めるのはハンナだ。
「大丈夫。任せてください! セレナーデが見せる幻も大丈夫です。根性には自信がありますし……いつだってあの人が笑っていますから!」
ハンナは『ウィリアム』の笑顔を思い出す。それだけで心が温かくなるのだ。
セレナーデは悲しみの涙を流しながら、イヴァーノの元へ泳ぐように飛んで行く。
エルスはそれを追いかけて眉を寄せた。
「乱戦ね……早くイヴァーノを止めるかリュミエ様を何とかしないとだわ!」
沈黙を保っていたコーラスがくつくつと不気味な声で嗤ったのをエルスは聞き逃さなかった。
●
ミヅハは戦場を見渡し、ぐっと拳を握り締める。
「今のイヴァーノに話を聞いてくれる気はない。だから俺はみんなの声が届くチャンスを作る」
大きく息を吐いたミヅハは覚悟を持って、イヴァーノを見つめた。
「ここはイヴァーノの夢の中。んでアイツら化身は今のイヴァーノの感情を模した存在なんだろう。なら失われた感情、奪われた安寧。それらを模した化身も居るはずだ」
何処かに居た筈なのだとミヅハは眉を寄せる。
「憤怒と悲哀に染まったイヴァーノは俺たちの言葉が届かないかもしれない。もし安寧の感情を一瞬でも蘇らせれば、話を聞いてくれるかもしれない」
ミヅハはイヴァーノの瞳をしっかりと見据え、その心へと触れた。
この場所はイヴァーノの夢の中で、心象風景。深い所にある心が深く結びついている。
彼が自覚していない、深層意識に語りかける事が出来れば、失われた感情を呼び起こせるとミヅハは思ったのだ。
「今ならきっとできる、『安寧の化身ノクターン』を蘇生させ奴の心に隙を生み出すぜ!」
奇跡を願うミヅハの想いをイヴァーノは拒絶する。安寧の化身は彼の心の中に残っていないのだ。
ミヅハはそれでもイヴァーノのへの言葉を続けた。
奇跡は起きなくとも、イヴァーノの心を動かす想いはきっとあるはずだから。
事実、イヴァーノはミヅハの紡ぐ言葉に耳を傾けている。
「居場所を奪われた怒りはわかる。家族に二度と会えない悲哀もわからなくもない。
でもそれが逆恨みだってことは、他ならぬイヴァーノだって気付いてる。
気付いて、目をそらしてるだけだよ。
だから目を覚ませ。『本当にこれはリュミエのせいだったのか?』と疑ってくれ」
ミヅハの言葉は鋭利な刃物のようにイヴァーノの心に突き刺さった。
「リュミエのせいだろう? 森を開いたのだから。それまで緩やかな時を過ごしていたのに」
「なあ、俺たちの『声』を、どうか聞いてくれ。安寧の化身ノクターン。『消失している』ということは元々存在したのではないか?」
「ああ、そうだ。ノクターンは俺と共にあった。ボルケーノもセレナーデもコーラスも俺の内側に全部存在していたもの」
ミヅハの言うとおり、安寧の化身ノクターンは元々存在していた。けれど、盗賊の襲来で安寧が失われ、家族の死による悲哀、家族を奪った盗賊への憤怒。そして、その遠因のリュミエへを恨んでいるのだろう。
その気持ちは分かるとミヅハは声を上げる。
歯を食いしばり、泣きそうになりながらイヴァーノへと伝える想い。
「だけど、リュミエが『国を開くと“決めた”』ことは間違ってないな。だってこうして深緑の危機に俺たちが駆けつけられたんだからさ!」
「深緑の危機……か」
イヴァーノのその言葉からは暗い諦めが感じられた。
エルスはイヴァーノへと向き合う。目を見て真剣に言葉を投げかけるのだ。
「大切な人が殺される心情なんて考えたくもない、寄り添いたくもない……」
彼が深い悲しみや怒りに苦しんでいるのは分かる。理解できるかもしれない。
「けれどこれは……ただの言いがかりで、八つ当たりに過ぎないとおもうけれど?」
エルスの言葉は真っ直ぐにイヴァーノの心を打ち貫く。
「本当はあなたも心のどこかではわかってるんじゃない? リュミエ様はきっと幻想種の未来の為に森を開いたに違いないのに。外の悪い人間まで入ってきてしまったが為に悲劇になってしまった……」
巫女リュミエは優しい人だ。緩やかに衰退していく森の民を憂い、自ら決断を背負う形で存続の道を模索したのだろう。
「残念だとは思う……けれどこれは、彼女が望んだと貴方は、本当にそう思っていると言うの?」
エルスは心の中で、リュミエへと呼びかける。
夢が繋がっているというのなら、この声が届く可能性だってあるはずだから。
身代わりが必要なのであれば自分が代わりになるからと強く願った。
――『あの方』から巫女リュミエは『いい女』だと聞いた事がある。
ラサ……というより赤犬の群れは深緑の為に、リュミエの為に動くのだろうとエルスは視線を下げた。
ならばエルスが取る行動は一つしかない。彼女を助ける為に全力を尽くすこと。
傭兵王の遺訓は赤犬にとって果たすべきものだとも理解している。
「だから……あの方の為なら自分の身に何があろうともリュミエ様を救いたいと思う」
本当に? と何処からともなく声がする。これはコーラスの声だ。
『違うだろう? 本当はそのまま眠って居て欲しいと思ってるんだろう? 『あの方』の目に映る女は一人でも多く居なくなって欲しいと思ってるんだろう? 自分だけを見て欲しいと。ああ、愉快だなぁ人間って』
「……いいえ。私は『あの方』に尽くすだけよ。それ以外は関係無い。例え身代わりになってでも救うわ、あなたを!」
エルスの言葉が戦場に響き、同時に大鎌がイヴァーノの視界いっぱいに広がった。
「――私には星になっちゃった、大事な友達もいる」
旗を立てて、真っ直ぐに赤き双眸をイヴァーノへと向けるイーリン。
脳裏に過るアクアマリンの色彩。煌めく水飛沫と、眩いばかりの光の渦。その輪郭が朧気に揺れて、零れ落ちそうになる雫をぐっと堪える。
「私は、あの子に恥じる自分になりたくない。貴方は、どう?」
イーリンの言葉にイヴァーノはエリーザが閉じ込められているクリスタルに視線を移した。
恋人は、今の彼を見てどうおもうのだろうか。
「貴方の覚悟は、エリーザの家族を、故郷を、あの子を育んだ全てを踏みにじってでも行うべきか!」
旗をイヴァーノの前に翻すイーリン。
「私の目を見ろ!」
戦旗が風揺れて、イヴァーノの視線がイーリンへと向けられる。
「貴方が本当に望むなら、こんな夢の再演(リフレイン)が必要? あんたは今、あの子の側に居るべきじゃないの!? 居なくなってからじゃ――遅いのよ?」
「エリーザを守れるのは俺だけなんだ。でも、リュミエが森を開いたから……だったら、殺して閉ざせば良いんだと思ったんだよ。でも、それは違うと、君達は言うじゃないか、なあ、本当に間違っている? 俺は間違っているのか? エリーザが喜ばないって、いうなら、その声で聞かせてくれよ。エリーザは、何も喋ってくれないんだよ……」
ぶるぶると震え、顔を覆ったイヴァーノはイーリンの言葉に表情を歪ませた。
マリエッタはイヴァーノを見遣り、心を冷静に保つ。何処か、自分を通して何者かがバックドアを仕掛けているような感覚すら覚えるけれど。それは裏返せば精神の強さでもあるのだろう。
こと戦闘において、その特異性は優位に物事を動かす事が多い。
マリエッタはそんな『自分』を不思議な感覚で見つめていた。
「この距離は私の距離でもあります……変幻自在の隠影血華。死血の魔術、味わいなさい!」
赤き血潮が花弁の如く舞い散り、マリエッタの周りを飛ぶ。それは解き放たれた糸の如くイヴァーノへと絡まった。洗練された所作。磨き上げられた魔術の結晶を感じる。
「……あら、私は何を」
不意に意識が自身へと戻って首を傾げるも「いえ、使えるなら十分いい魔術です、攻めれるときには攻めますよ」とマリエッタはタクトを振った。
「どこまで寄り添えるか。私には……答えが出せませんけれど」
夢の中で大切な人が死んでいないこの刹那の時間だからこそ、伝うべき言葉がある。
「イヴァーノさん、私は彼女を助けたい」
エリーザを助けたいのだとマリエッタは魔種へと告げた。
「だって夢は優しいもの。悪夢ばかり見る私のようにならないで。
夢の中だけでも、大切な人と過ごせれば……それはとても幸せになれませんか?」
そんな優しい嘘でイヴァーノ自身が夢に沈んで行けばいい。
酷い魔女みたいだとマリエッタは緩く微笑んだ。
「そう、だね。とても幸せだ。君も悪夢ばかりで辛かっただろう? 優しい夢を見よう?」
夢へと誘うイヴァーノの声。マリエッタのエメラルドの瞳から輝きが失われ――
「大切な人を目の前で傷つけられることはとても悲しいことだとは思います」
沙月は眼前のイヴァーノを青紫の双眸で見据える。
「ですが、国を開いたから盗賊が来たというのはおかしいのではないでしょうか? 仮に国交を閉ざしたままであっても襲われていたと思いますよ。強力な結界などが張ってあった訳ではないですよね?」
「……」
沙月の言葉はとても正論だろう。緩く森に守られていた村は、突然の暴力に為す術も無く蹂躙された。
村に結界などは無く、用心していなかったのだと言われれば、返す言葉は見つからない。
「それに復讐をした所で大切な方が返ってくる訳ではないですよね?」
ただの自己満足なのではないかと沙月はイヴァーノを諭す。
「大切な人が復讐を望むような方だったら別ですが……」
「エリーザは……」
悔しげにイヴァーノは拳を握った。
沙月の言うとおり、恋人のエリーザは復讐を望むような性格では無い。
「そんなことより貴方の幸せを望むのではないでしょうか?」
「……まるで見てきたように言うんだね。そうさ、エリーザはきっと、巫女リュミエへの復讐なんて望んじゃいない。でも、嘆くだけじゃ何も進まないじゃないか。リュミエを殺して森を閉ざせば、いつか彼女を救う手立てが見つかるかもしれない」
沙月はイヴァーノの悲しげな表情のすぐ後に愉悦の化身コーラスが居る事に気付いた。
怒りのボルケーノ悲しみのセレナーデは理解もできよう。
されど、愉悦を感じている表情とはどういった意味なのだろう。その心がイヴァーノの中に少なからず在るということには違いない。
「自身より弱い者を刈り喜びを感じている状態とは思いますが、そんな姿を大切な人が見たらどう思うでしょうね?」
「……喜んで、るのか? 俺は、それを喜んで? エリーザが喜ばない、喜ばな、ことを?」
何かがおかしいと沙月は眉を寄せる。
言葉を重ねていく内に、イヴァーノの言動が少しずつ歪んで来ている気がするのだ。
過去の心象風景に介入しているからなのか、それともイヴァーノ自身が壊れて来ているのか。
「今は深緑が大変なことになってるのにどうしてこんな事をしようとするの! 今そんなことをしたら深緑がもっと荒れちゃうよ! 本当にそれがあなたの大切な人の為にすることなの?」
焔はイヴァーノへと槍を穿つ。貫かれた腕に刺さる槍を無理矢理引き抜いて、魔種は首を振った。
「もっと……? リュミエを殺せば森は閉ざされるはず」
「それは、過去のイヴァーノくんが見てる幻想だよ! 世界は一時も止まってなんてくれない」
リュミエを助ける為、幻想種を救う為眠りに閉ざされた森は、炎の翼によって焼かれている。
眠っていたリュミエにはその決断は出来ないだろう。
「森が、焼かれた……だと? 嘘だ……そんな事が。俺達の森が?」
イヴァーノは目を見開いて、その事実を受け止めたくないというように一歩後退った。
深緑に棲まう幻想種ならば誰しもが絶望に打ちひしがれるだろう。
故郷への愛が強いイヴァーノも例外では無い。
「嘘だ……そんな、そんな。リュミエが全部、全部悪い、やはり、殺さなければならない」
幻想種にとって森を焼かれることは、親を焼かれるのと同義。
「もし、リュミエ様を殺して深緑がまた閉ざされて大事な人達も元気になったとして。その時にあなたはそれまでと同じように笑えるの?」
恋人や家族が目覚めた時に、自分が犯した罪を、胸を張って言えるのかと焔は問うた。
「隠さなきゃいけないなら、それはやり方を間違えてるんじゃないの? それでも、そんな風になるとしてもリュミエ様を殺しに行くって言うなら、ボク達が力ずくでも止める! イヴァーノくんが本当の意味で大切な人達との関係を失わないようにするためにも!」
「君に何が、分かるんだ……!」
「分かんないよ! だって、ボクの気持ちだってイヴァーノ君わかんないでしょ!?」
焔を掴んだイヴァーノの頬をソアの拳が打った。
難しい事は分からないけれど、一つだけ自信を持って言えることがある。言わなきゃならない事があるとソアは渾身の一撃をイヴァーノにぶつける。
「どうしてこんな夢をまた見たの?」
過去の苦い記憶なのだろう。思い出したくも無いものなのかもしれない。だって、イヴァーノの心は揺れ動き苦しげに藻掻いている。
「リュミエ様を殺す決心のため? でも、こんな夢に頼らないと決心が足りないなら……それはイヴァーノさんが迷ってるからでしょう?」
「俺が、迷っている? リュミエを殺すことを? そんな、馬鹿な事が」
ある筈が無いという言葉はソアの拳に掻き消される。
「もう止めようよ、こんなこと。貴方とエリーザさんみたいな人を沢山ふえるのよ?」
ソアは目に涙を溜めてイヴァーノに組み付いた。想いを拳に乗せて叩き込む。
届いて欲しいから。強く強く、拳へ願いを込めた。
くつくつと不気味な嗤い声が聞こえる。
攻撃をしてくる訳でも無く、ただ戦場でイヴァーノとイレギュラーズの戦いをじっと見つめている愉悦の化身コーラスのものだ。
「気持ちがわかる――何て言いはしないわ。だってそれは貴方だけの痛みだもの」
朱華はイヴァーノの前へ踏み出し、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
自分達が出来ることはこうして向き合い、少しでもその想いを受け止めてあげる事だけだから。
「怒りに悲しみはわかるけど……あの隅で嗤ってるアレは何かしら? 正直いいモノには到底思えないわ」
「あれは……コーラス。そう、コーラスだ。愉悦? おかしい。俺は何故愉悦している? 怒りも悲しみも何処かへ消えてしまったのか?」
イヴァーノの変化に朱華は眉を寄せる。
イレギュラーズが倒した感情の化身。あれらはイヴァーノの心そのものだったのだろう。
憤怒も悲哀も安寧も。全て無くし、残ったのは愉悦の感情。
「愉悦など、俺は、違う……コーラスはもっと、別の……」
「しっかりしなさい!」
朱華はイヴァーノの頬をバチンと張った。魔種になったことにより、歪みが生じているのだろう。
最後に残った愉悦を抱え、イヴァーノはもう戻れぬ所まで来てしまっていたのかもしれない。
されど、もしもし怒りや悲しみ、今存在している思いとは別の何かを取り戻す事が出来たのなら。
こうして向き合う事も悪い事ではなかったと、そう言えるのではないかと朱華は言葉を投げ続ける。
「知らないなんて言ったけど、止まる事だってまた選択だもの。だから――」
――楽しい、楽しい。人間って本当に面白い生き物だ。
戦場の隅で嗤っているだけだったコーラスが手を叩いて歩いて来る。
ケタケタと、嘲うようにイヴァーノとイレギュラーズを指差した。
元々はイヴァーノの感情から生み出されたコーラスだが、その性質は滅びのアークによって変容し、今となっては乖離してしまっているのだろう。
クロバは舌打ちをしてイヴァーノとコーラスの間に割って入った。
「俺は復讐者にして守護者。俺はお前を否定したりはしないよ」
イヴァーノの向けてクロバは同じ気持ちであると、その心を肯定する。
「だが断言してやる、リュミエ様を殺しても何も変わらない。
――アンタの憎しみは行く先を喪いただ理由が欲しかっただけだ」
だからこそ、クロバにとってイヴァーノの言葉は『軽く』思えたのだ。
「この夢に来て改めてわかったよ、アンタがやろうとしているのは。
大切な人を”理由”にした憂さ晴らしだ!
故に名乗るぜ――復讐者でなく。
俺の名はクロバ・フユツキ! アンタを打ち倒す、深緑を変える旅人だ!!」
何度傷つこうともリュミエの元へは行かせないとクロバはイヴァーノへ剣を走らせた。
「そして侮ってもらっちゃ困る。俺もまた、大事な日常を奪われた大切なもののために抗う"元平凡な男(ごどうはい)"ってやつだ。まあ、正直な所――ふざけてんじゃねぇ!!」
形は違えど、クロバにとってリュミエは大切な人であった。
イヴァーノがエリーザを大切に思うように。
「確かにお前の悲劇はリュミエ様が森を開いたことから始まったのかもしれない。
だけどお前は知らないだろう、その裏で妹とのすれ違いで心を押し込めたあの人の悲しみを!!
聡明だけどどこか不器用なあの人は今も尚この地を守ろうとしてる!!」
ファルカウに愛されし巫女として、幻想種を守る導として。
「だから俺は助けるんだよ彼女を! そして……お前みたいな悲劇をこれ以上繰り返さないように、悲しみを増やさない為に! 俺が、深緑を変えてやる!!」
クロバは激しい本音と共に、イヴァーノへと斬りかかる。
「ならば、クロバ・フユツキ。証明してみせろ。本当に君が言うように巫女リュミエが本当に森を愛していたのかを。その身で――」
「やってやろうじゃねぇか!!!!」
激しい剣檄が戦場に響き渡った。
「イヴァーノ様、災いは国が開いたからやってきたのでしょうか。……いいえ。閉じていた時代にも悲劇はあったとお祖母様もお母様も言っていました。災いはいつだって、突然やってくるもの。それがたまたま、この時だっただけです」
ハンナは同じ森に住む幻想種として魔種となった青年の前に立つ。
「この惨状はリュミエ様のせいではなく、イヴァーノ様のせいでもありません。悪いのは全てこの人達。己の欲望の為に誰かを踏みつけにする人達です」
同胞のハンナの言葉はイヴァーノの心を強く響いた。
「だから私はイヴァーノ様を止めます。貴方がこれ以上流さなくていい血を流す前に」
ハンナの剣舞が魔種の胴を裂く。立て続けに重なる剣尖の弧。
「私は今、怒っています。イヴァーノ様が寄り道をしているからです」
「寄り道?」
ハンナの剣技に煽られ、魔種の上体が傾いだ。
「復讐が何より大事なことですか? エリーザ様よりも? この光景が本当ならエリーザ様は生きているのでしょう! こんな所で何を遊んでいるのですか!」
遊んでいる訳では無いとイヴァーノは首を振る。
「いつか何とかなるじゃなくて! 今、すぐ、何とかしなさい! これは貴方の力でしょうが! エリーザ様を助けるのは閉ざされた国ではなくて、貴方自身です!!」
叩きつけられるのは刃ではなく、芯の籠もった言葉の嵐。同胞からの熱いぬくもりだ。
「そう、か。苦しい、な……どうしたら、こんなにも辛く悲しく怒りが……俺は、怒っているのか?」
「イヴァーノ様?」
「怒って、いた……悲しんで、いた。筈……痛みはあるのに、何故。君は知っている、のか? 教えてくれ」
「……っ!?」
イヴァーノの影から出て来た紫色の夢霧がハンナの身体を覆う。
力尽き倒れているマリエッタと共に、魔種イヴァーノが夢の檻へ二人を攫った。
残された愉悦の化身コーラスの嗤い声が響き渡り、突如として眩い光に視界が覆われる。
目を数度瞬かせて、視界が光になれた頃。
心配そうに自分達を見つめるラビを見つけ、夢の中から戻って来たのだと安堵した。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
イヴァーノを止める事に成功した代わりに、二名夢檻に囚われました。
彼の心を最も掴んだ方にMVPをお送りします。
GMコメント
もみじです。
このままでは魔種イヴァーノがリュミエを殺してしまいます。
リュミエの危機を防ぎましょう。
●目的
・イヴァーノを止める
・一人でも夢の世界から帰って来る
●ロケーション
敵が用意した夢の中です。
昔の深緑の風景が再現されています。
そこまで今と変わっている様子はありません。
この場所は、イヴァーノの過去です。
村のあちこちで盗賊達が村人を襲っています。
・また、現実世界ではイレギュラーズは魔種イヴァーノの能力で水晶の中に閉じ込められています。
●敵
○イヴァーノ・ウォルター
魔種に覚醒したばかりの青年です。
彼の目の前には盗賊に襲われ、生死を彷徨っている女性(エリーザ)がいます。
イヴァーノはエリーザや家族を水晶の中に閉じ込め、盗賊を殺して回ります。
そして、リュミエの夢へと干渉するためにこの場を去るでしょう。
この夢を見るのはイヴァーノの覚悟の現れです。
リュミエの元へ行くのを止めるイレギュラーズを夢の中に閉じ込めようとするでしょう。
▽何故、リュミエを殺そうとしているのか。
イヴァーノは盗賊達が現れたのはリュミエが国を開くと決めたからだと思っています。
この惨劇もリュミエのせいだと憎んでいるのです。
○盗賊達×20人
イヴァーノの村を襲い、家族や恋人を殺した盗賊達です。
(正しくは家族や恋人達はまだ死んではいません。死ぬ間際、イヴァーノが時間を止めてしまいました)
イレギュラーズも村人だと思い込んで襲って来ます。
夢の中なので、力量が対比的に強くなっています。
○『愉悦の化身』コーラス
黄金の仮面に張り付いている笑顔。愉悦の化身です。
積極的にイレギュラーズを攻撃することはありませんが戦場の隅で嗤っています。
○『憤怒の化身』ボルケーノ
赤き焔と青き灼。二つの色を併せ持つ憤怒の化身です。
イヴァーノの心象風景を妨げるイレギュラーズを排除しようとします。
火炎系のBSを広範囲にばら撒きます。
巨体でジャンプして飛び上がり、落ちてくる攻撃は戦場全体を揺るがします。
タフな巨人といった見た目です。
○『悲哀の化身』セレナーデ
緑の風と藍の雫。二つの属性を繰り出す悲哀の化身です。
イヴァーノの心象風景を妨げるイレギュラーズを排除しようとします。
悲しみの歌を歌い、精神的な汚染をしてきます。辛い過去が蘇ります。
凍てつく氷河の水を戦場全体に叩きつけます。氷結系BS。寒さで凍えてしまうでしょう。
水色の人魚といった見た目です。
○『安寧の化身』ノクターン
消失しています。
●イヴァーノを止める方法
直接戦うのは勿論、彼を動揺させたり、寄り添ったりして隙を作る事も大切です。
彼の憎しみと、大切な人を想う心はとても強いので、上辺だけの言葉では響きません。
難易度なりの作戦と心情へのアプローチが必要となるでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●『夢檻』
当シナリオでは<タレイアの心臓>専用の特殊判定『夢檻』状態に陥る可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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