シナリオ詳細
<無意式怪談>Truth comes out of falsehood
オープニング
●嘘の反対は別の嘘
「それではこれより、職員会議を行う」
無名偲・無意式(p3n000170)はプラスチック製のバインダーを左手に持ったまま、右手の指先でボールペンをくるくると回しつつそんなことを言った。
おそらくは現代日本津々浦々で見かけることのできる一般的光景なのかもしれないが、こと希望ヶ浜学園の『働かない校長』こと無名偲がこうしていることに、集まった教員たちは意外そうな……あるいは驚愕とすら言える顔をしていた。
「あらあらぁ、今日は仕事熱心なのねぇ」
古文教師、アーリア・スピリッツ(p3p004400)。男子生徒が見る青春の白昼夢みたいなえっちすぎる女教師だ。実際山ほど同人誌が刷られ、そして売られた。
「アタシ、初めてみたわよ無名偲ちゃんのこんな姿」
家庭科教師、夕凪 恭介(p3p000803)。服飾を専門とするオネエ口調の男で、ちゃんと異性愛者。しかし女子とみれば可愛い服を着せまくって満足するという生粋の服飾人間であるが細い指先やどこかしなやかな佇まいがえっちすぎる教師だ。
学園に潜入する過程で校長と面識をもったが、多くの教師陣の中でも特に付き合いの多い人物と言えるだろう。
「そうなのですか? 言われて見れば……今まで酒を飲むところしか見ていませんね」
民俗学専門、金枝 繁茂(p3p008917)。最近になって大学へ参入した(と思われている)男で、褐色の肌がえっちすぎる大学院生だ。ここ最近では特に校長とつるむ所をよく見られているが、大半どっかで飲むか食うかしていた。
「私は知ってるぞ。こういうとき大抵面倒ごとを押しつけるんだ。そして逃げ場はもうないんだ」
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)。教師だったり生徒だったりと立場が不明になりがちだが、彼女もまた希望ヶ浜と関わりが深く、校長とも多く仕事をしてきたなにかとえっちすぎる人間である。特に『殴って解決しない問題』がぶつけられることが多く、自身は専門じゃないのでわからないと言っているが反面有効実績は高い。
「俺も既視感がある。多分このあとアレをやれコレをやれって言い出すぞ。事情の説明もしないはずだ」
えっちすぎる咲々宮 幻介(p3p001387)。
「まて、俺だけ説明がおかしい」
虚空に向かって振り返る幻介。
「今回の議題だが――」
「おい」
「今我々は異界に飲み込まれている」
「俺の紹か……えっ?」
幻介は慌てて振り返り、そしてこの場所が職員室でも校長室でもなくなっていることに気がついた。
希望ヶ浜学園では、あるだろう。
見慣れたフロアタイルや壁紙やぽつぽつと穴の空いたあのよくわかんない天井パネルや蛍光灯があるし、黒板もついてる。椅子や机が等間隔に床に並び、同じ間隔で壁に並び、同じ間隔で天井に並び、窓の外にはプールと体育館内部と屋上が同時に見え、掃除用具入れの隣にはやけに真新しく誰も使っていない男子用小便器が逆さまになって据え付けられている。
慌てて扉を開け教室名パネルを見上げると『第二あなごん室』とある。
「どこだここ!?!?!?!?」
「急に……本当に急に来たわねぇ」
頬に手を当て、おっとりとした様子で苦笑いを浮かべるアーリア。
「確か、私達って職員室にいたはずよね?」
アーリアは事実の連続性を確かめるためか、あるいは酒飲んで忘れたいからか、部屋の左半分に設置された教員用スチールデスクの引き出しを開いてヴォードリエワインを取り出した。ラベルがどっかの世界にあるらしい日本ブランドの銘柄に貼り替えられているのは、なにかしらの配慮だろう。
酒を取りだしたのに校長が見向きもしないことにちょっと疑問を覚えつつも、アーリアは取り出した紙コップにワインを注ぎ一気飲みし――。
「醤油だわぁこれぇ!」
「えっ間違える普通!?」
困惑する恭介。せめて一口でわからない? と言おうとしたが、アーリアはよほどのタイミングでないと酒気を帯びっぱなしにするわるい教師なので、そういうこともあるのかなと思い直した。
そして思い直しの真顔状態から、またハッと目を見開く。
「って、違うわよ。ワインのボトルに醤油が目一杯はいることなんてあるの?」
「色もつやもワインなのよねぇ……味だけ醤油だわぁ」
「そんなことある?」
困惑が更に深まる。
恭介は一度眼鏡を外すと、目頭を軽くマッサージしてから校長の方を見た。
そして、ぎょっとして眼鏡をかけなおす。
「……どうした?」
「え? い、いや、なんでもないわ。ちょっと疲れてるのかしら……」
無名偲校長が、なにか黒くて怖くて大きくて理不尽なものに見えた……などとは流石に言えまい。
眼鏡をかけ直してみればいつもの校長だし、おそるおそる再び裸眼にしなおしても一緒だ。だが……校長がギザ歯を向きだしにしてギラギラと『笑っている』のがはっきりと認識できた。多くの者にとっては普通のことかもしれないが、恭介にとってのみ、若干異常だ。
「まあ、慌てるな。集団でかみかくしに会うくらいよくあるだろ」
「よくはありませんが……まあ、体験したことはありますね」
マニエラと繁茂はといえば冷静に話を進めている。
「とりあえず現状確認だ。繁茂、霊的存在は感知できるか?」
「いえ。周囲には一切」
「冥界下りにされたわけではない、か。人助けセンサーや色彩感覚に異常は?」
「それもありませんね。ああ、いや、いま現在アーリア先生と咲々宮先生が助けをもとめているようですが」
振り返ってみると、『おさけがない……』といいながら壁にのの字を書き続けるアーリアと、『次のレースにまだ賭けてない』といってスマホをずっと弄り続けている幻介がいる。
「はあ、よかった間に合った……とりあえず予算額全賭けして、っと」
「待って。繋がるの? ネットが」
この異常事態に混乱しつつあった恭介が幻介のスマホを覗き込むと、確かにネットに繋がっていた。『馬券を購入しました』のメッセージが出て、なんかとち狂ったような掛け金と内容も表示される。
「外と連絡がとれるなら簡単じゃない。現状を伝えて外からもアプローチしてもらいましょ」
「ンアアアアアアアアアアアアア!!」
「今度は何!?」
ほっとした恭介のとなりで幻介が発狂した声を出した。
「これ! 拙者が買った馬券と違う! 予算の100倍購入されてるぅ! しかも! こんなの絶対当たるはずないでござるううううああああああ!」
操作ミスなんか絶対してないでござるぅといってスマホをいじりつづける幻介。
「ふむ……」
マニエラもまた同じようにスマホを弄っていたが、メッセージアプリの画面を表示した状態で仲間達にそれを見せてきた。
「みてみろ」
アプリに『知らない場所にいる。助けが欲しい』と入力して書き込みボタンをタップしたところ、『カフェローレットにいる。助けはいらない』と表示された。
「こちらの情報が偽った形でサーバー側にアップロードされてる。端末への入力データは正しい以上、アップロードの過程でデータが改竄されたか、サーバー側で改竄が行われダウンロードがなされたかのどっちかだが……このアプリは自分の入力情報はそのままメッセージ欄に表示される仕組みだ。アップロードデータ自体が瞬時に書き換わったとみていいだろうな」
「……つまり?」
繁茂が小首をかしげると、マニエラが要約したことを言った。
「スマホで外と連絡はつく。だが、全部嘘になる。
嘘の法則性は不明だが、逆さ言葉になったりそもそも異なる名称に置き換わることは実証されたな」
「『嘘の異界』……というか『嘘世界』、ね」
恭介がなにか思う所があるようにつぶやくと、無名偲校長は回していたボールペンをぱしりと握ってとめた。
「ひとまずは、この場所からの脱出が必要だな。各自、できることを全てやれ」
「脱出方法は知らないの?」
「知っているが言わない」
「――はっ!?」
無名偲校長を二度見する恭介とアーリア。
「言わない」
聞き間違えでないことを示すように、無名偲校長はもう一度はっきりと発言した。
「我々に伝えることで脱出の不利に……あるいは脱出不能のトリガーとなる、ということでしょう」
繁茂が補足を加えてくれた。
「まぁたミーム災害かよ。益々面倒くさくなってきたなあ」
マニエラが頭をわしわしとやって、そして教室の外へと出た。
室内と変わらずぐっちゃぐちゃだが、確かにここは希望ヶ浜学園をモチーフとした場所だ。ということは、ヒントもそこにあるだろう。
「まずは、やれることからやってみるか」
- <無意式怪談>Truth comes out of falsehood完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月30日 22時05分
- 参加人数40/40人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 40 人
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参加者一覧(40人)
リプレイ
●『卯没瀬自衛隊』
高い電柱の上。あまりに狭い足場にもかかわらず、『名高きアルハットの裔』アルハ・オーグ・アルハット(p3p010355)はさも当たり前のように立っていた。腕を組み、深い海のような色をした長い髪をなびかせている。口元に蠱惑的な笑みすら浮かべて。
「前提として、これら『自衛隊』を象る夜妖に、わらわからは先手を打たぬ」
独り言ではない。電柱から突き出た棒状の突起を掴み、遠くを見つめる『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)に語りかけたのだ。
「……その心は?」
「こやつらを消し飛ばす行動は、選択肢として容易い。が、目的は調査だ。狩りではない。
初手に待機を行い、再度わらわの手番が来るまで、じっくりとあれらを観察しよう。
攻撃するか否かは、その時の戦況で柔軟に判断しよう」
「相手の出方を見る、ってことだね。それには賛成。第一……私達の装備で相手を『全滅』できるかどうかは確かじゃないからね」
一度戦った際にはその実力差が分かったが、相手の数や装備の全容まではわからない。調子に乗って本拠地にまで乗り込んだら戦車や戦闘ヘリが山のように沸いてきたなんてことになったら命を落としかねないのだ。
忘れてはならない。
これは『成功確率が保証された依頼』ではないのだ。情報屋はおらず、潜在的難易度も不明。敵も不明なら依頼主の意図も不明。あるのは自分の選択だけ。
「いや――違うか。何をしたいかは私たちが決める。そういう『契約』なんだっけ」
選択と行動には苦痛が伴う。それを代償として、己の願いを叶えるのだ。魂だの肉親だのを奪わない辺り、悪魔の取引に比べてだいぶ良心的である。
「悪魔?」
「なんじゃ?」
突然突拍子もないことを口にしたシキに、アルハが視線を向ける。
「いや、なんでもない。どうしてこんなことを考えたんだろう。本当に関係ないのに……」
「まあなにはともあれ。頼りにしておるぞ、貴様(シキねえ)♡」
●『猫神』
二又尻尾の白猫が歩いている。ブロック塀の上を。歪んだフェンスのスキマを、人の家の裏庭を。
暫く進むと、脇腹にハート型の白い模様がついた黒猫がいた。
黒猫は振り返り……。
「来たな、猫じゃないやつ」
「ねこだが?」
どうみてもねこのはずだが? とオメガな口をもごもごやって不満を表明する。彼女がこう言われるのは、純粋なこの世界の猫ではないせいだろう。
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。異世界の猫であり、仙狸(ねこの妖怪)の女である。字面のせいでタヌキと呼ばれがち。
ハート黒猫の案内によって道ならぬ道を進んでいくと、奇妙な地下室へ至ることができた。
戦時中の防空壕跡といった風情だが、ここは希望ヶ浜地区。第二次世界大戦なんてない。つまりは誰かが再現したものであり、その多くは何かの偽装だ。
丸形ハンドルがついた頑丈そうな扉の前で止まり、ハート黒猫が開けろというので、人間形態に戻った汰磨羈はハンドルを回し扉をあけた。
中から光が漏れ出てくる。
蝋燭を灯したその部屋に、女がひとり。『不屈の白騎士』レイリー=シュタイン(p3p007270)であった。
「やっと合流できたわね。そっちの成果はどう? 『夜妖遣い』の情報はあった?」
「似たところで『CORE』の調査に当たってる怪盗と狼コンビに連絡を取ってみた。
あっちは潜入に成功したようだ。中は酷い状態だったようだが……」
『夜妖遣い』という単語はあっちではまだ出ていないな。と汰磨羈は続けた。
レイリーが小さくため息をつく。
「頭を使うのって、難しいのね。日頃からやってる人達を尊敬しちゃうわ」
頬杖をついて、ちょっとアンニュイな表情をするレイリー。
「向き不向き。適材適所だ。私達が組んだことにも、きっと意味があるさ」
レイリーと汰磨羈は猫の神さまから依頼を受けた。内容は『夜妖遣いを追え』。
彼らの目的が『日常|結界』の維持である以上、レイリーからすれば断る理由もない。しかし夜妖憑きじゃなく『夜妖遣い』とは。
新しい単語ゆえに、二人の作業は関連する全ての情報を探るところから始まるのだった。
汰磨羈は胸の谷間から小さな巻物を取り出した。広げるとメモが書いてある。
「仲間の情報だと、去夢鉄道が『自衛隊員の服を着た顔のない人型実体』を列車に詰んで運ぼうとしていたらしい。この人型実体は夜妖だというところまで分かっている」
「去夢鉄道全体が夜妖を密輸しているってこと? じゃなくて、一部の派閥が?」
「一部の派閥が、だ。連中の特徴は能面をつけていること。得に『猿飛出』『三光尉』の能面をつけたやつは要注意だ。一説によれば、本体は能面で肉体を乗っ取っているらしい」
「怪しさのバーゲンセールじゃない」
そんなの絶対悪い奴でしょ。とレイリーは直感でものを言った。実際それは誰もが同意するところである。
「追う価値はありそうね。早速行きましょ! 行き先は?」
●『夜妖遣い』
「おじさま! カフェに来たからには甘いもの飲みながら情報収集したいなぁ」
そう言って『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)はあのなんだか背の高い丸椅子によじのぼると、キャラメルフラペチーノとかいうあまい飲み物を注文した。
ややあって、『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)が両手にコーヒーを持って表れる。片手には桜模様のタンブラーに入ったフラペチーノ。もう一方は銀のタンブラーに入ったブラックコーヒーだ。タンブラーにはグレイシアの名前が彫られている。
「えっ、おじさまマイタンブラー持ってたの!?」
「希望ヶ浜地区に通うなら、持ってくと便利だ」
これは君にプレゼントしよう、とグレイシアは優しい口調でルアナの前にトンと置いた。
めっちゃ嬉しいが、反面『おそろいもよかったなー』などと脳内で呟きつつルアナはタンブラーに口をつけた。
ここはカフェ・ローレット。希望ヶ浜地区におけるローレット拠点であり、ローレットのもつ情報が最も集まる場所だ。
『夜妖遣い』という聞き慣れない存在を探し出すことになったグレイシアたちは、まずは情報収集を行うことにしたのだ。
「『夜妖遣い』っていうのは……この街を夜妖だらけの怖い場所に変えちゃおうっていう悪い人達なのよね?」
「そう。その組織のアジトを見つけ出して潰すのが我輩たちに課せられたオーダーというわけだ」
まずは、とスマホを取り出すグレイシア。
「同様の目的をもつ仲間を見つけた。レイリー=シュタインと仙狸厄狩 汰磨羈。夜妖遣いを追っているらしい」
「その人達もあの……す、すぴーく」
「秘密酒場(スピークイージー)」
「そこにいた人達に依頼されたのかな」
「いや、猫に依頼されたらしい」
「ねこ……」
道ばたの猫にニャーンと言われているさまを想像し、ルアナはちょっと和んだ。
「そちらは、なにか発見はあったかな?」
「うん。自衛隊駐屯地に夜妖が出るって情報が学園から来てる。既に退治はされてるみたいだけど、卯没瀬自衛隊っていうの」
「ふむ」
夜妖の出現と討伐など希望ヶ浜では珍しくないニュースだ。夏の蚊くらいには。
しかしルアナが話題に出すのだから、何か理由があるのだろう。続けたまえと紳士的に返すと、ルアナはスマホを見せてきた。希望ヶ浜地区のマップである。
「あのね。『卯没瀬自衛隊』なんて希望ヶ浜にないの。そもそも、『卯没瀬』なんて地名、希望ヶ浜地区にないよ?」
●『卯没瀬自衛隊』×『夜妖遣い』×『猫神』=
列車がとまる。運転車両から降りてきたのは、能面をつけた駅員だった。
『三光尉』という老人めいた面で、周囲をゆっくりとうかがうように見回す。
「そこにいるのは……猫じゃな?」
「ねこだが?」
柱の裏からスッと身体を出す汰磨羈。
「よく気付いたな。気配は完全に消していたはずだが」
「前に駅にネズミが入り込んだのでのう。ホッホ――警戒を強めておった」
男性の声。だが、やや甲高い。アニメ声優がテンプレート通りに老人の声を演じたような、そんな声と話し方だ。
プシュウと音がして、車両全ての扉が開く。
ぞろぞろと能面をつけた駅員がおり、懐から拳銃を抜いて突きつけてくる。
一斉に発砲。
が、間に割り込み盾を出現させるレイリー。
「やっと出番ね! こういう展開は好き!」
レイリーは自らのタフネスにものを言わせ相手に突っ込むと、手首をパカッと割った状態で相手に押しつけた。ズドンと飛び出す槍。さながらパイルバンカーと化したそれは相手の肉体をゆうに貫き、持ち上げ、そして放り捨てた。
汰磨羈も戦闘に加わろう――とした途端、後方に気配。
敏感に察知し、振り返る。
そこにいたのは無数の自衛隊員だった。いや、正確には『顔のない自衛隊員たち』だ。
「情報にあった卯没瀬自衛隊か!」
自衛隊員の一部がアサルトライフルを汰磨羈めがけ発砲。汰磨羈は魔術結界を展開することで弾を弾くが、更なる追撃を加えられるとまずい。なにせ挟み撃ちだ。
――などと思っていると、残りの自衛隊員が『猿夢鉄道の駅員たちめがけて』発砲しはじめた。
「なっ――!?」
対する去夢鉄道員も自衛隊員めがけ発砲。激しい打ち合いが両者の間で行われる。
「おや、これはどうした事態だろうか」
低く渋い声がした。グレイシアの声だ。
彼は翳した手から暗黒の魔法を放つとコンバットナイフで襲いかかってくる自衛隊員を吹き飛ばしていた。
どうやら彼はこの建物の外からやってきたらしい。
「まっておじさま! わたしが前にでるから!」
続いて、元気の良さそうな女の子の声。ルアナだ。
彼女は自衛隊員をグレートソードによって斬り付けると、その勢いのまま吹き飛ばす。
すると、ルアナが汰磨羈たちの存在に気付いたようで手を振ってくる。
「あれ? ねこさんたち!」
「ねこだが!」
「汰磨羈、もうそれはいい」
などと言っていると、同じく外から新たな二人組が飛び込んでくる。
凄まじいスピードで自衛隊員たちの間をすり抜け、そして『三光尉』めがけて斬りかかるシキだ。ガンブレードを起動し、爆発的な魔力が襲いかかる。
「ホッホウ――また会ったのう、お嬢ちゃん」
「今度は逃がさない」
三光尉の手刀と刃が激突し火花を散らす。
「知り合いか?」
アルハが混ざり、実体のない闇の大鎌をふるう。自らの魔力を砲撃という形で放ったのだ。
追撃に耐えきれなかったらしい三光尉は派手に吹き飛ばされ、窓ガラスを破壊して車両の中へと転がり込む。
アルハはそこへ飛びつき、三光尉の胸ぐらを掴んだ。
「知っているのか、わらわの願いを! 解答を!」
「ホウ――」
三光尉の能面が、笑ったように錯覚した。
顔面めがけ魔力を叩き込む――その寸前。するりと面が顔からはなれ、肉体のほうはガクリと脱力した。いや、死んだと言った方がいいだろう。
顔面の皮は剥がれ、息すらしていない。ハッとして面のほうを見ると、スゥッと見えないカーテンがかかるかのように姿が消えていく。
「待て!」
叫ぶアルハ。シキもまた飛びかかるが、振り込んだ剣は空をきった。
六人が、一同に介している。
猿夢鉄道の駅員たちは列車を残して撤退し、その場には六人のイレギュラーズと――未だ武装した卯没瀬自衛隊員たちがいた。
シキは目を細め、そして、持っていた剣を地面に放り捨ててみせる。
「そんなに怖がらないで。恐怖や悲しみの感情が多すぎて、頭がいたくなりそうだよ」
シキは自分の頭をトントンと叩くジェスチャーをした。
アルハは『そうなのか?』と目でうったえ、シキは否定とも肯定ともとれない顔をする。
話を切り出したのはルアナだった。
同じく武装を解除し、顔のない自衛隊員にむけて問いかける。
「ねえ、貴方たちはどうしてここにいるの?」
自衛隊員たちは顔を見合わせ、そして困惑したようにこそこそと相談し始めた。
そしておそらく代表だろうと思われる一人が何かを言うと、全員が銃を下げる。
「すみません。あなたがたも夜狩人(マンハンター)かと……」
流ちょうな、一般人とまるで変わらない口調と声だ。
あまりの自然さに、グレイシアは珍しく驚きの表情を浮かべた。といっても、両眉を大きく上げるだけだが。
「質問に答えましょう。ここは我々の駐屯地です。ここにいるのは、ここに配属されているからとしか言えないのですが……見たところ、我々は施設ごと知らない世界へと移動してしまったようです」
「ほう……?」
汰磨羈は興味深げに声を出し、レイリーに『列車を調べるぞ』と合図を送った。頷きを返すレイリー。
「後の聞き取りは任せていいか。私達の目的は列車の行き先でな。車両を調べたあとは線路を辿っていくつもりだ。そちらは?」
「やるべきことが沢山ありそうだからね……もう少し話を聞いてから、考えるよ」
シキはいってらっしゃいと手を振った。
さて、問題が山積みとなったぞ。
●『ghost highway』
「ルート057にて首なしライダー出現。数、12」
ウルリカ(p3p007777)はヘッドセット越しにそう呼びかけると、運転していたトラックのサイドパネルを操作しはじめた。コンテナ後部が開き、特殊なローラーによって地面へ橋をかけた状態を作る。トラックと同じ向きのまま滑りおりてきたのは『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)の『SH001 シロガネソウル』。
外観はスクーターだが中身は別物。呪術式F8エンジンのうなりがまるで馬のいななきのように響いた。
「どうやら首無しライダーを発見することができたようだな……では、ここからは僕らの攻勢に入ろう。この日のためにシロガネソウルを用意したのだからな!」
すぐさまスピードをあげ、トラックと並走する状態をつくるシュヴァリエ。
『カチコミリーダー』鵜来巣 冥夜(p3p008218)が続いてトラックから出ると、バイクのハンドルを掴んで笑った。
「情報収集のかいがあったというものです。推測候補を絞っておいたおかげで、早く駆けつけることができましたね」
冥夜もまた加速をかけ、トラックを追い抜いていく。
「マカライトさん、合流を」
「了解した」
ヘッドセット越しにこたえた『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は『ティンダロスType.S』の飛行能力を使って斜面上方から飛び降りると、冥夜と並んで走り出す。
(現状維持、か。変わらない事が一番大変だって言うのは人生長いぶん身にしみてるが……。
やっぱり思う所がないってのは嘘になるが、「知恵とは学ぶ事」って誰かが言ってたし、備えは出来るか)
「『今』を生きてるなら『今』ある事をなんとかしなきゃだしな」
ティンダロスの上で慣れた様子でバランスをとりながら、マカライトが冥夜たちへ顔を向ける。
「あの首無し共にも『頭(ヘッド)』はいると思うか?」
「どうでしょう。彼らが街の恐怖心の具現であるというのなら、街の人々こそがヘッドというべきなのかもしれませんが……」
「だとしたら皮肉だな。生み出された怪物に『脳(ヘッド)』が無いのは」
すぐに、ウルリカが白いバイクに乗って並走してくる。トラックはどうやら置き去りにしたらしい。道を塞いで一般人の侵入を防げるという意味でも一石二鳥なのだろう。
「仮に――街の人々の恐怖が『首なしライダー』を産んだとします。ですが、そうすると不自然なことがあるのです」
「不自然なこと、だと?」
シュヴァリエがぴくりと頭を動かした……が、話はそこまでだ。
前方にやや身体を傾け、ウルリカがバイクを加速させる。
「インターに入ります。戦闘の準備を」
ハイウェイを爆走するバイクの集団。共通して頭のない彼らをもし見かけることがあったなら、それはきっと死ぬときだ。
時速数十キロで走る自動車に例えばピストルを十発撃ちこんだとしたら、運転している人間に命はないだろう。彼らはそれを迷わず実行するのだ。
とはいえ――自分達が襲われる側になると考えてはいないようだが。
「オラオラぁ! 『遮尼奈異斗(しゃーまないと)』の元頭、冥夜様が相手してやるぜ!」
盛大にバイク集団に突っ込んでいった冥夜。
彼はバイクの計器脇に固定されたスマートホンをグローブの親指でタップすると、音声入力モードを起動させた。
「オーケーjuin、『黒夜迅雷』!」
ポコンという効果音と共に陰陽陣が画面に形成され、起動の音声コマンドと同時に力が放出される。
発射された複雑怪奇な黒雷が首なしライダーたちの真ん中で炸裂。
数台がまとめてクラッシュする風景を眺めながら、シューヴェルトは深層夜銃『トゥール・カン』をスクーターのホルスターボックスから取り出した。
「首無しライダーよ、この貴族騎士が相手をしよう!」
刻まれた呪詛に微光がやどり、容赦なく放たれた数発の銃弾が首なしライダーのバイクへと命中。いかなる作用をもたらしたものか、派手な前方回転をかけてクラッシュし、しまいには爆発した。
「エアハンマー、サプレッションモード」
ウルリカは膝のパーツを部分的に変形させると、カションとホルスターめいたボックスを展開。滑り出たのは白くてまるみのある拳銃のような物体だった。
それを片手で引き抜き、首なしライダーと並走状態を維持しながら発砲。トリガーをひくと銃を向けた方向へと衝撃波が発射された。ショットガンのように広がる衝撃をバイク側面から受ければどうなるかなど、想像に難くない。
派手に傾いた首なしライダーのバイクはそのまま転倒。回転しながらスライドしハイウェイの壁面に激突。勢い余って林の中へ転げ落ちていく。
とはいえ首なしライダーたちもただやられるばかりではない。
手にしたピストルをこちらに向けて乱射してくる。
が、鎖を何重にも重ねた障壁がそれを防御。マカライトだ。
「気ぃ付けろ、夏タイヤじゃ雪国生きてけねえぞ?」
などと言いながら『氷獄鎖(ニヴルヘルムチェイン)』を発動。鎖を何本も放ち、極寒の冷気を纏いながら首なしライダーの胴体をなぎ払った。あとに残ったのは運転手をなくしたバイクだけ。勿論それもがたがたと揺れたのちクラッシュした。
出現地点を予測できただけあって攻撃作戦は順調。こちらに大した被害もなく首なしライダーの集団を撃滅することに成功した。
これにて一件落着――では、ない。
「話の続きを聞かせてもらおうか」
シューヴェルトはとめたスクーターから降り、ウルリカへと向き直る。
彼女はおってバイクをとめると、長い髪をはらいながら降りた。
「何故、彼らは妨害する『形』なのでしょう」
「……ほう?」
ヘルメットを脱いで首をゆるやかにふる冥夜。マカライトも缶コーヒーを手に『続けろ』と顎でしめした。
ウルリカは言葉を選ぶようにしながら小さくうつむく。
「存在形質とでも称しましょうか。例えば、異世界の人造人間である私であれば……人型であることは共に戦う人間の心理を、女性型は生存能力を理由としてデザインされています。
戦う兵器であれば、もっと効率的な形があるはずなのに、です」
「首なしライダーがこの形状である理由が他にある、と?」
「あらゆるデザインには意味がある。そしてそれが人為的な意図であったなら……」
そんな風に呟いた冥夜に、シューヴェルトが訝しむような目を向ける。
冥夜は笑みでそれにこたえた。
「情報を収集しているうちに分かったことがあるのです。『首なしライダーの目撃情報』が当を得すぎていると」
「結構なことじゃないか」
マカライトがそう言いって……そして自分で気がついたように『あっ』と声を出した。
「本来この街では眉唾扱いされる都市伝説が、正確性をもって伝播されているな」
「そうです。普通はありえない。『伝播させようとする』人間がいないことには」
首なしライダーの目撃情報を分かって流している人間がいる。
その意図は当然ながら、この街から人間を出さないこと。その実行力として、実際に首なしライダーを走らせている。
「なら、出さない理由はなんだ? 出さないことで、どんな得がある?」
「そして得をするのは、一体どんな連中だ? 少なくとも個人でできることじゃない」
その謎のヒントは……もしかしたら、他の仲間が握っているかもしれない。
●CASE:『CORE』&『双狼』
よれたスーツとくたびれたシャツ。つま先のすり減った革靴。
白いタイルと白い壁。それ以外には何もないとすら思えそうな部屋の真ん中に、パイプ椅子だけを置いて座っている。
『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)はそんな格好で、伸びすぎて手入れもされなくなった髪で目元を隠している。
ともすればホームレスにも見えそうなその風貌に、窓の外を通りかかる男性が顔をしかめた。
「あれが新しい被験者か。もっと健康そうなやつはいなかったのか?」
「この街の中で人生をゴミ箱に捨てたいヤツを探すのは難しいということでしょう」
斜め後ろからついてきていた、背の高い眼鏡の男が言う。二人セットで見たなら、政治家とその秘書という具合に見えたかもしれない。
ここが希望ヶ浜地区であるという前提をもてば、政治家などというものが巨大な舞台演劇の役者に過ぎないとわかるのだが。
「人目をさけて成功を収めるというのも、生半ではないな……」
ため息のように呟くと、男は通り過ぎていく。
一方で、ジェイク。彼はうつむいたまま渇いた唇をむすぶだけ。
喋っているのは、隣に座った『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)だけだ。
「それで――クレープ屋ついたらシャッター閉まってるんすよ。もーマジでサイアクって思って今度はファミレス行こうとしたらもう行列じゃないっすか。しょうがないからマッカフェ行ってシェイクだけ飲んできましたよね。写メあるっすよ写メほら」
ジェイクの暗さをおぎなう化の如く五月蝿いくらいに喋るウルズ。
セーラー服に長い茶髪。没個性的な黒い目。
そんな二人が並んで座る向かいには、これまた没個性的な顔をした女性が立ち、クリップボードの情報と二人を見比べている。
完全に油断した証明写真みたいな顔写真と手書きの履歴書めいた内容。経歴には日本の京都府に生まれたとか今は希望ヶ浜に越してきて親との手紙は年イチでかわしているとか、どう考えても嘘の経歴が書かれている。
そして、女性はその経歴を見てもなんの反応も示さなかった。
「……わかりました。では、こちらでお待ちください」
平淡な口調で出て行く女性。はーいといって手を振るウルズ。
扉が閉まってから、ウルズは周囲の様子をよくうかがってみた。盗聴器や監視カメラは……ある。だが、あまり精度のよいものとは思えなかった。小声が聞き取れるほどのマイクなら、大声でわんわん喋るウルズに先ほどの女性が少なくとも嫌な反応を示すだろうから。
なので、ウルズはけだるそうにスマホをいじるふりをして小声で話し始めた。
「ジェイクさん、あんな経歴でよかったんすかね。どう考えても嘘ですけど」
「希望ヶ浜に籠もってる一般人の経歴書なんてあんなものだ。ここが日本列島の上にあるとおもってるくらいだからな」
「そんな思い込み、普通に壊れません? 全員が全員思い込みを続けるとか、無理ありますよ。馬鹿じゃないんですから」
「……まあ、だよな」
人間はそれほど馬鹿じゃない。希望ヶ浜の住民が全員陰気な引きこもりで思い込みが激しく情報に従順で社会依存体質であるなどという、あまりにも偏った事実はない。むしろ皆社交的だし、自らものを選択する能がある。
こういう場合、情報を統制する側の巧みさを疑うべきなのだ。
「さっき窓の外を通った政治家、見たか」
「あの太ったおじさん」
「そうだ。毎年選挙期間になると駅前でビニール傘持って演説してるヤツだ。投票結果はいつもあいつの勝ち。ポピュリズムに寄った政治思想で、民衆の支持を得やすくそのくせ政治に関わる話は難しい言葉を使いがち。社会から政治への関心を遠ざけるタイプの政治家だな」
「ダメじゃないっすか」
「ダメにしてるんだよ。大体あいつは政治家でもなんでもない。そもそも、この街に『政治家』がいるとしたら……」
ジェイクは学園の校長や、病院の院長や、神社の神主たちを思い出した。この街を裏から表から管理する七つの組織。
「そのうちのどれかだ。どれかが絡まなきゃあ、ここまで裏側を暗躍できない」
ゆっくりと顔をあげる。壁には、『CORE』というロゴマークが大きくペイントされていた。
ジェイクとウルズの計画は、COREへの潜入であった。
というのも『表裏一体、怪盗/報道部』結月 沙耶(p3p009126)から協力要請をうけたからである。
いかにもあやしいウルズといかにも無害そうなジェイク。その二人がこの新興宗教団体COREの事務所へやってきて入信したいなどと突然言い出したのである。警戒しつつも歓迎する空気を出し、中へと案内する彼ら。
だが本当の狙いは、沙耶がこっそりと侵入する隙を作ることだった。
前回この建物を探索した際に見つけたのは妖しい儀式の現場である。
夜妖憑きを意図的に作りだそうというその儀式は、とてもではないが望んでやらせているものには見えなかった。
「第一、希望ヶ浜にこんな弱小組織が暗躍できるスキマなんてない。第一、静羅川立神教が黙ってないだそうに」
希望ヶ浜における『あやしい宗教』の筆頭であり、より依存体質の強い人間の受け入れ先である静羅川。同じような目的を持ち、なおかつ暗躍しようとする団体がいれば真っ先に潰そうとするはずだ。
「それが起きていないということは。まだ気付かれていないか、あるいはバックについて保護されているか」
沙耶は見事な手際でドアノブのロックを解除すると、音をたてないように中へと入った。
前者はありえない。なにせ校長がココへ来るように写真を出してきたのだ。見つけさせる意図があったというほかない。
なら後者はどうだ。夜妖憑きを作り出して得をするような組織があるとしたら……。
「おっと」
沙耶が入ってまず見たもの。
まず例える言葉があるなら、『刑務所』であった。
鉄格子が並び、区切られた部屋には数人ずつの人間がおさめられている。
皆陰気で、こちらに気付いて目をむけてはくるがそれだけだ。彼らが助けを求めることすら諦めているのが、センサー越しにわかった。
「心を折られた犠牲者……か」
さて、彼らをどうするべきか。
●『幽霊たちのヨル』
どす、どす――と歩みを進める音がする。
その音に隠れるようにしてひとり分の足音も。
要するに二人組なのだが、知識の無いものが見ればかなり異様に感じたことだろう。
ひとりは『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)。
生後間もないであろう子供のゴマフアザラシを抱えた獣人。
もう一人は『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)。こけむした、大きなゴーレムとでもいうべき存在だ。彼の肩には青い小鳥がとまり、暫くちちちと鳴いたあとどこかへと飛んでいく。
気付けばグリークライの肩には小さな赤い花が咲いていた。
「ン。幽霊夜妖発生原因 調査」
これもまた初見の人間には分かりづらい発話パターンをもつフリークライ。
彼の言わんとすることを、あえてかみ砕いて説明するとこうである。
『個性なき幽霊夜妖について、病院や神社に有益な情報はなかった。
阿僧祇霊園の調査を続行するのも一つの手だけれど。
発想を転換して、一度あえて幽霊とは関係の無い方向にアプローチをしてみるのはどうだろうか。
名前もなく個性もなく、性別もなく匿名の誰かになれる場所といえば、インターネットがある。
ここ希望ヶ浜地区の内側だけで機能するインターネット(俯瞰して述べるならイントラネット)やスマホの製造、電波の発信とネットを行っているのは佐伯が代表を務める製作所だ。
それに、佐伯製作所は怪異情報の秘匿も役割としている。
更には佐伯が代表ということもあって希望ヶ浜の成り立ちに大きく関与し、希望ヶ浜の常識を作り支配しているとも言える。
人々の心や死因、あるいは死そのものを操作していると言うこともできるのではないか。
少なくとも、真実を隠蔽しなんてことのない日常というベールを作っていることは事実だ』
と、このような所だろう。
「レーゲン 他 意見 心当タリ アル?」
そこまで語られた所で、レーゲンは(厳密には腕に抱かれたグリュックは)うーんと唸った。
「とくにはないけど、あのあと阿僧祇霊園をもっと調べてみたっきゅ」
レーゲンもレーゲンでまただいぶ変わったしゃべり方をするのでこれもかみ砕いておくと、レーゲンたちは阿僧祇霊園に電話をかけて墓の購入についての質問や相談を行うことにした。あやしいところがあると言っても表向きには冠婚葬祭の大半を担う阿僧祇霊園である。客には丁寧に、そして突っ込みすぎた内容には当たり障りなく答えるという非常に日本人な対応をしていた。
そこはなって当たり前の現象なのだが、気になったのはその先であった。
レーゲンがネズミをファミリアーとして阿僧祇霊園の施設内に放ったところ、顔面を包帯でぐるぐる巻きにしたロングコートの人物がネズミをつまみあげ、即座に殺してしまったのだ。
葬儀場にネズミがいたら(いろんな意味で大変なことになるので)殺すのは当然なのだが、使役してうまく隠れていたネズミをも見つけ出してその場で殺したという所には気になった。
「今度、潜入してみるっきゅ?」
「ン……」
レーゲンの誘いに、フリークライは悩むような仕草を見せた。
この選択次第では、自分達のやるべきことが大きくかわるかもしれない……。
●『スピリットフラワー』
佐伯製作所。希望ヶ浜に流通するスマートフォンであるaPhonの製造と電波のネットワークを担っている企業体であり、希望ヶ浜では家電製品から列車にいたるまで幅広い技術と自認をもつ製造業者とされている。
無論、その名前から察することの出来るとおり練達のトップである三塔主のひとり、実践の塔主佐伯操を総責任者とする団体であり、情報という側面からこの希望ヶ浜という世界を形作っている裏の支配者たちである。
「ヤスヒラはかせ、来たよ」
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)がこれ見よがしに置いてある監視カメラに向けて両手を大きく振るとがらがらと音をたてて正面のゲートが開いていく。
巨大な工場地帯、と表現しても大半の人間には伝わりづらいだろう。
たとえばこのようなゲートを通りタクシーで30分くらい走ってもまだ中心につかないくらいには広大なヤードに、様々な工場や発電所や製鉄所、それを管理する事務所。それらと取引しメンテナンスを行う業者。それらの業者と取引し素材や道具を販売する商社。ついでに清掃業者や弁当屋。重機リース業者。とにかくありとあらゆる業者と施設がこのヤードの中に詰まっており、ある意味ゲートの中と外で世界が区切られているといってもいい場所だ。実際、ただの街をひとつ維持するには過剰な施設である。誰にでも見せていい場所ではないだろう。
リュコスがゲートを徒歩で潜ると、大型トラックが四車両分並んで通れるような道路の端っこに白い車が泊まっているのをみつけた。
あえて令和の日本にたとえて説明するならトヨタのプロボックスに近い車両である。社用車と呼ばれて誰もが納得する四輪自動車である。
運転席から降りてきたのはリュコスのいう『ヤスヒラはかせ』だった。
『泰衡』というスタッフカードを首からさげており、そこには二次元バーコードが三つほど印刷されている。
リュコスはこれと似た、ゲスト用のカードを入り口で渡されている。
忘れないようにか、カードケースの裏にはこの施設の遠景を映した写真がはいっている。初めてこの場所に来たとき、『あの朴念仁から聞いていますよ』とリュコスを通したのはこのヤスヒラだった。
「皆さん、もう集まっていますよ」
そう言って、ヤスヒラは助手席の扉をあけてみせる。
ゲートを通って入った先は花畑だった。
青白く小さな花がさく平原。青い空とまだら雲。
しかしここが壁と天井に囲まれたフィールドであることはもう知っている。
咲いている花々も、『スピリットフラワー』という特殊な情報記録媒体であるということも。
「これで、皆揃いましたね」
何かの本を読んでいたらしい『星読み』セス・サーム(p3p010326)がパタンと本を閉じる。本のタイトルは『ABC殺人事件』。推理小説だろうか。セスが読むのは、すこし珍しい気がする。
などと思っていると本を『ありがとう』といって『はじまりはメイドから』シルフィナ(p3p007508)へと渡した。どうやら彼女の持ち物だったようだ。
『アラミサキ』荒御鋒・陵鳴(p3p010418)はといえば、まだ自分の出番ではないとばかりに直立不動の姿勢を保っている。
だがなにもしないというわけではないようで、陵鳴は『先ほどの話の続きだが』とリュコスに前置きして話し始めた。
「あの夜妖たちは何者だろうか。オレの推測だが――。
首を失くし、他者と論を交わす口も耳も逸らす目も持たずに働く者。
無知。思考放棄の三猿。或いは秘密を抱えた者。
ヒトは意識したが最後、切り落とさねば無には戻れぬが故に。
鬼への変化がオレの性質を映したならば未だ移ろい易い……正に空気かね。
流され定まらぬ粘性物質が本質。
其れが蔓延しているという事であれば、曖昧な無意識に真実を散らされる訳にも行くまいよ」
「あるいは、偽りの平穏を保つために真実を邪魔と考えた誰かの想いが夜妖となってこの場所を襲ったか」
セスがどう思うと話をふると、シルフィナは首を横に振った。
「私には分かりません。街の歪みが自己の精神を保つ為に必要なら、歪みを矯正する事は……無理に変えない方が良いのでしょうか?」
「パニックはよくないけど、ぼくらのやってきたことがなかったことにならないなら……うまく使えるようになってほしい」
シルフィナの問いかけに対してなら、リュコスの言葉がまさに答えなのかもしれない。
知らないことで平穏を維持することと、知識を残すことは別の問題だ。
そしてそれゆえに、互いの間に壁は必要なのである。
例えば人間の形状がそうであるように、生物が真球あるいはただよう微粒子の拡散集合体になっていないのはそうした「いびつさ」に意味があるからだ。その上で『正しい形状』を定義することは難しく、そのためには真実の知識が必要となる。
「この場所は、街が本当に歪んでしまった時、矯正するためにもあるのですよ」
ヤスヒラはそう言うと、ゲートを開いて数歩下がった。
「なので。この場所をお願いします。街が本当の意味で真実を失えば……ただ歪み行くのみとなってしまうのです」
シルフィナは頭をさげ、そしてやるべきことを頭のなかで整理した。
異変を察知し逃げ戻った陵鳴の式神が消える。
花畑の上にとぷんと球状の物体が現れ、もごもごと動いたかと思うと人の形をとりはじめる。
その姿はビジネススーツを着たサラリーマンやエプロンをつけた主婦。制服姿の女子高生など様々だが、一貫して首から上がない。
「例の夜妖ですね」
セスは構え、そして同じように戦闘の構えを取った陵鳴たちに注意をとばした。
「気をつけてください。占いでは『予期せぬ変化』の卦が出ています」
「変化……だと?」
陵鳴は『荒御鉾・陵鳴』――つまりは神威があった槍を構えたまま、突進を一時中断し相手の出方を見た。
それがよかったのだろう。夜妖たちはぐにゃぐにゃと姿を変え始める。鬼のような、精霊のような、あるいはどこかの神様や見たことのない亜竜種の姿を暫く行ったり来たりすると、最後にはどこにも行き着かず『顔のない幽霊』のような存在へとたどり着いた。
「正に空気……か」
陵鳴は呟き、そして襲いかかってくる幽霊夜妖を槍によって払った。
そこへセスは『レインヘイルファランクス』の術式を発動。開いた口の奥。発声器官を震わせ短縮した呪文詠唱を行うと、氷の槍が次々に放物線の描き幽霊夜妖へととんでいく。
脆いもので、二人の攻撃によって幽霊夜妖はすぐに崩壊し、消滅した。
事前の見回りや情報収集が優れていたからだろう。発生からすぐに、スピリットフラワーが攻撃されることなく幽霊夜妖たちを撃破することに成功した。
同じく戦闘を終えたリュコスとシルフィナがやってくる。
彼女たちもまた、獣じみた鋭敏な感覚とネモフィラ精霊とのコンタクトによって出現一を素早く察知。即時攻撃にうつったためスピリットフラワーを傷つけずに済んだようだ。
「これでぜんぶ?」
リュコスの問いかけに、シルフィナが頷く。
「これからも継続的に、あの幽霊のような夜妖が攻め込んでくる可能性はありますが、この調子なら――」
と返そうとした、その時。
ドンッという大きな花火のような音がしたかと思うと地面が揺れた。
パチパチッと空が明滅し、遠い平原が明滅し、ここを広大な平原だと錯覚させていた壁と天井にブルースクリーンによるエラーメッセージが流れ始めた。
「みなさん、外へ」
ゲートが開き、ヤスヒラ博士が手招きをする。
言うとおりに外へ出ると……そこは五階建ての屋上。広がるのは佐伯製作所の工場地帯……なのだが、遠くで激しい爆発が起きていた。
よく見れば、警備員に偽装した兵士たちと何かが戦闘を行っている。
「あれは……」
人間の集団。
しかし、彼らは怪物を召喚し、兵士たちへとけしかけていた。
怪物の造形は、先ほどみたばかりのものだ。
「幽霊夜妖を……使役している? よもや、夜妖を使ったテロとは」
次なる行動は決まっているようなものだ。
「この施設が破壊されればスピリットフラワーは勿論、この街のインフラまでもが危機にさらされるでしょう。勿論バックアップは充分にとっていますが……ダメージは計り知れません」
頼めますか?
ヤスヒラ博士はそう言って、四人を見た。
●『ヨルの境界』
――なんて言ったらいいんでしょう……皆さんの言葉を使うなら、私は『夜妖』です
『新卯没瀬精神病院』のクワイエットルームへの扉を開いたら、そこは月夜の学校だった。
そこで出会ったのは謎の女子高生だった。
いや、女子高生なのだろうか。自らを夜妖と名乗る、眼鏡をかけた敵意なき少女。
そんな彼女との接触は……闖入者の存在によって中断された。
「わりいが話は後だ。ヤベえ連中が見えるぜ」
窓際に立ち、外の風景を観察していた『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)が『窓際に寄るな』のハンドサインを出した。
直後、次々に割れる廊下の窓ガラス。連射性の高い銃器を使って誰かがこちらへ撃ちまくったのは明白だ。
少女は悲鳴をあげてその場にへたりこんでしまった。
夜妖を名乗るわりには、あまりにか弱い反応だ。まあ、自分達が対応する夜妖が大抵包丁振り回して殺しにかかる疑似幽霊とかなので偏見をもってしまっているのかもしれないが。
「――って、考えるのもあとだ。下がってろ! とりあえず教室ン中でいい!」
行けと手を振るカイト。少女は涙目のまま頷き、はうように近くの教室へ入って扉をしめた。こんな扉、拳銃一発すら防げないだろうがないよりマシだ。
あらためて仲間を見ると、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は早速別の教室から机をぽいぽい引っ張り出しては廊下に放り出し、見つけたガムテープで手早くバリケードを作り始めている。
銃声がしてから秒で陣地構築を始める手際に驚いていると、『カーバンクル(元人間)』ライ・ガネット(p3p008854)がカイトのそばに寄ってくる。
「おい、これは夜襲か? どうする」
この『どうする』は広義の質問ではない。より語彙を使って述べるなら、相手を殺し尽くしてしまっていいのか、それとも捕まえて情報を引き出せばいいのか。そもそも敵対すべきはいま撃ってきた連中なのかそれとも夜妖を名乗る少女なのか。
ライの中ではどうやら意志は固まっているらしく、仲間の意見を尊重しようという意図の質問だろう。
『精霊教師』ロト(p3p008480)はバリケード作成を手伝いながら、廊下の両サイドからの侵攻を守るような陣形をこしらえていた。
「僕らは教師だ。学生が襲われてたら、守るのが筋だよね」
「違いねえ」
ロトが再び外を覗き込むと、銃撃してきたらしき連中の姿は見えない。月夜の街が見えるだけだ。相変わらず荒廃しきっているのだが。
「カイト、敵の特徴は?」
「特徴つってもな……遠くて一瞬だったから分かりづらかったんだが、全員仮面みたいなモンをつけてたな。あと服装が同じだった。どっかで見た服装だと思ったんだが……」
「それも大事そうな情報だけど、そこじゃなくて」
「ああ、武装な」
ロトが指でピストルサインをしたのを見てカイトは額をトントンと叩いた。
「複数人で運ぶようなデカい兵器は見えなかった。両手で抱えるような武器を携帯してたな。撃ってきたのも多分それだ。距離的にここは五階かそこらだろうから、届く武器って考えると……」
「アサルトライフル。あるいはそれに類する携行火器か」
一通りの準備を終えたゼフィラが義手に光をはしらせる。
「なら、階段の両サイドから挟み込んで銃撃をしかける筈だ。ロトとカイトはそっち側を。私とライはこっちだ。手分けして対応するのがいいと思うが」
「賛成。相手の狙いが分からないから、さっきの女の子が狙いって可能性もあるものとして考えてる。その場合片側だけに集中するのは教室への侵入を許すから」
ロトがバリケードの裏に身をかがめるようにして、指でカウントダウンを始めた。
「3,2,1――来るよ!」
階段を駆け上ってくる複数の靴音。そして銃声。
「精神病院に突入して銃撃戦に巻き込まれるなんて誰が思うよ!」
ライは頭をかばうように手をやってさけぶと、相手の射撃が途切れる瞬間を狙ってぴょんとバリケードの上に飛び上がった。
「くらえ!」
額の宝石を強く発光。目くらまし――というよりあえて目立つのが目的だ。
自分にヘイトが向いたと思った途端、即座に赤い光で自らを包み込んだ。
治癒の力を自分だけに集中させたのだ。
銃撃が集まる。ダメージはかさむが、その分治癒力で抵抗できているようだ。もって数分といったところだろうが……。
「ゼフィラ!」
「ああ。丁度情報が欲しかったところだ。向こうから走ってきてくれるとは助かるじゃあないか」
ゼフィラは不敵に笑うとバリケードから転がり出る。手をかざすとライトグリーンの魔方陣が開き、大量の魔術弾頭が発射された。
一方。ロトは魔術結界を展開しながらバリケードより飛び出し突進。
集中砲火を全て無効化すると、判断に迷って手探り状態となった相手に対して一拍おいて飛び出したカイトの術式――氷戒凍葬『死哭の氷雨』が炸裂。いっそロトもろとも巻き込んだそれは、ロト以外の全員を凍てつく雨によってなぎ払うに至った。
やっと、会話の時間が始まる。
ロトが5W1Hの質問をなげかけると、少女は苦しげな、あるいは悲しげな表情をした。
「すみません。私自身が何者なのかは知らないんです。私は気付いたときにはこの場所で目覚めましたし、自分の名前もわからないんです」
「記憶喪失ってやつか? けど、君は自分を『夜妖』だって言ったよね」
「はい、それだけは自覚できたんです。私は夜妖だ、って」
そんな話をしている間、ライはスマホを取り出していた。
通話もインターネットも通じている。おそらく外と通信が可能なのだろう。
イレギュラーズたちが入っているグループチャットに『カフェローレットにいる。助けはいらない』というメッセージが流れてきた。
「なんだこれ?」
「さあな。それより……」
ゼフィラはスマホを翳してみせた。先ほどの銃撃戦の最中に撮影した動画が流れている。相手は能面をつけた駅員に見える。
「…………」
「近くに寄ってみてわかったが、去夢鉄道のバッジをつけていた。何人か捕まえて話を聞きたかったが……まあ、逃げられてしまったな」
『逃げられた』というのは一見マイナスの情報に見えるが、『こちらが捕らえようとしたのに逃げられた』という事実だけでもかなりの事が分かる。
相手はある程度統率されていること。この攻撃行動に確固たる意志があり、それは継続していること。相手の個人が生存を望む程度には自由意志があることだ。
「それで?」
ゼフィラとライは、少女のほうへと向き直る。
今度はカイトが質問をするばんだ。
「アンタは襲撃の事実を俺たちに伝えた。ってことは、少なくとも襲撃が過去にあったってことだ。パターン化するくらい連続でな。さっきの様子からすりゃアンタが撃退したわけじゃねえんだろ?」
「そうですね……それも説明します。ついてきて下さい」
少女は立ち上がり、歩き出した。
カイトたちがいた校舎の、すぐ隣の校舎棟。
厳重にロックされた扉をくぐると、そこは一種の共同生活エリアになっていた。
子供。老人。若い女性。男性の姿は見えず、戦闘力を期待できる顔ぶれではない。
が、老人や女性は包丁とモップの柄を組み合わせたような道具で武装し、こちらを警戒する様子を見せていた。
そんな中で、少女は歩いて行く。
「私達はこの街のあちこちで目覚めました。私と同じように、みんな記憶がありません。けれど皆、『自分は夜妖だ』って自覚だけはありました」
「…………この人達、全員夜妖なのか……?」
困惑した声をあげるライ。
押し黙ったままのカイト。
少女は続ける。
「街は目覚めた時からこんなでした。けれど幸い道具は残っていたので生活はできました。おなかも空くし、眠くもなるので」
「ほう……」
人間と同じサイクルで生きているのか? とゼフィラは興味深そうに周りを見る。確かにこの場所には生活感があった。シャツがハンガーで干してあったり、シチューのような香りがする寸胴鍋をワゴンで運ぶ子供の姿も見たりした。
「けど問題があって……」
「外からあんたらを浚う連中が現れ始めた、だろ?」
カイトの先を読んだような言葉に、少女はぎょっとして振り返った。
「その通りです。どうして分かったんですか?」
「いま希望ヶ浜にゃ『夜妖憑き』を人工的に作ろうとする連中がいる。人間は確保できても夜妖の確保ってのは簡単じゃねえ」
カイトはみなまで言わなかったが、もし自分が悪人だと過程して、夜妖を大量に確保しなければならなかったら、今ここに居る人達を狙って浚うだろう。
「少し前までは、近くの自衛隊駐屯地に集まって暮らしていたんです。けど、あるとき物資を集めに外に出ていた間に……駐屯地がまるごと消えてなくなってしまっていて」
「『卯没瀬自衛隊駐屯地』――」
ロトがぽつりと呟き。
少女が頷く。
話が繋がった。そう、思えた。
「今は皆、この校舎に立てこもっています。武器や弾薬は駐屯地にあったので、今は……」
少女は学生鞄から拳銃を取り出したが、マガジンを出してみせればそれが空っぽだとわかる。
なるほど。と呟き、そしてロトは続けた。
「そうえいば、君の名前を聞いてなかったね。適当にヨルちゃんと呼ぼうかと思ったけど、こんなに夜妖がいると紛らわしいよね。君は……なんて呼ばれてる?」
ロトの問いかけに、照れ笑いで振り向く。
少女は自分のめがねに指をあてた。
「私のことは、『眼鏡ちゃん』って呼んでください」
●『再現性廃東京』
殆どが川と化した往復四車線の道路を、リュックサックを背負って歩く。
中央の――なんという名前なのだろう。とにかく一団あがったコンクリートブロック部分を除いて周囲は川。どうせ膝までの水位なので歩くことは可能だが、ところどころアスファルトが崩れて穴が開いているので無理に通ろうとは思えない。
ふと足を止め、『なけなしの一歩』越智内 定(p3p009033)は顔をあげた。
穏やかな青い空を、鳥が通り抜けていく。
太陽は茜色をしていて、これが沈みゆく夕日なのかのぼる朝日なのか、彼にはよく分からない。こういうときは、確か……。
「リュカシス、今って……朝なのかな。夕方なのかな。調べ方わかる?」
「方角が分かれば太陽の位置で大体わかりますよ」
振り返って尋ねると、リュカシスは任せてくださいとばかりに道路中央からぴょんと跳んだ。自動車の上に着地。またとんで着地。別に水にはいりたくないというわけではないだろう。なにせ流れている水は山の清流を思わせるほど透き通っていて、とても都市部に流れる水には見えないからだ。
リュカシスはこの状況を楽しんでいるのではないか……と、定は思う。
そうこうしているとリュカシスはその辺にはえた木を適当に切って何かを調べ始めた。
「今は朝デスね」
「そっか、じゃああれは朝日か」
じっと見ていると、徐々に高さをました太陽が明るい影を作り始める。
先ほどリュカシスがふんだ自動車はすっかり錆び付いており、スクラップ置き場でもここまで朽ちてはいないだろうという程の有様である。
それが道路の上に放置されたまま朽ち、道路もまたその用途を成していない。
「ここは、希望ヶ浜……なのかな」
何気なく浮かんだ疑問に、最初に応えたのは『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)だった。
「似てはいる、わね。けど違うものよ。希望ヶ浜は人が作ったけれど、ここは人ならざるものが作った……ように感じるわ」
「わかるの?」
「漠然と、ね。それ以上のことは分からないのよ。私の能力だって、そこまで万能じゃないんだから」
こんな言い方をしてはいるが、能力に一番驚いているのはヴァイス自身であったようだ。なぜなら……。
(普段よりも万物の意志を感じやすくなっているわね。私が強化されたわけではないでしょうから、世界のほうが私に『知って欲しい』のかしら)
たとえば花が咲くのにも、例えば岩が川流に削れるのにも理由があるが、そのどちらにも人為はない。誰かの意志や願いはなく、極論そうなるように導くことしかできない。
しかし病院が建つことやブリキのおもちゃが歩くことには必ず人為があり、誰かの想いや願いが必ず存在している。砂漠の砂が偶然積み上がってモンサンミッシェルになることはありえないのだ。逆に『そうなった』のだとしたら、世界そのものに意志があったということになる。
「ねえ、気付いたことがあるんだけど」
『ifを願えば』古木・文(p3p001262)がスマホを見ながら呟いた。
なあにと振り返ってみると、グループチャットツールの画面を見せてくる。
「職員会議があったの、今知ったんだ……その日のうちに急に連絡するのナシじゃない?」
あの校長こういうところあるよね、と文は苦笑した。
「それほど重要じゃなかったんでしょう」
「だよね。別に出席義務もないし……あとでチャットで内容教えてもらおう。
今はリュ君たちのピクニックの引率を優先、ってことで」
「……ピクニック?」
最後尾を歩いていた『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)が、目深に被っていたフード越しに文の姿をちらりと見た。
「うん。違った?」
小さく振り返ってこちらを見てくる文。
昼顔は反射的に目をそらし、フードのさきをつまむ。
「……」
実際、どうなのだろう。
自分達はこの場所で何をするべきなのか、誰にも求められてはいない。
道案内もなければ、排除しなければならない外敵もない。しいて言うならトンネルの中で遭遇した『亡霊』が外敵にあたるのだろうが……この世界に入ってからずっと見ていないのだ。
「なんにせよ、私達は自由よ。未知の探求を楽しんだらいいわ」
紅紫 十三番(p3p000000)は最後尾を歩きながら、どこか冷たい口調でそう言った。
「まあ、そうなんだけど……」
昼顔はそう応えて。
は、と呼吸をとめた。
最後尾は自分だった筈では?
胸に刺さる氷のような感覚をおぼえ、足を止めて振り返る。
そこには、喪に服したかのように黒いドレスに身を包んだ女性がいた。ベールのかかった帽子を被り、青系の化粧をしていた。普通は赤くすべきだろうに、しかし不思議とそのメイクはよく似合って、冷たくも凛とした雰囲気を感じさせる。
「なぜ止まるの。先へ行って」
「ああ、ごめん」
口を幾度かぱくぱくとやって、昼顔は女の顔を見た。
「え、と……僕たち、いつから一緒にいたっけ」
「は?」
十三番は小首をかしげ、殆ど変化のない表情で片眉だけを僅かにあげる。
「この世界に入る前から一緒に居たでしょう。私、リュカシスと一緒にバス停で待ち合わせをしていたじゃない」
「あ、ああ……」
記憶をたどると、確かに希望ヶ浜のバス停にリュカシスと並んで彼女が立っていた光景が思い出された。
夏にもかかわらず真っ黒な日傘をさして、肌のあまり出ない黒いドレスがしんどそうだ……などと第一印象を抱いたものだ。その隣で半袖半ズボンのリュカシスが手を振っていたのだから、余計に。
しばらく歩いて行くと、広い空き地に出た。
スマホをオフラインマップに切り替えていた昼顔が、高く飛ばしたファミリアーのスズメとマップを見比べる。
「ここが……『建国さん』の筈なんだけど」
見回してみても、空き地しかない。長らく手入れをされていない様子で雑草がはえ、『売り地』という看板が立っている。
「ハッキリしたね。ここは建国さんの作った希望ヶ浜異世界とは別、だ。あるはずのものがない」
次はどうする? と昼顔が振り返ると、文が手帳を開いてメモをとっていた。スマホも使えなくはないが、こういうときペンを走らせるほうが手も頭も動くというのが文である。
書き終えたものをリュカシスたちにも見えるように翳してみせる。
「希望ヶ浜地区のななふしぎ――澄原、静羅川、阿僧祇、去夢、音呂木、佐伯、そして希望ヶ浜学園。これらの施設を順に回ってみよう。あるのかないのか、もしあるなら違いは何か」
「あら、言い考えね」
十三番がそれに賛同し、ヴァイスに意見を求めるように振り返る。
ヴァイスはヴァイスで考えがあったようで、肯定するように頷いた。
「学園、病院、神社。それぞれ学園でも『何か』がある地ね。バスも電車もないから結構な歩きになるけど、大丈夫?」
「もちろん!」
リュカシスがばんざいのポーズをとった。
「歩くのは得意デス! 十三番も大丈夫だよね?」
「私は得意じゃないわよ」
「ねこはぶ商店街の時みたいに文さんと一緒で嬉しいでしょ?」
「嫌ではないわね」
曖昧な返事をする十三番に『うんうん』と頷くリュカシス。
そして五人はマップと俯瞰風景を頼りに歩き始めた。
敵らしい敵は、奇妙なことにひとりも現れなかった。
そして、気付くのだ。
病院、宗教施設、霊園、駅、神社、工場、そして希望ヶ浜学園。
どれもがこの街から、忽然と消えていた。
そうして行くアテをなくして困っていたところで、五人はついにたどり着いたのだった。
「ここは……?」
文が昼顔に説明を求めるが、昼顔は困惑したようにスマホのマップと目の前の風景を見比べている。
一方のヴァイスはといえば、珍しく顔色を悪くして数歩後じさりした。
「私は……あんまり、ここには入りたくないわね。理由はわからないんだけど、嫌な感じがするのよ」
「同感ね。私も、気持ちが悪いわ」
十三番も同じように距離を取る。
「え、でも……」
リュカシスがあらためて目の前の『校舎』を見る。
学校の校舎だ。門は閉ざされているものの、容易に乗り越えられる高さだった。
脇の看板には、こうある。
――『卯没瀬市立 卯没瀬高校』
「卯没瀬?」
定は呟き、昼顔のみているマップを覗き込む。そこはなんてことのない住宅街があるはずの場所だった。建物があったりなったりというレベルではない。
ここだけが唯一、おかしいのだ。
がちゃり。
二階の窓に、人が見える。
「おい! そこで何やってるんだ!?」
窓をあけてこちらに呼びかけるのは、『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)だった。
●『嘘世界』
学生用の椅子を引き、前後逆にするようにして跨がって座る無名偲・無意式(p3n000170)。背もたれにあたる位置に組んだ両手を乗せ、彼は……どこを見ているのだろう。斜め下というべきか。あるいはどこも見ていないような目でぼうっとしている。
「せんせぇ、ここって楽しいトコロ?」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)が話しかけるが、無名偲校長は一秒ほど無反応だった。
そしてきっかり一秒後。目だけを動かす。
「お前はどう思う」
「ヒヒヒ……」
武器商人の側は何も返さなかった。武器商人は元々この職員室(?)にいたわけではないが、いつのまにかこの空間内にいたため合流する形でこの部屋へとやってきたのだった。
部屋の名前は『第二あなごん室』。
全く意味のわからない、用途もわからない部屋である。
武器商人はこの状況に対して深く考えるのはやめたようだ。危険があるなら『身を挺して』戦えば大抵のことはなんとかなると考えているのだろうか。実際そうなのだから、誰も異論は挟めまい。
一方で、『夜妖<ヨル>を狩る者』金枝 繁茂(p3p008917)たちはこの『嘘世界』について考察を始めているようだった。
「嘘には様々な理由があります、偽る為、守る為、ですが嘘に囚われれば何かを見失う」
「まー、そうとこありまスよねえ」
『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)は繁茂の意見を全面的に肯定した。この二人は全く別の形ではあるが、存在を嘘で塗り固めすぎて本質が消えかかっているような人々だ。
ひとは自己を防衛するために嘘をつくことがあるが、自己認識を喪失しすぎると逆に嘘がつけなくなってしまうという話がある。嘘で自分を騙せるなら魂まで変えられるという話であり、どこまで自分を嘘に明け渡すかという問題でもある。
そういう意味で、彼らは嘘に長けていた。
「まずは現状を確認してみましょう。実験をするのです」
繁茂が提唱したのは『どこまで嘘になるか』という実験であった。
非常に紙幅を割くことになるので、ここでは箇条書きで結果だけを述べよう。
・外部に対して音声通話を行う。
→こちらの意図しない発言が相手に伝わっており、相手側からの反応から察するに支離滅裂なことを言い続けていることになっているようだ。
・外部に対してテキストメッセージを送る
→意図を大きく外した内容に変換されて送信される。相手は変換後の文面で受け取っているらしく困惑を見せている。
考察:本来の意図と異なるということ以外に変換に法則性はみられず、逆さ言葉を用いての対話は不可能なようだ。
・「自分の目の前に黒幕がいない」と外部に対して発言する。
→意図と異なる発言が伝わっただけだった。
考察:嘘情報を述べたことで嘘世界に影響が現れるわけではなかった。
・「佐藤美咲は希望ヶ浜学園でアニメを見ないと死ぬ。今クールはどうなっている?」という仲間にだけ理解できる暗号文を送る。
→支離滅裂な内容に変換され、暗号の意図自体が破壊された。
考察:暗号文も意図自体が破壊されるようだ。文面よりも文面にこめた意図に影響しているものと思われる。
「うーん。この場所で言ったことが全部嘘になるっていうルールじゃなかったんだね。じゃあ、なんで校長は脱出方法を言わなかったんだろう」
『魔法騎士』セララ(p3p000273)は『他に理由があるの?』と周りに問いかけてみた。回答を先に用意するタイプの考察は回転が速い一方行き詰まりを起こしやすい。こういうときは素直にほっぽりなげて周りに意見を求めるのが近道だ。
「嘘世界に入った時点で私達の会話は成立していました。おそらく嘘になるのは世界の外部と通信した場合のみに限られるのでしょう」
「んもう、お酒は飲めないし醤油だし閉じ込められてるし!」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)が『もー!』って言いながらグーにした両手をブンブン上下に振っていた。
「答えを知ってるのに教えてくれない、なんて校長先生ってばとっても意地悪で――ああ、でも『先生』ってそういうものよね」
「自己解決した!?」
「ま、イイ男もイイ女も秘密の一つや二つくらいあるしね」
「自己解決がもう一歩進んだ!?」
アーリアはふうと息をついて椅子に座り、足を組んでワインを口に――もっていった所でピタリと止めた。
「また醤油飲むところだったわぁ」
「その割には行動が変わってない!」
話を聞いていた『微睡む水底』トスト・クェント(p3p009132)が教室の机をごそごそと探り始めた。
「他の通信手段はないかな。ほら、とらんしーばー? とか?」
「スマホ以外の通信手段はなさそうだな。というか……この混沌世界で通信機器を実用するって時点でかなり優れた技術力だぞ。さすがは練達の三塔主ってところか」
『無名偲・無意式の生徒』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)がスマホを取り出し保存した画像を確かめていた。なんかエロい自撮り画像とかがあった。これを送ったらどうなるんだろうとか思いながら、周りを見る。
「困ったぁ……法則性も分からないし通信手段もないし。これじゃあずっとこの気持ち悪い空間に閉じ込められたままだよ……」
『微睡む水底』トスト・クェント(p3p009132)は頭をかかえ、げんなりした様子で椅子に腰掛けた。
学校らしい風景がごちゃごちゃにミックスされたこの空間は、あまり積極的に探索したい場所ではない。
うっかり変な場所に閉じ込められたり、最悪死ぬほどのトラップに引っかかったりしないとも分からないのだ。安定と不安定が、ここには同居している。
「しかしまぁ、集められた時からなーんか嫌な予感はしてたんだよなぁ……厄介事の匂いがしたっつーか、やっぱりっつーか? まあ何が言いたいかっつーと……」
『刀身不屈』咲々宮 幻介(p3p001387)は首の後ろに手をやって、前髪をかき上げるようなイケメン壱ノ型をとりはじめた。
「俺はえっちじゃない」
「そこまでタメて言うことじゃないでしょ」
『お裁縫マジック』夕凪 恭介(p3p000803)が後頭部をチョップした。
「つーか、とっとと脱出しねえとまた借金苦の生活が始まっちまう……あんな大穴、絶対当たる訳ねえし!」
一人だけタイムリミットが存在している幻介。一刻も早くここを出たいが……。
「なあ、恭介」
「ん?」
振り返る幻介。小首をかしげて見せる恭介。
「……いや、なんでもない」
幻介は何かを言いかけて、やめた。
(さっきの恭介の反応……校長を見た時のリアクションは妙だった、何か理不尽なモノを見た時の様な……)
視線を校長へと移す。未だ椅子に跨がった姿勢のまま黙って虚空を見つめていた。
(この男、味方には違いない筈だが……時折、妙に察しが良いというか『良すぎる』節があるからな……)
一方で恭介はスマホを取り出し、なんとはなしに定真理・ゆらぎという生徒に連絡をとってみた。
メッセンジャーアプリを使って『ちょっとごめんね。いま大丈夫?』という文言と適当なスタンプを送ってみた。
既読がつき、暫しあとに『はい?』というメッセージが返ってくる。
「やっぱり通じてないのかしら」
やれやれね、と呟いてスマホをポケットに入れる恭介。
定真理・ゆらぎという人物には、少なからずシンパシーがあった。自分と同じ虚無が、彼女にはあるように思えたのだ。
(無名偲ちゃん程じゃないにしろ、嘘だらけのような気がするのよね。少なくてもただの生徒じゃない……ような)
そこまで考えてから、あらためて校長に意識をうつした。
先ほどから幻介が彼をじっと見ているが、未だにえっちなことを気にしているのだろうか。
「ねえ、無名偲ちゃん。脱出方法は言えなくても、会話くらいはできるでしょ? アタシ最近コーヒーを豆から煎ってみようと思ってるんだけど――」
「悪くない趣味だ。小さいミルを買って試してみるといい。豆は少量からでは売らないが……少し譲ってやろう。ここから出たらな」
などと他愛のない会話をしながら、恭介は目を細めた。
無名偲校長の顔が、ぼんやりとだか見える。『小さなころの経験』から恭介は他人の表情を判別できないという病にかかっていた。認識に関する病であり、21世紀日本にも実在する病だ。見えてはいるが脳が認識しないという、錯視の延長上にある何かだと言われている。
そんな恭介には今――校長がギザギザの歯を見せて笑っているように見えていた。
「無名偲ちゃん、あなた……」
言いかけた所で、マニエラがスマホを片手に何やら操作しているのが見えた。
暫くしてから、彼女のスマホが鳴る。
古い黒電話のようなトゥルルルルというコール音。これが一回だけ。
かと思えば一秒ほどしてからもう一度、一回だけでコールが切れた。
ワンコール×2、である。
「外との連絡がついた。ワンコールを10秒以内に三連続で送る。頬紅雲類鷲との間で決めていた緊急連絡時の暗号だ」
「お、おお!?」
暗号はムリと諦めていた美咲が驚愕した顔で振り向いた。
「ど、どういうことっスすか!?」
「嘘に変換されるミーム汚染なら、変換できないくらい極度に単純化したメッセージを暗号にする。情報性よりも確実性をとったわけだな。日頃からそういう怪異と接してないと出てこないアイデアだ」
「なるほど……」
美咲は『このひとヤバイな』という目でマニエラを見た。
「それはいいんだけど……」
と、そこで。
トストが窓の外を見つめて指をさす。
驚愕に目を見開き、振るえてすらいた。
つられて見てみると。
大量の顔のない男子生徒や女生徒の人型実体が、外から窓に張り付いていた。
彼らは一斉にバンッと窓を叩き、それが三度にわたった瞬間――一斉に窓ガラスが崩壊。彼らはカッターナイフや金槌といった武器を手に取り、教室へと入り込んできた。
●『無名祭』×『嘘世界』
「オレは祭りを定着するにはミンナが楽しめる要素がヒツヨウだと思う!
だから、楽しい祭りにするためのアイデアを校長に提案しよう!」
『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は意気揚々と坂道を歩いていく。
希望ヶ浜学園へと続く住宅街の坂道で、『よく考えたらこの坂道急じゃない?』と定期的に言われるがそのたびに忘れられるという変な坂である。
イグナートは今回偶然にも巡り会った仲間達――『残秋』冬越 弾正(p3p007105)と『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)へと振り返る。
「絶対にセイコウさせよう、『無名祭』!」
三人を結んだ偶然。それは希望ヶ浜地区に生まれた『名も無き神』であった。
ジャバーウォックを初めとする六竜。特にクリスタラードの蹂躙によっておきた希望ヶ浜地区の大災害はそれまでの生活を崩壊させるに充分な一撃であった。
当時の人々は無自覚な信仰心から神に祈りを捧げ、無力な心を守った。しかし彼らの漠然とした、そして名前すらついていない信仰心は行き場を失い、真性怪異――あるいは神と呼ぶべき存在を新規に創造してしまったのである。
この神を――あるいは『名前のない祈り』を忘れぬことが、ひいてはあの事件を真の意味で忘れないことになるのだ。
「校長に言えばやってくれるよね?」
「ああ、それは勿論……」
と言いかけて、ラダは『本当にやってくれるだろうか』と頭のなかで呟いた。
イベント事を嫌うという様子はないので多分乗ってはくると思うが、毎年一定以上の規模で祭りを継続するとなるとかなりの出費がおきる。
出費とはすなわち金であり。金とはつまり血と汗だ。金が天から無限に降ってくるのでない限り、誰かの労働を犠牲にすることになる。
おそらく『おねがい』しただけでは動いてくれないだろう。
「交渉事はラダに任せていいんだろう?」
弾正がスマホを操作しながらちらりとラダの顔を見た。
どうやら弾正は弾正で自らのコネクションを活用するつもりでいるらしい。
「ある程度の実行力は稼げるつもりだ。二人とも、何かアイデアはあるか?」
「それなら沢山」
フィジカル担当になりがちなイグナートはここぞとばかりにアイデアを並べ始めた。
実現性の高そうなものから引くそうなものまで。彼の歩調に合わせたほうが建設的だと判断したのか、弾正もラダもそれに乗っかる形でブレストを始めた。
イグナートが提案した中で議論が特に膨らんだのはAR技術を使ったハザードマップ作りであった。地味にスマホにすら若干の抵抗があった希望ヶ浜に導入することに不安こそあったものの、災害以降街の『見せかけの技術水準』が上がったことで『最新の技術ですよ』という顔をして導入できそうだという見込みがついた。
弾正ははじめ辻峰 道雪という人物の協力をあおぐことを考えたが、『希望ヶ浜に持ち込む技術』というのはかなりデリケートなものだ。練達はその気になれば空飛ぶ車も光線銃も作ってみせるが、それを希望ヶ浜で流通させようとすると日常そのものが壊れてしまう。なので、希望ヶ浜のカンがわかる人物をあたる必要があった。辻峰はそのアテが完全に外れてしまった時の保険だ。
「目新しさが効いてくるのは最初だけだ。これを定着させるには文化にする必要がある。やはりここはチャリティーライブの枠を設けるのはどうだろう」
次に盛り上がったのはラダのこの提案。芸事はいつの時代にも流行りを追い続けるため、枠さえ確保されていればかなり息の長い文化になってくれる。年明けになぜか男女に分かれて歌う文化が半世紀くらい定着したのがよい例だ。
芸能に関しては希望ヶ浜らしさを気にする必要はさほどない。それこそ、弾正のコネにある是空信長という人物を介することである程度のタレントを確保できるだろうという見込みがついていた。そうでなくとも、ローレットには(弾正ふくめ)音楽や芸事に通じている者は大勢居る。
「俺たちのやるべきことは大体固まったな。
今回の大枠を希望ヶ浜学園の主導という形をとるために校長を味方につける。
それで――『佐伯製作所にハザードマップ製作を依頼する』」
「佐伯製作所にはコネがないからな……佐伯氏本人に話を盛っていくのはかなりムリがある」
ラダは未だ復興中の練達のことを想った。実質的な最高責任者である三塔主の業務は膨大だろう。話をもっていけば無碍にはされないだろうが、後回しになることは免れない。『お祭り』よりも重要な案件は数え切れないほど浮かぶのだ。
が、ラダにはやはり考えがあった。
「こういった災害には必ずと言って良いほど記念碑やイベントが計画され、時として早期に実行される。これは最高責任者ではなく地元の責任者が主導した時におこりやすい。
つまり、希望ヶ浜に常駐する佐伯製作所の人間にあたれば話が早い」
「貸しも作れれば一石二鳥、だね」
イグナートはそう締めくくり、じゃあ気合いを入れていってみよう――と学園前にたどり着いた所で。
「ストップ。校長ならここにはいませんよ」
真後ろから声をかけられた。まさか背後をとられるとは、と機敏に振り返ったイグナート。
そこに立っていたのは――真っ赤なロングコートに赤い傘を差した異様すぎる人間。
彼女は赤い名刺をスッと差し出すと、サングラスとマスクを取り外した。
「申し遅れました。私は頬紅雲類鷲。超日本帝国特別公安所属苧号部隊第十三番頬紅雲類鷲で御座います」
全く頭にはいってこない肩書きを述べたところで、その後ろから奇妙な雰囲気のロリ少女が現れた。
髪をハーフツインにした女学生……のように見えるが、目つきや雰囲気があまりにも大人びている。相手をからかうような表情をしているわりに、付け入る隙がなさ過ぎる。
「こんにちはセーンパイ。舞のなまえは田中 舞。練達復興公社で働いてまーす。よろしくねー」
手をグーパーさせる舞。全身赤ずくめの常時ローギアの女と見た目だけ女学生の『メスガキのまがいもの』。あまりに異様な二人組に、さすがのイグナートも警戒した。
が、次に続く言葉でその警戒は解かざるをえないことになる。
「無名偲校長を探してるんだよね?」
「校長なら異空間に捕らわれています」
スマホを取り出す頬紅。
「救出作戦を行います。参加するつもりは?」
●『嘘世界』よりの脱出
「セラフインストール――!」
セララはクラスカードの束を手に取ると、力の集合した黄金のカードを掲げた。
更にカードホルダーから飛び出したフェニックスのカードを掲げると、セララの背から炎の翼が展開する。
「どういう事情で出てきたかわからないけど……行かせて貰うね!」
セララは炎を纏った聖剣で謎の生徒達をなぎ払うと、仲間達に先へ行くように促した。
早速廊下へ飛び出すトスト。
「うーわ、これ絶対マッピングとかできないやつだ……」
手にしていたメモ帳とペンを懐にしまい、トストは目の前の光景に顔をしかめる。
一言でいうなら、『長く続く廊下』だ。
ただし廊下の長さはぱっと見た限りでも500m以上はあり、微妙に上下に波打っているように見えた。いや、微妙になんてものではない、徐々に波は大きくなり、上下どころか左右にまで波打ち始め、しまいには螺旋状にうねりはじめた。
がらり、と近くの教室の扉が開く。見知らぬ女生徒が立っていて、女生徒は顔をこちらに向けてきた。顔がなく代わりに『嘘』と大きく書いてある、冗談のような女生徒だ。
トストが後じさりすると、別の扉も開き全く同じ女生徒が現れた。その奥の扉も、そのまた奥の扉も。長すぎる廊下の扉が次々に開き、次々に女生徒が姿を現してはトストへと嘘の顔を向けてくる。
トストはサンショウオ型の魔術エネルギー体を作り出して飛ばすと、進むべき道を考えた。
教室(第二あなごん室)から意味不明な生徒たちが飛び出してくる。
セララも捌ききれないと判断してようで一緒に飛び出してきた。
「ヒヒヒ……これは困ったねえ」
武器商人も殿を務めようとしていたようだが、あまりに相手の数が多すぎるせいで動きを封じられつつあるようだ。
スッと手をかざし、意味不明な男女生徒を突き飛ばす。いや、淀んだ気が生徒を内側から崩壊させた。
「これ、出口が分からないまま追い詰められて死ぬパターンじゃないスか?」
胸にぴったりつけるような、至近距離で撃つためのフォームで拳銃を射撃する美咲。
「かもな」
幻介はふと、いつのまにか後ろに回っていた無名偲校長を見やった。彼は両手をポケットに入れてぼうっとしている。まるで戦う様子はなかった。
「付いてきてくれよな、護衛はするからよ」
「当然だ。俺が一人で何か出来るわけがない。アリ一匹潰せないだろう」
幻介は『またミエミエの嘘ついてるな』と思いながら剣を抜き、意味不明な生徒達を切りさく。
「時間は稼ぐ。脱出方法を考えろ!」
「少なくとも襲撃と変化のトリガーがあったはずだ」
マニエラが魔術結界を展開しながら、口元に扇子を当ててじっとものを考えていた。
「一番あり得るのは、外部との連絡に成功したことで強硬手段をとってきたことだが……」
「こんな場所にまで閉じ込めておいて? いくらなんでもそれは……」
トストは何かを言いかけて、出てくるべき言葉が出てこず口をぱくぱくとさせた。
「人間的すぎる」
繁茂は校長を背に庇いながら、襲いかかる意味不明な男子生徒を殴り倒した。
「意図があって襲うなら、意図があって閉じ込めるのが道理です」
「そのこの気持ちになって考えてみるってことかしら?」
アーリアはポケットから取り出した小瓶を放り投げつつ考える。
「そうねえ……」
恭介は自分のなかでもやもやと浮かんでいた『あの子』の顔を思い出そうとして……。
「ついてこい」
急に、無名偲校長が恭介たちをおしのけるようにして前出て、歩き出した。
その様子に意味不明な生徒たちはジリッと後退する。
「せんせい。ねえ、せんせいせんせい」
扉の前を通り過ぎる間、嘘の少女が問いかけてくる。
「せんせいはどうしてにんげんのふりをしているの?」
どこかで聞いたような言葉だ。
「せんせい。ねえ、せんせいせんせい」
これも、どこかで聞いたような言葉だ。
「せんせいはなぜわたしたちのみかたをするの?」
無名偲校長は両手をポケットに入れたまま、背を丸め、家族全員が死んだ日の葬式のごとく不吉な顔をして歩いて行く。
嘘の少女の問いかけに、一言たりとも答えなかった。
が、ぴたりと立ち止まって上を向く。
「いいだろう。嘘に付き合ってやる」
途端、世界が急激にねじれた。
廊下が、扉が、天井が、気持ち悪くなるくらいにぐにゃぐにゃとねじれ始める。
「……無名偲ちゃん?」
恭介の問いかけに、無名偲校長は今度こそ答えなかった。
いや、あるいは答えたのかもしれない。
「この世界は、新設された常識であり、『もう一つの結界』だ。この世界を壊すことは、この世界に許されていない。だが……希望ヶ浜を維持するには、少々邪魔に過ぎる」
無名偲校長は振り返り、不吉そうな顔で、笑った。
「後は頼んだぞ。これは、そういう『契約』だ」
気付けば、全員は希望ヶ浜学園の校門前に立っていた。
振り返るとそこにはいつもの学園があり、いつもの日常があった。
イグナートやラダ、弾正たちがびくりとした様子でこちらを見て、頬紅と舞が無表情でこちらを見ている。
「校長先生は?」
舞が取り繕ったようなトーンで問いかけてくる。
言われて、どこにもいないことに気がついた。
どこにもいない。
ほんとうに、どこにも。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
社会とは私と貴方のことであり、自分と誰かのことであります。誰かが行動することで社会が流れ、社会に属する自らもその流れを免れません。
しかしながら、流れを理解し泳ぐことができたなら、あなたはきっと望んだ場所へ容易くたどり着くことができるでしょう。
などと少し偉ぶったことを申しましたが、相変わらず皆さんはこのシナリオ内において自由です。
与えられた専用ルートや汎用ルートをそのまま続行してもいいですし、誰かのシナリオへ移ってもいいでしょう。
ましてや、誰かのルートが自分のルートに影響を及ぼす可能性もあるでしょう。
直接相談し取引をしたり、間接的な協力を求めたり、自由な方法でこの物語をお楽しみください。
願わくば、あなたの望んだゴールへとたどり着けますように。
以下、当シナリオシリーズにおける補足事項になります
1:このシナリオシリーズでは『シナリオ外での相談』を許可します。ダイレクトメッセージやギルドスレッドや貸部屋その他、自由な方法で個別に相談を行ってください。
2:当シナリオの『リプレイに描写された内容』は自動的にaPhon等を通してアーカイブ・共有されたものとして『PCが既知の情報』として活用できます。それ以外の情報はPC間で情報を交換するなどしても構いませんし、秘匿しても構いません。
GMコメント
※このシナリオは連続することを想定した長編シナリオ。その第二回です。
プレイングやリプレイの形式もやや特殊な形をとっています。ここからの説明をどうぞお読み下さい。
・プレイング冒頭には『参加するルート名』をあとがきからコピペして明記してください。
この記述がなかった場合は迷子になるおそれがあるのでくれぐれもご注意下さい。
(前回のあとがき https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7504)
・参加者には高確率で次回への参加優先権が付与されますが、前回に参加していても今回へ参加しなかったキャラクターには優先権が付与されなくなることがあるのでご注意下さい。
・前回までに『専用ルート』を受け取っているキャラクターは、その専用ルートのリプレイ及び個別あとがきを基準として今回のプレイングを作成できます。
ですが与えられた専用ルートや汎用ルートをそのまま続行してもいいですし、誰かのシナリオへ移っても構いません。
変更点や追加要素がある場合は後述する『専用ルートへの補足事項』の項目で紹介します。
・このシナリオシリーズでは『シナリオ外での相談』を許可します。ダイレクトメッセージやギルドスレッドや貸部屋その他、自由な方法で個別に相談を行ってください。
・当シナリオの『リプレイに描写された内容』は自動的にaPhone等を通してアーカイブ・共有されたものとして『PCが既知の情報』として活用できます。それ以外の情報はPC間で情報を交換するなどしても構いませんし、秘匿しても構いません。
●公開ルート『嘘世界』
当オープニングにて語られたルートです。このルートには誰でも入ることが可能ですが、このルートは今回中に解決してしまう可能性があります。また、当ルートから別ルートへ分岐あるは変換されることがります。
※尚、金枝 繁茂、夕凪 恭介、マニエラ・マギサ・メーヴィン、アーリア・スピリッツ、咲々宮 幻介の場合、今回は強制的にこのルートが選択されます。
このルートを選択した皆さんは『嘘世界』に捕らわれています。
皆で協力してこの嘘世界のからの脱出を目的として行動してください。
脱出方法は今のところ『不明』で、分かっている事実は以下の通りです。
・周囲に霊魂の気配はない
・スマホは繋がるが、送る情報は必ず嘘になる。
(逆さ言葉に限らないため逆さ暗号は使えない)
・希望ヶ浜学園をモチーフとしているが、視覚情報と実際の情報が間違っている。いかなる仕組みであるかは不明。
あなたはこの嘘世界のなかでどんな手を使っても構いません。
また、この空間内で戦闘が発生する可能性があります。念のため戦闘にも備えて下さい。
また、希望ヶ浜地区内であれば関係者キャラクターに連絡をとって助けを求めることが可能です。
こうした事件の専門家、あるいは詳しい人物、はたまた少しでも関係していそうな人物など、自由に選択してください。
場合によっては繋がらないこともあるかもしれませんが……。
●専用ルートへの補足事項
以下は各専用ルートへの補足事項です。
専用ルートに参加するには、既存のルート参加者の紹介を得るようにしてください。
相談掲示板などで了承を得るなどしてください。
・専用ルート『ghost highway』
当ルートにウィングボディタイプのトラックが導入されました。
足場は悪いですが、騎乗戦闘ができないメンバーでも戦闘に参加することが可能となり、バイクなどの小型車両であればそのまま展開することが可能です。
また、今回対象となる夜妖が希望ヶ浜南のハイウェイに出現することが分かりました。
・専用ルート『ヨルの境界』
この事件に怪人アンサーは関わっていないようです。
・専用ルート『幽霊たちのヨル』
澄原病院に接触し調査しましたが、有益な情報はえられませんでした。また、音呂木神社からも有益な情報は得られなさそうです。別の手段を試して下さい。
・専用ルート『スピリットフラワー』
次回襲撃してくる夜妖は、前回と同種の夜妖であるという予測がたちました。
戦闘能力については依然として不明です。前回の情報を精査してみましょう。
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●希望ヶ浜と学園
詳細はこちらの特設ページをどうぞ
https://rev1.reversion.jp/page/kibougahama
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