PandoraPartyProject

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母の愛


 ――冠位暴食。彼はまだ、健在だった。
 その姿を視認し、そして歯噛みした『永遠の淑女』は黙っては居られなかった。
 『フォウ=ルッテ』と『茨紋』が彼女を押し止めようとも、聞く耳は持てなかった。

「『煉獄篇第六冠暴食』 ベルゼー・グラトニオス」
「おや……其処に見えるのはフォウ=ルッテと茨紋じゃあありませんかな。
 よもや、その様な場所で閉じて暮らしていたとは」
 ベルゼーはベアトリクスの背後に見えた二匹の竜を眺めてから肩を竦めた。
 リュミエ・フル・フォーレフランツェル・ロア・ヘクセンハウスは動けぬままである。
 いや、動く事が出来なかった。先程までは穏健に対話をしていたベルゼーが明らかに『奇妙な気配』を発したからである。
「フランツェル、『暴食』は自らの力を抑えていたのですね?」
「え? え、ええ……」
 肌を刺すような気配に、喉をも締付けるかの様な苦しさに。二人だけではない、その場に居た誰もが見上げるしか出来なかった。
「玲瓏郷ルシェ=ルメア――……さて、その名は聞いたことがありますが」
 ベルゼーが顎に手を当て、品定めをするようにベアトリクスを見遣った。
 ベルゼー・グラトニオスが『本気』ではなかったのはあくまでも自身が前菜であるという立場だった事もある。
 だが、それ以上に彼が愛する領域(くに)の亜竜種達が戦闘に姿を現し、傷付けることを厭うたからだ。
「其方に『旧き盟約』をも破らんとする者が居るならば本気を出さねばなりませんかな?」
「どういう――」
 リュミエが問うよりも先に、ベルゼーが指先をぱちりと弾いた。
 体から力が抜け落ちる気配がする。虚空の如く広がった男の胎に吸い込まれて行くかのような感覚。
 だが、感覚だけだ。己の中に存在する力が喰われたのかとリュミエは愕然と男を見上げた。
「リュミエ様!」
「大丈夫です。私も未だ、本調子ではありませんでした。ですから、ファルカウに影響は――……」
 ない、と言い掛けてからベルゼーが次に何らかの『攻撃』を仕掛けようとしたことは明らかであった。

「なりません」
 静かな声音だった。
 姿を現していた『玲瓏公ベアトリクス』はその地に立っている。
 リア・クォーツ(p3p004937)は「あの女……ッ!」と唇を噛んだ。Я・E・D(p3p009532)はまさか、と顔を上げる。

 ――死ぬ覚悟なんて最後の最後で良いんだよ。目的を達するために必要な事を考えて、考えて、考えて。
  どれだけ、なんど考えても、目的へのピースが足らなかったら、最後に溜息を一つついて命を賭け金に乗せれば良い。

 そんなことを彼女に告げたのだ。それでも、そうする未来があれば良いとだけ濁されてしまったか。
 混沌に『彼女が接続した時点』で毀れた一滴は戻らない。夢見 ルル家(p3p000016)はそう聞いていた。
「ベアトリクス殿……ッ!」

 ――もしかしたら、七罪に届く奇跡もあるのかも知れない。でも、それはとても低い可能性です。
   例えばベアトリーチェ・ラ・レーテと戦った時。例えばアルバニア、リヴァイアサンと戦った時。
   貴方達は殆ど勝ち筋の存在しなかった状態で、細い糸を手繰り寄せた筈です。
   その糸そのものであった『有り得ざる奇跡』は何回あったでしょう?

 それが彼女の役目だと、ベアトリクスはルル家に告げて居た。
 だからこそ『彼女が何をしようとしているのかは、直ぐに分った』

 ――それまでは、絶対にアンタの事は許さないし、認めないから!

 そう告げた時、『母』はお別れは嫌よ、と言っていたくせに。
「待って! お願いだから、あたしを、見てよ……母さん……!
 あたしは……やだよ! まだ――まだ、納得なんて出来てないんだから――」
 リアが手を伸ばす。ベアトリクスの周囲から眩く、光の粒子が放たれた。
 美しい、まるで世界を慈しむような淡い光。
 気付きリュミエがリアの腕を取る。フランツェルがリアを抱き締め、行かせまいとする。
「――母さん……!」

 一方的で、押し付けがましい愛というのは親の特権だ。それもどれだけ拒絶されようとも、歪んでいようとも、愛という形を打算なく惜しみなく曝け出せる母の特権だった。
 恋をして、人を愛し、子を宿し、家族となろうとも、所詮は他人。打算も、欲求も期待も乗った。そうではない愛を、母は子へと押しつけた。
「リア。大丈夫よ。貴女を護ってみせるから」
 女はその行為そのものが娘への押し付けであると気付いていた。
 女は遅すぎた愛情の伝え方を知らなかった。あまりに杜撰で幼過ぎた母の在り方であったのかもしれない。
 それでも、女は『母』であった。
 彼女に嫌われようと、目の前で腹を痛めて産んだ子供が死ぬ事の方が何千の時を閉じた領域で過ごすよりも耐え難かった。

「母さん――!」

 それでも。頑ななまでの女の覚悟を、恋等とは次元の違う位の母の愛を幾分かでも迷わせたのは、きっとその声ばかりだったに違いない。
(……こうするしかない。でも――)

 ――こうしたい訳では、無い。

 ベルゼーの元に光が届き、激しい音が耳を劈く。竜王は腕を前へと突き出して何らかの障壁を張ったのか――
 ベアトリクスが苦しげに表情を歪めた。
 体に亀裂が入る。肉体を構成する物質が叫び声を上げた気がする。奇跡を代償に、命がじりじりと燃えて行く気配がする。
「『ごめんなさい』」
 リアの呼ぶ声を聞きベアトリクスは振り向いた。
 振り向いた時――『己の放った奇跡はズレて霧散した』事に気付いた。
『同時に外したのは、一撃で全てを出し切らなかったからだと理解した』。
 全てを出し切ったならこの瞬間にも『ベアトリクス』は消え失せていた筈だ。
 そうならなかった理由を娘に預ける母ではない。ただ。
(消えたくなかった。こんな気持ちで彼に敵う筈が無かったのに……!)
 自覚した弱さは娘との『約束』が故。
 だが、彼女は諦めていない。好機必殺を外した以上、分が良いとは言えないが『リアを守るチャンスはまだここに在る』。
「次は、貫きます」
「いやあ、これ以上やり合うのはどうですかなあ……。
 それを厭うた結果でしょうに。此の儘だと『死にますぞ?』 玲瓏公」
「今度こそは、それしかないのなら。此処で貴方が退いてくれるのであれば――」

『後一撃』程度。
 ベアトリクスに残されたのは欠片のような余力であった。
 元から混沌に繋がった時点で彼女にはあまり猶予は残されていなかった。
 ベルゼーの視線が、リアを見る。ルル家を、そしてЯ・E・Dを眺めてから後方で息を呑む琉珂を眺めた。
「オジサマ……」
 夢の世界に囚われた友人を思いながら、琉珂は唇を噛みしめる。秦・鈴花(p3p010358)ユウェル・ベルク(p3p010361)……それから。
 琉珂をまじまじと眺めた後、ベルゼーは「ふ」と息を吐いた。
「さて、そろそろ帰りますかなあ。クワルバルツ、アウラスカルト、ザビアボロスの事も心配ですしな。
 メテオスラークは……どうせ『彼なり』でしょうがな。ジャバーウォックの傷の具合も見なければ」
「何を――!」
「……いやはや、其処の若い子達に言われたのですよ。
『家族とはよく話してみるべきだ』と。貴女は此処で捨て置いても命の滴は残り一滴程度――娘さんが泣きますぞ」
 結末が不可逆だとしても、時を置けば儚く消え去る『母の愛』にトドメを刺せる程、ベルゼーは悪辣に成りきれない。
(……偽善、なのでしょうがねぇ)
 偽善と理解していても、あわよくば。
 そう、あわよくば彼等が運命を呑む獣なら――玲瓏公の結末に希望を掴み取って欲しいとさえ思う。
 そうして、掴み取ったその先で自分を邪魔してくれるなと願わずにいられない。
『暴食』の権能は一度暴走を始めれば誰も止める事は出来ないのだから――
 男は翼を広げ、その姿を掻き消した。
 重苦しい気配は其処には存在せず、眩い光はファルカウの上空から雨の様に降り注ぐ。
 へたり込んだベアトリクスは呆然と、娘を――再会したばかりのリア・クォーツを見詰めていた。

 ※夢の中に囚われた者達は『夢檻の世界』にいるようです……
 ※【夢檻】から抜け出す特殊ラリーシナリオと、冠位魔種の権能効果を減少させる特殊ラリーシナリオが公開されました。

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