PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<双竜宝冠>幻想伏魔殿

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●そして、始まる
 鉄帝国での死闘が終わり、特異運命座標が人心地をついた時、『その瞬間』は訪れた。
 ローレットの周りが覇竜の情勢で騒がしくなりつつある頃、眠っていたもう一匹の竜が目を覚ましたのだ。
 それは永年の宿敵であるゼシュテルの顛末を見届けたからだったかも知れない。
 単純に高まり続けた緊張感が限界を迎え、はち切れたからだったかも知れない。
 総ゆる歪を孕み、悪徳を呑み続けてきた幻想という国体は元よりこうなる運命だったのかも知れない。
 何れにせよ――何の前触れも無く『限界』は訪れるものに違いなかった。
「……最悪ですわね」
「はい。文字通りの最悪です」
 吐き捨てるようにそう言ったリーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)の言葉に同様に苦虫を噛み潰したガブリエル・ロウ・バルツァーレク(p3n000077)が頷いた。幻想という国に所謂『三大貴族』として君臨する二角は政治的にはそう芳しくない仲である。緩衝材(イレギュラーズ)の存在もあり、往時より随分と穏やかになった『暗殺令嬢』や、駄目男改善系シスターに尻を蹴られた事から幾分か覇気を増した『遊楽伯爵』の現状はあるにはあるが、派閥の手前というものもある。当然ながら北の軍閥アーベントロートの領袖たるリーゼロッテと民政家にして穏健派の代表であるガブリエルは気安く歓談するような間柄ではないのだから緊急の会合の意味は重い。
「……三角の一つ、と言えど。『今回』のは桁が違いますわよ」
「まったく。彼の不在でこうまで幻想が『止まる』とは……
 家格やパワーバランスを考えても、『公』はレベルが違い過ぎましたね」
「我が身の不徳を恥じるばかりですが」と続けたガブリエルにリーゼロッテは鼻を鳴らした。
「忌々しい。しかし、否定し難いから余計に腹が立ちますわね」
 憮然としたリーゼロッテの表情は不愉快だが認めざるを得ないといった風か。
 彼女の率いるアーベントロート家もつい先日『有り難くない父の帰還』により大層な混乱と打撃を受けたものだったが、ローレットの活躍もあり、その影響は幻想の屋台骨を揺るがす程にはならなかった。否、仮にリーゼロッテ当人が処刑の憂き目にあっていたとしても『Paradise Lost』はそこまでだ。レイガルテ・フォン・フィッツバルディはかのパウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートとさえ結局はと上手くやる事を選んだに違いない。そしてそれは可能であったに違いないと思わされる。『黄金双竜(レイガルテ)』の在る限り、幻想に致命的な状況が起きたとは中々考え難いと考えられるのはその絶大な重しとしての力が故である。
 しかし、それは裏を返せばその重鎮を失えば幻想は非常に危険な状態に陥りかねないという罠でもあった。

 ――レイガルテ・フォン・フィッツバルディが倒れた。

 そのニュースは幻想という国をこの上なく大きく揺るがした。
 先の動乱で後継者候補と見做されていたアベルト・フィッツバルディが重傷を負った事もあり、政情は一気に不安定化。レイガルテの子供達はそれぞれ自身が後継者の名乗りを上げ――その内の一人、ミロシュ・コルビク・フィッツバルディが暗殺された事から事態は最悪の局面を迎えたという訳だった。
「一応、お尋ねしておきますが」
 前置きをしたガブリエルが問う。
「ミロシュ氏の件にはアーベントロートは関与していませんよね?」
「殺しますわよ」
「安心しました」
 剣呑なやり取りにもガブリエルは怯まない。
「子供達がそれぞれ私兵を集め、戦争準備を始めている一方で……それを一喝し得る公の容態は良くないようです。
 ……相変わらずかなり重大な情報統制が行われていますが、商人達のネットワークでも殆ど状況が掴めない以上、相当な大事である事は間違いないでしょう」
「此方も退屈な報告しか。『父』が滅茶苦茶をしなければもう少し薔薇十字機関も使えたのでしょうけど」
 リーゼロッテの苦笑いにガブリエルは同じ表情を浮かべていた。
 アーベントロート動乱は麾下の戦力を真っ二つに割る大事だった。
 多少状況は落ち着いたとはいえ、彼女が失ったものがかなり大きいのは言うまでもない。
 そして薔薇十字機関こそがこの国の諜報や暗部を司る最大戦力である事は言うまでもない事だろう。
 幻想の最大勢力による内戦の勃発は最早不可避の領域に近付きつつある。
 彼等は宿敵のゼシュテルが動き難いと見れば、いよいよその動きを開始するかも知れない。
 フィッツバルディ同士の争いは公爵家だけの問題に留まらない。
 彼等にぶら下がる多数の門閥貴族達はそれぞれの意図で後継候補に『肩入れ』しよう。
 まさにこの争いは国を幾つにも割る大乱となり、危機となると断定出来る。
 一方で本来ならばそれを止め得る双璧の軍閥アーベントロートは前述の通り著しい弱体化を果たしている。そして、元々大した武力を持っていないバルツァーレクでは役者不足が過ぎようというものだ。
「……どうしますか」
「どうもこうも」
 リーゼロッテは深い溜息を吐き出した。
 アーベントロートやバルツァーレクという『勢力』が下手に藪を突けば内乱の規模は上がるだけである。
 こんな時はどうするか。どうするべきなのか。
「一体幾つの借りを作れば良いのだか……
 私、そろそろ誰かに求婚されても断れない立場かも知れませんわ」
 リーゼロッテの珍しい冗句にガブリエルは「私も。まぁ、私は自分からしますけど」と似たような応酬を見せる。
 分かってはいるが、頼りになるのは彼等だけ。
 しかしワイルドカードに頼り過ぎているのは否めず、二人は何とも言えない顔をしていた。

●『それぞれ』
「……そういう訳で貴方方を招聘いたしましたの」
 渦中の問題人物の一人、リュクレース・フィッツバルディは目の前の慇懃無礼な男に彼女(フィッツバルディ)からすれば恐ろしく丁寧にして低姿勢な『説明』を済ませていた。
「質問はなくて? 無いならば、その契約書にサインをなさいな」
 続いた一言を見れば一目瞭然に、世間一般にそれは『そこそこ居丈高で偉そう』という評価に落ち着くのだが……
 産まれた時からお姫様だった彼女にそれを言うのは野暮というものだろう。
「……」
「……………」
「……何とか言ったらどうですの!」
 ジロリと自身の顔を見た男の眼力に幾分か気圧されたリュクレースは沈黙に耐え切れずに声を漏らした。
 やり取りからして『負けている』が、彼女を責めるのは酷というものだろう。
「……まぁ、旦那は顔怖ぇからなあ」
「誰がじゃ。戯け」
 リュクレースと一緒にからかった伊東時雨を一蹴したのは言わずとしれた斬人斬魔。
 命あるのなら神仏すらも討って取ると豪語する暴力装置――死牡丹・梅泉(p3n000087)なのだから仕方あるまい。
「クリスチアン・バダンデールの懐刀であった貴方方の実力は分かっています。
 ……故に、今回は傭兵契約として『超破格』の条件を用意した心算です」
「金で動く男と思うてか?」
「……思ってはおりませんが、提示出来るものは他にもあります」
「ほう?」
「『戦い』です。より正確に言うなら、『どの陣営についても戦いは起きるでしょう』。
 しかし、貴方方は戦いの機会を見逃しますまい。
『貴方方は結局は何処かの陣営で戦うのです』。
 ならば、最高の条件を一番に突き付ける以上の最善はないでしょう?」
「買われたもんだね。まぁ、悪い気はしねーな」
「どうする?」と視線を向けた時雨に梅泉は応えなかった。
 応えずにリュクレースに向けて再度問い掛けた。
「わし等をどう使う? 『殺し』か。それとも『守り』か」
「……一先ずは後者です。
 誓って――誓って。ミロシュ兄上の事件に私は関与しておりません。
 しかしながら、此方も黙って殺されてやる訳にはいかない。
 そういう意味で、『あの』鴉殿の暗殺さえ防いだ貴方方を雇いたいという人選は完璧だとは思わなくて?」
 沈思黙考した梅泉に今度はリュクレースが問う番だった。
「そう言えば」
「うん?」
「『チームサリュー』は四人だった筈。
 残るお二人――刃霧雪之丞殿と紫乃宮たては殿は何処に?」



「――不躾なお呼び立てでお願いしたのはそういう事情からです」
 理路整然と実に的確に『現状の問題』を説明したフェリクス・イロール・フィッツバルディに噂の刃霧 雪之丞(p3n000233)、そして紫乃宮 たては(p3n000190)の二人は概ね納得顔を見せていた。
「成る程。貴殿が下手人でないとするならば身を守る手段は必要になりましょうな」
「……ま、ホントの事言うとるかはうちには分からんけどね」
 雪之丞の同意は兎も角、たてはの手厳しい毒霧にフェリクスは苦笑いを見せている。
「そこは信じて頂く以外の方法はありませんが、私は嘘を言っていません」
「……同じく言葉は証文にはならないが。少なくとも私も彼の言葉に強く同意したい」
 フェリクスの援護射撃をしたのは傍らに控えていた一人の男だった。
「あら、驚いた。ファーレル伯やないの。ええの? そんなに早々と旗色ハッキリさして」
「私の立ち位置は元よりここなのですよ、マドモアゼル」
 リシャール・エウリオン・ファーレルはリースリット・エウリア・ファーレル (p3p001984)の実父にしてフィッツバルディ派に属する有力貴族の一人である。おいそれと動けない立場の人間である事は確かなのだが……
「まぁ、元々フィッツバルディ派言うても正確には『王党派』やもんなあ、おじ様は」
 たてはの言葉にリシャールもまた苦笑をした。
 フェリクスは当然知らない顔をしているが、この貴公子はリシャールとしては実に『政治的に都合が良い』。
 まず比較的穏健でリシャールの意にも沿う思想の持ち主である事。もう一つはリースリットと年齢が近く、未婚である事である。
「中々手厳しい。実に聡明な方だ」
「……」
 リシャールのたては評に雪之丞が重く沈黙した。
 彼は「手厳しい」と称したがこれは全然甘口だ。
 何故ならばリシャールは汗臭くないからだ。
「……」
「……………」
「何やの、その顔」
「……別に」
 紫乃宮たてはという女は梅泉から引き離すだけでこんなにも有能になるのかという驚きだけがそこにはあった。
『たては係』こと雪之丞はここ暫くの出来事でそれを嫌になる程――心底痛感していた。
「受けて頂けませんか」
「防衛、ですか」
「はい。防衛です。信じたくは無いが兄妹達が兄上を害した可能性はかなり高い。
 よしんば兄妹以外の犯人が居たとしても、身を守る必要があるのは間違いありませんから。
 私達は身を守りながら真相を探し、この無益な戦いを何とか終わらせようと考えています」
「……」
 雪之丞は敢えて「自分の勝利の形でか」とは問わなかった。
 フェリクスもまた唯の気のいい青年ではない。その端正な顔には野望が燃え、強烈な意志が漲っている。
「時に、お二人。確かお二人は本来四人組であった筈では……」
「今回は二人なんです」
 たてはがふん、と鼻を鳴らした。
「……こんな時でもないと本気でやり合えないやろ。
 今回こそ――いけずの旦那はんをぶち倒して、結婚式場に直行するんや」


「……人選、間違ってない?」
「いいえ、間違っておりませんとも。
 要は『誰が継ぐのが一番我々の利益になるか』なのですから」
 パトリス・フィッツバルディのふざけた問いに慇懃無礼な応答をしたのはフィッツバルディ派の有力貴族クロード・グラスゴルだ。
「不敬であるぞ! ……何てね」
「滅相も無い。別に我々は貴方様を蔑ろにする心算は無いのですから。
 むしろ共存共栄、一番良い関係を構築していける間柄に思っておりますよ」
 フィッツバルディ派も一枚岩ではない。
 レイガルテに絶対忠実な連中――例えばカザフス・グゥエンバルツのような男――が取り敢えずつくのはアベルト・フィッツバルディだろうが、アベルト、リュクレース、フェリクスでは誰が跡を継いだ所でクロードのような野望の男にとっては都合が悪い。
 政治に殆ど興味を示さないポーズをして、言ってしまえば放蕩しているパトリスは神輿としては実務上で最適だ。
「更に申し上げるなら――」
 クロードは冷たい笑みを浮かべて続ける。
「――御身は兄妹を憎んでいらっしゃる。ならば、我等の助力はWIN-WINというものではありませんか」
「そんな事言ったっけ?」
 惚けたパトリスにクロードはくつくつと笑ってみせた。
「それに――御身も既に『準備』を済ませているようではありませんか」
「兄妹よりは控え目にね」
 クロードが目を留めたのはパトリスの傍らに在る和装の剣士だった。
 見るからに雰囲気が只者ではない。そんな事は誰が見ても分かる常識だった。
「名乗りを遅れまして恐縮です新道具藤と申します――」
 柔和な笑顔で低姿勢に折り目正しい礼をした具藤にクロードは鷹揚に頷いた。
 流石のクロードも具藤の正体までもは知れなかったが、『シンドウ』こそ先のParadise Lostで大本の発端となった薬物事件を引き起こしたマフィアである。彼等はクリスチアンの死とアーベントロートの大混乱の隙を突き、更なる勢力を広げていた。
 閑話休題。
「……まあ、一先ず色々置いといて。俺も普通に殺される訳にはいかないからねえ」
「おや。ミロシュ殿は『違い』ましたか」
「YESでもNOでも本当の事なんて言わないし、言ったって意味がないだろ?」
「成る程、確かに」
 お互いに抜身の刃を突きつけ合うような関係だが、逆に信用出来ると言えなくもない。
 パトリスの顔に浮かぶ笑みは空虚で、同時に或る種の熱を抱いていた――

●『依頼』
「……そういう訳で事態は『最悪』なんだわ」
 ローレットに依頼を持ち込んだマサムネ・フィッツバルディは心底からの溜息と共にそう言った。
「怪我人のアベルトは今の所、専守防衛。
 屋敷をザーズウォルカとイヴェットのフィッツバルディ最強ツートップに固めさせて監視専念だ。
 ……身内の恥を晒すのは最悪の気分だがね。他の兄妹連中はいよいよ聞く耳持って居やがらねえ。
 まぁ、俺達は『後継レース』とやらに参加する気はねぇんだが、連中は信じてないかもな」
「実に悲しい話だよ。家族さえも信用出来ないというのは」
 マサムネの言葉にバーテン・ビヨッシー・フィッツバルディが苦笑した。
 最近、誰も彼もやたらにそんな表情をする事が多くなったのは確実だ。
 それだけに事態は逼迫しているし、状況は芳しいとは言えない状態である。
「僕達三人の依頼は『この事件を何とか解決する事』だ。
 ミロシュ君の死の真相もそうだし、後継レースの問題もそうだ。
 誰が勝っても構わないが、少しでも犠牲が少なくなる事が望ましい」
 ヴァン・ドーマン伯爵令息の言葉に残る二人も頷いた。
 マサムネとバーテンはこの事件におけるフィッツバルディの良心と言えよう。
 ヴァンはと言えばそんな彼等の長年の友人であるらしい。
「僕達も色々と調査を進めているが、事態はかなり複雑だ。
 その上、僕達は当の家族の警戒されていて捗らない。
 その点、兄妹達は戦力をかき集めて対抗姿勢を取っている状態だから君達ならば確実に『あて』にされるだろう」
「……だから、もし俺達に協力してくれるってんなら犠牲を減らす事と暴発をケアする事。
 あと、可能な限りの情報を集めて欲しい、とこうなる」
 政治的透明性が担保されているローレットだからこそ、の依頼だ。
 そしてそれは三大貴族、他二派閥の意向でもあるという。
「事態は極めて複雑怪奇かつ危険そのものだ。
 幻想最大の伏魔殿に踏み込もうとするなら――何が起きるか分からない。
 それでも、それでも力を貸してくれると言うなら。是非、僕達に協力して欲しい」
『探偵』たるバーテンの表情は真剣そのものだった。

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 さあ、始まるぜ! 双竜宝冠!
 以下詳細。

●依頼達成条件
・一定の時間の経過
・『双竜宝冠』事件に何らかの決着をつける事

※便宜上はそうなっていますが今回決着する可能性はゼロです。
 但し、今回得た情報や行った事が後にダイレクトに影響する為、実質の成功失敗があります。

●王様と三大貴族
・フォルデルマン三世
 御存知『放蕩王』。
 今、オロオロしてる最中です。
 全く役に立ちません。

・レイガルテ・フォン・フィッツバルディ
 御存知『黄金双竜』。
 幻想元老院議長にして最大の権力者。
 多数の貴族をまとめ上げる政治の怪物ですが、老齢で倒れてしまいました。
 身内に甘い特徴があります。ある意味そのせいでこうなってる。

・リーゼロッテ・アーベントロート
 御存知『暗殺令嬢』。
 イレギュラーズしゅきしゅき。
 幻想の諜報機関の主ですが、先のParadise Lost事件でアーベントロートは弱体化。
 今回善玉っぽいポジションです。

・ガブリエル・ロウ・バルツァーレク
 御存知『遊楽伯爵』。
 商人達に絶大な支持を受ける内政の要。
 色々あって一皮むけた模様。
 好きな女に好きって言えるようになった。
 やったね、ガブちゃん!

●後継者候補
・アベルト・フィッツバルディ
 残っている最年長の息子であり、後継本命と見做されていた人物。
 Pradise Lost事件でパウルが余計な事したせいで大怪我。
 双竜宝冠事件を引き起こす結果になっています。
 今、本邸でザーズウォルカ&イヴェットに守られてガチガチ防御中。

・ミロシュ・コルビク・フィッツバルディ
 故人。事件勃発後、暗殺されてしまいました。
 コルビク家の後援を受けている事からアベルトの次の本命と見做されていた模様。
 コルビク家は当然マジ切れしているので黙っている心算は無いでしょう。

・フェリクス・イロール・フィッツバルディ
 理想に燃える貴公子。やや危うい所も。
 フィッツバルディ的ではない人物で、元王党派のリシャールとも親しい模様。
 フィッツバルディ派内の外様から支援を受ける勢力です。
 雪之丞とたてはを護衛で雇った模様。

・パトリス・フィッツバルディ
 庶民的なフィッツバルディ。気さくな青年。
 但しそれは表の顔であり、その出自と母の処遇からフィッツバルディを憎んでいます。
 色々筋の悪い連中とつるんでいるようですが……果たして。

・リュクレース・フィッツバルディ
 お嬢様(かわいい)。
 超絶ファザコンでレイガルテの意向に忠実ですが、若年から来る思い込みの激しさも。
 基本的に優秀なのですが、女の身もあって後継レースではやや不利が否めない模様。
 梅泉と時雨を護衛に雇えた……のかしら?

●その他
・マサムネ・フィッツバルディ
 フィッツバルディ家の汚れ仕事担当。
 今回の事件でも親友のバーテン、ヴァンと共に調査に乗り出す。
 色々あったのでこの人もフィッツバルディには愛憎半ばです。

・バーテン・ビヨッシー・フィッツバルディ
 灰色の頭脳を持つ『探偵』。
 マサムネと共に事件解決に乗り出します。
 皆さんは情報を集め、彼と共に真相に迫る事を『選んでも良い』。

・ヴァン・ドーマン
 御存知『伯爵令息』。
 アルテミアさんの(家が決めた)婚約者。
 見た目も心も清い、パーフェクトイケメンです。

・死牡丹梅泉
 御存知『剣鬼』。
 クリスチアン死亡後は陶芸したり絵を描いて生活していたらしい。
 彼が何を考えているかは不明です。

・紫乃宮たては
 御存知『残念京都』。
 梅泉から離れると知能他性能が上昇する事が判明しました。
 今回、梅泉と別行動ですが果たして?(自称「ぶち倒して結婚する為」とのこと)

・刃霧雪之丞
 梅泉の弟弟子。
 苦労人のたては係。今回もたては係。

・伊東時雨
 すずなさんの姉弟子。色々あってチームサリューに。
 今回は梅泉とタッグを組んでいるようです。

・リシャール・エウリオン・ファーレル
 ファーレル伯。
 フィッツバルディ派ですが実質王党派なので外様です。
 リースリットさんのお父さん。リースリットさんはきっとファザコンだと思う。

・カザフス・グゥエンバルツ
 フィッツバルディ派のクソ貴族。
 ……失礼、レイガルテ至上主義者。
 今回は名前だけの登場ですが多分アベルト派。

・クロード・グラスゴル
 フィッツバルディ派のクソ貴族。
 ……失礼、頭が切れる野望の男。
 パトリスを後援する構えを見せています。

・新道具藤
 或る意味でParadise Lostの諸悪の根源である小夜さんの婚約者新藤藤十郎の弟。
 小夜さんの実弟である為、異様に剣才に優れています。
 どうも『シンドウ』は武装勢力化してパトリスについた模様。最悪や。

●で、このシナリオはどうしたらいいの?
 登場人物は多岐に渡り、状況は雑然。
 やれる事は多すぎて、明確な指示は少ない。
 どないせいちゅうの、に対しての答えは『何をしても良い』です。
 与えられたオープニング情報から取捨選択をして『したいようにして』下さい。
 大目標は『双竜宝冠事件の解決』ですが、本シナリオはやや特殊です。
 ローレットの仕事を受けたのはオープニングにおける一部(●『依頼』)経由のPCだけで、それ以外については『フィッツバルディ後継者達から直接スカウトされた』事を選んでも良いからです。
 要約すると……

・皆さんは『依頼』に従って事件解決を目指しても良い
・皆さんは後継者達それぞれを個人的に応援しても良い
・皆さんはそれ以外の(しかしシナリオ趣旨に沿う)何かを目的に動いても良い

 明確なNGは『シナリオの趣旨に沿わない事』と『行き過ぎた行動』だけです。
 何が『行き過ぎた行動』か分からない人は『依頼』に従うと良いでしょう。
『行き過ぎた行動』そのものはこの場合ハイルールには抵触しませんが、社会的責任を負う可能性は高いです。
 つまる所、自己責任なら何をしても良いが、何をするかはきちんと考えましょうという感じです。
 色々なアプローチによって情報や材料がもたらされる事は確実なので自由闊達に動けば道が開ける事もあるのです。

●EXプレ
 書きたい事があるならどうぞ。
 特にこのシナリオでは普段あまり実用的ではない関係者呼び出しが強力かも知れません。

●サポート参加
 やりたい事があればどうぞ。
 サポートはサポートですが凄い事書いたら何か起きるかも。
 描写確約ではありませんので悪しからず。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 マスコメと合計しておよそ9000字。
 人生で一番長いオープニングを書きました。
 以上、宜しくご参加下さいませ!


行動方針
『双竜宝冠』事件に対してのイレギュラーズの大本のスタンスを示します。

【1】『依頼に従う』
マサムネ、バーテン、ヴァンの依頼に従って色々調査したり活動します。
大目標は『双竜宝冠』事件の解決。
ミロシュの死の真相や犯人、居るのであれば黒幕を突き止め、被害を減らしましょう!
この選択肢を選んだ場合、皆さんは『ローレットの仕事を受けた』形になります。
第二選択肢との合わせ技でマサムネ等の『依頼』に従い、〇〇の依頼を受ける(フリをする)みたいな感じになります。

【2】独自行動
マサムネ等の依頼とは関係なく独自の動きを取ります。
但し、特段の理由が無い限り事件の解決者である事が望ましいです。
行動には自己責任が跳ね返りやすくなるので注意しましょう!


活動内容
以下の選択肢の中から一番近しい行動内容を選択して下さい。
又、同道する仲間等が居る場合は【】(タグ)指定か、キャラクターID指定をプレイング内の最初の行で行うようにして下さい。

【1】アベルト
「小生意気な連中(特に小魚)だが、こんな時に使えるのは確か故にな」

動けないアベルトの代わりに動きます。
依頼を受けた以上は一定に誠実である必要はありますが、更なる大目標に『双竜宝冠』事件の解決を目指すのはOKです。
アベルトの選択肢を選んだ場合、最強騎士ザーズウォルカと副官イヴェットが居るのでアベルトを護衛する必要はありません。(アベルトから話を聞くのは当然OKです)

【2】ミロシュ(コルビク)
「へんじがない。ただのしたいのようだ」

死んだミロシュ周りの情勢を探ります。
主にコルビク家やその勢力に対してのアプローチになるでしょう。

【3】フェリクス
「望む望まぬにせよ、降りかかる火の粉は捨て置けないのです。
 当然、兄妹達の為にもね。分かってくれますか?」

フェリクスの依頼を受ける格好です。
特に『独自行動』を選択して依頼を受けた以上は一定に誠実である必要はありますが、更なる大目標に『双竜宝冠』事件の解決を目指すのはOKです。

【4】パトリス
「兄妹がマジ切れしちゃって困ってるんだよね。助けてくれない?」

パトリスの依頼を受ける格好です。
特に『独自行動』を選択して依頼を受けた以上は一定に誠実である必要はありますが、更なる大目標に『双竜宝冠』事件の解決を目指すのはOKです。

【5】リュクレース
「お父様の為にも、私が『正統』を示す必要があるのです!」

リュクレースの依頼を受ける格好です。
特に『独自行動』を選択して依頼を受けた以上は一定に誠実である必要はありますが、更なる大目標に『双竜宝冠』事件の解決を目指すのはOKです。

【6】自由行動
全て自由です。
当たれば大きいかも知れませんが博打なのでアイデアがある人はどうぞ!

  • <双竜宝冠>幻想伏魔殿Lv:50以上、名声:幻想50以上完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別長編EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月03日 19時01分
  • 参加人数30/30人
  • 相談10日
  • 参加費350RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC15人)参加者一覧(30人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
エマ(p3p000257)
こそどろ
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
すずな(p3p005307)
信ず刄
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
佐藤 美咲(p3p009818)
無職

リプレイ

●探偵はローレットに居る
「拙者はバーテン殿の助手をしますよ!」
『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)の快活な声にバーテン・ビヨッシー・フィッツバルディは目を丸くした。
「ふっふっふ、やはり探偵には助手役がつきものでしょう!
 マサムネ殿やヴァン殿は『助手』というキャラには見えませんからね!」
「成る程、確かに」と顎に手を当てたバーテンに『助手らしくない』二人が肩を竦めた。
『双竜宝冠』事件と仮題された今回のフィッツバルディ動乱は不幸な事に『探偵役』を求める複雑怪奇な事件であった。『Paradise Lost』事件の影響でアベルト・フィッツバルディが凶刃を受けた事、レイガルテ・フォン・フィッツバルディが折り悪く病気で倒れた事から生じたフィッツバルディの御家騒動は有力な家督候補であったミロシュ・コルビク・フィッツバルディが暗殺された事で事態を急変させていた。大本命(アベルト)の不在に対抗姿勢を示していたバーテンの兄妹達は互いを疑い、それぞれに軍備を固めている状態は内乱の前夜めいている。
「何よりこれは捜査というものでしょう!」
 何故か自信満々に腕をぶすルル家にバーテンは首を傾げる。
「拙者は宇宙警察忍者ですから情報収集は本分の一つですからね!」
「警察関係者ならそれは頼もしいね」
 やり取りは互いに何処まで本気かは知れなかったが、ルル家が貴重かつ強力な協力者である事は確実だ。
「厄介な実家だよ、まったく。反吐が出る程にな」
「……だが、幻想の混乱は誰も求めていないだろう。余程の性悪以外はね。勿論、君も」
 吐き捨てるように言ったマサムネをヴァンが窘めた。
 舌を打ったマサムネだが、それには異論はないらしく何とも複雑な顔をしたままそれ以上を言わなかった。
『愛する人(アルテミア)の為にも幻想を安定させたいヴァン』と『愛する者を奪ったフィッツバルディに複雑な感情を禁じ得ないマサムネ』、そして『兄弟の身を案じながらも深まる謎に高揚を覚えるバーテン』の三者すら一枚岩ではない。
 だが、少なくとも三人にとってこの暗闘、殺人事件が捨て置けるものでない事だけは間違いない。
「拙者達、今回の推理を順調に進める為に一計を案じまして! ちょっとお付き合い願えますか!?」
 ルル家の提案を断る理由は三人にはない。

●猫の家にも居る
「……と、言う訳で汰磨羈殿が拠点を用意してくれました! どんどんぱふぱふ」
「何はともあれ、まずは情報を集めなければ話にならん訳だが……
 こんな状況下だ。各後継者候補に協力する者達が、表立って情報交換を行うのは拙いだろう?
 とはいえ、情報交換無しに精査を行うのは困難を極める筈。何せ、こんな所で暗殺を成し遂げてみせるヤツが相手だからな?」
 秘匿された拠点はさながら今回の事件の秘密を紐解く秘密基地のようである――
「――密かに情報を集め、分かり易く纏めたものを提供できる場を設けてみた。それがここ。通称、【猫の家】だ」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が準備したのは住宅街の一角に民家を偽装して用意した場所だった。
 各派閥参加者が訪れやすい場所ではあるが、彼女のコネクションの生きたこの場所は察知しにくさを帯びていた。
 要するに『住宅街にあったとて、周辺住民が協力的ならばそこは概ね霧の中』だという事だ。
 加えて住宅街に多種多様な人間が訪れる事は然して不思議な事でも無い。
「【猫の家】でやる事は概ね決まっている。
 一つ、皆が集めた情報を【猫の家】に集積して貰い、整理し、把握し易い状態にする。
 二つ、その上で、【猫の家】を訪れた仲間達に素早く情報を提供する。
 三つ、【猫の家】を直接訪れる事が難しい者に対しては、ファミリアーを派遣してハイテレパスや手紙でやり取りを行う。
 ……自身の目で確認すべき事が発生した場合は、仲間の来訪者が居ない時間帯で捜索するのが良いだろうな」
 ローレットの大枠としては『事件解決』に動いているのは確かだが、今回についてはそれぞれに思惑が無いとも言えない。
「ミロシュさんの暗殺事件により、その真相がわからないうちに後継者候補の軍備が整えられ情勢が非常に不安定になっている現状。
 イレギュラーズの介入は戦力に勾配が出来うるし、それこそ誰に肩入れするかすら決められるような札ではあると思うけど……
 暗殺を直接的もしくは間接的に実行した相手がわからなければ犯人をバックアップしてしまう可能性もある」
『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)の懸念もまたごく当たり前の話であり、近視眼的に全ての行動を統一する事の危険性をいみじくも指摘しているとも言えた。
「……ということでまずは情報と時間が欲しいね。
 私は後継者レースにおいてやや不利な状況で、それを打開するために動く必要がありそうなリュクレースさんに接触しようと思ってるよ」
「ひひ……これはなかなか、潜りがいがありそうな話ですね。
 まずは調べがいのありそうなパトリスさんの屋敷に潜入する心算ですが……」
 スパイじみた仕事ならばお手の物――『こそどろ』としては本領発揮といった所か。その調子も笑い方も何時もの通りに、『こそどろ』エマ(p3p000257)がそう言った。
(お手伝いさんに扮して潜り込む、のが良いでしょうか。
 やれ掃除だーとか、雑用だーとか。そんな感じの仕事をしてますよって風なら動きやすいですしね。
 じっくり探りを入れていきますか。書斎とか物置とかすーっと入って、鍵のかかってる扉や金庫はワイズキーでガチャリ、です)
 見たモノを忘れない瞬間記憶能力と相俟ってエマは探索に向いていると言えるだろう。
 しかしながら腕っぷしにはさして自信のない彼女から言えば、危険を伴う単独行に効いてくるのが【猫の家】であるとも言える。
(万が一のエスケープポイントは重要ですからねえ)
「ひひ」と笑い切れない事情がそこにある。
 仮に何かが露呈した場合も、追っ手を向けられた場合も歴戦のイレギュラーズが集まるこの場所ならば対抗手段は存在しよう。
「いいから、大船に乗った心算でいなさいよね」
「何かあったら……はい、期待してますからねぇ」
 頷いたエマに彼女のミッションのサポートを買って出ているイーリンは「任せておきなさい」と胸を張る。
 他力本願と言うなかれ。鉄火場を踏むにはそれ相応の状況は要る。
 特にエマのようなタイプに関しては背後の安全を固めるのは死活問題であるとも言えるのだ。
「少しでも犠牲が少なくなる方が望ましいということで……
 リュクレースさんが変な情報を掴まされても困るしね。性急で犠牲が多く出るような行動に誘導される危険性もあるし。
 それを抑えられるようにするためにもまずは可能な限りの信用を得たいと思ってるよ」
 フォルトゥナリアの言葉に誰ともなしに頷いた。
 リュクレース・フィッツバルディは若くして才媛で鳴らすお姫様であるが、やや直情的な気質である事は否めない。
 彼女とレイガルテとの関係は余人にはあまり知られていないのだが、リュクレースはレイガルテを絶対的に妄信している。
 その跡目の争いともなれば何が起きるか分からないのは当然である。
「リュクレースさんの頭脳役や、居るのであればリュクレースさんを唆そうとしている人。
 周囲の身元もしっかり調査したい所だね。望ましくない事態ではあるけど、リュクレースさんが暴発しそうなら素早く情報も共有するから。
 ……頑張って被害を抑えるよ!」
「負けませんよ、なんて言ったら違うかも知れませんけどね……ひひ」
 応じたエマの言葉はむしろ対抗より信頼を示すものだろう。
 イレギュラーズの中に敵は居ないが、見ての通り潜り込む先もやり方も色々である。
 それが連携の内にあるかは分からないが祝音やみーおといった面子も市井から情報を探ろうと動いている。
 聞き込みの動きを強めるヨゾラ等からも何か情報が上がってくるかも知れない。
 事情や得手が様々なら協力出来る部分はしようというのが【猫の家】の本懐なのだ。
「見ての通り、かなり広範な協力関係の中心地に【猫の家】はあります。
 ここに居ない方々も含めて、情報はかなり集まってくる筈ですよ!」
「お前達、諜報機関とか向いてんじゃねえか?」
 話を再び自身等に向けたルル家にマサムネは感心したように言う。
「ですから拙者は警察関係者!!!」
「警察と探偵が手を組むって何だか面白い絵面だね」
 思わず抗議めいたルル家にヴァンが小さく笑った。
「何れにせよ、僕達が堂々と姿を晒すのも余りいい事とは思えない。
 折角、汰磨羈君がこうしていい場所を用意してくれたんだから――ここを捜査本部にする事にしよう」
 ヴァンは一拍を溜めて言葉を続ける。
「この【狸の家】を」
「【猫の家】!!!」
 恐らくは婚約者(アルテミア)から『ローレットのあるある』でも聞いていたのだろう。
「まったく、お主は――」
「ローレットは皆仲良しで愉快な場所だって聞いてるよ」
 わざとらしく言ったヴァンは抗議する汰磨羈に「ごめんごめん」と大笑する。
(……あれが、ヴァン卿か。好青年だね。顔を見れて良かった)
 ウィリアムはふとそんな風に考えてヴァンの事を見る。
 彼にとってヴァン・ドーマンは『特別』だ。
 相手がどう思うかは別にして――運命はたった一人のヒロインを巡って二人に些か難しい関係を強いているのだから。
 閑話休題。
「さて、情報が集まるまでに時間がありますのでまず拙者の考えを的外れだったりしたら訂正して下さいね」
 ルル家は『警察関係者』の面目躍如とばかりに推論を開始した。
「現状わかっていることはレイガルテ公とアベルト殿下は間の悪い偶然で事件性はありません。
 アベルト殿のあれを事件性がないと言っていいかはわかりませんが、少なくともミロシュ殿とは別件です」
「続けて」
 お誂え向きに用意された安楽椅子に座り、片肘を立て片目を閉じたバーテンは先を促す。
「我々の目標はこの騒乱の停止。その手段の一つとして真犯人の確保がある。
 事ここに至って真犯人を詳らかにして騒乱が収まるかはわかりませんが、少なくとも何らかの効果はありましょう。
 動機の線から絞るのは正直難しい。怨恨、政治、そして後継者問題。容疑者が多すぎますから」
「同感だ」
「……しかしタイミングから『双竜宝冠』が後継問題に関連してる可能性は高い。
 競争相手を狙っての行為は火種を撒くことで騒乱を起こしてフィッツバルディ、あるいは幻想を弱らせようとする者を想像させます。
 ミロシュ殿下を暗殺した手口から見ても、優秀な者……あるいは勢力を雇う、ないし麾下に置いている事からも犯人は一定以上の力の持ち主であると思われます。バーテン殿、暗殺ギルドや盗賊ギルド……後ろ暗い組織に伝手は?」
「僕には無いが、マサムネは詳しい筈だ」
「その線を洗えって事ならまずは了解だ」
 水を向けたバーテンにマサムネが頷いた。
 灰色の頭脳を持つ名探偵からの『訂正』が無かったという事はまずルル家の思考は『妥当』なのだろう。
 イレギュラーズの中には冥夜のように悪名高い貴族――例えばクロード・グラスゴルを探ろうとするような者も居る。
(何にしても、事件が『常識』の範疇に収まるのを期待するばかりです)
 しかしルル家は敢えて口にしなかった仄暗い可能性を捨て切れなかった。
 決して当たってくれるな、と思いながら――捨て切れなかった。
(何某かの『冠位』の関与も考えられますが……こうまで直接的な手段を取るでしょうか?)
 詮無い推論だ。少なくとも最悪の直接対決であってくれるな、と思う。何かの切っ掛け位は作っているのかも知れないけれど――

●フィッツバルディ別邸
 メフ・メフィートにおけるフィッツバルディの本拠地こそ傷病の手当を受けるアベルト・フィッツバルディの拠点である。
 フィッツバルディ後継レースの本来の大本命はパウル・ヨアヒム・エーリヒ・フォン・アーベントロートの呪いを受けた事から回復しない重傷に未だ動けない状態にあった。
「あまり……状況は変わっていないようです」
「……期待はしていなかったがな」
『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の言葉にアベルトは嘆息する。
 我が身の体調の事は薄々分かっていたのだろう。彼の表情からは深い疲労感が見て取れた。
「……お労しい。心中をお察しいたします」
 病床でドラマと『赤い頭巾の魔砲狼』Я・E・D(p3p009532)を迎えたアベルトは折り目正しい見舞いの言葉に小さく鼻を鳴らすだけ。
 ドラマやЯ・E・Dは『双竜宝冠』事件の解決に向けて動いているイレギュラーズである。ドラマは独自行動を重視し、Я・E・Dはバーテン達の依頼を受けてという格好だが、何れにせよ彼女等を含めた少なくない面々は『双竜宝冠』にて問題になっている黄金双竜の子供達の元へ赴き、それぞれが護衛と情報収集を担う形で動いている。
「……随分と、私の元へは少ない人数ではないか」
 やや自嘲気味に言ったアベルトにЯ・E・Dは小さな苦笑いを零していた。
 成る程、アベルトの元へ赴いたイレギュラーズはここに居ないジェックやキドーを含めても四人までだ。
 アベルトは『他所』の人数を正確に把握している訳ではないだろうが、実際の所これは大した数ではない。
「ここにはザーズウォルカ君達が居ますからねえ」
「うむ。アベルト様は私が守る。命に代えても」
 肩を竦めて言ったドラマに傍らに直立不動していたザーズウォルカが頷いた。
 アベルトはこの事件の重要人物の一人に違いないが、病床にある彼はほぼ動けない。
 経緯を考えれば当然ながら容疑者からは程遠い場所に居るし、幻想最強の騎士たるザーズウォルカが守る彼は『一番安全』と言ってもいい。
「ミロシュ氏の死の真相も気になるトコロではありますが……
 私の立ち位置で目指すべきは後継筆頭であるアベルト様に快復して貰い、柱となって貰うコトですからね。
 あのクソ魔術師のせいで大変厄介な状態になってしまっていますが……
 何より、リュミエ様にも手伝って頂いたと言うのにコケにされたままでは居られませんから!」
「結構口が悪いのだな。頼りにしているが……」
 見た目より激しいドラマに面食らうザーズウォルカ。
 つまる所、些か特殊な立ち位置のドラマはさて置いて、イレギュラーズの出る幕は薄いという事に他なるまい。
(……でも)
 Я・E・Dはザーズウォルカに『挨拶』するドラマを横目に考える。
(本当にそうだろうか?
 ……今回の事件の一番の謎はミロシュさんが最初に殺された事だよね)
 アベルトが倒れたのが『双竜宝冠』から程遠い『別の悪意』の仕業である事は確実なのだが。
(正直、事件で利益を得たのは対抗馬が消えたアベルトさんだけ。
 ……と見せかけてもう一組居るんだけど)
 五里霧中の事件において簡単に判断を下すのが危険である事を彼女は強く意識していた。
 虚実の入り乱れる事件の全容はまるで見えておらず、予想外の所に真実が転がっていても何ら驚きはないのだ。
 全ての可能性を頭に入れ、俯瞰して物事を見なければ重要な何かを見落としかねない事は分かり切っていた。
 故に彼女は考える。『可能性がある限り、執拗に考える』。
(……とは言え、呪いで倒れた彼(アベルト)を犯人と考えるのは難しい。
 ならば、最大の容疑者は家令のエンゾ、騎士であるザーズウォルカ、その副官イヴェット……
 すなわちフィッツバルディ『家』に忠誠を誓う者達か?)
 証拠を得ようもない推論に違いないが、Я・E・Dは考える。
(当主と後継者が倒れ家が大変な時。
 自己の利益で動こうとしたミロシュをフィッツバルディにとって害悪であると判断したなら……
 彼等にはミロシュを殺害するに足る動機があるとも考えられる。
 いやさ、それで済むならまだ良い方だ。私はそこに何らかの魔種の影さえあると見る――)
『問題は彼等の忠誠が何処を向いていたかである』。
 人ではなく家に対して強い拘りがあるのだとすれば、推論も荒唐無稽であるとは言い切れまい。
 同時にそんな想いに余計な事を吹き込む害悪があったなら……事態はのっぴきならぬ状況まで逼迫しているとしか言いようがない。
 故にЯ・E・Dは覚悟を決めて病床のアベルトに『問い掛ける』。
(このような方法で失礼します。
 フィッツバルディの重臣様方について内密でお話を伺いたく。
 ……私はアベルト様の事は犯人だと思ってはいませんが、周囲に居る方達は今回の事件を起こすべき動機が無いとも限りませんので)
「……」
 ジロリとЯ・E・Dに視線を向けたアベルトは――

●コルビク家I
「一人が病に臥せ、一人が襲撃に倒れ、一人が死する。確かにどれも一大事。三つ重なれば大事件、だ。
 だが……それで一国が傾くとなると、なんとも脆いものと言わざるを得ない、な」
 嘆息して言った『愛された娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が嘆息する。
「お貴族様の内輪揉めとか、本来なら全ッッ然! 関わりたくないけど!
 貴族がやらかして迷惑被るのはその関係所領に住む人たちだし……
 ぶっちゃけ誰も得しねぇし、内戦とか最悪だし、それで大損するのお貴族様より国民だし……
 これ、何とかしないとだよなぁ……は~ぁぁぁ……」
 取り分けうんざりした調子で言った『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)の一方で、
「テレーゼ様のブラウベルク家がフィッツバルディ公の支援を受けている以上、今回の騒動を見過ごすことはできない。
 混乱が広がれば、ブラウベルク領にも波及するのは必至だからね。それを未然に防ぐのが、懐刀たる僕の役割になる」
『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)の方はローレットにも協力する少女の顔を思い浮かべ決意を新たにしている様子であった。
 三人はバーテンからの依頼を受け、コルビク家周辺の情勢を探る為に動き出していた。
 彼等の目的は主に二点である。
 一つはミロシュ殺害事件の詳細を調査し、あわよくば真相や犯人に迫る事。
 もう一つは跡取りでありフィッツバルディの有力後継であったミロシュを失ったコルビク家の更なる暴発を防ぐ事である。
 元々コルビク家はミロシュと関係が良好であるとされ、その後継レースに最も協力的な『実家』であった。フィッツバルディの後継をミロシュに継がせる事に執心していた彼等がミロシュの暗殺を「はい、そうですか」と受け入れると考えるのは楽観が過ぎると言えるだろう。
「そもそも後継者争いなんて、レイガルテの爺さんか長男坊が復帰すりゃ解決する話なんだろ?
 それまででかい爆発を起こさせなきゃいいんだよな」
「理屈の上ではそうなりますね」
 風牙の『大雑把』な確認にマルクは微妙な顔をして頷いた。
「そのために必要なことは……
 ……暗殺の首謀者を突き止めること、かな。
 このピリピリした空気の要因の中でも、大きな割合を占めてると思うし。
 仮に首謀者があの兄弟以外だったなら矛先を逸らすこともできる――」
(――犯人が見て分かる所に居たら確かに、ですが)
 比較的楽観的な風牙に対してマルクはやはりどちらかと言えば悲観的だった。
『理屈の上ではミロシュを喪ったコルビク家に目が無くなったのは確実だが、その理屈は簡単に理解させられるものではない』。
 腹芸が得意で『そんな経験』も比較的多いマルクはこれから自分がやらねばいけない事に憂鬱な気分を禁じ得なかった。
「さて。依頼を受けた以上、励むしか無い、が……後継レースに関しては、出せる口はない。
 事件の発端、ミロシュ殺害事件について調査してみるのが良いか。
 フォルデルマンから依頼された体にでもするか?
 何れにせよローレットが協力するといえば、恐らくコルビク家も情報提供は断らない、はず。
 同時に、コルビク家に『ミロシュを裏切るメリット』がないかも、要調査、だな。
 その怒りが本当のものかどうかは、確かめておかねば……」
 風牙やこのエクスマリアのメインアプローチは『事件の調査』の方だがマルクだけは明確に違う。
 彼の主目的は兎に角『理屈に合わない行動を取りかねない危うい相手を押し止める事』の方なのだ。
「……ヴェルグリーズさんが居て助かったよ」
 嘆息したマルクは思わずそう呟いていた。
 事件の調査のアプローチ以上にそちらの仕事はシビアである。
『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はミロシュと個人的に親交のあったカノッサ家当主――ヴィルヘルミーネ・カノッサの仲立ちを受けられると聞いている。目的柄、或る程度の信用が得やすいポジションは事を優位に進めるだろう。
(まぁ、細かい所まで一致するか読めないのが今回の『肝』とは言えるのだけど)
 マルクは今回のヴェルグリーズのポジションをヴィルヘルミーネ・カノッサの名代のようなものだろうと読む。
 かなり自発的に動き、いざとなれば切り離しが容易であるという意味ではブラウベルク家におけるマルク・シリングと大差は無いだろう。
(……と、なれば。ヴィルヘルミーネ嬢はフィッツバルディに恩でも売りたいのだろう。
 ヴェルグリーズさんが期待される立ち回りの方も想像はつく)
 独自行動を取る彼は彼で目的があるのだろうが、そのご相伴に預かる程度は問題あるまい。
 少なからずヴェルグリーズも公益的な動き方をするだろうという算段(しんらい)があるなら、WIN-WINの構築は然程難しい話にはなならない。
 そういう意味においてマルク・シリングの名はそれ相応以上に売れていて、カノッサ家側も『共闘』を好都合と考えるだろうという読みもある。
「調査の際は、まず口の軽いところから、だな。
 出入りの商人、近隣住人、周辺の精霊、信憑性はひとまず置いておき、情報をかき集める必要がある。
 コルビク家内部へ当たるなら……示されたものと、先に得た情報と、噛み合うものがあれば更に詳しく、だ。
 ……気は進まないが、最悪『闇ギルド』に接触してみるのも手か……?
 あまりに噛み合わないものがあれば、何処で操作されているかも分からないからな」
「ま、やってやろうぜ。
 どうも、バーテンの奴は本気で事件を解決したいみてぇだしな。
 殺害現場の確認に、周辺の聞き込みに……やる事が多いな。まあ、やるんだけどさ」
 一瞬の沈思黙考に沈んだマルクの事は脇に置き。
『猫の家』で既に面通しを済ませたバーテン達の顔を思い浮かべエクスマリアも風牙も気合を入れ直した。
「まぁ、貴族なんて嫌いだけどさ。あの三人はそんなに嫌な感じはしなかったよな」
 風牙は貴族が嫌いだが、彼等はそんなに嫌いな顔をしていなかった。

●コルビク家II
 コルビク家はミロシュ・コルビク・フィッツバルディの母方の実家であり、彼を強烈に後援する勢力である。
 ヴェルグリーズを、或いは調査を申し出たイレギュラーズを出迎えたのはそんな彼等のかなり殺気立った雰囲気であった。彼等はミロシュの死はその兄妹による陰謀と決めつけている風であり、真っ向から異論を唱えたならば無事に帰れないと思わせる程の剣幕でその怒りと不満をぶちまけたものだ。
「……やっぱり、同道させて貰って正解でした」
「はは……役に立てたようで何よりだ」
 小声で耳打ちするようにしたマルクにヴェルグリーズは頷いた。
 この有様では誰か他に居たのは渡りに船であるとさえ言えた。
 ミロシュ暗殺事件の調査を願い出たイレギュラーズは二つ返事で全面協力を約束されたものだ。
(……予定ではかなり釘を刺す心算だったけど、あまり真っ向勝負するのは却って逆効果かも知れないな)
 マルクは考える。
(思った以上に、直情的だ。コルビク家はミロシュの敵討ちをする方向にかなり振れているように見える)
 ミロシュ以外にも本命が居るのでは、という疑念もあったがどうやらその目は薄そうだった。
 ミロシュを喪ったコルビク家が後継レースに戻るのは中々困難であると言わざるを得ない。
 それは間違いない正論だが、正論が状況を救うと限らないのは世の常である。
(現実を再確認しつつ、ミロシュ殺害犯人を挙げる、という方向にエネルギーを使わせるのが一番かな。
 フィッツバルディの御当主もその跡継ぎの本命もまだ死んだ訳じゃない。
 事件解決に対しての成果がコルビク家の価値を上げるという方向に話を進める事さえ出来れば――)
 幸いにしてギルド条約におけるローレットの『政治的中立』はかなりの信頼を受けているようで、彼等からしても『この後』の争いまでを睨んだならば、ローレットと友好的な関係を保持するのは理に適うと考えたのだろう。猜疑的な怒りを露わにしているにしては彼等はローレットには好意的であると言えた。
(……しかし、これは……予想以上に荒れてるな)
 旧知のヴィルヘルミーネ・カノッサ――つまりカノッサ男爵家の当主に様子伺いを頼まれたヴェルグリーズの正直な感想はそれだった。
(ヴィルヘルミーネ嬢も無理をいう……剣に政争を任せるだなんて……)
 必ずしも人間的な情緒に敏感でないヴェルグリーズは、本人も知らない間に実に人間くさい苦笑いを浮かべていた。
 多くの時間をローレットで、或いはローレットの仲間達と過ごす事で明らかに以前よりも表情豊かになった彼は、その端正な顔立ちを意図的に引き締めていた。
(でも、内戦になればたくさんの人達の悲しみが生まれる、それを見過ごすことは出来ない。
 こうなったら、やれることをやるしかないか――)
 ヴィルヘルミーネのオーダーはコルビク家の不穏な動きを察知し、或いは食い止める事。
 不可能であれば暴発の遅延を頼む事である。

 ――なに、フィッツバルディへの恩なんて靴を舐めてでも売りに行きたいとも!
   あわよくば、フイッツバルディからうちへ貸しの一つにでもなるくらいの活躍をしてきてくれたまえ!

 ヴィルヘルミーネ曰く『そういう事』らしいが、これを額面通りに受け取って良いかは微妙な所である。
 少女と呼べる若年ながら実に捉え所のないカノッサの当主は典型的な『何を考えているか分からないタイプ』である。
 まさか幻想貴族の重責にありながら、藪蛇(フィッツバルディ)を面白半分に突く心算は無かろうが、そこに別の目的が無いとも限らない。
(……いや、考えても詮無いな)
 ヴェルグリーズは首を振って意味のない思考を頭の隅に追いやった。
「兎に角、この状況はコルビク家にとっての最悪である筈。
 我々はコルビク家に協力してこの不遜な事件の真相を探そうと考えているのです」
 ヴェルグリーズの言葉にミロシュの父母が頷いた。
「あの可愛いミロシュに手をかけた鬼畜を――何としても追い詰め、ここに引き立てて下さいな……!」
 美しい面立ちを鬼の形相にしたコルビク夫人は地の底から漏れ出たような低い声でそう言った。
 顔面は蒼白で、長い爪は拳を握る余りに肉に食い込んでさえいる。
「マルク・シリング君にも答えておくが、それは我々の望む『最低限』なのだよ」
 続けたコルビク伯爵は静かに、しかし断固とした調子で言う。
「『そんな事さえ叶わぬのなら、我々には取るべき手段があるという事だ』」
 その言葉は或る意味の恫喝を孕んでいた。
 真実に関わらずコルビクがフィッツバルディの兄妹を犯人と断じているのなら、座して敗れる心算は無いという事だろう。
 それは勝敗に関わらず最悪の事態を想起させる事実である。
「……そういった調査には勿論、全面的に協力したいと思っています。
 だからまずコルビク家が押さえている情報や捜査権限なんかがあれば……助かるんだけど……どうだろうか?」
 辛うじて話を聞いて貰えている今だからこそ、ヴェルグリーズは強めに一歩を踏み込んだ。
 部外の調査員ではなく、公的にコルビク家の調査隊を主導出来れば彼等を納得させられる目も大きくなるからだ。
「……ラウル」
「は」
 コルビク伯爵に呼び掛けられた銀髪の美青年が傍らより一歩を前に踏み出した。
「彼は……?」
「ラウル・バイヤールと申します。
 ミロシュ様の側近と言えば……分かりますね。
 旦那様方の信を受け、今回の事件の調査を担当しています」
「ラウルと協力して『必ず』真相を解き明かしてくれたまえ」
 暴発を回避するというマルクやヴェルグリーズの目論見は一先ず前進したと言えるだろう。
 風牙やエクスマリア、更にはセララやオウェード、ことほぎといったコルビクを調査する面々を加えれば少しは見えるものも大きくなるか。
 セララはミロシュの密かな生存を含めた可能性まで疑っていたし、ことほぎは独自のコネクションから調査を進めているともいう。
 ローザ・ミスティカとも多少の関わりがあることほぎは『依頼主』たる『竜剣』シラス(p3p004421)にしか情報を渡す心算はないようだが、それを握るのがローレットの中でも最もフィッツバルディのシンパであるシラスであるのなら悪いようにはしないだろう。
 何とも言えない一瞬の間にラウルはわざとらしい咳払いをした。
「……旦那様の御命令故、私は皆さんに全面的に協力をいたします。しかしながら」
 断りを入れたラウルの目は冷え冷えとした鋭さを何ら隠していなかった。
「私は――いえ、コルビク家はこの事態を絶対に看過する事はありません。
 大恩あるミロシュ様を害した愚物を……間違っても庇おう等とは思って下さいますな。
 どんな事情があろうと我々はそれを許さない。それだけはゆめ忘れて下さいませぬよう」

●フェリクス邸
「フェリクス様、御機嫌よう。直接お会いするのは何時かの舞踏会以来でしょうか……?」
 厳戒態勢と呼ぶべきフェリクス邸に最も優美な登場を見せたのは『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)であった。
 今回の事変につき、ファーレル伯――つまり彼女の実父であるリシャールはかなり旗色を鮮明にしていた。つまりファーレルはフェリクス・イロール・フィッツバルディの後ろ盾のような存在であり、当然ながらその係累のリースリットも何の警戒も無くフェリクス邸に迎え入れられたという訳である。
「ああ、お会いしたかった。リースリット嬢。このような局面でお迎えするのが心苦しい限りなのだが」
 端正な顔に何とも言えない口惜しさと疲労を見せたフェリクスにリースリットは小さく首を振っていた。
 彼に気付かれぬよう、傍らにある父の顔色をそっと窺う。
 目配せで通じ合った父娘は互いに一つ頷いた。

 ――ファーレルの父娘はことこれに到る前に情報交換を済ませていた。

(……迅速かつ穏当な解決が望ましいけれど、現状一つの断言も出来ないでしょう。
 そして、真実はどうであれ、フェリクス様が容疑者の一人として疑われる以上、私の立場は決まっています)
『そう。リースリット・エウレア・ファーレルは最初から決まっているのだ』。
(そも、ミロシュ公子暗殺は第三者の仕業ではないか……
 パトリス公子は何某か思惑が在るようですが、動機は兎も角、彼とその人脈にミロシュ公子を周りを固めた護衛ごと抹殺出来るとは思えない。
 リュクレース公女もまた噂を聞く限り兄を暗殺して素知らぬ顔をする腹芸が出来る方には思えないし、彼女自身にそんな力もあるとは考え難い。
 そしてフェリクス様は……事此処に至ってご兄弟暗殺という手段を是となさるのなら、そもそもこれまで今のお立場に甘んじていらした筈がありません。お三方の何れにせよ、ミロシュ公子だけの暗殺は均衡からの潰し合いになる以上極めて利が薄いと言わざるを得ないのなら。
 現状は後継者同士の潰し合いを目論む何者かの演出を疑うのが自然というものでしょうか……?)
 父に聞く限り、ミロシュ暗殺前のフェリクスの動向について怪しい所は無かったという。
 他の容疑者についてもリースリットの思索は想像の域を出ないし、『味方陣営』の贔屓目を考えれば父や兄の言葉さえ何処まで本気にしていいものかは分からなかったが、重要な点はそこではない。
 高貴な責務(ノブレス・オブリージュ)は時に単純な善悪、正義に優越する。
 彼女はフェリクスの無実を信じている。信じてはいるのだが……
(『仮にフェリクス様が犯人であったとしても、私の為すべきは変わらないのだから』)
 リースリットの穏やかな美貌はそれでいて強烈な意志力を秘めていた。
 刹那の目配せで父娘が通じ合った部分は『そこ』である。
 リースリットは政治的中立を謳い、同時にこの混沌の局面に強力な影響をもたらすローレットの一員――それも有力な――である。
 この事件を解明する気があるのは当然だし、より大きな被害を防ぎたいと考えているのも間違いない事実である。
 しかしながらもっと究極的にモノを言うのなら『幻想にとって何が一番大切か』が最優先なのは否めない。
 彼女はあくまで『独自行動』でここに在る。それは取りも直さず彼女が何よりも優先的に『ファーレルである』という証明に他なるまい。
「リースリット嬢……?」
「ああ、いえ。失礼をいたしました」
 呼びかけられ、我に返ったリースリットは如才なくフェリクスに微笑んで見せた。
「……何があるとも分かりません。
 もしご迷惑でなければ当面は……父と共にお傍に居させて頂ければと存じます」
「それは勿論歓迎するが――高名なローレットの皆に護衛をして貰えるのならこの上なく心強い」
 リースリットの言葉を受けてフェリクスは形式上最も合理的に――彼女の仲間としてこの場に同道した『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)と『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)の二人に視線をやった。容疑者として目が余り濃いとは思われなかったのか、フェリクス邸を訪れた者も限定的ではあったが、三人何れもフェリクス自身の言う通り腕前にしても気質にしても信頼に足る人間と呼ぶに相応しかろう。
「……………」
 ココロはじっとフェリクスの目を覗き込んだ。
(一族同士で互いの尾を喰らい合う、それは肉親を失うってことでしょう?
 ……最近、唯一の肉親と出会えたわたしには全く理解できません。なんで仲良くできないの?)
 目を逸らさない彼のサファイアのような瞳に少女の姿が映り込んでいる。
(……でも、フェリクスさん、この人ならまだ話が通じそう。
 争いが幻想そのものを蝕むくらい大きくならないようにしないと……)
「……ココロ殿?」
「……ええと、コホン!」
 ココロは咳払いを一つして、真っ直ぐにフェリクスに問うた。
「フェリクスさん、あなたは暗殺してませんよね?」
 一瞬あたりをざわめかせる程に直線的な質問にリシャールが苦笑いを浮かべた。
「答えて頂けますか? いいえ、『約束』して下さい。
 言葉は証文にならなくても、約束は、なるから――」
 イレギュラーズの変則は何時もの話だが、これがフェリクス邸でなければ少し面倒な事になっていたかも知れなかった。
 しかしながら貴公子の部下は主人へのそんな言葉にも弁えている。
 同時に問われた彼もココロの直球過ぎる質問にも臆する事無く返事をするのだ。
「誓って。私は兄妹を害しておりません。そして、お約束しましょう。これからも彼等を積極的に害する事は無いでしょう」
「……正直ですね」
 フェリクスの問いにココロは小さく笑った。
「絶対に何もしない」と言えば嘘が勝ろう。
 フェリクスの答えは『降りかかる火の粉を払う』事までは否定してはいなかった。
「『信じます』」
 却ってココロにとってその回答は誠実であり、約束も意味を為すというものだろうと思われた。
「これは『正解』を求める問いではありません。
 あくまで貴方に聞いてみたい事でしかありません。
 その上で――もしきょうだいの誰かが暗殺に手を染めたとしたなら、誰の名前を連想するでしょうか」
 互いに信じあうことができれば、憎しみは表に顕れない。
 ココロは冠位魔種や竜族よりも恐ろしい敵は人の心に根差す『不和』だと考えていた。
 信用する事に決めた彼の言葉が誰かを指し示したなら、彼女は真っ直ぐにその誰かに語り掛ける心算ですらある。
 それは恐ろしく愚直な結論だったが、同時に何より彼女らしい結論とも言える。
「仮に名前を挙げたとして……その誰かと『約束』が叶ったとして。貴方はそれを信じると?」
「ええ」
 ココロは頷いた。
「先にこちらから信じてみせるのです。
 剣を抜いて見せながら身を護り続けるよりも、手を差し伸べて誤解が生まれないようにしましょう?」
「……………」
 押し黙ったフェリクスは悩ましい顔をした。
 特定の容疑者を挙げるには材料が足りないのは彼も同じなのだろう。
 その上、この場合は下手を打てばココロに障る。その身を案じれば尚更滅多な事は言えない所だ。
「……は! いい子ちゃんやねえ」
「たては……」
 イレギュラーズとフェリクスのやり取りを何となく眺めていた紫乃宮たてはが鼻で笑うようにそう言った。話を混ぜっ返す彼女の名を傍らの刃桐雪之丞は咎めるように呼んだが、機嫌の悪いたてははこれに取り合わない。
「子供じゃあるまいし、あんまりうちのクライアントを困らせんといてくれる?
 下手な名前を挙げてあんたが突っ込んだらややこしくなるやないの」
「武器をもって言う事をきかせても、一時だけ。次に心が離れるときは手の届かないほど遠くなってしまいます。
 だから武器を使う前に心を使いましょう、ね?」
 たてはを揶揄するように言ったココロに彼女も負けじと言い返す。
「はいはい、信じあう事大いに結構やけどね、世の中には煮ても焼いても食えんやつもおるの。
 綺麗事中心に生きてきた子には分からんやろけど、うち等は先祖代々ずーっと裏社会の人間やもの――言いたくもなるわ」
「ぐぎぎ」と睨み合うココロとたてはのやり取りはほぼ五分か。
 咳払いをした雪之丞に『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)が水を向けた。
「話を聞いた時は驚きました。お二人だけで別行動とは……」
「……毎度の事ながら恥ずかしい所を見せる。見ての通りだ。
 今回はどうにもたてはが『聞かなくて』な」
 遠い目をした雪之丞の様子に舞花は「ははあ」と合点した。
 彼女が癇癪を起こす理由の大半は死牡丹梅泉絡みと決まっている。
 この場に彼が居ない以上、想像される理由は……
「『旦那はんをやっつけて結婚する』とでも言いましたか」
「……ああ」
 沈痛な面持ちで頷く雪之丞に舞花は心から同情した。
(梅泉と戦って勝つ為、というたてはさんの言を聞くと、彼女もこちら側の人間なのだと思い出しますね。
 何時もの彼女なら「旦那はんと一緒じゃないと嫌や」等と言いそうなものだけれど……
 挑戦者になるという事を忘れた訳ではなかったらしい)
 おかしな所で感心した舞花は思わず軽く笑ってしまった。
 釣り上げるだけ釣り上げて餌をやらない梅泉も梅泉だが、たてはもたてはだ。
 周りを豪快に巻き込むという意味ではどちらも非常に迷惑な存在には違いないが、気持ちが分からないとはとても言えない。
「こうしているたてはさんの姿なら、梅泉の好みにも合致しそうなものなのに……」
「どうも今回は何時もより随分頭が回っているようだしな」
「なかなか仰る」
「たまには、な」
「あんた等、何かうちの悪口言うとるやろ!」
 華やかに談笑する二人をたてはが睨みつけていた。
「雪之丞さんは、例の暗殺事件……の、現場の状況は聞いてますか?」
「多少はな。だが、お前達の持っている情報から抜けて有意義なものは無いだろう。
 現場にはミロシュの護衛が居た。屋敷の警護もそれ相応だった」
「密かに侵入して標的であるミロシュだけを殺害した、というだけなら凄腕の暗殺者の仕業という事で解りやすいのだけど……
 何にせよ、木端暗殺者に出来る事では有り得ず、それだけの腕前のある人物となると限られてくる。
 少なくとも、騎士の類に実行できるものでないのは間違いないでしょうね」
「ああ」
「フェリクス公子の人柄は、『見ての通り』。
 見た限り信用のできる人物に見えますが。根本的な話として、彼の陣営に実行できそうな人間は……居なさそうに見えます」
「そう思ったから俺もこの護衛を受ける事にした訳だ。
 ……まぁ、少なくとも三下の暗殺者にこの仕事が果たせるとは思わんな。
 潜むよりも荒っぽく、そしてセンセーショナルだ。まともな頭ではこうはすまいよ。例えば俺や若とかなら――いざ知らず」
「悪い冗談ですね」
 たてはをいなしながら舞花は小さく苦笑した。
 ミロシュの暗殺現場は『仕事だけを果たす』と言うには些か派手過ぎたというのが雪之丞の見立てであるらしかった。
 暗殺という目的にセンセーショナルが加えられるならそれはまた別の意味を持つ事になろう。
(実行可能な実力として思い当たるものといえば、例の十三騎士団に封魔忍軍……
 だけれど、先ず封魔忍軍は流石に無いだろう。
 十三騎士団は……先のアーベントロートの顛末的に、パウル配下の暗殺者の生き残りならば、有り得るだろ――)
「――たのもー!」
 思案顔をした舞花の間隙を突くように部屋に元気の良い声が響いていた。
「!」
「!?」
「……!!!」
 ローレットから派遣された訳ではないが『護衛』として新たに表れたのは或る意味でこの面子にも縁深いサクラその人だった。
「泥棒猫!!!」
「相変わらず酷い事言うなあ、たてはちゃんは!
 いいよ! 死合う? 雪さん居るから多少は大丈夫でしょ!
 同じ居合使いとしてはたてはちゃんにもしっかり興味あるんだよね!」
 独自行動としてフェリクス陣営に参じたサクラの動機は奇しくもたてはと同じである。
 リュクレース陣営に居るらしい梅泉と『真剣に戦う事』は逸脱の恋乙女の最優先事項であった――
「……頭が、痛い」
「そうでしょうね」
 舞花は察したように雪之丞を見て冗句めかして囁いた。
「雪之丞さん。ではこちらも。我儘ついでに一手、手合わせ願えませんか」
「実に賑やかな展開だ。しかし、名だたる使い手ばかりじゃないか。
 これには感謝せずにはいられないかな」
「フェリクス様とは落ち着いてお話したくもありました。
 フェリクス様は……公爵位を継いで、成したい事がおありなのですよね?」
 呆れ半分、感心半分に嘆息したフェリクスにリースリットは言った。
「――貴方の理想を貴方自身の言葉で聞きたく思います」

●パトリス邸
「絵に描いたようなお家騒動よねぇ」
 小声で零した『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)の言葉が届いたのはすぐ隣で耳をぴくりと動かした『忠犬』すずな(p3p005307)だけだっただろう。
「うぅん、正に貴族といわんばかりの跡目争いですよ。
 武家の娘としてそういうものだと理解はしていますが……好きにはなれませんね、こういうの……」
 果たして、すずなの感想は感覚的ながら、感覚的だったが故に見事に正鵠を射抜いていたと言えるだろう。
 同じく小声で返したすずなの耳は垂れていて、そんな彼女の頭を小夜は「よしよし」と撫でていた。
「正直、あまり興味はなかったのだけれど……折角新田さんにお誘いいただいた事だし。
 わからないことの多すぎる状況だけれど、兎に角踏み込んでみないことには始まらないものねぇ」
 政治的な事にはまるで興味のない小夜はどちらかと言えばこの状況を武芸者の働き場と見ている節があった。
 彼女等を誘った『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)がサリューの行政官に収まろうという野望を持っているならば、小夜からすれば『ご近所さん』である。諸々事の便宜も図って貰えようというものならば彼に力を貸すのも一興といった所か。
「いやー、ホント。ホントに困ってンのよ」
 問題のパトリス・フィッツバルディはすずなや小夜のやり取りを気に留める事も無い。
 一際多く集まったイレギュラーズに対してへらりとした笑みを見せてそう言った。
「兄妹がマジ切れしちゃってマジのガチで困ってるんだよね。助けてくれない?」
「他の派閥もロレ友を雇ったって? イレギュラーズ出すぎじゃね!?
 ぐえぇ! しくったかも!? 嫌な予感でぴえん超えてのこん超えてぎゃおんなんだがー?
 仕事はきっちりやってプチョるしかないじゃんね!」
「あー、もうそんな感じ。秋奈ちゃんと一緒よもう、こっち頭ポーンってな感じな訳!」
 無軌道に適当な『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の大貴族を前にするにはあまりにあんまりな物言いにも、人好きのする笑みを見せるパトリスは黄金の子竜の中でも最も庶民的で気取らない人物だ。
「イレギュラーズって例外的な存在は便利ですなあ
 ……ってワケで、横のつながりは無かった訳だけど、ここ来たらワンチャンって思った訳ね!
 そんで、やっぱりあったじゃん!?」
「いぇーい!」
 秋奈の言いたい所は『他のイレギュラーズと合流出来た』といった所だろう。
 彼女と軽快にハイタッチを決めたパトリスは相変わらず気取らない人物像に見えるのだが……
 そんな彼にはそれなりに黒い噂もある。端的な証明としてイレギュラーズを値踏みするような目で見ている『側近』――悪名高いフィッツバルディ派の貴族であるクロード・グラスゴルの面立ちと目線を見ればその話が然して間違っていない事は伺えようというものだった。
(ああ、もう!)
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は内心で自問自答した。
(どうして私ってばこんな所に首を突っ込んでるのかしら!?
 私ってば、物凄く、ものすごーーーく面倒なことに巻き込まれた気がするのだけど……!?
 幻想の貴族がどうのこうのとか、派閥がどうのこうのとか、私にはどうでもよくて……
 そもそも! 大体! 強いて言ったって私って『バルツァーレク派』なのよね!?)
 禍福は糾える縄の如しとはこの事か。
(ただまぁ、これでも私はこの国ではそれなりの有名人みたいだからねぇ……)
 人生が全て万事塞翁が馬で済むのなら苦労は無いのだが。
 名前が売れているという事は大きな実績を持っているという事でもある。
 相手が貴族なら、その名声は時に大きな武器にも成り得よう。
 ローレットは腕利きのアーリアをこの事件の解決に当たらせたかったという事なのだろう。
 あれよあれよと巻き込まれた彼女だったが、裏を返せばそれだけ『買われている』という事でもある。
 誰にか? そんなものは決まっている。
(……今度、絶対に奢らせてやるんだから……!)
 脳裏でウィンクした伊達男にアーリアは心の中で『あっかんべえ』をしてみせる。
「ええ、ええ。ご協力いたしますとも。
 ミロシュ氏殺害に関する不当な嫌疑を受け、更に後継者同士がキナ臭いこの状況なら、我々の腕を高く買ってもらえると思いましてね。
 まぁ、口さがない言い方をすれば一番『ややこしい』場所こそ、一番高く売れる場所という事になるでしょう?」
 アーリアの内心を知ってか知らずか――いや、多分知っている――飄々と寛治が応じて見せた。
 彼の言う通りパトリス・フィッツバルディの元へ多くのイレギュラーズが集まったのは、もっとハッキリ言ってしまえば『彼が一番怪しいから』だ。
 全員が事件の容疑者であり、次の被害者になるかも知れないなら実に怪しいパトリスは如何にも臭う存在である。
 容疑者ならばマークを強めたいのは当然だし、狙われるならば寛治の言う通り護衛の腕がモノを言う。
(きっと貴女は幻想の現状に心を痛めていらっしゃるが、真にアーベントロートを思えば非情な采配も必要というものですよ。
 私は愛も野心も成就する、そういう男なのですよ、お嬢様――)
 加えて実を言えばこの寛治は『双竜宝冠』の着地点を彼なりの都合で見つけようとすら考えていた。
 民衆の幸福を含めた幻想の安定を取るのなら事件の終焉は早い方が良いが、『前任』と同じくまるで民政家の類ではないこの男は実際の所、断固として明確に優先順位をつけていた。
 即ちそれは彼が愛するアーベントロートのお姫様にとって何が一番好都合か、である。
 彼女の可愛い我儘を叶える為、或いは彼女の知らない所で彼女の敵を叩き潰す為。影に暗躍し、日向に憎まれ口を叩いてみせたあの幼馴染と同じように寛治もまた全ての判断を彼女に任せる心算が無かった。棘の抜けた薔薇の姫はこの事件の継続を望まないだろうが、寛治に言わせるならば決着はコントロールの先にあるべきだった。先の事件でアーベントロートが大きな弱体化を見せた以上、フィッツバルディも無傷では『困る』のだから。
「なーんか、本当にすっごくアレな空気よねぇ?」
 嘘吐き男の空気を察するのが上手すぎるアーリアが呆れたような溜息を吐き出した。ともあれ、ローレット――或いはイレギュラーズの狙いが多少の違いこそあれ『双竜宝冠』の無事解決ならばこの場所に多くが集まったのは必然とも考えられる。
「いや、我々はね。便宜上『シン・チームサリュー』を名乗らせて頂きますが。
 きっとお眼鏡に叶う事かと思いますよ。どうせ御存知かとは思いますが……
 何せ、此方の剣豪小夜さんはかの斬人斬魔と幾度とやり合って『分けた』方。
 此方のすずなさんはリュクレース陣営に死牡丹梅泉と共についた伊東時雨の妹弟子です。
 そして僭越ながら私は、あのクリスチアン・バダンデールの後継を自称させて頂いておりましてね。
 どうです? 随分と頼りになる気がしませんかね?」
「ミロシュ殺害の嫌疑は黒いカラスも白くなりそうな伏魔殿で現状真贋を問うつもりはないわ。
 勿論、パトリスさんがやった、とも思っていない。やっていないとも思っていないけれど……
 そこはそういうものと思って頂戴な」
「正直を言えば状況はまだ五里霧中。まるではっきりした事は分かりません。
 しかしながら、少なからず身内も関わっているみたいですし――気になる名前も捨て置けない。
 ほんっとうに何もかも分かりませんが……やれるだけの事をやる事だけは約束しましょう」
「そりゃいいや。命を狙われてたら夜もぐっすり寝れないしね。
 困ってたんだよ、兄妹がなーんかすごい腕利きの暗殺者を雇った、なんて聞いたから、さ!」
 長広舌の営業マンに続いて言った小夜とすずなの言葉にパトリスはけらけらと笑い、クロードは小さく眉を動かした。
「……まあ、仕事をしてくれる分には歓迎するよ、特異運命座標。
 しかし、もう少し話を聞いてみたい所だな。我々の元を訪れたのは単に売値の問題かね?」
「正直を言えば、それだけではありません」
 クロードの問いにすずなが応じた。
「……と、言うと?」
「剣士として強い相手と鎬を削りたい、その観点でみるならこの場所が一番合理的だと思ったまでです」
 すずなの答えはパトリスやクロードがある程度の『事情』を察している前提でのものである。
「リュクレースを選ばなかったのは……」
「『ご存知の通り』姉弟子の所を選ばなかったのは、一緒にいる護衛に思う所がある為です」
「ああ、そういや恋敵なんだっけ」
 へらへらと笑ったパトリスは成る程、見た目程手ぬるい男では有り得なかった。
「モテるね、お姉さん」
「……あんまりうちのすずなを苛めないで頂戴な」
 憮然としたすずなを察し、パトリスを嗜めるように小夜が言った。
「究極的には私がそうしたいと言ったからよ。それで聞いてくれたのよ。
 色々訳知り顔なら、新田さんの性質もすずなの性格も分かるでしょう……?」
 語るに落ちたパトリスは「勿論」と頷き、クロードもまた「結構です」と頷いた。
 そこで控えていた和装の剣士の視線が小夜に絡んだ。
「では、我々は友軍という訳ですな」
「……そうなるかしら」
「私は新道具藤と申します――どうぞ、よしなに」
 目の見えない小夜は互いに視線をぶつける事は無いが、鋭敏な感覚は自身に向けられた気配をつぶさに感じ取っている。
「……何か?」
「いいえ」
 具藤は小さく首を振った。
「『或る知人に似ておりましたもので』」
 慇懃無礼と言える調子で頭を下げた具藤にすずなが目を細めた。
(剣片喰紋……シンドウ……まさかとは思ったけど、やっぱり知らない名前だわ)
(実を言えば――私の目的は貴方なんですよ、『シンドウ』さん)
 奇しくも小夜とすずなの思考は同じ方向を向いていた。
 小夜にとって切っても切れない縁を持つ『シンドウ』の名はすずなにとっても大きな気がかりだったと言える。
 先の『Paradise Lost』で切っ掛けを作ったとでも言うべき彼等は幻想の暗部にどっかりと腰を下ろし、『碌でもない稼業』に励んでいるに違いなかった。なればそんな輩が味方につくパトリスも知れた所はあるのだが、どの道見極めるのがすずなの目的に違いない。

 ――剣片喰紋に新藤。

 すずなは自身の髪の簪に触れてみた。
 新藤とは、すずなにとって最愛の小夜を裏切った『婚約者』の存在を意味する言葉である――
 目は見えぬが鋭敏な小夜が劇的な反応を起こしていない以上は『新道具藤』を名乗った剣士がその当人でない事は間違いない。
 第一、数百年以上の時を経て同じ時代からこの混沌に呼び寄せられる可能性の低さを考えればそんな運命の悪戯が簡単に転がるとも考え難い。
 首を振った小夜にすずなは一つ頷いた。
「可能な限り力を尽くすわ。同じ陣営として友誼の一つも深めていきましょう」
「はい。『目的は事件の解決と犠牲者を減らす事』ですからね。互いに信頼を持てれば仕事は尚更良く果たせるでしょう」
 小夜とすずなの言葉にパトリスはパチパチと拍手をし、
「少なくとも誠実であるのを示すために、ちゃんと雇われとしてお仕事しようってね。
 依頼をもらってるなら相手が何であれ仕事をする。そういうものでしょう? 新道さん!」
「勿論、それが『武士道』というものなれば」
 やや試すように水を向けた秋奈(トリックスター)に具藤は温い笑みを見せている。
「ああ、うん。ローレットの皆の十分分かったし納得したし――これから仲良く出来そうだね。
 他の人も似たような感じでいいのかな?」
 仕切り直したパトリスが残る面々に目を向ける。
「まあ。パトリス様の傘下には、様々な方が集まっておいでのようですから。自分もきっと仲間に入れて頂けると思った次第であります」
 言外に滲ませた『素性の良くない』を当然口にはせず、『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)が頷いた。
「……鉄帝国の軍人が僕の護衛何て随分頼もしい話じゃないか」
「『出稼ぎ』でありますよ。ご安心召され。
 政治的な意味はありません。あの皇帝陛下はそんな面倒臭い事を考える男じゃありませんから」
 成る程、『あの男』を語らせたらこのエッダの右に出る者は余り居ないだろう。
 パトリスもそれは疑っていないらしく「じゃ、呉越同舟って事で宜しく!」と片手を差し出した。
(――ハ。臭うな。饐えた臭いだ。
 獣どもが骨肉合い食むか、あるいはそうさせたい何かがいるのか!)
 半眼で差し出された握手を眺めたエッダの思考は一瞬だった。
 嘲笑じみた思考はおくびにも出さず、愛らしい美貌に笑顔を作り、
「お互い、良い仕事を致しましょう。……鋼の腕との握手はお嫌いかと思いましたが」
 実に如才のない洒落た冗句さえ添えて見せた。
(考えを知るために。知らねばならないのだ。匂いがするのだ。私と同じ、怒りの匂いが――)
 エッダ・フロールリジは常に祖国の為を思っている。
 そしてこの女傑は常にある種の怒りに燃えていた。
 彼女が敢えてパトリスを選んだのは彼に自身と似た『炎』を感じたからに他ならない。
(クネヒト・ループレヒトに協力を要請済みなれば。
 正に、幻想を向こうに回した、国家保全の為の重要な諜報任務だ。どう転ぶかは読めないが――)
 直接鉄帝国に関わる事件ではないとはいえ、かの機関もこの仕事ならば断わるまいと考える。
 同時に彼女もまた寛治と同じく――動機は違うが――祖国の為にこの争いの早期終結を望んではいないのだった。
(ミロシュ殿を殺した犯人は、直接手を下したのではなく配下の誰かに命じた筈だ。
 各派閥がどの程度の戦力を持っているか把握できれば、きっと推理の役に立つと思ったが……
 これは【猫の家】に届けられる情報量も取り分け多くなりそうだな)
『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)の見る限りパトリスは現状で一番底が見えない存在に見えていた。
(何とか力になってやりたい……正直な所、どうしてかは分からないが)
 弾正がこの事件に深く首を突っ込む事になったのは依頼人の一人であるマサムネ・フィッツバルディにただならぬ親近感を覚えたからだった。不思議と初めて会った気がしない。双子の弟を失った喪失感が埋まっていくような感覚は実に不思議なもので強く彼を動かす理由に十分だったと言える。
「これが運命なら、何としても彼の役に立ちたいものだ」
「優しいじゃない。弾正さん」
「まあ、な」
 弾正の口から零れた『彼』はパトリスの事では無かったが彼は都合の良い勘違いを訂正しない。
「役に立ちたい『から』聞いておくが……
 パトリス殿、俺達の他にはどの様な味方がついているんだ?
 万が一の時に誤解を産んだり、同士討ちになるリスクを考え、出来るだけその辺りは把握しておきたい」
 弾正の問いにパトリスとクロードは顔を見合わせた。
 答えを返したのはパトリスではなく咳払いをしたクロードだった。
「まず、少なからぬ貴族派がパトリス様を支持している、とは言っておく。
 しかしながらそれは他の後継者も同じ事だ。アベルト様に期待する者は多いし、フェリクス様には外様のファーレルが張り付いている。
 ……まあ、ファーレルだけではあるまいな。リシャールがそれを取りまとめていると考えた方が良いだろう」
「他には?」と先を促した弾正に言葉が続く。
「後はそこの新藤殿の組織が後援をしてくれる事となっている。
 彼等はまぁ……そうだな、『私兵集団』だ。義あってこの戦いに助太刀を申し出てくれた」
「良く言うよ」とは弾正は言わなかった。
 クロードはらしく『私兵集団』等と言っているが、『Paradise lost』の報告書を読む限りでもシンドウは強力な犯罪者集団であると推測出来る。
’(言うに事欠いて『義』ねえ……?)
 違法薬物を売りさばいて巨額に利益を上げるマフィアにそんなものがあるとは思えない。
(うちの『探偵』もこき使う必要があるかもな)
 互いにそれを理解しながら上っ面の言葉で話をするのは如何にもな腹芸の応酬と呼ぶ他はないだろう。
「……………」
 そしてその話に耳をそば立て、これからの動きを決めたのは『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)も同じであった。
(ボクは貴族はあまり好きじゃないですし、お家騒動とか本当、どうでも良いのですが……
 幻想という国に大きな影響を与えている今の状況なら、話は別です。
 ……まぁ、こんな国でも、生まれ育った所ですから。大混乱に陥ったり、この隙を突かれて国を失ったりはしたくないのですよ。
 今まで通り過ごせればそれでいいとも言えますけど……)
 短いやり取りと付き合いの中でも今パトリスが置かれている状況が『真っ当』である可能性は中々低いものと思われた。
 チェレンチィの知る限りクロード以下、恐らく彼を支える貴族派は『碌でない連中』だし、弾正にしろ誰にしろ理解している通り『シンドウ』は輪をかけて危険な連中である。
(それにしても、あんな風に考える良心的な方も居るんですね、フィッツバルディにも)
 彼女が依頼を受けたのはバーテン達の想いに応えたからという側面がかなり大きい。『この事件を何とか解決すること』が彼等とチェレンチィに通ずる最大の望みならば敢えて踏み込んだこの虎口は多くの問題と危険を孕んでいるように思えてならない。
(自分に出来ることはたかが知れてますが、それでも何かの切っ掛けに繋がることを信じて。
 護衛なり何なりしながら……後ろ暗い『本職』が同じなら、ボクなら多少は彼等に近付く事も出来るでしょう)
 暗殺を稼業としてきた故にチェレンチィは彼等の匂いと同種を持っている。
 シンドウなる連中がこの事件に何らかの関わりを持っているか、これから持つとするならば捨て置くべきではない。
 実際の所、彼等を探るに彼女以上の適任はあまりいないだろう。
(何を考えているのか、何をしようとしているのか。掴みに行きたいのはまさに『其処』)
 クールなポーカーフェイスを崩さず、考えを進めるチェレンチィの一方で同じような事を考えている――実に予想外の人物も居た。
(……まぁ、友軍同士でも完全な信頼を持てないのは世の常なのでせう。
 ましてや嘘吐きと嘘吐きの同盟等というもので胡坐をかけば寝首の一つもかかれようというもなのです)
 フィッツバルディ派の優等生はここまでは言葉数少なに、『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の視線はパトリスではなく――クロードの方を捉えていた。
 ヘイゼるが密かな提案を向けた先はこの場の主役たるパトリスではない。
 彼女は敢えて、一見して食えないクロードを相手に或る話を持ち掛けたのだ。
 それは即ち。

 ――グラスゴル様は……こうしてパトリス様を担ぐにしても、です。
   パトリス様とシンドウなる組織がどの程度の仲か。
   パトリス様が本当に手に負える事を考えているのか。シンドウの目的は何か。
   色々気になる事もあるのではないですか?
   情報は武器ですから、少しでも多くの流れを把握しておきませんと最悪の事態にもなりかねませんから。
   相手が相手なら手を打つのは当然だと思いませんか?

 クロードを相手にした協力交渉であった。
 クロードは実際の所、パトリスへの忠誠心等殆ど持ち合わせていないのは明白だ。
 彼はこの『双竜宝冠』事件で最も都合の良い神輿としてパトリスを選んだに他ならない。
 状況からある程度の博打を打っているのは確か、一蓮托生の協力をするのは間違いないが、彼にとっての最大の懸念事項は『パトリスが勝利したのに自身等が想定外の状況に陥る』事に他なるまい。
 ヘイゼルのアプローチはその点、合理的だった。
 他のイレギュラーズがあくまで『パトリスにつく』と公言する一方で彼女はまことしやかに囁いたものだ。「クロード様につきます」と。
 鵺の少女は実際の所、これまた酷く捉え所が無い。
 だが同時に尻尾も掴ませない彼女の経歴はやはり『優等生』である。
 長らくフィッツバルディ派として活躍していた彼女の事はクロードも良く知っていたらしく、『最悪』レイガルテが快復した時の橋渡しとしても有効と捉えられれば提案を彼が断わる理由は無かったのだろう。
 つまりヘイゼルはクロードからの情報をもとに新藤を調べるという訳だ。
 勿論、全幅に信頼出来る相手ではないがこのアプローチも中々面白いやり方と言えるだろう。
「はあ、本当に……息が詰まるって言うか、もうこの場が大概よね」
 渦巻く思索、笑顔と協力体制の裏に見え隠れする意志と思惑のぶつかり合い。
 全てを察している訳ではないだろうが『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)の言葉は心底しみじみとしたものだった。
「政治って、本当にできれば関わり合いになりたくない物の筆頭だわ。
 まぁ何もせずに内乱勃発ってなるのも嫌だし、仕方ない。見えてる地雷を踏みに行くのも私(タンク)の役目よね」
 イリスは「私は難しい話よりも貴方を守る事に注力するけど」とパトリスに告げる。
「『契約違反』が無い限りは安心してくれていい。その為に来たからね」
 例えばパトリスが真犯人であるならば話は別という事だ。
 イリスはミロシュの暗殺事件について公爵家の誰かが黒幕とするならば、実行犯と強い信頼関係が存在すると考えていた。
 露見すれば極めて後のない行為に及んだ者が居る以上は、損得で動くにも限度があると考えている。
 無論、金で何でも請け負う連中が居ないとは限らないが、そういった連中に依頼をする事は自身の弱味を晒す事にも等しいだろう。
 都合のいいプロフェッショナルが買えれば最良だろうが、アーベントロートでもあるまいし、公子程度の立場で子飼いがいるかと言えば微妙である。
(……それで、シンドウか。まぁ、私は彼(パトリス)が犯人だとは思っていないのだけど)
 リュクレースの顔を頭に思い浮かべ、イリスは嘆息した。
 自身を含め優秀なイレギュラーズは捜査の網を大きく広げるだろう。
 それで分かる事があるのは確実だが、それが間に合うかどうかはやはり別問題にも思われた。
 このメフ・メフィート――幻想伏魔殿の何処かに犯人が潜んでいるとするならば、見たくないものを見せられる可能性は次の瞬間にも否めない。
「……で、色々皆考える事とか悩みとかはあると思うけど。
 私は貴族らしい貴族って苦手だから、貴方を守りに来たのよね。
 何て言うか……そう、丁度姉妹喧嘩の経験もある事だしね」
 他の陣営以上にとぐろを巻く警戒の距離感に何度目かアーリアが苦笑した。
「護衛に警戒、事件の調査。やる事はきっと多いけど、しっかりと進めていきましょ。
 まぁ、生憎と私は護衛も調査も得意とは言えないけど、ね?」
 煮詰まっていた空気を攪拌するにアーリアの軽妙な言葉と華やかさは丁度良かった。
 善悪是非は兎も角としてぶつかり合う思惑の重量は部屋の空気を必要以上に重くしていたからだ。
 誰かがさっき言った通り、現時点ではパトリスは容疑者の一人に過ぎず、同時にその身に危険を抱えた護衛対象に他ならない。
 腹に幾つも何かを抱えたクロードも、明らかに碌でもない新藤もパトリス陣営の友軍である事に間違いはないのだ。
「パトリスさん、モノは相談なんだけど――」
 アーリアはあくまでバーテン達の『依頼』を受けた存在だ。
 だが、彼女一流の手管は当然そんな事を思わせない。
「――とびきり安全で安心なバーがあるのだけど、いかが?
 一番奥の席はね、借り物だけど私の特等席なのよねぇ」
「トゥデイ・トゥモローか!
 暫くブルーノにも会ってないな。確かにあそこならとびきりだけど……」
 社交的なのは本当の姿なのだろう。
 明らかに先程までよりも気を楽にしたパトリスに「流石に許可出来ませんな」とクロードが告げた。
「意地悪ねぇ。けち」
 拗ねたように言ったアーリアだが半ばそれは予想していたに違いない。
 何せ『一応』パトリスは護衛対象だ。幻想最高級のバーであったとしても中々外を出歩ける身の上ではない。
 故に美女は二の矢を放つ。
 悟らせず探り、探らずにもっと知るその為に――
「じゃあ、代わりに何処かの部屋で、ね。
 どちらにしても色々内緒で――ああ、私って何時も金髪の男は憎めない性質なのよねぇ……」
 ――パトリスだけに聞こえるように囁いた。

●リュクレース邸
(……恐らくこの依頼を受けた人間の中で俺程不純な人間は他に居ないだろうな)
 興奮気味に兄達への怒りと不満をまくしたてるリュクレース・フィッツバルディを前にして鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)は内心だけで自嘲気味にそう呟いていた。
 ベルナルドが幻想の内乱、最有力貴族フィッツバルディの御家騒動解決の依頼を受けたのは偏に聖教国ネメシスに今も在る『拘束の聖女』ことアネモネ・バードケージの為であった。彼女と彼の関係を一言で表すのは難しい。
(あいつは幼馴染で姉で、初恋の相手で……最悪の天敵で、きっと今は……)
 狡猾で残忍、気まぐれで無茶をする女を本気で憎んだ事は数知れない。
 実際の所アネモネが『やらかした』事を考えれば今も天義で神職を務めている事が奇跡のようにも思われた。
(だから、俺は……)
『その時』が来た時、彼女が逃げ延びる場所を作らねばならないと考えていた。
 口さがなく罵った事もあったし、本気で嫌っていた時期があったのも事実だったが、何の事は無い。
 特異運命座標に選ばれて鳥籠を脱出したベルナルドは『失って初めてアネモネへの想いに気付き直した』という訳だ。
 相手がそうであるのと同じように――何て馬鹿馬鹿しい話だろうとは思ってみても。
「……聞いておりますの!? ベルナルドさん!」
「あ、ああ……聞いている」
 突然飛んできた危うい流れ弾にベルナルドは苦笑した。
 最悪の事態が起きた時、幻想への強いコネクションを用意する為には今回の依頼の失敗は許されない。
 少なくともあのレイガルテ公ならば、世話になった分位は返してくれるのは間違いないのだから。
「可能な限り無血で決着させ、フィッツバルディ家の弱体化を防ぐ。
 兄達には言いたい事もあるだろうが……アンタとしてもそれは悪い決着じゃあ無いんだろう?」
「むぐ……!」
 真っ直ぐそう言われれば素直に頷き難いのかリュクレースは何とも微妙な顔をした。
 リュクレースは顔色一つ変えずに兄を排除する程には極まっていないのだ。
(……まあ、お傍仕えには同情するけどな)
『竜剣』シラス(p3p004421)は内心で呟いて肩を竦めた。
 暗殺等という心休まらぬ非日常が彼女に強烈なストレスを与えている事は明白だった。
 シラスは相棒とも言うべき『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)、更には酒で釣った……もとい大いなる友情の為に馳せ参じた『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)と共にリュクレースの陣営に加わっていた。
(ホントに同情するしかないよな……両方に)
 シラスが見てきた光景は酷くナーバスになったリュクレースに滅茶苦茶に詰られる家人の姿である。
 貴族主義の極まったフィッツバルディが少なからず気を遣う人間が少ないのは知れた話だが、その例外にあるイレギュラーズの立場から眺めれば精神が酷く不安定になったリュクレースの八つ当たりを受ける彼等はまさに『気の毒』だった。
 勿論、少女の歳でこれ程のプレッシャーを受けねばならない彼女もまた同じくであるのだが――
「……やっぱりちょっと心配だね」
「ああ」
 囁くように言ったフォルトゥナリアにシラスは頷いた。
 フォルトゥナリアにシラス、アレクシア、ヴァレーリヤ、ベルナルドにヲルト……
 他陣営の様子は知れないが、考え方は様々なれどリュクレースの元に集まったイレギュラーズは粒揃いだ。
 だが、そんな頼もしい面々を得て尚、リュクレースはかなり追い詰められている。
 その焦りは梅泉を招聘するといった行為に現れているとも言えるだろう。
 梅泉と時雨の二人はこの場に非ず邸宅を警戒していると言うが、彼等を良く知るイレギュラーズは彼等を信用し切っていない。
 実力が、ではない。裏切る心配……でもない。それはいざ強敵を目のあたりにして優先順位をつけた時、彼等が護衛に徹するかどうかの問題である。
 要するに彼等は『守る』事に元来そう熱心ではないと考えられているし、大きく間違ってはいないだろう。
「……もう。そんなに荒ぶらなくても宜しいじゃありませんの!
 貴女の元に参じたのはかの幻想の『勇者』でしてよ?
 ……お父様からもお話は聞いているのではなくて?」
「それは……そうですけれど」
「ふふん、ならば大船に乗ったつもりでお任せ下さいまし! ただし、晩酌は妥協しませんからね!」
 ヴァレーリヤは間違いなく本気だったがリュクレースは彼女の言い様を自分を励ます冗談と受け止めたらしかった。
「まぁ……」
「……そうだね、でも言わなくていいからね、シラス君」
 彼女は一分の隙も無く本気でシラスもアレクシアもそれを完全に察知していたが好意的な誤解は解かないに越した事は無いだろう。
「こういう時に焦って思い込んで動けば、策を巡らす人の思う壺、でしょう?」
「それは……分かっているのですけれど……」
 優しく諭すように言ったアレクシアにリュクレースは罰が悪い顔で小さく頷いた。
 陽だまりのような、或いは柔らかい風のような彼女の淡い笑みは誰もに安心感を与えてくれる。
「それにしても……話を聞く限りでも、いよいよ策謀渦巻く、って感じだねえ……
 正直あまり得意な分野ではないのだけど……」
「確かにお家騒動……あんまりピンと来ませんのよねえ。
 まあでもアレクシアがいるし、シラスは内戦の時に助けてくれたし、お酒もくれるみたいなので頑張りましょうね!」
「うーん。実際、悪者がバーンって出てきてさあ戦えーって言うならかかってこい、って感じなんだけどね」
 ヴァレーリヤの言葉に溜息を吐いたアレクシアはこれまでの事を考えた。
 リュクレースの調子は見ての通りであり、かなり不安定で感情的になっている姿が印象的だ。
 或いは芝居を打っているという可能性も無くは無いのだが、直感で言うならばその可能性は極めて低いようにも思われた。
 そういう意味においてアレクシアがここにやって来た事は正解にも思われる。
 彼女は犠牲を出したくないのだ。取り分け、罪のない誰かが傷付くのは何としても避けたいと思っている――
「幻想が荒れればそれだけ苦しむ人も増える。それは望むべくことではないもの。
 できる限りのことをやるしかない。それは間違いないけどね」
「ああ」
 アレクシアの言葉にシラスが強く頷いた。
 幻想に蔓延る貴族主義はシラスが最も憎んだ『醜悪な怪物』に他ならない。
 彼はフィッツバルディ派として活動しながら常に二律相反を感じずにはいられなかった。
「……………」
 レイガルテ・フォン・フィッツバルディは紛れなくシラスの恩人である。
 強く、賢明で王器を持つかの老人は彼にとって間違いなく特別な人間だった。
 されど、彼はシラスが憎み続けてきた『幻想』の権化でもある。
 複雑な想いを何とか一息に飲み込んでシラスは言う。
「俺達が貴女をお守りしようと思ったのは簡単です。貴女は公のご意志を拝察なさり、それを重んじるでしょうからね」
「それは勿論」
「俺のことはご存じでしょう、しかし俺は実際の所、通り一遍以上に貴女を知りません」
「……」
「事件に直接関わる事かは知れませんが、貴女は公を『父』と呼ぶ。
 しかしながら、失礼を承知で言うのなら戸籍上に貴女と公の親子関係を証明する記録は無い筈だ。
 ……無礼は承知、失礼千万も承知の上。あくまで非常事態の話とお受け止め頂きたい。
 確かな御血筋であるとお示し頂く事は出来ますか?」
 下手に嗅ぎ回る位なら直線的に、そう考えたシラスは己が野心を隠してはいない。
(フィッツバルディに違いないが半端な傍系では話にならない。
 この国で何より意味があるのはアイオンの血、その濃さだからな――)
 事件を解決したい。それは本当だ。しかし同時に勝ち馬に乗らねばならないという強烈な意志もハッキリしている。
「……………」
 アレクシアはそんな彼に――それでも何も言わなかった。
 彼女は彼を知っている。十分に知っている。
 彼がどうして生きてきたか、彼が何を思っているのかを理解している。
(……だから、『でも』)
 アレクシアがちらりと様子を窺ったリュクレースはと言えば、同じ以上に難しい顔をして唇をきつく引き結んでいた。
(ああ……)
 シラスに言わせればそれを知る事は信頼関係の構築、基礎的な問題だったと言えるだろう。
 しかしながら『蝶よ花よ』のお姫様――リュクレースにそれをそう受け止めろと求めるのは些か無謀だったやも知れない。
 明らかに表情を強張らせ、先程とは打って変わって態度を硬化させた彼女にシラスは内心で溜息を吐き出した。
(……仕方ない。ローザミスティカにでも謁見して……その辺りも探ってみるしかないな)
 野良犬は命のやり取りにまで到ってある種のプライドを捨て切れないお姫様を冷笑している。
「まぁ、色々あるんだろうさ。『その辺り』は」
「ええ、そんな事は良いではありませんの!」
 いいタイミングでベルナルドが嘴を挟み、険悪な空気を強引に切り替えてくれたのはヴァレーリヤの言葉だった。
 彼女を連れてきた事はその人柄の一事を以っても正解だったと言えるだろう。
「ちょっと皆でお茶しませんこと? 関係を深めておくのって、意外と馬鹿にならないと聞きましてよ。
 色々、お互いに知りたい事ばかりですわよね。そんな唇を滑らかにするのは何時の世も大した事の無い積み重ねに違いありませんわ!」
「そりゃあいいな」
 ベルナルドは頷いた。
 やれ調査だ、やれ政治だはヴァレーリヤにとって遠い話かも知れない。
「例えばそう、何故リュクレースが後継者になりたいかとか! 私、とっても興味が御座いましてよ!
 ね? いいでしょう。代わりに私がマリィの財布を呑みつくした伝説の武勇伝を教えて差し上げますわよ!!!」
 しかし直感的な彼女はここで必要な事を誰よりも分かっていたと言えるかも知れなかった。
 彼女は彼女だから真っ直ぐに単純な事実が見えていた。
「……まあ、少しだけなら」
「じゃあ、執事の人にお願いして……」
 硬直した表情に幾分か人心地を取り戻したリュクレースにアレクシアは微笑んだ。
「……うん、大丈夫だよ。別にすぐに話してくれなくても大丈夫だから。
 私達を信じられるようになったら、色々教えて欲しい。事件の事も、それ以外の事も……ね。
 捜査やこれからの事も、きっと力になれるから――」
 そんな風に言ったアレクシアにシラスは胸が詰まった気がした。

●それぞれの捜査
「普通に考えれば幻想だけの問題……
 でも他国から干渉された可能性もあるんじゃないかなって思ってたんだよね」
『双竜宝冠』の解決に動き出した『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は幻想ではなく天義に居た。
 元々は天義の出身である彼女の事である。それは故郷に戻ったに過ぎないのだが、会話の相手は実に驚くべき予想外の人物であった。
「今の天義が何かするってことはないと思うけど……
 逃亡したエルベルト・アブレウは結局捕まってない。
 あの男なら懲りずに何か行おうとしてる可能性だって否定出来ないからね。
 ……それに私がフィッツバルディ派の皆と行動しているのは、幻想と天義で争いを起こさせない為だから!
 こういう時に別の視点から調査することが私の役割かなって思うんだ」
 スティアがカフェテリアで向かい合うその相手は――
「――ね、フウガお兄さん?
 役に立ちそうな情報を教えてくれたらサクラちゃんの機嫌取っておいてあげるんだけどなー!
 この辺で可愛い妹の信頼回復とかしておかない?」
 ――封魔忍軍の頭領であるフウガ・ロウライト。即ちあのサクラの実兄その人であった。
「……はあ、本当に性質の悪い頼み方しやがるな」
 げんなりしたように言ったフウガはスティアとは旧知の仲である。
 妹の親友がオリハルコンで出来ている事を知っているし、かなり『いい性格』をしているのも承知の上だ。
『Paradise Lost』ではローレットに敵対し、行く手を邪魔した結果サクラにかなり怒られた彼は事件で大損をした一人である。
「フィッツバルディ派の特定の誰かに肩入れはできないけど……
 内乱が起こって一番被害を受けるのは力無き民達。そんなに事態になるのは嫌だからね!
 天義の聖職者としては見過ごせないよ。幻想も、この国も」
『コンフィズリーの不正義』に代表されるかつての天義の事件は誰もの胸にも突き刺さり続ける棘だった。
 スティアが口にしたエルベルト・アブレウなる政治の怪物はかつての天義の不幸を産み出し続けていた元凶である。
 彼が関わっているならば事件は二国を跨ぐ可能性すら高くなるのは明らかだった。
「個人的にはエルベルトの仕業じゃあ無いと思うがな。
 ……と、言うのもこっちも一応この国を良くしようと思って暴れてきた経緯があるからな。
 奴の足取りは追いかけ続けて来た訳だ。滅多な動きをしたらこっちが始末を付ける所だろう?」
「そっか」と頷いたスティアにフウガは続けた。
「だが」
「だが!」
「件の事件について当たる価値がある所にはちっとは見当がつく」
「……それは?」
「元・クライアントさ。死んでねえんだろ、あの邪悪ハム」
「……あ」
「エルベルトが天義の悪魔なら、ありゃあ幻想の悪魔だろ。
 下手すりゃ犯人まであるなら、何とか捕まえりゃ少しは話が見えてくるかも知れないぜ」
「天義に影響がありそうな話ならお前の所のヴェロニカにでも伝えるよ」と結んだフウガは念を押すようにスティアに言った。
「サクラにはちゃんと言っとけよ。フウガ兄が色々良くしてくれたって……」



「黄金双竜が如何になろうと興味は無いのですが……
 それで鉄帝と同じ有様となっては笑い話にもなりませんからね」
「……笑えないし、想像もしたくない事態ですわね」
 薔薇の邸宅のお茶会は些か剣呑な話題を乗せていた。
 至高の青薔薇ことリーゼロッテ・アーベントロートとその従者なのか恋人なのか。
 何とも複雑な関係を見せる美少女――レジーナ・カームバンクルが共に時間を過ごす事は珍しい事では無い。
「だから、今日は騒がしいお話になっておりますのね」
 アーベントロートは『Paradise lost』で受けた痛手とフィッツバルディへの『借り』から今回の混乱を抑止しようという動きを見せていた。とはいえ三大貴族の一角であるアーベントロートが下手に動けば内戦が加速する可能性は高い事からその動きは静かなものに留まっている状態だ。
 リーゼロッテが口にした『騒がしいお話』とは先程邸宅を訪れたドラマとマリエッタの存在を指している。
 二人は連れ立って現れた訳ではないが、似たような動機でアーベントロート邸を訪れたのだ。
 それはつまり……
「……本当に困った人ですこと」
 ……リーゼロッテにそう言わしめる彼女の父の情報を求めて、である。
「パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロート! 本当に最悪の魔術師です……!」
 リーゼロッテに懇願してアーベントロートの書庫を漁るドラマは徹底的に文献を探索し、パウルの為したアベルトへの呪術の正体を掴まんと躍起になっていた。アベルトの魔法医として主治医に近いポジションを得ている彼女は『他よりマシ』な彼の治療を進めるべく藁にも縋る想いでここに来た。
(……ええ、そりゃあ簡単に見つかるとは思っていませんとも。
 何故なら『魔術師は成果を秘匿するもの』ですからね!)
 ドラマは自分がパウルなら、と考える。
 余人が見つけられる所にその秘儀を記すかと言えば断じてNOだ。
 性格最悪ながら誰よりも魔術師らしく超一流の鴉殿がそんな事をするとは思えない。
(分かってますけど、そんな事は――)
 猛烈な勢いでページをめくるドラマに丁度書庫に降りて来たマリエッタが声を掛けた。
「……あの、呪いについてもそうなのですが。
 ええ、パウルさん。彼はアーベントロートの家で長年人を見てきた……この事件についても何かを知っている可能性も高いかと。
 彼はあの時、殺したとは感じられなかった。ならば彼とお話してみるのはどうでしょうか?」
「……はい?」
 鳩が豆鉄砲を喰らったようなドラマはさて置き。
 マリエッタがアーベントロート邸を訪れた理由は『パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートと対話をする為』であった。
 奇しくもそれはスティアが告げられたアイデアに同じくである。
「素直に吐くかとか、色々置いておいても……どうやってお話をするのです?」
「それはサッパリ分かりませんけど」
 マリエッタは幽かな苦笑いを浮かべた。
 知っていそうな人間に聞けば良い、は真理でも――実現するのは容易くない。
 普通なら、普通の相手ならば。或いはそこに利害関係の一致が無かったなら――

 ――何だ、魔術師君達。僕とそんなにお話をしたかったのカ。

「!?」
「――!?」
 顔色を変えた美貌が二つ。虚空には声だけが響いている。

 ――いいとも。君達の願いを幾らか叶えてやるのは吝かでもない。
   少し、そう。ほんの簡単な話だ。僕の頼みを聞いてくれるというならネ!



 ――女だてらに! どうしてお前がそこまでをする必要がある!?

 繰り返された𠮟責が自分を愛しているからだという事を知っている。
 ロギア・フィルティスは失ってしまったエルメリアの分まで、自分の幸せを祈っている事を知っている。
 だが、アルテミア・フィルティスはアルテミア・フィルティス以外の何者にもなれなかった。
 彼女は誰に嘘を吐けたとしても、結局は自分を騙し切る事等出来はしないのだ。
(直なところ、フィッツバルディ家をだれが継ごうが私には無関係。
 でも、幻想が混乱に陥る事だけは幻想貴族に連なる者として、フィルティス家の人間として看過できないわ――)
 他のイレギュラーズと異なり『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)が単身で調査に赴いたのは、フィッツバルディの中でも最も悪名高いレイガルテの実弟――フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディの領地だった。
(状況は予断を許さないほど最悪とはいえ……
 まだギリギリ取り返しがつかない段階ではない。なら、可能な限りの手は尽くさないと。
 ……お祖父様はやっぱり良い顔はしないでしょうけれど、ね)
 貴族社会の一員でありフィルティスの令嬢であるアルテミアはフィゾルテの事も良く知っていた。
 彼は悪辣な性質でありながら慎重にして狡猾な男である。
(早期の解決に向けて渦中の各有力候補者の内に入って対応するのが順当なのは分かる。
 でも、それだけでどうにかなるとは限らないし、外からの干渉が無いとは限らない……)
 フィッツバルディの御家騒動に彼が首を突っ込んだなら事態は加速的に悪化するのは間違いない。
(良い噂は聞かないし、表立って候補者として名は上がっていないけれど血筋は間違いないわ。
 今、フィゾルテが水面下で何をしているのかを今後に備えて調べておく必要がある)
 彼が動かない理由は大方、レイガルテの様子を窺ってのものと考えられるがタイムリミットが迫っているのは明白だった。
 今動いてなかったとしても、何時かは動く。
 否、既に動いているが誰も察知出来ていないだけなのかも知れない。
 そう考えたなら、アルテミアの為すべきは一つしか無かったのである。
(フィゾルテに接触を図っている貴族や商人、その他個人の有無。
 フィゾルテの保有する兵力、或いは集めている兵力の動き。
 そして、フィゾルテの領で不審な影や事件がここ最近で起こっていないか)
 かくて平凡な女冒険者に扮したアルテミアが調べるべき事は実に多岐に渡る。
「……正直、目が回りそうね」
 思わず一人ごちたアルテミアは気合を入れ直すように背筋を伸ばした。
 国の為、誰かの為。そう思えばその身には力が沸いてくるのを感じていた。
 物陰から、そんな彼女を見張る何者かが居るのにも気付かずに――



「今回もローレットから仕事を受けつつ、練達00機関のオーダーもこなす感じでスか。
 まーったく、あの給料でこの仕事はやってらんないスね……」
 圧し掛かるプレッシャーに憂鬱にぼやきながら『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)は手元の資料を纏めていた。
 相も変わらず忙しいダブルフェイスは幻想なる大国の屋台骨を揺るがすこの事件でも利害調整を必須に求められていた。
(……『練達に圧力を』とか考えかねないタカ派が後継者候補の中にいるのか?
 うーん、無いとは思いまスが……これ。『各々の思想も当然のように確実に調べとけ』って事なんでしょうね……)
 後継候補達の性質は或る程度は表からも見て取れる。
 一人目、アベルト・フィッツバルディ。
 彼はレイガルテのフォロワーである。良くも悪くもレイガルテ路線から大きな転換はない。
 能力的には黄金双竜と比べれば小粒感は否めないが、逆にやりやすくなるだろうからこれは全く問題ない。
 二人目、ミロシュ・コルビク・フィッツバルディ。
 死人である。コルビク家はかなりきな臭い状態になっているから注意は必要と思われた。
 三人目、フェリクス・イロール・フィッツバルディ。
 どちらかと言えば善良なタイプに思われた。悪意も問題も無いだろうが、悪意も問題も無く不測の事態を引き起こす事だけは否めない。
 四人目、パトリス・フィッツバルディ。
 かなり厄介なトリックスターである。良くも悪くも政治的圧力を掛けるタイプではないがもたらす混乱がプラスになるとは考え難い。
 五人目、リュクレース・フィッツバルディ……
「……まぁ、圧力とかそういう意味ではダークホース的に厄介かも知れないっスね」
 リュクレースもまたレイガルテのフォロワーだが、彼女はアベルトよりは『独自解釈』が多いタイプと思われた。
「ああ……はぁ……これどうしましょうかね……
 もういっそマルク氏の担ぐ候補でも応援しちゃいましょうか?
 いや、かなり投げっぱなしの他力本願っスけど、そこはそれマルク氏ですし……」
 美咲の悩みは深かった。

●『お父様』
 お父様――レイガルテ・フォン・フィッツバルディという巨人が何を望んでいるかは知れていた。
 勇者王に連なる幻想で最大の高貴を現代まで連綿と繋ぐ至高の血統はそれに相応しい能力を望んでいた筈だ。
 歴代のフィッツバルディ当主は個人差こそあれど皆優秀であり、その権勢を次代へ繋ぎ続けてきた。
 それは現当主たるお父様も同じであり、次代の当主たる何者かにも当然求められる絶対であった。

『黄金双竜なる宝冠は相応しい者の頭上にのみ輝くべきものなのだ』。

 ……私は努力し続けてきた心算である。
 女たる身でお父様の跡を継げる目は元々殆ど無かったのだけれど。
 作法に習熟し、社交に励み、軍略を読み解き、政治を学んだ。
 元よりその努力は実を結ばない筈のものだったけれど、正直それでも私には関係が無かったのだ。

 ――リュクレース。

 厳めしい顔はそのままに、厳しい声色もそのままに。

 ――また一番だったのか。まぁ、フィッツバルディとしては当然の事ではあるが……

 唯、頭に置かれた手の温もりが心地良かった。

 ――当然であっても功績は功績だ。お前は本当に優秀なのだな?

 髪を撫でる『お父様の感触』は常にかけがえのないものだった。

 お父様が居れば満ち足りる。
 お父様が御機嫌ならばそれでいい。
 お父様が私に期待をかけてくれる事が、望まれ求められ応える事が何よりも嬉しい!

 ……他人に言わせれば私のお父様への想いは歪なものであったかも知れない。
 余人からすれば理解の及ばない話なのかも知れない。
 だが、それは私にとって『何ら疑問のない事実』以外の何物でもない。
 私の母は貴族では無く、レイガルテ様のメイドをしていたという。
 彼女は私を産んだ時の予後が悪く亡くなってしまったと後に聞かされた。
 お父様は捨て置いた所でどうという事もない赤ん坊に尊敬出来る養父(デュドネ様)を用意し、最高の教育環境を与えてくれた。
 リュクレース・フィッツバルディは紛れなくレイガルテ・フォン・フィッツバルディの血筋に違いないが、その出自は幻想の伏魔殿でおいそれと口に出来るようなものではない。『ご落胤』と言えば聞こえは良いが、貴族社会における私生児の扱いなんてものは何処までいっても救われまい。生活の面倒を見て貰えれば御の字で、多くの場合はもっと『碌でもない』……場合によっては殺されてしまってもおかしくはない存在である事を、結果的に貴族社会の一員となり、大人になった私は嫌という程思い知っていた。
 お父様は幻想の最高権力者だが、お父様には味方と同じ位敵も多い。
 私のような存在はお父様にとって足枷になる事はあってもプラスになる事は無かっただろう。
 例えば企みに巻き込まれかかった時、お父様に助ける意味なんて無かったに違いない。
 単純な愛情を除いては。『私が大切だったという単純事実を除いては』。

 ――お父様。

 ――どうした、リュクレース。

 ――十六の贈り物をおねだりしても宜しいでしょうか?

 ――何でも言ってみせよ。

 ――私は、その……

 ――竜は臆せぬものだがな。

 ――人前で、お父様とお呼びしても良いでしょうか……?

「そんな事を」とお父様は笑い飛ばした。

 ――構わぬ。お前は良く応えた故。
   黄金双竜に違わず、その係累を名乗るに相応しく修めた故にな。
   気高く世界を見よ。フィッツバルディらしく、堂々と道を行け。
   お前がどう思うかは知れぬが、お前は間違いなくわしの娘故にな。

 ……だから、私はお父様に応えなければならない。
 我が身に掛けて頂いた愛情と期待をお返しせねばならない。
 私はリュクレース。リュクレース・フィッツバルディ。
 輝かしき黄金双竜の血を引く、お父様の娘に違いないから!

●たった、それだけの事
「外じゃ」
 その夜、異変の始まりは死牡丹梅泉の短い一言からだった。
「時雨、来い。主等は――娘を何とかせい」
 時雨に続き、イレギュラーズにも。
 端的にして有無を言わせぬ命令と彼の猛然とした動きは同時だった。
「旦那がその様子じゃ……只事じゃねえな?」
「恐らくはな。『手に負えぬ者』が沸いて出た」
 出て行った梅泉達の様子は知れぬ。
 戦いが起きたのか、それとも起きなかったのか。
 戻っては来ない。釘付けにされているのか、それとも既に敗れたのか。

 ざわざわ、ざわざわと梢が揺れる。
 吹き付ける生温い風に揺れていた。

 身を焦がし、心を蝕む呪いが大きく鎌首をもたげていた。
 誰にも分かるハッキリとした異変は見えないのに、気付く――存在しないのに誰にも知覚出来る強烈な悪意の訪れを告げていた。
「……大丈夫だよ」
「絶対に守るから」とアレクシアは言った。
「ええ、何が出てきても――とっちめて差し上げますわ!」
 腕をぶしたヴァレーリヤが力強くそう言った。
 しかし。
 ざわざわ、ざわざわと悪意が揺れる。
 邸宅に渦巻く感情がどんどんどんどん強くなる。
 猜疑心が、怒りが、不安が、憎悪が、拒絶がどんどんどんどん強くなる――
「こりゃあ……何かが狂ってやがるぜ」
 ベルナルドは恐らくその恐怖を知っていた。
「……っ、まさかとは思ったけど……っ……!」
 フォルトゥナリアはそれに似た何かを肌で感じた事があった。
 それは人智の外にある何かを思わせるに十分だった。
(何処から来る……!?)
 梅泉達すらあてにならないなら、自分達が最後の砦なのは分かっていた。
 それは気配だけに過ぎなかったけれど、まるで誰もを嘲笑しているようですらあった。
 最悪の性質を何ら隠していなかった。
 それは些細な事だったに違いない。
 誰もそんな事を思わない。誰もそんな結末を望んでいない。
 そうならなければいけない訳では無かった。
 そうならない道も十分に残されていた。
 ただ、たったそれだけの事。
 リュクレースはただ、耐え切る事が出来なかった。
 自分が頼んだ『最強』の護衛は既に離れ、刹那の時間は無限にも感じる程に彼女を苛んだから。
 常人には耐えられなかっただけだ。
 歴戦の戦士でも心を削られるような強烈な重圧に。
「……貴方達! 私を守りなさい!」
 リュクレースは吸い寄せられるように『最善』を実行したに過ぎない。
 彼女の思った『最善』を。そして実際に起きる『最悪』を。
 合理的な考えではなく唯そこにある恐怖から逃れたいと思う本能を。
「――待って……!?」
 アレクシアが声を上げた時は既に遅く。
 リュクレースは自身の供を連れてその場を離れた――正しくは『離れようとした』。
 その瞬間。赤く血色の花が咲き、彼女の胸に刃が突き立てられていた。
「はは、はははははは……」
「どうして」と問う事も出来ずに崩れ落ちた彼女の見つめていたのは自身の頼んだ騎士だった。
 彼は笑いながら自分の頸を掻き切った。
 辺りには夥しい量の血がばら撒かれ、惨劇の夜は麗しき美少女の死を笑っていた――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

アルテミア・フィルティス(p3p001981)[不明]
銀青の戦乙女

あとがき

 YAMIDEITEIっす。
 色々こうなった理由はあるんですが、むしろ物語的には面白い方向に転がったかなという感。
 個別あとがきで様々な情報が出ています。

 次回開催をお待ち下さい。
 シナリオ、お疲れ様でした。

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