PandoraPartyProject
本霊の在処
「妖刀、無限廻廊の本霊は――『廻の中』にある」
赤く炎の揺らめきを見せる『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)の瞳。
それを真正面から受けて、湖潤・仁巳と煌星 夜空は息を飲んだ。
燈堂本邸の和リビングに集められた門下生に暁月は告げる。本霊の在処を。
「廻さんの中?」
どうしてと視線を返す夜空から逃げるように暁月は瞳を僅かに伏せる。
「死にかけた廻を救うために必要だったんだよ」
練達国再現性東京『希望ヶ浜』地区――
希望ヶ浜はファンタジー世界である無辜なる混沌でも特に異質な場所である。
自分達の故郷である『現代日本を模した揺り籠の中』に棲まう人々が居る場所なのだ。
祓い屋『燈堂一門』はその希望ヶ浜に出現する悪性怪異<夜妖>を倒す事を生業とした集団である。
特に夜妖憑きとなった人を祓うから祓い屋と呼ばれていた。
暁月はその燈堂一門の当主である。
かつて、宿敵『獏馬』を追いかけていた暁月は千載一遇のチャンスを逃した。
戦闘の最中にやってきた『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)を『殺す』事が出来なかったのだ。
「暁月さんが廻さんを斬ったんですか?」
「正しくは一瞬で殺す事が出来ず、重傷を負わせてしまった。一瞬の迷いがあったのかもしれない」
「そんな……」
仁巳の隣に居た剣崎・双葉は首を振って疑問を呈する。暁月が廻を斬れなかったのは、迷いがあったからではない。
暁月の剣は一般人を斬れぬほど、なまくらではない。身近に居る門下生だからこそ分かる。
では何故と根本に立ち返る。
三妖たる白銀、牡丹、黒曜は静かに暁月の言葉に耳を傾けていた。
廻はウォーカーだ。運命に愛されし特異運命座標。
つまり、暁月の一瞬の迷いが生じたから殺す事が出来なかった訳では無いと仁巳は暁月の羽織を掴む。
「暁月さん、廻が重傷を負ったのは暁月さんのせいじゃないわ。それにその後、暁月さんは廻を助けたじゃない。私が羨ましく思う程に特別扱いした」
「助けた……か」
暁月は己の膝に置いた手に力を込める。
「私が廻を斬った時に命を繋ぐ為、あまねは廻の記憶と生命力を必要とした。しかし、私自身の生命力を委譲するには媒介が必要だったんだ」
「それが無限廻廊の本霊なんですね」
湖潤・狸尾は明かされる事実を受け止め瞳を上げた。
「ああ、廻を『擬似的な鞘』にすることで、私の生命力を注ぎやすくした。でも、突然膨大な力を移すことは出来ないからね。少しずつ刻んだ。私が居なければ生きて行けないのだと、服従と依存を刻んだんだ」
これを『助けた』というのかと、何度自分に問いかけただろうか。
しかし、副次的に獏馬の片割れである、あまねを生き餌にする事を思いついた。
あまねの依代である廻を餌にして、獏馬をおびき寄せたのだ。
当時、龍成が夢の中で廻の記憶を見つけられなかったのは本霊の守りがあったから。
しゅうは朧気に感じるそれを『呪い』だと称したけれど。
何を取っても、己の責が重くのし掛るのだと暁月は眉を寄せる。
それでも、自分から外へ羽ばたこうとしている廻の背を押す事は出来るだろうから。
「だからね皆に覚えていて欲しい。廻の中から本霊を奪う事は、絶対にあってはならない」
「でも、それじゃあ暁月さんが……っ!」
「ごめんね仁巳。心配掛けてしまって。でも、廻の命を誰かに奪われてはならない」
必ず護って欲しい。お願いだと暁月は門下生達に懇願する。
本霊を廻に与えたこと、獏馬を燈堂の地に呼び寄せたこと、何度も危ない橋を渡ってきた。
多くの命を救うためならば捨て置くべき者達を何度も拾い上げてしまった。
昔は斬り捨てる事が出来た筈なのにと暁月は緩く首を振った。
「夢の中に行きたいってどういう事だ?」
燈堂家の和リビングに集まったイレギュラーズに『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は首を傾げた。
「しゅう君が言うには、暁月さんや廻君の記憶が見られるって話しなんだけどぉ」
ピンク色の髪を揺らしアーリア・スピリッツ(p3p004400)が座布団の上に座る。
「それってどういう所なんだ? 安全性とか」
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は獏馬の成れの果て――しゅうの斜め向かいに腰を下ろした。
「夢の廻廊。夜を駆けるナイトメアが棲まう場所」
しゅうは紫銀の瞳を細め恋屍・愛無(p3p007296)へと向き直る。じっと『息子』を見つめる愛無に口角を上げるしゅう。
「安心してよ。僕達にはもう夢から侵食するだけの力は無い。でも、過去に起きた事を渡る事は出来るし、夢の案内人としては頼りになると思うよ」
「だが、それは負担が掛かるのではないのかね」
愛無の言葉にぬいぐるみ姿のあまねを抱き上げたしゅうは視線を落し眉を下げる。
「大丈夫だよ。そこまで無茶はしない。それにね、僕達がしてきた事を償わせてほしいんだ。でも、夢の中で戦いになると太刀打ち出来ないかも、ごめん」
強大な力を持っていた『獏馬』ならば他人を夢に誘うなど小指の先で出来る事だ。
されど、力を失った今のしゅうとあまねでは、夢の中の安全を保障することは出来ない。
「そこは任せてくれたまえよ。荒事は得意ゆえに」
愛無は素直に頼ってくれたしゅうの頭をゆっくりと撫でる。
「夢の中につれて行く事は簡単なんだけど、良く無い気配がするんだ」
「もしかして、この前戦った『黒闇鴉』とか……?」
しゅうの向かいに座ったリア・クォーツ(p3p004937)は先日の夜妖との戦いを思い出す。
真っ黒な鴉のカタチをした大量の夜妖が一人の男性に掬っていた。
「分からない。でも、進むときは十分注意してほしい。僕達のテリトリーだからって悪い奴が来ないとは限らないからね」
「悪い奴って、他の夜妖が来るのでしょうか」
メイメイ・ルー(p3p004460)はしゅうに抱えられたあまねを撫でながら視線を上げる。
「夢の中って通り道だったり、過去の思い出が混ざったりしちゃうんだ。だから、もしかしたら誰かの夢に引っ張られて怖いオバケに追いかけられたりするかも」
「それは何とも興味深い」
紫桜(p3p010150)は口の端を上げてくつくつと笑った。
「まあ、でもよ。もし戦闘になったりしたら俺が何とかするから安心しろよ」
刀を軽く取り出した咲々宮 幻介(p3p001387)は「それよりも」と身を乗り出す。
「自分の記憶も出て来たりするのか」
「幻介が見たいと思うなら、出てくるかもね」
「そりゃ、見たくねぇな」
昔の自分と対峙したり、思い出すなんてまっぴら御免だと幻介は足を組み直した。
「ふふ、テリトリーの中には夢石ってのが浮かんでる。これを触れば、夢を通して整理した記憶が断片的に空間に広がるんだ」
「触らなければ他の人には見られない?」
眞田(p3p008414)は赤茶の瞳をしゅうに向ける。誰だって触れられたく無い過去があるものだ。
「うん。大丈夫。夢石に触れなければ出てこないよ。それに夢石は本人が知られたくないと思っている場合は探しにくいし見つけても開かない時がある。だから安心してほしい」
夢の廻廊に浮かぶのは『語っても良い』と思えるものだけ。
絶対に触れられたく無いものは見つける事すら困難だ。
「でも、知りたいんだ」
ヴェルグリーズ(p3p008566)は覚悟を持って拳を握りしめる。
夢の中で探したいのは『暁月と廻の記憶』だ。
それは勝手にのぞき見る事になるであろう過去。
「傷つける事になっても、それでも生きて笑い合える日が来て欲しいと願うから」
手を伸ばさなかったが為に目の前で失った人が居る。
その後悔はヴェルグリーズに深く刻まれていた。だから失わない為に傷つける。剣である自分はそうすることしか出来ないのだと、責を負う覚悟がヴェルグリーズにはあった。
「まあ、そんなに気負わなくてもいいと思うよ。本当に知られたくない事は夢石にならない」
何時になく感情を露わにするヴェルグリーズに星穹(p3p008330)も真剣な表情でしゅうを見つめる。
浅蔵 竜真(p3p008541)は「暁月と廻の記憶じゃなくても見られるか」と問うた。
「それって、晴陽の記憶ってこと? うーん、直接『夢の廻廊』に入らない――つまり竜真本人ではなく、この燈堂の地に居ない人の記憶は難しい」
「あれだな。此処に集まった奴か燈堂に住んでないと渡れないって事か」
國定 天川(p3p010201)の言葉にしゅうは頷く。
「僕がもっと力があった時は関係無く渡れたんだけど。『双別の軛』で力を失ったからね。まあ、龍成の思い出の中に居る晴陽なら見られるかもね……思い出補正って別人みたいになるけど」
「ああ……成程な」
龍成の思い出の中の晴陽を本人に語った所で、「そうだったでしょうか」と首を傾げられる可能性があるということだ。
「じゃあ、とりあえず行こうよ」
ハンス・キングスレー(p3p008418)は物は試しと『夢の廻廊』へ。夢の中へ落ちていく。
――――
――
『廻君は呪われてる、なんて言ってまで……キミは彼の側に居たいんだねぇ』
夢石に触れれば、シルキィ(p3p008115)の声が真っ暗な空間に響く。
これはまだ敵対していた『獏馬』へと投げかけられた言葉だ。
『呪われてるというのはあながち嘘じゃないよ』
どういう事だと問いかけるシルキィへ獏馬は廻にかなり強力な『封呪』が掛けられていると語る。
龍成が廻の中の記憶を探しても見つからなかったのは副次的なもの。
『暁月にとって……いや、『燈堂』にとって、他人に知られたくないものが廻の中にあるんだろうね』
だからしゅうは廻に呪いが掛けられていると感じていた。
龍成がそれを信じ、暁月から廻を『救おう』と画策したのは丁度一年前のバレンタインだった。
廻の為に、己の命を省みなかった龍成。
命の重さを知っているのにだ。それを許せなかったのはボディ・ダクレ(p3p008384)だ。
『だから歯を食いしばれ、澄原龍成。貴方のそのふざけた歪み、壊してやるッ──!!!!』
膨大なエラーを吐きながら叩きつけられたボディの拳に、ようやく龍成は前を向いた。
本当に生きて欲しいと言われるなんて思ってもみなかったのだ。
イレギュラーズはその思い込みごと、龍成の過ちを打ち砕いた。
「懐かしいですね……」
ボディは戦いの思い出を反芻するように夢石を撫でる。
ふと、視線を上げれば見知った顔と目が合った。
「これは、廻様?」
座敷牢の中に閉じ込められている廻の姿が石の中に映り込んだ――