シナリオ詳細
玉髄に棲まいし者
オープニング
●蛇石竜
「琉珂――!」
帰還したベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の声に『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)は「どうしたの!?」と驚愕に目を剥いた。
疲弊したワイバーンを駆っていた伊達 千尋(p3p007569)は「ガチでやべーヤツと遭遇した!」と端的に説明する。
「……他の皆は?」
「川を使用して距離を取っている。もうすぐ日暮れだ。
ヤツは追いかけてくる可能性が高い。直ぐに迎撃態勢を整えるべきだろう」
ベネディクトが琉珂へと伝えたのは現状への危険性であった。狡猾にも巣穴にイレギュラーズを誘い込んだ巨大な『蛇』は巣穴へと飛び込んできた者を捕食するつもりであったのだ。
勿論、友好的対話を望んでいた星芒 玉兎(p3p009838)や祭・藍世(p3p010536)の希望は儚く砕け散ったこととなる。
それはスースァ(p3p010535)が問うた『シャームロックと同じくこの地を護りたい者』という訳ではないのだろう。
あの様子を見る限りでも言葉巧みに二体のシャームロックを騙くらかして石にした事が察せられる。
脅威と呼んだそれがさらに二体のシャームロックの幼獣を飼育していたことから、長きに渡って石となったシャームロックをその地に留めて伝説を見に訪れる者を捕食していたとも推測されよう。
「シャームロックが居た?」
「ああ。君が言っていたようにシャームロックの伝説の通り『二対』と言うのは、この地には四匹のシャームロックが居たと言うことだった。
そのうちの二匹は『あの脅威』に捕われて玉髄の広場には帰れぬようになっていたのだろう」
命辛々と言った調子で逃げ果せた霞・美透(p3p010360)は悲痛な現状に眉を寄せる。
――二対のシャームロック。天を仰ぐ者。地を眺める者。それらは『互いが対』である。
それぞれが対を失っても、生き延びてこの地を護れるようにと片翼を失いながらも生き延びた二匹のシャームロック。
だが、何れは生まれ落ちるという『対』が長きに渡って他の存在に囚われていたならば、ソレのために石となった彼らは報われない。
「……あの目が『脅威』が現れた方向を示していたのは、そちら側に自分の本当の対がいるからだった」
伝承の通りに目が光らなかったのはシラス(p3p004421)が言う様に『本来の対』失っているからだ。
御伽噺めいて描かれていた『対を失った話の続き』は創作ではなく本当の出来事であったと言うことなのだろう。
「うん。離ればなれになっているだなんて、酷いよね。
絶対に取り戻してあげなくちゃ。ずっと待っているシャームロックさんたちが可哀想だよ」
拳を固めたアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)に同意するように小さく頷いたのはリトル・リリー(p3p000955)。
彼女は索敵を行いながらも『脅威』――琉珂に情報を話せば『蛇石竜』ラードーンではないかと告げられた――の進行経路から『水』が離れている事を考えていた。宙に浮き上がれば他のワイバーン等がイレギュラーズを餌と見做す可能性もある。索敵にも中々シビアな縛りが与えられていたが、敵が地を這い蹲る相手であったことだけが救いか。
「そんで? 姫様はどうする?
そのラードーンだったか……は知的存在、と言えば高尚だが『亜竜種』があの場所に来ている事を把握してた。
拠点を壊して痕跡を残したのも巣穴に誘い込むためだったんだろ?」
梅・雪華(p3p010448)の問いかけに琉珂は小さく頷いた。
「恐らくは……。ええ、今まで石になった亜竜種が居たのにその痕跡が見つからなかったというのは餌にされていたのでしょうから」
伝承や伝説は人を掻き立てる。故に、シャームロックに討伐されたはずの存在として名を語り継がせ『餌』を油断させておびき出していたのだろう。
「ディルクのアニキの言うこたァ、間違ってねぇな。『一番面倒くさいのは慎重で臆病、その上頭のいいヤツ』だってな」
わざわざ姿を隠し、巣穴にまで誘い込む事を目的とした相手だ。ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は「ラードーンは狡猾だが一つ知らない事がありそうだが」と付け加える。
「んん? 知らないこと?」
首を傾げたのはユウェル・ベルク(p3p010361)。同じように琉珂もこてりと首を傾げる。
「ああ。そもそも、ラードーンはあの地から出てこない。
拠点なんて言う限られた情報だけじゃ『現状』は得られないだろ?」
「ああ、成程……『俺達』か」
合点が言ったベネディクトにユウェルと琉珂は顔を見合わせてから「あ!」と声を合わせた。
「そっかそっか。琉珂さとちょー始めとする亜竜種だけなら『何時も通り』で、皆(イレギュラーズ)が居るのが可笑しいんだ」
「そうよねっ。イレギュラーズの皆のことをラサの交易の為にやってきたただの傭兵部隊だって考えているなら……」
そう――相手はあの『怪竜』をも撃退した勇士達であることをラードーンは知らない。
見縊ってくれるのであれば存分に相手にそうさせてやればいい。
「じゃあ、皆が作ってくれた拠点で待ち構えましょう。
出来るだけ壊すことは避けたいけれど……此の儘じゃ、何度も繰り返しだもの」
「拠点設営組が水を引き込んでくれたり、戦いやすさを重視してくれていた。その地の利も活かせそうだ」
スースァに琉珂は「流石はイレギュラーズの皆!」と笑みを浮かべた。
「さ、もう一仕事と行こうか。里長?」
美透の笑みに応えた琉珂に千尋は「任せとけ、さっさと倒してやるぜ? な、べーやん!」とベネディクトの肩をぽん、と叩いて笑って見せた。
●
――ズル―――ズル――――
引き摺る音が、地を這う音が、夜の帷を破り近付いた。
日暮れの時を経て、『玉髄の路』に残された拠点後には赫々と燃え続ける松明が揺らいでいる。
ラードーン。
そう呼ばれた古の亜竜は伝承の通り出来はされた訳ではなかったのだ。
己の身を石とする事で死を免れた。
狡猾な獣は己を偽装し、そうして生き存えてシャームロックの番を攫ったのだろう。
流れた伝承は『ちぐはぐ』な者となった。
本来ならば存在したものの姿を隠し、真実を追い求める者に、伝承を知りたいと願った者にこの地に訪れる理由を与えた。
――ズル――ズル――――
ラードーンはただ待ち構えているだけで良かった。
その亜竜はあまり己の巣穴から出る事はなかった。
それは攫ったシャームロックの番を生かし捕らえ続け、石と化したシャームロック達を長くその地に留まらせておかねばならなかったからだ。
番が死ねば死に、共に転生すると言い伝えられたシャームロックは石と化している間に新たな『片翼』が生まれ落ちていたのだ。それを知れば石となったシャームロックは直ぐにでも石化を解けとラードーンに告げることだろう。
『片翼』達も石となった『片翼』の希望を近付けば直ぐにその身で感じ取りラードーンへと反抗するはずだ。
それではいけない。
あの石化したシャームロックがそこに存在することが大事なのだ。
アレがそこに佇むだけで『愚かな餌』が自ら飛び込んでくる。ソレを誘い込み、石と化し喰らうて終えば良い。
……拠点を作ると言った者達が置いていった動物は大して旨そうではなかった。
だが、そうする為に彼らはわざわざ頭数を揃えてディナーのフルコースを齎してくれるだろう。
ああ、愉快。
腹がぎゅうと鳴る。
近う、さっさと近う寄れ。
食事の時間にしようぞ。
- 玉髄に棲まいし者Lv:20以上完了
- GM名夏あかね
- 種別長編
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年05月25日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
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参加者一覧(30人)
リプレイ
●
伝承を紐解けば、其れは歪まされていたのだと『梅妻鶴子』梅・雪華(p3p010448)は自覚し、そして悔やんだ。
梅家はフリアノンの仙人と呼ばれることもある。符呪、錬丹術、武術などの知識を修め、保存し、必要とあらば知識として里に齎す。
故に彼は『生き字引』であるという自負があったのだが――「生き字引も形無しだぜ」とぼやいた。
「改めて、正しく口伝を残そう。俺はその為に生きてるんだからな」
伝えられていた伝承は人の口を借りて変化し続けていたのだろう。一連の伝承を語ったイレギュラーズを前に、玉髄の路に誂えられた簡易拠点で『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)は興味深そうに耳を傾ける。
「ほーん。なるほどな。伝説ってのはそういう事になってたのか。
……奪われた『対』ね。そりゃつらいな。あいつぶっ飛ばしたら戻ってくるんだな。よーし、そんじゃ張り切って刻むとするか!」
「け、けれど無理はしちゃ駄目よ……!」
慌てて獅門の腕を掴んだのは『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)。亜竜集落フリアノンの現・里長であり、代々の里長を輩出する家系、珱家の残された只一人の直系である。彼女にとって里の者や同胞達は護るべき存在であり、イレギュラーズは自身が交易路拡大に巻込んでしまった相手という認識なのだろう。
「相手はとっても強いんでしょう? だって――」
「ええ。どのような理由があれども、シャームロックのような大きな亜竜をほぼ完全に石化させてしまう事の出来る程の力を有している。
加えて知恵が回り、狡猾でもある……此方を捕食対象と認識したならば、今討たなければ、間違いなく後々の禍根になります」
冷静に告げた『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は戦う以外の選択肢はないと言った。
「……シャームロックは。彼らは、これをずっと見続けて、待ち続けていたのですね……」
苦しげにリースリットが呟けば、琉珂は「皆に任せることになるのは心苦しいわ」と呟いた。何も言わずぐしゃりと琉珂の頭を撫でてから『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は地で『石』となっていたシャームロックへと目線を合わせるように膝をつく。
「シャームロックよ、ちっとばかりこの場所を荒らす事になるが……こいつが最後だ。すぐお前さん達のつがいを取り戻してやる」
彼らが守護していた場所を『黒幕』から取り戻すのだ。其れは簡単な仕事ではないだろうが、殴れば良いと言うならばシンプルにぶっ倒すだけでもある。
ラードーンがこの地に辿り着く前に可能な範囲での準備を行えば良い。相手がこの地まで遣ってくるのならば松明の数を増やし、陣地を明るくすればいい。何も明かりを増やすだけが工夫ではない。外からは光源の増加を悟られぬ用に鏡や光に反射する物品を配置することも重要だ。
「随分と狡猾な相手のようですね。ですが、相手の策がわかっているのであればやりようはありますね」
例えば――と『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)が一瞥したのは水場であった。玉髄の路はフリアノンの『尾』である『竜骨の道』に沿って陸上を動いた場所に存在した渓谷だ。傍らに流れた川の潺は心地よく、イレギュラーズの生命線とも成り得る。
「俺とて剣士の端くれ。言い伝えに挑む機会があるとなれば逃す理由もない。
それに、里にとっても、シャームロックたちにとっても、この先の未来を掴み取るための重要な戦いだ。負けるわけには行かない」
そうだろう、と問いかけたのはジン(p3p010382)。亜竜集落ペイト出身である青年は恐れを滲ませることなく堂々と言い放つ。
(脅威の戦闘か……間違いなく強敵だが、臆病風に吹かれる訳にはいかない)
これまで脅威として認識し、調査を余儀なくされてきた。『霞流陣術士』霞・美透(p3p010360)は不安げに『接敵準備』を続けるイレギュラーズを見詰めた琉珂の手をそっと取った。
「琉珂君。君は我々亜竜種にとっての希望。そして、おこがましいかもしれないが……私にとっての友人だ。
全力を尽くさねば勝てない相手だ、無茶をするなとは言えない。だから、私は君を支えるよ。少しでも、ね」
「いいえ、いいえ。美透さ――美透は私のトモダチよ。だから、心配なの」
折角出来た多数の友人を喪ってしまうのかも知れない。そんな不安に胸がぎゅうと締め付けられるのだと琉珂は言う。
何よりも己は里長で、イレギュラーズを巻込んだ立場だ。彼らが犠牲になる位ならば自身が盾に、と自己犠牲をも厭わぬ姿勢であった。
その熱意には敬服する。だが、年若い里長が背負い込みすぎているのだろうと『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)は肩を竦めた。
「里長であるなら、里のためにも、生き延びるべきだろう。命を張るなら、己自身のためか、里のために使うべきだと考える。
何より、そう簡単に死ぬと思ってくれるなよ。イレギュラーズは、強いぞ――だから、俺たちを信じろ」
「ジョージさん……」
「それに、玉髄の道が拓かれることは、新たな交易とチャンスができるということ。俺にとっても重要な話だ。故に、ここで斃れることなど、俺自身が許さない」
交易路が開拓されれば、この道はラサへと繋がって行く。今までは竜信仰の里の民達が護る『竜骨の道』を通じ、危険とリスクが低い移動手段で覇竜領域の出入りを行っていた。だが、玉髄の路が繋がる事で覇竜領域の一部とラサ傭兵商会連合を行き来する者の数は格段に増えるはずなのだ。
「覇竜地域とラサとの間で交易が始まれば一稼ぎできる目もでるだろう。……それに、この亜竜。なかなかに喰いでもありそうだ」
喰い喰われる命のやりとりがあるならば、どちらが捕食者の立場になってもそうそう可笑しくは無いだろうと『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)は考えた。
この道は、新たな未来に繋がる為に。琉珂はイレギュラーズに宜しくお願いしますと頭を下げてから不安げに見遣ったが――
「正面衝突じゃん? かーっ! なーにが『夜に待っておれ(低音)』じゃい!
なんかハラ立ってきたな。ラードーンぶっ飛ばしてブランドバッグにしてやらァー!」
心配もいらぬほどに拳を突き立ててシャドウボクシングを為て見せた『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の隣で『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)が興奮したように身を揺らす。
「伝説は興味深いけど、今回は悪いやつをとっちめねーとな。悪竜退治の冒険譚だぜ!」
「まずは調査――のつもりだったけど、こんなに急に戦う事になるなんて……。
でも皆大丈夫そうだよね! この場所の安全のためにも、シャームロックの為にも負けるわけには行かないよ!」
にんまりと笑った『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は「そうでしょう?」と琉珂に問いかけた。
「そうね。でも、相手は」
「強くて、厄介な特殊能力を持ってて、知恵も回る、か。強敵だな。
言葉が通じるなら話し合いで住み分けを、って思うけど、どうやらそれもダメらしいなー。残念」
わざとらしく肩を竦めた『嵐の牙』新道 風牙(p3p005012)は「互いの生存を賭けて殺しあうしかないよなあ……はあ」と嘆息してみせる。
「うん、仕方ない。個人的に恨みがあるわけでもないけど、オレは人間。人間中心でものを考える。
人間の生存領域を脅かすのなら、討つ。それだけだ。悪いとは思わねえし、謝りもしねえ。それに、」
「――うん、それに相手は私達を侮ってる」
幾ら相手が狡猾で厄介であろうとも、だ。風牙の言葉を繋いだ『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は其れこそが勝機を見出す事が出来る最も重要視すべき部分であると告げた。
「……シャームロック……対を奪われていたんだね……」
石化していたシャームロックの身を撫でる。彼らの守護するこの地で戦闘を行うという事は荒らすことになってしまうのかもしれない。
それでも、だ。彼らが自身らが拠点を設営する様子を眺め、ラードーンの住処を見据え続けて居たというならば、その心に応えたい。
「それなら、なおさら脅威を……ラードーンを倒さないと! みんなでこの地に平和を取り戻すよ!
琉珂君は、戦うな、なんて言わないけど無茶はしないでね! 君がみんなを気遣ってくれる気持ちと同じくらい、私だって君を守りたいんだから!」
大丈夫だよと笑ってから、アレクシアは水を勢い良く被る仲間達を一瞥した。準備は続く。黄昏時に伸びた影の向こう側に夜が嗤えば戦いの時が来る。
ズルズルと引き摺るような音を立て、光を避ける『石化』の竜。
「……もうね……許す訳、ないよねっ。この地を蹂躙する愚か者は、そっちの方だったんだ……シャームロックも、こんなの絶対に許す訳無いよっ」
ぐっと拳を固めてから『自在の名手』リトル・リリー(p3p000955)は「ライ」と呼んだ。普段の楽しげなリリーの表情は固く、何かを決意したかのようである。
(怒ってるのですね……)
それはライとて同じだ。リリーの怒りはライの怒り。対を奪われたシャームロックの苦しみは、身を裂く程のものであっただろうとそう感じられるから――
●
ざばりと音を立てて頭から水を被った『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)に同じく、水を被ってから戦場での一時待機を行う『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は武器の確認やバケツに汲んだ水の調達を行う。
「俺達をナメてくれてんなら上等だ。おかげでやりやすくなるってもんだ。
何、俺は侮られるのには慣れてる。だけどよ、俺のダチは滅茶苦茶強えぞ? ……俺達の力を見せてやろうじゃねえか。な! べーやん!」
衣服に含んだ水が幾許か重く感じられようとも、水分が命を救う可能性とてある。肌を滑り落ちて行く水の冷たさは覇竜領域の夜では幾らか肌寒いものとなるが陽の下では心地よいものとも言えただろう。
「強大な力を持つ相手程、絶対の自信を持つ物だだが、それ故にその強さこそが慢心を生み出す事もある。
戦いの優劣は持った力だけで左右される訳じゃない、それを奴に叩き付けてやるとしよう……勿論だとも、千尋」
共に戦おうかとツーマンセルでのタッグを組む二人と同じように待機を行っている『欠け竜』スースァ(p3p010535)は適宜水を被る事は忘れるべからずと川の様子を確認した。水質には問題は無く、寧ろいざともなればその身を丸ごと擲っても構わないだろう。
「守っていたのは、この地でもシャームロックでも無く、狩場ってワケか……なら遠慮はいらないか。それに、誰かの大事なものを飼い殺してるってのは気に食わない」
「そうだな。家族ってもんは一緒にいるのが普通だと俺は思う。門出とか死別とかで離れる事はあっても、心の何処かが繋がってるもんだ。
だから……大切な家族と、番と引き離す真似をした輩はぶっ倒さなきゃな!!」
大きく頷いた『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)はバケツセットに水を入れ、先頭に支障が出にくい数の準備を滞りなく行っていた。
頭から水を被れども、その効果がどれ程継続するかは分からない。念には念を入れておくことが必須であると彼は戦場の至る所にバケツを配置した。
「さか、拠点設営中にこのような事態になっていたとはな。
シャームロックの真実についてもびっくりしたし、もはや何が出てきても驚かんぞ……。
ともあれ、だ。シャームロックのためにも、我々の交通路確保のためにも、ここは踏ん張らねばな」
誰よりも拠点整備に力を入れていた『ベンデグースの赤竜』シャールカーニ・レーカ(p3p010392)に『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はこくりと頷いた。待ち伏せを行う者は頭から水を被り、奇襲を仕掛けるイレギュラーズがラードーンを連れ戻るのを待つ。
「ラードーンとやらを叩かなければ、この地に拠点を築くことが、出来ない。拠点を作る上では問題だ」
「そうだな。また壊されてもたまらん……」
「それに、対の幼子を保護できれば、この地の新たな守護者として、良い関係を築くことも可能、だろう。
そうでなくとも、シャームロック達の今は、不憫に過ぎる。利と義、双方によってラードーンを討つとしよう」
うんうんと頷きながら話を聞いていた『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)はぴんと来たように「謎はすべて解けた!」と頷いた。
「ラードーン、お前が全部全部悪いんだ! この道の安全もシャームロックたちもお前を倒せばまるっと解決!」
「ええ。番、伴侶、片割れ……誰かと誰かのあるべき結び付きを妨げるのは、看過できません」
衣服に至るまで水を含ませた『抱き止める白』グリーフ・ロス(p3p008615)は日が落ちて行く様子を確認し囮役として『ラードーン誘導』に当たる『桜花絢爛』祭・藍世(p3p010536)のサポート役を申し出た。相手は言葉を介する存在である。ならば、自身の持つ共鳴能力を駆使し周囲との意思疎通をサポートする事が出来る筈だと名乗り出たのだ。
「せんぱいたちの作戦もばっちりぐーだよね!
こんな大きな戦いははじめてだけど大丈夫……大丈夫……せんぱいたちと一緒なんだから大丈夫……へーじょーしんへーじょーしん……」
元から、此処から逃げ果せるような状況でもないのだ。怖がっている場合ではないとユウェルは自身の頬をぺちりと叩く。
「さとちょー頑張って来るね!」
「うん、頑張ってきてね。私も後方からちゃんと支援をする! 皆に怒られてしまうものね」
里の未来の為だから。そう意気込んだ琉珂に「その域だ!」とユウェルはにんまりと微笑んだ。
「もっと早く気付いていれば、犠牲を減らせたのかも知れないけれど……
悔やんでも仕方のないことですわね。ラードーンを倒して今後の憂いを断ち、シャームロック達を再会させてあげましょう。きっと、それを待ち望んでいたでしょうから」
願うように呟いた『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は頭から水を被り、明かりを消し、息を殺す。
誘導役の藍世はラードーンと最も接近した。故に彼女と少数のイレギュラーズが『侮られたまま』ラードーンと接触する時を待つだけである。
「……よもや命を終えた、のではなく待ち続けていた、とは。彼らの忍耐に必ずや報いましょう」
「ああ。敵は用心深いが、まだ油断してくれている今夜の機を逃したら討伐の難度は跳ね上がる。絶対にここで仕留めなくちゃならない」
『めいど・あ・ふぁいあ』クーア・ミューゼル(p3p003529)に頷いた『竜剣』シラス(p3p004421)は気配を悟られぬようにと隠す。
太陽が落ちる迄、姿を見せぬラードーンは此れ迄も夜闇に姿を隠して獲物を喰らってきたのだろう。
ヴァレーリヤが言う通り『もっと早く気付いて居れば』救われた命もあったのだろう。初めての覇竜領域での仕事は中々ハードな物になりそうだと『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は頭から水を被り、ラードーンに対する考え得る対策を講じていた。
「番を石に変え、噂につられた人々を食らう姑息な手段を取る輩でありますね……! 必ず倒し、シャームロック達を再会させてあげねば……!」
頷くクーアとシラスに『星の巫兎』星芒 玉兎(p3p009838)は「まんまと誑かされましたわ」と扇子で口許を隠してから嘆息した。
「……まあ、わたくしが世間知らずなのは百も承知。こういう事もあるでしょう。
予想外はありましたが、状況は大きく進展して分かりやすくなりました。ですわよね?」
「ああ。相手は狡猾だが此方を侮っている。黒幕の存在が分かっただけでも『遣りやすさ』は幾分か向上しただろう」
「ならば僥倖――この大蛇を討って、然る後にこの地の真の守護者と改めて交渉すれば良いのですわ」
ぱちん、と音を立てて扇子を閉じた玉兎は侮られているならばそれで構いやしないと薄らと笑みを浮かべたのであった。
●
「……化け物が」
呻くように告げた『血反吐塗れのプライド』百合草 瑠々(p3p010340)は前線に立っていた。
「石化とはちょい勘弁願いたいもんだな。その手の嗜好は持ってねえ。石漬けにされる前に何とか終わらせられるといいんだがな。
……死にたいのは山々だが、今日じゃない。全員五体満足で帰らせてもらうぜ」
死にたがりと言えども死に場所は選びたい。出来れば良き日が良いだろうか。それとも。瑠々の耳は何かを引き摺る音を聞いた。
息を潜めて『ラードーンの敵襲を待ち受けている』かのように周辺警戒を大仰に為てみせるスースァは設営拠点でシャームロックへと告げた言葉を思い出す。
――見てろ、シャームロック。お前たちがその身を賭けたってんなら、アタシらだって賭けてやる。
共に守るならそれ位の覚悟を示さなくてはならない。石と言えども聞こえている可能性はある。
その眸がクーアが言うとおり『死している』のではなく『忍耐強く待っていた』だけならば。返答はなく、意思の疎通が出来ずとも此方の在り方を聞いていてくれた筈なのだ。
水場の近く、身を隠す為の場所が多い。そうしたスポットの選定を日の高い内に行って置いたイレギュラーズは奇襲準備は滞りなかった。その位置まで瑠々や藍世が誘導して行けば良いだけだ。
「相手はまだこっちを驚異とは見ちゃいねえ……舐められんのは嫌いだが、勝つためにはその油断、せいぜい利用させてもらうぜ」
ラードーンは夜に紛れて行動し、情報収集能力には長けては居ない。それはジャバーウォック始めとする『六竜』達を撃退した勇士が亜竜種『風情』に協力しているという事を知らないという事だ。藍世とて鍛錬と実践を詰んだ。今、侮られる事は不服ではあるが此度は利用する他にないだろう。
此方を歯牙にも掛けぬ相手を更に油断させるならば、盛大に負けを装えば良い。ウェールは怯えながら一気に誘き寄せるために仲間達へと聖域を思わす加護を与えた。
「さて――居場所が分かりやすい音だな」
ずるずると何かを引き摺るような音。足を持たず蛇を思わす体躯をしているラードーンは決して素早く動けるとは言い難いだろう。そして、この音さえも『獲物を狙う際の不都合』の一つである筈だ。獅門は破竜刀を構え、姿勢を低くして息を潜める。
近付いてくる。緒都の接近に身構えたアレクシアはきらりと輝くシャイニーランプを手に、防御魔装に包まれた体を闇の中で『分かり易く』晒していた。
「ほれ、ほれ、居た居た……何人居るかのう」
地を這うような声音が肌を舐める。夜目には優れているのか此方の姿をしっかりと把握しているとアレクシアは感じていた。
「ラードーンだね?」
「ほう、伝承に詳しい者が居ったか? それともこの姿から推測したか……。
如何にも喰う前に名乗ってやろう。愉快、愉快、如何にもラードーンと呼ばれた蛇竜じゃ。娘は良いの、肉は柔らかい。男衆を喰らうよりも良い」
アレクシアのランプが自身の存在を目立たせている。その甲斐もあったのだろうか。獅門には目もくれず『肉質』を気にするようにアレクシアを嘗め回すように眺めているのは。
「シャームロックの対を解放して、大人しく立ち去りなさい!」
戦闘を開始する前に、アレクシアは叫んだ。普段ならば、直ぐにでも応戦し己の実力を過小に評価されるようなことはしない。
だが――今回は『無知で無力な存在』を装わなければならないのだ。此方を侮っていることはひしひしと感じられる。
「何を云う、小娘。いいや……戯け共の言葉でおいそれと食事を逃すとでも?」
「く、くっそー……みんな、おれっちの戦術に従えば99%の確率で勝てるぜ! あんな奴、さっさと倒そうぜ!」
わざとらしく粋がって見せたリックは指揮棒を振るう。放った不可視の刃がラードーンの鱗にぶつかって、がちんと音を立てた。
「ほう」
蛇竜の目が細められる。リックが「ぎゃあ!」と大袈裟に身を翻せば、庇い立てるように獅門が大太刀を構えてみせる。
「コッチだ、ラードーン! 斬り伏せてやろう」
「また会ったな、ラードーン! 『約束通り』逢いに来てくれたんだろう? 待っててやったぞ」
獅門がラードーンを誘い込むように大仰に大太刀を振るえば、その傍らより『抵抗』を見せるスースァが一気に資金へ距離を詰め乱撃を放つ。
ばちん、と音を立てた暗黒の刃はラードーンの鱗に『敢えて』弾かれて見せた。
「固い――!」
苦戦しているように見せることこそが今回の目的だ。「大丈夫か!」と叫んだウェールの『大袈裟な回復』もその為である。
(――成程、巨体ではありますね。それに、此方が『何者であるか』を考える素振りすらない。侮っていることは確かなようです)
グリーフの核が柘榴の色を帯びラードーンの意識を惹き付ける。嘗め回すような視線を受け止めて秘宝種としての肉体が相手が『捕食するもの』でもなくとも興味を惹き付けたのならば其れで構わない。
(相手は強大な亜竜。竜ほどではなくとも、私とでは個体としての力の差は歴然。いつガードが破られてもおかしくはありません)
長期戦とはならない様に。誘いを掛けた獅門の傍らに立っていたグリーフはラードーンの尾がぶんと振るわれたことに気付く。
「……その様な小細工が」
長い尾を駆使してグリーフ諸共、獅門を穿たんとしたか。グリーフの魔力障壁がばきりと大仰な音を立てる。
「小細工は其方もではあるまいか?」
ラードーンの目が爛々と光を帯びた。グリーフの核(コア)と同じように、赤い色を宿して嗤っている。
全てを否定し嘲笑う自立する盾を有そうとも、全ての攻撃を受け流すには向かないか。だが、グリーフは退く事は無かった。
元より容れ物(からだ)が傷つく事へは大した恐怖はなかった。グリーフにとってその体はあくまでも容れ物の一部であるからだ。
「退かぬか?」
「退いて堪るかよ。来やがったか……シャームロックの旦那サン方が受けた屈辱、思い知りやがれ!」
気を引く為に藍世が放つは真っ直ぐなる一閃。流麗に刃を振り上げ、接近した肉体を一気に放つ。
ぱきり。音を立てて髪先に纏わり付いた石の気配は気にしている場合ではなかった。
「藍世さん!」
悲痛な声を上げてみせるアレクシアに藍世は頷く。じりじりと交代し『ポイント』まで誘い込む事が目的だ。
ラードーンは誘導されている事には気付かない。『マーキング』して置いた藍世を喰らうか、自身の鱗に一太刀加えたスースァか、それとも年若く見えたアレクシアからか。いいや、獅門やウェール、リックを先に打ち倒し女の悲鳴を聞きながら囓るのも悪くは無い。
「さて、どれから喰らうか……」
指先をゆらがせてズルズルと身を引き摺るように接近するラードーン眼前に瑠々の赤旗が揺らめいた。
己が存在を示す決意の証。鋭利なる刃で引き裂かれようとも『死にたい』乙女は運命を傾け死をも執拗に遠ざける。
「聞かねェな」
一つ、魔力障壁へと罅が入った。
「ふむ」
一つ、破邪の結界に罅が入った。
「成程のう」
何方も瑠々が己の防衛に当てたスキルを見極める為の攻撃だ。結った黒髪の先から滴る水が石の気配を僅かに返す。
少しばかり乾いた指先が硬直したように痛んだのは石化の気配か。だが、構いやしない。獅門を庇い盾として、敢えて後方へと蛇竜を引き摺り込むのだ。
●
川の潺とは違う、何かを引き摺る音がする。夜の気配を纏う空気はピンと張り詰め冷え切った。
清冽のしじまを裂く移動音に重なったのは幾人かの仲間の声。びくりと肩を揺らしたユウェルは「だいじょーぶ……」と呟いた。
その隣で頷いた美透は地中外印の卵を懐に仕舞い込んでいた。まだ辺りを照らす段階ではない。夜に目が慣れてきたが全てを理解は出来まい。
周囲にルカが設置した鏡の前に陣取れば光源として役に立つ筈だ。最後の準備にラードーンが接近しきる前にと水を被った美透ははあと息を吐き出した。
「――水を何度も被り直すわけには行くまい。……なら、後は地力勝負になるか」
呟いた美透にムサシは頷いた。本当に危機を察知したならば直ぐにでも水場に飛び込めば良い。戦線を一度離脱することにはなるが命は守られよう。
最低限でも石化の対策を行っておけば其れだけでも先ずは安心を。そしてサプレッション・ユニットの動作を確認し、一息で『ゼータライズエンド』を届けられる位置を見計らう。
「近付いてきたでありますね……!」
聞こえたのは瑠々の声か。「しつこいな」と苛立ちを滲ませた彼女の声音を耳にして、沙月は卓越した隠密の技術でまじまじとラードーンを見ていた。
所作の一つ、音を漏さないようにと気を配る。無拍子は常に優雅で美しくあれと雪村で教育された流麗なる動きの基礎であった。
(……此方を侮っているのは確か。気が大きくなったのでしょう。
シャームロックの番を奪い、言葉巧みにその身を『石』へと変えるほどの力を有する。
そして今まで何者にも脅かされぬように暮らし、餌となる亜竜種達を時に喰らう。我々は生き餌程度の認識か……)
沙月の両の眼がラードーンを見ていようとも。それは眼前のイレギュラーズばかりを追掛ける。生き餌が逃げている、久方振りの狩りを楽しんでいるとでも云ったような有様だ。
「ッ、くそ――!」
スースァはわざとらしく片足を水場に付ける。後方を確認せず、落ちたとでも云う様にばしゃりと水を立てればそれはラードーンへと掛かった。
「貴様ァ……」
わなわなと震え水に竦んだ身を俯き確認する。水に怯えているのは確かだ。驚いた様子で縮こまったラードーンを確認してからスースァの唇は吊り上がった。
「なあ、ラードーン。面白い顔、見せてくれよ」
「何を、」
顔を上げたラードーンの視界に、シラスが飛び込んだ。武器に頼る事さえ必要としない拳は一気呵成、仕掛け時だと高速で叩きつけられる。
風を切る音を聞き、ヴァレーリヤは「これでも喰らいなさい!」と叫んだ。振り上げたのは天使の翼を象ったメイス。聖職者にあるまじき『暴力性』を秘匿した衝撃がラードーンへと叩き込まれる。
立ち塞がる困難は排除するくらいのパワーとガッツで当たって砕けて行かねばならない。ヴァレーリヤの動きを確認して美透が光を灯し、夜に慣れきっていたラードーンの目を眩ませる。
「よくもやってくれたよな!」
衝撃波を放つ蒼き気配。リックの言葉にシラスが唇を吊り上げ嗤う。潜伏し続けるのは骨が折れる。やはり『亜竜は殴るに限る』のだ。
「ようやく出番だ、待ってたぜ!」
ラードーンの体が川へと弾き飛ばされる。水の気配を察知したか尾を犠牲にするようにびたりと地を叩いた蛇竜は「良くも!」と牙を剥きだした。
長い尾をバネのようにして再度、シラスへと接近戦とするラードーンの横面へと叩き込んだのは圧倒的展開を持つ連続魔。明けの月に似た刀身をすらりと引き抜いたエクスマリアのざっくりと切り揃えた金の髪が夜を照らした眩いライトに輝いた。
(――流石に油断している内に、仕留められるような存在では、ないか……。
その程度で倒れるなら、数で勝るシャームロックが、ああはなっていない、筈)
言葉を有するほどの知恵を持っている異常相応の悪辣さもある。此の儘、巣穴には逃がすまいと侮っている内に取り返しが付かぬほどの痛打を与える事を目的とする。
誘導と囮を兼ねていたイレギュラーズ達は『敗北』を背にひしひしと感じながら弱者を演じてきた。その負荷は相応に重たいものであっただろう。
雪華は救済の加護を仲間達へと与えながら、腰に下げた水筒の内部で水がちゃぷりと揺れる音を聞いていた。
「……強いわ、皆が傷つくなんて――」
「姫さん。英雄的自己犠牲は物語なら美しい。お前、自分よりあいつらの方が出来ることがある、なんて思ってるだろうが。逆だぜ。
お前が居るからあいつらは頑張るし、そりゃ俺達だって同じだ。お前と一緒に夢を見たいんだよ」
誰かを護る為の自己犠牲はご立派な思考そのものだ。だが、だからといってそれを見過ごせるほどに雪華は『彼女に優しくなんてしてやらない』
それが永きを生きてきた自身が出来る若い里長への道の示し方。
支援を行う指先は符を手繰り、前線へと飛び込むジンを支援する。
「――だからよ。死ぬきゃ一緒に死のうぜ。お前だけ先になんてまっぴらだ」
ぱちり、と瞬いた琉珂は笑った。まるでプロポーズめいた、そんな気なんてさらさら無さそうな彼の楽しげな誘い文句。
そうだ。命の使い方なんて自分で決められなくとも他人が決めてくれることだってある。
フリアノンの里長はフリアノンの為に死ぬ事が決定づけられていないなら。
「私も、皆と一緒に死にたいわ」
「此処では厭だな」
すぱりと言い放った瑠々に「死ぬ予定はさらさら無い」と希薄な気配から一転し、攻防一体の武装を身に着けたレーカがそのかんばせを覗かせる。
己に纏う英霊の鎧は気休め程度のものだ。ラードーンの石化能力は水には効果を発揮しない。尾の先が濡れ、苛立った様に身震いをする蛇竜へと接近し叩き込んだのは無双の防御攻勢。
「我々の未来の為、お伽噺の登場人物にはいい加減退場して貰おうか。侮りをそのままに、冥府に落ちるが良い」
「御伽噺などではない、此処に居るがのう?」
バネのように跳ねようとした蛇の尾の先は萎れているようにも見えた。だが、流石に水だけではその動きは止められないか。痛みを感じ取りながらも牙を剥きだし標的を定める事無く縦横無尽に放たれた蛇竜の息吹がレーカの頬に掠める。
頬を切り裂いた衝撃波。しかし、其れには止まっては居られないとラードーンの目を掻い潜り、水場へと再度押し込めて見せる為に飛び込んだのはジン。
人のサイズほどの大きさであれば川に落とすことは容易だ。己の身を巨大に見せ、川に落ちないようにと工夫をして見せた蛇竜は二度は同じ手を喰らうものかと言いたげにべろりと舌を見せた。
「水場に叩き込もうなどと小細工を……人の子はいつからこの様な」
「どうだかな。よもや水に叩き落とされることを恐怖しているのか?」
じろりと睨め付けたジンが流水を思わす鮮やかさで太刀を振り下ろす。故も知らぬ流派の指南書は序破急と全てを教え、不動の構えと極地へと青年の身を誘った。
叩き込む、瞬天三段。
靱やかに刃を振り下ろした青年の腕と頬、そして手甲をも切り裂く衝撃波は青年の鱗にも傷を付ける。
「囀るな――!」
やはり侮っている。
「いくぜ、ラードーン。生存競争だ。オレらは今から、お前を殺す」
唇を吊り上げて、腰から下げた水筒を揺らがせた風牙が『竜殺し』の別名を持つ悪龍をも殺す一撃を叩きつける。
堅い。
腕に走った衝撃を其の儘押し込んだ。ぎりぎりと音を立て、鱗を軋ませながら風牙が後退したその場所に尾が叩きつけられる。
(強い――!)
ひしひしと肌に感じたラードーンの強さをユウェルは恐れることなく、空より飛び込んだ。
そんなものを恐れてなんて居られない。
此処に居るのが亜竜種だけだったら? ――そう思う度にユウェルはひゅうと息を呑んだ。
何の力も有さないラードーンに侮られるだけの存在だけしか居なかったならば。屹度、そう。犠牲は多かった。勝てないかも知れない。
(でも、違うんだ。今はせんぱいとわたしたち特異運命座標が居る! 負けるはず無い!)
振り上げたのは宝玉の気配を纏った武器。『竜式仙闘術』は『おかーさん』から学んだ技だ。
それを、無駄になんてするものか――!
「お前はひきょー者だ! 自分がラクするためにシャームロックを利用して!
デザストルではみんな頑張って力を合わせて生きてるんだ! お前なんかにその頑張りは邪魔させない!」
●
草の影でも木の陰でも。何処だって小さなリリーは身を隠して隙を狙った。ラードーンへ向けて『不意打ち』を繰り返す。
侮られている内に一つでも多くの傷を付け撤退をも許さぬ取り返しの付かないところまで追い込むのだとエクスマリアは言っていた。
(大丈夫、リリーには其れが出来る! リリーの小ささは武器だから。
……隠れる事も、奇襲攻撃だって、お任せあれ、だよっ! いくよ、ライ……!)
ライから奇襲タイミングの合図を受け取って、リリーは飛び出した。リリーはやれることを全て叩きつけるだけだ。
リトルネイバー・フィーア。小さな少女の体に馴染んだ敵の呪いで凶悪化した『召喚術』の魔道書は光を帯びた。
魔力は召喚陣より生み出され、滅茶苦茶に天より飛来する。
「狙いが定まっておらぬぞ」
「――そうかな?」
リリーの左右色違いの眸が怪しい光を宿した。魔力の色彩は魔力弾を縦横無尽に走らせ、そして一点を狙う。
計算され尽くした射撃は執拗に軌道を描きラードーンの身へと叩きつけられた。
「効かぬ効かぬ!」
けらけらと笑ったラードーンの背後、水場でぱしゃんと音が跳ねた。ラードーンの双眸に映り込んだのは緋色の輝き。
風火の理。風の精霊の力と刻印の炎から編み出した雷の魔術。
焔は光に転じ、雷の力を宿しリースリットの一閃をラードーンの腕へと届ける。
(――流石に硬いか)
鱗にぶつかった細剣は軋む。『削った』感触を忘れぬように細腕に力を込めてから川向こうへと跳ねるように後退した。
尾がびたんと揺れ動き周辺に巡った松明の焔を消すように振り回される。シャームロックの『石像』が見ている前でなんと地を荒らす行いか。
眦を決してクーアは唇を噛んだ。
「酷いのです」
「ええ。確かに伝承の通り……。
ラードーン。貴方こそはこの地を荒らす不届き者。
シャームロックは貴方を見続けていました……見続ける事しかできなかった――彼らの無念は私達が晴らします」
こくりと頷いたクーアは惚れ薬を仕込んだ小瓶を指先で弄んだ。その激情は焔を生み出す力へと変化する。
ラードーンがクーアとリースリットの声に振り向いた。
(――『今』です)
響いた共鳴の気配。立っていたのはグリーフか。多量の水が圧倒的な質量を持ってラードーンへと叩きつけられる。
水の気配。只其れだけにラードーンが「貴様」と吼えた声を聞きクーアはせせら笑った。
グリーフの水に呆気を取られた蛇竜が此方を見ていないなら。
「水がお嫌いなら焔は如何なのです? 屹度、『ねこをも殺す』ような一時を味わえるのですよ」
囁くクーア=”サキュバス”は笑う。
夢魔の魔術は誘惑の力をエンチャントした焔と化した。
僅かな身震いの後、美透の『光』がクーアの視界を照らす。地を蹴って後退。ラードーンの石化の呪いを弾いたのは僅かな水気。
髪先から滴り落ちた水分がぽろりと僅かな石としてクーアの傍に転がり落ちた。
「……皆、思い切り戦ってくれ! 包囲に役立てない分、己の仕事はこなすさ!」
前線で防御に集中しながら陣を退いていた美透の錫杖が音を鳴らした。霞に伝わる『陣術』は即ち、皆を支える為の力。
陣術士たる彼女はラードーンの如く敵を侮ることはない。
「水分とて何れは乾く。特に初夏の季節になれば夜ならマシだろうけれど、何時まで持つか――あとは自力勝負である事には変わりない」
「そうでありますね。石化……喰らい続けば危険であります!」
まじまじとラードーンを観察していたムサシは石化の術を使うときにラードーンが僅かに動きを止めている事に気付いた。
攻撃は大雑把ではあるが正確な『石化』を行う為にはそれは至近に存在しなくてはならないか。
(――それから、此方を見ている……!)
ラードーンの二つの眼が次に捉えたのは――それを受け止めんとするジョージか。
「……成程?」
ジョージの消耗を癒やすウェールは彼の腕が石に転じたことに気付いた。水を被ってから長期の戦闘。流石に肌も乾いてきたのだろう。
(こいつの苦手なもんが光と水。
本当に恐れてるもんはそれらが組み合わさったもの……つまり『反射』じゃねえのか――自分を見つめるのが怖かったかも知れねえ。
今、ジョージは『視』られて体の一部が石になった。ならよ、奴は自分の姿を見たくはねぇってことだ)
ルカは『最後に使用できる最大の一手』を用意した。懐に仕舞った鏡を確認する。夜の水面に尾を犠牲にしても『顔』を向けなかったのはルカの思惑通りか否か。
「うおっ、マジで尾が鋭いぞべーやん!」
『盾』しか出来ない奴として判断されていれば良いのだ。
「行けェべーやん! ――お前の力を見せてやれや!」
ぶんぶんと拳を振り上げて、自身の石化も厭わぬ様子を見せる千尋はベネディクトに「あんまりにも俺がヤバそうだったらちょっと助けてくれよな、べーやん」と甘えたような『ムーブ』を見せる。
「任せろ。それが『ツーマンセル』だろう」
侮って居られるのは今の内だとベネディクトは云う事は無かった。『敢えて』弱い部分を見せ続ければラードーンはまだ気付かないはずだ。
これだけの多段の攻撃を受けようとも。
此処に居るイレギュラーズが『上位存在と呼ばれた竜種』を撃退した事がある存在であることを。
誰ぞは、絶望深き海で滅海竜を封じる為の戦いへと繰り出した。
誰ぞは、電子の都で怪竜達の脅威を払除けた。
(無知とは、最もたる罪だ)
愛無は水場を伝い、ラードーンの背後に回り込む。包囲網は完ぺきだ。水場に追い詰め周囲を囲む。逃げ出すことがないように多勢で叩き込むのがこの作戦だ。
愛無はぺろりと舌を見せた。
「さて、食事の時間だ。もっとも喰われるのはお前の方だが」
ぺろりと舌を見せて、瞬時に飛び込んだ愛無は先程の『一斉攻撃』で濡れた尾を狙うことを狙っていた。
流れるように、受け流す。石化の予備動作は『視線』と『距離』ならば、出来うる限り距離を取れば安全は保証される。
だが、あの撓る尾は直ぐさまに自身等を引き寄せようとするのだ。
「……ラードーン。ここから先は我慢比べといきましょうか?」
どうやら『女』は食事の対象だ。千尋やベネディクトを標的にするよりも『自身』を狙ってくれた方が都合が良い。
女のその身を喰らいたいと願うならば必要以上の石化は齎されぬはずなのだ。
沙月の思考を理解したか千尋がこくりと頷いた。同様にベネディクトが息を合わせる。
ひらりと飛び込む沙月は蝶の様に舞い踊る。ぴしりと伸ばした背筋は揺るぎなく、その動作一つに無駄はない。
喉元を穿つように指先を差し入れて、一度の後退。その足を睨め付けるラードーンに気付く。
(やはり、女は足から――)
その視界の隙を付くようにジョージが叩きつけたのは煉気破戒掌。爆発的な威力を持ってラードーンの顔面が炸裂する。
「貴様ァッ、良くも顔を! 顔をォオ!」
呻くラードーンが地をびたんと叩いた。骨の軋む感覚になど構う余地などない。
●
「ッ、コッチだよ!」
焔を付けて回り、拠点の『光』を出来うる限り確保していた焔が走る。
神々の加護がその体を包み込む。神域は、拠点とそしてシャームロックの為に。
小石を投げ入れ、ラードーンの注意を引いた焔は強い決意の元で睨め付ける。
「こんなところで壊されるわけにはいかないよ!」
シャームロック諸共、破壊させるわけには行かない。告げる死の気配はまだ、届かないか。
「砕かれ、土に帰ればまた生まれ変われる、そうならいいですが……そうとも限らないでしょう。ここにある全てを守ります」
身を挺してでもとグリーフは飛び込んだ。「無理するな!」と声を掛ける瑠々の旗が大きく揺れる。
「ッ、狡賢い奴は最後まで面倒だな」
呻いた獅門に「お任せあれ」と叫んだのは結った髪を大仰に揺らがせた秋奈。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしない!
うぁっはっは! 例え誰が石になろうとも『クソザコちゃんたち』徒党を組むとは思ってはなかろーに!」
揶揄うような声音と共に、秋奈は前線へと飛び出した。石になんてなってやるものか。
緋い刀身を振り下ろす。苦難など『秋奈ちゃん』には必要ないと言わんばかりに堂々飛び込んで。
「戦いに卑怯も汚いもあるもんか! 今日がお前の、命日じゃい!」
戦神は勝利のためにその身を投じる。自身を支えるリックと雪華に「頑張ってくるぜい!」とピースを一つ。
「ドランゴスレイヤー、イケちゃう? 野郎どもー! かましたれー!」
ぶんぶんと拳を振り上げる秋奈に「ドラゴンスレイヤーを拝命するなら竜をも穿って見せなくちゃな」とシラスは笑う。
「あら、これはドラゴンかしら? 只の蛇かもしれませんわよ」
「蛇でいいのです、こんなやつ!」
どっせーーーい、と勢い良く振り被ったヴァレーリヤにクーアが頷く。『もう一度』を狙えば良い。相手は予想以上の疲弊に苛立っている。
藍世がウェールから受け取ったバケツをラードーンへと投げ付ける。
「ぐぅっ!」
ラードーンが身を捻れば、スースァが「行くぞ」と囁いた。雪華は「サポートは任せろ」とその目を光らせる――全てを『記憶(きろく)』するために。
「――受けて見ろ! これはかの怪竜にだって一撃浴びせた技だ!」
風牙の言葉にラードーンはけらけらと笑う。侮っている、その生き物は何処までも無知で、何処までも――『人間というものが弱いと勘違いしている』のだ。
「僕は殺したモノを喰う主義でな。さて、どんな味がするかな。」
笑う愛無の声音と共に、降り注いだのは多量の水。
「光を恐れ水を恐れシャームロックを恐れ、随分とこの世に怖いものが多いようですわね。
――穴蔵に閉じこもりたくなるのも道理というもの。畢竟、あまり自信が無いのでしょう?」
一気呵成に放たれたのは最大火力。
玉兎の放った神秘の術を寸での所で避けたラードーンの目が光る。
エクスマリアが「く」と呻いたのはその足が堅くなった気配がしたからだ。
(流石に脅威と呼ぶだけはある。皆、それぞれ部位は違えども石に化した部分はあるか……)
周囲を見回すジョージは己の頭と腕が重く、石の気配をさせていることに気付いて居た。
レーカは「こんな事もあろうかと水路は整備してある!」と仲間達へと声を掛ける。水路に体を潜り込ませればラードーンの目を掻い潜る事は出来よう。
「だが、そろそろ『脳を使うべき』だ。小物と侮る人間に此程してやられているのだからな」
「そうだぜ? 俺達がザコじゃねぇって事に気付いたからシャームロックを壊そうとしたんだろ!」
ベネディクトの言葉を継いで千尋が笑った。美透の光を頼りにムサシは一撃投じる距離を再度取り直す。
(此処からならば一撃食らわせる事が出来るで在ります。
夜目が効こうとも、光に照らされたこの場所じゃ、寧ろ其れはリスクに成り得る――『此処が照らされることを知っていた我々の方』が上手であります!)
照準は定めた。ムサシは仲間の合図を待つ。ユウェルは一気に飛び出した。
「ラードーン! お前の敗因は特異運命座標をナメたことだ!」
その言葉を合図に放たれたのはジンの一撃、そして――
「さあ、月光に灼かれて滅びなさい。いざ今宵、玉髄の伝承を真に完結させると致しましょう」
星の剣は、朽ちることを知らない。闇が満ちれば強く眩く。
故に、夜を照らす玉兎は劣勢さえも跳ね返すのだ。
光をその身に纏い、そして『好機』を生み出すために。
「人質なんかはとらせないぞ……!」
ウェールが叫ぶ。部分石化したエクスマリアへとバケツの水を投げ込んだウェールはラードーンを睨め付ける。
成程、その蛇竜は女の肉が好みか。男を石化する際には大雑把にも対象を狙っていたが女性は足ばかりで移動手段を封じるようである。
足を封じられ動けなくなろうとも、翼があれば問題は無いと宙へと浮かび上がっていた美透の卵が光を帯びた。
ルカは「美透!」とその名を叫ぶ。その光を返したのは鏡。
「ッ――」
視界が眩んだ。ラードーンが眩い光から目をそらす。
ならば。
「逃亡も命乞いも許さない。お前はここで確実に仕留める。
ああ。悪いとは思わねえ。謝りもしねえ――そうしなければならない。それだけだ」
風牙は吼えた。
「オレは人間だ。その生存領域に踏み込んだお前が、その命を奪ったならば、オレだって容赦はしない!
――言っただろ、此れが生存競争だ! オレらは今から、お前を殺す。只其れだけだってな!」
万物を焼き尽くすその一撃を、己が身を焼いてでもリースリットは放つことを選んだ。
「――思い知りなさい、ラードーン!」
風の精霊よ。祝福と加護を束ねて、力となれ。
魔晶核は乙女の眸の色彩を――滾る気配を宿す。
「この瞬間を待っていたんでありますよっ……! ――ゼータライズ……エェェンドッ!!!」
飛び込んだムサシのR83GUARDCUSTOMが駆動する。
己の体が石になろうともベネディクトは構わなかった。背を押した千尋が「行けェ!」と叫ぶ。
「お前はシャームロックを利用して、許せえぬ所業を行った。その代償、今日此処で支払って貰うとしよう!」
水場より飛び出した青年の体から飛沫が滴り落ちた。セレネヴァーユの栄光よ、敵を切り裂くために力を宿せ。
黒き狼は直走る。牙を剥きだし己が敵を穿つ為に。
「絶対に――許さないから!」
影より飛び出したリリーの召喚陣はベネディクトにばかり集中していたラードーンの意識の外から襲いかかった。
それは千尋も同様だ。『盾しかできないザコ』で結構。それだけ侮っていた相手に一撃食らわされるのはさぞ『気分が悪い』だろう!
「Go To HeLLだ! イッちまえ!」
吐き気がするまで愛してくれ。 天が割れるまで愛してやる。
それは冠位魔種を屠ったあの時の攻撃。GoToHeLL(アルバニアキラー)。
滅海竜さえも恐れぬ青年の一撃にラードーンの鱗がばきりと音を立て割れ砕ける。
「己ェッ!! 塵風情が我が鱗を傷付けたなァッ!」
「お前はやっちゃならねえ事をやった。その報いを今ここで受けやがれぇ!!」
ルカが構えたのは付喪霊鏡。光が、まざまざとラードーンの姿を映し出す。
「ギアッ」と叫び声を上げたのはその刹那だけ。
「あ、ああああ――あああああ―――――!」
叫声が留まりラードーンの顔面が石と化す。此れこそがチャンスだとシラスは言った。
「畳みかけろ!」
頷いたアレクシアの魔術は『最大火力』を放出するタイミングを見計らう。
沙月がひらりと全身に躍り出るのと同様に、藍世が本気を叩きつける。
風牙が走り、石に転じた腕に罅が入ろうとも今こそが『好機』だと焔が至近へと飛び込んだ。
雪華と美透の支援。亜竜種でも『戦える』という自信を胸にユウェルは「行こう!」と声を掛ける。
ジンの一閃を更に押し込めるようにスースァが続く。
「リリー!」
「ライ!」
今だよ、と合図をするライの声に頷いたリリーを支援するウェールの癒やしに続くの愛無が『ばくり』と口を開いて。
「き、貴様ら―――」
その声から仲間を護るように立ち塞がったジョージが「これ以上はない」と囁けば。
「――頂きます」
お行儀の良い挨拶と共に、愛無は『美味しく』その命を奪った。
●
「ラードーンを倒したことを伝えて、安心させに行かねば。奴の巣穴は、あちらか」
エクスマリアはシャームロックの幼い番達を救い出そうと仲間達を振り返る。
肉類を用意して、大丈夫だと安心を促してやりたいと告げたリリーにライは荷を共に持ちながら頷いた。
「幼獣は……我々がどうこうするよりシャームロックさん本人達に来て頂いた方が手っ取り早そうな。
けれど、動けなさそうですかね? 石化をしていた体は、朽ちている部分が傷になっていそうなのです」
首を捻ったクーアに「直ぐは動けなさそうだな」とシラスはちら、と見遣った。今夜の内に幼いシャームロックを確保したい気持ちはあるが――
「動物苦手なんだよな、俺……」
「大丈夫だよ。屹度、私達の心は伝わるはずだから」
にこりと笑ったアレクシアに「そうだろうか……」とシラスは呟いた。
「ラードーンを倒したから石化は徐々に解けていくんだね。けど……全てが万全にはならないんだ……」
呟いた焔がそっとシャームロックの体を撫でた。「ボク達が迎えに行ってきても良いかな?」と問いかければ『声帯』の石化がまだ解けきっていないその獣はぐうと応えるだけだ。
「どうもどうもシャームロックさん。大丈夫すか? お疲れさまです!
たった一人で耐えてたなんてマジリスペクトすよ!
いやまあ、俺なんかに言われても嬉しくねえかもしれないけど……俺ほら、あんまり頭よくねえんでこう、上手い事言えないんすよ。
でも仲間の為に身体張れる奴は、リスペクトできる奴ってのは解るんだ。無理しないでくださいよ」
まるで舎弟のように気遣う千尋は石化していたシャームロックの背を撫でた。直ぐにでも仲間達が彼らのそれぞれの番を見つけ出してくれる筈だ。
「動くことが出来るようになれば、この小鳥が案内する。だが、無理はするな。必ず連れて帰るからな」
優しい声でそう囁いたベネディクトに「ってべーやんも言ってるんでここは一つ!」と千尋が笑う。
「アタシらは、ここをアタシらの都合のいい場所にしたいんじゃない。
アンタたちとその番たちと、一緒に守っていくものにしたいんだよ」
武器を投げ捨てたスースァに藍世は大きく頷いた。拠点に残りシャームロックの様子を確認するというレーカに敵意がないことを示すジンは同意した。
くん、と鼻を使用して幼いシャームロックを探す沙月は酷い匂いだと呟いた。
「……何とも、言えませんね」
この地で食事を楽しんでいたラードーンだ。衛生環境は良いとは言えない。流石に獣の巣穴に衛生を求めるほど沙月とて潔癖ではないが囚われた獣が居るならば別の話である。
「こちらです」
仲間達を誘うように塵山の中から探し出したのはぽかりと空いた洞であった。
「衰弱しているとのことだから、温かなスープを持って行ってあげても良いかも知れませんわね……少しでも早く良くなると良いのだけれど」
長時間において石化していたシャームロックのケアも必要であろう。ヴァレーリヤは子等を確保したら直ぐにでも再会とそのケアを始めたいと呟いた。
「シャームロックちゃぁーんをぉー! お迎えっ! 弱ってるー? まだ回復できる子いるー?
くぁー! ナニコレ、かわいいの化身かよ! 連れて帰りたい! えっ、かわいいけどめっちゃ弱ってるくない?」
やばたにえんでは!? とぐるりと振り返った秋奈にウェールとクーアが頷いた。ヴァレーリヤは「痛ましい」と苦しげに呟く。
「……ラードーンは一体どういう心算でこの子達を。死んでいないだけで、傷つき弱ってる……これでは……」
身を丸めて過ごしている『飼い殺し』の小さな獣は片翼ずつをその背に有していた。
獅子を思わせながらも、まだ小柄なそれは痩せぎすの強さの一つも感じることがない生き物だ。
怯えたように身を竦めたシャームロックに焔の胸がつきりと痛む。必要以上に近付きすぎては更に怯えさせてしまうだろうか。
「もうキミたちを攫った亜竜は皆でやっつけたから大丈夫だよ、一緒に帰ろう?」
「もう怯えなくても大丈夫だ。会いたかったやつらにすぐに合わせてやるからな」
焔とルカに「くるる」と鳴いた幼いシャームロックが不安げに丸い瞳で見上げ続ける。
「ラードーン……あの竜は、私達が退けた。君たちを害するものは、ここにはいない。
私は、シャームロックという存在は畏怖と尊敬を持って接するべきものだと思っている。勿論、君達にもね。
急に信用しろ、とは言わない。けれど、せめてその体を癒す手伝い位はさせてもらえないかな。番のことも、勿論」
自然体で言葉をかけて、穏やかな光を放った美透にまだ幼いシャームロック達はどうするべきかと身を揺らす。
「シャームロックの子達。私達は、貴方達を迎えに来ました。シャームロックが……待っています」
リースリットの囁きに、沙月は干し肉や水を差しだしてから危害を加えるつもりはないと両手を上へと掲げた。
「……一刻も早く安心させてあげたいですからね。これ以上、怖い想いをしてくてもいいのですから」
「ああ、そうだな。ラードーンを倒したとはいえ、一番安心出来るのは番の存在だろうからな」
早く連れて帰ろうとベネディクトは幼獣シャームロックが餌へと飛び付く様子を見てほっと安堵した。
「ほら、姫さん。何か言ってやんなよ。あんた、俺達のボスなんだぜ?」
つん、と突いた雪華に琉珂は「い、いきなりそんなこと言われたってぇ……」と呟く。
「あの、あのね。無事で、よかった……」
月並みにしか言えないけれどと呟いた琉珂の頭をがしがしと撫でてから雪華は「頼りない姫さんだな」と揶揄ったのだった。
「ラードーンとの戦いよりもこっちの方が死ぬかと思った」
げっそりとしたシラスの服の裾をはむはむと噛んでいる幼いシャームロックはクルルと喉を鳴らす。
石化の解かれた己の番が其処に佇んでいる。
「くるる」
「ぐう」
その声を聞くだけで千尋は「くう」と涙を拭う仕草を見せた。獅門はその再会を静かに見守り続けて居る。
「ウチらはイレギュラーズ。もう安心しな。また奴が来たって何度でも追い払ってやるよ」
瑠々は痛む体を気にする素振りもなくそう笑う。これ位では『どうやらまだまだ死ねない』のだ。
「ねぇシャームロック。ともだちになろ! 言い伝えの竜じゃなくておともだちの竜になってよ!」
視線を合わせて微笑んだユウェルにシャームロックはゆるゆると頷いて。
此度の勝利はこの言葉で締めくくろう。
「さとちょー! がんばりました! ねえ、さとちょー、これでもっとデザストルもよくなるよね!」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
玉髄の路に居た『脅威』は無事に撃破されました。
皆さんそれぞれとっても石になった部位はありましたが、ラードーンが撃破されたことでその石化は解かれたようです。
GMコメント
『玉髄』での交易路、第三話。『脅威』撃破編。
●目的
・『脅威』こと『蛇石竜』ラードーンを撃破する
・ラードーンの巣穴で孵っていた『幼獣』シャームロック二体の保護
●『玉髄の路』
フリアノンの『やや後ろ側』――尾骨に沿った場所に流れる川と渓谷です。
玉髄の路と名付けられたのはこの地に住まう二対の獣シャームロックの瞳が由来であるそうです。
それらは朽ちた骨の姿をしていますが石化しており、瞳だけは生きていると言い伝えられています。
「夜になるとこの地に何らかの『敵対存在』が訪れ、生きる者を石化させ殺してしまう」と言われていました。
どうやらそれこそが『ラードーン』と呼ばれた亜竜であるようです。
時刻は夜。『玉髄の路』『玉髄に潜む』にてイレギュラーズの皆さんが作成した拠点or拠点前です。
明かりは設置された松明などのみ。月明かりも差し込まぬ渓谷です。何らかの光源をさらに用意しておいた方が良いでしょう。
また、石となったシャームロックがその場に佇んでいます。
シャームロックはこの地を蹂躙する愚か者を許さないと言い伝えられています。
どうやら2匹の獣はお互いの『片翼』である幼い番との出会いを待ち望んでいるようです。
彼らの石化の呪いはラードーンを撃破することで解くことが出来そうです。
●『蛇石竜』ラードーン
知性のある亜竜です。巨大な蛇の姿をしています。
巣穴を通る際や巣穴の外での活動には少しばかりサイズを縮めることが出来るようですが、2mサイズ程度までしか縮まりません。
水場を苦手としているのか、水に対してはその能力を発揮できません。
また、石と変える特殊な能力を有しています。夜目が効いて、人語を有する狡猾な敵です。
HPが高く、大きな体を活かした高い攻撃能力で戦闘行動に出ます。目的は捕食ですので石化されても『相手が脅威』であると判断しない限りは完全破壊は免れそうです。つまり、イレギュラーズ(『怪竜を退けた者達』)であることを識らず侮っています。其の儘侮らせ、油断を誘うのも良いでしょう。
・特殊能力『石化』
対象の時を其の儘止めてしまうと云うものです。死することもなく閉じ込める石の牢獄。
全身が石化状態になると防御行動が不可となるため、複数回の攻撃を加えられる事で完全に破壊され死に至ります。
BS解除不可。体の部位のみであれば、防御が-20(*石化部位数)ずつされて行きます。
行動は素早いですが、予備動作があるためによく観察してください。
また、水を纏った存在には効果を齎しにくく頭から水を被っておく等である程度の抵抗は出来そうです。
イレギュラーズは『パンドラ使用』で『石化』を免れることが出来そうです。
●二対の獣シャームロック
まるで獅子を思わせる外観であったであろう獣の骨です。石となっているため骨として朽ちていない部分を総合すれば
・獅子のように強大な亜竜
・羽は片翼ずつであり、二対で一つである事が分かる
・一方は立ち上がり、一方は座っている
事が分かります。また、言い伝えによると『この地はシャームロックの住処』であったそうです。
ここで『二対』とされていたのに玉髄の路に1匹ずつしか居なかったのそれぞれの番(片翼)がラードーンによって囚われていたからだそうです。
それぞれの片翼の為に、この場所を護るとシャームロックは決意していたのでしょう。
幼獣シャームロック(2匹)はラードーンの巣穴にいます。ラードーンを撃破した後に迎えに行って上げてください。
言葉を話しますがラードーンによって虐げられていたためにかなり弱っており、警戒心も強いです。
●珱・琉珂
亜竜集落フリアノンの里長。イレギュラーズです。
竜覇は火。支援行動及び多少の攻撃を行います。獲物は巨大な裁ち鋏。
皆さんが死ぬくらいなら私が!の決意の許ご一緒してます。何かあればお声かけ下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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