PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<くれなゐに恋う>幕間 魅惑のイトラ

完了

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●サンドバザール
「こないだはありがとう!」
 今日も今日とて、サンドバザールは賑やかだ。グラオ・クローネの爪痕もなんのその。商人たちは実に逞しい。そんな賑やかさの中で「ねえ待って!」とあなたの名を呼んで駆け寄ってきたシャファクは、眼前に立つや否や太陽のような明るい笑みとともにそう告げた。彼女も商人だから、逞しいのだろう。
「――シャファク様」
「あ、ごめんね。ちょっと待っていて」
 誰かに名を呼ばれ、シャファクはすぐに踵を返す。彼女の向かう先には獣種の少女と車椅子の――線の細さからいって少女だろう。同行者が居たようだ。
 賑やかなバザールでは名前を呼んだところで、その賑やかさの中に声は埋もれてしまう。そのためシャファクは押していた車椅子を獣種の少女、アラーイス・アル・ニールへと預けて急ぎ駆けてきたのだ。あなたの足を止めるために。
 アラーイスと車椅子の少女へと一言二言声を掛け、ふたりを伴いシャファクが戻ってくる。
「待たせちゃってごめんなさい。――紹介するね。こちら、アタシのお嬢様だよ」
 車椅子の少女へは先刻あなたのことを告げたのだろう。逆の紹介は行わない。
 あなたへ紹介されると、車椅子の少女が被っていたフードを背中へと落とした。そこにあったのは――
「初めまして、ローレットの方。先日はお世話になりました」
 『シャファクと同じ顔』だった。
 シャムス・アル・アラクですと感謝の言葉とともに頭を下げた少女は――シャファクが『お嬢様』と呼ぶ少女は、双子としか呼べないほどそっくりだったのだ。
「アタシたちね、これからアラーイスさんのお店に行くところだったのだけれど」
 良かったら一緒にどう? そう問うシャファクの声に「あ」とアラーイスが反応した。
「あ、ごめん。先にアラーイスさんに聞く方が先でした」
「ああ、いえ。わたくしはよろしいのですが……よければ貸し切りという形にしたいので、別の日にするのはどうかと思いまして」
 その方がイレギュラーズたちはゆっくり店を見て回れるし、アラーイス自ら案内だって出来る。
 どうでしょう? と問うアラーイスへ、あなたは断る理由もなかった。
「シャムス様もよろしいでしょうか?」
「ええ、皆様とご一緒できるのを楽しみにしております」
「決まりですね!」
 娘たちが三人、仲睦まじげに微笑みあった。
「あ、説明するの忘れてた!」
 アラーイスさんのお店はね――。

 アラーイスの店、アルニール商会は主に香水を扱っている。
 メインは香水だが、香水以外の香料もあるし、香水瓶を始めとした伝統的なガラス工芸も店にはあるのだそうだ。この世に同じものがふたつとない手作りのガラス工芸品はお土産品にもぴったりで、外国の客からも大層人気なのだとか。

●ローレット
「という訳でしての」
「支佐手が僕を誘ってくれるなんて」
 わざわざラサで聞いた話を持ってきた物部 支佐手(p3p009422)に劉・雨泽(p3n000218)が瞳を瞬かせた。
「……おんしはそういったものを好いとると思っとりましたが、違いましたかの」
「あってる、あってる。大いに正解! 他の子も誘っちゃっていいんだよね?」
「貸し切りとのことなんで、ええと思いますよ」
 ラサの香水屋には一度行ってみたかったんだよねと口にした雨泽は、嬉しげだ。
 暑い上に水の気がないラサは雨泽とは相性がよくないのだが、ラサにはそれでも行きたいと思えるような魅力で溢れている。とびきりに甘い菓子、香辛料の効いた酒、色鮮やかな絹織物、美しい宝石や伝統的なガラス細工、にぎやかな商人たちの声。
 それに、香水だ。
 この混沌世界に置いてどこよりもお香の歴史が古いのは、きっとラサだろう。
 入浴が気軽に出来ぬ土地柄……ということもあるにはあるが、香りに深く関わるアラーイスは古来からの伝統に則り一日三回は薫物を焚いているし、そういった古くからの習わしを大事にする者も多い。
 日の出は太陽神を賛えるフランキンセンス。毎日東から西へと、生と死を繰り返す『不死再生』の象徴へと香りを捧げて天に祈る。
 太陽が最も力強く輝く正午はミルラ。この香りはミイラを作るときにも使われるため、語源にもなっている。
 太陽が沈む頃には、キルフィ。王宮や神殿ならば必ず焚かれる『聖なる煙』は魔が入りこむのを防ぎ、安眠へも導いてくれる。
「あら、雨泽。楽しそうな話をしているじゃない?」
「やあ、ジルーシャ」
 勿論君のことも誘おうと思っていたよと視線を向ける先にいるのはジルーシャ・グレイ(p3p002246)。雨泽にとって、香りといえば彼だ。
 それから――「どうかな」と『烙印持ち』となっている子たちへ視線を向けた。
 吸血衝動に耐える子たちは、時折血の香りにも悩まされていることだろう。
「手巾とかに気に入りの香りを染み込ませて、気分転換や気を落ち着けるのにも使えると思うんだ」
 勿論、お出かけだって気分転換になる。ラサは香辛料の香りが満ちていて、もしかしたら他の国よりは人の香りに敏感にならないで済むかもしれない。
 よかったらと興味がありそうなイレギュラーズたちへ声を掛け、雨泽は笠を被る。
 これから向かうのは日差しの強い土地だから、君たちも熱中症には気をつけてね、と。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 エジプト香水って見たことありますか? とっても可愛いんですよ!

●シナリオについて
 冠題がついておりますが、気にせずご参加いただけます。通常参加は文字量の多いイベシナ、サポート参加はいつものイベシナです。

 アラーイスのお店へ遊びに行きましょう。
 彼女はイトル――所謂エジプト香水で商いをしています。様々な香りの香水と、この世に同じものがふたつない伝統的な手作りの香水瓶。瓶は香水の為に使わなくとも、美容品を入れたり、一輪挿しとして花瓶にしても可愛らしいです。
 お店に赴き、好きな香りを探したり、自分のものだったり贈り物を探してみてはいかがでしょう?

●NPC
 お声がけがあれば反応いたします。

・アラーイス・アル・ニール
 狼の獣種の少女。アルニール商会――今回の舞台となる香水屋の主。
 香水や香水瓶等のおすすめ等もできます。ご用命の際は選択肢をどうぞ。

・シャファク
 明るい商人の少女。みんなのおともだち。
 訊ねれば話してくれますが、幼少時に生き別れ、偶然姉に拾われた形になります。恩義を感じており、姉を「お嬢様」として扱っています。また同様の理由で祖父に対しても線を引いており、家名を名乗りません。
 でもそんなことは訊ねなければ微塵も出しません。明るいです!
 フランさんやハンナさんに会うと体調を気にかけます。無理しないでね><

・シャムス・アル・アラク
 シャファクのお嬢様。アルアラク商会の孫娘。
 実は双子の姉。両親はふたりが生き別れとなった件で他界。祖父と妹と暮らしています。シャファクに姉さんと呼ばれたいし、シャファクには『本当の名』も名乗ってほしい。
 体が弱く、すぐ疲れてしまうので移動の際は車椅子。疲れない範囲で歩けるのでシャファクと一緒にウロウロします。休憩は適宜はさみますが、疲れたらお先に失礼しますとお暇します。

・劉・雨泽(p3n000218)
 え、香水屋? 行く行く、大好き! 香水屋さんに行けると聞いて暑くてもラサにいくことにした、ローレットの情報屋。……情報屋の仕事をしろ。
 バニラ系やジンジャー系の香りが好き。香木なら白檀派。

●EXプレイング
 開放してあります。
 文字数が欲しい、関係者さんと過ごしたい、等ありましたらどうぞ。
 可能な範囲でお応えいたします。

●サポート
 イベシナ感覚でどうぞ。
 同行者さんがいる場合は、お互いに【お相手の名前+ID】or【グループ名】を記載ください。一方通行の場合は描写されません。
 シナリオ趣旨・公序良俗等に違反する内容は描写されません。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が(可能性としてはかなり低いのですが)付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●ご注意
 公序良俗に反する事、他の人への迷惑&妨害行為は厳禁です。
 【出発までの日数が普段よりも早いです!】

●プレイングについて
 一行目:目的【1】~【4】
 二行目:同行者(居る場合。居なければ本文でOKです)

 一緒に行動したい同行者が居る場合はニ行目に、魔法の言葉【団体名(+人数の数字)】or【名前+ID】の記載をお願いします。その際、特別な呼び方や関係等がありましたら三行目以降に記載がありますととても嬉しいです。

 例)一行目:【3】
   二行目:【香水瓶!3】※3人行動
   三行目:仲良しトリオでプレゼントを選びあうよ。

「相談掲示板で同行者募集が不得手……でも誰かと過ごしたい」な方は、お気軽に弊NPC雨泽にお声がけください。お相手いたします。

 以下、選択肢機能です。


目的
 あなたがお店に来た目的はなんでしょう?
 また、描写で文字数がゴリッと削れる可能性が高くなりますが……一行目に【提案】と書いてあるとアラーイスが「なかなか決まりませんか?」等声を掛けるので、好みを告げるとお薦めしてくれたりします。(通常参加者のみ)

【1】自分用
 自分用の香水や香水瓶が欲しい!

【2】贈り物
 お世話になっている人へのお土産を買おうかな。

【3】選び合い
 お友達と、お互いに合いそうなものを選び合いたい!

【4】見て回りたい
 購入したいというよりも、香水瓶を見て回ったり、香りを楽しみたい。


交流
 基本的には同じ空間にいますが、誰かとだけ・ひとりっきりの描写等も可能です。(行動は狭まりますが)
 どの場合でも購入等の行動によってはモブNPCは出ることはあります。

【1】ソロ
 ひとりでゆっくりと見て回りたい。

【2】ペアorグループ
 ふたりっきりやお友達と。
 【名前+ID】or【グループ名】をプレイング頭に。
 一方通行の場合は適用されません。お忘れずに。

【3】マルチ
 絡めそうな場合、参加者さんと交流。
 NPCは話しかけると反応します。

【4】NPCと交流
 おすすめはしませんが、NPCとすごく交流したい方向け。
 ・【N雨】【Nア】【Nシ】……あなたの文字数がNPCにもりもり削られます。(シはシャファク)
 ・【N双】【N全】……双子か可能な範囲での全NPCがターゲット。
  あなたの文字数がほぼNPC――……☆
(サポート参加さんは【N双】【N全】は文字数的に難しいです。)

  • <くれなゐに恋う>幕間 魅惑のイトラ完了
  • GM名壱花
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月12日 22時05分
  • 参加人数25/25人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC3人)参加者一覧(25人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
シラス(p3p004421)
超える者
メイメイ・ルー(p3p004460)
約束の力
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
ハンナ・シャロン(p3p007137)
風のテルメンディル
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
ライ・ガネット(p3p008854)
カーバンクル(元人間)
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

サポートNPC一覧(1人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ


「今日はアタシが選んであげますね」
「それなら私はあなたのを選ぶわ」
 同じ顔が、ふたつ。
 白い髪と褐色の肌を持つ少女たちは、楽しげに香水を見て回る。
「こんにちは、シャファクさん、シャムスさん」
「あ、こんにちは!」
 明るくシャファクが返事をし、シャムスはじいっとクマ紳士へと視線を注いでから「やあ」と手を上げたファゴットに遅れて丁寧な挨拶を返した。
「ラサもアラーイス様のお店も、楽しんでいってくださいね」
「ありがとう。ふたりも買い物を楽しんでね!」
 少女たちふたりはまた、クスクスと笑い合いながら香水瓶と見つめ合う。
「ふふ、仲良しだ」
「ヨゾラ、僕たちも選び合いをしよう!」
「いいね、ファゴットさん」
 ふたりに負けず劣らず(勿論競う意味もないのだが)、『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)だってファゴットとは大の仲良しだ。
「どうしよう。思っていたよりも悩むかも」
「そうだね、ヨゾラ。種類も多いし……」
 あ、この綺麗な青色は星空モチーフかな?
 ファゴットは香水瓶を手に取り、ヨゾラと並ぶように掲げてみる。
「うん、いい色だね」
 満足そうなファゴットに、ヨゾラは小さく笑う。大切な友人が自分のために選んでくれるのはくすぐったくて、そして何よりとても嬉しいものだ。
「ファゴットさんには……これかな。あ、香りも選ばないとだね」
 瓶だけでもいいが、中身だって選びたい。
「ファゴットさんに合うのは、猫を抱っこしてすぅーっと吸った感じのがいいかな」
「ヨゾラは星空みたいな香りがいいかな」
 それってどんな?
 同時に浮かんだ疑問に、ふたりは顔を見合わせ笑い合う。
「そうだ、他のふたりの分も選んで買っていこうよ!」
「そうだね、ふたりの分も選ぼうか!」
 ヨゾラとファゴットは親友四人組。
 これが良さそうだとファゴットが選ぶのはヨゾラ用に選んだ香水瓶とも似ており、それじゃあ残りひとつは僕が選ぶねとヨゾラが真剣な面持ちとなる。
「白か透明の……猫っぽいのはあるかな?」
「これなんて尾みたいじゃない?」
 ふたりは真剣にお土産選びに興じるのだった。
 ――なんて綺麗。
 キラキラ輝く香水瓶たちに乙女のように瞳を輝かし、『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は店内を見て回る。
 香水瓶は愛らしく、香水やお香も良い香り。香り同士が混ざらぬよう、店内の配置にも心配りが見受けられ、ジルーシャの興味は惹かれるばかり。
「調香や瓶の製造もこのお店でしているのかしら」
「製造の方へのご興味の方がおありですのね?」
 思わず漏れていた心の声に反応があって、ジルーシャはドキリと肩を揺らした。獣種の少女で店長の、アラーイスだ。
「それぞれ職人の方々と契約を結ばせて頂き、工房で作っていただいておりますわ」
 どこの工房で、どんな技術か。それは商人である以上教えることは出来ないけれど、ラサの職人たちは古来からの技術も受け継いでいっていてすごいのだと職人たちを褒めることも忘れない。
「ですが薫物は代々受け継ぐことの多いもの。家庭ごとに組み合わせも違うことでしょう」
 同じように香りを扱う店はラサにはいくつもある。けれど薫物――伝統的に朝や晩に焚くお香は家によって少し異なってくるのだろう。
 つまりと指し示すのは、薫物。これはこの店にしかないものだ、と。
「ね、混ぜ合わせる順番ってあるのかしら? 満月の夜に合わせるのは、月明かりも材料に必要ってこと?」
「ジルーシャ様」
「……あ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって……!」
「いいえ、お気になさらず。香りを好いてくださる方とのお話は、わたくしも嬉しゅうございます」
 混ぜ合わせる順番等はやはり教えられないが、月の関係にはどうでしょう? と首を傾げる。その昔、暦がなかった頃の人々にとって、月の満ち欠けが日数を確認できるものだとアラーイスは考えている。香料をひとつずつ、毎日丁寧さを忘れずに。そして寝かせる時間を測るためではないか、と。そうして現実的過ぎますか? なんて微笑んだ。
「すまぬがこういったものは不得手故。選ぶのを助けて貰っても宜しいでござるか?」
 声を掛けられたアラーイスがまた今度是非お話をと微笑んでジルーシャの元から離れていく。向かう先には黒衣の娘、『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)の姿があった。
 咲耶は忍びである。流石に仕事時はつけられぬが、プライベートの時では良いだろうし――香りで印象を操作する変装とてある。けれども今日は、オフ用。出来れば自分にあった香りと出会えればとアラーイスへ声を掛けたのだった。
「刺激の少ない、穏やかな香り……ですね」
 でしたらこちらはいかがでしょう?
 差し出された香りは、白百合のような清廉さのある香り。時間経過でもう少し落ち着いた白檀のような香りにもなるとのことだ。
「ふむ。これは良い香りでござるな」
「お気に召しましたのでしたら幸いなことでございます」
「あ、咲耶さん! こないだはありがとう!」
 咲耶に気付いたシャファクが近寄ってきて、アラーイスとシャムスへ先日の出来事を話した。
「咲耶さんね、ネズミとともだちで、それからビュンっていってガガガーって」
 えいえいと殴るような動作を交えながら話すシャファクは興奮しているのだろう。その説明は抽象的すぎるが、元気なシャファクの姿にアラーイスとシャムスが微笑んでいる。
「それでね……」
 シャファクの咲耶武勇伝は暫く続きそうだ。
「カップルは、おたがいにつけてほしい香水を、さがしあうものらしいですの」
「そうなのか? それなら一緒に……」
「いえ!」
 何やら真剣な顔をした『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)へ一緒に探し合おうと口にしかけたゴリョウ・クートン(p3p002081)の声を、ノリアはきりりと眉を上げて遮った。
「今は、おたがい、秘密にしましょう……ここは、いちど分かれて、あとで、さがしたものを、持ちよりましょう」
「なるほど。それもいいな」
 悩みながら選んでいる姿も見たいけれど、交換しあうまで秘密にした方が楽しみも増える。顎を撫でて得心したゴリョウそれじゃあ後でと離れていくのを見送って、ノリアはふうと額を拭う仕草をした。
(かんぺきです!)
 己の思いを知られるのが恥ずかしくて、懸命に頭を働かせたのだ。上手く行ってよかったと、ノリアもゴリョウに合う香水を探しに行く。
「わたしにとって、思い出の、陸のかおりが、これですの」
 そうして選んだ香水は、森の土のような香り。
 森の香りをシた海はプランクトンが美味しい海。
 森の土の匂いは、畑の匂いを豊かにしたもの。
「まさしく ゴリョウさんですの!」
「俺は森と土の香りか! いいねぇ!」
 大事にするとノリアを撫でれば、嬉しげに尾を揺らしたノリアが上目遣いでちらりと彼を見て、『ゴリョウさんは何を選んでくれたの』と素直な瞳で問うのだ。
「俺がノリアに選んだのはこれだ」
「これは あまい……」
「おう、水蜜桃の香りだ」
 下手なモンは選べねぇと真剣に悩んだゴリョウは、水を冠する陸の果物の香りに近いものを選んだ。少し色っぽさを感じる雰囲気も似ている。
「どうだ、小洒落てるだろ?」
「はい とても気に入りましたの!」
 大切にしますねと、ノリアはぎゅうっと逞しい腕に抱きついて甘えるのだった。

(シャファク オ嬢様)
 ずずず、ピカピカ。
 ずずず、ピカピカ。
 シャファクとシャムス、ふたつの同じ顔の間を『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の瞳が動いて交互に見る。
 同じ顔がふたつあることは決して不思議なことではないことを、フリークライは知っている。クローンとか同機種とか……人間ならば何というのだっけ。姉妹、それから――双子。
「二人 顔 ソックリ 関係?」
 フリークライの言葉に、ふたりの間にあった楽しげな空気がぴたりと止んだ。凪のような空気を纏い、瞳をぱちくりと瞬かせたふたりは顔を見合わせる。
「……家族、なのです」
 いつも明るくおしゃべりな方のシャファクが返さず、シャムスがただそれだけを返す。シャファクはシャムスのいる前で自身が感じている気持ちを話すつもりはないのだろう。ただ「実はそうなんだ」と明るい笑顔を作ってみせた。
「それよりさ、フリックも香水つけるの?」
 フリークライが自身をフリックと呼ぶから、シャファクもそれに倣う。
「ン。フリック 無機物」
「うん」
「普段 香水 無使用」
「うんうん、土とか咲いてるお花の匂いがするよね」
「ン」
「私はフリークライ様の落ち着いた香りが好きですよ」
「ソウ?」
「ええ。私は行ったことがないのですが……森というところはそういった香りがするのでしょう?」
 いつか行ってみたいですと微笑んだシャムスに、フリークライはいつか森に案内しようと心に決めたのだった。
「へえ、綺麗なものだ」
「本当。どれも素敵だね、シラス君!」
 煌めく香水瓶たちの大海原を眺め、口から溢れたのは素直が称賛だった。
 最近烙印を付与された『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)のことを思って彼女を誘った『竜剣』シラス(p3p004421)だったが、素直に来て良かったと思える場所だった。
 チラと横目でアレクシアの表情を伺えば何かを耐えているようには思えない。キラキラと瞳を輝かし、楽しそうに香水瓶たちを見ている。
「見てこれ、すごい細かい仕事」
「本当だ。まるで深緑のようだね!」
 木の葉を散らした小瓶は、光に翳すと森の木漏れ日のように見える。目を凝らせば葉脈までくっきり見えて、後からこの瓶を取りに来ようとシラスは思った。今日は贈り合おうとさっき決めたから、プレゼントするまで瓶も香りも内緒なのだ。
「シラス君、今回も期待していて」
「勿論。アレクシアが選ぶものに間違いなんてないぜ」
 それじゃあ、また後で。ふたりは一度別れ、相手に贈る香りと瓶とを選びに行った。
(シラス君、お花が好きなんだよね)
 可愛いすぎるのは男の子には合わないかな? 派手すぎず、地味すぎず……あっ、これなんて良いかも。
(香りはちょっと強めにしようかな)
 以前贈ったのはフォーマルな感じだったからとアレクシアの手は様々なテスター用の瓶の上を彷徨う。強くて記憶にはっきりと印象つけれるような香りなら、きっと『覚えておきやすい』。
「あ、そうそう」
 鉄帝に居る友だちの分も選ぼうと思っていたのだ。あまり香水とかつけなさそうだけど、甘味や可愛いものを好んでいることを知っている。見ているだけでも楽しい瓶にしようとアレクシアはガラスの海を漂った。
「やあ、シャファク」
「あ! こないだはありがとうございました」
 声を掛けた『黒裂き』クロバ・フユツキ(p3p000145)へシャファクがぺこりと頭を下げれば、シャムスも彼女に倣って頭を下げる。助けてくれた人だよと言わなくても、シャファクが世話になったことは解っているから。
 けれどもシャファクはお嬢様に真摯でありたいのだろう。こっそりと耳打ちをし、改めてシャムスは「助けてくださってありがとうございました」と深く礼をした。
「俺も、弟子のためでもあったし……っと、改めてシャファク。弟子に付いていくれてありがとうな」
「えっ、アタシの方が助けてもらって……!」
 これではありがとう合戦になってしまう。誰からともなくそう気付いたのだろう。気付けば三人、楽しげな表情で笑っていた。
 クロバは平静を装っているから、きっとふたりは彼に烙印があることなぞ知らないだろう。知っていても、烙印自体が一般人の彼女たちには首を傾げるものではあるのだが。
「ふたりは……」
 関係を問おうとしたところで口を閉ざす。他人の空似としては瓜二つすぎるふたり。けれども一度もシャファクは姉とも妹ともシャムスを呼んでおらず、始終『お嬢様』として接している。
「ふたりは?」
「好きな香りとかはあるかい? おすすめしてもらいたくてさ」
「アタシはこの、桃みたいな甘いの好きです」
「私はジャスミンとか好きですよ。ラサ土産でしたらジンジャーとか……」
 ふたりは丁寧にクロバへお薦めをしてくれた。
「お探しの香りはありますか?」
 柔らかな声に香水屋らしい甘い香りを纏わせたアラーイスの声がけに、『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は短に「ああ」と頷いた。
「どうにもいつも同じ香りばかりを購入してしまうから、違う香りを……と思ってね」
「ラダ様は確か……商会をお持ちでございましたね。香りでの印象付けも良いですが、たまには違う香りでお相手に興味を惹かせることもよいでしょうね」
 心得ていると頷いたアラーイスはユニセックスな香りを好むと聞いたラダへ、幾つか香りを紹介しました。
「此方など、余裕のある大人の女性感があって人気でございます。それからこちらは、更に甘さを控えた妖艶さを感じられるかもしれませんわ」
「――ウッディ系か。いいね」
 ラダがハンカチを取り出すよりも先に、アラーイスはこちらをお使いくださいとテスター用の紙片を取り出し、更には鼻のリセット用のコーヒー豆も差し出し、ラダが不便さを感じないよう対応してくれている。
(これなら血の匂いを紛らわせるのに良いだろうか)
 烙印による吸血衝動。それは日を増すごとに高まり、我慢が効かなくなる日が何れ訪れるような危機感をラダへと齎していた。また、隠してはいるが、ラダは既に身体の水晶化も生じている。焦りばかりが募る日々に、香りが安らぎを与えてくれるのならば願ってもないことだ。
「そういえばここでは瓶も選べたりするんだろうか?」
 同じ症状で悩む知人へのお土産用。男性向けのシンプルなものをと望めば、それでしたらとアラーイスが丁寧に案内をしてくれた。
「シャファクちゃん、あの時は信用してくれてありがとな!」
「……あの時?」
「ああっ! しーっ、しーっ!」
 明るい声で『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)が声を掛ければ、シャファクは「なんでも無いですお嬢様!」と大慌て。シャファクは紅血晶を一度入手したことをシャムスに伝えては居ない。サンディはこっそりと「ごめん」と手で謝り、他のイレギュラーズたちにならってアラーイス商会の店内を見て回ることにした。
「アラーイスちゃん、おすすめとかってある?」
「そうですね……お贈りしたい方がいらっしゃるのでしょうか?」
「ああ」
 今日は一緒に来ていない人に贈りたいのだと告げれば、アラーイスは「慕うお相手なのでしょうか」と少女らしくくすくすと笑った。
「えーっとな、最近ちょっと匂いに敏感になってるみたいだから気持ちを落ち着ける感じがいいかな」
「それでしたら、キフィはいかがでしょう?」
「お、これ?」
「はい。様々な香料を混ぜておりますので少し不思議な香りがしますが……魔を払うとも云われている香りでございます」
 スンとサンディが嗅いでみても嫌な香りではない。むしろ落ち着くし、結構好きだ。
「うーん、これの間というか、いい感じに混ぜた? というか。そういうやつないかな? 特製になるとかなら、お代は高くなってもいいからさ!」
 明るく笑ってそう言ってから、アラーイスだけに聞こえるくらいの声量に落として「血の匂いを紛れさせるようなのがいいんだ」と告げた。
「……そうですね」
 少しだけ悩んだ様子を見せたアラーイスは「どの香りでもきっと大丈夫かと存じます」と微笑んだ。
「あなた様の心のこもった贈り物でございましょう? きっと香水の香りの方が――あなた様を思い浮かべて気になってしまうはずですわ」
 だからこの香りはこのままで。
 ついでに女性受けしそうな香水瓶も勧めてきたアラーイスに、サンディは商売が上手いと笑っていた。
 今日は非番の『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)もまた、アラーイスの店へと訪っていた。
「俺自身、あんまり香水は使わねぇからな」
 獣人で鼻が利くのも、作戦での懸念を減らすためでも、あって。
 だから香りのことはよくはわからない。
「折角だから土産を買っていこうと思っているのだが、贈り物として適切なものはあるか?」
 相手との関係は……と言いかけて、口を閉ざす。己の中の感情はまだ解らない。それでもいつも気にかけてくれるから、感謝を伝えたかった。
「落ち着いた雰囲気で、よく本を読んでいる相手だ」
「そうですね、でしたら抑えめの香りがよいかと思いますわ」
 読書の時間を邪魔せず、そして本に香りが移らないものがいい。
 そうしてアラーイスが手にとって見せるのは、鈴蘭の花モチーフの香水瓶。中の香水も鈴蘭の香り――生花の鈴蘭の香りとは違うのだが――だ。
「とん、一滴を手首に。手首を合わせて広げれば、上品な香りが本の頁を捲るごとにふわりと鼻孔をくすぐることでしょう」
 テスターの紙へと一滴ガラス棒を当て、乾かすようにヒラヒラと振れば、清潔感のあるクリーンな香りが優しくふわりと香る。
(彼女に似合いで、悪くない)
「いいね。これを貰おう」
「ありがとうございます」
「そうだ。――アンガラカって薬、聞いたことあるか?」
「あんがらか、ですか?」
 香水瓶が割れないようにと紙を巻いているアラーイスへと問えば、きょとんとした瞳がアルヴァへと向けられる。全くピンと来ていない表情に、アルヴァの看破にも引っかからない。――勿論、彼女がアルヴァよりも強者であれば引っかかる訳もないのだが、幼い体と白魚が如き指は争いごとに無縁であるようにしか見えない。何より彼女はシャファク救出の依頼人だ。
「悪い、変なことを聞いたな。気にしないでくれ」
 言葉とともに駄賃だと香水代に色をつける。
 が、アラーイスはそっと香水と瓶代だけを指先で摘んだ。
「次はお相手と来てくださいな」
 またのご来店を。その方が嬉しい、と笑う彼女はラサの商人らしかった。
 
「息災のようで何よりだ」
「ルーキスさん」
 心配してたんだと声を掛けた『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)はパッと笑顔を見せ、シャムスを紹介した。
 香水にはあまり縁のないルーキスだが、綺麗なものは好きだ。
「良かったら少し、一緒に見て回らない?」
「ええ、よろこんで」
「うん!」
 シャファクがシャムスの手を取って、一緒にキラキラ輝く香水瓶の海の中をルーキスとともに游ぐ。時折足を止めては互いの耳元でくすくす笑い合いながら囁き合う姿はとても仲良しに見えて――だからこそどう見ても双子なのにシャファクがシャムスを姉とも妹とも紹介しないことがルーキスには不思議だった。境遇を尋ねた訳では無いけれど。
「キミたちにお揃いのを贈りたいのだけれど」
「えっ、いいんですか?」
「でも……」
 パッと喜ぶシャファクと遠慮が先に立つシャムスは対象的だ。
「いいんだ。私が贈りたいんだ」
 それなら……とふたりは香水瓶をゆっくりと見た。
「そういえば絵本のこと、詳しく教えてくれる?」
 どういうのと問えば、今度絵本を貸しましょうか? とシャファク。ラサでは珍しい本ではないらしく、バザールの本屋でも買えるらしい。
 子どもが好みそうな、幻想的な、よくあるおとぎ話だ。
 けれど幼い頃にその絵本を読んで大好きになった少女は『本当にあったらいいな』と、そう思ったのだ。だから『無いことを前提に』夢を追っている。
「あ、これ好きかも」
「いいわね」
「それにする?」
 ふたりは薄紅色の小さな香水瓶を選び、ルーキスに感謝を告げた。
(わあ……)
 煌めくガラス瓶はどれも美しくて。色とりどりの煌めきの中で、『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)もまた瞳を輝かせた。
 けれどもお世話になります、と店主への挨拶も忘れない。貸し切りにしてくれたことも、商会主でありながらも親しく接してくれることも、何より種は違えど獣種の同じくらいの年頃に見える同性とあれば、メイメイの気持ちはぴょんぴょこ跳ねた。その気持が羊耳に現れていることが愛らしかったのだろう。アラーイスが尾を揺らして控えめにくすくすと笑った。
「メイメイ様、お探しの香りが決まっているのですか?」
 香りを確かめながら店内を見て回る姿に、これは探している香りがあると察するのは容易だ。
「あの、贈り物と言うかお土産と言うか……おやすみの前などに、ゆったりと、リラックス出来るような、そういう香りの香水はあります、か?」
 メイメイの言葉を聞いたアラーイスは、寝香水の話をしてくれる。寝具や夜着に好きな香りを纏わせ、安眠へと導くのだ。けれど豊穣ならば薫物の方がメジャーだから、お香もありますよと見せてくれる。
「これでしたらメイメイ様の意中の方も……」
「えっ」
「あら、違いましたでしょうか?」
(ど、どうしてわかったんですか?)
 声には出なかったけれど目をグルグルとさせて顔を赤くさせれば、想う相手がいることなど一目瞭然だ。
「同じ香りを持つと言うのも、素敵かと思いますわ」
「っ!」
 そっとアラーイスが身を寄せた。ひっそりと落とされた言葉に頭からぽんっと湯気が出そうになり、耳はピャッと持ち上がってしまう。
「あ、アラーイスさま……!」
「ふふふ、メイメイ様ってばお可愛らしい」
 気持ちが落ち着いてきた頃、チラとメイメイの視線がアラーイスの額へと向かった。そこにある花模様が、烙印のように思えたから。
「メイメイ様はもしかして、お化粧にも興味があるのでしょうか?」
 額を指差し、「これは花钿ですわ」と告げた。
「お化粧、ですか?」
「はい。こちらは豊穣の方もされるものですの」
 きっとメイメイ様のお相手の視線を釘付けにすることでしょう。
「もう、アラーイスさま……!」
 そこにいるのは店主でも客でもない、年頃の少女たち。ふたりはもう、友人と呼べるほどに打ち解けあっていた。
(う……)
 たくさんの香りに、『あたたかな声』ニル(p3p009185)の頭がくらりと揺れた。
「ニル、これを嗅いで」
 穏やかな声とともに、差し出されたのはコーヒー豆。大きく吸い込めば、胸がすうっと落ち着く心地となった。
「ありがとうございます、雨泽様」
「香りのリセットはね、この豆を使うのだって」
「詳しいのですね……雨泽様も普段からつけているのですか?」
 ニルが見上げて問えば、雨泽はううんとかぶりを振った。
「香水してると猫に嫌われるからね」
「ふふ」
「なぁに?」
「やっぱり、って思いました」
 くすっと笑みを交わして、ニルの視線は香水瓶へと戻る。
「これなんて猫の耳みたいじゃない?」
「こちらは丸まったねこさんのようです」
 キャップに三角のついた香水瓶を雨泽が指差して、ニルはキャップにぐるんとした丸がついた香水瓶を指差した。
「そういえばさっき色々匂いを嗅いでいたみたいだけれど」
 ニルの好きな匂いは何? 何か探しているものはある?
「ニルはおいしいごはんのにおいが好きです」
「僕も好き」
 ラサの食べ物の香りは香辛料たっぷりなスパイシーさと、これでもかってくらい甘い菓子の香りがする。どれも好きだけれど……けれど香水にご飯の香りはない。
「あと、ともだちにお土産をえらびたくて」
「瓶と香水?」
「はい」
「僕のおすすめはね……」
 雨泽は森のような香りと雨の日みたいな香りを勧め、「良かったら後からバザールでご飯を食べようね」と言って離れていった。
(あ、シャファク様)
 雨泽を見送ると、視界に笑っているシャファクの顔が入ってきた。
 ニルがROOで遊ぶ子とよく似た顔の、けれども違う女の子。
 けれども元気な笑顔は重なって見えて、ニルの心はふわりと暖かくなった。
「兄様、姉様!」
 見てくださいと、可愛い妹がはしゃいでいる。彼女に手を引かれた『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)の表情には末の妹への愛おしさのみが溢れ、急かされたってちっとも嫌な気持ちになんてならない。
「ライラ、落ち着いて」
「でも、姉様」
 初めての外国。その外国で家族とのお買い物。そして可愛い香水瓶を前にして、燥がないなんて無理だと頬を膨らませたライラ・エシェル。そうしてしまう気持ちも勿論『シャファクの友だち』ハンナ・シャロン(p3p007137)にだって解る。だってハンナも初めて外に出た時は心を弾ませまくってウィリアムを引っ張り回したのだから。
「ライラ、誤ってぶつかったら割れてしまうわよ?」
「あっ」
 母の一声でライラが口元に手を当てて止まる。珍しく母親らしいことを口にしたマルカ・シャヴィトにはウィリアムとハンナの視線が向かい、「何よ」と唇を尖らせた。私が破壊ばかりすると思ったら大間違いなんだから!
「お祖父様とお祖母様へのお土産を買おうか」
 これなんて良さそう、とウィリアムが手にするのはパカダクラの香水瓶。置物にもぴったりだし、ふたつセットのようだから祖父母にちょうどいい。
「兄様、私はこれにします!」
「……魔神が出てきそうなランプだね」
「これもちゃんと瓶なんですよ!」
 すごくないですかと、ライラはずっと興奮気味。だって今、ライラは『本の中の世界』にいるのだから仕方がない。
 魔法のランプだなんて、本の中のアイテムそのものだ。ランプといえば灯りを灯すものという認識のある新緑において、外から何とか手に入れた本に絵柄の載っていたランプは水差しのようで驚いたものだ。
「ライラの瓶は素敵ね」
「姉様が選んだ瓶も素敵ですね」
 スラリとしたシンプルな感じだけれど、ハンナに合うとライラが笑う。母のマルカも夫への土産の香水を選んでいるようだ。
「ライラ、香りはお揃いにするのはどう?」
「姉様とお揃い。嬉しいです」
 柑橘系のさっぱりとした香りに、ライラが嬉しげに笑う。
「僕にも選んでくれる?」
「そうですね、シャハルは……あ、シャファク様!」
 香水の上に目を滑らせていたら、その向こうに楽しそうな表情のシャファクが見えた。兄への香水選びはいつでも出来るからと、ハンナはすぐにシャファクへと寄っていく。ハンナの気持ちも解るからウィリアムは小さく笑って、お知り合い?と首を傾げるライラと母とを伴い後へと続く。
「シャファク様! あら、隣にいらっしゃる方はもしや……」
「あ、ハンナ! もうすっかり元気だね。よかった。うん、そう。アタシのお嬢様だよ。お嬢様、こちらはハンナ。アタシの友だちだよ」
「シャムス・アル・アラクと申します。この子がいつもお世話になっています」
「初めまして、ハンナ・シャロンと申します!」
 並んだ同じ顔に、ハンナの目がキラキラと輝いている。お嬢様とも仲良くしたい! の気持ちで、輝きまくっている!
 そんな姉の姿にライラは目を丸くし、マルカは微笑ましげに微笑んだ。
「ハンナ」
「はっすみません! 勢い強すぎましたか……?」
「いいえ、大丈夫です」
 シャファクみたいに元気な方、とシャムスがくすくす笑った。
「ライラ、このお姉ちゃんがハンナを助けてくれたんだ」
「姉様を?」
「あら。それなら私からもお礼をしなくちゃね。娘を助けてくれてありがとう」
「えっ、あの、アタシの方が助けられてるから……」
 ……それに、友だちを助けるのは当たり前だし。
 小さく落とされた言葉にマルカの笑みは濃くなり、ハンナは蕩けそうな顔で「聞きましたかシャハル!」とウィリアムの肩を掴んで思いっきりグラグラと揺らした。
(お強い姉様をお助けするだなんて……!)
 ライラからはキラキラと輝く純粋な瞳が向けられて、シャファクは誤解されていないかと背に汗が流れた。
「ふたりはそっくりね。――姉妹? それとも双子なのかしら」
「……顔がそっくりだけど、本家と分家みたいなものなのかな?」
 ハンナとライラほど年が離れては見えないし、そう思うのが妥当だろう。
「その……一応双子、らしいです。アタシにとってお嬢様はお嬢様なんですけど」
「…………」
 少し困ったように頬を掻いたシャファクに、シャムスは少しだけ物言いたそうな顔をしていた。
 シャムスは双子として生まれたと祖父に聞かされて育ち、シャファクは何も知らずに育った。シャファクにとってのシャムスは恩人で、簡単に気持ちの整理がつけられない。
「ふたりとも、きっともっと仲良くなれるわ」
 詳しい事情は知らない。けれどもマルカは『母親』としてそう思うのだ。
「贈り物の香水を選びたいのでおすすめがあれば教えてほしいかな」
 入浴が容易に出来ない砂漠の民にとって、体臭を紛らわせることが叶う香水は必需品とも言える代物だ。少しは持っているもののあまり詳しくはない――ましてや他者の好みそうな香りに見当がつかない『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は、店主たるアラーイスへとそう訊ねた。
 贈りたい相手は、練達に住んでいるゼフィラの娘。
「まあ、ご息女へ?」
「あの子も年頃だし普段遣いの香水くらいは持っているはずだけれど、記念になるような、普段は使わない香水をと思って」
「それはそれは、良き案かと思いますわ」
 年齢は、相手の方は普段は何を、好みは……。いくつも訊ねたアラーイスは比較的大人っぽい、けれども少し甘めの香りを「香水は時間経過で香りのイメージも変わりますので」とお薦めした。
「こういったものは、このあたりの伝統的なものなのかな?」
 香水も瓶も、職人たちの手作りとなるのは連達以外では当たり前なことのため、アラーイスはゆるく首を傾げる。それから火をともす薫物のことかと察したアラーイスは「薫物でしたら、そうですわね」とゼフィラへ甘い微笑を向けた。
「様々な香料を合わせ、それこそ家庭ごとに薫物は香りが違うのではないでしょうか?」
 香水の作成は職人の領域。けれど我が家に伝わる薫物でしたらお譲りできますのでまた訪ねてくださいませ、と商売人らしくアラーイスは微笑む。そのついでに香水や日々の話ができればアラーイスも嬉しい、と。

「それじゃあ、お互いに決まるまで内緒ってことで」
 君がどんな香りを選んでくれるのか楽しみだなぁ。
 明るくそう口にした雨泽が離れていくのを見送って、『白き灯り』チック・シュテル(p3p000932)は行儀よく並ぶ香水瓶へと視線を向けた。彼が「選ぶのを見ていてもいい?」とも問わずに離れたのはチックを気遣ってのことだと解る。
 首に巻いたストールを、ぎゅっと引き上げる。
 慣れるどころか日に日に吸血衝動は強まる一方で、少し前から体の一部が結晶化していることに気がついた。それが増えていそうで、確認するのも恐ろしい。
(もっと経ったら……おれ、どうなるのだろう)
 不安だけが増していく日々に、綺羅びやかな香水瓶が眩しく映る。
 香水瓶は瓶だけでも購入できるし、中身も選んで入れてもらうことも出来る。沈みそうになる心から逃れるように、チックは香水瓶へと手を伸ばした。
 贈る相手のことを考えれば、恐ろしさは少しだけ遠のいてくれる。
(雨泽……何色が好き、かな)
 聞いたことがあったかなと首を傾げ、香りを決めてから聞いてみようと思った。
(あとは……花を飾る、するための)
 これは家で待つ子たちへのお土産だ。幾つかの候補を選んで後から決めよう。チックは一番悩みそうな香水の前へと向かった。
(雨泽は……)
 店内を探せば、彼は他のイレギュラーズたちと話しているようだった。いつもと変わらない笑顔だけれどいつもよりも楽しんでいることが解って、喜んでくれるようにと願ってチックは真剣に香水を選ぶのだった。
「香水って色々あるんだな」
 思っていたよりも種類が豊富で、『カーバンクル(元人間)』ライ・ガネット(p3p008854)の視線は先程から左右に動きっぱなしである。
「けれど、ずっと見ていても飽きませんね」
 インテリアとして購入する人も居るという話は雨泽から聞いてはいたものの、実際に目にすると成る程と『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)にも納得が行った。例えば館の窓際に飾ったらどうだろう。陽光を浴びたガラス瓶がキラキラと虹彩を部屋に広げる様が容易に想像できて、心が少し浮足立つ。
「ふたりは何にするのか決まったの?」
 普段よりも楽しげな様子が雨泽にも解るらしい。笑っている。
「ボクはまだです」
「俺もだ」
「雨泽さんは?」
「僕は選び合いをしているところ」
 他の人のを選べるのなら、それなら、とふたりは思った。
「少しお薦めしてくれないか」
「ボクもお薦めを聞きたいです」
「勿論いいよ。簡単に好みとか教えてもらっても?」
 ガイは鼻が利くから香りが弱い方が良いらしい。甘いものよりも爽やかな方が好み。
 チェレンチィは最近刻印をつけられてしまったため、矢張り吸血衝動に悩んでいる。首に纏うストールを香らせれば、少しは気が紛れるか落ち着くことだろう。
「じゃあ、ガイにはこれ」
「これはリンゴ、こっちはレモンか?」
「そうだね、レモンというかシトラス系?」
「柑橘の方が好きだな」
「シトラス系も色々あるから、試してみるといいよ」
 で、次はとチェレンチィへと森の妖精のような瓶を見せる。
「そういえば君のとこの隊長、花の香りの香水を買っていたみたいだよ」
「花、ですか」
「鈴蘭だったかな。あれは落ち着いていていいよ。これはウッディ系だけど」
「なあ、香水瓶も選べるんだよな?」
「ああうん、そうだよ」
 香水瓶は一点ものだ。すでに香りが入っているテスター用のものに一目惚れしてしまったら選びようがないが、空っぽの香水瓶と中身の香りを指定すれば入れて貰うことが出来る。
「俺、瓶は赤い物が気になるから、ちょっと探してくるな」
 きっと自身の宝石と似た色を本能的に好んでいるのだろう。
「いいね。君の宝石のような瓶もきっとありそう」
 ぴゅるるーっとライが飛んでいくのを見送った。
「えーっと、そうだ。ウッディ系」
 これはトップがライチで少しフレッシュなのだけれどと雨泽が薦めるのは、時間経過でウッディ系へと変わるユニセックスなタイプ。
「いいですね、これ」
 香りを嗅いだチェレンチィが、それからと視線を彷徨わせる。
「あ、アラーイスさんにもお薦めを聞いてきますね」
 他のイレギュラーズの案内を終え、ちょうどフリーになったアラーイスの元へと向かう。不安のせいか気が乱れ、上手く眠れないなど、仲間たちには言えない。
「それでしたら……」
 アラーイスはキフィを薦めてくる。お香だ。
「邪気というものは眠っている時に忍び込んでくると云われておりますの」
 邪気を祓う、そして優しく安眠を助けてくれるこのお香なら、あなたの悪夢を祓ってくれることだろう。
 因みに、お香の容器もありますよ、なんてアラーイスが商売上手なものだから、チェレンチィは下げた眉を笑みに寄せてしまった。
 香水瓶に劣らぬくらい、店内を見つめる『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)の瞳は輝いて、まるでガラス玉のようだと雨泽は思った。
「ははあ。故郷には薫物の類はありましたが、こりゃあまた趣が違いますの」
「豊穣だと着物や文に焚くもんねぇ」
「香り袋の類は知っとりますが、――ッ!」
 中の液体を身体に……と不思議そうにしげしげと眺め、瓶を傾けると中身が溢れて支佐手が焦る。
「何を笑うとるんですか。おんしだって、似たようなもんでしょうに」
「甘いなぁ、支佐手。僕は練達にだって化粧品を買いに行く男だよ?」
 ふふんとドヤって見せる雨泽に、支佐手は半眼になる。
「この瓶は傾けて使うのではなくてね」
 蜷局を巻いた蛇の意匠のキャップを持ち上げた先はガラス棒となっている。その先についている香水を垂らすのだと、雨泽は支佐手の手首へとちょんとガラス棒をつけた。
「なるほど。量はこれくらいで良いと」
「手首同士を擦り合わせて馴染ませて、そのまま手首を耳の後ろにもつけると良いよ」
「程よくええ香りですの」
「後は適当にテスターで試して」
「てすたあ」
「紙に、垂らす」
 言葉を区切って、雨泽が置かれている紙と瓶とを指差した。
 どれにすべきかと悩み始めた支佐手を残し、雨泽はゆっくりと店内を見て回る。どのイレギュラーズたちも楽しげな表情をしていて、雨泽は小さく笑って――そうしてふと、真剣な表情でアラーイスと話をしている『厄斬奉演』蓮杖 綾姫(p3p008658)に気がついた。
「綾姫、香水は決まった?」
「ああ、劉さん。……こういったものに縁遠い生活が長かったので、今アラーイスさんにお話を伺っていたところです」
 綾姫の手元を見ると、スパイスの効いたオリエンタル系と柑橘の爽やかさを感じられるシトラス系がお薦めされているようだ。
「綾姫なら白檀も合いそう」
「まあ、よろしいですわね」
 アラーイスと雨泽は気が合うらしい。確か初対面だと聞いているが、溶け込むように雑談に混ざる雨泽の姿は自然体で、綾姫はコツを教えてもらいたくなった。……しかしコツを教えてもらったとて、己には実践出来ぬだろう。得手不得手は誰にもあるのだから。
 綾姫がふうと嘆息した。
「香り、わからない?」
「ああ、いえ」
「白檀はね、すうっと気持ちを落ち着ける清廉な香りだよ」
 綾姫の嘆息を香りのイメージがつかなかったのかと捉えた雨泽は、サンプルを嗅いでみてと寄せてくる。
「鍔箱の香りで似た香りを嗅いだことが……」
「あ、うん」
 刃物乙女からするとそうなるかもね。
 刀には白檀塗という鞘塗もある。後の流れはもう、お解り頂けるだろう。
「あの、劉さん」
「ん?」
 烙印のことを何か知らないかと問いかけようとした綾姫は、口を閉ざす。皆が楽しく過ごす香水屋で話す内容ではないような気がしたから。
 けれども雨泽はその反応で何を問いたいのか察したのだろう。「後でね」といつもどおりの何を考えているか解らない笑みで笑った。
「劉さん、こんにちは。みゃー」
「やあ、祝音」
 にっこりと笑いかける雨泽はいつもより楽しそうで、祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は香水が好きなのかなと思った。
「劉さんはどんな香りが好き?」
「僕は甘いのも落ち着いているのも好きだよ。祝音は?」
「僕は……日向ぼっこした後の猫さんたちの香り。みゃー」
「いいよね、香ばしい感じ」
 同じものを思い浮かべてもイメージは違うらしい。祝音は首を傾げてみゃーと笑った。
「そろそろ私はお暇させて頂きますね」
「あっ、お嬢様。アタシも……」
 休み休みではあったがはしゃぐとドッと疲れが後からやってくる。迷惑にならない内にと帰ることに決めたシャムスへシャファクが近寄るが、ピッと指を突きつけられた。
「ダメ。折角お友達と過ごしているのだから、私のせいで台無しにさせないで」
 声は柔らかだが、確りとした芯のある言葉だった。
「でも……」
 シャファクがシャムスを『お嬢様』と扱う以上、シャムスは彼女へ命令を通すことが出来てしまう。それはシャファクも望んでいることだから、しゅんっと折れてしまう。
「でしたら拙者がお送りするでござるよ」
「ン。シャムス フリックモ 送ル」
 咲耶とフリークライの申し出にも、シャムスはふるりと首を振る。会ったばかりの方にそのような世話になるわけにはいけません。静かな、けれども確かな拒絶だった。
 シャムスは頭を下げ、店からひとりで出ていく。
 出ていく際で、肩越しに振り返る。
 お嬢様に振られちゃったと肩を落とすシャファクの姿。
 慰めてくれるハンナ一家の姿。
 それはまるでシャファクも家族みたいで、シャムスは――。
 きぃ、きぃ。
 後はもう振り返らず、車輪をバザールへと滑らせた。

「雨泽」
「チック、決まった?」
 うんと頷いて、けれども少しおず……と差し出すのは、バニラとジンジャーの香り。つけ始めはジンジャーのツンとした香りが目立つけれど、時間の経過とともに爽やかさと甘さのある香りになるものだ。
「どう……かな」
「好きだよ」
 ありがとうと笑った雨泽が僕はねと差し出すのは、ウッディムスク系の香りにホワイトリリーを重ねたもの。甘く穏やかで、それでいて清廉さがある。
「えっと、チックが選んでくれたのはこれ?」
 何故だか雨泽が、チックが選んだ香りの入ったひと回り小さな香水瓶も手に取ったため、チックは首を傾げる。
「これもあげる」
 そうしたら、寂しくないでしょう?
 悪戯な猫のような笑みに、きょとんとした表情しか返せない。
 わからなくてもいいやと口にしながらもご機嫌な雨泽に、チックはずっと首を傾げていた。
 「詳しく教えてくれてありがとう、恩に着るぜ」
 しっかりと礼を言って、シラスはアラーイスの元から離れた。贈り合うまで内緒にしたのは楽しみのためでもあるが、彼女に心配していることを感じさせないためだ。
「シラス君、決まった?」
「ああ。アレクシアは?」
「かっこいいのを選んだんだから」
「ちゃんと期待していたよ」
 それじゃあと同時に、購入してきた香水を交換した。
「あっ、これさっきの?」
「それを見たら、もうそれしか思いつかなかったんだ」
 木の葉を散らした小瓶の中身は爽やかな香りで、まるで森にいるかのような落ち着きが有る。
「ん。結構香りが強いんだな」
「今日からこれがシラス君の香りにになるんだよ」
「確定なんだ?」
「使ってくれないのかな?」
「使うに決まってるだろ」
 シラスの笑みに、アレクシアは幸せそうに笑う。
 ――私、この香りを忘れない。絶対に。

 ――噛まれたって本当ですか!?
 ずずいと迫って聞いてきた『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)に身体を逸らしながら、『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)はてへっと笑った。
「何わろてんねんですよ! フランさん!」
「いやぁでもシャファクさんも皆も無事だったし」
 フラン的にはそれで満足なのだが、回りははいそうですかとならないのが現実だ。友だちなら心配だってする。シャファクのような一般人には「突然倒れてびっくりした」にしか映らないが、吸血鬼の存在を知っているイレギュラーズならば尚更だ。
「……しにゃこさんもおそろいになりたいならかぷっとしよっか?」
「いや噛まないでくださいよ!?」
 吸血鬼ではないフランが噛んだところでしにゃこにも烙印が付与されることはないが、試したことがない――試したくもない――フランには知らないことだ。
「嘘だよー、今日はふたりで――ぴぎゃ!」
「よぉ、珍しい組み合わせだな」
「お、ルカ先輩じゃないですか!」
 突如真後ろから掛かった聞き覚えのありすぎる声に、フランが跳ねた。しにゃこは軽く手を挙げた『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)へと手をブンと振った。
(フランも烙印を受けてるのか……)
 ルカの視線は静かにフランの首筋へと向かう。そこに咲いた蓮花は――烙印。
 まだ烙印を受けたばかりであろうフランは明るく振る舞っているが、日が経つごとに衝動が抑えきれない程に強まっていくことを、ルカは身をもって知っている。――ルカは既に結晶化も、『見知らぬ女に焦がれる』感覚まで覚えていた。実に不快なことだ。直に人を襲いそうな危うささえ感じており、そんな思いをフランにさせる前に何とかしないとと密かに焦りを抱いた。
「折角会ったんだ、ふたりに贈ってもいいか?」
「る、るるるるかさん勿論! ぴぇ!」
「香水とは縁遠そうな強面なのに! あ痛ぇ!?」
 彼からの贈り物を阻止されかねない言葉は全力でねじ伏せるに限る。脇腹をつねって。
 好きな香りを選びなと言うルカに甘え、フランとしにゃこは互いの香水を選ぶ。
「しにゃこさんには動物のオスが寄り付きそうなやつがいいんじゃない?」
「な、なんですかフランさん! 大人の魅力たっぷりなしにゃには絶対に合いません!」
 ガキが香水つけたって……等とルカは思うが、そういった野暮なことは口にしない。
「モテたいんじゃないの?」
「動物にモテても意味がありません!」
「えー、じゃぁ桃とか果実の甘酸っぱい系とか?」
「そういうのです! わかってるじゃないですか!」
「桃か、良いんじゃねえか」
 可愛い系の香りはしにゃこにぴったりだろう。無理して大人びた香水をつけてちぐはぐな印象となるよりは、彼女らしい可愛いものにした方がしにゃこの魅力も引き立つはずだ。
「じゃあフランさんのはしにゃが選んじゃいます!」
 そう言ってしにゃこが選んだのはバニラ系。中でも甘さが優しく引き立つ香りだ。
「美味しそうになれますよ!」
「食べないでー!」
「そうだな、フランも可愛い系は似合うと思う」
「るっ、ルカさんがそう言うなら……あたしはそれにしようかなっ」
「エスニック系なんかも良いんじゃねえか」
 しにゃこが選んだものよりもジンジャーが効いた香りを手に取った。ルカにとってしにゃこは子どもだが、フランはイイ女。これも似合いそうだと示せば、フランが嬉しいけど選べないと困った顔になる。
「……しにゃとの対応、違いすぎません?」
 流石にしにゃことて目が座る。
「し、しにゃこさん! ステイ!」
「むむっ、しにゃは犬ではありませんよ!」
「あっ、そうだ。ルカさんのも選びたい!」
「俺の分も?」
「仕方ないから選んでやりますかー感謝してくださいね!」
 ふたりはルカに買って貰うのだから、代わりにふたりでルカのを選んで買うという提案だ。
 いいぜと応えたルカは、賑やかに選びだしたふたりに目を細める。
「ルカさんって普段からいい匂いするよね」
「そうですか?」
「するよ、する。絶対」
 香りを選びながらも乙女たちは会話を止めない。
「うーん、このスパイシーなのもいいし、でもこっちは優しさがあって」
「無難に柑橘系でよくないですか? しにゃと同じフルーツ系ですね!」
「…………」
「え、なんですかフランさん! しにゃ何か悪いこと言いました!?」
「しにゃこさん!」
「は、はい!」
「もっと真剣に選んで!」
「わ、わかりましたんでそのガチな目やめてください! 怖い!」
 この騒がしくて、けれども嫌いではない日常を、守りたい。ラサに掛かる影を早急に払わねばならない。
 それにしても。
(……時間がかかりそうだな)
 少女たちが選び終えたら、飯でも奢るかとルカは見守った。
「時に雨泽殿、如何ですか。ラサへ来たついで、甘い菓子と香辛料の効いた酒を楽しんで帰るっちゅうんは」
 どちらの香りが良いか雨泽に尋ねてから会計に挑んだ支佐手が機嫌良さげにそう言い、雨泽はその提案へ「いいね」と返す。答える理由もないので即答だ。だが、「あ、そうだ。チックと……ニルもいい?」と尋ねてくる。甘味と聞いて折角だからふたりもと思ったのだろう。支佐手が首肯すると雨泽は「チックー、二ルー」と早速ふたりに声を掛けていた。
「実は、先日来た際にええ店を見つけましての」
 脳を突き抜けるような甘さの菓子を食べた支佐手は、その店に雨泽を案内したいようだ。
「『ばくらゔぁ』っちゅう菓子なんですが」
「あ、僕もそれ食べたよ。胡桃のを食べた? それともピスタチオの?」
「ぴすたちお」
「緑の豆」
「それですそれ」
「僕はまだ食べていないけどチョコレート味のチコラタルというのもあるそうだよ」
「貯古齢糖……甘さに更に甘さを重ねるとは」
「ね。気になるよね」
 アラーイスへ挨拶をして、バザールへと繰り出した。

 ――――
 ――

(特に危険は無さそうでござるな)
 密かにシャムスをつけてひっそりと護衛をしていた咲耶は、小さく吐息を零した。
 もう大丈夫だろうと咲耶は踵を返そうとした。これから先は少女のプライベートの時間だろうし、この先で見つかったら断られた手前、言い訳がつかない。
(――シャムス殿?)
 しかし、シャムスが行き先を変えた。――否、最初からシャムスにはひとりで寄りたい場所があった。だから断ったのだ。
 咲耶は返しかけた踵を戻し、シャムスを追いかける。そうして――。
「おねえちゃんも、やっぱりやさしいね」
 唐突に、吐息を項に感じた。
 咲耶に気付かれること無く忍び寄り不覚を取れる――魔種相当の強さを持つ――吸血鬼。
 急な失血に倒れた咲耶の視界へ最後に映ったのは、モモと名乗った幼い少女の笑みだった。

 きぃ、きぃ、きぃ。
 荒事とは無縁な白魚が如き少女の手が規則正しく車輪を回す。
 きぃ、きぃ、きぃ。
 辿り着いた目的地。年頃の少女には不釣り合いなその場所の前で、少女は胸の前で祈るように手を組んだ。
「私も……」
 少女には叶えたい願いがあった。
 今日、イレギュラーズたちとともにある『妹』の笑顔を見て、その想いは一層強くなった。
 だから――。
「本当に、叶うのでしょうか?」
「ええ。妾は嘘を申しませぬ」
 それならば。
 いいえ、例え嘘でも、例えただの噂でも。
 決意を秘めた瞳を揺らした少女は、手に載せられた血のように赤い宝石を大切そうにぎゅうと握りしめた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

楽しい休日でしたね、イレギュラーズ!
……えっ、噛まれてる人がいる!? そんなはずは……

今回の烙印条件はかなり可能性としては低かったのですが
・シャムスを送ろうとする(断られます)
・単独行動が可能かどうか
・隠れて後を着けられるかどうか
・血を吸えるかどうか
当て嵌まった方がいたため、咲耶さんに【烙印】が付与されます。

●運営による追記
※如月=紅牙=咲耶(p3p006128)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
 時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
 現時点で判明しているのは、
 ・傷口から溢れる血は花弁に変化している
 ・涙は水晶に変化する
 ・吸血衝動を有する
 ・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
 またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています

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