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シナリオ詳細

黄金色の昼下がり

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『  』の国のアリス
 ある物語に一人の女の子が居ました。
 彼女は主人公<アリス>と呼ばれる事となりました。
 其れは物語の中で付けられた物語にいる間の彼女の役割です。

 彼女は物語の登場人物。
 彼女には語られる過去もなければ、あるべき設定も存在してはいません。
 作者が作り上げた薄っぺらい『主人公』という札だけが彼女の全てでした。

 ――そんな彼女に転機が訪れました。

 彼女の世界は軋んだのです。混沌世界に認められず、軋轢を生み、崩れていくのです。
 私が主人公だったのに。私だけの世界だったのに。

 さて、ここで問題です。
 沢山の主人公たち。
 主人公と言う設定しかなかった主人公<アリス>。
 彼女は自分の存在を示すためにどうすればよかったでしょうか?

●崩壊世界<黄金色の昼下がり>
 崩れていく。端から。少しずつ。
 私を形作った物語が、少しずつ――

 黄金色の昼下がり<ワンダーランド>は幾重にも存在し、『不思議を呑み込み』続けていた。物語が集まるが如く、その本(ライブノベル)には様々なワンダーランドが集積された。
 その物語に住まう一人の少女『アリス』
 其れは彼女の名ではなく物語の主人公に与えられる名。本来の名も、過去も、何もかも持たないエプロンドレスの少女は混沌世界の炙れ者。
 彼女は混沌世界に召喚されることはなく――混沌世界に肯定されることもなく――それが『どうして』なのかは誰も分からない。
 美しき主人公<アリス>はひとりぼっちに本の中。一人で待ち続けていた――

 ――筈だった。

「ご機嫌よう、特異運命座標(アリス)。元気かい? 勿論、私は元気だ。いいや、最近君たちは再現性東京<アデプト・トーキョー>に入り浸っていると聞いているよ。私も其方にお邪魔すれば良いだろうか? 操のような白衣を着て君たちに教鞭を振るうのも実にやぶさかではない。しかし、今日は何でもない日のパーティーすら開けず、君たちをお祝いすることが出来ないこと先に謝罪しなくてはならないね?」
 その代わりに赤い薔薇さ、と微笑んだのは練達は三塔の塔主の一人、Dr.マッドハッターである。にんまり顔で常の饒舌で言葉を連ねる彼は『気狂い』の言葉を欲しい儘にしているのだろう。
「さて、其れで問題だがね、特異運命座標(アリス)。君たちに『ジェーン・ドゥ』の対処をお願いしたいのだ。嗚呼、何。それ程難しいことではないさ。薔薇の花を紅く塗る程度の簡単な仕事になるはずだと認識しているよ。さ、早く研究室へ向かおう。で、なければ! 赤の女王ではなく佐伯・操に叱られてしまうからね!」

 ――『ジェーン・ドゥ』

 練達三塔の塔主、佐伯・操はその言葉を口にしてから「主人公と書いてアリスと読む。けれど、個人の名前ではないから名無し(ジェーン・ドゥ)なのだろう」と資料を手渡した。其れは、マッドハッターと操が最近観測した敵勢反応から読み取った思念だそうだ。
「これはライブノベル――幻想王国の果ての迷宮で発見された『境界図書館』でも発見されている書架の中に類似のものが存在して居る。調査協力をペリカ・ロズィーアン氏に頼んだけれどね、余り芳しくない結果が返ってきた」
 果ての迷宮の調査に、各種ダンジョンアタックを行う『穴掘り』の幻想種、ペリカは操の依頼に対して「ライブノベルが混沌世界に影響を及ぼすなんて!」と驚いたそうだ。
 曰く、『境界』に潜ることで高まった境界親和性で世界が物語を取り込んだのだろう、と言うことだ。だが――その『取り込んだ内容』が悪かった。
「『黄金色の昼下がり』と呼ばれる世界がある。そこに住まう主人公<アリス>は旅人であると仮定しよう。だが、現在彼女は狂気状態だ。
 純種が呼び声で『反転』するように、彼女は『何らかの事象』の影響を受けて狂気状態に陥ったままこの世界に融合された」
 操は可愛らしい水色のエプロンドレスの少女の駒をテーブルへととん、と置いた。
 ブロンドの髪に、可愛らしいリボンを揺らした少女を指先で突きころんと転がせる。
「故に、危険な存在である」
 そう告げた後、操は「純種のみが反転の危険があるわけではない。旅人も狂気に陥ることがある。そして――」と言葉を濁らせた。
 ティーポッドを手にし、ティーカップに茶を注ぎ続けていたマッドハッターは操が言いよどんだ内容に思い当たったように「あはは」と突然笑い始める。
「そうさ、特異運命座標(アリス)! 君たちは気付いているかい? 此処は、練達。『旅人の街』だ! そして、我らが主人公<アリス>は『狂気状態』、そして彼女は他者を狂気に陥らすことの出来る特異的な能力を保持している。ならば? 練達にその誘いが広がることが危険なのさ。ずぅっと前に練達で『ラジオ』事件と呼ばれる一連の魔種の動きがあったろう? それと同じだよ。セフィロトでその様な危険人物が練り歩かれては私ものんびりとパーティーを開けないという事さ!」
「……で、だ。私達は擬似的なワンダーランドを作り出し、そこへアリスと『ワンダーランド』を押し込めることに成功した。
 どうやったか、は詳しく説明したいが時間も無い――……まあ、魔法道具を作成したとでも考えてくれ。だが、此れも一度きりだ。疑似世界『ワンダーランド』は練達のセフィロトを模した街だが、色彩がごっそりと抜けきっている」
「我らが主人公<アリス>がしたんだね?」
「ああ。彼女は何かに憤っている。故に、鮮やかな色彩をも妬み、全てを奪い去っているのだろうね。
 ……鍵を各員に渡す。この鍵をアリスへと投げつけて、彼女を『弱体化』させて欲しい」
 鍵と呼ぶにはあまりにも近未来的な形状をしたブロックを操は指さした。
 それは『主人公を本へと戻す』為に必要なキーだそうだ。主人公<アリス>に其れを当てて『本へとお戻りなさい』と声を掛けることで一時的な弱体化と、本へ戻すことが可能であるそうだ。
 其れも時間稼ぎである。彼女が狂気を伝播させる前に幾許かの準備がしたい――
 操が頭を下げたその向こう側でDr.マッドハッターは笑った。

「さて、特異運命座標(アリス)、不思議の国に遊びに行く準備は出来たかい?
 我らが主人公<アリス>が何を目論んでいるかも調べなくてはならないね。嗚呼、忙しい! まるで時計ウサギにでもなった気分だよ」

●<???>
 それは黄金色の昼下がりの事でした。
 特異運命座標の活躍により魔種が倒される中、英雄と呼ばれた彼らを『世界に認められず本に閉じ込められた』アリスは憎たらしいと称します。
 何物でもないくせに紛い物の様な場所で英雄視されて。
 何物でもないくせに知らない世界で誰かを救って。
 結局戻れば元の木阿弥。水泡の様に消えてしまう事に努力をして、下らないわ。
 羨ましい。世界に認められて、妬ましい。

 だって、元の世界ならわたしたちは強かった。
 だって、元の世界ならわたしたちは役割があった。
 次元の狭間なんだといって、世界から爪弾きにされる私達にだって!
 ――こんな世界下らないわ。
 『わたし』の物語じゃないなら、壊してしまいましょう。あなたたちだってそうでしょう?
『だれでもない』あなたたち。『主人公』の添え物になるしかないわたしたち――

GMコメント

 夏あかねです。当依頼は『境界名声』に累積されます。
(ライブノベルによる『境界親和性』の蓄積による派生長編です)

●目的
 『アリス』を見つけ出し、本へと戻す。

●行動指針
 推奨される行動は以下の3つの何れかです。
 誰がどれを選んでも大きな影響はありません。好きに行動するも良し、チームを組むもよしです。
 また、【誰かと一緒に動く】場合は【プレイング冒頭に指定】を入れて下さい。

 1】ワンダーランドの調査
 アリスの探索を行いつつ、疑似世界を侵食するワンダーランドを調査しましょう。
 謳うお花におしゃべり上手な草木、芋虫さんに踊る卵、ハンプティダンプティ……。
 物語のような存在が無数存在します。敵勢対象であろうと推測されます。
 薔薇は白。赤の女王はお冠です。ですが、『話し相手』になり得る存在はいるかもしれませんね。

 2】アリスと話してみる
 アリスを探索した上で、アリスから直接情報収集を行うことが可能です。
 狂気状態であることで非常に危険でしょう。ですが、彼女が何を目的にしているのかを掴むことが出来るかも知れません。
 アリスは強力なユニットです。狂気状態であることから、戦闘が必須となるでしょう。

 3】Dr.マッドハッターの『何でもない日のパーティー』に参加する
 マッドハッターとパーティーをし、友好的対象を見極めた上でアリスの情報を収集します。
 其れは兎も角で、お茶を飲んでいても問題はありません。護衛と言い張ればなんとなでもなります。
 マッドハッターも気まぐれ屋なので其れを咎めることはしないようです。

●疑似世界『ワンダーランド』
 Dr.マッドハッターと佐伯操女史が一先ずアリスを閉じ込めておくために作った『ワンダーランド』の疑似世界。VR世界ではなく魔法道具を使用したものです。
 参加者は魔法道具を使用して疑似世界『ワンダーランド』へとダイブすることになります。目的は『アリス』を見つけて本の中へと返す事です。

 街は練達のセフィロトそのものですが、ワンダーランド(後述)に侵食されているのか、所々に謳う花や、喋る茸に眠たげな芋虫さん、踊る卵など異様な存在が歩き回っています。
 また、色彩の抜け落ちた世界であるため、薔薇の花は何とも白いのです。
 トランプ兵も練り歩き、近代文明アデプトとワンダーランドの入り混じった奇妙な様子になっています。

●ワンダーランド
 世界の名前は『黄金色の昼下がり』。住民たちはワンダーランドと呼びます。
 メルヘンでカラフルな『おもちゃ箱』の様な場所が『ワンダーランド』です。
 ライブノベルや拙作『<物語の娘>ワンダー・ワンダー・ワンダー』『<果ての迷宮>ワンダーランド・レイデイ』で訪れる事のあったワンダーランドと同じ世界です。
 花々が咲き、メルヘンチックな世界には面白おかしい喋る茸や芋虫さん、ハンプティダンプティ、コーカスレースに眠り鼠など様々な存在が歩き回っていました。

●『架空』の国のアリス
 遍く世界の『アリス』がまじりあった存在。
 髪は脱色されて白く、憎悪の色の赤い瞳を乗せた『イレギュラー』の娘
 主人公であった形跡が残るのは青の大きなリボンと白いバラのチョーカーだけ。

 便宜上彼女はアリスと名乗るが、本来の名前は無くマッドハッターはジェーン・ドウ(名無しの権兵衛)と称する。物語と全ての人の思い描くアリス像を塗り固めた存在です。
 非常に強力なユニットです。狂気状態。くすくす歌い笑い進みます。
 特異な存在であるために『狂気の誘い』の如く『呼び声』と類似した歌声を発し続けるようです。
 何か目的が存在するようです。対話可能。ですが、『狂気状態』であることはお忘れ無く……。

 今回に置いてはマッドハッターと操のシステムで有るためにアリスを見つけ出し「鍵」をその体に投げつけて「本へとお戻りなさい」と唱えれば目的完了です。

●『鍵』
 ルービックキューブのような、何とも言えない形状の鍵です。
 アリスへと投げつけ『本へとお戻りなさい』と唱えることで一時的に彼女をライブノベルの中へと戻すことが可能です。
 ……屹度、またすぐに戻ってくるのでしょうけれど……。

●NPC
 ・Dr.マッドハッター
 特異運命座標をアリスと呼ぶ練達の要人。
 今回の探索についてきましたが、余り当てになりません。彼の護衛などもしてあげると喜ぶかも知れません。
 あんまり指示をしても聞いてません。

 ・ファン・シンロン
 マッドハッターのお目付役としてついてきました。フィールドワーカーです。
 フィールドワークはお得意ですが、マッドハッターの護衛がいない場合は彼の護衛をします。
 指示があれば従います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

 それでは、行ってらっしゃいませ。メルヘン!

  • 黄金色の昼下がり完了
  • GM名夏あかね
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月13日 22時50分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
サイズ(p3p000319)
妖精■■として
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
八田 悠(p3p000687)
あなたの世界
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ブーケ ガルニ(p3p002361)
兎身創痍
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
シフカ・ブールカ(p3p002890)
物語のかたち
シラス(p3p004421)
竜剣
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
蒼剣の秘書
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)
<不正義>を知る者
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)
航空指揮
鬼裂崎 佐木鷺 希咲(p3p007472)
銀鍵の人獣
ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
アエク(p3p008220)
物語喰い人
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
天雷 紅璃(p3p008467)
新米P-Tuber
バスティス・ナイア(p3p008666)
猫神様の気まぐれ
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物
司馬・再遊戯(p3p009263)
母性 #とは

リプレイ


 ――それは黄金の昼下がり 気ままにただようぼくら。

 こんな夢見るお天気でも『アリス』はちょっぴり不機嫌で。
 突然の沈黙なんて忘れて『アリス』は叫ぶ!

 『どうして追いかけてくるのかしら!』

 アリスよアリス、なぜ踊る――? 世界の行末がわかって、おそろしいのかしら。

 嗚呼、嗚呼、僕らのアリス。其れは勿論――

 『女王様がそう仰っているからよ!』


「ああ」と呻いたのは『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)であった。
『果ての迷宮』――それはローレットが拠点を置いた幻想王国の建国王の夢の果て、挑み続けた前人未踏。その階層の中に『どうしたことか存在した』異質な場所。そしてライブノベルと呼ばれた『果ての迷宮』の奥に存在して居た『境界図書館』で見ることが出来る本――その中で見た事のある世界(ばしょ)だ。
 他の要素と混じり合った状態ではあるが、その場所にもう一度足を踏み入れることになろうとはとドラマはごくり、と息を飲んだ。
「さて、果ての迷宮の情報は逐一仕入れていたので、存在自体は知っていたが……
 アリス、ね。『不思議の国のアリス』は愛読書ではあるのだけれど、単にその物語と同一というわけでもなさそうだ」
 その空間に足を踏み入れて最初に、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は周囲を見回してそう言った。『ワンダーランド』に侵蝕された練達の都市『セフィロト』は様々な物が混ざり合い、寓話の通りとは決して言えない状況だ。
「ここが、疑似世界『ワンダーランド』……何だか寂しい世界ですわねー」
 周囲を見回した『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は首を傾ぐ。例えば、劇作家たる『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)が知る物語(ストーリーライン)ではなく、ちぐはぐな世界は『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)の様な愛好家(ファン)にとってもいまいちピンとこない。
 この世界は練達――Dr.マッドハッターと佐伯操女史が疑似世界に気付いた練達と呼ばれる都市国家の首都セフィロト――をワンダーランドが文字通り『喰っている』状態になっている。近代的な文明建築をメルヒェンが喰らう様子はどこかどう見ても誰かが知る物語ではないのだ。
『ヨハナからアイリスへの預言書』を見詰めていた『<不正義>を知る者』アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)は其れが何も物言わぬ事を確認する。その空間を一人で歩くとなれば、『アリス』とは何であり『ワンダーランド』がどういう存在なのかを考えねばならない。
 聖業人形『マグダラの罪十字』と共に往く道には歌う花が咲き誇り、アイリスの姿を見ては「きゃあきゃあ」と叫び始める。
 その唐突な叫声へとびくりと肩を揺らした『不退転』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)は驚いたようにそちらを見遣った。練達の街並みに、絵本の挿絵のようなメルヒェンチックが上塗りしている.混ざり合ってのみ喰らって。マザーにより快適性を求められた『ドーム』の疑似空間が此程までに侵蝕されている様は――「何だかちょっと怖い……」
 そう呟いた。不思議な場所だと心躍らす事も出来ず、呆然と実感するのは『アリス』――Dr.マッドハッターが『ジェーン・ドゥ』と呼んだ娘――が疑似世界を侵蝕するほどに狂(おこ)って居る事が感じ取れる。
「世界と世界が混ざり合う……とても不思議な現象ですね」
『そこに踏み込むなんてとってもっとっても、不思議な女の子ね!』
 楽しげに声を掛けてきた蝶々にぱちりと瞬き返したのは『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)。この狂気を押さえつけることが良き方向に向かうのか、それとも――と考えても栓は無いのかと沙月は静かに歩き出す。
 例えば、再現性東京の一区画に構築された『異空間』の様に、其れが有り得ない物だったならば自由自在に動き回ることも出来る。だが、VR空間でしかも国家元首相応からの依頼ともなれば熟すほかないだろうというのがイレギュラーズの思考の着地点であろう。このVR空間は檻だ。現実世界にどうしたことか『取り込まれた』形式になっている『異邦人』が暴れ出すことを抑えている状況だ。実体をも持たず、混沌世界に突如として顕現したライブノベルの世界と少女――『黄金色の昼下がり』というのは、例えば『精霊種(グリムアザース)』のような、例えば『肉腫(ガイアキャンサー)』のような、何らかの可能性や破滅を得てその存在が認知された物だと考えれば良いのだろう。
「こんな低レベルでボスに挑めとか、マ? 周回プレイ前提か?
 いや、でも……拙者の楽園を護る為だし……仕方ない……後、ジェーン・ドゥにも言いたいことあるし……」
 楽園こと再現性東京は練達の一部である。そう思えば、自身の楽園が脅かされることとなる『特異運命座標』星影 昼顔(p3p009259)は焦っていた。事前に聞いていた情報だけならば、ジェーン・ドゥは『エリアボス』なのだ。
「ハンモだよ! うーん、再現性東京には行ったことあるけど、セフィロトは初めてなんだよね。アリスって本も読んだことないから何が起きるか楽しみだよ!」
 昼顔とは対照的にわくわくとした調子の『神ではない誰か』金枝 繁茂(p3p008917)は楽し気に歩き出す。謡うお花におしゃべり上手な草木、喋るきのこにお礼を言って、芋虫さんと踊る卵を見つめて歩き出す。
「お花と一緒に歌ったり草木とおしゃべりするのも楽しみだなぁ。
 大きな木とかあったりするのかな? ハンモはお話を聞くのが大好きだからどんなお話が聞けるのか今からわくわく!」
 心躍らせた繁茂ははて、と首を傾いだ。所で、ハンプティ・ダンプティって誰だろう?


「……なるほど、目の前にある練達の光景と歪に混ざり合った世界もひとつのワンダーランドって言うワケなんだね。
 不思議の国のアリスの世界の一つ。枝分かれした可能性世界の中の剪定されたその一つ……滅びの国のアリス」
 そう口にした『猫神様の気まぐれ』バスティス・ナイア(p3p008666)は不思議そうに周囲を見回した。皆が知っている『不思議の国のアリス』ではないかもしれない。ただ、それの中の一つの『あり得たかもしれない世界』の話――つまり、世界構造は難解で、読み解くのも時間がかかる。
『世界の一つ』『枝分かれした』というのは言い得て妙なのだ。
『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は「いいですね! こうやってワンダーランドを探索するのって憧れだったんですよ!」と非常に少女らしい心を跳ねさせ胸躍らせる。
「じゃあ、しにゃちゃん、探しに行くよ!
 不思議な国の住人に会ってアリスとその狂気の手がかりを掴むんだ」
「はい! 色がないのは残念ですけど、ワクワクしますね!
 バスティスさんのギフトならチェシャ猫も従えられるんじゃないですか!? 従えて意味あるかは謎ですけど」
「チェシャ猫が出てくればいいねえ?」
「いないですかねえ?」
 二人は顔を見合わせてからにこりと笑う。何も分からないからこそ、世界は楽しい!
「御伽噺の世界、不思議の国のアリス。よく知ってる物語だけにこんな事態になってるなんて思わなかったよね」
 改めて『スレ主』天雷 紅璃(p3p008467)は不思議だと言うように周囲を見回した。練達と言えど近代文明ひとくくりではない。魔法の世界からやって来た旅人や、高度に発達した文明世界からやって来た者、はたまた紅璃が良く知る再現性東京の様な世界から来た者。そう思えば旅人という一括りの中でも無数の世界と文明があると実感するのだ。
「ともあれ、今回の目的はアリスを本に戻すこと……。
 疑似世界とはいえこの広い世界で会えるかは分からないけど、まずはワンダーランドの探索を楽しもう!」
 折角だからと紅璃は『それっぽいドレス』を身に纏う。気分は童話のプリンセスなのだ。
「ここがワンダーランドならきっといい感じに移動が出来るんじゃないかな。ビルから降りたり登ったり飛び移ったり」
 そんな魔法少女の様な事を想像しながら、ひらりと飛んだ紅璃の側で「わあ」と声が掛かる。横を見れば楽し気に揺らぐ木々が挨拶を。
「話せる人と出会ったらまずは情報収集の前に世間話! 見知らぬアリスに詳しい話をしてくれるか分からないしね
「色々遊べるものも持って来たんだけどねー。トランプ……は兵隊がアリス側なんだっけ?
 あ、aPhoneの中に猫いるよ猫! こっちのアリスはペットとかいるのかな?」
 ほらほら、と見て欲しいと微笑んだ紅璃に「彼女はうさぎを追いかけて行ったよ!」と童話の様なあらすじだけが返される。ワンダーランドの住民たちは楽し気に謡い踊るだけなのだ。
「境界世界のアリス……ですか。本の中に押し込められていちゃ、そりゃ退屈な日々を過ごしていたことでしょう。
 それとも本の内容がつまらなかったのでしょうか。なんにしても、本人とお話をしないことには始まらないでしょうね」
 悩まし気にそう呟いた『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)の傍らで、『蒼穹の戦神』天之空・ミーナ(p3p005003)は「アリスなあ」と思い出すように呟いた。
「不思議の国のアリス、な。確か好奇心旺盛な少女が変なウサギについていって……だろ?
 ……つまり、アリスがこの世界に来たってことは、『ウサギ』が練達にいる、って事か……? そのウサギが魔種なのかどうかはわからねぇけどな」
 さて、どうしたものかと二人で歩き出す。白くて不思議なワンダーランド。
 いろいろなものに興味惹かれるアルヴァにミーナが提案したのは『チェシャ猫』を探そう、という事だった。
「チェシャ猫はアリスの案内役だ。何を言っているのかはわかりづらいけどな」
「成程。なら感情探査で狂気を探しながらアリスと一緒にチェシャ猫を探してみましょうか」
 これは折角の機会であると『祖なる現身』八田 悠(p3p000687)はワンダーランド旅行に洒落込もうと傍らの『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)に声を掛けた。
「という訳で行こうか、風牙くん。それとも風牙ちゃんかな? まあどっちでも大差ないか」
「八田悠さん、だっけ? 悠って呼ばせてもらうぜ。オレのことも好きに呼んでいいからさ。……やっぱ『ちゃん』は無しで」
 肩を竦めた風牙に「一緒する理由? それこそ『何でもない日』にたまたま目が合ったからさ」と演じる様に悠はそう言った。
 本の世界の浸食と侵略はこうして見れば大変な事だ。明確な目的地はないからと悠は問いかける。
「目的地はどうする? 僕としては、ひたすらに異変に呑まれた場所へ。危険そうな方に向かってみたいところだよ」
「ふむ、危険そうな場所、か。こんなメルヘン世界にそんなものがあったら、明らかに『異常』だよな。
 異常事態を探るには、『異常』な場所を探るのが一番か。よし、それでいこう」
 危険な異世界ピクニック。それもそれで楽しいものだと言うように、二人はゆっくりと歩き出して。


 一通りどこに何が存在するかを確認しておこうとユゥリアリアは疑似世界を歩き出す。通常の人ではなく、面白おかしい事が好きな住民たちの前で大道芸――路上ライブを伴って観客たちを集め続ける。
 その人ごみの中で「やあ」と微笑み悠と風牙はすいすいとその場を抜ける。大きな建物が目的だ。『主人公の敵対者』は『赤の女王』の側であろうかと悩ましげにつぶやいて。
「もしかしたら、別の『主人公』或いはそれに類する『メインキャスト』が居るかもしれない。
 居れば存在を把握しておきたいし、会話できるなら性格などを知っておきたい。居ないなら、それはそれで情報になるからね」
「ああ、赤の女王はいそうだから探しに行こう」
 それから、と傍らで二人を眺めた住民たちはユゥリアリアの楽し気な様子を眺めているのだろう。

 ――みなさんはどこからきたの?

 ユゥリアリアの歌に便乗する様に悠は「君は誰?」と問いかけた。
「ぼくはハリネズミだよ! 女王様のクロッケーに使って貰うんだ」
「へえ……じゃあ、アリスって子は知らない?」
 風牙に「女王様が呼んでた名前だね!」と朗らかにハリネズミは返す。悠は住民にも分け隔てなく朗らかに話しかけている。この調子ならばジェーン・ドゥの事も聞き出せそうだと風牙は頷いた。
(アリスについて聞き込もう。彼女が変質してるならば、それを感じている奴もいるだろうし……)
 風牙の背後で歌うユゥリアリアの質問は次のフェーズに移ったのだろう。

 ――みなさんのリーダーはだれかしら?

「「赤の女王!」」
 大合唱に風牙と悠は『赤の女王』が存在しているのだと実感し、認識し頷いた。
 見て回ろうかと歩き回っていた『先手必殺!』シラス(p3p004421)は一度休息をとるように腰を下ろした。
「混沌にいてもいくらでも話が入ってくる有名な話だもの。
 疑似空間とはいえここはまさしく本で読んだ世界ってやつだ……ただ仕事をするだけだなんて嘘だろう」
 屹度、彼の友人の少女もアリスの物語は知っているはずだ。此処を旅したと言えば羨ましいと微笑むだろうか。
 敵対対象から逃れ冒険の要領で進んでいたが、ユゥリアリアの周辺ならば情報収集も用意そうなのだ。
「ジャバウォックっているのか? アリスの原典を超えて色んな作品にも借りられるビッグネーム。
 こいつが本当はどんな姿をしてるのかも知りたかったんだ。お話には挿絵がついてるけれど見るたびに違うふうに描かれてるから……混沌にいる竜種みたいな生き物なのかなあ」
「まぼろしのいきものだよ!」
 ハリネズミの言葉に「なるほど?」と首を傾いだ。この疑似世界は、セフィロトそのものの大きさをしている。
 アリスの居場所を集めながらもジャバウォックは森に棲んでいると聞かされて、実地調査に行こうかとシラスはもうひと頑張りだと立ち上がる。
「本物はヴォーパルソードであっさり首を落とされたらしいね。
 けれどこの世界のジャバウォックはどうだろう。どんな見た目で、どうやって動くのか、戦ったら強いのか……この目で実際に確かめたくて仕方がないんだ」
「ツヨいよ。で、ワンダーランドって確か慣用句がギジン化された住民が居る物語セカイだっけ?
 そんな風に聞いたキオクがあるよ。マッドハッターにはオレたちもアリスって呼ばれるし、何だかイミシンな状況になってるよね」
 ややこしいというかなんというか、と唇を尖らせたのは『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。探索を優先していた彼はワンダーランドの冒険を終えた後のアリスが向かうだろうミラーワールドに興味があるとシラスへ言った。
「ミラーワールドの方へ行けばジャバウォックって名前のドラゴンが居る可能性があるらしいってリユウじゃないんだよ? ホントホント」
「でも、会いたいだろ?」
「ちょっぴり」
 シラスとイグナートは小さく笑う。ラド・バウ闘士たるもの、強敵にあってみたいのは確かな事だ。
 不思議の国が終わったならば鏡の国へと足を運んでほしい。ああ、けれど、『混沌世界を侵食するこの世界は鏡の中のようだ』とさえ感じられて。
 寧ろ、異世界に自分たちが映ってはいるのも不思議な鏡の国の様相なのだろうかとイグナートは感じていた。
「白うさぎは何処にもいないね?」
「ああ、そういえば俺も見てないや……」
 シラスとイグナートはジャバウォックを探す様に森の中をぐんぐんと進み往く。
「一人で行動。でも袖振り合うも多生の縁、やから誰かと一緒になっても楽しそうやんな」と『兎身創痍』ブーケ ガルニ(p3p002361)は首を傾いだ。白くはない兎さんの耳がちょこりと揺れる。
「アリスって、気が狂った世界に女の子が迷い込む話なんやろ? ならその『アリス』が狂気に陥ってる今はワンダーランドの人らはマトモなのか、さらに狂ってるのか……まあ、後者な気はするけどねえ」
「まあ、狂ってなければ襲ってこないとオモう」
 先ほどから敵意を感じるのだと呟くイグナートにブーケは「確かに」と呟いた。兎姿でぴょこぴょこと歩き回るブーケはこれでポップコーンとジュースがあればテーマパークで遊んでる気分だと言うように変質したメルヒェン世界を眺め続ける。
「トカゲのビル……ってビルディングの方のビル?!」
「あれ、トカゲだったんだ……」
 ぱちりと瞬くブーケは「色々変わってるんやね」と驚いたように呟いた。この年になってお花さんこんにちは、は気恥ずかしい。出来れば代用ウミガメやグリフォン、ライオン、ユニコーン、トドに牡蠣の子、それからジャバウォックあたりと話したいものだ。
「ところでぇ、ここの世界の人達にアリスで通じるんかなぁ。
 色々なアリスの寄せ集とも聞いたし、マッドハッターサンは俺たちをアリスって呼んで、あの子はジェーン・ドゥって呼んどらすし……。それに、アリスじゃないアリスって、『アリス』の物語ではメアリアンって名前もあるんやろ!」
「なら、メアリアン要素も彼女に付随している……?」
 呟いたのは、虚であった。アリスの目的を探るように彼女を探し回っていた。アリスの寄せ集めである彼女は『アリス』というラベルの付けられた少女でしかないのだろう。それで自身が見つからなくて嘆いているのならば――彼女は屹度、孤独なだけだと、そう感じる。


 色が失せているのは何か意味があるのだろうか。練達の光景も総てが全て無色になって居る。
「チェシャ猫に会いたいけど……まあ、こういう時は出てこない手合いだよね。面倒事だから」
 そう首を傾げるバスティスの周囲でしにゃこが「女王さん、お話しできそうですかね?」と渋い顔をする。どうやらカンカンに怒っているようなのだ。
「この辺りに主人公<アリス>がいない事は確かめたけど……。あの様子じゃお話は出来ないね」
「そうですねえ。しにゃの素敵な翼と慧眼(そう言っているだけ)で見定めた限りアリスが居ないのは確かですけど……」
 うーん、と二人は顔を見合わせる。おっかなびっくり、穏やかな午後を打ち払うように女王の声が響き渡る。
 嗚呼、ダメだとさっぱりと諦めたバスティスは白薔薇を赤くペンキで塗っていく。
 女王様は何時だってルールがしっかり定まっている。規則(ルール)に従わずに白薔薇を植えた者は打ち首だろうか。可愛そうだと二人は話しながらも薔薇を赤く塗っていく。
「こうした遠回りな感じは確かに御伽噺っぽさはあるかもね。大人しく最後まで塗らせてくれるかな?」
「あー、いいですね、この無駄に意味の無い感じの事してるの! 童話って感じがします! 楽しい!
 塗っても処刑! とか言われる様なら張っ倒してしまいましょう! 我儘女は面倒臭いですね!」
 とても思い切りのよい二人だった。何でも処刑だというならば取り合えずぶんなぐって言う事を聞かせようと考える。
 司令官と回復を担うバスティスに射撃での遠距離攻撃を得意とするしにゃこは女王の様子を伺っていた。
 ドラマはマッドハッターが言っていた『薔薇を赤く塗る』が童話の中のそのものの行動なのかと真似てルージュで白薔薇を塗り続ける。
(眠たげな鼠さんは見つかりませんでしたけど……ジェーン・ドゥと一人で対峙するのは得策ではないですし、考えながら行きましょうか)
 ドラマが興味を抱いたのは混沌肯定だった。主人公を喪った世界は存在しなくなる。肯定されなければ、この世界には存在しないという『不在証明』
 それが世界の在り方だ。ドラマは純種だ。故に、当たり前のようにこの世界に存在し、当たり前のように世界の成り立ちとして理解してたそれが旅人にとっては恐ろしい物なのだという事を改めて感じる。
「『崩れないバベル』もそうですが、この世界のルール『混沌肯定』そのモノに、益々興味が湧いてくるのです」
 ドラマの言葉を聞きながら、誰が薔薇を塗ったんだいと騒ぐ女王の元へとしにゃことバスティスは近寄った。
「アリスの居場所と狂気の正体は分かる?」
「分かると思うかい!?」
「うーん……」
 しにゃこはバスティスの袖をくいっと引っ張って「ちょっとアイツやばくないですか? マジギレですよ?」と肩を竦める。
 ――世界と自己定義の崩壊だけでアリスは本当に狂ったのか?
 それがバスティスの着目点だった。しにゃこからすればアリスは元の世界になんて拘らずにしにゃこの様に目の前の事を楽しめばいいのに、と。何も残らなくても思い出は残るのだからそれでいいではないかとさえ思う。
「滅びが無い世界より滅びれる世界の方が幸せだと思うけど、そういう問題じゃないんだろうね」
 女王がふん、とそっぽを向いた様子を眺めながらバスティスは小さく呟いた。屹度、彼女の中での存在意義がその世界そのものだったのだ。揺らいだ存在が、どれ程に恐ろしいのかは、きっと彼女にしか分からない。
 それでも、彼方へ行きなさいとでも言うようにトランプ兵士たちが道を開けたその場所に二人の形が立っている。
 その前に、エプロンドレスの少女が首を傾げて立っていた――
『誓いの緋刃』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は「うんうん、世界を壊すのね」と頷いた。
「それも一つの物語。それでも私たちは数行かけてひっくり返すの。
『アリスちゃん』とは初対面だけど、どんなお話をキかせてくれるのかな」
「お久しぶり『ジェーン・ドゥ』貴方の宿敵(赤の女王)の群よ。ああ、でも群れたらトランプ兵かしら。
 さあ、お喋りしましょう――『神がそれを望まれる』」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はにこりと微笑んだ。
 二人は只管にアリスを探したのだろう。色が残っている場所やセフィロトのそのままの場所を優先し探し続ける。
 アリスには過去がない。故に、それを補填しようとしたはずなのだ、と。階段が白いと落ちてしまいそうだと足元を確かめる秋奈は「うさぎの穴でもあるましい?」と呟き本を探し求めた。
「インターネットはなかったけれど、芋虫さんに聞いたら本の場所を教えて貰えたぜ?」
「ねぇ秋奈『鍛冶』的におかしい壊れ方したところとか無い? と私は聞いたわね」
「そうそう。それで、秋奈ちゃんはこういったのさ!
『壊れた街灯を探すより、ねじれたドアノブを探す方がはやいと思うぜー?』ってね。そしたら会えたんだ」
 そう微笑んで二人は相対する――その名も、ジェーン・ドゥ。不思議の国の不思議な女の子。


「こんにちは! はじめまして! ハンモだよ! ここはどこ? あなたはなぁに?」
「ここはワンダーランド。私はおしゃべりなお花よ!」
 楽し気に歌いながら応じた花に「わあ」と繁茂は瞳を輝かせた。彼女は楽しそうに繁茂へと声かける。
 どうやら、それらの様子は普通のワンダーランドと同じ――否、それがおかしいのではあるが……――様子だ。楽し気に過ごす彼女達はこの場所がワンダーランドである事を疑ってはいないのだろう。
「ねえねえ、ハンモ。ハンモは何処に行くの?」
「ワンダーランドをお散歩してるんだよ! そうだ、お花さん。怖い人っていたりする?」
「どうかしら。どうかしら。
 ハンモは怖い人にあったらどうするの? 私達は歌ってしまうけれど!」
 その言葉にうーん、と繁茂は首を傾いだ。さて、そうなったらどうするか。闇市で偶然手に入れた本に従えば『なんでもするから許して!』と叫べばなんとかなるとかなんとか……。つまり、それも良かろうなのだ。
「ぐげげげっ。おで、じっでる! アリス、おっがあにいぢどだげ読んでもらっだごどある! ぼんもの、会えるだのじみ! 何ばなぞうがな!!」
 親愛の感情を抱いて、『銀鍵の人獣』鬼裂崎 佐木鷺 希咲(p3p007472)は楽し気に進み続ける。
 人助けセンサーには何も引っ掛からない。それでも希咲には関係なかった。アリスに会いたくて逢いたくて逢いたかったのだ。邪神の如き人でなく、人であり獣である希咲は『ジェーン・ドゥ』を見つけて心を躍らせた。
「ぐげげ、ばじめまじで! おで、ギザギザギ ザギザギ ギザギ!! よろじぐ!!」
「……ええ」
 色彩の抜け落ちた少女を前にして希咲は何を話そうかと考える。この場に来る前にニオスから貰った本を通じれば対話できるだろうか。
 ジェーン・ドゥとも心を通わせたいと願うが、それはどうやらうまくはいかない様子で――そもそも、彼女にとっては希咲とて『目の前に突然存在する異質な生き物』なのだろう。
「げっげっげっげっ! アリス、ぞのぼんずぎ? おでもだいずぎ!」
「さあ?」
 本を眺めていたジェーン・ドゥ。ニオスはといえば『アリス』が大好きで、希咲に本を託す時に心を躍らせていた事が想い出された。ニオス・サスラはその知識欲を生かして彼女の為の本を選んだのだろう。
「おで、思うんだ。何者でもないがら、何者にもなれる。今のアリスもぎっどぞう!
 だがら、いっじょに ぼうげん じよう!! おで、アリスどぼうげんじだい!! アリス、おでだぢどいっじょにいごう!!」
「無理よ」
「どうじで?」
 希咲がこてりと首を傾げる。それはとても自然な仕草であったがジェーン・ドゥは皮肉気に笑うだけだ。
「だって、私はこのまま消滅するんですもの」
 ほら、と持ち上げたエプロンドレスはモザイクに蝕まれていた。その様子を眺めていたミーナは色彩のない世界は果ての迷宮にも存在したことを思い出す。もしかして自身達の所為ではないかと不安を覚えたが、『果ての迷宮』とこの地は彼女達は本来は関係しないため、安心しても良いだろう。
 警戒した儘にアルヴァと共に歩み出る。
「お前が『アリス』だな。そう構えるな、まずは話をしようぜ、気楽にな」
「やれ、アリス……いや、ジェーン・ドウ? どうしたというんだい?
 物語の繰り返しに飽きてしまった? キミという存在をもっと知りたい、だからお話をしよう」
 消えかけているとはどういうことか。ミーナとアルヴァは警戒した儘に彼女を見遣った。
 ミーナは果ての迷宮での彼女の事をアルヴァに伝えていた。その際の事を語るイレギュラーズは一瞬で『金平糖』になったというが――今回はそれ程の力は持って居ないのだろう。
「お前に外の世界を教えたのは誰だ?普通なら、『外』を知る事なんてそうそうないもんだ」
「『イレギュラーズ』でしょう?」
 指さしたジェーン・ドゥにミーナはその言葉には二種類の意味が込められていることに気付いた。
 それは『ミーナたちがイレギュラーズであるかどうか』と『教えたのはイレギュラーズ』であるという意味合いだ。
「……どういう意味ですか?」
 アルヴァは問いかける。イレギュラーズがわざわざ彼女に教えた、というのはどういう事だろうか。
「私達は『異世界』の存在だから。それが認識できてしまったのは、境界深度が高まったから。そう聞いたわ」
 ライブノベルのかけらたち。全てを集めた結果、この世界が混沌世界に溶け合った。混沌世界は悪戯に、それでも彼女達を『肯定』せずに否定した――結果、彼女は暴れているのだろう。
「あいにくと、私はお前に殺されてやる訳にはいかないんだ。お前を愛してやる事はできるかもしれんがね?」
 答えはない――アリスが手を伸ばした刹那にアルヴァが咄嗟にミーナを庇い立てる。
「あんまり女の子の姿をした何かに攻撃はしたくないんですけれどね……」
 反撃の手を緩めやしない。それでも、今は対話をしていたい。話すために、もう少し耐えなくてはならない。


 色の抜けた世界を歩くのに自身ほどふさわしい物はないのだと『幽玄なる月長石』アエク(p3p008220)はひたりひたりと歩き続けていた。
 その眼の前に立っていたのは主人公<アリス>だ。「ああ」と静かに声を掛ければ、アエクを双眸に映した少女は「ご機嫌よう」と微笑んだ。
「我はアエク、情報食い(もつはみ)のアエク。あらゆる情報を愛し、記したいと希うもの。
 物語の主役ではなく、我はただ語り部で有りたい。
 たとえ帽子屋が汝を『ジェーン・ドゥ』と定めようとも。
 ――あの帽子屋が我らを『特異運命座標<アリス>』と呼ぼうとも」
 アリス、と声かけたアエクをジェーン・ドゥはまじまじと見ていた。
「我はお前に問いたいのだ。我は汝とともにゆきたいのだ」
「どういう意味かしら?」
「汝の物語を、汝を我は綴りたい。啜りたい。鍵をぶつけてささやくよりも、その前にするべきことは汝との対話だ。
 例えそこに狂気があろうとも。汝を“識”り、綴り、啜りたいのだ。
 我は白紙。なにもない。だからこそ、その白紙の上にペンを滑らせよう。汝の物語を、『我』に綴らせてくれないか。
主人公が君で、添え物が我で――そんなアリスのための物語を、世界を、綴ろうではないか!」
 朗々とそう語らったアエクの視界が暗転する。それでも、読み取ることを止める事はない。対話がしたいのだ。
 語部は主人公になどなる気はない。語部はあくまで語部であるべきなのだから。
 アエクに対してアリスは言った。

「けど、あなたはわたしを記録するだけだわ? 語部さん」

 その言葉は冷えている。アリスを読み取れば、『寓話のあらすじ』が流れ込むだけだ。そこには彼女という一個人らしい存在があるわけではなく物語(ストーリーライン)に沿って動く彼女が存在しているだけなのだ。

「わたしは、生きて居たかった。分かる?」

 アエクは頷いた。アリスと名乗った主人公。この『世界』で唯一の普通の女の子。
 それが混沌世界から弾かれるように消滅しかかっている。どうした事か、『世界』が『混沌』に吸い込まれつつあるのだと。それを告げたのはマッドハッターだったろうか。アエクの視界が再度、暗転する。ジェーン・ドゥの声だけが、ただ、耳朶にこびりついていた。
「――でも、言っても無駄よね」と。
「……こんにちは? 不思議な……っていうより何か壊れかけてるような少し怖くて悲しいところね」
『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は戸惑うようにそう言った。狂気の感情とはどのようなものかとタイム自身は考えていた。ひしひしと体を刺す恐ろしさ。これが、彼女の孕んだ狂気であったのだろうか。
「……どうして、今日は皆来るのかしら」
「あなたを探していたから。その……自分が何者でもないって感覚は少しだけ分かる。
 わたしは混沌世界に呼ばれて それ以外のことは忘れてしまった。
 混沌世界で求められた役割を演じてる 演じるしかない。何者かわからないから役割を与えられて それが世界の為だって 安心してる」
 タイムの言葉に、ジェーン・ドゥは「恐ろしいわね」と囁いた。タイムはこの世界に召喚されて、自身に求められる『タイム』という娘を演じているだけには過ぎないのだと、そう言った。それはジェーン・ドゥも同じだろう。
『物語の娘』として求められる愛されて可愛らしい主人公を演じているだけに過ぎないのだから。
「……あなたにもそんな役割があったのかしら。
 いまはきっと不安でしかたがないのね。きっと帰りたいわよね。
 だからこのワンダーランドの色を拭い去っているの? あなたのいろは何色だった?」
「分からないわ」
 分からない、とタイムは言葉を重ねた。もう、その色彩さえ忘れてしまったという事なのだろうか。
 タイムとのやり取りをまじまじと眺めながら、『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)は世界に認められないのは嫌だなと小さく呟いた。
「……確かに嫌だね。私も、嫌かな。
 私はンクルス・クー。貴方にも創造神様の加護がありますように。良ければ貴方の名前を教えてくれないかな?」
 シスターであるンクルスは『世界を壊す』存在には容赦はしない。創造神に仕えた敬虔なる乙女にジェーン・ドゥは「アリスよ」と言った。
「何でライブノベルから出てきたの? 世界に認められなくて寂しかったからかな? 腹がたったからかな?」
「違うわ」
「違う、って……?」
「『この世界が勝手に私達を取り込んだの』」
 アリスの言葉にンクルスはどういうことなのだろうか、と驚いたように見遣った。
「私は出てきたんじゃない。そうされた。世界がそうしただけよ」
「……私は、私は世界を守るシスターだから、世界を壊すつもりなら容赦はしない。
 でも、アリスちゃんと友達になりたいって気持ちもあるんだよ。だからお願いだから一旦本の中に帰ってくれないかな? 貴方が世界の敵にならなければ貴方の本に私が遊びにって友達になれると思うから……」
 差し伸べた手をぱしり、と払われた。ンクルスは救に臨戦態勢を整える。ンクルスは彼女の名前を教えて欲しいと願っていた。アリスとはっきりとそう言った彼女に新たな名前を提案する事さえ許されないような敵愾心が溢れ出す。
「良いわね」
「……どういうこと?」
「この世界は、混沌には認められなかったのだから! 認められずに死ぬくらいならと願ったら、私は此処に来ることが出来た! 帰るなんて出来ないわ! いや、いやよ! 『帰った所でワンダーランドは壊れるだけ』!」
 ――それをどうにかする事は出来るのだろうかとンクルスは考えた。
 嗚呼、屹度。
 屹度、それは無理なのだ――


 アリスは役割の名前で彼女には本来の名前がない。そう聞けば『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は種族名である自身の事を思えば親近感を感じていた。
(……まあ、俺は彼女に殺されたけど……いや、生きてるから怒ってないが、出来れば次は金平糖じゃなくてストラップにしてほしいものだ……冗談はおいといて話してみるか)
 目の前に立っていた少女は複数のイレギュラーズと対話し臨戦態勢ではあったが対話の姿勢を持っているようにも見えた。
「さてと……金平糖にした俺を覚えてるか怪しいだろうから自己紹介をしようか……妖精鎌のサイズだ。
 キミは役職? クラス名で呼ばれてるが……他に名前はないのか? ないなら名前勝手につけさせてもらうよ……?」
 サイズの問いかけにジェーン・ドゥは応える事はなかった。ンクルスが名を与えようとしたときに自身をアリスと名乗った彼女はあくまでアリスでありたかったのかもしれないが――彼女は全てが曖昧な娘だ。サイズを金平糖にした『本人』であるのかさえ分からない。
「ペリジスト、とりあえず俺からは勝手にそう呼ばせてもらうよ? この名前は捨てるなり使うなり好きにしてくれ。
 さて、ペリジストさん、貴女は世界を侵食しまくってるけど何をなしたいんだ? 力を蓄えて神を探して殺すの?」
 答えない――サイズは溜息をついた。
「アリス」
「いいえ」
 その返答は質問への答えだったのだろう。個人的には神様を嫌いでそうした事ならば応援したいとは考えていたサイズだが、その推論は彼女には否定された。
「私が殺したいのはあなた達だもの」
「は?」
「狡いから」
 この世界に認められた『旅人』が、神さまが肯定して力を与えたイレギュラーズが狡い、とそう言うのだろうか。『フェアリーブック・ウェポンルーラー』を連れてこの場に来ることは叶わなかったが――サイズはジェーン・ドゥが手にしていた本が怪しいと感じていた。其処から漂う狂気は恐ろしい程であったからだ。
 ただ只管に走っていた昼顔は、漸くジェーン・ドゥの元へと辿り着いた。
 仲間たちと対話している彼女を見つめ、ぜいぜいと肩で息をしながら汗を拭う。
「くっそ、体育祭といい引きこもりにキツイイベントが多すぎる……!」
 確かに、引きこもりにはキツめのイベントが多い。無作為に歩くというのはそれだけの重労働だった。
(戦いたくはないけど……まあ、先達の為に拙者が此処で倒れれば味方の能力値アップできるし……)
 昼顔の傍らで紅璃はアリスを眺めていた。その躰から感じる気配が狂気という事か。そう思えば背筋に嫌な気配が伝う。
「元の世界に……自分が主人公だった世界に戻りたいの? それよりも、『これから』主人公になろうとした方がいいんじゃないかな」
「――なんて?」
 悍ましい声だった。紅璃の言葉を真っ向から否定する響きである。紅璃はぐ、と息を飲む。
「『昨日になんて戻れない。だって昨日の私は別人だもの』だったかな?
 私が知るアリスの物語はワンダーランドじゃ終わらない、誰が何を言ったかは知らないけど、そんな顔じゃ鏡の国でみんなが逃げちゃうよ?」
「逃げる前に壊れてしまうわ! 私の様に、あなたの様に、この世界の様に! なんだって!」
 紅璃は一歩後退する。彼女は微笑み続けている。其れだというのに瞳が笑っていない事だけは簡単に理解できる。
 彼女は――ジェーン・ドゥは『否定』を兎に角嫌ったのだろう。何故か、それは『イレギュラーズ』はそもそも可能性を帯びて世界に認められた存在であるからだ。
「狡い」
「狡い……?」
「あなたは、あなたたちは生きていたって赦される。この世界に、この世界に、この世界に」
 紅璃は直ぐ様にその場を逃げた。これ以上の対話は不可能だ。狂っている、そして『ひどく怒っている』
「ねぇ、ジェーン・ドゥ。君からすれば敵に違いないんだろう。
 だけど僕は赤の女王でも『だれでもない誰か』じゃない……僕は、星影 昼顔。星影 向日葵の息子だ」
 昼顔のその言葉を聞いた時、ジェーン・ドゥは何も言わなかった。
 簸る影とて、自身が産まれた理由には曰くがついて回る事を知っている。愛が間違っていると否定されたと手仕方がない。
 それでも、母は自分を望んでくれた。歪んでいるとしたって――『誰でもない』と、否定させない。
「あなたは狡いわ。望まれているだなんて羨ましい。そんな、自慢を私にしないで」
「自慢じゃない! 君だってそうじゃないの?
 作者に、読み手に、物語が終っても尚続きを想像する人達……確かに君は望まれて生まれた。
 ……それは君自身だって否定しちゃいけないんじゃないの?」
 昼顔の視界が暗転した。それが、ジェーン・ドゥによる魔術だと気づいた時、彼は咄嗟に手を伸ばす。鍵ではない。何でもないとそう怯えるならば一つ上げたい。
 絆を繋げるようにと願われて昼顔と名付けられた様に――
「再び会うのなら、せめて互いにとって、そこに希望がある事を。――ネリネ。君が良いのなら受け取って」
 落ちた華を拾い上げたジェーン・ドゥの笑顔は昏く淀んでいた。
「綺麗なお花ね?」
 危険な女であると、そう実感する。昼顔を護るように立った沙月は「世界から爪弾きになる事を嫌がる、貴女は世界から存在を認めて欲しいのですね?」と問いかけた。
「ええ」
「けれど、気に入らないから否定して、壊す。それでは世界の方も拒絶するのではないでしょうか?」
 アリスの瞳が沙月を眺めて、細められる。そうだ、今までの話を統合すれば、彼女の世界は混沌に融合し、彼女自身も組み込まれる可能性がある。彼女が駄々を捏ねるからこそ、世界が彼女を異物として払っているならば――
「組み込まれても私だけの物語なんてないわ」
「……どういう事でしょうか?」
「だって、『そんな事のやり方』教わっていないもの!」
 物語のヒロインは何時だって可愛く笑顔で、微笑んで。おしまいおしまいの言葉で全てを終えるだけだった。
 だからこそ、その続きなんて彼女の中には存在せずに――ジェーン・ドゥは駄々を捏ねる様に叫ぶ、ただそれだけだ。


「ああ、苦かったでしょう……」
『特異運命座標』司馬・再遊戯(p3p009263)はそう言った。渋い顔をしたイレギュラーズの数は多い。『外』で見守っている操は再遊戯の云うとおり『そうした経験がある』というように外で苦い顔をしているだろう。
「こういうところのお茶って割って飲むものですよ?」
 作法を知らない人が居るかも知れないとはっきりと聞き取りやすい声でそう言った彼女の傍でファン・シンロンは「お湯ですよ」と指さした。紅茶のお湯割りを作って見せる再遊戯はほら、とレーぶるを指し示す。
「お湯が入ってるのはこのお湯さしでミルクが入っているのはこれ。ミルクティーにしたい人はミルクを入れればいいです」
 日本――そして地球の様々な地の影響を受けて居る練達では紅茶は飲める状態で出てきているが、英国式となれば量を飲む為に現役で作り割るシステムであると丁寧に説明を続けていく。
 そうして普通のお茶会に勤しむ理由は二つ。好意と打算が半分ずつだ。紅茶を苦くて渋い顔をして飲むことを止める者が居れば紅茶もその人も可哀想だ。しっかりと紅茶を味わって欲しいと願う。
 マッドハッターがその様子に茶会を楽しんでくれていると気を良くしてくれたならば聞き込みも多少は増しに為る事だろう。
 紅茶を楽しみスコーンにクロテッドクリームをたっぷりと塗ってその様子を眺めていたいとぱくり、と齧って。
『太陽の勇者』アラン・アークライト(p3p000365)は「アランだ。お前の護衛っつー名目で来た……が、本当はお前と色々と話したくてな」とマッドハッターを覗き込んだ。
「ああ、よければ話そうではないか」
「……なら一つ目。アリスは何者なのか。俺ァ、境界の事については少ししか知らないが…そこの住民が、この世界に干渉するのは珍しくねぇのか?」
「私が観測したのは少なくとも彼女だけだ。迷宮の『穴掘り』をしているペリカ嬢はクレカと呼ばれた人形やカストル、ポルックスと名乗った双子もそれに当てはまると言っていたようさ!」
 境界親和性とやらの影響があるというのも現実離れした話だとアランは伺い溜息をついた。そも、混沌世界こそが現実離れしているのだが――
「結局のところ奴は大暴れして狂気を振り回すだけなのか?」
「私に聞かれても定かではないね。何故なら私は彼女の友人ではないのだから」
 アランはそれもそうか、と呟いた。
「さて、果ての迷宮の情報は逐一仕入れていたので、存在自体は知っていたが……
 アリス、ね。『不思議の国のアリス』は愛読書ではあるのだけれど、単にその物語と同一というわけでもなさそうだ。それは、マッドハッターがジェーン・ドゥとは別の場所から来たという意味で相違ないかい?」
 問いかけたゼフィラにマッドハッターは頷いた。お茶とお菓子をパーティーと共に楽しもうと笑みを浮かべた彼女は「アリスに聞いて聞くならお茶会に参加した住民たちの方がよさそうだ」とケーキを切り分ける。
「さて、ケーキを食べながらで大丈夫だ。アリス……ジェーン・ドゥと会った事があるのか、あるいはどういう人物か、というのは教えてくれるかい?」
「主人公さ! それ以下もそれ以上もないんだ」
 ケーキを齧る鼠は首を傾げる。さて、その言葉の意味を考えなくてはならない。ゼフィラの推論では『ジェーン・ドゥ』は『アリス』と呼ばれる役割にあてはめられる少女であり、この崩れ往く世界では間違いなく主人公だったのだろう。
「彼女は優しい子だよ!」
「ふむ? 私も物語に語られる身、彼女の境遇には興味がある。聞く限りどうも彼女は救いを求めているように思える」
 そう言ったのは『魔法の馬』シフカ・ブールカ(p3p002890)であった。馬の身であれども、礼は払うと優雅に腰を下ろし茶を嗜んでいたシフカは煙は抑えめにと気を配っていた。
「主でいられる世界を失って、主人公を彩る世界そのものになる……それも悪くはないものなのだがね。
 脇役! 舞台装置! 大いに結構!!
 『私』はもとよりそういうものだ。物語のタイトルとして名前を挙げられながらも!!
 ……けれど彼女にはとても耐えられないことなのだろう」
 シフカの言葉は全てを顕していた。アランの問うたジェーン・ドゥの行動原理。
 彼女はこのまま混沌世界に『融合』されたならばその個を捨てて主人公(わたしたち)を彩る世界になるのだろう。
 それを、彼女は耐えれなかった。
「……私にとっての主人、今の私の物語の主人公は『この世界』そのもの。それは揺るがないとも。
 さりとて彼女が『主人公の寄せ集め』であるならば、憐憫のような情を抱いてしまうのも本能なのさ」
 シフカの言葉を淡々と聞いていたマッドハッターは「君の言う通りさ!」と頷いた。
「あるいはヴィランとして、華々しく散ることもまた物語の登場人物の美しさの一つ……と彼女自身が思えればいいのだろうが。
 思うにエンドマークこそが彼女の救いになるのではないだろうか。
 めでたしめでたし、どっとはらい、Snip, snap, snout.
 彼女を本に戻したならば、そうして『終わり』を届けてあげたいものだ。……それとも、それこそが封印の方法なのかな?」
「封印ではないのだよ。終わりすらないのだよ。私達は悪戯にも国を護る為に彼女を追い出すだけに過ぎないのさ」
「この渡された『鍵』とやらで唱える呪文は『本へとお戻りなさい』でした、よね……戻る先の本を読めないのでしょうか……?」
 問いかけるアイリスにマッドハッターは「境界図書館ならばもしかすれば」と告げた。だが、そこで語られるのも彼女達を形作る要素だけなのだろう。
「練達はどうなる? ……いや、お前は、何を企んでる? マッドハッター」
 アランの問い掛けにDr.マッドハッターは目を丸くしたが、その後直ぐに可笑しいと云わんばかりに笑った。
 アランからすればマッドハッターというのは胡散臭い。胡散臭くて仕方が無いのは元からだが、アリスという存在が現われたことで純粋な臭いがしない予感がするのだ。
「私が疑わしいかね?」
「勿論。疑うなら身内も、というのは定石だろう。彼女について『知らない』と云ったがお前と操が観測した存在であるのは間違いないだろう?」
「勿論。それがマザーの――……練達の中央システムの意向であったから! ああ、ああ、こう言う時にどのように云えば良いのかは分からないが、操とファンより『そう問われたらこう答えなさい』と言われている言葉がある。この様な私の言葉を信じてくるかは分からないが、聞いてくれるかい?」
 芝居がかった口調はいつもの通り。彼の眸に僅かに滲んだ切なさが『其れが本音』で在ることを感じさせる。
「私は『こうした性格であるだけの至って普通の賢人だ』と云いなさいと言われている」
「……は、」
 拍子抜けしたかのようにアランは声を漏らした。
「彼女はアリスだが、私は彼女のマッドハッターではないのだよ。無数の世界が存在し、物語は星の数ほど。つまりは、私は君たちを敬愛する友人であり、彼女は私の愛する主人公<アリス>ですらないのだよ」
 つまり、マッドハッターはイレギュラーズが大好きなだけのお役立ち人間だという事なのだ。それも、操やファンお墨付きの――ちょっと胡散臭いが、限りなく『味方』なのである。


 何かに憤っていると、そう聞いていたシャルティエは彼女は怒っていて、恨めしそうで――少し悲しそうだと感じた。
 その矛先が世界だけじゃなくてイレギュラーズに向いているように気がするのは気のせいではないのだろう。

 ――八つ当たり。

 その言葉が頭に過った。ジェーン・ドゥの背後でトランプ兵たちがゆらゆらと揺れ動き、お茶会に参加していない愛らしい生き物達がイレギュラーズに怒り続けている。
「アリスは……、世界に認められた僕たちが、恨めしいの……?」
「ええ」
「だから、怒ってるの?」
「そうよ。そう。旅人として何不自由なかったあなた達を私は、酷く恨んでいるの。
 あなた達は何者にでもなれた。あなた達はこの世界で戦うことが出来た。
 羨ましい、羨ましい。……元の世界ならわたしたちは強かった。
 ……元の世界ならわたしたちは役割があった。
 次元の狭間なんだといって、世界から爪弾きにされる私達にだって!」
 叫ぶジェーン・ドゥの攻撃を、シャルティエは受け止めた。沙月は反撃しジェーン・ドゥの攻撃を受け流す。

 此処までの彼女との対話で判明した事は幾つも存在した。

 一つ、ジェーン・ドゥの世界『黄金色の昼下がり』は可能性や破滅の影響で世界に取り込まれようとしている。
 一つ、ジェーン・ドゥと世界『黄金色の昼下がり』はその状況でも抗った事で混沌に肯定されなかった。

 一つ、故に『認められた旅人』を――可能性を得て、英雄視されたローレットのイレギュラーズを酷く恨んでいる。
 だからと言ってどうするのか。
 それだから、はいそうですかと終わりにはならないと秋奈はにんまり微笑んだ。
「狂気、狂気ねえ。私ちゃんには狂気はわからないなあ。最初から狂ってるんだから。
 どう? 私ちゃんだって『アリス』なんだぜ? 荒っぽいお茶会だけどいっぱい聞かせてくれると嬉しいなっ」
 地を蹴った秋奈がジェーン・ドゥと相対する。イーリンは滝のように名をぶつけ続ける。
「さあジェーン! 貴方の欲しい名前は何かしら! ジャンヌ? シンデレラ? オーロラ? アリエル? ベルやジャスミンも素敵ね!」
 秋奈とイーリンの前でジェーン・ドゥは歯噛みする。此れまでの戦いでの疲労は大きく、統率を取られてはどうしようもないのだ。
「外に出て一体何をしようと言うのかね? 可愛らしいお嬢さん(フロイライン)。
 どうやら君は勘違いをしているようだ。特異運命座標は英雄なんて大層な存在ではない。
 俺に言わせれば、その辺の有象無象と一緒さ。ま、度を過ぎたお人好しというのが妥当なところだろう」
 虚の言葉にぐ、と息を飲んだジェーン・ドゥは「それでもあなたたちは認められた」と吼える。
「君はあまりに幼い。話にならん。悔しければいつまでも駄々を捏ねてないで、早く大人になりたまえ」
 溜息ついた虚の側でおずおずとイチゴのタルトを差し出した華蓮は「一つだけ聞いて」と静かな声音で云った。
「あなたに同情はしてあげられないのだわ……だってそうでしょう?
 今この場所で主人公は間違いなくあなた……少なくとも私にはそう見えているのだから……嫉妬するのだわ」
 この現状で一番アリスと精神性が類似していたのは華蓮であった。彼女は嫉妬している。
 多数のイレギュラーズの注目を集め、それでも尚、『なんでもない日のパーティー』の様に戦い続ける彼女が。
 酷く、酷く、酷く、妬ましかった。
「ジェーン……あなたが望んでくれるなら、共にあなたの物語を祝うキャロルでありたい。混沌がしなくても、私があなたを肯定したい」
 離れんにジェーン・ドゥは唇を噛んだ。虚が告げたように幼子の様に地団太踏んで。口をがばりと開ける。
「けど、わたしは消えちゃうわ!」
 本として残ったとしても。自身の自我が失われていくのは酷く恐ろしい。真白の世界は喪失の証。
 華蓮の事を妬むジェーン・ドゥにジェーン・ドゥを妬む華蓮。互いが妬ましくって仕方がない。
「私はね、あなたに必要な物は『物語』だと思うのだわ。だから踊って?
 あなたの為の物語を。なんでもない日のパーティーを最後の最後まで楽しみましょう?」
 望んでくれるならぎゅうと抱きしめてあげる。そう願って、ひとひらの思い出を作る為に華蓮は手を伸ばす。
「私もね、世界に突然引っ張り出されてきたのよ。『アリス(イレギュラーズ)』ってラベルを貼られてね。
 孤独で、空虚で、持って来れた物なんて何もなくて――だからアリス、隗より始めましょう」

 ――ああ、アリスよアリス。何故踊る。
 世界の終わりが怖いのかしら――

 アイリスが攻撃を重ね続ける。聖業人形・マグダラの罪十字と共に踊るように。
 ヒイラギの銀魂籠を揺らし、フェアリーシード(ウツロ)と共にジェーン・ドゥの前へと躍り出る。
 隙を付くかの様にユゥリアリアは鍵を投げた。小石を投げて驚いたジェーン・ドゥの『進行方向』へ向けて、帰り道の片道切符を投げ入れて。
「『本へとお戻りなさい』」
 唇孕んだ音にジェーン・ドゥは「何で!」と叫んだ。

「いや、いや、いやよ!! 此の儘消えるなんて許さない!」
「ええ、何れ遭うとは思っていますわー。その時がどうなるかは分かりませんけれど。
 私達は慎重に慎重を重ねて行動した。次は貴女もそうした方がよいのではないかしら?」
 ユゥリアリアの微笑に少女の睨みが鋭く刺さる。霞む様に消える少女の指先がびん、と伸ばされ、声が残る。

 ――『わたし』の物語じゃないなら、壊してしまいましょう!

 ――もう、一度を頂戴。

 ――今度は、うまくやるわ! わたしは、わたしは! ねえ、『お母様』!

●それが全てだった。
 ジェーン・ドゥの世界は『境界深度』が高まり、破滅と可能性に溢れた世界へと取り込まれることとなった。
 だが、しかし、混沌世界は彼女らを肯定せず、不在証明に置いて異世界の顕現は許されなかった。
 世界が肯定しなければ融合し、融和し、最後は世界そのものになるだけだ。

 奇しくもジェーン・ドゥは『イレギュラーズ』と『混沌世界』を認識した。
 半端にも彼女は『召喚されず』境界の案内人の様にイレギュラーズの前へと姿を現し、何らかの影響を帯びた上で外へと出てきたのだという。
 それが何であるかは分からない。それがどうした事かは分からない。
 ただ、彼女がそうなったのは紛れもない事実だった。

 茶会の席でシフカが言ったように――

『彼女は耐えられなかった』――主人公(イレギュラーズ)を彩る舞台装置になることが出来なかった。
 彼女がもしも『ヴィラン』として華々しく散る事を望んだならば、それは彼女が物語の垣根を超えた登場人物として唯一の生を与えられたのかもしれない。
 救いであったのかもしれない。

 唯一、分かる事は――彼女との共存方法は狂気の無き世界では見いだせない事だった。

成否

成功

MVP

シフカ・ブールカ(p3p002890)
物語のかたち

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加有難う御座いました。
アリスは本の世界に戻り……きっと、また戻ってくるけれど。
其れについては、また違うお話となるのでしょう。
それまで、しばしの間さようなら!

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