PandoraPartyProject

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『ファルマコン』

 わたしが、命を喰らうとき。それは肉なるあらたな生き物として息をすることだろう。
 わたしが、命を作るとき。地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚はわたしのものとなる。
 地を滅ぼす濁流は、わたしが零した血潮の一筋よりつくられる。
 しかして、わたしを愛する者は救われるであろう。
 わたしはわたしを愛する者にわたしの血肉を分け与え、導くことが赦された。
 それこそが、終焉へと向かう方舟の主であるわたしのすべてだ。

 ――終焉獣(ラグナヴァイス)。それは終焉の使徒達の居城たるラスト・ラストより転び出る滅びの塊である。
 独立都市アドラステイアの鐘塔に巣食うそれがそうだと名乗ったのは己が『そう』であることだけを認識していたからだ。
 破滅とは即ち無だ。しかし、無の先に新たな光があると信じる者も居る。
 それらはその獣をこう呼んだ――『ファルマコン』と。
 アドラステイアの鐘の音はファルマコンへの祈りを捧ぐ合図である。
 今日の鐘の音は歪だ。上層部にまで攻め入った『異教徒』は「わたしの首を斬り、渓底へ落とすためにやってくるのだろうね」
「そうだろう、カンパニュラ
「ええ……ええ……そうでしょうとも、ファルマコン」
 腕は一方もげた。流れ溢れた血潮への苦しみにファルマコンの血を僅かに喉へと落とせば興奮だけが身を起こす。
「カンパニュラ、カチヤとエアリスはどうなったかい?」
「カチヤは引き続き逃げ回っているようです。かわいそうに、エアリスは囮となってローレットに捕まってしまったそうです」
 カンパニュラは心底憐れむようにそう言った。カチヤとエアリスはファルマコンへの『真の信仰』を持ち合わせているわけではない。生き残りを目論み足掻く姿は、いっそ哀れか、道化であっただろうか。
暗闇(オプスキュリテ)とドクターはどうなったかな。わたしも彼等とは是非会ってみたかった」
 舌なめずりをしたファルマコンはカンパニュラの報告を待っている。
「あちらは……イレギュラーズに状況をかき乱されて守護していた教会を失った様ですわ。もう少し耐えうるかと思っていましたが……」
 零す吐息。あぁせめて敵の一人や二人にでも死を齎してくれていたら――などとも思うのだが。
 まぁ、仕方なしとも取れる様な吐息をもう一つ零して。
「そうかそうか。……なら、『大人の儀』は?」
「失敗したそうですわ。ええ、それも異教徒らの所為ですもの。プリンシパル・イレイサを逃がしてしまったのは惜しいことです」
 項垂れたカンパニュラの顎に手を添えてからファルマコンは笑った。
「きみはどうして退いたんだい? メビウス
「『刻』が満ちた。それだけだ。私の中のバイラムも――『これ以上、上層に執着する必要もありません』と言っている」
 闇ギルド『新世界』のギルドマスター、メビウス。彼ら新世界はこのアドラステイアの立役者と言っていいだろう。経済、武力、その他様々な面で彼らのバックアップがある。利によってコウモリとなった者もいるにはいるが、それでもメビウスの影響力は強力なものだ。
 フォルトゥーナ地区にてイコルの製造を行っていたファーザー・バイラムの肉腫を宿してからは、彼の知識と力を手に入れ立場を強固なものとしている。
 率いていた軍勢は上層の拠点ごと失ったが、そもそも彼は誰のこともアテになどしていない。『ファルマコン』をより直接的に利用できるこの状況を得るための対価と考えればおつりが来るとすら思っているだろう。
 魔種であり滅びのアークを蓄積し続けるメビウス自信は邪魔なウォーカー(及びイレギュラーズ)たちを排除できればよく、バイラムは己がより広く繁殖できればよい。両者に利のある関係なのだ。
 例えば『イコル中毒の解消方法』を知っているのは現時点でこのメビウスだけだ。その一点をもってしても他にアドバンテージがある。
 そんな背景もあり淡々と応じたメビウスに「小金井・正純という娘は美味しそうだったかな? それとも、スティア・エイル・ヴァークライトか。……いいや、バイラムならば佐藤 美咲か」と名を連ねる。
「どこで名を?」
「わたしは、神様と呼ばれているから」
「まあ」
 カンパニュラは唇を尖らせた。
「わたくしが異教徒らの肉を捧げたいこともお見通しだったのでしょう」
「けれど、きみが生きている。きみの腕を喰らった。そうだろう、カンパニュラ」
「ええ。そうです。ファルマコン。我らが都市によく顔を見せていたマルク・シリングという男は次こそは必ず殺しましょう?
 アーリア・スピリッツと名乗る女が連れていた『シスター』も我らが同胞と詐称していましたもの。磔にして血を絞りましょう。美味たるワインになりますわ」
 うっとりと笑ったカンパニュラは鐘塔の外を眺めた。
 吹き荒れた雪は少しばかりその勢いを弱めたか。この景色を、カンパニュラは知らない。それでも、ファルマコンの膝元で寝物語として聞いたことがある。

 ――冬の夜は扉を閉めなさい。フローズヴィトニルが来てしまうよ。

 創世記と呼ぶべきか、それとも勇者の凱旋時代の御伽噺か。嘗ての世界に存在した悪しき狼は冬の気配を連れて遣ってくる。
 この冬は何れだけの苦しみを生むのだろう。其れ等が餓える前にアドラステイアの門を広く開いて、子等を『保護してやらねば』。
 カンパニュラはふらつきながら立ち上がる。
「落ち着きなさい、カンパニュラ。この吹雪だ。彼等が直ぐに此方にやってくるとは思えない。
 何せ『わたしは人では無いのだから』ね。吹雪になど不利にはならない。この冬の気配が落ち着く頃にはシャイネンナハトがやってくるだろう。
 わたしは『聖女の御伽噺の効力に縛られている世界』に生きているから。ずうっとその平穏を愛しているのさ。
 息を沈めなさい、目を伏せなさい、言葉を慎みなさい、わたしたちは冬と聖女の前では無力なのだ」
 ひゅうと冷たい風が吹いた。

 アドラステイア上層攻略作戦はまずまずの成功を収めたと言っても良い。
 疑雲の渓底に佇んだ真白の化け物。そして、大元たる『偽神』――否、終焉獣ファルマコンの撃退作戦の立案に移ると聖なる騎士団は告げた。
 一方、殉教者の森を始めとした国境沿いは吹雪により見通しが悪くなった。この猛吹雪では天義側の調査も続行が難しいと判断が為された。
『聖女ルル』と呼ばれた者も此方の出方を疑っているのだろうか。暫くは国境沿いの問題は落ち着きを見せるだろう。
「フローズヴィトニルか」
「フローズ、ヴィトニル?」
 騎士団長からの報告を受けてからリンツァトルテ・コンフィズリーは呟いた。傍らでは怪我の治療を受けるイル・フロッタが首を傾げる。
 現在、混沌全土を未曾有の寒波が襲っている。『凍らずの港』と呼ばれた不凍港ベデクトにも氷が張り始め、ラサの砂漠にも雪がちらつきオアシスが凍る自体だ。
 御伽噺で語られた『フローズヴィトニル』を思い出さずに入られまいと誰もが口にする。
「コレだけの寒波だ。天義聖騎士団も寒冷地に適応するための準備が必要だろう」
「でも、アドラステイアはあと一歩で制圧が――!」
「そうだな、この寒さでは下層の孤児達が心配だ。出来るだけ騎士団での保護も勘案しているがイレギュラーズ達の力添えが必要だろう。
 ……悪戯に進軍し、無用な死者を出すより準備をしなくてはならない。我らの神が与え給うた命を蔑ろにしてはならないからだ」

 ※アドラステイア上層制圧作戦<ネメセイアの鐘>が完了しました――
 ※フォン・ルーベルグ周辺も厳しい寒さに晒されているようです……。

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