シナリオ詳細
<ネメセイアの鐘>積み木の王国
オープニング
●アドラステイア追撃
雪がちらついてる。ティーチャー・エアリスと呼ばれた女は、知らずハンカチで口元を覆った。
上層は悪臭で満ちている。焦げ臭いような、生臭いような。とてつもなく死を感じさせるその悪臭は、ここ最近特にひどくなった。理由は知れている。それはファルマコンのせいであるはずであり、ファルマコンがいよいよもって『何かをしよう』という証であるはずだった。
「……」
雪のちらつく石造りの街並み。かつては海沿いの街だったそこは、今や神を名乗る何者かの住まう邪悪の都と化している。皮肉なものだ。神の侵攻に裏切られた者たちが新たな神にすがり、しかしそこにいたのは神を騙る悪魔だ。つくづくこの世というのはままならないらしい。
「ですが、私は生きています」
確認するように、エアリスは言った。中層での戦いから身を退き、上層に移動してからは、本拠地である孤児院には帰還していない。というのも、あの段階で『オンネリネンの事実上の壊滅は予想できていた』。必然的に内部の情報は敵の手に渡ったとみてよく、詰まる所、エアリスが関与した『子供たちの売買記録』などもすでに明るみに出ているという事に間違いないはずだ。畢竟、本拠地の孤児院にはすでに調査の手が及んでいると考えるのが自然であるという事だった。そんな所にみすみすかえって姿をさらすほど、エアリスは間抜けではない。
マザー・カチヤと落ち合う場所に、エアリスは向かった。上層の、石造りの館である。中層の本部よりは何ランクも下がる小汚い屋敷だったが文句は言えまい。エアリスは念のための尾行を確認してから、その館に入る。中に入れば、外の悪臭は随分と和らいだ気がした。
「ティーチャー・エアリス」
そういう子供の声がかかる。急増されたプリンシパルの一人だ。オンネリネン上がりのガキ。ふと思い出す。そう言えば、売ったガキだったかもしれない。まぁ、今となってはそうであろうがそうでなかろうがどうでもいい話だが。
「上で、マザー・カチヤがお待ちです。お疲れでしょうが……」
みょうにこちらを気遣う様子は、やはり孤児院で飼っていたガキかもしれない。穏やかな笑みを心掛けつつ、
「ありがとう。貴方も無理をしないで」
そう言ってみせた。
プリンシパルを尻目に、エアリスは階段を登る。幾分か狭い廊下を歩き、カチヤの執務室に入り込むと、幾人かのオンネリネンの子供兵が内部で待機していて、マザー・カチヤはそれを無感動な目で見ていた。
「皆」
カチヤが言う。
「私たちは大切なお話があります。お外で待機をお願いします」
そういうのへ、子供たちが「はい」と元気よく返事をした。そのまま扉の外に出ていく。
二人きりになった。カチヤと、エアリスだけだ。
「見ての通りです」
カチヤが言う。中層は放棄した、という事である。エアリスは頷いた。
「それで、私に何を?」
「私たちは、生き残りをかけて戦わなければなりませんね」
カチヤがそう言った。大げさなように聞こえたが、実際にはその通りだという事を、エアリスも理解していた。
先日の、ローレット・イレギュラーズ達による中層への攻撃は、おそらくははじまりであった。聞けば、オンネリネン本部以外にも、ローレットのイレギュラーズ達の作戦行動が行われていたらしい。つまり、内部の情報はほとんど抜かれている。そうなれば、おそらくは天義本国のバックアップを得て、攻撃行動が開始されるだろう……。
「私たちは、究極的に言えば、アドラステイアが消滅しようとどうでもいい間柄でしょう?」
つまらなさそうにカチヤが言う。エアリスがわずかに目を細めた。エアリスという女は、アドラステイアの思想、特にアドラステイアの上層部に集う反・旅人(アンチ・ウォーカー)のギルド、『新世界』の思想などは心底どうでもよかった。身を隠すのにちょうどよいからここを利用したし、その為に必要なことは何でもやった。これまでもそうしてきたのだから、その『なんでも』が一つや二つ増えたところでどうでもいい話だ。故に、『自分が生き残れるなら、アドラステイアがどうなろうと知った事ではない』ことになる。
考えてみれば、エアリスはカチヤという女の事を、ビジネスパートナー以上に知らない。興味がないのも事実であり、このイカれた女のことなどを知りたくもなかった。この女の目は、腐ったどぶ川のような目をしているのだ。自分が善良な人間だとは言わないが、それをしても腐った女であることに違いはない。そんな人間と仲良くはしたくない。
「では逃げ出しますか? 無理だと思いますが」
エアリスの言葉に、カチヤは頷いた。
「おっしゃる通りですね。『味方』も『敵』も、今アドラステイアから脱出することを許さないでしょう。
結局のところ、今は動けないことに変わりはありません。
ですが、ローレットの襲撃が始まれば――」
「混乱状態の中、逃げる目が出てくる、と?」
エアリスが言う。同時に、この女の言う事をどこまで信じていいものか、と自問自答する。信用はできない。まったく。これっぽっちも。だが、この女が言う通りに、アドラステイアから脱出するタイミングは、ローレットによる攻撃の最中、というのは全くその通りだ。
「そうですね。というわけで提案です。私は私で、新世界の、『オンネリネンの後ろ盾』と接触します。『後ろ盾』はまぁ、夢見がちな間抜けですが、状況判断くらいはできるでしょう。そこから逃げる目を考えます。
あなたはここで待機。ここは上層の、私の拠点という事になっています。なので、敵はおそらく来るでしょう。
襲撃が始まり次第、適当に子供を利用して敵を迎撃、隙をついて逃げればいい」
「何が目的ですか?」
エアリスが言う。腹芸などが通じる相手でもなさそうだった。
「貴女に囮になって欲しいだけです。
私は『後ろ盾』と接触するために、ここに囮を置いておきたい。貴女を囮にしたい。
逃げればいい、というのは本音です。逃げられる可能性があるのも本当です。
囮としての仕事が終わったら、貴女が逃げようがどうしようが知った事ではありませんから。
あとはご自由に」
カチヤの言葉は、おそらく本音だろう。そして、そういう『ビジネスライクだからこそ、エアリスは信じる』という事を、カチヤは理解していたし、そう思っていることをエアリスも理解していた。ここで一言でも『温情です』などと言い出したなら、エアリスは別の道を考えただろう。
「分かりました。では、その役目を引き受けましょう」
エアリスは肩をすくめた。カチヤが、引き出しから三本のアンプルを取り出す。悍ましい臭いのする、得体のしれない液体だった。
「『神の血』です。適当に子供に飲ませれば、目くらましにはなるでしょう」
「有難く」
エアリスはそれを受け取って、懐にしまい込んだ。
生き延びてやる、とエアリスは胸中で呟いた。どんなことをしても。アッシェ、私は貴方とは違う。
そう嗤うエアリスの瞳は、どす黒い闇を抱えていた。
●雪下の攻撃作戦
雪が降っていた。海から流れ込む風は冷たい。それは嘆きのようにも感じられたし、恐ろしい何かの吐息のようにも感じられる。
「くっせぇな」
キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)がそういう。
「なんだこの臭いは……どうしようもねぇな。こんな糞見てぇな所に『大人』は住んでるのかよ」
あたりは……というか、上層はあちこちに、『焦げ臭いような、生臭いような、気持ちの悪い臭い』が漂っていた。町中にだ。健全な状態とは思えない。
「俺もろくでもない人間だからよ。社会の底辺って所は視てきたことがある。確かにクセェところだ。でもそのどれとも、ここの気持ちの悪い臭いは違う。最悪だ」
「うう……」
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)がたまらずに呻いた。
「たしかに、ひどい、におい……。
皆は……こんな所に、連れてこられたのかな……?」
情報によれば、子供たちの大半は、下層からすでに中層、上層へとあげられている。子供たちを早期に『聖銃士』『プリンシパル』などに祭り上げ、戦力を増強しているはずだ。そして、その子供たちの何人かは、『大人の儀式』として『神の血』を飲まされ、『聖獣』という名の化け物にかえられている……。
「助けなくてはいけないな」
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)がそう言った。
「すべての子供たちを。此処に潜む、悪辣な蜘蛛の、その巣に囚われてしまった子供たちを……」
「同感だ」
Tricky・Stars(p3p004734)の稔が言う。
「終わらせなくてはいけない……長い、悪夢を」
イレギュラーズ達が向かっているのは、オンネリネンの首魁である、マザー・カチヤの上層の隠れ家である。中層本部に残された情報から、この場所を割り出せていた。そして、報告から、彼女は魔種である可能性が非常に高い事も発覚している。速やかに討伐しなければ、何らかの憂いになる可能性は非常に高い……。
「長い悪夢か……」
Я・E・D(p3p009532)が呟いた。
「そうだね。そうかもしれないね……でも、夢ではないんだ……」
戦いながら、多くの子供たちを売った感触を思い出す。生きているものもいる。死んでしまったものもいる。助けられなかったものもいる……それは、我らが背負った罪であった。果たして、一行は屋敷に到着した。厚い警戒が待っているのかともったが、意外のもそれはなかった。入り口には、一人の女がいた。
「……あなたは」
小金井・正純(p3p008000)が、僅かに顔をしかめた。頭が痛むような気がした。胸も。
「あの時の、ティーチャー。エアリス、でしたか……!」
「アッシェ」
女――エアリスが不快そうに顔をひそめた。
「鬱陶しい女ですね。貴女が生きているというだけでも気分が悪いのに、どの顔を下げてここまで?」
「私は、アッシェなどという名前ではありません! 私は、小金井・正純だ……!」
「そうやって、のんきに楽しき生きてきたのですか? 良いですね。そういうの、虫唾が走るんですよ……!」
ぴゅい、とエアリスが増えを鳴らした。どこからともなく、10名ほどの子供たちが駆け寄ってくる。そのどれもが、オンネリネンの精鋭であり、エアリスの子供たちであった。
「あの人は先生を殺そうとする人たちです」
エアリスが言う。
「殺してください」
「はい、先生!」
子供たちが元気よく返事をした。めまいを覚えるような光景。
「やるよ」
Я・E・Dがそういう。もはやかける言葉は必要なかった。彼女を倒す。それだけが、今のイレギュラーズ達の目的に違いなかった。
- <ネメセイアの鐘>積み木の王国完了
- GM名洗井落雲
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年12月17日 22時21分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●暗き星
忌々し気な双眸が、イレギュラーズ達を睨んでいた。
ティーチャー・エアリス。アドラステイアに『子供』を供給していたものの内の一人。
オンネリネンとも縁深い彼女は、必然、オンネリネンの子供たちと幾度も相対していたイレギュラーズ達にとっては、いわば裏で暗躍する悪しき存在に違いなかった。
それが、いる。目の前に。先の調査でも遭遇したが、あの時は逃した。討伐を目的としたわけではなかったからだ。
だが、今は手に届く。今こそ、オンネリネンに……いや、アドラステイアに終わりを突きつけるフェーズなのだ。
ふぅ、とエアリスはため息を吐いた――忌々しそうに。鬱陶しそうに。
「想定外の来客と言った感じか?」
『真実穿つ銀弾』クロバ・フユツキ(p3p000145)が静かにそう言った。
「いや、違うな。俺たちが来ることなんて、予測済みのはずだ。
なるほど。マザー・カチヤがいないことを考えると、お前は『囮』か、『捨て駒』って所か」
あえて強調してやる。挑発するように。莫迦にするように。それで冷静さを欠いてくれれば御の字だ。
「ふっ……まぁ、おっしゃる通りですよ」
わずかに語気を強めて、エアリスは言った。
「囮であり、捨て駒である……ま? それはお互い様なんですけれどね。
少しお話でもしましょうか?」
そういうエアリスは、僅かに笑んで見せた。友好的な笑みではない。自嘲的なそれにも見えない。
エアリスという女は、ここに至って自己の生存をあきらめていないように、イレギュラーズ達には思えた。これはイレギュラーズ達にはあずかり知らぬところであったが、実際の所、その通りであった。例えば、ここで華々しく散ってやろうみたいな、そう言った精神をエアリスは持ち合わせていない。『身体を汚してでも』生きてきたのがエアリスだ。人は生きてこそではあるが、その生への執着はエアリスは人一倍強く感じられた。同時に、自信があるのだ。『自分はここでは死なない』という、確固たる自信。
根拠があるわけではない。論拠があるわけではない。論理があるわわけではない。ただ自分は死なないという確固たる自信。愚かと言えばそうかもしれない。だが、彼女はその自信の下に『今日まで生き延びてきた』。それは間違いなく、彼女の権謀術数の発露であり、実力であった。
「どうせ時間稼ぎだろうが」
だから、『社長』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)そう言ってやった。キドーにもよくわかっていた。
「この女は、あれだ。泥水をおっかぶるくらいのことはしてきたはずだぜ。綺麗に化粧しても、どぶの臭いは消えねぇんだぜお嬢ちゃんよ。
ハ、ハ! 何なら俺の靴でも舐めるか? そうしたら命だけは助けてやってもいい!」
明確な挑発に、わずかにエアリスは眉を動かした。
「ご冗談を――そちらの人なんて、今にも噛みついてきそうじゃないですか?」
そう言って視線を『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)へと向ける。その眼を鋭く、睨みつけるリュコスに、エアリスはボールを投げるように挑発を繰り出して見せた。
「ああ、怖い。何をそんなに怒っておられるのですか? 義憤? 正義?」
「ぼくが怒ってるのは君がひきょうなやり方とひきょうな言葉で、ぼくの友だちを悲しませたからだ」
息を強く吐き出すように、リュコスが言った。エアリスが、「ともだち?」と小首をかしげた。
「覚えがありませんね。ごめんなさい、私、物覚えが良く無くて。
特に、どうでもいい人に言ったどうでもいい言葉なんて言うのは、すぐに忘れてしまうの」
「君は……うん、とっても、ごうまん、だ」
言葉を選ぶように、リュコスはそう言った。
「人を傷つけてもなんとも思わない……!?」
「ええ。別に私と他人の神経が繋がっているわけではありませんから。
貴方、私を傷つけたりすると体が痛かったりするのですか?」
やっぱり、ゆるせない、とリュコスは確信した。許しては置けない。この女をほうっておいたら、リュコスの友達だけではない、もっといろんな人が傷つけられてしまうに間違いなかった。そして、その傷つけられるものは、今もまた、エアリスの前にいた。傭兵部隊オンネリネンでも、エアリスによく懐くように育てた者たちで構成された特殊部隊スターガード。その子供たちは、邪悪な本性を見せたエアリスの前にいてなお、彼女を守る様に立ちはだかり、そしてその意志は健在のようだった。
『めまいがしてくるぜ』
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の虚がそういう。
『できれば稔には見せたくなかった光景だ。
まぁ、そういうわけにもいかないんだけど。
……うちにも、そっちから助けた子がいてさ。
舞台俳優になるんだなんて言ってくれてる。
あんたは笑うか? 子供が見る夢ってのはそういうものだ』
「良い夢だと思いますよ。私には関係がありませんから、好きにしたらいいでしょう」
エアリスが言う。虚は頷いた。
『そうするよ。それに、出来ればそこの子達にも、俺は夢を見せてあげたい』
「そうね、素敵な夢だと思うわ」
『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)が微笑んで見せた。
「そう。子供には可能性と未来があるの。この子達には腕があって足があって、一人で歩きだせる力がある。
もちろん、その先に絶対の幸せがある、幾何の不幸もない、なんてことは言えないわ。
でも、可能性は、確かにある。その可能性をここで閉ざしたりはできない。
あなたもそうなのよね? 可能性があるなら足掻き続ける。それを子供たちにも上げられないのかしら?」
「この街の悪しき構造に、これ以上子供たちを巻き込ませはしない」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が言葉をつづけた。
「まるで蟲毒だ、と思っていた。だが……本来は、ただの贄なのだな。
子供たちを贄にするつもりはない」
「ファルマコンの贄ですか。では、お気づきのようですね? ここで死した子供たちは、ファルマコンの贄になる」
エアリスが言った。
「あなた達が捧げることになるのですよ。自らの手で。
そんな酷いことはできませんよねぇ? 良い人たちなのですから」
「つくづく、頭にくる奴だ……!」
『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)が、たまらずエアリスを睨みつけた。
「ティーチャー・エアリス……虫唾が走るのはこっちだよ。
沢山の子供を利用して犠牲にして『のんきに暮らしてた』貴様は絶対ぶん殴るし逃がさない!
今も子供たちを盾にして……自分は逃げ切るつもりなんだ!」
「そんな……子供たちは、私を自発的に守ってくれているだけですよ」
にっこりと笑うエアリスに、スターガードの子供たちは、力強く頷いた。
「先生は傷つけさせない!」
「ここは私たちが守るの!」
めまいがするような光景だった。子供たちは純粋に、大切なものを守ろうとしているのだろう。その大切なものが、汚濁に汚れたとても悍ましいものだったとしても、子供たちにとってはそれがすべてだったのだ。実際、孤児である彼らは、最悪の中から少しマシな所に引き上げられたといってもいいだろう。が、それを『マシ』と言っていいものか。最悪からもっと最悪に連れてこられたといっても過言ではないだろうか。それでも、子供たちにと手は……。
「一応聞くけど」
『赤い頭巾の魔砲狼』Я・E・D(p3p009532)が声をあげた。
「ティーチャー・エアリス。子供を撃ったことはある? その感触がわかるかい?」
「まぁ、子供を銃で撃つなんて、恐ろしい事をするのですね?」
エアリスが嘲笑するように言った。Я・E・Dは頷いた。
「ああ、ほんとうに。とっても恐ろしい事だ。撃った感触を覚えているとも。
それを私は忘れない。忘れてはいけないと思う」
「懐に隠しているのは、秘密兵器か何かかな?」
『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)がそう言った。その目が、エアリスの懐、ポケットのような部位に注がれていた。
「形から考えると、何かの、薬のアンプルのようだね。
状況から考えると、この都市で薬と言われれば、きっとイコルだ。
でも、ただのイコルじゃないんだろう? それだけ大切にしているとすれば……原液、だ。飲めば即座に聖獣になる、イコルの原液。神の血だと推察するけれど?」
「ご名答」
ぺろり、と舌を出して、エアリスはそのアンプルを指でつまんで見せて見せた。三つ。三つのアンプル。
「バレているなら見せてもいいでしょう。それに、『持っている』という事が抑止になるかもしれませんからね。
というわけで、わかりますね? これがどういう意味を持つのか」
マルクの言う通り、『神の血』を飲んだ子供は、即座に聖獣になるだろう。子供たちを助けるという意味でも、敵の戦力を増やしたくないという意味でも、アンプルは危険な存在だった。マルクが仲間達に視線を向ける。
(あのアンプルを何とかしたい)
と、マルクが目で訴えかけた。仲間達は、頷いた。
「分かっています。戦いながら、処理をしましょう」
そう、『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)が声をあげた。
「もう時間稼ぎは良いですか? エアリス」
「アッシェ。あなたは相変わらず愚かなようですね。二度と顔を見せるな、と言ったのですが。ちょろちょろちょろちょろと動き回って」
「アッシェ。その名をずっと考えていました。聞き覚えのないはずの名前。でも、なぜか体に染みるような、不思議な名前」
正純が言う。エアリスがわずかに、眉をひそめた。
「本当に、すべてを忘れているのですか。すべて忘れて、幸せにのうのうと生きていたのですか?
貴女は、神に見捨てられた存在であるというのに?」
「私には」
正純が言った。
「貴女の言っている意味が分かりません。
だから、貴女に会ってから、ずっと考えてました。私の過去のこと、貴女の知ってる私のこと。私の知らない私のこと。
でも事ここに至って思いました。
貴女のことも、私の過去のこともどうでもいい。
私はアッシェじゃない、小金井・正純です。
貴女をここで止めるのは、私の記憶の為じゃなくて、貴女に利用される子供たちを助けるため。
だから貴女を倒します、よく知らない、どうでもいい誰かさん?」
ふっ、と息を吐いた。嘲笑するように。エアリスは笑った。怒りを吐き捨てるように。
「良いでしょう。丁度いい。貴女が生きているのだとしたら、僅かな痕跡も消しておくべきだ。
今ここで、貴女を殺します。よかったですね、アッシェ。ファルマコンの贄になると良い。悍ましいとはいえ、神の寵愛を受けられますよ!」
「どうもでいい話です……やりますよ!」
正純が叫んだ。仲間達は頷く。一斉に武器を抜き放ち、構えた。
「エアリスを抑えたい! クロバさん、正純さん、ヨゾラさん!」
「分かった!」
マルクの言葉に、クロバが頷いた。
「どうも、嫌な女のようだ。ここでしっかり、無力化するぞ!」
クロバが叫び、刃を抜き放つ。正純、ヨゾラも頷き、戦場を走る!
「先生を守ってください!」
エアリスが叫んだ。子供たちが一斉に武器を構え、突撃!
「どいて! お願いだよ!」
ヨゾラが叫ぶ。だが、その声は今の子供たちには届かない。
「ぼくが、ぼくが皆を止める!」
リュコスが叫んだ。
「おいで! ぼくが、相手だ!」
子供たちを引き付けるように、リュコスが動き出す。心の中に渦巻く怒り。でも今は、しまっておかなければならない。怒りをぶつけるのは、エアリスだけだ。怒るだけではいけない。
「ったく、ガキどもはあれだな! もっと広く視点を持ちな!」
キドーが叫ぶ。
「そうしたら、どん底からでも社長になれるんだぜ! 俺みたいさぁ!」
「ええ、ええ! スタアにだってなれるわ! だから――」
ヴィリスがそう声をあげて、
「ここで潰えさせはしない。皆を」
稔が、そういう。
「ミーサ殿の願いのために……いや、俺自身の願いのためにも。君たちは止める」
アーマデルが言う。
「謝るつもりは無いよ。今は言っても無駄だって判ってるから。だから……やるよ」
Я・E・Dの言葉に、仲間達は頷いた。かくして、決戦の火ぶたが切って落とされようとしてた。
●VSエアリス
「さぁて、私には神の加護がある。天に輝く暗き星――ドゥンケル・シュテルンと名付けました!」
エアリスがその手を掲げる。全く、灰色の空に、暗き星が瞬いたように見えた。天に輝く暗き星。ばぢり、と閃光を放ったそれは、戦場に光を振りそそがせ、イレギュラーズ達を狙い撃つ!
「ちっ!」
クロバがガンブレードを構えて、それを受け止めた。ばぢっ、と閃光が、それでもクロバの身体を叩く。
「大した威力だ。直撃すればダウンは免れないかもな!」
「あの女は老獪な奴だ」
Я・E・Dが声をあげた。
「追い込まれるとさらに厄介になると見たよ」
『同感!』
虚が声をあげる。暗き星と共に、二名の子供たちが術式を編み上げた。ぱっ、と杖を掲げると、高熱の炎弾が宙に浮かぶ。ちらつく雪と接触して、じゅ、じゅ、と音を立てて蒸発させる。
「先生をいじめる奴は、しんじゃえ!」
二人の子供が同時に、炎弾を放つ! 轟! 強烈な音を立てて放たれたそれが着弾! 熱波でイレギュラーズ達の肌を焼く。
「あっちいな! 日焼けはシレンツィオでさんざんやってきたからな! 今シーズンはもう満足だ!」
キドーが叫びつつ、ダガーを投擲した。がん、と音を立てて、術兵の少女の杖を弾き飛ばす。
「トドメ頼む! 俺は優しくねぇからな! 加減ができねぇ!」
「ええ、まかせて頂戴?」
ヴィリスが、カッ、とその『脚』を鋭く地に打ち付けた。するとそれを合図にしたように、天より慈悲の聖光が降り注ぎ、術士の少女を貫いた。「あう」と悲鳴を上げて、少女が倒れる。ヴィリスは強く飛び込むと、その少女を受け止めて見せた。
「ごめんなさいね。今は、おやすみなさい」
「テッサをはなして!」
剣士の一人が、ヴィリスに襲い掛かる。剣の腕は大人顔負け、大したもののようだった。ヴィリスは振り下ろされた剣を、その脚で払う。
「ごめんなさいね。皆に、私の踊りを好きになって欲しいの。『大人になっても』ね。だから、今は少しだけ……激しく踊らせてもらうわ?」
ヴィリスが踊る様に、その脚で少年の剣を弾いて見せた。その動きは、まさに剣の舞と言った所か。ヴィリスはそのまま、かつん、と再び脚で石畳を叩いた。聖光が、少年をうち、眠らせた。
「ガキンチョどもを殺せねぇってのは、確かにハンデだ」
キドーが言った。
「ま……それでも、お前に対してならちょうどいいハンデだろうよ!」
エアリスを煽る様にキドーが叫んだ。暗闇の星が光り、辺りを薙ぎ払う。ヒャハハ、と笑い、キドーが跳躍。追ってヴィリスが『踊る』。
「見境なしかと思ったけれど、子供からは狙いを外すのね。
ええ、ええ、知っているわ。優しさじゃなくて、効率の問題よね?」
ヴィリスが声をあげた。
「皆、騙されちゃだめよ。役者は舞台の上では、どんな優しい踊りでも踊るものだわ?」
たん、と着地し、ヴィリスが笑う。一方で、Я・E・Dは戦場を疾駆。エアリス、そしてスターガードを分断するように、その間の戦線を維持すべく攻撃を開始。
「彼らを近づけさせちゃだめだ」
Я・E・Dがそう声をあげた。
「あのアンプルを、どのように使うかなんて、簡単に想像できる!」
追い詰められれば、エアリスは躊躇なく、子供たちにあれを飲ませるだろう。そうなれば、聖獣が誕生し、自分たちに牙をむく。いや、そういう問題ではないのだ。聖獣となった子供たちは、決して助けることはできない。あれを飲まされれば、子供を一人、殺されることと同義なのだ。贄になるとか、そういう問題ではない。子供たちの命は、これ以上奪わせない。
「リュコス殿、子供たちを話すように動いてくれ」
アーマデルが言った。
「頼む……重い任務かもしれないが……!」
「だい、じょうぶ……!」
リュコスが頷いた。だいじょうぶ、と心に言い聞かせる。傷ついても、良い。子供たちに、今は恐ろしい目を向けられても、いい。守る。助ける。そう誓った。
同時に、アンプルを使う気配を常に察知し続ける。いつ使うかわからない以上、気をはっている必要があった。
「この、死んじゃえ!」
子供たちから描けられる、悲しい言葉。振り下ろされた刃を、リュコスは盾で受け止める。
「死なない……死なせないよ! ぼくたちも、君たちも、だれも!」
リュコスが、えい、と盾で剣をはじいた。そのまま、タックルする形で、盾を構えての突撃を敢行する。衝撃が、少年の意識を奪う。慈悲の一撃。
『普通の大人は子供に「殺してください」なんてお願いはしないっしょ。
あの人は自分さえ助かれば君達はどうなっても良いと思ってんだよ』
虚が声をかける。今は届かないとしても、必死に、言葉を届け続ける。
「そうだ……彼女は、君たちを救おうとはしていない」
アーマデルが続いた。その言葉に、子供たちが頭を振る。
「ちがう! 先生は僕たちを助けて、ここまで連れてきてくれたんだ!」
「その結果に、殺し合いをさせることが正しいわけがないんだ……!」
アーマデルが叫ぶ。少年は頭を振る。
「だって、そうしないと生きていけないなら、そうしないといけないじゃない!」
『ほんとは、そんなことをしなくたっていいんだ! そんなことをするのが、間違ってる!』
「偽りなんだ」
アーマデルが言った。
「最悪から別の最悪に放り込んだだけだ! 君たちは、まだ救われていない……!」
「嘘だ!」
子供たちが声をあげる。エアリスが笑った。
「そうですよ、それは嘘です。
嫌でしたよね。貴女を殴る大人。
嫌でしたよね。貴方から金を巻き上げる大人。
嫌でしたよね。貴女を汚した大人。
ぜんぶ、ぜーんぶ、ここにきていなくなりましたよね?」
「黙れ!」
クロバが叫び、ガンブレードを振るう。その斬撃を、エアリスは魔術障壁で受け止める。
「それ以上、しゃべるな!」
「あらあら、反論できずに黙らせるおつもりですか?」
「議論なんてする気もないくせに!」
ヨゾラが叫んだ。その身体が、星のごとく輝く――。
「気に入らない! 真っ黒な星を騙るお前が!
気に入らない! 良い人のふりをして皆を傷つけるこの街も!
全部、僕の星でぶっ飛ばす!」
光が、エアリスをうち飛ばす! すさまじい音を立てて、光が衝突する。閃光。夜の星。地上で巻き起こる星の爆発。
「ちっ……鬱陶しい!」
エアリスがその手を振るった。近接防御術式。ばぢん、と音を立てて、黒き光がヨゾラを弾き飛ばす!
「くっ……! ダメだ! あいつの足を止めて!」
吹き飛ばされつつ、ヨゾラが叫んだ!
「了解です!」
正純が叫ぶ。星を墜とす矢。放たれた矢が、エアリスの脚を貫いた。ばぢん、と呪いがさく裂する。停滞の呪い。
「アッシェッ!」
「私をその名で呼ぶなッ!」
再度、矢をうち放つ。今度は、エアリスの放つ暗き星の輝きによって、それをは打ち落とされた。
「あの地下で泣いていた貴女がッ!
おいてきたはずの私の過去がッ!
私の前に立ちはだかるなッ!」
「勝手なことを……!」
衝突――放たれた二つの星。暗き闇。天より降る星。二つのそれが衝突する。爆発――衝撃。
「くっ……案の定、追い込まれるほど強くなっている……!」
その攻撃の余波を受けながら、マルクは呻いた。エアリスは逆境に身を置いて生きてきたことはある、追い込まれれば追い込まれるほど、その牙は鋭くなるタイプの敵だった。同時に、マルクの脳裏に浮かんでいたのは、マザー・カチヤのことでもあった。囮にした、とは確かにそう言っていた気がするが、ではマザー・カチヤは何処へと消えたのか。この戦場にわざわざ舞い戻ってくることはあるまいが、となると、この『拠点』からは姿を消したことになる。
何故姿を消したのか……シンプルに考えれば逃亡であるが、そのような事を、周囲の天義騎士たちはもちろん、アドラステイアのものですら許すまい。となれば、まだ何か、事を起こす可能性はある。そうでなくとも、あれは魔種なのだ。放っておいていい類の存在ではあるまい。
マルクはこの時、拠点外部をファミリアーで同時に探っていたのだが、見つけたのは、雪の白上に描かれた一人の足跡であった。それは上層奥へと続いていた。カチヤは上層奥へと向かったらしい。なぜか。恐らく、『上層部』へと助力を求めるためか?
「いずれにしても、ここにカチヤがいないのならば……!」
こんな所で止まっているわけにはいかない。マルクは思う。アドラステイアのすべては、ここで撃滅しなければならない。その一片たりともを、この世界に残してはいけないのだ。
畢竟。ここで負けるわけにもいかなかった。エアリス。この女を、今この場で、どうにかして封じ込めなければならなかった。
「ここで僕らが退けば、マザー・カチヤが遠くなる。
それに、これ以上子供達を儀式の犠牲にはさせない。
負けられない理由は、それだけで十分だ……!」
小さくつぶやく。その想いは、同時に、他の仲間達も同じくするところだった。
「ティーチャー・エアリスはアドラステイアを捨てて逃げようとしている!」
マルクは叫んだ。子供たちへと向けて。
「君達を盾として使い捨てる積りだよ。抵抗を止めて話を聞いて欲しい。今まで沢山のオンネリネンの子供達を、僕らは保護してきたんだ!」
「本当だ」
アーマデルが言う。
「俺達は、君たちを傷つけたりは、しない」
稔が、そう言った。
「お前ら、最後まで生き残ってたら良いコト教えてやる。ガキの頃から盗みも殺しもやってきた俺が生き延びて社長にまでなったワケをよ。
こんな、真っ白でも真っ黒でもない世界だから出来た事だぜ!
本当の、どん底からの這いあがり方ってのを、俺が教えてやる!」
イレギュラーズ達の言葉は、間違いなく本心だっただろう。説得という面でもあったが、少なくとも、子供たちを殺さない、救う、という点では、誰もが本気でそれに取り組んでいたはずだ。
そして、本気の言葉というのは、時に理屈とかそういうものを吹き飛ばしてでも、心に響くことがある。
それは子供たちの動きを鈍らせるには、充分な、響き。
「殺しなさい!」
エアリスが叫んだ。
「騙されてはいけない!」
「おまえは……!」
リュコスが、ぎり、と奥歯をかみしめた。怒りにどうにかなりそうな自分を、何とか抑えていた。
「何をしたって生き残る、みたいな顔だな。だがそれは悪だくみか? それとも、何かを恐れてたりか?」
クロバが言う。エアリスがその顔を歪めた。
「恐れる? 私が?」
エアリスは叫んだ。
「私は選ばれたんだ! 神に愛されている! だから生き残った!」
「それが地雷か!」
クロバがもう一度きりつける。斬撃が、エアリスの障壁を斬り飛ばし、衝撃がエアリスの身体を打ち付ける。
「ちっ……ならば、これで……!」
エアリスが、懐に手を突っ込んだ。
「アンプルだよ!」
リュコスが叫んだ。
「使わせないで!」
祈るように叫んだ。
「まかせて――」
Я・E・Dが駆けた。
「ダメ、させないよ。それはダメな力なんだ、そんな物、二度と使わせはしない」
一気に加速する。他の力を借りて。手を伸ばす。アポート。その『手』は伸びる。ずっと先まで。
アンプルが宙を舞った。手を伸ばす。つかむまで。掴まないといけない。あんなものを、使わせてはいけない。
「邪魔を――!」
エアリスが、その指を鳴らした。逆襲の一撃。黒き星の光、Я・E・Dを打ち貫いた。ぐ、とЯ・E・Dが息を吐いた。激痛。取りこぼす。痛みに、転がる、アンプル。三つ。
「ヴィリス!」
激痛にさいなまれながら、Я・E・Dが叫んだ。ヴィリス。跳んだ。アンプルに向けて。踏みつぶす。二つ。同時に、暗き星がヴィリスを叩きつけた。地に墜とされて、しかしヴィリスは叫んだ。
「二つ潰したわ! あと一つを――」
ころり、と転がる。少年の足元に。
「飲みなさい」
エアリスが叫んだ。
「飲みなさい!」
少年が、それを手に取った。
「だめ」
正純が言う。
「だめです、飲んでは」
「騙されないで!」
エアリスが叫ぶ!
「飲みなさい! 飲んで、先生をいじめる奴らを皆殺しにするのです!」
「だまされちゃ、だめ!」
リュコスが叫ぶ。
「それを捨てるんだ!」
アーマデルが叫んだ。少年が、泣きそうな顔で、皆を見た。
「お願いだよ」
ヨゾラが叫んだ。
「僕たちを信じて。それを飲んだら、ダメだ!」
そう声をあげた。
少年が、イレギュラーズ達を見た。エアリスを見た。正純を見た。エアリスを見た。誰を信じればいいのだろう。これまで、助けてくれた人だろうか。今、助けてようとしてくれている人たちだろうか。
助けようとしてくれている、それは本当だろうか。本当に、そうなのだろうか。誰が嘘をついているのだろうか。誰か嘘をついているのだろうか。分からない。周りには、仲間達が倒れている。あの人たちがやった事だ。でも、誰も死んではいないことが、少年にはわかった。僕たちを傷つけた。でも、殺さなかった。
言葉もかけてくれていた。ずっとずっと。そうだった。その言葉は、本当だと、少年には思えた。
本心から、心から投げかけた言葉は、時に理論や理性を無視して、その心の奥を強く打つことがある。
イレギュラーズ達は、心から、子供たちに言葉を投げかけ続けた。
この戦場でだけではない。
その前から。
その前から。ずっと。
ずっと、ずっと。
言葉を、投げかけ続けていたのだ。
本心から。
キミを救いたい、と。
だから。
この時――届いたのだろう。
ころん、と、
少年は、アンプルをとり落とした。
「ごめんなさい」
泣いていた。
「先生……ごめんなさい……」
「愚図が……ッ!!」
エアリスは激高した。その威力が頂点に達したほどの暗き星の光が、辺りを穿った。ヨゾラは跳んだ。少年を庇う。痛みが身体を引き裂くような気持だったが、伸ばした手は放すわけにはいかなかった。
「後を――」
ヨゾラが声をあげた。仲間達は頷いた。
「エアリスッ!」
正純が叫ぶ。矢を番える。構える。狙う。
「もう一度言う! 私は! 小金井・正純ですッ!」
「アッシェが! 過去が! 私の前に立ちはだかるなッ!!」
放つ、光。星。再びの衝突。さく裂する、光。地上で輝く。二つの星。吹き飛ばされる。正純。エアリス。双方。
「無力化を!」
正純が叫んだ。クロバが、痛みをこらえつつ、駆けた。
「こいつで!」
振り下ろす。刃。斬撃が、エアリスの身体を裂いた。
「ぐっ……がっ……!」
吐き出す。痛みに、体を折り曲げる。エアリスの手から、力が抜ける。
「ころしたりは、しないよ」
リュコスが言った。
「……ころしたりは、しない」
「はっ……」
エアリスが嘲笑するように笑った。
「なるほど、なるほど。貴方たちに、私は殺せないわけだ……」
くっ、くっ、とエアリスが笑った。
「ならば私の勝ちです、アッシェ。私は死なない……私を殺せない。
私は生き残る。これからも……神に愛されたのは、私です、アッシェ……!」
「……あとアッシェじゃない。
正純は正純だよ」
リュコスがそう言った。
「あー、とりあえず縛って猿轡でもかませとこうぜ」
キドーが言った。
「流石の俺も、こいつのセリフをきき続けて流せる自信はねぇわ」
「じゃ、縛り上げてしまおうか」
Я・E・Dがそういうのへ、アーマデルが頷いた。
「ああ。傷の方は大丈夫か、Я・E・D殿」
「なんとか。『次』にはつなげられるよ」
次。そう、まだ戦いは終わっていない。本番は……マザー・カチヤはまだ逃げおおせたままのようだった。
「おそらく、上層の奥へと逃げ込んだみたいだ」
マルクが言う。
「っていう事は、ここにはいない……逃げられちゃったか」
ヨゾラが言うのへ、クロバが頭を振る。
「だが、アドラステイアの外へはいけないだろう。このまま追撃してやればいい」
「ああ。次こそ、この街の最後になるだろうな」
稔がそういうのへ、皆は頷いた。
「今はお休みなさい、子供たち。
あなた達が踊るべきは、もっと素敵な舞台のはずよ?」
ヴィリスがそう、眠る子供たちに言葉をかけた。
「全員、無事か」
稔が言うのへ、ヴィリスが頷く。
「ええ。すこし激しく踊った甲斐があったわ?」
「……ああ。本当に、良かった」
稔が、ふ、と息を吐いた。
「ひとまず、子供たちと、エアリスを回収して、いったん退きましょう」
正純が言う。
「おそらく、再攻撃はすぐに行われるはずです」
その言葉通り、アドラステイアの決戦は、間を置かずして行われるだろう。仲間達は頷いた。
空を見上げた。灰色の空から降る雪は、戦場の熱を冷ますように、ちらちらと降り注いでいた。
「私は、小金井正純だ……」
小さくつぶやく。正純が、過去とどのような決着をつけるのかは、まだわからない。
だが……何か一歩を踏み出すことになるのは、きっと間違いなさそうだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
子供たちは無事。エアリスの捕縛にも成功しています。
決戦の時は、すぐです。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
ティーチャー・エアリスを撃破します。
●成功条件
ティーチャー・エアリスの撃破
●特殊失敗条件
ティーチャー・エアリスの逃亡
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
上層、マザー・カチヤの隠れ家にて、皆さんはティーチャー・エアリスとその子供たちと遭遇しました。
皆さんの目的はカチヤの撃破でしたが、どうやら囮か足止めとして、エアリスはこの館に配置されたようです。
もとよりエアリスはアドラステイアに子供たちを供給していた、大手の『業者』の一人です。逃がすわけにはいきません。
皆さんは、この館でエアリスを撃破しなければならないのです。
作戦エリアは上層、カチヤの隠れ家。
周囲には、悲しく雪が降っていますが、特に戦闘ペナルティは発生しません。
●エネミーデータ
オンネリネン精鋭部隊・スターガード ×10
オンネリネンの精鋭部隊の内、エアリスの子供たちで構成された特に強力な傭兵たちです。
大目に数が配置されているため、エアリスの取り巻き、という立場であることに違いはありませんが、ハードな敵であることは間違いありません。
8名が剣士タイプで前衛を、2名が魔術師タイプで後衛を担当します。
剣士は『出血系列』を、魔術師は『火炎系列』のBSをそれぞれ付与してくるでしょう。数も多いですし、HPをじわじわ削られないように注意してください。
なお、ここで『死亡』した子供たちは、即座にファルマコンの贄となります。
ティーチャー・エアリス ×1
アドラステイアのティーチャーです。傲慢な悪女。アドラステイアも『一時身を潜伏する場所』としか考えておらず、もしこの場で逃げだしたら、またどこかに潜伏し、『生き残るために何でもする』でしょう。
強力な魔術師として振る舞います。真っ黒な星をモチーフにした、『ドゥンケル・シュテルン』という独自の魔術体系を運用します。
EXFが高めな他、『復讐』を持つ強力な攻撃などを使ってくるでしょう。
得手は遠距離です。近づいてやると、多少は戦いやすいかもしれません。
なお、エアリスは『神の血のアンプル』を三つ所持しています。皆さんは、これに気づいても気づかなくても構いません。
神の血を飲まされた子供たちは、即座に『聖獣』になります。その場合、パラメーター傾向はそのままに、戦闘能力が上昇し、HPも回復した個体になります。注意してください。
因みに、プレイヤーの皆さんが飲まされることはないので大丈夫です(メタ的・システム的な安全保障です。仮にの残ってても飲まないでください。)
また、エアリスはよっぽど追い詰められない限り自分では飲まないと思います。生き残りたいので。
また、エアリスは不利を悟れば逃げ出そうとします。逃がしてはいけません。ここで確実に撃破してください。
以上となります。
それでは、皆さんのご参加とプレイングを、お待ちしております。
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