PandoraPartyProject

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招かれざる『魔法使い』

「クスクス……『あの子』は勢いよくあの場所から引き剥がされてしまったのだけれど。
 それでも、盤上に礫くらいは投じれたのではなくって? ねえ、そうは思わないこと? リュシアン」
「はあ」
 チェスの駒を指先で遊ばせながら『最も厄介な乙女』は微笑んだ。その対面に姿勢をぴんと伸ばして座っている少年は表情を変えることはない。
 この場の『主』たる黒猫は身を丸めてお気に入りのブランケットに包まっている頃だろう。
 彼は説明をする必要も無いほどに怠惰を極めているのだから。
 その傍に立っていたブルーベルは「あんまり主さまを困らせないで下さいよ」と嘆息する。
「困らせてなんて! カロンは立派に『欲求の儘素直に動いています』もの。何処かの誰かと違って……」
 ルクレツィアの視線が向けられたのはカロンの傍で珈琲を飲んでいた紳士であった。彼の司る暴食はもう限界も近い頃であろうに未だに鳴りを潜めている。
「これは参りましたなぁ……」
 頬を掻くベルゼーをルクレツィアは役立たずでも見るような目をして見遣った。
 彼女は『敬愛すべき只一人』の役に立たない人間は塵か其れに類する者だとしか思っていないのだろう。
「しかし、アンテローゼを制圧されたのは弱りましたな。あの地はファルカウにも近い。
 ……地下の霊樹は影響を受けぬまま聖域を保っていたでしょう。最初に司祭を取り逃がしたのも惜しいことをした――でしょう?」
「それはアタシが羽虫如きに情けを掛けて遣ったからと言いたいんすか」
 その時間に、アンテローゼ大聖堂を改めて制圧しきり司祭を殺しておけば良かったと言いたげなベルゼーにブルーベルは苛立ったように「めんどくせー」と呟いた。
「アタシは主さまの指図しか受けないんで」
「あら、ブルーベル? 妖精達をラサに逃がしてあげる事なんてカロンは頼んでなかったでしょう?」
「めんどくせー」
 ぼやくブルーベルはげんなりとしたように嘆息した。
 妖精に深緑に来るべからずと忠告したことも、彼女達の生活の支えになればとラサへの道を開いたのも彼女の独断だ。
 それは彼女の性質が『魔種らしくない』と言う事に起因していたのだろう。
「妖精は関係なかったのだからブルーベルがした事はどうでも良かったでしょう」
「リュシアンったらお友達を庇うだなんて貴方らしくなくってよ?
『ブルーベルが妖精に優しくした』所為で奴らはここまで入り込んで来たというのに!」
「でも楽しかったでしょう。オーナー。
 大樹の嘆きに『俺たち』の影響を及ぼして。えーと……悪堕ち? でしたっけ。そういうの」
 とってもと笑ったルクレツィアにリュシアンは話題が逸れたかとほっと胸を撫で下ろした。
 だが、ルクレツィアが言うのは尤もだ。ブルーベルに優しさの一欠片が泣ければ、イレギュラーズはアンテローゼ大聖堂の制圧にまでは至っていないのだから。
「……でも、茨咎の呪いを発動させるための『咎の花』を妖精郷から奪ってきたのはアタシだ。
 ファルカウを茨で覆えたのも、主さまが大好きなお昼寝を出来ているのだって、アタシのお陰だ」
「まあ、今から励めばよろしくてよ? お守りなさいな。
 もう一つ、探せていないものがあるのでしょう? あれらが入り込むことを赦すくらいに大切なものを」
 ルクレツィアは意地悪に微笑んでからチェスの駒をわざと乱雑にテーブルへと落とした。
 かつん、と音を立てた其れがブルーベルの足下まで転がって行く。
「……ッ、分かってますって」
 苛立った少女が背を向け、リュシアンは慌てて追掛けて行く。
「青春ですなあ」と微笑んだベルゼーにルクレツィアは「役立たずばかりだ事」と低く、苛立ったように呟いた。

「ああ、けれど――一番に腹立たしいのはこの状況に至っても盤上をひっくり返される可能性があることではなくって?
 マナセ・セレーナ・ムーンキーの『魔法道具』……咎の花が暴走した際に使用するという『安全装置』は何処に隠されているのかしらね」
 それはブルーベルがずっと探し続けているたったひとつ。
 深緑を閉ざす茨の呪いを解く『この場に招かれざる魔法使いの祝福』――

 イレギュラーズは其れにはまだ至らぬが、為せることから始めたらしい。
 アンテローゼ大聖堂の護衛や幻想種達の保護、そして『誰ぞの権能』への干渉に各地に点在する霊樹や隠された地の保護。
「折角、素敵なご報告をしようと思っていたのに。ねえ?」
「……ははは」
「アナタ、何処までも役に立たないのだったら『あの国』、貰ってしまっても構いませんのよ?」
 睨め付けたルクレツィアに「そう凄まんで下さい」とベルゼーは宥め、誤魔化すように笑うだけだった。

 ※アンテローゼ大聖堂を拠点に、深緑攻略が始まったようです――!

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