シナリオ詳細
<灯狂レトゥム>蠱毒
オープニング
●『異変』
そこはまるで――《東京》であった。
再現性東京――それは練達に存在する『適応できなかった者』の過ごす場所だ。
考えても見て欲しい。何の因果か、神の悪戯か。特異運命座標として突然、ファンタジー世界に召喚された者達が居たのだ。スマートフォンに表示された時刻を確認し、タップで目覚ましを止める。テレビから流れるコメンテーターの声を聞きながらぼんやりと食パンを齧って毎日のルーティンを熟すのだ。自動車の走る音を聞きながら、定期券を改札に翳してスマートフォンを操作しながらエスカレーターを昇る。電子音で到着のベルを鳴らした電車に乗り込んで流れる車窓を眺めるだけの毎日。味気ない毎日。それでも、尊かった日常。
突如として、英雄の如くその名を呼ばれ戦うために武器を取らされた者達。彼らは元の世界に戻りたいと懇願した。
それ故に、地球と呼ばれる、それも日本と呼ばれる場所より訪れた者達は練達の中に一つの区画を作った。
再現性東京<アデプト・トーキョー>はその中に様々な街を内包する。世紀末の予言が聞こえる1999街を始めとした時代考証もおざなりな、日本人――それに興味を持った者―――が作った自分たちの故郷。
「だからこそ、悪性怪異:夜妖<ヨル>から目を逸らす者は多い。竜の襲来を経て、少しは『受け入れるようになった』としてもです」
澄原病院の院長室に居たのは何時もの『院長』ではなく、その従妹に当たる澄原 水夜子 (p3n000214)だった。
イルカのキーホルダーをぶら下げたaPhoneを逐一確認している辺り、彼女は誰かからのメッセージを待っているようである。
「……静羅川立神教の、死屍派。死を救済と表向きには言われていましたが……『選別』で漸く分かったような気がしますね。
彼等の目的は『現実からの逃避』に一助を与えていると言うことなのでしょう。口触りの良い言葉で誘い出し、怪異による侵食で認識を阻害、そして死へと誘うとは悪辣でしかない」
水夜子は毒吐いた。小さく頷いたのは神妙な表情をして居るサクラ(p3p005004)である。
「それで、みゃーこちゃん」
「はい。本題はそれではありません。
死屍派の集会に参加した結果、死屍派の象徴たる真性怪異『レトゥム』との接触が確認されました。そのレトゥムの依代が――」
「地堂 孔善」
名を呼んだ水瀬 冬佳(p3p006383)は渋い表情をした。冬佳の隣には俯いた儘の信者『八方 美都』の姿があった。彼女は精神的ショックを受けて現在、保護されている形になる。
「……便宜上、姿が女性でしたので『彼女』と呼びましょう。
彼女は此方と接触後、奇妙なことを言って居たようですね。レトゥムが満足した、と。それから……」
――蟲の羽化が進み、猫も見えた――ならば、次は簡単なこと。次こそその全てを喰らいましょう。
『死神様』は何を戸惑っているのですか。何も顧みずに、殺してくれるのではなかったのですか?
死神様、とは國定 天川(p3p010201)の事か。天川と越智内 定(p3p009033)は同じ世界からやってきた旅人であり、『孔善』が嘗て率いていたという団体についても知見がある。
「國定さん……」
「ああ。猫ってのは嬢ちゃんだろう」
定の傍に座っていた綾敷・なじみ(p3n000168)がこくんと頷いた。彼女の中には『猫鬼』が居る。
「蟲の羽化……ってのは俺らやな」
「ええ。カフカ君の中の蟲は『出て来そう』って言ってたわ。こちらはまだ……夜妖を見るとお腹が空いてしまうのだけれど」
どこか困惑した様子のカフカ(p3p010280)の傍でアーリア・スピリッツ(p3p004400)が俯いた。
アーリアはなじみや仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の有している『愛刀』――それには両槻の真性怪異の欠片が組み込まれている――が美味しそうに見えるのだ。
「アーリア様は、こちらのデスマシーンじろう君も美味しそう、でしたか」
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)に指し示されたのは何故か『人間サイズ』にもなっているデスマシーンじろう君だった。
「え、ええ……大きくなってない?」
「……ここに『死屍派』の方が来た時に……大きくなりまして」
水夜子が俯きつつそう言った。サクラは「本当に夜妖だったんだね」と自分が持ってきたお土産をまじまじと眺めて居る。
「晴陽ちゃんを護ろうとしたって事?」
「……先生。そうだ、先生は?」
天川が立ち上がった。水夜子は首を振る。
――貴方はこの世界にも護りたい物が出来てしまった。猫と共に居る青年ですか? それとも、『病院で夜妖と共に情報を集めている女』ですか?
孔善が『天川を怒らせるための悪戯』に晴陽を連れ去ったのか。天川が激昂しかた刹那――
「姉さん、自分で行きました」
拍子抜けするような言葉を水夜子が言った。
「は?」
「晴陽せんせ?」
ぱちくりと瞬いたのは定となじみだった。
「いえ、実はこの澄原 水夜子。何かあったら姉さんを護って死ねと幼少期より教育されておりまして。
姉さんがこの場合は自分が行くべきで、此処で水夜子が死んでも無駄だと、あの人、そういう所在りますよね……」
そういう所があるタイプだったとアーリアが頭を抱えた。彼女は『弟』を溺愛しているが人間関係にはドライだ。
「ふむ……着いていったなら迎えに行けば良いのか。
彼女ならば、『私にかまけて居る暇があれば事件を解決して下さい』などと言いそうだな」
「はい。晴陽様は『私は自分で助かりますので、皆さんも助かって下さい』と仰いそうですね。龍成様以外には」
「……私もそう思います」
汰磨羈とリュティスの推測に水夜子ががっくりと肩を降ろした。
「じゃあ、迎えに行こう」
「なじみ」
「猫鬼も呼ばれてるんだぜ。そこに行けば『お母さん』も居るかもしれないし」
にんまりと笑ったなじみに汰磨羈は小さく頷いた。
猫鬼はなじみに憑いた怪異だ。その怪異は『危険性が高く、いつかはなじみを喰い殺す』。
なじみの当初の目的は行方知らずになった母の元に向かう事、そして『猫鬼』を自らの血筋から祓う事だった。
(『猫鬼』を救いたい――が、その方法は未だ分からずだ。だが……)
猫は孔善(レトゥム)が開く『夜妖蠱毒』にて自身が勝利し、力を得たならば『なじみから分離することが出来るかも知れない』と言った。
(信用すべきか、否か――)
考え込んでいた汰磨羈は天川のaPhoneが着信したことに気付いた。
「ッ――もしもし、先生か!?」
通話が繋がった事に安堵しながらも『孔善が何をやらかすか理解出来ない』と慌てた様子の天川は思わず声を荒げた。
驚いたように跳ね上がったなじみが定の腕にしがみ付き「びっくりしたぜ……」と呟いている――定も心臓が止りかけた。
『はい。私です』
スピーカーから聞こえてくる声色は何時もと変わりが無い。緊迫した様子もなければ、常と遜色ない様子の澄原 晴陽 (p3n000216)の話し口調だ。
『お迎えが来ましたので共に宇行きました。此処は私である方が良いという判断です。
相手は私が目的のようでしたから……ええ、私は自衛が出来る方です。誰かに助けて貰いたいなどとも思っておりません』
「先生」
『ご安心下さい』
サクラがハラハラとした様子でデスマシーンじろう君の腕を握った。
デスマシーンじろう君は時々、アーリアとカフカを見ては震えている。
「おいおい……先生」
『大丈夫です』
天川の表情が変化する。着席していたリュティスが妙な顔をした。
水夜子が頭を抱え、汰磨羈は唇を引き結んだままその会話に耳を傾けている。
「晴陽!」
『大丈夫です……暁月先輩ではないので。よく分かって居ます』
こういう性格だったと天川は頭を抱えた。暁月先輩――燈堂 暁月もそうだが、どうしてこうも他人を頼るのが下手なのか。
一つ文句を言い掛けてから、天川は考えを改めた。
「今は、大丈夫なんだな」
『ええ。今は――ですので、定められたとおりに』
その言葉だけを繰返すのには何か意味があるのかも知れない。
孔善は『殺されるために最悪を選ぼうとしていた』。つまり、関係性に名の付けられぬ親しい相手である晴陽は天川と敢て距離をとったか。
其れに気付かぬほどに彼自身も鈍くはなかった。汰磨羈は小さく頷いてから唇をはくはくと動かす。聞きたいのはただ一つだけ。
「で、パーティーは何処で?」
『地図をお送り致します。水夜子は置いてきて下さい。
ああ、あと、龍成にはハミガキをして早寝をするように、と』
そんなことだけを言い残されて通話が切れた。
同時に送付されたのは地図だ。希望ヶ浜東浦区の『海沿い』に近い場所か。
「……いこっか」
立ち上がったなじみは定の手を引っ張った。
「ねえ、定くん。ちょっと頑張っちゃおうぜ。私と君なら世界をあっと驚かせるような展開にできるかも」
「これ以上驚くことあるかな?」
「あるさ。私まだビックリリアクション4回くらい残してるから」
「……そっか、それじゃ、待ってる時間はないって事で」
●『蠱毒』
希望ヶ浜の東浦区。それは綾敷 なじみが生まれ育った場所だ。
美しい坂の街。その海沿いに古びた洋館があった。使われなくなって久しいのだろう。近所では子供達が『おばけ屋敷』と呼んでいるらしい。
その中に晴陽は居た。やけに手入れのされたダイニングホールにはテーブルが一つ置いてある。
天井は高くシャンデリアがゆらゆらと揺れていた。
「澄原の令嬢でしたね。ご機嫌よう」
「ご機嫌ようございます。お招き頂き誠に有り難うございます」
恭しく一礼をした晴陽に孔善は穏やかに微笑んだ。
一方は新興宗教の急進派のリーダー、もう一方が地域医療の根幹を担う女医。拐かした側と、従った側。だと、言うのに空気は柔らかい。
「何だか愉快なものを見せて頂けるとの事で」
「ああ、勿論。蠱毒というのはご存じでしょうか」
「はい。蠱毒、其の儘の意味で宜しければ。
蟲や蛇などを箱に閉じ込めて食い合わせ最後の一匹になるように仕向ける呪物でしたね。それを?」
孔善は頷いた。その背後には黒い気配がゆらゆらと揺れている。見れば分かる、それはレトゥム――真性怪異だ。
「それを、夜妖でしようかと」
「なんとも愉快ですね」
晴陽は表情を変えずそう言った。
「意外だったことがあるのですけれど、宜しいですか?
……普通ならば『そんなことを辞めろ』、『何故酷い事を』と正義感を振りかざしてくると思ったのですが、貴女は違う。
貴女は寧ろ、希望ヶ浜という揺り籠が維持されるならばそれでよいのですね。驚きました。貴女は、誰だって犠牲に出来る」
「ええ。私は中立であるべくして存在しています。いざとなればイレギュラーズだって……」
其処まで口にしてから晴陽は目を伏せた。それ以上の言葉を口にするのはどうしてか憚られたからだ。
孔善は「まあ良いでしょう」と口を閉じる。
「それでは、手順を説明しなくては。貴女は此方でお待ちを」
イレギュラーズが辿り着いたとき広々としたエントランスホールには鏡が二枚存在していた。
「ご機嫌ようございます」
微笑んだ孔善の傍には信者達の姿があった。九天 ルシア、飴村 偲、時透 生奥、務史 翠生、そしてフォルトゥーナ――杏剛 京佳。
偲は車椅子を押していた。からから、からから、軽い音を立てた車椅子には『木乃伊』が座っていた。
「こちらは元レトゥムの依代――『静羅川 亜沙妃』様です。お労しいこと。
レトゥムが暴走した際に亜沙妃様は自らの体を差し出しましたが……『相性が悪く』直ぐに死んでしまったのです」
偲はうっとりと笑ってから翠生に言った。
「我々は、為すべき事を」
「ああ、そうしましょう」
偲と翠生が『緑色の鏡』の中に入っていく。その様子を眺めてから生奥が孔善に傅いた。
「レトゥム、共に」
手を差し伸べれば、猿の腕が伸ばされる。『白色の鏡』に入っていく生奥はイレギュラーズを一瞥してからにやりと笑う。
「緑色の鏡の中では、我々の悲願達成のために儀式を行なうのだそうです。
猿の手では其れは叶えられない。求めるのは『救済を求めるもの』への安寧です」
成程、救済とは即ち死だ。東浦区の住民の命を全て奪うための大規模な儀式でも異界で行なおうとしているという事か。
翠生が願うならば、『自身の家族を取り戻すこと』――だが、この願いは叶わない。猿は願いをまともに叶えやしない。
だからこそ、『善を積むために人を殺す』だろう。
静羅川 亜沙妃は象徴だ。故に、彼が最後に願うなら亜沙妃の復活だろう。
ならば、あと二度の奇跡が存在しているはずだ。其れが何になるかは彼との対話次第、だろうか。
「白色の鏡の中では蠱毒の儀を。夜妖をふんだんに詰めて置きました。ええ、此処でレトゥムは食事をさせて頂きます。
猫鬼、勿論貴女がたんまりと喰ったって良い。そのあと『私が貴女を捕まえて殺しましょう。ねえ、呪詛の猫」
穏やかに微笑んだ孔善になじみが「私が入らないって言ったら?」と問うた。
「そんなこと出来るものですか」
孔善が鏡を指差した。その内部にはなじみにとって見慣れた姿の女が立っている。
「おかあ、さん……?」
綾敷 深美。彼女が俯きながら其処に立っていたのだ。なじみ飛び込み掛けたが、なんとか思いとどまった。
「どうして、お母さんが!?」
「熱心な信者なのです。ええ、彼女にも『きちんと武器』を渡していますよ。夜妖を捕まえ、封じたものをね。
猫の一匹なら殺せるでしょう。あの娘の願いを叶えたいなら――分かりますね?
貴女が生まれてしまったから、貴女の父は死んだ。貴女を産んでしまったから、愛しい人は死に貴女は『化け物になった』。可哀想な深美!」
孔善の言葉になじみが愕然とした様子で俯いた。
余りに恐ろしい現実が目の前にある。
「……行かなきゃ」
ふらつきながらなじみが鏡へと向かった。
深美を救う最も簡単なことは『彼女から武器を取り上げて無力化』する事だ。
だが、蠱毒と言うからには全てが終るまでは抜け出せない。誰かが勝利しなくてはならない。
「良いルールを与えましょうか。猫鬼に少しだけハンデを上げましょう。私は優しいのです。死神様も来て下ったから」
うっとりと笑った孔善は天川を見ている。定を庇うように立っていた天川は孔善を睨め付けた。
「……教えろ」
「猫鬼はチームで構いません。誰か一人に『夜妖』を殺害したポイントを付けましょう。それで、レトゥムと競うのです。
レトゥムが死ぬか、猫鬼が死ぬか。何方かが果たされればこの蠱毒は終るでしょう――!」
うっとりと笑う孔善は皆に解散を告げ、ゆっくりとダイニングホールへと戻ろうとする。
「おい、孔善!」
天川が叫んだ。
「はい。死神様。私は抵抗も何もしません。
大丈夫ですよ、蠱毒の様子を澄原の令嬢と眺めて居るだけですから。どうぞ、お茶会に参加するなら此方に――?」
抵抗する気もないのだろう。
だが、生半可なことでは孔善は死なない。
何時だって死にたがっている孔善はくすくすと笑った。
「どうしてこんなことをするのか、なんて聞かないで下さいね」
ゆっくりと振り返る。
「――退屈凌ぎ、ですよ」
- <灯狂レトゥム>蠱毒完了
- GM名夏あかね
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年06月09日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
リプレイ
●綾敷深美
綾敷深美は再現性東京202X街と呼ばれる『希望ヶ浜』地区で暮らす何処にでも居るような一般的な女性であった。
職場で出会った男性と結婚し、翌年に娘を出産した。なじみと名付けた娘は愛しい人に良く似ていた。
「目許は深美にそっくりだよ」
そう笑う彼の屈託ない笑顔が深美は何よりも愛おしかった。なじみは父親に良く似ていると言われることが多かった。
深美にとってはそれはそれは迚も嬉しいことだったのだ。何せ、愛しい人とそっくりの娘が産まれたのだから愛おしさも一入だ。
娘が小学生になった頃に、深美の夫は体調を崩すことが多くなった。
地域の大病院で検査を受けているようだが、症状は改善しない。
深美が夫に問い詰めた際、彼は何やら難しい病名を告げて居た。後々、調べればその病名は全くの嘘であると知った。
そう、亭主の腹の中には病魔が巣食っていたのではない。居たのは化物だ。
皮と骨だけになった亭主の傍に佇んでいた娘は猫の耳と尾を持っていた。
「おとうさんから、もらったの」
譫言のように繰返した彼女を見て、深美は初めて知ったのだ。
――呪われている。
「私も、きっとこうなる」
――呪われている。
「……でも、大丈夫だよ。私はこの子と相性が良いから。お母さんの事を護れるんだ」
――呪われている。
綾敷深美は逃げ出した。そして、辿り着いたのは静羅川立神教であった。
何故、逃げた?
簡単な話だ。『綾敷深美』は夜妖も、外で起きる有り得ない空想上の出来事(ファンタジー)も何ら信じちゃ居ない。
世界に魔法なんてない、人間達が当たり前の様に生きている箱庭で生まれ育ったのだから。
娘が呪われたなんて、誰が受け入れられるだろうか?
●『蠱毒』I
「全く、なじみちゃんが戻ってきたと思ったら晴陽ちゃんも無茶ばっかり!
彼女は天川さんに任せるわ、今年の夏は皆でBBQって私が勝手に決めたんだから連れて帰ってきてよね。だって彼女は、私の友人だもの」
膨れ面を見せた『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は茶会の席へと向かう仲間達の背を見送った。
なじみは「アーリアせんせ」とちょんちょんとアーリアの袖を引く。幼い少女のような仕草に振り返れば腹がきゅるりと音を立てた。
「何、かしら?」
――お腹が空いた。美味しそうな『夜妖(おんなのこ)』が居る。
アーリアはにこやかに微笑んでからなじみを見た。相変わらず美味しそうで堪らない。けれど、ぐっと堪えたのは彼女が『教え子』だからだ。
「ぜーんぶ終ったら、浴衣を着て花火もしたいぜ。あ、花火大会が良いかも。縁日も行こう。アーリアせんせも、定くんも、ね」
呼び掛けられたから『綾敷さんのお友達』越智内 定(p3p009033)はやれやれと肩を竦めた。
「余裕だね、なじみさん」
「余裕だよ、定くん。君がいるんだから」
覗き込む若葉色の眸はいつだって信頼が滲んでいる。だから、憎めないし、愛おしくなる。相変わらず『僕は患ってる』のだ。
定は肩を竦めてから「オーケー、無事に終ったらね」と肩を叩いた。
「ねえ、ねえ、今、どう言う状況!? 私達がヘスペリデスで探索してたら、今度は鏡の中に飛び込むって事かしら?」
驚愕したように鏡を指差す『煉獄の剣』朱華(p3p010458)になじみは「そうだぜ、鏡に飛び込むってイケてるよね。御伽噺みたい!」と楽しげに笑った。
「ええ……そんな余裕で良いの? 詳しいことは正直、本当に、正直ッ、イマイチ分かってないんだけど、要は『鏡の中(化物の巣窟)』に踏み込んで兎に角、化物を倒しまくれば良いって事よね?」
「うむ。実にシンプルだな」
要するに鏡の中に集められた夜妖を撃破し続ければ良いというのだ。『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は真性怪異である両槻の『若宮』――それは分離し、奉られることになった神の総称だ――より神性を削ぎ落としたようにして作り上げられた『蕃茄』が自らの神性の欠片を紡ぎ合わせた妖刀を手にしている。
「例えば、だ。私のように『夜妖』の力を有する者はあの世界では参加者として数えられるんだ。そうでない場合は、なじみの補佐として立ち回れるだろう」
参加者として数えられた時点で異形扱いだというのは少々気に食わないが――「何が何でも猫鬼を勝たすことが出来るのだから、此方に勝ち目はある」と汰磨羈がにい、と唇を吊り上げ笑う。
「じゃあ、このパターンはどうだろうか。俺はアレクシアの付き添いとして参加したい。どうやらアレクシアは……アレクシアと、もう一人、俺の友人達は夜妖に縁が深いようだからさ」
ちくり、と『竜剣』シラス(p3p004421)が言葉を零せば『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)がぎこちなく視線を逸らした。
「う、うん。なじみさんの……ううん、猫鬼の力を育てれば、レトゥムを倒す事が出来るんだものね。
……それがなくとも、この事態を打開するには参加せざるを得ないようだけれど、とりあえず、私にできる最大限を尽くしましょう!」
アレクシアの背後に少女の影が見えた気がしたのは気のせいではない。彼女は『憑かれて』いる。シラスも其れは察知しているのだ。
「いいわ、協力してあげる。シンプルなルールは嫌いじゃないもの。
ジョー達にはこの前世話になったばかりだし、其処に人の命が……ジョーの大切な人の命が掛かってるって事なら尚更よっ!」
「やったぜ!」
自らが『定の大切な人』であると信じて疑わないなじみが拳を振り上げ喜べば、定はそれが嬉しいやら戸惑うやらで一先ず肩を竦めるだけに済ました。
「んーと? 私ちゃんは一応、夜妖憑きになるのかな。
動き回るだけに猿ってか。今更目にしてはいけないものを見てしまうことに恐れはないぜ。でも私ちゃん、狙われちゃう? 守って♡」
きゃあ、と身をくねらせた『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。どう見たって『逢坂の真性怪異』に呪われている音呂木の巫女に『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は「ひよのさんに怒られるよ」と首を振った。
「やべーじゃん、どうする花丸ちゃん! どーする!」
「大丈夫だよ。取りあえず、なんとかなるなる!」
「なるかな!?」
「なるなる!」
ある意味、怪異的修羅場を無数に乗り越えてきた花丸だ。肝が据わっている。にんまりと微笑んだ花丸はそっとなじみの手を取った。
「なじみさんのお母さんのことは聞いてたけど、まさかこんな所に居るなんて……。
武器は渡されているって話だったけど、普通の人がまともに戦えるかって言うと微妙な話だし……早いところ見つけないとね」
「ごめんね、お母さんが……」
猫の耳をへにゃりと折ったなじみに花丸は首を振った。遣ることは決まっている。定は小さく頷いた。
「お母様まで……。本当に流されるようにとんでもないことになってきましたね。
デスゲームの次は蟲毒とは……ええ、本当に面白い催し。じゃないんです……! こほん」
咳払いをした『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の頬をつん、と突いてから『愛し人が為』水天宮 妙見子(p3p010644)は「魔女の部分出ちゃってますよ……」と揶揄った。
「いいえ、だって――ねえ?」
「ええ。催しは悪趣味ではありますが趣向自体は面白いのでしょうね。……この空気を見る限りどれだけ喰らったんでしょうね? 毒虫を」
「毒とは、我々のようなものなのかもしれませんが」
即ち、神秘という『この場所では認識されやしない情報全て』が毒であるのかも知れないとマリエッタは呟いた。
デスゲームを行なったかと思えば蠱毒を開催して。それでは心配事ばかりではないか。
「レトゥムに関しても今の私にはわからない事ばかりですが、あの性質を見る限り危険な存在であることには違いない。
この蟲毒で一旦暴れるとしましょうか……気になることが多すぎて、少し体を動かしたくなってしまったんです」
「ええ。ええ。何にせよあまりむやみに関わるのは…面白そうなので妙見子ちゃんも参加しましょう!
毒虫だらけの壺の中に入る経験なんて滅多にありませんからね!
というわけで確立を上げるために手を繋いで参加しましょう! 妙見子ちゃんのギフトで生存を……無理でしょうか……?」
顔を見合わせたマリエッタと妙見子に「大丈夫、全員生き残れるって!」と『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は力強く笑った。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、とは言うけれど。まさに今回がそれだな。真性怪異の腹の中、蟲毒に飛び込む。それが全ての解決に繋がるわけだ」
シンプルで分かり易いと風牙は先頭に立ってからくるりと振り返る。
「なじみさんの運命を未来に繋ぐこと。クソ虫レトゥムを滅ぼすこと。
この2つがまとめて叶う。もう、誰も死なずに済む。なら、躊躇う理由は何もねえ――さあ、狩って狩って狩りまくろうか!」
●『蠱毒』II
「彼方の儀式も気にはなりますが……直接真性怪異に関わるという意味で、最も危急なのはやはり此方。
真性怪異と競うなら、手数は幾らあっても十分という事は無いでしょう。それに――」
『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)が視線を送ったのは定となじみだった。
「越智内君の言っていたなじみさんの件は、確かに試す価値がある。
それだけで万事解決とはならないでしょうが、事実上真性怪異たるレトゥムと対峙する事になる以上、この場における貴重な対抗策にも成り得る」
「ふふーん、なるほど? つまり?」
きょとんとした『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)に冬佳は揶揄うような笑みを浮かべて「実にシンプルな答えがあるのですよ」と頷いた。
「とにかく敵を沢山倒せばいいんですね!? 狩り上手なしにゃこちゃんの力見せてあげます!
それにしても、なんでデスゲームを考える人って皆退屈凌ぎだって言うんでしょうか? 神にでもなったつもりですかね!?」
絶対に引き摺り下ろしてやると拳を振り回したしにゃこに『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)が「そうしましょう」と手を引いてやって来たのは――
「うええっ、待って下さい、メイド!? それ誰!?」
「デスマシーンじろう君です」
澄原 晴陽を迎えに行くためにも手早く片付けるのだとリュティスは病院で鎮座していたデスマシーンじろう君をこの地にまで連れてきたのだそうだ。
「手早く片付けなければ叱られてしまいますし、怒りに任せて暴走されても困りますから手綱は握っておかねばなりませんね」
言うことを聞いて下さいますか、と無表情の『日本人形』(らしき夜妖)に問い掛けたリュティス。デスマシーンじろう君は返事の代わりにチェーンソーをぶいんぶいんと動かした。
デスマシーンじろう君は夜妖の気配を察知出来る。猫鬼の強化にもデスマシーンじろう君は役立ってくれるはずだ。
何せ、何故か巨大化していたのだ。リュティスの興味を非常にそそったのは間違いは無い。
「ふむ。デスマシーンじろう君もここへ来ている、が、水夜子君はここへ来られない。そうだろう、晴陽君が許さない」
『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)はこくこくと頷いた。愛無は『獏馬』が憑いている。祓い屋にて、その夜妖を身に宿してから幾重もの死線を潜り抜けて来た――が、夜妖憑きであることが求められる機会は早々多くはなかったか。
「しかし……水夜子君。思えば竜種の襲撃の際も取り乱していたが。
あれも自身では対処のできない相手を前に、守るべきに守られるという状況であった。
……矢張り存在理由が揺らいでいたのだろうな。しかし彼女の周囲は色々と複雑なのか。単純なのか。彼女の家族に会ってみたいな」
ぽつりと呟いた。普段はミステリアスで飄々とした彼女が為す術のない状況になれば存外に取り乱し、声を荒げる場面もあるのだ。
(普段のミステリアスな水夜子君も魅力的だが。先の水夜子君も非常に愛らしかった。
其れなりに気を許してもらってるという事なのか。そう思って今は己惚れておこう。良い食事が出来そうだ)
舌舐めずりをした愛無が鏡に指先を浸した。『黄泉路の蛇』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はドーナツを囓りながら「入れるのだろうか」と問う。
「入れる。ここから入れば『蠱毒』という名前の殺し合いのスタートだ」
「成程。……俺も夜妖憑きだ。ネジレモノが傍に居る。
ここへ潜り込むのに役立ちそうな心当たりがこいつと繰切殿の仮初の巫女という立場くらいしか思いつかなかった。
これもちょっとアレなヤツだが、『捩れ』と解すれば、俺との親和性は悪くは無かろう。連れてきた以上は連れて帰れるよう努めはするさ」
――最も、『蛇神』を連れてきてしまうのは問題だろうとも考えたのは確かなことである。
「行きましょうか。気に入ってくれたのだものね、顔を出さなければ失礼じゃない?」
車椅子ではない。黒靴のプリマは自身の足で鏡の中へと飛び込んだ。『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)の目的は時透 生奥その人だ。
「偽ること裳必要ないのだもの。ああ、やっとね。もう車椅子もヴェールもない、普通の『ヴィリス(わたし)』になれるのだもの」
仮面のプリマが滑り込むかの様に蠱毒の中へと飛び込んで行く背中を見詰めて草薙 夜善は「セスさん」と『星読み』セス・サーム(p3p010326)を呼んだ。
「はい。佐伯製作所にお勤めとお聞きしました、草薙夜善様」
佐伯製作所に勤め、佐伯操の名代を務めることもある『草薙事業部長』。久方振りにそう呼び掛けられた夜善は「何だか仕事でって思うと、曖昧な立場に感じるよね」と肩を竦めた。夜妖や希望ヶ浜という揺り籠の統括を行なう部署の一つを担う存在である。
「此方でも厄介な怪異が確認されているとのことで対処に参りました。
これも星の巡り合わせでしょうか、夜善様の御意向に添いつつ依頼達成に尽力致しましょう」
「……有り難う。佐伯製作所も大きな組織で、セスさんとは顔を合せたことは無かったけれど、これからは宜しくね」
穏やかに微笑んだ青年は綾敷深美を探しているらしい。それが幼馴染みである晴陽がなじみの為に願った事なのだろう。ついでの話ではある――深美を探したいのはもう一つ理由がある。猫鬼という怪異を『制御する』目的だ。
夜善はセスに耳打ちをした。母を喪えば、必ずしも綾敷なじみという娘は『崩壊』する可能性がある。そうなる前に深美を確保為ておきたいのだという。
「承知しました。なじみ様の付き添いとして行って参ります」
「……気をつけて。……君は?」
振り返った夜善に『無視できない』カフカ(p3p010280)は「あー……」と困ったように声を漏した。
「……まあ、なんやろな」
カフカは腹を撫でた。自身の中に存在する『蟲』が羽化を迎えようとしている。
「取りあえず……まあ、行ってくるわ」
ひらひらと手を振って、独り言ちる。
蠱毒と呼ばれたその空間は澱み、気味の悪さだけが満ち溢れていた。
カフカは嘆息した。その空気だけで、体が軋む音がした。巨大な蟲、アーリアへと分かたれたそれの『本体』が軋んでいる。
今まさに、カフカの体から飛び立とうとしているのだ。カフカの体は『蛹の繭』だ。その中で、羽化を待つ虫は白い翅を広げ飛び立とうとしているのか。
油断をしたならば直ぐにでも夜妖の餌食になるだろう。まだ、蟲が腹の中に居るからこそ、周囲に何の影も見えないのだ。
(きっつ……)
油断をしてはならないが痛む体に参ってしまいそうだ。
(けど、この痛み、なんか知ってる気もするなぁ)
ああ、そうか――あの雨の日、蟲は死にかけた俺を呪い、その結果俺は生き永らえた。
とっくの昔に死んでいたのだ。屹度、蟲と出会ったからこそ生き永らえただけの命。
蟲が外に出るならば、呪いの対価を支払ったと同時だ。いのちを貪り、それが逃げて行くなら――この命を終わらせ、て。
「……ってんなわけあるかぁ! ど阿呆が!
今まで散々人の身体食い漁って飽きたらポイ? 冗談やあらへんわ。家賃貰ってないし、家出も許さへん。そんなん納得できへんからな」
虚空に向けてカフカは叫んだ。
「大体勝手やないか? 人の体喰い漁っといて、コッチの世界来て美人見付けたからちょっと摘まみ食いってか?
あ? それで、食い飽きたからハイ、サヨナラ~、ってそんなん誰が納得するんや! 応えてみぃ!」
叫んだカフカの声に応えるように『背中』がぎしり、と音を立てた。
痛い。灼けるような気配だ。裂ける。しかし『自然とその痛みを乗り越えられた気がして』――
「はは」
カフカは入り口で立ち止まったまま、呆然と跪いて顔を上げた。
背に傷が残ったわけではない。幻肢痛のようなものだ。抜け落ちた其れは真白な蛾だ。
「なんや、真っ白で、めっちゃ、綺麗やん――」
●『蠱毒』III
領域内を歩みながら冬佳はくるりと振り返った。母を探すなじみの為に、周辺の掃討は任せて欲しいと淡々と告げる。
ああ、けれど――
「なじみさん」
「……冬佳ちゃん?」
ぱちくりと瞬いたなじみに冬佳は「猫鬼」と呼び掛けた。彼女の背後には黒い影が見える。足元から伸び上がった『猫』の気配。
「……蟲毒を利用して、猫鬼がその在り方を変えれる程の、或いは局所的にであれ真性怪異を越え得るまでの力を得る。
不安が無い訳では無いけれど、他により有効な手立てがある訳でも無し。今は……猫鬼の意志を信じます」
そうだ。猫鬼の強化が足りれば『猫鬼にレトゥムを倒させれば良い』だけだ。一時的にでも真性怪異を越えられる可能性があるというのは、其れだけ強大な力を得るという事だ。
ならば何故、猫鬼が越えることが出来るのかという事に冬佳は着目していた。
猫鬼とは蠱毒によって産み出される呪詛の一種である。故に、この蠱毒という空間であればそれは強化するに適しているという事だ。
レトゥムの元となったヒサルキなどと称される憑き物の一種も、猫鬼も。その何方も『呪詛』を媒介にしているならば。
(ええ、屹度、猫鬼はレトゥムを倒せるでしょう。けれど……真性怪異を『喰らった』として、果たして猫鬼は『今のまま』でいられるのか。
綾敷なじみとの約束を果たせるほどに、それは穏やかな存在で居られるか――警戒はしておかねばならないか)
冬佳の考え込む表情を見詰めてから、なじみは「大丈夫だよ」と笑った。
「いざとなったら、無理矢理引っ張り出してよ。私をカーテンの中から引き摺り出すように、さ」
その役目は皆に任せるんだ、と彼女は手を振り走り出す。『お母さんを探す幼い娘』のように、何処か落ち着きのない仕草でなじみは走る。
10歳の頃から時が止ったようだった。母と子供。その歪な関係性を動かすように彼女は走って行く。
「いよっしゃァ、ポイントを稼ぐのだ! ボーナスステージはどこなんだぜ!? どう思う? じろう君。やだ、めっちゃコッチ見てる」
「夜妖憑きの判定をして下さいますから、じろう君は」
しらっと言うリュティスは皆が領域に入ったことを確認してから鏡に突入した所で発見した夜善を連れていた。
「ちっす、夜善さん。ママさん探すんだよね。いーぜいーぜ。何する? 生奥くんぶちのめす? やるぜ? 私ちゃん何も知らんからな?」
「あははは……」
確かに必要な事だろうけれど、と言わんばかりに笑った夜善に秋奈は拳をぶんぶんと振った。
「それにしてもさあ。なぁーんか、うじゃうじゃいる感じがして気持ち悪いんだよねぇ……うぇっ、虹でそ。でも危険な香りパなくて、ワクワクしてきた!」
事前に『猫チャン、貸し一つだぜ』と笑いかけていた秋奈は周辺の夜妖を退けながら深美を探す。彼女は屹度、なじみの元へと向かうはずだ。
「にしても、夜妖だけでなく見れば人間だって大勢いるじゃないか……こんな所で蟲毒なんてしようって言うのかよ。
それにこの儀式は、猫鬼が生まれるに至ったものだろう。
……いい気はしないぜ。何かが生まれて来る時ってのは皆に祝福されて欲しいよ。それが呪いの結果だなんて、そんな悲しい話あるかよ」
呟いて定は俯いた。花丸は「そうだね」と目を伏せる。背に張り付いたしにゃことてこの場がどれ程に恐ろしいか知っているのだ。
「ぎにゃあ!」
眼前に立っていた何かを指差したしにゃこは思わず叫んだ。レトゥムかと思った――がデスマシーンじろう君だった。
「レトゥムではないですよ」
「それより怖いのが来たァッ!」
びっくりしたと言わんばかりに肩を跳ねさせたしにゃこにリュティスは首を振った。気配を察知しながら歩くにはデスマシーンじろう君は丁度良い。
レトゥムを見ても害を受けにくい上に、その気配を察知してくれるのだ。出来うる限りの障害を避けて歩いているというリュティスは周辺の夜妖を共に払い除けてきたのだそうだ。
「凄いね、デスマシーンじろう君」
「はい」
なじみはぱちくりと瞬いてからおかしそうに笑う。敵の数が多いのは確かだ。不意打ちはされたくはない為、猫鬼にポイントを譲渡しながらも索敵を行なうリュティスに「リュティスちゃんは怖くないの?」となじみは問うた。
「……ええ。じろう君もいますし」
何よりもこの場を抜けることが一番必要なのだと考えて居た。
「それにしても、倒したら猫鬼にポイントをシュートですっけ。一人でやろうとしちゃだめですからね?」
なじみにぴったりと引っ付いたしにゃこは唇を尖らせた。なじみにパワーを集めるというのは何となく怖いのだ。
彼女が遠くに行ってしまうような、そんな気配がしてしまう。
「ああ、なじみ君。……どうだい」
「お腹がいっぱいになってきたかもね」
そうだろうとも、と愛無は頷いた。念のために彼女の状態を確認した。相性が良いとは聞いているが強力な夜妖程共存の代償は大きいはずだ。
なじみの払う代償が膨れ上がっていけば、何れは――そこまで考えたがレトゥムを倒しきるにはまだ足りてやいないだろうと愛無も本能的に察知していた。
「……それにしても、これが『ただの殺し合い』ならば問題ないだろうが。『蟲毒』。そして『神殺し』。
殺害に伴う相手の特性の獲得。そもそも蟲毒は最後に残ったモノは呪として消費されるのだが。この『退屈凌ぎ』。最後に『何』が生まれるんだ?」
愛無の問い掛けに、汰磨羈はぴたりと足を止めた。神妙な表情を見せた花丸とて、同じ事を考えて居る。
「ハッピーエンドは望む処ではあるが。何にせよレトゥムの『餌』を奪う事は必要か。腕も落し損ねたしな」
呟いた愛無に「オーケー、いこうぜ」と風牙は夜妖へと向けて走り出した。全てを狩り尽くすつもりだ。
時間の許す限り、レトゥムに負けず『全て』を狩れば自ずと勝利は手繰り寄せられると知っている。怪異を倒して人を救えるのだから風牙にとって、そこに躊躇う必要なんてないのだ。
皆の姿を見送ってからアーリアはただ、虚空を眺めて居た。
「いらっしゃい、その辺の蟲よりとーっても食べ応えがある蟲が此処にいるわよ」
唇を蠱惑的に吊り上げたアーリアはゆっくりと、歩いていた。蟲の腹を満たすことが彼女の目的だ。
周辺に漂う夜妖も、蟲も、其れ等全てを引き寄せて体内に存在する『蟲』へと囁きかけた――食べ放題よ、なんて。
(ああ、けど…………お食事中は見られたくないわね、一寸)
夜妖を『食べて居る』という感覚がアーリアには合った。実際に咀嚼しているわけではないというのに、体内の其れが得ているようにずるりと腹を満たす奇妙な感覚があるのだ。直接的な食事と違った奇妙さに嫌気が差す。
「ねえ。蟲ちゃん」
腹を撫でる。腹八分目だろうか。けれど、今なら『呼び掛ける』事が出来ると感じていた。
「お腹はいっぱい? ふふ、……そうでしょう。だって私って結構やり手だものね。
私と居れば、これからも定期的に悪い夜妖を退治して、貴方に食べさせてあげる。だからね、私の言うことを聞きなさいな」
体内で何かが暴れる感覚がした。其れを押さえ込むようにアーリアは胃の辺りをそっと掌で撫でる。
「ふふ。拒否するならそうねぇ、絶食かしら! 私が死んだって燃やしてもらって身体はあげないわ。
それに、今すぐカフカくんの蟲に私ごと貴方を食べさせてもいいのよ?
……私は貴方に夜妖を食べさせる。貴方は私に力を貸す、ってこと。ちょっと人から外れるのくらい、今更怖くなんてないわ」
何せ、『イレギュラーズは希望ヶ浜では人ではない』でしょう。多少、蟲憑きが二人に増えたところで、澄原病院だって驚かないはずだ。
「蚕蛾は人に飼われなくちゃ食事もできず死んでしまうのでしょう?
そうやって、私無しじゃ生きていけなくさせてあげる……是とするなら、貴方に新しい名を与えましょう」
――にいと唇を吊り上げて笑ったアーリアに蟲は応えるように翅を揺らがせた。
●『異神の領域』
「そんじゃ俺はこの緑の鏡を選ぶわ。
……ま、やらなきゃいけねぇことは分かってんだ。終わらせなきゃな」
ひらひらと手を振ってから『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は緑色の鏡の中へと脚を進めた。
振る舞いは冷静ではあったが、内心には苛立ちが存在している。全く以て『死屍派』は死にたがりの行列だ。
死に対して理想論を振りかざし希望を有するなど言語道断だ。ニコラスが嘆息すれば、その傍らに立っていた『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)がかり、と爪を食んだ音がした。
「――ほんと、救えない」
可愛い女の子のガワではない。茄子子の内面が僅かに垣間見えた。良い子でなくてはならない茄子子の苛立ちは仮面を被る暇さえなかっただろう。
殺して上げる。殺して欲しい。世のため人のため。当たり前の様に信仰が人間を殺す様だ。その信仰が自ら達の意思であると認識し合い、誤認させ、洗脳し、下らない相撲を繰り広げて居るのだから。
「参りましょうか。静羅川 亜沙妃を――『レトゥムの元依代』であったものを倒さねばなりません」
『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)の目は真っ直ぐに鏡の置くだけを見て居た。
ミザリィは人を害することはない。静羅川立神教は明確に人を害する存在だ。それが妙に心に痼りを作る。蟠りとして存在するのは死という概念的存在への厚すぎる信仰心からくるものだろうか。
「しかし、鏡の奥には異界が広がっている、ですか。
飴村ビルもですが、死屍派はつくづく異界を作るのがお好きなようで……なら、何度でも壊してやります」
『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は呟いてから、ふと思い当たった。ああ、そうだろう――異界を好むのは簡便な言い訳を与えやすいからだ。
人の理より外れた場所であれば、その地にて生み出された死は自ら達の咎には鳴らぬと信じているからか。
狂って居る、と『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は認識していた。
「異神の領域の閉鎖、か……それを為す為にはこの空間を作り上げている存在をどうにかせねばならんのだろうが……。
それも決して容易くはないだろう。だが、この場を預かる以上はやり遂げねばなるまい」
そうでもしなくては猫鬼達にも影響がでるであろうとベネディクトは傍らに立っていたフォルトゥーナへと声を掛けた。
「フォルトゥーナ、だったか。この空間について何か解る様な事はあったりするか?」
「亜沙妃様を、殺すしかないよ。ボクちゃんは、まあ、任せておいて。一寸くらい自衛は出来る。……これでも、『夢は見てない方だから』」
ベネディクトはふと、幼さを滲ませているフォルトゥーナの横顔を見て居た。
ああ、そうだ。再現性東京とは、揺り籠だ。真実より目を逸らした者達の偽りの楽園。ベネディクトの問い掛けに、現実を見据えたかのように答えたフォルトゥーナはその言葉の通り混沌世界そのものをよく理解しているのだろう。
目標はこの空間の封鎖だ。その為に何をすれば良いか――ニコラスはベネディクトと頷き合った。
そう、眼前にはしっかりと『標的』が居る。
「この空間を封鎖するには、そちらを倒せば良いのか?」
静かに問い掛けたベネディクトに偲は「人を殺すことに対して、何たるも思わない様子は流石はイレギュラーズと言うのでしょうね」と扇をぱちりと手に叩き着けた。
僅かな苛立ちを滲ませるベネディクトの表情には不快感が張り付いた。人を先導し、死に追いやる者に倫理観が欠けていると物申されるのは不快である。
「救って下さるのならばそれでも結構。ただ、『順番』は履き違えてはいけませんもの」
くすくすと笑った偲の言葉にニコラスがぴくり、と指先を動かした。その言葉は重大なヒントでもある。
(――翠生の命を代償にして発動する猿の手、だったか。その代償は果たして翠生以外でも構わないのか……それが問題ではあるな)
そう。この空間を終らせるのであれば、『亜沙妃をどうにかすれば』それで問題は無いはずだ。だが、順番というならば。
「……成程。必要な事があるならば、しっかりと対処させて貰わなくて張らないな」
ベネディクトの槍の穂先は冷たい色彩を宿してる。
対処をする、そう、それが死を意味していると誰もが理解しているかのようだった。
「飴村さん、貴女は、救われたいですか? 貴女にとっての救済とは、なんですか? ……死ぬことでしか、貴女は救われないんですか?」
ミザリィの声音に、偲は微笑んだ。
「ええ」
――『生きている事が苦しいのに』
「あたくしは神を信じていますもの」
――『どうしてあの子が死なねば等無かったの?』
「……救済をいただけますこと?」
――『あたくしの命を代償に、あの子を』
心にはいつだって靄が掛かっているかのようだった。ミザリィは唇をきゅ、と引き結ぶ。
「生の終わりは死だ。それが救いになることもあるがよ。それが救いになるのは必死に生きた奴らだけなんだよ
……死ぬ為に生きてきたわけじゃねぇんだ。生き切る為に生きるんだろうがよ」
酷く苦しげにニコラスが吐出した。その傍を歩いて行く茄子子は今日という日ばかりは『黄瓜』とは名乗って居なかった。
偲の傍にすとん、と腰を下ろしたのは彼女なりの保身だ。此処が一番安全であると考えたのだ。
「私さ、後悔する人嫌いなんだよね」
「……まあ」
自分で選んできた道を、どうして自分が否定的見解を示すのか。幸も不幸も、全てが自分の功績であろうと茄子子は睨め付ける。
前を向かず、後ろばかりを見ている彼女の何処を好きになれるのか。ジェーン・ドゥは『前を見ていた』。偲は後ろばかり見ている。
「救われたいじゃないだろ。自分で勝ち取れよ」
興味を持ってしまったから、どうしようもなく唇が動くのだ。良い子は悪い言葉ばかりを紡ぐ。
「現実逃避なんて後ろ向きなこと言ってないでさ。夢に向かって進むとか言えないわけ?
死ねば『異世界』に近づけるって分かってるんでしょ。じゃあ待ってないで自分から行けよ」
ニコラスが『死は救済じゃない』と言っていた。死が救済だと考える者を茄子子は、別に悪いとは思って居ない。それが彼女の意思ならば。死を選ぶ事を悪だとも逃げだとも考えちゃいない――ただ、『レトゥムを信じていれば救われる』と考えるその態度が気に入らないのだ。
「あんたが前向きに、『地獄から這い上がってでも息子のところへ行きたい』って言うんなら」
――楊枝 茄子子は、悪い子になる。
「私があんたを殺してあげるよ」
冷たい声音と共に、吐出した言葉は良い子でなくてはならない彼女にとって、有り得やしないほどの悪だった。
偲にだけ聞こえたのだろうその言葉に、赤いルージュの唇がつい、と吊り上がる。
茄子子の手が偲の首元に宛がわれた。ミザリィはただ、見詰めている。
「……順番を違えちゃならない、だったな」
ニコラスは静かにそう言った。
「『静羅川 亜沙妃の復活』を願うなら、それは歪んでレトゥムを復活させる可能性がある。
だからこそ、レトゥムが死ぬ前にお前達の『歪み』のレールを正しい方向に切り替えてやる。こんな場所に、奇蹟なんてくれて遣るかよ」
ニコラスがじろりと亜沙妃と翠生を睨め付けた。偲は動かぬまま茄子子を見詰めている。時が来れば『悪い事』を起こすはずだからだ。
「……何があった? 何故レトゥムをその身に降ろそうとした。その事実を知りたい。欲を言うなら亜沙妃の視点からの真実も知りたいがね」
「見付けてしまった箱を開けてだけでしょう。呪いなんて、そのようなものですわよ、ねえ?」
偲が応えれば翠生が穏やかに微笑んだ。ボディは翠生に呼び掛ける。
「務史様は奥様と子供に会いたいから、こんな儀式までしてるのですよね――なら、なぜレトゥムを『妻』と呼ぶ。
私知ってます。人は好きな人同士で結婚してお互い夫とか妻とか呼ぶのでしょう?
じゃあ家族の再会のために大量の犠牲を積んでいてあんなのを妻に据えるとか、どうにも理解不能です。なんですかその矛盾」
「いいや、妻だよ」
レトゥムを妻と呼ぶ。矛盾を抱えているようで、そうではないと言う彼にボディの唇が「まさか」と震えた。
大量殺戮は論外。矛盾を抱えた彼を見過ごせない――けれど、もし。
もし、彼の。
彼の家族が。
「貴方の……家族は……」
ミザリィはまじまじと木乃伊となった娘を見て居た。依代の娘、其れを愛おしそうに眺める男。
その視線の意味にボディは気付いて仕舞った。ミザリィが彼の心を読んだことで、真実がまろびでる。
「『レトゥムが暴走した際に亜沙妃様は自らの体を差し出しましたが』――でしたか。
貴方の妻は、レトゥムに喰われてしまったのですか。だからこそ、亜沙妃は」
「はは、察しが良いことだなあ。亜沙妃は娘の一人です。妻は、レトゥムを封じた箱を『偶然』開けただけだった。地獄への道だっただけだ」
有象無象を閉じ込めた箱。その鍵は偶然開かれるような者である。だからこそ、その『空箱』を男は大層愛おしそうに手にしていたのだろう。
願いが叶うのならば――命を消費して、奇蹟を行使して、家族を。
『家族を取り込んだレトゥム』を――?
「それは、貴方の家族では」
「いいえ、家族だ」
「ッ――多くの人を死なせて、自分の命すらも消費して。
務史 翠生。それで、そんなことして家族に顔向けできますか? そんな所業の夫を迎え入れるほど、貴方の家族は腐っているか!?」
叫ぶボディの言葉を聞きながらミザリィはただ、翠生の心に矛盾が無い事を知ってしまった。
「……私はこの世界に来て、誰も傷付けないと誓いました。
たとえ敵であろうと、傷ひとつ付けず、ただ回復と支援だけを続けてここまできました。
けれど……必要であるならば。この異界を封鎖できなければ住民が死んでしまうというのなら――私も覚悟を決めましょう」
ミザリィがはなつ魔砲が亜沙妃へ向けて放たれる。身を投じる翠生に気付きベネディクトが首根っこを引っ張った。
男の体が地を転がっていく。ボディは直ぐさまにその身を捕まえて胸倉を掴み上げる。
「貴方みたいに、私にも大切な人がいます。私には勿体ないぐらいの素敵な、えと、その……友達が。
そんな人がもし馬鹿なことをしようとしているのなら――えぇ、ぶん殴ってでも止めます」
翠生を鋭く睨め付けた。亜沙妃の肉体は未だ壊れていない。だが、『話すこと』がある。
「ですので今回は、貴方の奥様に代わって貴方をぶん殴る。
まだ生きていられるのに命を浪費する人はこうでもしないと止まらない。――奥様が良き人であったのなら、きっと私と似た選択をする筈だ」
殴りつけた拳が痛い。ボディが見下ろす先で翠生の唇が笑っている。
ベネディクトは勢い良く箱へと槍を突き刺してから「終わりにしようか」と囁いた。
亜沙妃を『壊せば』、翠生の願いで彼女が復活する。ある種の『復活』とも呼べるのだろう。まだレトゥムは破壊されていない。
――この空間だってそうだ。
順番を違えるな、か。それはそうだ。茄子子は偲を見詰めてから笑った。
「最期だよ」
「ええ、最期ですわ」
「……言い残す事って在る?」
三度目の正直のように、翠生が亜沙妃の元に躙り寄っていく様子を見ている。最後の願いは。奇蹟は未だ。
その前に、ニコラスが彼に終わりを告げた。これ以上の願いは叶うことはない。
亜沙妃の肉体を崩すミザリィの『覚悟』を見届けてからベネディクトはそっと槍を下ろした。崩れゆく空間で、偲は晴れ晴れと笑って見せた。
「華を、一輪下さる?」
●蠱毒IV
蟲の羽音を聞きながらカフカはそっと手を伸ばす。
「ごめんなさい。今まで無視をしてきました。見て見ぬふりをしてきました。勝手に怖がって遠ざけました。
虫がいいことはわかっています。でも、俺はお前を受け入れたい。頼んます。友達を、助けたいんです」
ギシギシと鈍い音がする。力が漲ってきたのは――眼前のそれを『受け入れる事』が出来たからか。
今まで蟲はずっとカフカを待っていてくれたのだろうか。蟲がカフカの指示を待つように羽根を震わせている。
「……うし、出遅れたけどここからが本番や。
他の夜妖と蟲ども蹴散らして、ポイント稼がせて貰おうやないか。蟲って呼ぶのなんかあれやし、見たまんまシロって呼ぶか」
どう? と問えばシロは真白い鱗粉を散らせながら一気に上空へと舞い上がった。
迫り来る夜妖を蹴散らすようにそれは霧氷の魔術のように『雪』を降らす。
「いくで、シロ! 飛んで火にいる夏の虫や!」
ここからが本領発揮。カフカの能力を模したかのようなシロをまじまじと見て居ればその牙が意外に鋭いことに気付く。
「まあ、意外でもないんやろか。いや、そりゃ腹減って他の夜妖やら俺やらをむしゃむしゃしとったんやから当たりまえか。
とりあえずいい感じになんかこう、あれや! レトゥムを倒すぞー! と言いたいけど無茶は出来へん。
この儀式を終わらせてみんなで帰る! それが最重要事項! シロが抜けてなんや腹減ったし美味いもん食いたいもんな……」
カフカはシロを見詰めてからにい、と笑った。
「皆ントコいこか!」
カフカがふと顔を上げれば勢い良く槍を振り回している風牙の姿があった。
呼吸音、移動音、動作の音を全て拾い集めるようにして、人とは異なる音の発信源へと向かって行く。淀みない攻撃だ。
サクサクと『狩りつくして』仕舞えば問題なんてどこにもない。
「ああ、とてもシンプルでわかりやすい。何の憂いも躊躇いも必要ない!
戦えば戦うだけ、頑張れば頑張るだけ友達を笑顔にできるんだ。やる気がバンバカ湧いてくらぁ!
オラァ! 化け物ども! どんどんかかってこい! 来なきゃこっちから行くぞあはははは!!」
「……」
思わず立ち止まったカフカに気付いて風牙ははっと青ざめた。戦闘狂のような反応を見られてしまったと思わず慌て始める。
「やべ」
「いえ、気持は分かります」
頷いたマリエッタの傍にはにんまりと微笑んでいる妙見子の姿もあった。
「一旦暴れさせて頂いておりましたから、ねえ」
「ええ、マリエッタ様ったら急に暴れるんですもの」
くすくすと笑う妙見子にマリエッタは事情がありますと目線をふい、と逸らした。事情とは簡単だ。今のマリエッタは魔女と喧嘩中である。
「えっと……取りあえず魔女様と早めに仲直りして上げて下さいね?」
「……どうでしょう。取りあえず妙見子さんは援護をお願いしても?」
勿論と微笑んだ妙見子は風牙にもひとつ置き土産を渡してから、夜妖を追掛ける。長期戦で夢幻に戦うというのは難しい。何方もが『協力する』という点ではマリエッタと妙見子のタッグは非常に良いバランスであった。
互いが互いを回復し合い、リソースの共有をする。「頑張って下さいね!」と拳を振り回していた妙見子にマリエッタは「気になる方がいるのですよね」と呟いた。
「夢華様、でしたっけ?」
「ええ。夢華さんの事……どうにも気になると言いますか。
この場の誰かに関与する人……というのは間違いないのでしょうけれど、どうにもこっち思考に侵食してくるような気味の悪さを感じます」
「なんというか…後ろからブスリと刺されそうなプレッシャーを感じるお方ですねぇ……。
この方の目的が見えてこないのが一緒にいて不安なのですが……」
「そうですか?」
二人が勢い良く振り返ればそこには現川・夢華の姿があった。「ひゃあ」と声を上げる妙見子。
マリエッタは庇うように前へ出てから「こんにちは」と夢華へと声を掛けた。
「こんにちは。もうそろそろ戻らないと活けないんですけれど、大丈夫ですよ。私って分かり易い女で有名な方の後輩ですから」
――その態度が分かりづらいとは妙見子は敢て言わなかった。
アーマデルはゆっくりと二人へと近付いてから「夢華殿か」と声を掛ける。
「こんにちは、先輩方は楽しそうですね」
アーマデルは妙見子の姿を見付けてから、身を隠して伺って居たのだと言う。だが、そもそも論があった。現川・夢華は『人間』ではない。
「夢華殿は夜妖だろう。それも、なんだったか……死を告げる妖精(バンシー)」
「はい。だからなじみんもレトゥムも私にとってはとっても素敵な友人ではあるのです」
微笑む夢華がうっとりと目を細めた。この空間は物理法則がきちんと働いていない。だからこそ、レトゥムから遁れることは出来たが――そんなことよりも、彼女という『死を告げる妖精』がレトゥムに寄り添っていることが気になるのだ。
「夢華殿は何方に『死を告げて居る』?」
「さあ、どうでしょう。私は虫の知らせのようなものですよ。あはは、虫の知らせですって。
こんな場所では夜妖も飛んで火に入る夏の虫ですし、蟲に縁があるようでいやになっちゃいますよね!」
微笑む夢華にアーマデルは「二匹の虫が羽化する可能性があるのだろう」と頷いた。
「ところで、一つ聞いて貰っても?」
「ええ、ええ。後輩は先輩のお話を聞くのが仕事ですから」
「故郷の神話には同族喰いの蛇というのがいたが……そういえば俺はその説話の最後を知らない。
性質的に、恐らくは喰い過ぎを戒めるような内容だったような……? 例えば、その後はどう続くと思う?」
「魔女さん達は?」
夢華に問い掛けられマリエッタと妙見子は顔を見合わせた。勿論、同族が腹を食い破った――なんてオチを思い浮かべてしまうものである。
どうしてアーマデルがその様な事を聞いたのか。其ればかりを気にしていたマリエッタははっと息を呑んでから「猫鬼」と呟いた。
「夢華さんは……猫鬼が……」
「えっ、まさか……」
綾敷なじみの中に居る猫鬼がこの蠱毒の『全てを喰らった』ならば、最期は――?
なじみの体から腹を食い破って出て来てしまうのだろうか。その前に『彼女を乗っ取ってしまう』可能性だってどうしようもないほどに存在していた。
「けど、決まってないんでしょう?」
朱華はゆっくりと近付き夢華に告げた。
「ええ」
「死を告げる妖精だったっけ。良く分からないけど、レトゥムに予告してくれる?
死が救済だとか、腹が減ったとか、鈍いだとか、そういうのって正直受け入れられないの。アイツだけ勝手に逝ってくれないかしら」
朱華は「やり合うって決めたんだもの、迷ってる暇なんてないでしょう」と静かに告げる。
遠く、手を打ち合わせる音を聞き朱華は振り返った。
「誰?」
「どうも」
微笑んだ『彼』の姿に気付いてからヴィリスが「ご機嫌よう」と囁いた。
生奥がいる。彼の目的なんて微塵も興味も無い。だが、興味を持って貰ったのだから――挨拶くらいはしておかねばならない。
「貴方に微塵も興味もないし手伝いとやらもする気はないのだけれど。
だって、カミサマだろうと自分以外のナニカになりたいだなんて思ったこともないもの。
……貴方が気に入ったのは脚が捥がれた私だったかしら? ごめんなさいね」
「これは傑作だなあ」
思わず呟いた生奥にヴィリスの唇がつい、と吊り上がった。男と女の間にあるような甘酸っぱさなんてない。平坦な感情の起伏が揺れる。
「貴方が私を気に入った理由とか柄にもなく考えてみたのよ。でも全然わからないわ。
結局誰が死のうがそんなの勝手にすればいいのよ。自由ってそういうことでしょう? 自分の幕引きを自分で選ぶっていうのもいいんじゃない?」
「自分で選べない方に、道を示して差し上げているのですよ。貴方は僕に従ってくれそうで、気に入っていたのになあ」
柔らかに微笑んだ生奥にヴィリスははあと深く息を吐出した。
「……選んだつもりで選ばされてるっていうのが私は嫌なの。優しい言葉で選択肢を狭めるそれを私は『慈善活動』だなんて認めない。
だからそう――丁度いいからとことん邪魔してあげるわ。
貴方をレトゥムの依り代になんてさせてあげるものですか!
だって何もない貴方を依り代にするカミサマが可哀そうだもの。なんの価値もない物を押し付けられるって迷惑よ?」
ヴィリスが大地を蹴ったとき、生奥は「それでは、第一幕を始めましょう」と手を打ち合わせた。
●蠱毒V
「任せとき!」
「カフカくん!」
アーリアが呼べば真白い翅を揺らすシロが己の存在を主張する。アーリアの傍にも真白い『蛾』が存在している。
「時透 生奥」
名を呼んだアーリアに生奥は「酷い事なんてしていないのに」と呟いてからそっと背を押した。目の前には、深美が立っている。
「お母さん」
「……なじみ、ごめんね」
今まで、辛かったでしょうとそう囁いてから深美が走り出す。その傍で微笑む夢華が「あらあら」と頬に手を当てた。
「夢華ちゃん、こっちに来てくれよ」
手を伸ばす定に夢華は肩を竦める。可愛らしい彼女は何時もの如く『穏やかな後輩の顔をして居る』
「あーあ、きちゃった。もう助けてあげませんよ? キスとかしてくれないと」
「夢っち!? 助けてくれんの? キスくらいするよ! ちゅっちゅっ。あ、浮気じゃねーぜ? そんで、一緒に遊んでくれたらやる気出るかも?」
佇んでいた夢華は「嬉しいですけれど、音呂木の匂いがしますもの」と不愉快そうに眉を顰めた。
「ふむ、キスをすれば手助けしてくれるのか? ……しかし、定にそんな事をさせる訳にはいかん。
どれ。私で良ければ、格別に熱いのをくれてやろうじゃないか」
にやりと笑った汰磨羈が夢華のおとがいを持ち上げた。美しく整っているが生気の無い貌が前に在る。
「あら、私ったらこんなに愛されキャラでしたっけ? どう思いますか、私にキスをする先輩」
「キッ」
引き攣った声を漏した定は「夢華ちゃん、何言ってるんだよ」と慌てた。
「キス? いいいいや違うよなじみさん違うんだってアレは事故で!!」
「事故?」
じいと定の顔を見たなじみは明らかに不機嫌そうな表情を見せる。
「いやだからさ」
「……定くんは私とキスできる?」
「いきなり何を云ってるんだい!? 何を!? じょ、冗談はさておき、さっきのは冗談じゃない。僕から夢華ちゃんへの願い事だ。
力を貸して欲しい。もし叶えてくれるなら、なんだってする。僕は君にも泣いて欲しくないんだよ、夢華ちゃん」
誤魔化した。色々あるのだ、男の子だから。しかし、そんな話をしている場合じゃ無い事くらい知っている。
深美がなじみに近付いてくる。その手に握り締められた包丁は夜妖の気配がしていた。
「母と子を殺し合わせるなどと……許せる訳がないだろう、そんな事は!」
汰磨羈が睨め付ける。深美の無力化を為ねばならない。ここで彼女の凶行を許すわけには行かないのだ。
猫鬼にだって手出しはさせないと汰磨羈は妖刀で深美の包丁を弾く。
体勢を崩したかのように見えた深美は「ああッ!」と呻いた。セスは「なじみ様、後ろへ」と静かに声を掛ける。
「ママさん! 好き勝手やって、愛情もなく殺しに来るんじゃねえ! 私ちゃんは他人か! ガハハ」
からからと笑いながら距離を詰める。確実に『生奥』を殺すと決めた。
深美は生かすが、生奥は生きているだけでレトゥムに言いようにされる可能性がある。だからこそ、順番良く、だ。
「アイツ、こっちを見て笑ってる」
「ええ……悪辣そのものですね」
セスは生奥を見詰めていた。その奥に何かが蠢く感覚がする。『見てはならない』。レトゥムはそう言い付かっている。
それが真性怪異が有する呪いそのものであると識っている。此処はレトゥムにとっても居心地の良い場所だ。その権能が強力になっていることは翌々分かる。
(イレギュラーズならば即死することはないでしょうが、気が触れる可能性はありますね)
見ては鳴らないと合図をすればデスマシーンじろう君が夜善の盾となった。リュティスは「夜善様を庇ったのではなく弱そうな夜善様の前に居れば、夜妖が来ると判断したのでしょう」と冷たく囁く。
――この場で一番弱いのは僕だろう? 一番良い匂いするんじゃない?
「……先輩ったら。一番弱いのは『猫鬼が置いてけぼりにしちゃうなじみん』でしょう?」
夢華がなじみの肩を掴んだ。定がその身を滑り込ませる。包丁を掌で受け止めれば鋭い痛みだけが走った。
「深美さん!」
名を呼んだ。正気じゃない。痛い。畜生、なんだって包丁なんてもの素手で受け止めさせられるんだ。
「私が産んだから不幸にしてしまったの。ごめんね、ごめんね、ごめんね」
何度も、何度も繰返される。定は痛みを堪えるように歯を食いしばり、声を震わせ叫んだ。
「なじみさんが不幸だなんて、彼女がそう言ったのかよ!」
腹が立つ――母親であろうともなじみにとって、大切な人であったって。腹が立つ。
「不幸だなんて勝手に決めないでください! そもそも超絶美少女しにゃこちゃんが隣にいる時点で幸福みたいなもんです!」
尊大にしにゃこは叫んだ。深美となじみの間に身を滑り込ませる。武器を握る定が手を離した――照準がずれる。ああ、悔しい。
「ついでにしにゃ以外にもたくさんのお友達がいるんですからね! 今回の事が終わったらアチコチ遊びに行ってもっと幸せになって貰うんですから!
生まれがどうとか関係無いです!
なじみさんはこんなに可愛いんですから不幸だなんて神が許してもしにゃが許しません! むしろしにゃ自身が神みたいな所あります!!」
「神様……あはは、本当にそうかもね」
花丸はしにゃこが武器を弾きと馬山としていることに気付いて居た。なじみの事は夢華が護ってくれるなら、深美の手から武器を奪うだけだ。
「たしかに辛い事もあったかも知れないケド、それだけじゃ決して無い筈だよ! 今のなじみさんを見て上げてよ、深美さんっ!」
確かに綾敷なじみの人生は人並みのものじゃあなかったかも知れない。『人並』の自分にとっては『怪しい』彼女は不思議な存在に見えた。
初めて見たときに、彼女は泣いていた。
あの泣き顔を見てから決めたんだ。女の子が泣いていて、其れを無視できる訳がないだろう?
「彼女は今まで頑張って来たんだ。それを否定なんて、誰にだってさせない!
もし今が不幸だって言うのなら、これから幸せになればいいじゃないか!」
――僕が、傷付いたって良い。体の痛みなんて、心のそれに比べればなんて事は無い。
おかえりと言って欲しいと笑った彼女との未来を夢想する。手を握り締めて、海を見て、綺麗だねと笑い合うような何てこと無いし合せが欲しい。
「たった一人のお母さんが、なじみさんを否定して! たった一人のお母さんが、なじみさんを愛さないで!
たった一人――なじみさんにとっての『一番』が不幸だって決めつけて、この世の誰が、彼女を愛して、抱き締めて、幸せにしてやれるんだ!」
定が深美の腕を掴んだ。
「深美!」
呼ぶ生奥は『夢華』に突如として背を押された。
何処から彼女の腕が伸びたのかは分からない。だが、背を押したのが夢華である事は分かる。
「輪廻転生おとといきやがれってんだ!」
生奥に突き立てた刃から血潮が滴った。動きが止る。
生物として喪われていく何かがある。
「ねえ、生奥」
ヴィリスはそっとその傍らに腰掛けた。
「……何?」
「結局のところ私は生奥の『慈善活動』とやらが気に食わなかっただけなのかもしれないわ。
……私の思う自由を侵すことが許せなかった。誰かに指図されたアドリブなんて楽しくないじゃない。
でも改めて実感したわ。
私にとって一番大事なものは踊り。きっとそれは命なんかよりも大事なもの――私は私自身の救済のために踊り続けるわ」
踊るためなら死んでも良いって事か、と問うた生奥にヴィリスはどうかしら、と笑う。
そんなことを聞く彼に応えなんてくれてやらない。
残念ながら其の儘死に絶えていくだけだ。『あなたは決してレトゥム』の依代にはなれやしないのだから。
膝を付いた深美を支えていたセスは「……生かしておきましたが、如何なさいますか?」と夜善に問う。
「其の儘護衛をして、この空間から脱出できる際に外に連れ出そう。彼女の生死も『今後』に必要そうだ」
「成程……承知しました」
小さく頷いたセスはふと考える――例えば、だ。死体となればお茶会の席の天井から落ちていくのだろうか。
其れはショッキングな光景となる。出来れば避けてやりたいものだが。
「わたくしが御守りします。宜しいですね」
「……」
ぼんやりとしていた深美はそれ以上何の言霊も発することは無かった。夜妖を封じ、作り上げられた武器は取り上げても深美に影響が無かったため、セスが破壊し断片を秋奈がしっかり切り刻んでいる。
「ママさんの武器壊しただけでもけっこーなポイントだぜ」
にんまりと笑った秋奈の傍でデスマシーンじろう君のチェーンソーが音を立てた。
「私ちゃんは餌じゃないんだよなあ」
「……じろう君。後で晴陽様の元に向かいますよ。ええ、屹度無事でしょうが……怒っているでしょう?」
何故かデスマシーンじろう君の感情を把握しているリュティスは静かに問い掛けた。屹度彼女は元気だろう。無茶をしたと叱っておかねばならないか。
(……ああ、後で蠱毒についてのレポートも纏めて提出しましょう。デスマシーンじろう君の活躍もしっかりと認めておかねば)
●『お茶会』I
「何はともあれ晴陽ちゃんが無事で良かったけど! 晴陽ちゃんはほんとに無茶するんだから!
確かにあの場合はそうするのが一番良かったかもしれないけど! だからって心配せずにいられるかとは別の話なんだからね! 帰ったらお説教だからね!」
叱り付けるようにずんずんと着席していた澄原 晴陽へと近寄った『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は唇を尖らせた。
この様な場所であれど平時のように振る舞うことが必要だ。サクラに「申し訳ありません、心配を掛けましたね」と頷いた晴陽を見て『夜善の協力者』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)は「がーん!」と叫んだ。
「吾輩、夜善殿の頼みで静羅川亜沙妃殿について話を聞きたいだけのはずが、えれぇ展開になってきたもんであります。
いつの間にか晴陽殿もお茶会満喫ナウしてるでありますし、ここは吾輩も乗るしかねぇ! このビッグウェーブに!
――とお茶会トークを満喫するしかねーであります!」
取りあえず茶会の席に着席をしたジョーイに晴陽は「ストレートで宜しいですか」と淡々と問い掛ける。
「……晴陽ちゃん」
じいと見詰めたサクラへと「問題はございませんよ」と紅茶を傾けた。
役目を終えたならば晴陽をさっさと回収しなくてはと心に決めた『威風戦柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)。
余りにも堂々と『お茶会満喫ナウ』をしている女医に浅蔵 竜真(p3p008541)は驚愕に目を瞠った。
「敵地のど真ん中でお茶会とかどうなんだ? 晴陽さんにとってここが敵地なのかどうかはまた別だとしても」
「友人の家で茶を頂いている感覚ですね」
「友人になれて嬉しいですよ、澄原先生」
親交を深めている場合かと突っ込みたくもなるジョーイだが竜真が頭を振ってから対面する席に腰掛ける黒髪の『女』に声を掛けた事に気付き、一先ず腰を降ろした。
「地堂孔善、だったな。折角だ、お茶会に俺も混ぜてもらおうか。
……俺は知らないことばかりなんだ。レトゥム、静羅川立神教、貴女のこと。
それに晴陽さんが呼ばれた理由。教えてくれないか? どうせ蠱毒ってやつの決着がつくまで時間もかかるし退屈なんだろ、それまででいいから」
「ええ。澄原先生は――」
孔善の視線の先には『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)の姿があった。彼に対する釣り餌であろうことは承知の上だ。
「まあ、この方も善人ではないでしょうし」
「貴方に言われたくありませんが」
鞭を手にしれっと言い放つ晴陽を肘でとん、と叩いてから『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は「晴陽様」と呼び掛けた。
「……お茶会、ですか。随分と手荒い招待状ですね。作法には煩く言われておりますので……勿論、参加致しますとも」
星穹の名を晴陽が呼ぶ前に、その声音を遮ってから星穹は孔善へと作り上げた笑みを向けた。美しく、そして、歪にも取れるほどの『出来すぎた笑顔』だ。
「地堂様、お招き頂きありがとうございます。美味しい紅茶と美味しいお菓子。ある程度は安全そうで何よりです。
……ところで、思ったのですけれど。
退屈凌ぎにひとの心を踏みにじるから死ねないのではないでしょうか――ですから、私は貴方が一秒でも早く死ねることを祈っておりますわ」
「素晴らしい言葉ですね。流石は『死神様』のご友人の皆様です」
死神様、と呼ばれた天川の額に青筋が立った。天川は晴陽の肩をぽんと叩いてから「分かってるか」と言いたげな表情を見せる。
「……」
見上げてから晴陽はさっと視線を逸らした。休日をよく共にすることで翌々理解したが彼女は誤魔化すときに大体は視線を逸らす。
「先生が思ったより元気そうでなによりだ。怪我はないか?」
「ええ」
――視線が逸れている。天川は嘆息しながら孔善を睨め付けた。
「孔善、てめぇ何考えてやがる? その人は少々特殊な医者にすぎない」
「特殊」
「そもそも医者なんぞ、死にたがりのお前には最も縁がない存在だろうが。とにかく、望み通り今すぐぶっ殺してやるからその人を解放しろ!」
「特殊」
「晴陽、少し待ってくれ。俺は今回ばかりはちっとばかし頭に来てる。だから少し黙っていてくれないか」
「特殊ですか」
特殊という言葉が気になったのだろうか。何度も繰返す晴陽にサクラは「どう考えても特殊でしょ。敵陣に夜妖封じた武器持って現れてお茶会してるって」と困ったように彼女を留めた。
愉快そうに其れ等を見守っていた孔善はにんまりと微笑む。その微笑みに警戒を見せるマニエラとサクラはまじまじと孔善を見遣った。
(……今のところ、晴陽ちゃんに危害は加えられてないけど、先日の言葉を思えば安心は出来ないよね)
何せ目の前の孔善は天川を追い回しているのだから。サクラの視線に応えるように肩を竦めてみせる孔善は天川を見遣った。
「そちらの『特殊』なお医者様は私と対照的だからでしょう? 貴方が執着する生と死、この場にはお似合いではありませんか?」
「テメェ……」
天川が一歩踏み出し掛けた時、天よりぼたぼたと死骸が堕ちてきた。それが夜妖のものであると気付きマニエラは「触れない方が良い」と一つ声を掛ける。
「呪詛の材料は呪物、残骸でも呪物……夜妖も同じ考えだよなぁ」
嘆息したマニエラは「死骸であったとしても、吸収したのは魂か何かだけでガワは再利用するってことか」と肩を竦める。
楽しい茶会とは言い辛い状況だが――人間が落ちてこないだけマシだろうか。
「一つだけ聞いても?」
「ええ」
「夜妖憑きが死んだら落ちてくる?」
「ええ」
孔善が頷けばマニエラは良い趣味をしていると呟いた。蠱毒の篩の下で長い時間を過ごすなど御免だが――相手は悠長に構えているものである。
「速戦即決……で決めた方が良さそうだ。弾ならこちらで用意しよう」
長いテーブル上に散乱した死骸を避けてから孔善は「お話ししましょう」と着席を促した。
「そんなことを仰らないで、のんびりしてください。折角の、茶会ですもの」
●『お茶会』II
席に着いてからサクラは穏やかな声音で問い掛けた。
「私、疑問だったんだけど。貴方はどうして再現性東京にいるの?
天川さんの世界から来たと言うことは最初は空中神殿に来たはずだよね。
……そこから東京に似た街に行って、前と同じ事をして、退屈だなんて言うのはよく分からないんだ」
「そうでしょうとも。端から見れば莫迦な生き物です。他の場所である方がより楽しむことが出来たでしょうから」
穏やかに微笑んで見せる孔善との会話が成り立ったことにサクラは驚いていた。いや、晴陽が斯うしてのうのうと茶を飲んでいる時点で会話は成り立つのだろうか。
「そうだよ。未踏破だった時の海洋や覇竜領域の開拓に参加すれば退屈なんて感じる暇もない。
死にたいだけなら覇竜領域の奥地やラストラストに迎えば容易に叶うよね。
……貴方は誰かに殺して欲しかった……より正確に言えば野垂れ死にたかったのではなく、死を看取って欲しかったのかな?」
「その通り。だからこそ、『死神様』がいらっしゃる此処に来たのですもの」
死神様と呼ばれた天川の肩がぴくりと動いた。本人を殺す事は簡単だが、何が起こるかは分からない。
(……猿の手による反魂、ゾンビ化。レトゥムらの介入。状況が簡単に許さないのだから、殺せやしない。
何が起こるかはわからないけど、最後まで倒す事を諦めない。晴陽ちゃんを守る為にも、なじみさん達の未来を繋ぐ為にも――)
サクラがぎり、と奥歯を噛み締める。にこにこと微笑んでいる孔善より漂う奇妙な空気感にジョーイは「うええ」と呟いた。
「……で、ぶっちゃけ孔善殿は死にたいけど死ねないのが悩みで、そこの國定殿に殺されたい。
國定殿は殺す気はあって利害は一致してると……晴陽殿ー、なんか吾輩たち二人の邪魔になってる予感がしませんかなー?」
「簡単に殺して良いのかが問題ではありますが、その通りかと」
茶をのんびり飲んでいる晴陽の傍でジョーイはこくこくと勢い良く頷いた。正直「ひよの殿ー! この女医、表情が読めませんぞー!」と叫びたくなった。ジョーイに「うふふ」と笑いながら何時だって導いてくれる巫女は最近は神社で忙しそうに立ち回っている。
「ぶっちゃけ晴陽殿になんかあったら夜善殿に面目がたちませんゆえー」
「夜善も生きてますかね」
「そんなあ……ほ、ほら、二人が殺し合い宇宙するならば、吾輩は晴陽殿の安全確保に立ち回らせてもらうでありますぞー。
ささ、安全そうな位置からお茶でも飲みながら観戦モードにいきましょうぞー」
天川に晴陽は任せて思いっきり戦って『くだちい』と甘えた視線を送りながらジョーイはそそくさと死骸が少ない方法に晴陽を移動させていた。
嘆息した星穹は「正直私の目的は地堂様ではございませんので」と立ち上がる。
「そんな酷い事を仰らないで?」
「私の目的は晴陽様です。別に私、優しくはありませんので。貴女のことも叱りますよ、晴陽様。
いつだったか暁月様を叱ってやってくださいと言っていましたね。今回は貴女の番になりましたわ」
ぱちくりと瞬いた晴陽は普段よりも幾分か幼い表情を見せ「私の番ですか、暁月先輩の次に」とさも愉快だと言いたげに頷いた。
「ええ、ええ。暁月様の背中から学んだかと思いましたが違うようでしたね。暁月様も、貴女も。大概劣らずの無茶しいですわ。
私も、此処にいる方々も。皆貴女の友人で、きっと貴女を信じる人達です。
でも助けられるのはお望みではないのでしょう? ですから、助けにきたなんて言いません。奪いに来ました」
「まるでこの場の誰よりも王子様のようですね。盾の王子様ですか、成程」
「成程、ではありません」
いまいち表情が読めない相手であるがコレだけは断言できる。天川が「晴陽」と叱り付けた声を聞いたときに翌々理解した――この女医は自己の理念がはっきりしている上に、行動の指針が固まっているタイプだ。
「晴陽さん」
竜真は晴陽へと声を掛けた。エゴイズムかも知れないが、言っておかねば納得できぬ事がそこにはあるのだと嘆息する。
「晴陽さんでだ。誰にも言わずについていくなんていいことじゃないだろ。それが本当に最善だったのか。
……きっと晴陽さんがそう考えたならそうかもしれないけど。俺くらい呼んでくれてもよかったじゃないか」
「竜真さんを巻込みたくはありませんから。星穹さんだってそうです。ジョーイさんはさておいて」
「今、吾輩のプロフィール見ました!?」
竜真と星穹は顔を見合わせた。彼女は弟を溺愛している。澄原 龍成、23歳。星穹と同い年の、晴陽にとって目に入れても痛くはない弟である。
晴陽と龍成の歪な関係性は良く理解しているが彼女が弟を子供扱いする余り、彼と同年代と以下の青少年に対して彼女は妙に過保護である。
「……ですから、奪いに来ました。
貴女が信じてくれるなら何をされたって構いません。信じられるまで傍に居ます。望まれれば月にだって連れていってあげます、なんて」
「其れは良いですね。では、コレが終ったら」
星穹に頷いた晴陽を見てから竜真は肩を竦めた。
「お茶会がお開きになったら帰ろう。今日は珍しいものが見えた、ってだけになるかもしれないが」
「そうしましょう。無茶はしてはなりませんよ」
「晴陽さん……」
無茶をしたのは貴女だ、と言いたげな竜真に晴陽は満足げに頷いた。ちょっぴりショックを受けたジョーイは「吾輩も護って欲しいですがー」と呟いている。
「……晴陽、そろそろ一言言わせて貰うがこのバケモンがどれだけ危険かは話しただろう!?
俺が言えたもんじゃねぇが、お前さんはいつも! 願う幸せに自身が入ってねぇんだよ! 先生に何かあったら、俺はもう立ち直れねぇからな!?」
「指輪を下さったので、勝手に行ってこいという意味かと」
「そういう意味じゃなくてだな――!?」
御守り代わりに渡したピンキーリング。それが稀代の魔術師の作品であり、危機を知らせると教えておいたことが裏目に出たかと天川は頭を抱える。
「仕方が無い方……だから。私達を頼ってくれて良いんですよ。
誰だから、とか。どんな立場だから、だとか。そんなのは関係ありません。貴女だから力になりたいのです」
「口説き文句のよう」
晴陽がふ、と笑みを浮かべて星穹を眺めれば。星穹は「そんなことを仰って」と呟いてからモニターへと一撃を放った。
「ええ、ええ。自己満足ですわ、弁償は致しません」
モニターを破壊した星穹を眺めてから晴陽はふと、彼女の優しさに気付いて妙なくすぐったさを覚えた。
「知っていますか、晴陽様。心が悲鳴をあげている時って、自分では気付けないのですよ。
……だからお願いです。私でなくて良い。誰かを頼ってください」
「星穹さん。私は善人ではありませんよ。……患者の一人が、死を振り撒きながら生き長らえるという夜妖に憑かれていました。
私はローレットのイレギュラーズとは何かを見定めるために、敢て、彼の今後を皆さんに委ねるような存在なのです」
肩を竦める晴陽は自身が人を頼ることを良しとしない性格である事には気付いている。
だが、それ以上に彼女に気遣われるほどに己は誰ぞの死を見ても揺らぐことがはない人間であると気付いて仕舞った。
「……人の死にはよく慣れました。見慣れたものですが……気遣われると擽ったいものですね」
「慣れてはなりませんぞ!?」
ジョーイは何かの気配を感じてそわそわと身を揺らしている。
「……さて、お話は終ったかな。『どうやら亜沙妃が居なくなって仕舞った』ようでして」
にこりと微笑んだ孔善が立ち上がったことに気付きジョーイが晴陽に「こっちですぞ~」と呼び掛ける。
「晴陽ちゃん、下がっていて」
サクラが声を掛け、マニエラは小さく頷いた。神様なんて関わるだけろくなもんじゃ亡いのだ。
奇襲には注意しておかねばならない。わざとらしく蠱毒の篩を掛けた下に死骸を落としているのだ。
「ほら、動いた」
嘆息する。勝手に動き出して此方を喰ってくる位の『仕掛け』は十分に予測できてしまったからだ。
「晴陽様はお任せ下さい」
静かに星穹が声を掛ければ天川は「悪ぃな」と呟いた。竜真は刀をすらりと引き抜いてから睨め付ける。
「……日和っている場合でもない、か。油断は命を失う。
奴の運命っていうのがどの程度のものかは知らない。だけどそんなものは、いつか来る宿命よりも弱々しいものだ。
――地堂孔善、その首は斬り落とさせてもらう」
「素晴らしい」
孔善が微笑めば、天川は「相変わらず気味の悪い奴だ!」と呻いた。孔善自身の戦闘能力は無い、だからこそ、攻め立てた刃が――通らない。
「サクラ嬢! 合わせるぞ!」
「天川さん! 今!」
自分を殺せると思っている相手なら真性怪異にも届き得るはずだ。
真性怪異とは伝承や想いが造るものだ。サクラには太刀打ちできなくても、もしかすれば――サクラは叫んだ。
幸運とは、『孔善を取り巻くレトゥムの気配』とはこうも切れないものなのか。
「ふふ」
笑う孔善にサクラが振り下ろす聖刀が悲鳴を上げた。周辺の『喰いカス』が――死骸が動き始めれば、マニエラが「来る!」と声を上げた。
その支援を受けながら竜真は叩ききる。死骸は伽藍堂だ。何の感覚さえもその腕には伝えてこない。
「晴陽様、御守り致します」
星穹が声を掛ければ晴陽はその手に握る鞭を振るい「護りは任せました」と静かな声音で告げた。
指輪の僅かな煌めきに、天川は予兆を感じ取り孔善とは逆の方向へと走り出す。
「……なぁ先生。初めて診察を受けた日、復讐の話をしたろ?
あれは復讐の理由としては半分なんだ。俺はな……証明したかった。
あの日俺がその場に居れば家族を守れたってことを……そしてそれは証明された。でも気付いちまった」
「何をですか?」
「一緒に居れさえすれば守れたんだよ……。……これ程虚しいことがあるか?
俺は大事な人を守るために武を磨いてきたはずなんだ。だが本当に守りたかったものは何もなくなっちまった……」
晶は。光星は。
國定天川が喪ったのは最愛の妻と息子だった。もし、そこに『自分がいたならば』
その後悔が今だ影のように張り付いている。
「それをずっと後悔してきた――だがな……今は違う! あの日と同じ轍は踏まん! 晴陽! お前だけは絶対に守ってみせる!」
星穹がはっと息を呑んだ。周辺に『残骸』が蠢いている。其れは恐らく――レトゥムが呑み喰らったものだ。
孔善の笑みが濃くなった。
屹度、ああ、そうだろう。
『澄原晴陽』を殺せば、國定天川は『自身を殺すほどに憎んでくれる』筈だ。真性怪異という殻を飛び越えて、その命を奪う事に注力する。
サクラが考えたとおり、真性怪異とは伝承や想い、それらが形作るものだ。精霊と同義であるとも言える。
神とは信仰によって培われ、作り出される概念である。
どうして彼女が此処に居たのかくらい、理解していた。
今、走れば孔善の命を奪えるだろう。地堂孔善は今や全ての意識を晴陽を殺す事に向けたはずだからだ。
「星穹さん!」
「ッ、晴陽様!?」
その体を押されたことに気付き、星穹がはっと顔を上げる。晴陽の周辺にはマヨヒガの加護が展開されるが其れでは拙い。
だが、天川が選んだのは。天秤に乗せた二つの内の一つは――晴陽の安全をとった。
復讐ばかりを考え居てた男は手を伸ばす。
――晶。あの世でぶん殴ってくれても良い。力を貸してくれ。
お前に出来なかったことを、やっと成し遂げられる。
天川君は、莫迦なんですから。幸せになって良いんですよ。
そんな風に彼女が笑った気がした。
「惚れた女一人守れないで何が武人か!?」
その言葉に晴陽は目を見開いてから――
「後で、話は聞きます」
やけに真剣な表情で彼女は言った。
「は、晴陽ちゃんらしい……」
「そうでしょう。貴方には成すべき事があるではないですか!」
「……ふふ、そうかも」
サクラは思わず呟いた。後で絶対聞いてくれやしないくせに、聞いた所で表情が抜け落ちて困ったような顔をするくせに、そんなことを強気で言う。
「じゃあ、『後で』頼むぜ」
「ええ。……先程叱られた反論をもう一つ付け加え忘れていました。
信頼の証です。宜しいですね、天川」
静かに呼ばれた声に『晶』が重なった気がした。
――信頼してるんだよ、天川君。
彼女とは正反対だ。太陽のような晶と、氷のように冷たい気配を有する晴陽。
「ああ、信頼だってなら――!」
仕方が無いと晴陽の傍を走り抜けた。
勢い良く孔善からレトゥムを引き剥がす。
「天川さん――――――!」
「サクラ嬢!」
合わせろ、と声が重なった。
斬り伏せるが如く、一閃。
実体を切ったわけではない。だが、確かな感触があった。
「ひい!?」
ジョーイが叫び、顔を上げたマニエラが「伏せろ!」と叫んだ。
上空を、黒き何かが旋回し、勢い良く鏡の中へと飛び込んで行く。
レトゥムが剥がれてして仕舞えば孔善など只の人だった。
覚悟をしろと竜真が突き立てた刃は深々と孔善の肉体へと突き刺さる。
「あは」
おんなの唇が吊り上がった。
死の気配に満たされる。
呆気もない程の其れに続くように天川は首を刎ねた。
いつかのように、そうしたように。
『地堂 孔善』を殺すという復讐は呆気もなく果たされる。
依代から剥がれ落ちていく真性怪異は『蠱毒の中』に実体化する――それが、レトゥムと呼ばれた真性怪異を殺すチャンスとなるのだから。
●レトゥム
「戦う事は簡単だろうけど……」
シラスは先行くアレクシアの背中を眺めて居た。相手の嫌がることを先んじて見出し、躊躇わず実行するだけ。
兄に叩き込まれた喧嘩のやり方は魔種でも怪物でも通用した。
これがイレギュラーズとなったシラスを生かして来た事は別っている。それでも――目の前には見てはならない何かが居る。
「ッ」
対峙するアレクシアの背中が、遠く感じられたのは自身に存在する自信が儚く崩れそうになっていたからなのだろう。
S級闘士に歯も立たなかった時、自分自身の感覚がまるで通じなかった時とまるで違う。もっとも異質な感覚が身を包む。
クスクスクス――――
笑い声が響いた。
アレクシアが「シラス君」と呼ぶ。
同じ感覚だろう。備えも亡く水の中で鮫と戦っているような、錘を持たされ獣に追い回されているような。
それが真性怪異という存在か。
「だからって退けるわけがねェ!」
――彼女が立ち向かうならば、俺もだ!
シラスが睨め付けた先にアレクシアがいる。レトゥムが彼女から『奪われた』と怒るのであれば、それを逆撫でするだけだ。
(両槻の時のことを考えると、真性怪異はまともに戦っても勝負になる相手じゃない……強い弱いというよりは、別の道理で動いてる感じ。
だから、ここはひとまず猫鬼に頼るしかない……その為の時間を作る!)
それでもアレクシアには不安があった。もし、猫鬼に力を与えてなじみが無事で居なかったならば?
一欠片でも残れば、次の依代を探す可能性だってある。だからこそ、呼び止めなくてはならないか。
「ねえ、レトゥム」
『ああ、魂盗みの魔女』
「……あなたの依代はもういないんでしょう? 次の依代が欲しいなら、私がなってあげる。
この力は、私が世界から分け与えられたものはあなたにとっても『美味しい』ものでしょう?」
アレクシア、とシラスが呼んだ。これは、レトゥムから意識を向けさせるための手段だ。弱ったレトゥムなら自信が答弁納め込める可能性もある。
『君にメリットは?』
「さあ、どうだろう。けど、契約くらいなら出来る。私が『死にたい』って諦めたならばこの体はあなたのもの。どう?
それまでは私の力になって貰う――それ以上のことはない。知っている。怪異は契約に縛られやすい、口約束だって、それは『契約』でしょ」
「アレクシア!」
シラスがアレクシアの腕を掴んだ。
「一人で行くなよ」
「……シラス君」
アレクシアは小さく頷く。まだ『最終手段』のつもりだ。シラスは地を蹴った。レトゥムの横面に渾身の一撃を叩き着けるが――効かないか。
「少しは怯めよ、クソが……!」
倒せるなんて思って居ない。それが真性怪異だからだ。シラスはふと、気付く。遠巻きにちりんと鈴が鳴った気がした。
――猫鬼か。
シラスはひょい、とアレクシアを抱え上げた。「わあ」と慌てた様に声を上げるアレクシアに「行くよ」とシラスは声を掛ける。
「言っとくが逃げてるんじゃねえからな!」
『じゃあ何処へ?』
「さあな!」
逃げ回って、引き寄せて。猫の居る方向へ。猫鬼に任せれば良い。
レトゥムを引き寄せている間に――早く。
盗みがばれて街の中を朝から晩まで追い回されていたスラム街の『ガキ』
そんな頃を思い出した。あの時は生きる為ばかりで、我武者羅だったが、あの必死な思いと比べれば余裕だ。腕の中に彼女がいる。
抱き上げる者が違えば此程までに力が湧いてくるのか。
「猿の手か」
「……シラス君?」
もしも、真性怪異の力の欠片が手に入ったら彼女の記憶の事も解決できないだろうか。
そんなことを考えて居るシラスに気付いてからアレクシアは小さく笑った。
――願いが真っ当に叶わないから、『猿の手』と呼ぶのだ、と。
「こっちだよ、シラスくん」
なじみが立っている。皆が集まっている事にも気付いた。
ヴィリスが「誰も依代に何てしないようにしてくれるかしら」となじみへと囁きかける。
「うん、まかせてね」
「ええ、ええ。……ねえ、ぜーんぶ、猫鬼ちゃんにあげるわ」
アーリアが手を伸ばした。なじみの瞳が金色に変化する。
「――なじみさんには私達が付いてる。だから、勝つよっ!」
にんまりと笑った花丸になじみは小さく頷いた。
「なじみ殿、最善だと思っていても――この力が、なじみ殿へどんな影響を与えるかは分からない。それでも、いいのか」
アーマデルの問いになじみは「いいよ」と微笑む。
花丸はハッピーエンドだけを願っていた。だから、レトゥムを前にして恐れない。
「アイツを此処で殺しきるわ。アレクシアに欠片もあげないんだからね!」
笑う朱華にシラスは「そうだ」と頷いた。ここでアレクシアに害だけ与えられたら我慢ならないからだ。
冬佳は真っ向から猫鬼だけを眺めて居た。真性怪異を『喰らった』それは果たして。
「レトゥム」
レトゥムは引き返すことは出来なかった。焦がれるほどに強い『呪詛(そんざい)』がいる。
ああ、アレを喰らえば、どれ程の力に満たされ、『死を求める事が出来るの』か。
蠱毒の内部に居る以上、どうしようもない飢餓に襲われているかのようだった。
災いを求め、呪いに転じ、神ともなる。
手を伸ばしたレトゥムへと鋭い爪が飛び付いた。
臓腑を抉るが如く。頭蓋を砕くが如く。
猫の呪詛は軽々と真性怪異を『食らい付くしていく』
茶会の席にぼとぼとと、その死骸が落ちて行くことだろう。
レトゥムと呼ばれた怪異が『喰われた』。
呆気もない程に、容易く。
――煌々と、金色の瞳が輝いている。
「猫鬼ちゃん」
アーリアは呼んだ。汚れ立てを拭って、その手に触れたとき己の傍に居た蟲が警戒を行なうように羽音響かせた。
「なじみ、ちゃん」
アーリアの唇が嫌な音を立てる。気付いたかのように汰磨羈がアーリアを直ぐに引き離した。
全てを取り込んだ猫鬼を『祓う』
それが汰磨羈にとっての目的だ。それは今だって変わっていない。残された欠片を確保し、なじみと分離させる――捨て身の賭けだ。
「猫鬼」
呼べば、なじみの顔をした夜妖がにんまりと唇を吊り上げて笑った。
「どうかしたのかい」
「……なじみの真似をしているのか、猫鬼。
御主には言っただろう? ……必ず、御主等を『両方』救う、と」
――『夜妖』の唇がつい、と吊り上がった。
その笑顔には見覚えがあったことだろう。
蠱毒。
喰らう事。
それは、たった一つの呪詛を作り出す儀式。
猫は『喰った』――死を。其れを求める真性怪異を。
その姿を見て、汰磨羈は唇を震わせた。
「真性怪異に『なりたて』のお前を、祓わねばならないのか。なあ、猫鬼」
綾敷なじみは『笑った』。
綾敷なじみは怪しくない。
越智内定だって、山あり谷あり、オチだってある人生を送っている。
彼女と出会ったの日から彼の言う言葉は変わっちゃ居ない。
――なじみさん……大丈夫、絶対に守るから。絶対だ!
――うん、大丈夫だね。君は優しいんだ。まるで少年漫画のヒーローみたいに。
綾敷なじみは怪しくない。
ホラーは嗜み。猫耳だって良くあるアクセサリー。
現代社会ならばファッションならば何でもござれ。
綾敷なじみは怪しくない。
北希に存在する澄原病院の診察券はお財布の中に。
お薬手帳もしっかり常備。猫柄ポーチに入れるのです。
綾敷なじみは怪しくない。
カフェ・ローレットで沢山のお友達がいるんですよ。
名門希望ヶ浜学園の沢山のお友達。
これって、これって、『なじんでる』って言うでしょう?
そうだよね。定くん。みんな。――私の、大切なお友達。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
灯狂レトゥム、次回――最終回です。
GMコメント
<灯狂レトゥム>シリーズ。4回目です。
(特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/letum)
・前回参加の方も、此処から初めましての方も何方も大歓迎です。
・長編シナリオはプレイングが公開されません。伸び伸び楽しく活動して下さい。
●目的
・『蠱毒』での勝利
・『異神の領域』の封鎖
・『地堂 孔善』の殺害もしくは『逃亡を促す』
●『レトゥム』
○真性怪異『レトゥム』 :【1】
蠱毒の内部を動き回っている真性怪異です。その姿は依り代である孔善にも良く似ていますが、本来の姿は猿です。
レトゥムそのもののの姿は目に映してはならず、必ず孔善の姿を借りているときしか目にしてはいけません。
レトゥムは依代を必須とする真性怪異であり、依代(孔善)に危険が及んだ場合は依代の元に戻ります。
非常に獰猛な存在であり、生半可な意思では殺せません。夜妖を食い荒らす度にパワーアップします。
夜妖憑きであったり、夜妖に纏わる存在を積極的に狙います。
○地堂 孔善 :【3】
プロフィールの大半が不明、不詳。『死こそが救済』という教義を持つカルト教団『幸天昇』の教主であり始祖。
現在ではレトゥムの依代。孔善は死にたいと願っていますが、運命が邪魔をして死ぬ事が出来ません。
國定 天川(p3p010201)を死神様と呼び、彼に殺されることを願っています。
○静羅川 亜沙妃:【2】
静羅川立神教の教祖として名前を挙げられていた女。実際には『教祖の娘』に当たります。
彼女がレトゥムを見付け、レトゥムを(何があったのかは不明ですが)その身に降ろしましたが、耐えきれず干涸らびました。
木乃伊として存在しています。レトゥムの力により勝手に動き回ります。つまり、【2】の領域のボスです。
●静羅川立神教幹部
○『蟲』 :【1】
鬲虫と呼ばれる存在。カフカ(p3p010280)に憑いてやってきましたが、現在はその身を『分け』てアーリア・スピリッツ(p3p004400)に巣食っています。
地を這い蹲り、糸を吐く巨大な蟲。弱虫と呼ばれる分身を作り、人々に倦怠感などを作り出します。蠱毒の内部で餌を求めて動き回っています。
○現川 夢華 :【1】
うつつか、ゆめか。皆さんの後輩ですよ。説明? 今はそれこそミスリードではありませんか?
悪性怪異:夜妖<ヨル>『バンシー』が本来の名前。それは死を知らせる怪異。虫の知らせとも呼ばれ、ああ、ほら『蟲』。近くに居ますよ。
蠱毒の中で微笑んでいます。「あーあ、きちゃった。もう助けてあげませんよ? キスとかしてくれないと」
○飴村 偲 :【2】
通信事業を手がける飴村グループの会長。静羅川 亜沙妃の傍で佇んでいます。亜沙妃を愛おしそうに眺めて居ますが……?
いっそ、ここで死ねれば、事故で死んでしまった息子とのところに行けるのでしょうか。救われたくって、後悔ばかり。
○務史 翠生:【2】
静羅川立神教の信者であろう紳士。レトゥムの能力の一つである『猿の手』を手にしています。
・猿の手
レトゥムの能力の一つであり、3つの願いを叶えることが出来る。だが、それは歪んだ形で叶うという。
願いを叶えるごとに代償が必要であり、翠生の寿命を削るらしい。何を願うのかはその時次第ですが注意が必要です。
例えば、孔善を外で殺そうとした場合『猿の手は自動的に孔善のダメージを翠生』に移行するという願いを叶えます。
(レトゥムのためになりたいという願いが歪んで発動するのでしょう)
○フォルトゥーナ :【2】
P-tuber。若年層に人気を博しています。イレギュラーズ達についての情報も多く有しているようです。
イレギュラーズが八方 美都を保護してくれているため協力する気のようです。
○時透 生奥 :【1】
綾敷深美を連れて歩いている少年。レトゥムの第二の依代になるべく常にレトゥムの傍に存在して居ます。
非常に危険思考を有しています。レトゥムが孔善の代りの容れ物に彼を選ぶ可能性もありそうです。
○九天 ルシア :【3】
孔善の傍にずっと立っています。ぼんやりとしていますが彼女の新の目的は『クラスメイトの定クン』を殺す事です。
○綾敷 深美 :【1】
綾敷なじみの母。生奥の傍に居ます。様子がおかしい……いえ、夢華が傍に引っ付いています。
なじみを見ると殺しに掛かってきます。「私があんたを産んだから、不幸にしてしまったのね」
●NPC
○綾敷 なじみ :【1】
猫に憑かれた娘。『元・憑依先』である父は10歳の頃に死別。海で空っぽになった父の死に様を覚えている。
越智内 定(p3p009033)と『約束』をした事で生き残ることを前向きに考えました。
死屍派の何処かに居る母親を探していますが……。
・悪性怪異『猫鬼』
その怪異は全てを喰らうとされている。憑依先の者の家系を呪い、記憶を腸を、全てを食らい付くして死へと追い込む。
なじみを好んでおり、なじみに『憑依』して戦う事が可能。猫の目的は『レトゥム』を喰う事です。
○澄原 晴陽 :【3】
澄原病院の若き院長。澄原家跡取りとなるべく育てられた才媛。夜妖<ヨル>専門医。表向きには内科医、小児科医。
綾敷 なじみの主治医であり、イレギュラーズのカウンセリングも担当している。
國定 天川(p3p010201)と親しく、プライベートは天川のペットの『むぎ』と遊ぶのが最近の楽しみ。
・窮風&マヨヒガ
夜妖『窮奇』を閉じ込めた鞭。鎌鼬を作り出し風の加護を纏います。
夜妖『マヨヒガ』を封じたブレスレット。攻撃の一部を反射する力を有します。
・Stella Maris
シュペル・M・ウィリー作の魔道具を天川が晴陽に贈ったもの。ピンキーリング。
天川に対して短時間のみ直接念話を届けることが出来る他、危機を天川に対して知らせることが出来る『可能性』を有します。
○デスマシーンじろう君 :【1】
サクラ(p3p005004)が晴陽にプレゼントした魔除け効果とか癒し効果があると言われている(自己申告)人形。
何故か人間サイズにまで変身し憑いてきました。リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)がお気に入り。
○草薙 夜善 :【?】
晴陽の元婚約者兼幼なじみ。綾敷 深美(なじみの母)を探すことに注力しています。
佐伯製作所勤め。希望ヶ浜の平穏維持の為に行動しています。
勘が鋭く、切れ者の印象を受けますが何処か残念な彼は何かあった際は自身が犠牲になるつもりでやって来ています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はEです。
無いよりはマシな情報です。グッドラック。
●Danger!
当シナリオには『そうそう無いはずですが』パンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】『蠱毒』に参加する
無数の夜妖が内部に存在しています。
この内部ではレトゥムが歩き回っており、非常に危険な空気です。
また参加者で『夜妖憑き』や『夜妖に関連するアイテム』を所有している場合は申告が必要です。
所有していない場合は参加者(なじみ)の付き添いとして内部に入ることが可能です。
『蠱毒ルール』
・参加者同士で『殺害した夜妖』のカウントを渡すことが可能です。
・特に『猫鬼』(なじみ)は強化しておくことで『レトゥム』の殺害が叶う可能性もあります。
・『蠱毒』においてレトゥムが傷付き孔善が無事で有った場合はレトゥムは孔善の元に逃げ帰ります。(その場合レトゥムは棄権したことになります)
・外で孔善が死亡していた場合はレトゥムは『生奥』に憑依します。
・何方も死亡していた場合はレトゥムは解き放たれ蠱毒内で暴走します。
鎮めるためには『猫鬼』を蠱毒のTOPとし、猫鬼を強化して殺害することが可能です。
【2】『異神の領域』の閉鎖
飴村 偲が怪異の力を借り作り出した『異神の領域』です。
この空間では務史 翠生が『猿の手』というレトゥムの能力を借り受けて存在しています。
この領域を維持しているのは『静羅川 亜沙妃と思われる木乃伊』です。
偲に戦闘能力は無く亜沙妃の傍に座っているだけです。
翠生は手にした猿の手で『3度』有り得ない奇跡を起こす可能性があります。
【3】『地堂 孔善』との対峙
『レトゥム』の依代であり、その場から動く事の出来ない孔善と対峙します。
広いテーブルには向かい合うように晴陽が着席しています。
晴陽に危害は及んでいません。寧ろ、御茶会を楽しんでいる節まであります。
室内は広々としていますが、周囲の居たる所に夜妖の死骸が存在しています。
蠱毒で殺され、喰われたものの残骸が天井から落ちてきているようです。
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