シナリオ詳細
<祓い屋>綻刃を負い
オープニング
●
雪がゆっくりと掌に落ちてくる。
空は青くて雪なんて降りそうに無い天気なのに白い妖精は落ちてきていた。
だから、余計に思い知るのだ。
あの空は紛い物で、この雪は天候管理システムが壊れていることに。
「今日で三が日も終わりだね」
燈堂家の和リビングで視線を上げれば、『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)と目が合った。
「書き初めはした? そこに残ってるから書いとくといい」
暁月が指差した方を見遣れば、アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が『護蛇』白銀と一緒に文字を書いている。真剣な表情でアーマデルは墨を乗せる。
「おい、暁月年賀状置いとくぞ」
「ありがとう黒曜」
暁月は年賀状を『番犬』黒曜から受け取り机の上に広げた。黒曜と眞田(p3p008414)はその様子を何気なく見つめる。
「今年は寒中見舞いが多いね」
「……そうだね」
眞田が年賀状に視線を落すと、少し色彩を押さえた寒中見舞いが多いように見えた。
ここは希望ヶ浜。練達国、再現性東京の一区画。
無辜なる混沌というファンタジーな世界に目を瞑り、慣れ親しんだ光景を忘れられない人達の揺り籠がこの希望ヶ浜だ。
巨大なビル群を縫うように電車が走り、スマートフォンでネットを見る。そんな『いつも通り』を求めた彼等にとっての『日常』に亀裂が入ったのは秋頃の事だ。
練達国そのものとも言えるマザーの不調。脅かされる日常。未曾有の災害として定められた事件。
目を瞑っているだけでは無視出来ない程の恐怖が希望ヶ浜の人々を襲ったのだ。
それを機にこの場所は『――再現性東京202X:希望ヶ浜』とフェーズを進めた。
「寒中見舞いを送って来たということは、それなりに被害もあったって事ですからね」
年賀状の一枚を手にした『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)が虎のイラストを撫でる。
「……お茶入れますね! 牡丹さんが作ったおせちもありますから」
少ししんみりした空気を和らげようと時尾 鈴(p3p009655)が立ち上がった。
「樽酒って、いいわよね」
テーブルの上に並んだ料理と樽から継いだお酒をあおるのはアーリア・スピリッツ(p3p004400)だ。
髪の色が日本酒の色に薄まり透明感が出ている。
「だが、木の匂いが強すぎて料理酒には向かない感じがするな。それにこんなに大量にあって、飲みきれるのか?」
浅蔵 竜真(p3p008541)は樽酒の香りを吸い込んだあと、廻に視線を向けた。
「廻、飲み過ぎるなよ」
「そんな、お正月からいっぱいは飲みませんよぉ。信用ないなぁ」
「おめでたい席ですから、少しぐらいは飲んでも大丈夫ですよ。飲み過ぎないように俺が見てますし」
ラクリマ・イース(p3p004247)が自分と廻の杯に日本酒を注ぐ。
「そうだよぉ。私も見てるから」
廻の日本酒の隣にチェイサーの水を置いたシルキィ(p3p008115)に竜真は方を竦めた。
「まあ、どうしても余ったら無限廻廊に流すから大丈夫!」
暁月が元気よく。親指を立てて胸を張った。
「そのようなものを、無限廻廊に入れないで下さい。ご主人」
「おや、黒夢も帰って来てたのか」
魔法使い然とした二足歩行の黒猫が笹木 花丸(p3p008689)を伴って和リビングに入って来る。
「玄関で会いまして。お連れしました」
「いらっしゃい花丸君。ゆっくりしていってくれたまえ」
「ありがとう暁月先生!」
にっこりと笑った花丸の声がリビングに響いた。
「そういえば、初詣はした?」
「あー、まだだな」
暁月は親友の雑賀 才蔵(p3p009175)へと振り返る。
「まだしてないなら、そこに牡丹がいるから拝んどくといい」
「何なのじゃ!?」
暁月に話しを振られた『守狐』牡丹が眉を吊り上げた。
「牡丹は所謂、御稲荷さんだからね。こう手を合わせて……こんこん、にゃーん」
こてりと首を傾げた祝音・猫乃見・来探(p3p009413)が膝に乗せた白雪の手を取って一緒に拝む。
「にゃーん?」
「やめい、やめい。妾を拝むなら初詣でも行ってくるのじゃ」
牡丹の声に狐耳をピンと立てた周藤日向は隣のすみれ(p3p009752)を見上げた。
「ねえ、すみれ。初詣だって! 一緒に行かない?」
「そうですね。日向様。行ってみましょうか」
すみれの声にハンス・キングスレー(p3p008418)が青い瞳を瞬かせる。
「初詣か……」
「行ってみる?」
ハンスの隣にやってきた眞田が顔を覗き込んで。
人混みは苦手だけれど、彼が誘ってくれるのならば行ってみようかとハンスは立ち上がった。
眞田達に続き、和リビングを出て行くのは『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)とボディ・ダクレ(p3p008384)だ。
「お前、その格好で行くの? 虎耳巫女?」
ボディは雛菊姿。それも布面積が少ない感じの巫女服の裾を摘まんだ。
「変ですか?」
「いや、可愛いけど、寒いからコートは着ろ」
男性用のコートをすっぽりと羽織り、龍成の後をついていくボディ。
●
「――お邪魔します」
「きゃっきゃ!」
玄関から聞こえて来た声に暁月が顔を上げる。
迎えに行った白銀と共に和リビングに入って来たのは暁月の従兄弟『深道和輝』とその子供『正輝』だ。
「あけましておめでとう、暁月」
「ああ、おめでとう和輝。正輝も……大きくなったなぁ」
「あーちょ」
正輝を抱き上げて微笑む暁月にヴェルグリーズ(p3p008566)は目を瞠る。普段はそれ程表情を崩さない暁月が幸せなものに触れた時みたいな顔をしたのだ。きっと、暁月にとって彼等は『幸せの象徴』なのだろう。
畳に降ろされた正輝はしっかりした足取りでイーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)へと近づき、彼が抱きかかえているオフィーリアにぺこりと頭を下げた。
「こんにちは」
「ちゃー」
その光景を微笑ましく見つめるメイメイ・ルー(p3p004460)は自然と頬が綻ぶのを感じる。次に正輝が走り出した先に居たのはエル・エ・ルーエ(p3p008216)だ。膝の上に乗ってご満悦の様子にエルも同じように笑みを浮かべる。
「おやおや、正輝はお客様にべったりなの?」
優しげな声が和リビングに響き、品のある出で立ちの老婆が笑顔を見せた。
「御婆様も来てくれたんですね。お久しぶりです」
「ええ。暁月さんお久しぶりね。白銀様に粗相の無いようにしていらっしゃる?」
「勿論ですよ。御婆様」
深道にとって力を持つ白蛇である白銀は尊ぶ存在。故に、深道の実権を握る一人である『深道佐智子』は白銀を敬っている。
「暁月さん、私達は暫くここに滞在します」
「分かりました。百花園の方の離れをお使いください。御婆様は花が好きでしょう?」
「ええ、そうさせて貰うわ」
佐智子は暁月を探るような目で見つめた。
暁月の精神不安を見極める為に、佐智子達はやってきたのだ。
深道本家の座敷での会話を佐智子は思い出す。
「――最近、暁月さんの様子がおかしいと報告が上がっているのだけれど」
「そのようですね御婆様」
佐智子の言葉に和輝が頷いた。
一年ほど前から徐々に無限廻廊の綻びが見え始め、ここの所更に進行しているのだという。
「原因は何なのでしょう」
燈堂の地下に奉られている真性怪異『繰切』を封じている『無限廻廊』。それが壊れる事があれば深道三家は滅んでしまうと言い伝えられている。
だから、封呪の鍵となる妖刀『無限廻廊』を宿らせ、守り手として置くのだ。
地と血。双方の無限廻廊が合わさる事で強固な結界として機能するはずのもの。
それが解け掛かっているのは、どうしてなのか。
「調査して原因を突き止め、それを排除しなければなりませんね」
深道三家に連なる数千の命を守るのが使命。されど、可愛い孫を心配する気持ちも大きいのだ。
「僕はその原因を知ってるかも」
「葛城先生。いらっしゃってたんですか」
パンダのフードを被った『葛城・春泥』が佐智子と和輝の会話に割って入る。
彼女は電子生命体の定着実験エーテルコード2.0に貢献した研究員だといわれている。それ以前から相談役として深道に出入りしているのだ。
「先生、原因とは?」
「燈堂には養子が居るじゃない? 『廻』だっけ。あの子のせいなんじゃないかなって思うよ。この前、ちょっと調べたんだよね」
ROOからログアウト不可になっていた恋屍・愛無 (p3p007296)を調べていた時に『偶然』見つけたのだと春泥は語る。
「朝比奈達にも僕から教えてあげるよ」
にっこりと笑った春泥に佐智子はお願いしますと頭を下げた。
春泥には底知れぬ不気味さがあるが、無限廻廊の綻びが防げるのなら目を瞑るしかない。
「私達も燈堂へ赴き、見極めましょう」
一族とその周辺に住まう人々の命を守る大儀。
何にも替えられない使命の為。
佐智子は険しい顔で、気を張り詰めていた。
●
「暁月先生、新年早々、ご足労申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ。理愛先生」
暁月は黒髪を揺らす九尾・理愛――リア・クォーツ(p3p004937)に笑顔を見せる。
ここは希望ヶ浜学園の職員室。
新年早々故に、一般の教職員は不在だった。
燈堂暁月、リア・クォーツは希望ヶ浜学園の教師としての責務を果たす為にこの場所に集まっていた。
「状況は分かりますか? 理愛先生」
「はい。現在、この希望ヶ浜学園には多数の被災者が寝泊まりしています。慣れない避難生活で不安な思いを抱えている方も大勢居ますね」
「なるほどね。だから、夜妖が現れたと」
暁月の言葉にリアが険しい表情で頷く。
現れたのは悪性怪異<夜妖>『黒闇鴉』だ。鴉の形をした夜妖が人間に取り憑いて生気を吸い取ってしまうというもの。それ自体はよくある夜妖だが、練達の情勢不安が増殖に拍車を掛けているらしい。
「夜妖は人々が不安に思う心からも発生するからね」
「はい。先んじて、咲々宮先生に戦場へ向かって貰ってます……おや、暁月先生その後ろの方達は?」
暁月の後ろから自分の事をじっと見つめる少女を指差すリア。
「あー、私の妹の深道朝比奈と、弟の周藤夜見だ。付いてくると聞かなくてね」
頭を掻く暁月にリアは溜息を吐いた。
学園とはいえ、もう一般の生徒は居ない。間怠っこしい敬語も面倒くさい。
「……戦力になるの? 遊びじゃないのよ」
「何よ、自分の身ぐらい自分で守れるわ」
「自分の身を守れるだけじゃ、足手まといなのよ。危険なの、分かる?」
リアの冷静な言葉に朝比奈は唇を噛む。戦場が危険な事は重々承知しているが自分達が燈堂に来た理由を考えれば暁月から離れる事は、何かを取り損ねてしまうような気がしてならないのだ。
葛城・春泥は言っていた。暁月の精神不安は『獏馬』のせいだと。
それを排除しなければ、無限廻廊は綻んでしまう。暁月が壊れてしまう。
だから、暁月の傍に居て調べ無ければならないのだ。
真剣な眼差しをリアに向ける朝比奈。
リアはその様子に眉を下げる。子供の駄々に弱いのは自覚しているつもりではあるが。手の掛かりそうな子だと視線を上げた。
「暁月先生、必ず妹さん達を守ってあげてくださいね」
「すまないね」
――――
――
「暁月、来たな……!」
「やってるな幻介。怪我は無いか?」
俊足で戦場を駆け巡る咲々宮 幻介(p3p001387)は黒鴉に一太刀を浴びせ親友の姿に口の端を上げた。
「大丈夫だ。こんな所で倒れるかよ。それよりもちと厄介だ。あの依代になってるやつ、だいぶ弱ってる」
「確かに、早急にカタを付けないと命の危険があるね」
暁月は刀を抜き、夜妖へと走り出す。
その背後へ音も無く忍び寄ったのは黒猫の魔法使い。
燈堂家の伝達役。黒夢の姿があった。
暁月は黒夢の姿に目を瞠る。
「ご主人、至急」
「どうした、黒夢」
冷静沈着な伝達役である黒夢が戦場に割って入ってくる程の急用。
何かがあったのだ。嫌な予感が暁月の心臓を掴む。
「廻さんが刺されました――」
●
雪が靴底に張り付いて詰め込まれる感覚が伝わってくる。
冷たい空気が褐色の肌を撫でるのが心地良い。
けれど、それ以上に。
深道夕夏は腹の底から湧き上がる怒りの情動に支配されていた。
「ぅ……っぐ……、はっ」
目の前に転がっている青年に視線を落す。
夕夏の刀は廻の背に突き刺さっていた。それを引き抜いてもう一度振り下ろす。
剣尖は廻の肺に到達し、呼吸さえままならない。
真っ赤な血が白い雪の上に滲んでいた。
「やめてよ! これ以上、廻を傷つけないで!」
廻と夕夏の間に割って入ったのは、彼の影に隠れていた『あまね』だ。
「お前、そうか獏馬の尻尾。はっ、夢を渡る事しかできない淫魔風情が。そいつの力を使って暁月兄さんを誑かしたんだ? 自分が何をしてるか分かってんの? お前のせいで、何人、犠牲になると思う?」
怒気を孕んだ夕夏の瞳にあまねは息を飲む。
「どういう……こと」
「無限廻廊が壊れれば、この燈堂の地は一瞬で焦土になる。連鎖的に深道と周藤のレイラインも断ち切られ、同じように無に帰すんだよ。何人死ぬかお前に分かる? お前がやってる事はそういう事だ!」
暁月が無限廻廊を保てなくなれば、多数の命が失われる。
それだけはあってはならない。
「だから、私はその原因であるお前らを殺す!」
夕夏の叫びに呼応するように、黒蛇の幻影が広がった。
「朝比奈や夜見じゃこんな事、出来ないでしょ? ご当主様がお綺麗に気取ってさ。原因の調査とか影響とかまどろっこしい事やってるから。元を断ち切れば良いのに。私にはそれが出来る。そうしたら、私の方が当主に相応しいって認めて貰えるんよ。だから、ねえ、絶対に殺す――!」
夕夏の刀身が閃き、光が走る。
振り下ろされた剣先に血飛沫が赤く舞った。
「――痛ってぇ! てめぇ! 何してんだよ!?」
剣を受けた龍成が夕夏を睨み付ける。
「龍成、剣を身体で受けるのは止めて下さい。心臓に悪いです」
言いながら夕夏を押し返したボディが手を広げる。
「夕夏! 何やってんや!?」
雪の中庭に響き渡る声は深道和輝――夕夏の兄の声だ。
「和輝兄さん。廻を見つけたんよ。こいつを殺せば暁月兄さんは元に戻るんよね? 葛城先生が言ってたもんね。無限廻廊が綻ぶ原因は『廻』だって。だから、私……皆を救う為なら殺せるよ。大丈夫、見てて。出来たらめっちゃ褒めて欲しいな」
無限廻廊が壊れること。それは深道三家にとって世界が滅ぶのと同義。
一族郎党全てが無くなってしまうと幼い頃から刻み込まれてきた。
悔しいと思う。
朝比奈は白蛇の夜妖憑きで、自分は黒蛇憑き。いつも比べられてきた。
劣等感の塊で、朝比奈と同じぐらい自分自身が大嫌い。
だけど、それでも。
家族が大好きで、大切な家を守りたいって思ったから。
だから。
「ごめんな。死んでほしいんよ」
――――
――
「夕夏姉さん、どうしちゃったの」
黒蛇の幻影を払いながら周藤日向は自身の姉に視線を向けた。
気性の激しい人ではあるけれど、このような邪悪な力を持っているなんて知りもしなかった。
「この燈堂の地の神気に当てられたのでしょうか」
深道佐智子が近くにいた子供の手を引いて、黒蛇から距離を取る。
「夕夏さんは黒蛇憑きでしたね。おそらく父上の力に引かれてしまっている」
「白銀様……やはりそうでしたか」
佐智子から子供を受け取った白銀が眉を寄せた。
「この黒蛇の幻影は明確な意志を持っている訳では無いですね。夕夏さんの情動を増幅しただけのもの。だからこそ厄介ではあります。子供達を避難させましょう」
「はい。白銀様」
佐智子は白銀に頷いて和輝と共に戦場から離れる。
中庭にはまだ子供達が遊んでいる。それを南棟へと避難させるのだ。
- <祓い屋>綻刃を負い完了
- GM名もみじ
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年02月05日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
リプレイ
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吹いてくる風は身を切るような冷たさで、中庭に植わっている木の枝が寂しげに揺れる。
燈堂家の敷地は広い。
辺りをキョロキョロと見渡しながら本邸への道を歩いてくるのは『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)だ。
「燈堂家って来るの初めてなんだよね! これ全部が家なの? すごく広いね! 旅館みたい」
振り袖を着てくるりと回ったアリアはひらひらと揺れる袖に笑みを零す。
お餅を食みながら、子供達のはしゃぐ声に視線をあげれば何やら固そうな板で羽を叩いているではないか。「それなあに?」
「羽子板! 落したら負けなんだよ。それで負けたら、こんな風に顔に書くの」
「……え? それは嫌だな」
「じゃあ、かるたは? コマ遊びもあるよ!」
「そうだね。それにしようか!」
アリアは子供達に混ざってお正月の遊びを楽しむ。
「えへへ、まさか燈堂家のお正月に呼ばれちゃうなんて思わなかったよっ! 黒夢さんは此処まで案内ありがとう!」
笑顔で振り返った『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)に燈堂家の夜妖『黒夢』が帽子をクイとあげる。
「いらっしゃい、花丸ちゃん」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくね、暁月先生っ!」
花丸の後ろから困惑した顔を見せるのは『凡人』越智内 定(p3p009033)だ。
「え? 何? 仲いいの? 祓い屋? 初めて知ったよ!! っと、明けましておめでとうございます」
「はい。明けましておめでとう。ここ、寒いから中上がりなよ。歓迎するよ」
『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)が笑みを浮かべ案内してくれる。
「やったー! お邪魔します!」
慣れた様子で花丸が中に入って行くのを定は口を尖らせて見つめる。
「ええ~~……練達の中の事なら多少は知っているつもりだったけれど、何か自信無くしちゃうぜ……」
「定さん~?」
和リビングから花丸の呼ぶ声にそそくさと中へ入って行く定。
襖を開ければ大きな和リビングの中央に所狭しと並べられたおせち料理が見えた。
「お正月におせちって何だか久しぶりかも。凄い手間がかかる感じがするし……ジョーさんはどう?」
「作るの大変そうだよね。母さん何かは2,3日かけて作ってたなあ。こっちの世界に来てからはコンビニで紅白の板かまぼこを買って醤油マヨで食べる位だぜ」
言いながら定はかまぼこを一つ摘まむ。
「知ってるかい? 醤油マヨで食べるとめちゃくちゃ美味いんだ」
言いながら上はかまぼこを一つ口に入れた。そのまま。
「次はお雑煮行こうか! この味は何処の地域のベースなんだろ? ほら、お雑煮って地域だったり家庭だったりで色々違うんでしょ? 花丸ちゃんは美味しいならそれでヨシ!って感じだけど!」
「お雑煮は地域もだけれど、ご家庭の味ってのもありそうだよね。焼き餅だったり、煮てある餅だったり、ネギが入ってたりしょうゆベースだったり味噌ベースだったり」
燈堂家は京都風なので白味噌と丸餅だ。昆布だしと椎茸の出汁がきいていて塩分はそんなでもないのにしっかりと旨味がある。
「あ、お餅追加お願いしまーすっ! え、食べすぎ? ひよのさんのトコのお手伝いで大忙しだったしちょっとくらい……だ、ダメかな?」
「お正月なんだ、少しくらい食べ過ぎたって良いと思うぜ。なんてったって花丸ちゃんだ、食べてる姿が一番輝いてる!」
「そうだよねー!」
「うんうん!」
花丸たちの容器な声に『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)も微笑む。
「お酒があると聞いて黙ってる僕じゃあないからねぇ。という訳で御相伴に預かりに来たよ」
タダ酒万歳と日本酒の瓶を傾けるラズワルド。
「んふふっ……ニホンシュ、だっけ?イイ匂いがするから好きだよぉ。こぉんな気持ちイイもの飲まずに流しちゃうなんてもったいない!」
「そうですよね! 僕もいっぱい飲みますよぉ!」
ラズワルドの隣で『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)がトロンとした瞳で酒瓶を持つ。既に酒が入っているようだ。
「そーれ、かんぱぁい! 空っぽにしちゃおうねぇ♪」
「やったぁ♪ ラズワルドさん~」
波長が合うのか酒量が増すラズワルドと廻。
猫がじゃれつくように抱きついた廻(絡み酒)にラズワルドも負けじと撫でくり回す。
お返しに廻がラズワルドに手を伸ばせばバランスを崩し彼の服を引っかけて転がった。
ラズワルドの服がはだけ、胸元が露わになったのを隠そうと廻が覆い被さる。二人ともかなり酔っ払ってふにゃふにゃになっていた。
「ふふ、ふふふ」
「ははは」
よく分からない状況だけれど、何だか可笑しくて。二人して猫のように丸まって笑い合った。
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は微笑ましい光景に目を細める。
「いいわねぇ、家族って」
隣に座る暁月に向かって視線を向けるアーリア。ずっと暁月の事が気がかりで、『君は死なないでくれよ』と言った時の顔が忘れられないのだ。
暁月の親戚や廻、そのお友達に門下生。燈堂に流れる一家団欒の雰囲気。
アーリアが失ってしまったもの――否、たった一人の妹との、途切れたままだった時間は動き出していて。紡がれる『対話』は涙が零れそうな程、愛おしくて。ひねた言葉使いだって、その口から発せられなければ聞く事すらできない。ましてや返す事も伝える事もできないのだ。
だからこそ、代わりなんかじゃなく、ここに流れる『和やかさ』も大切だと思うから。
「……私は、この時間を守りたいわ。それは勿論、誰かが犠牲になる形じゃなくてね」
「ああ、そうだね」
深刻な顔をさせたい訳では無い。けれど、心配で仕方が無いのだ。だからアーリアは暁月の抑止力となるために心の深い所へ手を伸ばす。ほおっておけば暁月はきっと堕ちてしまう。
お互いが傷付く事を覚悟の上で、放してやるもんかと突きつけるのだ。
「おやおや、皆さん仲が宜しいんですね」
暁月とアーリアの傍に座った深道佐智子にアーリアは挨拶をする。
「初めまして、アーリアと申しますわぁ」
アーリアは佐智子に暁月の同僚だと説明し、彼が生徒や門下生にも慕われている事を伝えた。
「そうなのね。ふふ、頑張ってる姿をご友人から聞くのは新鮮だわ。暁月はあまり自分の事は話さないのですよ。恥ずかしがり屋さんなんでしょうね。従兄弟の和輝と喧嘩した時も……」
「いや、御婆様。やめて?」
「ほほほ」
柔和な笑顔で暁月とアーリアを見つめる佐智子。
『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)は佐智子の様子を後ろの方から伺う。子供特有の仕草に佐智子は微笑んで手招きをした。
「初めまして。お外から来た、エルです。よろしくお願いします。えっとえっと。エルも、御婆様って呼んでも、大丈夫でしょうか?」
「ええ。良いわよ、エルちゃん」
エルは佐智子に聞きたい事と話したいことがあるのだと訴えかける。
「京都とは、此処から近い場所ですか? 東京とは、どう違うのでしょうか?」
おいしいものはあるのかとエルは興味津々に佐智子に問いかけた。
「そうねぇ、大体同じなのだけれど、少し喋り方や味付けが違うかしらね。まあ外から来た人からすれば些細な違いよね」
微笑む佐智子にエルは昔の『繰切』だった『クロウ・クルァク』の話しを切り出す。
「まあ……エルちゃんはこの地に何が奉られているかも知っているのね。暁月が話したのかしら?」
一般人には知らされない燈堂の秘密。それを知っているエルに困惑する佐智子。
「この燈堂に関わるイレギュラーズはおそらく概ねの事情を知っているのでしょう」
佐智子とエルの間に割って入るのは『護蛇』白銀だった。
「白銀様……」
「安心してください佐智子さん。彼らは一般人に情報を拡散するような人達ではありません」
夜妖が集まる燈堂家が危険だと一般人に見做されれば、それは脅威に変わってしまう。守るべき者達から向けられる畏怖や侮辱は簡単に燈堂の灯を消してしまえるのだ。
エルはクロウ・クルァクの残穢と戦った事を佐智子に語る。
「残穢さんは言いました。『廻を壊す』と厄介だぞって。エルは、とっても意地悪で気まぐれ、だけど、しっかり村を守られた、神様の残穢さんの事を、信じています。戦って、残穢さんとわかり合えた、という事だって、エルは考えました。もし、エルのお話を、信じて頂けるなら、残穢さんが、言った事も、信じて頂けたら、エルは嬉しいです。」
「そうなのね。けれど、そのクロウ・クルァクが前身なのだとしても、『今の繰切』が暴走しない保証は無いのよね。ああ、エルちゃんのお話を信じないという話しじゃないのよ。教えてくれて嬉しいわ……そうなってくると本当に難しいわね」
佐智子はエルから齎された情報に小さくうなり声を上げた。
「子供達の笑顔を守る為に、私達に出来る事は何なのでしょうか」
アーリアの声に佐智子は顔を上に向ける。
「そうね……深道に生まれた子らには特別な力があります。それは正しく使わなければならないもの。この均衡を崩してはいけない。そうしなければ多くの命が犠牲になってしまいます。私達は人々を守る役目があります。その身を挺しても守らねばならない。だからそれが侵害されるなら排除しなければならないの」
佐智子の言葉にアーリアは眉を寄せる。その運命を変えたいと言葉を紡いだ。
「貴女が子供達を大事に思うように、暁月さんにとって――私にとっても、廻くんは大事なんです。私達には運命を変える力があるんですもの」
そう笑って見せたアーリアに佐智子は眉を下げた。
「ええ。それを見極めにきました。先程のエルちゃんの言葉もアーリアさんの気持ちも汲んだ上でね」
「……」
佐智子の言葉は暁月に重くのし掛る。全ては自分の精神不安が原因なのだと心が軋んだ。
「おもち、おいしいです」
はふはふとお雑煮の餅を食んだ『ひつじぱわー』メイメイ・ルー(p3p004460)は燈堂の本家である深道の面々に少し緊張気味だ。アーリア達に話す佐智子の言葉がメイメイの耳にも届く。彼女の内面までは知る事は出来ないが、何か現状が良くなるヒントがあれば良いなと入って来る言葉に耳を澄ませた。
「お餅好きなの?」
「はい、まるくて、もちもちしてて」
隣に座った周藤日向に笑顔を向けるメイメイ。その向こうには『しろきはなよめ』すみれ(p3p009752)の姿もあった。
「御婆様の話し気になるの?」
深道の面々が燈堂に来た理由は無限廻廊の綻びの原因を調査するためだという。物々しい雰囲気にメイメイが眉を下げるのを日向は「外から見ればそうだよね」と憂う瞳を見せる。
燈堂に数ヶ月前から滞在している日向は、少しずつ深道の考えから離れてきているのだろう。
「ここに足を運ぶのも随分と久しぶりだな、暁月や廻は元気にしているだろうか?」
小さく呟かれた言葉が冬の寒空に流れて行く。『特異運命座標』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は燈堂本邸への道のりをゆっくりと歩いていた。
偶には顔を見に行きたいと思っていたから。大事な縁を紡いだのだ、大切にしていきたい。何かあれば少しでも力になってやりたいからとベネディクトは本邸へとやってくる。
丁度縁側に暁月が座っているのが見えた。ベネディクトは酒を片手に彼の隣に座る。
「『祓い屋』燈堂一門の当主、その肩書だけでも十分に重い物だ。それに、”頼りになる大人”はあまり弱さを見せられんだろう?」
「ふふ……そうだね。君もそうなのかな? 領主代理だっけ? あんまり弱音って吐けないよね。昔は辛いとか悲しいとか素直に言えてたと思うんだけど」
当たり障りの無い言葉に本音で語れぬ事情があるのだろうとベネディクトは察する。それを吐かせた所で現状は聞いてやる事しか出来ないのかもしれない。
「……いや、これ以上は止めておこうか。暁月を苛めるなとでも言われそうだ」
「はは。苛められてはいないけど……飲もうか」
「そうだな」
少しでも紛らわせる事が出来るなら、それだけで救われる心だってあるはずだから。
「こりゃまた随分立派な屋敷じゃねぇか……」
嫁の実家を思い出すと『疲れ果てた復讐者』國定 天川(p3p010201)は燈堂家の正門の前で旅館のような南棟を見上げた。
「っと関心してる場合じゃねぇ。営業営業っと」
希望ヶ浜で探偵事務所を開くにあたり、夜妖退治の有力者であり専門家の祓い屋一門とのパイプ作りに来たという訳だ。
「失礼。アンタが燈堂暁月で間違いないかね?」
天川は暁月の前に座り「俺はこういうもんでな」と名刺を差し出す。
「探偵?」
「ああ、身辺警護に夜妖退治、ペット探しでも何でもやってる。何かあれば是非頼ってくれ。まぁ営業ってやつだ。にしてもアンタ……若いのに随分出来るな。アンタとなら仕事はしやすそうだ。一緒に仕事するのを楽しみにしてるぜ?」
「そう見えるかい。実際はこんなだけどね? こちらこそ、宜しくお願いするよ」
にへらと笑う暁月に「よろしく頼むぜ」と天川は握手を交わした。
「ありがとうございます、お陰で寒くなかったです」
初詣から帰って来た『龍成の親友』ボディ・ダクレ(p3p008384)と『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は鼻を赤くして本邸の和リビングに入って来る。
龍成が渡したコートを返却するボディ。この温もりがあったから寒い外の気温も平気だった。
気遣いが嬉しくて、可愛いと言ってくれた事も嬉しかった。
「コートは着なくていいけど……これ羽織ってろ」
自分が着ていたツートンカラーの上着をボディに被せる龍成。
「ふむ?」
巫女服から溢れんばかりの胸と、露わになった鼠径部は刺激が強すぎるのだ。酒を飲んだら自分が触ってしまうかもしれないと龍成は首を振る。
――こいつは親友で、男。こいつは親友で、男。こいつは親友で、男。
念じながら言い聞かせる。
「こっちの姿は口があるので人と同じ方法で食事が取れますから、人前でも気兼ねなく食べられますね」
隣に座ったボディが少し嬉ししそうに言うので「そうだな」と龍成は目を細めた。
摘まんだ黒豆を舌に乗せて噛めば仄かな甘みが広がる。
「こんな味なのですね、美味しいです……ほら龍成、口開けて下さい。美味しいんですよ、これ」
「ば、かっ、お前、こんな皆が居る所で、すんな」
「え? 嫌でしたか? 『一緒』の味を楽しみたかったのですが」
今までは同じものを食べても一緒に味を共有する事が出来なかった。けれど、この姿なら『一緒』に味わう事が出来ると思ったのにと視線を落すボディ。
「……わかった。分かったから。居たたまれないから。もう、好きにあーんでもなんでも来い。ほら」
顔を上げたボディは龍成の口に黒豆を運ぶ。
その様子をじっと見守る暁月や廻達の視線に「いっそ何か言え」と龍成は顔を赤くしながら思った。
「どれが美味しかったですか?」
「んー、田作りとか里芋とか美味いぞ、ほら」
出汁の効いた里芋をボディの口に運ぶ。粘り気のある里芋から旨味が染み出して美味しい。
のんびりとした時間。こんな長閑さが続いて行けば良いとボディは里芋を咀嚼しながら思った。
「ちょいとそこの青年! 龍成だったか? 少し話さねぇか?」
隣に座った天川に怪訝な顔を向ける龍成。
「おっとわりぃ! 俺は國定 天川。しがない探偵だ。澄原って苗字だが、澄原病院の院長とは親類だったりするのか?」
澄原病院とも仕事の繋がりを持ちたいと営業を持ちかけている天川だが、まさか晴陽の親類が燈堂に居ようとは思ってもみなかった。
「弟だけど。姉貴と知り合い?」
「まじか……。弟か……確かに髪色も雰囲気も似てるよな。世間は思ったより狭いようだ」
天川の勢いに龍成は目を白黒させる。
「まぁいい! 姉ちゃんにはもう直接営業はかけてるんだが、そっちからもよろしく伝えてくれるとありがたい。勿論、直接仕事を依頼してくれてもいいぜ!」
「お、おう。今度会ったら伝えとく」
「それと、長々と彼女との食事を邪魔して悪かった! それじゃあな!」
勢い良く立ち上がり去って行く天川の背に「彼女じゃねぇから!?」と叫ぶも、ひらひらと手を返されるだけで、そのうち見えなくなる。
「天川さんは誤解をしています。私達は親友ですよね?」
「……うん、そうだ親友だ」
いくら雛菊姿が可愛くても間違いなんて起らない。ボディは彼女ではない。
――こいつは親友で、男。こいつは親友で、男。こいつは親友で、男。
「龍成さん」
「おう、どうしたエル」
深刻そうな顔をしたエルに向き直る龍成。
「えっとえっと。龍成さんに、警戒して欲しい方がいます。パンダフードの、研究者の、葛城さんです」
「誰だそいつ」
「葛城さんは、ご自分の興味と、研究のために、エルのお友達の、恋屍さんを、さらって、とっても危ない目に、遭わせました。もし、恋屍さんの情報から、廻さんを知ったら、とっても大変だって、エルは思いました。なので、見つけたら、エルに教えて下さい」
「分かった。何かあったら連絡する」
龍成は何時になく真剣な表情のエルに頷いた。
――――
――
「なあ、暁月さん。聞きたいことがあるんだ」
「どうしたんだい? そんなに改まって」
暁月は言いづらそうに頭を掻く『救う者』浅蔵 竜真(p3p008541)を見遣る。
「あー、いや……答えにくいことだと思うけど、いいか?」
「私が答えられるものなら」
「……晴陽さんと、貴方の間で。なにがあったのか。どうして今袂を分かっているのか。それが知りたい。今の貴方たちが善い状態だとは、俺から見ても思えない。きっと龍成もそう思ってるはずだ」
竜真の言葉に「ふむ」と首を傾げる暁月。
「それに俺は晴陽さんに……あの人に笑って欲しいと。そう感じた。あの人の、屈託のない笑顔を見てみたい。そのためには、蟠りを解かないと」
「ふふ、君は晴陽ちゃんの事が好きなんだね」
「いや……そうじゃないけど。これは単なるお節介じゃない。暁月さんと晴陽さんが、歪むことなく話しているところ。晴陽さんが笑っているところ。俺がその二つを見たいから、こうして貴方に頼んでいるんだ……まあ、自分勝手だと言われたらそうなんだけどな」
視線を下げた竜真の方を暁月は優しく叩く。
「そうだね。君が真剣に聞くから、私も真摯に答えるよ……結論から言えば難しい。高校時代は私と詩織、晴陽ちゃんとその親友とでよく遊んだんだけど。晴陽ちゃんの親友を私が斬ったんだよ……仕方なかったとはいえ、ね」
「斬ったって、なんで」
「夜妖憑きになったから」
「祓えば良かったんじゃないのか?」
「痛いところを突くね、君。あの頃はまだ私も随分と未熟でね。
晴陽ちゃんとその子、両方を助ける事は出来なかったんだよ。両方を失えば詩織がとても悲しむからね。
私はその子を斬って晴陽ちゃんを救う事を選んだんだ。
……ああ、でもそれは未熟だったのかな。いま、もしその選択を迫られたら――例えば、しゅうと廻どちらかを選ばなければいけないなら、そんなに直ぐに決断出来ないかも知れない」
暁月は竜真に向けていた視線を中庭へと流す。
「だから、まあ。晴陽ちゃんが私を嫌う理由はそこだと思う。
普通は親友と先輩(詩織)を斬った男と和解出来ないよ。でも、心配じゃないか。詩織が可愛がってた後輩だもの。精々私が軽口叩きながら様子見するぐらいしか出来ないけれどね。それ以上は近づけない」
嫌われていようとも、元気にしているかと気になる事はある。それは恋人が気に掛けていた後輩であるからだ。自分達の間には埋めようのない溝がある。お互い三十路が見えている大人ではあるので、表面的な会話はするが、屈託無く笑える日はきっと来ない。
それは、暁月が晴陽の親友を斬ったその瞬間に分かたれた路だ。
中庭を見つめる暁月の瞳は何処か遠くの『思い出』を見ているのかもしれなかった。
「しゅう、あけましておめでとう! お菓子、今日も持ってきたよ。今日はいつものじゃなくて俺の手作りなんだけど……クッキー、嫌いじゃない?」
『秋の約束』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)の隣に居るしゅうにクッキーを差し出す。
「ありがとう。イーハトーヴ!」
「ぬいぐるみの身体の調子はどうかな? 俺はぬいぐるみ職人だけど、夜妖の依代を作ったのは今回が初めてなんだ。だから余計に、気になることは、どんな小さな違和感でも教えてほしい」
「すごく動きやすいよ。大丈夫」
「そっか。良かった……君がここで幸せに生きられるよう、友達として職人として、できる限りのことをさせてね」
朗らかにイーハトーヴとしゅうが会話しているのを見て愛無は少し誇らしげになった。知らない間に友達を作って交流している息子に嬉しくなる。少し寂しい感じもするが、成長する姿は微笑ましい。ルウナもこういう感情を抱いただろうかと横目で二人の会話を伺う。
「それにしても、今日はお客様がいっぱいだね。さっき正輝くんがオフィーリアにご挨拶してくれたんだけど、小さい子って可愛いねぇ」
「割ともみくちゃにされる事多いけどね」
「ふふ、解れたら縫ってあげるよ。賑やかなのはいいことだけど……ねえ、しゅう、嫌な気配とかは特にない、かな? パティケイトの時も君には力を貸して貰ったし、何か感じるものがあれば教えてほしいな」
こくりと頷いたしゅうは「何かあれば知らせる」とイーハトーヴの足に手を置いた。
「俺、ここの日常を守りたいんだ。皆に、ずっと笑顔でいてほしい。勿論、君も含めてだよ、しゅう」
「ありがとう。イーハトーヴ」
愛無はその場を離れて仁巳を探しに行く。
繰切が廻に執着する理由は彼の中にある『呪い』なのだろうか。無限廻廊と名を同じとする暁月の刀。噂では今現在持っている刀は分霊らしい。では、本霊は何処にあるのだろうか。
おそらく繰切がこの地に留まるのは、燈堂そのものに執着しているからだろうと愛無は考える。
繰切の子供である白銀が、家に憑いているのもその一端だろう。
「何にせよ、三年前の事件。それが一つの鍵になる事は間違いない」
当時何があったのか、仁巳に聞き出そうと彼女の足取りを追う。
その最中、愛無は『燈堂門下生』時尾 鈴(p3p009655)と『守狐』牡丹の姿を台所で見かけた。
「牡丹さん、おせちのおかわり持っていきますよ」
「うむ。助かるのう」
「お煮しめが大好評ですね、俺もいただきましたが特にタケノコが美味しかったです」
廊下に立つ愛無の前を和リビングと言ったり来たりする鈴。
「それからお雑煮。今度出汁の取り方を教えてください。先日の事件で辛い思いをした人もいたでしょうし……盛り上がっていてよかったです」
眉を下げた鈴に牡丹は大丈夫だと背を擦る。
「……あの、無限廻廊のことで聞きたいことがあるんです。先生の不調が原因で封呪がほころびかけているって。でも先生はなにも悪いことをしていないでしょう?」
「そうじゃのう。暁月の精神不安が無限廻廊の力を弱めているのは事実じゃ」
「先生のせいにされているのが俺は我慢ならないんです」
暁月の心が『弱い』から多くの人が犠牲になってしまうと責任だけを押しつけていては、いくらそれが責務なのだとはいえ辛すぎると鈴は涙を浮かべる。
「なにか方法が、無限廻廊を修復する方法はないんでしょうか……?」
「幾つか方法はあるじゃろうが、どの路を選んでも誰かが悲しむ事になる」
牡丹は鈴の仁巳を真っ直ぐに見つめ「それでも聞くか?」と問いかける。
「聞かせて下さい。知らなければならないんです。俺は」
何があっても暁月の傍に居ると決めたから。
「無限廻廊が機能を回復する方法は、暁月が無限廻廊に取り込まれること」
「それは……嫌です」
「その子である――まあ厳密には血は繋がらぬが巫女に成れる――廻が無限廻廊に取り込まれること」
「……嫌です。二人とも俺の家族なんです」
「暁月の持つ『妖刀』無限廻廊の本霊を取り戻し、廻を当主(刀憑き)にすること。一時的にじゃが機能を回復するじゃろう。だが、今暁月に課せられている負荷を負うことになる」
「本霊って、今どこにあるんですか?」
「分からぬ。暁月の奴はそれについて聞いても絶対に口を割らぬからの。だから、暁月の精神不安を取り除くことが一番、堅実的なのじゃよ」
状況は思っていたよりも複雑で混線しているのだと鈴は頭を抱える。
「うう~っ! どうすれば」
「おうおう、泣くでない。……鈴、其方は暁月の傍に居てやってくれぬか。それが救いになるじゃろうて」
暁月の孤独に寄り添ってくれる人が一人でも居てくれれば。牡丹はそう願わずには居られないのだ。
●
「初詣……良いかも。白雪君も一緒に、行く?」
こてりと首を傾げた『淡き白糖のシュネーバル』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は足下でじゃれつく白雪を見遣る。
「白雪君は胸元に入るかな」
「にゃぁん」
ぽすりとコートの中に入り込んだ白雪と一緒に祝音は初詣へと出かける。
「今年は寅年で猫年。寅や猫なお守り買おうね。白雪君は……美味しいお肉かな」
「にゃん♪」
目を煌めかせる白雪に祝音も嬉しくなった。
お賽銭箱に小銭を投げて、カラカラと鈴を鳴らす。
願いはごとは『燈堂家の人達や皆が幸せに過ごせますように。……もし何かあっても、皆で乗り越えられますように』だ。
儚い願いと共におみくじをカラコロカラコロ。
白雪の分も引いて開けてみれば。『小吉』と『大吉』が出た。白雪は小吉を咥えて懐から飛び出す。
結べと言わんばかりに結び紐の前にちょこんと座った白雪。
「ふふ。じゃあ一緒に結ぼうか」
大吉と小吉を同じ所に結んでまた来た道を戻っていく。
入れ違いで神社の境内に入ってくるのはすみれと日向だ。
「参拝客が多いですね。これははぐれてしまいそうです」
そっと差し出されたすみれの手を日向は素直に握る。
「思えば、私たちの出会いは奇跡のようでしたね。突然混沌世界に呼ばれ依頼を受けるなか、敵から私を救ってくださったのが日向様でした」
「そんな大袈裟な事してないよ。すみれも十分強かったし」
照れたように頬を赤くする日向にすみれは笑みを浮かべる。
「彷徨う私に道を照らす、太陽のような方と感じまして。そんなヒーローと友達になれたのなら、この世界も好きになれそうです」
「もう、すみれったら恥ずかしいよ」
お参りは二拝、二拍手。
願い事を神に祈り。一拝。
「日向様はどんな願いを念じたのでしょうか? うふふ、もしよろしければ私に教えてくださいね!」
「すみれともっと遊べますようにって」
「まあ。では、私と同じですね」
――今年もまた、日向様と仲良く過ごせますように。
『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)もまた新年の願掛けをしていた。
何処かに居るであろう己の息子が元気でありますようにと願う。
その息子と共に過ごす日々を夢見て、ウェールは祈りを捧げるように手を合わせた。
息子に会うためにも今年も生き抜かねばならないだろう。
イレギュラーズは死と隣り合わせの危険な任務に付くことも多い。自分も大切にしなければとウェールは健康を願った。
ウェールが境内を出る頃『Re'drum'er』眞田(p3p008414)と『運命射手』ハンス・キングスレー(p3p008418)が鳥居を潜る。
「いやぁ、特に信仰心がある訳じゃないけどね!」
「あは、こういうのは雰囲気だからねぇ。たまには都合良くお願いしてみるのも良いんじゃない?」
雑踏にはぐれないよう二人は流れに沿って歩いて行く。
「まずは参拝。お願い、お願いか。俺は神様とか信じてない派だけど、せっかくだし」
「ふふ、どうか僕らを取り巻く縁が永く続きますように。……なーんてね」
「そうだな……面白いこといっぱいありますよーに!」
こうして初詣に来るぐらい仲良くなったのだ。この縁は大切にしたい。
眞田はおみくじを見つけてハンスに振り返る。
「そうだ、おみくじは引いとこう」
「新年一発目の運試しだ。さぁて、どうなるかな」
大吉来いと叫ぶ眞田にこういうので良かった試しが無いと笑うハンス。
お互いのクジを開いてみれば『中吉』と『大吉』の文字が見える。
「えっ! 大吉じゃん! やったねハンスさん!」
「わわ! びっくりした。ありがとう」
和やかにクジを結びつける二人は帰り際に出店を見て回る。
「夏祭りほどじゃないけど、まあまあ出てるよね」
「ホントだ……ねぇねぇ眞田さん、フルーツ飴のお店あるよ!」
「フルーツ飴! 買お買お、俺も超好きでさー! ストロベリー食いたい!」
「りんご飴にいちご、葡萄にオレンジ! 好きでつい買っちゃうんだよなぁ。後で一緒に食べようね」
嬉しそうに顔を綻ばせるハンスに眞田も笑みを零した。
「あけましておめでとうございます、だよぉ~!」
和やかに新年の挨拶をした『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)に廻も笑顔で返す。
「お正月だもん、折角だから初詣に行こっか! 廻君も一緒にどうかなぁ?」
「はい! 一緒に行きましょう」
神社でのお作法はお賽銭を入れて手を合わせて。
お辞儀もしないといけないんだっけと慌てるシルキィに「僕と同じようにしてください」と廻が頷いた。
シルキィがお願いしたいこと。一番叶ってほしいことは、自分の力で叶えたいから。
だから願掛けするのは――廻君に幸せなことがいっぱい起こりますように――だろうか。
きっと叶いますように。シルキィはそう強く祈りを込めた。
「廻君は何をお願いしたのかな?」
「僕は、シルキィさんや愛無さん、暁月さんや燈堂の皆が病気とか怪我しませんようにって」
ふわりと笑う廻の手をシルキィはぎゅっと握る。
今年も皆が健やかでありますように――
――――
――
トイレを探して燈堂本邸をぐるりと一周したアリアは、やたら長い道に首を傾げる。
「……あれ、おトイレ借りようと思って移動したら変な所に来ちゃった? なんだろうここ? 地下?」
地下へと下る階段をトントンと降りていくアリアは、どうやら『招かれた』らしい。
「えっと、なんだろう何か……? 誰かいる? もしもーし、誰かいますか~?」
姿を現した灰色の肌をした男にアリアは目を丸くした。この寒いのに上半身裸でジャラジャラとアクセサリーを付けている。『普通』ではない異様な空気にぺこりとお辞儀をしたアリアはそのまま踵を返して元来た道を戻っていく。
「それにしても、不思議な空間だったなあ……誰だったんだろ」
こてりと首を傾げたアリアは本邸の廊下へと戻ってくる。
視線をあげると暁月と『星雛鳥』星穹(p3p008330)が新年の挨拶をしている所だった。
「明けましておめでとうございます。暁月様」
「おめでとう星穹ちゃん。この前のケーキありがとね。美味しかったよ」
「それは良かったです。それでは、私は少し席を外しますね」
「ああ、ゆっくりお散歩しておいで。気を付けてね」
人の多い所が苦手な星穹は封呪『無限廻廊』がある地下へ降りたいのだろう。その意図を汲んで暁月は何かあれば自分か白銀を呼ぶようにと言い聞かせる。
「承知しました。掃除でもしてきます」
「ふふ、ありがとう。任せるよ」
星穹は暁月に背を向けて地下への階段を降りて行く。以前は長い道のりだったというのに、今日は十段も下った所で無限廻廊の部屋に着いた。『招かれて』いるという事なのだろう。
「あの時の御札は……やはり少し痛んでいますか」
案の定というか。以前、此処へ来た時に張り替えた御札は黒ずみが見られる。イレギュラーズが張り替えた御札だ。これでも持っている方なのだろう。あの時無事だったものは真っ黒になって床に落ちている。
星穹は箒で其れ等を集めながら溜息を吐いた。
「暁月様が何を感じているのかは、私には解らない。だから、いつかちゃんと教えてくれますように。私だって、力になりたいと思っているから」
練達が用意した仮想世界R.O.Oで、星穹は妖刀廻姫の鞘だった。ならば現実世界でもその恩恵があってもいいではないか。暁月が握る刀は分霊で、鞘は『この場』には存在しないと言っていた。
それを思いだしながら星穹は封印の扉の前に立つ。
「刀の本体は。彼を蝕むその本体は、何処にあるのでしょう。……必ず見つけてみせる。暁月様が、心から笑う日のために」
扉の向こう側で何者かが蠢く気配がして、星穹は眉を寄せる。そろそろ戻った方が良いだろう。招かれたとはいえ長居して良い場所では無い。真性怪異の傍に寄るだけで侵食は忍び寄るものなのだから。
暁月は大切な友人だと『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は瞳を僅かに伏せた。
出来る事なら此からも共に友人として楽しく過ごして行きたい。
暁月の力になりたいと思うし、苦しみを肩代わりできるならしてやりたい。
されど、獏馬や廻の直接的な排除は言語道断だった。であれば封印の方を何とか出来ればとヴェルグリーズと『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はこの無限廻廊の座へとやってきた。
「白銀殿のカレー……は後の楽しみにしておこう」
「ふふ、そうだね。おせちや団欒も魅力的だけど俺達の目的は繰切殿との対話だね。封印の様子も見ておきたかったし」
分体を探し回るより、確実に居るであろうこの場へ降りて来たのだ。御札は先程星穹が掃除したお陰で綺麗に片づいている。
「誰か来たのかな?」
「おう、さっき盾か鞘か分からんが、小娘がきよったぞ。綺麗に掃除して行った」
星穹が来ていたのかとヴェルグリーズは納得した。そして目の前に現れた『繰切』は腕が二本しかないので分体だと推察する。封印の外との対話はこの姿がやりやすいのだと繰切は勝手に説明してくれた。
「『繰切』殿と会うのはクリスマス以来だな。アーマデル・アル・アマル、死神の眷属『一翼の蛇』の加護を刻んだ使徒。今はただのイレギュラーズ。覚えているだろうか」
「おう、アーマデル。覚えているぞ。一緒に『人を弄ぶ遊び』をしたな」
「……そうだな」
語弊がある言い方だが間違ってはいない。
「そうだ。繰切殿。貴方の前身、クロウ・クルァクの残穢と話してきた」
「壺も持ち帰ってきたんだ」
「ほう。あの壺か。あれはアーマデルが持って居るのだろう。まあ、魔除けぐらいにはなるだろうが、割るなよ。色々詰まってるからな。面倒だぞ」
「何が……」
入っているのかとアーマデルが問えば、蠱毒が煮詰まったものだと教えてくれた。
怨嗟憎悪呪い劇毒。大凡人間には扱えない代物。正しく呪物だろう。
「まあ、残穢がお主に託したなら、持っていても大丈夫だと判断したのだろう。相性が良い。アーマデルに先約が無ければ巫女にしても良かったが」
「巫女って簡単に成れるものなのだろうか」
アーマデルは繰切へと視線を上げる。
「まあ、我が巫女と定めたなら巫女だ。男女も人数も関係無い。あと他の神を信仰していようと我を奉るなら問題無いぞ。その他の神の怒りを買っても知らんがな」
割と大雑把なのだとアーマデルは首を傾げる。
「繰切殿の神としての在り方が間違っているとは思わないが。友人の恙無い生活を願ってしまうんだ」
「廻の事か。まあ、そういう契約だからな。儀式の全てが苦痛なわけでは無い。彼奴は怯えるが、優しくしてやることもある。そうで無ければ壊れてしまうからな。甘言に縋って泣くアレは見物ぞ」
クツクツと笑う繰切にヴェルグリーズは話しを切り出す。
「確認して良いだろうか。ここの封印は本当に繰切殿の封印として機能しているのかが知りたい。」
「機能しているといえば、しておるよ。こうして外との対話は分体であるほうが楽であるぐらいにはな。
廻が巫女として満月の夜にその身を捧げる代わりに、我は此処に留まる。そういう契約だ」
「でも、残穢殿の言うには繰切殿が自身の意思でここにいるのではという可能性が気になっている。そうなるに至った経緯を知っておいた方がいい気がしていてね」
「この地は、キリとの約束の場所だ」
その言葉にアーマデルはR.O.Oで見たクロウ・クルァクと白鋼斬影の姿を思い浮かべる。冗談を言い合いながらも信頼しあっていたあの光景は『繰切』が夢見た二柱の姿だったのではないだろうか。
「我がキリを喰らい。一つとなった。離れる事は無くなった。されど、返って来る言葉も無くなった。
白銀は我からキリの部分を多く切り出したもの。だが、同じではない。白銀は白銀なのだ」
繰切の言葉は寂しさを孕み、薄闇に響く。
「あの……暁月殿が背負う封印を何とか軽減できないだろうか。肩代わりが出来るならしたい」
「そうだの。妖刀の無限廻廊がお主を依代と認めればあり得るが、巫女でもないお主が代わるとなると下手をすれば死ぬぞ。全てを捨てる覚悟があるなら、暁月から刀を奪えば良い。まあ、それも本霊を見つけなければならぬがな」
「繰切殿は本霊が何処にあるか知っているのか」
「知っておるが、教えぬぞ? 面白くないだろう。まあ今『この場』には無い」
最大限の譲歩で今在る情報をヴェルグリーズとアーマデルに伝える繰切。
これ以上の情報は望めないだろうと二人は地上へ戻っていく。
「おうおう、今日は一段と来客が多い」
心なしか嬉しそうな声色を放つ繰切の分体は『羅刹観音』紫桜(p3p010150)へと顔を上げる。
「案内されたような気もするけど……」
「まあ、燈堂に連なる者で無い人間が此処へ立ち入るには我が路を作らねば来れぬからな」
無限廻廊の座に辿り着くには暁月か廻が必要なのだ。そこへ来る事が出来たのは繰切が招いたから。
「何か尋ねたい事があって来たのだろう? 我は気分が良い。何ぞ申してみよ」
「そうだね……回りくどい言い方は好かないから単刀直入に聞いてみるかな」
紫桜は繰切の向かいに座り、持って来た酒を取り出した。杯に透明な酒を注ぎ、繰切に手渡す。
「信仰が無くなって行くのは自分で感じられるものなのかな?」
「ふむ。それを聞いてどうする?」
「これでも一応俺も神様だからさ、まがい物だけれど。だからやっぱり誰からも信仰されなくなる、信仰が薄れていくってどういう感じなのか気になってる」
紫桜の言葉に繰切は酒を一口煽り口角を上げた。
「感じ方は其れ其れだろうが、我の場合は温もりが消えて行く感じに似ているな。灯火が薄れるように温かさが失われていく」
「そんな感じ、なんだね」
自分とは違う信仰の感じ方に紫桜は胸に手を当てる。
「でも、人間は好きなんだよね? 俺は人間が好き。とんでもなく愚かでとんでもなく欲にまみれた存在だとしても。いや、そんな存在だからこそ、好き」
「はっ、何を言い出すかと思えば。人間は愚かで残酷で度し難い程に強欲なのだ」
「神様って堕ちたりしてもその矛先は人間に向かうだろう? 人間が原因でも原因じゃなくてもさ」
繰切は紫桜の酒を自分の杯に注いで舌に転がした。
「其方も神であるというなら、分かるだろう? 我が何れだけ人を憎み、愛を注いでいるか」
「まあね。大好きで、すごく可愛い。本当に愚かだけどね」
「あと、すぐ壊れるからな。扱いが難しい」
顎に手を置いた繰切が、人間臭くて紫桜はくすりと笑ってしまった。
「今代の巫女は頑丈ではあるのだが、脆くてな。未だに我を怖がる。以前の巫女達はそれを誇りに思っていたというのに」
「儀式だっけ。無茶したのでは?」
紫桜の視線に繰切はじっと考えるように視線を落す。
「……」
「流石に無体な仕打ちをしすぎたら嫌われると思うけど。何したのか聞いてもいい?」
蛇毒を飲ませ苦しみを与え、水責めで藻掻く様を観察し、蛇を纏わり付かせ全身を締め上げた。
他にも有りと有らゆる苦痛を廻は受入れなければならなかった。繰切が無限廻廊の座で大人しくしている事と引き換えに、己の苦痛を持って愉しませる事が契約だからだ。
「優しく撫でてやる時もある。手懐けるには緩急をつけてやらねばなるまい?」
「それは、もう少し考えてあげたほうがいいかな。人間はデリケートだからね。一度、優しさだけを与えてみるとか。案外懐くかも知れない」
「ふむ……今度試して見るか」
人間に近い分体サイズの方が近くに居ても怯えないと繰切は口の端を上げる。
思ったよりも気さくな繰切に紫桜は目を細めた。
されど、目の前の男は真性怪異。それに同調することは侵食を意味するのだ。
元が神であろうとも、この世界が『人間』の枠に定めた紫桜が対峙すれば自ずと命が削られる。
ならば巫女たる廻はどれ程侵食を受けているのだろうかと紫桜は暗闇に視線を流した。
●
希望ヶ浜学園の第二グラウンドには物々しい雰囲気が漂っていた。
「うちの息子が将来通う予定の学園で暴れようとするなんて度胸だな夜妖共」
ウェールは陽光纏う刀を黒鴉へと向ける。
「人の命がかかってるし、廻さんが刺されたらしいしできるだけ急いで倒すぜ! それに依代一人に10匹も詰め込まれてると陽動と罠の感じもするんだよな。怪しいぜ」
暁月の弟妹も祓い屋の見学や手伝いに来たという感じでは無いし、警戒するに越した事は無いとファミリアーで白い鳩を召喚する。
そして暁月へと念話で語りかけるウェール。
『妹さんや弟さんって今回みたいに突然わがままを言って付いてくる子なのか?』
暁月自身が自衛できるのだとしても、守るべき家族が戦場にいると気が散って迷惑をかけるのは分かるだろうしとウェールは素直に伝える。
『まあ、私の前ではわがままさせてるかな。普段は当主として厳しく自分を律してるだろうしね』
『愛ってのは時に手段さえ選べなくさせる。自身が愛してる大切な人の害になると思った存在を躊躇いなく排除するとか、自身を犠牲にしてでも守ろうとするとか』
『ふむ。そうかもしれないね』
『親馬鹿の俺は息子のためならなんだってできる。貴方に付いてきたあの二人は俺と同じ匂いがした。
だから色々と全部話し合った方がいいと思う。愛は盲目なんだ。
廻さんがまた傷つかないよう周りに大切な子だと宣言したらどうだ』
『ウェールの言うとおりかもしれない。あの子達には私から少し話してみるよ。ありがとう』
『ああ。役に立ったんならよかった。じゃあ、さっさとこいつらを蹴散らしちまうか!』
刀を振りかざし、ウェールは一歩前に踏み出す。
「チィッ、最悪のタイミングで最悪の事態が重なりやがるな!
あっちにも皆がいるから、心配はいらねぇだろうが……それでも、暁月は急いで駆け付けてぇ筈だ」
『刀身不屈』咲々宮 幻介(p3p001387)はそれに、と依代になっている男性を見つめた。
「あいつも大分ヤバい……スピード重視だ、速攻で片付ける! 星穹、ヴェル!出し惜しみは無しだ!
確実に、それでいて最短で片付けるぞ……俺に続け!」
先陣を切った幻介の後を星穹とヴェルグリーズが追従する。
「解っていますよ、幻介様。暁月様がいち早く家族の元へと迎えるように、私達も全力を尽くす迄です」
「確かにこの場は早く制さないと依代の彼の命が危ない、暁月殿の判断は正しいよ。でも、きっと一刻も早く廻殿のところへ向かいたいはずだ、俺もそうして欲しい。だから出来るだけ手早く片付けよう」
「ヴェルグリーズもこう言っていることですしね」
「二度と暁月に、苦い想いを残させてたまるかよ! 限界まで飛ばすぜ、遅れんじゃねえぞ!」
「「応!」」
星穹は一瞬だけ暁月を見遣り頷いた。
――貴方が私を友と想ってくれるのならば、私もまた其れに応えましょう。
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は第二グラウンドに集まった夜妖を見上げる。
希望ヶ浜は『九尾理愛』の家でもある。この地にすむ人々は簡単に見捨てるには情が湧きすぎた。
「……暁月先生、廻くんの事が心配でしょうが、今はこっちに集中してくださいね。そっちのお嬢さんも、大人しくしているのよ」
「ああ、分かっているよ理愛先生。それにブレンダ先生も来てくれてありがとう」
「学園に被害が及ぶというのなら見過ごすわけにはいかないからな」
『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は口の端を上げる。
「希望ヶ浜での私はイレギュラーズであると同時に一教師ブレンダ・アレクサンデルだ。次の授業のためにも夜妖は祓わせてもらう!」
ブレンダの声に困惑したように首を振る『トライX』ムサシ・セルブライト(p3p010126)。
「夜妖に夜妖憑き……でありますか?」
混沌には来たばかりでまだ分からない部分が多いが取り分けこの希望ヶ浜の特異性はムサシを混乱させるには十分で。オカルト的なものも勉強不足だと眉を下げるムサシ。
「いや、それよりもまずは目の前の人を救うことが先決でありますよね。依代となっている人の命に関わるのであれば、急ぎ助けるのみ! であります!」
人助けならオカルトであろうが怪奇現象であろうが分かりやすい。ただ、目の前で困っている人を助ければいいのだ。
ムサシの視界に映り込むのは幻介の剣。素早く翻った刀は黒闇鴉の翼を突き刺し地へ落す。
「なるほど。物理的に攻撃出来る夜妖なら問題無いでありますね!」
幻介に習い、ムサシも銃を黒闇鴉へ向けた。
「相手は新たに現れた夜妖……ということは、今まで戦ってきた祓い屋の皆さんや先輩イレギュラーズの皆さんもあまり知らないような存在……ということでありますね」
「ああ、おそらく情勢不安が増しているから、こういった夜妖が出て来たんだろうね」
ヴェルグリーズの声にムサシは成程と頷いた。
「ならば最初はエネミースキャンで観察してみて、何かが分かれば、今やこれからの練達に役立つはずでありますから、情報を共有したいであります!」
「ありがとう。助かるよ」
前線で戦う幻介達を援護するようにムサシは照準を合わせ弾丸を解き放つ。
「……正直、こういったオカルティックな存在に立ち向かえるか不安でありますが……!
市民の安全が第一! で動くであります!」
ムサシの心強い声が戦場に響き渡った。
「年の初めからそんなに先行き不安なヒトがいるんだねぇ。グッと飲んで頭空っぽにして寝ちゃえばいーのにさぁ」
にへらと笑ったラズワルドはバサバサと空を舞う黒鴉に首を傾げる。
「……まぁ、カラスはあんま好きじゃないし、お酒の中休みってコトで掃除お手伝いするねぇ?」
口調こそつかみ所の無いものだが、ラズワルドの洞察力は優れていた。
敵の状態を把握し的確に仲間へと伝える能力。
「家族、なんてのも大変だねぇ……信じて、疑って、雁字搦めでさぁ?」
暁月達の鼓動を聞きながらラズワルドはポツリと呟く。
「ホント、正月からみぃんな働き者ですごいすごい。……でもさぁ、耳が痛くなるくらい騒がしいのは勘弁してくれる? ほら、酔いが醒めちゃうじゃんねぇ」
それにとラズワルドは先程燈堂家で飲み明かした廻が心配でならないのだと瞳を上げる。
鴉の集中している所へ切り込み、味方を巻き込まぬようコンバットナイフを縦横無尽に振るった。
「あっちには皆居るし、大丈夫だと思うからさぁ。最初から全力でいくよ! 手を出したなら最後まで見てなきゃ、ねぇ?」
「ああもう、廻くんが刺されたってどういうことよ!」
アーリアは黒夢が齎した言葉に焦ったように眉を寄せる。本来であれば暁月の背に平手をして廻の元へ送り出す所だが。
「けど、まずは此処をどうにかしないと!」
アーリアの繰る糸は何処かシルキィを思わせるもの。
「ふふ、シルキィちゃんの見様見真似!」
共に戦う機会の多い仲間だからこそ、その動きが忠実に再現出来る。しなやかな指の動きを思い出す。
アーリアが視線を流せば、暁月は周藤夜見と深道朝比奈を庇いながら戦っているようだった。
それに割って入るようにアーリアは暁月の背を押した。
「二人には私達もついてるから、暁月さんは自分の仕事をしてちょうだい」
兄が自分達を守る事で本領を発揮出来ないよりも、格好いい姿を見たいと思うだろうとアーリアはウィンクをしてみせる。
「そういうわけだ。こうして共に戦うのは初めてだが存分に頼ってくれたまえ、暁月先生?」
ブレンダも加勢して双剣を抜き去り、地を踏み込んだ。
「ありがとう。アーリア先生、ブレンダ先生」
「うわーん、振袖って可愛いけどかわいいが故に汚すの凄く申し訳ないし、何より動きづらいよ!」
暁月の耳にアリアの嘆く声が聞こえてくる。振り袖を着たまま学園にきてしまったらしい。
「えっと、ターゲットはあの『黒闇鴉』とかいうの?」
「そうよ。あの沢山飛んでるのを速やかに無力化していきましょう」
アリアの問いかけにリアが応える。
「じゃあ、まずは……」
狂気を帯びた音楽の渦が敵の群がる空中へと広がった。
「よしよし、効いてるね!」
「じゃあ私達も行くわよ。ブレンダさん」
「了解だリア殿……今は理愛先生といった方がいいか?」
くすりと口の端を上げるブレンダにリアも負けじと笑みを浮かべる。
「夜妖憑きであろうとも、足腰が立たなくなるくらいドロドロにしてあげる! それにアーリアおねーちゃんっていうこわーいBS使いも居る事だし、おねーちゃんの攻撃に合わせて攻撃するのもいいかもね」
「ちょっとぉ! 言い方ぁ!?」
リアの言葉にアーリアが頬を膨らませた。
「おねーちゃんにしろ、あたしにしろ、女を怒らせるとこうやってじわじわ追い詰められるのよ。暁月先生、よく覚えておいてくださいね?」
「肝に銘じておくよ……」
ベネディクトは前衛へと走り込む。黒の外套が風に靡いて翻る。
「ここ暫くR.O.Oの中にずっと居たからな、戦闘勘を取り戻す為にも丁度良い」
ただ、前へとベネディクトはリーンヴェイルを掲げた。
「依り代の青年の事もそうだが、余り時間は掛けられそうもないな」
守るべき者の為にベネディクトは戦う。目の前で今にも消えそうな命を救い上げるのが使命。
「黒闇鴉。多いですね。でも強いイレギュラーズのみなさんが揃ってる。きっと大丈夫ですよ先生」
「そうだね鈴。何とも心強い」
「俺は朝比奈さんと夜見さんの傍で、襲ってくる黒鴉を相手します。妹さんと弟さんが危険だと先生が集中できないでしょうから」
背中の刀を抜いて鈴は夜見と朝比奈の傍で二人を守るように構える。
「ありがとう鈴。無茶はしないように」
「はい! 大丈夫ですよ。危なくなったら二人を連れて逃げますから」
「ふふ。じゃあ、頼むよ鈴」
実の弟妹の守りを任されたという事実に鈴は嬉しくなった。これで少しでも暁月の憂いが晴れるなら。
いつまでも傍に居ると誓ったから、鈴は暁月の大切なものを守り抜く――
「で、そうですよね。遊んでハイ終わりとはならないよね!」
定と花丸が走りながら戦場に姿を現す。
「皆が不安がってるから夜妖が現れやすくなってるんだね。
――やろう、皆が安心して日常を過ごせるように」
前に出た花丸は敵を引きつけるように拳を高らかに振り上げた。
「ほーら! 頭悪そうな鴉さん達! そんな所で高みの見物とか、弱いから降りてこないんだよねぇ!?」
「花丸ちゃん、余り無茶しちゃあまたひよのさんに咎められちゃうぜ」
「無理は承知だよ! それにバレなきゃ大丈夫!」
「まあ、年明け早々から随分と物騒な夜妖だもんね。それも憑かれてる人もいるってんだ、大盤振る舞いとはこのことだね。そして、残念な事に花丸ちゃんが無茶したのは、僕が伝えちゃうからバレちゃうんだなあコレが! イヤなら余り怪我するんじゃないぜ、僕まで怒られちゃうんだから」
花丸が集めた黒鴉を定が射程に捉える。鮮血の乱撃が的確に黒鴉の命を刈り取った。
「それにしてもこの数、何があってこんなに増えているのだろうか。烏が集まる所になんて、ロクな事は無さそうだけれど!」
「夜妖相手に俺の力がどこまで通用するのか試す良い機会だ」
天川は花丸達が蹴散らした夜妖が向かってくるのを視界に捉えた。
「それと……祓い屋のお手並み拝見ってとこだな」
特に燈堂暁月――相当な剣術の使い手なのだろう。見ればすぐ分かる。問題はどういう戦い方をするのかというところだが。
天川の目に映し出されるのは流れる様な剣筋。受け身ばかりかと思えば突然炎のように燃え上がる闘志。
燈堂の名を冠する者としての剣技が見て取れた。
「へぇ……俺も負けてられねぇな。ここいらで良い所の一つでも見せておかねぇとな!」
敢えて攻撃を受けるために前線へと躍り出た天川はその痛みを力に変える。
「依り代を救うのは任せた!」
その声に素早く反応したのはムサシだ。
天川や花丸が敵を引きつけてくれている間に戦場の奥に居る依代の青年の元へ駆ける。
「大丈夫でありますか!」
青年の意識は混濁していて、このままでは危ないだろう。出来れば安全な場所へと避難させたい。
ムサシは仲間を見遣り、意を決して青年を抱え上げた。
「彼の安全が第一でありますからね!」
黒鴉の攻撃はきっと仲間が防いでくれる。混沌へ来て日が浅いなんて関係無い。今この瞬間、戦場に居る皆が仲間であるのだ。
「行くであります! 必ず、安全な場所へ退避するのであります! 後は任せました!」
「おうよ! 任せておけ」
元の世界でもこうして『彼女』に背を預け戦線を駆け抜けたとムサシは目を細める。
――――
――
「……っ! 負けませんよ!」
鈴は黒鴉から集中攻撃を受けていた。頭を突く鴉の嘴は意外に鋭く、頬を血が流れていく。
夜見と朝比奈を狙った黒鴉から身を挺して庇ったのだ。
「貴方、大丈夫なの?」
「問題ありません!」
朝比奈の問いかけに鈴は黒鴉を蹴散らして振り向いた。
リアとブレンダは鈴に加勢する形で戦線を押し返す。
「いい? お嬢さん。貴女はそこから動かないでね」
「何よ、子供扱いしないでよ。私達だって戦えるわ!」
前に割り込んだリアにむうと頬を膨らませる朝比奈。
「貴女高校生ぐらいでしょう? 暁月さんの妹って言うからには特別な才能があるのかもしれないけど、そんな子を戦わせるなんてあたしには出来ないわ。大人には大人の役割があるものね」
「高校生じゃないわ! これでも成人してるわよ!」
「リア殿は相変わらず優しいな。だが大人には大人の役割がある、というのは私も同意見だ。だから、大人しくしているんだな二人とも」
ブレンダは双子に背を向けて、黒鴉に立ち向かう。
――彼女たちは彼女たちにできることをすればいい。
「なに、リア殿と私が手を組めばこの程度の夜妖など敵ではない!」
早急に倒さねば、暁月が廻の事が心配で気が気でないだろう。我々が力になるべきだとブレンダは勇敢に前へと出て行く。
「いいですか。今最も此の場で傷つくべきでないのは貴方です、暁月様」
「星穹ちゃん」
幻介の剣檄が黒鴉を切り裂き黒い羽根が地面に落ちる。その合間。
星穹は暁月へと言葉を寄越す。
「普段なら救える筈の廻様のあと一歩先で足が止まってしまったなら。腕が伸びなかったら。一番後悔するのは貴方でしょう。ならば此処で動くべきは我々特異運命座標。廻様の元にいる仲間を信じているなら、此処に居る私達も信じてください」
「そうだよ。暁月殿。俺達が貴女を守るから、存分に戦ってほしい」
「ありがとう、ヴェルグリーズ。星穹ちゃんも」
「ふっふっふ! 花丸ちゃん達も居るからね! 妹さん達は先生が守るんだろうけど、それで先生が倒れちゃったら元も子もないし、花丸ちゃん達に任せてよ!」
花丸の元気な声に定も頷く。
暁月の事情は分からないけれど、守らなければならないものが沢山あるのだろうと定は拳を握る。
R.O.Oの事件を解決して練達も落ち着いて、これからはマザーの事を何とかすれば、この国はきっと良くなるのではないかと定は思っていた。
「そんな簡単な話ではないんだろう。取り敢えず今僕が出来る事は、一刻も早くこの場を終わらせて先生を弟の所へ向かわせてあげられる事くらいだ。一歩ずつ、地に足をつけて進もう」
定と花丸の拳が黒鴉を叩き潰す。
「おら! こっちもだぜ!」
「任せろ!」
ウェールと天川が更に追い打ちをかければ、残るは手負いの一匹のみ。
颯爽と黒き外套が翻る。
ベネディクトが高く掲げた剣が光に反射した。
「これで終わりだ――!」
黒闇鴉はベネディクトの剣に引き裂かれ、断末魔を上げながら消滅する。
「暁月先生、ちょっと宜しいですか?」
リアは暁月を呼び止めて額に手を当てて熱を確かめる。
「どうしたんだい?」
歪な旋律がリアには聞こえてくる。表情は変わらなくても心の中はめちゃくちゃに乱れている。
「暁月先生、何か、無理をしていませんか?」
「どうかな……頑張っているつもりなんだけどね」
素直に言葉を紡ぐ暁月は自責と己を奮い立たせる信念の間で灯火のように揺れ動いていた。
「よし。敵は殲滅したな。こちらに任せられる事は任せて、自分にしか出来ぬ事があるならばそれを果たしてくれ。その為に俺達が居る」
ベネディクトは黒鴉の状況を観察しながら暁月へと言葉を掛けた。
「こちらは片が付きました。行ってあげて下さい」
「男性はこちらで病院に運びます。大丈夫ですよ僕達に任せてください」
アリアと鈴が背中を押す。
「そうそう、こっちは花丸ちゃん達が面倒を見ておくから暁月先生は向こうに行ってあげて!」
「確かに燈堂家にもイレギュラーズがいるかもしれないが……心配は心配だろう? ここは私たちに任せておけ。もう大丈夫だ」
花丸の言葉にブレンダも頷いた。
「しかし……やっとここも平和になると思ったが……先は長いな」
「そうだねぇ」
お互い顔を見合わせて溜息をついた二人。
「星穹、ヴェル。後は任せた、頼んだぜ! 暁月、乗れ! 最短ルートで飛ばす、しっかり掴まってろ!」
幻介は駐輪場のバイクのエンジンを吹かせる。
「絶対に間に合わせてやる、俺を信じろ……!」
「後は私達に任せて、暁月さんは廻くんの元へ向かって!」
「暁月殿をよろしくね幻介殿!」
ヘルメットを被った暁月は、アーリアとヴェルグリーズへと手を上げた。
「後始末は私とヴェルグリーズにお任せを。私、無理をしてはいけないと、連絡しましたよね? ……ということで、幻介様。後は貴方に、託します」
「ああ、行くぜ!」
幻介は傾いた重心を起こしグリップを握る。
「……はーぁ、本当は私だってすぐ駆け付けたいし、二人にも話は聞きたかったし。こういう時、大人って一歩引いちゃうのよねぇ。大人って損よね、暁月さん」
遠くなって行くバイクの音を聞きながらアーリアは髪を掻き上げた。
アーリアの隣に居たアリアは残された夜見と朝比奈へと向き直る。
「キミたちの狙い通りにいったとして、それが理想の結果を生むのかなあ? 最善の手を打って得られる結果が最善だとは限らない……って誰かが言ってたよ」
「何のこと……?」
夜見が首を傾げアリアを見つめるも、既に踵を返した彼女は答えを聞く前に去って行く。
アリアが伝えたかったことは人から齎された情報は正しいのか『考える』ということ。
流れて行く町並みがいつもよりゆっくりと感じる。
――廻は今の暁月にとって、最も重要な心の支えだ。
幻介は焦れったい想いをかかえながらバイクを走らせた。
――その支柱を失っちまったら、何が起こるか容易に想像出来る。一度目は、その場に居合わせた廻のお陰で踏み留まれた……だが、二度目は無理だ、きっと心が耐えきれねぇ筈だ。
もし、幻介が暁月と同じ立場ならきっと心が耐えきれない。
暁月と自分は『同じ』だ。鏡写しの自分を救えるのは自分自身だけだ……!
だからこそ、その手助けくらいは出来ると信じているのだ。
●
灰雲が掛かる冬空に雪がちらちらと舞っている。
シルキィは目の前に広がる光景にペリドットの瞳を見開いた。
「廻君……そんな、どうして……!!」
「あ、あ……なんて、こと。さっきまで、さっきまで……あんなに」
追いついてきたメイメイもシルキィと同じように声を震わせる。
血だらけの廻に涙が浮かぶけれど。首を振って二人は深道夕夏を見遣る。
「夕夏さまは、いつもとご様子違うのですよ、ね?」
「あの人を止めなきゃ……!」
前に踏み出したシルキィとメイメイの後ろには眞田が頭を押さえていた。
――痛い。痛い! 痛い! 心臓ごと掴まれてそのまま引っ張られてるみたいだ。
一歩も動けない息さえも儘ならない。眞田は頭痛に眉を寄せる。
視界が揺れて『あの日の記憶』と廻の姿が交互に映って、どちらが現実か分からなくなる。
――嫌だ。何故こんなことに? 最近まで俺たちはクリスマスを、正月を一緒に過ごして……。
落ち着けと眞田は自分に言い聞かせる。廻はまだ生きているのだ。手を伸ばす事が出来るのだ。
感情的になったら負け。そうなれば助けられるものも取りこぼしてしまう。あの時みたいに、助けられなかったら――
眞田の頭の中はノイズだらけで、整理なんてついてないけれど。時間は進んで行く。
一刻も早く、早く!
「あの刃物の傷はきっとあの女の人が付けた。あの人から燈堂君を遠ざけないと!」
「廻! しっかりしろ! 貴様……廻から、離れろッ!!」
眞田の叫びに竜真が剣を抜いて走り出す。
(廻さん、あまねさん……!)
祝音は真っ赤に染まる廻を見て息を飲んだ。とても大丈夫だとは思えなかったからだ。
「廻さん、あまねさん。僕は君達が死んだら……悲しいしすごく泣く。だから……生きて!」
零れ落ちそうになる涙を堪えて祝音は懸命に廻へと言葉を掛け続ける。
そうしなけれな、廻の命が消えてしまいそうで怖かったのだ。
「クソ野郎! 廻をこんなにしやがって! ぶっ殺す!!!!」
「落ち着いて下さい龍成。貴方こそ何をしているのですか」
今にも飛び出して行きそうな龍成を掴んだボディとて廻が刺されて怒っているのだ。
「けれど誰かがそれに任せて突き進んで……何かあったら、後の廻様がどんな感情になると思いますか」
それだけはあってはならない。誰かが犠牲になるなんて皆が望んでいない。
「貴方の隣に私は立つと決めたんです。一人だけで飛び出されたら、私は嫌だ」
「……っ!」
息を荒らげながら、龍成は拳を握りしめる。大丈夫だというようにボディは龍成を後ろから抱きしめた。
「だから一緒に行動しましょう。無論、誰も死なせませんよ」
「ああ! くそ……!」
自分の不甲斐なさに舌打ちをする龍成。けれど、ボディのお陰で随分と冷静になれた。
「いくぞ! ボディ」
「はい!」
その背を見つめるハンスは夕夏に冷たい視線を流した。
――兄さん、無限回廊、誑かす、当主に相応しい、元に戻る、殺す、救う。
どうしようもない蟲は蔓延るものなのだとハンスは鼻で笑う。
それでも反射的に身体は廻の元へ駆け出していた。
「ッこの、廻くん――!!」
ハンスが翼を広げ電光石火の如く廻の元まで辿り着く。
ぐったりと横たわった廻はハンスの声にも反応しない。かなりの深手だろう。
血も多く流している。一刻の猶予も無いのが見て取れた。このままでは命が危うい。
黒蛇も周囲に集まっている今、一人で抜け出すのは容易なことではないだろう。
ハンスは眞田と竜真に合図を送る。
「まったく殺す、だなんて短絡的にも程がある」
命の灯火が消えそうな気配を腕の中に感じながらハンスは夕夏に言葉を投げる。
「人道的な話をしているんじゃないんだ。生命とは不可逆であり、『それをした事で致命的な事態が発生する可能性を懸念する』事も出来ていない時点でお話にもならない」
「そいつを何処へ連れて行くつもりだ!」
夕夏の叫びにハンスは身を翻す。
黒蛇は血に誘われて廻を抱えたハンスを追いかけた。
「お前らの相手は俺だ!」
そこへ割って入るのは竜真とアーマデルだ。
「龍成達も手伝ってくれ!」
「おう!」
竜真は龍成達と共に黒蛇を引き受ける。自分達が黒蛇を引きつけられればハンスが廻を最前線から運び出す事が出来る。命を繋ぐ為に身体を張るのだ。廻の治療はシルキィや祝音がなんとかしてくれるはずだ。
仲間を信じて竜真は剣を振り上げる。
廻を殺せば間違いなく、暁月の動揺は大きくなり、無限廻廊は安定を失うだろう。そうなればこの燈堂の地だけじゃない多くの命が失われる。
「なら止める。全力で。それが俺にできることだから!」
竜真は黒蛇を呼び寄せ、その身を毒牙に晒した。
「黒蛇が忌まれるのは、深道の白蛇を食らったからだろうか?」
「貴様、なぜそれを……!」
門外不出の深道の秘密が外の者に漏れているとはどういうことだと夕夏に動揺が走る。
「繰切殿も蛇らしく執着は強い。廻殿を害すれば、繰切殿は封を破って暴れるだろうし、暁月殿はあんたを許さないと思うぞ。つまり、あんたが結界を含むすべてを壊す事になる」
アーマデルは夕夏に畳みかけるように言葉を投げつけた。
「何者だ。お前……っ! 何故そんな事を知っている! それに、私は皆のためにこいつを」
「俺は詳しい内情は知らんが、もし現状を不服に思っていても、やり方はもう少し考えた方がいいし、もっといろんなものを見た方がいい」
アーマデルの言葉は夕夏の行動を鈍らせる。
イーハトーヴはちらりと廻を見遣る。
「早く廻を回復したいけど」
まだ戦場の安全な場所に廻は移動していない。しかし、僅かでも隙を生めれば皆が道を拓いてくれる筈だとイーハトーヴは夕夏と黒蛇へと向き直る。
「身体の自由を奪われ体勢も崩されることに、ほんの少しでも反応してくれればそれでいい」
彼の紡ぐ糸は黒蛇と夕夏を巻き込むように戦場に迸る。縫いぐるみ職人の糸は、戦場において自由自在に意思を持って敵を絡め取る凶器となりうる。
「殺すだの何だのと、好き勝手言っているようだが」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は黒蛇へと飛びかかり妖刀でなぎ払う。
「――よもや、新年早々に子供達の血で華を咲かすつもりではあるまいな、貴様! 暴走するがまま、制御できぬ力で弱き子達を巻き込むなぞ、言語道断極まりないわ!」
夕夏へと言葉を投げる汰磨羈の瞳には戦場が俯瞰で見えている。
『守る者』ラクリマ・イース(p3p004247)とエルが先導し、子供達を戦場から南棟と避難させるのだ。
「本当なら、大けがをして苦しんでいる廻さんの所へ誰よりも早く行って回復を行いたい所ですが」
心を許す親友がぐったりと血まみれで意識を失っているのだ。駆けつけてやりたいのは道理。
「でも、助けるべき相手は1人ではない。1人だけ助かればいいわけではない誰かが欠ければ、一番悲しむのは廻さんです」
ブルーグリーンの瞳の内側に怒りが滲む。それを自覚しているからこそラクリマは務めて冷静に状況を見据えていた。
「ここには、今まで一緒に戦ってきた仲間もいる。
廻さんの救助は仲間に託し、俺は俺が一番できる事を……少しでも彼の大切な仲間を守れるように」
被害が最小限になるように身体を張るのがラクリマの役目だ。それが親友に対する信頼でもある。
「エルもがんばります。御婆様と和輝さんも、エルたちと一緒に避難を」
「ええ、分かったわ。エルちゃんの言うとおりにしましょう。さあ、子供達こっちへおいでなさい」
「わかったの」
燈堂の子供達は夜妖に慣れ親しんでいる。されど、この黒蛇には身の危険を感じるのだろう。泣きそうになる子供達の手をエルは優しく引いた。
「大丈夫、ですよ。御婆様の後をついていってください。何かあれば、この鼠さんから、エルに伝わりますので」
エルはサメエナガに乗り、他の子供達の救出へ向かう。この中庭は広い。戦場以外にも子供達の姿が沢山あるのだ。
そのエルを追いかけて行く黒蛇へ汰磨羈の剣尖が走る。
「一匹たりとて逃がしはせぬ。存分に潰させて貰うぞ?」
子供達の避難が終わるまでは汰磨羈も護衛に回る心算だった。至る所の影から這い出てくる黒蛇に汰磨羈は眉を寄せる。
「キリが無いように見えるが。やるしかないのう」
口の端を上げた汰磨羈が一太刀で黒蛇を両断した。
ラクリマの保護結界が碧色の色彩で広がっていく。
「戦闘で建物が崩れれば、子供達も危ないですからね」
「ああそうだな。っと、そっち行ったぞ!」
汰磨羈のかけ声にラクリマは問題無いと頷いた。自分に向かってくる分にはむしろ好都合だろう。
「子供達に危害は加えさせません!」
数が多い分敵からのダメージも多いだろう。避難ルートを頭に描きつつラクリマはより多くを巻き込める位置へ走り込む。魅了を上手く使えば同士討ちも狙えるだろう。
「きっとこちらへの攻撃も多少はそらせるでしょう」
「流石ラクリマだな。頼もしいぞ」
先陣を切るラクリマと殿から子供達を守る汰磨羈のコンビネーションが上手くかみ合い、戦場に居た最も危険な子らを逃がすことに成功した。
しかし、敵の数が多い分、ラクリマの傷も必然的に増える。
「大丈夫かラクリマ。手当は……」
「俺は自分の怪我は自分で治せますから、大丈夫です」
「無理はするなよ」
汰磨羈の心配そうな顔にこくりと頷いたラクリマ。
早く子供達を安全な場所に避難させ、戦場に戻らねばならないから。
親友の安否がやはり心の隅に引っかかっているのだ。
――――
――
「龍成も心配だけど、皆がいるからきっと大丈夫」
――落ち付け、焦るな。今俺ができることに集中するんだ。
イーハトーヴは血の気を失った廻へと必死に回復を施す。
祝音とシルキィ、イーハトーヴの回復は廻から溢れていた血を止める。
流れ出た血は元には戻らず、傷つけられた内臓や骨も即座に回復するには至らない。とりあえずの止血は成功したが酷い重傷ということだ。そして、重なる重傷でパンドラも随分と削れてしまっているだろう。
シルキィはぐっと唇を噛み夕夏へと向き直る。
廻の止血は成功した。けれど、意識不明の重傷。
今すぐ病院につれて行かねば容態は悪化する一方だろう。
「廻君待ってて、すぐに戻ってくるからねぇ」
駆け出したシルキィは夕夏へと走り出す。周りの黒蛇を出来るだけ巻き込むように願いの言の葉を紡ぐ。
――『想いは星に。物語は永遠に。廻る月日の祝福が、きっと皆にありますように』
シルキィの願いに呼応するように降り注ぐ星屑の嵐が戦場に吹き荒れる。
「一族を守る事、その為に廻君を殺す事。それは今の貴女にとって、何より大切なのかもしれない」
夕夏へと瞳を向けるシルキィは涙を浮かべ彼女を諭す。
「それでも……廻君がいなくなったら、暁月さんは悲しむよぉ」
「何を……」
「決して元に戻ったりしない。心の中の廻君のいた場所は、他の誰にも埋められない。それでも貴女は、廻君を殺すの?」
「でもあいつのせいで暁月兄さんは苦しんでいるんだろう!?」
「……お願いだから……一度くらい、ちゃんと話し合おうよぉ」
シルキィの包み込むような言葉に夕夏は一歩後退る。
「黒曜さん、お願いします! この人止めないと……。俺は右から行くよ」
「任せておけ」
眞田は『番犬』黒曜と共に二手に分れ夕夏を挟撃する。
最大の狙いは相手の行動を封じる事。何度も何度も当たるまで繰り返す。
「あっちへ行かせない『足止め』役として、一歩も動けないようにしてやる」
「ああ。その為に俺達がいるんだ」
黒曜の爪を躱した夕夏の死角から眞田の赤刃が走った。
「ホントはもうめちゃくちゃキレてるよ! 同じことをしてやりたい気分だ!」
けれど、それは全ての話し合いが終わってからでもいい。ならば、夕夏が諦めるまで眞田は歯を食いしばるだけ。振るう剣尖に思い込めて――
「気持ち悪いなぁ、オマエ。不可解なんだ、その葛城とやらに助けられでもした? 言動に整合性がない、脈絡が無い。頭が悪い、典型的な駒じゃないか」
ハンスは青い瞳で夕夏へと蔑んだ言葉を吐き捨てる。
廻の血で染まった服が外気に晒されて冷たくなっていた。
「……眞田さんが怒ってくれているし、僕はいつも通りに、さぁ」
もう少しまっていて欲しいと廻へ視線を送り。
ハンスは手にした角で夕夏へと翻った。
「貴女に不運を届けよう――」
「くっ!」
突き刺さるハンスの鉤爪が夕夏の腹を割く。
廻の痛みはこんなものではないのだと冷たい青瞳が夕夏を見つめた。
「……まだ不透明だというのに、私の友人を殺してさっさと解決?」
ボディはそんな馬鹿げた真似はさせないと呪詛を纏った妖刀を夕夏と黒蛇に向ける。
どんな事情があろうと関係無い。友人が死ぬのを黙って見ているなんてできはしない。
「申し訳ない、殺させませんよ」
龍成が悲しむ所も、廻が死んでしまうのも絶対に嫌だから。
「世の中は白と黒しかない訳じゃないし、黒は不要で疎まれるものではない。蛇の怪異と縁を結ぶべる程親和性があるあんたも相当、執着が強い方だろうから他を見るのはなかなか難しいだろうが」
アーマデルは蛇腹剣を振るい夕夏へと叩きつける。
「……ちゃんと現実を自分の目で見て、考えろよ。思い込みで、自分だけが正しいと思い込んで、大事なものを傷つけて。跳ね返ってきたもので自分が傷つくような事は、止めてくれ」
眉を寄せアーマデルは夕夏に訴えかけた。殺さずに敵と戦うのは難しい。いっそ殺す事ができるなら手加減も必要無いのだろうが、この戦いは全員が無事でなければ意味が無い。
アーマデルは廻をちらりと見遣る。イシュミルが付いていてくれるが、彼はあまり戦闘が得意では無いから心配ではるのだ。
「廻君を傷つけた事を責めるつもりはない。そも傷つけられるのが嫌だと言うなら、そいつが守れば良い。それも出来ず、後から喚き散らかして何が戻る。何が残る。ゆえに彼を傷つけた是非は問わぬ」
愛無は一歩夕夏に近づく。化け物の姿である愛無に近づかれ、夕夏は一歩後退る。
「だが殺すと言うなら話は別だ。僕は彼を守るし、君も助ける。燈堂は危うい均衡の上に立っている。そして燈堂に澄原。僕の周りに人死にを厭う者も多いでな。失望されるのは少々堪える」
誰も死なせはしないと愛無は吠えた。さよならなんて言葉で諦めたくないから。
「来たまえ。君の怒り。全て僕が喰い止めよう」
「当てられ、暴れ、子供達を巻き込みかける。そんな有り様で、皆を救う為などと良く言えたものだ」
汰磨羈は夕夏と対峙し冷静に目の前の事実を突きつける。
「――寝言は寝て言うものだぞ、"ド三流"が!」
返す言葉の代わりに夕夏の剣が汰磨羈を穿つ。
「違うというのなら、暴れる心を抑えてみせろ。それ以上、情けない姿を晒すな!」
「煩い! 何で分かってくれないんだ!」
夕夏の悲痛な叫びが戦場に響いた。汰磨羈はそれを正面から受け止めた上で、違うのだと首を振る。
「夕夏。御主が内に抱く感情そのものに対して、何かを言うつもりは無い。嫉妬、憤怒、憎悪。人である以上、それらは抱いて当然の感情だからな。――だが。それらに"呑まれる"のは論外だ」
周りを見て見ろと汰磨羈は夕夏に手を広げた。
「自身が何をしたのか、何をしかけたのかを把握しろ」
無数の黒蛇が地面を覆っている。戦場の隅には血だらけの廻が倒れている。あの廻は暁月を脅かす悪魔であるのだと思っていた。けれど、目の前に立ちはだかるイレギュラーズはそうではないと言うのだ。
「繋がりを見ろ。貴様ら深道に連なる者だけじゃない。暁月さんの持っているものをだ」
汰磨羈の言葉に竜真が重ねるように叫ぶ。
「廻を、大切な人を殺されたら。目の前で失うとしたら。あの人は壊れてしまう。そんなことすら分からないのか! お前のしていることは、全てを破滅させる我儘だ!」
廻が暁月の大切な人だというのかと夕夏は目を見開いた。
「自分が何をしたのか把握出来たか? 出来たなら、"厄狩"として言わせて貰う。――『祓い屋』が、災厄と化してどうする?」
自分は使命の為に命を張った。それが厄災だったというのか。
汰磨羈と竜真の言葉は夕夏への抑止となる。
「僕はあなたに、とてもとても怒っている。勝手な思い込みで廻さん刺して、廻さんとあまねさんに暴言吐いて……!」
珍しく怒りを露わにする祝音は尻尾を逆立て、耳を横に向ける。
「廻さんを殺しても、あまねさんが傷ついたり死んだりしても、無限廻廊は壊れるよ。暁月さんの心も……廻さんが死んだら、苦しくて悲しくて壊れると思う。……絶対今より悪化する」
「そんな、嘘だ!」
「嘘じゃないよ! 大切な人が、死んで、守れなくて……看取るのは……悲しくて痛いよ。痛いんだよ」
ぽろりと零れ落ちた涙。祝音の朧気な記憶の中から悲しみが溢れ出す。
「泣いても呼んでも……もう動かない……っ!」
感情が揺れて声を荒らげる祝音の傍には彼を守るように白雪が居た。寄ってくる黒蛇を爪ではね除ける。
「深道夕夏は廻さん達殺して暁月さんにそんな思いさせかかってる。
大切なもの全部壊そうとしてどうするんだ、深道夕夏の大馬鹿!」
声を引きつらせて嗚咽するように叫んだ祝音の言葉に目を見開く夕夏。
自分の行いが正しくないのだと真正面から涙ながらに訴えかけられれば誰だって動揺するだろう。
シルキィと祝音の叫びは夕夏の心を動かす切欠となった。
「綻びの原因が、廻さまにあるのだとしても。大切なものを守りたい、その気持ちに間違いがないのだとしても。そうさせるわけには、いかないのです」
メイメイは真剣な表情で夕夏に語りかける。このままでは大きな誤解のまま、取り返しの付かないことになってしまうだろう。だから絶対に夕夏を止めなければならないのだ。
「廻さまに、これ以上苦しんだり辛い思いをしてほしくないから。同じことの、繰り返しになってしまう。それは、いやなのです」
その想いを乗せて解き放つ黒き妖精の牙。
「廻を守るために、オフィーリア、最後まで戦い抜く力を俺に頂戴ね」
わかったと頷く彼女にイーハトーヴはお礼を言って、抑止の糸を戦場へ張り巡らせる。
出来るだけ沢山のバッドステータスを夕夏に施すのだ。
「夕夏さんを唆して、廻を傷つけさせて。その上『葛城先生』って人は無限回廊までめちゃくちゃにしたいんだろうか」
「奴か。いつぞやのデータといい、一体何を企んでいる?」
イーハトーヴの声に汰磨羈はR.O.Oでの一件を思い出す。葛城春泥の企みは掴めぬども。
夕夏を止めなければならないのは変わらない。
「龍成やしゅうも怪我してないといいけど」
「大丈夫ですよ。皆が居ますから」
ラクリマは青色のグリモアとタクトを手にイーハトーヴを勇気づける。
「少しでも早く戦いが終わるように努めましょう」
「そうだね!」
「友人の泣く顔は見たくないですからね。日向様の苦境とあらば、必ず駆けつけてみせましょう」
心配そうに戦場を見つめる日向の傍に寄り添うすみれは、剣を振るう夕夏を見遣る。
「あの女性が、日向様の御令姉様…夕夏様と言いましたか。今は一時的に暴虐な様子ですが、居様のよい日向様のお姉様とあらば日頃は素敵な方なのでしょう」
「うん。ちょっと意地っ張りな所あるけど、優しい所も沢山あるんだ。だから何でって」
辛そうに眉を下げる日向をすみれは優しく抱きしめる。
「荒々しく必死なのは、今日まで自分の全てを賭けたもの─家族が、居場所が、未来が壊れようとしているから。大切な人と夕夏様自身を守るための、慈愛に溢れた防衛機制だと私は思います」
「慈愛?」
「ええ。ですから、何も怯え恐れることはありませんよ」
きっと孤独の中で夕夏は立ち向かっているのだろう。
「日向様、どうか、一人ではないと。今の気持ちをそのまま言葉にして、夕夏様に伝えてみてはいただけないでしょうか? 弟のあなたなら、彼女の心を優しく温めてあげられると思うのです」
「……うん、分かった!」
すみれに嬉しそうな表情を向ける日向はくるりと前を向き大声で叫ぶ。
「夕夏姉さん! 大丈夫だよ、一人で背負い込まないで。これは、僕達深道全員の問題なんだ。姉さんが一人で背負い込むものじゃない! だから、落ち着いて!」
「日向……?」
夕夏の瞳は弟である日向へと向けられる。姉にとって弟とは守るべき存在である。それが自分を止めに戦場へ来るなんて、やはり間違った事をしてしまったのだろうか。夕夏の心が自責の念に揺れ動く。
「ときに日向様。以前あなたも感情に身を任せ、人へ刃を向けたことがあるかと思います」
「え、うん」
肩を跳ね上げる日向はすみれにまた怒られるのかと身構える。
「今の夕夏様は正にその再現とも受け取れることから、姉弟共に『同じ志を持つ者』と推測したのですが……それでも、今は止めるのですね? お二人の目的が本当に廻様に起因するなら、今は好機とも見てとれますけれど」
日向が燈堂に来た理由。無限廻廊の綻びの原因を突き止め、それを排除すること。
「夕夏様が凶暴化していなければ、日向様も廻様を刺していましたか?」
「すみれ……僕は深道の子じゃ無くなってしまったのかな。僕は、廻と一緒に過ごして、刺したくないって思ってしまったんだ。今まで信じてきたものが急に信じられなくなるのは、怖いんだ」
「大丈夫。いついかなる時でも、私はあなたの味方ですよ」
「すみれ……っ!」
深道本家の意思を裏切っても。日向は廻を刺したくないと思ってしまった。それは、深道以外の居場所を知らない日向にとって恐怖であっただろう。けれど、すみれはそれ以外の路もあるのだと諭してくれた。
すみれという居場所があるのだと。
だから、そのままの想いで良いのだと優しく包み込んでくれた。
愛無は夕夏への痛打となるであろう攻撃を庇う。
それはイレギュラーズにとっても夕夏にとっても予想だにしなかった事だろう。
「君を守るのは、対外的な意味もあるが、それ以上に「他人」とは思えぬゆえに。嫉妬と劣等感。失うまいと足掻く姿。何より怒りに囚われど「家族」を思う心。どうにも捨て置けぬ」
夕夏はきっと認めて欲しかっただけなのだろうと愛無は考える。
「その剣筋を見れば、どれだけの物を捨ててきたか解る。君はすごい奴だ。己を恥じる事はない。
それは君の「家族」に、君が認めて欲しいと願う者にも伝わっているはずだ」
愛無は夕夏の剣を受け止め、彼女の頭をそっと撫でた。
「え? な、んで」
「頭を撫でるのは嫌だったか? 高い高いのがいいか? そうすると子供は喜ぶのだ」
ふわりと身体を持ち上げられた夕夏は目を白黒させて愛無にしがみ付く。
そこへ弟である日向がすみれに背を押され走り込んで来た。
「姉さん! 姉さん! もうやめよう!」
「日向……」
涙ながらに訴えてくる弟の声に夕夏はカランと剣を落す。
すみれに背を押されて居なければ、日向はこうして駆けて来る事は出来なかっただろう。
きっと、自分のしたことは間違っていたのだ。引っ込み思案な弟が必死に叫んでいるのだ。
ここに集まったイレギュラーズも自分を止めようとしてくれていた。
どうして此処までしてしまったのか、夕夏自身にも分からなかったけれど。
それでも、これだけは言っておかねばならないと途切れそうな意識で言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい……」
力の抜けた夕夏の上半身がぐらりと傾いで、愛無にもたれ掛かるように気を失ってしまった。
●
「廻君……」
目を覚まさない廻を抱きしめるシルキィはぽろぽろと涙を零す。
消えかかった命が失われて行くかもしれない恐怖で指先が震えた。
「大丈夫だ。シルキィ君。廻君が僕の『ブースター』なら『逆』もまた真なり」
愛無は口を大きく開けて塞がった傷口に牙を突き立てる。
生命力を直接傷口から流し込むというのだろう。この一瞬の痛みはあれど、命が失われるよりはいい。
獏馬の夜妖憑き同士だから出来る生命力の譲渡。
「死なせない絶対に」
愛無の生命力が廻に流れ込み、小さかった呼吸が深いものとなる。
廻の頬に赤みが広がり、命の灯火が色を取り戻したのだ――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
皆さんのおかげで依代の青年や廻の命は助かりました。
MVPは夕夏の心を最も引き戻す行動をした方へ。
GMコメント
もみじです。燈堂家第二部、始まります。
燈堂家の関係者をお持ちの方、関わりの深い方に念のため優先をお付けしています。
強制参加ではありませんので、ご安心ください。
二部からご参加頂ける方もどうぞお気軽に。
※長編はプレイングが公開されません。
●はじめに
後述のパートごとに分れています。
・1つだけでも、2つ選んでもOK。
・【2】と【3】の戦闘はどちらか片方。
(戦力が偏っても問題ございません。好きな方をお選びください)
・もちろん【1】のみの参加でも大丈夫です。
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【1】燈堂家でお正月(イベント)
●目的
・お正月を楽しむ
●ロケーション
・希望ヶ浜の燈堂家。
大きな和風旅館のような佇まいです。
門下生が生活する南棟、東棟、訓練場がある西棟。
とても広い中庭は四季折々の草花が見られます。
北の本邸には和リビング、暁月や白銀、黒曜の部屋があります。
離れには廻、シルキィ、愛無、龍成、ボディの部屋があります。
本邸の地下には座敷牢と、そこから続く階段があり、無限廻廊の座へと繋がっています。
・近くの神社に初詣に行くことも出来ます。
●出来る事
・戦闘は無し。ゆっくりイベントを楽しみたい人向け。
・和リビングではお正月のおせちを食べる事ができます。
・おせちの他にもお雑煮やお餅、カレーなど家庭料理が楽しめます。
・中庭で雪遊びをしてもいいでしょう。
・また、燈堂家を散策調査したり、NPCから情報を聞き出したり出来ます。
・関係者とお話をしたりも出来ます。
(調査したり、聞き出した情報は今後の展開に関わる場合があります)
・初詣なども出来ます。
新年の願掛けをしてみたり。
人混みの中、振り袖を着てみたり、出店で美味しい物を食べたり。
●NPC、関係者
・『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
・『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
・『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)
・『獏馬』しゅう、あまね
・『三妖』牡丹、白銀、黒曜
・『双猫』白雪、黒夢
・『燈堂門下生』湖潤・狸尾、湖潤・仁巳、煌星 夜空、剣崎・双葉
・『本家筋』深道佐智子、深道和輝、周藤日向
・繰切(分体)
燈堂家地下に封印されている真性怪異の分体。
運が良ければ、出て来ています。(暁月や本家筋の前には現れません)
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【2】夜妖を祓う(戦闘)
●目的
・希望ヶ浜学園で夜妖を祓う
●ロケーション
・希望ヶ浜学園の第二グラウンド。
・広いグラウンドです。
・人の気配はありません。足場や光源も問題ありません。
●出来る事
・戦闘パートです。
・祓い屋ってどんな事をするのという方にもおすすめのパートです。
・練達の情勢不安によって夜妖憑きが発生しました。
・暁月達と一緒に祓い屋として夜妖憑きを祓いましょう。
・【3】と同時刻ですので片方しか選択できません。
●敵
○夜妖憑き『黒闇鴉』×10
『新たに現れた夜妖』です。本体は黒い鴉の形を取ります。
普段は夜の闇に潜み、時に人に憑き、転々としている名も無き者。
練達の情勢不安や『何らかの影響』で増殖しています。
一度追い払えば数ヶ月はその場所に現れない性質を持ちます。
依代となっている青年が戦場の隅に居ます。
数体で群がり闇の力で攻撃をしてきます。
物理的ダメージもありますが、精神的な汚染も注意が必要です。
●NPC
○燈堂暁月
腰に下げた刀で戦う。かなり強力な剣術の使い手。
自分の身は自分で守ります。
実の弟妹である夜見と朝比奈に何かあれば全力で庇います。
廻が刺された連絡を受けましたが、戦場に残ります。
今燈堂家には沢山のイレギュラーズが滞在しており、彼等を信頼しているからです。
目の前の夜妖を祓わなければ、依代となっている青年の命が危ないからです。
無限廻廊が綻んでいる原因を自覚しています。
一つは恋人である朝倉詩織の姿を取る『獏馬達』と共に暮らしていること。
もう一つは廻が人身御供として繰切の求めに応じていること。
無限廻廊が壊れる事があれば繰切が力を取り戻し、一帯は焦土と化します。
同じくレイラインが繋がっている深道、周藤の一帯も壊滅します。
何千人という命が失われる危険があるのです。
○深道朝比奈
白蛇の夜妖憑き。暁月の妹です。夜見とは双子。
彼女の目的は実の兄である暁月の精神不安を取り除くこと。
無限廻廊の綻びを止める事。
つまり、その原因だと推測される『獏馬』を始末しようとしています。
とても兄想いの少女です。
無限廻廊の綻びも重要なのですが、何より兄の心身を案じています。
兄弟以外には人見知りをして高慢な態度を取ることもあります。
○周藤夜見
妖狐の夜妖憑き。暁月の弟です。朝比奈とは双子。
彼の目的も朝比奈と同じく暁月の精神不安を取り除くことです。
朝比奈が直接的なアプローチをするのに対して、夜見は情報を集め裏を取ろうとします。
先んじて周藤日向を燈堂家に向かわせたのも夜見の意向です。
元来の心根が優しい日向なら燈堂家に打ち解けるだろうと踏んだからです。
暁月の精神不安の原因が『獏馬』である事の裏付けは十分だと考えています。
朝比奈と夜見に無限廻廊が綻んでいる原因『獏馬』の情報を与えたのは、秘宝種のエーテルコード2.0実験に貢献した練達研究員『葛城・春泥』です。
※【2】と【3】はどちらか一方を選択してください。
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【3】夕夏を止める(戦闘)
●目的
・深道夕夏を止める
・廻の救出
・子供達の保護
●ロケーション
・燈堂家の中庭
・雪が積もっていますがフレーバーです。戦闘には問題ありません。
・夕夏の周りには黒蛇の夜妖が集まっています。
・廻は夕夏の直ぐ傍にいます。龍成は黒蛇に邪魔され再び距離を取っています。
・子供達は中庭で遊んでいます(まだ、事件に気付いていません)
●出来る事
・戦闘パートです。
・夕夏が廻を刺そうとしていますので止めてください。
・廻の容態は既に重傷となっています。これ以上刺せば命に関わります。
・戦闘だけでなく、何も知らずに遊んで居る子供達を避難させる役目もあります。
(夕夏は積極敵に子供を狙うことは無いです。黒蛇の幻影に近づくと危ないです)
●敵
○深道夕夏(みどうゆうか)
燈堂の本家深道の女性。暁月の従姉妹で和輝と日向の妹姉。
白蛇が尊ばれる深道において、黒蛇憑きになりました。
従姉妹の朝比奈とは常に比べられていたので、毛嫌いしています。
彼女の目的は暁月の精神不安を取り除くこと。
無限廻廊の綻びを止める事。
つまり、その原因だと推測される『廻』を始末しようとしています。
一族を守る事は何よりも優先される使命だと思っています。
この燈堂の地において、繰切の邪気(神気)に当てられ凶暴化しています。
深道の黒蛇憑きなので、親和性が高いのでしょう。
一時的に、かなり強力な戦力を有しています。
剣での物理攻撃。黒蛇の幻影を使った締め上げ。
蛇眼で麻痺系列、混乱系列のBSを使います。
レンジは至近~遠距離までを使用します。
夕夏に無限廻廊が綻んでいる原因『廻』の情報を与えたのは、秘宝種のエーテルコード2.0実験に貢献した練達研究員『葛城・春泥』です。
○黒蛇の幻影
夕夏の渦巻く憤怒が形となって現れたものです。
普段、夕夏はこのような術を使う事はできません。
この燈堂の地は繰切のテリトリーなので、邪気(神気)に当てられたのでしょう。
幻影一匹の力はそれ程強くありませんが、数がとても多いです。
放置すれば、夕夏を中心に中庭を覆い尽くしていきます。
子供達も襲われてしまうので注意が必要です。
●救出対象
○燈堂廻
夕夏に刺され血を流して倒れています。重傷です。
自分で動く事は困難です。傍にあまねが居ますが、戦力にはなりません。
二年ほど前に重傷を負った所を暁月に拾われ、燈堂の養子となりました。
その重傷は、実は獏馬を祓い損ねた暁月が付けたものでした。
残された獏馬の尻尾(あまね)との契約で廻は夜妖憑きとなり一命を取り留めました。
廻は暁月の役に立ちたいと願い、彼の代わりに『繰切の巫女』となっています。
●NPC、関係者
○澄原龍成
元、獏馬憑きの青年です。
紆余曲折あり、今は燈堂家の離れでボディと住んでいます。
ナイフでの戦闘が得意です。
廻が刺された事でかなり頭に血が上っています。
今にも飛び出して行きそうな勢いです。
○周藤日向
深道夕夏の実の弟です。
周藤家に養子に出されました。
強い姉には敵わないと思っています(物理的なものも精神的なものも)
でも、止めないともっと怖い事が起きる予感がするので戦場に居ます。
○黒曜、白銀
黒曜は戦場に出ます。強さはそれなり。
白銀は回復を行います。
・牡丹、深道佐智子、深道和輝は子供達の避難に当たります。
※【2】と【3】はどちらか一方を選択してください。
------------------------------------------------------------
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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以下は戦闘には直接関係の無い、設定みたいなものです。
物語をより楽しみたい方向け。
●祓い屋とは
練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。
●封呪『無限廻廊』
燈堂家の地下には封呪『無限廻廊』という巨大な封印があります。
真性怪異『繰切』を封じているものです。
燈堂家はその無限廻廊を守護する役割があります。
無限廻廊が壊れると、繰切が復活して、何千人もの命が失われると言われています。
暁月の精神不安により封呪に綻びが見られます。
●真性怪異『繰切』
燈堂家の地下に鎮座する蛇神です。水神でもあり、病毒の神でもあります。
その前身は『クロウ・クルァク』だと推察されています。
クロウ・クルァク時代よりも信仰は薄れていますが、無限廻廊を簡単に突破できる程の力は残っているだろうと目されています。
では、何故留まり続けるのか。それは謎に包まれています。
留まる代わりに廻を巫女に置き、月に一度の満月の夜に『月祈の儀』を執り行っています。
●月祈の儀
無限廻廊が綻んでいても、繰切が暴れ出さない為の契約です。
月に一度の満月の夜、燈堂家の地下に降りて廻を人身御供として捧げます。
試練と称して苦痛を与え、そのもがき苦しむ様子を愉しんでいます。
暁月の精神不安の原因でもあります。
●これまでのお話
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