シナリオ詳細
<革命の聖女像>悲しみも涙も消えるならば
オープニング
●悲しみも涙も消えるならば
革命派難民キャンプに襲撃あり。
その規模は過去に例を見ないほどであり、新皇帝派グロース師団及び釈放された凶悪な囚人達で構成された大部隊はたちまちキャンプの防衛戦力を食いちぎり、キャンプ内へと浸透している。
そんな知らせを受けたヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)たちはまだ無事な僧兵達と共に戦場へと飛び出した。
解体されずに残っていた仮設テントが燃えている。
その向こうには敵の集団。
「マリィはまだ来ていないようですわね……。とにかく、逃げ遅れた方々の避難が先ですわ!」
「わかった! クライディアさん、お願い!」
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は同行していた『オリーブのしずく』の面々に避難民の誘導と治療を任せると、こちらへと攻撃を仕掛けてくる囚人達へ飛びかかる。
「以前の襲撃とは戦力がまるで違うのですよ!」
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)も空中からの飛び蹴りによって敵兵を吹き飛ばすと、周囲の様子を改めてうかがった。
新皇帝派の兵も確かに強力な者が多いが、クラースナヤ・ズヴェズダーの僧兵たちとてそう劣ったものではない。商人から仕入れた潤沢な武器と歯車兵によって転用された兵力がある。それでもこうして押し込まれているということは……。
「皆、避けて!」
長月・イナリ(p3p008096)が大声で叫び、呼びかけた。
咄嗟に左右へ飛び退くヴァレーリヤたち。その間を球状の物体が炎をあげながら駆け抜けていく。
球体はパカッと二つに割れ、中からピエロめいた人間が姿を見せた。
「あれは……」
イナリはハッとして振り返る。
炎の中から続々と現れるのは、火吹き男にバレリーナ。怪力男に無数の獣。そして――。
「やあやあ皆様おまたせ致しました! 寒さに震える難民の皆様にお届けするは豪華なファイヤーショーでございます!」
空飛ぶ円盤に乗って堂々と演説する男、サーカス団『大回天事業』のペレダーチア団長であった。
「おっとこれはこれは、またお会いしましたね? これも縁、実に光栄!」
心にもないことをぺらぺらと喋りながら、ペレダーチア団長は自慢げに自らのサーカス団員たちを紹介し始める。
クラウン、ヴィゴーレ、グラニットにベスティエ。そしてリーナ。
「嘘よ、確かにあの事件の中で死んだ筈」
いつかの首都でおきた大虐殺事件のおりに半数は『死亡』したはず。復活などはありえない。ということは……。
「あなた……別の人間を……新たに改造したっていうの?」
「何か問題でも? 我々は不滅のサーカス団! ハハハ、彼らが死ぬわけがございません!」
わざとらしく腹を抱えて笑ってみせるペレダーチア団長。
「ペレダーチア、そのくらいにしておけ。貴様の仕事は破壊であってショーではない」
空からゆっくりと降下してくるのは、これまた異様な存在であった。
幼い女のような、いかにも愛らしいその姿に軍服を纏った――それでいて、表情と瞳は狡猾そうに歪んでいる。
「改めて名乗らせてもらおう。私の名はグロース・フォン・マントイフェル。鉄帝陸軍の将軍である。
貴様等のような『平等な豚』を解体しステーキにするのが私の仕事。
そしていずれ個たる強者――つまり『バルナバス』となる者だ」
グロース。これまで直接戦うことのなかった『将軍』のおでましに、フラーゴラもブランシュも、そしてヴァレーリヤも敵意をむき出しにする。
「あなたは……これまで一体どれだけの犠牲を……」
「下らん。私は喰ったステーキの枚数を数えない主義でな。あいにくと殺した豚の数も数えんのだよ。貴様等のように『平等な分配』などとぬかす連中は数をかぞえるのが特にお好きらしいがな」
挑発的な言葉に、ヴァレーリヤは握るメイスの手を更に強くした。
その、直後。
「――ッ!」
はるか直上の空より、赤い稲妻が落ちた。
否、紅雷を纏ったマリア・レイシス(p3p006685)がダメージを負って墜落したのだ。
「マリィ!? 一体誰に……!」
急いで仲間に治癒の魔法をかけさせると、体力を全回復させたマリアは血の流れる頬を拭って立ち上がり……そして空からゆっくりと下りてくるもう一つの人影を睨んだ。
「イスカ……どうしてここに」
相手は、オシャレに服を着こなした可愛らしい少女だった。
普通の少女と違うのは、それが空に悠然と浮かんでいることと、黄金の光を螺旋のように身体の周りに纏っていることだ。
『知っていますの?』と問いかけられ、マリアは手短にその正体を口にする。
「十三の災厄(ディザスター)のひとり、『焦滅光槍』イスカ・シヴァトリシューラ……私がもといた世界で、破壊神たちに創られた亜神の一柱さ」
「えっなになに? 丁寧に紹介してくれるのかい? ありがとー!」
イスカは両手を腰の前で組むと、可愛らしく首をかしげて見せた。
対するマリアの表情は厳しい。
「イスカ、キミが出てきたってことは――」
「あーあーあー、勘違いしないでよね。ボクは暇だったから遊びに来ただけ。他のコたちはカンケーないよ。
それに手伝うとグロースがお小遣いくれるらしいし? たまにはニートを卒業しないとねっ。てか、たまに働かないとゲームのケーブル返してもらいえないんだよねー」
そして柔軟に腕をぐいーっと天に伸ばして背伸びをする。準備運動なのか左右に上半身を傾けていた。
「マリアには悪いし人間たちはカワイソーだけど、今日はみんなボコボコにさせてもらうよ。いいよね?」
「いいわけが、ないんだよ」
心配そうに見つめるヴァレーリヤの前で、マリアは呼吸を短く整えイスカを睨む。
「私のことはいい。けれどヴァリューシャや、アミナや、難民の皆を傷つけるのはだめだ」
バチバチッと雷が温度を増し、纏う雷が蒼く輝く。
そして同時に、この戦いの『勝利条件』を理解した。
イスカ、グロース、そして大回天事業サーカス団。
これらすべてを、この難民キャンプから『退かせる』こと――それが、勝利条件だ。
さもなくば、このキャンプは……。
- <革命の聖女像>悲しみも涙も消えるならば完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年01月09日 21時50分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●何故
炎が、グロース・フォン・マントイフェルの背景を照らしている。黒く上がる煙を背に、かの幼顔の将軍は歪んだ笑みを浮かべた。
外見年齢不相応の、まして女性が浮かべるとは思えない悪辣でサディスティックな笑みである。
だが、彼女がそこから踏み出すことはない。
『こちら』との一定の距離が、まるで透明な壁で阻まれているかのように空いている。
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は冬の寒気を忘れるほどの熱風と威圧を感じながらも、奥歯を強くかみしめた。
グリーンの瞳が、グロースを威圧するように開く。
「一応、聞いておくのだけれど」
「ああ、言ってみるがいい」
顎を引くヴァレーリヤ。顎をあげるグロース。
対照的な表情をする二人。
「『バルナバス』とやらになったとして、どうしますの?
これまで切り捨てられてきた人達に、手を差し伸べるつもりは?」
「なぜそうする必要がある。弱者は弱者ゆえに滅びる。その法則に逆らったからとて、『自己満足』以外の何を得る?」
「軍参謀本部の将軍を務めるようなあなたが、知らないはずがないでしょうに」
『軍』を極論するなら『弱者の運用』である。鉄帝国が真に弱肉強食であるなら軍など存在せず、強者とそれに追従する群れしか産まれない。それは獣の群れ以下の存在であり、統率などという言葉からはかけ離れるだろう。
つまり彼女は、『分かっていて捨てた』のだ……と、ヴァレーリヤは確信した。
「もう話す事はございませんわ。……今に首根っこを捕まえて、その腐った頭を挽肉機に突っ込んで差し上げますわ!」
燃えるような怒り。その一方で、『オリーブのしずく』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は冷静にそのオッドアイをグロースに向けていた。
抜ける冬の風が、彼女の雪の如き髪をなびかせる。
「強者を良しとする。なら、ワタシたちが勝てば、アナタたちはワタシたちに従うってこと?」
「勘違いをするな。私は貴様等弱者を潰すと言ったのだ。……潰す。あるいは殺す」
言い含めるようにくり返すと、グロースはフラーゴラを……ひいてはその背景にある難民キャンプを指さした。
「貴様等を負かしたところで恭順など求めん。家畜のように飼育し、労働させ、死ぬまで車輪を回させるのみである。弱者の平等などとのたまう貴様等の脳味噌にそもそも期待などせん」
「そう……。弱者を虐げるばかりで掬おう(救おう)ともしないその姿。傲慢で怠惰にもほどがあるよ……!」
フラーゴラの極寒の怒りに、『革命の用心棒』ンクルス・クー(p3p007660)はビッとグロースを指さした。
「強さを求めるのは良いけど難民を虐めるのが強さの糧になるとは思えないよ!
本当に強い人は弱い人を虐めるなんて事はしない!」
「なぜだね? アリの巣に湯を流し込むのは実に愉快ではないか。私は少なくともそう思う。娯楽と趣味に、強弱となんの関係がある?」
「精神的に弱者だと言ってるんだ! 私はシスターさん! 心が弱い奴には絶対に負けないよっ!」
堂々と言ってのけるンクルスに、グロースは『ハッ』と失笑する表情を見せた。
「ならば教えてやろう。『強さ』とは自覚であり、『勝利』とは結果である。
『負けない』というのであれば、結果を示さねば意味が無い」
私は貴様等に敗北を見せるつもりだ。そうグロースは笑みを深めて続けた。
ンクルスは胸を張って、相手をさしていた指を解き、自らの胸に当てる。
「『皆に創造神様の加護がありますように』」
それが合図になったかのように、『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は両手両足それぞれに炎を点火。燃え上がらせる。
「招かれざる客が、こんなに来ているとは。
同じ食卓を囲む気のない方々にはお引き取りねがいたいのよ。
それとも、そちら流の暴力(ことば)でなければわからないのかしら~?」
目を大きく見開く胡桃。
対照的に、『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は獣のように前傾姿勢をとると目をきゅっと細め口元を隠した。片目が前髪に覆われ、鋭く研ぎ澄ました殺気だけが相手に向けられる。
(今ぼくはものすっごく怒ってる!
弱いからしいたげる?強いからいたぶっていい?
そんな考えぼくは許せないから!
ぼくは革命派じゃないけど何の罪もない人たちが傷ついて欲しくないっていう考えは大好き。
だから……かすよ、オオカミの手
誰も死なさずこの場を切り抜ける!)
その一方で、『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)はチッと舌打ちをして拳を右手の平にバシンと打ち当てた。
そこから流れるように拳法めいた構えをとると、周りの仲間達に応じるように敵へとその意識を向ける。
(前に別の依頼でここの陣営に拾われた賞金稼ぎがいる。ま、平たく言えば難民の一部だよな。
その件には俺も一枚噛んでいて、生産力の不足する昨今、シカト決め込むのもバツが悪いと、様子を見に来たんだが……)
巻き込まれた、と述べるには少々首を突っ込みすぎただろうか。
いずれにせよ――。
「ヤベーなオイオイ。修羅場じゃねーかよ。ハッハー!」
表情をゆるめ、肩から力を抜く。呼吸は整い。全身に血が廻る。
ブレイズ一族が持つというウィル・オ・ウィスプの加護が、彼の両手のひらをぼんやりと緑色の炎で照らし、それが全身へとゆっくり廻っていった。
「ご立派な信条も、大義も、錦の御旗も有りゃあしねえが! 俺ァ祭りと喧嘩は好物だぜ!」
味方の戦力は充分だ。そう考えた『狐です』長月・イナリ(p3p008096)は逆に敵戦力を観察することにした。
力が未知数のグロース。マリアが撃墜されるほどのイスカというウォーカー。
そして……ペレダーチア団長とそのサーカス団。
「ブランシュさん? 『火吹き男』のグラニットは確かにあのとき死んだのよね?」
イナリが問いかけると、『後光の乙女』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は『保証します』といって頷いた。
「さっきイナリさんが言っていたように、本当に『別の人間を改造した』のですか?」
「それ以外にありえないわ。それに、装備の回収もせず『新規に複製』できたのなら、これがたった一体だけとは限らない。
相手が『いくらでも替えの効くサーカス団』なのだとしたら、物凄く厄介だわ」
だったらなぜ何体も同じ団員を戦場に投入しないのか? その答えは簡単だ……。
「さあ、ショーを始めましょう! 我が自慢の団員たちをまずはご紹介!」
ペレダーチア団長は満面の作り笑いで大仰に腕を振り、団員達を過剰なまでに紹介しはじめる。
その様子はまさにサーカスそのものであり、グロースはそのようすにチッと舌打ちをしていた。
つまりはサーカス団を維持することがペレダーチア団長の目的であり、効率的な戦力運用など考えていないということである。グロースはそれが気に入らないが、しかし状況的に投入せざるをえない……といったところか。
「ふむ……」
『革命の医師』ルブラット・メルクライン(p3p009557)はちらりとだけギアバジリカを見やった。アミナはもうその場所にいないだろう。おそらくはこの状況のなか駆け回り、逃げ遅れた人々を助けているに違いない。そこへグロースたちが突入すればどんな惨事がおこるか想像にかたくなかった。
ならば、それを『助ける』のは自分の役目だろう。
ルブラットは胸に手を当て、舞台役者のごとく優雅に礼をしてみせた。
「お会いできて光栄だ、フォン・マントイフェル卿。名前の割に身も器も小さいようだ」
挑発をしてみるが、グロースの表情は動かない。
ルブラットも同様――というより、仮面の下に隠れてわからない。
「主は弱き者をこそ愛せと仰っている。
貴方は新皇帝に便乗しなければ自己主張できない心の弱い存在だが、私は貴方も愛しているとも。そう、主の御名においてね!」
わざとらしく天を仰ぐような姿勢をとると、ゆっくりとグロースへと視線を戻した。
仮面。その目元にあたるグラスがギラリと炎を反射して光った。
「ただ、命の価値を浪費し続けるのは控えたまえ――早急に!」
そこでやっと、グロースはギラリと歯を見せて笑ったのだった。
『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)は体力を回復させ、ゆっくりと飛行を再開した。
両足にぱちぱちと電磁力を生み出し、地面と反発するかのように静かに浮きあがる。
対するイスカもまた、螺旋状に光を纏いながらゆっくりと浮きあがった。
「イスカ! まさかこっちで君に出会うとはね!」
数十メートルの距離をあけたまま、マリアは大きな声で呼びかけた。
「まさか他の連中もこっちに来てるんじゃあるまいね?」
「さぁーーーぁね?」
わざとらしく首をかしげて見せるイスカだが、この質問は意味が無かった。マリアにとっては分かっていたことだ。
「怠惰な君がこうして動いているってことは、誰かしらは一緒だと言うことさ。君を止めにも助けにも来ていないところから察するに、鉄帝の状況には関知していないのだろうけどね」
「えー? なにー!? 聞こえない!」
距離が遠かったせいだろう、本当にイスカには聞こえなかったようだ。
マリアはあえて別のことを言うことにした。
「君の好きにはさせないって言ったんだよ!」
「そりゃー困るよ! だってマリア、キミを捕まえたらお金めちゃくちゃもらえるんだろう? あっ、そっちのコでもいいんだっけ」
イスカの視線がヴァレーリヤにちらりと向いた、その瞬間。
マリアの全身に赤い電撃が走った。
威圧。それも物理的圧力を感じるほどのそれに、イスカが一瞬だけ引きつった笑みを浮かべる。
そして意外そうな表情に変化した。
「あれ? マリア、なんか変わったかい?」
「……どう見える?」
「うーん」
イスカはマリアをつま先から頭まで二巡ほど眺めたあと瞬きをした。
「ま、いいや。とりあえず、今日はボコボコにされて捕まってよ。賞金欲しいからさ」
イスカはおそらく胸中に浮かんだであろう考えを横に置いて、光の三叉槍を作り出した。
「そう堅くならないでよ。これも試練ってやつさ。人類へのね」
●何故、何故
ファミリアーを通してブラトンから通信がはいる。
『集合住宅の住民は避難したぜ。そのへんなら多少壊れても怪我人は出ねえだろう。だがまあ……』
言葉を濁すブラトン。ンクルスはいわんとすることを察した。
「分かってる。今住む場所が減れば、それだけ死の危険が迫るんだよね」
今この瞬間を生き延びても、明日を生きられるかはわからない。それほどこの鉄帝という土地は潤沢ではないのだ。
「誰と話している? さあ、リベンジと行こうじゃあないか」
そう砕けた調子で笑ったのは『怪力男』のヴィゴーレであった。
破砕用亜鈴『ゴードン』をこれ見よがしに持ち上げると、ンクルスめがけて突進を開始する。
「むっ――!」
回避……はできない。いま後ろにあるのは住民用の建物だ。廃墟をパチあてすることでだましだまし使っているせいか強度は弱い。ましてや煉瓦の地面を破壊するようなヴィゴーレが突進すればどんな壊れ方をするかわかったものではないのだ。
「空を壊せ、『ゴードン』!」
「空を掴め、『ゴットクロー』!」
ンクルスは空気に己を接続。巨大な腕のようにぶわりと動いた空気が、ヴィゴーレのゴードンと正面から激突した。
接続しているからかあるいは衝撃だけでもかなりのダメージとなるからか、ンクルスの腕にびきびきと激しい損傷が生じる。
が、ンクルスはその表情を歪めることはなかった。
「覚えているかなっ? 『あの時』はたしか、こうしたんだったね!」
ンクルスは『ゴットクロー』を解除すると、抵抗がなくなったことで軽く前のめり状態となったヴィゴーレの頭上へと素早く跳躍。宙返りをかけると、高等部を掴んで地面めがけて顔面を叩きつけたのだ。
が、対するヴィゴーレとて伊達ではない。片手を腕立て伏せのように地面へつけることで激突をガードし、ンクルスの攻撃を受け止める。ビキッとヴィゴーレの鋼の義手に損傷が走った。
「同じ手はくわない」
「構わないさ。次はどうやって叩きつけてあげようか!?」
ヴィゴーレがンクルスと戦闘力を拮抗させているその一方。
イナリはそこへ加わろうと跳躍するリーナを空中で迎撃していた。
「――『乱炎迦具土神』」
静かに呟くように異界の神の戦技を再現したイナリは、炎を纏った機関銃でもってリーナを殴りつけたのである。
膝を叩きつけることで攻撃を横側に受け流すリーナ。
くるくると空中でスピンすると、リーナは踊り子のように腕を優雅に振って地面へ着地した。
「わたしはリーナ。踊り子の、リーナ」
今更のように名乗りをあげるリーナに、イナリが機関銃を突きつけるように構える。
「あなたも確か、首都の戦いで死んだはずよね」
「わたしはリーナ。踊り子の、リーナ」
「その義足をいくつも作れるのだとしたら厄介ね。けどそれより、今は他の仲間に加勢されるほうが厄介なのよ」
「わたしはリーナ。踊り子の、リーナ」
「……聞いているの?」
イナリが若干苛立ったように問いかけると、リーナは両目を大きく見開いた。
その目から赤い血が流れ、充血した目がぎょろぎょろと動く。
「わたしはリーナ! リーナアアアアアアアアア!」
血を吐きながら叫ぶと、リーナは豪快な宙返りをかけながらイナリへと蹴りを放った。
身長を大きく裏切るような巨大な義足『バイラリン』。その動きは非常に素早く、そして強力であった。
回避を試みたイナリを高速で追尾し、地面すれすれでカーブした足はイナリの脇腹へと直撃する。
「うっ……!」
歯を食いしばり痛みをこらえる。地面と水平に吹き飛んだイナリは焦げたポールのようなものに激突し、そのポールをぐにゃりと変形させた。
イナリがポールを中心にぱっきりとへし折れなかったのは、彼女が纏う多重結界のせいだろう。
それでも結界を貫通して痛みが走り、イナリは喉から血がこみ上げる味を感じていた。
カハッとあえて吐き出すことで呼吸を取り戻す。
「だめね、まともに相手をしてたらこっちがやられそうだわ」
などと口走っているが、実のところこの台詞はブラフである。イナリめがけて追撃をしかけようと高速でせまるリーナに、タイミングを見計らってドンと足踏みをした。地面から突如出現する石壁がリーナへ激突。天高く跳ね上げる。
「うけたダメージ分は、かえさせて貰うわ!」
落ちてくるリーナめがけ、イナリは『残影稲荷式九式短機関銃-改』を唸らせた。
炎のように赤熱した弾丸の群れがリーナへと浴びせかけられる。
「ご覧下さい! この燃え上がる炎!」
『火吹き男』のグラニットは蒸気機関を組み込んだヘルメット『ドクーン』の内側で籠もったような声をあげると、その口元から激しい炎を噴き出した。
火炎放射器とは比べものにならない範囲と距離にむけて広がるそれが、胡桃をたちまちのうちに包んでいく。
が、燃えさかる炎の中にありながらも胡桃は平気そうに立っていた。
彼女にとって、炎は己を構成する要素に過ぎない。実ダメージこそ受けているものの、炎によるBS効果が胡桃を傷つけることはないのだ。
「おや? 熱くはないのですか?」
さも心配そうに尋ねてくるグラニットに、胡桃はわざとらしくあくびなどしてみせた。
「ウウム――これは相手が悪いようですねえ」
胡桃に炎が通じないことを悟ったのだろう。どころか、炎の中に仕込んでいた様々な毒や呪いといったものもキャンセルしているのが見て分かる。
「では、こっちならどうです?」
グラニットはわざとくるりと前後反転すると、難民キャンプの住居めがけて炎を吐き出した。
「――!」
それにすぐさま反応したのは胡桃である。
今度ばかりは平気そうに見せている余裕はない。両手用足に全身に蒼い炎を纏わせるとグラニットの炎を自らの身体でうけた。
「はっはっは! やはり! どうやらその貧相な建物が大事で仕方ないらしいですねえ!」
「コャー、こやつらマジで最悪なのよ……」
胡桃は反撃とばかりに広域雷撃招来術を発動。通称『らいとにんぐすた〜りんぐ』。
稲妻が炎の中を駆け抜け、グラニットへと直撃する。
「特に関係ない分の鬱憤も纏めて叩き込んでしまってもいいやつじゃないかしら……。
わたしは、今、がんばってキレぬようにしているのよ」
「はっはっは! どうぞ怒ったらよろしい! 怒りが増せば増すほど、最高のショーに近づくことでしょう!」
あからさまな挑発を仕掛けてくるグラニットだが、胡桃はその挑発に乗ることはない。
こちらの平常心を乱して隙を突こうという考えが見えるからだ。
他の敵はリュコスやルブラットが抑えてくれている。今は、目の前の相手に集中していればいい。
「それ以上は、いかせぬの」
建物へ一歩踏み込もうとするグラニットに、胡桃は燃える拳を繰り出した。
グラニットの耐熱グローブがそれを正面から受け止める。
ジュッと焦げ付く音を聞き、グラニットはヘルメットの下でぎょっと目を見開いた。
「早速いくよ~! らいどおーん!」
『玉乗り道化師』クラウンはそれまで乗っていたボール状の蒸気式機動装甲球『ライド・オン』の上から跳躍すると、ぱかんと割れるように開いたその中へと収まった。
リュコスはその動きを見て、以前戦った記憶を思い出していた。
――「さいしょ見た時はびっくりしたけど……もう、見たことのあるわざだよ」
あのときはそう言ったが、入り込むその動きに対応することができなかった。それほど素早くライド・オンは戦闘状態へと移行し、リュコスへ襲いかかったのである。
即座に広域俯瞰を参照し、自分の後ろに建物があることを確認。リュコスはライド・オンの突撃を跳躍によって回避すると『マリシャスユアハート』を発動させた。
ギュンとカーブをかけ、リュコスを追尾するように動くライド・オン。
幸いにも建物に被害を出さずに済んだものの、リュコスは結果としてライド・オンの突撃を受けることになってしまった。
弾き飛ばされ、地面を転がるリュコス。
「かいぞーしてきたみたいだけど何度来ても同じだよ」
が、まるで諦めた様子がないかのように起き上がり、リュコスは相手を挑発した。
「アハーハハハハハー!」
ピエロ特有の耳障りで激しい笑い声がライド・オンの中から聞こえる。
「えらそうに言うけど自分より弱い相手じゃないと戦えないの? いっかい負けたから?
くやしかったらぼくたちを先に倒してみろ、べー」
あからさまな挑発だったが、しかしクラウンは乗ったようだ。
「いったなー! くらえー!」
リュコスめがけて再度突撃を開始する。
ボール状のものがまっすぐ突っ込んでくるだけだというのに、その速度ゆえにリュコスは耐えるので精一杯だ。
一方のクラウンは180度近い非現実的なカーブを何度もかけてはリュコスに連続突撃をしかけていく。
宙を舞い、痛みに歯を食いしばるリュコス。
が、一方的にやられてばかりではない。
ぼろぼろになった所で、リュコスは突進してくるライド・オンめがけて『ナイトメアユアセルフ』を発動。真正面から叩き込んだ拳の威力は恐ろしく高く、ライド・オンの表面にビキッと大きな亀裂を走らせる。
「あれっ!?」
「まっすぐ来るだけなら、あてるのもかんたん」
その様子を見て、ルブラットは小さく頷いた。
「どうやら、あちらを助ける必要はなさそうだ」
ルブラットは改めて向き直ると、強化型アニマール三体による連係攻撃に対抗していた。
巨大な獅子、大鷲、大猿という三体の機械仕掛けの獣たちはルブラットをしても避けきることの難しい連係攻撃を仕掛けてくる。
ルブラットの黒衣は引き裂かれ、血が垂れ落ち、吹き付けた炎によって灰のように白く長い髪が僅かに焦げている。
仮面によって表情こそ見えないが、型が大きく上下するさまは彼の疲労を思わせた。
「アンタの方は、助けが必要なんじゃあないか?」
『猛獣使い』のベスティエはそんな様子を観察しながら、サングラス越しににやりと笑う。
ルブラットは早くも彼の弱点が『彼自身』であることを見抜いていた。しかし当然ながらベスティエもそれを自覚し、アニマールを巧みに操り近づけさせない。大鷲の吹き付ける炎と獅子の牙による足止め。そして大猿のパワフルな吹き飛ばしをうけてまるで近づけないのだ。よしんば多少の距離を縮めてもこちらを牽制する効果をもつ鞭が伸びてくる。
ルブラットとしての功績は、この連携を他の団員と重ねなかったことだろう。
特にリーナやクラウンのような相手と連携されていたら手も足も出ずに叩きのめされていたかもしれない。
「見くびってもらっては困るな」
ルブラットは魔法によってふわりと浮きあがると、ミゼリコルディアを握って突き出すように構える。
「私の仕事は、君たちを追い返すことだ。時間が稼げればそれで充分。なにも、命までとる必要はないのだよ」
「ハッハー! タイマンじゃなくて悪いな小鳥ちゃん! オラ死ねェ!」
ブライアンの拳がイスカへと迫る。
「うわなにこの人、怖っ!」
イスカは光の盾を形成して拳を受けるが、ブライアンはその盾を無理矢理突破した。
素手で防御したイスカが大きく飛ばされるも、纏う螺旋状の光によって浮きあがり地面を転がることはない。
追撃とばかりにブライアンは距離を詰め、イスカめがけて蹴りを放つ。
今度は腕で防御し、イスカはまたも距離をとった。
「なんだアンタ。なんかヤベ〜ヤツだってことしか分からねえなァ〜!」
「ヤバイのはそっちもじゃないか! キミに用事はないんだよ!」
牽制するように光の三叉槍を作り出し投擲するイスカ。ブライアンはそれをまるで避けもせずに次の攻撃の構えをとる。
槍が直撃するが、構うこと無く拳の連打を放った。緑色の炎が弾幕のように放たれイスカを襲う。
まともに受けるのは愚策と判断したのか、イスカは更に大きく飛び退いて射程外に逃げる作戦をとったようだ。
「逃がすか!」
ブライアンは闘志を全開にして走り出すと、斜めに傾いた柱を足場にして駆け上がり跳躍。距離を縮めて再び弾幕をはる。
が、それがイスカからの誘いだとその瞬間に悟ったのだった。なぜなら、弾幕の直撃をうけたイスカの姿がフッとかき消えたためである。いや、正確に言うならイスカの姿をした幻影である。
「チッ――!」
歯噛みして見下ろす。そこにはイスカが光の三叉槍を構え、それを何十個にも複製している様子だった。
天に向かって大量に放たれる槍がブライアンを襲う。
(まあいいか、ダメージは稼いだ。妨害も充分。あとはヴァレーリヤとマリアに任せるとするぜ)
ブライアンは槍の直撃を受け地面に落ちたが、あとを仲間に任せてその場から飛び退く。
入れ替わるように入ったヴァレーリヤはイスカめがけて殴りかかる。
こちらもこちらで防御をかなぐり捨てた突撃であった。
ブライアンとの違いはその機動力と攻撃の手堅さと手数だろうか。
またも距離をとろうとしたイスカを確認すると、ヴァレーリヤは聖句を唱えた。
「――『主の御手は我が前にあり。煙は吹き払われ、蝋は炎の前に溶け落ちる』」
炎の壁が突如出現し、炎を纏ったヴァレーリヤは凄まじい速度でイスカへと距離を詰めるのだった。
「あっこれやばいやつだね!?」
イスカは一瞬で自分の不利を悟ると光の三叉槍の投擲体勢をとった。
と同時に大量の槍が複製される。
「なんの――!」
ヴァレーリヤはメイスを投げつけんばかりの勢いで構え、彼女の周囲に無数の炎のロザリオを出現させた。
イスカの作り出す光の槍とヴァレーリヤの炎のロザリオが一斉に放たれ空中でぶつかり合う。
まばゆい爆発が連続して起こり、二人を包み込んだ。
「ヴァリューシャ!」
これだけのダメージをうけたヴァレーリヤや致命傷を――うけなかった。
マリアが彼女を抱え距離をとるように飛んだためである。
一方のイスカは服のあちこちが焦げており、まだついたままの炎をぱしぱしとはたいて消している。
「あぁぁー! 服焦がしちゃった! もー、怒られるじゃないか! どうしてくれるんだよ!」
イスカもまた空中に浮きあがり、器用にも空中で地団駄をふんでみせる。
対してマリアは不敵に笑ってみせた。
「イスカ! 以前君は雷速が光速に勝てるはずがないと言ったね? 確かにその通りかもしれない。だけどね、そんなものは知恵と経験でカバーできるものさ!」
相手と同じ目線の高さまで上昇。マリアはバチバチと赤い雷を放つと、イスカめがけて襲いかかる。
イスカもまたそれを正面から受け止めるように光の螺旋を増やしマリアと至近距離で乱打を放ち合う。まるでお互いが複数人に分身したかのような高速の駆け引き。だが――イスカはこの短時間でマリアの『違い』を見抜いていたようだった。
「向こうに居るときより弱くなったねマリア」
「君もだよイスカ。けど相変わらずとんでもなく速い上に馬鹿みたいな火力だね!? 少しは加減したまえ!」
「ああ、ううん、そういうことじゃない」
マリアは慣れた調子で返したが……イスカはスッと真顔になって斜め下を見た。
視線の先になにがあるのか察したマリアが、ハッとして振り返る。
目の前のイスカ……いやその幻影がかき消え、地上からこちらを見上げていたヴァレーリヤの背後にイスカが現れたのだ。
彼女の手には光の短剣。いつものような三叉槍と違い、素早く相手を殺してしまうための武器だ。
「――キミは甘くなったよ、マリア」
それが、ヴァレーリヤの白い首筋へと。
手を伸ばし、咄嗟に叫ぼうとするマリア。
興奮した脳に、なぜだろう。
思い出が蘇る。
ぎこちなく繋いだ手があった。
自分の手と、彼女の手。
坂道を歩く彼女は振り向いて、屈託無く笑いかけてくれた。
見て、と指をさす彼女。あがる花火。手を引いて走るその先に思い出の光が溢れた。
――「毎日忙しそうだし、今日も疲れているんだね……。ヴァリューシャ……君はいつも頑張っていて偉い……。ふふっ! でも、よだれは美人さんが台無しだよ?」
あるときは、ソファに座りマリアの肩に頭をあずけて眠る彼女の顔を見下ろしていた。
――「ふふ! ヴァリューシャ、酔っているのに危ないじゃないか」
あるときは、酔っ払って押しかけ抱きついてきた彼女を家に泊めた。
――「えへへ……ヴァリューシャ、重くないかい? 後で変わってあげるからね!」
あるときは、彼女の膝に頭をのせて子供みたいに寝そべっていた。
――「ヴァリューシャ、好きぃ……」
あるときは、自分がべろんべろんに酔っ払って白く清楚な服を着た彼女に抱きついて甘えていた。
――「もう……いい歳だし、髪を梳くくらい自分でできるよ?」
あるときは、大人ぶる自分の髪を彼女がかいがいしく整えてくれていた。
――「ヴァリューシャ……これ……! お誕生日のプレゼント!」
あるときは、彼女が自分の義手に宝石のアクセサリーをつけて微笑んでいた。
――「だ、大丈夫かいヴァレーリヤ君……!? やっぱり飲みすぎだったんじゃ……」
あるときは、道ばたで口元を押さえてげっそりする彼女の背中をさすっていた。
――「ふふっ!ヴァリューシャまだかなぁ…♪」
あるときは、鉄帝の町で時計を見つめながら待ち合わせをする自分がいた。
――「ヴァリューシャー! こっちだよー♪」
手を振る自分に、彼女が笑顔になった。
――「待ったかい? 会いたかった……!」
まるで抱き合うみたいに寄り添って、合わせた手のひら。恋人がするように深く指をからめる。
陽光のような護霊石が、透き通るようなグリーンのボトルが、緑の宝石が祈るようにゆれるネックレスが、光の中によぎっていく。
そして、最後に。
彼女が『応えてくれた』日の笑顔が浮かんだ。
自分をこう呼ぶ声と共に唇に熱を灯す。
――「マリィ」
「――ヴァリューシャ!」
刹那の閃きであった。
マリアの纏う雷は蒼く燃え上がり、その速度は光を超えた。
現実に、イスカの短剣をぎゅっと掴んで止められるほどには。
「えっ……?」
まさか自分の速度に追いつくと思っていなかったイスカが目を丸くする。が、構うことなどない。マリアはその額にごつんと拳をたたきつけ彼女をヴァレーリヤから押しのけた。
イスカは咄嗟に大量の三叉槍を作り出してマリアに放つ……が、それをマリアは大量の蒼い稲妻によって破壊する。
「イスカ。君は『変わった』って言ったよね。少し違うよ。私は『捨てた』んだ。だって……もっと大切なものをこの世界で見つけたから」
ポン、とマリアの肩を叩くヴァレーリヤ。彼女のメイスはそれまでにないほど膨大な炎をあげていた。
「あっ、やば――」
イスカは顔をひきつらせ……そして炎の波に吹き飛ばされていった。
●グロース・フォン・マントイフェル
「自分が強者であるって思い込みも甚だしいね。
ねえちゃんと頭で考えてる? まさかからっぽのカカシじゃないよね?」
フラーゴラがそのように挑発すると、グロースは容易に彼女を標的とした。
豪速で迫り拳を繰り出すグロースを、両手を重ねるようにして受ける。
想像したよりも重い打撃だが、受けきれないほどではない。
あと何発程度なら受けきれるだろうかと考えながら、衝撃を逃がすために後ろへと飛んだ。
追いついてくる――かと思いきや、グロースは小銃を手に取りフラーゴラに狙いをつける。
(あれっ?)
【怒り】の付与ができていたわけではなかったようだ。
レジストされたのか、無効化されたのか。いずれにせよ自分を標的にしてくれている以上否やは無い。
フラーゴラは背後の建物に流れ弾が行かないようにとグロースを回り込むように走りつつ、相手の連射する弾を回避する。
「セイッ!! ハアアアアァァッ!!」
そこへブランシュによる跳び蹴りが繰り出される。実に一万近い威力の衝撃がグロースへと迫った。
「お前がやってる事はただの弱い者いじめに過ぎない。犠牲になるのはいつも弱者だ。
金にも体力にも恵まれて、不自由なく育った奴に虐げられてきた弱者の痛みと怒りがわかるか!」
吠えるブランシュの蹴りをグロースがなんとか回避しようと動くが、かすっただけでも常人を粉砕しうるほどの威力である。地面が爆ぜ、グロースは上空へと吹き飛ばされる。
回転を飛行能力によっておさえて体勢をたてなおしたグロースめがけ、ブランシュはキッとにらみ付けながら続けた。
「何が強者だ。お前だってバルナバスからしたらただの弱者に過ぎない!
都合よく使われる捨て駒に過ぎないんだ!
お前が『バルナバス』になる事は決してない! お前とて弱者だ! かかってこいよ。永遠に黙らせてやる!」
フランシュの言葉を受けて、グロースは額に手をあてた。
「下らん。弱い者いじめの何が悪い。
弱者が犠牲になってなにがおかしい。
他人の痛みなど分からなくて当然だ」
ブランシュの言葉に対応するように続けると、手にしていた小銃を放り捨てる。
ガシャンと音をたて、地面に激突した小銃はバラバラになった。
「貴様らとて同じだろう。勝手に精神的有意を決めつけ、相手を愚弄し自らの悦楽を搾取しているにすぎん。
だが私は責めない。なぜならこれこそが社会の構造であり合理的な行動であるからだ」
両腕を開き、手を広げ、小首をかしげてまたも笑う。
「皆でおててを繋いで助け合いましょう。分け合いましょう。弱者も集まれば強くなれます。――下らん!
何度も言うが強弱とは自覚であり勝敗とは結果だ。その二つを混同するな。
弱者が集まり強くなった気になれるのは集団でリンチをしかけて勝利という結果をもぎ取ったからに過ぎない。手を繋ぎ分け合ったところで貧困が希釈されるのみでリソースが決して増えることなどない。
強者が弱者を吸い上げるその力の流動こそが世界の動きでありリソースを増加させる唯一の方式なのだなぜそれが貴様等は分からない!?」
笑顔は、いつしか怒りの表情に変わっていた。
目を見開き、歯を食いしばり、彼女の両手には真っ赤な炎が燃え上がっていた。
怒りの炎と表現するに相応しいそれが空中へ散り、巨大な魔方陣を描き出す。
「そんなことはないのですよ――ブランシュたちの祈りは……!」
「ワタシたちの目指した未来は、そんな乱暴なものじゃないよ……!」
ブランシュとフラーゴラは同時に動いた。
グロースの魔方陣が放つ強大な破壊の光を、フラーゴラが前に出ることで受け止める。
いや、受け止めようとした。
だがフラーゴラが気付いた時には地面を派手にバウンドし、空中をゆっくりと自分の身体が回転していた。
体中に力が入らず、まるで風に舞うはなびらになったような気分だ。
頭がぼうっとして、再び意識が奪われそうになる。
そんな自分を『かばった』のはブランシュだった。
ブランシュのもつ反応速度を再び最大限に加速させが彼女はフラーゴラを抱きかかえ、豪速で空を飛ぶ。
そんな彼女の後ろに魔方陣が出現。離れようとする彼女を追尾するように次々と出現し続ける魔方陣。まるで巨大な蛇のごとく連なりをみせたそれらの間を光が駆け抜け、ブランシュを貫いた。
「――ッ!?」
ブランシュの意識が奪われるのも、また一瞬であった。
失策だ。
グロースは軍帽を脱いで忌々しげに前髪をかきあげた。
ブランシュやフラーゴラの挑発にのってつい本気を出してしまった。
それだけならまだいいが、彼女たちを痛めつけたいという怒りと欲望を抑えきれずに暴れ、気付けば……。
「――おやおや、どうやらショーはここまでのようですね」
ペレダーチア団長がハウニヴVの上で気色悪く笑う。
見れば団員の半数以上が破壊され、残る団員はかなり不利な状況に陥っているようだ。
勝敗だけでみれば互角かもしれないが、ペレダーチア団長は団員を半数失った時点で続ける価値はないと判断したらしい。
「んもー! レベル1に戻ったマリアを捕まえるだけの楽勝な仕事だからっていうから来たのにー! あっちも強くなってるじゃないか! なにあれ!」
一方でイスカが服のあちこちををちりちりと焦がした状態でぷんすか怒りながら空へ
と飛び上がる。
「ボクもう帰るからね! 流石にやってらんないよ」
「貴様、一体前金をどれだけ払ったと――!」
グロースが制止しようとするも、イスカはしらなーいと言って飛び去ってしまう。
一方のペレダーチア団長も仰々しくお辞儀をすると『これにてショーは閉幕となります』といって残る団員たちと共に撤退を始めてしまった。
「クソッ」
グロースは悪態をつき、そしてまだ残るイレギュラーズたちを見る。
その中には、傷付いたルブラットたちに駆けつけ治癒魔法を唱えるアミナの姿があった。
アミナの目には涙がうかび、それが大粒となってぽろぽろと落ちている。
グロースを見上げたアミナの目が、強く怒りの炎を宿していた。
「革命派の象徴、アミナか……どうした? 私の振る舞いに文句でも? それとも決闘のお誘いかな?」
グロースが言うと、アミナは睨むその視線をスッと外してしまった。
フンと鼻を鳴らすグロース。
「まあ、仕方ない。今回はここまでにしておくとしよう。仕事は充分果たしたようなものだ」
やれやれと言った様子でグロースは首を振り、帽子を被り直すとアミナたちに背を向けた。
「さようならだ。ご大層なことを口走るなら、せめてそれ相応に強くなっておくことだな」
●聖女さま、あなたは――
新皇帝派の将軍グロース・フォン・マントイフェルは空の彼方へと飛び去っていった。
彼女の率いていた兵達も撤退を始め、支援を失ったことで囚人達もまた撤退を始める。
幸いなことに難民達のなかに犠牲は少なく、建物への被害も少なくて済んだ。
アミナは、血を流して仰向けになったルブラットの腹に治癒の魔法をかけながら歯を食いしばっていた。
「ごめんなさい」
胸の奥からこみあげる感情が、目尻から涙になってぼろぼろと落ちる。
自分が涙を流せばきっと彼は許してくれるだろう。
私の『弱さ』を許してくれるだろう。
そんな打算が、確かにあった。
強くなれれば、どんなによかっただろうか。
こんな自分になりたかったことなんて、一度もなかった。
「大丈夫だ」
そんなアミナの手に己の手を重ね、ルブラットがマスクの下で笑う。マスク越しだというのに、彼の笑顔がわかるようだった。
「アミナ! こちらへ来て大丈夫ですの!?」
慌てた様子でヴァレーリヤが駆けつける。アミナの僧服のあちこちに血がついていたことで、怪我をしたのではと心配してくれたのだろう。
なら、泣いていてはダメだ。
袖で目元をぬぐってから振り返る。
「大丈夫ですヴァリューシャ先輩。これは私の血じゃあないですから」
苦笑するアミナに、他の仲間達が集まってきた。
「皆さんのおかげで被害は最小限に済みました。皆さんは無事ですか?」
アミナの問いかけに、ブライアンが『まあな』と苦笑気味に返す。
彼のダメージも結構なものだが、彼が抱えてきたフラーゴラやブランシュのダメージはそれ以上にひどい。それでも意識があるようで、時折呻く声がした。
「グロース・フォン・マントイフェル将軍……まさかあれほどの強さだったとは」
「二人でしのげていただけでも奇跡ね」
マリアとイナリも集まり、そこへンクルスやリュコス、胡桃たちも揃う。
どうやら全員無事……のようだ。
胡桃はほっとした様子で振り返る。
「それじゃあ、復旧にかかるのよ」
住民が無事だとはいえ怪我人は出ただろう。
建物への被害が少なく済んだといっても、やはり壊れた場所がないわけではない。
資材も医薬品も限られているが、できることはしなくては……。
イレギュラーズたちは戦いが終わったのもつかの間、次の行動にうつるべく動き出したのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
――難民キャンプの防衛に成功しました
GMコメント
●オーダー
・成功条件:グロース、イスカ、大回天事業サーカス団をすべて『撤退』させること
・オプションA:グロースの撃破(死亡を含まない)
・オプションB:イスカの撃破(死亡を含まない)
・オプションC:ペレダーチア団長の撃破(死亡を含む)
・オプションD:周辺の建物、逃げ遅れた民間人への被害を最小限に抑える(周囲で別の味方が避難誘導を行っているものとする)
成功条件さえ満たされていればこのシナリオは成功扱いとなります。オプションが満たされている必要はありません。
相手がどの程度の損害で撤退の見極めをつけるかは不明ですが、少なくとも全員倒されるまで退かないということはないでしょう。
逆に言えば、こちらは退かせるだけで勝利できます。敵戦力の大きさを見るならこちらと同じかそれ以上。未知数な敵がどの程度の強さかわかっていないので本当に『全員倒れるまで戦う』とする場合非常に厳しい結果を招くでしょう。
なので、PC間で『PC側の撤退条件』を話し合って決めておくとよいでしょう。
●フィールド
フルシチョフカ型建造物の前で戦闘が行われています。
すぐ後ろには建物があり、相手はこちらを追い詰めるような形で扇状に展開しています。
相手の陣形を変えたり誘導したりといった形でこの包囲を解くことは可能です。
●エネミー
・グロース・フォン・マントイフェル将軍
グロース師団の最高指揮官にして徹底陸軍参謀本部の悪魔。
彼女が前線に出て直接戦うのはこれが初めてであるため、戦闘力は未知数。
・『焦滅光槍』イスカ・シヴァトリシューラ
マリアの同世界出身者。つまりはウォーカーなのでレベルもイチから上げて鍛えているはず。
戦闘力ではマリアと直接ぶつかってマリアを墜落させる程度には強い模様。
光を操り破壊を生み出す異界の亜神であり、その威力には注意が必要。
他の面々と違ってかなり軽いテンションでこの戦いに参加しているらしい。
・『大回天事業』ペレダーチア団長
サーカス団の団長。空飛ぶ円盤に乗っており演説を行っています。
戦闘には参加しませんが、非常に油断ならない雰囲気があります。
・『玉乗り道化師』クラウン
蒸気式機動装甲球『ライド・オン』を操る小柄なピエロ。
ライド・オンによる高速回転移動は機動力と攻撃力、防御力を兼ね備えている。
以前ライド・オンに入る前に倒されるという弱点を突かれたため、高速で搭乗する仕組みを備えている。
・『怪力男』ヴィゴーレ
破砕用亜鈴『ゴードン』を操る怪力男。機械の義手による怪力は油断ならぬ高い攻撃攻撃力を持っている。
・『火吹き男』グラニット
蒸気機関を組み込んだヘルメット『ドクーン』を使いこなす火吹き男。
弱点は背中に負ったタンクだが、二度にわたってこの弱点をつかれ敗北したことで防御対策がとられている模様。
炎系を初め複数のBS攻撃を得意とする。
・『猛獣使い』ベスティエ
蒸気機関のライオン『アニマール』を操って戦うサーカス団唯一の『改造されていない人間』。
彼は3体ほどの強化型アニマールを自分のそばで操ることで戦闘に参加する。
アニマールは機械仕掛けの獅子であり、爪や牙による獣じみた攻撃手段をとる模様。
・『踊り子』リーナ
美しくも凶悪な義足『バイラリン』を装着したバレリーナ。
バイラリンによる防御や範囲攻撃を得意とする。
純粋に戦闘力の不足によって敗北した経験を生かし、純粋なパワーアップが図られている。
●攻略のヒント
・戦闘力の高い敵が揃っているため、『少人数ヘイトコントロールによる抑えを置いて一人ずつ順番に倒す』作戦は破られるリスクが高い。
敵の高火力を二体以上被らせない運用が望ましい。担当を割り振ってタイマンをはらせたり、鉄壁の少数連携を作って同人数を相手取る作戦が有効。
・グロース、イスカ、ペレダーチアはそれぞれ『撤退条件』が異なる。
グロースは革命派という存在の破壊をもくろみ、
イスカは『遊び』と『お仕事』の両輪でこの作戦に参加し、
ペレダーチアはこの作戦に娯楽性を求めている。
中でもペレダーチアは団員が減ると撤退を考える考えるようになる筈。
・建物が後方にあるまま戦闘を行うと建物への被害が出てしまうおそれあり。
まずは陣形を変えて被害の少ない場所へ誘導しよう。
相手を誘導に乗せられないとしても、逆向きになって戦うだけでも被害は減るはず。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
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