シナリオ詳細
<夏の夢の終わりに>雫伝う指先
オープニング
●
空のインクが落ちたみたいに、紫紺を広げるみかがみの泉で少女は出会った。
金の髪が風に揺れて、長い睫毛の奥に蒼穹を讃える青が見える。
視線を交したその瞬間に、きっと恋に落ちたのだ――
「ねえ、ロスローリエン」
「なあに、エレイン」
遊色に輝く秘密の花園。シルクの天蓋が引かれた寝台の中。
薄衣を纏い綴る言の葉。甘い果実のように熟れて。柘榴の実すら頬を染める様。
しとどに濡れて芳しき一時。蜂蜜酒のようにとろり麗しき睫毛に乗る雫。
この時間が永遠に続けば良いと二人は願った。
されど、運命は残酷に。
ある日突然『冬』は訪れた。
「冬の王を封印する為には、みかがみの泉の『妖精』である私の力が必要。そうでしょう?」
「だけど……!」
今にも泣き出しそうなロスローリエンの瞳。そこに浮かぶ雫にエレインはそっと指を這わせる。
どうしてエレインでなければならないのか。
他に方法は無いのかと憤るロスローリエンは、顔を悲痛に歪ませた。
「二人だけでは成し得なかった。冬に閉ざされてしまうだけだった、この妖精郷を救ってくれるという彼等の為にも。私たちが協力しないと」
「……っ」
勇者アイオン一行の助力は冬の王を封印出来る可能性を見出した。
生き残った妖精達が恐怖に怯えることのない世界を作る事が出来るなら。
「この身一つで、封印を成せるなら。使わない手はないでしょう?」
「だったら私も……! 二人ならより強固な封印になるわ!」
「いいえ。ロスローリエン。貴女の役目は冬の王に一太刀でも多く傷をつけること」
――生きて。
「黄金の剣を与えたのは、貴女が『剣士』ロスローリエンだったから」
――生きて。
「ねえ、ロスローリエン。お願いを聞いてくれるかしら? あの子達の女王様になってあげてほしいの」
――生きて。
エレインの瞳は揺るぎない覚悟と慈愛が満ちていて。
ロスローリエンは頷くことしか出来なかった。
●
――それはゆりかごでなく、棺へと産れ落ちた。
――それは冬と、死と、破滅を湛えていた。
――それは生命と呼べぬ、現象であった。
――それは自然の暴威、精霊であった。
淡い儚い夢の足音。
誰かを守りたかった。生きていてほしかった。
――『不変』を望んだのは、誰の心か。
「眠って、いたかった」
薄曇りのグレイアッシュ。
僅かに漏れる陽光の気配に『冬姫』イヴェルテータは目を細めた。じくじくと目の奥が痛い。
棺の扉を誰かがこじ開けたのだ。
その瞬間。
思い出した酷く心を苛む悲しみ。誰の為に流したのかも覚えていない涙と深い悲痛。
同時に湧き上がるのは怒りだ。苦しいまでの怒りが『冬姫』イヴェルテータを支配している。
この怒りや悲しみは誰のものなのか。
封印の依代、冬姫イヴェルテータの身体となった『湖の』エレインの願いか。
それとも黄金の剣を振るった『剣士』ロスローリエンの未練か。
「うう、『人間』如きが……!」
大精霊冬姫イヴェルテータの眠りを妨げようとは。
怒りの矛先は『人間』へと向いて居た。
たとえそれが滅びのアークの恩恵を受けた魔種であろうと、空繰パンドラの加護を授かるイレギュラーズであろうと精霊にとっては同じ『人間』にすぎない。
視界に入る全ての人間に憎悪を向けるイヴェルテータは自然現象そのもの。
冬の嵐と化していた。
――――
――
「さっむ……!」
身を震わせた『魔術師』ネィサン=エヴァーコールの肩に『叛逆の砲弾』アイザック・バッサーニは毛皮のコートを掛ける。
「あら、ザックちゃん優しいのね。アリガト」
「たまたまだ。向こうの部屋に人間用の服がいっぱいあったんだよ」
それよりもとアイザックは部屋の外を見遣る。
妖精城アヴァル=ケインの外は雪に覆われ冬の世界と化していた。
このまま留まり続ければ、完全に冬に閉ざされてしまうだろう。
それを阻止すべく動くであろうローレットとの全面対決もできれば避けたい。
タータリクスへの興味はあれど、己が死んでしまえば元も子もない。
「まあ、この辺りが潮時よねえ」
「あいつらが来る前に、こんな寒い場所は抜けようぜ」
面倒は御免だとアイザックが放ち、ネィサンもそれに頷く。
「じゃあ、また今度遊びましょうね。おチビちゃん」
「そうそう。まだアイツとの決着がついてねえからな。今度会うときが楽しみだ」
黒い獣はその腕を翼に変えて、ネィサンとアイザックを背に空へと飛び立った。
●
「ホワイトナイト、お前は僕の傍にいてくれる?」
冬に閉ざされた妖精城アヴァル=ケインの一室。
魔種タータリクスの再調整によりキトリニタスと変幻した『空蜂蜜瓶』ポテトチップは傍らの『白夜一閃』ホワイトナイトに向き直る。
「俺はチップの騎士だ。何時だって傍に居るよ」
きっと、この戦いが終われば。否、終わらずとも自身が何れ崩壊する事を二人は知っている。
他人によって生み出された命。他人を犠牲にして生きて居る命。
どうしようも無く、己の身は他人にとって害悪なのだと。二人は既に理解しているのだ。
それでも、絶対権限者の命令は二人の身体を縛り付ける。
逆らってはならないと遺伝子に刻み込まれているのだ。
自分では変える事の出来ない、雁字搦めの楔。
それに逆らうことが、どれだけ苦しみを伴うか。
神経を針で刺す痛みが全身に巡る。思考は奪われ、解放してほしいと願わずにはいられない苦痛。
それでも、チップを守る為に、ホワイトナイトはその苦痛に抗おうとした。
エラーを吐き続ける回路は焼き切れ、内蔵は既に機能していない。
そんな身体でキトリニタスに成れることは無く。
アルベドのまま戦場に赴くのだ。
「僕はこの子を……」
「分かっているよ」
ホワイトナイトは胸に手を当てたチップの言葉を遮る。
『フェアリーシードを帰したい』
それを言葉に出すだけでも苦痛を伴うはずだから。
されど、キトリニタスに至ったチップのフェアリーシードは深く融合して取り出す事は出来ない。
その事を二人は知らされていない。
腕を回しチップはホワイトナイトに縋った。
「僕が大切なのはお前なのに……!」
「大丈夫。分かってる」
ぽろりと零れた涙。こんなにも感情があって『生きている』チップとホワイトナイト。
だからこそ、妖精の犠牲の上で成り立つ命に、後悔を覚える。
自分が存在してはならないと強く思うのだ。
そして、フェアリーシードを帰すということは、永遠の別れを意味する。
仮初めの命だった。
それでも、隣に大切な人が居てくれたから耐えられた。
「短い時間だったけど、僕はお前と一緒に居られて幸せだった」
「俺もだよ。一番幸せで、大切な思い出だった」
チップは四つ葉のクローバーを取り出して輪を作る。
それをお互いの左薬指にそっと通せば、二人だけの小さな誓い。
この先。
「病めるときも」
――生きたかった。
「健やかなる時も」
――ふたりで。
「共に在ることを誓いますか」
――世界を見て回りたかった。
「はい誓います。死が二人を別つまで」
――生きていたかった。
涙色に染まる指先に。
この時間が永遠に続けば良いと――――
- <夏の夢の終わりに>雫伝う指先Lv:20以上完了
- GM名もみじ
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年09月02日 23時30分
- 参加人数51/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 51 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(51人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
ペール・ヴィオレットの妖気が漂い、冷たい風が頬を撫でていく。
表層に映し出される光景は美しさを彩り煌めきを帯びていた。
されど、美しさに惹かれ指先を氷の壁に這わされば、一瞬で凍傷になってしまう。
其れはまるで薔薇のようだった。
焔の如く燃え上がる赤と流水の様に流れる青の精霊。
美麗な光景は物語の世界だとハンスは思った。
「よくわからんが我らは目の前の奴らを全部倒せばいいのであろう?」
傍らの頼々がハンスを見つめる。
大物に獲物を叩き込むのも捨てがたいけれど、殲滅も得意だと頼々は口の端を上げた。
「往こうハンス! 虚刃流の力、奴らに見せてやろうではないか!」
「ふふ、往くよ頼々くん!」
先陣を切ったハンスと頼々は空気中の氷の結晶で頬が切れる程速く戦場を駆ける。
青い翼は華麗に空を舞い接敵した。
「さあ――端役には、御退場願いましょうか!」
目に見えぬ虚空の刃が唸りを上げる。精霊の真素を切り裂き霧散させる白刃。
「ハンス!」
相方の背後から迫る精霊の魔礫を、頼々は弾き返しじりりと間合いを取った。
背に当たる温もりが心強い。
交さぬ視線。されど、狙いは違えぬと頷き合う。
二人の後ろを俊足で駆け抜けるボディは頭のモニターが冷たくなっているのを感じていた。
此の儘では常春の妖精郷も何れ全土が氷に閉ざされてしまうと険しい表情を映す。
「迅速に。ここに似合うのは暖かさなのですから」
ボディの電子術式はプラズマを帯びて視覚として顕現していた。
緑色に輝く回路を拳に込めてボディは精霊へと蒼き彗星を叩き込む。
「別の場所で戦う方達がいます。邪魔はさせません。――だから打ち砕く。私の全霊で!」
「愛、を謳うには役不足では御座いますが。
いやはや何ともこう云う泥臭い役割はぼく等に似合いだとは思いませんか?」
「ええ、そうですね。ボクたちには丁度いい役目でしょう」
未散を抱えたヴィクトールは戦場となる城壁を潜る。
奏でましょう、無骨な靴音で闘争を
導きましょう、何者にも為れぬ者達を
届けましょう、翳した刃を心臓奥深く――
未散の調律の声が戦場に響き渡る。美しい旋律は奏者を鼓舞する祝辞。
奏で導き、届ける為の芳しき指揮者の指先。
その行く先を決して邪魔させてなるものか。
「闘争も、刃も何一つ、指揮者の貴方には届かせない」
紫電の咆哮が戦場を割く。その傍でブラッディ・レッドの血飛沫が舞った。
ヴィクトールは己が倒れる事を許さない。儚き獰猛が歩む道を阻む事を許さない。
「さ、行かせませんよ」
「――こう見えて、獰猛なんです」
微睡む夢の雫。戦場に旋律する――
戦場が何処であろうと二人は互いを欲する。
「さあルナール、何時も通り頑張ろうか」
「ああ、ルーキス行こうか」
紅の獣と月夜の蒼が戦場を彩れば、花咲く薔薇の如く漂う色香。
散らばる蒼雷の轟きは精霊を穿ち破砕する。
されど、この戦場は敵の陣地だ。砕けた破片が時間を巻き戻すように戻っていく。
「ああ、一筋縄では行かないようだ。そっちは任せた」
「分かってるよ。ちゃんと守ってね。おにーさん」
ルーキスは悪戯な笑みを浮かべて前に立つルナールを鼓舞した。
どんな戦場であろうとお互いが居れば安心できる。
力を思う存分奮えるというものだ。
「終わったら後学のためにそこらのアルベドの残骸も回収したいなー」
「愛しの俺の奥さんは、なんと残骸拾いする気だった?」
轟音が鳴り響く戦場において、それでも相手の声だけは聞こえるもの。
「ルナール先生も手伝って貰うから怪我は禁止だぞ!」
「怪我は――善処する!」
「皆の為の血路を開き、時間を稼がせてもらうわよ!」
黄金の瞳を上げイナリは吠える。
菱形に張り巡らされるペール・グリーンの魔力の檻。それはイナリを守る堅牢な陣地だ。
その上を飛ぶのは式神の鳥。俯瞰した戦場を見渡せば苛烈な戦いが繰り広げられているのが分かる。
迦具土神の神気を宿し放たれる閃光は敵の体組織を焼いた。
ジリジリと焦げる匂いに眉を顰めるイナリ。
されど、此処で引くわけには行かないのだ。
「まだまだこれからよ!」
「そうそう。露払いしてこうねえ」
イナリの声に頷いたのはブーケ。
倒しても湧いてくる敵にうんざりしながらイノセンスへと萌黄の視線を向ける。
「ただでさえ冷えるんに……」
創造主の命令に従い命を賭すなんて悲しい存在だと僅かに瞳を伏せた。
イノセンスの前に走り込んだブーケは身体中から染み出る血に呪いを乗せて脚を叩きつける。
瞬間に浮かぶ炎がブーケの瞳に映り込んだ。
最前線で盾を掲げるのはグレンだ。
既に彼の額からはアガットの赤が伝っている。
「盛大な歓迎痛み入るぜ」
自分専用に鍛え上げた天来聖盾ルキウスのお披露目会は大盛況のようだ。
「深緑の加護厚きこの地で、この俺にバッドステータスなんざ掛けられると思ってくれるなよ!」
祈りに守られたグレンは如何なる災厄も退ける不可侵の盾だろう。
敵の攻撃を物ともしない彼の鉄壁。
「こちとら手前を護り、生き延びる才能だけは芸達者なんでな。捉えざる幻影の如くってな!」
グレンに守られる形でエリスは戦場を見つめた。
「うう、年寄りには寒さがこたえますね……」
傷を重ねていくグレンに回復を施しながらエリスは肩を擦る。
これ以上寒くなれば生命維持さえ危うくなるだろう。
エリスが呪いの矢を解き放てば赤の精霊がうめき声を上げた。
炎は瞬き氷の戦場に揺れる。
「どうだ?」
「やはり強いですね」
グレンの声にエリスが応え、一筋縄では行かないのだとジルーシャも頷いた。
「この寒さは、きっとあの子の――いいえ、この子たちの心そのものなの」
どうしようもなく悲しくて、苦しくて。その心の叫びが形になった。
少しでも早く『あの子』の涙を拭ってあげられるように。
「力を貸して頂戴ね、皆」
エリスやグレン、精霊達もジルーシャの言葉に頷く。
戦場では一心同体。
人工精霊にジルーシャは向き直った。
「……ごめんなさいね。同じ精霊を傷つけさせるなんて辛いこと、アンタたちに頼んで」
どんな時でもジルーシャの味方だからと精霊たちは囁く。
「さて、つい最近まで木漏れ日がさす小春日和だった気がするんだが……」
冗談を口に含みマカライトは一呼吸肺に吸い込む。
平和そのものだった妖精の国で攻城戦を行うとは思わなかったと視線を上げた。
「まぁ、数を落とすか」
彼の周りには敵が無数に群がっている。
荒れ狂う巨大な戦斧は止まることの無い獅子の如き奮迅を見せた。
空気を裂きながら奮われる暴力。己が傷つく事を厭わないマカライトの意思。
「どうした、炎も氷も届いていないぞ」
彼を癒やすのはリディアとTricky・Starsだ。
「次から次へと鬱陶しい!」
『つか、ヤバくね?どんどん増えてる気がするんだけど……』
マカライトに回復を施し視線を上げたTricky・Stars。
留まる事の無い敵影に眉を寄せる。
敵が一番多いこの戦場は耐え凌ぐしか無いのだ。
「雑魚を蹴散らすとはいえども数が多いので、味方にも少なからず被害が出るでしょう」
「そうだね」
『でも、やってやらないとね』
誰が欠けても戦況は悪くなるのだ。自分が頑張れば少しでも損害を減らす事が出来る。
リディアとTricky・Starsは頷き歌を奏でた。
彼女達の指示の元、迷宮森林警備隊も動き出す。
「皆さんを援護します。力を合わせて魔物を蹴散らしましょう!」
「分かりました!」
迷宮森林警備隊の現場指揮はニャムリが務めた。
「それじゃあ……ひとまずはぼくたちで露払い、頑張ろうか」
青白い毛並みを空に浮かべ、的確に誘導していく。
「……そこ、敵だけ固まってるよ」
ニャムリの行動は警備隊に力を与えた。誰かが見守っていてくれるということは、戦場において心強い指針になるのだ。誰かが見て居てくれるならば己は突き進むだけでいい。
「そっちにいくと、囲まれるよ……」
「はい!」
眠猫の声は戦場に優しく響く――
ニグレドと対峙する黄金の瞳。
無量が持つ金輪が戦場に響き氷の燐光が刃に走った。
「如何に攻撃が早かろうと我が邪剣の前には無意味。後の先を取らせて頂きます」
一瞬の隙に突き刺さる攻撃、されど無量は避けない。
グレンの盾が無量の前に現れる事を知っていたからだ。
その盾の影から舞う剣筋。
「この者達も、何者にもなれなかった成れ果てなのでしょうか」
可哀想だと無量は思う。目の前の敵は生まれた意味すら知らずに彼岸へ向かうのだ。
せめて苦しまぬよう。一瞬の内に、命を散らせませう。
ごろりと転がったニグレドの頭。
ドロドロと溶けて、後には何も残らない――
●
遊色の瞳で戦場に立つホワイトナイトとチップを見つめる幻。
彼等の元となったリゲルとポテトには自分達の結婚式を見届けて貰った。
複製といえど、きっと彼等にはリゲルとポテトと同じ心が、お互いを愛する想いがあるのだろう。
幻は視線をホワイトナイトへと向ける。
「アルベドに、キトリニタスになって尚、あの二人はあの二人なんだな」
「ええ、その様ですね」
ウィリアムの言葉に幻が頷く。
リゲルとポテトの望み、願うこと。友としてウィリアムはこの戦場に立った。
彼等の背中を押すために。きっと上手く行く事を信じているから。
幻の夢眩は青い蝶の燐光を奏でる。想い夢見てホワイトナイトへと奇術が絡まった。
リゲルとポテトの複製であれば、自らが妖精の命の上に成り立っていることを知っているだろう。
心を痛めているのだろう。
だから、想いは紡がれる。願いが叶う事を祈るのだ。
「判るだろ? 俺達が望んでるのは、幸せな結末(ハッピーエンド)だけだって」
ウィリアムの声は戦場に木霊し、エイヴァンの耳にも入ってくる。
「かかっ! よく言ったなボウズ」
薄灰の毛並みは寒さを物ともしない。走り込んだチップの前。
巨体から繰り出される巨大なハンマーの残風。
寸前の所で身を翻すポテトの双剣がエイヴァンの腕をアガットに染める。
「へぇ、やるじゃねえか! そうでなくちゃあな!」
強い相手との戦いは何時になっても、湧き上がる闘志に心が躍るようだ。
ジョージは眼鏡の奥で眉を寄せる。
「全く、やり辛いことこの上ない敵だ」
仲間と同じ姿に苦虫を噛みつぶした。
されど、倒さねばならぬ相手。訪れる運命は破滅しかないのだ。
「仮初の命。そこに魂が宿ると云うなら、ホワイトナイト達。
貴様達は、生まれ変わりを信じるか?」
輪廻を。転生を。信じるならば。
仮初めの命なれど全力で相手するのみ。それがジョージの手向け。
次の生こそ祝福される命であるように。願いを込めるのだ。
ベルフラウは最前線に立つ。
「此処で打ち倒してしまえばそれこそ彼らはひと夏の幻、まるで蜃気楼だな」
しかし。そうなったとしても、彼女は決して忘れぬと真摯な瞳を二人に向けた。
仲間への攻撃を肩代わりしたベルフラウは温存すべき戦力を視界に入れる。
「私に出来るのはこの程度だ」
絶望に抗う等と大層な事を吐くけれど、所詮は人一人出来る範囲など決まっているのだと。
だが、それでいいと彼女はそれを肯定する。
此処で役目を果たさねばならぬ者のためならば喜んで踏み台になるのだと。
「さあ、行け! 行き止まりに視えたその先の光景を見せてみよ!!」
ベネディクト率いる黒狼隊へ声を張り上げる。
「分かった。先に行く」
戦場の只中を冬姫へが待つ泉へと走り去っていく仲間達。
「グルルルル……」
その頭上を竜の影が走る。
リゲルを乗せ滑空するアルペストゥスだ。
感じ取る想いは願い。継受の先。アルペストゥスは星を運ぶ。
暴風と共に現れたリゲルにホワイトナイトは剣を突き入れた。
「来たか。リゲル」
「ああ、想いを受け取りに来た」
交錯する刃。白い閃光が幾度弾ける。
冷たい風に翻るは銀閃のマント。靴が氷の床を踏みしめた。
戦場に響き渡る金属の摩擦音。
リゲルとホワイトナイトの視線が絡む。
「キトリニタスに至ったアルベドのフェアリーシードは、融合してもう元には戻らない」
「……っ!」
明らかな動揺を見せたホワイトナイトはリゲルから間合いを取り眉を寄せた。
「本当なのか」
彼の声に真剣な眼差しで頷くリゲル。
嘘無き眼。己のオリジナルだからこそ分かる。それが真実の言葉なのだと。
「せめてチップの願いを叶え心を救いたい。妖精は俺達が必ず救う!
君達を共に弔うと……引き離しはしないと約束する!」
リゲルの言葉は本当なのだろう。されど、どうして融合したものを取り戻せるというのか。
その答えを聞かなければきっと後悔をする。
剣を交えた先にしか得られないものがあるのだ。
ホワイトナイトはリゲルへと剣先を向けた。
されど、それを受け止めたのはグドルフの腕――
「グドルフさん!」
「俺の事ぁ構うな。やりてえ事を全力でやれ!」
今までだって無謀で無茶な無理を押し通して、不条理を壊してきたのだ。
そんな甘ったれた若い輝きを、進みたいと思う道を。
「進ませてやるのが大人の役目ってやつだろうよ!」
自分のアルベドならば遠慮無く殴れるだろう。
されど、目の前に居るのは若き星の調べ、その仮初めの姿。
反吐が出るほどに胸を掻きむしられるのだとグドルフは眉を寄せる。
「リゲル。ポテト。気張れよ!」
グドルフの声にリゲルとポテトは頷いた。
●
戦場は氷の泉へと移っていく。
歓迎するかの様に氷が美しい音色を奏で空を舞ったのをベークの瞳が捉えた。
吹きすさぶ雪の結晶は煌めいて弾ける。
「特に因縁とか妖精がどうとかはないつもりですが……」
ベークは青き対魔兵装を手に先陣を切る。
因縁が無いからと言って命が苦しみ、失われるを見て楽しめるような人間では無いと足を前に出した。
踏みしめる地面は滑りそうな程に凍り付いていた。
対峙するは騎士。受け止める刃は重たく鋭い。
「全く、厳しい戦場ですよ……!!」
「確かにな」
ベークの声に応えるように貴道が別の聖騎士の胴へと拳を叩き込んだ。
彼もまた身体を張って仲間を冬姫の元へ届けようというのだろう。
「一番強力なのは冬姫だろうが、コイツらも放っておけば中々邪魔になりそうだからな」
真正面からの打ち合いならば自信があると笑みを浮かべる貴道。
「おら、どうした!? 来ねえのかよ!」
挑発する言葉。重なる傷に痛みを覚える。
されど、ペール・グリーンの風が貴道の傷を癒やしていく。
視線だけ背後に送れば、ウィリアムが此方に手を翳していた。
「まずは取り巻きの掃除です。まだまだ先は長いですよ」
「ああ、そうだな!」
貴道のターゲットと合わせウィリアムも神光を放つ。
閃光は煌めき氷の聖騎士の鎧を破砕した。
「冬か……私の故郷も冬が厳しいところだったが、だからこそ知っている」
アクセルは目の前に吹きすさぶ雪の結晶を一掴み手に広げる。
冬は恐るべき季節に違いない。けれど、乗り越えられないものでは決してないのだ。
「お前が冬として暴威を振るうなら、私は人間の知恵を以って医者として皆を守ろう」
それは美しき暴君への言葉。
冬の知識があるアクセルは靴にチェーンを巻いて防寒具を着けていた。
それでも染みてくる冷たさはあれど耐えられないことは無いだろう。
戦場を駆け巡りながら傷ついた仲間へ回復を施していく。
エクスマリアは迸る迅雷を解き放った。
轟音と共に開かれる道に仲間達が走り込む。
その身を打つ氷の刃はアガットの赤を氷床へと叩きつけた。
「大自然の猛威、先の滅海竜には遥か及ばぬとはいえ、その力の強大さには、変わりないか」
口元を拭い視線を上げれば冬姫イヴェルテータの紫羽根が見える。
「目覚めて早々すまないが再び眠って貰おう」
妖精達は冬眠するつもりも無いのだから。
エクスマリアの傷を癒やす様に温かな旋律を奏でるのはメーコの歌声。
「大丈夫ですめぇ」
「ああ、すまない」
エクスマリアの褐色の肌は綺麗に再生されている。
「いえいえ。これがメーコの役目ですからめぇ」
夜空のような紺色の丸い瞳を細め笑顔そ見せるメーコ。
回復だけが癒やす術ではない。戦場での鼓舞も仲間を奮い立たせる言の葉。
「しかし、『春風のロスローリエン』か。妖精郷由来とは聞いていたが、さて」
「メーコも頑張るですめぇ!」
二人のかけ声はヘイゼルの耳に届いた。
溜息一つ吐けば白い霧となって流れていく。
「起されたことの怒りは、起した人にぶつけて欲しいものなのです」
緑瞳を向ける先は冬姫。そして戦場の動き。
大人数で動けば自ずと乱れが出てくるものである。
それをカバーするようにヘイゼルはは走った。
「自ら眠りに着くことが出来ないと云うのでしたら、御手伝い致しませうか?」
羊を数える助けでもすれば健やかに眠れるだろうか。
――貴女に眠りを、妖精郷に今一度の春を。
花丸とマルク、リンディスは仲間の為に冬姫までの道のりを作り出す。
氷の聖騎士がリンディスを狙うのを花丸は身体を張って防いだ。
腕に掛かる痛みと軋みは並では無い事を教えてくれる。
されど花丸は怯まない。その背には頼もしい仲間が着いていてくれるのだから。
冬姫へと一瞬だけ視線を向ける花丸。
御免ね、貴女を眠りから覚ましてしまって。今度こそ、貴女を――
永遠の眠りに誘うためにも。こんな所で自分が寝ていられるものか。
「負けないよ!」
可能性の炎を咲かせながら耐え凌ぐ花丸に、マルクは天使の歌声を届ける。
ペール・ホワイトの優しい光が少女を包み込み癒やした。
「ありがと!」
「まだまだこれから。……リンディスさん、状態異常の回復は任せる。僕は体力を支える!」
「ええ、私たちで支えて――冬姫の許まで、皆と行きましょう」
開かれたリンディスの本は魔力を帯びてルビーの輝きを帯びていた。
三人の視線の先。冬姫イヴェルテータへの道筋。
あと一歩。あと一筋で開く。
「皆さん、行きますよ」
三人の願いに呼応するように、リュティスがガーネットの瞳を敵影に向ける。
「――覚悟はよろしいでしょうか?」
凍てつく氷の泉に真素の奔流が解き放たれた。
それは、絶大な火力を持って打ち出される魔砲。
花丸が抑えていた聖騎士の動きを止めるには十分な程に研ぎ澄まされた一撃。
「冬の姫への道が拓けた! 今こそ突撃を!」
マルクのかけ声と共に、リュティスが拓いた穴に黒狼隊と東風が一気に流れ込む。
――――
――
「大精霊と謳われし、冬姫イヴェルテータよ!」
先陣を切ってイヴェルテータの前に躍り出る行人。
「何故それ程までに荒ぶるのかを教えてはくれまいか! 言葉も意思も、仲介は俺が出来る!
一度、静まられよ! そして対話を! 現状をご説明申し上げる!!」
鬼気迫る叫びに冬姫が行人へ視線を向けた。
「荒ぶる……? いいえ、私は荒ぶってなどいない。冷静に的確に人間に報復しているだけ」
人間風情が冬姫の眠りを妨げたのだから、これは正当な仕打ちなのだと麗しき口唇が告げる。
彼女へとリーディングを試みたリンディスと、目の前に対峙する行人は底知れぬ恐ろしさを感じた。
これが自然そのものの理不尽さなのだと。
泉のエレインと騎士ロスローリエンが願った『春』は未だ遠く。
それでも、リンディスの頁は進んでいくのだ。この苦渋の足跡も変化の兆しなのだと言わんばかりに。
東風が吹く。
冬姫イヴェルテータを前に唇を噛みしめる竜胆。
妖精郷の危機なぞ実感が湧かなかったけれど、いざ大精霊を目の前にすれば覚悟を決めざるおえない。
「―生きて帰るわよ、二人共」
竜胆の声に頷くフランとルル家。
走り出す三人はイヴェルテータの抑えに入る。
「雪の揺り籠より起こされた姫よ! 今度こそ永劫覚めぬ眠りへと誘いましょう!」
「はっ、小賢しいな」
冬姫の手の中に現れた剣は、剣士ロスローリエンの愛剣を象ったもの。
一振り奮えばルル家の胴にアガットの裂傷が走る。
「ルル家!?」
「はっぁ、力を温存して、抑えられる相手ではありませんね」
「ルル家先輩! 今回復するよ!」
フランはこの妖精郷と繋がる門を守ってきた一族だ。
この妖精郷を守るのが使命。春の温かさを取り戻す為にも、仲間を癒やすのだ。
されど、目の前に居るのは大精霊。冬姫イヴェルテータ。
一呼吸で迷宮森林警備隊の前衛が凍り付き、バラバラに砕けていく。
彼等とて精鋭部隊だったはずなのだ。
「な、何だかやばくないですか?」
「あー、そうだな。結構ヤバそー」
しにゃこを背に隠すように前にでた夏子は眉を寄せる。
冗談などではない。冬姫イヴェルテータは大自然の驚異そのもの。
「ルカ先輩がダチを手伝ってこいっていうから来たのに! 帰ったら、小遣い倍せびってやります!」
「頼まれた以上は任されるよ。けど、これは……」
ぐっと戦場の温度が冷えていくのをしにゃこは感じていた。
「敵さん、何か仕掛けてきますよ!!」
しにゃこの声に夏子は彼女を全身で覆うように伏せる。
瞬間、吹き荒れる氷の嵐。
夏子の背に突き刺さる氷槍。それは、身体を突き抜けしにゃこの頬に赤い血を落とす。
ぽたぽたと頬に垂れる血に視線を上げるしにゃこ。
「夏子……さん? 夏子さん! 夏子さん!!!!」
しにゃこの絶叫が戦場に響き渡った。
「このままじゃ危険ね。何か打開出来る方法は」
竜胆は眉を寄せてフランとルル家に視線を合わせる。
「今のままじゃ倒せないよ。きっと鍵が必要なんだと思う」
チップとホワイトナイトが持つ鍵。
「では、彼等が来るまで持ちこたえなければいけませんね!」
こくりと頷いて再度走り出す三人。
「面白くなってきたじぇねえか!」
にかりと不敵な笑みを浮かべるのは飛だ。
東風の三人とは別方向から冬姫へと接敵する。
「よお、お姫さんよお。そんなに起こされたのがご不満かい? 俺が子守歌を歌ってやろうか?」
「ほおどんな声を聞かせてくれるのだ? 悲鳴か? 命乞いか?」
余裕を崩さぬ冬姫の表情に飛は渾身の一撃を叩きつけた。
「へっ、ある可愛い女が言ったんだ。
冬は悲しい物語が多いけど新しい春に繋がるから私は冬が好きってよ?」
叩きつけられる暴力に冬姫の防御が僅かに崩れる。
全ての攻撃が効かない訳では無い。それを飛が身をもって証明していた。
「ご主人様が諦めておらぬのに私が諦めるなどできるはずがありません」
リュティスは氷柱に割かれた腕を押さえる。
此処で倒れるわけには行かないのだ。
「我が主の刃となりて共に敵を討ちます!」
だから、リュティスは立ち上がる。この身は主のためにあるのだから。
その間にも冬の嵐は吹きすさぶ。
アルエットは背後から迫る氷柱に気付いた。背を向けているラビでは間に合わない。
自分が動かねば四音が怪我を負ってしまうだろう。
魔術を組み上げる時間は無い。
アルエットは転がった騎士の剣を拾い上げ、四音へ迫る氷柱へ投げつける。
それは的確に氷柱を割り、四音のすぐ傍に転がった。
「おや、ふふふ。アルエットさんそんな業を何処で覚えてきたんですか?」
くすくすと笑う四音に眉を寄せたアルエット。
ああ、良質な悲劇の香りがすると四音は三日月に唇を歪める。
戦況は不利。
此の儘戦闘が続けば、イレギュラーズの負けが濃厚だろう。
「最早終わり決まった物語と思ってはいましたが。楽しめそうで良かった」
物語はそうでなければ面白くない。
●
何れだけ願ってもチップの中のフェアリーシードは外せない。
融合してカタチというものが存在しないのだと。
「あぁ……あ、ぁ」
ホワイトナイトに手を伸ばす。彼が自分の命を賭して守ってくれたのに。
絶対権限から逃れ、このフェアリーシードを返すために戦ってくれたのに。
何もかも無駄だったのか。
チップの瞳から透明な涙が止め処なくあふれ出てくる。
「うぁ……ぁあああああ!!!」
慟哭。魂の叫び。悲しみの嗚咽。
イレギュラーズの耳朶に響く悲痛な泣き声が木霊した。
「有難うホワイトナイト。チップを守ってくれて」
「……」
ポテトの声に僅かに息を吐くばかりで、もう言葉さえ語れぬ白騎士の姿に蜂蜜金の瞳は揺らぐ。
「お前たちも永遠の愛を誓ったんだろう?」
薬指に嵌められたクローバーの指輪。誓いの印。
「でも……済まない。お前達の未来を、命を助ける術を見つけられなくて」
その代わりにチップの望みを叶えたい。
叶えてみせる。
「戦わなきゃいけない運命も辛いものだね。敬意でもって君達の生き様を覚えておくよ」
ルチアーノの声が戦場を駆ける。
愛は尊いのだと。
ルチアーノの視線の先ノースポールが眉を寄せてチップとホワイトナイトを見つめていた。
チップを守る為にボロボロになったホワイトナイトの身体。
立ち上がる事さえ出来ない程に消耗しているはずなのに。
懸命にチップを守ろうと剣に手を伸ばしているのだ。
お互いを思う姿に胸が苦しくなる。
「あなた達の願いは、何ですか?」
精霊を返したいと願うのならば、ノースポールは運命を差し出しても良いと思うのだ。
彼等が友人のコピーだからではない。妖精を助けたいから。彼等の助けになりたいから。
ノースポールの想いはルチアーノにも伝わったのだろう。
でも、彼はノースポールを失うのはいやだった。
少女が運命を賭けるのならば共に在ろうと思えるほどに。
失いたくない。離したくない。
「私はポラリス。導きの星。困ってる人を助けるのが私の使命」
届け。届け。届け。
願いは祈りに。
可能性の光は降り注がない。
されど、想いは重なりアクアブルーの輝きが戦場を包み込む。
暗く澱んだ悲しみを纏う戦場に光が揺らめく――
誰かの為に命を散らす悲しき存在に救いの手を差し伸べるのは。
妖精の血に流れる古き記憶。
泉の妖精エレインを愛した剣士ロスローリエンの願い。
二人の瞳にある封印に宿った祈り。
ほんの僅かに生命の灯りを取り戻したホワイトナイトが瞳を開けた。
それは戦場に居る全ての人々が紡いだ、願いと祈りの奇跡――
「これを……」
ホワイトナイトが左目から封印の鍵を取り出しリゲルへと手渡す。
そして、チップを呼ぶように視線を合わせた。
「ホワイトナイト……」
何れだけ願おうとも現実はどうしようもなく残酷だ。
ぽたりと落とした涙は封印の鍵へと変じ、氷の床に音を立てて落ちた。
それを受け取ってアルペストゥスの背へ飛び乗るリゲルとポテト。
「お前達の事は絶対に忘れない。お休み、二人とも……!」
ポテトはぐっと歯を食いしばり落ちそうになる涙を堪えた。
まだ泣く時では無い。戦いはまだ終わっていないのだから。
「ノーラ、済まないが二人を守ってくれ」
飛び上がる竜の背を見つめながらノーラは頷く。
●
アイス・ブルーの煌めきは美しく。
その反面、冬の嵐は吹き荒び、何もかもを飲み込む脅威と化した。
ベークに庇われたウィリアムが夏子と迷宮森林警備隊を回復する。
それに加わるのはアクセルとメーコ。
エクスマリアとヘイゼルは一歩前に繰り出し戦場を見遣った。
ルル家は複数の足音と羽ばたきに気付く。
振り向けば、庭園から飛翔する竜の影があった。
「来た!」
手に入れたのだ。彼等はチップとホワイトナイトから鍵を受け取ったのだ。
それは己の複製を倒したという事に他ならない。
フランはぐっと涙を滲ませる。
「――鍵は此処に!」
リゲルの声にイヴェルテータは眉を吊り上げる。
「何故……!」
掲げた鍵はシリウス・ブルーの輝きを解き放ち、巨大な魔法陣を泉の上に作り出した。
封印の術式。二つの魔法陣が合わさって出来上がる眠りの調べ。
「今だ!」
リゲルの声にベネディクトは頷いた。
目に見える程冬姫イヴェルテータの力が落ちているのが分かる。
好機逃すわけには行かない。この地で命を懸け己が信念を貫ぬかんとする友の為。
白銀の槍を掲げベネディクトは走り出した。
「──勝利し、必ず全員で生きて戻るぞ!」
「勿論じゃ!」
炎を身に纏いベネディクトと友に駆けるのはアカツキ――否、黒狼に従う臣下の皆。
どんな氷でも溶かしてしまおうとアカツキは笑う。
炎の魔女の名は伊達では無いのだ。
「飛ばした炎では凍るのならば……妾の拳を燃やして叩き付けてやるのじゃ!」
一つの巨大な業火が冬姫イヴェルテータを覆った。
「かかっ! 一つではないぞ。業火は二度焼き尽くす!!!」
爆音と友に二度燃え上がったイヴェルテータの身体。
「貴女にとっては人間如きなのだろう
──だが、俺は人の持つ輝きを知っている。だからこそ抗おう! 貴女の齎そうとする結末に!」
ベネディクトは白銀の槍を掲げる。それは天地を揺るがす戦の号令。
魂の輝きを放つ閃光は銀槍と共に冬姫へと穿たれる。
それは黒き顎となりて大精霊の半身に食らいついた。
「――勇者王よ、御照覧あれ」
リースリットのスカーレットの瞳がイヴェルテータを射貫く。
冬の王を封印した勇者王アイオンの物語。
泉の妖精エレインと剣士ロスローリエンの悲恋の旋律。
「貴方達がかつて果たせなかったのならば、今、私達が果たします」
大精霊『冬姫』イヴェルテータの封印と枷、妖精の少女達の祈りと想い。
封じられた魔性、その全てを。共にその存在を。此処で断ち切り、終わらせるのだ。
空に廻る巨大な封印陣がリースリットの魔晶剣へ集約していく。
地を蹴り舞うように飛び上がった彼女の剣は緋色の炎を帯びた。
「永久に眠れ――――!!!!」
冬姫イヴェルテータの心臓に深々と突き刺さったスカーレットの封印は眩い光を放つ。
閃光の中、安堵したように瞼を落とす冬姫イヴェルテータの姿をリースリットは見たのだ。
眩い光が収まると同時に、分厚く覆われた氷が溶けていく。
視線を動かせば、雪を割って草木が顔を出す。
空に掛かっていた灰色の雲は消え去り、温かな常春の風がイレギュラーズの頬を撫でた。
――――
――
「ねえ、白パパ、白ママ。パパとママには内緒だよ」
ホワイトナイトとチップの間に入り込んだノーラは手を取って目を瞑る。
「今だけは、ノーラの本当のパパとママだよ。だからね、一緒に眠ろう」
ふかふかのベッドも子守歌も無いけれど。
それでも、二人の間はノーラだけの特等席。
「ノーラ」
「可愛い僕たちのこども」
崩れていくチップたちの身体。
されど、最後までノーラの温かさに触れていたい。
一緒に消えてしまう妖精の命も、仮初めの心も、確かに存在していた事を覚えていて欲しい。
クローバーの指輪を外しノーラの手の中へ。
永遠に枯れることの無い想いを込めて。
きっとこの一瞬は望まれなかった二つの命にとって救いだった。
皆の想いで紡がれた僅かな猶予。そして、ノーラが居てくれたから優しい気持ちで消えていける。
何も持ちえなかった二人が、想いを託すことが出来る。
「俺達の……、……」
「代わりに、世界……を見て、きて。みんな、で……」
「パパぁ、ママぁ! 大好きだよぉ」
どろりと溶けた液体の中。
浮かんだ妖精核。
最後に残されたのは、ぼろぼろと涙を流すノーラと。
ふたつのクローバー。
ひとつのフェアリーシード。
そして、託された想い――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
冬姫イヴェルテータは再び眠りにつき、チップとホワイトナイトは想いを託して消えて行きました。
二人が想いを託せたのも、皆さんが紡いだ奇跡のお陰です。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。
冬姫イヴェルテータ、そしてチップとホワイトナイトとの決着です。
なお、ネィサンとアイザックは面倒事は御免だと行方を眩ませました。
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どちらか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●目的
冬姫イヴェルテータの討伐、又は封印。
配下を出来る限り駆逐して、場を制圧すること。
●ルール
一行目:ロケーションのA~Cを選んで記載下さい。
二行目:同行者を記載下さい。
三行目からは自由に記述下さい。
●諸注意
他の依頼も含め、強い影響を受ける場合があります。
敵も味方も、増援等があるかもしれません。
●ロケーション
妖精城アヴァル=ケイン城内です。
いくつもの広い部屋があり、最奥に冬姫イヴェルテータがいます。
城壁、庭園、氷の泉の順番に進撃します。
上手いこと制圧出来れば、余力が残る範囲で勝手に他の場所を助けているものと見なします。
これによって戦闘不能等の不利な状況になることはありません。
-------------------------
A:『城壁』
妖精城アヴァル=ケインの城壁を入ったところです。
魔物が多く存在します。
思う存分に蹴散らして、無双してやりましょう。
敵が多いため、BやCに強い影響を与えるエリアです。
『ニグレド』×20
黒いどろどろのひとがたのモンスターです。
うすのろですが、中々にタフです。攻撃そのものは素早いようです。
オールレンジの攻撃を有しています。
『アルベド・イノセンス』×20
無垢なるアルベド。
何者にも成れなかった素体。
オールレンジの攻撃を有しています。
呪い、泥沼、苦鳴のBSを保有しています。
・人工精霊『赤』×10
少年の形をした炎の魔物です。
攻撃力が高く、HPとAPが少ないです。
神秘遠近両用。範囲攻撃あり。
炎系のBSを保有しています。
・人工精霊『青』×10
透き通った少女のような氷の魔物です。
攻撃力が高く、HPとAPが少ないです。
神秘中距離主体の攻撃。範囲攻撃あり。
氷系のBSを保有しています。
・増援
上記の魔物が毎ターン、少しずつ登場します。
-------------------------
B:『庭園』
極寒の庭園です。
場合によっては他の戦場からの敵増援が予想されます。
この庭園には冬姫イヴェルテータを封印するため二つの鍵があります。
一つはポテトチップの右目に。一つはホワイトの左目に。
封印をせずに討伐する場合は必要ありません。
二体はとても効率的に戦術的連携を取ります。
『空蜂蜜瓶』ポテトチップ×1
ポテト=アークライト(p3p000294)さんを模した生命体(キトリニタス)です。
双剣での攻撃を仕掛けてきます。
体力、防御力は高く。状態異常にある程度の耐性を持ちます。
遠距離魔法や回復も使うようです。
非常に強力な個体です。
『白夜一閃』ホワイトナイト×1
リゲル=アークライト(p3p000442)さんを模した生命体(アルベド)です。
双剣での攻撃を仕掛けてきます。
攻撃力、体力、防御力、命中は高く。ハイバランサーハイプです。
バッドステータス攻撃や怒り付与など戦術的にはキトリニタス相当。
非常に強力な個体です。
-------------------------
C:『氷の泉』
全てが凍りに覆われた泉です。
場合によっては、他の戦場からの敵増援が予想されます。
冬姫イヴェルテータと直接相対する、最も危険なエリアです。
『冬姫』イヴェルテータ
この依頼で最も強い敵です。
HP、AP、神秘攻撃、命中が極めて高いです。
他のステータスも優れています。
・青氷舞(A):神遠範、氷漬、停滞
・氷柱刺(A):神遠扇、失血、流血
・吹雪の声(A):特特レ、一瞬にして戦場全部を氷漬けにしたあと破砕します。
・氷姫(P):氷系のBSを受付けません。毎ターン凍結のBSを戦場にまき散らします。
・『泉の』エレイン(P):水場が近くにある場合、毎ターンHA回復します。
『冬の騎士』:×4
白銀の騎士の形をした精霊。
氷系のBS攻撃と高い攻撃力を有します。
物理系トータルファイター。
非常に強力な個体です。
『氷の聖騎士』:×2
青銀の騎士の形をした精霊。
氷系のBS攻撃と高い攻撃力を有します。
物理神秘両面系トータルファイター。
非常に強力な個体です。
●味方
『迷宮森林警備隊』×20
剣や弓、攻撃魔術、回復魔術等で戦う、精強でバランスの良い部隊です。
独自の判断でイレギュラーズと連携して戦いますが、指示にも従います。
Aに参戦します。
『妖精兵』×8
主に攻撃魔術、回復魔術で戦います。
Aに参戦します。
『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
神秘後衛タイプ。
回復や神秘攻撃を行います。
皆さんと同等程度の実力。
Aに参戦します。
『Vanity』ラビ(p3n000027)
神秘型トータルファイターです。
脚力を活かした攻撃を仕掛けます。
普段のぼやっとした印象からは打って変わって無駄が無い動きです。
皆さんと同等程度の実力。
Aに参戦します。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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