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シナリオ詳細

<無意式怪談>再現性東京1Q99街、卯没瀬地区

完了

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●滅亡都市
 練達復興公社スタッフ、田中 舞。
 超日本帝国特別公安所属苧号部隊第十三番、頬紅雲類鷲。
 両名及び複数名のイレギュラーズによる合同調査の結果、以下の事実が判明しました。

 事実1
 希望ヶ浜学園校長、無名偲無意識は学園設立前に再現性東京1Q99街に居住していた。
 街の別名は『卯没瀬地区』。
 ある結界によって支配された地域であり、特定異世界日本におけるある特定の年代及び思想に合致した人間が集合し、その思想をもって結界を維持していた土地である。

 事実2
 卯没瀬地区は『今年中に世界が滅亡する』という思想によって維持され、住民は狂乱の日々をループし続けている。
 彼らは人生最後の七ヶ月を過ごした後滅亡を疑似体験し、リセットされた記憶のまま同じ七ヶ月をくり返している。

 事実3
 卯没瀬地区を維持するための環境装置として、『名も無き悪魔』がその全体に溶け込んでいる。
 滅亡のループと街の維持は『名も無き悪魔』による力であり、悪魔の力の影響下にあるかぎり住民達は『安心して』最後の七ヶ月を過ごすことが出来る。

 事実4
 およそ半年前、『名も無き悪魔』の影響力が消失。
 この時期は無名偲無意識校長が希望ヶ浜地区にて嘘世界にただひとり閉じ込められた日時と一致する。

 事実5
 滅亡の日を過ぎても主観世界の滅亡および住民の記憶のリセットが起こらなかったことで、住民は狂気に陥っている。

 卯没瀬地区の調査を継続するにあたり、『名も無き悪魔(※事実3)』の調査が並行して行われました。
 チームを三つに分け行われた調査の結果、以下の追加事実が判明しました。

 追加事実3-a
 『名も無き悪魔』には実体がなく、また名前もない。
 極めて抽象概念的存在である。よって直接的干渉が不能である。

 追加事実3-b
 『名も無き悪魔』は希望ヶ浜学園設立前に無名偲無意識が『契約』を果たしている。
 その際、無名偲無意識だったものはその名を失い、無名偲無意識という名を新たに名乗っている。
 喪失前の名前及びその他の記録は街から消失しており、確認は不可能。

 希望ヶ浜地区における調査にあたり、『名も無き悪魔の影響力喪失(※事実4)』についての追加調査が行われました。
 チームを十二に分けて行われた調査の結果、以下の事実が判明しました。

 追加事実4-a
 『名も無き悪魔』の影響は契約した無名偲無意識が別地区に移っても継続していた。
 しかし『嘘世界』に無名偲無意識が閉じ込められたことで影響が消失している。

 追加事実4-b
 『名も無き悪魔』の影響によって、希望ヶ浜地区内にいくつかの異空間ゲート(以降卯没瀬ゲートと呼称する)が発生している。
 それらには共通して『卯没瀬』という地名が入っており、現実との歪みが生じている。
 現実側への影響はイレギュラーズたちの『自発的及び偶発的遭遇』によって『全てが』阻止または抑制されている。

 追加事実4-c
 卯没瀬ゲートからの影響を阻止または抑制したイレギュラーズたちは、その切っ掛けが無名偲無意識校長からの依頼であると話している。

 名も無き悪魔による卯没瀬ゲート生成(追加事実4-b)について追加調査が行われました。
 合同チームによって行われた調査の結果、以下の事実が判明しました。

 追加事実4-b-1
 名も無き悪魔が希望ヶ浜地区内で及ぼせる影響はごく僅かなものであり、それは無名偲無意識との『契約』内容に由来するものである。

 追加事実4-b-2
 無名偲無意識と名も無き悪魔の間に結ばれた『契約』は、希望ヶ浜地区の日常を維持するための行動に際し力を行使するというものである。

 追加事実4-b-3
 契約における『日常の意地』は悪魔による主観的なものであり、希望ヶ浜内で起きる些細な変化や進歩を日常の破壊として受け取っている。
 現在の様々な事件が起きている原因と推測される。

 追加事実4-b-4
 『名も無き悪魔』による希望ヶ浜への干渉を防ぐべく、自身の主体的行動とならぬよう無名偲無意識は信頼するイレギュラーズ数十名に曖昧な依頼を発行することで対抗した。
 結果として『名も無き悪魔』の干渉は抑制されている。

 追加事実4-b-5
 『名も無き悪魔』はこれ以上の妨害を避けるため無名偲無意識と、新たに派遣されるであろうイレギュラーズを纏めて隔離する計画を実行した。
 定真理・ゆらぎのもつ特異性を利用し生成した『嘘世界』に閉じ込めるというものである。
 しかしこれは結果として、無名偲無意識と『名も無き悪魔』のみを嘘世界に閉じ込めるのみの結果となった。
 これは『名も無き悪魔』の隔離を意味し、卯没瀬地区のリセット及び希望ヶ浜地区への新たな干渉を不能とするものである。

 以下、新事実が判明しました。

 事実6
 『名も無き悪魔』を殺す方法。
 以下の三つを集めること。
 a:『名も無き悪魔』の真名
 b:『名も無き悪魔』に適合する器を複数体
 c:『名も無き悪魔』を閉じ込めるための環境
 以上を集めることで悪魔を殺すことが可能となる。
 また、無名偲無意識を『嘘世界』から救出するために必要な手順となる。

 追加事実6-a
 『嘘世界』への侵入方法を発見。
 再現性東京1Q99街、卯没瀬地区にて、無名偲無意識の残した式神が存在することが判明。
 縁の繋がりを用い、嘘世界への突入方法を作成可能である。
 ただし、卯没瀬地区は住民の狂気によって混乱しており、様々な怪現象が頻発している。
 調査時から更に状況は悪化しており、再突入には注意を要する。

●狂気の都市
「本当なんだ! 今月こそ滅亡するんだ! 解釈がおかしかったんだ!」
 滅茶苦茶に入り乱れたことで文章のていを成していない本のページを開き、男がそれを翳している。
 胸には『世界は滅亡する』と書かれたプレートをさげ、道行く人々に叫び散らしていた。
 そこはスクランブル交差点の中心であり、交差する人々に顔はない。目も鼻も口もないのっぺらとした人間達がそれこそ無表情に交差点の端から端まで歩いては、くるりと反転してまた端まで歩くことをくり返している。
 突如雑貨店の店先が爆発と炎上を起こし、はるか遠い国の邪悪な宗教に祀られそうな存在がアスファルト道路を溶かしながら歩き始める。
「我こそは恐怖の大王である」
 かと思えば天空にヒビが入り、巨大な手がそのヒビを割いて空に大穴をあけ得体の知れぬ何かが覗き込んでくる。
「私こそが恐怖の大王だ」
 そうかと思えば全員が同じ顔をした無数の国の軍隊が混ざり合ったような軍服を着た集団が戦車と共に現れ街に砲撃を開始する。
「我々は恐怖の大王!」
 街は混乱と恐怖、そして死と絶望と誰かが空想した終焉に満ちていた。
 ここは終わった街。終わったはずの街。
 狂気の都市――再現性東京1Q99街、卯没瀬地区。
 そんな場所に勇敢にも突入してしまったあなたに、奇妙な人物が話しかけてくる。
「よう、あんた。街の外から来たんだろう? ここはちぃとばかしキツいぜ。住処を探してるならヨソをあたりな」
 そうぶっきらぼうに述べる相手は、ひどく着崩した学ラン姿の男性に見えた。
 目の横に不思議な模様を描いた、天然パーマの男。
 彼は奇妙に太い木刀を肩に担いで口をへの字に曲げた。
「俺か? 俺に名前はねえよ。無名しの式神。ナナシノとでも呼んでくれ。
 何? 俺の事を知りたいなら……そうだな、この騒動をちっとばかし鎮める手伝いをしてくれるかね。俺ぁ、タダじゃ物を教えないことにしてるのさ」

GMコメント

※このシナリオは連続することを想定した長編シナリオ。その第三回です。
 プレイングやリプレイの形式もやや特殊な形をとっています。ここからの説明をどうぞお読み下さい。
・プレイング冒頭には『参加するルート名』をあとがきからコピペして明記してください。
 この記述がなかった場合は迷子になるおそれがあるのでくれぐれもご注意下さい。
 (前回のあとがき https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8010)
・参加者には高確率で次回への参加優先権が付与されますが、前回に参加していても今回へ参加しなかったキャラクターには優先権が付与されなくなることがあるのでご注意下さい。
・前回までに『専用ルート』を受け取っているキャラクターは、その専用ルートのリプレイ及び個別あとがきを基準として今回のプレイングを作成できます。
 ですが与えられた専用ルートや汎用ルートをそのまま続行してもいいですし、誰かのシナリオへ移っても構いません。
 変更点や追加要素がある場合は後述する『専用ルートへの補足事項』の項目で紹介します。
・このシナリオシリーズでは『シナリオ外での相談』を許可します。ダイレクトメッセージやギルドスレッドや貸部屋その他、自由な方法で個別に相談を行ってください。
・当シナリオの『リプレイに描写された内容』は自動的にaPhone等を通してアーカイブ・共有されたものとして『PCが既知の情報』として活用できます。それ以外の情報はPC間で情報を交換するなどしても構いませんし、秘匿しても構いません。

●公開ルート『卯没瀬地区』
 当オープニングにて語られたルートです。このルートには誰でも入ることが可能ですが、このルートは今回中に解決してしまう可能性があります。また、当ルートから別ルートへ分岐あるは変換されることがります。

 このルートを選択した皆さんは『再現性東京1Q99街、卯没瀬地区』へと突入します。
 前回『嘘世界』へ捕らわれた無名偲無意識校長を救出するための手がかりを探しこの街へ来たあなたは『ナナシノ』と呼ばれる自律した式神を遭遇しました。
 彼はあなたからの質問を受け付けてくれますが、その代わり街で起きている無数の騒動を鎮める手伝いを求めているようです。
 街では『恐怖の大王』を名乗る存在がいくつも現れ、街に破壊と混乱をもたらしています。
 人々は例外なく狂気に陥り、まともな人間は今のところ一人も見つけられていません。
 『恐怖の大王』と戦い、これらを鎮圧する必要があるでしょう。
 戦う対象はランダムに選択され、人数によってはチーム分けが行わることがあります。

●専用ルートへの補足事項
 以下は各専用ルートへの補足事項です。
 専用ルートに参加するには、既存のルート参加者の紹介を得るようにしてください。
 相談掲示板などで了承を得るなどしてください。
・専用ルート『ghost highway』
 当ルートにウィングボディタイプのトラックが導入されました。
 足場は悪いですが、騎乗戦闘ができないメンバーでも戦闘に参加することが可能となり、バイクなどの小型車両であればそのまま展開することが可能です。
 また、今回対象となる夜妖が希望ヶ浜南のハイウェイに出現することが分かりました。
・専用ルート『ヨルの境界』
 この事件に怪人アンサーは関わっていないようです。
・専用ルート『幽霊たちのヨル』
 澄原病院に接触し調査しましたが、有益な情報はえられませんでした。また、音呂木神社からも有益な情報は得られなさそうです。別の手段を試して下さい。
・専用ルート『スピリットフラワー』
 次回襲撃してくる夜妖は、前回と同種の夜妖であるという予測がたちました。
 戦闘能力については依然として不明です。前回の情報を精査してみましょう。

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●希望ヶ浜と学園
詳細はこちらの特設ページをどうぞ
https://rev1.reversion.jp/page/kibougahama

●無意式怪談
https://rev1.reversion.jp/page/muisikikaidan

  • <無意式怪談>再現性東京1Q99街、卯没瀬地区完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月21日 22時05分
  • 参加人数40/40人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(40人)

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
勇者と生きる魔王
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
セララ(p3p000273)
魔法騎士
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
夕凪 恭介(p3p000803)
お裁縫マジック
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
武器商人(p3p001107)
闇之雲
古木・文(p3p001262)
文具屋
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
グレイル・テンペスタ(p3p001964)
青混じる氷狼
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
シルフィナ(p3p007508)
メイド・オブ・オールワークス
ウルリカ(p3p007777)
高速機動の戦乙女
鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
ロト(p3p008480)
精霊教師
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
ライ・ガネット(p3p008854)
カーバンクル(元人間)
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
トスト・クェント(p3p009132)
星灯る水面へ
星影 昼顔(p3p009259)
陽の宝物
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
セス・サーム(p3p010326)
星読み
アルハ・オーグ・アルハット(p3p010355)
名高きアルハットの裔
荒御鋒・陵鳴(p3p010418)
アラミサキ

リプレイ

●『ghost highway』
「暴走族との対面もいよいよ3回目か。バラエティ豊かだが、黒塗りだったりでもう少し見た目も変わってたら嬉しいとこなんだがなぁ……」
 『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は慣れた調子で希望ヶ浜南側のハイウェイへと乗り込み、『ティンダロスType.S』へと跨がる。
 甲殻を纏った狼の様なこの眷属は、過去二度にわたる『首なしライダー』たちとの戦いで活躍した頼れる相棒だ。当然バイクになど負けないし、負けるつもりはない。
 暫くすると、『SH001 シロガネソウル』に跨がった『ノブレス・オブリージュ』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)が隣へと止まった。
「新鮮味が欲しいのか? なら、いい考えがある」
「……聞こうか」
 当たり前のようにノーヘルメットのシューヴェルトを横目で見ると、彼は剣で南側のトンネルを指し示した。
「この希望ヶ浜からの脱出だ」
「?」
 流石に小首をかしげるマカライト。希望ヶ浜からの出入りは普段からしていることだし、もし不可能になったらそれこそ大事だ。
 ……が、そう考えてからはたと気付いた。
「まてよ、『首なしライダーの噂』が広まってるのに本当に脱出不能になったって話を聞かないぞ。これじゃあ意図と結果が矛盾する。せめて邪魔されたって噂がないと……」
「その通りだ。連中の真の意図は『出さないこと』ではない。『目撃されること』だ」
 試してみるか? そうシューヴェルトが顎をしゃくってジェスチャーする。
 マカライトは思わず、笑みを浮かべてしまった。

 最高速度。
 南側トンネルへ向けて走るマカライトとシューヴェルトに並走する形で、突如として二台のバイクが出現した。乗っているのは首のないライダースーツの存在。三度目ともなれば慣れたものだが、マカライトはそれで油断するほど愚かではない。
「『神狼豪進(フェンリル・ドライブ)』――!」
 ヒュッと腕を振ると、袖の下から滑り出た鎖が分離増幅し巨大な狼の頭部を編み上げる。
 こちらに銃を向け乱射してくるそれを無理矢理弾きながら、首なしライダーをバイクもろとも囓りとる。
「そっちは任せたぞ」
「ああ」
 シューヴェルトは反対側の首なしライダーへと目を向ける。抜かれた拳銃の射撃がシューヴェルトの身体に命中するが、痛みをこらえるのは難しくない。
 剣に体力を吸収するための術をかけ、車体をぶつける勢いで斬りかかる。
 相手の身体を切断すると同時に、シューヴェルトの肉体についた傷が修復される。
「後ろだ」
 マカライトに言われ、備え付けのミラーを見る。夜闇に増えるは数え切れないヘッドライト。
 たまたま一般人の集団と出くわしたなどという偶然をアテにするほど楽観的ではない。
 振り返れば、その全てに首がなかった。
「戻れそうにないな。お前の考えで行くことになりそうだ」
「好都合だ」
 シューヴェルトとマカライトはそのまま加速をかけ、後方からの銃撃に耐えながら夜のトンネルを突っ切っていく。
 そして――トンネルを抜けたらそこは。

「マカライト様? シューヴェルト様?」
 aPhonの呼び出し音が幾度もくり返され、そして『この電話は電波の届かないところにあるか――』というお決まりの文句が流れてくる。
「お話の通り、希望ヶ浜から出てしまったのでしょうか?」
 『高速機動の戦乙女』ウルリカ(p3p007777)の問いかけに、『カチコミリーダー』鵜来巣 冥夜(p3p008218)が眉根を寄せる。
「だとしても報告はするはずだ。一度戻って通話をしてくるだろう」
 念のためメッセージアプリを使って状況報告を求めてみたが、まるで返答がない。冥夜は諦めついでに『シャンパンコール』のスタンプを連打してやった。
 ポケットから眼鏡を取り出し、片手のスナップひとつで開くとそれを装着。前髪をかきあげホストめいた顔をつくる。彼がホストクラブ『シャーマナイト』で日頃つくっている顔だ。そして口調も、それに類するものへと変えた。
「ウルリカ様。今回の事件、どうお考えですか?」
「首なしライダーは使役されている、と仮定しています」
「確かに、あれに主体性があるとは思えません。問題は『誰が何のために』……ですね?」
「その通りです」
 すると、冥夜のスマホからShamaniteのテーマソングが流れ出した。取り出してみると、着信がある。
「どなたから?」
 ウルリカの問いかけに、冥夜は真面目な顔になる。
 着信画面には非通知の文字。
 通話ボタンを押して耳に近づけると……。
『初めまして。わたくしは佐伯製作所職員、ヤスヒラと申します』

●『幽霊たちのヨル』×『スピリットフラワー』


 巨大なパイプがはるか頭上を通っている工場地帯。東京の湾岸エリア。それも埋め立て地に作られたエリアであれば珍しくもない光景だが、『アラミサキ』荒御鋒・陵鳴(p3p010418)にとってはもはや別世界である。
 そんな風景を魔導バイクに跨がり舗装道路の中央を駆け抜けるなど……。
「この世にカタチを持った時からすれば、想像もできぬ有り様ぞ」
 どこか自嘲気味につぶやき、バイクを加速させる。すれ違うのは施設の職員たちだろうか。タンデムシートに跨がる『星読み』セス・サーム(p3p010326)が、器用にもaPhoneを耳に当てながら呼びかける。
「その先の十字路を右に」
「そちらに敵の情報は無かったが?」
「星がそう告げるのです」
「ほう」
 セスは占いを得意としていた。いや、正確には『星読み』だ。ごく稀に断片的な未来を知るという能力だが、それが発動したと言うことは彼(性別はないが、彼とした)を信じて良いだろう。
「穿った見方をするならば、派手に立ち回る者共が陽動である可能性もまた、零とは言い切れぬ」
 タイヤでアスファルトに黒いラインを描きながら強引にカーブした陵鳴は、そのままコンテナハウスの並ぶエリアへと出る。下請作業員の詰め所が並んでいるエリアだが……。
「そこか」
 陵鳴はバイクをとめ、コンテナハウスのひとつの前へと歩み出る。
 他と大差ないように見えるが、陵鳴は直感的にその違和感に気付いていた。
 かちゃりと鍵の開く音。そして扉の開く音。
 ツナギを着て、帽子を目深に被った作業員風の男が一人だけ現れ『ああどうも』と明るく声をかけてきた。
「なにかあったんですか? 騒がしいようですが」
「いや、なに」
 陵鳴は自らの獲物である『荒御鉾・陵鳴』に手をかけ――そして豪速で相手に詰め寄った。
 顔面を狙って繰り出した矛は氷の魔力を纏い、しかしそれは帽子だけを貫いた。
 相手が素早くかがみ回避したのである。
 ビッと相手が袖の下から何かを引き抜く。
 陵鳴はそれを確認し、後ろからその状況をよりよく確認していたセスが声をあげた。
「下がって」
 陵鳴が大きく飛び退くと、周囲に幽霊めいた夜妖が何体も出現した。
「内側から手引きした者がいたか」
 陵鳴は矛に込めた魔力でなぎ払い、同時にセスが力を解き放つ。
「星は終焉を告げました」

 一方。
「ン。フリック達 調査シテイタ幽霊夜妖 コッチ襲撃アッタ 聞イタ。サラナル調査兼ネテ警備員 助太刀」
 アサルトライフルを手に走るテロリストへと、『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)が突進をしかける。
 その頑強なボディを銃弾がはね、掴みかかろうとする幽霊夜妖をもはじき返す。
「スピリットフラワー 情報媒体デアリナガラモ 花。
 コレデ流レ弾ダケデナク アル程度 意図的破壊カラモ護レルハズ。
 イザトナレバ フリック スピリットフラワー 植エ替エル 有リ」
 そう言いながら、フリークライは『オルド・クロニクル』の力を発動させた。
 と同時に、『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)が夜の闇を作り出し幽霊夜妖たちを包み込む。
「最初から無いのか。それとも無にされたのか。
 ただ……情報が記録されたスピリットフラワーを、忘れないための花を攻撃しようとするのは、命令以外にも空っぽな自身に形を与える為の何かを求めている気がした……。
 だから拳と念話で、身体と魂どちらかから聞かせてもらうっきゅ!!」
 二人は幽霊夜妖を追う中で、スピリットフラワーの防衛作戦を行っていたイレギュラーズたちの存在を知るに至った。
 彼らの話を聞いてみれば、どうやら重要な施設に向けてテロリストの襲撃を受けているという。そのテロリストたちが幽霊夜妖を召喚し行使しているというのが、レーゲンたちにとっての一番の問題であった。
「この人たちを手引きした内部犯は陵鳴さんたちが見つけてくれたっきゅ! ここはレーさんたちに任せるっきゅ!」
 レーゲンはグリュックに高く掲げられた姿勢で、ファイティングポーズ(?)をとってみせる。
「我が名はレーゲン! 好きなのはレーさんといつも一緒のグリュックと酒!
 貴方達を知る為に! お花さんをいじめる悪事を止める為に見参っきゅ!」
 作戦は単純にして明快。レーゲンがこうして引きつけ、攻撃してきた敵からフリークライが身を挺して守る。
「幽霊夜妖 何者?」
 問いかけるが、答えはない。いや、答えられるような様子ではないように、フリークライには見えた。
 なぜなら。
「あ、あ、あ――」
 銃を乱射し幽霊夜妖をけしかけるテロリストは、うつろな目をして口角よりよだれをたらしながら叫んだ。
「この世界は滅びるんだ! 恐怖の大王がやってきて人類を皆殺しにするんだ! 一九九九年七の空から恐怖の大王が来るだろうアンゴルモアの大王を蘇らせマルスの前後に首尾よく支配するために――!」
 早口でまくし立てるその様子は、とても勝機の人間の様子ではない。
 殺到する幽霊夜妖に、フリークライは両手を広げて対抗する。
 胸の、そして両腕におさめられたクリスタルが発光し、治癒の力を拡散する。
 それは幽霊夜妖たちが掴みかかることで奪うエネルギーも、ましてテロリストが乱射することによって浴びせられる銃弾も、フリークライにとっては意に介さないほどの軽傷に変えてしまう力だった。

 スマホを手になにやら話しているヤスヒラ博士。彼女と共に、『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)と『はじまりはメイドから』シルフィナ(p3p007508)は『アーカイブガーデン』にいた。
 青いネモフィラの花が咲き乱れる庭は相変わらず幻想的で、それを眺めているだけでも時間を忘れそうになる。
(誰かが意図的に破壊活動を行って、破滅に向かわせているのなら……それは止めないと行けない。
 でも……その誰かが破滅を起こす事で、この閉鎖的な「箱庭」を変えようとする為にやっているのなら、私がそれを止める権利は……あるのだろうか?)
 そんなことを考え、ふとリュコスを見る。
「…………」
 リュコスとは、この庭を襲う夜妖やそれに関連する情報についてついさっき話し合ったばかりだ。
 その中で出てきたのが、『新卯没瀬精神病院』である。
 元はと言えば、希望ヶ浜学園の校長である無名偲無意識から『ここへ行け』というだけの内容を、たった一枚の写真だけで受けたことから始まった依頼である。
 であるにも関わらず、同じような依頼を受けたイレギュラーズたちの報告書には『卯没瀬』という地名が奇妙なほど頻出するのだ。
 そしてついに、無名偲無意識の契約した悪魔があったという『卯没瀬地区』に関する情報までもが露わとなった。
 リュコスは、それが気になるらしい。
「はかせ。どうだった?」
 通話を終えたヤスヒラ博士は振り返り、リュコスへと頷く。
「確かに、事件は繋がっていたようです。『希望ヶ浜のハイウェイに出没する首なしライダー』という事件と、それが流布されたインターネット上の噂をご存じですか?」
 問いかけられ、リュコスが小さく首をかしげる。
「それについては、我々から説明しましょう」
 ゲートが開き、二人のイレギュラーズが庭へと現れた。
 すわ幽霊夜妖やテロリストの襲撃かと身構えたシルフィナたちだが、どうやら杞憂に済んだらしい。そもそも彼女たちがこの庭に常駐したのは、表の襲撃を陽動としたテロリストが『本命』であるこの庭に襲撃をしかけることを想定したためだ。
 それ自体は杞憂に済んだが、むしろ『済んで良かった』とも言える。
「合流できてよかった。自己紹介は……必要でしょうか?」
 現れたのは鵜来巣 冥夜、とウルリカ。
 首なしライダー事件……もとい『ghost highway』を追っていたメンバーである。

 ――隠しルートが解放されました
 ――『ghost highway』『スピリットフラワー』『幽霊たちのヨル』が統合されます

●『ゴースト・プロトコル』
「あえてありきたりな言葉を使うなら、奇跡の巡り合わせ……ですね」
 ヤスヒラ博士が眼鏡を外し、チェック柄のクロスでレンズを拭う。
 再び翳したレンズの向こうには、シルフィナが手を広げネモフィラの妖精たちに囲まれている風景であった。
 展開されているのはスピリットフラワーの中に圧縮格納されている生体データ群である。
 無論、展開するだけでは図書館の本を片っ端から開いて床にぶちまけたのと同じだ。
 その中から望んだ情報を探し出すには膨大な時間がかかる……が、セス・サームはそれを大幅に短縮できていた。
 持ち前の直感と高い検索能力。そしてリュコス・L08・ウェルロフ、レーゲン・グリュック・フルフトバー、荒御鋒・陵鳴たちによるフォローもあって検索効率は大幅に上昇。
 更にフリークライの植物への疎通能力も重ねたことで『お望みの情報』へのアクセスは予想よりも遥かに早く完了した。
「これが……みんなの欲しがってた、じょうほう?」
 リュコスは空中に浮いた半透明なテキストの羅列を見つめている。
 テキストは再び閉じられ、一輪のスピリットフラワーへと入っていった。
 フリークライが丁寧にその花だけを取り出し、半透明なカプセル状の植木鉢へと移す。まるでスノードームのようにふわふわと青白い光の浮かぶケースの中ではスピリットフラワーがみずみずしく花をつけている。
「無名偲無意識先生がなぜこの依頼をもちかけたのか、私は常々疑問でした。ですが……この膨大なアーカイブの中からその情報を見つけ出すため。そして、その情報を失わせないためであったのなら、納得がいきます」
 ウルリカがケースの中のスピリットフラワーを見つめ、そして未だ開いたままのテキストウィンドウへ振り返る。
 それは本来なら暗号化され解読することはおろか見つけることすら難しい、インターネットへのアクセス及び書き込み履歴の一部であった。
 割り振られているIPアドレスに相当するものを辿ってみれば、その情報はunknown。つまり、存在しない場所から直接データが書き込まれているということになる。
 鵜来巣 冥夜は眼鏡をきらりと光らせ、また別のウィンドウを手元へたぐり寄せた。
「『首なしライダーの噂』は希望ヶ浜から住民を外へ出さないための牽制であると思われていたが、この前提が今考えてみれば矛盾していたのです。希望ヶ浜からの出入りはあれからも頻繁に行われ、我々もなんら不自由なく行えている。ハイウェイだけが出入りするためのルートではありませんし、嫌なら迂回すればいいだけなのですから。
 ならなぜこんな噂が広まり、そして実際に出現までしていたのか」
 最後のアクセス記録から、ぴたりと噂の拡散が止まっている。その時期は、丁度無名偲無意識が嘘世界に隔離された頃と一致する。
 校長が噂の出所になることは状況的にありえないので、ならば……。
「校長が契約したという、『名も無き悪魔』こそが噂の出所。そしてその意図は、ハイウェイの向こう側に行かせないため、でしょうね」

 シューヴェルト・シェヴァリエとマカライト・ヴェンデッタ・カロメロスは、騎乗していたティンダロスやシロガネソウルから降り、周囲を見回す。
 飾り付けたアーケードゲートと、発狂した人々。
 見上げたゲートには大きく、『卯没瀬地区』と書かれていた。
「ようこそ……と言うべきかもな」
 赤と黒の大型バイクに寄りかかるようにして、『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)がゲートの下に立っていた。
 彼は阿僧祇霊園と佐伯製作所にそれぞれコンタクトをとることで、彼らの抱えていた問題の解決を申し出たのだった。
 佐伯製作所は幽霊夜妖による被害を、阿僧祇霊園はそういった事態による自分達のいわれなき風評被害の払拭を求め、弾正たちを窓口に事件解決を依頼したのである。
 後方から出現する無数の首なしライダーたち。
 シューヴェルトたちが構えようとしたが、それには及ばないとばかりに弾正が前に出る。
 ――哭響悪鬼『古天明平蜘蛛』参式。USBスロットにaPhonから繋いだ赤いコードを差し込むことで術を起動させる。
「人々の日常は侵させない。それが練達教師である俺の役目だ。生徒達の笑顔を思い浮かべれば、多少の怪我はかすり傷……幾らでもかかって来い!!」
 スマホに浮かぶ五芒星をスワイプ操作でなぞるようにして術式を発動。スマホから投影された幻術が空に大量の真っ赤なクナイを出現させたかと思うと首なしライダーたちへと降り注ぐ。
 それによって壊滅した首なしライダーたちを見遣り、肩をすくめる。
「ここから先は幽霊夜妖と首なしライダーだらけだ。三人だけじゃあキツいだろう。一度戻って仲間と合流しよう」

 そして同じく、フリークライたちが確保したスピリットフラワーに格納された情報。
 それは、『名も無き悪魔の真名』であった。

●『CORE』×『双狼』
 『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)は腕を組む。
 前提条件ひとつめ。目の前には鉄格子。区切られた部屋には数人ずつの人間。
 前提条件ふたつめ。彼らに助けを求める意志はなく、心が折れている様子。
 人によっては見過ごしてしまっても無理からぬ状況だが、そこは沙耶のエゴイズム。特殊な形のキーピックをポケットから取り出すと、まるで正当な鍵を使って開くのと大差ないようなスピードで鉄格子の扉を次々に開いていく。鍵束から正しい鍵を探す手間がないだけ、むしろ早いとすら言えた。
 そんな光景を、解放された部屋で座り込んでいた人々があっけにとられた様子で見つめている。
「君たち」
 全ての扉を開き終え、沙耶が腰に手を当てる。
「今が逃げる好機だというのになぜついてこない! ああわかっている、私がここが何をしているかも君らがどのような苦痛を受けたかも私はまだ知らないしわかっていない。だが、少なくとも君らの顔を見てわかった、ここにいてはいいように使われてゴミの様に捨てられるがオチだ!」
 身振りを交えた演説は、奇妙なことに彼らの目に少しずつだが光を取り戻させていく。
 そしてそれは、漠然とした恐怖となって表情を歪ませた。
「生きたければここから出るんだ! 急げ!」
 沙耶が出口を指さす。
 皆慌てた様子で立ち上がり、走り出した。
 とはいえわざわざ鉄格子の部屋に閉じ込めるような連中だ。『CORE』の者たちは彼らの脱走をみすみす許すとは思えない。
「後は頼むぞ、二人とも」
 足元をちょろりと動いたネズミを見下ろし、沙耶はウィンクする。ネズミは、大きく〇を三度描いてから走り去った。

「動いたな」
 ホームレスめいた格好をしていた『荒くれ共の統率者』ジェイク・夜乃(p3p001103)は、長く伸ばした前髪の下でギラリと赤茶けた目を光らせる。それは渇いた血がみずみずしさを取り戻すかのごとく鮮烈で、そしてどこか凶器のような圧力があった。
 隣で小うるさい女子高生のふりをしていた『夢幻の如く』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)はぴょんと両足をあげると、勢いよく座っていた椅子から立ち上がる。
「おっけーおっけー、協力するっすよー。まずは何をするっすか?」
 こきりと指を鳴らしてみせるウルズに、ジェイクが内ポケットに手を入れながら視線を向ける。
「――『何もするな』」
「うん!?」

「一体何をやっている! 洗脳は済んだんじゃあなかったのか!?」
 太った腹によく整えられた頭髪。眉は太く、目は細く、顔の皺には笑顔を作り慣れたもの特有の偏りがあった。政治家の顔を平均化したらこうなるのではというほど典型的なその顔は、しかし今左右非対称に歪み怒りと焦りで額を汗に濡らしていた。
「そのはずだったんですがねえ」
 背の高い眼鏡をかけた男が、インテリぶった様子で肩を落とす。二人が並ぶとまるで秘書のように見えるが、どうやら立場は異なるらしい。なにせ眼鏡の男の胸には『CORE』のバッジがあり、政治家らしき男の取り出したハンカチには静羅川立神教のマークがある。
 政治家男の名は堀崎といい、眼鏡の男は瀬山という。
 二人は利害の一致によって協力する仲であり、堀崎は静羅川の目を盗んで活動するための隠れ蓑を作り、瀬山はその中で心理カウンセリングボランティアを通して社会から孤立した人間を選別、確保していた。
 その利用目的は勿論、人工的な夜妖憑きを作り出すこと。手っ取り早く戦力になり、かつ確保と作成が容易なため希望ヶ浜と繋がりのない外部へ傭兵として販売することができる。
 要は、金である。
「外で言いふらされれば厄介だぞ。『責任と取らされる』程度で済むと思うなよ?」
 堀崎の睨めつける視線に、瀬山は分かっていますよといった無表情で頷いて見せる。
「私が指揮を執ります。あなたは……まあ、見つかっては面倒でしょう。安全な場所に隠れていてください。ああ、儀式場は危険なので立ち入らないように」
「そうさせてもらおう。私はこれでも無力な一般市民なんでな」
 二人は別れ、そして互いに聞こえない距離になってから同時に舌打ちをした。それは奇しくも、同じ言葉を続ける。
「「ばかめ」」

「止まれ! 全員頭の後ろに手を組み――」
 魔眼や一喝といったスキルを行使しつつ、拳銃を向け威圧する。COREの職員だろう。ジェイクたちの面接を行ったのと同じ人物だ。
 そんな存在を目の前にして狼狽える人々を、新たな銃声が制した。
「信者を騙して夜妖の生贄にでも捧げようってのか? 悪いがこれが(銃)俺の信じる神だ!」
 ジェイクの向けた二丁拳銃。木製グリップに狼のレリーフがついたリボルバーは、その一丁が職員に、もう一丁は『壁』に向けられていた。
 職員が握っていたはずの銃は床に落ちて滑り、手首から血を流しながら唇を噛んでいる。
 ジェイクが類い希なるテクニックで腕を撃ち抜いたのは言うまでもない。
 そしてもう一丁の銃が向いていた壁……いや、壁に見せかけた幻影が解除される。
「全く……騙されましたよ『灰色狼』。ホームレスのふりをするなんて、嫌味なことをしますね」
 両手を翳し、手に持っていた銃を床に落とす眼鏡の男。瀬山だ。
「また懐かしい二つ名を。まあいい、あんたには聞きたいことが――」
 と言おうとした瞬間、瀬山は袖の下から細長いナイフを取り出しジェイクへと放った。
 殺意に満ちたその目はジェイクへの完璧な不意打ちを確信した――はずだったが。
「悪い。聞けなくなっちまった」
 ジェイクのリボルバーが放たれるほうが、はるかに早かった。瀬山の額に穴があき、その場に崩れ落ちる。

 難なく、あるいは当たり前のように儀式場への侵入を果たした沙耶。
 彼女を待っていたのは、女子高生のこめかみに銃を突きつける堀崎の姿だった
「それ以上動くな。この娘の脳が飛び散るところは見たくなかろう?」
 沙耶は両手をあげてみせる。堀崎はその様子に満足したようで、USBメモリを胸ポケットへと入れた。ふと見ると、そばに置かれていたパソコンが穴だらけになっている。記録媒体もろとも丁寧にぶち壊したらしく、無駄にモニターまで破壊されていた。
「冥土の土産は好きかい?」
 沙耶が問いかけると、堀崎が怪訝そうな表情をする。
「今胸ポケットに入れたのは……そうだな、人工夜妖憑きを作り出すための儀式魔術のマニュアルといったところかな」
 いわんとすることを察したのだろう。堀崎の表情がゆるんだ。
「まあ、そういうことだ。で、知っているのは私だけでいい」
 銃口が沙耶へと向く。
 その、瞬間。
「はい、どーん!」
 ウルズの脚がとんでもない柔軟さで上がり、堀崎の顔面にハイキックが突き刺さる。
「油断大敵っすよー。かわいいかわいい女子高生だとおもったすかー?」
 思わず引き金をひいたらしい堀崎の銃弾は天井をはね、ウルズが続けて繰り出したアイアンクローで堀崎の後頭部は壁に叩きつけられる。
「そういえば質問に答えてもらってなかったな」
 余裕をもって歩いてきた沙耶が、ポケットからUSBメモリを抜いて振る。
「『冥土の土産は好きかい?』」

 ――隠しルート『儀式魔術Ω』が発生しました。
 ――『双狼』と『CORE』は当ルートに統合されます。

●『卯没瀬自衛隊』
「聞け、貴様ら『じえーたい』なる者どもよ!
 わらわこそは! 竜の土地を照らす月光にして曙光、偉大なるアルハットの裔!
 アルハ・オーグ・アルハットである!
 その名をしかと覚え、今後は遠慮なくアルハちゃんと呼ぶがいいぞ♪
 ほら。わらわは自己紹介を終えた。次は誰ぞ? そこの貴様か? そうだな♡」
 少し高い場所に立ち上り、『名高きアルハットの裔』アルハ・オーグ・アルハット(p3p010355)は胸を張る堂々たる姿勢でそこまですべて言い切った。
 普通に対話する姿勢を保っていた卯没瀬自衛隊の隊員たちはしばしの沈黙の後顔を見合わせ、そして小突かれた一人が「えー、あー」と困ったように声を出してから続けた。
「アルハさん」
「アルハちゃん」
「アルはさ――」
「アルハちゃん」
 同じポーズのままややくいぎみに言ってくるアルハに、自衛隊員は助けを求めるように後方の仲間たちを振り返った。顔が認識出来ないのに、彼の困惑した表情が一緒に居た『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はみえた気がした。まあ、それこそ錯覚なのだが。
 ちなみに医学の世界には、「人間の表情はあくまで錯覚されたものである」という説が存在する。唇や鼻孔や眼球は歴然としてかつ物理的に存在し人類に共通しているものだが、それらの動作はあくまで微細かつ生理的なもので、感情の表現として、より厳密にいえば他者が感情を読み取った際の表情というのは錯覚が大半を占めているというものだ。
 極端なケースになると、他人の顔面を認識出来ない病なんていうものもあるくらいだ。シキたちが接している自衛隊員たちは、いってみれば全員が『のっぺらぼうと錯覚し合っている』状態といえる。
 アルハと共に色々試してみた結果、人体として全く過不足ない構造をしているはずなのに、互いには顔がないようにしか認識出来ないということがわかった。触ってもなんだか他人の腹でもさわっているようなのっぺりとした感触しかないのに、呼吸や声は存在しているという奇妙すぎる体験までした。
 とはいえシキたちは相手の感情を探知できるし、そうでなくてもこうして対話を重ねることで相手のことを知ることが出来る。
 そう、対話だ。対話こそが、今求められる最大のことだ。
「私はシキ。シキ・ナイトアッシュだよ」
 シキはあえて笑顔を浮かべ、自衛隊員のひとりと握手を交わす。
「それで、君たちはウォーカー? それとも人間じゃないとか?」
 問いかけの意図が伝わったのだろう、彼らは少しばかり小声で相談してから質問に答えてくれた。
「……少々説明が難しいですが、我々は自分を夜妖だと認識しています」
「『夜妖』?」
 シキもアルハも希望ヶ浜の文化に滅茶苦茶詳しいというわけではないが、夜妖イコール外敵というわけではいことは知っている。
「そういえば、この自衛隊の者たちの情報が仲間たちにもあったな? シキねえ?」
 アルハに言われて、シキはaPhonを取り出した。
 チャットツールで共有されたテキストデータには、同じように校長から不可解な依頼を受けたイレギュラーズたちからの報告記録があがっている。
 なかでも、『新卯没瀬精神病院』なる場所から廃都めいた異空間に入り込んでしまったというチームの報告ファイルを開く。
 内容を要約すると、自分達を夜妖と名乗る、どうみても人間にしかみえない老若男女の集団が『卯没瀬私立 卯没瀬高等学校』なる校舎内で生活しており、ついさいきんまでは『卯没瀬自衛隊駐屯地』という場所で同じ夜妖の自衛隊員と共に生活していたという。
 つまりは今目の前にいる彼らがそうか……とファイルとのっぺらぼうの顔を見比べて思う。
 が、このファイルには相手がのっぺらぼうだなどとは書いていないし、そんな報告は勿論ない。表情に関する記述もあるくらいだ。
「とにかくわかったよ。あなたたちは夜妖で、助けを求めてる。だったら――」
「助けの手を差し伸べよう! のう、シキねえ!」
 アルハの言葉に、シキはこくりと頷いた。
 そしてスマホの連絡リストを開く。

 スマホの呼び出し音に気付いて、『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)はポケットからそれをとりだす。余り慣れない手付きで通話アイコンをタップすると、ビデオ通話モードが起動した。
 相手は、シキだった。
 一体どのような話があるのかと相手の話を一通り聞いてから、相手のカメラがくるりと反転する。見えたのは自衛隊駐屯地とおぼしき風景と、そこに立つ自衛隊員の姿。彼らには、顔がなかった。
「…………ほう」
 ラダはそういうことならと、今自分の隣に安置されている棺型のケースへとカメラを向けてみせた。そこには顔のない自衛隊員とおぼしき人型実体が横たわっている。スマホの向こうから『篠山だ!』という声が聞こえた。
「篠山?」
『その通りです! 彼は篠山といって我々の同僚です』
「希望ヶ浜の人間なのか?」
『いいえ。我々は――一度会って話をしませんか? 我々がそこまで向かうことはできるでしょうか』
 どうやら話は平和的に進みそうだ。
 が、ラダの考えを越えて、もう一段階話は進むらしかった。
「話は聞かせて貰った。こちらへ来る必要はない」
 がらりと扉をあけ、『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が姿を現す。

●『猫神』
 ラダが調べていたのは、以前イレギュラーズが『能面を被った去夢鉄道らしき集団』から奪ったらしい自衛隊風の人型実体である。
 偶然と言うべきか、汰磨羈と『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)たちもそれに類する調査を進めていた。
 というのも、人型実体(今ではそれが卯没瀬自衛隊の隊員であると判明している)を回収した希望ヶ浜の隠しホームがその調査対象であったのだ。
「来る必要が無い、とは?」
 スマホをスピーカーモードにして汰磨羈、そして一緒に入ってきたレイリーともう一人の男性を画面にうつす。
「それと、彼は?」
 男性は駅員らしき制服を着ていて、胸には去夢鉄道のバッジがついていた。
「申し遅れました。自分は去夢鉄道の宝塚と申します。希望ヶ浜の駅に隠しホームが作られていた報告をうけまして、その調査を行っています。こちらの方々とはその過程で……」
「まあ、勝手に入っちゃったからね、私達」
 レイリーはばつがわるそうな顔をしていた。然るべき筋をすっとばした調査をしていた自覚はあったようだ。だがこうして一緒にいる所をみるに、結果的に『筋は通った』のだろう。
 汰磨羈はかつかつとケースに保管された自衛隊員のそばへと寄ると、ラダにも先ほどの宝塚にも、そしてスマホの向こうのシキやアルハ、そして自衛隊員たちにも聞こえるように話し始めた。

「私達は希望ヶ浜の隠しホームから、その続く先をまず調査した。
 続いていたのは希望ヶ浜でも、ましてそのお隣さんでもない。どこだったと思う?」
 尋ねるような視線にラダが黙って続きを促すと、レイリーが撮影した写真を見せる。
「再現性廃都」
 見渡す限りに廃墟となった街の風景が、線路の先には写っていた。
 ちなみに駅のホームらしきものはあったが、酷い炎上事故でもあったのが丸焼けになっていた。
 ラダは仲間のツテを辿る中で、『再現性廃都』なる異空間を探索していたチームの情報も目にしていた。
「希望ヶ浜から再現性廃都へと任意に移動できるゲートが隠しホームにはあったの。
 『能面』たちはこれを通じて再現性廃都へ入り込み、そこに存在していた夜妖を狩っていた」
「その夜妖というのは……」
 ちらりと見下ろせば、そこには顔のない自衛隊員。通話の向こうで、同じ自衛隊員が『間違いありません』とその意見を肯定した。
『我々は彼らを『夜狩り(マンハンター)』と呼び、敵対していました。
 我々と共にその場所で暮らしていた者には子供や老人もいたのですが、駐屯地ごとこの希望ヶ浜という街に転移してしまったことではぐれてしまい……あの子たちがどうなったかご存じ在りませんか』
「大丈夫。無事みたいだよ。確かに襲撃はあったけどわたし達の仲間が撃退してる」
 レイリーに続けて汰磨羈が説明を加えた。
「他のメンバーが調べていた『CORE』という組織があったな。夜妖を強制的に人間に憑依させる儀式を行っていた新興宗教団体だ。『能面』たちは廃都への狩りで獲得した夜妖をその特殊なケースに入れて保存・運搬しCOREへと販売していたようだ。
 廃都の夜妖とCOREの儀式によって、幽霊めいた夜妖を召喚する『夜妖憑き』が作られる。彼らは自我が崩壊し、主人の命令通りに行動を起こす便利な傭兵になるというわけだな」
「これは我々としても対処の必要な事態です。『能面』の正体は未だ分かっていませんが、彼らの出現以降去夢鉄道のスタッフが何人か行方不明になっているのです」
「ふむ……」
 ラダは事件の繋がりを察し、そしてやるべきこともまた察した。
「分かった。その『能面』たちは我々で対応しよう。その代わりと言ってはなんだが……」

 ――隠しルート『the body』が発見されました。
 ――『卯没瀬自衛隊』『猫神』は当ルートへ統合されます。

●『the body』
 卯没瀬自衛隊から移動したシキ、アルハ。
 猫神からの依頼を受けていた汰磨羈、レイリー。
 そしてその調査に同行することになったラダ。
 更には同行を希望した卯没瀬自衛隊の隊員たち。
 彼らは希望ヶ浜隠しホームへと移動し……そして異常を目撃することになる。
「廃都……ではないな」
 歪んでしまい使用不能になった線路を徒歩で移動していった結果、彼らがたどり着いたのは燃え上がる街であった。
 あちこちに終末論を語る張り紙や映像が流れ、空を『恐怖の大王』を名乗る怪物たちが飛び交っている。
「ここは……『卯没瀬地区』か」
 ラダがそれらの情報から理解を示し呟くと、素早く銃で武装した駅員らしき人間たちに取り囲まれる。対抗して自衛隊員が銃を構えるが、彼らの顔が今になってハッキリと認識できるようになったことにシキたちは驚いた。が、今はそれどころではない。
 なぜなら、自分達を囲む駅員たちは全員が能面を装着していたのだ。
 その一人。白い髭をたくわえた能面がまるで能の舞台でも演じるかのような声で笑う。
「ホッホッホ――どうやら、強硬策をとられたご様子。しかし、我々の雇い主もそれを事前に気付いておられたようですな」
「雇い主?」
 教えてくれやしないだろうとシキが乱暴に問いかけると、しかし白髭は顔をやや上げて応えた。
「『名も無き悪魔』――あの御方は、よい雇い主でございました。どうやら、皆様はあの御方を殺そうと企んでいるご様子」
 そういうわけには参りませんなあと、能面たちが隠しもしなかった殺意をより強く露骨に示し始めた。
「なるほど。そろそろ、『これ』でカタがつく状況がやってくる頃だと思っていた」
 ラダがライフルにてをかけ、そしてレイリーたちもまた戦闘姿勢をとる。
 能面たちが、襲いかかる。
「死んでもらいましょう。あなた方には」

●『卯没瀬地区』
「私ちゃんが恐怖の大王だ! ぶはは、なんてな!
 でも自称恐怖の大王よりも恐怖の大王に近いことには違いねえ!」
 空を割って現れた恐るべき怪物を相手に、『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は恐れることなく襲いかかる。
 右七枚左十枚、合わせて十七枚の翼を生やした怪物は空に大裂け目を作ってこちら側へと入り込み、どこからともなく生み出した光の槍を一斉に発射する。
 秋奈はそれを両手に握った刀で次々に弾きながらビルの壁を駆け上がり、宙返りをかけると溶けかかったアスファルトの四車線道路の中央へと着地する。
「めっちゃ遠い!」
 再び大量の槍が生成されるが、それはもはや逃れようがないほどの数をもって秋奈を囲んでいた。遠目に見れば巨大なハリネズミかなにかに見えたことだろう。それらが、恐怖の大王の腕のひとふりによって一斉に発射され――。
「やァやァ、暗澹たる有様だね。人間の集合無意識がかくもこの様な地獄を作り出せるのか」
 全ての槍が刺さった『闇之雲』武器商人(p3p001107)が、しかし何事もなかったかのようにヒヒヒと笑う。
「──いや、失敬。ニンゲンでなければ地獄は作り出せまい。この地区そのものも興味があるが、今はせんせぇの手がかりを集めないとね」
 足元から這い上がる名状しがたき何かが武器商人を包み込み、穴だらけになったはずの肉体を即座に修復していく。
 これではらちがあかないと察したのだろう。恐怖の大王は地上へと降り立ち、黄金の槍を自らの手で握る。特別な光と形を帯びたそれは、武器商人を殺すに充分な力を持っているように思えた。
「おやおや……」
「けど届くようになったじゃん! やりぃ!」
 秋奈はこれ幸いと突進し、恐怖の大王は彼女を遠ざけようと槍を繰り出す。
 刀と槍が激烈にぶつかり合うさまは、赤い火花をいくつも生み出しては消していく。
「ぶはははは! ウチらの前で戦争とはいい度胸じゃねーか! ぶっ潰してやんよ! 街中の清掃運動くらい、神社のバイトより楽勝だぜ?」
 ギラギラと凶悪にすら光る秋奈の目。
 そこへ――。
「希望ヶ浜を恐怖と混乱に陥れる結社を探すのが、ルアナとおじさまの目的だったけど……」
 全く別の方向から『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)がグレートソードを振り上げ斬りかかる。
 新たな槍を生み出し受け止めた恐怖の大王だったが、ルアナのそれは容易く槍を破壊した。
 それはあるいは、彼女のもつ素質ゆえだったのだろうか。
 無邪気な瞳には確かな輝きがある。
「考えてても全然わかんない! から、イチから調べ直すことにする!」
 ルアナの剣が恐怖の大王の腕を切り裂き、それによって傾いた様に乗じて秋奈の剣が恐怖の大王の首をはねる。
「嘘だとかループだとか、わたしにはよくわかんないけど。今この状況を怖いと思ってる人が居るならば、その恐怖は取り除いてあげなきゃ! 私とおじさまにはその力があるんだもん」
 自信満々ににっこりと笑うルアナ。
 そこへ、『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)が余裕をもった様子で現れる。
 グレイシアは翳した手でパチンと指を鳴らし、再生しようとしていた恐怖の大王を魔法によって爆破する。
 もはや再生しなくなったそれを確認し、くわえていた葉巻を手に取った。
「これらは恐怖の大王を自称しているようだが、これだけ大量に”恐怖の大王”が闊歩しているのは如何なものか」
 街の人々は狂気に陥り、更に方向性もバラバラな”恐怖”が蔓延している。趣味の悪い喜劇だ、とグレイシアは独りごちる。
「吾輩個人としても、この状況は看過できんな」
「おじさま!」
 ルアナが笑顔で振り返り、グレイシアは小さく頷くことでそれに応える。
 二人がこの場所へやってきたのは、勿論『夜妖遣い』に関する情報を得るためである。
 スピークイージーで白服の男に依頼された『夜妖遣い』の調査は、一見関係の深そうであった『卯没瀬自衛隊』とは無関係であるとわかった。だがルアナがそう判断したのとは別に、グレイシアは内心でこれらの事件がある一本の糸で繋がっているのだという不思議な確信があったのだった。
(彼は『夜妖遣い』を潰すことを求めた。それだけをとれば、ただ利害の不一致があったというだけに見えるが……この人事を校長が行ったというのがひっかかるな。真相を吾輩が知った時、どのように行動するかを『賭けた』のだろう)
 であれば、『卯没瀬地区』へ直接赴くというこの行動はある意味で正しい。ショートカットをしたとも、言える。
「しかし、恐怖の大王か……」
 皮肉なものだし、許しがたい。と、グレイシアは無言で破片を踏みつける。

「さて、ナナシノ」
 グレイシアは被っていた帽子を脱ぎ、コートも脱ぐ。それをいそいそと持とうとするルアナに『かまわないよ』と首を振り、自らの腕にかけた。
「吾輩達は、夜妖遣いという存在及びアジトを追っている。夜妖関連で、何か少しでも変わった情報があれば教えてほしい」
「そうそう。わたしたち、夜妖遣いの秘密結社? みたいなのを探してるんだけど何か知らない?」
「秘密結社ァ?」
 木刀を肩に担いだ無名しの式神ことナナシノは、自らの顎をスッと撫でて目を細めた。
「『夜妖遣い』っつう表現であってんのかはわからあねえが、似たようなやつが一度この街に接触してきたことがあったぜ。
 夜妖と人間を人工的にくっつけて夜妖憑きにするっつー儀式魔術があるんだが、その方法を探ってたらしい。俺ぁそいつを取り逃しちまったが、たしか『CORE』っつー名前だったかな?」
「「『CORE』」」
 声を揃え、そして二人はピンときた。
 たしか別ルートで仲間たちが調査に入っていた新興宗教団体の名前だ。
 今頃その組織の壊滅に彼らが動いていることだろう。
 そして……これは運命的な話ではあるのだが、実際グレイシアとルアナは事態をショートカットしてこの場所までやってきたのである。
「あっじゃあ私から質問! 私たちをあなたの主人のところに連れていくことはできる?」
 秋奈が手を上げると、ナナシノは首をふった。
「俺の主人ってこたぁ、『名前を奪われたあの御方』だよな。俺ぁこの街から出ることはできねえ。そういうふうにプログラムされてんだ。だから、連れて行くことはできねえぜ。ここへ来てるってんなら話は別だが……そういう話は聞いてねえしな」
「なら、『名も無き悪魔』についてはどうかな」
 武器商人が質問を重ねる。
「かの悪魔の真名については、どの程度知っているのかな?」
「悪いが俺は知らねえな。あの悪魔は真名を隠すんだ。っつーのも、名前をつけると存在が定まっちまう。そこへ器がありさえすれば生き物として定義できちまうんだ。まあようは、殺せる存在になっちまうんだな。
 だからあの悪魔は殺されることを恐れて名前を隠してる。けど、知る方法はあるはずだぜ? もしかしたら、あんたらの仲間が『既に手に入れてる』かもしれねえ」
「へえ……」
 武器商人はにやりと笑った。悪魔の真名を手に入れているならば、殺すことも可能になる。であれば次にやるべきことは、『悪魔殺し』だ。

「ギガセララブレイク――!」
 国籍なき大軍勢が大砲を次々と放つ中、光の翼を広げた『魔法騎士』セララ(p3p000273)は戦車たちを次々と切り裂いた。
 あわせた二つの力を示すよに、翼と雷が描かれたクラスカードがセララの手の中でスライドする。
 全く同じ顔をした軍隊が銃を向けるが、セララにとってはもはや脅威ですらない。
 集中砲火をジグザグな軌道を描く高速移動によって回避すると、その全員を聖剣ラグナロクの斬撃によって消滅させていく。
 そう、消滅である。
 切り裂いた軍勢は、その兵器も含め、倒した側から幻のように消滅してしまった。
「これが滅亡の正体? けどなんだか……夜妖の感じに似てるよね」
 たとえばの話。希望ヶ浜で世界滅亡の噂が蔓延し、誰もがそれを信じるようになったとしたら、こんな軍勢が突如現れ暴れ始めるのではないだろうか。
 うわさ話の怪物。偽りの日常。
「卯没瀬地区って、希望ヶ浜にちょっと似てる……」

 邪悪な軍勢が押し寄せる。『星灯る水面へ』トスト・クェント(p3p009132)と『青混じる氷狼』グレイル・テンペスタ(p3p001964)は対抗するように身構えた。
「…なんなんだろう…この地区…滅亡とか…恐怖の大王とか…まるで意味が分からない…
…この空気…今まで行ってきた大きな戦いより…ずっと酷い…まるで街を意味もなく破壊している…みたいな…」
 グレイルは獣式ハティの投影魔術を発動させると、神秘を纏う黒狼を作り出した。
 邪教に崇められていそうないかにも邪悪な神めいた怪物と、神秘を纏う黒狼がぶつかり合う。
「…まず落ち着いて話が出来るように…ここの騒動を止めるか安全な場所を確保するしか…無さそうだね…規模的にこの騒動を完全に止めるのは…難しそうな気はするけど…」
 グレイルがそんな風に言うと、トストは頷いて手を翳した。
 魔方陣が展開し、大量のサンショウオ型エネルギー体が出現する。水でできたそれらはまるで高波を作るかのように空を泳ぎ、邪悪な怪物めがけて突進していった。
 狼とサンショウオ。不思議な組み合わせだが、邪悪な怪物を屠るには充分であったようだ。
(校長先生が捕らわれてしまったのってさ。
 前の時、もっと何かしてたらそうはならなかったんじゃないかなって…そう、考えちゃうよね。
 手探りだったから難しかったけど。でもそれなら、見つかるまで探り続けなくっちゃ!)
 後悔は、それは勿論ある。けれどあれが、自分を信じてくれた上で選択されたことなのだとしたら……それに報いたい。
「みんなー! 大丈夫?」
 セララが手を振りながら駆けてきて、その横をナナシノがのっしのっしと肩で風を切るように歩いている。
 周囲が安全になったことを確認したグレイルがこくんと頷き、トストもまた手を振り返す。
「手伝って貰っちまって悪いな。俺だけじゃあ手に負えなくってよ」
「この状態って、『名も無き悪魔』が隔離されてしまったせいなんだよね?」
 トストの問いかけに、ナナシノは肯定の頷きを返す。
「じゃあさ、『名も無き悪魔』と卯没瀬地区、どっちが先なの?」
「そりゃあ……鶏と卵くらい難しいな。卯没瀬地区は終末論の世界観を望んだ連中が現実から目をそらすために作った街だ。その世界観を維持する装置として『名も無き悪魔』があった。だから同時っちゃあ同時なんだが……『名も無き悪魔』なんて呼ばれるようになったのは、後からだな。ヤツは力を持ちすぎたのさ」
「じゃあ、無名偲無意識のことは知ってる……?」
 グレイルの追加の質問に、ナナシノは『お?』と一瞬だけ不思議そうな反応をしたが、すぐに何を指しているのかわかったようで表情をゆるめた。
「ああ、『名前を奪われたあの御方』のことか。俺を作ったのはその人だぜ。俺にこの街に留まって、日常を守るように命じたのさ。だから俺はここから動かずずっと見守ってきた。……まあ、街は手に負えねえくらいぶっ壊れちまったんだが」
「はい! はい! ボクからも質問!」
 セララが元気よく手を上げる。
「『恐怖の大王』ってホントに居るの?」
 もしそんな絶望的な存在があるなら、何より優先して対処しなければならない
 だがナナシノは(幸いなことに)否定の反応を示した。
「いや、存在しない。これは嘘じゃなくてマジにな。
 だからこそこの街の連中はありもしない終末論をわめき立てて、その噂を本当にしようとしちまってる。噂が形をもち、力を持ち、いまこの街を本当にぶち壊しにかかってるってわけさ。
 本当なら、ここの連中の記憶ごとリセットして噂も力も解消される筈だったんだけどな。『名も無き悪魔』の力が途絶えちまったせいで野放しさ」

「1999年。異世界『日本』再現性の元になっている世界にて予言されていた終末。彗星、天変地異、宗教戦争、様々な終わりが噂された。しかして世界は終わらなかった。そしてこの街はその7ヶ月前から週末までを繰り返す。恐怖の大王はその終末の名称、魍魎跋扈しているのは噂された終わりの多さ故、か?」
 『威風戦柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)がさらさらと言葉にしたそれらを、雲類鷲と田中はぽかんとした表情で聞いていた。そして顔を見合わせる。
「なんでこの人全部分かってんの? 先に教えた?」
「優秀な方なのですよ」
 反ミームオブジェクトは自らの存在を抹消する。それを知る人間から知識ごと奪い去るという性質はあまりにも凶悪で、一見対処不能に思える。だが、『即座に同程度の知識を推理し組み立てられる知能があるならば』対抗は可能だ。
 マニエラに対して雲類鷲が期待していることはそれであり、そして今それが証明されていた。
 そんな彼女たちの後ろには、バラバラに切り裂かれた十二本の腕を持った邪神めいた怪物が転がっている。マニエラが倒した『恐怖の大王』だ。
 そこへ『罪の形を手に入れた』佐藤 美咲(p3p009818)の運転するトラックが到着した。
 運転席と助手席それぞれの扉が開き、美咲とナナシノが降りてくる。
「舞氏、どうでス?」
「どうって……こっちの仕事はもう終わったんですけどー?」
 挑発するような言い方と表情は彼女の演技だ。美咲はそれをよく知っている。
 つまり、つつがなく終了しましたという意味である。
「で、俺への質問は?」
 ナナシノがトラックによりかかって問いかけてきたので、マニエラは腕組みをして端的に述べることにした。
「無名偲無意識の、真名」
「「おっと」」
 田中舞、雲類鷲、ナナシノ、そして美咲までもが同時に声をあげた。
「『名前を奪われたあの御方』は、『名も無き悪魔』と契約する際にその名前も一緒に奪われた。けれど、それは『無くなった』っつーことじゃあない。あんたはそれがどこに残っているのか、気付いたってわけだ」
 ナナシノの言葉に、マニエラは顎を上げることで応える。
「『黄泉崎ミコト』。今はあの御方の名前じゃない。あの御方が悪魔から解放されたその時に、俺と共に還される。俺ぁ、その記憶装置も兼ねてるっつーわけさ」
 ナナシノの回答は、美咲がしようとしていた質問の回答でもあった。ナナシノは無名偲無意識によって作られた式神のようだ。マニエラの予想にもあったが、彼こそが校長の残した保険なのだろう。
「なら、私の仕事は『その後』でスかね」
 美咲もまたトラックに寄りかかった。
「悪魔は殺す。校長は解放する。で、この街は? 悪魔の力がなくなったら終末論に縋ってた住民は現実にたたき落とされるコトになるっスよね。校長はどうするつもりだったんでス?」
「ま、気になるよな」
 ナナシノは木刀を肩に担ぎ、自らの顎をスッと撫でた。
「けどそいつは、悪魔をころした後にしかなしえないこった。優先順位は、そのあとだぜ」
「でしょう、ね」

●『ヨルの境界』
 人を知ることは、歴史を知ることだとおもう。
 極論するなら、人間という物体はタンパク質とその他化合物の集合体に過ぎず、今というこの瞬間であっても脳シナプスの伝達によって動作するだけの肉に過ぎない。
 その動作に意味があるのは、過去から脈々と連続する……そう、歴史があるが故だ。
 そして歴史には明確な岐路があり、ロトはそのひとつを『傷』として知覚する。
「君の要望通り、眼鏡ちゃんと呼ばせて貰うね。
 最初にあやまっておくよ、ごめん。
 包み隠さず言わせて貰うと、僕は君の心に傷を見たんだ。
 君には……『人を殺した過去』が傷になっているね」
 そう切り出したロトの言葉に、眼鏡ちゃんは間違いなく動揺を示した。
 本来なら、踏み込む必要のないことだ。
 たまたま入り込んだ廃病院の、たまたま入り込んだ異空間の、たまたま出会った夜妖。
 すれ違って然るべき相手にもかかわらず、ロトは背を丸め視線の高さを合わせ、メガネちゃんの黒い瞳を正面から覗いて問いかけた。
「君の話を聞かせてほしい。過去の記憶がないのだとしても、過去があったことは確かなんだろうから」
 なぜそうなったのかといえば、それは彼が『精霊教師』ロト(p3p008480)だからだとしか、言いようがない。
 彼は、傷付いた子供を放ってなどおかないのだ。

 ロトがそうしてインタビューを行っている間、『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は校舎の中やその周辺を歩いていた。
「こうして一週してみたわけだが……」
「ぱっとみ普通の学校だよな。廃墟だけど」
 『カーバンクル(元人間)』ライ・ガネット(p3p008854)はカイトが見落としを起こさないように同行し校舎の外周をまわったが、これといって特別な変化は見つけなかった。
 校舎の敷地らしき場所を試しに出入りしてみたが、特別な現象がおきることはない。
 外から仲間たちと合流できた時点でそれは確かめられたようなものだが、理解を深めて悪いことはあるまい。
 aPhonは不思議なことに通じており、仲間とのやりとりは可能になったようだ。ライはそれまで仲間たちが経験した情報を纏め、そして自分達が遭遇した情報と並べて整理する。
「俺たちが遭遇した敵は、去夢鉄道の制服と能面をつけた連中。奴らの狙いは夜妖の確保。ここまではいいな?」
「連中がこの廃墟だらけの街に住んでるとは思えねえから、侵入するためのルートがどこかに存在する。それも追加だ」
 カイトが広げた手帳に纏めた内容を並べていくと、まず見えてくることがある。
 ――街は目覚めた時からこんなでした。
 つまり眼鏡ちゃんたちはある時点からこの街ごとこの場所にポップしたか、あるいは街が最初にあってそこへ眼鏡ちゃんたちが転移したか。いずれにせよそれ以前の記憶は残っていないので前後関係を調べることはできない。
 が、まず確かなこととして……。
「この能面野郎たちは眼鏡ちゃんたちの出現を察知できた。こいつはおかしくないか? こんだけ広い街の中を探し当てて襲撃するなんて普通無理だろ。生存者がいるとすら思えないはずだ」
 そしてもう一つ。消えた自衛隊駐屯地は更地に変わっていたということだ。
「とりあえず、こんな図式になるな」

 [地点X]→[廃都]→[希望ヶ浜]

 カイトが示した図式に、ライが頷く。
「でもって、地点Xはもう分かったんじゃないの?」
「ああ……」
 無名偲無意識校長が契約した悪魔の封じられていた場所、『卯没瀬地区』。
 卯没瀬自衛隊や卯没瀬精神病院といった名前から、それが個人名ではなく地名であることは推察できる。更に同名の地区が発見されたとなれば、確定したといってもいいだろう。
「けど問題は転移の理由だ。建物と人間を区切ってまるごと移動させるってのは明らかに人為的な行いだ。偶発的な現象じゃない。フーザニット、誰がやったか、だ」

 『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は手帳にチェックマークをつけ、精神病院のクワイエットルームの扉を閉じた。
「希望ヶ浜地区とこの廃都の行き来は今のところ可能。クワイエットルームへの扉は異空間ゲートとして機能しているようだ」
 となれば、とゼフィラは希望ヶ浜からもてるかぎりの物資を大きなリュックサックに詰め込んで、折りたたみ式のバリケードキットなどをキャリーに乗せて引きずっていく。
 ゲートの繋がった校舎と『卯没瀬市立 卯没瀬高校』との間はそう遠くない。車両を搬入できればもっと楽だったのだがとゼフィラは嘆息しつつも、必要最低限の暮らしをする卯没瀬高校の住民たちに衣服やレーションを配っていく。
 加えてバリケードをたて、もしこの場所が襲撃されても戦闘がしやすいようにと机や椅子をロープで縛るなどしてバリケードを強化する。
「なぜこんなことをしてくれるんだ? あなたに支払えるものは何も無いはずなのに」
 痩せ細った成人男性が頼りなさげに問いかけると、ゼフィラはこともなげに肩をすくめた。
「理由は……そうだね、三つある。
 ひとつめは、我々ローレットにはこういった事態を発見すると助けたくなる性分の者が多いこと。風習や習慣の理由さ。
 ふたつめは、私自身がこの未知の状況に積極的に関わりたいと考えていること。興味の理由。
 三つ目は……」
 と言いかけて、ゼフィラはぴたりと手を止めた。
 何気なく見た窓の外に、ゼフィラの表情が険しくなる。
「まずいな。外に出ている人間がいたらすぐに呼び戻せ! 一箇所に固まらせろ!」
 大抵の者にとってそれは、空の色が急に虹色を示したという怪現象にしか見えなかっただろう。
 だがゼフィラは、これまで未知に挑戦し続けてきた世界すら越えたフィールドワーカーである彼女は、この現象を直感していた。
「――『転移』がおこるぞ!」

●『再現性廃東京』
 『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は、ありてに言えば困惑していた
「あなたは、気になったら試してみないと気が済まないタイプなのでしょうか?」
 喪服を着た、今にも死にそうなほど肌の青白い女性が、木製の車椅子の手すりに顎肘をついて昼顔と向き合っている。
 その膝の上にはひどく太った猫が座り、手足をしまったまるい姿勢で同じく昼顔を見つめている。
 昼顔にとって困惑するのは、この車椅子にのった女性――『紅紫 十四番』という名前の女性を、ずっと前から知っているように感じているということだ。そしてこの異常な事態に、自分は全く違和感を感じないということ。
 夜妖憑き『ネジレモノ』。くわえて夜妖憑き『猫神様』。
 持ち込んだこれらの夜妖が再現性廃都において異常な発現をしたことは、手元のメモから推察できるが、それをすっかり受け入れてしまっている自分が何より異常であるように思えた。
 昼顔は咳払いをして会話を試みる。
「何もしないよりは、いいと思って」
「そうでしょうね。私も何もしない人は嫌いです。だからといって、軽率な人も嫌いですけれど」
 紅紫 十四番という女性は酷く陰鬱で、この世の全てが嫌いといった厭世家を極めたような性格をしていた。なんだかんだで付き合いの良い、リュカシスの連れていた紅紫 十三番とはえらい違いだ。顔はよく似ているのに。
「君は、十三番さんの家族や姉妹かなにか?」
「そうだともいえるし、そうでないとも言えますね。そしてそれは、今全く重要ではない問題です。
 というより、ぶしつけですね……私が、質問をすれば何でも答えてくれる泉の女神かなにかに見えたのでしょうか?」
 嫌味ったらしく言うわりに、十四番は質問に答えてくれる。
 泉の女神でないにしろ、対話可能な相手であるのは間違いない。
 昼顔はこくんと頷いてaPhone10に視線をおとした。
 この異空間……いや、校長から『ここへ行け』という依頼を受けたその瞬間から、謎が謎を呼んでばかりだ。一つ解けば三つ謎が増えるといった有様で、早くも昼顔は次にすべきことを見失いかけていた所だった。
 だが、こうして対話をしてみて、基本に立ち返ることができたように思う。
 昼顔は最初から『何をすれば良いか』とも『何をするべきだ』とも言われていない。自分がどうしたいかしか、ないのだ。
「僕は知りたい。この先で誰であろうと死ぬのは嫌だから。
 選択を間違えない為に」
「なるほど。ならば教えよう」
 そこで声をあげたのは、あろうことか猫のほうだった。

「ねえ十三番、聞いてもいい? キミってナニ? ボクのネジレモノなの?」
 学校を前にした道路の真ん中で、『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は錆び付いたフェンス越しに校舎を眺めながら、隣で煙草をふかす紅紫 十三番に問いかけた。
 細長くチョコレートのような色をしたその煙草は、実際煙からチョコレートめいた香りがする。
「そうだともいえるし、そうでないとも言えるわ。そして現状において、それは問題じゃないわね」
 はぐらかされた、とは思ったが……リュカシスは会話が成り立ったこと自体に喜んだようだ。口元をほころばせ、十三番のほうを向く。
「普段もお喋りできるかな」
「残念ながら」
「そっかあ」
 リュカシスは理屈について深く考えることはしなかった。例えば夢の中で、お気に入りのぬいぐるみと会話ができたような、そんな気持ちで現状を楽しんでいた。
 元々あれこれ考えるのは得意ではないし、リュカシスにとって世界の優先順位はかなり明確に定まっている。
 例えば……自分、友達、家族。
 このカテゴリーでいえば、十三番はいま、友達に近い。
「なら今を忘れたくないな。いい方法はない?」
 煙草をくわえ、暫くゆっくりと煙を吸っていた十三番は、上空に煙を吐き出してからぽつりといった。
「なくは、ないわね」

 全てのことには意味があり、全てのものには意志がある。
 『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)の生きる世界は、そんな世界だ。
 だからこの摩訶不思議な現象の連続にもやはり意味を見いだしていた。
「あの校長先生のことだから、私をここに回したのも意味がありそうな気がするのよねぇ」
 あらゆるものと疎通するというヴァイスの力は勿論便利なものだが、同時にあらゆるものへの意味や意図を考える習慣も身につかせる。
 これまでのことを手帳に纏めた『結切』古木・文(p3p001262)と並び、そんな相談をしていた。
「僕は最初、校長の救出が目的だと思ったんだよね。いずれ危険が迫ることを察して、先んじて手を打った……と」
 文の考えに、ヴァイスは一度だけ頷く。
「普通に考えればそうよね。けど、それならもっと具体的な依頼を出していて然るべきじゃないかしら。例えば自分に警護をつけるとか、危険の元となる対象を攻撃させるとか」
「……だよね。だから僕は、希望ヶ浜全体にとって危ないことが起きてるのかもって思ったんだけど」
「それも、同じ理由で不自然だと思うわ。あの校長先生は『ここへ行け』としか言わなかったもの。私達が合流すること自体は意図されていたかもしれないし、この異空間へ入り込むことも意図したかもしれない。けど、そこから先は? 自由意志に任せすぎじゃないかしら」
「そこなんだよねえ……」
 文が仲間たちから集めた情報には、不思議な事件が山ほどあった。
 能面の集団。幽霊のような夜妖。転移した自衛隊駐屯地に、記憶の無い夜妖を名乗る住民たち。
 そして新たに発見された『卯没瀬地区』。
「そういえば……校長はこれを依頼ではなくて、『契約』だって言ったよね。あれは何故なんだろう。たまたま似たような言葉を使っただけなのかな」
 代書屋という職業についていただけに、文は『言葉』の選択に対して敏感だ。
 ヴァイスはそこまでは考えていなかったとばかりに目を僅かに見開いた。
「校長は『名も無き悪魔』と契約をした。仲間の調査によれば、ここへのゲートもその悪魔が作り出したものなんだよね。おそらく、幽霊夜妖や首なしライダーといった危険な存在たちを呼び寄せたのも」
「何が言いたいのかしら……?」
 先を促すヴァイスに、文は推論を続ける。
「『契約』って言葉がやっぱりひっかかるんだ。悪魔と契約した存在が、その契約に沿わないことをするにはどうすべきだと思う?」
「契約を破棄する? いや、それができない場合は……」
 文は『そうだよ』と頷いて見せた。
「新たに第三者と契約を結ぶ」
 それこそ、違法スレスレ(或いは思い切り違法な)書類作りに長けた文ならではの発想だ。
「仮に、校長先生の動向は全て悪魔に知られていて、場合によっては悪魔自身が校長を操作できてしまうとする。夜妖憑きというか……悪魔憑きによくある現象だよね。
 けどそんなあくまでも、僕たちのような自由意志をもった『イレギュラーズ』を予測し操作することはできない。校長にとって、唯一の対抗手段が『僕たち』だったんじゃないかな」
 文とヴァイスはそれぞれの能力と才能、そして知見でもって……この世界、ひいては一連の事件の全貌を解き明かそうとしていた。

 『転移』が起きたのは、まさにそのタイミングであった。

 ――フラグを回収したため、隠しルート『中枢神経塔』が解放されました
 ――『ヨルの境界』『再現性廃東京』ルートは当ルートへ統合されます

●『中枢神経塔』
 リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーと紅紫 十三番は、共に同じ場所に立っていた。だがそれは、卯没瀬高校のフェンス前では決してない。学校の門を思わせるような重厚な作りのゲートが目の前にあるが、その先にあるのはねじくれた塔だった。
 学校の校舎をバラバラに砕いて分解し、螺旋構造を描くように尖らせて作ったようなそれには、チカチカと電飾めいた光がランダムに明滅している。
「あれは……?」
「中枢神経塔ね。戻ってきてしまったみたい」
「『戻ってきた』?」
 思い悩むようにする十三番。だが考え込む時間は残念ながらないようだ。
「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」」
 悲鳴とも怒号ともつかない、臓腑から直接声を張り上げ、幾度も裏返りねじれたような絶叫が後ろから聞こえた。一人や二人の規模ではない。何十人という規模が一斉に重なったそれは、目をぎょろぎょろとむいた民衆の姿だった。
 いや、これを民衆と呼んでいいのだろうか。
 どこにでもいる一般的な容姿の人々はしかし、みるみるうちに顔面が螺旋状にねじくれていき、手に手に固い物や鋭利なものを握りしめ怒りの形相でこちらをにらみ付けている。顔がねじくれているのにそれがわかるのは、奇妙なことだった
「リュカシス。話は後よ、この場所にいては危険みたい、中へ行きましょ」
「けど――」
「その考えにはサンセイだね」
 独特なイントネーションには聞き覚えがあった。
 そしてそれを証明するかのように、彼は美しい跳び回し蹴りよって場へと乱入する。
 彼の名は『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。
「『無名祭』……『名も無き神』……もしかしたら、オレたちは皆の物語を繋ぐ鍵だったのかもね」
 血のついた草刈り鎌を振り上げ、顔のねじれた民衆ことネジレモノはイグナートへと斬りかかる。
 だがイグナートはその手首を手刀によって払いのけ、先ほど蹴倒したネジレモノの頭を再度踏みつけることで昏倒させる。
「まずは塔の中に。ハナシはそれから!」
 イグナートは助走を付けてゲートを飛び越えると、リュカシスたちもゲートを乗り越え塔へと駆け込んでいく。

 塔の中身は、やはり奇妙にねじれた構造になっていた。
 幸いにもというべきか、校舎内を探索していたゼフィラたちはその最下層に集まっている。そこで暮らしていた夜妖を名乗る人々も同じだったようだが……。
「「あ、ああああああ!」」
 子供も老人も、皆頭を抱え目を大きくむいている。その様子がどこかねじくれる前の群衆に似ていてリュカシスは背筋にゾッとしたものを走らせたが、しかし彼らと同じにはならなかった。
 部屋の一番奥で。
 眼鏡をかけた少女の形をした夜妖。眼鏡ちゃんと己を称した夜妖。
 いや、今こそ、名前を正しく述べるべきだろう。
「思い出したのですね、『メシア』」
 そう発言したのは、イグナートの肩の上に物理法則を無視するかのように軽やかに腰掛ける現代日本風の女性であった。不思議なことに、彼女はその肉体がうっすらと透けている。
「……思い出した。私は、この人たちを、殺してしまったんだ」
 眼鏡ちゃん、もとい『メシア』は頭をかきむしり、唸るように言う。
 ロトが彼女を支えるように肩を抱く。
 そして、半透明な女性とイグナートへと視線を向けた。
「何か知っているの? というより……その人は誰?」
 ロトの困惑した問いかけに、イグナートが頬をかきながら困ったように言う。
「えっと、この人は『名も無き神』だよ」
 イグナートの説明はこうだ。
 希望ヶ浜が未曾有の竜種災害を受けた際に人々が漠然とした神への祈りを心に抱いたことで生まれた、希薄な信仰心の固まり。それが『名も無き神』だ。
 名前もつかず、現実へ干渉する力もろくにもたず産まれた精霊のごとき存在である。
 彼女はイグナートが卯没瀬地区への支援を行うべくやってきた際、どういうわけか彼の側に半透明に浮かぶような形で出現できたのだという。
「この街はいわば『永遠にくり返す終末論』。退廃的で刹那的で、けれどどこか享楽的だった時代を忘れられない人々の行き着いた街です。
 この街は漠然とした終末論への信仰から『名も無き悪魔』を生み出し、その魔力によって滅びと再生をくり返してきました。あくまで、みせかけだけの。
 ……そうでしょう、『メシア』?」

 メシア。
 終末論が語られる中で、救いと同義に語られる存在。
 彼女はこの『永遠にくり返す終末論』の街である卯没瀬地区からの救済を望んでいた。
 卯没瀬地区に悪魔がかけた呪いはシンプルに三つ。
 1999年7月に世界が滅ぶという現実的な幻を住民全員に見せること。
 その後全員の記憶を消し去ること。
 今が1999年1月だと全員に思い込ませること。
 こうして住民たちは永遠に『世界最後の享楽』を生きることができた。もてる財産を全て使い果たして遊びほうけ、法律など知ったことではないと自由奔放に過ごした。
 だがそれを繰り返し続けるうち、人々は享楽に依存し、それ以外の生き方ができなくなっていく。
 当然だ。これがただの幻で、ここが日本どころか地球でもなく、ましてや世界の滅亡など起きてすらいないと実感してしまったが最後、彼らは自分達がやらかした全てを受け入れなくてはならないのだ。そんなことは、耐えられなかった
 依存された悪魔は徐々に力を増大させていった。
 メシアが行動を起こしたのは、そんな時だ。
 彼女は悪魔にひとつの取引を持ちかけた。私の友達を、家族を、親しい人々をこのループから解き放ってほしいと。
 悪魔はその取引を受け入れ、完璧に彼女たちを解き放った。
 そう。
 全員を殺しつくし、当人たちをまるごとコピーした夜妖を新たに作り出して滅び去った街の異空間に取り残すという方法で。
「酷い……そんなの、まるで『猿の手』じゃないか」
 古木・文が嫌そうに顔をしかめるのは当然だ。なにせ、結果としてもたらされたのは人間でなくなった自分達と、それまで何をしていたのかさえ覚えていないという不安。更には、滅び去ってしまった街なのだ。
 誰一人として救われていない。
「そう……この学校が『危険なもの』だと思えたのは、悪魔が作り出したものだったからだったのね」
 ヴァイス・ブルメホフナ・ストランドが納得したように目を瞑る。今ではよくわかる。この場所がもはや学校ではなく『中枢神経塔』という場所になってしまったこと。
 その理由が、メシアの再来と『名も無き神』の到来によっておきてしまったこと。
 車椅子を操作してやってきた紅紫 十四番と星影 昼顔が、同じくやってきたライ・ガネットとカイトたちと顔を見合わせる。
「今の話、わかったか?」
「新しい言葉ばっかりでよくわからん。昼顔、こういうの得意だろ?」
「え……僕をなんだと思ってるの……」
 が、実のところ、昼顔は少しだけ理解できていた。
「えっとね……この世界には元々『悪魔』がいたんだ。その力で維持されてた
 けど悪魔が封印されてしまったから、街が壊れた。
 そこへ悪魔の力作られた『メシア』と、希望ヶ浜で産まれた『神様』がやってきたことで、バランスをとりはじめたんだ」
「『ふぁうすと』が狙ってたのはこのことだったのかもしれないわね」
 『名も無き神』がそんなことを呟くので、ライがまた新しい単語を増やすなと首を振った。
 何とか身振りを加えながら説明を試みる昼顔。
「けど、これはチャンスだ。確か『名も無き悪魔』に対する一番の問題は、名前も肉体も無いからこそ殺せないこと、だったよね。
 けどここには『メシア』と『神』がいる。この二つをくっつければ、悪魔の器にできるんだ。あとは名前と儀式の方法さえわかれば、悪魔を殺せるんだよ」

●『本当の世界』
 定真理・ゆらぎの家はどこですか?
 彼女をよく知らない者ならまずそう尋ねる必要があったろうけれど、古文教師の『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)、民俗学の『善悪の彼岸』金枝 繁茂(p3p008917)、そして家庭科を担当し手芸部の顧問も務めた『お裁縫マジック』夕凪 恭介(p3p000803)にとっては五分もあれば見つかる情報であった。
 様々な形式と場所に分けてバラバラに存在する学生寮。その中でも『掃除屋』が集まる寮に彼女は住んでいた。
 尋ねてみると、寮長含め皆不在であった。
「『お仕事』中かしら?」
 インターホンを押してもなんの応答もないことから、アーリアが同行していた恭介と繁茂に振り返る。
 自分達だって、教員として学園に勤めてはいるものの練達国内にすらいないことも多々ある身である。そこまで大きくなくとも、似たようなことはあるだろう。
 繁茂はといえば、調査し共有された資料に目を通しつついかにも難しい顔をしていた。
「インテリの書く資料というのはどうしてこう小難しいのか、浅学の身では堪えますね。
 ですがとりあえずおおよその事の次第はわかりました。
 それと、ここがゲートになっているということなら寮の住民たちも退避しているかあるいは……」
「巻き込まれてる?」
「そうではないと思いたいところですね」
 恭介はハアと息をついて、寮の扉に手をかけた。
 不思議なことに、鍵はかかっていなかった。
 抵抗なく動くドア。繁茂は懐に収めた柄だけの刀に、アーリアはポケットに忍ばせた手袋をはめ、すぐに戦闘にうつれるよう構え恭介へと頷いた。
 頷き返し、扉を開き――。

 苔むした線路が延びている。
 扉の先には、雨上がりなのか湿った土と雑草と、それらの混じり合ったにおいと、長くのびしかし使われていないことが一目で分かるような線路がある。
 およそ室内にありえざるべき光景だが、『用務員さん』のいうゲートというものが、つまりはこれなのだろう。
 そう納得し、恭介は大きく一歩を踏み出す。
(あの子暇さえあれば手芸部に来ていたけれど、他にも思い出の場所があるのかしら。
 乙女の秘密を覗くのは、悪いけど……)

 憂鬱な雨上がり。
 日常から離れたくて、街の外れのトンネルまでやってきた。
 もう使われていない線路と、薄暗いトンネル。お化けが出るって評判のトンネル。
 非日常にはぴったりだったから、『私』は世界にいたずらすることにした。
 日常を脅かしてやるのだ。がおー。
 そんな気持ちで入り込んだトンネルには、本当に非日常があった。
 お化けとしか形容出来ないような、恐ろしくて身の毛もよだつようなボロボロのおばあさんがトンネル奥の薄暗闇から這い出して、両手と両足を虫みたいにしゃかしゃか動かして走ってくる。開いた口は人の顔がはいるくらい大きくて、実際奥から大笑いする赤ちゃんの顔が飛び出してた。
 いくらなんでも、こんな筈じゃなかったよ。悲鳴をあげて逃げ出す私が見たのは……。
 トンネルの外の明るい光。
 その逆光に立つ、背を丸めた人のシルエット。
 怖くて。大きくて。黒くて。理不尽で。さっきのお化けよりずっとずっとお化けだったけど――。
「『せんせい』」
 私には、わかった。この人は大丈夫。
「来い」
 私の手を引き、胸に抱く。空いた手のひらを翳すと、その手がみるみる異形の何かに変わっていった。
 まるで悪魔みたいなそれは、おばあさんのお化けを一瞬で粉々に消し去ってしまう。
 まだドキドキする私の胸の鼓動が、『せんせい』の腕の中で反響するみたいだった。見上げると。
 それは、校長先生だった。
 空に、虹が架かっていた。

 私は『掃除屋』さんになることに決めた。
 この偽りの日常と、ちょっぴり怖い非日常。
 校長先生が務める希望ヶ浜学園に編入して、ひよのさんに誘われてカフェ・ローレットの掃除屋になった。
 昔に住んでいた日本に似てる日常と、その裏側から這い出てくる怖い怖い非日常。その間をゆらゆらしながら生きるのは、なんだか私に合っていた。
 両方に嘘をついてるみたいで。両方に隠し事をしてるみたいで。
 どっちにとっても私は嘘吐きなんだぞ。えへん。
 そんな風に過ごしていた中で、希望ヶ浜自衛隊駐屯地のお仕事が回ってきた。
 ローレットの特待生たちが倒した夜妖の後片付けをして、日常に嘘をつく。それが掃除屋のお仕事。
 けれどその中で、地面にころんと落ちたロケットペンダントを見つけた。
 手に取ると、自然とそれは開いて、写真が露わになる。自衛隊の服を着た男の人と、女の人。そして……十歳くらいかな。小さい女の子。三人で寄り添った写真。写真屋さんでとったような、かしこまった写真。
 その写真から、男の人の姿だけがスッと消えた。
「これも……夜妖、なんだ」
 夜妖ってなんだろう。『せんせい』が守ってるものって、なんだろう。
 日常って。
 なんだろう。
 おばけだけじゃ、ないみたい。

 安心院精神病院。顔のねじれた夜妖が湧き出して暴れてる事件がローレットの特待生たちに処理されてから、病院の調査が進んでいた。
 病院にあった隔離病棟に異常な空間的歪みが見つかって、私達はその隠蔽を図ることにした。
 建物に立ち入り禁止のテープをはったくらいじゃ人ははいってきちゃう。それは私自信が実証済み。だから同じ掃除屋の寺生まれ君や空手家ちゃんと相談して、入り口をコンクリートで埋めちゃおうということになった。
 校長先生に許可を取るためにスマホを取り出して、『せんせい』って書いてある連絡先をタップする。
 コール音が三回。
 淡泊な返事が返ってきて、私は今回のお仕事の内容を説明した。
 許可を求めてから……ちょっとだけ、沈黙があった。
 電話の向こうで、校長先生が全然違う誰かに入れ替わっちゃったような不安が、私の背筋を走った。
「――それは、都合が悪いな」
「え?」
「『■■■■■■』」
 どういう意味だろう。寺生まれ君に意見を求めようとして振り返ったけど、いない。
 空手家ちゃんにそのことを伝えようと振り返ったけど、いない。
 だれもいない。
 私しかいない。
 あれ? あれ? ここ、どこだっけ?
 私はえっと、えっと。
 練達人の両親が居て再現性東京生まれ。
 ちがうちがう。それは嘘。
 高度に発達した近未来日本からのウォーカー。
 ちがうちがう。それは嘘。
 どっちの私が本当の私? どっちが嘘だっけ?
 あれ? あれ?
 わたしは。だれ?

「――ゆらぎちゃん」
 恭介とアーリア、そして繁茂は気付けば部屋の中にいた。
 女の子の部屋そのものといったような、分かりやすく可愛らしい部屋だ。
 だがわかりづらすぎる、女の子の部屋には普通ありえないものが、まず壁にある。
 繁茂は顔をしかめてその内容を読み上げた。
「『校長先生が、校長先生じゃなくなってる』――?」
 赤いペンキで殴り書きしたようなその文字に、まず思い浮かぶのは『悪魔との契約』というものだ。
 繁茂はこれまで、何度か不思議な夢をみたことがある。
 夢の中で自分は『せんせい』と一緒にいて、猫の神様と接したり無限に続く廊下を歩いたりした。
 自分はそれを、無名偲無意識と同じものだと、当たり前のように思っていたし、そう『呼んでいた』けれど……。
「あれは、別の存在だったというのでしょうか?」
 一緒にクルーズ船で酒を飲み交わした校長や、夜の街のガード下で安酒とおでんをつついた校長を、繁茂は確かに知っている。あの『せんせい』は、あまりに違うものでありすぎた。
 『黒くて怖くて大きくて理不尽なもの』だった。
「『せんせい』――いや、校長は、一体どのような悪魔と契約したのでしょうか」
「心当たりは……うん。そうね」
 恭介はベッドサイドに置かれた日記帳に手を伸ばす。鍵のかかったそれは、開くことができない。
「調査によれば、悪魔はゆらぎちゃんを利用した。あの子には、嘘吐きの才能があったから」
 嘘吐きと悪魔。思い浮かぶのはヘブライ語の分詞「破壊する(mephir)」「嘘をつく(tophel)」「嘘つき(mefir)」を合成したとも言われる悪魔――。
「『メフィストフェレス』」
 カチンッ、と不思議なことに日記帳の鍵が開く。
 開いたページには、ありもしないことが沢山書いてあった。
 両親と一緒に遊園地に行っただとか、ありもしない地名の旅館に泊まっただとか。嘘だらけの日記は、まるで夢の内容を記したみたいに荒唐無稽になっていって、やがて最後のページが鉛筆で何度もガリガリとなぞり続けるように大きくこう書かれていた。
 『嘘』

 アーリアはそのページに手をあて、目を瞑る。
 『用務員さん』とガード下へ飲みに行ったときのことを思い出したのだ。
 彼はあのときなんて言ったっけ。魚の煮付けを箸でつつきながら、私の質問にこう答えたんじゃなかったかしら。
 校長はあのときこう言った。『嘘に付き合ってやる』。
 自分に対してできる限りの嘘をつき続け、自己矛盾を繰り返し、無限に反転し続ける心。
 それが悪魔、仮称メフィストフェレスの作り出した『嘘世界』。
 日常に帰ろうとすればするほど嘘に阻まれ、調べようとすればするほど嘘にまみれる。
「そんな牢獄みたいな世界に、悪魔は私達を閉じ込めようとしたんだわ」
 何のためにかはわかっている。自分達がこれ以上動けば、悪魔にとって不都合だからだ。
 ある終末論の街に生まれ、校長との契約によって力をあたえた悪魔。
「希望ヶ浜だって、昔から私達がいたわけじゃないわ。私達が来る前は、その町の人達の手で夜妖から人々をこっそり守ってた。これだけの人出よ。その『代わり』は並の労力じゃないわ」
「そう……無名偲ちゃんは、力を欲して契約したのね」
 恭介は同じくページに手を翳す。
 契約によって手に入れた力は、確かに日常を守ったろう。
 けれど今は、その契約が日常を壊そうとしている。
 悪魔にとってローレットのもたらした新しい日常は、邪魔なものだったのだ。
 自分の力がどこまでも強大化していき、やがては希望ヶ浜すら支配できる状態を、悪魔は望んだのだ。
 救うことと、支配することは、同義であると謀って。
「けど大丈夫よ、無名偲ちゃん。あなたはアタシたちと『契約』した」
「悪魔のうらをかき、新たな日常を守護する存在として」
「だからね、取り戻して上げる――」
 アーリアは呟いた。
「それじゃ、私も嘘に付き合うわぁ」

 気付けば、三人は寮の前に立っていた。
 灯りのついた寮からは生活音が聞こえ、そしてタイミング良くインターホンの音がなる。
 はーいと声がして、扉が開いた。寮長の男の子だ。寺生まれ君というあだ名の。
「おや、先生。どうしたんです。また事件ですか?」
 後ろから顔を見せる小柄な女の子、空手家ちゃんというあだ名の掃除屋だ。
「あっせんせー! ゆらぎっち知りません? まだ帰ってこないんですよねー」
 三人は顔を見合わせ、そして微笑む。
 だって見たのだ。『嘘に付き合う』と口にしたあの瞬間。
 滅茶苦茶に乱れた嘘世界の中で、夕暮れめいた教室で。椅子に座ってにこにことする定真理・ゆらぎの姿を。彼女の前で、ヘブライ語の授業をしてみせる校長先生の姿を。
 そんな光景を、幻視したのだ。
「大丈夫。連れてきて上げるわ、ちゃんとね」
 アーリアの手には、鍵があった。
 日記帳に使うような鍵だけど。その本当の用途を、もう知っている。
 これこそが、嘘世界を呼び出す鍵だ……と。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 それぞれの願いから始まった『契約』は、いくつもの交わりを経てやがて一つの目的へと収束していきます。
 ついに、悪魔と戦うときがやってきます……。

 無名偲無意識を支配し、希望ヶ浜をも支配しようと企む名も無き悪魔。
 本来殺すことの出来ない悪魔を殺すための儀式魔術を完成させ、強大なる悪魔に立ち向かう時です。
 決戦の舞台は『卯没瀬地区』。
 以下待て、次号。

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