PandoraPartyProject

シナリオ詳細

熱情と信条

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 それが双子の兄の指示であるのなら、仕方がないかと『風の暗殺者』フウガ・ロウライトは頭を掻いた。標的は今の天義の遣り方を認めようとせず、苛烈な断罪のみを是とする旧い価値観で生きる保守派の貴族。
 目の前の、うら若く見える精霊種女性の佇まいからは、フウガから見ても申し分のない実力が見て取れる。兄から言い渡された任務には、確かに自分たち『封魔忍軍』以上に彼女のような戦力が必要になるだろう。
「……しっかし、サクラの奴に嫌われちまうな」
「どうされました?」
 女性――灰雪 鞠乃の問いかけに「いや、こっちの話だ」と答えるとフウガは兄から送られてきた資料を手に、眺めるともなしに眺めてみせる。

 城攻めか。
 兄、セツナ・ロウライトが保守派排除のために暗躍しているという噂がすでに広がっているのか、標的の貴族カストラブルク城伯は居城を要塞化して立て篭もっているという。しかも冥刻のエクリプス事件の際には「首都まで遠い」とかそんな適当な理由をつけることでケチった派兵の出費を、あろうことか不正義の権化たるアドラステイアが母体の少年傭兵団オンネリネンを雇い入れるために使いさえして。
 妹の『聖奠聖騎士』サクラが(p3p005004)がアドラステイアに利用されている少年少女たちを可能なかぎり救ってやりたいと願っているらしいことは、当然セツナも知っているはずだ。だというのに兄はカストラブルク城伯を討てと言う。
 嫌な依頼だ。カストラブルク城伯はともすれば正規の騎士たちよりも忠実なオンネリネンの子供たちを逃げ場のない時間稼ぎの戦場に配置して、いつでも使い捨てるつもり満々らしい。そのような輩をのさばらせておけぬというのはフウガも納得するばかりだが……そのためには妹が守りたいと願う者たちまで討つことになる。

「師、弦一郎様はわたくしに、思いの丈は全て剣に乗せよと仰せでした。雇われの身で差し出がましいことを申し上げるようですが、フウガ様もそのようになさればよろしいのではありませんか? 結果、そのサクラ様という方に止められる結果となるのであれば、それもまた一興。どうかサクラ様をお信じなさいませ」
 そんな鞠乃の言い分に、それもそうだな、とフウガは返した。自分――そして兄が間違っているというのであれば、妹が自分を止めてくれるだろう。聞けば鞠乃にも、彼女が「お姉様」と慕う 『シュレーディンガーの男の娘』Alice・iris・2ndcolor(p3p004337)がいると言うではないか。鞠乃は、間違った時にはお姉様が止めてくれると信じて疑っていない。全力を出し、それでも敵わぬのであれば……それはきっとお姉様から自分への愛なのだ、と。

 かくして封魔忍軍は、ひそかにカストラブルクに向けて進軍を開始する。自らが正しいと信じることのために。
 そしてその阻止のため動くであろう愛する者たちと、心ゆくまで剣で語るため。

GMコメント

 天義の保守派と革新派の対立の中で、オンネリネンの子供たちが犠牲になろうとしています。
 本シナリオの目的は、この子供たちを救うこと。ですが彼らは任務のために、暗殺者たちとの絶望的な戦いに身を投じようとしています。彼らを救うには……暗殺者たち――フウガ・ロウライトと灰雪 鞠乃のタッグを止めねばなりません。

●成功条件
 オンネリネン全員の保護。

●戦場
 カストラブルク城の秘密地下通路の手前の小部屋です。テーブルや椅子などの障害物アリ。
 大きさは8メートル四方ほど(学校の教室くらい)なので、よっぽど対角近くから対角近くへの攻撃でもないかぎり、【万能】のない遠距離攻撃は大幅なペナルティ、超遠攻撃に至っては攻撃そのものが不可能となることに注意してください。
 ただしその気になれば、地下通路の奥や部屋に通じる廊下の先などから攻撃することにより、ギリギリで中距離からの攻撃にすることができます。とはいえ廊下から見える範囲は限られているでしょうから、どうしても遠距離攻撃が必要なのでもなければ近接攻撃を選んだほうが無難だろうとは思いますが。

●味方と敵
・オンネリネンの子供たち×20
 城伯の指図により、小部屋でフウガと鞠乃を迎え撃ちます。「小部屋は全員が同時に戦うには狭い」という理由で、4~5人が小部屋で戦い、数が減ったら次が出てくるという戦い方を指示されています。確かに22人全員が部屋内で戦うのは厳しいですがそんなに小出しにしないといけない大きさでもないはずなので、単に城伯が彼らを時間稼ぎの使い捨てとして使いたいだけでしょう。
 特異運命座標をアドラステイアの仲間を殺す敵として認識してはいますが、自身を敵から守ってくれる背中を刺したりはしない程度の戦況判断は行なえます。

・督戦隊×3
 オンネリネンが裏切らないように監視する役割を負った騎士たちです。子供たちが残り少なくなればもう十分だと判断して城伯を追います。地下通路の最後尾の物陰に陣取っています。

・フウガ・ロウライト
 ロウライト家の諜報(&暗殺)組織『封魔忍軍』の長。
 正面からの戦闘ではそこまで強力なわけではありませんが、ブレイク・摩耗といった搦め手や、HA吸収・攻勢BS回復といった継戦能力に長けています。素早さには自信アリ。

・灰雪 鞠乃
 鍛錬のためには善悪を厭わぬ武人集団『鬼閃党』の一員。戦の香りを嗅ぎつけて封魔忍軍に自分を売り込みました。
 フウガが搦め手ならこちらはストレート。感情の赴くままに振るう刀は、怒りなら火炎系・嫉妬なら毒系・悲しみなら凍結系など、感情に応じたBSや効果を発揮します。感情豊かでころころと変わります。物攻お化け。

●別案その1
 フウガたちよりも先にオンネリネンの子供たちを(殺さぬように)倒してしまえば、彼らが殺される心配はありません。
 この方法を取る場合、敵はオンネリネンと督戦隊です。もしも督戦隊が皆様の意図を察してしまった場合、彼らはオンネリネンを人質に取るでしょう。戦闘難易度はEASYになりますが意図を察された時点で成功条件の達成が著しく困難になってしまうため、総合的にはやはり難易度HARDです。

●別案その2
 もしかしたら皆様は、ここで20人の子供たちを助けるよりも卑劣なカストラブルク城伯を確実に捕縛する選択をなさるかもしれません。『参加者全員が』この選択をした場合、シナリオは必ず失敗となりますが、カストラブルク城伯がまんまと逃げおおせてしまう心配も絶対にありません。必ず裁きが下ります。
 この選択をしたとしても、子供たち全員が死亡するわけではありません。子供たちに入念に止めを刺そうとするのは督戦隊だけなので、死亡するのは運の悪かった数名程度でしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●その他
 本シナリオでは参加費用が通常時よりも値上げされております。そのため、獲得経験値・GOLDは3割増となります。

  • 熱情と信条完了
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年04月03日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
Alice・iris・2ndcolor(p3p004337)
シュレーディンガーの男の娘
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
佐藤 美咲(p3p009818)
無職

リプレイ

●再会と機会
 そこに『シュレーディンガーの男の娘』Alice・iris・2ndcolor(p3p004337)の姿を見て取った途端、彼女の表情はぱっと場違いなまでの明るさを帯びた。
 自分こそが正義の側に立っていると信じて疑わぬ、反吐の出る男を捕らえることも。その男を守るために命を賭し立ちはだかる者たちを、斬り捨てることも。何もかもがすっかり意識の彼方に飛んでしまったかのように、ただ『お姉様』だけをじっと見つめる灰雪 鞠乃。
 それでいい、とアリスは微笑んでみせた。全力で止めに来たわよ。さぁ、存分に傷つけ愛ましょ♪ 彼女が自分ばかりを見ていてくれるなら、オンネリネン――アリスの将来の宿主候補たちの命は、それだけ保証に近づくはずなのだから。
 対して……『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)の顔があると知った途端、やっぱり来たか、といった表情を浮かべたのが『風の暗殺者』フウガ・ロウライト。ばつの悪そうな顔をするわけでもなく、後ろめたそうな顔をするわけでもなく、まるでそうなると解っていたかのように目の前の出来事を受け容れるかのような態度の兄は……おそらくは妹が何を想っているのか――時には罪なき小を切り捨ててでも大を救えるのが為政者の資格だと解ってはおれどもそれを認めるわけにはゆかないという葛藤を、すっかり見抜いているのだろう。
「退くんだサクラ。これ以上誰かを同じ目に遭わせたくないと思えばこそ、な」
 そう警告するフウガの言葉は、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)思うに恐らくは真実なのだろう。アドラステイアという明確な脅威がすぐそこにあるにもかかわらず、国家に混乱を招くことを厭わぬ保守派たち。目の前の男は風体こそ軽薄さを感じさせはするものの、瞳にはどこかそれを収めるためならば地獄に堕ちるくらいはしてやるかという決意が宿るようにも見える。
「……ですけれど私には、今夜の夢見も大切ですのよ」
 すぐに良い機会が訪れるよう、ヴァレーリヤの両の手の指が祈りの形に折られた。ただ大人たちの都合に翻弄される子供たちのためだけでなく、サクラや、今頃は椅子やテーブルで作ったバリケードの後ろで虎視眈々と奇襲の機会を窺っているだろう『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)の想いまで代弁するように。
 一方で、小鬼は祈りはしない。祈っている暇があるのなら、その時間でどんなに意地汚くともいいから足掻くのがゴブリン流だ。
「こっちだってよ、一番ぶっ殺すべきなのが誰なのかは嫌ってほどよく解ってるんだ!」
 だから喚き散らした『最期に映した男』キドー(p3p000244)。
「だがよ、俺みてえな小汚ねえゴブリンにだって、選びたい手段ってやつはあるもんだ。アンタらがそいつをおじゃんにしようって言うんなら……」
 両手に山刀と守り刀を抜き、それぞれ指先で回して逆手に握る。
「……やることなんてのは決まってるわな」
「そうっスね……少なくとも私は悪辣なガキよりも善良な大人殺すほうがやりやすい質ですし……ね」

●羨望と願望
 ククリを目眩ましにしてからの、祈りを篭めての一閃――小鬼は確かに祈らぬが、クソエルフの家宝がそれを即物的な切れ味に変えてくれるっていうなら別だ――は、鞠乃の剣に弾かれてなお、彼女の四肢に幾らかの傷を生む。
 仕留めるにはまだまだ遠い一撃。だが、今はそれで構やしない。その後には先程彼の独り言に答えると同時に放たれた、『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)の銃弾が控えるのだから。
 無造作に握られたH1973から、次々に薬莢が排出される。しかし撃ち出された鉛玉のほとんどは、鞠乃の体捌きひとつでかすり傷に変わってゆくばかり。……が。
 ただでさえ狭いうえに動きにくく作られた戦場のせいで、身を置く場所にも限度が用意されている。であれば、急所を狙いつづける美咲の弾丸を止めるには、いつかはこうする他はない……すなわち弾丸そのものを刀で斬り裂いて、飛跡を自身の左右に分かつ以外には!
 攻撃に転じる暇がない。鞠乃の額に汗が滲むも、しかし口許は戦への歓びに綻んでいる。仲間たちですらこうも楽しませてくれる。だったらお姉様はどのように自分を楽しませてくれるのだろう? きっとそれはとても甘美な快楽で――。

 だが直後の脚を噛まれて振り回された時の感覚に、鞠乃は自分がしばし雑念を抱きすぎていたことを知った。物陰から不意に飛び出してきた野生。少年か少女かを判別する暇すら与えてくれぬまま鞠乃の脚に喰らいついたリュコスの牙は、勢いのまま獲物を軽々と天井にまで放り投げてしまったほどに荒々しい感情を内に秘めている。
 弱気そうで、臆病そうで、今にも泣きそうな顔をしているはずなのに。だというのにこれほど強い感情を露にするリュコスはきっと、想いのまま生きたいという命の灯を、どんな抑圧の下ででも絶やさずに生きてきたのだろう。それがどれほどの希望であり絶望であったかは鞠乃には想像するほかないが、その自由への渇望の強さが彼女には羨ましい。いや、もしかしたら嫉ましくさえあったのかもしれない。
 だからその羨望を剣に乗せてぶつけてやろうと思ったのに……リュコスはすぐに尻尾を丸めるかのように、再び刃の届かない物陰へと隠れてしまった。代わりに鞠乃を責め立てるのは、ヴァレーリヤの唱えるこんな聖句だ。
「主よ、慈悲深き天の王よ。彼の者を破滅の毒より救い給え。毒の名は激情。毒の名は狂乱」
 かつて敬虔な神の僕たらんと自らを縛めていた頃に、鞠乃もそれこそが正しいと思い込んでいた祈り。それが圧倒的な神威の奔流としてヴァレーリヤの聖鎚から吐き出されるが……鞠乃は彼女に屈しようとしない。何故ならそれを認めることは、他ならぬお姉様の教えを否定することだと彼女は信じているから。
 ほら、お姉様もこう言っている。

 怒りを憤る事莫れ。
 悲しみを哀しむ事莫れ。

 そして……恐れを怖れる事莫れ。
「わたくしの想いを理解してくださる方は、やはりお姉様しかいないのですね!」
 歓喜に満ちた剣が真っ直ぐに、立ちはだかる障害の全てを一挙に跳ね除けながらアリスへと突き出されていった。いいわ! とてもいい! どれほど捻じ伏せられても決して折れまいという強い感情は、それこそアリスの大好物だ。
 アリスの全身を満たす歓喜につられてうねる、寄生触手の僅かな隙間を、剣は狙い違わず貫いた。アリスの肌が鮮血に染まり、鞠乃が刃を斬り上げたなら、飛沫の一部が頬にもかかる。
 ……が、それを舐め取るアリスの恍惚の表情。
「あはははは、互いに流し愛うこの血よりも甘いものは、どんなスイーツ店にも置いてないわ❤」
 そして恍惚はますますアリスの感情を昂ぶらせ、放つ魔はお返しとばかりに鞠乃の全身をランダムに傷つける!

 そうやって想いと想いがぶつかり合う中で……無情が、オンネリネンの子供たちへと忍び寄る。

●無情と激情
 兄が自身と相対したまま動かなかったことは、ひとまずサクラにとって安堵の要素ではあった。
「強くなったよな、サクラ」
 声を掛ける兄。こうして面と向かって褒められるだなんて、はたして何時ぶりのことだっただろうか?
 でも、こんなところで褒められたくはなかった。兄の視線は今もちらちらと周囲に向けられており、彼女は気を抜けばすぐにでもオンネリネンの首を刎ねに行ってしまうだろう兄を止めるため必死なだけだ。
「なあ。俺はそんなお前と戦いたくなんてないんだ」
 それはサクラとて同じ想いだ。だけど矛を収めることなんてできるわけがない。すれば、罪のない――もし罪があるのだとしてもまだ幾らでもやり直せる子供たちの命が奪われるのだから。
「私は……お兄様を止めてみせます」
 宣言する。口の中が乾く。一方の兄は、優しい目元で頷いて……懐から何かの小瓶を取り出してみせた。
「……使うなら、もっと後に控えてるだろう奴らに使いたかったんだがな」
「!! 天義の聖騎士、サクラ・ロウライト!いざ、参ります!」
 それが何であるのかを理解して、瞬天三段を打ち込んだサクラ。だが刀――禍斬が兄の額に傷を生むより早く、小瓶は宙に舞っている!
「目の前の誰かを救おうと必死になることを、馬鹿にするつもりはないさ。けれど……本当に、守りたいものがあるのなら、実の兄でも躊躇なく殺せ」
 そう諭すフウガの姿は、広がった煙の中へと隠れ。サクラの後方――部屋の奥からは、幾つも苦しげな悲鳴が上がる。
「行け、灰雪 鞠乃! こちらが全力で目的を果たそうとしてこそ引き出せる感情ってのもあるんだからな!」
「げぇっ! ぺっ、ぺっ! 麻痺毒の煙で全員もろとも巻き込むたぁ恐れ入ったぜ!」
 悪態を吐いたキドーの脇を、誰かの気配がすり抜けてゆく。直前のフウガの台詞から察するに鞠乃なのだろう。
 盗賊小鬼の面目躍如、素早く煙の少ない辺りに伏せて息を止めたキドーは目鼻が痛いだけで済んだからいい。だが、体に合わない大きな鎧を着込んだうえに狭い通路に押し込められた、オンネリネンの連中はどうだ? 督戦隊の連中はザマあないことに咳き込んでやがるが、だからって鞠乃の刀を避けられるものか!
「畜生め、青髭の野郎! あそこまで手の込んだことをしておきながら、結局行き着くところは都合のいい肉壁扱いかよ!」
 俺みたいな小悪党が言なって話ではあるがなガハハと、馬鹿笑いして苛立ちを吹き飛ばそうとはするが、どこかにこびりついた不快感は拭えなかった。もっともアドラステイアの連中とて金稼ぎの道具に簡単に死なれちゃ困るだろうから、奴らとしてもカストラブルク城伯が決して安くない金を払って雇った傭兵を使い潰すとは思っていなかったのかもしれぬ。が……まさか相手がどんな奴かも知らずに売っておいて、「卑劣なカストラブルク城伯が悪いんです我々はむしろ被害者です」なんて言い訳が通じるとは思ってないだろうな?
「マトモに動けなくとも構わん! 兎に角その身で奴らを止めろ……ゲホッ、ゲホッ」
 子供たちの後ろで威張り散らした聖騎士のひとりが、拍子に煙を吸い込んで盛大にむせた。
「そんな必要はありませんわ! 彼らを迎え撃つのは私たち。貴方たちは見ているだけ構いませんのよ」
 声を張り上げ返すヴァレーリヤ。もつれた足が自分たちで積み上げた家具を蹴り、無様に椅子ごと鞠乃の前に飛び出したっていい。信仰者とは名ばかりの聖騎士たちが、安全なところでふんぞり返ってばかりいるのであれば、逆に彼らに嗤われながらその全身を刃に切り刻まれることこそ、真の信仰の証に違いないのだから!
「一刀のもとに切り捨てて、道を切り開くつもりだったのですが」
「驚きまして? 残念だけれど、私、結構しぶといんですのよ!」
 瓦礫と化した家具の中から立ち上がったヴァレーリヤの鉄の右腕が、ゆらりと聖鎚を天に掲げた。
 対する鞠乃も剣を燃やす。
「これまで、わたくしは信仰なんて、感情を抑えつけるための道具だとばかり思っておりました。ですが貴女を見ていると、あるいはそれはわたくしの未熟さだったのではないかと思い知らされます。
 どうなのでしょう、お姉様? わたくしは思いのまま振る舞っていたつもりでしたけれど、まだまだ、その真実にはほど遠かったのでしょうか? この剣は、お姉様に捧げるには足りぬものなのでしょうか?
 お姉様。あの日そうしてくださった時のように、どうかわたくしに目指すべき姿を教えてください……そうすればわたくしは、きっとお姉様に相応しいわたくしになれるでしょうから!」

●欲求と希求
 そんな鞠乃の渇望を、激しい快楽が包み込んだ。アリスの触手だ。触手は鞠乃の苦悩も葛藤も何もかもを包容し、意識を遠いどこかへといざなわんとする。
 だからこそ。その快楽は彼女の剣技をこの上なく高めてくれる。
「どっせえーーい!!!!!」
 ヴァレーリヤが渾身の力で振り下ろした聖鎚をマトモに受けてなお、鞠乃の心は歓喜に満ちる!
「どなたかの感情を一身に受けるということが、こんなにも心躍らせてくれたのは初めてのことです……! ではわたくしにも今抱いている想い、お姉様に――皆様にぶつけさせてくださいませ!」
 死んだらごめんなさいね、と、美咲は呟くように返してみせた。分析するに、鞠乃は防御を捨てたように見えて、剣技も、体捌きもむしろ切れを増している。もっとも別に、その程度で当てられなくなるような戦闘訓練を受けてきたとは、美咲――いや■■■■は思っていないし実際当てること自体はそう困っていないのではあるが。
(厄介なのは、“無能な働き者”のほうなんスよね……)

 ついに鞠乃が勝利の雄叫びを上げ、ヴァレーリヤの背から刀を引き抜いた。虐げられし人々の安寧と幸福とアルコールを何より愛した女司祭もようやく精根尽き果てて、祈るように聖鎚を握り締めたまま動かない。その動かなくなった自身の体こそが鞠乃がオンネリネンの子供たちに至るまでの最後の砦になるように、椅子の残骸を抱え込んで自ら障害物となりながら。
 ただ、美咲が渋い顔を作った理由はそれではないのだ。隠し通路の一番奥では、聖騎士を自称するならず者たちが、オンネリネンたちに何やら命令している。
(次の奴は加勢しろ? 敵もローレットを相手に消耗している? ああ、戦力を小出しにするのは敵を討つのには下策っスけど、時間稼ぎには有効なんスよね……邪魔をするのも大概にしろ)
 そりゃあ彼らも仲間を傷つけ友人の領民を殺したアドラステイアの仲間だし、最後には多少の痛い目を見て反省を促したいと思ってはいる。だがそんな美咲とて、脅しはしても本当に死なせるつもりなんてない。だというのに荒ぶるあまり、敵も家具も等しくバラバラに切り刻まんと欲する鞠乃の前に彼らをのこのこと出させてこられたら……美咲としては攻めの手を捨ててでも彼らに気を配らなければならなくなるじゃないか。
「悪いけど、私の分まで任せるっスよ」
 託した先には銀色の影。自分が何故何を託されたのかの重責を理解したその影は、狼の遠吠えを思わせる大きな悲鳴を上げた。
 剣を引いて再び放つまでの僅かな時間を見つけ、鞠乃の腕に、なりふり構わずしがみつく。充足の絶頂にあった鞠乃が一転して恐怖の感情に囚われてしまうほど、ただひたすらに彼女を止める。
「ごめんね……。でも、子どもたちをりようしておきざりにして、自分だけにげる貴族って、いやじゃないかな? そうやっておきざりにされる子どもたちは、たすけてあげたいって思わないかな……!?」
 鞠乃へのお願いに必死なあまりリュコスの魔法が解けて、あんなにも見られるのを恐れていた狼の耳と尻尾が露わになった。でも……今はそれらを隠すことすら忘れて。ただ目の前の“もう一人の自分”たち――悪意ある者たちのせいで命を奪われそうになっている者たちを助けたいと願う。
「ねえ、そっちの人も! 仲、よかったんじゃないの……? なのに、こんなときにいつまでケンカしてるの……?」

●切望と希望
「……お姉様」
 ふと、小声で囁くように。甘えるように。鞠乃がそっとアリスを呼んだ。
「わたくしは師である弦一郎様に、感情のまま剣を振るえば強くなれると教えられました。ですが今わたくしは――この想いを抱いたまま戦ってしまえば、逆に刃が鈍ってしまうように思えるのです」
 一体、どうすればいいのでしょうか――鞠乃の心に今わだかまっているものは、それによりアリスの恩寵を失ってしまうのではないかという恐怖。そんな葛藤もまた甘露だわ――鞠乃の頬に飛び散った血を、ぺろりと舐め取ってやるアリス。
「言ったでしょ? 『恐れを怖れる事莫れ』。強いアナタも好きだけど、アナタが彼らを助けてくれるならそれも嬉しいわ?」

「まだ退いてくださいませんか、お兄様」
 いつしかすっかり重く感じるようになった禍斬をそれでも構え、サクラは訊いた。
「真の正義とは何か――その答えが出せるほど、私は立派なものではありません。それでも……私には、私の正義があります。……それは! 誰にも恥じずに生きるということ!!」
 このまま兄を止めつづければ、それで十分なことは解ってはいる。だが長い時間を食わされたばかりか、鞠乃の剣が絨毯の上に落ち、リュコスにまでああ言われてまだ進むというのなら。
 サクラは――ロウライトの血は滾らねばならない。
「全力で立ち向かいます……そして絶対に倒れはしない!」

 サクラが攻勢に転じた瞬間に生まれた意識の空隙を、フウガの腕は逃さず突いた。
「……それでいい」
 倒れ込む妹の背を愛おしそうにさすった後に……フウガは闇に溶け込むように元来た道に姿をくらませる。
「愚か者め! 正義がどちらにあるか思い知ったか!! 我々は城伯閣下に報告しにゆくが、傭兵どもと特異運命座標諸君はこの先に立ち入るでないぞ! この場所に隠し通路があるという事実自体が、本来、知れば命はないのだ……余計な詮索が何を招くか、まさか解らぬとは言わせぬぞ」
 何やら喚いた聖騎士たち。ペッ、とキドーはつばを吐いてみせた。
「アンタらこそ後になってから、やっぱり口封じを、なんて言い出さねえこったな。ゴブリンだって妖精の一種だ、俺らにも、そこのガキらにももし手を出すようなら……俺なんぞよりもよっぽどおっかねえ妖精が、寝てる間にアンタらと城伯の喉笛を噛み千切りに行くぜ」

 ハッタリを、と吐き捨てて聖騎士たちが隠し通路の奥に消えていった、その後で。
「さて……解ってるっスね? オンネリネン」
 美咲の言葉に再び緊張が走る。
 だがそれは、彼らに捕縛という形で救いを与えるために必要な儀式のようなものだ。
 彼らは互いに剣を向け合って、そして――……。

成否

成功

MVP

リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し

状態異常

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星

あとがき

 際どい戦いになりはしましたが、灰雪 鞠乃は戦闘を中止して、辛うじて、皆様はフウガ・ロウライトが追撃を断念するだけの時間稼ぎに成功しました。これにより督戦隊もその役目を終えたため、オンネリネンの子供たちは放置され――すなわち、無事に保護に成功したという結果になります。
 無論、カストラブルク城伯はまんまと逃げおおせ、今頃はどこか別の保守派貴族の下で庇護されていることでしょう。しかし、彼に裁きが下るのはまた別の話……今は子供たちの命が救われたことを喜ぶとしましょう。

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