PandoraPartyProject

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嫌われ者の頑張り屋さん

 ひどい目眩と苛立ちを感じている。
 原因は完全に不明だ。

 鉄帝国の特務大佐パトリック・アネルは、自身が神経質かつ気分屋であることを自覚しており、入念な訓練を己に課している。いくら身体壮健な鉄騎種であろうと、メンタルも鍛え整えていなければ特務――こうした諜報組織の一員は務まらない。だから平時の生活ルーティーンは必ず守るようにしていた。
 朝起きたのならカーテンを開きナイトキャップを外し、清涼な水を二口飲む。蓄音機が奏でる古典音楽を愛でながらジャムトーストと硬ゆで卵、ミルクをたっぷりいれたコーヒーを二十五分かけて楽しむ。
 レコードを切り替えて数分ほど体操し、熱いシャワーを一分間だけ浴びて心身を整える。
「……こんぶ……おにぎり……」
 パトリックが微笑んだ。最近ではこの奇妙なゴーレムの世話も加わった訳だ。
 ともあれ、こうして心身のコントロールに打ち勝ってこそ、結果が出せると信じている。
 以前、同僚に勧めたら鉄騎らしくないと誹られたが、今ではそいつは二階級も違う部下であり、この些細な闘争(階級レース)に勝利したことが誇らしい。
 そんなパトリックにとって、この原因不明の苛立ちは薄気味悪いほど奇妙だった。

「つまり我々が特務と事を構える可能性は低い――と。そう仰るわけですね」
 浮遊島アーカーシュを見上げる帝国南部の街ノイスハウゼンの酒場で、三人が密談をしていた。
 鉄帝国軍と、依頼を受けたイレギュラーズは、前人未踏の浮遊島の共同調査を行っている。
 アーカーシュそれ自体へのアプローチは、依然として極めて順調である。様々な新発見が学会を賑わわせ、この国が慢性的に抱える食料問題への寄与も期待される状況だ。
 精霊が狂う原因も判明し、全土制圧と古代獣の排除さえ叶えばアーカーシュは人が住める土地となる。
 次の作戦はおそらく残った難関への大攻勢。
 即ち『遺跡深部ショコラ・ドングリス遺跡 』と『魔王城エピトゥシ城』の制圧だろう。
「彼等の目的はアーカーシュの軍事利用、即ち国益であります」
 只野・黒子(p3p008597)エッダ・フロールリジ(p3p006270)が答える。
 三人はこうして、たびたび情報交換をしていた。
 要は『なんだか怪しい奴』であるパトリックと、特務派軍人の監視である。
 もちろんパトリックには『それ以上』の目的も見えるが、その辺りの事情を入念にを観測した限り、帝国軍人であれば誰しも抱く上昇志向である。そこに自身が次期皇帝になるなどという野望まで持ち合わせていたとしても、至って『当たり前』であることには違いない。
「だったら特務も軍務もまとめて抱き込んじまえばいいた思うが、そう簡単にいかねえとこもある」
 ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が述べた通り、パトリックの目的はアーカーシュ調査効率の向上でしかないだろう。彼にとっては、そのために自身が疎まれても構わないようだ。むしろ自身が自派閥以外から目の敵にされたとしても、生じる功績レースによって更に全体の士気は向上する。野望の人である以上は、無私の人とまでは言わないが、己が役割ときちんと理解し、丁寧に遂行しているだけだ。
 三人のイレギュラーズはそれぞれポジションや目的は異なるが、少なくとも認識は一致した。

 ――そう思っていた矢先の出来事である。
 パトリックはアーカーシュ唯一の村レリッカ、その村長宅の戸を叩いた。
「お初にお目にかかる、村長殿――いや、アンフィフテーレ・パフ少佐。私がパトリック・アネル、帝国側の現場を一つほど取り仕切っている立場にある。階級は大佐だ、よろしくたのむよ」
「私は少佐ではなく、軍籍とはいえ客員の中尉待遇でしたが。それも百年は前のものでしょう。今更……」
「いや、君の二階級特進の通達が見つかってね。確かに百年も前のものだが、私のほうで籍を戻させてもらった。上がった階級はそのままだ。我が国の書類はいい加減で困りものだが、こういう時には実に助かる」
「……何がお望みなのでしょう。情報がお話しした通りである以上、私には何の価値もありませんが」
「言うね、君も。その通り、君自身には何の価値もない。ただね、軍人である以上は指揮系統に従う必要が生じるという点が肝要だ」
「……」
「何、やってほしいのは『いますぐ地上におりてほしい』ということだ。ただし準備の時間はないぞ。衣類も資金も何もかも、こちらで手配することになっているから安心したまえ。このまま私と共に来てもらう」
 アンフィフテーレを地上に送っている間に、家捜しでもするつもりか。
「断ったらどうなるのです?」
「軍紀に基づいて判断する。だが我々としても穏便に事を運びたいということは、理解してくれるね?」
 処罰をちらつかせてきた。最悪は銃殺だ。
 はじめにあからさまに脅しておいて、途端に態度を和らげる。この手の連中がよくやるやり口である。
 アンフィフテーレは心の底から深い溜息を吐き「わかりました」とだけ応じた。
「それでは出立しよう。ついてきたまえ、少佐。君にはそうだな、三ヶ月ほど内勤の古紙回収係でも担当してもらおうか。まずは現代社会に慣れ親しみたまえ。転属願いがあれば、その後で聞こう。それからまずは私からの心付けだ。とっておきたまえ」
 パトリックは机の上に、札束を放った。それなりに高額だろう。
「何だ。金貨が良かったかね。それともこれが何か分からないのか。カネだよ、カネ。金融リテラシーが低いのはいかんな。それより私は、これからは株式の時代だと思うのだがね。投資先はシレンツィオがいい」
「いえ、お心遣い感謝致します。大佐」
 一歩、また一歩。はき慣れた靴が、ひどく重く感じられる。
 パトリックに促されるまま、アンフィフテーレは村の出口へと歩いて行くと、村人が話しかけてきた。
「なんかあったんですか、ヤンじい……村長?」
「この通り、どうやら帝都へ出頭しなければならなくなったようだ。村のことは当面ヨシュアに任せる」
「え、ええ、俺!?」
 アンフィフテーレは札束から非常用に十枚ほど抜き出し、残る分厚い束を彼のポケットへ忍ばせた。
「え、何、紙幣? 札束?」
「しっ、使い方はイレギュラーズにでも聞け。カティにもちゃんと頼るんだぞ」
「何をしている。早くしたまえ」
 振り返るパトリックに、アンフィフテーレは諦めきった口調で応えてやった。
「へい大佐。イエッサー」
 こうなれば、いっそ、やけくそだ。

 ※レリッカ村長アンフィフテーレ・パフが軍属に復帰させられ、地上に降ろされました。
 ※レリッカに住まうユルグ少年が、未成年の孤児という名目で特務機関に『保護』されました。
 ※鉄帝国の特務大佐パトリック・アネルが奇怪な動きを見せています。
 ※伝説の浮遊島アーカーシュで、何か大きなことが起ろうとしています……。

 ※アルティオ=エルムを覆った眠りの呪い、冠位魔種『怠惰』の影は払われました。
 ※アルティオ=エルムでは『祝宴』が行われています。


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