シナリオ詳細
<仏魔殿領域・常世穢国>紫煙微睡
オープニング
●紫煙微睡
常世穢国。それは豊穣の一角に存在せし魔の領域だ――
死者が闊歩する地。或いは、死者を統括せし偲雪に誘われた生者達の……
「さて――これは想像以上に困った事態であったか」
かの地を眺め、述べるは玄武(p3n0000194)だ。
彼の姿は、若い。それは玄武本体の分霊が如き存在であるが故……
「偲雪は魔種であった。あの気配……間違いあるまい。
彼女の遺骨と魂が呼び声に晒され魔へと堕ちたのであろう。
人の形こそ取っているが――実質に屍人、或いは霊魂たる存在と言った所か……」
「……偲雪さんは強い願いを抱いているんだね。死んでも尚に、強く強く願う程の。
そして彼女は自分についてくる『皆』に……応えようとしている」
同時。言に反応を見せたのはシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)だ。
シキは、遺骨を納める場にて偲雪とも些か語った身だが――あの時の折に確信した事がある。
……偲雪は、とても優しい人物だ。
鬼とヤオヨロズの確執を無くそうとし、しかし失敗した帝。
その彼女の気質が、この地に蔓延る多くの淀みと合致し――一つとなっている。
偲雪は穢れを力とし。穢れは偲雪の力と成りて。
故にこそ形成されたのがこの地――
仏魔殿領域・常世穢国。
彼女の望みを反映せんとする結界領域。
――この地では一切の差別がない。一切の恨みが無い。一切の怨恨が無い。
誰もが誰をも差別しない世界。
それは確かに喜ばれるべき事なのかもしれない――
しかしソレは強制された世界だ。
言うなれば、偲雪が行わんとしているのは意志の改変でもある。
其処に。真なる生者はいるのだろうか。
彼女の傀儡と化す世界は、美しいのだろうか?
「さて。善悪正誤の問答はさておき……この理に抗するならば今動かなければ、ね」
「偲雪――彼女は己に賛同する者達の『縁』を利用し、領域を広げんとしているんだ。
……単純に言えば彼女は『外に出よう』としている。
この国を自分の理想郷で塗りつぶす為に」
直後。言を紡いだのは藤原 導満に弥鹿なる者達だ。
彼らは彼らで、この地域で発生していた行方不明事件の調査を行っていた者達である……彼らに縁ありし豊穣の村人などの行方が知れなくなりて、玄武の依頼を受けた神使とは別口で――調査を行っていた。
それが故にこそ、先の調査において納骨堂の場へと乱入も果たせた。
……尤も。偲雪より招待を受けた神使達とは異なり、この地を守護する守人らの撃を受けて自由に動けていた訳ではなかったようだが。
まぁともあれ。神使達の調査と、偲雪が如何なる存在であるかの確認。
そして導満らの調査も得て判明したは――偲雪の狙いだ。
彼女の望みは、豊穣全土にこの領域を広げる事。
そして。彼女の力は、己に賛同する意志を持つ者がいればいる程に強くなる。
……であれば。先の、神使達との会合は。彼女の策による罠だった、と言う事か――?
自らの賛同者を増やす為の……と、誰かが思えば。
「いや……それはきっと違う。あれは罠じゃない。
偲雪さんはきっと、俺達と純粋に話をしたかっただけだ」
新道 風牙(p3p005012)は確信をもってして語るものだ。
偲雪は例え魔種として狂っているのだとしても。謀略の気質が、その根底にはないと。
だからこそ、だろうか。
『幾人かの神使』は、彼女の意志に賛同する動きを見せた者もいるのも……
「――しかし。彼女がどう思うても、我としては彼女の思い通りにさせる訳にはいかんの。
彼女と親しかった瑞とて、望まぬ筈じゃ。他人の思考を塗りつぶすは……鎖繋ぐ支配と同様たれば。
すまぬ神使よ――今一時力を貸してくれまいか」
「でも、具体的にはどうする? 彼女を打ち倒すって事になるのかな?」
「うむ――だが、幸いと言うべきか、それだけが全てではない。皆と共に納骨堂までたどり着けたおかげで見えてきた事もあるからの。ほれ、偲雪の力は多くの、賛同する霊魂がいる事による集合体が根源にあると見えたじゃろ? そこにこそ活路がある」
ともあれ、と。偲雪の心如何によらず放置は出来ないと玄武が紡げば。ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)は共に――前回の行動を思い返すものだ。
先述したように偲雪は賛同する多くの霊魂……穢れと共にあるが故にこそ、常世穢国なる一つの街を形成できる様な力を持っている。が、逆に言えばソレは付き従う穢れが払われれでもすれば――それだけで弱体化するという事でもあるのだ。
偲雪そのものが無事であったとしても関係ない。
あの街に住まう霊魂、特に戦う力を持った『守人』なる存在を打ち祓ったり。
意思ごと囚われた生者を気絶なりさせ連れ出したり、或いは。
「街の壁をちょこっと弄ったりするだけでも、効果はあるかもね。
ほら見て。前にさ、この街の都市計画書? みたいなのを見つけたんだけど……
構造が歪な所があるんだ。これってきっと、穢れを貯める為なんじゃないかなぁ」
「それでしたら森の方も同様っすよ。あの森の木々も、風通しが悪すぎる――
おっと。風通しが悪いってのは結構重要な事っすよホントに。
霊魂の様な存在は、清い場所には留まり辛い所があるんすから」
セララ(p3p000273)や八重 慧(p3p008813)の言う通り、霊魂だけならず建物そのものに危害を加えても狙いは果たせるかもしれない。二人は前回、何か手がかりがないかと城や森を徹底的に調査した者達だ……特に慧は自らの師匠とも連動し、事に当たって森の性質を見抜いていた。
その調査の結果として得られていた情報があればこそ見える道もある。
この街そのものの構造もまた、偲雪の力になっている可能性に辿り着いたのだ。
霊を留める。淀みを留める。
それは、生者ではない偲雪であればこそ力の一旦になり得るもの。
「森に関してはなるべく無秩序な破壊は避けたい所でありますがな。歪に絡んでいる代物だけ仕分け、鎮め、安らかなる眠りを届ける事が出来れば……最上かと思いますぞ」
とは言え、例えば焼き払う程徹底的にする必要はないだろうとヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)は思考するものであり。
「それと、現在の地図も作っておいた。警備が薄そうな領域は事前に確認出来そうだ」
「むぅ……! 納骨堂以外の領域でもここまで調べ上げるとは、流石神使であるの!」
続けて。重要なのはこの街の破壊工作を行う事などであればと――マッピングを行っていたラダ・ジグリ(p3p000271)によって、街の各地の移動経路は正確に把握出来そうだ。
繰り返すが。この地そのものが偲雪の望みを叶えんとする基盤になっているのなら、それを破壊すればこそ――彼女の力は削げていく筈だ。
無論、言うに易しではない。
斯様な行動をしていれば彼方側も抵抗の動きは見せるだろう。
以前は招待された側面もあったが故に、街で直接ぶつかり合う様な戦闘は無かったが……
「今回は本格的な荒事も覚悟しておくべきでしょうかねぇ」
鏡(p3p008705)は、街の中心に在る城を眺めながら呟くものだ。
ああ。あの戦闘狂いらしき帝辺りは――嬉々として此方に来そうだと、想いながら。
●
「成程な――そっちは『そう』動くのか。
構いやしねぇよ。俺はあのクソ野郎に一度ぶちのめしてやりたいだけだからな」
「わぁ。相変わらず素っ気ない感じ。
うんうんでもいいわよ、とにかく私達で争わなければ兎に角ヨシッ! よろしくね!」
同時。その『戦闘狂いの帝』に思考を馳せているのは、空という男もであった。
彼は鬼閃党なる集団に属する一人――だが。此度はある理由があって『あちら側』に属している帝が一人を斃さんとするが為に行動している者である……然らば、彼と共同戦線を結ぶことに成功していたタイム(p3p007854)が、彼にも情報を共有。
空は、別段神使ら――より厳密にはローレットと言う枠組みと――特別友好的な間柄と言う訳ではない。
しかし互いに共通する敵の存在が刃を交える理由を無くしていた。
それまでは味方であり続けるだろう。で、あれば。
「これが偲雪への対抗策となれば良いのですが、しかし彼方もどう動くか」
「妨害に来る方々を片っ端から叩いていく、だけなら至極簡単ですが……さて」
「後は味方になってくれそうな人も探しておきたいかな、って花丸ちゃんは思うよ!
たしか巴さんって人が近くにいる筈なんだよね……むむむ。どこかなー?」
タイムと行動を共にしていた雪村 沙月(p3p007273)や彼岸会 空観(p3p007169)。
そして笹木 花丸(p3p008689)もどのように動くか――思案を重ねる所である。
他の神使と歩調を合わせ、偲雪の力の一助となっている森や街の破壊行動を行うか。
或いは。未だ森などにいるであろう、偲雪に支配されていない、空以外にも協力出来そうな者を探してみようかと……思った、その時。
「ん、今なんか俺の事を呼んだかー?」
「わぁ! びっくりした! なになに!? ――あっ、もしかして巴さん!?」
花丸らの目の前に現れたのは――件の巴だ。
草木の間を掻き分け元気よく跳躍して来た巴。まさか探していた存在があちらから出向いてくるとは……と思っていれば。
「てーか、やっとマトモそうな人に会えたな! いやー森で迷って迷ってさ。なんか変な天狗面とかの野郎がいたかと思えば……『見たな』って殺しにかかってこられたりして大変だったんだよ。出口どっちか知らねー?」
「――おっ。ちょっと待った、今お前、なんて言った? 天狗面? そいつが近くにいるのか?」
なにやら、意味深な言を弄するものである。
さすれば、近くに偶々訪れていたカイト・シャルラハ(p3p000684)が――巴に言を紡ぐものである。天狗面。それは、カイトが納骨堂へと同行した際に出会った存在ではないかと……更には。
「ん。ああ――そうだぜ、なんかさ。街の方を見てアンタら神使が動くからこっちも……みたいなことを優男っぽいヤツと話しててさ。どっちもヤベー雰囲気出してたなぁありゃ。なんだったのか知らねーけど」
「……男……よもや、アッシュ殿」
「ああ希紗良ちゃん――もしかしたら、清之介かもね」
同時。巴の言を聞くのは希紗良(p3p008628)やシガー・アッシュグレイ(p3p008560)もであった――巴の語った風貌に、彼らは心当たりがあったのである。特に希紗良は……いや、彼に今巴が語ったのが人違いだったとしても。
「……どの道、聞かねばならぬ事があるであります。清之介殿には……」
刹那に見えた『あの刀』の事を。
そして――親しき存在であった筈の清之介が、一体何をこの地で企んでいるのかを。
希紗良の心には、疑念の種が――生まれていたのだから。
●
「さて。で、イレギュラーズ達は静観すまいな――彼らは動き出すだろうよ」
「……嬉しそうに語りおってからに」
そして。その当の『戦闘狂いの帝』たる干戈帝……
ディリヒ・フォン・ゲルストラーは常世穢国の城内にて口端に笑みの色を浮かべていた。
なんとなし感じているのだ。
納骨堂にまで侵入を見事果たし、偲雪の真髄を知った彼らが座して事態を見守ろうものか、と。あぁ必ずやもう一度此方に来るはずだ――偲雪を魔種だと確信すれば。そして彼女の狙いを見定めればこそ、特に豊穣に縁深き者はどうあれ心穏やかではいられぬ筈だと。
であれば衝突は必至。刃と刃を交える機会は遠くなさそうだと……微笑んでいる。
その様子を苦々しげに見据えるは『常帝』と呼ばれし古き帝が一人、雲上だ。
「お前はソレでいいのかもしれんが偲雪の願いを邪魔されそうな身としては、溜息しか出ん」
「お前は偲雪に傾倒しているからな。難儀な事だ。
それよりも、その偲雪はどうした? また語り合っているのか――?」
「あぁ。生きている人間で、しかも自らに賛同してくれた者達がいたからな。
嬉しくて嬉しくて仕方がないのだろう」
同時。雲上が視線を上階の方へと向ける。其処は、偲雪がいる方向だ。
――否。彼女だけではない。
他にも数名の影がある。それは……
「ふふふ! 瑠々ちゃんや星穹ちゃん! ありがとね、ホントに!」
「まったく。アンタはほとほと寂しかったみたいだな」
「はい、偲雪様。ご安心ください――私は、此処にいますよ」
百合草 瑠々(p3p010340)に星穹(p3p008330)達だ。
二人は偲雪との語らいを経て、彼女の志に……同調を示した二人。
拒否ではなく同調を。彼女の『平和』の心に――傾きの言を示したのだ。
偲雪は、それが本当に心から嬉しかったのだろう。手を繋いで、満面の笑みであり……
「イーハトーヴに愛無も、もっと近くに来てよ~楽しも!」
「ああそうだね――友達だものね」
「……それより偲雪殿。我々を呼んで、何を?」
更にはイーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)や愛無(p3p007296)も近くにいるものだ。二人は――星穹らと異なり、心から偲雪に同調を示した訳ではない。愛無はむしろ、星穹を見守る為に此処にいる……と言った方が正確だ。
ともあれ。イーハトーヴや愛無は偲雪の様子を慎重に見据えていた。
四名はこの場に通されているのだが――はたして一体何の用があって――
「うふふそうだね! あのね、あのね?
私はね。私と心を一緒にしてくれる人がいると、力が強くなるんだ」
そして。語り始める偲雪。
それは彼女の『力』にまつわる事。瑠々達を前にして話す、理。
偲雪の力は玄武らが推察した通り、自らが支配している――賛同している――霊魂や、生者の数に比例している、が。更に種を明かすと『質』も関係してくるのだ。単純に言うならば……強い者が偲雪の配下にいる程、偲雪の支配の力はまた各段に上昇する。
だから。
「だからね。皆も『誘おう』と思って!」
「どこへ?」
「私と『同じ場所』だよ! ねぇ皆――」
それは誘う声。
自らと同じ領域に他者を堕とさんとする――『呼び声』であった。
- <仏魔殿領域・常世穢国>紫煙微睡完了
- GM名茶零四
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年08月30日 22時05分
- 参加人数40/40人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 40 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(40人)
リプレイ
●
――この街自体が巨大な結界に等しい存在であろうとは。
『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は想像もしていなかったものだ。
いずれ生じるであろう、なにがしか大きな出来事に備え地図を作っていたのだが。
「思いがけず当たりを引いたようだ――さて。『換気』していかなければ、な」
それがこのように役立とうとは。此方は、いい意味で想像していなかったものだ。
――優れた三感をもってしてラダは周辺を探っていく。
人の気配が。敵の気配がないかと。
己が頭に叩き込んだ周辺の地理状況もあらば、潜みながらでも十分事を成せるものだ。同時に探るのは周辺で――味方の神使らが行動していないかという形跡も。『派手』に動いている者達がいれば、町人たちの警戒が挙がり……しかしだからこそ混乱も生じ、乗じる隙もあるやも、と。
時に、多くの人が進行方向にいれば、投げ込むのは激しく瞬く異音物――
クラッカーの一種だ。ソレに注意が逸れている間に、突破を試みて。
「なんだ――何か音がするな――うわっ!?」
「悪いが、眠っててくれ。何、すぐに終わるさ」
同時。物音に勘付いた町人があら、ば。ラダが放つのはゴム弾である。
複数人ならともかく一個人程度であればこれで十分――通報される前に眠ってもらおうか。いずれ破壊活動が激化し、バレる時が来るだろうが……その時を少しでも遅延させるべく立ち回るものだ。
「……今連れて帰れればいいんだがな、しかし戦闘しながらでは中々余裕がない。
またいずれ、だな。さぁ――退いてもらおうか」
そしてソレが生者らしき存在であれば、刹那に過る思考は救出の一手。
が、一人ではなんとも難しいものであれば、気絶させて近くの家にでも放り込んでやるものだ。いずれ本格的に救出を行う事もあろう……と。
「さ――! それじゃあ盛大に破壊させてもらうのだわこんな街!
皆笑顔の理想郷なぞ出来る訳ないじゃない! 誰も彼をも歪めて、喜怒哀楽から喜以外の感情を捨てさせれば話は別かもしれないけれど――それは洗脳と何が違うのだわ偲雪ィ!! 嫌がらせに来てやったわよっ!!」
思っていれば続けて『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)は憤慨しながら行動に及んでいた。彼女の視線は彼方の城――全ての元凶たる偲雪がいるであろう方角に向けられている。
――許すまじ偲雪。彼女の言う事成す事一々気に入らないのだ。
道理が通っていない。筋が通っていない。あぁならば全部ぶっ壊してやろうではないか!
「貴様――何をしている!」
「煩いのだわ! ようやく出てきたのなら……八つ当たりさせてもらうからね!!」
ラダの作成せし地図をきゐこは既に確認している――
玄武から壊すべき点は幾らか聞いているものであれば、後はその線に沿って破壊活動を行っていくのみ。言うなれば……そう『換気』だ。街の風通しを良くし、術の力を霧散させてやる! 故にこそ彼女は滅ぼしたもう。
魔力を収束させ、雷撃を顕現せしめる――
放つは壁へ。不自然に道を遮っている箇所を討ち貫き、文字通り風穴を開けるのだ!
邪魔立てする守人なる存在がいれば纏めて吹き飛ばしてでも……
「泣かせてやるのだわ偲雪!! 街への襲撃なんてねぇ、手慣れた物だわ!!
会話なんて生ぬるい事をこっちから行ってあげるなんて思わないでよね――
あらゆる言葉を制圧する『暴力』というものを、教えてやるのだわ――!!」
きゐこが往く。悪逆非道と呼ばれようとも、己が叡智をフル活用し。
守人や住民など――誘導せしめた所を一挙に叩こうか。
街に大穴を。警備に大損害を。
が、まだまだまだまだ終わらない。
「ふふ~♪ 気持ちいいわね! さぁ、悪逆非道で神算鬼謀な処――見せてやるわよ!」
思い知らせてやるのだわ。アレが半ベソかくまで――!!
「街自体が敵の力を増幅させる術式、か……
……意志の改変で浮かばせる笑顔と作り物の平和で、嬉しいの?
そんなモノでも満足だって、胸を張って言えるの?」
同時。『不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)も、この街の支配者たる偲雪へと思いを巡らせるものだ。他者を想う通りに操る術式など……彼にとっては認めがたい。こんな術式――
「魔術師の一人として……ぶち壊させてもらうよ!」
周囲を俯瞰する様な視点と共に彼は駆け抜ける。
袋小路になっている壁を魔術にて貫き、更にそのまま街の外周をも狙おうか。
万が一の際の避難ルートの確保にもなりそうが故に。無論――派手に動けば街を護るべく守人や住民らがやってくるものである、が。そんな事は織り込み済みだ。守人に対しては終焉の帳たる魔力を降り注がせ、生者と思わしき者には。
「――正気を取り戻して、豊穣の外に戻るんだ。それとも亡者の仲間として、此処で死ぬ?」
「何を言う……偲雪様に害を成しておきながら!」
「やれやれ、話が通じないなら――ちょっと眠ってもらうよ!」
魔眼の力をもってして不殺に留めんとするものだ。
操られている彼らに罪はない。可能な限り無事な身で済ませんと……
偽りの今なんておしまいにするだけだから。
皆、いつか戻ろう――
本当の未来(いま)へ。侵されざるべき、そして帰るべき場所へ……
「……なるほど。確かにこの地からは何かしらの力を感じるな……
豊穣の霊的法則を学んではいないが、どこか故郷のそれと似て近しい部分もある。
その上で――街の建造物区画を術式に見立てるとは。ならば補助具もある筈だな」
更に『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も、この街を覆う『流れ』を見定めんと行動を開始するものだ。ヒトが物理的に通行するには邪魔ではないが霊的には障害となるもの……例えばお札やお堂、注連縄と言った代物が術の補助を担っているのではないかと彼は睨む。
――そしてその推察は正確であった。
『そう』であると思い、見据えてみれば……各所から確かに力を感じるもの。
幸いにして、きゐこらが派手に暴れてくれているのだ。
その影で事を成す様に……慎重に往く。邪魔な壁はすり抜ける技能をもってして他者の視線を切り、此方に勘付かんとする者がいても振り切ろう。そうして一つ一つ、着実に街の力を削がんとして。
「だが一所に留まり続ければ、敵に補足されるだろう。
玄武の加護もあるとはいえ、万能ではない……破壊活動を優先し、常に移動しよう」
「あぁ。しかし……これじゃまるでこっちが悪党だな。
家やらなんやらをぶっ壊してるんだからな……ま、連中にとっちゃ正しく『そう』か」
同時。アーマデルに続いて『劇毒』トキノエ(p3p009181)も往く。
彼方からは血相を変えた武者――話に聞いてた『守人』の姿も見えるものだ。
……全く。こっちだってこんな事、本当はしたくないのだ。
だが一方でこんな歪な念が蔓延ってる場所を放置できるかよ――
「早く終わらせてえからよ、邪魔してくれんなよ?
つって、無理な相談か……来るなら容赦は出来ねぇから――覚悟しとけよ」
故にトキノエは敵を薙ぎ払うものだ。破壊活動を行う味方と連携すべく、敵の注意を引き付けて。次々に紡ぐは召喚せしめる数多の精霊――天に放った使い魔で周囲の状況を常に把握しながら、警戒するのは『常帝』の存在だ。
――奴はこの地限定的ながら唐突に現れる。そう、まるで転移の如く。
そんな奴が守人と同時に襲い掛かって来られては面倒だと……
「やれやれ。派手に活動するものだな――君達は」
「おっとぉ、いきなり後ろに現れるのはやめてもらえるかい!」
刹那。噂をすればなんとやら――かの『常帝』雲上のご登場だ。
トキノエは反射的に動く。或いは奴めが現れると直感しての動きであったか――
守人と共に戦線に至らんとしている彼からは敵意を感じた。
故に。彼に触れられぬ様に跳躍し、同時に攻撃せしめる召喚物を投擲する、も。
「ふむ、良い動きだ――しかし一歩足らんな」
打ち落とされる。雲上の、拳によって。
――なんだアレは? 意外と肉体派だとでも言うのだろうか?
最大限の警戒をトキノエは雲上に飛ばす――と同時。
「やぁ。また会えたね――本当はもう少し仲良くしたい所だったんだけど……
玄武爺ちゃんからの頼みなんだ。君達に好き勝手してもらうと困るんだってさ」
「――おぉ君か。今からでも遅くはないぞ。此方に協力してくれるならな」
トキノエを囲まんとした守人――を緑の閃光が吹き飛ばした。
それは『腐れ縁』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)の一撃だ。以前にも出会った雲上に、軽く声を掛ける彼は、敵対の道が思ったよりも早く来てしまった事に悲しみも感じているものである――
今からでも偲雪ちゃんに協力だって? あぁ彼女の理想は素晴らしいものだと思うよ。
「打算もなく賛同者を増やしたいだけという思想も良いものだね――でもね。彼女は魔種なんだ。生きているだけで滅びの因子を齎すんだよ。放置は出来ないし、今まで殺して来た比較的善良な魔種達にも申し訳が立たない。だから――悪いけど、敵対させてもらうよ。あ、ちなみに……君はどうなのかな? 君も魔種なのかな?」
「私かね? 私は違う。彼女ほど上等な存在ではない。
言うなれば私は只の霊魂だ……偲雪の支配下にある妖。死霊と言い換えてもいい」
「そっか――でもそうなると、偲雪ちゃんの邪魔をするなら、君も自動的に敵に成っちゃうわけだ」
そういう事だな、と。にこやかに雲上は応えるものだ。
さて、どうしたものか……友である玄武爺ちゃんの為にも此処は退けない。が、些か能力に未知な所がある帝を相手取るには数が足りない所だ――ならば、此処は。
「うんうん――僕に出来る事を確実にさせてもらおうかな、と!」
「むっ!」
雲上よりも、その取り巻きの守人を狙うべきかとムスティスラーフは決断するものだ。
再び放つ緑の閃光――超むっち砲が敵を包みて、更に壁をも打ち砕く。
やれやれ。必要とは言え、街を破壊するって言うのは気が引けるものだ――なにせ見た目は普通の街。武力に任せて乱雑に攻めては、尚に僕らは悪者に見えそうだとも思ってしまう程に。
「困った奴だ。この街の設計は、私がしているのだぞ――」
「へぇ? 君、こういう事出来たんだ。得意なの?」
「生前はな都市の建設計画などはよーく行っていたよ。その名残だ」
直後。雲上は吐息一つ零しながら――ムスティスラーフへと襲い掛かるものだ。
これ以上破壊させてなるものかと。
適時、無理をせず退く彼を追うようにしながら。
「あー! 現れたわね、帝だわ! 皆、気を付けるのだわよ!
気を付けながら――嫌がらせを続けてやりましょう!!」
「無茶はするなよ。何、私達と違って街は逃げたりはしないんだ。
生きてさえいれば、また連中を撒いた後に侵入すればいい! 行こう!」
「おっと。これほどの神使が侵入しているとは……以前もそうだったが、妙な感覚だな? 誰か気配を消す術でも持った者がいるのか……?」
と、その時。きゐこやラダの撃も雲上へと降り注ぐものである。
街を破壊するついでに彼も狙いて――然らば困った様な表情を見せるものだ。
何かおかしいと。玄武の能力に、そろそろ勘付いた様子も見せながら……
「さて。あっちこっち動き出してるみたいだな――俺達も行くか」
「そうだね風牙さん――巴さんも宜しくね!」
「ああ、街の人達を助けるんだろ? 任せときな! 元々俺はソレが目的だったからな!」
そして『常帝』たる雲上の気配がどこぞへと往く間に『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)や『竜交』笹木 花丸(p3p008689)が狙うのは偲雪に操られている中で、生者である者達だ。
つまり生じていた行方不明事件の被害者たちである――
彼らは霊魂達と異なり、帰る家があるのだ。
街での破壊活動の余波で被害が及ばぬ様にする事と……同時に彼らを支配領域から遠ざける事で偲雪の力を削ぐ狙いがある。あくまでも彼女の力は、この街を中心としかしていないが故にこそ、その手段も能おうと。
協力者たる巴にも話を通せば巴も喜んで協力の意思を示して。
「……偲雪さんの平和を願う心は本当かもね。
でも、やっぱりおかしいよ――意志を塗りつぶしてこの街に連れてくるのは。
豊穣の人達だって……やっと前に進めようになったんだ」
同時。花丸が思うのは……偲雪の事だ。
彼女の心が全く分からない訳ではない。しかし、それでも認めがたい点もあるのだと。
――だから往く。優れた感覚を持って周辺の様子を探りつつ。
生者と思わしきものが居れば……風牙らと共に声を掛けていくのだ。
彼方。街のあちこちで生じている騒ぎに気付いている者へと。
「おぉい! こっちだ、来い! 一端避難するんだ――そこに居ると危ないぞ!」
「な、なんだアンタら。俺達の家は此処だ……避難も何も……」
「先ずは自分の安全が第一だよっ! 自分の命を大事にして!
貴方達の事を探してって、帰りを未だに待ってる人達だっているんだよ!?
だから今は――付いて来て! お願い! 後で必ず帰れるから!」
彼らは困惑している。それも当然ではあるか――
また。偲雪の力が満ちているが故か……中々に動こうとはしないものだ。
どうしてもこの地に残ろうとする。守人に通報する? ああそれもいいだろう。でも!
街も、森も、今は何処も危険なんだ!
「今はここから離れよう? どうしてもわかってくれないなら――ごめんね!」
「ダメだ、コイツらの目……淀んでやがる! 一旦気絶させるしかねぇな!」
瞬間。時間はもうかけていられないと花丸は巴と共に決断する。
ガツンと一発衝撃を加えてやるのだ。仕損じれば守人の類が至ってこよう――だからその前に少しでも彼らを外へ連れて行かんと、巴が担ぐ。そして事に気付いた守人らが実際に訪れれば、花丸が引き付ける。
「風牙さん、お願い! 此処は花丸ちゃんがなんとかするから、今の内に!」
「あぁ悪い! そっちは任せるぜ! クッソ、頼むぜ正気に戻ってくれよな……!!」
であれば風牙は花丸に声をかけつつ、運搬の方を優先するものだ。
一人でも多く街から遠ざける。俊敏なる足を酷使してでも――一人でも、多く!
「――あんた達が万が一でも傷ついたら、帝も悲しむぞ。それも分かんねぇのかよ」
……本来の偲雪なら、きっとこんなことはしなかっただろう。
どれだけ笑顔が、平穏が良いと思っていても……他者を塗りつぶしたりなど……
かつての思いも歪ませられた死人。そんな者達が闊歩する世界。
「あまりに悲しすぎるだろ。偲雪さん……」
もう一度。あぁもう一度だ。
必ず、安らかな眠りにつかせてやる。
住民も、そしてこの街そのものも……静謐をいつか必ず取り戻させてやろう。
――そして、彼女の望んだ本当の世界を墓前に報告すること。
それがきっと。本来の偲雪に対する一番の手向けだと――信じているから。
「しかし……常世穢国の力を削ぐのが目的とは言え、物を壊すのは些か気が引けるであります。いえ。やるべき事に意があるとは分かりますが……」
「見た目は普通に綺麗な街だからねぇ。まぁ、取り壊しの仕事だと考えてやるしか無さそうかな?」
「取り壊し……そうでありますな。されど、物を壊すのに刀は使いたくないであります……何か、もっと適した道具などはありませぬか?」
更に。街外れの方では『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)と『紫煙揺らし』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)の二人の姿があった。事態は理解し、街を破壊する意義は分かれども、それはそれとして躊躇もどこか希紗良にはあるものだった。
普段より物は大切にと教わっている故――壊すのはどうしても。
壊すにしても、素手では難しく。己が刀では以ての外で……故に。
「道具か……木槌でもあれば便利そうだね。杵位なら、探せばありそうな物だけど……」
「そうでありますな! キサ、探して参るであります!」
「あ、希紗良ちゃん――人には見つからないようにね! 俺も少し探してみるかねぇ」
希紗良もシガーも、農具成り工具なりが無いか探してみるものであった。
この辺りには一般の民家も多く、そして道具の類も存在してる。
ならば多少、それらしき道具もあろうと思いて……いれ、ば。
「やはり来ていたか希紗良――もう、何度目振りだね」
「……清之助殿」
その、希紗良の前に現れしは。知古の月原清之介であった。
……だが。彼と会う希紗良の心中に最早安堵の色はない。
むしろ彼と会う度に……胸の内には、説明しがたい靄が広がっていて。
「清之助殿……そろそろ、目的を明かして貰えは致しませぬか?」
故に。希紗良は問うものだ。
清之助に、己が疑問を。最早避けられぬ疑問を。
「目的?」
「そうであります。どうにも、清之助殿は……
キサ達とは、どこか『違う』かと。此度も一体何用で……現れたのでありますか」
「――ははは。本当に聞きたいのは『そんな事』なのか? 別の事では?」
「――――」
「まぁいい。拙者の目的は、此度の事件の主犯たる偲雪を斬る事だ。それに嘘偽りはない」
「では、では……清之助殿……」
何故、笑っているのでありますか?
魔種を斬る。それはいい。だけれども、なぜ口端に笑みの色が灯るのでありますか?
清之助殿は、そんな顔をする御仁だったでありましょうか?
いや、それより、何より。
ずっと。キサが。キサの心が目を逸らしているけれど。
その腰に携えている刀は――どういう――
「――みぃつけた。見つけちゃったよ見つけちゃった不審者だね。悪ぁるい不審者だ」
「――この声はッ。あんたも此処に来てるのか……柳征堂ッ」
「あれ? 僕の事を、名前を知ってるの――? まぁいいや死んでね」
と、その時。
希紗良と清之助の会話を陰より窺っていたシガーの背後より襲い掛かってくる存在があった。それはまるで暴風の如く襲来する。民家の壁を吹き飛ばし、尚に追撃してくるは。
柳征堂。
かつてシガーが出会った事がある存在であり――狂犬の様な人物である。
刀と竹刀が激突。激しい衝撃音を鳴り響かせれば希紗良も気付きて。
「アッシュ殿!」
「大丈夫――コイツは抑えておくから、清之助を!」
「あれぇ? なぁんだなんだ。もっと悪人がいるよ――女の肉に飢えた悪い奴だ」
「……干戈に従う犬、か。こいつもしつこい。どこまでも煩わしい輩だ。
――だがそれもここまで。神使達の行動で、我々は奴の喉元まで近寄れたからな」
然らば、征堂が清之介を見据えれば――意味深な事を言っていた。
女の肉を、斬る? 誰が? 誰を?
――希紗良の心の臓が高鳴った。
今まで目を逸らしていたけれど。やはり、あの刀は、まさか――
「希紗良」
刹那。清之介は、希紗良にだけ聞こえる様なにか耳打ちし。
そのまま、征堂の余波に巻き込まれる前に――路地裏を通りて何処ぞへ消えんとする。
此方の手助けをする気もなく。最早、怪しげな本性を隠す事もなく。
「いやいや全く、酷い師匠が居るもんだ」
「清之介殿――! くっ! アッシュ殿、守人も集まって参りました……此処は態勢を立て直しましょう!」
ああ、そうするとしようか――
征堂と鍔迫り合い。弾きて駆ける、二人。斬撃を紡ぎて道を切り開かんとする――
そして森の方でも動きが生じつつあった。
其れは――『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)である。
彼女は街への攻撃に葛藤もあった……更に述べるなら罪悪感も、だろうか。
あの街が『正しい』のかは分からない。むしろ『間違い』なのではとも思うものだ。
けれど。
『確かに此処は、獄人なら誰もが望んでいた平等がある』
……笑顔が絶えない理想の街だと、どうしても思ってしまうから。
「それでも、歪に笑う事を全てとする場所は……終わらせなきゃ、ですね」
口元に微かに力を。真一文字の形から見据えるは――玄武から聞いていた淀みの場所だ。
木々がひしめき、成程確かに風が一切吹かぬ様な構造になっている。
――故に彼女は全霊をもってして『伐採』するものだ。
放たれる一撃が木々を打ち倒し、道を作る。
……偲雪のやり方は認めがたいのだ。彼女が平和を作らんとしているのは分かる、けれど。
(……あのやり方は、私の恋心を否定するから)
人格を蝕む事。意識を根底から変えてしまう事。
そんな恐ろしい事が自分の愛し人に起こったらと考えると――背筋が凍る。
私の恋心は此の街とって否定されるべきモノでしょう。
だけど、此の恋は誰にも。
「否定させる訳には――いかないんです」
だからこそ彼女は全霊をもってして、偲雪の治世を否定する。
……さすれば今度は向こう側の者が来る者だ。
守人。偲雪の治世を護らんとする尖兵。私達の、敵――!
「偲雪様の森を破壊せしめるとは大罪人め……! 天誅ッ!」
「なにが天誅……! 天に、私の恋心を定めさせたりなどしませんよ……!」
然らば激突する。譲れぬ思いが。譲れぬ信念が。
――守人は亡霊の一種だ。偲雪に付き従う、今は亡き者。
故に打ち倒す事叶えば……三途の果てへと渡らせよう。
共に在る事は出来ないけれど。
どうか――冥福だけは祈らんと、彼女は刹那に祈りを捧げるものだ。
――何が縁。
彼らの望みで塗りつぶす。それは他を『切り捨てて』『無かったことにする』ようなもんでしょう。自分達の意に反する者は全て悪だとでも? あぁなにより、それを背負わない、捨てた自覚が無いとは……
「かつては国すら背負った帝が、嘆かわしい」
思わず吐き捨てる様に呟くのは『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)だ。
最早憐れみすら抱こうか。帝足り得る者が如何な堕ち方をしているなど……見るに堪えない。
「まぁ――今回は庭師として尽力させて頂くっす。
街から森へ、森から外へ……しっかり出してあげましょう」
故にこそ彼は、この地の歪さを正すべく行動し始めるものだ。
まずはこの森を剪定する様に。焼き払う光が木々を間引き、道を作らんとする――木自体が太ければ手間がかかりそうでもあるが、だからこそ慧は枝打ちを主にすべく狙い定めるものだ。庭師の仕事の延長と思えば慣れたもの。
木々の余計な部分を正確に把握し、『街と森で、風の道が繋がる』様に。更には……
「あ、お師匠――やっぱりいたっすね。例のお守りっぽいの調べつきました?」
「ああ、慧。ちょいとばかし見当はつきやしたよ……しかし師匠使いが荒い! 続けざまには森の伐採ですかい。全く、今度酒でも奢ってくだせえよ。こんなに働くと、その内蕁麻疹でも出ちまいそうでさぁ」
彼の師匠たる栴檀とも合流出来れば、彼と共に行動するものだ。
……人が手を入れなければ、森は意外と容易く荒れる。
細長くて折れたり、根が浅くて倒れたり、呼吸不足で枯れたり――
それがどこかにないかと。彼は探りて。
「なんつーか……ほんと気持ち悪いところだな。
傍から見ても異質っていうか……ずっとむず痒さを感じるぜ」
同時。森で活動しているのは『太陽の翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)だ。
彼にとって閉塞したこの森は気持ちの悪さを常に感じる場所であったのだ――風向きが死んでいる。淀んで腐っているかの如き感覚は……意識してしまうと、まるで酔ってしまうかの様でもある。
「――つー訳で、依頼でもあるんだ。盛大にぶち壊させてもらおうかね、っと!」
故に彼は容赦しない。この森に風穴を開けてやろう。
文字通りの意味でだ――己が持てる最大火力を此処に。
空駆ける猛禽は神速へと至りて、颶風なる刃と成ろう――! 然らば森を警護する敵……守人らが駆けつけてくるものだが、それは想定内なので問題ない。放たれる矢を悠々と躱し、順次迎撃せしめるものだ。
……そもそもだ。偲雪みたいな純粋な甘さは苦手なのだ。
あいつのいう理想郷って――なんか鳥かごみたいだし。
「喧嘩もみとめねー。とにかくニッコニコでなきゃならないなんて……狭苦しいだろ」
何も許さない。常に幸せであれ。それ以外は認めない。
そんな世界――あまりにも不自由で、鳥さんには狭すぎる。
大空を認めない世界なんて、御免だね。
……と、そうだ。それよりも。
(……んで、天狗さんはどこだろうか? そろそろ見つけられそうな気がするんだが)
カイトの狙いはもう一つある。納骨堂へと潜入した時に見えた、天狗面の者だ。
これだけ目立つように飛んでいれば、彼方も感じ得るものがあるのではと思うのだが。
今はまだ姿見えぬ――ほんの一時姿を見ただけの存在ではある、のだが。
カイトの胸中には、妙な感覚が残り続けていた。
アレは――なんだか『知らない存在ではない』と――
「――戦場で呆けるとは、随分と余裕ぶる鳥もいたものだ」
刹那。カイトの直上より高速で至る影があった。
直後に、ほぼ反射的に武器を割りこませたのは――カイトに蓄積されている戦闘経験と技量が故、だろうか。激しき衝撃が全身を襲えど、致命に成る様な傷を負う事が無く、衝撃だけが降り注ぐ――然らば空中で即座に態勢を立て直し。
「おっ……! 現れやがったな! なぁ、今の盛大な挨拶からして味方って訳じゃあなさそうだが……何者だ? 納骨堂であれやそれやとトラブってた所見ると――同じく偲雪を敵視するって感じではあるんだろ? 協力出来る事もあるんじゃあねぇか?」
「――――」
「おーい? どした?」
そして、一定の距離を置きながら相対する。
片や仮面越しながら。しかし確かに視線が交わっている事を感じるものだ。
(――コイツ、は?)
然らば。天狗面の方に頭痛が生じる。
おぼろげに『朱い鳥』……いや『紅い鷹』であろうか。
その姿を見た瞬間――なんぞやの温かみが、天狗面の胸中のどこかを掴む様に……
刹那の後には一転し、憤怒の激情に染まり行くのだが。
「――貴様に構っている暇はない。隅で振るえている事だな、神使」
「あ、おい待てよ! どこ行くんだ! おーい!!」
しかし。天狗面は激情の果てに目的を見誤る事はない。
冷徹に憤る。冷静に事態を見据える。
――今彼にとって『壊すべき幸福』は、眼前の鳥ではないのだ。
あの街そのもの。そしてあの街を統括しうる女こそが本懐。
故に。彼は超速で飛来し――森の木々を吹き飛ばしながら、往く。
後方。囀る紅い鷹を置いていく様に。どこまでも、どこまでも――
街に、森に。各所を乱す動きが活発化している。
守人らも活動しているが、しかし流石は数多の戦いを乗り越えてきた神使らと言うべきか――障害を排除し、尚に健在。
しかし。
「油断は出来ませんね――この地には武を嗜む干戈帝がいる筈です。
……せっかくの機会ですから、お会い出来れば学ばせて頂きたい所ですが」
「しかし出てくるまでは、此方も此方の役目を果たさせてもらうとしましょうか。
導満。此度は共に参りましょう……護星衆の長となれば、術式への介入などお手のものでは?」
「ははは。雪の嬢に言われては仕方ない……なんてね。元よりそのつもりだ」
『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)は街で行動しながらも注意を怠らぬものであった。敵の中でも特級の戦力である干戈帝が出てくれば――窮地に陥らぬとも限らぬのだから。
故にこそ『白秘夜叉』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は、かつての世界からの知古である導満にも助力を要請し共に往く。警戒は密に。周囲を俯瞰する様な視点で索敵しながら派手に街の破壊に勤しむ――
それは……先に述べていた『干戈帝』を引き摺りだす意味も含めている。
奴を自由にしていては危険だと思えばこそ、誘い出すのだ。
だからこそ此処には多くの者が集っていた。先の沙月らに加え『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)や、干戈帝に因縁のある空の姿もある。
「空さんも一緒に来てくれてありがと! 頼りにしてるからね~」
「はいはい。だけどよ、今だけだからな――そこんとこは分かっとけよ」
「えー? なによなに? そんなにそっけなくしなくたっていいじゃない! 今はわたし達、命を預け合う仲なのっ! 頼りにしてるからね! ……ね?」
「あ、あぁ……分かった分かった。分かったからその笑顔は止めろ」
ん。いい返事――と紡ぐタイムの笑み。
……なんか、こう。気のせいかもしれないのだが秘められた圧が強かった。思わず空も気圧される様な……ひぃ、タイムちゃんこわいよぉ。ともあれ戯れの言の最中にも役目は忘れない――干戈帝が出てくるまでの間は守人らをも引き付けてみせよう。無論、街の破壊活動も忘れずに。
放たれる矢、繰り出される剣撃があれど、沙月や雪之丞が凌いで返しの撃を一閃。
更には『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)も続くものだ。
「目的は概ね同じだろう。ならば、共に暴れた方が効率が良いと思わぬか?
散発的に動くのも攪乱にはなるだろうが――固まった方が対処しやすくはなろう」
「あぁ僕もそう思っていた所だ。もう、隠れ潜んで大人しく探る……と言う段階でもないしね」
弥鹿と共に。然らば汰磨羈の捜索網に検知されし『歪み』の破壊に赴くものだ――
道中に守人らが介入して来れば押しのけてでも。
縮地。瞬時なる踏み込みより紡がれる赫刃が敵の身を抉れば、続く形で弥鹿もトドメたる一撃を放つ――符を用いた一閃から、彼もまた踏み込み――敵を一蹴。
見事な動きだ、が。
(なんだ? あの動き……どこか、で……)
汰磨羈はなんとなし、妙な感覚がしていた。
彼の体捌き――どこかで見たことがある様な――
記憶を揺さぶる様に。微かにチラついたのは、己がよく知る過去の一端。ある女性の背姿。
――そも。仙術の要訣を取り入れたソレの系譜は、辛うじて要所を再現して取り込んだ私の流派しか存在しない筈――なのに、何故――
「……失礼。御主。その体捌き、一体どこで……」
「――むっ! 皆さま、ご注意を! 『来ます』ぞッ――!」
刹那。声を張り飛ばしたのは『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)だ――ヴェルミリオも汰磨羈と同様に『歪み』を探し求め、次々に破壊を試みていたのだが……
感じ取ったのだ。巨大なる『圧』が急速に接近している事を。
それは。
「出やがったな、このクソ野郎――!!」
「ははは――どうした。私がそんなに待ち遠しかったのかね?」
干戈帝、ディリヒだ。
彼が出現せしめたのは、ヴェルミリオらが破壊せんとしていた壁の――正に向こう側から。彼自ら壁を粉砕し、強襲せんばかりの勢いで襲い掛かってくる。であれば、戦意高くあった空が真っ先に斬りかかりて激突。
激しき衝撃が生ずる。守人なんぞとは異なる次元の力の衝突は、それだけで凄まじく。
「……なんとまぁ。其方から破壊して現れるとは、豪快な方です。こちらにとっては都合がよいので結構ですが――まぁ。また遊んで頂くお約束でしたしね? 今度は逃しませんよ。存分にお相手仕ります」
「ほう。この前のイレギュラーズ達か! いいぞ、纏めて相手をしてやる――来い!」
「沙月殿、ご無理なさらず! スケさんも参りますぞ――ッ!」
雪村沙月、参ります。
続けざまに沙月も干戈帝に相対するものだ。持てる限りの力を此処に、ぶつけたもう。
確殺自負たる一撃を此処に。無拍子の間は敵に気取られる事なく彼女の身体を運び舞わせよう――しかし彼女だけに負担はかけれまいとヴェルミリオも前面へ。ディリヒの周囲にいる守人らの敵視も引き付けながら立ち回ろう。
さすれば対するディリヒは甲高い笑い声を響かせながら空に沙月、ヴェルミリオを纏めて相手取る。集まっていた守人もそれなりにいるとは言え、しかし精鋭たる神使ら相手に優勢を取れる程の数ではないというのに――それすら楽しまんと言う勢いで。
「来たわね……ディリヒ。というか何を考えてるの?
私達はこの街を壊す事が目的でもあるけど――貴方は護る側じゃないの?」
さすればタイムは前線を担う者ら……特に、突っ込むであろうと想定していた空を中心に、治癒の術を降り注がせながら問う。ディリヒは何を望んでいるのかと。偲雪が望むこの国で。
「あなたは何を考え戦うの? ディリヒ」
「――ハハハ。ならば答えよう。『別に何も』とな。
私にとって彼女の想いや望みというのは……正直どうでもいいのだ。あんな歪な望みが真に成就するとはあまり思ってもいないしな――しかし! 歪であるが故にこそ、いずれ正しき者達が、確固たる意志を持って止めに来る事は分かっていた! そう! それは――極上の闘争が到来するという意味だ!」
「……つまり偲雪さんの願いは、本当にどうでもいいのね」
さすれば。彼の口より語られるは……なんとも私欲に塗れた願望のみ。
干戈帝ディリヒにとっては『闘争こそが至高』
それが至れば何でも良い。故にこそ我はお前達に敵対する――!
思わず、タイムは吐息を零すものだ。
常世穢国は偲雪の切なる想いが作り出した場所。
反転しても気持ちは純粋なままなんて、不思議に歪な場所だ。いやもしくは……彼女には他者を憎む、と言った様な感情が初めから欠落しているのではないか? 転ぶ先がないから反転してもそのまま――?
真偽は分からない。ただ、純真に見えても歪にねじ曲がっているのだけは確かだ。
……そして。いずれに進もうと魔種は殺すしかないのであれば。
それを阻害するディリヒもまた排除するしかないかと思いつつ、彼女は治癒の術を振るい続ける。
聖域の様な術式を。ディリヒの猛撃を耐えきる一時を稼ぐべく――!
「全く……身体のみならず心も魔人の領域へと踏み込んでいる、か。
まぁそういう手合いには慣れている――であれば、遠慮なく行かせて貰うぞ」
「ええ――『干戈帝』ディリヒ。存分に、語りましょう。
言葉でなく、刃でなくては、伝わらぬ物もありましょうから。
――修羅道にて相まみえたのならば、斯様なる道の礼儀をもってして」
「うむ、来るがいい! 此方も受け止めてやろうではないか!」
吐息一つ。零したのは汰磨羈であり、更に続くのは雪之丞だ。
性根すら闘争を楽しむ怪物であったかと。挟撃、包囲の形を取りて一気に攻め立てんとする。死角に回りて躱しづらき攻撃にて圧を掛け続けようか……汰磨羈が特に狙うのは足だ。奴の機動力を奪い、隙を生じさせん。雪之丞もまた舞う様に流れる様に攻め立てて――
しかしディリヒは動じない。
巨大な円形の刀を巧みに操りて神使らを凌ぎ続けているのだ。
数多の衝突音。数多の金属音。微かな隙があらば更なる撃を叩き込まんと――するのはどちらもか。神使側はガードの上から圧を掛け続け、防御を貫かんとし。ディリヒは捌き続け刹那なる機を窺わんとしている。
なんたる技量であろうか。感じ得るは数多の戦闘の経験量。
全く。どうしてこういう輩が敵にいるというのか――
「しかし。戦いに興じ続けたいのならば、こちらに付くという手もあると思うのだがな。どうだ、興味は無いか? こちらでも実に刺激的な毎日を送る事が出来ると思うが」
「ふむ。そうだな、実際、それも実に面白そうではある――
しかしな。私は過去に、偲雪に一つ恩があってな。命を救われたというべきか……
故にこそ私は彼女の側に付いている。彼女が果てるまでは、借りは返すとも」
であれば汰磨羈は言を更に続けるもの。
闘争が本懐であれば別に彼方側に付き続ける事はないのではと……
しかしディリヒにも、それなりの義理は在る様だ。
偲雪が死んだ時、まだ自分が生きていればどうなるかは分からないが。
その時が訪れない限りは――己は命を燃やし続けるだろう、と。
「なんとも、激しい情熱でありますな……! しかし正眼帝の願いを叶える手助けをしているのならば、此方も止めるに全霊を掛け続けるのみですぞ! スケさんは――かの願い、些か認め辛いですが故!」
然らば、ヴェルミリオにディリヒから強烈な一撃が叩き込まれる――も。
それでもヴェルミリオは倒れない。意地を持ってでも奮戦し続ける。
……正眼帝の願いは“善き願い”だと思います。多種多様な種族が共に手を取り合える世界を作るのであれば、スケさんもお手伝いしたいほどです――ですが、あの願いは歪んでおりまする。
「今を生きる命たちを刈り取る……全てを家畜にしてしまうかの如き、ですぞ……!
それは本当の“善き願い”ではないと、スケさんはしかと感じている所存!!
――この理想郷を続けさせる訳には参りませぬのです!」
「ハハハ――正直私もそう思う。うむ、お前は正常だな!」
だからこそ止めるのだ。この偽りの理想郷を、必ず終わりにする!
同時。似たような事に思いを馳せているのは、雪之丞もであった。
振るう剣撃。ヴェルミリオの負担具合を見ながら立ち位置を変え、ディリヒにも斬りかかりながら。
――ねぇ、導満。
「もしこの理想郷に殉じれば、輪に加われば、拙は生者に寄り添えるのでしょうか」
「雪の嬢。既に答えを内包しているなら、他者に問うものではないよ。
――君はもう悟っている筈だ。君が欲しいのは、答えではないのでは?」
「……そうでしょうね。ええ――やはり『そう』でしょうね」
友の旅立ちに、別れに、涙一つ零せぬこの身なれど。
分かる事もあるものだ。『否』であると。
……心は未だ掴めねど、分からぬからこそ、畏れ、求めたのです。
この意志は、己だけの物。誰ぞに委ねるモノではなく。誰ぞの為に捧ぐモノでもない。
――ここはそれを穢す、愚か者の城でしょう。
故にこそ彼女も止める。この地で進まんとしている事を……
ディリヒと激しく攻防を交えながら――と、その時。
「ディリヒ君――やっと見つけましたよ。ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「おお――おぉ! お前か。待ちわびたぞ!」
高速で駆け抜けてくる影が一つ、あった。
それは神使側が一人。鏡(p3p008705)である。
街を、森を。数多を駆け、邪魔立てする者を切り伏せ、此処までやって来た。
あぁあぁ絶対会いたかったんです。『あの時』アナタは私を欲しいと言ってくれたから。
私を必要と言ってくれたんです、消耗してなお私よりも強いアナタが――
「私、あの時の言葉が嬉しくて嬉しくて……だから」
だから。
どこか、高揚しながら。どこか、胸の内の鼓動が早まりながら――
彼女は、告げるものだ。
「殺しに来ました」
嬉々として――その言葉を。
ディリヒくん、死ぬまで戦いを楽しんで。
舞い戻ったこの時もただ戦いを楽しんで。
そんなアナタの心が折れる姿は残念ながら見れなさそうです――から。
ならばせめて斬って斬って斬って。
「アナタの全てを――味合わせてもらいますねぇ?」
「ハハハ――よかろう、来いッ! 私もまた、お前を一つ余さず飲み干しみせよう!」
互いの間に迸るは殺意と闘志。
受け止めてください、ディリヒくん。
私は鏡、この身こそ一振りの刀
我が一閃、修羅も神もことごとく斬り伏せよう。
――激しく瞬くが如く激突する。紡がれる傷は双方に。
鏡の頬に、ディリヒの脇腹に。刻まれ続ける、此処にいる証。
あぁ――満たされている。
血を吐こうが、身体が抉れようが関係あるものか。
「は、は、は――」
それはどちらの声であったか。いずれであろうと、鏡の心は変わらない。
強いアナタを斬ることで、私はまた一つ強く、完成に近づくのだから。
――激戦生じる。
神使ら複数名に加え空や弥鹿、導満を含めた戦力は、守人を圧倒しディリヒの猛攻を押し留め――いやむしろ押していたと言える。
が。死闘こそ燃えるのかディリヒの抵抗は激しく。更にこの地はあくまでも常世穢国――つまり各所より守人らが駆けつける、あちらに地の利があったが故に、あと一歩が押し切れない。
「干戈帝、此処はお退きを――!」
「退く? 馬鹿な事を言うな。血みどろの闘争こそ望むところであろうが!」
「……全く。なんとも血気盛んなお方です」
紡ぐは沙月だ。守人の制止を、ディリヒは聞かない。
やがて徐々に守人の援軍数が多くなり始めれば――やむなし。一度態勢を立て直そうかと、神使側は思考を巡らせるものだ。ディリヒを倒すには十分な戦力に加え……守人らの妨害も必要であろうか。一方で彼方側も、血気に逸るディリヒを止めんと必死な様だ。
さて、どうしたものか――と。同じ頃。干戈帝が引き付けられている事に勘付いた一人は『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)であった。錬はこの地に訪れるのは初めてではない……事前に調査に訪れた時に、街並みをある程度把握している。
「今が好機か――さて、折角話した仲だ。生者も死者もあるべき場所に帰らせないとな」
故にその行動は迅速。周囲を俯瞰する視点と共に、周辺の状況を索敵しながら。
紡ぐ攻撃は、見つけた守人や住民達に対して――だ。
聖なる光が彼らを襲う。生者ならともかく、偲雪の精神干渉に完全に落ちている幽体の者共など……無駄に問答しても仕方がない。どうせ彼らの答えは何を聞いたって決まっているのだから。
「無理やり言う事を聞かせたら差別も何もないが、それじゃあ異なる道も交わらず新しいものも入ってこないのも道理だったか――それを分かっているのかいないのか。それとも目を逸らし続けているのか……」
消え失せた幽体ならばそのままで良し。生者が気絶せしめれば、破壊活動に巻き込まれそうな建物からは離れた所に縛って置いておこう――後で余裕があれば回収してもいいし、神使の仲間に任せても良いのだから。
「……融和を目指した帝が魔種に至るとは。
些か思う所はある、が……今を生きる者たちの妨げになるのならば答えは一つだ。
……如何なる想いが在ろうとも、成してはならぬ事があるのだよ」
同時。錬は――この地の主がいるであろう、城の方向を見据えるものだ。
交流を結んだ先の出来事で些かショックではあるが。
正面からぶつかると決めたのならば――後は進むだけだと、彼は頭を振って雑念を払った。
更に『夜妖<ヨル>を狩る者』金枝 繁茂(p3p008917)もまた、街で動いていた。
「鳥の骨で出汁をとった料理が生前の鳥と同じかと言えばそうではないでしょう――霊魂も同じことが言えると思うんですよね。そうなると偲雪、あなたは何になるのでしょうね」
彼もまた、偲雪がいるであろう方向へと視線を滑らせながら街を巡る。
その目的は死霊達の成仏。干戈帝を抑えられている間に少しでも数を削るのだ。
さすれば其もまた、偲雪の力を削る事能おうから。
「う、うわ! 何だお前は……ぐああ!」
「――ふむ。やはり霊であれば、成仏させる手段はありそうですね。
ま、些か力を奪う必要もありそうですが……そこはやむなしですか」
故に繁茂も試す。彼らを霊魂として操れるか、或いは成仏させられるかを。
結論から言えば――成仏させる事も可能ではある。
ただし目的無く漂う雑魂ではなく、偲雪の支配下にあるが故だろうか……一度戦闘不能に近い状態へと持ち込むことは必要そうだし、霊魂を操作する術は効かぬ様だ。戦闘力を宿す守人などその傾向が顕著でもある。
まぁ――それならそれで構わない。
冷淡なる闇の斬撃によって、彼らを三途の果てへと送ってやろうではないか。
「どちらでも同じこと。折角ですし、貴方達の能力を探らせてもらいましょうか――
私は別の国では先生をしていましてね。この国じゃ当たり前の妖怪の研究をしているのですが……そのサンプルケースとして実に適任だ」
はたして霊魂には如何程、操作の術が効き能うのか。
友好的か否か、意思の疎通がどれほど正確に辿れるか。
――まぁ死者と生者の会話がまともに成り立つなんて。
「あなたも思いませんよね?」
繁茂は紡ぐ。目の前に出でた守人に撃を同時に放ちながら。
或いは――彼らの主であろう、偲雪を見据えての言であっただろうか。
●
そして時を同じく。
常世穢国の中央に在りし『城』でも動きは生じていた。
偲雪が、自らの下へ訪れんとする者を受け入れるからである。
……城の外で騒ぎがある事を承知の上で、しかしそれでも彼女は微笑みを崩さない。
「よく来てくれたね――やっぱり私に協力してくれるの!?」
「えーっと……ハァイ、初めまして。アタシはジルーシャ・グレイよ、どうぞよろしくね」
「あっ! 今『ハイ』って言ってくれた!!」
「違う違う違う! そーじゃなくて、ええと……偲雪ちゃんは面白いわねぇ!」
そんな彼女へと声を掛けたのは『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)である――ちょっといつもより声が抑え気味な感じがするのは、彼女が『お化け』の類であるという話を聞いているが為だろうか。
上擦りそうになる声を頑張って、めっちゃ頑張って抑えているのだ――
――ええ! だって正直に言うと怖いわよ!? だってお化け……お化けよ!!?
(もうすっっっっっごく怖いに決まってるじゃない!)
でも、そう。
アタシはイレギュラーズであると同時にカウンセラーなんだもの。
(話を、聞いてあげないとね)
呼吸を、整える。
街も森もお化けだらけと聞いて、それならせめてお化け一体の方がマシだろうとジルーシャは此処に来たのだ――まぁ。幾らお化け達の街でも、建物や木を壊すのは忍びないという面もあったのだが――
ともあれ。心の臓の鼓動を抑え、そして。
「……ね、アンタにお願いがあるの。本当に皆のことを思っているのなら、街の人達を家に返してあげてくれないかしら?」
「うーん、それは何度か言われたんだけど……分からないんだよなぁ、どうして?」
「だって例えば……例えばよ?」
アンタとまったく違う考えを持っている人がいたとして。
その人に無理矢理アンタ自身の願いや気持ちを変えられちゃうの。
「それってすっごく悲しくて、怖いことじゃないかしら」
「どうかな? それが悪意があって、誰かが不幸せになるならそうかもしれないけど――
でも『私は違う』よ? 私はね、皆が笑顔でいてほしいだけなんだ! うんうん!」
「……『それ』も、本当に幸せな事かしら?」
ジルーシャは、見据える。
偲雪の魂を、真正面から。
……彼女はどこまでも純真だ。今言った事を全て心の底から信じている。
絶対に覆さないラインなのだろう――『自らが正しい』というのは。
「のう、偲雪。わしはな? 例え辛くとも先が欲しいのじゃ」
刹那。言を紡いだのは『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)だ。
――放っておいても良かったのだが。
しかし何も言わずにただ黙して見ているだけ、というのもつまらなかった。
故に告げよう。故に問おう。
少しばかり話をしようではないか――偲雪。
「笑いの絶えない今が続くのは幸いかもしれん。しかし辛さを超えた先はもっと幸いがあるかもしれん――わしはその未知が見たいのじゃ。お主が紡ぐ未来に、未知はないのじゃ。ただ笑みのみが支配する既知ばかりであろう」
おぬしが作ろうとしている世界に賛同する者は少なくなかろう。
それは良い。例えそれが強制されたものだとしても……世より爪弾きにされた者からしてみれば有難いじゃろうて。拠り所足り得る地が在るという事は尊い事やもしれんな。
じゃが。
「優しさも過ぎれば毒になる。甘やかすだけの親の元で子は成長できぬ。
分からぬか? おぬしも笑わせるのではなく笑ってほしいじゃろう?
――もう少し子らに任せてみんか? それが成長の糧というものでもあろう」
「――ダメだよ。だって、私がいなくてもなんとかなるなら、もうとっくにこの国は笑顔で溢れてる筈でしょ?」
「それでも、じゃ」
瑞鬼は言を続ける。その言の節々に憎しみはない。軽んじる声色もない。
――まるで、親が子を諭すように語るのみ、だ。
大きすぎる力と優しすぎる心を持った童よ。どうか聞いておくれ。
「一人で国は作れぬよ」
一人であったから、お主はかつて失敗したのではないかの?
分かる筈じゃ、向き合えば。分かる筈じゃ、わしの言葉が。
届きたまえ。かの者の心に、根差す記憶に。信ずる夢があるのなら。
なぁに。どうしてもだめなら――ほかの神使たちがなんとかするじゃろうて。
「偲雪さん。ボク達も平和を望んでる――
だけど、ボク達が考える平和と貴方が考える平和は違ってる。
人々が笑顔になれる事と……意思を操る事は違うんだよ」
「うん――? それはどういう事? みーんなが幸せだったらそれでいいんじゃないかな?」
続いて語り掛けたのは『魔法騎士』セララ(p3p000273)だ。
彼女もまた、偲雪との対話を試みんとしている。
……戦うだけではなく、話し合いで解決できる望みがあるのなら――捨てたくないから。
「それはダメだよ! 意思を捻じ曲げて、無理やり此処に来させるなんて、それは暴力だよ。でも、その国の『話し合いや教育の結果』としてその人自身の意志で平和を目指すのは大歓迎だよ。誘拐じゃ無く、その人自身の意志でこの国へやってくるならOK!
――平和的に目指す事は出来ないのかな? それだったらボクは協力したいぐらいだよ!」
故に、セララは続ける。偲雪の心に届かせるべく。
だから妥協点が見つかれば良いと――セララは切に願うものだ。
そして何より机上の空論で終わらぬ様に。例えば。
「難民とか食べるのに困ってる人を招いてみるとか、他の街へ行って宣伝して、開拓民を募るとか――色々方法はあると思うんだよ! ね? そうすればさ、誘拐なんて無理な事をしなくても、人は集まってくれるよ!」
「ううん。それじゃあダメだよセララちゃん。だってそれじゃあ――『皆』を救えない」
しかし。セララの提案では成せぬのだと偲雪は語るものだ。
偲雪の望みは『一人残らず余すことなく救う事』なのだろう。
誰も除け者にしない。いや……
皆が笑顔であれば、それが最上だと彼女は信じているから。
『望む望まない』は関係ないのだとばかりに。
「偲雪さん……さっきも言ったじゃないか! それはダメだよ! そんなのは分かりあってないよ!」
ボクたちと偲雪さん。平和を目指す人達で争うなんて結果は、悲しいのに――
「はっはっは! 私ちゃんのことは、秋奈ちゃんって呼ぶといいよ!
――悪だくみのためにお話をしに来ました!」
「秋奈ちゃん? ふふ、面白い子だね! お話ってなぁに? どんなの?」
「私ちゃんのお話? 聞いちゃうそれ聞いちゃう? 話、めっちゃ長くなるけどいい?」
その時。『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)も偲雪へと接近する。
――いやはや偲雪っち、やばたん!!
セララっちとの話も横から聞いてたけど……奥底で何考えてんのかさっぱりわかんないな! えっ? 私ちゃんが言うなって? そりゃそーかもぶははっ! ま、とにかく――まずはアイサツ済ませれば『まだ』あった事ない神使なら興味持ってもらえるっしょ、多分!
……ちゃんセララみたいに強く在れるか分かんないけど。
それでも黙って事態を見守るなんて――秋奈ちゃんじゃないのさ!
「最近の豊穣の話とかウケそう? そうそう愛を振りまいて、突然どこかに行ってしまったおにーさんの話とか、面白そうじゃね? いやぁありゃ急転直下のジェットコースターみたいな感じでさ――」
「わぁなにそれ! そんな人が外にもいたの?」
「そーだよそーだよ! 興味ある? ある?
あ、そういや前に街に来た時、羊羹めっちゃうまあじだったんだよね!
なに。地元の味ってヤツ? 意識どころか魂がぶっ飛ぶぐらい衝撃だったね、うんうん!
なーなー志屍ちゃん、美咲ちゃんもどうよ?」
「……いえ私は、今頂くのは遠慮しておきます」
直後。秋奈が話を振ったのは『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)に『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)へと、だ。瑠璃は眼前に在りし食物の類には手を付けず……しかし偲雪と本音の語らいが出来れば、と視線は彼女へと。
――なにより。話しに熱中して仲間の活動に気付かないでくれたのならより上々でもある。
感情を顔には出さず、平常心を保ちながら……瑠璃も口を開いて。
「まずはお近づきの印に此方でも。再現性東京で仕入れたモノです――
再現性東京は外界が原型。恐らく偲雪さんもご存じではない代物なのではと……」
「わああ! なにこれ、凄いね! こっちは浮世絵? ってヤツかな!」
同時に差し出すは、浮世絵草子や俳諧集など――の、レプリカだ。
江戸期の太平の世で花開いた文化の数々。戦無き世の雫こそ彼女も気に入るのではないかと。恐らく彼女にとっても初見であろうと推察できるし……実際に、偲雪も飛び跳ねる様に嬉しがっているものであった。
――まぁ。意に添わぬ者を洗脳して作った都で、これと同程度の文化が生まれるなら、それはそれで大したもの……などとは微塵も思っていませんよ? ええ。本当に、全く、欠片程も。ええ。
「さて本題ですが――お城に来るまでに聞こえた民衆の声は異口同音の内容でした」
常世穢国の帝を讃えて故郷に感慨も抱かず。
家族の元に帰るのではなく家族が来ればよい、という感じで。
――誰も彼もが、まるで『全く同じ人』にしか見えなかった。
「本当に”異口”だったのでしょうかね。大目標は大変結構ですが、そのために相手を洗脳したのならそこにいるのは民ではない――都にいるのは偲雪さん一人と何が違いましょう」
「? でもでも、違うよ? みーんな笑顔であるだけで、それぞれ暮らし方は今まで通りだもん」
「……『それ』こそが正に『一人』だと申し上げているのですが、ね」
話が通じているのかいないのか――偲雪の認識では問題ないと思っているようだ。
操っているのは『笑顔』である事『差別をしない』事。
それ以外は今まで通りだから問題ないでしょ――? と。
「だから、この国を外に広げて行こうとしてるんスか――?
私、それはやめたほうが良いと思うんスよね。
……少なくとも此処に、この国を外に広げる事に賛同してない人がいるんスから」
続けて美咲は、此処に至るまでに撮影した数々の資料を広げるものだ――
街の人々と話をした時の映像。此処より出でんと、外に誘った時……
「人々は明らかにそれを嫌がりました」
「だって外は危ないもん! まだ私の力が広がってないから差別が残ってるんだよ?」
「是非の問題じゃない。貴方は人々の意に反することを行おうとしていまス。
――それを自覚してください。
例えどんな理想だろうが、良い面ばかり見ていて成せる事など無いんスよ」
……美咲とて偲雪の考えている事全てを否定するつもりはない。
貴方の考えが立派なことは理解できまス。でもねぇ――
「私はクズだから対話は万能じゃないって思っちゃうんスよ」
だから、使うつもりがないとしても武器を持ち込んで話そうとするし。
今この瞬間にも魔種としての干渉が在る前提で――対策を取っている。
封ずる感情。内に潜めて、偲雪から醸し出される『力』に絆されぬ様にするものだ。
……偲雪の認識の方を変える為の言葉を繋ぐには、一手でも時間が必要なのだから。
「そんな事はないよ……きっと話せば皆、分かってくれる!」
「立派な事スね。でも、万能じゃないっておかしい事でしょうか?」
繋がりって結局そんなモノではないでしょうか。
それぞれ想いがあって、譲れなくて、対話でそれを――『調整する』
その果てにこそ誰もが納得する世界が広がる。
「そもそも……『話せばきっと皆分かってくれる』……いい言葉スね。
でも――逆に問いたい。『貴方』は皆を分かっているんスか?」
そして。偲雪は本当に『他者』を見ているのか?
己の内に閉じこもり、自らにしか見えぬ理想に浸っているだけではないのか。
もっと率直に言うならば――自らの『異常』を理解しているか?
美咲は、慎重に偲雪の瞳を覗き込まんとするものだ。
彼女の心が何処にあるか――さて。
「来たよ――偲雪さん」
「あ、シキちゃんだ! いらっしゃい! そっちはお友達かな?」
「初めまして、ね。私はリア。貴方が……シキの言ってた偲雪、ね」
続けて。偲雪へと語り掛けたのは『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)だ。傍らには『玲瓏の旋律』リア・クォーツ(p3p004937)と『ゴミ山の英雄』サンディ・カルタ(p3p000438)の姿も見受けられる。
(……全く。友好的に見えても魔種の、こんな近くまで来るなんて、な)
同時。サンディは周辺の警戒をしながら、シキとリアに思考を巡らせるものだ。
どれだけ穏やかに見えても相手は魔種。危険が何処に潜んでいるか分からないというのに……ただ、別にリアとシキが甘いとは言わない。
成したいのならば成せばいい。自らはソレを全力で支えるだけだ。
――自らも訪れたのは『万一』の際に、自らがその場に行けたのに行けなかったら。
(後悔するんだよな――100%さ)
その想いが在ったのだから。
故に彼は周囲を徹底的に警戒。妙な霊が潜んでいないか、地形が悪くないか……と。
同時、リアは感じていた――偲雪の旋律を。
……なんだろうか。頭を打つ様な、酷い音色ではない。
けれど。心が穏やかになる様な暖かい音色でも、ない。
(……これは)
微かに、眉を顰める。
――しかし今は偲雪と話をするのだと眼前を見据えるものだ。
魔種は倒すべき存在であろう。相手はこの世界を滅ぼす因子を貯め込む存在だ。
……だけど、そう簡単に割り切れるモノじゃないのよ。
(魔種だって……誰かを助け得る存在だって、いるでしょ)
――例えば。あたしの母親を助けてくれたような――
だから、貴女の事をちゃんと知りたいの。
「ねぇ――貴女は鬼とヤオヨロズの確執を無くしたいと願っていると聞いたわ。
その為に行動した帝なのよね。そしてそれは……今も変わっていない、と」
「うんうんそうだよ! 今だってずーっと思ってるよ!」
「でもね、今の豊穣は、確実に貴女のその願いの先へ歩んでいる。
知ってる? 霞帝が、天香が、豊穣に住まう人々が――ソレを願ってるの。
明るい未来を。豊かな平穏を。誰もが誰をも思いやれる世界を」
故に、と。リアは言葉を続けるものだ。
「貴女を慕う魂達が輪廻を巡り、再びこの地に生を得た時……その時はきっと、あなた達が夢見た豊穣があるはずよ。貴方が、他者を操ったりする必要はないの。貴方の願いは……紡がれていくから」
あたしは聖職者。
穢れを祓い、罪を赦し、魂を見送り、その安寧を護る者。
あたしの祈りで、ここの魂達の新しい旅路を示してみせるから。
「皆を開放してあげてほしいわ。そして……貴女も、心穏やかに休んでほしい」
「ふふ。リアちゃんは優しいんだね! ありがとう!
でもね……私の事はいいんだ。それよりも、リアちゃんにこそ心穏やかであってほしいよ。
なんだかリアちゃんは、疲れてるように見えるし」
「――私が? いいえ、私は大丈夫よ。
それよりも……今を生きる者達に、未来を託してほしい。
きっと。皆一人でも――歩んでいけるから」
刹那。頭が軋む様な頭痛が……生じた気がしたが。
微かに頭を振るだけで痛みは霞消える。
……それよりも偲雪だ。彼女に、問いを重ねても彼女は揺るがない。
『自らが必ず豊穣を豊かにするのだと』――強い決意が、その瞳に宿っている。
覗き込めば誰をも引きずり込みそうな、そんな気配をも感じる程に。
「なぁ、一つ聞きたいんだけどよ、アンタは……」
直後。周囲に妖しき敵が存在しないか警戒を続けていたサンディが、言を紡ぐ。
平常なる心を共に。偲雪の心に、必要以上に感化される事なきように。
水面揺れぬ様にしながら――紡ぐ、のは。
「アンタが生きていた当時は……やっぱ、寂しかったか?」
「――寂しい?」
「や、俺だったらまー多分『寂しい』だろーな、って位の話だけどよ」
どのような政策であれ。どのような行動であれ、万民が納得しうる一手などない筈だ。
……であれば、彼女の行いによって疎遠になった者などがいたのではないだろうか。
場合によっては敵に――など。
自分から、離れていく者がいたのではないか?
……自らが動いた事によって不幸になってしまった人もいたのではないか?
「アンタには、傍に誰かがいてくれたのか?」
「――」
「たられば、なんて話しても仕方ないけどよ。でも……そうだな」
もしも、その当時に。
「『サンディ・カルタ』が豊穣にいれば、よかったんだけどなァ」
そうしたら寄り添えていただろう。
何が出来たか、は分からない。でも、きっと。
レディが泣いてもいい時間を作る事ぐらいは出来ていたかも――しれないと。
彼は紡ぐものだ。
……心の底より、嘘偽りなき儘に。
「――サンディは優しいんだね。うん、そうだなぁ……
寂しい、寂しいかぁ……そういう感情ももしかしたらあったかもしれないね。
私が殺されちゃった時。恨みはしなかったけど――胸にぽっかりと穴が開いた気がしたから」
されば、偲雪もどこか昔を懐かしむ様に……サンディへと応えるものだ。
偲雪は鬼に向けられる差別をなくさんと尽力し、しかし性急すぎて殺された。
……優しい偲雪はそれに怒る事も、憤る事も無かったけれど。
自分の事を分かってくれない人が沢山いた事に――そして殺しまでしてくる事には――
確かに、寂しい感情が湧いたのかもしれない。
「でもね。だから今度は間違えないんだ。今度こそ成功させてみせるんだ」
けれど。『だから』彼女は突き進むのだ。
この力をもってして。今度こそ差別なき世界を皆の為に作るのだと――
説得は能わぬか――? 否。
「ねぇ偲雪さん」
まだシキは諦めない。
「私はあなたと一緒にこの国には住めないよ」
「――どうして?」
「私ね。偲雪さんと仲良くしたいと思ってる。でも」
この国に住めない理由は、洗脳してこの国に囚われている人がいるからとか。
間違ってると思うからとか、そんな大層な理由じゃないんだ。
私、そこまでイイ子じゃないもん。
「それが”あなたの”望みじゃないからだ。
ねぇ――あなたの、本当の願いごとを教えてほしいんだ」
「私? だから、私の願いはね、皆の――」
「皆の、じゃなくて『偲雪さんの』だよ」
皆。皆と。
偲雪は只管に『誰か』を口にしかしない。
でも違うんだ。私が聞きたいのは『偲雪さん』の願いなんだ。
”皆”の想いを飲み込んだあなたは、きっとすごく優しい人。
でもね――たまには自分の想いだって吐き出してみないと。
「私、私ね。”あなたが”どうしたいかを聴きに、ここまで来たんだよ」
教えて。あなたの願い事を。
もし他の誰でもない”あなたが”私にここに住んでって。
一緒に確執を無くすのを手伝ってって、そう願ってくれるなら――
私はそうしてあげる。
でも、あなたの『声』を聞けないままには。
「いられないから」
「シキちゃん」
――教えてもらえるまで何があっても退かない。
彼女は一歩、踏み込む。
もしも魔種たる偲雪の気が変われば、刹那に命奪われるやもしれぬ領域へ。
恐れずに。臆さずに。信じているから。
だから、ねぇ。偲雪さん!
「シキちゃん、あのね――」
同時。偲雪の口が、シキの耳元へ。
何か、囁くように彼女へと紡がれた……刹那。
「――我が主。戯れもそこまでに」
その動きを遮ったのは、『朱色の決意』百合草 瑠々(p3p010340)だ。
――彼女は神使。まごうことなきイレギュラーズだ。
しかし。彼女の視線は今や、偲雪にだけ注がれている。
彼女を主と敬い。彼女に旗を捧ぐ。
――我が旗、我が身、貴方の為にお使いください。我が主。
瑠々は、その心を狂気に委ねんとしているのだ。
「瑠々さん!」
直後。そんな瑠々へと声を紡いだのは『あの夜に答えを』エア(p3p010085)だ。
「……何も言わずに居なくなったと思ったら、こんなところに居たんですね。
でももう大丈夫ですよ――さぁ瑠々さん、わたし達と一緒に帰りましょう?
とびきり美味しいご飯を作ってあげますから! 楽しみにしてたじゃないですか!」
傍には『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)や『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)もいる――いずれも瑠々と知古の間柄だ。明らかに様子のおかしい彼女を引き留めんと声を、手を伸ばして……
しかし。
「フラーゴラ、エドワード、エア」
瑠々は、止まらない。
「私を殺すのなら今、この場で殺せ」
「瑠々さん――」
「私はな、今までは確かに死にたかったさ。でもな、もう死ねなくなった」
だから、袂を分かつ時だ。
「――もうお前たちの傍にはいられない。」
「瑠々さん。それは、本当に本心なの?」
「フラーゴラ。これは世界平和の為だ。主の導く先にこそ、理想郷がある。
分かっているだろう。人と人が争い合う事の根源的理由など……」
争いも憎しみあいがあるからだ――ならば、それを奪ってしまえばいい。
人はそうしてしか幸せを生きられない。歴史を振り返れば分かる事だろう。
世界平和の為には、超常の力が必要なのだ。
戯言だと思うか? 理想論だと思うか? 違う。この方ならそれを出来る。
「――偲雪さん。どうして魔種になったの?」
瞬間。その偲雪へと言葉をフラーゴラは紡ぐ。
どうして平和を願ったの? ワタシから見る偲雪さんはめそめそ泣いてやだやだって駄々をこねて……そうしてただ、誰かが手を伸ばしてくれるのを待っている――
「そういう風にしか見えないんだ。餌を待って口を開けてる雛鳥だよ」
「そうかなぁ? 私は、私に出来る事をやってるつもりだよ? ね!」
「そうだ。フラーゴラ、主を侮辱するなら……お前とて許さんぞ」
「……瑠々さん。どうしても死にたいんだね? なら」
瞬間。瑠々の堅い決意をフラーゴラは感じ取れば……
言うものだ。一呼吸、間を置いてから。
ワタシが、殺してあげる――と。
「でも。それは今じゃない」
通りすがりの名も知らない人に殺されるんじゃない。
ワタシがちゃんと殺して安らかに眠らせてあげる――
だから……猶予をちょうだい。
「瑠々さんがちょっと生きてもいいかなって世界をワタシが作るから」
「――フラーゴラ、お前には無理だ。お前の勝手な理想に私を巻き込むな」
「無理じゃないよ。世界が瑠々さんに優しくなるように……
必ず、してみせる。そして――ワタシが瑠々さんの主人になる」
「……なんだと?」
本当は。駄々をこねてでも瑠々さんにはこっちにいてほしい。
でも、きっとそんなやり方じゃ駄目なんだ。子供じみた泣き言じゃ、届かない。
それじゃきっと偲雪さんと同じだから。まっすぐに目を見て――伝えるんだ。
ワタシたちは対等だと。
……大切な、お友達だと。
「偲雪さんじゃなくてワタシが。ワタシは魅力的。
偲雪さんより面白いよ。一緒にカフェでお茶したり、家でクッキーを食べたり、海で水着で遊んだり――そこにはエドワードさんもエアさんもいるよ。ねぇ……瑠々さん」
ワタシや皆といるのは楽しかった?
ワタシは……楽しかったよ。
だから。もう一度歩もう? こちらの道で――
震えそうになる手を誤魔化して。泣きそうなぐらい目の奥が熱いけれど、堪え忍んで。
フラーゴラは語り続ける。今、自らに出来る精一杯を、彼女に伝えるのだと……
「……フラーゴラ、エドワード、エア。もう、お別れなんだ」
だが。瑠々は、ただ。
首だけを振った。もうこれで終わりなんだと、言わんばかりに。
……お前達といたのが、本当にうざったいと思ったか?
違う。何より大切だから、傷つけたくないんだよ。
死にたいと思ってしかいなかった私にとって……大切な思い出だ。
――お前達は全てを忘れて幸せになれ。
「この国で生きるのなら、それも認める。でも、認めないというのなら敵だ。
お前達でも我が主に害をなすなら――殺す。私はお前達を害す事に、抵抗はないぞ。
所詮平行線なんだよ。私たちの理想は。だからもう、関わるな」
「……瑠々さん。そうなったら、歓迎会は地獄で準備しないといけなくなりますよ?」
「何度も言ってるだろう。承知の上だ」
「ふふっ。やっぱり、瑠々さんはどこか頑固ですよね――でも。
わたしも簡単に貴女の事を諦める気はないんですっ!」
説得能わぬ。エアも、どこまでも続けるが。
――ならば此処で一戦交えてみせようかと。
斯様な気配も紡ぎ出すものだ。
彼女が折れるまで続けてみせようか。手加減なしの全力で。
あぁ――どうせ。生半可な程度じゃ死ねませんもの、ね?
「待つんだ――戦う事はない。少なくとも今この場で、雌雄を決する事はない筈だよ」
刹那。そこへと介入してきたのは『春の約束』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)だ。彼は、一触即発な空気が醸し出される中――偲雪の前へと立つ。
彼女を。偲雪を護る様に。
「イーハトーヴ! イーハトーヴは分かってくれたんだね――」
「……偲雪さま」
さすれば。彼も此方に付いてくれるのかと偲雪は笑顔を綻ばせ……
しかし、彼は首を振る。
「偲雪さま。俺、貴女のことが本当に好きだよ。
本心だよ。魔種だとか、そんなのはどうだっていい――
でも、ごめんね。俺は、貴女と一緒には在れないんだ」
「どうして? なんで? 私もイーハトーヴの事、すきだよ?」
「うん――ありがとう。でも此処の外にもね、友達が、大切な人達が沢山いるんだ」
だから。閉じた世界にはいられない。
自惚れかもしれないけど、その人達は貴女の手を取れば悲しむと思うから。
――彼らの心に、涙の雫を零す訳にはいかないから。
……しかと心を保ちながら、彼は一つ一つ言葉を慎重に紡いでいく。
自らが手に抱く『家族』と共に。心内で会話を行い――自らの正気を保ちながら。
「でも聞いて、偲雪さま。友達になりたいっていうのは、本心なんだ」
貴女の世界の一部になれない俺を貴女は友達だと認めてくれないかもしれないけど。
俺は貴女を、友達になりたいと願った君を、守ってみせる。
「最初に会った時に言ったでしょう?」
放っておけない、って。
「だから、護るよ。この一時だけでも。貴方を傷つけさせたりは――しない」
「――うん。一緒にいてくれないのは残念だけど……ありがとね、イーハトーヴ」
「……どういたしまして」
にっこりと、微笑む偲雪の様子。
神使らを攻撃はしない。かといって偲雪を害させもしない。
理解し合えなかったことを悲しむ彼女に。
完璧に分かり合えなくても友達になれると示すのだ。自らの在り方で。自らの在り様で!
「……イー君」
そして、様子を見守っていたのは――イーハトーヴの言う『彼ら』の一人。
『結切』古木・文(p3p001262)であった。
……イーハトーヴの事だから、何か考えがあって留まっていたのだろうとは思っていた。
無理やりにでも連れ帰ろうと思ったのも何度か。しかし邪魔をするのもどうかと悩ましい。
この場の状況がどう転ぶかまだ分からない――だが文は決めている。
如何様になろうとも、イーハトーヴの安全を確保すると。
……幸いなのは彼の精神が狂気に狂わんとする様子はない事か。紺色に桃色の紐を自らの手の内に収めながら文は安堵の息を微かに零すものだ。イー君と一緒に作って交換したお守り……かつて、呪われかけた時には随分と助けられたっけ。
これを即座に使う様な事態に成らない事だけは――良かったと。
「それにしても……狂ってもあれだけ純粋な顔を魅せる事が出来るのか」
……まったく、やりにくいなぁ。
そう思うのは、やはり件の魔種――偲雪に対してである。魔種である事と行動が飛躍しているだけで性格は穏やか……もっと分かりやすく外道であったり、狂気に染まっていれば倒しやすい者だったのだろうが。
ともあれ彼は視線を滑らせ、逃走経路の確認をする。
万が一の事態に備えて、だ。良くも悪くも混迷する状況であれば、足音を忍ばせる彼を見つける事が出来る者はおらず……
と、その時。
「――偲雪。まずい事になった」
偲雪の傍へと現れたのは、一人の男。
この地を守護するかつての帝が一人――雲上なる者だ。
「神使らの行動が激しく、城下において損壊が多々発生している。
守人らが出撃しているが……このままでは無視できん損害となろう」
「――どういう事? どうしても、分かってくれないって事? ディリヒは?」
「いつも通りはしゃいでいる。が、どうせ奴一人では一方面が精々だ――」
で、あれば。偲雪の声色が――少しだけ、変じた。
……偲雪は優しい気質に常に包まれている。
自らの在り方が、言の葉で否定されても怒りはしない程に。
だが自らの理想の地を害さんとするのであれば話は別だ。
「乱暴な人達には、ちょっと強く――説得する必要があるのかなぁ」
彼女は結論ありきで行動している。
誰もが笑顔の世界は誰だって幸せだから『過程』はどうでもいい。
例え拒否しようが『そう』なってくれれば分かるから。
だから沈んで。
紫煙微睡の中に。
永久に夢を見続けられる世界に――
刹那。偲雪の身中から巨大な、何かの圧が放たれる。
それは外傷を齎しはしないもの。ただし脳髄を揺さぶり、精神を乱し誘う力。
只人であれば――瞬時に偲雪の世界に取り込まれるであろう微睡の力。
強力な呼び声と捉えてもいいかもしれない、その奔流の最中。
「うっ、これは――! イーさん! 大丈夫? 意識は、ある? 乱されてない!?」
「――あぁ、リュカ、シス」
「良かった、ボクの事は分かるね!」
素早く動いたのは『拵え鋼』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)だ。彼は友達であるイーハトーヴの下へとすぐさまに跳躍――偲雪の傍にいて力に飲み込まれんとしていた彼の身を確保する。
呼び声の影響はあるだろうか? 意識は――あるか?
……微かに瞳が淀んでいた様子が見受けられたが、しかし重篤な症状はなさそうだ。恐らく彼が心の中で偲雪に抵抗したからだろう。さて、では、この瞬間から次はどう動くか。
(偲雪殿――)
その表情には微笑みが張り付いているが。
どこか。狂気が内包されている様にも感じるものだ。
先程までとはどこか異なる。ならば――
「偲雪殿。貴方の想いは、きっと尊いものなんだとボクは思います。でも」
友達を傷つけるなら此方も退く事は出来ない。
「――御免ッ!」
「おっと。させんよ――偲雪、此処は」
「ううん。私に向かってきてくれてるんだもん。私じゃないと、ね?」
故にリュカシスは踏み込んだ。
未だ力を放ち続ける偲雪へと――されば雲上が狭間に介入し偲雪を護らんとするが。
彼女は制する。そして……
「――うぐっ!?」
踏み込み、全力全霊たる一撃を叩き込まんとしたリュカシスへ、と。
放つは不可視の圧力。直撃せしリュカシスは、ほぼ反射的に防御の構えを取らんとしたのだが……
何故か、全身から力が抜ける。
防御の手を割りこませようとしたのに、どこか踏ん張れない。込めた気合が霧散するかの如く。
これが――偲雪の力――?
闘争の意欲を奪い、此方の拳を鈍らせる。
『戦いたくない』という想いを――此方の脳髄に無理やり上書きせしめるのだ。
……これは厄介だ。一対一ならまだしも、複数人での戦いの時に能力が削がれでもすれば……! 幸いにして精神干渉の対策として身に付けていた幾つかの品があったが故か――吹き飛ばされしリュカシスは壁に激突する前に辛うじて体勢を整える事叶う。
が、闘志にはまだ乱れが生じている――一個人に絞った一撃までに至れば流石に強力か。
クソ、なんだこれは。ボクは、ボクは怒っていたのに。何故か『怒れない』
無邪気の儘に他人を、友達を操る彼女に怒っていたのに――!
「あの女……! 遂に強硬手段とは許さんぞッ! イーハトーヴ殿に星穹までも――!」
「やれやれ……やはり虎も虎児も牙を剥いてきたか。
今少し彼女の力が削がれるのを待ちたかった所だが――最早猶予はないか」
直後。『報恩の絡繰師』黒影 鬼灯(p3p007949)は偲雪の所業に憤慨せしめ、更には『戦飢餓』恋屍・愛無(p3p007296)も動き出すものだ。愛無は偲雪より放たれる圧には平常心をもってして耐えるもの。
良くも悪くも心に作用する異能であれば、心に静謐を保つ事こそが何よりの対策。
事実、愛無のみならず美咲やサンディ、瑠璃と言った面々は偲雪の干渉による影響が少なく見える――故に、動き乱されぬ愛無が偲雪へと反撃するべく捕食行動を取らんとする。
他の神使もそれぞれ動き出すものだ。
脱出を図らんとする者。或いは彼女に対抗せんと動きを見せる者。
様々だが、火蓋が斬られるとすれば偲雪が皆を纏めて攻撃を成すかどうか。
愛無は偲雪の性質上そこまでせぬと踏むが、しかし油断は出来ぬとしつつ――
「偲雪様……まだ、なりません」
と、その時。偲雪の下へと駆けつけたのは星穹(p3p008330)だ。
「あ、星穹ちゃん! ねぇねぇ星穹ちゃんはきっと、私の事分かって――」
「ええ。ええ……ですが、今私が此処で反転したのならば、世界は貴方を益々敵と見なすでしょう。そうなれば最早闘争の果てにしか道はありません。貴方が忌み嫌う血の争いが、やってきてしまうのです」
其れは望まぬ事。其れは避けるべき事。
偲雪の手をしっかりと握りながら――星穹は語るものだ。
貴方の声に、応える事は出来ないけれど。
「一緒にいます」
私は貴女の友です。
だから、貴方が死んでしまうことは望まない。
……ねぇ、偲雪様。
「待ちましょう。理解者が現れるのを。正気であるうちならば、私は貴方の声を外に運ぶことだって出来ますもの……共に。一緒に居ましょう、偲雪様。ずっと一緒に、いますから……私が此処に、いますから」
「星穹ちゃん――でも。外は変わってないでしょ?
私が死んだ後も、ずっとずっと……今の、霞帝? が、頑張ってるとは聞くけれど――
でも! 私だったらすぐにでも幸せにしてあげられるんだ!」
「偲雪様。大丈夫。何も怖くは、ありませんわ……
未来は暗くありません。きっと明日は良い日になると――信じましょう」
それは呼び声の拒否。されど偲雪を否定せぬ寄り添い。
……同時に彼女は小鳥を導くものだ。
知古の者らに届く様に――その一手は鬼灯の下へとも届いて。
「……星穹。どうやらまだ正気は残っていそうだな。
賢い子だと思っていたが、とんだ我儘娘に育ったものだ……
だが、これはまずもって伝えるべき者がいるな――ならば此処で荒事は成せんか」
それは手紙。いや正確にはノートの切れ端か。
ある人物へ――『心配ない』と伝えてほしいという意図が込められた、手紙。
『――先生。私は……ヴェルグリーズの元へ帰りたかったけれど。きっと、それは叶わない』
『……だからお願いです。彼に心配ないと、伝えてもらえませんか』
「……馬鹿者め」
……彼女の頼みであれば無碍には出来ぬと、偲雪へ一撃成さんとしていた鬼灯はしかし――思い直し、手紙は自らの章殿へと預けるものだ。『任せてほしいのだわ!』と立派に答えてくれる彼女に感謝を述べつつ。
偲雪へと向き直る――会話する気は疾うに失せたが聞いておかねばならないことがある。
「貴殿、この停滞した時間と空間の中で皆を巻き添えに心中でもする気か?」
笑みだけが溢れた世界。他は要らず、不要と断ずるこの世界で。
「それが貴殿の望みなのか?」
「停滞なんてしてないよ! 雲上とかが新しい技術は生み出してくれるし――
ここはとーっても楽しいよ! それは私が保証する!」
「……やはり見えていない、か。いや、そもそも解る筈も無いか。
深奥にすら届かんばかりの純然たる想いが――この惨状を作り出したのだから」
憐れみ。鬼灯が偲雪へと向けた視線には、斯様な感情の色が混ざり合っていた。
彼女はやはり魔種だ。
我らが豊穣と、霞帝の敵だ。存在してはならぬ、必滅すべき怨敵。
――貴殿の存在を許す訳には行かない。
いずれは討とう。我らが豊穣と、霞帝の敵たる、貴殿を。
同時――愛無は偲雪より齎される呼び声を断言せしめた。
応えは『NO』だと。
君の望む世界に僕の幸福も平穏も存在しない。
「『らぶあんどぴーす』とは綺麗事にあらず。それは戦ってでも勝ち取るという決意。
――そも、不思議なのだが。もしも仮に僕が恭順したとして……
そうしたらどうなるのかね? 僕に『生贄』を差し出してくれるのだろうか?」
「生贄?」
「あぁ――僕は人食いの化け物であるが故に」
人を喰わずにはいられない『業』を持つのだと。
如何する。それは捨てられぬ己が一端。
――選ばれた者は僕に笑いながら食われるのだろうか。親しい者は、その貪り食われる様を笑って見守るのだろうか。そして『幸せ』だと言うのだろうか。それとも僕が笑って死ぬのだろうか? 僕は誰も食べたくないので死にますと。
偲雪が、微かに困った様な顔を見せる――あぁそうだろうな。やはり『そう』なのだ。
「僕が言うのも何だが。それは随分と歪な世界だ。
結局、偲雪君が望む世界は『人の世』だ。豊穣に始めて来た時、僕は思ったよ。
八百万も獄人も――所詮見ているモノは『人間』だけだと。
それ以外など映っていないのだ。初めから、誰の瞳にも」
「それは……」
「故に何度問われようが応えよう」
NO、だと。
君の望む世界に僕の望む幸福も平穏も存在しない。結局、万人を統べる法などありはしないのだ。
――あぁ。だからこそ偲雪君のやり方は実に正しい。
善良さの中に他者を踏みにじる強さがある。私が強いのだから従えとする『人間』らしいやり方だ。
「あぁ」
君は――実に美味そうだ。
……城下の混乱。城内の騒動。双方が生じれば各所に隙が出来得るものだ。
雲上が偲雪へと連絡する程に生じた、城下の破砕は確実なる成果を結んでいた。
淀みが霧散し、術式の効力が低下している――
この地が偲雪の力によって作られた街であれば、またいずれ修復されるかもしれない。しかしそれは偲雪が力を注がねばならぬという事……楽な事ではなく、下手をすれば彼女の疲弊の方が上回るやもしれぬ。
詰まる所、玄武からの要請は成功したのだ。
各所に生じさせた街の亀裂は確実に偲雪を蝕む。
彼女の、この領域を更に拡大させようと画策していた狙いを阻害させる事叶うだろう。
稼いだ一手の時。
これをもってして常世穢国への更なる対策を玄武は講じるだろう――が。
「あーぁ……あちこち滅茶苦茶にされちゃったね。
折角ばぁー! って広げようと思ってたのに」
「しかし――主。我らがおります。何もかもが後退の道を辿った訳ではないかと」
一方で。明確に偲雪の下へと残った神使もいる――
瑠々に星穹だ。特に瑠々の方は自らの意志と信念をもってして此処にいる。
――これで良かったんだ。これで。
「我が主、永遠にこの世界を幸せにしましょう。その為ならば尽力厭いません」
「うん! ちょっと……ちょーっと予定は狂ったけど、まだなんとかなる、と思うから!
絶対、絶対に――作り上げようね!」
誰も嘆かない世界を。誰もが幸福に生きていける世界を。
瑠々は自らの『主』と共に作り上げるのだと――確信していた。
「まぁ、ただ。城下の人達が犠牲になってるのは――ちょっと許容できないね。
雲上に相談しようかな。前から『まずは足元から固めるべし』って言われたもんね。
だから……」
しかし。偲雪が懸念していたのは支配下の霊魂に幾らか被害が出ていた事であった。
朝顔や繁茂、加えて雪之丞と言った――霊魂に対する技能を持ちし者達が、霊魂を浄化していたのである。これは困った。真に困った。偲雪の支配下とは言え、彼らはあくまで普通の霊魂たる存在であれば、斯様な技能によって削がれる事能う。
勿論戦闘力を奪うなり強引な事はある程度必要であろうが。
常世穢国のほとんどは彼らの様な霊魂によって構築されているのだ――放置していればやがて被害は甚大になってしまうであろう。基本として誰ぞでも対話したいと思っている偲雪だが、しかしこの国の根底を揺るがす様な事をされれば『話は別』になってくるのだ。
それは今回の街の破壊活動も含めて。
故に……と思案を巡らせている最中。
――星穹の頬からは、涙が零れる。
どうして。なんで? 自らも、彼女に寄り添うと決めたのに……
たいせつなものが、こぼれおちていく
それは彼女に宿りし祝福(呪い)の一端。涙の雫が溢れる度に、記憶が掠れていく。
帰る場所も。よるべも。大切だった『誰か』のことも。
すべて、すべて、解らなくなってしまった。
……私は。誰に、何を届けたのだろう。
何かを約束していたはずなのに。なにも、なにもわからない。
隣に誰かいた気がする。いてくれた筈の誰かの姿が思い出せず。
心に空虚とも言うべき穴が開いた様な気がする。
熱い。拭っても拭っても止む事のない涙が、どこまでも。目の奥が灼熱の如くと共に……
このブローチを私にくれたのは、誰だった……?
『わからない』
……それでも。その解らなくなった『誰か』を、私は信じる。
だからきっと……きっと。いつか、きっと。
助けに、きて――
会いに、きて――
夢の狭間であなたを待つから。
それまで私は――■■■ふりを、続けます。
……瑠々に星穹。両者が常世穢国より帰還しなければ。
常世穢国が、まるで外界を閉ざすような晦冥に包まれたのは。
その後、すぐの事であった……
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
――依頼、お疲れさまでした。
常世穢国への妨害行動は、各地で大きな被害を齎す事に成功した様です。
しかし一方で、一部のイレギュラーズの行方が不明になっています……
続きは、近い内に。ありがとうございました。
GMコメント
お待たせしました。仏魔殿領域・常世穢国となります。
前回はラリーと長編の構成でした。その結果を受けまして偲雪が何らかの行動を起こそうとしている様です。
豊穣を守護する者として、玄武は彼女の『力』が広がる事を見過ごせません――
是非、お力をお借りできればと思います。
●基本的な目標
常世穢国(偲雪)の力を削ぐ事。
●仏魔殿領域・常世穢国
それは久遠なる森という地に存在する街です。
見た所は高天京に似ていますが……所々構造が違うようです。
その他、特設ページもありますので、是非ご覧ください。
特設:https://rev1.reversion.jp/page/kamuigura_kuon
●本シナリオで出来る事
下記に示しているのはあくまで分かりやすくしているだけであり、下記以外の行動をとられてみても構いません。ただ行動は何か一点に絞る事がおすすめです。
・【1】偲雪の妨害
偲雪の力は、自らに賛同する霊魂の数などによって構成されています。
そして常世穢国の街は霊魂や淀みが留まりやすいように整えられている様です……
いわば街自体が彼女の力を増幅させる術式として機能していると思ってもいいでしょう。
――つまり。街の破壊活動を行うだけでも彼女の力を削ぐ一端となります。
街の建物(特になぜか袋小路になっている場所が多いので)を破壊したり、森の木々を伐採するだけでも効果が見込めます……ただしなんらかの活動を行っていれば、街を護らんとする『守人』や戦闘の気配を感じた干戈帝が嬉々としてやってくるでしょう。
戦闘パートが多い個所です。
・【2】偲雪との対話を試みる
なんと。偲雪は城に訪れる神使があらば――また己の懐へと通してくれます。
彼女は、対話したいという者がいれば受け入れるでしょう……
彼女と対面した上で何をするかは自由です。
偲雪の説得を試みたり、或いはその場で彼女に挑んでも。
ただし完全に敵地に乗り込む形であり何が起こるかは分かりません。
必ずしも戦闘が発生するとは限らないパートです。
・【3】???
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
愛無(p3p007296)
星穹(p3p008330)
百合草 瑠々(p3p010340)
以上の四名の方は偲雪の傍にいます。
この依頼への参加が確定した後、原罪の呼び声が飛びます。
その内容を確認した後に(呼び声の返答を含め)プレイングを書いて頂いてOKです。
※ただしどういう判断が行われるにせよ、その結果が生じるのはリプレイ返却時です。
●登場人物
●『正眼帝』偲雪
かつて鬼とヤオヨロズの融和を目指した『古き帝』です――
彼女は魔種へと変じています。が、他者へなんらか精神干渉する力に特化している様であり、直接的な戦闘能力は魔種の割には低いように感じられます。
自らに賛同してくれる者達がいた事により、彼らを取り込み、更に己が力を増幅させんとしている様です。
しかしそれは打算や利用の為ではなく。純粋に――嬉しいからです。
一緒に来て? 一緒に此処にいよ? ね?
皆が笑顔でいてほしいとするその願いだけは――純粋です。
●『干戈帝』ディリヒ・フォン・ゲルストラー
かつて豊穣の世が大乱の時代にあった際の『古き帝』です。
種族としては神人(旅人)であり、かなりの戦闘狂いの様子が見られます。【1】で破壊活動を行っているとほぼ確実に出現する事が推察されています。戦闘能力は、かなり強いのでご注意ください。
ただ、偲雪の思想にはあまり興味がない様です。
●『常帝』雲上
かつて豊穣の世をとにかく平穏である事に務めた『古き帝』です。
経緯は不明ですが偲雪に傾倒している様であり、彼女の配下の『霊魂』の一人である模様です。元々は内政に特化した帝であり常世穢国の都市構造は彼が立案したとか……戦闘能力もあるようですが、干戈帝と比べると一段も二段も劣ります。
しかし後述する守人と巧みに連携し、皆さんの妨害を行ってくるようです。
●守人×??名
常世穢国を護らんとする住民で、武者の様な姿をしています。
戦闘能力がある個体達です。神使が破壊活動を行えば、止める為に各地より出現してくるでしょう。
●常世穢国の住民×??名
常世穢国に住まい、偲雪を信奉する住民達です。死霊がほとんどですが、時々生者も混じっています。生者は、偲雪の力に巻き込まれ意志を支配された、行方不明事件の被害者たちの模様です。
いずれも戦闘能力自体は大した事はありません。神使の行動を見かけ次第、守人に通報する可能性はありますが。
●味方NPC
●玄武(p3n0000194)
豊穣の北部を守護する四神の一柱――の、分霊的存在です。
なんでも若い時の姿らしいです。戦闘能力はほとんどなく、代わりに皆さんを援護する『霧』の力を与える事が出来ます。この『霧』とは神秘的な力が込められており、それは皆さんを神秘・魔術的な要素の監視から覆い隠します。物理的な視線から隠す訳ではないです。
皆さんと共にこの事件に挑んでいきます。
●藤原 導満
個人的な好奇心から事件の調査を行っていた人物です。
優れた陰陽師であり、街の異質さと、この街自体が巨大な――偲雪の力を増幅させるための術式を担っている事を察知しました。このまま放置すれば更に事態が悪化すると見て、皆さんと協力して【1】で街や守人との戦闘を行います。
●弥鹿
鬼人種の符術使いにして、彼もまた神使の一人です。彼が属する『里』の者が偶然にもこの付近に立ち寄った際にそのまま行方不明になり――『里の長』が心を痛めた為に調査に赴きました。出会った導満と共にこの街の異質さに気付き、皆さんと協力して【1】で街や守人との戦闘を行います。
●空
鬼閃党なる集団に属する一人です。
干戈帝と因縁があるようで彼との戦いを望んでいます。特別に神使らに友好的、と言う訳ではないのですが、タイムさんらとの交渉を経て、共同戦線を張る事を約束してくれました――干戈帝が現れた戦況があらば、そこへと駆けつけてくる事でしょう。
●巴
四神玄武とはまた違う、行方不明者の身内からの依頼を受けて本事件の調査を行っていた人物です。
森の中で、常世穢国の面々とは異なる、怪しげな人物(天狗面や優男を)見かけたと言っています……
巴は行方不明者を連れ戻す事も依頼として受けている様で【1】で、偲雪に操られている生者をなんとか連れ戻す事を試みようとするでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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