シナリオ詳細
<spinning wheel>flos
オープニング
●『神官』
霊樹『アキレアス』から慰問訪問に訪れていた神官シャムス・レア・セレーオ――シャムス・アマギは酷い倦怠感と眠気を感じていた。
肌寒い。迷宮森林は冬も越え春の気配を感じていた筈だというのに、シャムスは奇妙な肌寒さを感じずには居られなかった。
寒い、眠い……。
はあ、と白息を吐き、躯を揺する。瞼は下がりきれば二度とは上がらぬと感じる程に、その身を包み込んだ深い倦怠は嫌悪に他ならず。
乱れた髪を気にすること無く、聖堂の扉にもたれ掛りながら、周囲を包み込む茨を眺め見遣った。伸びる茨棘は鉄条網の様に張り巡らされる。触ればチクリと白い肌を裂き赤い傷跡を一筋残す。美しく花咲き誇る憩いと静寂のこの場所を包み込むのがこの様な木々の『嘆き』だというのか。
脳裏に浮かぶのは心配そうに同行を申し出た愛しき夫の姿。
――シャムス殿、君の身に何かがあれば……私は……。
苦悩するオボロはアマギ家の代表、霊樹アキレウスを護るべき存在だ。夫婦共々、霊樹を留守にするわけにはいかない。
シャムスは神官として、胸騒ぎを覚えてアンテローゼ大聖堂までやってきたのだ。
自身を守る為にとアキレウスの枝を一本、祈りを込めて拝借した神官は朦朧と唇を動かす。
「あなた……アカツキちゃん……」
オボロが甘やかしすぎるが故に『随分と奔放』に育った愛娘――アカツキ・アマギ(p3p008034)はリュミエに聞けばイレギュラーズとして立派に活動しているらしい。
彼女は森の外に居ただろうか。どうか、安全に……危険なことには巻込まれないように。
シャムスは虚ろと前方を見遣る。蒼き眩い光帯びた存在をその双眸に映してから女の意識はぷつりと途切れた。
●『flos』
精霊様、ねえ――
そう笑ったのは誰だったのだろう。知らない。知らない。わたしは誰も知らない。綺麗な花、沢山の精霊たち。静かな村、笑っていたおともだち。怒っていたお友達が、火を放った。ぱちぱち、燃え盛る音がする。おともだちが首を絞めてる。人が死ぬ。泣き叫ぶ子供がわたしの膝に縋った。助けて、精霊様。わたし? 助けてって何? 怖いと叫んだ子供の周辺で皆が泣き叫んだ。わんわん、大合唱。わたしも歌った。たのしい? ちがう。怒った。大人が斧を振り下ろした。ぱかん、誰かが割れた。叫ぶ声がする。助けて。助けてって何? わたしをおいて逃げていく皆、わたしを見て怒る人が居る。悪魔、お前のせいだ。お前の所為ってなに? おまえってだれ? わたし? わたしってなに? わたしってだれ?
『フロース』
フロースってだれ? もりのなまえ? 霊樹? わたし? わたしってフロース? わたしがフロース。じゃあ、わたしはどうしてひとり? こわい、わたしってなに? わたしってだれ、わたしってどうして。わたしは、わたし、わたし――?
――大丈夫ですわぁ、ふふ。女の子は寂しがり屋さんである方が可愛いんですもの。ねぇ?
「どうして……あなた、寝てる……ですか?」
青い光を帯びた精霊は首をこてりと傾げた。
足下に転がっていたのは深い眠りに落ちた女だ。美しい灰白の髪をした神官である。
精霊は手を伸ばしてアキレウスと呼ばれる霊樹の一枝を拾い上げた。女を護っていたのはこの霊樹だったのだろう。
「どうして……あなた、護る……ですか?」
精霊はアキレウスに問いかけた。
「たいせつ?」
ぱちり、と瞬く。
「たいせつ、ってなに?」
その刹那、背へと飛び込んだのは一人の男であった。
酷く燃え盛る恨みは精霊に向けて殺意の刃となり突き刺さらんとする。
だが、精霊の背から伸びたのは茨だ。男の眼球に刺さらんとする位置にまで伸びてから、それはぱたりと落ちる。
「――見付けたぞ、『フロース』
お前……お前など、森の外に出してはならなかった。殺してやる! 殺して――……ッ」
「ころす、ってなに?」
男の名前は『ターフェアイト』
彼は目の前の精霊『フロース』を殺す為に――一人の女の甘言に乗った男。
飽くなきまでの復讐。憤怒にも似た其れに甘え続け、続ける日常への進歩無き怠惰。
女は「手を貸しましょうか」と笑った。そうして、『紹介』してくれたのだ。
――良いけどにゃあ。面倒くさいにゃあ……。
ターフェアイトは魔に魅入られた。男は、アンテローゼ大聖堂も関係はない。
フロースを只、殺すため。そして――……平穏であった過去を取り戻すため、息をしている。
●アンテローゼ大聖堂
妖精女王からは許可が出た。
大迷宮ヘイムダリオンを通じてファルカウの程近い位置、アンテローゼ大聖堂へと征く『道』を得るチャンスを得たイレギュラーズ。
目的はヘイムダリオンの内部にまで迫る敵勢対象の排除とアンテローゼ大聖堂を拠点とすべく敵対する者の排除である。
「つまりは、妖精には危害を与えないようにすると約束したからヘイムダリオンの掃討をするって事と……。
アンテローゼ大聖堂を拠点とする為に周辺に居るだろう魔種とか、いろんなモンスターの掃討作戦だったんだけどさ」
『壱閃』月原・亮 (p3n000006)は物陰より息を潜める。身に感じる倦怠感は拭えない。
それは不穏なる気配であった。何らかの『まじない』か、それとも『呪い』と呼ぶべきだろうか。
迷宮森林を包み込む異様な気配はイレギュラーズ相手であれどもその効力を発揮していた。
「……アンテローゼ大聖堂の近くに魔種が一人、それから、アレはなんだ……?」
亮が指し示すのは知性を有する精霊であった。大樹の嘆きと同等の力を持って居るであろう蒼き躯の少女。
フロースと呼ばれていた彼女を便宜上、上位存在の『オルド種』と呼ぶとイレギュラーズ達は決定していた。
「オルド種と魔種。それから……その間に挟まれて倒れてるのは霊樹アキレウスの神官、シャムスさんか」
その風貌はアカツキ・アマギ(p3p008034)とそっくりである。瞳の色は分からないが、その灰白の髪はよく似ている。
シャムス・アマギ。アカツキの母である彼女はフロースと魔種の男を視認して眠りに落ちたのだろうか。
「あの人をあの場所に置いておけば戦いに巻込まれる。
だから、俺たちはフロースと魔種の戦いに飛び込んで、双方を此処から遠ざけてシャムスさんの救出をする事に……クラリーチェさん?」
ふと亮が一瞥したのはやけに色の失せた表情をしたクラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)であった。
「……ターフェアイト、精霊さま……?」
それは魔種の男の名であった。そして続いたのはフロースへの親しげな呼び名。
失った故郷での幼なじみ。彼は反転し、フロースの命を狙い暴れている。
クラリーチェにはその理由は分からない。だが、ターフェアイトが故郷を破滅させた存在の打倒を狙っていたのは風の噂で聞いたこともあった。
まさか――『精霊様』が……?
「クラリーチェさん」
「いいえ……今は、アンテローゼ大聖堂の確保からですね」
拳を固めたクラリーチェは何処からから聞こえた笑い声に顔を上げた。
くすくすくす――
……ああ、面白くなってきましたわぁ! ねえ、リュシアン。お友達は何方に行ったのかしら?
オニーサマにお叱りを受けないようにお手伝いをしたのだけれど暇潰しには丁度良かったかもしれないもの!
その声は、何処から聞こえたかは分からない。ただ、遠離った気配に今は構っている場合でも無かった。
- <spinning wheel>flos完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年04月07日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
――クスクス。可愛い子。女の子は少しばかり隙がある方がよくってよ?
そう、例えば。『純真無垢で誰にだって疑われない善性の生き物めいた精霊』のような。
何処からか声が聞こえた。水の精霊のように澄んだ躯は『肉体』とは決して呼ぶ事は出来なかった。
少女を『花咲く森(フロース)』と呼んだのは、彼女が生まれた森がそう呼ばれていたからでしかない。
つまり、彼女は個体として名を得たのではなく、森の使者としての名を借り当てされていただけに過ぎなかった。
故に、言語を学ぶこともなければ無垢な赤子のように笑っているだけだったのだろう。
――『愛らしい花のような子(フロース)』、素敵な名前じゃあなくって?
だからこそ、彼女がその存在に正しく名前を与えたとき森の依り代であった精霊は正しく、ひとつの生き物となった。
とある霊樹の防衛機構でしかなかった彼女に知性と言葉を与えたのは明確にその存在が変質したからだ。
無垢であった彼女は、目の前の強大なる『感情』に応えざるを得なかった。
誘う声は子を愛する母のような、夫を慈しむ妻のような、『父を兄と慕い溺愛する厄介な乙女のような』
爛れた響きを持って少女の躯を包み込んだ。
故に、彼女は『オルド種』
大樹の嘆き。無差別な攻撃を繰り返し、愛しき森を襲う者共を赦すまじとする存在より更に一つ進化したもの。
「ねえ、愛するってなあに?」
――貴女が知らないことですわ、フロース。
「ねえ、戦うってなあに?」
――貴女が愛するために必要なことですわ、フロース。
「ねえ……殺すってなあに?」
――貴女を前にして、憤り叫ぶあの男のようなものですわ、フロース。
考えてみれば、当たり前のことだった。
魔種という『罰』を前にして、彼女が何の影響を受けていないわけはない。
だが、それを感じさせないのは大樹の嘆き『オルド種』フロースは余りにも無垢な存在であったからだった。
●
吐いた息さえ、重苦しく感じられた。両手両足、身体の隅々に渡るまで信号が鈍ったような奇妙な感覚。
寒々しい冬をその身に感じ取り、吐息の白さに構ってられるほど『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)は冷静では居られなかった。白髪を振り乱し、焔に魅入られた深紅の瞳に快活な気配を乗せることもない。
「母上」
紡ぎ、呟いた言葉に「アカツキちゃんのお母さん……!?」と愕然とした『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)がアンテローゼ大聖堂の前に倒れる幻想種を見遣って最初に発した言葉であった。
事のあらましはある程度、大迷宮ヘイムダリオンの中で確認していた。常春の都、四季の変化さえなく平和そのものであった妖精郷から迂回するようにヘイムダリオンを抜けた先は理不尽な『茨咎の呪い』が蔓延した敵の手中である、と。
大樹ファルカウへと無理に乗り込めば呪いはイレギュラーズを喰らうてしまうだろう。手足を鎖で縛るように不可視の茨に捕まれたかのような気色の悪さがサクラのその身体を包み込む。
「ッ……、こんな事になってるだなんて」
閉鎖されたアルティオ=エルム。やっとの思いでファルカウの麓に存在したアンテローゼ大聖堂まで到達したが、魔種や魔物が蠢き、何よりも友人の母が死の際に瀕しているのだ。活動を出来うる限り可能にし、彼女を護っていたのはアカツキの故郷に存在する霊樹『アキレウス』の枝のお陰だったのだろう。シャムス・アマギの手から滑り落ちた枝は守護者を護らんとその力を発揮し続け――そして、身より離れて守護者を呪いに囚われた。
まだ、死んではいない。呪いを受けた幻想種達をイレギュラーズは幾らか見てきた。彼らに息はある。茨にその身を囚われ眠りについていようとも、生きていることには変わりは無かった。だが、シャムスを挟むように相対する精霊と『魔種の青年』はどうか。
シャムスの命など省みず、命の奪い合いに興じる気配をその肌にひしひしと感じさせる。
「……私達は間に合った! 大丈夫だよアカツキちゃん。お母さんは絶対に守る!」
――もう二度と、友達の家族を奪わせたりしない!
サクラの決意に頷いたアカツキは自身の身体を包み込まんとする強き怒りから脱却するように己の感情をひた隠し、深く息を吐いた。
「久方ぶりの再会がこのような状況とは必ず助けてみせるのじゃ。その為にも皆、力を貸して欲しい!
……無事に救い出したら一緒に父上に会いにいかねばな。母上から目を離すとは何事じゃ!と文句の一つでも言ってやるのじゃ」
「そうだね、そうしよう」
にんまりと笑った『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)は到着時に感じた奇妙な気配を探るように瞳を左右へと動かした。
『嫌な気配』と称するほかにない。だが――アレが何であるかは分からぬ以上、アカツキの母を救う事に尽力すべきであろう。
「眠れるマダムの救出か。ロマンティックでいいじゃないか。しかしそこに怒れる魔種が混ざるとはタイミングが悪い」
ギターを弾き鳴らして、詩歌でも歌うように唇を吊り上げ笑ったのは『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)。眠れる美女を茨から救い出す。寓話の如きロマンティックさを台無しにする魔種はお邪魔虫と云う他ない。
「ただ、奴をボコすのが今回のミッションじゃないのは幸いだな。……さて、行くか」
掻き鳴らす音色に耳を傾け、『正義の味方』ルビー・アールオース(p3p009378)は呻いた。アカツキの母を挟んで『永訣を奏で』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)の『知り合い』と呼ぶべきかも定かではない存在が敵対しているのだ。
「状況が混沌としすぎ……どこからか聞こえた声の主はこの状況を面白がってるみたい。なんて人!
……って、それどころじゃない。なんとかしなきゃ! お母さん――シャムスさんを助けなくっちゃ!」
ルビーは頭を抱えそうになった。がんがんと脳に揺さぶり掛けようとするのはシャムスを挟んで存在していた精霊の能力であるそうだ。
先に、索敵に向かっていた『壱閃』月原・亮 (p3n000006)曰く、フロースと呼んだ存在をローレットは『オルド種』の一人と分類しているらしい。クラリーチェにとっては幼き頃に慕った『精霊さま』であるが、ローレットは敵対している筈の『大樹の嘆き』の上位存在として扱っているようである。
「こういうの得意じゃないんだけど、そんなこと言ってられないよね……!」
ルビーは嘆息する。頭の中へと響いたのは強い怒りだった。殺意ともとれる酷くくぐもった心の声。感情を封じ、流されぬようにと平常の状態を整えるルビーの傍らで「これが」と呟いたのは『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)。
「感情を増幅・伝播させる、か……俺は今どんな気持ちだろう。
……シャムスさんを守りたい、深緑の人々を助けたい、だな。これはきっと仲間も同じだろう」
深緑を包み込んだ未曾有の事件。何が起こっているのかは分からずフロースと其れと敵対する魔種ターフェアイトの事情をイズマは知る由もない。
その事情に耳を傾けるよりも前にアカツキの母を救いアンテローゼ大聖堂を無傷で保全するためには出来うる限り距離を取らさねばならない。
(……どうかここから離れてくれ)
静かに願わずに入られまい。青年の願いを傍らに、吹いた冬風は冷たく、クラリーチェの頬を撫でた。
「知り合い、……はい。知り合いです。
この場を乱しているのは、私の幼馴染と、村で大事にしていた存在です。
……が。今一番大切なのは、アカツキさんのお母様を保護すること。彼らを全力を持って排除致しましょう」
クラリーチェの冷静な言葉に『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は眉根を寄せた。
「突然始まったこの異変、ついにここまで来れたね。故郷へと続く道の為、大聖堂の確保を……というところだけど。
あれは、何だろう。精霊にしては……何だか……恐ろしい気配がする」
びくり、とクラリーチェの肩が跳ねた。恐ろしい気配を感じたのは彼女も同じなのだろう。
だが、クラリーチェ・カヴァッツァは『修道女』である。
信仰の柱として己を律し、限られた存在のみと関わることで自身が望む事を手放した。
望まれれば、他者が為に慈愛の祈りを捧げ、時にその御霊を導く為の鐘を鳴らす。そんな乙女の眼前には死んだと認識していた幼なじみと、慕っていた精霊が居る。其れ等が争っていようとも――成すべき事は見失ってはならないのだ。
●
「あぁもう、なんでこんな大喧嘩状態なの。
どう見てもわかってない精霊相手に戦わなきゃいけないなんてちょっとやりにくいじゃないの」
ひしひしと肌に感じるのは怒りの感情だった。それが『オルド種』フロースの能力であると聞きながら、『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は無垢なる精霊の善性を信じられずには居られなかった。
――なあに?
問いかけるような言葉ばかりを並べ立てたそれは首をこてりと傾いでイレギュラーズを一瞥する。
「だあれ」
問われた言葉にオデットは「お話をしに来たのよ」と柔らかな声音で返した。じり、とターフェアイトの靴底が地を擦った音がする。
季節外れにも程がある寒々しい冬風が頬を掠めた刹那、『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)は「方針は決まってるな」と仲間達へと声を掛けた。
シャムス・アマギ――アカツキの母の安全が第一。眼前のフロースをシャムスから遠ざけることで、フロースと敵対するターフェアイトごと誘導する。
「花丸ちゃん」
サンディがウィンクを一つ零せば花丸は小さく頷く。振り仰いだサクラが聖刀に手を掛けて、僅かに姿勢を下げる。
「―――、行くよ!」
華奢にも思えた少女の脚に力が込められた。ぐ、と大地を踏み締めれば勢いの儘にサクラはフロースへと飛びかかる。
サクラが駆け出せば、花丸はその隙を付くようにシャムスの元へと走り寄った。サクラの頭のてっぺんから爪先に至るまで感じられた怒りは逃れられぬターフェアイトが纏う『望郷への停滞』か。
正義を為すが為の血液がふつふつと沸騰する気配がする。それでも、サクラは己を律するようにフロースへと向き直った。魂は幾らだって燃やせば良い。だが、頭は冷静でなくては昂ぶることで判断が揺らぐ事を避けなくてはならないからだ。
「シャムスさんは私が守ってみせる。皆はあの人達をお願いっ!」
己が身を盾にして、花丸がシャムスの前に滑り込んだ事を確認してからサクラの刀が一気にフロースへと振り下ろされた。その寒々しさと違わぬ氷華はアンテローゼの花々よりも尚、美しく咲き誇り、フロースと『彼女に感化されたように蠢く木々の気配』諸共に吹き飛ばす。
「フロースって言った? 貴女何が何だかわからないって顔ね?
そこにいても仕方ないよ、私たちと鬼ごっこしよ! ホラ鬼さんこちら手のなる方へ!」
ルビーが振り下ろしたのは深紅の月(カルミルーナ)。美しき大鎌は三日月の如くせせら笑ってフロースの行く手を遮った。
ルビーと共に敵を花丸達から引き離すが為に走るサンディは英雄の責務をその胸に執念の刃を振り下ろす。
「魔種に『良く分からない精霊』、それからそれが引き連れたモンスター? は、なぁに……竜の襲撃だって耐えたんだぜ、俺は!」
今更、怯むわけが無いと唇を吊り上げたサンディの背後から風がひゅうと吹き荒れた。
風は何時だって彼の背を押す。歩みを止める勿れと囁くように、前へ前へと誘うだけだ。
「クラリーチェ」
呟いたウィリアムにクラリーチェは首を振る。彼女にとって『慕った精霊』を傷つけることはどれ程に恐ろしいことだろうか。
だが、彼女は大丈夫だという。クラリーチェの決意を乱すことはなくウィリアムは「ああ」と呻いた。
「……考える事は色々あるけれど、今ここにはシャムス様が眠っておられる。とにかくアレと何か怒っている彼を引き離すとしようか!」
「ええ。そうしましょう。ターフェ……」
呟くクラリーチェが感じる惑いは拭いきることは出来ないだろう。シャムスは花丸が護ってくれている。ならば、ウィリアムが為すべきは周辺全てを巻込んで、『精霊さま』とクラリーチェが呼んだフロースを撤退に追い込むことだ。
組み上げた掌握魔術を補佐するのは早世した天才作家の遺作。それの冒頭より感じられた気配が青年の指先より気糸を伸ばす。
深緑を覆う茨の如くするすると伸び上がったそれがフロースとその周辺を捕らえては放さない。
直ぐにでも風変わりな演奏を行えるようにとヤツェクは気を配る。平常心を揺らがすような、強い感情の伝播を行うフロースを眺めやり、ヤツェクは嘆息する。
「声掛けは大事だ。戦場の雰囲気に人はすぐに飲まれそうになるからな」
「うん……! 敢えてターフェアイトの感情を受ければその怒りの詳細をることも出来るかもしれないけど、今行うべきはシャムスさんの安全を確保する事だからリスクは冒せないものね」
頷くルビーの傍らでヤツェクが纏うのはオーラクラッシュ・オーバレイ。
的の敵意さえもへし折る魂の武装を以て詩人が打ち出すのは病原の如き悪意の魔弾。
「クラリーちゃんには悪いが、母上の命がかかっておる以上男の方には構っておれぬ。
個人的には人様の母上を挟んでドンパチやり合おうとしている輩には大変な怒りを覚えるが! ――が!!」
遣ることはフロースを引き離すことなのだとアカツキは憤慨しながらも己に刻み込まれた刻印に焔の気配を宿した。
フロースに向けられた苛立ちと殺意を超えるほどの感情をイレギュラーズは持ち会わせない。先程、イズマが言った助けたいという感情よりも尚深き、『反転(かわ)』る程の感情がこの場には満ち溢れているからだ。
ならば、その感情が書き換わることが無い内にフロースをさっさと眠る母から引き離せばアカツキにとって最も優先すべき『母の無事』が達成される。
「母上から離れるのじゃ!」
母を庇う花丸に感謝を告げながらも、アカツキは敢えてシャムスの出来うる限り至近立つことは忘れなかった。
あれだけ母を溺愛しながらも、母を一人にした父を後できっちり詰問しなくてはならない。確かに母は少し怖いが、父の愛は母を死地に送るほどにちっぽけなものであったのかと責め立てる為にも母には無事で居て欲しい。
苛立ちを吐き捨てるアカツキの身体を包んだ『怒り』はターフェアイトとは別のもの。フロースが伝播させたものではない。彼女が抱いた、母への愛情そのものである。
「あの子を狙うのよね」
呟いたオデットは「ごめんね、私の願いを聞いて手伝ってほしいの。標的を絞るわ」と囁いた。精霊達に高度な術式操作の能力は無い。ターフェアイトがフロースに近付けば攻撃に巻込む恐れは十分にある。だが、気を配ることは決して間違いではないのだろう。
ターフェアイトの標的にならず、フロースばかりを追掛けて貰うことに専念することが現時点での留意事項なのだから。
「お話をしたいならもうちょっと別のところでしたいんだけど、どうかな?」
サクラと相対しルビーとサンディを眼前に捕らえていたフロースはぱちりと大きな瞳を瞬かせた。
「おはなし? ……おはなし、しってる、ます。おはなし、わたし、たくさんした。
『フロース』で、おはなし、するます。こどもたち、わらう。たのしい。たのしい……ってなに?」
「ああ、もう、分からないばっかりじゃない!」
唇を尖らすオデットの傍でウィリアムは「君は何故、此処に?」と静かな声音で問いかけた。
「――……ここ、来る。良い。そう、言ってた」
ぱちり、と瞬いたフロースの背後から伸び上がったのは茨と水滴の気配。それはR.O.Oでも花丸やウィリアムが経験したことのある『大樹の嘆き』にも類似した攻撃だ。
「たたかう、する、良い。そう、言ってた」
「誰が……」
オデットが問いかけてもフロースは首を傾げるだけだ。
幼き頃の思い出が、精霊さまと慕い、歌を歌い、花冠をプレゼントした思い出がクラリーチェの中で水泡のように浮かび上がり弾け消える。
「ッ……精霊さま、ターフェ。この場から離れてください」
花丸を視界に収め、シャムスの状況を確認してから、地を見下ろす。探したのはシャムスが握っていたアキレウスの枝であった。
其れがどのような霊樹であるかをクラリーチェは知らない。それでも『フロースはアキレウスがシャムスを護ろうとした』と言って居た。
「……シャムスさん、どうか、護りの力になりますように」
花丸の背後でぐったりと倒れたままのシャムスにそうとアキレウスを握らせれば、それは暖かな気配を醸し女の身体を包み込む。
浅い呼吸は深くなり、顔色も改善したように見えただろうか。振り返って確認していたアカツキがほっと胸を撫で下ろす。
「聞きたいことが山ほど在る奴もおろう。じゃがな……嘆きよ、復讐者よ、疾く失せるがよい!
妾は今、この森ごとお主らを燃やしてやりたい気持ちで一杯じゃ。妾諸共灰になりたくなければ他を巻き込まぬ場所でやるんじゃな……!!」
ばちり、と音を立てた焔は蒼く変化し、衝撃波と共にフロースを奥へと押し遣った。身を包み込んだ倦怠感。
鈍く身体を重たくするそれは決して拭うことの出来ぬ『呪い』であろうか。
「……ッ、まずは崩す!」
それでも、噛み付くようにサクラは叫んだ。フロースに近付き、シャムスから離す様に叩き込んだのは不可能なる幻想を打つ竜撃の一閃。
靡いた紅色の髪が軌跡を残し、陣羽織がはためいた。
地を踏み締めれば柔い土に這う茨が煩わしい。鈍く脚を掬う様な呪いさえロウライトの前では霞むが如く。
近付く精霊の双眸は、丸い少女のような気配を醸していた。
●
サクラの一太刀を受けたフロースの美しい湖のように澄んだ躯に歪な傷が刻み込まれる。
だが、彼女はそれに対して痛いと叫ぶこともなければ苦しいと泣くわけでもない。首をこてりと傾いでいるだけだ。
「……霊樹アキレウスが言って居たんだろう? 大切ってのは、思い入れが強くて貴重で、失いたくないという事だ。だから護りたい」
「まもりたい?」
ぱちり、とフロースが瞬けば、それさえも『知らぬ事』なのだろうかとイズマは肩を竦める。
無垢な精霊に対してイズマは向き直れば理解を齎すことが出来るのではないかと優しく言葉をかけ続ける。
「護りたいから、ここで戦ってほしくない。悪いがここから立ち去ってくれ」
「どうして? どうして、まもりたいの? たいせつってなに? 立ち去るってどうして?
だって、わたし、此処に来たら、良い、言われた。わたし? わたしがわるい。わるいってなに? どうして? ころす? ころすってなに?」
首をこてんと傾いだまま精霊は問い、笑う。
ターフェアイトを一瞥すればその思考を読み取らんとするイズマはその身を包み込む奇妙な気配に唇を噛んだ。
「怒りの底、過去に何があった?」
「過去に――……過去……」
苦しげに呻いたのはターフェアイトではなく、クラリーチェであった。
「ターフェ。貴方どうして……」
反転したの、とは聞けない。いや、聞かなくともクラリーチェには分って居た。
彼女は震える声音でターフェアイトの奥底から沸き立ちイズマに伝わる『奴を殺さなくてはいけない』という復讐心の理由を告げる。
己だっていつ転じても可笑しくないと思えるほどに頭の中を掻き回す恐ろしい過去がそこには横たわっている。
――精霊さま、精霊さま、楽しげに笑う子供達。
その傍にターフェアイトとクラリーチェは共に居た。幼なじみだ。共に過ごした過去が遠く、遠く、霞んで消える。
フロースの『感情増幅』は人々の不和をも膨らました。不安と苦しみをも増幅させ伝播させた。抗う良しもなかった幻想種達は些細な諍いを次第に大きくしていった。
『精霊様は何もしていない、何が理由かは分からない。それでも、村は滅んだ』
それが修道女という立場に絡め取られて停滞の澱に立ったクラリーチェ・カヴァッツァの結論に成り得るように。
『精霊様のせいであった、精霊様の力が村人を狂わせた。それで、村が滅んだ』
それが反転に至ってまで心のまま自由に動くターフェアイトの結論にも成り得た。
羨ましいだなんて、そんな。
クラリーチェの心を読むようにフロースは笑った。
「うらやましい、って、なに?」
喉の奥から熱のように迫り上がった嫌悪を拭い捨てる。一歩、後方に下がったクラリーチェを雁字搦めにするのは修道女としての戒めだけではない。茨の気配。
「今ここで怒りに任せて復讐するなら、それは俺達の大切な存在を奪う行為となる事を理解しろ」
ひゅう、と息を呑んだクラリーチェの視界には母を慈しむアカツキが映った。まだ、まだ大丈夫だ。『彼女のような誰かを慈しみ、救う為に信仰は存在している』と再認識させてくれる。
声を掛けられたターフェアイトの眉毛が釣り上がる。
酷く不規則な怒りは荒波と変化してフロースから伝わってきた。唇を噛むイズマは己を落ち着かせんと平常心を保ち続ける。
ああ、躯が重い。
茨で動けなくなる前に――安全を確保しなくては。
「イズマさん!」
亮の呼ぶ声に半分のタイムリミットが過ぎ、短期決戦の難しさを実感する。
「……大切な物を奪う? 奪われたことがないから綺麗事を言えるのだろう。俺と――……アイツ」
クラリーチェが一歩後退する。「クラリーチェ」と呼んだウィリアムに気付いてサンディが庇うようにクラリーチェとターフェアイトの射線に割って入った。
「お前は何も知らずにのうのうと生きやがって。何だそのツラは!
信仰? 神を尊ぶ? 修道女なんて綺麗なツラをして、お前達が『フロース』を村に呼んだから故郷が滅んだんだろう!
知らないうちに村が勝手に自滅したとでも思っているのか。見たら分かるだろう」
「やめて!」
叫んだのはルビーであった。
それ以上の言葉は、誰かの心を傷つける。
人々を救うためにと練達から踏み出した一人の少女にとって、余りにも。
――余りにも、鋭利なナイフに化した言葉が乙女の柔肌を切り裂く瞬間は辛すぎた。
「この『感情を増幅する森の化け物』が俺たちの故郷を滅ぼしたんだ!
コレが居るから俺たちの人生は狂った。俺たちの家族も、大切な物も失われた!
……失った俺に『大切な物を壊すつもりか』と説教するか。
笑止、綺麗事だけを言っていたいなら戦火さえ被らない遠い異国で笑って暮らせよ」
ターフェアイトの殺意が――此方に向いた。
イズマを狙う刃の前にサンディが飛び込んだ。
「ッ――綺麗事か何だか知らねぇけどな、修羅場は乗り越えて来てんだ!」
「だから?」
「此処でお前の狼藉を許せるかって話だよ!」
風が吹く。
周囲に吹いた風がサンディの背を押した。押し返したのは英雄であろうとした決意。
横紙破りは何時だってしてきた。熱と熱のぶつけ合い? そんな――綺麗なままで勝てるわけもない。
「全く……無茶をするなあ」
揶揄うように笑ったサクラはフロースを惹き付け走るルビーを一瞥してから「任せるよ!」と叫んだ。
振り下ろす聖刀に乗せた決意は『もう二度と』と掲げた夢。
「私達には大切なものがある! それを守る為に……退いて貰うよ!」
「八つ当たりと誹れ、それでも――俺は! やっと見付けたアイツを殺す!
……クラリーチェ。お前も『奴の悪逆さ』に気付いて尽力してくれたと思ったのに」
呟かれた言葉にクラリーチェの目が見開かれた。
●
――神に仕えるならば、己を捨てろ。
それは、信仰者ならではの意識であった。クラリーチェだけではない、天義の騎士サクラとてその言葉を胸にしていただろう。
――精霊は尊ぶべき、愛おしい隣人である。
その背に柔らかな翅を持ち空を踊るオデットにとって、精霊達と語らう魔風の主ウィリアムにとって当たり前の常識だった。
――アカツキ。私の、愛しい子。でも、貴女の父上は少し甘やかし過ぎでしょう?
だからどうした。これだけ愛してくれる『たった一人の母上』が精霊と望郷の使徒に殺される場面をむざむざと見過ごせというのか。
「妾は赦さぬ!」
叫んだアカツキに「そうだね」と頷いたのは花丸。
彼女が戦線に復帰したことは、と振り返ればシャムスの前に亮が立っている。
「ごめんね、お待たせ。ここからは私も皆と戦うよ!」
ターフェアイトが此方にも狙いを付けたというならば、フロースが『此処から撤退する』程度に追い込むだけでは済まないか。
それとも、敵の狙いが『アンテローゼ大聖堂』だというならば今、フロースを失っては困ると何らかの横槍が入るかも知れない。
(あの、ルビーさんと私が感じた妙な気配……アレは、面白がっているだけだった)
花丸が地を踏み締める。フロースは『あの気配』にとっては貴重な手駒なのだろう。
魔種ではない、この地に根付いた大樹の嘆きの上位存在。オルド種は深緑という盤面を大いに混ぜ返すに適している。
「此の儘、『フロース』の撃退を優先しよう! サンディさんは、いける!?」
「……レディのオーダーなら頑張らなくっちゃな」
にい、と唇を吊り上げるサンディを一瞥してから花丸は頷いた。此処で得られるのは辛勝と呼ぶしかないだろう。
満身創痍になろうともシャムスを守り切れ、ターフェアイトとフロースを引き離せばイレギュラーズの目標は達成される。
「……魔法の歌には人の心を動かす力があると信じたいもんでね。おれの演奏を聴いて言って貰おうか? 魔種」
ヤツェクが叶えるのは喜ばしいことや心意気。何時ものように明るい歌を。
魔種の嘆き派深すぎて勝てるわけでもない。だが、自身の心に揺るぎない信念一つ持てば、それが心を守り切る筈なのだ。
フロースは不思議そうに首を傾げ、ルビーを、そしてその周囲を『森への侵略者への敵対行動』のようにとり続ける。
「どうして、攻撃するの? 周りの木々を倒されるのがイヤだから?」
「森。森。そう、森。
……森は、わたし。わたしは、森。どうして、森に踏み入るの?」
首を傾いだフロースの言葉にクラリーチェは「精霊さま」と震える声を出した。
無理に躯をアンテローゼから引き離しただけ。オデットはフロースに『理解』を与える事で、彼女を納得して傷つけることなく離脱させられるのではと考えたのだ。
「――精霊さまは、私達が、お嫌いですか」
幼い頃の思い出を、殴りつけるような衝撃が。
『信仰の柱であるという己』を揺らがせること無きようにと律した女の唯一の感情の縺れ。
「森は、わたし。どうして、わたしたちを、傷つけて、生きているの?」
それは明確な否定であっただろうか。ひゅ、と息を呑んだクラリーチェの癒やしが揺らぐ。
「大丈夫!? ……きゃっ!?」
声を掛けたオデットの横面に向かって伸びた蔓がばちん、と音を立てた。
ターフェアイトから身を守るサンディは『感情を増幅し、理解せずに伝播させる』フロース自体にもその感情が影響を及ぼしていることに気付く。
「おいっ! こちとら伊達に修羅場は潜ってねえし、恨みだって死ぬほど買って生きて来てんだっ。
今更『故郷が滅んだ』程度の怒りに飲まれるかよ。
話しても無駄だとは聞いてるが、まぁ、喋るのは自由だよな。
お前のそれは本当に『怒り』か? 『怒り』だと思い込まされたんじゃないのか? それで自滅してもいいってんなら、それは怒りじゃねえ。『悲しみ』だぜ」
「何方でも構わない。フロースを、アイツを殺せば全てが終わる!」
サンディは「聞く耳くらい持てよ、それは悲しいって言うんだろ!」とターフェアイトを押し返す。
だが、ターフェアイトから仲間を庇い続けるという決死の覚悟が崩れかけた戦線を維持したのは確かなことだ。
「……いけるか!?」
サンディの叫びに、サクラは頷いた。
痛む身体に構っては居られない。サクラは言葉もなく苛烈に責め立てる。
それはアカツキとて同じだった。此の儘、自身等が眠りの呪いに飲まれたら、シャムスを救う手がなくなる。
母上。
呼ぶ声を飲み込んだアカツキの耳に届いたヤツェクの演奏に、縦横無尽に暴れるターフェアイトの凶刃がイズマの意識を刈り取った事に気付く。
「くす、」
漏れた嗤声にウィリアムが息を呑んでから顔を上げた。
眼前に立っているのは首を傾いだフロースだ。
「君は、もしかして」
――もう『反転(かわ)って』いるのか。
大樹の嘆きという存在が何であるかは分からない。だが、オルド種と呼ばれた存在がそもそもに置いて魔種に類する悪意の塊だったならば?
感じていた嫌な予感から逃れるようにウィリアムは「クラリーチェは下がって」と声を掛ける。
友に届かせてはならない歪な感情の塊を感じ取るように、青年は指先から魔力を手繰る。
「皆、そろそろ――!」
亮の声を聞き、頷いた数名がじりじりと後退する。
フロースは、其の儘動きはしない。
アンテローゼ大聖堂に近付くこともなければ、ぴたりと動きを止めたままイレギュラーズを眺め見る。
「ッ、退いてろ!」
サンディが無理にターフェアイトを押し返せばわずかに距離が空いてしまったフロースの存在に気付いたか、彼がまたもフロースへと標的定めたことに気付いた。
「退くなら今じゃ」
囁くアカツキにオデットが小さく頷く。
「退いて」
決意したように花丸は言った。
「精霊様、ターフェ、どうか……」
震える声音をやっとの事で紡いだクラリーチェを支えるオデットは痛ましい様子でフロースを眺める。
――もう、よろしくてよ。随分と引き離されましたもの。
何処からか聞こえた声にヤツェクは「誰だ?」と問いかける。
……応えはない。だが、フロースはその声に引き寄せられるように明後日を眺めてから微笑んだ。
フロースの唇が動く。
膝を突いたルビーの瞳が見開かれた。ああ、彼女はあんなにも酷く歪に笑えるのか。
「やっと、わかった。
ころすは、こわすは、こわいは、つらいは――……『たのしい』」
けらけら。
嗤い声が遠ざかる。
「待て!」
叫ぶターフェアイトがフロースを追ったのだろうか。
取り落とした鎌を拾い直すことはなくルビーは呆然と見送ってから、その意識を手放した。
●
森は、わたし。
わたしは、森。
枝を一本、折られた事は「いたい」と「かなしい」
森を愛する人たちの笑顔は「たいせつ」
あの人達が叫ぶのは「いかり」
たいせつがおこるのは、「さつい」
でも、あの時、目の前で揺らいだあの人は、
ころすは、こわすは、こわいは、つらいは、『たのしい』と言っていた。
――森を、こわすひとは、きらい。
わたしは『大樹の嘆き』、『 』から生み出された存在だから。
……だから、入らないでって茨で護ったわたしの中に入ろうとするあの人達は、「きらい」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
新たに現れたオルド種。そして、彼女の周囲に存在する『誰か』の気配……。
一度は撤退した二人ですが、また皆さんの前に姿を屹度現すでしょう。
GMコメント
夏あかねです。
●成功条件
・シャムス・アマギの保護
・アンテローゼ大聖堂から『フロース』『ターフェアイト』の両名を引き離す
●アンテローゼ大聖堂前
美しく華咲き綻ぶ大樹ファルカウ麓の祈りの場。現在は茨に覆われ、美しいとは言い切れない様子です。
周辺には謎の茨が蠢き、生物に対して攻撃行動を行います。フロース、ターフェアイトの両名も同じのようです。
倒れているシャムス・アマギも同様であり動かすことは出来ません。動かそうとすると激しく痛みを感じたように呻き、最悪絶命の危機さえあります。
フィールドには後述の『茨咎の呪い』が発生し最短での攻略が望まれます。
●『茨咎の呪い』
大樹ファルカウを中心に広がっている何らかの呪いです。
イレギュラーズ軍勢はこの呪いの影響によりターン経過により解除不可の【麻痺系列】BS相応のバッドステータスが付与されます。
(【麻痺系列】BS『相応』のバッドステータスです。麻痺系列『そのもの』ではないですので、麻痺耐性などでは防げません。)
25ターンが経過した時点で急速に呪いが進行し【100%の確率でそのターンの能動行動が行えなくなる。(受動防御は可能)】となります。
●敵勢対象?『フロース』
オルド種と呼ばれる大樹の嘆き、その上位存在。元は人語さえ有さぬ無垢な精霊でしたが、何らかの事情で人語を理解しています。
ですが、フロース(便宜上、『彼女』)はとてもじゃないですが価値観はまともではありません。
茨や、木々のモンスターを従えてています。魔種相応かターフェアイト以上の力を有している事が想像も易い存在です。
特殊能力:
フロースは『他者の感情を増幅』させる能力を有します。それはフロースの意識の外にある能力です。
恐怖や怒り、不安に困惑は増幅し、進むべき道を見失うでしょう。彼女はその内で一番強大な感情を伝播させます。
……そう、詰まりこの場で最も巨大なのは『ターフェアイトの怒り』でしょう。
皆さんに伝播する感情は『BS混乱』にも似た効力を発揮します。
確率で付与される物であり、2Tごとに判定されます。また感情封印等で伝播をキャンセルすることも可能です。
●ターフェアイト
クラリーチェさんの幼なじみであった青年です。どうやら『何らかの誘い』にのって反転し、フロースを殺す為に動いています。
イレギュラーズの言葉は聞こえぬほどに強い怒りを感じており、どうやらフロースの能力による感情増幅の結果のようです。
フロースを殺すためならば周囲の被害など関係なく暴れ回ります。又、彼はフロースが逃走した場合は『追い掛ける』事が想定されます。
●救出対象 シャムス・アマギ
アカツキ・アマギさんの実母。ファルカウの神官であり、アンテローゼ大聖堂には不安を感じて訪れました。
今は眠り続けています。ターフェアイトとフロースの間で倒れており、非常に危険な立ち位置です。茨のせいで動かすことは出来ません。
●同行NPC 月原・亮
刀を使った前線での攻撃他、庇うことなどを得意とします。彼は時計を持ち込んでいますので、『茨咎の呪い』の発動を先に見越し、タイムリミットが近くなると進言します。参考にして下さい。
●参考『謎の声』
聞いたことある名前や口調ですが、現在は行方は不明です。どうやら『怠惰』にターフェアイトを紹介できるだけの立場のようですが……。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●備考
本シナリオは運営都合上、納品日を延長させて頂く場合が御座います。
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