シナリオ詳細
再び、ワンデスボローの昨夜。
オープニング
●
前進する勇気。後退する勇気。そして、立ち止まる勇気。
● ローレットへの依頼……のその後
《鉄帝》を取り巻く状況は、極めて不安定だ。
王が挿げ替えられ、現出した不均衡が新たな争いを産み出している。
そんな《鉄帝》で発生したとある依頼案件をこなした特異運命座標達は、次の任務へと向かうその道すがらで、《幻想》郊外に位置する、栄えた港街に立ち寄った。
街の名は、ワンデスボロー。
陽は沈み、夜の帳が降り始める。
温泉を有するこの街に、暖かな街灯がポツポツと灯り、昼間とは異なる夜独特の活気が現れてきた。
特異運命座標達は、今日はこの街で宿を取り、一時の休息を迎える。
宿で仲間と共に語らう者。
海辺で黄昏る者。
温泉で身体を癒す者。
バーでグラスを傾ける者。
きっと、その過ごし方は、各々異なるのであろう。
だから今回も、そんな昨夜の話をしよう。
- 再び、ワンデスボローの昨夜。完了
- GM名いかるが
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年10月30日 22時05分
- 参加人数48/∞人
- 相談9日
- 参加費50RC
参加者 : 48 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(48人)
リプレイ
● 宿屋のお話
# 枕投げ大会のお話
(最近は、鉄帝関係の動きもあって以前より周囲がピリピリしているしな)
フーガは自分たちを取り巻く状況を考慮し、息抜きも兼ねて今回の枕投げ大会を企画した。結果として大部屋をそれなりに埋め尽くす多くの友人が集まった一大イベントとなっていた。
「枕投げはやったことがないんですけれど……、取り合えず枕を投げればいいんですよね?」
涼花が小首を傾げると、フーガが頷く。
「ルールは簡単、お互い枕を投げ合い続け、弱音を吐いたり居眠りしたら負けだ。
日頃の鬱憤を枕に込めて投げるんだぞ……無論、怪我をしない程度に!」
「枕投げは初めてですが、やるからには全力でやりますわよ」
そういって黒いドレスの裾を持ち上げカーテシーをするレイア。つられてクロエも「私も頑張ります!」と対照的に気合を入れながらスカートの裾を摘まみカーテシーをして軽くお辞儀をする。
(……ここのところスイーツを満喫していましたので、その、女の子的に少々まずい状況--、なので。
枕投げで適度な運動を頑張って色々と発散しようと思います!)
ふんすと気合を入れた望乃。その横で、
「怪我しない程度に思いっきり枕を投げればいいんだね?
それじゃあ、投げるよお。そーれっ」
そう言ってアレンから放たれた枕はーーそこそこの勢いで鏡禍の顔面に直撃した。
「わぷっ!? ……なるほど、こうやって投げ合うのですね。
よくわかりました。ーーでは、遠慮なく投げさせてもらいますよ!」
鏡禍から思いのほか強烈な枕がクロエへ向かう。
「きゃあ。もう、お返しですよ……!
あんまり痛くしないように投げますね。そ~れ」
今度はレイアが枕を受けると、静かにほくそ笑む。
「やったことはないですが、こちらは飛行種!
天井まで飛んでみせれば……!」
そう言って空中から枕を投げると望乃が「はわわ!」と受け身を取る。
「わ、わわっ! 右からも左からも枕が飛んできて避けきれません……!
こうなったら枕の精霊さんにお願いして必殺の光速枕アタックです!」
「……ってちょっと、佐倉さん! 精霊に声をかけるのは反則では!?」
「おいおいおい、段々カオスになってきたぞ……なら、おいらも奥の手だ!」
鏡禍が動揺したかのように叫ぶと、フーガはにやりと口角を上げる。
「幽霊たち、手伝ってくれ! くらえー!」
「甘いのです、私も飛行できるのですよ」
フーガの奥の手に、遂にクロエまでが飛行を始めると、鏡禍はもうお手上げとばかりに枕をぼこすこか喰らう。
「フーガさんもずるいですよ! って空飛ぶのもずるいです!
僕全然そういう小細工できないんですってば! わーーー!?」
最早”枕投げ大戦”と云っていい程の様相に、アレンは苦笑する。
「枕投げってこんな感じなんだね。覚えておこう……。
しかし、僕も負けてられないなあ。よーし、僕も……あ、しまった」
「むぅ、思っていたより難しいですね……でも楽しいです!」
そう言って涼花がにこにこと微笑む。その横では望乃が「ふみゃーっ!」と枕に埋もれながら、もふもふの枕を堪能する。
「たまにはみんなでわいわいするのは楽しいものだね」
「ええ、ほんとに。皆さんと楽しめてすごく嬉しいです。また楽しくできたらいいですね」
アレンの言葉に鏡禍がそう答えると、クロエも首肯する。
「きっとまた、こうして遊べますよ。大丈夫、私達はーー仲間なんですから」
「演技も中々通じないのですね!
もう正々堂々やるしかないのですわね〜おりゃ〜!」
「よし、受けて立つぞー!」
レイアの枕を受けて楽し気に投げ返すフーガ。
愉快な枕投げ大会は、夜深くまで続くのであったーー。
# ある相部屋の話
男性の方は女性に背を向け肘枕で寝転がり、蜜柑の皮を嚙み潰したような表情である一方、色女の方は可笑しそうに微笑んで、その男の様子を眺めていた。
「お宿の手違いで、一緒のお部屋になってしもたけど……。
こないな日があってもええやない?」
ガシガシと無言で頭を掻くだけで返事をした縁は内心で嘆息する。
(まさか、”夫婦に間違われる”とはなぁ……)
ーー悪いな、こんなおっさんに捕まったと思われちまって。平時ならきっと滑り出てくるそんな軽口すら出てこないほどに縁は動揺していた。
「そや、随分豪華な部屋風呂も付いとるやないの。一風呂浴びて、諦めて来なさったら?
ーーなんなら、お背中を流しても?」
途端、ごほごほと咳込む縁。
「背……っ!
あのなぁ……からかいなさんなって何度言やぁ……!」
そう言って漸く振り返った縁の視線に映った蜻蛉の表情に言葉が詰まっていると、
「まぁ、出会った頃の縁さんやったら、お部屋から出てかれてしもてたやろし」
「……随分な言われようだことで――ふがっ…!?」
「ほんまの事やないの」
「……だから困るのさ」
縁は、知らず低くなった呟きを誤魔化すように鼻を摘み返す。
「んんっ、ちょっと!」
思わず摘まみ返された蜻蛉は身を捩って逃げると、不意にその唇を縁のそれに寄せてーー。
「……お預け」
「……っ!」
そう言って身体を話す蜻蛉の姿に、縁はまた頭を掻く。
ーーもう今は、どうやって距離を取っていたかさえ思い出せねぇってのに。
# 夫婦水入らずのお話
「あー、大浴場もあるのか此処」
浴室内でルナールが呟いたその声がくぐもって響くと、ルーキスが頷く。
「大浴場も悪くないけど、折角なら夫婦二人でね」
「……うむ」
ルナールが少しだけぎこちなく頷いた。なんだかんだ言って、これ以上なくお似合いの夫婦である。
内心で、前回の訪問を思い返すと、もう四年も前のことであった。
「……で、お兄さんは髪洗うの大丈夫? それ、邪魔じゃない?」
「んー? 邪魔じゃないが……。
たまに髪が引っ掛かって痛い位だぞ?」
「そうか。仕方ないから先達の私が手伝ってあげよう。
これが増えただけで思ったより洗うの大変なんだよね」
「--うん?
ルーキスがーー洗うのか??」
どことなく強引に、ルーキスがルナールの頭を洗い始める。若干戸惑い気味だったルナールは、すぐに目を閉じて、大人しくルーキスの指遣いに身を任せた。
「あとはのんびり温まって疲れを取ろうか」
洗い終えてもこもこの泡で覆われたルナールの頭に、お湯を掛けて流しながらルーキスが呟く。
目を閉じたまま、ルナールは頷いた。
「そうだな。
上がったら、酒でも飲もう。--あぁ、勿論二人でな?」
「うん、折角の休日だからね。たまには二人でグラスを傾けるのも悪くない」
しばし湯船で身体を癒した二人は、自室に戻り、夜更けまで静かに酒杯を酌み交わしたのであった。
# ある個室の話
(大浴場だと、オイラの性別もバレてしまうからなあ)
客室に備え付けの露天風呂に浸かりながら、ほう、と溜息を吐くアンリ。大柄な身長に整った顔立ちのアンリは、透き通るように白い素肌から水を滴らせて湯船から出ると、洗面所で身体を拭いて部屋へと戻る。
「よしよし」
旅のお供であるドラネコは、アンリの姿を認めるとトコトコと近づいてくる。アンリは頭を撫でて腕に迎えた。そのまま布団に潜り、ごろごろと過ごす。
「まあ大変な雰囲気になっては来てるけど、オイラはよく分かんないし、やる事になったらそれをやるだけだよね」
ーーお父さんじゃないけどさ。独り言ちたアンリは、そのまま眠りに落ちていった。
その部屋からは夜景がよく見える。暖かな店々の灯と暗い海、喧騒とノスタルジーを同時に感じさせてくれた。
バクルドは窓の枠に腰掛けその光景に目を向けていた。左手に煙草、右手には酒瓶。
「中々悪くない。
--それに今日は、夜風もあって心地いいもんだ」
そのまま時が過ぎゆくのも気にせず、街並みを眺める。
いつしかぽつぽつと灯りも消え、街は少しずつ眠りに入る。
その景色に満足したバクルドは、日の出まで酒を飲み明かすことにした。
(なに、放浪は目的もあてもない旅だ。もう一泊ぐらいしても問題ねぇ。
……そういえば俺の知り合いもこの街にいると聞いたな)
ぐいと杯を飲み干し、星々を映し出す夜空を見上げる。
「--彼奴等も星でも見てるのかねぇ」
● 宿屋のお話
# 夏草の話
「ヤッホ、タイム姫。お待たせしちゃったかしら~?」
軽妙な夏子の声に、頭上の月を見上げていたタイムは視線を落とした。
「ふふ、夏子さん。今日はどうしたの?」
「少し肌寒いし、タイムちゃんお酒好きでしょ。だから良いの見繕ってきたよ。
アルコール度数は弱いけど、ちゃんと美味しいお酒~。ハイ乾杯~」
「ん、お酒? ありがと。
……実は体が冷えちゃってて、丁度よかった」
タイムは夏子からグラスを受け取ると満たされた液体で唇を湿らせる。それでもまだ肌寒そうな様子のタイムを見て、夏子は砂浜のベンチを見遣る。
「丁度休めそうなトコもあるし、座ろっか。……で、ここ、おいで」
夏子が指さしたのは自分の足の間。タイムは一瞬顔を固まらせたが、指示されるがまま夏子の懐に収まった。
タイムの身体が火照ってきているのを、夏子は分かっている。タイムは努めてそれを隠そうとしていたが。
(こんな風にされて喜ぶの、わたしだけよ? わかってるのかなあ、もう。
ーーわたしだけの夏子さんでいてほしいのに)
タイムが内心でそう独り言ちると、再度月を見上げる。
「綺麗ね」
「ん~、確かにーータイムちゃんもね」
ーーああ、やっぱりダメだ。
火照った身体は、今では最早、燃え盛る炎の様に。
全てが絡み合い混ざり合った恋慕が、ただただ、波の音に攫われてーー。
# 優しい世界の話
「夜の海は飲み込まれそうな怖さがあるけれど、水面が月を映していると、闇の中に光の道が示されたみたいだ」
静かな夜の海を眺めていたマルクがそう呟くと、隣のリンディスがマルクの横顔を見遣る。
「光の道……ですか。それは、沈んでしまった人をまた導きなおす、蜘蛛の糸なのかもしれませんね」
リンディスのその表現に、マルクは視線を海へと戻す。
夏に二人で眺めたシレンツィオの海も、今は戦いの舞台になり、鉄帝は戦乱の中で冬を迎えようとしている。
リンディスはそんなマルクの胸中が分かってしまった。
「――夏が過ぎて、色々と変わりゆく。訪れる戦いの中で、いくつもの傷の中で。
変わらずにいられるもの、どうしても変わってしまうものがあるのでしょう」
「そうだね。
……でも、月の光は、闇の先に道が続いている事を示してくれているのかもしれない」
マルクはそっとリンディスの手を握る。
「世界がさ、もう少しだけ優しくなれば、いいのにね」
「そう――ですね。いつか、もっとみんなが笑顔でいられる世界ができたなら」
それは、君が傍に居てくれる暖かさにも似ていて。
それは、あなたの笑顔の暖かさにも似ていて。
ーー静かな祈りが、月夜に溶けていく。
# 散歩の話
(……お月様もお星様も綺麗、だね)
今日が晴れた夜でよかった。頭上に輝く宝石に目を細めながら、祝音は海辺に腰を降ろしていた。
最近の鉄帝方面での動乱に少しでも力を……と動いている祝音は、練達の再現性東京にあまり帰れていないことが、頭の片隅で気に掛かっていた。
(けれど、こうやってのんびりできる所があるのは……嬉しい)
そんなことを考えていると、何処かから可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。人懐こそうな黒猫が一匹、腹でも空かせたのだろうか、祝音の元に近づいてきた。
……触っても大丈夫だろうか。おずおずと差し出した祝音の掌に、黒猫はすりすりと頬を当てた。祝音は嬉しそうに猫を撫でる。
「猫さん達は、幸せに過ごしてね。みゃー」
鉄帝にも、砂浜はあるのだろうか。
彼らもこんな風に穏やかに過ごせる日を取り戻してほしい。
--その為にも、頑張ろう。
少し肌寒いが心地よい風が吹き、ジョシュアの絹のような柔らかい髪が嫋いだ。
せっかくの休息の夜だが、どうも寝付けなかった。
(いくら出身地であるとはいえ、鉄帝という国に対して、愛国心と呼べるものはないと思っていましたが……)
実際、祖国とはいえ、鉄帝では嫌な思い出ばかりが残っている。
けれど、今の混乱渦巻く祖国に対して、胸騒ぎが止まらない。
かつての街並みは、今、どうなっているのだろうか。
(……だけど、僕の手なんて借りたくないとまた拒否されてしまったら?)
話はまた最初に戻ってくる。自分はどうしたいのか、どうするべきなのか……。
ジョシュアの優し気な瞳には戸惑いな色が映り。
彼は、刻々と変わりゆく眼前の漣をじっと眺めていた。
# 宝石の話
酒瓶を抱え、月光の下、波の音を背景に酒を嗜んでいる美女--シキは、頭上の月を見上げた。
たまには一人でゆっくりと月見酒も悪くない。愉快な仲間たちに囲まれた日常から切り離された非日常。……だからなのか、思わず自分の身体を見下ろした。
(……この身体は、いずれ宝石になる。
それまでに、あとどれくらい、大切な人たちと一緒にいられるだろうーー)
刻々と病に蝕まれていくこの身体。日常が彩られていけばいくほど、いつかは失われてしまうその結末を意識させられる。
(せめて私のすべてが宝石となったとき、誰かが泣いてしまわないように。
訪れる終焉の今際のその時まで、私は、私に出来ることを全力でやろう)
--いつか滅び逝く、この身体なら。
私を蝕むのは、幸せな微笑みでいい。
シキは酒で満たされたグラスを月に掲げる。
「--彼らが未来まで、ずっと笑っていますように」
● 温泉のお話
# 天空の話
「アイリスもミーナも、とても綺麗よね」
レイリーが二人の姿を眺めながら呟く。湯船の淵に両腕を乗せその上に顎を置いたミーナは、ふうと一息つくと、レイリーを呆れたような目で見遣った。
「いや、私なんざ可愛くも綺麗でもねーよ。二人の方がよっぽどだ」
そんなミーナに向ってアイリスが「そんなことないよー」と湯船の中から笑顔で声を挙げる。
「ミーナもレイリーも綺麗だよ〜?」
「……ありがとう。二人の素直な気持ちが嬉しい。
今日くらいはゆっくり温泉を楽しみましょう」
アイリスとミーナのやり取りを眺めながら首肯するレイリー。月光に照らされた二人の髪が妖艶で、正しく眼福だった。
(私は二人ともとても好きで、側にいられて何より幸せ。
皆も、両手に花っていう気分だったら嬉しいけど……)
レイリーが内心で独り言ちていると、ミーナが口を開く。
「そういや毎回っていうほどに温泉いって結局騒ぐことになるけど。
なんでだろうなぁ、アイリス?」
ミーナがアイリスに問いかけるが、先ほどまでの所にアイリスが居ない。
「あれ、アイリス? ……何で背中に?」
レイリーとミーナの背中に悪寒が走る。
そして。
「え~い!」
アイリスは身体をレイリーとミーナに密着させて抱き着いた。ミーナは「ひゃっ!?」と平時では聞けないであろう上擦った声色をあげる。
「こ、こら、アイリス! 今回はゆっくりするって……!」
「私は言ってないよ~!」
アイリスは口の付いているその掌をミーナの胸部へ回すとミーナの口から声ならぬ声が漏れる。そして、もう片方の手はレイリーへと忍び寄っていた。
「……あ、く、くすぐったいって」
そういってレイリーが身を捩らせると、アイリスの手から逃れようと横に居たミーナに思わず抱き着つく形になりーーふいに、その唇がミーナのそれに触れた。
「グ、グウゼンダヨー」
「あ、ずるい! 私も!」
「んなわけあるか、アイリスもやめろって!
……夜は覚えてろよ!」
どこか満更でもないミーナの様子にレイリーが笑う。
「--今夜も楽しもうね、ミーナ、アイリス」
# 淑女の話
「皆は此処、初めて?」
アーリアがそう問いかけると、
「そうですね。私はここに来るのは初めて、ですねぇ」
正純がそういって首を振り、続けて、隣のブレンダも同じく首を横に振った。
「私もだ。幻想にもこんなところがあるのだな。
知っていたら、もう少し早く来たかったな」
「そっかぁ、私は前に一度、偶然立ち寄ったことがあってね。懐かしいわぁ。
ーーえぇっと、あれは、もう何年前になるのかしら。いち、に、さん……よ、四年前?!」
アーリアは思わず声を挙げ、月日の流れの速さに驚愕した。
「そりゃあこうして年も取るわよねぇ……!
私なんかもう来年三十よ、三十! もうどうしましょ!」
アーリアの悲痛な言葉に「それを言えば私も、そんなに変わりはしないよ」とブレンダが苦笑して続ける。
「しかし、アーリア殿がここへ来たのは四年前、か。私はまだこの世界に来ていない頃だ。
当時何をしていたかすら曖昧だが、今ではこうして共に温泉に入る仲の友人もできた。
もう少しこういう場所を探した方がいいかもしれないな」
ブレンダの言葉に、正純が頷く。
「そうですね。各地を飛び回ることはあっても、こうやってのんびりする目的で来るのは数える程ですから。
折角ですし、今日くらいはのんびりと羽を休めさせていただきましょう」
言い終えて正純が「--あ、ね、年齢の話は気にしなくてもいいかと……」と続けると、アーリアは頬を膨らませた。そしてすぐに「冗談よ」と破顔して続ける。
「四年前には一人で入っていた温泉に、今は友達と来られているんだもの。
流れる時間も、悪くないわ」
「そうですね。忙しなく過ぎる時の中で、こうして皆さんと仲良く出来たことはとても幸運な、……ふふ、我ながら堅苦しいですね」
「いや、そんなことはない。私も、心の底からそう思うよ」
アーリアの言葉を受けた正純の感想に、ブレンダが頷く。そんな穏やかな空間に、正純は湯船の中に深く浸かり思考する。
(……まるで今、各地で起こっている動乱が夢かまぼろしなのではないかと思えてしまうほどに)
顔を湯の上にあげると、正純は満月を見上げた。
--身体に疾るのは、鈍い痛み。
ギフトの後遺症、星鎖痕が以前よりも軽くなっている。そして星の声も、昔より弱くなっている。
(昔の私ならきっと、お風呂なんかより、星の声を優先した。
……良くも悪くも私自身、変わってきているのかな)
ブレンダはそんな正純の様子を見、心地よい湯の温度に身を任せて瞼を閉じる。
(本当にこの世界へ来てよかったと、今ではそう思える。
いつかは帰らなければいけない身ではあるが、ここで学んだことは本当に多い)
--なんて、難しいことを考えるのも悪くはないが、今日はせっかく羽を伸ばしに来たのだ、これくらいにしておこう。
アーリアはそんな二人の様子を眺めると、腕を伸して視線を滑らせる。
(この四年、必要であれば人も殺したし。
もう、この身体に刻まれた、いくつもの小さな傷は消えないけれど。
……それでも、歩いていかなきゃいけないのよね)
腕を湯船の中に戻す。気付けば皆、何か思い思いに物思いに耽っているが、そんな無言ですら心地好い関係に、アーリアは小さな幸せを噛み締めた。
「ふふ、けれど、みーんな初めて会った時とは印象が変わってきたわよねぇ。
恋する乙女になったり、思ったよりお茶目ってわかったり!」
「こ、恋する乙女といいながら私の方を見るんじゃあない!」
アーリアの悪戯っぽいその言葉に、ブレンダは思わず頬を赤くさせながら目を開けるとお湯をアーリアへと掛けた。
「その反応がそもそも、って感じよねぇ。
疲れも傷も癒せたし、お部屋に戻ってお酒でも飲みましょ!
ーー夜はまだまだ長いもの、話したいことはいっぱいあるもの!」
「くっ、まあいい……。しかし、部屋で酒盛りか、望むところだ!
女だけでなければできない話もあることだ。ふっふっふ、存分に楽しもうではないか」
「お酒、ですか。こんな夜です、今日くらいは酔うまで飲んでみるのもいいですね。
ーーぜひ、皆さんの話をたくさん聞かせてくださいね」
こうして、淑女たちの夜はまだまだ続くのであった。
# 女湯の話
(以前もここの温泉を利用させてもらいましたが。
確かそのときに一緒に入ってた人は「ここの温泉は美肌成分多め……」と言っていましたね)
リディアは四年前にもこの温泉を訪れていた。お湯の中で腕を擦ると、つるつると気持ちいい。美肌効果は変わっていないようだ。
そして、視線を身体へと落とす。
(……以前利用したときと比べて、身体的には成長したと思うのですけど)
特に胸元には、四年前にはなかった谷間ができていて内心で喜ぶ。
(まだまだ魔法少女を続けていくためにもお肌はしっかりケアしてつるつるスベスベを維持したいものです)
そう気合を入れてリディアだが、もう一人の女性が同じ湯船に入ってくる。
長く美しい金髪を纏めたルル家だ。……だがどこか思い詰めているのか、どこか浮かない顔で湯船に身体を漬けると、ようやく顔を緩めた。
「はぁ~、日頃の疲れが湯に溶けるようですぅ」
心地よい湯に思わず身体を弛緩させる。そして肌の様子を確認する。
「戦闘を重ねている割には、肌に傷が残っていないのは幸いですね……」
客観的に見ても美しい容姿のルル家だが、嘗てはそんなことに気を遣うことなどはなかった。--そう、”想い人”が出来るまでは……。
(……いや、勿論わかっています遮那くんが拙者に傷があろうがなかろうが大切にしてくれるし綺麗とか可愛いとか言ってくれるしそれは置いておいて女の子としては好きな人の前では一番綺麗な自分でいたいと言うか……!)
ルル家の頭が悲鳴をあげる。混乱する思考回路を一旦落ち着けようと顔を半分お湯に沈め「はぁ……何やってるんでしょうね拙者」と独り言ちた。
ふと、その視線の先にはリディア。……もっというと胸部。
「やはり、ああいうのが殿方には好ましいのでしょうか……」
「……?」
謎の視線に思わず首を傾げるリディア。
その後も女子二人は美肌の湯をしっかりと堪能したのであった。
● バーのお話
# 情報屋たちの話
「結局落ち着いたのは夜になっちゃったね」
「そうだね。いつの間にかこんな時間だ」
ハリエットの言葉にギルオスが思わず空を見上げれば夜空。情報屋でもある二人がそれぞれに得た情報を互いに整頓していたら、こんな時間になってしまったのだ。ハリエットは懐中時計を取り出して、時間を確認した。
「折角だから、バーで一杯どうかな? 私はノンアルコールだけど。
ああ、前みたいに酔ったら宿まで送っていくから」
「……ハハハ。今回は酔いつぶれる気はないよ。今日は適度に押さえておこうかな」
苦笑したギルオスはバーの扉を開け、ハリエットを店内にエスコートする。カウンターの席につくと、ギルオスは一瞬逡巡して「僕はジンフィズ、彼女にはアクアマリンをお願いします。あと、お勧めの魚介料理も適当に」とオーダーする。少しすると料理とともにグラスが運ばれてくる。
「今日もお疲れ様、乾杯」
「ハリエットもね、乾杯」
二人はグラスを当てて静かに鳴らすと、カクテルで唇を湿らせる。
「……この前のとは違うけど、これも甘くて美味しい。
それに、透き通るような水色が、綺麗」
「なにせ青色は”神の色”だからね。どんなに手を伸ばしても届かない、空の色。
転じて、神聖と高貴を象徴する色--うん、よく似合っているよ」
ギルオスは「料理も美味しい。港町だからかな?」と続ける。その様子を、ハリエットはただただ愛おしい気持ちで胸を一杯にして、眺めた。
……こんな穏やかすぎる時間だから。
「この時間がね」
貴方は、笑うかな。
「とても、好き」
ハリエットから思わず漏れ出た言葉。ギルオスは少し驚いたようにハリエットの顔を見つめ返すと、すぐに微笑んだ。
「――あぁ。僕も、好きだよ」
それは――偽らざる、ギルオスの心の底からの言葉だった。
# 主従の話
「偶にはこういった場所もどうだろうか」
「御主人様がご要望されるのであれば、なんなりと。それに、確かに良い経験になりそうです」
ベネディクトの提案にリュティスが首肯する。店内に入ると落ち着いた雰囲気だが静かすぎることもなく、過ごしやすそうな店だ。
「リュティスはお酒はあまり飲まなかったか?」
「お酒は……そういえば飲んだことがありませんね。
弱いものであれば、一杯だけご相伴いたしましょうか」
「俺もそんなに強いものは飲めないからな。一杯だけ付き合ってもらうか」
ベネディクトは「軽めの食事と、アルコール度数は低めのカクテルをお任せで。--今日は我が従者との外出でね、楽しい時間を過ごす事が出来れば良いなと思ってこの店に足を運んだんだ」とマスターに告げる。「それは大変光栄にございます、少々お待ちください」とマスターが答えた。
「ダージリン・クーラーです。紅茶のリキュールを使ったカクテルで度数も低く、さっぱりとした味わいで飲みやすいです」
ベネディクトは運ばれてきたグラスを手にするとリュティスへと向ける。
「それじゃあ、乾杯。付き合って貰っているお礼だ、気になる料理があれば遠慮なくな」
「ええ、そのつもりです。御主人様も気に入った料理があれば言って下さいね」
そういって二人はグラスに口をつける。まるでレモンティーのようなそのすっきりとした味わいに、二人は思わず舌鼓を打った。
# それぞれの話
グレイルが以前にワンデスボローを訪ねたときも、このバーに立ち寄っていた。
「お帰りなさいませ。以前はプッシーキャットを召し上がられましたね。本日はいかがなさいますか」
「……今回は……アルコール有りで……おまかせで何かお願いしようかな……。
……苦いのが苦手だから……甘いものだと嬉しいかも……。
あとは……軽い食べ物も……」
「承知いたしました」
にこりと笑ったマスターはすぐにカクテルを作る。
「ブルー・コラーダです。ココナッツのまろやかさとパイナップルジュースの甘酸っぱさが特徴で、とても飲みやすいです。それに、鮮やかな青色が、お客様にお似合いですね」
グレイルはグラスに口をつける。爽やかで甘い味に「……美味しい……」と呟いた。
グレイルが静かにグラスを傾けている背後で、「オウ、ここだここだ、この店だ!」と大きな声が聞こえてくる。
「潰れてなくて何よりだぜ。
あん時は……何だったか、誰かとしこたま飲んだ記憶はあるが、さて、忘れちまったな」
グドルフはその豪快な体躯をどすんとボックス席に降ろすと、「どいつもこいつも、顔すら見せに来やがらねえもんでな……」とぽつり呟く。
「オウ、マスター、酒を持って来な。何でもいい、ガツンと来るやつだ」
「かしこまりました」
グドルフの様子にマスターも笑みを浮かべてバックバーへ向かう。
「シャルトリューズのエリキシル・ヴェジェタルです。お客様ならストレートでもよろしいかと」
グドルフは瓶のまま酒を口にすると、確かに強烈なアルコール度数。だが、植物の霊薬と呼ばれるだけあって口当たりは柔らかく身体中に活気が漲ってくるのが分かった。
死にゆくものも、離れたものも、消えていった者もいる。後ろを振り返ってもあるのは軌跡だけだ。
(--感傷に浸るなんざらしくねえ)
グドルフは瓶を空にすると「もう一本だ」と追加する。
こんな時は、ガンガン飲んでさっさと寝る。これに限るのだから。
● 街でのお話
# 四葉姉妹の話
「最近、周りから私たちのこと、四姉妹だとか言われるようになってるみたいだな」
ムエンがそう口火を切ると、ユーフォニーが「マリエッタさんが長女で、私が次女で、ムエンさんが三女で、セレナさんが末っ子、って言われているそうですよ」と可笑しそうに返した。
「四姉妹って呼ばれるの、ちょっとくすぐったいけど、私は結構嬉しいわ。
四人でお出掛けもとっても楽しみだし、……こういう経験ってあんまり無かったから」
セレナの返答にマリエッタは微笑むと、その視線の先にあるものに気付く。
「あら……セレナさん、アクセサリーショップに興味があるんです?」
「お土産にお揃いのものとか、ちょっと欲しいなって……」
「それはいいな。セレナの提案に賛成だ」
セレナのそんな要望にムエンが頷くと、早速近くのお店に入る四人。
色とりどりに輝くアクセサリーに、皆の目が一段と色めきだった。
「アクセサリー、どれも綺麗で迷っちゃいます……!」
ユーフォニーがそう言って目を輝かせると、ムエンも頷く。
「……確かにな。近くでみると本当に綺麗だ」
「皆さんに似合いそうなものもたくさんですね」
マリエッタがそう言うと「マリエッタさんにも、どれもすごく似合うと思いますよ?」とユーフォニーが返す。
「あっ、このハートのアクセサリーとかどうかしら。
こうして四つ合わせると……四つ葉のクローバーみたいじゃない?」
セレナの言葉にほかの三人が集まってくる。
「四葉のクローバーか。確か、練達の方では見つけたら幸せになれるとか聞いたな」
「ふふ、四人の”心”を繋ぐもの、繋がりのお守り、なぁんて考えても良いかもしれませんね」
ムエンに続けてユーフォニーがそう言うと「そう、幸運の象徴!これにしましょ!」とセレナは嬉しそうに笑った。
「あとは色だが……私はこのピンク色の宝石があしらわれた物を。
……マリエッタにはこの翠の宝石はどうだろう?」
ムエンがその翠色のアクセサリーをあてると、マリエッタも「翠ですか? 皆さんにはそう見えるのですね、とっても嬉しいです」と頬を緩めた。
その後、ユーフォニーは青色、セレナが紫色のものを選ぶと、四色が揃った。
「翠にピンクに青……みんなの瞳の色ね。四姉妹に、幸運が訪れますように、ね?
--この四つ葉が、何があっても、わたし達を繋いでくれるわ」
店を出ると、セレナはそう言って早速アクセサリーを身に着ける。
「そうだな、四人の大切な思い出だ。これから先、何があっても一緒だぞ」
「ありがとうございます。……この思い出、ちゃんと覚えておきます」
「そうですよ、何があっても一緒です!」
そういったユーフォニーは「どうかしましたか?」とマリエッタに問う。「何でもないです」と答えたマリエッタのその表情の機微を理解したのは、流石四姉妹だからか。
(……何があっても、忘れない様に)
マリエッタはアクセサリーをぎゅっと握りしめた。
# 雲雀の話
「しかし、秋も深まってきたな……そういやこっちでは何とかの秋とか言うんだったか。
俺は秋についてはてんでわからん。参考までにアンタの”何とかの秋”っての教えてくれよ?」
ジェラルドは、隣を歩くアルエットに尋ねた。
「秋? 私が育った場所は冬が長くて秋ってあんまり分からなかったかな。
でも、収穫の時期があったから、それが多分秋なんだと思うの」
答えたアルエットだったが、賑わう人込みに直ぐに紛れてしまいそうになるので、ジェラルドは思わず彼女の手を取る。
「……?」
「……アンタも立派なレディなんだ、だからこれは、そのーーエスコート、ってやつさ」
少し気恥しそうに続けたジェラルドだったが、アルエットも微笑んでその手を握り返す。アルエットはジェラルドのそんな優しいところが好きで、お友達になったのだ。
「育ったところは、夜は真っ暗になってしまうから、冬はすごく寒くていつも震えてたわ。
……えへへ、ちょっと寂しくなっちゃったけど、ジェラルドさんと手を繋いで居れば寂しくないね」
「こんなことで紛れるのなら、何時だって構わねぇさ」
アルエットにとって、ジェラルドと過ごす時間は、他に代えがたい楽しみの時間であった。そしてそれは、ジェラルドにとっても同じことが云えるのであった。
しばらく二人で賑やかな店先を見て回ると、「あとは皆に土産でも買ってければ良いんだが」とジェラルドが言った。
「しかし、土産もんってのはやたら悩んじまうんだよな……。
なぁ、アンタが一緒に決めてくれないか?」
「それはいいけれど、せっかくだから、私たち二人のお土産も買いたいの。
……これなんかどうかしら。ジェラルドさんの髪の色と一緒ね」
「アンタが良いなら、俺は構わねぇよ」
そういってジェラルドは二人分のお土産を買って、店を出る。アルエットは早速、そのキーホルダーを鞄に取り付けた。--秋の紅葉を象ったキーホルダー。それは秋を知らぬ二人が、ここで見つけた秋の形だった。
(ジェラルドさんと、この先もずっと友達で居られますように)
そう願うアルエットの横で、ジェラルドも満更ではない表情でそのキーホルダーを眺めるのであった。
# 食い倒れの話
「美味しそうな屋台がたくさん並んでいるのでーす!
これは食いしん坊の血が騒いでしまいまーす!!」
とフフォレがテンションを上げる横で、ことはるがホットワインを取り扱う屋台を見つけると「フーちゃん! こっちでっす!」と触手でフフォレの手を握り、屋台の方へと歩いていく。
「ホットワイン? それは美味しいのでーすかー?」
「今日は少し肌寒いでっすし、温泉とホットワインは相性が良いのでおすすめでっすよ」
「まあ、はるるがお勧めするのですから、飲んでみるのでーす!」
ホットワインを堪能したフフォレは「はるる!」と声をあげる。
「わたしは、わたしの顔より大きいお菓子が食べたいでーす!
あまーーーいのがいいでーす! はるるは何が食べたいでーすかー?」
「フーちゃんの顔より大きくて甘いスイーツでっすか? 面白そうでっすね!」
そういって楽し気にことはるは歩き出す。初めて来る場所で人通りも多いので、フフォレは引き続きことはるの触手と手を繋いでおく。
「夜は長いでっすから、のんびり散策しながら街ぶら開始でっす!
食いだおれまっすよー!」
「もちろんでーす!
今夜ははるると一緒に、ワンデスボローを味わいつくすのでーす!」
# スカートの話
「ミニ、ロング、フレア……。
スカートひとつでどれだけ種類あるんだ? 長さが違うだけで全部同じにしか見えない……」
立ち寄った服屋で、トールは溜息を吐いていた。
(うぅっ、本当は男なだけに自分の場違い感が凄い……。
それに元の世界じゃ制服が当たり前だったから、オシャレって全然経験ないんだよな)
そんなトールの姿を見かねたのか、店員が声をかける。
「何かお探しですか?」
「いっ……いや、特に何かってわけじゃない……んですが、スカートとか」
「でしたらこちらなどどうでしょう? プリーツデザインがアクセントのロングスカートです。使いまわしもしやすいですよ」
緑がかったグレイの色調のスカート。確かに綺麗なこともあるが、店員のおススメを断るわけにもいかず……。
「あ……じゃあ、それ、買います」
# 香水の話
四年前に此処を訪れていたスティアは、当時は枕投げに興じていたことを思い出していた。多感な時期を経て、スティアも幾らか大人になった。
今見て回っているのもマニキュアや香水だ。
(イルちゃんは暖色系、サクラちゃんは寒色系かな?)
香水のコーナーになると、魅力的な匂いが漂ってくる。折角だから店員さんに選んで貰おう、とスティアが近くの女性に声を掛けると快く引き受けてくれた。
「お客様は透明感と気高さ、そしてその中にある優しさのイメージを感じましたので、こちらなど如何でしょうか」
「……あ、良い香り!」
瓶から漂うのは、さり気なく漂う、透明感のある桃の匂い。
続いて、うっすらと含まれる優しいバニラ香。
優しいのに、何処か儚い香りーー。
上品で爽やかだが甘さもあるその香りに、スティアはお土産として買うことを決めたのだった。
# 魔具の話
その懐かしい街並みを見渡して、ああ、まだこの思い出は残っているのだな、とアレクシアは胸を撫でおろした。
ーーいつかこの記憶も、零れ落ちていくのだろうか。
そんな感傷が自身を突き動かしたのか。今日は形に残る何かを買おう、と決めたアレクシアはとある店に入る。
(折角だから、何か魔術に使えるものがいいのだけれど)
ふと目に留まったのは指輪。死と再生、無限、永遠、循環を示す蛇を象った彫りが特徴的で、そして。
「そのアジュールの宝石は、ワンデスボロー近郊で採掘されたものなんですよ。
嘗て魔力も秘めていたとか。色味も、お客様にもお似合いですね」
店員のその言葉に、アレクシアはその指輪を買うことにした。
私が忘れてしまっても、指輪と共に想い出が残るように。
集めた想い出が、いつか”私”を遺してくれるようにーー。
# 猫の話
遅めの夕ご飯を調達しに街へ繰り出していた望は、屋台で売られていた海鮮物の鉄板焼きが名物らしく、出来立てを詰めて貰い上機嫌で帰路についていた。
ーーが。
「……あっ……!」
急に右手に感じた引力--気が付けば夕ご飯を奪った野良猫が、眼前を通り過ぎて行った。
「ま、まってよ~! 僕の夕ご飯、うぅ……」
望は半泣きで野良猫を追いかける。そして、狭い路地の奥、ようやく追い詰めた野良猫は、--子猫を庇う様に、望を威嚇した。野良猫は、我が子のために餌を探していた親猫だったのだ。
「……う〜、仕方ないなぁ」
それを見た望はそう言って踵を返す。
(プリンならいくらでも創り出せるしね……。
健やかに育ってね、子猫ちゃん)
「あー、腹減っター。どっかの店でまだやってるとこねーかナー」
深夜の路地裏、腹を空かせた"ねこ"(壱和)が一匹。
宿にはありつけたが晩御飯を食べ損ねた。ふと傍らに目をやると、美味しそうな海鮮焼きを食べる野良猫の家族。野良猫の方がマシな食事にありつけてるってのも皮肉なものだ。
しかし、そろそろ日付も変わる時刻だというのに、表通りの喧騒がここまで聞こえてくる。相も変わらず賑やかな街だ。
「……っと、ラッキー! まだやってるとこあんじゃン」
裏路地でひっそりと営まれている、寂れた定食屋に入る。
「んー、そうだナ。なんかテキトーにおすすめのやつを頼ム」
「あいよ」
若干不愛想な店員だが、出てきたのは美味しそうな焼き魚の定食。
「--なんだ、普通にうまいじゃン」
「ねーさまの墓前に供える季節のお菓子とお花と、ねこさん達の玩具と、これで買い物は……」
メイは両手一杯の荷物を見ながら自分の買い物に気が回っていなかったことに気付く。
(うーん、何かいいものは……)
と視線を泳がせた先、靴屋の店先に並んでいた靴に目が留まる。
「これ、試着してもいいですか?」
「勿論だよ!」
元気な女性店主に椅子に座らされたメイは、早速その靴を履いてみる。
サイズはぴったり。
少し歩いてみるとーー軽くて歩きやすい。
「おばさん! これ買うです!」
メイは早速その新しい靴に履き替えて、店を出る。
ーーこの靴なら、どこまででも歩いて行けそうだ。
これからたくさん、メイはあるくから。ねーさまにいつか、逢える日まで。
(見守っていてくださいねーーねーさま)
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
納品が遅くなり大変申し訳ございませんでした。
ワンデスボローなる港町での穏やかなひと時を過ごしていただければ幸いです。
GMコメント
● 依頼達成条件
《幻想》郊外の温泉港街;ワンデスボローにて、一晩を休息して過ごす。
● 現場状況
・ ワンデスボローは、ほどほどに栄えている街で、多くの人々で賑わい、おおよその施設が備わっています。
・ 至る所で温泉が湧出しているのも特徴です。
・ 描写される時間帯は、日没後です。夜の深さは任意とします。
● PCの行動
・ 大別して下記の様になります。プレイングで記載してください。
① 宿屋で過ごす。
② 海辺で過ごす。
③ 温泉で過ごす。
④ バーで過ごす。
⑤ 街中で過ごす。
⑥ その他
・ 各行動の詳細
【① 宿屋で過ごす】
原則、プレイングで書かれた様な宿屋・部屋・設備が存在する事になります。
(一人部屋でも相部屋でも大部屋でも構いません。)
ローレットの知名度も大きく高まったため、そこそこ豪華な宿屋でも歓迎してもらえます。
もちろん、質素な部屋に宿泊してもよいです。
(実際のゴールドが減る訳では無いので、PCのロールに合わせて設定して下さい。)
【② 海辺で過ごす】
夜の海辺には、少し風があり、満ちた月が頭上に輝いています。
落ち着いた雰囲気の場所です。
知人と語らったり、独りで考え事をしたり等が適しているでしょうか。
【③ 温泉で過ごす】
街には大きな温泉があります。男湯、女湯、混浴に分かれています。
獣種・機械種であっても、利用可能です。
なお、【① 宿屋で過ごす】で、設備として併設されている、としても良いです。
【④ バーで過ごす】
良い感じの広めのバーです。カウンターもボックス席もあります。
未成年も入店は可能ですが、飲酒は不可です。
お酒カクテルをオーダーすれば、何でも作ってくれます。
食べ物も、大体のものは食べられます。
または、『おまかせ』も可能です。その場合は、リクエスト内容・気分・食事状況等を教えて頂ければ、バーのマスター(GM)がPCをイメージしてお酒をお作りします。
【⑤ 街中で過ごす】
夜の街中をぶらぶらできます。
飲食店やお土産物屋が連なっていたり、大変賑わっています。
または、裏路地や、少し離れた場所には、落ち着いた場所もあります。
原則、プレイングで書かれた様なお店・状況が存在する事になります。
【⑥ その他】
その他、何か希望があれば、公序良俗の範囲、無理の無い範囲で行動可能です。
● 参加方法
【グループでご参加される場合】
・ 知人との同時行動・描写を希望する場合は、
『レオン・ドナーツ・バルトロメイ (p3n000002)』
といったように同行者のフルネームとIDを記載して下さい。
※【枕投げ第一師団】のようにグループタグで纏めても構いません。
その場合は、必ずグループ全員が統一のグループ名を記載して下さい。
【単独でご参加される場合】
・ 特に指定がない場合、GMの判断で、他のPC様との掛け合いが発生する場合があります。
・ 『完全単独』での描写をご希望の方は、プレイングにその旨明記をお願い致します。
● プレイングの書式例
・ 以下の書式を例示しますが、強制ではありません。
一行目:同行PCの指定、グループタグの指定、完全単独の希望等
二行目:『PCの行動』を①~⑥の数字で記載
三行目:自由記入
★ プレイング例(1)
【枕投げ第一師団】
【① 宿屋で過ごす】
同行者と大部屋で宿泊しています。夜は当然、枕投げの戦争です。朝まで戦います。
★ プレイング例(2)
単独参加(掛け合い可)
【② 海辺で過ごす】
最近ゆっくり出来て居なかったので、海の音を聞きながら過去を振り返ります。
★ プレイング例(3)
単独参加(完全単独)
【④ バーで過ごす】
カウンターでグラスを傾ける。甘めのカクテルを『おまかせ』で。食事は済ませてあるわ。
● 備考
・ イベントシナリオでは全員のキャラクター描写が行なわれない可能性があります。
・ (重要)イベントシナリオでは描写量が大きく限定されますので、内容を絞った方が描写が良くなると思います。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
Tweet