シナリオ詳細
<革命の聖女像>バイバイ、パパママ
オープニング
●おもいでほろり
フライパンは鉄製がいい。
できれば大ぶりで、底が深いタイプがいい。丈夫で頑丈で長持ちするし、材料へ均一に火が通るし、蓋をして火からおろしタオルで包めばじっくり蒸し焼きにもしてくれる。
それが亡くなった母の口癖だった。母は料理上手だった。フライパンひとつでなんでもこさえてくれた。渋い木の実やアクの強い野草でも、母の念入りな下準備を施せばごちそうに変わった。今思うとあれは安心と安全の味だった。猟師の父と、母とわたし。けして裕福とは言えない暮らしだったけれど、それでも明日が来るのが普通だと思っていた。
いま、わたしはわたしの料理の味を聞かれても答えられない。何を食べても味がしないから。生きるためにただ咀嚼し、飲み込むだけの行為だから。
●難民キャンプにて
「アリョーナ」
部屋の隅でしゃがみ込んでいたわたしはゆっくりと小屋の窓を振り返った。ここへきて、どのくらいになるだろう。ひとつき、ふたつき? 月日の概念もあやしいわたしの、閉じがちな心のドアをノックする声だ。この区域の区長、エフセエヴィチさん。元は村長をしていたそうで、事務仕事を実直かつテキパキとこなすし、わたしのように突然家族を失い呆然自失のまま流れ着いたよそ者の面倒も見てくれる。ここへ来たからにはどんなやつでも家族だ。そう言って。
今日も巡回の名目でわたしのところへ来てくれたのだろう。だけど、それなら玄関から入ってきそうなものなのに、どうして今日に限って窓から声をかけるんだろう。それに、姿を見せないのも変だ。ガラスなどという高価なものの代わりに、小屋の窓へは厚い布がかけられている。厳寒で彩られたまっしろなキャンパス。そこに人影はない。
「アリョーナ」
もう一度窓の向こうから声が投げかけられる。ふと嫌な予感が走った。それは虫の知らせとでも言うものだったかもしれない。わたしはキッチンへ滑りより、いまや形見となったフライパンの持ち手を握りしめる。重いフライパンの感触。ほんのすこしだけ安心する。これさえあれば、そんな根拠のない自信がぐらつく心を支えてくれえる。わたしはおそるおそる窓へ近寄った。布の隙間から外をうかがう。
いない。
窓の外には誰も居なかった。
「アリョーナ」
わたしは布の端を持ち上げ、そっと声のする方を向いた。本当はそうしたくなかった。怖くて怖くてたまらなくてだけどだからこそ正体を見極めなくてはならないと義務感にかられて向いた先は……上。屋根からぶら下がっている、エフセエヴィチさんの、血の滴る生首が見えた。その生首が口だけを動かす。
「……アリョーナ」
喉も裂けよと叫ぶ声が重なった。それが自分の口から発せられていることに、わたしはようやく気づいた。
生首がわたしめがけ、突っ込んでくる。窓枠が破壊される音を背に、わたしは小屋から外へ飛び出した。そして見てしまった。転がっているいくつもの首なし死体を。散らばる機械部品はこの区域の安全を守ってくれていた歯車兵だろうか。こんな場末のせいか、ちょっと整備が行き届かなくて、いつもがたぴし音を立てるから、ぽんこつさんと呼ばれて親しまれていた歯車兵が、まるで一撃でバラバラにされてしまったかのように。
ふりかえったわたしの目には、小屋の屋根を覆う巨大なミミズの塊が。てらてらとしたミミズはまるで大木のように太く、赤い表面は脈打つように常にうねり、先端には人間の生首がついている。幾重にも絡まって団子状になった本体が激しく蠢動するたびに、先端を彩る何十もの生首がふらりふらりと揺れる。その姿には見覚えがあった。他でもない、わたしから両親を奪った魔種だ。
「アリョーーーーーーーーーーーナアアアアアアアアアアアアアアアア」
何十もの生首が一斉に声を上げる。ああ、これは、母さんの声。父さんの声。わたしの体は吸い寄せられるように一歩一歩と魔種へ近寄っていく。行くべきではないと頭ではわかっていながら、なおも足が動く。この力のせいで父さんも母さんも。思い出せ思い出せ、あの時はどうだった? どうしてわたしだけ、たすかった?
(返事を、しなかったからだ)
まだまにあう。
私は全ての力を振り絞り魔種へ背を向けた。動け、動け、動け。わたしの足。泥沼へつかったように私の足は重い。だが少しずつ前へ進んでいる。魔種から離れつつある。逃げなければ。逃げなければ。
「アアアアアアアアアリョーーーーーーーーーーーーーーーーーーーナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
名を呼ばれるたびに、私の足が、体が、どんどん重くなっていく。心の中へ思い出が走馬灯のように流れていく。明るくてふくよかで料理上手で、大好きだった母さん。お隣さんの声をきいて、はいいまいきますよと、返事をして出ていったね。それっきりだったね。強く厳しくもやさしかった父さん、様子を見てくる、おまえは隠れていなさいとだけ言い残して猟銃を手に出ていったね。それっきりだったね。
そしてわたしだけ残された。
気がつくとボロボロ涙があふれでていた。いっそあの魔種に食われてしまえば、腹の中また三人で暮らせるかも。そんな甘い妄言が私の脳を支配しようとする。重すぎる体。進んでいるはずなのに後退している。三歩進んでは四歩下がる。体がどうにもならなくなっていく。わたしは酸素を求める金魚のように、はくはくと口を動かした。
「たす、けて」
●鉄帝ローレット支部にて
「状況を先に言う。革命派難民キャンプを魔種グラリオットが襲撃した」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)の一言に、このクソ忙しい状況で魔種かと、あなたは心底うんざりした。
未曾有の大寒波フローズヴィトニルはギア・バシリカへも到来していた。その機に乗じてラド・バウのそれより武力で劣るわりに、資源は豊富な革命派難民キャンプを襲う驚異の大津波が起こっている。イレギュラーズはその対応に追われていた。
ショウはあなたの反応を楽しむように続けた。
「場所は難民キャンプの郊外だ。まだ集合住宅が建設中で、仮設住宅代わりの小屋が並んでいる所さ。その一区画を一体の魔種が制圧してしまった。すでに当該区画の住民は皆殺し。生き残りがひとりいる。アリョーナというお嬢ちゃんだ。魔種はこの子をいたぶって遊んでいる」
おなかが膨れて余裕ができたんだろうな、とショウは言い添えた。
「グラリオットが別区画へ移動する前になんとかしてほしい。このままだとお嬢ちゃんは魔種に食われて死ぬし、そうしたら魔種は別区画へ移動してまた殺戮を始めるだろうな。べつに君らの相手をしに来たわけではないようだから」
肩をすくめてみせると、ショウは机の上の資料へ骨ばった手を置いた。
「注意点がある。まずこの魔種の至近距離へ入らないよう立ち回ること。もうその距離じゃ格好の餌食にされるからね、きついよ。次に、これも重要なんだが、グラリオットは大切な人の声を真似て名前を呼んでくる。精神へ干渉してくる呼び声の一種だ。返事はするな、絶対にだ。たとえウォーカーでも、したらどうなるかはわかってるね?」
ミミズの一部にはなりたくないだろ。と、ショウは意地悪な顔をして、軽い調子であなたへたずねた。
「で、やれそう?」
- <革命の聖女像>バイバイ、パパママ完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年01月09日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
一行は血の匂いただよう風を引き裂き、死者と紅と歯車にまみれた道を踏みしめて駆けていた。
「魔種を倒す、少女は救う。やることはシンプルかつ困難。だが……」
現地へ向けて走りながら、『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)はそこで言葉を区切った。
「照らし出します、輝かせます、聖者の行進、行く先地獄」
優雅に空を滑る『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)が歌うがごとくものやわらに紡ぐ。
「とはいえ、想定外の事態も、起こり得る。用心しよう」
『矜持の星』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が油断せず言い添える。
「そうだな、なんたって相手は魔種だ。どんな手を使ってくるか想像がつかない」
『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)が眉間にシワを寄せる。
「だが生きて帰るべし常在戦場なれどそうあらん、私も御身もアリョーナも」
今回の作戦の要である『冥焔の黒剣』リースヒース(p3p009207)は、ともすると車輪を取られがちな馬車を制御しながらまっすぐに目的地を見据える。
「めんどくさいことに関わった、かな?」
『隠者』回言 世界(p3p007315)がひとりごちる。
「ま、やることはやるか」
気持ちを遮断し、前向きに切り替える。その隣では『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)が進撃を始めていた。すでにその足元は血で真っ赤に染まっている。
「我 許サジ。魔種 許サジ。」
短い文句は決意の現れ。
『スケルトンの』ファニー(p3p010255)が器用に笑みを浮かべた。
「まさにこの世の地獄だ。いや、死ねばカミサマか。だとしたらここは約束の地か」
軽口を叩きながらファニーは戦場へ飛び込んだ。呼び声重く響く。
「さっそく来たなぁ! アンラら、覚悟決まってんだろうな!?」
応える皆の気迫、当然だ、と。
●
引き寄せられる。そして空気を割って、触腕が降り注ぐ。ひとつひとつが大木のような触腕だ。まともにくらえばただでは済まないだろうに、ファニーは平然としている。
「知ってるかい? チカラってのな、ただ振り回すだけが能じゃないってことを」
飛来する触腕。だが愚者は行進する、交信する、更新する、未来を塗り替えるために。
「アンタのそれは剛だそれも一等愚直な剛だ。俺様の得意分野だぜ」
距離を取るファニー。四つ葉のクローバーのロケットチャームが揺れる。その刹那、触腕がファニーの頭骨を砕かんとする。
「そらす。それだけでいい」
綴られるは白紙の物語。まるで障壁のように展開される何も書かれていないページの数々。それに触れた途端、触腕は軌道をそらし、何もない地面を強かに打ち付けた。土煙が舞い、ひび割れ陥没する大地。二撃目、そらす、三撃目、そらす。触腕が襲う。そらす。ファニーがすべてそらしていく。
「ほらよ、今のうちにアリョーナの嬢ちゃんを助けてやりな。両親とまとめて腹の中だなんて、そんなバッドエンド許されてたまるかってんだ」
獲物を仕留めそこねた触腕がずるんと戻っていく。それは去り際に彼の耳元で囁いた。愛しい人の声で。
『ファ、ニー』
ドクロから表情が抜け落ちる、そして鋭い視線が矢のように触腕をねめつけた。指先に灯る一番星。殺意の現れ。それはファニーが呼び声の影響を脱した表れでもあった。
「たかが声真似ごときで、俺様を騙せるだなんて思うなよ? 誰が返事なんてするか。耳障りだ、その首刈り取ってやろうか」
撃ち放たれる豪速。ぶちんとちぎれる触腕。地に落ちたそれがトカゲの尻尾のように暴れたくる。それを踏みつけ、ファニーは言い捨てた。
「俺様のともしびを、それで真似たつもりなんだろうが。あいつはそんな感情の乗らねぇ声で俺様を呼ばねぇよ」
ぶうん。また新たな触腕がエクスマリアを狙う。それは彼女の華奢な肉体をたしかに圧殺した、はずだった。
地を穿った触腕の上に、エクスマリアが立っていた。
「マリアが、マリアこそが、奇跡、だ」
ほんのすこし因果律を捻じ曲げ、ほんのすこし空間へ干渉し、あたりまえだと言いたげに、エクスマリアは気を吐いた。
「甚だ不愉快で、悍ましい魔種も居たものだ、な。いったいどんな聖人が反転したら、そこまで醜く成り果てる?」
げらげらげら。幾重もの爆笑。彼女の洞察どおり、この魔種は行動力に秀でるでもなく、攻撃を連ねることもなく、ただ木偶のように触腕を振り回しているだけだ。
(単純だな、単純にして過ぎる。奥の手でもあるのか、また或いは……)
思考する彼女の前にぐりりと無貌の顔が突き出された。それが口を動かす。ここでは聞こえるはずのない声で呼ぶ。
『エクス、マリア』
たいせつなひとのこえ。いつか、また会いに行こうと決めた人の声。ゆえにエクスマリアの心は冷え切り、次の瞬間、爆発した。そもそも『あいつ』は、こっちから話しかけなければ、自分からマリアを呼ぶなんて、気の利いたことはしてくれない――!
「0点、だ。あのこえは、もっとぶっきらぼうで、もっと大雑把で、ずっと優しい……だが、また思い出せたことだけは、感謝しよう」
大きく息を吸い込み、魔力を胆力で練り上げる。上空に魔法陣を展開し、解放。ずずりとはみだしたそれは、大質量の。
「腹が減っているなら、これでも、喰らえ」
アイゼンシュテルン。もはや言葉にすることすらはばかられる巨大なる天誅。それが圧倒的な質量を持ってして触腕の数々を押しつぶす。
『ガアアアアアアアア!』
咆哮があがる。つぶれたはずの触腕が元通りになっていく。
「再生、しただと? 体力も、多少は回復している、な。だが、このまま、押し切る。アリョーナへの、執着など、感じる暇も、ないほどに」
「そうですね。そうしましょう。私たちのやるべきことは、驚異を脅威を、教えてあげること」
イレギュラーズの名にかけて、と、フルールがいとけなく微笑む。
「魔種グラリオット。属性は憤怒……とは言え、この食い散らかしようはまるで暴食のよう。魔種というからには、冠位でないなら元は純種なのでしょうけど、どの種族なのかわからないくらい歪な形ですね。何を求めて魔種に変わったのかはわかりませんが、憐れですね」
唇からこぼれる言の葉へ哀切は見当たらず透明。フルールは精霊たちを召喚する。彼女の影を喰らい、気配を喰らい、魔力を食い漁って、華麗なる精霊たちが顕現する。それは赫灼であり、それは橙赤であり、それは赤銅であり、それは深緋であり、それは茜朱であった。
「いらっしゃいな、遊びましょう。歌いましょう。踊りましょう。いかなる時もときめきを胸に。この世の果てまでパレードしましょう」
紅蓮閃燬が魔種へ突き刺さる。恍惚の境地へ至った魔種は、つかのまの幸いを貪っている。そこへ容赦なく追撃を放ちながら、あくまでたおやかにフルールは歌う。
「解けるように溶けてくださいな。割れるように笑ってくださいな。ただでさえ寒いのですもの。あなたも温まりたいでしょう? 死出の旅路はきっと、華やか。私が飾り立ててあげます」
ついと首が上を向いた。唇からささやかれるは、かの乙女の声音。
『フ、ルール』
吐息のように声を放ったおとがいを、フルールは繊手で持ち上げて一呼吸置いたのち、おもいっきりひっぱたいた。
「なぁに? 私の大切な人の声を真似ているの? 聞いてあげたいけど、今は放置して虐めたい気分なの。ごめんなさいね? ふふ、死んだら可愛がってあげますよ。たっぷりと甘やかして、とっぷりとぬくもりを注いであげますとも」
別な場所でも、一撃、触腕が大地を割った。危なげなくしなやかに回避した愛無は脚を粘膜で再形成、斧へ変え、触腕を蹴飛ばす。同時に粘膜から特殊なフェロモンを発する。傷跡から捻じ込まれたそれがとうとうと魔種の中広がっていく。底知れぬ泥沼のように。
「僕にとって『大切な者』とは保護対象であると同時に。だが、それ以上に『捕食対象』である。殺す理由が増えるのは良い事だ。何せ僕は殺したモノは喰うと決めている。クソ不味そうな奴だ。せめて喰う理由の一つは欲しい」
ぬるぬると粘液にまみれたミミズの肌、ぶらさがる首。笑う。ゆらり、ふうらり、風に揺れる。極寒の風が戦場を吹き抜けるも、愛無は意に介さない。
「所詮、人間など餌には過ぎぬ。だが、この世界に来て学んだ事もある。喰うモノに対して敬意を払う事だ」
愛無が淡々と怒りを込める。それは薄紙の上を広がる炎のよう。
「お前にはそれが無い。昔の己を見るようでイライラする。殺す理由は十分だ」
食らおう、食いあおう、食い切ろう、消化しよう。食欲を減退させるやつだが、捕食者としての本能はスターターを入れられうずいている。
ふいに呼び声が聞こえた。場違いにやさしい声で。
『愛、無』
何も感じなかった。いや、感じたすべてを封印したのだ。平坦にして鋭敏なる平常心はゆらぐどころか水平線。
愛無は攻めの姿勢を崩さない。どうであれ元を断たねばならぬ。ならばそれを最優先することが、最良の結果につながる。少女の生存にも。愛無は顎を引き、粘膜から槍を生成、ねちりじゅるりら粘液質な音があたりに響く。グングニルもかくやと思わせる巨槍を、愛無は投擲した。放物線を描いた凶暴な質量がミミズ団子へと。
「何にせよ。僕は為すべきことを為す。それが仕事だ。僕は傭兵だからな。少女。お前は生き抜く術を本能的に理解している。お前は強い。だから生きろ。縁があれば帝政派を頼れ。今は僕が守ってやる。この蚯蚓野郎をぶち殺してな」
「アリョーナ、よく持ちこたえたな! 俺達は特異運命座標! 魔種をも打ち倒す希望の光だ!」
ベルナルドは場へ駆けつけると同時に大きな瓦礫を持ち上げて壁にした。魔種の視界からアリョーナを隠すためだ。そしてドリームシアターを使用し、リースヒースとアリョーナが見当違いの方向へ逃げ出す幻影を作り出す。
ファニーとエクスマリア、そしてフルールと愛無が魔種の気を引いている。四人ものイレギュラーズの猛攻を受けて、さすがの魔種も応戦せざるをえない。そこへこの幻影は効いた。魔種の気がそれる。四人のイレギュラーズによるさらなる攻撃。とまどう魔種。場は整った。
リースヒースは血にまみれた荘厳なる馬車を少女へ寄せた。
「な、なに?」
しゃべることすら難しいのか、アリョーナは息も絶え絶えだ。
「気にしなさんな。これからちょっと眠ってもらうが。なあに、悪いようにはしない」
馬車のそばから飛び出した世界が号令を放った、とたん彼女に絡みついていた影が溶けて消えてなくなる。少女が驚きに包まれる。同時に世界はみぞおちへ拳を叩き込んだ。気絶したアリョーナの体をフリークライが受け止める。
「アリョーナ 助ケ 求メタ。生キル 求メタ。ナラ 助ケル。」
大きな体の前で、少女はあまりに儚く、軽かった。フリークライを取り巻く空気が怒りに染まる。この区画を蹂躙し、死者を冒涜し、少女をいたぶった魔種への怒りだ。
フリークライが馬車へアリョーナを載せる。同時にリースヒースは手綱を引き、方向転換。全速力で戦場外へ。ここまで迅速。なめらかにして滞ることなし。リースヒースが背後を守る仲間へ向けて叫ぶ。
「頼むぞ、頼んだぞ、御身ら、この少女は私が必ず守り抜くゆえに!」
だがそんなリースヒースを三重の呼び声が襲った。
リースヒースは聖印を握りしめた。疼痛が彼女の意識を現実へ引きもどす。
(感謝するモール、守ってくれたのだな。友であり恩人よ。あの男は殺しても死ぬまい。あの男を看取るのは私と決めているのだから)
追いすがる呼び声。だがリースヒースは既に覚悟を決めている。
(ヴォレニク……かつての右腕よ。御身はもはや生きてはいない。私の過去で眠れ)
『リース、ヒース』
それは彼女にそっくりな、別の誰かの声。
(リース。私の元となった死霊術師よ。御身は私の内なる声。私のルーツ、ゆえに)
「外から聞こえたならば、それは『間違い』だ!」
リースヒースは馬車を走らせる。死体を粉砕し、歯車を跳ね飛ばして、疾く征く。走り去るリースヒース。遠くへ、遠くへ。
意識のすべてを操縦へ集中させ、リースヒースはついに呼び声より脱した。魔種の姿が小さくなり、壊れ果てた集合住宅の陰へ隠れる。
「はあ、はあ、ここまで、くれば……」
その瞬間、リースヒースは顔をしかめた。
(嫌な予感がする)
少女へ毛布をかぶせてやると、リースヒースは地へ降り立って待機した。
残ったイレギュラーズがそれぞれの視線を暴れまわるグラリオットへ固定した。反撃ののろしだ。高らかにフリックが宣誓する。
「我 フリック。我 フリークライ。我 墓守。我 死者 安寧 護ル者。死者 騙リ 遺体 弄ブ者 許スコト無シ。」
がきんと拳を打ち合わせ、フリークライはかまえる。動くたびに死体を跳ね飛ばすも、フリークライの心は揺るがない。
「墓守 遺体護ルダケ 違ウ。死者 遺志 護ル者。遺族 心 護ル者。我 安寧ノ司祭。戦場ヘ 祝福 齎ス 者」
フリークライの全身を彩る花々から芳香が立ち上り、満ちていく。血の臭いを打ち消し、近くにいる味方へ加護を与えていく。それはさながら不死者に捧げる瑞花。フリークライの周りにだけ清められた空気が存在する。ヒトのヒトとしての尊厳を守る為に立つ、心優しきレガシーゼロへ、顔が迫る。ありえない、大切な、声音で紡がれる名。
『フリー、クライ』
それは亡き主の声。だがフリークライは応えなかった。その魂の安らかならんことを、フリークライは誰よりも願っている。いまこの瞬間も、森の中のあのこもれびさんざめく地で、いとしき主人は眠っている。なのにこの魔種ときたら。コアの中の聖域へ土足で踏み込まれた感覚。
「我ガ主 死 我 護ッテイル。貴様如キ簒奪 叶ワズ。主命ハココニ。我ガ心ニ。」
わずかにうつむき、コアをドンと叩く。衝撃が衝動となって体躯へ飽和していく。秘宝種は顔を上げた。
「フリッケライ アクティベーーーーーート!!!」
吠えた。それは魔力持つ言霊となって味方の不調を取り除いていく。
「女神 来タレ。麗シキ女神 来タレ。恩寵ヨ 来タレ。我 フリークライ 我 守護者。叶エントス 信ジントス。未来 ソノ 煌々タラン事ヲ。」
豊満な女神がやわらな手を伸べ、疲弊した仲間の頬へ口づけを施す。それだけで気力が充填されていく。堅固な守りと純粋なる魂とを持って、フリークライは仲間の支援を続ける。
「グラリオット 逃サナイ。ココデ 倒シ切ル。ソレマデ フリック 味方 支エル。」
グラリオットがぐるりと鳴いた。
世界が魔力塊を生成する。塊が分裂し、すらりとした刃に変わっていく。幾千幾万の刃の群れが魚の群れめいて空へと向かい上昇していく。
「あー、詠唱とかそういうの、俺のキャラじゃないんだよな。だけどまあ、スイッチくらいは押さないと。ほいよ、『ネイリング・ディザスター』」
力の抜けた声で、力ある言葉を唱える。世界の呪文を受け、魔力から生成された刃が魔種へ向かい降り注ぐ。痛みはない、だがあふれだす不調の数々、死へ至る猛毒、身を焦がす炎熱、行動を阻害する呪い、もっともシンプルでありゆえに恐ろしい出血。黒い血が紅へ混ざれば、酸を撒いたように音と煙が立つ。
「たった一人の女の子に執着するとか情けないったらありゃしない。そんなんだからモテないんだぜ? ああすまん、それよりも見た目に寄る部分が多そうだ。食い過ぎによる肥満なら運動によるダイエットをお勧めしよう」
びくびくとのたうつミミズ団子へ追い打ち。そこへカウンター気味に呼び声が。
『世、界』
それは自分の声にそっくりだった。
「やっぱそうくるわけ?」
世界は沈黙し、ギフトで感情を切り離す。やがて鼻で笑いとばした。あきらかな嘲りをその顔へ浮かべて。
「あほくせえ、やっぱりモテなくて正解だぜおまえ」
「難民キャンプにいた人達は、心も身体も傷ついて、やっとの思いで肩寄せ合ってここで生きていただろうに。……許せねぇ」
ベルナルドが怒りをにじませる。
「足止めは解除しきったな。動きが相手の方が上だが、至近まで引き寄せられないあたり、こいつさてはマヌケだな?」
毒を吐くベルナルドに、呼び声が垂れ落ちる。
『ベル、ナルド』
まるであの聖女の声。ぐらりと心が揺れる、だがそれがどうしたというのか。
「……そうだ。俺はこんな所でつまづいてられねぇ。希望の力でアネモネを救うため、戦う画家としてここに居る」
思い出せ大義を。天義のしがらみからアネモネを救うのだ。だからあえて彼女の鳥籠から飛び立ったのだ。
「傍に居てやりてぇとは思う。けど今じゃねぇ」
フェアリーズゲイムで牽制しようとしたその時、魔種が爆散した。
「!?」
団子状だったミミズがほどけて四方八方に逃げ散っていく。
「ちくしょぅ! 追え追え! 範囲攻撃をばらまけ!」
イレギュラーズたちは対応しきれず、魔種は逃げおおせた。
その一方で。
●
突然来た殺意に、リースヒースは反応した。瓦礫の山を突き破った魔種めがけて。
「影の武具よ来たれ!」
ざっくりと顔へ刺さった凶器。魔種のかけらは動きを止めた。
「……ふう」
リースヒースは馬車内をのぞいた。
アリョーナはおだやかに眠っている。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
おつかれさまでしたー!
じ、字数が。字数が足りぬ。
グラリオットには逃げられちゃいましたが、退けることはできたので依頼は成功です。
アリョーナは助かりました。がんばりましたね!
MVPはオプション達成へ多大な功績を上げたあなたへ。
またのご利用をお待ちしています。
GMコメント
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
みどりです。だるまさんがころんだ。
やること
1)魔種グラリオットを退ける
A)オプション 少女アリョーナを助ける
●エネミー
魔種グラリオット 属性は憤怒 役割は制圧
先端に人間の生首がついている極太ミミズが、からまりあったような姿をしています。大きさはだいたい5m。
HPはずば抜けて高いものの、防技・抵抗・回避、どれも低いです。また、反応・機動力がかなり高いほうですが、戦闘中は基本的に定位置から動きません。
至近距離へ入ると即座に【防無】【必殺】の乗った特大ダメージを与えてきます。この攻撃は魔種の手番に関係なく発生します。
また、触腕(見た目は極太ミミズなんですが、説明が面倒なのでリプでは触腕と表記)を振るって【ブレイク】が乗った範の物理攻撃を近~超遠へ仕掛けてきます。
かつて食いそこなった少女アリョーナへ執着している様子です。現状はアリョーナ相手に舐めプしていますが、皆さんが到着すると本気を出すでしょう。なお少女の生死はオプションです。
●エネミーガジェット
引き寄せ
【足止】系列のBSが付与されているPCを、魔種のR1内へ移動させます。この行動は1Tに一度だけです。
かなたからの呼び声
大切な人の声で魔種があなたの名前を呼んできます。返事をすると問答無用で戦闘不能になります。強い意志がなくては、返事をする誘惑から逃れられないでしょう。精神干渉なので、心情プレで抵抗へ補正がかかります。
PCがこの攻撃を受けた時に発生する判定なので、会話・声掛けなどの通常の発音は判定に引っかかりません。
●戦場
ギア・バシリカの建材を使って建てられた小屋が密集している場所の、広場です。スラム街をイメージしてください。だいたいあってます。
グラリオットが食い散らかした死体や、歯車兵の残骸がごろごろしており、足場は悪いです。
また、大寒波による影響でFBと機動力を除く各ステータスへ-10程度のペナルティがかかります。
戦場全域へ呼び声が鳴り響いており、毎ターン開始時に【足止】系列のBS付与判定があります。この判定は非常に強力です。
●NPC 少女アリョーナ
フライパンを持った十四才の少女です。青い瞳がチャーミング。グラリオットによって両親を失ったショックから味覚障害に。
重篤な【足止】系列のBSにかかっています。とりあえず気絶させておくと楽かもしれません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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