シナリオ詳細
ダイヤモンド・リリーの咲く頃に
完了
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オープニング
●夢の終わり
悪戯な魔女の魔法は解けた。
砂時計をいくら逆さにして落ちた砂を戻しても、流れた時間が戻ることはない。
——行ってくるね。
そう告げた男が、ローレットに戻ることは二度となかった。
凍てついた冬の村に生まれた一人の男は、ただの人間だった。
臆病で、小さな、ただの人間。
けれど、ただ一つ。彼には知恵があった。そして、彼は運命に選ばれた。
黒き狼の知恵となり、空翔ける浮遊島の舵を取り、類稀なる魔術師となり。
知恵と、勇気と。その全てを以って、奇跡を起こし――
記憶と、記録に名を遺す軍師となった。
●夢から醒めて
「綺麗な花が咲く庭園があるって、言っていたの」
藤色の髪をふる、と揺らした女――アーリア・スピリッツ(p3p004400)は、身体中の傷も、赤く腫らした目も、何一つ隠さずそう言った。
誰が、などと聞く者はいなかった。選択の時より一度戻った九人が、八人になっていたのだから。
一人「足りない」のは、瞬く間にローレットの知る由となっていた。
アーリアがじい、と見つめる傷だらけの掌は、確かに「彼」と繋いでいたのに――此処に、彼は居ない。
「行きましょう、今が一番見頃だって言っていたの」
アーリアはぽつり、と話し出す。
渦中の国――天義にほど近い幻想王国海沿いに、ドゥネーブ領という場所がある。
美しい海を臨むその町の片隅に、美しい花が咲き誇る庭園があるのだと教えてくれたのだ、と彼女は告げた。
元々は商家の奥方が趣味で弄っていた庭だったが、段々とその美しさが話題となり、隣の邸宅が引っ越す時には「家を壊すから土地全部庭にして頂戴!」と言われる始末。
ついにはその庭園はドゥネーブ、そしてその近郊でも知る者の在る場所となった。
季節ごとの花々を植え替えるその庭園の中でも、一番美しいと彼が言ったのが秋――ネリネの花の頃だそうだ。
豊穣では「彼岸花」と呼ばれ不吉がられるものとよく似たその花は、その庭園では赤、ピンク、白、オレンジ――と、様々な色が植えられ、慈しまれている。
「花はやがて枯れ、種を落とし、その種が春に芽吹き、また来年この場所に咲くけれど。
それでも今、あの花を観に行かなければならない気がするの」
だから、貴方も是非行ってみて頂戴な、とアーリアは告げ――ゆっくりと、テーブルに手をつきながら立ち上がる。
きっと、今この瞬間の平穏が恋しい日が来る。
喪って、掴んで、また喪って。その繰り返しが、得意運命座標の歩んできた道のりだった。
だから、今日だけは――この場所で、平和な秋の日を楽しもう。
- ダイヤモンド・リリーの咲く頃に完了
- Wisdom and Courage.
- NM名飯酒盃おさけ
- 種別カジュアル
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年11月23日 21時05分
- 章数1章
- 総採用数19人
- 参加費50RC
第1章
第1章 第1節
秋風が、ヨゾラの銀の髪を撫でる。
残り少なくなったティーカップに、傍らのミルクポットの残りを乱雑に流し込む。
最早ロイヤルミルクティーとすら言えない、温いミルクになったものを喉に流し込み――ヨゾラはひとつ、息をつく。
庭園の中心に建つガゼーポで、鮮やかな花を眺めて。
手慰みに摘まんでいたクッキーへと手を伸ばすも、指先は皿を掠めるだけ。
「……ご馳走様でした」
小さく呟いて、トレイを店員へと返す。
気付けば人の居ない木陰へとたどり着き、そのままずるずると座り込む。
幹へと背中を預けたまま見上げた空は、青く澄み渡り――あの空の上の浮遊島で過ごした日々と、「彼」を思い起こしてしまう。
いつだって「彼」は頼りになって。
あの時も、この時も――なんて考えれば、両の手だって足りない。
だからこそ、居なくなるなんて思ってもみなかったのだから。
(最後は君自身の意志を……願いを、叶えたのかな)
空を見上げれど、其処に星は見えず。
ともすればじんわりと滲む視界は――嗚呼、悲しいのか、悔しいのか、怒りなのか。
ヨゾラにとって「彼」は、星にも例えられる程眩しく、輝く魔術師だったのだから。
立ち上がり、空に向かい小さく敬礼を。
(不完全な僕は、君みたいにはなれないかもだけど……)
「……僕も、僕なりに頑張るから」
出来ることを、一つずつ、着実に。
そうして、僕自身の願いを叶えてみせる――そう、空に誓った。
成否
成功
第1章 第2節
「よぉ、一杯どうだ?」
ラベルの剥がれかけたボトルのコルクを開け、注いだ葡萄酒の濁りを確認せんとヤツェクがグラスを掲げれば、向こうに見えたのは此方を怪訝そうな目で見る美咲だった。
「うげ、それ年代物のヴォードリエじゃないスか。幾ら取る気なんです? 今私手持ちないですよ」
何せ無職になったんでスから――自虐を零せば、ヤツェクはくつくつと笑い空いているグラスを差し出す。
「何、一人で飲むには持て余してたんだ。付き合ってくれんか?」
「……それじゃお言葉に甘えて。私も愚痴りたいことがあるんで」
「ああ」
二十四年モノの、「彼」と同い年のヴォードリエを掲げる。
この杯は、ヤツェクにとって「ひと」を勝利させるための誓いであり、生き続ける為の誓いの杯だった。
そして、美咲にとっては――苦く、重い杯で。
「アンタは道を切り開いたんだ」
その道を次に繋げる為に、必ず帰還を誓うのだとヤツェクが言えば――美咲は「ぶっちゃけたこと言いまスね」とヤツェクではない「誰か」を見る。
「程々にな」
「……良いじゃないスか。文句あるなら言い返しに来りゃ良いんスよ」
「それもそうだ!」
ヤツェクに注がれた二杯目のワインを流し込む。腹に開いた穴からは――塞がったし出ないだろう。
「正直ね、彼以外の誰かが死んだらその面引っ叩いてました」
薔薇の咲いた庭園で美咲は「選択」に至る道を見て「聞いて」いた。
確実性のある「空中神殿のパンドラを切る」選択を彼は真っ向から否定していたのだ、と美咲は零す。
「ああいう全体主義的な理論の建て方、間違いなく正しいとは思いまス――でも、ほら私」
「全体とか情勢とか知るか、って側か」
「ご明察でス。だから、これで言い出した人以外が死んだらキレてました」
――尤も、その権利はあの時の自分に無かったのだけれど。
「だから、まぁ、彼も立派に仁義切ったなとは思いまス」
「本当にな。恨み節はつきねえが、妙に納得している部分もある。どう考えても、アンタはそう選ぶ、って確信があるさ」
何度世界をやり直しても、同じ局面で同じ選択をし、その覚悟は止められない。それがあの男なのだろうと、ヤツェクは理解する。
「だから、でスよ」
息を深く吐いた美咲の声は、それまでの調子とは程遠く。
「でもさぁ…本当に死ぬんじゃないよぉ……。
私たちそんな相性良くないけど、うまくやれてたじゃん……!」
グラスをテーブルに打ち付ければ、ぽた、と赤い雫が零れる。彼女がこんなにも感情を露わにしたのを見たのは、ヤツェクにとっても初めての事だった。
「全くよ。生き様貫きやがって」
(死ねなくなっちまったじゃねえか――嗚呼)
生きて、どんな地からも還って。そうして語り続けねばならないではないか。
ヤツェクは歌う。空へと届く、鎮魂歌を――
(……いい詩ですね)
キャスケット帽を深く被り、サスペンダーのついたシャツにジャケットを羽織った幻想の少年――否、鉄帝国の『歯車卿』エフィムは庭園を歩く。
此処は敵国だ。この花園も、決して凍ることのない港も、全て手に入れたい資源でしかない。それでも、彼は此処へ侵略でも、外交でもなく、ただ弔いの為に足を運んでいた。
「司令」
あえてそう呼ぼう。初めて舵を渡した時、彼は気恥ずかしそうな顔をしていたのを思い出す。
「この国は温かくて良い所ですね。こちらはすっかり冬支度をしています」
彼と、皆とで勝ち得た平和な冬が、やって来る。
(私は、貴方が敵国の人であると知りながら代表へと推挙しました)
正気を疑った者も居た。彼が幻想に名を轟かせているのは周知の事だったから。それでも、その判断に間違いはなく。誇りとさえ感じている。
「貴方は掛け替えのないリーダーでした――マルクさん」
名を呼ぶ。彼と並び、執務室で議論を交わすのは、どんなに高揚したか。
「……まさか、本当に還らないとは思っていませんでしたよ」
運命は何故、かくも失われてはならない命を召し上げてしまうのか。悪夢のような一報が飛び込んだ日から、悔しく、悲しく、寂しく――どうしようもないのだ。
(私がそちらへ行くのは、まだまだ相当な時間がかかりそうですから)
はにかんだような優しい微笑みを見るのは、当分先だろう。
「……さて」
歌う男と、大分目が据わった女の元へ向かう。そろそろ止めねばならないだろう。
「失礼、ご同伴に相まっても?」
此方を向いた二人の顔は――成程、傑作だった。
成否
成功
第1章 第3節
――静かだ、と思う。
歌が止んだ。白昼に星は瞬かない。
それでも、星の声が聞こえず、身体の軋まない日はまだどこか、正純にとって白昼夢のようで。
穏やかなこの場所には、姦しい聖女も、やけに懐こい黒髪の遂行者も居ない。珍妙な茶会は、どうにも心がざわついて落ち着かなかった。
あまりにも実感が湧かないのだ。彼と帰れなかったことも、本当に彼がもう居ないのも。
アドラステイアでも、アーカシュでも――何時だって彼の声は心強かった。仕事で顔を合わせる度に、彼が居ると解ってどれほど胸を撫で下ろしたか。
(今回だって、残る方の中にあなたを見つけて、心から安心したんです)
彼が居れば、共に苦境を乗り越え、皆で帰還できるのだと――そう思っていた。願っていた。信じていた。
それでも、彼は此処に居ない。
(……いつまでも引き摺っては居られませんか)
両の手で頬を叩く。右の頬に当たる義手の金属の冷たさは、熱くなる頭を冷やしてくれた。
奇跡の代償に、神よりの贈り物を失った正純はもう星の巫女でもない、ただの小金井・正純という女でしかない。
(それでも、貴方の死を偲ぶことはさせてほしい)
共に戦った仲間へ。信ずべき友へ。
どうか、貴方の旅路が善きものであるように、と願い、祈る。
「今までありがとう、マルク・シリング。
かっこよかったよ」
掌を開く。
手にしていた花は、風に乗り高く舞い上がり――彼方へと飛んで行った。
成否
成功
第1章 第4節
ネモネの花が咲き乱れる庭園を、星穹とヴェルグリーズが歩く。普段ならば横並びで、隣を見れば互いが居て――けれど今、ヴェルグリーズは先を行く星穹の背中を見ている。
彼女が姿を消してからの日々は、不安で圧し潰されてしまいそうで。それでも「お母さんは?」と問う子供達を心配させまいと「すぐに帰ってくるよ」と頭を撫でた。
そうして帰ってきた彼女は「時間が来たんです」と再び出掛けていき――二度目の帰還は、酷い傷と、喪失を伴っていた。
「……私は、思うんです」
足を止めた星穹は、此方を振り返らない。肩を抱きその顔を覗き込もうとして、その手を止める。
「『彼』は、私を押し退けて。きっと、私が受けるはずだった傷を負ったのです」
星穹は続ける――此処に居るべきは。この満開のネモネを眺めているのは。自分ではなかったのではないか。聖竜の炎を前に、間に合わない、と本能が理解した。仲間も、自分も、護れないと――その時、身体が「彼」に押された。風が吹いた。
「私は、盾でした。あの時ですらも――盾、だったはずなのに」
皆で生きて帰ろう、と繰り返した。何度も何度も、念じるように。それは願いでもあって、呪いのようにも思えるもので。
「生きていて欲しかった、なんて。まるで、傲慢ですね」
「星穹」
名を呼べば、ゆるりと星穹は振り返る。自嘲気味に笑う彼女は、酷く痛々しい。
「貴方に会えて嬉しいのに。私が此処でこうやって息をしていることすら、許されないことのように思えてしまうのです」
「……違う。違うんだ。キミの力が足りないとか、傷を受けるはずだった、とか」
ヴェルグリーズにとっても「彼」は知らぬ人ではなく――故に、彼にとってその時それが最善だったのだろう、と続ける。
「彼が為したことを、判断を。信じてあげてもいいんじゃないかな」
「けれど!」
星穹の蒼の眼が揺れる。違う、泣かせてしまいたいわけではないんだ。自分とて、彼を悼む気持ちはある。
(もしそれが――彼が、星穹の運命を変えていたのなら)
「俺は、彼に返せない大恩が出来てしまったな……キミは間違いなく、今ここにいるんだから」
悔しさと、惜別と――それ以上の感謝を、彼へと送ろう。
星穹の頬へと手を伸ばせば、つ、と零れた水滴がヴェルグリーズの手を濡らす。いつだってこの手は、星穹の陽だまりだった。
「私はきっと。あのまばゆさに包まれた彼のことを忘れては、いけないんです」
「うん」
「けれど……ねえ、ヴェルグリーズ」
「何だい?」
星穹の答えは言葉ではなく、胸に飛び込む彼女自身で。
「……ごめんなさい。胸を、貸して頂けませんか。きっと、今しか。泣いて居る時間も、無いと思うのです」
震える肩と、胸元の濡れた感触に――腕を伸ばし、沢山の物を背負い、護り、喪った彼女の背中を抱き締める。
「勿論、気の清むまで。よく無事で……おかえり、星穹」
小さな「ただいま」は――腕の中で、嗚咽に交じっていた。
成否
成功
第1章 第5節
午後の西日が差すテーブルにはティーカップが二つ。座っているのは、ベネディクト一人。手の付けられていないカップの前に何時だって座っていたのは、比類なき軍師であり、喪った友だった。
「大きな損失だよ、戦いを続けている以上は誰かが欠ける事は覚悟していた。だが、まさか君からとは……」
この場所は、ベネディクトとマルクが幾度となく足を運んだ場所だった。彼とは此処で何度議論を交わしたか。港の問題。次の戦での動き。執務室で煮詰まった時、此処へ来るのはお決まりになっていた。そんな日々が続くと当たり前に思っていた。
気恥ずかしげに金色の褒章を見せた彼に祝福を送った時――彼は最後まで戦い、生き抜き、世界を救うと思っていた。
(……それも、只の俺の願望だったのだろうな)
冷えた紅茶を飲み干し、真直ぐ前を見据える。
「マルク・シリング。我らが黒狼の軍師よ――これから先、君以上の軍師に出会える事は無いのだろう」
三年前の冬、彼が黒狼の剣となった日に、彼は一人で出来ることは限られていると、だからこの旗の下でより多くの人を助けられると言った。
「――本当に、君という男は」
彼が成し遂げられなかった事を、引き継ごう。
見せてくれた景色がある。開こうとした道筋がある。
「貴方が王だと傅ずいてくれた君に応える責任が、俺にはある」
「……また来るよ、次に来る時は戦勝報告だ」
黒き狼の物語を、未来に紡ぐため。騎士は、立ち上がる――
わおん。聞き慣れた鳴き声に、リュティスがベンチの足元を見やれば――近づく冬に、丸さを増した一匹の犬。
「……おや、ポメ太郎。一人でどうしたんです? ご主人様は」
ほら、と傍らに置いたチーズを足元へと一つ。いいんですか!?と見上げる顔に「今日だけですよ」と釘を刺した。
この地で過ごすようになり、三年が経った。
長いようで短くもある日々は、ずっとこのまま平穏に続くと思っていたのに。
(色々な戦いを駆け抜けてきましたが……馴染みの顔がもう見れないというのは、少し寂しいですね)
書庫で、庭で、何時だって本とペンを片手にしていた人。
彼は、紛れもなく「黒狼の頭脳」だった。
騒がしい訳でもない、皆で居ても彼が喋らないことだって可笑しくない。
それなのに、一人欠けたことが――あまりに、重い。今だって、そこに居るかのように思えてしまうのに。
(これも、最後の時に傍に行かなかったからでしょうか?)
その場に彼と共に在れば――もしも、が巡る。
助言を授けた将はもう居ない。それが今も信じられない。
「ですが、いつまでも落ち込んでばかりもいられませんね」
駄目だよ、リュティスさん。なんて、彼に叱られそうだから。
彼の生きた証を刻み込んで、前へ進む。
(いつか次に会った時、誇れる道を歩んでいきたいですね)
それがきっと、手向けになるから。
「行きましょうか、ポメ太郎」
歩き出す。己が信じる道を、示す人の元へ――
成否
成功
第1章 第6節
はらり、枯れ葉がタイムの眼前を掠め、膝の上に置いたメモに落ちる。
掬い上げたそれにふ、と息を飛ばし、指先で筆跡をなぞる。
薔薇の咲き誇る庭園で、彼が座っていた場所に残っていたメモ帳。タイムが見つけたそれは、真剣な顔をする彼に後で渡そうと仕舞い込んでいたものだった。
(……後で、が来ないなんて思ってもみなかったな)
理路整然とした彼の印象からは少し離れた、思考や単語が乱雑に羅列されたメモ。その中に書かれた「ノシーナ」の文字に、あ、と声を零す。
(これ、わたしも一緒だったお仕事だわ)
ノシーナという町で悪徳司祭を捕縛する仕事。右も左も知らない頃の自分にとって、彼は頼りになる存在だった。賢く、強く、真面目な人――そう思っていたのに、縁あって黒狼の一員となってみれば、ポメ太郎にボールを投げて遊ぶ姿をよく見かけて驚いて。そんな姿に、ほっとしたのも事実だった。
「新年会に、キャラバン! お仕事も、それ以外も一緒に居ることが多くなってたのよね」
今年も、来年も。ずっと、そんな景色が続くと思っていたのに――あの戦いの中で名を呼んだのが、最後になってしまった。
本当は膝を抱えてわんわん泣いて、間延びした声に慰めてもらいたい。
けれど、それは全てを終えてからだ。
「どうか、見ていてね。あなたが託してくれたその先を、皆と一緒に紡いでいくわ」
だから、このメモは預からせてね。
タイムの指先は、彼の知恵を辿る――
成否
成功
第1章 第7節
「あの時のマルクさん、すごい顔だったよなぁ。ポメ太郎の悪戯に巻き込まれて――くく、思い出しただけでまた笑えてきた!」
偶然にも――否、必然のように集まった黒狼の輪で、風牙は語る。明るい調子で、笑顔で。
逝く仲間を見送るなら、笑顔でないと。みっともなく泣き喚いた姿なんて見せたら、あの人に困った顔をさせてしまうから。
「最初に出会ったのは……あーそう、本がたくさん置いてある喫茶店だったな! オレは本って眠くなるんだけど、マルクさんはずっと真剣に本読んでてさ。
本が好きな優しいお兄さんだと思ったし、今みたいに頼りになるとか思ってなかったなー」
それが、共に黒狼の牙となり、肩を並べて戦う内に、これ以上ないほどに頼れる人になったのだと風牙は続ける。
「オレは難しい作戦とかよくわかんねーし、『ガーっていってヤーって突く!』って言ったらすげー丁寧に説明してくれて、今も戦う時に一瞬冷静になったら教えてくれたことを思い出して、だからこれから――これ、か、うぁ」
気付いてしまった。これから彼が、教えてくれることは二度とないのだと。彼はもう、居ないのだと。
「あれ」
ヴォ、エ˝、ヴァ。声にならない呻きが漏れる。前も見えない。呼吸ができない。目から、鼻から零れ続けるものを止めることなどできやしない。
困らせてしまうだろうか。あまりの醜態に引かれるだろうか。
けれど、今だけは。
みっともなくたって、いいだろう?
成否
成功
第1章 第8節
誠吾の耳に、聞き慣れた仲間の声が届く。その声から離れるように庭園の隅へと向かえば、植え替えを待つ一角、枯れかけた芝生に腰を下ろす。
目を閉じれば、黒狼での日々と――彼と過ごした記憶が駆けていく。
「マルクさんが、この世界で初めて亡くした『仲間』になるなんて、な」
異世界召喚。嘘みたいな出来事に巻き込まれた時は、ゲームかアニメかと思ったものだった。やがて現実と知り、戦うことを選び――そして、人の命も奪った。指先に残る命の終わりの脈動は、夜毎思い出すもので。
(解っていた。殺し合いの場に赴く以上、自分だって、誰かだって、命を落とすことはある)
それでも、考えないようにしていた。それを意識すれば、何かが崩れてしまいそうだったから。
「支えなきゃ、って考えたんだけどな」
軍師が消えたことの大きさ。そして何より、主と慕う騎士は、彼――友と共に戦い、その最期に立ち会った。
その心を支えるのが、従者としての正しい在り方なのだろう、と理解はできる。それでも――
「マルクさん。いなくなったなんて、嘘だろ? 『遅くなりました』って戻ってきてくれよ。
今なら皆、なんだって笑って許すからさ……!」
声が掠れる。寂しい。悲しい。叫び出したい。
けれど、皆の前でそんな姿は見せられない。心配させてしまうから。だから。
「……どうか、安らかに」
零れる雫は隠さずに――なあ、誰も見ていない場所で泣くくらい、許してくれよな。
成否
成功
第1章 第9節
咲き誇る花々を眺め、ルカはベンチに腰を下ろしたまま空を仰ぐ。空を仰ぎ見ることはいつの間にか癖になっていたが、今日の雲の流れは速く、上空の風が強いのだろうと思案する。
「寂しいもんだな……」
元より傭兵の家に生まれた己にとって、幼い頃から死は日常だった。昨日頭を撫でてくれた者が腕のない骸になった。肩を並べ戦った者が、振り向いたら死んでいた。
(こんなもん慣れっこで、悲しみなんざ感じねえと思ってたんだがな)
朝焼けが美しいあの高原で彼と飲んだ酒と同じものを手に取ったのは、感傷だろうか。あの夜、珍しく深く酔ってガキくさい恋の話をして――
無二の友から、彼は強大な炎に立ち向かう為、風を起こしたのだと聞いた。いつか彼は「皆を死から遠ざけたい」と言っていた。その言葉通りの散り様だったのだろう。
「いくらなんでも、そりゃあ格好良すぎるぜ」
喉を流れるブランデーは、あの夜と同じ筈なのに――酷く、苦い。
「そんな死に方されちゃあ文句の一つも言えねえじゃねえか、馬鹿野郎」
恨み言を零す。そんなこと言われてもな、と笑うだろうか。
「なぁ、マルク。皆を守ってくれてありがとうな」
一人の命と、多数の命と。比べるものではないと思っていても――確かに、彼に救われたのだ。
「会いに行くのはもっとずっと先になるけどよ……その時にはお前に負けねえ良い男になっておくぜ」
だから、のんびり待っててくれよ――これは、一人の男の誓い。
成否
成功
第1章 第10節
――アーカーシュの魔術師が喪われた。
グリーフの瞳に映った彼の感情は、どんな色だっただろうか。時折グリーフの赤い瞳には、他者の感情が色となり見える。浮遊島で何度も対話をしたはずの彼の色。
(前に立ち、決断し、責を負い。誰かが選択しなければ進まない中で、けれど、それを自分が為す)
何度もその姿を見てきた。彼は、それができる人だった。きっと、「選択」の時だって、彼は声色一つ変えず、決断したのだろう。
(――けれど、彼は機械ではなくて)
世界は彼を特異運命座標として選んだ。けれど、それは『魔王』や『勇者』といった力あるものではなく――特異ではあって、特別ではない「人間」だった。それは、グリーフも同じで。
あの日「彼女」の残滓を探して島を歩いて祝勝会に遅れて顔を出せば、真っ赤になって酔い潰れていた。そうだ、浮遊島の皆で写真を撮った時は――苦手だと、笑っていたか。彼は、あまりにも「人間」だった。
それでも、彼は人間として確かに生きて、あの島の舵を取り――最期まで、誰かを護った。
「……私にも、出来るでしょうか」
首から提げた、紅の石に手を伸ばす。ラトラナジュ、と口にすれば、手の中の石が温もりを増したのは気のせいだろうか
(彼女が居た、護ったこの世界の為に――私は)
「マルクさん」
名を呼ぶ。彼が、人として抱き、見せた感情。
或いは、その胸の内に留めた色。
その色を、グリーフは決して忘れることはない。
成否
成功
第1章 第11節
「花を、摘んでいいだろうか」
花冠を編みたいから。エクスマリアが言えば、庭の手入れをする女主人は快く申し出を受け入れた。
エクスマリアの蒼い瞳を見た女主人は「ゆっくりしてくださいな」とエクスマリアの髪を撫でる。
(……解りやすかったのだろうか)
瞳の奥の感情は、自分では整理しきれず。それでも「伝わってしまう」のだから、神の贈り物は皮肉なものだ。
しゃがみ込み、指先で摘まんだ花を編む。この行為に特別な意味などなかった。ただ、ぽつりぽつりと彼の言葉を思い出す中で指先を動かしていたかった。
強く、賢く、優しい男だと思った。
幾度も共に戦った。後方より魔を操る者として、肩を並べた。だからこそ、選択をした時も――「勝つつもりだ」と告げた。そこには己が望みがあった。そして、彼が、仲間が居たからこその言葉だった。
心臓を祓った時も、瞳を祓った時も。そこに彼が居なければ、どれ程の苦境となっただろうか。
花冠を編み上げた手が止まる。
「……ごめんなさい、マルク」
謝罪を。喪った者に言ったとて、受け取っては貰えないだろうけれど、それでも。
「ありがとう、マルク」
感謝を。どうか、安らかな場所で眠れますようにと。
「さようなら、マルク――なあ、この花冠は何処に供えたら良いだろう?」
惜別と――花弁の舞う空に問いかける。
青空だというのに、花冠に一つ、雫が落ちる。
「ああ、雨か……」
掠れた声は、青空に溶けた。
成否
成功
第1章 第12節
淡いイエローのネモネが咲く中、同じ色の裾が靡く。頭上の青空と同じ色の髪を揺らしたのは――テレーゼ・フォン・ブラウベルク。幻想南部・オランジュペネの貴族令嬢であった。
(今日は、ローレットの――得意運命座標の皆さんの、貴方のための一日。私が此処へ来るのは迷惑かも――)
テレーゼには、迷いがあった。それでも、此処へ来た。目を通すべき書類があるのにそれを明日に回したと言えば、貴方は叱るだろうか。けれど――
「貴方にお世話になった私が来ないのは、やっぱり違うのかなと」
そう思えば、出発は早かった。
依頼をする側と、受ける側。初めはそうだった。最初に依頼したのは、民衆の護衛だった。ブラウベルク城へと向かう民を、彼は護ってくれた。それから、幾度となく助けられた。伯父との戦いも、そこからの復興も、あの帳の中だって――嗚呼、あの時彼が掲げた旗は、手元に還ってきてしまった。
いつの間にか、主従でもあり、友人となった。両の手で抱えきれないほどの思い出を貰ってしまった。彼と出会い、多くの日々を過ごせたことは――生涯の中で、これ以上に無い思い出の一つになった。
「貴方の下へ行くのは、随分と先になると思います。私には、やらなくてはならないことが沢山あるんです」
いつか、また出会えたら。その時は、きっと沢山の思い出話ができるだろう。だから――
「お休みなさい、マルク・シリング」
暁の盟友へ。どうか、安らかに。
成否
成功
第1章 第13節
ネリネの花畑――丁寧に剪定されたその庭園は、ライにとって何処か懐かしく。そして同時に、ほんの少しの居心地の悪さを思い出す。
(実家みたいだな、なんか。いつも知らない名前の花だらけだった)
不自由ない暮らしは、ライにとって不自由で、窮屈で。故に自由を求めて家を飛び出し――呪いによって人の姿を失い、混沌へと転移して。今は戻れぬ地と似たこの場所は、それでいて好ましい雰囲気なのだから不思議なもので――あの穏やかな彼が好きだったのにも得心する。
(……アイツには、アーカーシュで世話になったな)
冒険者ではあれど、戦う事に慣れない自分は、どれ程頼りにしていたか。彼がある日レリッカの広場に制服で現れた時は、すぐに己も仕立ててもらい――皆に見せれば着こなしを褒めてくれた。
「アレ、今でも結構気に入ってるんだぞ」
皆で撮った写真だって――忘れ得ぬ思い出になってしまった。
その選択を否定するつもりは毛頭ない。己が決断したものならば、その結果はどうなろうと、その意思は尊いものだから。
「……でもよ、先立たれるってのは寂しいもんだ」
例えば、いつか身に宿った呪いが解け、人の姿に戻った日が来たら。顔を見せれば、どんな反応をしたのだろうかなんて思ってしまうのだ。
「……っし!」
小さな両の手で、頬を叩く。落ち込むのはらしくない、そう気合を入れて。
彼に恥じぬような生き方をしていこうと、小さな身体に決意を込めた――
成否
成功
第1章 第14節
――紫煙を吐き出す。肺の奥までこびり付いた思いごと、全て吐き出すように、と。
(なぁ、マルク)
心の中で呼びかける。この世界へと転移する前から、天川にとって戦いは日常だった。そうして、偶然の縁で黒き狼へと手を貸した。
(初めは練達――セフィロトだったか。熱く面白ぇ若者達だ、と思ったな。墜ちかけのアーカーシュでも戦った。へスぺリデスでもジョーの背中を押したな)
思い返してみれば、共に修羅場ばかり潜り抜けた事ばかり巡り、世界を救うまでそれは続くと漠然と考えていた。なのに、彼は居ない。
「……こんなのはねぇだろうがよ」
まだ二十四。自分の半分も生きていないではないか。
「若造がよ、こんなロートルを置いていくんじゃねぇ……! 順番が違うじゃねえか!」
悔しさばかりが滲む。灰がスラックスへと落ちるのさえ、払うのも疎ましい。
どれ程悔しくても、彼にとってはそれが最善だったのだと、天川には理解ができてしまう。
きっと最後まで諦めなかった。それが最善かは判らずとも、最良を掴み取った。それが命を燃やし尽くしたのだとしても。
「……でもよ、悔しくて仕方ねぇよ」
一人の才ある若者がこの世界から喪われた。悔しい、ならば――ロートルにも、意地がある。
「俺はまだまだ死ぬ気はねぇが。寿命でくたばった時ゃ、また一杯やろうぜ」
胸元から取り出した携帯灰皿に、短くなった煙草を捨てる。
立ち上がった天川は、振り向かない。
成否
成功
第1章 第15節
庭園に立つ、一際大きな木の陰に、蹲った影が一つ。その腕には、力なく――それでいて決して離さぬように、二冊の本が抱かれていた。
その手に在るのは、己が刻んだ物語が込められた書と、手書きの書。滑らかに万年筆を走らせていたその著者は――此処に居ない。
(……この世界に来て、たくさんの人に、物語に、出会って、喪って……きた、つもりでした)
出会いも別れも、後悔も、全ての物語を記録した。未来を綴る道を選んだ。
なのに、未来に貴方が居ない。
どうしようもないほどに涙が零れる。一滴たりとも書に零すものかと腕に力を込めた。砕けた右手は戻らなくとも、左手を貴方が取ってくれていればどれだけ暖かかったか。
――リンディスさんと僕の物語を、ケルズさんにも知ってほしい! そして、一緒に物語を紡ごう!
「言ったじゃないですか、兄さまに」
これからも、この先も、ずっと続くと思っていた物語。
戦いの最中、図書館、この庭園で。当たり前のように隣に居た温もりが居ないのは、身が裂ける思いで。
寂しい。つらい。叫び出したくて、堪らない。
繋いだ手の温もり、一緒に本を読んだ時横目で見たブラウンの瞳。
いくら思い出して触れようとしても、もう。
「知ったつもりでしか、なかったのですね」
友人ではない、それ以上の――本当に大切な、愛しい人を失うという気持ちは。
雨は降り止まない。
遺された思いの痛みも、続く空も――呪いでしょうか。
成否
成功
第1章 第16節
庭園を出ようとすると、一人の婦人に声をかけられた。聞けば彼女がこの庭を造った張本人なのだという。
彼女の腕には、庭園中で咲いていた花が摘まれリボンで束ねられていて――出発前に聞いた花の名を思い出せず、問うてみる。
「これはね、ネリネという花。海の向こうでは死後の世界を表す彼岸花、って言うらしいですけどね。
私はこの花、大好きなの。ほら、光に当たればきらきら輝くから『ダイヤモンド・リリー』とも言うんですよ」
お土産ですよ、と婦人はその花を手渡して――これはね、素敵な花言葉なのよと囁いた。
「また会う日を楽しみに――何時でもまた、いらっしゃってね」
ひとつ、突然の風が吹いた。
束ねたブーケから一輪だけ解けたダイヤモンド・リリーの花は――空高く、昇っていった。
NMコメント
お久し振りです、飯酒盃です。
共に駆け抜けた、一人の軍師への感謝の気持ちを込めて。
御本人・関係各位におかれましては、本シナリオへの許可をくださったことに深く感謝いたします。
●目標
秋の一日を過ごす。
●舞台
天義にほど近い、幻想王国海沿いのドゥネーブ領一角にある庭園。
色とりどりのネリネ、別名ダイヤモンド・リリーが咲いた庭園には、紅茶とお菓子を販売するティースタンドや、花を眺めることのできるテーブルセット、ベンチもあります。
ティースタンドの紅茶は優しいヌワラエリヤ、秋らしいダージリンのオータムナル、甘いキャラメルのフレーバーティー。
お菓子は野外で食べやすいクッキーとワッフル。どちらも温めてくれます。
●できること
お茶や花を楽しんだり、「彼」の思い出を語ったり。
しんみりしても、賑やかに過ごしても大丈夫です。庭園は広く、木陰もある為一人になりたい人はちゃんと一人になれます。
勿論「彼」には触れず、お友達と普通に過ごしたって構いません。「彼」以外の喪った方に思いを馳せてもOKですが、どなたか判るように記載いただけますと執筆の際非常に助かります。
持ち込み可、ありそうなものはあります。お酒だってOKです。煙草は吸う場所にお気をつけて。
暴れすぎない範囲で、どうぞ自由にお過ごしください。
●注意
このシナリオは一章完結です。
同行者の方がいらっしゃる場合、IDもしくはタグを記載ください。
また、他PCさんに言及するプレイングの場合、当方から見た関係性の確認が難しければマスタリングさせて頂く・採用不可の可能性がございますことご了承ください。
基本的に休日に纏めて返却の形になると思いますので、進みはゆっくりの予定です。
書き切れば締めます。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
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