PandoraPartyProject

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セフィロトの影

 フウガ・ロウライトが改めて追撃に回った頃には、少年たちを捨て駒に逃げ出したカストラブルク城伯は、すっかり姿を晦ませていた。彼とて、領主がその地位の証たる居城を逃げるように去る屈辱が解らぬほど愚昧ではない。ましてや、大義名分が何よりも幅を利かせるこの天義でだ。それでも敵を相手に大人しく殉教してやるのと比べれば、生きて捲土重来を期す事が出来るのは幾許かは重畳なのだと自分自身に言い聞かせたのだ。

 その甲斐あって彼が伝手を頼って身を寄せた『告死鳥』ロレンツォ・フォルトゥナートは、彼の頼もしい支援者になってくれた。正直、古くから公正さで知られたこの武闘派高位聖職者が自分達保守派に味方するのか、ロウライト家ら革新派に味方するのかは城伯にも最初は測りかねていた。もしや、彼もロウライト家と同様に自分を断罪しようとするのでは……会った時、城伯はそのように戦々恐々としたそうではあるが……実際に会ってみれば彼が語った言葉はこうだ。

「なるほど、城伯殿はアドラステイアの背教者共――オンネリネンと言ったか――を雇い入れるという不正義を働いたとは言えるのだろう。しかし……それらを非難できるほど、彼らは公明正大であったと言うのだろうか?」

 革新派が推し進めているこの国の改革路線とは、表面的な不正義に囚われて内なる正義を見落とす事の無い世を作らんという願いであろう。不正義を苛烈に断罪する事を是とする保守派の旗印たるナイトメア家がアドラステイアの関係者と内通してオンネリネンの子供達を傭兵として雇い入れたとして、もしもそれが子供達を偽りの神に傾倒する邪悪から遠ざける為の社会奉仕であったならどうか?
 確かに、ロレンツォとて険しい表情を城伯に向けずにはおれない。保守派が今の教皇を快く思っておらぬのも、更にその中でも強硬派と呼ばれる者達が教皇の首を挿げ替える機会さえ伺っていた事も事実ではあるからだ。
「だとしても……貴殿らの叛意の証拠を掲げるでも無く暗殺を目論む事に、何がしかの正当性があるものであろうか?」

 ロウライト家当主セツナ・ロウライトとて、その事実は重々に承知していた。にもかかわらず……彼はロウライト家の暗部たる封魔忍軍を動かして、保守強硬派の物理的な切り崩しを目論んだ。
 ここで表立って保守強硬派を非難しても、逆に何もせず彼らを野放しにしても、いずれにせよ国を二分する対立が始まるだろう。
 だが、もしも全てをロウライト家の独断専行で片付ける事さえ出来たなら、自分が悪役になるだけで済む。
 だから事が明るみに出る前に、一度の荒療治で全てを根治する――その困難な試みをセツナは達成しようとし、結局、幾つかの勝利で強硬派の勢いを削ぎつつも失敗に終わった。

 後日、自ら聖都フォン・ルーベルグに登城したロレンツォは公の場で革新派による保守派暗殺行為を批判する事となる。すると……セツナは『一連の政争の一部に自身の監督不行き届きがあった』事をあっさりと認め、公にロウライト家の当主を辞する事を宣言する。
(見事な退き際だ)
 それにはロレンツォとて舌を巻くほかは無かった。ここで自身の行為を正当化でもし始めるようならば、保守派と革新派の間に横たわる溝は天義を大いに引き裂いただろうに。
 もしや、セツナは自身の真の思惑に気付いていたのだろうか? ……いや、彼の行動は全てが『ロレンツォ・フォルトゥナートであれば当然為すべき事』でしか無かった筈だ。
 ああ、悔しいがあっぱれな奴よ。彼が我が身を犠牲に天義内戦を阻止したお蔭で、秘密宗教結社セフィロト(同名ではあるが練達の首都とは無関係な筈だ)の世界破壊計画は少しばかり後退してしまった。
(では……あまり派手に動きたくはないのだが、少しばかりカンフル剤を用意するとしようか)
 ロレンツォ――セフィロト第五セフィラ『ゲブラー』を冠する人物は、新たなる策略を開始する。
 セツナ・ロウライト及びフウガ・ロウライトの足取り、所在が公的な場から失われたのは、ほぼ同時の出来事であった。

 ※セツナ・ロウライトとフウガ・ロウライトの行方が不明になったようです……
 ※天義国のエールリヒの城下にて宴が開かれているようです――?

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