PandoraPartyProject

シナリオ詳細

エールリヒの確執

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●新当主誕生の夜に
 あわや天義を二分しかけた保守派と革新派の対立は、セツナ・ロウライトの引退宣言とともに落ち着きを取り戻しつつあった。いかに保守派が密かに反逆の準備を整えているように見えたとしても、用いるべからざる手段はあるのだという強いメッセージを残し。
 もっとも、退いたのが革新派の側であったからといって、保守派の勝利であったというわけもない。セツナの残した資料には、保守派に属する幾らかの者たちの、言い逃れし得ぬ不正義の証拠が記されていたからだ。故にセツナの勇み足が“先見の明”と再評価されてしまわぬうちに、彼らは行動で示さねばならぬであろう……幾らかの者はそうであったかもしれないが、我々の全てに大それた目論見があるのではない、全ては誤解に過ぎぬのだ、と。
 よって、事の発端であるエールリヒ森林伯家にて当主カールがその座を追われ、配下の聖騎士団で親の七光りをほしいままにしていた長男や次男でなく聖都で学業に専念していた三男坊クルトに爵位が継がれると決まった時にも、誰も公に異を唱えることはしなかった。
 もっとも保守派とて、本当にただ保身のために沈黙を守ったわけではない。クルトが聖都にて革新派の思想からも多くを取り入れようとしていた学生であったことはエールリヒの城下においても知られた事実ではあったが、所詮はまだ二十歳にも満たない若造だ。周囲は兄ら保守的な者たちばかりに固められており大幅な改革などできぬという見立てがあればこそ、誰もがそんなものは「保守色の強いエールリヒまで革新派の影響下に入った」というアピールのため白羽の矢が立っただけにすぎぬと静観していたわけだ。

 それはそれとして今日の城下はお祭り騒ぎである。新領主に不安があるからといって、数少ない羽目を外してもいい機会を領民たちが見逃そうはずもない。普段は節制を美徳とする人々も、お上から直々に(形くらいは)祝福せよと言われれば、町のあちこちで屋台が出、揃って飲んで食っては歌って踊る。
 ……が。

 その宴の場で人々が次々に倒れ、エールリヒの人々を震撼させたのである。

 原因とされた中華料理の出店は、料理を作る少女と歌と踊りを披露する少女のものだった。見目麗しい客寄せ少女に興味を持った者たちが、ここが露店とは思えぬほどレパートリー豊富な、宝石のように美しい点心に心を奪われて買ってゆく。そして持ち帰ったどこかでそれを食べ……その直後、泡を吹き意識を失った。それが目撃者の証言だ。
 にもかかわらず少女たちは頑なに、自分たちが毒殺を企てたとは認めなかった。点心に混入した毒はいまだ特定されておらぬどころか、正体の見当すらついてはいない。
 であれば……何故彼らは死んだのか? 誰かが詰問すれば料理人の少女は、少し悩んだ後に満面の笑みを浮かべてこう答えてみせる。
「わからないけど……きっとあまりにも明明が作った料理が美味しかったから幸せで逝っちゃったんだね!」

 彼女らはこの町の出身者ではない。ゆえに口さがない者たちは彼女を余所者同然の新領主と関連付けて、こんな憶測をあたかも真実であるかのように語る。
『革新派の新領主は自分を操ろうとする者らを牽制するために、罪なき領民を殺して見せしめにした』
『これこそ革新派の本性であり、善良なる人々は必ずや抗わねばならぬ』
 このような風説がひとたび広く人々の口に上ったならば、どれほど後から否定の証拠が現れたとしても捏造と疑われるのみだろう。
 その結果、何が起こるのか?
 今はまだ、誰も気付いてはいない。宗教団体『セフィロト』の第五セフィラ『ゲブラー』こと、『告死鳥』ロレンツォ・フォルトゥナートの描いた青写真の存在に。

GMコメント

 かくして祝福されるべき夜は何者かの陰謀により、対立の火種へと代わりつつあります。この火種を鎮火させられるには、どのような行動が必要でしょうか?
 領民と当主、ひいては保守派と革新派の対立を防ぎ、エールリヒの町に平和をもたらせるのは、偶然にもこの夜この町に居合わせた皆様だけでしょう。

●すべきこと
 成功条件は『領民と当主の対立を防ぐこと』ですが、そのために「これさえすればいい」というものはありません。成功するか否かは皆様の発想と行動次第です。
 とはいえ、「これをしておけば確実に成功に近付く」と言える事柄は幾つか考えられます。以下にその一例を挙げておきます。

【1】人々を救命する
 既に幾らかの人々が命を落としましたが、まだ食べてすぐの者、これから食べる者であれば助かる余地があります。少女たち以上な革新派寄りと見做されている皆様が購入者を探し、多くの救命を果たせば、非難が革新派全体に及ぼうとする勢いを削ぐことができるでしょう。

【2】扇動的な言説を阻止する
 いかに保守色の濃いエールリヒにおいても、事件を革新派による攻撃と見なすのは些か荒唐無稽に過ぎます。にもかかわらずこの言説が広まった裏には、そのほうが都合のよい何者かの活動があるのかもしれません。プレイヤーの皆様はその正体を御存知のはずですが。
 彼らの正体を公然に暴ければ、噂の急拡大を阻止できるかもしれません。

【3】少女たちを捕らえる
 彼女たちから事情を聴取できれば、真実を明かす一助になるはずです。しかし怒った民衆が少女たちに暴力を振るおうとした結果、少女たちは屋台を捨てて逃げ出してしまいました。
 李明明と名乗る料理人の少女も楊華鈴と名乗る踊り子の少女(ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)のよく知る任桃華に瓜二つです!)も、武術の心得があるかのような身のこなしで追っ手をかわします。彼女らを捕らえるには、相応の実力が不可欠でしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

  • エールリヒの確執完了
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年05月06日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)
アイドルでばかりはいられない
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
溝隠 瑠璃(p3p009137)
ラド・バウD級闘士
佐藤 美咲(p3p009818)
無職

リプレイ

●序
 特異運命座標たちが事態を把握した時には既に、辺りでは地獄絵図が始まっていた。
 喉を押さえてのたうつ男。ぐったりした我が子の名を呼び続ける女。目出度い晩にはあるまじき惨状が、人々の前に広がっている。
 ……ただし今からは、事態は好転へと向かうことだろう。
「誰か!」
 取り乱して通りすがりの女の裾にすがりついた母親は、腕の中の我が子の青白かった顔色が、不意にきらめく光の花弁とともに赤みを取り戻したのを知った。
 驚いて自身が掴んだ裾の持ち主の顔を見上げれば……そこには『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の微笑。手を差し伸べる聖乙女の向けた表情は、太陽のごとく輝いていた。

●蠢く思惑
 経費で適当に祭りとかを見て回るだけだったはずの『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)の予定は、あまりにも呆気なく崩れ去っていった。もっとも本来彼女に与えられていた目的――すなわち『とか』の部分のほう――からすれば、今の状況のほうがよっぽどそれに合致していたわけではあるが。
 とはいえ、何とかしなければ“残業”は必至。店主たちが群衆に追われて逃げていったという屋台を覗きこんでみる。“ただの食中毒”だと推測できる材料が見つかれば、事態を大きく沈静化に向かわせられるはずではあるのだが……。
 もっとも結論を出そうと思ったら、当然ながら被害者たちの諸症状との整合性も必要であろう。
「他にも苦しんでいる人がいたら連れてきて! 少しでも多くの人々を助ける為に力貸して欲しいの」
 露店周囲の人々に呼びかけ続けるスティア。点心は決して食べないこと、食べてしまった者がいれば治療するので案内してほしいとする『純白の矜持』楊枝 茄子子(p3p008356)の声もまた、遠くで幾度も繰り返されている。
 より的確な診断を下せる知識を持つのは、間違いなく茄子子のほうだろう。ただ声を聞かせるだけで、無限に癒やしの力を揮える茄子子。今の凛とした態度の彼女を見て気づく者などいまいが、その正体が異端『羽衣教会』の会長であることは事実だ。だとしても彼女が卓越した医師で、人々に自愛と救済を与えんと願う聖女であることには変わりない。少なくとも人々が彼女を疑おうとしないかぎりでは。

 もどかしいことは、どれだけ救命措置ばかり施したところで、より大きな観点から見た時の“毒”は一切取り除けていないことだった。
 全ては革新派の卑劣な陰謀に違いあるまいと、密かに囁かれる幾つかの声。駆け回り、まだ救いの手から零れたままの人々を探しながらも、同時にマルク・シリング(p3p001309)はそういった声に耳を傾けている人々に、早急な結論は不要な対立と分断を生む危険なものであると説く。
「革新派の犯行という証拠などありません。その説が成り立つのなら『先代領主を追われた保守派の報復』という説も同様に成り立ってしまいます」
 とはいえその主張は噂の衝撃に惑わされてうっかり半信半疑になってしまった者たちこそ正気に戻せはするが、既に信じてしまった者たちにとっては陰謀加担者による沈静化工作としか映るまい。
 ゆえに同時に、噂の出元にも対処する必要があった。マルクの言説ではなく噂こそが本当の陰謀だと疑う理由は、これまた確たる証拠はないもののより状況証拠の整ったものであるように『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)には感じられている。
(噂の広がりが早すぎるうえに、内容が統一されすぎているように思えます)
 点心を食べた者が死亡した。そんな伝えるのに急を要する噂がすぐに広がるの自体は当然のことだ。
 だが、広がった先々で事件の噂が革新派によるテロの噂に変わってゆくのは明らかに異常。いかに人々の間に価値観の改革を進めんとする革新派への根強い不信感があるのだとしても、ただちに両者を関連づけられる者など稀なことに違いないのだから。
 当然、革新派側に自滅するメリットなどはない。かといって最初から実質勝利している保守派にも、わざわざ事を荒立てる意味なんてない。

 噂を流す価値があるのは、両者を共に疲弊させたい第三勢力だけだ。

(自己中心的にもほどがあるね……!)
 『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の憤慨はしかし、いまだぶつけるべき相手を探し当てられていなかった。彼らはとんでもなく狡猾で、卑劣な革新派に立ち向かおうと大演説をぶち上げたりしない。人々の中にひっそりと混ざり、「もしかしたら……」と憶測だけを囁いて残りは聞き手が勝手に想像力を膨らませるのに任せるのだろう。
 であっても、彼らが動ける場所など限られている。結局は彼らも余所者にすぎないのだろうから、ご近所付き合いに割り込むことなど叶わない。必然、不特定多数が集まる場所でなければ暗躍できぬのだ。

 であれば、こちらでその場を用意してやればいい。
 まだ事件の噂すら届いていない街角で。古き善き時代の天義の歌が、辻に即席のステージを作ったフラーゴラの喉から流れ出る……。

●予期せぬ再会
 もっとも、もし本当に全てが第三勢力の仕組んだことだとするのなら、陰謀を解き明かすための手がかりはもうひとつ残されているはずだった。
「つまり、下手人の店主たちを捕まえればいいんだゾ!」
 本当に少女たちが下手人であるかは兎も角、『ラド・バウD級闘士』溝隠 瑠璃(p3p009137)の判断そのものは妥当な線だ。本当はただの食中毒だったとしても、彼女らも陥れられた犠牲者だったのだとしても、捕らえて話を聞くのは最低限必須なことなのだから。
「逃げるなら、まさか建物に立て籠もってたりはしないはずだゾ!」
 そう予想して、ちょっとばかり視点を上空にずらしてやれば、予想に違わず少女たちは通りを逃げ回っている。一部始終を目撃していた者の証言によると、彼女らは屈強な男を含む幾人もの人々に詰め寄られて逃げ出したようだ。ただ、今では追い続ける者もそう多くない。時折追う側が「そいつらは人殺しだ!」と叫び、脱落した者の代わりに新たな通行人が追っ手に加わったりはするが、ほとんどは逃げ続ける少女らのバイタリティを前についてゆけないためだ。
 追いかけっこね、解りやすくていいや。『最期に映した男』キドー(p3p000244)が怪しげな錠剤を砕いてさらさらと飲み込めば、世界は突然ちっぽけでのろまなものに変わったように感じられた。ちょいとばかり両足に力を入れただけだったはずなのに、小鬼の体はあっという間に、建物の屋根よりも高く跳躍している。
「おうおうおう、大通りは新手の追っ手が増えると思って、裏路地を逃げることにしやがったのか。オイ、見えてるかバーテンダー。奴さん、都合よく人気のない辺りに入っていくぜ。あとちょっとで町の外だってのに焦りやがったか!」
 幾度かの跳躍の後にキドーが屋根から真下に向かって跳び下りてゆくのと同時、上空で2羽の鷹が大きく旋回しはじめた。これで地上を駈ける瑠璃も『アイドルでばかりはいられない』ミリヤム・ドリーミング(p3p007247)も、行く先を見失うことはないだろう。鷹たちの主、『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)も既に現場近くまでやって来ている。建物という障害物さえなかったら……その足の速さは魔術錠剤で強化されたキドーより上だ。

 突如横あいの路地から姿を表したモカに驚いて、少女2人は慌てて急停止した。
「あなたも明明が毒を盛ったって言うの!? どうしてそんな酷いこと言うの!?」
 怯えるようにトレードマークの身長ほどのフォークを抱きしめた料理人少女の潤んだ瞳には、本当に困惑が浮かんでいるようにしか思えない。
 けれどもあんなに巨大なものを抱えて大の男たちを巻けるほどの身体能力の持ち主が、はたして本当にただの少女だろうか? その証拠に突如辺りに角笛の音が鳴り、異形の狩猟団が周囲を取り囲んだ時、少女たちは一斉に襲いかかってきた狩人やら猟犬やらの一斉攻撃を、そのフォークやら拳やらでいなしてみせたではないか!
「ちぇっ、使えねえ奴らめ!」
 悪態を吐きながらもキドーがモカとは反対側を閉ざす。これで逃げ場は塞いでやった……というのに一向に勝った気になれずにいるのは、尊大な割に臆病な小鬼の性であろうか?
 そんな思索をしている間にも、ようやく、瑠璃とミリヤムも追いついてきた。異形の狩人には引けを取らなかった明明も、瑠璃の踏み込みとともに放たれた纏わりつく斬撃までは避け得ない。転んでどこかを擦り剥いた幼子のように、涙を浮かべる李明明。もっとも、振る舞いこそ天真爛漫な少女でも彼女の体は大人と変わらぬし、何より瑠璃の斬撃が生んだ深く長い切り傷は、「擦り剥いた」なんて生易しい言葉で言い表していいものではないのだが。
 そしてミリヤムが視認と同時に放つ拷問の魔術。それはもう片方の少女の心身を拘束せんとして……直前で無理矢理標的を隣に向けて捻じ曲げられる!
「桃華!?」

 仙女を思わせるお団子ヘア。
 いつでも自身に満ちた緑色の瞳。
 人々は彼女の名を楊華鈴だと語っていたが、そこにいたのは決して忘れようもない、ミリヤム――いやミリヤ・ナイトメアが知る任桃華と同じ姿をしていた。
 止め処なく溢れ出てくる涙。
「桃華! 貴女はやっぱり桃華! 生きてたのね……本当によかった……」
 そんな言葉で訴えかけても、彼女は顔色ひとつ変えやしない。困惑しながら「キミは誰?」と返されたほうが、よっぽど諦めがついたのに。だというのに彼女は何も感慨が沸かないかのように、無言でミリヤムとの距離を取り続けるままだ。
「ごめんね……今更こんなことを言っても許してはくれないのかもしれないけれど、私、ずっとあの時のことを後悔してたの……あの時親友の貴女を残して一人逃げ出してしまって……」

 もっとも、許しを請うていられる時間はすぐに奪われてしまった。
「今は過去を悔いている場合じゃない!」
 叱咤するモカの両脚が石畳を蹴って、華鈴――あるいは桃華――へと迫る。風切り音に振り向いた華鈴。そのおとがいを確かにモカは蹴り砕いたと思ったにもかかわらず、華鈴は咄嗟に持ち上げた腕で違わず蹴撃を受け流す!
 衝撃で吹き飛ばされたように見えながら、彼女はすぐに石畳にバウンドしてひらりと着地した。武術の嗜みがなければできない芸当だ。無傷に留めることはできなかったようで、腕の構えは落ちてはいるが、モカ思うに、少なくとも元いた世界での彼女と同等か、あるいはそれ以上の使い手であろう。あと僅かに行動が遅れていたら……華鈴は取り乱したミリヤムを容易く仕留めていたかもしれないとぞっとする。
(落ち着け私。今回捕らえるべきは明明のほうだ。華鈴の腕はしばらく使い物にならないだろうから、今はまともに相手してやる必要はない)
 とはいえ明明が華鈴より対処しやすい相手かと問われれば、モカには首を横に振るしかできなかっただろう。怯えた明明がフォークを振るう。その先端にはいつの間にか大きな饅頭が刺さっており……。
「むがっ!?」
 右に左にと素早く跳び跳ねながら妖刀を振るう瑠璃の口へと、違わずそれは押し込まれている!!

 もぐもぐ……ごくん。
 饅頭はほとんど冷えてしまってはいたが、ふんわりとした饅頭地の中にはとろけるネギの旨味とたっぷりの肉汁に各種の香辛料が混ざり、運動中の身には嬉しい美味しさが瑠璃の舌の上で広がった。間違いなく一級品の饅頭だ……同時に身に着けていたエメラルドのお守りが鈍く魔力を放って、何らかの毒物を中和しているらしいことを報せてくれるのではあるが。
「これは完全にギルティだゾ!」
 間違いない。きっと明明こそ毒を仕込んだ張本人だった。ここは何としてでも彼女を捕らえ、何故こんなことをしたのかを聞き出してやらないといけない……幸いにして瑠璃は半夢魔だ。どれほど彼女が荒事に長け、どんな苦痛を前にしても何も喋らぬ自信があるのだとしても、半夢魔の快楽責めに耐えられるかどうかは全くの別だ。
 もっともそれは、本当に彼女を捕らえられるのなら、の話だが。
「おいミリヤム! オトモダチなのか何なのかは知らねえが、手足の一、二本くらいは駄目にしちまって構わないよなあ!」
 キドーが喚く。死人が罪を自白してくれることなんてないのだから殺しちゃならない。だが、だからといって手加減して勝てるほど甘い相手ではなさそうだ。畜生め、道理で勝った気がしなかったわけだ!
 とはいえ狡猾さなら自分のほうが上だと、キドーは嗤う。
「証拠は上がっちまったなぁ……いい加減、アンタが毒を盛ったってことを認めたらどうだ」
「そっちこそいい加減失礼だよっ! 明明が料理に毒なんて入れるわけないんだから!」
 非難に明明が応えたことで言質は取れた。シュペルの野郎はいけすかないが、『依頼を映像記録化する』という素晴らしいプレゼントを授けてくれた。後でレオパルにでも見せてやったなら、嘘か真か見定めてくれやしないだろうか。まあ、奴が無理でも誰かしら判断してくれる奴はいるだろう……そう、たとえこの場で自分たちが敗れるのだとしても!

「呀!」
 華鈴の気合の一喝は、やはりミリヤのよく知る桃華の声だった。モカの与えた不調全てをその一喝で振り払い、自分のほうへと駆けてくる桃華。けれども彼女は両腕を広げて飛びついてくる代わりに、掌底の一撃でミリヤムの鳩尾を突く。
 以前この町に現れた妹メイヤより、よっぽど鋭い一撃だった。メイヤのように余計な愛憎を籠めたりしない、純粋かつ合理的な武の力。この桃華なら父とメイヤが同時に襲いかかっても、鮮やかにあしらえてしまうのかもしれない……じゃあどうして、私だけ独りで逃げろと笑ったの? 何とかなるって一言言ってくれれば、一緒に戦うことだってできたのに!
「それに、今回のことだって……。……お願い! 桃華! 何とか言って!」
「有縁再見吧(ご縁があるならまた会うッスよ)」
 その言葉を聞いた後、ミリヤムの首筋には手刀。意識は深く、深くへと沈む……。

●対抗風説
 ほうら、やっぱり忍び寄ってきた。聴衆たちの間に最初は不安、次いで疑問と怒りが広がったのがフラーゴラには見える。
 最初は点心を食べるなという警告、次はそれが革新派の仕業だとされたことに対する反応だろう。であれば歌姫の舞台はこの曲で終了だ。
「皆さんは古き良き天義を愛しています。ワタシはそれを好ましく思います。根も歯もない噂などに惑わされないで、あなたの正義を思い出してください」
 一礼し、人々に広く呼びかけたのち、人混みに紛れて感情の発生元へと急ぐ。噂を広めた者が誰かまでは判らない。だとしてもそこにいた人々に尋ねれば、噂を伝えた者の風体くらいは知ることができる。
 そしてその人物の風体は……思ったとおり、アリシスが全く別の酒場でその噂を語っていたと聞いた人物のものと全く同じだ。相手は不特定多数が集まるようでいて実際には常連が決まっているような場所を嫌ったか、もっと単純にある程度の長居を強いられる酒場という環境を嫌ったか、酒場そのものには現れないようだった。だが、近くの道端で見知らぬ者に余所者の出店で食べ物を買わなかったか訊かれ、何事かと問うたら事件のあらましとともに余所者≒革新派への警戒を勧められた者は少なからずいた……もっとも飲兵衛たちの大半は鵜呑みにせずに、話を酒の肴にするばかりなのだが。ただ、そのせいで噂の拡散が加速しているのは困りものだ。
 こうなれば、こちらも仕込みをしよう。彼らがこれまたアリシスの予想したとおりの相手なら、おそらくああいう動きをしてくれるはずだ……。

(……なるほど。やはり、通常の毒ではありませんか)
 呼びかけ、治療し、時に既に事切れていた者を検死して、最終的に茄子子はそう結論づけた。彼女の留まるところを知らない慈愛(なのだろう多分)とスティアの献身的な介抱のために、犠牲者の広がりはしばらく前に止まったと言ってよかっただろう。
 悔いはある。もう少し気づくのが早ければ。けれどもそんな過去を歪めでもしなければありえなかった『もしも』をこいねがうよりも、スティアにはもうひとつ自分の為すべきことがある。
「行ってくるね」
 そう茄子子に言い残し、スティアはようやく駆けつけてきた衛兵たちのほうへと向かっていった。
 では……こちらは何をするべきか。
「毒物の痕跡は見つかりませんでした。大方、不幸な集団食中毒だったのでしょう」
 嘘を吐いた茄子子。元よりどれほど真実を訴えても嘘だと軽んじられる身なれば、今更嘘を吐いたところで恐ろしくなんてない。そもそも、事件を間近で目の当たりにした者たちは、たとえ茄子子のギフトの効果が真逆だったとしても自分が信じたいものしか信じられぬのだ……であれば彼らを、「信じられぬなら貴方たちも毒をお探しになってみるといいでしょう」とでも誘導してやればいい。どう足掻こうと彼らには、毒が“ギフトなり魔術なり、何かの特異な出来事”により生み出されたものであると察知する術などないのだ。見つけられるのは精々が、美咲が調査と称して屋台を調べながら仕込んだ、酷いアンモニア臭を放つ野菜くらいだ――つまり、美咲が目を皿のようにしてくまなく探したにもかかわらず、屋台に中毒を生みそうな材料なんて見出だせなかったということだ。
「馬鹿を言うな! あんなに死を覚悟した食中毒があって堪るか!」
「あんた、この町の司祭様じゃないな? 革新派が自作自演で誤魔化してるだけだろう!」
 ほうらアリシスの想像どおり、噂の否定に更に否定で返す者が現れた。
 では次は……茄子子がこんな言葉を返してやってはどうなるだろう?
「もちろん最終的な真実は、栄光ある聖騎士の方々が突き止めて下さるでしょう。さあ、今は革新派だ保守派だと物事に執着せずに、心静かに療養に専念なさいませ」
「有耶無耶にするつもりかこの大嘘吐きめ!」
 殴りかかってくる男をマルクが身を挺して止める。
「現状ではどの仮説も、証拠に基づかない立論にすぎません。今の段階で暴力に訴えたなら、それこそ不正義というものではありませんか……それに。
 皆さんの中にも今回の事件が何者かの企てだと考える者もいれば、その可能性こそ払拭できずともそんな馬鹿なことがあるはずがないと考える者もいる。であればそもそも……保守派・革新派って何でしょう? 真実を知りたい、この街を良くしたいという想いはどちらも変わらぬはずです。しかし、保守派だ改革派だとレッテルを貼ってしまっては、言葉を交わすことも難しくなってしまう。それこそが今最も避けるべきことではないのでしょうか?」

 するとしんと静まり返った広場へと、2つの足音が近づくのが聞こえた。
「すまない、李明明を取り逃がしてしまった。だが彼女に毒を盛る意図なんてなかっただろうことは確かなようだ」
 片方はスーツのあちこちに食欲をそそる匂いの油染みを作るモカ。彼女以外は誰も知る由もないが、油には点心に含まれていたのと同じ超常の毒が含まれている。
 そしてもう片方は……興奮冷めやらぬ様子の見知らぬ筋肉ダルマだ。
「ああ! あの子の澄んだ瞳は嘘なんて吐いてないって訴えてたさ……大方、料理人としてしでかしたらいけねえことをやっちまったって怯えて、冷静じゃいられず逃げちまったんだろうよ! やけに腕っ節が強かったのだけは気にはなるが……ま、この国にゃ断罪の聖女様だっているんだ! 見た目で判断するのは愚か者のやることさ!」
 騒動に気づいて明明を追っていた人々のうち、どうにか最後まで辿り着いてモカたちとの交戦を見届けていた男だった。

 この証言の信憑性を巡り、再び人々の解釈は紛糾することになる。人を辿れば大男は間違いなくエールリヒの住民だと判り、余所者を庇う必要などあろうはずもない……だとしてもその発言が信用に足るものなのか、それとも彼の思い込みによる真実の歪曲なのか、そのどちらの可能性も人々には感じられたからだ。
 マルク思うに、一歩前進、ではあったのだろう。何故なら今や論争は、保守派と革新派の間ではなく、『事件を革新派の仕業だと信じる保守派』と『それを陰謀論だと見做して冷ややかな目で見る保守派』の間のものになっている。
(あとは……)
 スティアが領主に働きかけることにより、それも次第に収まってくれればいいのだが。

●立場の枷
 前森林伯時代には豪華だった謁見の間も、今ではすっかりみすぼらしくなっていた。借用書云々の事件のせいで、内装の一部が質に出されたことも当然原因のひとつ。だがそれ以上にそう感じさせるのは、学生上がりの新森林伯クルトの威厳のなさだったろう。
 気弱そうで、柔和で、神経質そうで。心優しく、そしてどこか諦めにも似た哀愁。そして語るのは客人にさえ懇願するような言葉。
「なるほど、お話は分かりました。ですが、どうかご理解ください。私には貴女のお力になることはできないのです……何故ならここはエールリヒで、貴女はヴァークライトなのですから」
 その一言で、ああ、とスティアは理解した。彼は自分の立場をよく承知していて、どんな形でもこの町の人々の感情を刺激できないのだと。革新派と見做されてるクルトが事件を革新派の仕業だと信じる者たちを宥める令を出したなら、それこそ対立を煽ってしまうと彼は恐れる。ましてや、ヴァークライトの者の進言を聞いてなど。
 教皇の名で直々に発せられた名誉回復令でさえ、おそらく法的には兎も角人々の感情として、この町では受け容れることができぬのだろう……それこそが彼らの価値観が否定される第一歩であったのだから。

(酷い話もあったものっスね)
 その会談を密かに盗み聞きながら、誰にも知られぬ侵入者――美咲は溜め息を吐いた。
 クルトがその後も続けた話と他の重臣たちから盗み聞いた話を合わせたうえで幾つかの推測を交えて要約すれば、ボンボンとして育てられた前森林伯カールの評判は重臣たちからしてもすこぶる悪いもので、カールの内乱準備なる大罪は、彼らにとっても都合の良い排除材料でもあったらしい。ゆえに彼らはクルトを担ぎ上げつつも、同時に余計なことをせぬかと目を光らせている。
 皮肉にも、いつ領民とクルトとの間で分断が起こってもいい状況というものは、クルトを牽制したい重臣たちにとっても都合のいいものとして映ったようだった。陰謀論を信じる領民が一部に留まってくれたのは、自分たちの安全とクルトの牽制を両立できる、ちょうどいい塩梅だ。
 今の際どい状況に対し、彼らは解消する能力を持たないし、解消しようとも望まぬだろう。むしろこの何者かに与えられた幸運を、積極的にコントロールしようと考えはじめるかもしれない。
「それが本当に制御できるものならいいっスね」
 今後もくすぶり続けるだろう火種を思い、吐き捨てるように呟いてから、美咲は夜闇に姿を消してゆく。

 以上が、今回の彼女の『とか』部分のレポートである。

成否

失敗

MVP

楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾

状態異常

なし

あとがき

 本シナリオは(一部を除き)非戦シナリオでありながら難易度HARDしかも情報精度Eと、対処すべきことが多くあったかと存じます。特異運命座標側の行動に対する敵側の行動を、想定しきれた部分、想定しきれなかった部分を合わせた結果、「対立の拡大をある程度抑え、明明と桃華の戦力の推定も行なえたが、陰謀論を信じ込んでしまった者も少なからずいる」という結末になりました。
 判定上は失敗とはなっておりますが、エールリヒにおける一触即発の事態だけは回避できているようです。今後の推移次第では十分に、結局何も起こらなかった、という事実上の成功に終わる可能性も小さくはないと考えられています。部分的には成功と同等の効果を得ているものとして、獲得名声は通常の失敗時とは異なり「名声と悪名の双方」といたしました。

 なお、シナリオ時、舞台外のNPC等に協力を求めることは基本的には不可能となりますのでご了承ください(EXプレイングとして関係者の登場を申請する場合は協力を得られることがあります)。
 もっともレオパル・ド・ティゲール(p3n000048)のギフト『天眼』は、元より映像記録に対しては働かなかったようですが……。

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