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シナリオ詳細

<希譚>散花の君へ、思ひ成る

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『高校』時代
 正しく己を律して、強く一人で生きなさいと厳しく母には躾けられた。
 家庭内での勉学を疎かにしないのであれば好きな高等学校への入学を希望しても良いと言われたのだ。
 期待を胸に抱いての登校とまでは行かなかったが、皐月の風吹く休み明けが此程までに楽しみだと感じたのは彼女のお陰だろう。
 教室に入り、着席してから鞄の中から本を取り出す。
 課題図書として家庭教師に渡された哲学書を休み時間に読む為だ。

「何その本、難しそう」

 からからと笑う声がする。顔を上げれば彼女が立っていた。
 ……この教室で私に話しかけるのは彼女くらいなものだといえばそうだが。
「家庭教師からの課題」
「そんなのまであるの!? ひー……はるちゃんは大変だねえ。そういや、弁当持ってきてたっけ?」
「……いいえ」
「あ、良かった~。はるちゃんは月曜は学食だったと思って。
 しおりん先輩が巨大なお弁当持ってきてくれるから一緒に食べようって!」
 しおりん先輩――朝倉 詩織さんと彼女、鹿路 心咲は直ぐに仲良くなった。
『みさきち』『しおりん』と呼び合う仲になった彼女達は私を『はるちゃん』『はるひめ』『はるっぴ』等と呼び世話を焼いてくれていた。
「あかつっきー先輩も居るけど、いいよね? はるちゃんちょっと苦手そうだったけど」
「苦手……と、言うわけでは」
「そうなの?」
「ただ、どう接するべきか分からなくて。戸惑っているだけ、です」

 ――あの時は、そう言った。
 顔見知りの、夜妖を認識している家門の人。
 まだ夜妖に対抗策を見出せない臆病者の私より先に征く人。
 そう、認識していただけだった。だから、途惑いだけだった。
 あの時までは。

 桜の花が降る。
 足下に心咲が倒れている。
 ざわざわと揺れる木々が笑っている。
 蝋燭の火が消えた。『一度』は終わったのだ。彼方が手を引いた。
 目の前には刀を握る腕をだらりと下げた男がいる――燈堂 暁月。詩織先輩の恋人の、心咲の友人の、私の先を征く人。

「今は、違いますよ。暁月先輩。
 どう接するべきかなんて迷わない――私は貴方が嫌いです」

 憧れは潰えた。強い人だと思っていた弱いばかりの彼を、私は屹度許せやしない。

●『万年桜』の咲く地域
 澄原邸――澄原 水夜子 (p3n000214)が拠点として利用する希望ヶ浜の屋敷はそれなりの敷地を有していた。
 洋風造りのその場所は当初は病院を引き継ぐ澄原 晴陽 (p3n000216)の邸宅として澄原家が用意したものらしい。
 病院に詰める晴陽はと言えば、病院の程近い場所にマンションを借りて其方に寝に帰る程度の生活を行っていた。
 希譚を調査する水夜子は資料をずらりと並べて、イレギュラーズに説明する拠点を得ているとも言えるのだろう。
「疲れたら、その辺りの客間で適当に寝て下さって構いませんよ。
 と、云っても今日はランチミーティングを終えたらさっさと『――』へと向かおうと……あれ、今、地名を言ったのは聞こえましたか?」
 水夜子の問いかけに幾人かが首を振る。
 彼女は確かに『両槻(ふたつき)』と言ったつもりであったが、どうにも伝えられたはずの地名が誰の頭にも入ってこない。
「はい。説明から始めますね。
 万年桜が美しい観光スポット。古都をロケーションに当てた場所です。
 此方が『両槻(ふたつき)』――(地名は確かに口にされたはずだが、直ぐに認識の外に抜けた)――と呼ばれる場所です。
 どうにも此方の地名は余り口にしてはいけないものであるのか、それとも土地そのものに憑いたものなのか、発生したはずの地名が認識しているはずなのに言葉になりません」
 水夜子は肩を竦める。

 両槻――再現性東京に存在するその場所は、希望ヶ浜中央市街から電車で少し。山間に位置している場所である。
 古都をイメージして作られたその場所は観光地として親しまれ、何よりも万年桜と呼ばれる長く咲き誇る巨大な樹木は春先から夏頃まで見頃であるそうだ。

「この地に、お花見に行きましたよね。桜がとても綺麗でしたし、あと……燈堂先生もご一緒でした」
 祓い屋とは袂を分かっている『晴陽』はその地に向かう事を頑なに拒否していた事も記憶に新しい。
 燈堂 暁月 (p3n000175)は『知り合いがいるかも知れない』とこの万年桜の花見に訪れたのだ。
「今は先生もお忙しそうなのですが、後で聞いた話だと皆さんも見た『ショートヘアーの女性』がどうやらお知り合いであった、と」
 水夜子が差し出した写真には学生服を着用して居るショートヘアーの女子が楽しげに笑っていた。
 彼女が腕を絡めているのはまだ高校生の頃の晴陽であろうか。長い髪は後ろで纏められ、ヘアアレンジで遊ばれた後のような途惑いの表情を浮かべている。晴陽の傍には楽しげに笑う女性と、これまた困ったように笑っている高校生の頃の暁月の姿が見えた。
「このショートヘアーの女性が鹿路 心咲さん。晴陽姉さんの高校時代の親友です。
 其れから此方が朝倉 詩織さん。燈堂先生の恋人。……それから、これが晴陽姉さんと燈堂先生です」
 指差し、説明を行った水夜子は「あまり関係のない話と云えばそうですが」と付け加えた。
「実は高校時代に燈堂先生は『真性怪異を狩る為にこの場所に行っています』。
 その際には詩織さんは別の事に携わり同行せず、晴陽姉さんは見学に付いていったそうです。
 そして、心咲さんは……『巻込まれた』側の人間のようですが……詳細は姉さんも先生もどちらも『覚えていない』のだそうです」
 結果的に心咲が此処で命を落としたことだけが晴陽と暁月の記憶には深く刻まれている。
 そこまでの過程はシンプルに『何らかの怪異』の所為で欠落したと云うべきだろう。
 現時点で暁月や晴陽に同行を申し出ることは酷だ。それに現在の彼は――……。
「さて、聞いても分からないなら調査するしかありません。
 どうやら『万年桜』は希譚にも蒐集された怪異の一つ。コレに従って調査を粛々と進めるほかないのです」

 [桜浪漫譚(著:葛籠 神璽)]
 その地域には無数の名前が存在した。今や、地の名前を語るより万年桜で親しまれているのではなかろうか。
 この地の伝承は良くあるものだ。桜、巨大な木々は神が宿る、神の化身であるとされている。
 時折波長が合うものはこの桜に何かを見るらしい。だが、何を見たのかと聞くことは無粋ではあるまいか。

●『両槻の地』
 桜の咲き誇る遊歩道はやや昇り坂である。
 少し離れてみれば山が存在し、山には二つの塔の姿が見て取れた。
 嶺に両(ふた)つ見えた塔。それは離れた位置に座すが上空から見れば桜を含め三角形を作る事が地名の由来だろうか。

『二つ棺(き)は若宮様がいらっしゃるから、入らない方が良いよぉ』

 それは、この地に住んでいる動物の忠告であった。

『両(ふたり)』

 囁く声が聞こえた理由は分からない。だが、山は確かにそう告げて呼び寄せてくる気配がしたのだ。
「人里の近い山ですね。五穀豊穣を願ったとも言われるインスタントな神様へと春の桜祭りで奉納演舞をしたのは確かでしょうね。
 私達が訪れたときの神楽はそう言ったものである筈です。
 そして、遊歩道ではない裏のお堂……『私達が奇妙な声を聞いたり、奇妙な経験をした道』の側へと至る前に立っていた心咲さんは怪異が形作った一つではないかと私は睨んでいます」
 水夜子はそれが心咲本人であるかは分からない、と云う。
 ただし、彼女が訪れた事があるならば彼女の表面上の仕草や言葉などは真似る事が出来たはずだ。
 暁月が知る心咲が其処に居たというならば――『死んでしまったはずの彼女が其処に居た』というならば。

 彼女は、怪異に取り込まれたか、利用されていることとなる。
「あまり良い気分ではないですよね」
 呟いてから水夜子は早速と万年桜の遊歩道へと向かった。
 美しい花々が咲き誇るその場所はまだ桜の気配がある。散るまではもう少しといった様子だろうか。

 [注意書き]
 踏み入るべからず。
 しきわは道を辿るべからず。
 みさきの待ちしたたりじの宮に参るべからず。

「この注意書きが何を示しているか、ですが。少なくとも注意を破ると危険である事は確かなようです」
 指差す水夜子はここから先に山を探索してみるのが良いでしょうかとイレギュラーズを振り返ってから、ふと、息を呑んだ。
 黒いストラップシューズにワンピース。
 喪服を思わす女性がそこには立っている。

「一声呼びはしちゃぁだめだよ」

 その声音は、凜としていて。
 彼女は誰ぞに手向けるためには手にしていた『枯れた』花束を抱き締めている。
「貴女は」
 問う言葉に彼女は笑った。

 くすくす――
 くすくすくす――

「たたりじの宮で、私を見付けてね?」

 確かに其処に立っていたのは――写真の中では笑っていた『鹿路 心咲』であった。

GMコメント

 夏あかねです。希譚は『逢坂』と『両槻』の同時進行、或いは交互進行です。

●成功条件
 誰か一人でも帰ってくること

●希譚とは?
 それは希望ヶ浜に古くから伝わっている都市伝説を蒐集した一冊の書です。
 実在しているのかさえも『都市伝説』であるこの書には様々な物語が綴られています。
 例えば、『石神地区に住まう神様の話』。例えば、『逢坂地区の離島の伝承』。

 そうした一連の『都市伝説』を集約したシリーズとなります。
 前後を知らなくともお楽しみ頂けますが、もしも気になるなあと言った場合は、各種報告書(リプレイ)や特設ページをごご覧下さいませ。雰囲気を更に感じて頂けるかと思います。

[注:繙読後、突然に誰かに呼ばれたとしても決して応えないでください。]
[注:繙読後、何かの気配を感じたとしても決して振り向かないで下さい。]

●両槻地域
『万年桜』と呼ばれる桜が狂い咲く場所です。山間に存在し、再現性東京の中でも田舎にフォーカスを当てたような場所となります。再現性東京・希望ヶ浜の住人にとってはリフレッシュの小旅行で親しまれます。電車で移動する事を目的に作られた場所です。
 街の雰囲気は古都。古い建物が建ち並び、景観も意識して作られていることが一目で分かります。
 どうやら春と秋には豊穣を願っての『春祭り』が行われ、今でも決まった時間になると奉納神楽が行われます。
 - 参考リプレイ:万年桜よ、狂い踊れ

●桜の裏側の山
 美しい桜が立ち並んだ遊歩道の脇道に逸れた山です。万年桜の裏側に鎮座するお堂へと繋がっている獣道です。

 [注意書き]
 踏み入るべからず。
 しきわは道を辿るべからず。
 みさきの待ちしたたりじの宮に参るべからず。

 この様な注意書きが立てられ道に入る前に『鹿路 心咲』と思わしき人物が声を掛けてきます。
 ですが彼女は人では無く、水夜子曰くは『怪異の作り出した存在』であろうとされます。対話は難しく『此処に居る彼女』から情報は得られません。

 【両槻での調査ポイント ※これ以外の行動も可能】

(1)両槻のお堂を調査
 万年桜の裏に存在するお堂をもっと細かく調査するほか、その周辺と万年桜を調査します。
 決まった時間になると奉納神楽が行われるようですが……それも何らかの鍵なのでしょうか。
 奉納神楽を裏側から見ることが出来ますので、ある意味で最も良いロケーションで神楽を見ることが出来るでしょう。
 どうやらお堂付近では『人形の綿』などが見付けられています。何らかの人形が纏っていたようにも見える布なども存在しているようですが……。

(2)両槻の山を調査
 希譚名物、山に登ります。人里近くの小さな山ではありますが、猪などの獣が住んでいそうです。
 山は低い位置は其れなりに手入れをされています。日の高い内には近郊の住民とすれ違うことがありそうですね。
 ただ、夕暮れ時までには帰るようにと住民達は口を酸っぱくして注意するようです。
 山には二つの塔が存在し、桜の木々が点在しています。塔の道は険しいようですが、ぽつぽつと祠が存在し、其れ等を辿って往くと良いようです。
 ……祠には使われた痕跡のある火の消えている蝋燭が置き去りになっていたり、誰かが踏み荒らした後があるようです。

(3)その他
 他に何かあればどうぞ。

●言葉&NPC
 ・真性怪異
 人の手によって斃すことの出来ない存在。つまりは『神』や『幽霊』等の神霊的存在。人知及ばぬ者とされています。
 神仏や霊魂などの超自然的存在のことを指し示し、特異運命座標の力を駆使したとて、その影響に対しては抗うことが出来ない存在のことです。
 つまり、『逢った』なら逃げるが勝ち。大体は呪いという結果で未来に何らかの影響を及ぼします。触らぬ神に祟りなし。触り(調査)に行きます。

 ・音呂木ひよの
 ご存じ、希望ヶ浜の夜妖専門家。音呂木神社の巫女。由緒正しき『希望ヶ浜』の血統であるが故か『希譚』の真性怪異には嫌われているようです。
 あなたと『現世』を繋ぐ存在。脇道には入っていけません。外で待ってます。帰ってきて、『ただいま』と言って上げて下さいね。

 ・澄原水夜子
「気軽にみゃーこ、みゃーちゃんと呼んで下さい」な澄原病院所属の澄原分家の少女。『希譚』や『真性怪異』の研究家です。
 一緒に行動可能です。役に立つかと言われれば、頑張ります。何かあれば聞いてみて下さい。
 皆さんに危険が及ぶ際には身を張ります。それが、この一件に巻込んだものの責任であると認識しているからです。

 ・葛籠 神璽(つづら しんじ)
 作家。希譚関連では、良くその名が見られる。著書多数。

 ・鹿路 心咲(ろくろ みさき)
 高校時代の晴陽の親友。暁月の恋人の友人であり、暁月が『晴陽の目の前で命を奪った相手』です。
 彼女が死したのはこの場所であるのか、果たして。どういう事情があるかは分かりませんが、彼女の死が鍵となっているのは確かです。

 ・燈堂暁月、澄原晴陽
 同行は致しません。暁月と晴陽が決別した理由がこの地、心咲です。
 二人とも『何があってそうなった』のかという記憶が欠落しており、
 晴陽は『あんなことをしなければ良かったのに』と云いますがそれがどのようなことであったかは思い出せないようです。
 また、二人に何かを問いかけても困ったような顔をされるだけですので情報源としては当てになりません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 何故ならば、怪異は人知の及ぶ物ではないですから……。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <希譚>散花の君へ、思ひ成る完了
  • GM名夏あかね
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年06月01日 22時05分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ラダ・ジグリ(p3p000271)
天穿つ
セララ(p3p000273)
魔法騎士
オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)
同一奇譚
夕凪 恭介(p3p000803)
お裁縫マジック
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
古木・文(p3p001262)
結切
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
シラス(p3p004421)
竜剣
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
戦神護剣
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の巫女見習い
恋屍・愛無(p3p007296)
戦飢餓
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
楊枝 茄子子(p3p008356)
古竜語魔術師(嘘)
夜式・十七号(p3p008363)
蒼き燕
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
チャンスを活かして
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
うそつき
ヴェルグリーズ(p3p008566)
桜舞の暉剣
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
ライカンスロープ
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
國定 天川(p3p010201)
求道の復讐者
浮舟 帳(p3p010344)
今を写す撮影者
荒御鋒・陵鳴(p3p010418)
アラミサキ

リプレイ

●あの時の話
「話したくなければ良いが――」
 雨音が窓を叩いた。澄原病院のカウンセリングルームに響くのはクーラーの稼働音のみで合った。
 猫の形をしたアロマデュフューザーから漂ったのはイランイランである。
 元から澄原病院でのカウンセリングを受けていた『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)にとっては慣れた個室ではある。
 慣れないのはシチュエーションだ。
 彼の隣には『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)と澄原 水夜子 (p3n000214)が。
 そして壁に凭れて様子を伺うのは『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)である。
「……申し訳ありません」
 向き合う形でテーブルを挟み座っていたのは澄原病院の若き院長、夜妖憑き専門医の澄原 晴陽 (p3n000216)であった。
 項垂れた晴陽は膝の上で作った拳を振るわせている。
「先生、無理にとは言わない」
 尋常ではない様子に水夜子は従姉に寄り添うように位置を変え、その背を撫でた。
 晴陽と天川は『似たもの同士』だ。此れまでもカウンセリングや折を見ての外出で過去の思い出を語ることはあった。
 だからこそ、天川は『彼女の記憶こそ』が両槻の地に起こった何かを明るみ出す事を知りながら――無理には聞き出そうとはしなかった。
「違う、違うんです」
「晴陽君。我々も無理にとは言わない。ただ、君と暁月君とそれから『鹿路心咲』の間に何かあったのだろうとは思って居た」
 鹿路心咲。鹿の道。神の使い。先触としてはこの上ない。
 美咲の名も『御先』『ミサキ』に通じ、如何にも暗示的だと愛無は感じていた。其れが偶然そうであったのか、それとも。
「……あの子は、心咲は『巻込まれた側』です。名も、偶然の代物。いえ、彼女が『そんな名前だったからこそ』何かがあったのかも知れない。
 話をしたくないわけではないのです。この際、暁月先輩もあの様な事になっている現状で渋ることはない。
 何より、皆さんは澄原の依頼で希譚を――そして、それに纏わる万年桜の地を調べている立場。私が協力しない訳にはいきません」
 ヴェルグリーズを一瞥した晴陽は一息にそう言った。
 暁月も晴陽も、その場で起こった事に関しての記憶が朧気であるらしい。
 ヴェルグリーズにとっての暁月は知らぬ存在ではない。故に、彼等に何かあってそれに怪異が絡んでいるならば知っておきたかったのだ。
「負担を掛けたいわけじゃない。ただ……あれが『心咲殿』であるならば、俺は会いに行こうと思うよ」
「……止めません」
 晴陽は絞り出すような声で言った。
「天川さんと、良く過去の話をする事がありましたね。私達は過去という影と寄り添い続けている。
 離れることの出来ない其れは、我々が抱えていくべきものだと。……そう言いながら『私は大切な部分を欠落させている』」
 声が凋む。頭を抱えた晴陽の背を撫でた水夜子は「姉さん」と声を掛けた。
「……その欠落が、先生にとっては『本当に覚えておきたかった過去』なのか?」
 天川は静かな声音で問いかけた。罪悪感は消えない。誰かにその荷物を預けるつもりは毛頭無い。それは『自分の罪』だから。
 晴陽は天川をまじまじと見た。
 
 ――「なあ、先生。生きるって難しいな」
 ――「……そうですね。けれど、私達は生きていかねばならないのしょうね」

 カウンセリングの一環として、同じように話したその言葉を晴陽は思い出した。
「……ええ、そうです。ヴェルグリーズさんに愛無さん。巻込んでしまい申し訳ありません。
 そして、天川さん。これは私からの『個人的』な依頼となりますが――『あの日』、何があったのかを私に教えて下さいませんか」

●両槻と呼ばれた地
 桜の花びらが美しい。もう旬は過ぎ去ったというのに『両槻』に咲き誇った万年桜は変わることなく花を揺らがせていた。
 一人で訪れやしたが桜の花だけでも番たる『紫月』と眺めることが出来たならばどれ程幸せであっただろうかと『楔断ちし者』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)は初夏の風に舞い踊った花弁を眺めた。
(――いや、違う。……危険な怪異が潜むんだ。……一人で良かった。紫月は、屹度、『行って』しまうから)
 ポケットの中に仕舞い込んでいたお守りに指先が触れた。その感触を忘れることなきように撫でてからヨタカは嘆息する。
「よし、ある……さぁ、調査を始めようか……」
 イレギュラーズが行うのは希譚と呼ばれた『怪異譚』の調査である。其れ等全てに関わっているのは真性怪異と呼ばれた存在である。
『蒼き燕』夜式・十七号(p3p008363)に言わせれば『そういうこと』が起きるならば『きっとそうなる』という前提で動かねばならない。
「んー……。一見なんの変哲もない遊歩道にしか見えないな。怪異、というのも何処まで本当か……」
 そもそも、ローレットに残されている希譚の関連文書さえも『どうしてそうなったのか』の不自然な部分がある。それが人智及ばぬ神の仕業であると言われれば飲み込むしかないが、最初から最後までそう呼ぶしかない存在と隣り合わせであったという事なのだろう。
「……『怪異』か」
「そう。希譚に出てくる存在って『怪異』で、普通の人間とは分類が別みたいに感じるんだよね。
 ボクとしては怪異でもまずは話し合ってお友達になりたいんだよね。幽霊でも全部が悪霊ってワケじゃないでしょ?
 困ってる事があれば解決してあげて、それで仲良くなれたらいいなって。悪霊とかなら成仏できるように協力してあげたいしね」
 怪異に困りごとがあるならば、助けてやりたいと考えるのが『魔法騎士』セララ(p3p000273)の在り方だ。
 非常に分類として『善』に生きている彼女にとってこの地に居る怪異を全て悪性怪異として認識したくはない。夜妖の中にも、交友を行える者も居る。
「如何にも! 怪異。分類はそうなるが、そうであるだけとは言い切れない。
 彼等は我等に超常を晒すが、まったく、呼吸に等しいのだよ。
 確かに私は恐れ知らず、つまり愉快なドレッドノートなのだが、此度ばかりは人間らしく往こう」
『希望ヶ浜学園美術部顧問』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)がくるりと振り返ればスケッチブックを手にした赤城ゆいが「一緒に行ってもいいんですか? せんせ」と雛鳥のようにオラボナを追掛ける。
「生徒も一緒に行くか? 信仰を込めて成した場合は偶像と成る。一種の芸術性(グロテスク)とも考えられよう」
「にゃはははは! 神意に触れられますか?」
 弾んだ声音を聞きながら、オラボナは僥倖と頷いた。彼女を連れて行くのは山の上ではない、あくまでも桜の周辺にしておくべきだ。
 囚われやすい個は、揺らぎやすい。例えば、セララのように『他者への善行』を強く担っている事や、十七号のように『最初から其れを疑り信頼しない』者には怪異の侵蝕――オラボナは一時的にそう称した――は及ぶまい。だが、ここに神様がいると強く認識している存在にとっては『ここにそれがいる』ことになり得るのだから。
「神様がいるのかどうかは分からないけれど、……この桜も斯うしてみると異質な物に見えてしまうね。
 けれど、綺麗だ。前に来たときも思ったけれど良い景色だな。奉納神楽もよく見えるし」
 皆が調査を行う為に『道』に入っていく様子を眺めてから『想心インク』古木・文(p3p001262)はヨタカを始めとする『奉納神楽』の調査を行うイレギュラーズと同行していた。
「そういえば、この辺りには人形の綿や服の切れ端が落ちていたらしいね。可哀そうに。できれば直してあげたいけれど……」
「その切れ端って何だったのかしら? 興味があるわ。触って良い物なのか少し分からないけれど……」
 被服の分野には興味があるのだと告げる『お裁縫マジック』夕凪 恭介(p3p000803)に『お花見リベンジ』気分で来ていた『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)が宙を平手で打つジェスチャーをして見せた。
「大丈夫だよ。発狂した人が居たら手を叩くからね! 暁月先生にしてもらったからね。会長もやってあげる」
「あら、心強いわね。そう……『手を離せば』大丈夫なのね」
 布を探しましょうかとお堂へ続く道を辿る恭介に茄子子は頷いた。軽やかな足取りで進む茄子子は何かとこういう物に縁がありすぎて『狂ってくるのに』も随分と慣れてきてしまったと独り言ちる。
「……行くか。みゃーこ、力を貸してくれ。ただ、ヤバイ時は二人で逃げるからな。助手にいなくなられちゃ今後の商売に支障が出るんだ。頼むぜ?」
「分かりました」
 ちら、と愛無を確認すれば「また後で、みゃーこ君」と愛無は手を振った。お堂の調査をした後、愛無とは調査結果を話し合う約束をしたのだ。
「ご一緒しましょうか。気になることは多々あります。脇道に逸れる前ならよく見えますよね。
 山にある二つの塔……二つ棺の若宮様。恐らくは、祠と繋がる分霊が奉られているという事。
 そしてその本霊は、やはり此方のお堂……という事になるのでしょうね。『みさき』の待ちし『たたりじの宮』……『みさき』、『鹿路 心咲』?」
「心咲さんは本名の筈ですから、縁ある名前だったのか、それとも――ですね」
 その名が何かを表しているのかも知れないと頷く『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)は「取り込まれたのでしょうけれど」と付け加えた。
(何故そうなったのか。何故そうしければならなかったのか? 推測しながら進むしかありませんね)
 さくさくと、地を踏み締めて脇道へと逸れて行く。そこまでは全員が同じ。
 だが、桜の裏側に回る手前の道から更に山へと登る獣道があった。余り人に使われていないのか、それとも『限られた者しか登らないのか』
『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は「行ってくるよ」と水夜子へ言った。
「行ってらっしゃい、お気を付けて」
「……ああ。相手の全容も見えないことだしね」
 例えば傍にいて欲しいとか、或いは厄を食料とする為に、とか。
 真性怪異と言えど生きた人と同じく、求める物があるから接触してくる――では、今回の相手は何を求めているのだろう?

●山を登るI
「桜に誘われて再度この地に到来だ! この前と変わらず何度見ても綺麗な桜だね!
 そして写真みたいに変わりが無いね、もしかして春に咲いてから夏になるまで時間が止まってたりするのかな?」
 なんて軽い調子で笑った『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)は地元住民達の目を避けて、山を登ることを選んだ。
「ふたつの塔を見つけたことだしね、たたりじの宮ってのはあれらのことなのかな?
 せっかくだし行ってみて探検……ちがった、調査してみようか」
 好奇心は猫をも殺す。危険だと言われれば、ますます心は惹かれるものなのだ。『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は視界に入った山へと登ることを選んだ。イレギュラーズがこの地に訪れた段階で周辺住民であろう者達は「日暮れまでに帰るように!」と何度も何度も彼女へと告げた。
「ふふ、未知を知るのはいつだってわくわくしてしまうねぇ。それに、ここで亡くなったという心咲さんにも会いたいし、さ」
 鹿路 心咲。
 澄原 晴陽のクラスメイトであり、『祓い屋』である燈堂 暁月の後輩、暁月の恋人であった詩織と仲の良かったという少女。
 曰く、『祓い屋』と『夜妖診療医』である燈堂と澄原は表だっては縁を結んでいたわけではないらしい。
 晴陽と暁月を既知とし、一時は友人とも呼べる関係性にまで結びつけたのが心咲なのだろう。
「みさき。ミサキ。御先。心咲。まさか故人の名で注意を促すとは思えんが。
 唯の怨霊の類とも異なるようだし、今は彼女が『御先』と為っているのやもしれん。
 名の音から御先の枠に嵌められたか。贄か巫女か、元よりヒトを求める性質なれば偶然か?」
 名は全てを表すことがある。『アラミサキ』荒御鋒・陵鳴(p3p010418)は彼女の名が偶然にも『みさき』であった故に、現在はそうなったのだろうかと山を眺めた。
「ともあれ若宮様とやらが御座す二つ棺、御山の塔へ参ってみようかね。棺と呼ぶなら其処に何が待つかは、まぁ検めてみようじゃあないか」
 その為には山を登らねばならない。明るい時間の内に『希望ヶ浜学園高等部理科教師』伏見 行人(p3p000858)はハイキング用の装備を調えて山登りを始めた。しっかりとした靴に水分、酒と紙コップ。菓子類を詰めたリュックサックにはザックリとした周辺地図も放り込んだ。
「で、注意書きは……しきわ……四際か、それとも死際か。
 じ、がつくと打ち消しの意味にはなるが……たたらない、という決意を示しているのならばその宮を参るのは確かに、駄目だろうなぁ――普通ならな」
 くるりと振り向けば黒いストラップシューズが見えた。
 シンプルな黒いワンピースは喪服を思わせる。いつの間に其処に立っていたのかは分からないが『居る』と言われていたのだから殊更に驚くこともないか。
「『やあやあ』、こんにちは、心咲ちゃん? あ、ここから先って難所有る?」
「転んじゃうかもね」
 軽い言葉に、軽い返答が返った。有り難うと返そうと口を開いた行人は目の前の彼女の姿が霞のように掻き消えた事に気付く。
「心咲ちゃんも何処かに行ったか」
 ぼやく行人の言葉を聞きながら『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は『鹿路心咲が居た』という事実に頭を抱えた。
(死んでしまったはずの者が其処に居たとなれば、他人だとしてもあまりいい気分にはならないわ。
 それが縁のある者だったとしたら……、怒りであれ哀しみであれ、平静では居られないでしょうね。
 ……なんにせよ、ここの真性怪異も他の希譚の例に漏れず、ろくでもないモノなのは確かだわ)
 例えば、己の記憶に深く存在する大切な誰かが怪異に取り込まれていたならば。アルテミアも取り乱さないとは言い切れない。
 平静さは戦士には必要不可欠ではあるが、医者ではありながら一般人であった澄原 晴陽と『自分が殺した記憶』だけをもつ燈堂 暁月を思えば――
「……心咲さんがどうして此処に居るのかも全てを解き明かさないと分からないこと、かしら」
 この美しい景色には怪異が潜むのだ。いつかゆっくりと町を回ってみたいとも居ながらも『竜剣』シラス(p3p004421)は注意書きをじっくりと眺めやる。
「『みさき』は鹿路心咲? 『たたりじ』は……祟りじなんだろうね、多分……。
 この上なく不吉だが、こっちはわざわざ首を突っ込んでるんだ。危険なんて承知のうえだぜ」
 鹿路心咲は『嘗て、過去に此処で命を落とした』らしい。そんな彼女が挑発するか、それとも警告するか。姿を見せることに心がざらついた。
 同じ道を辿っている最中だ。シラスは水夜子に「夜になるまでに帰れよ」と告げて居た。
「あら、私も大人ですけど」
「そういう事じゃなくてさ。……水夜子……えっと、みゃーこさ、詳しいんだろう? 此処で何か分かる?」
 研究家、探索担当。そうしたラベルをぺったりと貼り付けている彼女が現時点で分かる事は無いかと問うておきたかったのだ。
「そうですね。『比較的』美しい信仰形態ですよね。
 よくあるもの、といいますか……まあ、何を祀っているか分からない可能性はありますが。触らなければ祟る者でも無さそうな気がします」
 通り道の祠も掃除が成されており、放置されたものではないと思われる。
 シラスは「村人が管理してるんだろうな」と呟いた。夕暮れまでに帰れというのも何らかの教訓であるかのうせいもある。
 礼を言ってからシラスは山に登る決意をした。人が余り通らぬ道を辿れば、ここから先に『応え』が待ち受けている可能性があるからだ。
「両槻。……桜じゃなくて槻か。なんで槻なんだか。山の天辺にゃ槻でもあるのかね。それともあの塔が槻の代わりってか?
 ……ま、いいさ。俺は山登りに洒落込むとするかね。目指すはあのふたつの塔ってな!」
 目指す場所が定まっていれば問題は無いと『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は臆することなく山を登り始める。
 塔に赴くのは陽が落ち始めてからだ。今は、周辺を探れば良い。

●山を登るII
「古来より、霊や神と関連付けられるモノ。それが、桜というモノではあるが、さて――今回の大元は、なんだ?」
 美しい桜の花を眼窩に見下ろす位置まで昇り『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)はそう呟いた。
 調査のために山に登る仲間が多い事には安堵する。気になる事は幾つも存在した。鹿路 心咲は先程『居た』そうだが直ぐに消えてしまったらしい。
(全く、出てくるタイミングも分からないとなれば話をするタイミングも計れやしないか)
 行きはよいよい、帰りは怖い、と言いながらも息も何があるかは分からないと『目印』を記憶していた『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)に『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)は軽い調子で声を掛ける。
「入り口の注意書きは、特に3つ目の『みさきの待ちしたたりじの宮に参るべからず。』と云うのは、何時、立てられたものか――
 問いかければ古くから存在して居たそうです。それが『心咲』ではなく『みさき』であると分かっただけでも僥倖でしょう」
 10年と一寸。それは鹿路心咲が命を落としたタイミングを指しているのだと気付いてからアレクシアは「別物だったのかな」と呟いた。
「かもしれませんね。此れから此の身に何が起こるかを考えてみたら、喋っていないと、何だか不安で。漢字だったらスッキリしたかも識れません」
 肩を竦める未散に、それでも進むことを選んだ異常は後戻りもできないのだとアレクシアは小さく笑う。
「うーーん、如何にも! って感じだ! うんうん、怪異の調査ってのは、やっぱり山登りっしょ! 初夏だしチョットアツイ、仕方ない仕方ない」
 冷えたペットボトルを自身の首筋にひやりと宛がってから『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は「出発進行だぜー」と拳を振り上げる。
「いよーっし、なんかあっちの島のほうでみゃこちゃんにすっげぇ心配されたっぽいから気を付けるぜーっ。
 そう思った私ちゃんは紫電ちゃんと行くことにしたのだった! まる! めっちゃごめんね! 今回は変なとこ行かないから! ほんとほんと!」
「本当か?」
「ほんと!」
 信用ならないと『戦神護剣』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)は秋奈の手をぎゅっと握りしめた。蛇の怪異に引き摺り込まれる程に『秋奈は怪異に友好的』であった。流石に心配にもなるというのが恋人の心である。
 音呂木神社の巫女になりたいとひよのに指示をしてからというものの『そういうものに当たって砕け』かけるのだ。流石に心配だと紫電は嘆息する。
「以前とは少し雰囲気の違うような気がしますね。相も変わらず咲き誇る万年桜……どんな秘密を抱えているのでしょうね?」
 美しいのは良いけれど、と言いたげに『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は木々の間から望むことの出来た塔を見上げた。
 住民達とすれ違い塔に着いて問いかければ「昔から合ったんですよ。昔は『この地の太平を願った』神様のよりしろだったとか」と返答を貰った。
(依り代――ですか……ヒトガタが燃えてしまいましたが……、何にせよ何らかの影響があるのでしょうね)
 気付けば体に張り付いていた桜の花びらを思いながら、リュティスはのんびりと周辺を眺めながら山を登った。
 獣道を辿れば、迷うことは無さそうだというのが『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)の体感だ。塔と祠を目指すだけならば、早々迷う事も無く、お堂への道も『人が通った後』がある。
「Uhh……『万年桜』、とってもきれいなんだけど……やっぱり神社絡みの話だからイヤなヨカンのするところなんだよね……。
 前のお花見も運良くともだちのおかげで何も起こらず済んだだけであぶない場所なのは変わってない。でも、気になるんだよね……行ってみようかな……」
「確かに、気になる事ばかりだね」
 緊張する『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)に頷いたヴェルグリーズは出発前にひよのに念のために挨拶をしてきたという。
 今回も必ず帰ってくるから待っていて欲しいというのは願掛けの一種でもある。
「心咲殿が気になるけれど――」
 ヴェルグリーズの言葉に、『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)は目撃されたという鹿路心咲をふと、思い出した。
(彼女から情報は得られないだろう……とは言いますが。せめて視覚的に何かを得られないでしょうか。
 ……彼女の持っている花は、なんでしょうか。黒い……百合? 花言葉は……恋、呪い、そして……復讐)
 花に何らかの意味があるのか。単純に捉えたならば『呪い』と考えるべきか。鹿路心咲についてミザリィは詳しくはない。
 事前に晴陽に問いかけたイレギュラーズも居たが『明るくて真っ直ぐな少女であった』事しか得ることは出来ていない。
「真性怪異に亡くなったはずの人の影……でありますか……。
 なんともオカルティックな……暁月さんの精神不安にも何か関係があるのでありましょうか……?」
「暁月殿とは直接的にはないかもしれない、ね。どちらかと言えば彼は『飲み込んでしまっている』かもしれないから」
 それでも気になるのは確かだと『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)とヴェルグリーズは山道を辿りながら呟いた。
「二つの塔と万年桜……これが真性怪異に関わる何かっぽいのは確かだよね。三つの場所には皆が行くだろうし、せっかくだから真ん中を調べてみよっか」
『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)は人気無い場所から探してみたい、と敢えて『中心』と成り得る場所を辿ろうと考えた。
 位置は上空から計測できるだろうか――どうやら、道を辿っていった途中に少し逸れれば広場のような場所がある。
 其処までは仲間達と一緒だ。さくさくと葉を踏み締めて山を登り続ける。
「此処は『二』という数字に縁深いのだろう。二つ鬼? 桜と塔でなす三角は封印か? 神は本来『澄原』たる晴陽君を求めたのか?
 いやはや、分からないことばかりだが……触らぬ神に祟りなし。されど神所に臨むとしよう」
 幸いにして水夜子は天川が助手に連れて行った。彼女との合流は少し経った後が良い。
 何か起こるタイミングで居られては命を簡単に擲つような危うさを感じるからだ。
(みゃーこ君は死にたいのだろうか? 『責任』と言えば聞こえは良いが。どうだろうな。何にせよ止めた処で無駄なのだろう。
 ……その危うさに惹かれる事も事実。まあ、止まらないなら着いて行こう。例え其処が常世の果てだろうと。僕も本来は神に障りに行くタイプだ)
 彼女が合流した後は危険が及べば盾になれば良い。
 ――本音を言うなら死ぬ時は僕に喰われてほしいけども。みゃーこ君の『匂い』は、とても美味そうだから。
 ぺろ、と舌を覗かせてから愛無は唐突に視界が開けた感覚を覚えた。どうやら昇り坂だけだった山道も一度は平坦な場所へと繋がっていたのだろう。
 見下ろせば桜は随分と下に見える。塔は少し距離があるだろうが、この場所から二手に分れるようだった。

●過去のおもかげ
 カウンセリングルームで晴陽はぼんやりと思い出す。

 ――彼女はスポーツが出来、クラスでも明るい人気者だった。

 クラスメイトAの言葉を思い出す。不慮の事故に遭ったという形で突如としてクラスに空席を作った鹿路 心咲の周辺には正しく『掃除』された後だった。
 ぽつぽつと降る雨の中、晴陽は鹿路 心咲の告別式が行われている市民ホールの前に立っていた。
「はるちゃん」
 途惑いを孕んだ声音は震えていた。制服姿の朝倉 詩織は視線を右往左往としながら晴陽の手を掴んだ。
 雨に濡れてしまわぬようにとホールの中へと引き連れて、隅のベンチに座るように促す。
「……詩織先輩」
「はるちゃん、あの日何があったの?」
 自販機に向かい、小さめサイズと銘打たれたペットボトルを購入しながら詩織は問うた。
 その声音は明るい『詩織先輩』ではない――燈堂一門の『朝倉 詩織』としてのものだ。その温度感を晴陽は間違えることはない。
「勿論……はるちゃんにだけ聞いてるわけじゃない。はるちゃんに責任があるとは思ってない。
 けど、可笑しいとは思わない? 『当事者の二人共が何も覚えてないなんて』――!」
 振り向いた詩織の眸には困惑だけが浮かんでいた。問い質したいという意思と、そうしてはならないという優しさが揺らぐ。
 晴陽へとペットボトルをそっと手渡した詩織はその傍らへとゆっくりと腰掛けた。
「そうですね……」
 彼女の言う通りなのだ。何も覚えてないなんて可笑しい。可笑しいのに、そうなってしまっているのだ。

『暁月……先輩……?』
 晴陽にとって、燈堂 暁月は自分よりも先に夜妖と向き合っていた先達だった。勿論、それは詩織も同じだ。
 だからこそ、彼が『あんな事』をしなくてはならなかった事に理解を及ばなかった自分を悔いたのだ。
 彼が『あんな事』をしたのは間違いなく仕事の一環だった。
 それに不用意に踏み込んだのは心咲の側。引き留めなかったのは晴陽の責任。
『……晴陽ちゃん』
 それに気付かなかったのは暁月の責任だった。

 ――血を媒介にして。

 ――道を辿るんだ。祠の蝋燭に火を灯して。祭りの日(しきわ)にはそうしてはならない。

 ――それって肝試しって頃? あかつっきー先輩! 着いていこうよ、はるちゃん。

 待って。行ってはいけない。追掛けては駄目。
 断片だけが、脳を掻き混ぜた。

「……先生?」
「あ、ああ……乃蛙」
「大丈夫ですか。真っ青です」
 看護師である青庭 乃蛙の呼びかけに気付いてから晴陽は頭を振った。
「大丈夫です」

●万年桜に見惚れ
「人形の綿? うーん……何かの人形があって、それが引き裂かれちゃったのかな。
 布はあるみたいだけど、周囲を探して他に材料が無いかみてみようかな……」
 ある程度の材料を探すことは出来ないだろうかとデフォルメされた黒猫のぬいぐるみを手にしながら探し回るセララはお堂の周辺には綿や布が幾つか点在していることに気付く。
 黒い着物地は汚れては居るが質が良さそうだ。綿も雨水や泥を含み変色しているが所々に散乱している。
「修復するの?」
「ええ。破けてしまったものなら直して上げたいわ。お人形でも服でもね」
 恭介がチャレンジするならばセララは集めてみるねとにんまりと微笑んで綿へと手を伸ばし――
 視界が反転する気配を感じた。指先がぴたりと硬直し布を掴んだまま離れない。
「んん」
 くぐもった声を出してから硬直した体を動かないセララに只ならぬ気配を感じた恭介は「ちょっと!」と慌てた様に声を掛け。
「とりゃー!」
 ばちん、とセララの手をはたき落としたのは茄子子であった。
「危ない危ない。けど、会長の時より軽かったね。どうしてだろ?」
「か、軽かったって……危険なものだったのね。落ちているものを触っただけで固まって仕舞うだなんて。大丈夫? 無事?」
 綿を指先から零れ落ちさせたセララはこくりと頷いた。冷や汗が肌を伝い落ちる。ど、ど、と早鐘を打つ心臓を鎮めるように息を吐いてから「うん」と小さく頷いた。
「触った途端に体が硬直して驚いちゃった。直してあげたいだけだけど、気持ちは伝わらなかったかな……」
「どうかしら、なんというか……何かに使われたものだったりするのかしらね?」
 恭介は念のために茄子子が触ったという綿が何処にあるのか確認したいと言った。
 茄子子が暁月に手を叩き落とされた位置に落ちていた綿は変色して分かり辛いがセララが見付けたものよりも黒ずんでいる。
「血では?」
 まじまじと覗き込んだ冬佳にセララと恭介は顔を見合わせた。恭介はもう少し探ってみましょうかとピンセットで器用に綿の内部を確認する。
 まじまじと眺めていたセララは「髪の毛かなあ」とぼやく。
「そうね、イヤだわ。まるで『降霊術』にでも使ったような――……」
 恭介がぞうと背筋に走った気配を拭う様に叫んだ言葉にセララは「降霊術」と呟いた。
「ぬいぐるみさんに詰め込んで、体を上げたかったんだけど……それもやめておいた方が良いかな?」
「そうね。余り触らない方がよさそう。服を直して上げたかったのだけれど、それも無理みたいだし……」

 五穀豊穣を祈って行われる春祭りはどの様な舞なのか。楽器はどの様なものが使用されているか。
 音楽家であるヨタカは桜の裏側から奉納神楽を眺める。使われている品は一般的なものとは相違ないだろう。舞事態も巫女として選ばれた者が優美に踊る様が見受けられる。
「……万年桜はどういったものか、知っているか?」
 神楽に誘われて遣ってきた『桜近くの霊魂』は村で亡くなった者達だったのだろうか。それならば一般的な霊と言って相違はない。
 問うたヨタカに『昔から在りますよ』と応える声がした。
『不作の時期が長らく続きまして、その時でも万年桜は咲き誇っておりました。飢饉で起きた疫病の時も……。
 祟りだというならば、お山の神様の化身である桜の為を尊ぶのは当たり前で御座いましょう。春と秋に、感謝を捧げておりまして』
 昔話のように話した男の霊魂にヨタカは小さく礼を言った。
 奉納神楽はその時から舞われているのだろう。よくある信仰の始まりだ。――鹿路心咲については村人達は何も知らない様子である。
 折角ならば奉納神楽を踊ってみたいとセララは村人達へと提案した。
「9時、15時のどちらかなら」と提案する村人達にセララは「どうして?」と問うた。
「端山様――この小山に立ち入って良い時間の始まりと終わりに、小山に許可を取っているんですよ」
 その言葉を聞きながらオラボナは万年桜の足下で身を揺らがした。
「虚の感覚は神との同化、霊との共鳴に相応しい。最も――同一奇譚と謂うには、ひどく曖昧だがな!
 嗚呼――実に芸術的な一時だと思わないか? 私では表現し難い神秘性だ。
 さて、今は何時か。時計か何かで確認するのも悪くない。時間を奪われ、帰り道を殺されては敵わない故!」
「15時15分!」
 ゆいの言葉にオラボナは「実に結構!」と頷いた。ばら撒かれた綿は依り代であったか。『腸詰め』をしようとする優しい仲間達の『コーデ』を手伝いたかったが、それもどうやら難しそうではある。
「いあ、ひとつの目玉では物足りないか、やはり言の葉と同じくふたつに為さねばならない。
 神意を幾つかに分けたところで理解出来る代物ではなかったな。枯れた花束に水をやり給え」
「花束ね、そうよね。今回も『女の子』だと思うもの。ああ、イヤだわ。助けてあげなくっちゃ。怖くっても、仕方が無いわよね」
 呟いた恭介は持ってきていたヒトガタが自身にべったりと張り付いていたことに気付く。奉納神楽の時間を経て、更に其れが肌に張り付いている感覚が悍ましい。
「なんだか、ヒトガタが所有権をアピールして居るみたいよね」
「……そうかもしれないね。神下ろしや神域の道を開く場合は式神楽で、奉納神楽は氏子の希望で演じるもの。
 この神楽舞の様子を村人の皆さんと一緒に確認してきたのだけれど、うーん、なんというか『何故そうしているか』は曖昧みたいだね」
 文は首を捻った。ヨタカは「美しい舞だった」と告げるが――さて。
「あの神楽は氏子達が『山に入る合図』を贈っているものみたいだね。
 けれど、式神楽ではないから神降ろしの意味合いがある日は別にあるのかもしれない」
「神楽がもう一種、……有り得る。この神楽は『風習と伝統』、を感じたから」
 ヨタカに文は頷いた。お堂の内部に残されていた痕跡は古いものが多いが真新しさもある。
 この集落では山に立ち入ることは許可されているのだろう。勿論、景観の維持の目的もあれば、塔の清掃などもある。
「『しきわ』か」
 呟いた文はぼんやりと、言葉を呟いた。
「式神楽――本来の神様を降ろす日だけしか見られない『神楽』があって、その日には山に立ち入ってはいけないのかな」

●日陰り、塔へI
 近郊の住民が立ち入りを行っていることに気づきシラスはそもそも目の前の祠は何のために存在して居るのだろうかとまじまじと見遣った。
 蝋燭を灯して何をしていたのか。シラスは「すみません、この道沿いの祠は……?」と問いかけた。
「ああ、葉山様の祠ですよ。このお山の神様です」
「はやまさま……」
 耳に馴染まない名前だとシラスは感じていた水夜子にaPhoneで確認すれば『端山信仰』から転じ、そうして呼ばれているのかも知れないとのことである。
「有り難うございます。祠も此れじゃ可哀想なので、荒れている部分を綺麗にしても?」
「ああ、ありがたいねえ」
 丁寧に時間を掛けて、祠の修復をする許可を取ったシラスは痕跡を確認した。
 蝋燭が灯された後に、祠の前には皿が置かれている。雨水が溜まっているが何らかの為に利用されていたのだろうか。
 踏み荒らされた場所は『人が多く立ち入る場所』だったのだろう。大した情報は無いが、其れ等は全て蝋燭に火を灯し、皿に向かって何かをしようと考えての行為にも見えた。
(……夕暮れまでに帰るよう忠告されていたけど……まあ、聞く義理もないか。
 だって怪異に踏み入らずに解決しようなんて都合が良すぎるだろう?)

「夕暮れまでに帰るようにと言われているけど、それじゃ面白くないさね。
 安全も平穏もなくても、それでも未知を求めてやまない。もっと、もっと知りたい――知らないこと、世界の裏側。もっと私に見せてほしいから」
 さくさくと木の葉を踏み締めて進むシキは獣道であろうとも人の通った後が残されていることに首を捻った。
「この祠たち…どうにも人が通った後があるのはどうして? ここで誰かが何かしていた?
 考えられるのは近隣住民だけれど……こんなへんぴなとこですることがあるのかな」
「地元民に聞けば、時折清掃で訪れているそうだな。荒らされることがあるとは言っていた。
 万年桜が咲く時期は『観光地』だからな、まあ……肝試しついでに山に登る輩がいるのだろう」
 ラダは水夜子に山を登る際には懐中電灯を使うようにと声を掛けて置いた。
 彼女は周囲の調査に回ってから山に登ってくると言う。見かけた際には足下に気を配ってやるのも悪くはなさそうだ。
「祠が踏み荒らされているのが気になるな。何をそう乱雑にしたのやら……」
 嘆息する行人はどんな神様であるかは分からないが紙コップに酒を供えていくのは悪く無さそうだと行きずり、眺めやった。
「祠は結構な数があるな。今まで歩いてきただけでも4つ程あったけど、こりゃ……どこまで祠が並んでいるやら」
「先に祠を参った者が居るのか?」
「居そうだが人なのか獣なのかは分からんな。愉快犯の肝試しボーイかもしれない」
 行人へと陵鳴は否めないと肩を竦めてから蝋燭を新しい者に変化させた。
 警告を与えたのはもしかすれば『鹿路心咲』という少女であって『探して欲しい』のは若宮であったのか。
「登るか――凋れぬ花びらが呼ぶ方が此方かは分からんが、根っ子は繋がっているのだろうよ。なあ、万年桜の神様よ」
 陵鳴は「聞きかじった程度の情報で恐縮だがね」と口を開く。
「暁月だったか。聞き齧った程度の情報で恐縮だがね、『命を奪った』とは言うが祓い屋なる家業であるならば只人を殺めたとは思えない。
 ヒトならざるモノに堕ちる前に手を下したか。彼女を媒介に他の多くの命が危ぶまれたか。何かしらの選択の末の結末だったのだろうさ。
 居合わせた晴陽とやらの『あんなことをしなければ』も、心咲か自身が切っ掛けを作った故では無いかね?
 ……とまぁ当事者の記憶が失われては推論でしか無いが」
 槻とは欅。其の下は古来より儀式を行う聖域だ――万年桜が清浄であるのも其処からか?
 そう見上げた陵鳴は『この地の山はそもそもは神の御座す聖域』であり、飢饉や疫病の発生で人々が近くに信仰を求めて『若宮』が作られたのではないかと考察した。
 ハイキングを兼ねて山に登ることを考えたムサシは祠の中をチラリと覗く。誰かが踏み荒らした痕が点在している事にふむと首を捻った。
「……勝手に入るのは少し許可が要りそうというかで不安でありますけど。ええい、ままよ!
 此の儘迷っていても暁月さんの為にならないであります! 行け!」
 ぴょん、と一歩踏み込んでみるが、冷ややかな空気が肌を撫でた他になにもない。
「……夕暮れまでには帰れ、という現地の方のお話も気になるでありますね……?
 夜に何が起こるのか……少し危険があるかもでありますが、調査に向かう価値はありそうであります」
 一体何なのだろうかと呟いてから、ムサシは真新しく取り替えられたばかりの蝋燭をまじまじと眺めた。下に溶け残っていた蝋を見るにこの場所で蝋を灯すために誰かが踏み込んでいることは明確だ。
「……私を見つけてね、でありますか。あなたは……何が目的で……何を知っているんでありますか……?
 まだまだ、命を捨てるつもりは毛頭無いでありますが……それでも、あなたの目的だけでも知りたい……!」
 心咲。
 ムサシにとっては友人にあたる暁月の後輩である彼女の姿をした『あの少女』は一体何を知っているのだろうか。
 本当に彼女本人がそう口にしたのか、それとも――「姿を借りただけなら厄介でありますね」
 ぼやいてから、周囲を見回す。伽藍とした祠には蝋燭と、落ちたマッチ棒だけがある。
 此処で火を付けて、それからどうするというのか。
「日が暮れる前に帰りな」
「うああああ!?」
 びくりと肩を跳ねさせたのはリュコスであった。ムサシと同じように祠を荒らした跡を確認していたのだ。
「ど、どうしたでありますか!?」
「Uhhh……むらのひと……」
 びくびくと肩を揺らしたリュコスに村人はからからと笑って「驚かせたねえ」と肩を竦める。
「もう下で神楽が始まっている頃だからね、今日の小山は立ち入り禁止になるさ」
「かぐら……?」
 首を傾げるリュコスに村人は頷いた。朝と夕に神楽を捧げて山入りと山への感謝を告げて居るらしい。
「あの……かみさまが小山にいるのはどうして?
 高いところが好きなのかな? それとも自然がいっぱいなのが好きなのかな? それとも……夜になると光がなくて真っ暗だから?」
「さあ、昔っから神域って呼ばれてたからねえ。兎に角、日が暮れる前に降りるようにね。
 若い子は何時も祠に悪戯するから叶わんけど嬢ちゃん達は掃除してくれているなら有り難いねえ」
 リュコスはぱちりと瞬いた。蝋燭を使用した後に、祠を綺麗にしようと考えたイレギュラーズのお陰もあったのだろう。
 今回は見逃された。帰り道を考えて、目印に紐を結んで置いた用意の周到さが村人には可愛らしく見えたのだろう。
「ここからならまだ桜が見えるだろう? 桜を目指して帰れば良いよ」
「あ、ありがとう……」
「お兄ちゃんも、この子が連れならちゃんと帰ってやりなよ」
 同じイレギュラーズ同士だ。ムサシは了解でありますと頷いてリュコスに「帰る用意をしよう」と『嘘を囁いた』。
 村人が去って行くまでの間の時間、二人はそのまま息を潜める。感じる気配は村人達が山で活動しているからなのだろうか。
 感情もそうしたものばかりだ――まるで『鹿路心咲』の気配は感じられない。それが妙に奇妙で堪らないのだった。

●日陰り、塔へII
「ここは、だれの縄張りですか?」
 膝をついてミザリィは問いかけた。鹿は『神様の縄張りです』とミザリィへと返す。
 人に聞いても同じ言葉が返ってくる可能性はある。神様の名前を『呼ぶ事が無い』というのは何とも違和感だ。
「……あなたたちが近寄りたくない場所は、ありますか?」
 ミザリィの傍で鹿はごにょごにょと言った。『あっち』と。動物たちは本能的にその位置を察知しているのだろう。
 塔を明確に差したわけではないのだろう。ミザリィは「ふむ……」と呟いた。
「若宮様を知っていますか? 若宮様とは、どんなひとですか?」
『――!!!!』
 鹿が突然走り出そうとした。何をそう怯えているのか。ミザリィは慌てた様に「質問を変えます」と告げて立ち上がる。
 獣たちから感じられた恐怖が相当の者だったからだ。
「鹿路 心咲という女性を、知っていますか?」
『知らない』
 ふるふると首を振った鹿は草陰に隠れて行く。知らない、という。
「……鹿路 心咲は巻込まれて取り込まれただけで、真性怪異そのものとは関係ない……?」
 呟いてから、ミザリィは少し離れた位置にある祠に向かうことにした。道中ならば蝋は取り替えられているがそうではない箇所では使いかけの蝋燭が存在して居る。火を灯し、夜まで待ってみれば良い――そうして夜になるとどうなるか、である。
「やあやあ、ここまで10個の祠があったね」
「はい。私は此処で待ってみようと思います。そちらは?」
「……なら、もう少し上に行ってみようかな。塔に繋がっている道とは少し逸れて行くみたいだしね」
 ミザリィは『一声呼び』ではなかった事で安心したように頷いた。背後に立っていたのはヴェルグリーズだ。
 狩れも同じように祠に残された蝋燭に火を灯して進もうと考えている。今まで10個の祠を見たが其れ等には全て蝋燭が灯っていた。
 上部に向かって6つ程祠が残されているようだ。其方にも火を灯そうと考えたのだろう。
「暁月殿達の間に何があったのか、何故心咲殿の姿がここにあるのか。怪異に関する謎以外にも不可思議なことが多すぎる。
 複数の出来事が重なっているのか、全て一本に繋がるのか。一つ一つ解き明かしていければと思っているんだ」
「そうですね……この火を灯す行為もまるで『一本の線を作るよう』ですね」
 ミザリィの言葉にヴェルグリーズは「そうだね、蛇行した道だ。何かを示している可能性はある」と呟いた。

「この地の動物が言ったという『二つ棺(き)』と『後一つ空いている』という言葉が気になるわ。
 塔も丁度2つ……あの言葉は塔を指していると見るべきね。
 なら後者の言葉から推測すると……『片方は空いていて、もう片方にはナニかが入っている』?」
 むう、と唇を尖らせたアルテミアは山道には村人が多いと首を捻った。
「……となると、あの本に書かれた通り、2つの塔と万年桜を結んだ三角形の領域が怪しいわ
 万年桜が起点とするなら、そこから塔へと繋がる道があると見るべきかしら……?
 今日が『しきわ』……お祭りの日ではないのがどう影響するか、だけれど。どうなのかしらね」
 アルテミアへとЯ・E・Dは頷いた。共に行こうと空から『三角形の中心』を探してみる事にしたそうだ。
「人目は出来る限り」
「了解。避けるようにするよ。
 何も無い可能性は高いけれど、パワースポットが結ぶ五芒星や六芒星って、けっこう土地の守護に使われていたりするしね。
 三角形もその亜種というか、地図できちんと探せば他にもパワースポットがある可能性もあるし」
 中心に何かあるのではないかと、陵鳴は二人に告げる。
「三は集団の最小単位。象徴するのは変化。創造。其れは不安定さと破壊も同じく。
 神話等にも三という数が度々現れる事から無意味ではあるまい。
 その上で、両つ。二。陰陽。善悪。男女。相反する表裏――さて揃えば何が起きるのか。答えは返るか?」
 呟いた陵鳴にアルテミアはふと言葉にした。
「燈堂 暁月……澄原 晴陽……鹿路 心咲……『3』で、一人が『術者』ならあと『2』人は贄……?」
 思いつきで呟いた言葉に浮かんで消えた信憑性にぞうと背筋に這った厭な気配は拭えなさそうだ。

 山で聞こえる声は、問題は無さそうなものばかりだったのだろうか。シューヴェルトは『普通の田舎町』を歩いている感覚を覚えた。
 確かに、此の辺りにはそうした霊魂が存在して居るのだろう。夕刻には帰還すると決めて、aPhoneでの撮影を行ったシューヴェルトは「何も無さそうだな」と呟いた。
「こちらの塔は鍵が閉まって居るみたいだ」
 十七号は『道を正しく歩んで来た』。遊歩道を外れて山に入ったが何かを跨ぐことはしなかった。道が道に見えなくなってきてから逸れるように考えたのだ。
 用意周到に、自分自身の身を守ることに長けた危機管理能力とは『言いつけを護る事』と『不用意な行いをしないこと』である。
 そうした点ではシューヴェルトと十七号は同じだった。夕暮れ時の神楽が聞こえたら山を下りるようにと心掛けたのだ。
 祠や塔のスケッチを行った十七号は「下手に障るべからず、だな」と呟く。
「神社のお守りは信心深くなくとも効果を発揮するのだろうと、感じた。ここに来るまで『下手な違和感も何もかも』がなかったからだ」
「確かに。だが、何か『問題がある』タイミングは限られているのかも知れないな」
 シューヴェルトの呟きに十七号は「何事もない平穏な日だから、というのもあるのだろうか」とぼやいた。
 両者ともに、危険とは出会っていない。がさがさと木々を揺らした獣たちに、豊かな自然。
「……斯うしてみれば『何もない』のだが」
 十七号はぼやいた。だが、『何かがある』として接さねばならないのだろう。

●日陰り、塔へIII
 祠に辿り着いてから、リュティスはヒトガタを置いたときに不思議な現象が起こったと、痕跡を確認した。
「ふむ……」
 どうやら周辺にはその様な痕跡は残されていない。塔に向かうのは簡単そうだが、この周辺に何か存在するだろうか。
 火が灯されていなかった蝋燭からヒトガタに引火したとは考えられない。
「今日は塔は光っていませんね。……『たたりじの宮』というのも何処なのか」
 全開光って見えた塔の方向に向かう仲間達は多そうだ。一度、別違う方角の塔を確認してから、其方に向かうべきだろうか。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
 心咲自体に何らかの未練があり、話しかけたかったのかも分からない。
 少なくともリュティスは『鹿路 心咲』という少女そのものが悪いものではないようにも感じられていた。
 そう、忠告に現れた彼女は紛れもなくイレギュラーズを心配しているようにも感じられた。だが、見付けて欲しいと言った彼女は、どうか。
「……別物、だったのでしょうか」
「さあ、どうだかな。……にしても、若宮か。祟りを起こす霊魂を御子神として祀られたものがそう呼ばれるって話があるが。
 だとしたらその親神はどこにいやがる。どうやってその若宮を抑え込んでる……? その手段が……この土地の名前が言えねぇ原因なのかね」
 人柱の霊魂を神様に立てて侵蝕したとする。本来の神が『非業の死』を遂げた存在にその様に求めたとすれば。
 水夜子の言う通り、心咲が取り込まれたというのは納得が出来るとニコラスは呟いた。
「若宮という名も言霊か。非業の死を遂げた者の霊を祀り怒りを和らげ強力な神の支配下に置き祟りを封じる若宮信仰。
 両槻の神を若宮と定義し別の神の支配下に置こうとしたのか? 鹿路君は『山の上に至れば』出現しない。
 まるで『入り口の辺りに居た鹿路君』とは別物のようだな」
 愛無にニコラスは「ふむ」と呟いた。
 非業の死を遂げた者の霊を祀る。そこまでは合っていそうだが、『その死の理由』がこの場合は大きな焦点になるだろう。
 鹿路心咲という少女の死に際に何かしらかがあり、それが祟りの発生源となったとすれば。
 この『山の神』と『万年桜』が別物であった場合、本来の神と呼ぶべき存在が、『土地の名前を告げられない事』でその存在を此処に留めていた可能性がある。
「確か両つ棺って言ったか。……棺ってのは墓だ。ならあの塔は仏塔か供養塔でもあるのかね。
 ああ、だとするならばだ。今回探すべきなのは遺骨か――もしくは『依り代』か」
「依り代である可能性は十分に」
 愛無はこくりと頷いた。遺骨というならば晴陽や暁月に確認すればその葬式がどの様に行われたかは分かるはずだ。
 ならば、依り代。それは人形が落ちていたことにも関係がありそうだ。
「あの塔――いや、『墓』から人形が別の場所に存在したなら?」
「ああ。そして『二つ』だ」
「……登場人物が三人。キナ臭いな。『心咲さん』だけ死んで『晴陽さん』が生き残ってる。『片方空くのは』確かだ」
 暁月はこの際、『この怪異を巻き起こす儀式の術者』であると定義すれば、二人の少女が関わってしまったことが大きな問題だったのだろう。
「『たたりじの宮で、私を見付けて』というのなら。もう少し、ヒントをくれても良かったものだがな?」
 ぼやいた汰磨羈は山の動物たちに問いかけた。
「二つ棺と若宮様とは何か。入らない方が良い理由は?」
『こわいから』
 本能的なものか、ならばと「たたりじの宮とは何か。どこにあるのか?」と問いかける。
『んー?』
「……たたりじの宮、というのも『人間』の言葉か。夕暮れ時を過ぎると、山の中で何が起こるのかは分かるか?」
『若宮様が来るよ!』
 汰磨羈はふむ、と呟いた。万年桜の花びらが張り付いている理由も教えて呉れれば嬉しいが――そうとも行かないのが現状下。

「さて、さて、『光って見えた』と云う塔と、情報の無い塔――何方に賭けますかアレクシアさま」
 提案をした未散にアレクシアは「そうだねえ」と呟く。
「明らかな誘導にも見えますし、実直に従ってみるのも良いかも判らない。
 まあ、花弁が着いて来た分――招かれ易く此の地に軀が馴染んでいるのでしょう」
「未散君の言う通り、何かの罠なのかもしれないけれど……
 虎穴に入らずんばなんとやら、って旅人さんのことわざでも言うそうだしね。……踏み込んでみなきゃ、何もわからないだろうし」
 参りましょうと手を差し伸べた未散にアレクシアは頷いた。二人して会話を重ねて進めば、恐怖心も幾らか和らぐと言ったものだ。
「此れは推測の域を出ないのですが、『私を見つけてね』と云うのは、ヒトガタの何かでは無いでしょうか。
 『綿』や『布』を気にかけていらっしゃる方も居た……詰まりは人形、とか」
「ヒトガタ……人形かあ……でも確かに、怪異か……それに連なる何かがそういうものを依り代として求めている……
 或いはそれが触媒になっている可能性もあるのかな。心咲さんの姿を借りて出てきているのも、何か『新しい』ものを求めているとか?」
「例えば――体、とか?」
 問うた未散るにぞわ、と厭な気配がアレクシアを包み込む。未散が何処かに行ってしまうような気がしてその手をぎゅっと握りしめた。
 今回ばかりは無茶をしないで、と告げたくなる。
 その『躯』が花弁を付けて帰った所為で馴染んでしまったというならば。
 持って行かれるのも一瞬だ。
「かくれんぼするもの――よっといで。じゃんけんぽんよ。あいこでしょ。もういいかい。まあだだよ。もういいかい」
 朗々と謳う彼女にいかないで、と呟くようにアレクシアは自身に着いていた桜の花びらをそっと取り出した。
 心が通じたら良いというのに――

●夜の山I
 夕暮れ間際に汰磨羈は山を出ることにした。使役した動物は森に残し、塔の周辺で待機をするシラスに合図を送る。
 山をさっさと降りてしまわねば『山を出られない可能性』が出た者は困るだろう。
 何よりも『万年桜の花びら』の事が妙に頭に引っ掛かるのだ。どうしても――それが山を早く下りろと告げるようで。
「話を聞いても?」
 行人は精霊達に問いかけた。聞き込み調査をしたいと一つ目の祠の前に漂っていた精霊に声を掛けてみたのだ。
「万年桜に対してどんな印象を抱いているんだい? 2つの塔はどんな感じがするかな。近寄りたい?」
 一つ目に対しては『綺麗』二つ目に対しては『ノー』を返す。
「……もしかして3本目の塔があったりしない? 昔はあった、とかないかな? それに、この地に怖い存在はいるかい?」
 精霊はふよふよと漂いながら一つ目に『ノー』を返してから沈黙した。
 怖い存在と称したのは真性怪異だ。例えば、行人が声を掛けた精霊などからみれば大精霊や神霊と呼ぶべき存在が真性怪異のようなものである。
 強力な存在は恐ろしい。ここから先に精霊の姿は見受けられなかったと呟いてから、行人は「これ以上山には登りたくない?」と問うた。
 イエスを返してくれた精霊にこれ以上の無理強いは出来まい。菓子を渡せばそれはそそくさと逃げて行く。
 リュティスは『光っていなかった方の塔』は鍵が掛けられていて立ち入ることは出来なかったと道中に出会ったイレギュラーズに告げた。
 陽も陰り、夜が訪れる気配がする。
「もう片方の塔に向かってみるのも良いのでしょうが……そろそろ、山を下りなくてはならない時刻なのですね」
 さて、どうしたものだろうかとリュティスは呟いた。ヒトガタを模した紙を祠に置いてみたがその観察に戻ってみるのも良いだろうか。
 リュティスとすれ違った汰磨羈はおや、と彼女を見遣った。ぺたりと張り付いた花弁の存在感が大きい。
(……まるで、マーキングだな)
 花弁が、自身等の居場所を知らせているような。そんな気配に肩を竦めた。

 山は、暗くなるのが早い。帰らなくちゃ。せめて――せめて、『アレクシア』だけでも。
 未散は急いているようにアレクシアの手をぎゅっと握った。
「……――お手を」
「……未散君?」
 急ごうと山を下りる足を縺れさせるアレクシアに「こっち、こっちです」と指差した。
 麓の桜の気配を辿るアレクシアは刻限を過ぎた山を包み込んだ奇妙な気配に息を呑む。
 離しや、しませんから。約束です。
 そんな未散の言葉を頼り、魔と出会った時刻では持っていた方位磁石が狂ってしまったと未散は呻いた。
 アレクシアの背をとん、と押した未散は『肩を何かに掴まれた』事に気付く。
「行って下さい! 其れから此の仔(人形)も。ぼくはお嬢さんに好かれてるから――最悪如何にかなりましょう!」
「違うよ、未散君! 一緒に」
 手を伸ばしたアレクシアは『背後に何か』を感じた。
 蝋燭灯りが灯った。走り降りるときに気付かなかったが未散は小さな枝で腕を切り裂いていたのか。
「血が」
 手を伸ばしたアレクシアは「ヒッ」と手を引っ込めた。
 彼女の傍に何かが居た気がしたのだ。
「未散君……?」
 嘆息した未散は首筋をそっと手で覆い隠した。「何処かに行ったようです」と呟いた彼女の首には桜型の痣が刻まれていた。

「あそこから入れるのかな……」
 塔には出入り口が存在して居た。二つあった片方――もう一方は施錠されていることが確認されたがシキが訪れた塔には不自然に錠が壊れていた。
 塔の周辺を掘り返してみれば泥に汚れた『人形の足』がある。ラダは直感的にそれが鹿路心咲のストラップシューズが汚れていた事と類似しているように感じられた。
「おーい!」
 どこですかーと声を掛けて帳は礼儀正しいご挨拶をする。
「ぼくは浮舟帳と言います。此処へは心咲さんを探しにやって来ました!
 御山に入る前に心咲さんにたたりじの宮で見つけてねと言われたからです。
 この場を荒らしたりなどは致しませんので、立ち入ることをお許しください。そしてどうか、ぼくを心咲さんの元まで導いてくださいますことを願います」
 ――しん、と静まりかえっている。見付けてと言うならば見付けに来たかった。
 どちらの塔が『たたりじの宮』であるかは分からなかった。どちらでもなかったのかもしれない。それでも、訪れなくては分からない。
 帳は首を傾ぐ。塔の周りを一先ずは探して見る事が何らかのヒントに繋がるだろうか。
「なんでだろね、見つけたいって……思ってるんだよ、心咲さん。
 かくれんぼは終わりにしない? だってほら、見つけた」
 石ころを蹴り飛ばして、シキは静かに声を掛けた。目の前の人影が心咲であるかは分からない。
 それでも、最初に伝えたかったことはある。手にしていたのは赤いペチュニアの花だった。
「……ほら、これ。綺麗だろ」
 枯れた花ばかりの花束を抱えていた彼女に花を渡したかった。
「万年桜しかり、花は綺麗でなくちゃってさ! ――散花の君へ。君にも春がやってきますように!」
 にっかりと笑ったシキに人影が手を伸ばし。
 さあ、と花が萎れていく。
「――え」
 息を呑んだシキにラダは「大丈夫か」と問うた。気付けば萎れたペチュニアだけが落ちている。
「……ここは『空』か」
「空?」
「この塔を『棺』だとするなら……此方は誰もいない側だったのかもしれない。
 恐らくは向こうこそが『中身が入った棺』。もしくは『中身が入った』から此方はもう使用済みになったか、だ」
 古くから存在する塔は何の意図があって立てられたのかは分からない。
 恐らくは地域振興の一環で端山(近郊の山)の神を祭るために立てられたものだったのだろう。

 ――バラバラになっているのではなく、これらは零れ落ちただけで、大本の人形そのものが何処かに在る…………いえ、居る?
 人形、ヒトカタ……それは人の身体の代わり足り得る、神の形代ともなり得るもの。
 この人形に宿るものは真性怪異か、心咲さん本人か、両方か……。

 冬佳の言葉を思い出してから、帳は「此処には居ないみたい」と呟いたのだった。

●夜の山II
「しかし怪異と山、か。まあホラーゲームとかでも山の怪異が元凶で……とかよくあるしな。
 ただ認識阻害・記憶災害となると全盛期のオレでも対処は無理だ……あの山で、一人の少女の身に一体何があったのか、調べに行くしかないな」
 肩を竦めた紫電はぼやく。そもそも、だ。どうしてホラーゲームは『夜に山に向かうのか』である。
 自身等も夜は山に踏み込むべからずとは言われていたが、夜に斯うして山に入ってきてしまった。
 夕暮れ時に帰るようにと考えていたが秋奈はずんずんと進んで行くのだから仕方が無い。
「桜を前回見に行って…何かあったっけ。
 人形がお供えしてあって何かあるってなら、お山の塔とかいっぱいありそうだよね。関係ない別のもの見つけそうだけど!」
 んー、と首を捻った秋奈は「たたりじの宮ってどこなんだろ。何か塔に書いてあったりとかしない?」と紫電に問いかけた。
「住民達はこの時間は居ないようだが……何も無さそうだな。
 たたりじの宮というのも気になるには気になる、が……文字通り死ぬ予感しかしない」
 呟く秋奈は「おーい、心咲ちゃーん! どこー! 秋奈ちゃんがきたぞー!」とやけにフランクに声を掛ける。
 塔を確認していたイレギュラーズが『消えた』というのだからこの周辺の何処かに居たとて可笑しくはない。
「おーい」
 直感的に紫電はやばいと感じて秋奈の手をがしりと掴んだ。
「秋奈、これ以上は行かない方が良い」
「へ?」
「……その向こうは『厭な気配がする』」
 秋奈の足が向いていたのはアルテミア達が向かっていった『何もない場所』だった。塔2つと万年桜を繋いでその中央にぽっかりと空いている空白地帯。
 その場所に足が自然と向かおうとしたことを紫電はゆるゆると首を振って止めたのだった。

 ――ざざ、と音がしたことにアルテミアが振り返る。
「ねえ、何か聞こえた?」
 問いかけるアルテミアにЯ・E・Dは「聞こえた気がする」と頷く。
 それはシキが花を手渡したタイミングと同刻。
 ざあと肌に触れた風が気色悪い。眉を顰めるЯ・E・Dがゆっくり振り返れば、其処には『鹿路 心咲』が立っていた。
「ッ――」
 息を呑んだアルテミアが一歩下がるが、その姿は直ぐに掻き消える。
 ぽとりと落とされたのは小さな人形と桜の花びら。
 拾い上げることは不味いかとアルテミアはЯ・E・Dを振り返ってからその様子をまじまじと眺めていた。
「過去に何があったかは判らないけれど、記憶と認識を操れる怪異が裏にきっと潜んでる」
 Я・E・Dの呟きにアルテミアは「もしくは、」と呟いた。
「もしくは『この地で起こったこと全てを持って言ってしまった』のかしら――」

 一人祠の前に座っていたミザリィは何かの吐息を背に感じる。
「とお」
 声がする。
 十(とお)――確かにここに来るまで、祠は10個見てきた。
 何者かが祠を数えているのだろうか。微動だにしてはならない。動きを止めて、じっくりとそれが何処かに過ぎ去って行くのを待った。

 ――『若宮様を知っていますか?』

 そう聞いたが、今は問わずとも分かる。
 後ろに居たのが、そうだ。
 6つ上の祠から山を下る音。ヴェルグリーズは「無事?」と問うた。
「はい」
「……何かが居た。けど『今日じゃ無いそうだ』よ」
 ヴェルグリーズは言う。背後に立っていた気配は「今日はしきわじゃない」と呟いて消えたのだと。
 リュティスがテストとして置いたヒトガタは焼け焦げて、その姿を喪っていた。
 帰宅したらひよのに初見を聞こうとヴェルグリーズが背後に手を伸ばし――吐息を感じた肩に花弁が張り付いていることに気付いた。

「見つけたぜ。……そんじゃお前の名前教えてくれよ、ダレカさん。だってよ、名無しのままってのは辛いだろ」
 呟いたニコラスは、桜の花びらの気配を感じ取る。
 祠の前の気配を探るように声を掛けたのだ。だが、応えはない。応える『口』は持っているくせに、笑うだけだ。
「あれ!?」
 ニコラスは背後から聞こえた秋奈の声にくるりと振り返った。
「あれ、紫電ちゃん。紫電ちゃんがいやだって言う場所避けたら、私ちゃんたちめっちゃ降りて来てない?」
「……ああ、そうだな。秋奈についてきただけだが」
 二人の様子を眺めてから、ニコラスはふと、秋奈を見詰めた。石神に、逢坂に、それから両槻――最後は音呂木か。
「その体で神様対戦でもしてるのかよ」
 呟いたニコラスに「私ちゃん、めっちゃ好かれてるからなあ」と秋奈は頬を掻いたのだった。

●『降霊』
「この地に在る真性怪異は、間違いなくこの地に揺蕩う残魂の悉くを取り込んでいるのでしょう。
 いえ、違うか……『何らかの方法で命を落とした者を取り込んでいる』のでしょう。
 心咲さんがこの地で命を落としたのならば――何故そうなったのか。何故そうしければならなかったのか?」
 冬佳はお堂をまじまじと見遣った。参るなと言われたお堂は此処ではないのだろうか。
 真性怪異は人の形を器として得ることがある。石神の人形のような、有柄の巫女のような。
 落ちていた人形そのものも、何らかの依り代だったのだろうか。
「取り込まれたというのは言い得て妙。器として魂を喰われる等、経緯はともあれ身体を奪われた――という可能性は、大いにある。
 もしもそうなったのなら……燈堂暁月さんは必ず戦って救おうとした筈。けれど為せず、真性怪異の討滅敵わず……器を破壊するに留まった?」
 呟いた冬佳の言葉に天川と水夜子は顔を見合わせた。
 燈堂 暁月は『何らかの悪性怪異:夜妖と戦う事を選び』討伐できるに器を破壊したのならば――?
「綿? 人形でも祀ってあったか? とすればあの毛糸も人形に使われていた? 断定するのはいかんな……。
 それに、『器』として使われていたのならば……有り得なくはない。『真性怪異の侵蝕』だってんなら……。
 なぁみゃーこ。鹿路 心咲って女性のことなんだがな、暁月が斬ったというらしい話は知ってる。
 だが誰も経緯や理由は知らないってのはおかしいよな? 依頼でな……暁月の過去を見る機会があった。
 詩織ってお嬢さんとの顛末は知ることが出来たが、やはり心咲については何も分からなかった。当然みゃーこも何も分からないんだよな?」
 改めて、水夜子に問いかけた天川は違和感を拭うように問いかけた。
(なんなんだこれは? 人一人斬られて、当事者の誰も顛末を覚えてない。こんなことが有り得るのか?)
 水夜子は小さく頷く。高校生の頃の晴陽達のことは従妹であった水夜子は何も知らない。弟である龍成さえ知る由もないだろう。
「真性怪異の侵蝕。……R.O.Oの『神異』のように、その存在を固着させようとしていたならば?
 若宮(まだわかいかみさま)であるならば、我々が斯うして踏み込むことが――一種の存在定着に繋がっている可能性さえある。
 いえ、神を降ろすためにには屹度、何らかの作法が必要です。噂話でも何でも、聞くことはできないか……」
「奉納って言うくらいだ。捧げる対象が存在するはずなんだ……。
 一体何に? どんな神に? おかしい。神事だろう。なぜ捧げる対象がハッキリしてしない? それを『俺達が知れない理由』は?」
 息を呑んだ冬佳と天川はお堂の奥で一人話し込んでいる茄子子に気付いた。

「やぁ、来たよ。久しぶり。初めましてでいいよね。私はナチュカ。キミの名前は?」
 その名前は『本来』のものだった。茄子子、とは名乗らない。『また』忘れてしまうと怖いから。
 目の前のそれが覚えて居てくれさえ「まあ、最悪大丈夫。覚えといてね」とフランクに声を掛ける。
「会長ってさ、1回話したらマブダチだと思うんだけど、キミはそうじゃないかもしれないしさ。
 キミは今、名乗ってくれないけど鹿路 心咲ちゃんじゃないよね。うん、分かるよ。だって、心咲ちゃんは普通の人間の筈だし。
 ……ねぇ、その花束、貰ってあげようか?ㅤずっと持ってて邪魔じゃない?」
 茄子子の目の前には鹿路 心咲『の姿をしたもの』が立っていた。ぴん、と背筋を伸ばして青褪めた顔をした女だ。
「私はさ、トモダチが欲しいだけなんだよね。
 それがたまたま真性怪異(かみさま)だったり亡霊だっただけでさ。
 喪服姿は趣味? それとも意味があるの? 普通、送る側の仕草だよね、それ。逆なら分かるけどさ。逆だったのかな。晴陽先生とか?」
 そんなことを言っても詮無いかと笑った茄子子は応えてくれないそれに「また、話そうよ」と肩を竦めた。
「祠」
「祠……?」
「祠に蝋燭を灯しましょう。ひとつ、ふたつ。しきわの道を辿りながら」
 しきわの道、という言葉に茄子子はまじまじと目の前の女を見た。
「たたりじの宮に向かって歩いて行けば、そこから差に祠が見える。しきわの道を辿りましょう。
 ひとつ、ふたつ。依り代人形に血を。髪を。爪の欠片を詰めましょう」
 天川と冬佳が顔を見合わせた。冬佳は息を呑む。「降霊術」と呟いて。
「ひとりが塔を開けました。ひとりが、塔を開けました。
 真ん中のあなたは、みさきと出会うでしょう。直ぐにお迎えに行くから――」

「茄子子さん」
「トモダチが、おしゃべりでよかったね」
 にこりと笑った茄子子がゆっくりと振り向けば冬佳にも天川にも見える『鹿路 心咲』がゆるゆると山の上を指差すように腕を上げていた。
 お堂の中からでは何処を指したのかは分からない。
 だが、直感的に分かったことがある。
 ――山の上にある広場。Я・E・Dが向かった先、全てを結んだ場所。

「わたしを みつけてね」

 それは『鹿路 心咲』の口を借りた誰かの言葉だった。

成否

成功

MVP

水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 逢坂と石神とは毛色の違うシリーズです。若い神様であるが故に『やれることのある』シリーズでもあります。
 願わくば、皆さんに恐ろしい出来事が降りかかりませんように。

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