PandoraPartyProject

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深海の『悪魔』

 ダガヌ海域。シレンツィオ・リゾートと豊穣の間に揺蕩う大海原。
 大小の無人島が存在するそこは、かつては豊穣とシレンツィオ・リゾートを結ぶ大航路の一つであった。
 だが、近年現れた『深怪魔(ディープ・テラーズ)』なる怪物たちによる跋扈は、ダガヌ海域を危険地帯へと変えた。
 同時、まるで何かに操られるかのように狂王種も集い海は荒れた。そんな混沌とした状況を利用するように豊穣海賊・海乱鬼衆(かいらぎしゅう)もダガヌ、そしてシレンツィオへの略奪行為を開始し、平和を取り戻したはずの海は、にわかに再びの混沌に見舞われることとなっていたのである。
 さて、そんなダガヌ海域に、『インス島』と名付けられた無人島がある。かつてはなんという事のない中規模の無人島であったが、昨今の調査により『ディープ・サハギン』なる深怪魔たちが棲み処として拠点化しており、付近を通る船舶は襲われ、住民たちは命を落とす、という事件も発生した呪われた島である。
 インス島の中央には、大きな湖がある。もしそこに潜り、長く潜水できるものがいたとしたら、そこに巨大な洞穴がひらいていることに気づいただろう。水流はわずかにそこを流れ、どこかにつながっていることにも。その洞窟を進んでいけば、淡水はやがて海水と混ざり合っていく。つまり、此処は海の底につながっていたのだ。並のダイバーでは、ここまで潜ることはできまい。そんな深い深い、深海の底へと、この洞窟は続いている。
 果たして進んでゆけば、海底火山の内部へとたどり着くはずだ。そこは深海でありながら地熱により蒸し暑く、いけるものを拒むかのような雰囲気すら感じられる。そこにはおどろおどろしい、冒涜的な『偶像』が転がっている。果たしてそれが、ディープ・サハギンたちが足りない頭で生み出した『神の御姿』であると気づいたならば、天義の聖人当たりならこの洞窟を焼き払えと命じるだろう。それほどまでに、悍ましく冒涜的な姿の偶像が転がっている。
 その、偶像の転がる『祭壇』に、一人の男がいる。いや、男なのだろうか。或いは無性。便宜上男と記す。同時に、年齢もうかがい知れない。若いようには見えたが、しかし超然的な雰囲気が、外からの推察を困難なものにしている。男はあつらえられた神座に深く座ると、ふぅ、とため息をついた。
「竜宮の攻略は順調かな」
 その言葉に、傍に仕えたディープ・サハギンが、ぎゅあ、ぎゅあ、と鳴いた。表情を変えず、愁いを帯びたようなそれを崩さぬまま、男は応える。
「そう。いや――なら良いのだけれど。
 気まぐれな協力者が指揮を執っていたね。彼女の思惑がどうであれ、彼女が強力なのは確かだ。並の人間では相手にならないだろう。
 ――魔種、といったかな。しばらく眠っている間に、随分とゆかいなものが世界を跋扈しているのだね」
 男はふぅむ、と唸った。
「僕の権能が効かないのは不思議だ……まぁ、それは良い。僕が興味があるのは人間であって、人間を止めたものではないからね」
 ああ、ごめんよ、と男は言った。
「人間でない、君たちのような生物にも、興味はあるんだ。むしろ、君たちの方が心地よく感じるまである。
 何せ君たちは、人のように、あれこれと理屈をつけて欲望というものを正当化しない。
 酷く純粋だ。だから」
 そういうと、男は足元に視線を移す。そこに転がっていたのは、無数の『死体』である。老若男女問わず、おそらく襲われた船舶の乗員たちだろう。ディープ・サハギンたちが襲い、狩り、そして殺してここまで持ってきた。つまりこれは、生贄であると言えた。
「こんな……僕にとっては何の意味もない生贄などを捧げて迄、君たちは己が欲をかなえようというんだ。
 僕は肉を食わないし、魂とか生命エネルギーとか、そういうものを吸うわけじゃない。正直、死体なんて捧げられたところで邪魔でしかないんだ。
 ああ、素敵じゃないかな。だって、生命を殺すのって結構カロリーが居るんだぜ。普通に生きている生物なら、間違いなく殺しなんてしようとは思っても実行なんてしない。
 空腹で、それを食べないといけないとかならともかく、誰かに願いをかなえてもらうために何かを殺して捧げようとするなんて、まったく、イカレてるとしか思えない」
 だから、と男は言う。
「とても素敵なんだ。そこまでして叶えたい欲望を、僕に向けてくれる。
 いいよ、僕は叶えよう。君たちの願いは、より強く、より多く、だ。産めよ、増やせよ、地に満ちよ……素敵な欲望だ。かなえよう。神、ダガンの名において」
 それは、つ、と人差し指を突き出した。その指先から、悍ましい泥のようなものが流れた。サハギンはそれを盃に受け取ると、躊躇せずにそれを飲み干す。
 体の芯まで、泥がしみわたる。悍ましいそれは、悍ましい豊かさをもたらす力だった。それが身体にしみわたり、内部構造から変えていく。深き者、と名付けられたサハギンたち。ダガンの眷属により近かったその身体が、さらに近しいものへと還られていく。ディープ・ワンズ。真に深き者。
「その欲望をかなえよう。僕にとってはそれがすべてだ。すべての命の欲望を、僕は叶える。幸せになりたいというのなら、そうしよう。誰かを不幸に陥れたいというのなら、そうしよう。邪魔者がいるなら排除してあげよう。君の欲望を全て叶えよう」
 ダガンはそう言って遠くを見た。その先には竜宮があって、今まさに激しい戦いが繰り広げられているはずだった。
「玉匣(たまくしげ)は破壊されても無意味だった……力を竜宮幣(ドラグチップ)に変換し、逃げるだけだったからね。
 大元を断たなくては、乙姫。そしてあのニューディという忌まわしき者よ」
 ダガンが、ほう、と息を吐いた。
 ダガン――それは、竜宮の民がかつて古の時代に封じたはずの、邪神。海の悪魔と呼ばれる存在であった。

 ※マール・ディーネーの導きにより、竜宮城へ進行中です。
 ※竜宮での戦いは、佳境を迎えています!

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