PandoraPartyProject

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拝啓、いつかの私へ

　――未来の私へ。
　――ロザリオを継承された記念に、あなたへ手紙を送ります。
　――未来の私は、どんな私ですか？　立派な司祭にはなれましたか？
　――もしかして、聖女さまなんて呼ばれちゃったり。
　――勉強は大変で、いまの私はちょっとくじけそうになっています。
　――鉄帝国の環境は厳しくて、辞めてしまおうと思うこともあります。
　――けど、私はこの世界が好きです。
　――だから、聖女さまのようになりたいです。
　――聖女さまになって、世界中のみんなを救うのが私の夢です。
　――未来の私へ。
　――私の夢は、叶いましたか？
　（BGM：祈りの墓標／ 落葉 剛SC）

　アミナはあの日、日常が壊れる瞬間を目撃した。
　地面が割れ、モリブデンのスラム街が崩れ落ちるさまを。まだ残っていた者たちや戦闘を続けていた裏社会の住民達は逃げ延びたものの、逃げ遅れたショッケン派閥の兵やその協力者たちは割れ目の中へと飲まれていく。
　『それ』は無慈悲にも全てを喰らい、スラム街という風景そのものを喰らい尽くして立ち去ってしまった。
　後にギアバジリカと呼ばれることになる巨大な古代兵器の起こした『災害』に、当時誰もが錯乱していたように思える。
　怖い怖いと狂ったように泣き叫び続けるひと。この世の終わりだと呟いて立ち尽くすひと。僅かな持ち物を抱え必死の形相で安全そうな方角へと走るひと。
　そのなかでアミナは、天を焼くような茜色の炎を見つめていた。
　空に広がる黒いキノコ状の雲と、それを突き抜けるように膨らむ茜色の爆発。それはギアバジリカの噴き出す白い煙の中へと溶けるように隠れ、いっそ彼女を幻惑した。
　そのままいくつもの村々を喰らい首都への進撃を始めたギアバジリカだが、それはどうやら鉄帝国とローレットによって止められた。
　だが、アミナから決定的に奪った日常は、もう戻ることはなかったのだ。
　憧れの聖女アナスタシアの死は当時の記者から大々的に報じられ、ギアバジリカの暴走をとめたローレットとヴァリューシャ先輩の勇姿がそれぞれセットで記事となる。
　中でも貧しくも活気のあったモリブデンのスラム街が土と瓦礫だけの広大な荒れ地と化した事実はセンセーショナルに取り上げられ、著名人たちが次々と寄付を表明した。それが売名行為であると述べるものは少なく、国民感情もまた同情的なものが多かったのだ。
　『良いことをしたいんです。そういう気持ちに突き動かされたのです』
　人々の間には『良いことをしたいという衝動』がうまれ、多くのひとがボランティアとなった。チャリティーコンサートは頻繁に開かれ、それらは被災地へと集まっていく。
　ボランティアの役目は多いが、その殆どは肉体労働だ。瓦礫の撤去やそれに埋まって助けを求める人々の救助、あるいは不幸にも亡くなってしまった人々の遺体を回収して葬儀を行うという作業が何日も続いたのである。
　宗教団体であると同時に慈善団体であるクラースナヤ・ズヴェズダーは当然それらのボランティア活動へ積極的に参加していたが、皆の目つきは他の者と違っていた。
　特に、事件の前後で大きく変わっていたのだった。
　世間の目は聖女アナスタシアが反転したという事実と、それを止めたのが司祭ヴァレーリヤであるという事実の相殺によって中立的であったが、こちらを訝しむような目がなかったわけではない。
　クラースナヤ・ズヴェズダーのなかには教派から抜けその過去を隠すように田舎へ帰る者も現れ、逆に必死に活動をアピールすることで疑いの目を払拭しようと焦り過激な行動に出る者すらあった。
　クラースナヤ・ズヴェズダー内の帝政派はその発言力がゆらぎ、革命派はその統率力を徐々に散らしていく。
　このままではいけない。憧れた聖女さま、つまりはアナスタシアの残したものがこんな形で消えてしまうことを、アミナはただ悲しく思った。だがただの少女にすぎないアミナにその状態を変えられる力など、なかったのだ。
　そんな彼女に商人ハイエナたちが声をかけたのはその頃だった。
　『このままじゃいけないねえ。だが任せな。まだ革命派は終わっちゃあいない。希望がありゃあまたひとつに纏まるのさ』
　そう言って彼が集めたのは、それまでにない武力……軍事力であった。
　集めたのは武器ばかりではない。ギュルヴィなるカリスマを仲間に加え、次々と驚くような人材を仲間にしていく。
　『あんたが次の聖女になるんだ。あんたの無垢な願いに嘘はねえ。誰だって、あんたの話を聞いてくれるさ』
　それまで散り散りになりかけていた革命派の求心力は、軍事力を背景にして復活した。復興をはかったモリブデンやギアバジリカ内の空洞部を利用し教会領がうまれ、それまで否定的な記事を書いていた記者たちもこぞってそれを称賛する記事を書き始める。そこへ象徴的に載せられた絵には、アミナの勇姿が描かれていた。
　世間の目は変わり、逃げ隠れていた教派の仲間達も徐々に戻ってきた。
　『我等の悲願を――！』
　『我等の理想を――！』
　彼らの期待は、その象徴であるアミナへと集まっていく。
　だから、決意はできた。
　もう一度だ。もう一度やりなおそう。
　聖女アナスタシアが作ろうとした理想の世界を、もう一度。

　――いつかの私へ。
　――私はまだ、夢を追いかけていますよ。

「同志アミナ？」
　火の消えた建物の壁は炭のように焦げていた。
　アミナは刺すように冷えた風の中で、鉄の手をそっと組み合わせていた。祈るように。
　そんな彼女に声をかけたのはクラースナヤ・ズヴェズダーの司祭のひとりである。
　冬の鉄帝国。バルナバスがかの『麗帝』を下し新皇帝へと即位したことで勃発した鉄帝国全体を巻き込む動乱は、『フローズヴィトニル』と呼ばれた未曾有の大寒波の到来によって混乱と危機を加速させていた。
　分裂した各国内派閥も大打撃を受け、そんな中でもしぶとく生き残りと勝利を目指してそれぞれの活動を進めている。
　バイル率いる帝政派、ザーバ率いる南部戦線、そしてガイウス……ではなくビッツが表に立ったラドバウ独立区はそれぞれ主要駅の地下から続く地下道探索を行っているようだ。
　北辰連合は東部地域の解放作戦を行い、アーカーシュは電波塔をもつアルマスクの解放に成功。そして革命派もまた、ルベン地下遺跡の攻略を順調に進めていた。
　そして今、新皇帝派の悪魔ことグロース・フォン・マントイフェル将軍率いるグロース師団による難民キャンプへの襲撃から、なんとか防衛に成功したところである。
「お疲れ様です、皆さん」
　穴の空いた壁にシートがかぶせられ、おっくうになったのかそこから医療チームの人々が出入りしている。
　中に入ると、怪我をおった人々が治療を受けていた。
「痛ましい光景――と呼ぶにはだいぶマシだな。大虐殺を受けたわけでも、食料庫の中身がまるごと持ち去られたわけでもねえ」
　それでも現状は好ましい。そうブラトン・スレンコヴァは傷跡ののこる頬を晒しながらも笑って見せた。歯を見せて快活にするその姿は、見る者の気分を和ませる。
　医療道具をあたりに広げ、クラウディア・フィーニーも振り返り頷く。
「グロース師団による襲撃が起きたときは流石に覚悟を決めたものですが……イレギュラーズの皆さんが敵の最精鋭部隊を止めてくれていたおかげで、難民の避難も整いました。建物への被害も、少なくて済みましたね……」
「そうですか。よかった……」
　目を瞑り、不安を落ち着けるように自らの胸に黒い鋼の手を当てるアミナ。
　外へ出ると、ブリギット・トール・ウォンブラング （p3n000291）一行が戻ってくるのが見えた。
　彼女たちはどうやら、グロース師団のミラード大尉たちによる襲撃を撃退できたようだ。
　報告によるとミラード大尉は魔種であり、更にはグラリオットなる魔種も襲撃に参加していたという。
　他にも賞金目当ての囚人たちを利用したヴェルクルス中佐と実行部隊を率いたマイヤ大尉、そして魔種リアオ・グアン……。強化された天衝種（アンチ・ヘイヴン）もあちこちに放たれ、場は地獄のように混乱したという。
　だが、生きている。
　そう……自分達は生きているのだ。
「残った物資の中から医療品を見つけてきます。怪我をおった方々が、せめて少しでも早く回復するように」
　アミナは走り出す。
　『がんばらなきゃ』と呟いて――酷く頭痛がした。
　ぐらりと傾いだ体を支えたのは誰だったか。アミナはゆっくりと顔を上げ「同志ブリギット」と呼ぶ。
「ええ、アミナ」
「あ、あは、無理しちゃいましたでしょうか……けど、がんばらなきゃ、これが生き残った者の務め、力に恵まれた者の――」
　アミナはあれ、と唇を動かした。砂でも食んだようなざらざらとした気色の悪さが口腔内を支配している。
　これが生き残った者の勤めだ。死する弱者に救済を。
　――私達は生きる為に、誰かの命を貪り喰らって来た。家畜共はそうやって死に至る。腹を捌き腸を喰らわれ、身も骨も皮さえもが有効に管理される。
　獣の世界の食物連鎖を肯定してはならない。肯定すれば、搾取される己達が抗えど辿り着く先は変えられないと嘲笑う神を――スケッルスの振り下ろす槌を肯定してしまうことに……あれ？

　アミナは首を傾いだ。これは誰の思考だろうか。
　頭が痛い。割れそうだ。支えてくれるブリギットの腕を強く握った。立っているのもやっとだった。
「アミナ」
　まただ。ざらざらとした砂を食んだような、気色の悪い音色。耳障りな声色が、耳朶を滑り落ちていく。
「だ、だいじょ――」
　それ以上紡げずに、アミナはふらつく脚でブリギットから離れた。
　今は、彼女の傍に立っていてはいけないと思ったからだ。
　ブリギットは冷めた瞳でアミナを見詰めてから――背後に立っていた男に気付いて目を伏せた。
「……もう、ごっこ遊びはお終いですね、ブリギット『おばあちゃん』――？」


　――いつかの私へ。
　――私の夢って、なんだっけ。

　※鉄帝国革命派にて、グロース師団によるキャンプ襲撃への防衛に成功しました！
　　これにより【求心力+60】を獲得しました！

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